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西山学報 06 (19340211) 02廣瀬 觀友「弘深抄序説」

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(1)

    丶

 

 

                一 、

 

導 上 人 の 講 逑 を

め た も の や 上 人 自 か ら 記 述 さ れ も の に 關 し て は 、 『

仰 の 友 』

三 百 十 三 號 に 、 森 敷 授 が 集 銖 さ れ て あ る だ け で も 、 二 十 三 部 八 十 八 卷 の 多 數 が あ る ○ 而 し て

こ 丶 に 紹 介 せ ん 巴 す る 口 、 弘 深 抄 一 は 、

ま で 曾 て 敖

に 知 ら れ て ゐ な い 、 先 人 未 發 見 の 珍

で あ る 。 而 も 余 輩 の

聞 な る 、 此 種 の 講 述 が 貽 さ れ て あ る な ご は 、 先 輩 か ら 聞 傳 へ た 事 も な く 、 ま た 諸 記 録 に も

出 す 事 の 出 來 な か つ た の は

の 一 人 し し て 深 く 慚 愧 す る

で あ る G

る に 佛 祀 の 冥 見 こ 言 は う か 、 昨 秋

京 に て 開 催 さ れ た 、 日 本 佛 敖

協 會 の 研 究 發 表

に 出 席 し た 折 、 測 ら す も 東 洋 文 化 學 院 の 研

、 塚 本 善 隆 師 に 懈 遑 し 、 坂

西 敷 寺 に 卩 、 觀 町

草 案 』 の

に 『 弘 深 抄 』 其 他 の 書 籍 を 多

藏 し 居 る こ 巴 の 紹 介 を 受 け た 。 『

」 の 草 案 に 關 し て は 、 「 西 山 全 書 』 の 第 四 卷 に 收 め ら れ て あ る 以 外 に 、

處 か に 埋

さ れ て あ る な ら ん だ は 、 誰 し も 相 像 す る 所 で あ る が 、 そ れ が 現

’ 、 西 山 全

一 に 收 め ら れ て あ る 以 外 の 物 ご す れ ば 西 山 敷

研 究 の 上 に 、 大 な る 輻 音 を

す ば か り で な く 、 殊 に 塞 覺 上 入 の 跛 文 に 見 ぬ て あ る 、 『 觀

』 講

の 年 代 ざ

所 が 明 瞭 す れ ば 、 租 師 の 行 迹 を 尋 組 る 上 に 、 絶 好 の 史 料 ご 考 へ た 。 殊 に 鰐 、 弘 深 抄 』 の 如 き                                                                       一 五

(2)

NII-Electronic Library Service 、                                                                       一 六 先 人 未 發 の 租

が 、 秘 藏 さ れ て あ る 以 上 は 、 是

こ も 拜 覽 の

に 浴 し た ぐ 、 歸

草 々 山 口 先 生 を 介 し て 西 敖 寺 本 山 に 閲 覽 を 申 込 ん だ 。 是 ざ 同 時 に 西 激 寺 本 山

盛 派 の 碩 學 岩 田 敖

師 か ら も 、 森 敷 授 に 紹 介 状 を 託 さ れ て 來 た の で 、

ひ に 西 敷 寺 本 山 に 於 て も 、 令 法 久 住 の 深 き 思 召 ご 、 特 に 西 山 の

徒 な る 故 を 以 て 、 惜 氣 も な く 十 箱 に 充 さ れ て あ る 、 淨 土 抄 の 書 籍 を 拜

る こ ご を 許 さ れ だ o こ れ 偏 へ ゜ に 山 口 先 生 の 奔 走 ご 、 西 敷

本 山 の 好 意 の 賜 物 で あ つ て 、 吾 人 は 深 く 此 等 の 譜 大 徳 に 戚 謝 す る ε 共 に 、 之 を 最 初 に 紹 介 さ れ た 塚 本 善

師 に 、 滿 腔 の 敬 意 を 表 す る も の で あ る o   初 め に

西

敖 寺 へ 赴 い た の は 、 確 か 十 月 の

頃 で あ つ π ご 記

す る ○

日 は 山 口 先 生 を 先 達 こ し て 、 森

垣 の 兩 敷

も 同 行 さ れ た 。 他 に か ね て 逋 知 し て あ つ た 塚 本 善 隆 師 も 、 若 き 二 人 の

徒 を 具 し て 登 山 さ れ π が 、 い つ れ も 意 外 な 收 獲 が あ つ た

ご 思 ふ Q 殊 に 我 等 西 山

徒 の 欣 喜 措 く 開 は ざ る も の は 、   「 信 仰 の 友 」

二 十 三 號 に 掲

さ れ て あ る

部 の 租 書 で あ つ た o

に 於 て 我

の 最 も

し 、 戚 激 に 堪 わ ざ る も の は 、 鋼 、 弘 深 抄 」 十 卷 、 『 觀 門

草 案 』 入 卷 、 假

菁 口 , 觀 門

卷 の 三 部 で あ る o 其 日 は 何 分 十

に 充 さ れ て あ る , 淨 上 抄 を 一 應 勢 類 す る だ け で も 、 容

で な か つ た の で . 更 に

日 を 期 し て 詳 細 覽 讀 の 機

ん も の こ . 深 く 西 敷 寺 本 山 當 局 に 、 謝 意 を 表 し て 引 立 げ た 。 翌 日 登 校 の 折 , 綾 長 や 學 監 に も 其 旨 を 報

し て .

敖 宣 揚 の 爲 め に , 十 分 の

助 を 輿 わ ら れ む こ ご を 懇 望 し 、 ま た } 方 山 ロ

生 を

し て 、 藏 書 の

出 し を 西 欷 寺 へ 交 渉 し た が 、 何 分

重 な

書 で あ る 爲 め 、 門 外 へ 出 す

は 不 可

で あ る が 、 來 訪

れ ば 便 宜 を

る こ の

で あ つ た 。 仍 て 十 一 月 中

再 び 森 敷 授 ご 西 敢

を 訪

し 、

河 激 擧 部 長 に も

の 挨 拶 を し て 、 秘 書 の 閲 覽 を 乞 ふ た 。

く す る ご

河 敷

が 、 不 思

に は 只

N工 工一Eleoironlo  Llbrary  

(3)

岩 田 数

師 が 、 東 京 か ら 登 出 さ れ π こ の 知 ら サ に 、 我 等 兩 人 は 、 意 外 な 處 で 意 外 な 人 に 逢 ふ 事 を 得 た の を 喜 び な が ら . 西 山 敖 學 に

重 な 文 獻 で あ る 所 以 を 物 語 つ た 所 、

ら ば 引 受 け て

に 撮 る や う 、 便 宜 を

ら う ざ 快 諾 し て 下 さ つ た 。 夫 故 今 回 測 ら す も 、 副 、 弘 深 抄 』 十 卷 、 「 觀

」 八 怨 、 『 眞 慰 初 學

答 抄 』 二 憲 の 三 部 二 十 卷 を 撮 映 す る こ ご を

だ の で あ る 。 こ れ 偏 へ に 岩 田 先 生 の

に 依 る も の で 吾 人 は 此 日 + 河 敷

部 長 や 、 眞 盛 派 の 篤 學 者 た る 岩 田 先 生 が 、 偶

落 合 ふ τ 、

不 出 の 秘 書 を 撮 映 す る の 好 意 を 寄 せ ら れ た に 就 て は 、 令 法 久 住 の 止 み 難 き 熱 意 に 依 る ご は 云 へ 、 佛 祗 の 亘、

こ 擁

の 骨 な ら ざ る を 肝 銘 し て , 双 頬 に 涙 の 慱 ふ の を 禁 じ 得 な か つ た Q                 二 、

興 藏 に 就 て  

寫 眞 に 撮 映 し た 前 記 三 部 の 祺 書 は 、 夫 々 分 澹 し て 研 究 す る こ ご に な つ て 居 る が 、 自 分 は

『 弘 深 抄 』 に 就 て 、 そ の 一 端 を 紹 介 し や う ざ 思 ふ o   抑 も 本 抄 の 内 容 は 、 全 く 善 導 の 四 帖 疏 を 講 述 し た も の で 、 『 立

= 一 卷 、 罰

抄 』 二 卷 、 『 定 善

抄 」 三 卷 . 崢 、

抄 」 三 霧 の 全 十 霧 よ り 成 り 、 一 行 二 十 五 六 字

十 行 の も の 、

々 九 百

十 五 紙 に

め ら れ て あ る G 夫 れ が 悉 く 堅 牢 な る

謂 美 濃 紙 に 書 か れ て 、 表 紙 に は 全 部 柿 澁 が 塗 ら れ て あ る o ま た 以 て 本

が い か に

藏 さ れ て あ つ た か を

す る こ ご が 出 來 や う 。 而 し て 本 抄 は そ の

書 に 依 る ご 、 慶 安 二 年 ( 二 三 〇 九 ) よ り 承 應 三 年 ( 二 ご = 四 ) に 至 る 、 前 後

ヶ 年 の 日 子 を 費 し て

寫 さ れ た も の で 、 該 奥 書 に は 、 書 寫 の 年 月 日 の 外 に . 「 嵯 峨 二 奪 院 本 ヲ 恩 借 シ 書 寫 仕

」 ご か 、 叉 は 「

峨 二

院 本 ヲ 恩 借 シ 寫 畢 」 ざ 記 し 、 其 下 に 「 江 州 粟 太 郡

音 寺 法 印 舜 興 藏 し 又 は 「 江 州 栗 太 郡 芦 浦

寺 舜 興

」 ε

                                                                      一 七

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NII-Electronic Library Service                                       ゜                                     一 八 さ れ て あ る か ら , 主 ビ し て 舜 興 法 印 が 、 二

書 を 拜 借 − て . 書 寫 さ れ だ も の な る こ ご が 知 ら る 丶 の で あ る o  

興 法 印 の 事 蹟 に 就 て は 、 今 日 徴 す べ き 紐

が 見 附 か ら な い に 依 て 、 そ の 詳

を 知 る

は 不 可

で あ る が 、 十 河 敖 學 部

の 説 に 依 る ご .

興 法 印 の 師 仙 ? 舜 阿 闍 梨 は 、 叡 山 の 藏

火 の 爲 め に 失 な は れ た る を 慨 い て . 弟 子 の

興 法 印 に 之 が 充

を 託 さ れ た の で 、 法 印 は そ の 孚 生 を

集 に 捧 げ ら れ た 結 果 、 ム 。 日 西 敏 寺 に 慱 つ て 居 る

興 藏 … な る も の が 、 乃 ち 是 で あ る ご 云 ふ の で あ る o 舜 興 注 印 の 藏 書[ は い か 程 あ る か 、 西 敏 寺 で は 全 部 の 整 理 が 出

て ゐ な い 爲 め に 、 そ の

數 を 知 る 事 を 出

澱 が 、 淨 土 敖 に 關 す る 圖 書 だ け で も 、 入 十 八 部 二 百 十 七 卷 の 多

が 藏 さ れ て あ る 。 も し 夫 れ 顯 密

の 藏 書 に 亘 つ だ な ら 恐 ら く 數 百

の 多 き に

す る

で あ ら う )

等 の 大 部 分 が , 多 く の 時 日 ε

力 を

し て 、 而 も 珍 貴 な も の 〜 み を 、

集 さ れ た

は 、 實 に 塞 前 の 逸

こ し て .

界 に 紹 介 す べ き

柄 ε 思 ふ 。 勿 論 之 等 の

が .

部 舜 興 法 印 の 書 寫 さ れ に も の で な い

は 、 明 か で 、

に は 筆 耕 に

廴 て 書 寫 さ れ た も の 丶 あ る は . そ の

を 見 て も 明 か に 判 斷 す る

が で き る ○

し 一 … 弘 深 抄 』 の 如 き , 雄

達 筆 な る 書 風 を 以 て , 全 十 卷 を 書 冩 さ れ て あ る は 、 全 く

歎 に 價 ひ す る も の で . 該 抄 の 『 玄

分 抄 」

卷 の

書 に は  

應 癸 巳 年

日 μ 二

入, 日 … 以 二 曾 寸 院 本 之 童 口 … 畢・                                 注 立 院 盖 旦 肺 亠 ハ 十 亠 ハ 止 威 ご 云 ぶ 署

が あ る か ら . 或 は 舜 興 注 印 の

に 、 善 茄 な る 人 が 筆 耕 し だ や う に も 考 へ ら れ る が 、 .

の 書

を 比 較 す る ご 、 何

に も 異 つ た 點 が な い の で 、

砧 な る 人 が 全 十 卷 を 書 寫 し た も の か 、 夫 れ ご も 舜 興 其 人 を 、 一

鮪 ε も 稱 し た か の 疑

で る も 、 本 抄 の 筆

ご 、 「 江 州 栗 太 郡

浦 觀 音

興 藏 」 の 署

N工 工一Eleotronlo  Llbrary  Servloe

(5)

                                                                                  、

ご を 比

す る ご 、 別 人 の や う に も 見 受 け ら れ る の で 、 善

な る 人 が 全

卷 を 筆 耕 し 、

興 法 印 が 卷 々 に 自 分 の 署

を し た の で は 無 か ら う か ご も 想 像 さ れ る o 何 れ に し て も 舜 輿 法 印 の

筆 霍 繕 す る も の が 見

ら ぬ の で 、 早

に 之 を

す る こ ε は 不 可 能 で あ る 。 果 し て

の 推 定 す る 如 く ,

鮪 な る 人 が 舜 興 法 印 の 囃 託 を デ け て . 之 を 筆 耕 し た こ す れ ば , 何 處 に 於 て 書 寫 さ れ た も の で あ ら う か 、 是 の 參 考 ε な る べ き も の は 、 全 † 卷

た い 『 定 善

抄 」 末 卷 の 奥 書 に   干 時

應 二 年

月 九 日 於 河

森 草 庵 法 光 院

之       江 州 渠

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  觀 音 寺   舜  

  藏 ビ 明 記 さ れ あ る か ら 、 當 時 善 鮪 な る 人 が 、 河

森 の 法 光 院 に 於 て 、 書 寫 さ れ た も の な る

が 推 定 さ れ る の で あ る o

で 舜 興 法 印 が 二

で 恩 借 し た 、 『 弘 深 抄 』 を

め 、 『 鸛

草 案 』 及 び 調 、 假

書 觀

』 の 斷 片 に て も 、 二

院 に 現 存 さ れ て な き も の 炉 ご 、 昨

も 態 々 兩 三

の 者 ビ ニ 曾 院 を 訪

し た が 、 悲 し い こ ご に は 二 奪 院 に は

種 の も の は 悉 く 散 逸 し て 、

は 漸 く 禁 裡 及 び 當 時 の

署 よ り 、 交

さ れ た 公 文 書

を 藏

る の み で 、 祀 書 に 關 す る も の は 全 く 殘 っ て 居 ら 盻 。

興 法 印 が 二 奪 院 よ

6

恩 借 し た 當 時 か ら 、 十 五 亠 ハ 年

文 十 一 年 ( 二 三 三 一 ) に 岡 觀 門 義 」 を 開 板 し だ 室 覺 上 人 が 、 二 尊 院 の

し た 時 に は 、 既 に そ の 一 部 が 、 襖 の 下 張 り に さ れ て

π ε

へ ら れ て 居 る か ら 、 歴 代 の 佳 持 が 圖 書 の 保

し て は 、 全 く

頭 に 無 か つ た も の こ 思 は れ る が 、 返

み 丶 も

憾 の 極 み で あ る 。               ° 三 、

逋 「 弘 深 抄 』 は 本 山

の 開

. 康 室 示 導 上 人 ( 一 九 四 ⊥ バ

二 〇 〇 亠 ハ ) の

導 上 人 ( 一 九 六 九

i

                                                                     一 九 φ

(6)

NII-Electronic Library Service 曹 二

C

四 八 ) が

銖 講

せ ら れ た も の で 、 の 如 く で あ る o   立

分 弘 深 抄   定

義 弘 深 抄   散 善 義 弘 深 抄   散

義 弘 深 抄   散

義 弘 深 抄 右 は A  @  @  @  @

@

 

  中 本 { 本 ) @   j   )     )     ) 本 抄 の 頭 に 記 さ れ て る 、    

 

  二 〇 年 代 講 述 の 塲

を 墨 ぐ れ

、 永 元 六 七 於 江 州 寶 壽 寺 被

徳 元 十 十 日 於 江 州 寳 壽 寺 光 舒 院 被 談 之 至 徳

六 十 七 日 於 西 山 往 生 院 本

至 元 年 十 「 月 一 日 江 州 寶 壽 寺 光 舒 院 徳 年 十 二 月 五

江 州 寶 壽 寺 光 舒

 

    「

義 分 弘

抄 』 に

末 二 卷 、  

 

           

 

         

 

 

定 善 義 弘 深 抄 』 に 本 中 末 三 卷 、 “ 散 霽 義 弘 深 抄 』 に 之 亦 本 中 末 三 卷 の 計 十 卷 あ る

前 記 卷 頭 に 記 さ れ て あ る も の で 、 『 序 分 義 弘 深 抄 』 に は 、 他 の 抄 の や う に 卷 頭 に は 、 講 逋 の 年 代 ご 塲 所 が 記 さ れ て な い

ざ も 、 本 卷 の 禁 父 縁 下 に は 「 康 暦 二 四 於 寳 壽 寺 如 來 前 被 談 之 」

記 さ

て あ る

o

、   こ れ に 依 て 之 を 見 る に 、 本 抄 は 實 導 上 人 が 、 永 和 年 ( 二 〇

五 ) よ り 至 徳 元 年 ( 二 〇 四

) に 至 る 十 個 年 の 久 し き

亘 つ て 、 江 州 原 田 の 寶 壽 寺 、

西 山

生 院 帥 ち 三 鈷 寺 に 於 て 講

さ れ 把 も

で 、

西

山 往 荏 院 は 實 導 上 人 が 法

淨 上

入 寂 後 、

さ れ

寺 で

り 、 ま だ 江 州 の 寶 壽 寺 は 、 實 導 上 人 が 後 日 の 爲

に 書 殘

れ た 齟 、 仁 室 置

」 に 依 ご 、 觀 應 二 年

二 〇 = )

秋 七 月 に 、 江 州 千 松 原 の 北 洞 に

ら れ た

を 、

和 四 年

二 〇 一 ) の 春 三 月 に 、 同

敏 滿 寺 の

山 脚 に 移 轉 し て 、 寶 壽 寺 ご 改 稱

も の で 、 此 處 に は 二 十 餘 年 間 、 居 の 地 と し て 自 行 化 他 の 薫 物 に 盡 し た ご 書 か れ て あ る か ら 、                                                                

(7)

實 導 上 人 が 四 十

歳 以 後 住 持 さ れ て 居 た 寺 な る

が 知 ら れ る の で あ る 。  

で 實 導 上 人 が 、

田 に

を 移 轉 す る に 先 立 て . 其 年 の 二

二 十 八 日 に 、 西 山 往 生 院 の 住 持 な る 法 兄 の 示 淨 上 人 が 、 播 州 慶 妙 寺 に 於 て 歸 寂 さ れ た の 弔 丶 恩 師 示 導 上 人 の 遺 屬 も あ り 、 且 つ ま た 先 住 示 淨 上 人 が 、 臨 終 の 際 に 認 め ら れ た 、 往 生 院 附 屬 の 劵

つ 、 て 來 た の で 、 こ 、 に 實 導 上 人 は 師 跡 の 往 生 院 を 相 續 す る

に な つ た o 夫 か ら

ら 往 生 院

本 據 ご し て 、

田 の

寺 を 繋 務 さ れ て ゐ た も の で 、

都 に 於 け る 實 導 上 人 の 行 跡 は 言 は す も か な 、 江 州 に 於 て も 錦

室 置 文 』 に よ る ご 、 多 賀 の 西 生 寺 、 箕 浦 の 西 園 寺 、 岩

の 護 念 寺 、 李 方 の

光 寺 、

友 の

修 寺 が 、

導 上 人 の 徳 を 慕 ふ て 建 立 さ れ 、 そ れ が 西 山 往 生

の 末 寺 ピ し て 、 傳

さ れ た ざ 記 さ れ て あ る か ら 、 い か に 上

の 敷 化 が 、 都 鄙 の 群 類 に 及 ん だ か を

す る こ ご が 出 來 る 。 而 し て 本 抄 は 、 そ の 卷 頭 に 記 さ れ て あ る 如 く 、 齡 、 散 善

弘 深 抄 」 の 本 卷 が 、 西 山 往 生 院 に 於 て 講 談 さ れ た る 外 、 他 の 九 卷 は 江 州

毒 寺 に 於 て 講 談 さ れ た も の で 、

導 上 人 の 六 十 六 歳 以 後 、

十 五 歳 に 至 る 十 個 年 の 力 作 な る

が 知 ら れ る の で あ る Q                 四 、

『 弘 深 抄 』 一 部 十 卷 は 、 善 導 大 師 の 『 四 帖 疏 』 を 講 談 さ れ た も の で 、 そ の

裁 は 恩 師 示 導 上 人 が 、

永 年 間 ( 二 〇 〇 二

i

⊥ 一

QC

⊥ ハ ) , に 大 慈 恩 寺 で 講 談 さ れ た 一

永 抄 』 ご 相

た る 所 が あ る o 但 し 凵 . 弘 深 抄

永 抄 』 に 異 な る 點 は 、 『

永 抄 』 は 抄 士 亠 示 導 上 人 が 、

弟 の 隆 筌 示 淨 、 仁 塞

導 の 兩 上 人 に 樹 し 講 談 さ れ

れ を 、 筆 録

理 し だ も の で あ る か ら 、 從 つ て 師 弟 の 間 に 戰 は さ れ た 、 法 門 上 の 質

や 、 决 擇 の 有

啄 ご も 記 さ れ て あ る o 乃 ち 抄 の

に 「 仰 云 」 ご あ る は 、 抄 圭 示 導 上 人 の 説 で あ り 、 ま π 「 隆 云 」 「 仁 云 」                                                                       二 一

(8)

NII-Electronic Library Service                                                                         二 二   亀 あ る は 、

塞 示 淨 上 人 や 、 仁 塞

導 上 人 の 説 を 指 し た も の で あ る 。 然 る に 『 弘 深 抄 』 は 、

初 よ

b

  導 上 人 自 か ら が 、 講 説 ε し て 筆 録 し た も の で あ る か ら 、 門 弟 に 示 授 す る 意 味 で 、 所 々 に 「 示 云 」 ビ 置 か   れ て あ る ○ そ し て 文 章 の 簡 賂 を 期 す る 爲 め に 、

時 盛 ん に 行 な は れ だ 、 和 漢 の 混 合 文 を 以 て 記 草 さ れ て   あ る o

れ こ も 何 分 天 台 淨 土 の 蘊 奥 を

め 、 か ね て 圓

に も

逋 さ れ て 居 た 比

匠 で あ る 上 に 、 回 西   山 上 人 縁 起 」 の 如 き 、 豊 麗 圓 雅 な る 文

を 物 す る 程 の 、

た る 上 人 の 筆 録 で あ る か ら 、 兎 角 難

不   通 ご 謂 は れ て 居 る 、 西 山 所 傳 の 末 書 甲

に 見 る

み よ き 抄 で あ る

は 、 吾 人 の 最 も 戚 謝 措 く

は ざ る 所   で あ る o O     而 し て 本 抄 が い か な る 入 の 爲 め に 講 ぜ ら れ だ か は 、 抄 の 上 に 明 か で な い が 、 『 仁 塞 置

』 に 依 る “ 。 、 江   洲 原 田 寶 壽

下 に     爰 照 惠 大

先 年 隨 從 仁 下 向 江

○ 寄 住

滿 寺 依

Q   逕 あ る 。

滿

導 上 人 が 、 文 和 四 年 に 江 洲 千 松

の 北 洞 に 建 て ら れ て あ つ だ

を 移

し て 、

  壽 寺 ε 改

し だ

の あ る 地 名 で あ つ て 、 同 置 文 に 依 る ど 、

の 照 惠

徳 は 、 實 導 上 人 の 法 兄 な る 示 觀 上   人 に 入 室 し た が 、 示 觀 上 人 が 早 世 せ ら れ π

め 、 ’ 示 導 上 人 に 奉 仕 し 、 示 導 上 人 の 入 寂

は 實 導 上

に 隨   從 し て 、 聖

土 の

功 を 積 ま れ だ ざ あ る か ら 、 元 は 實 導 上 人 の 法 弟 で あ つ た の が 、 示 導 上

入 寂

、   實 導 上 人 に

し た 人 で あ る り こ の 照 惠 大 徳 は 、

導 上 入 が 江

亠 ハ 個 寺 の 本 寺 な る 、 西 山 往 生

帥 ち 三  

き の

職 に 擬 せ ら れ て ゐ た 、 實 導 上 人 の 同

な る 正

大 徳 が 、

治 元 年 ( 二 〇 二 二 ) 正 月

五 日 に 亠 ハ   十 五 歳 を 一

ε し て 、 箕 浦 の 西 園 寺 で 入 寂 さ れ た の で 、

ふ て 西 園 寺 の 住 持 ビ な り 、

に は 實 導 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(9)

上 人 の

屬 に 依 て 、 本 寺 の 三

寺 を 相

さ れ た 人 で あ つ て 、 一 、

弘 深 抄 い の 本 殊 を

く 他 の 九 卷 が

寺 に 於 て 講 談 さ れ た 點 か ら 考 察 ず る ご 、 照 惠 大

聽 の 首 座 ご せ ら れ の で な か ら う か 、 勿 論

導 上 人 に は

り 弟 子 ε し て 、 照

大 徳 の 外 に 、

導 上 人 に 次 で

都 慮

寺 五 世 の 住 持 ε な ら れ π 、

導 上 人 の

弟 な る 惠 達 大

や 、 照 惠 大 徳 の 跡 を

い で 、 三 鈷 寺 十 三 世 こ な ら れ だ 、 一、 小 淨 上 人 の

弟 示 鏡 大 徳 な ざ が 、 師 匠 入 寂 の

導 上 人 に 師

し て 、 聞

の 功 を 積 ま れ 疋 ε 、 『

室 置

」 に 記 さ れ て あ

b

、 爾 こ の

に 、

導 上 人 入 室 の 直 弟 も 相

あ つ た に 依 て 、 照 惠 大 徳 一 人 を 能 聽 者 し 斷 す る

は で き な い に し て も 、

講 席 の 首 座 を 占 め ら れ て ゐ た 事 だ け は 想 像 さ れ る の で あ る 」   惟 ふ に

上 人 の 講

ビ 稱 す る も の や 、 或 は 上 人 自 か ら が

理 蟲 れ だ も の な ご に 就 て は 、 森 敷 授 か 唄 信 仰 の 友 』

三 百 十 三

に 掲

さ れ て あ る だ け で も 、 二 十 二 部 八 十 四 卷 の 多 數 が あ る o 中 に 就 て 圓 戒 に

る も の で 、 相

ま つ た も の 、 あ る は 知 ら れ て あ る も 、 敷 相 に

す る も の で 、 上 人 主 張 の 法

を 述 べ た 、 圓 戒 に 匹 敵 す る 程 の 大 部 の 著 述 が 傳 は っ て

ら 澱

は 、 吾 人 の 窃 か い 訟

っ て ゐ た 所 で あ る 勿 論 判

土 希 聞 抄 』 の 如 き 著 述 も あ る が 、 夫   は 僅 か に 一 部 五 卷 の 小 冊 子 で 、 固 よ り 上 人 の 敖 義 を 談 る ε し て は 、 完 壁 で な い 憾 み が あ っ た o 殊 に 該 一 、 淨 土 希 聞 抄 』 の

書 に は 、 欣 求

土 沙

な る 人 が   仁 師 御 抄 出

多 也 o 於 } 其

説 一 者 愚 見 無 レ 所 レ

。 於 其 最 略 吋 者 短 慮 叉 難 レ 辨 。

一 抄 者

非   レ 略 o 談 レ 細 拂 沙 塵 一

金 玉 一

→ 枝

二 貞

→ 可 ソ 謂

宗 極 致 學 者 要 須 一 矣 o 希

之 號 良

レ 以 者 欺 。 ご 記 さ れ て あ る や う に 、 『 希 聞 抄 」 が 實 導 上 人 の

説 で な い

は 明 か で あ つ て 、 此 . 抄 の 外 に 更 に 大 部 の も の が あ ら う

8

は 、 昔 か ら 學 者 の 常 に 搜 索 し て 居 た 所 で あ る ○ さ れ ば 統 惠 上 人 が 、 實 導 上 人 の

説 を 遞 ベ                                                                     ニ 三

(10)

NII-Electronic Library Service                                                                       二 四 た 著

ε し て 捜 索 さ れ て ゐ た 抄 は

發 見 の 口 、 弘 深 抄 」 を 指 す の で な か ら う か 、 示 導 上 人 の 講

さ れ た 一 、 康 永 抄 』 を ,

録 整 理 し た も の が

導 上 人 で あ る こ す れ ば 、 こ の 『 康 永 抄 」 ε 簧 導 上 人 講 述 の 洲

土 希 聞 抄 」 ざ 、 及 び こ の 、 弘 深 抄 』 ε を 比

す る

合 に 、 そ の 思 想 發 表 の 形

が 三 部 こ も 相

た る ば か り で な く . 講

の 目 次 ま で が 大 同 小

な る 點 か ら 考 へ る ご .

導 上 人 の

土 敖 に 關 す る 撰 述 は 『

永 抄 」 に 依 て そ の 素 地 を

は れ 、 邃 に 開 、 希 聞 抄 』 の

き 、

す 略 に あ ら ざ る も の で , 而 も 宗 の 極 致 を 養 し た も の や 、 或 は 「 弘 深 抄 』 の 如 き 、 細 を つ ζ し 微 を 穿 つ て 、 全 十 卷 九 百

十 五 紙 も あ る や う な 、 所 謂

説 を 成 す る に 至 つ た の で あ ら う o 最 も 此 間 に は 、   『 論 義 抄 』 全 八 卷 の 如 き も の も あ る が 、 之 は 先 師 示 導 上 入 の

回 忌 に 當 つ て . 法

め に

弟 が 論 義 し た も の を ま ご め た 抄 で 、

時 に も

導 上 人 は 、 判 者 の 地 位 に

ら れ だ で あ ら う 。 夫 れ は

に 「

慈 師 御 難 云 」 こ か 、 或 は 「 , 慈 師 云 」 「 慈 師 御

云 」 な ざ あ ざ に 徴 し て も 首 肯 さ る ・

で あ つ て .

慈 は

導 上 人 の 別

で あ ら う 事 は 、 當 時 示 導 上 人 の 門 下 に

導 上 人 に 對 抗

る 程 の 、 學 徳 を

へ た 者 の な か つ 陀 點 か ら 見 て も 明 か で あ る o さ れ ば 實 導 上 人 の 撰 述

て も 、 敏

説 を 述 べ た る も の 芝 し て 、 此 の 調 , 弘 深 抄 」 は 西 谷 の = . 私 記 』 、 深 草 の 『

定 記 」 ご 並 べ て 、 本

を 代 表 す る 抄 た る は 言 を

た ぬ 。

の 意

に 於 て 從 來 は 司

抄 』 が 、 「 私 記

定 記 r ざ 共 に 、 西 山 三

ε 稱 さ れ て ゐ た

は 、

後 訂 正 す る 必 要 が あ ら う ご 思 ふ 。                 五 、

抄 の 特 色   本 抄 の 特 色 を 簡 單 明 瞭 に 發 表 す る

は 、 相

困 難 な る 問

で あ る 。 ま だ 自 分 は 全 十 卷 を

す る 暇 が な い に 依 て . 之 を 批 評 す る こ 巴 は 不 可

で あ る が 、 一 寸 通

し 陀 い け で も 、 西 谷 だ

し き 相 違 を 威 す る N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(11)

點 は 、 諸 經 ピ 觀 經 ビ の 關 係 で あ

 

う o

は 善 導 大 師 の 齢 , 觀 經 序 分

』 に 、 化 前 序 の 一 段 が 設 け ら れ て あ る Q そ の

前 序 の

意 に 就 て 、 善 導 大 師 を 祀 述 す る 淨 土 一 門 の

に 、

に 約

る ご 、 法 に 約 す る 巴 、 機 に 約 す る の 説 が あ る o 既 に 西 谷 を 代 表 す る 行 觀 上 人 の 『 私 記 し に は   西 山 に は 機 の 方 を

前 序 ε 云 ふ て 、 法 の

を ば 化 前 序 ざ 取 ら す ご 云 ふ な り 。 ご 明 か に 機 に 約 す る 説 を

へ ら れ て 居 る 。 然 る に 『 弘 深 抄 」 ( 序 本 茄 址 訂 ) に は   化 前 ご 云 ふ は

經 の 起

の 前 き を 指 す 。 是 は 何

の 爲 め ぞ ご 云 ふ に 、 一 代 が 惣 じ て 未 來 極 惡 の ル   夫 の 爲 め に 、

土 の 門 を 開 顯 せ ん 巴 爲 る 、 螢

の 相 に て あ る ぞ ご 、 和 徇 は

玉 ひ て 。 一 時 巳 下 を   發 起 序 ε は 釋 し 給 ふ な り ○ ざ 述 べ ら れ て あ る ○ 之 は 確 か に 化 前 序 を ぱ 法 に 約 す る 説 で 、 善 導 和 爾 が

時 佛 在 L 以 下 「 云 何 見 極

世 界 」 ま で を 、 發 起 序 ご 分 け て , 其

時 佛 在 L 已 下 「 而 爲 上 首 」 ま で を . 化 前 序 こ せ ら れ た の で あ る か ら 、 發

序 の 一 分 ド し て 釋 さ れ た 巴 云 ふ の で あ る

 

之 は 乃 ち 發 起 序 を ば

ご 分 け て 、 其 中 に 化 前 序 を ば 遠 發

縁 を ば 近

超 ど 見 ・

が あ る か ら で あ つ て 、

前 序 を 法 に 約 す る 説 は 、

導 上 人 に 初 ま つ た わ け で な く 、 … 念 義 を 唱

し た 成 覺 房 幸 西 の 如 き も 、 一 代 諸 經 を

前 序 芝 立 て 、 樺 者 聖 人 の 爲 め の

便 敖 ε し 、 月

っ 程 の 手 遊 び ご 評 し だ こ は 、 行 觀 上 人 の 沸 私 記 』 ( 立 私 記 二 か 三 ) に 見 受 く も 所 で あ る が , 一 念

を 述 ぶ る 幸 西 の 撰 述 な る も の が 傅 つ て 居 な い 爲 め に 、 } 私 記 」 の 説 の 當 否 を 決 定 す る

は 不 可

で あ る o 然 れ ご も , . 私 記 』 に 傳 ふ る 、 一 念

立 の

前 序 説 ビ 、 同 巧 異 曲 の

意 を 爲 す も の は 、 其

に 於 て も

く な い や う で あ る Q 一 例 を 擧 ぐ れ ば 眞 宗

の 調 、

仰 記 』 に                                                                     二 五 O

(12)

NII-Electronic Library Service ●                                                                       二 六   起 化 ハ 近 . 起 畠 王 宮 之 化 → 化 前 遠 . 通 勘 一 代 略 依 聖 序

ノ 意 〜

. 諸 經 { 玄 力 . 漣 3

餘 , 正 化 → 遠 近 總   攝 ス 故 二

助 化 前 序 → ご あ る 如 き は 、 化 前 序 を ば 法 に 約 す る 説 ご 見 る べ き で あ ら う o 然 れ ざ も 吾 人 が 特 に 『 弘 深 抄 』 を

ん で 興 味 を 戚 す る 點 は 、 化

序 の

意 を 同 じ 法 ヒ 約 す る に し て も

の 如 き は 一 代 諸

を 権 方 便 こ し 、 月 待 っ 程 の 手 遊 び ご 評 し た に 對 し 、 『 弘 深 抄 」 に は 、 一 代 諸 經 は

べ て 極 惡 の 凡 夫 の 爲 め に 、

生 淨 土 の 門 を 開 顯 せ ん こ し て 、

起 さ れ た ε 云 ふ 説 で あ つ て 、 も し 一 念 義 の 云 ふ が 如 き 、 釋 尊 出 世 の

懐 は 、 垢 障 覆 深 の 凡 夫 の 爲 め に 、 こ の 觀 經 を 説 か ん ご す る に あ る も , 未 だ に そ の 時

に 至 ら 函 故 o 時 期 到

を 待 つ 間 の 手 遊 び こ し て 、

者 聖 人 の 爲 め に . 漸 頓 八

の 敷 を 説 き

ふ セ を 、 化 前 序 巴 云 ふ の で あ れ ば 、 一 代 諸 經 ビ

經 ご は 何 處 ま で も 封 立 し て 、 其 間 何 等 の 交 渉 を 有 せ ぬ

に な る の で あ る 9   然 る に ] 、 弘 深 抄 』 の 云 ふ が 如 く 、 一 代 諸 經 は 極 惡 の 凡 夫 を

め に 、

生 淨 土 の 門 を 開 顯 せ ん こ し て , 發 起 さ れ た こ 云 ふ 意 味 に 取 れ ば 、 漸 頓 八 萬 の 欷 は 、 畢 竟 觀 經 開 説 の 由 序 ご 云 ふ

に な つ て 、 一 代 諸 經 ど 概 經 ビ は ,

も 密 接 な る 關 係 を 有 す る

に な る の で あ る Q 然 ら ば 何 故 に 、 一 代 諸 經 が 無 生

土 の 門 を

顯 す る に あ る ご .

ひ う る か ビ 云 ふ に . 一 、 弘 深 抄 』

本 叡

に は 「 玄 義 分 」 の 序 題

に 釋 さ れ て あ る 、 「

廣 大 」 ご 云 ふ よ り 「 恒 沙 功 徳 寂 用 湛 然 」 ま で を ,

括 的 に 批 判 し て   上 に 逑 ぶ る 所 の

法 性 の 理 は 、 一 切 衆 生 本 來 所 具 の 法 な り ご 云 へ ざ も 、 垢

は れ て 顯 照 の

を  

さ す o 故 に 此 の

如 の 淨 體 を 顯 さ し め ん か 爲 め に 、 釋

は 出 現 し て

く 八

四 千 の 法

を 説 き 玉 へ   り 。 仍 て 之 を 聞 ぐ も の

脱 を 蒙 て 、

本 有 の 理 を 悟 り て

し た り c 云 ひ た る 樣 に 、 文 の 面 は 見 へ た る N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(13)

も 、 文 の 本 意 は

ら ざ る な り ○                               。 ご 述 べ て あ る 。 之 で 見 る ざ 八 萬 四 千 の 洪 門 は 、 我 等 が 本 來 具

し て 居 る 、 眞 如 法 性 、

言 せ げ 佛 性 を 顯

せ し む る 爲 め に 、 説 か れ た も の ビ

し で は な ら ぬ ご 云 ふ の で あ つ て 、 つ ま

b

修 因 戚 果 、 自 力

行 を 策 勵

る 爲 め に 、 説 か れ た 敖 で な い ご 云 ふ の で あ る o 夫 れ な ら ば 、 釋 奪 数

の 目 的 は 何 に あ る か 、 自 力

行 に 依 て 、 本 來 所 具 の 佛 性 を

發 す る を 目 的 こ せ な い な ら ば 、 敷 化 の 對 象 を こ の 程

に 置 く べ き で あ ら う か 、 『 弘 深 抄 』 ( 立 本 菰 二 ) に は

に 釋 さ れ て あ る 、 「 然 衆 生

重 取 レ 悟 之 者

レ 明 」 の 交 を 註 し て  

障 重 の 機 の 爲 め の 出 現 に て だ に も あ る な ら ば 、 一 代 の 問 に 大 小 權

の 洪 を 説 い て 、

機 に

盆 せ し   む ご 見 た

6

し を 、 驚 入 火 宅 の

意 ε は 意 得 べ か ら す o 垢

覆 深 の 機 の 爲 め に 出 現 し て 、

機 の 上 に

 

法 性 の 理 を 、 顯 さ ん 爲 め の 一 代 の 佛 法 な る 事 は 、 仔 細 な き な り 。 其 一 代 が 垢 障 の 凡 夫 の

め な る 謂   を ば 、 正 し く

提 の 請 に 依 て 淨 土 の 要

を 開 き 、 別 意 の 弘 願 を 顯 彰 し た ま ふ 等 ピ 、 釋 し

は さ れ た り   ξ 意

べ き な り 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

.   こ れ に 依 て 之 を 見 る に 、 釋

出 世 の

懐 は 、 垢 障 覆 深 の 凡 夫 を 救 ふ

め で あ つ て 、

よ り 權 者 聖 入 の 爲 め に 、

小 權

の 洪

を 説 い て 、 隨

盆 せ し む る の が 目 的 で な い 。 勿 論 垢 障 覆 深 の 凡 夬 を

は ん こ

る は 、

來 所 具 の 佛 性 を 、 顯 は さ し め ん が 爲 め で は あ る が 、 夫 れ は 全 ぐ 自

解 行 に 依 る の で な い 、 凡 夫 な が ム

土 に 往 生 し て 、 淨 土 の

如 法 性 の 理 を 、 悟 り 顯 さ し め や う ε す る 意 で あ る 。 夬 故 一 代 諸 經 に 説 く 所 の 大 小 樺 實 の 敷 似 、

竟 凡 夫 の 爲 め に 説 か れ た

に な る か ら 、 調 、 弘 深 抄 』 に は 「 此

の 上 に 眞

法 性 の 理 を

さ し め ん 爲 め の 一 代 の 佛 法 な る 事 は 、 仔 細 な き な り 」 ε 述 べ ら れ た の で あ つ て 、   『 亥

                                                                    二 七 馬

(14)

NII-Electronic Library Service 一 λ 分 」 の

に   漸 頓 師

稱 二

宜 一 隨 レ 縁 者 則

解 脱 一 ご 釋 さ れ て あ る 文 よ b 考 へ る ご 、 一 代 諸 經 は 五 乘 の 用 島 る も の に 封 し て 、 五 乘 の 法 を 説 き 給 ふ た 如 く

せ ら る 丶 も 、 觀 麗 を 立 塲 こ し て 一 代 諸 經 を 見 る 塲 合 に 、 夫 れ は 許 さ れ ぬ 所 で あ つ て 唄 弘 深 抄 』 ( 玄 本 叡 一 ) に は 一 、 玄

分 』 の 十 四 行 の 偈 に 頌 せ ら れ て あ る 、 「 頓 敷 一 乘 海 」 の 意 義 を 説 明 し て   凡 一 乘 の 宗 冒 ご 云 は ん す る は 、 諸 宗 よ り し て

如 法 界 の 理

顯 は す る に 付 て 、 種 々 の 道 が あ b て 、 穢   土 に て

、 淨 土 に て

る 樣 も 各 別 に 、 叉 此 理 を 證 す る に 付 き 、 彼 の 行 を 修 し て も

り 、

行 を 修   し て も 悟 る

に は 沙 汰 せ ざ る な り 〇 一 乘 ご 云 ふ は 、 唯

一 乘 法 無 二 亦

三 に て あ る な り Q 除 佛 方 便 説   ご 云 ふ て 、

便 の 説 を 設 け だ る こ そ 、 三 乘 五 乘 の 不 同 も あ る 樣 な れ ご も 、 正 し く 佛 意 を 述 ぶ る 時 は 一  

無 殊 霍 て 、 天 台 の 意 は 法

の 意 な ら す し て は 、 佛 に な る 道 は 無 な り 眞 言 の 意 亦 、 唯

言 法 中 即 身 成   佛 故 に ご 、

實 の 凡 夫 の 佛 に な る 謂 は 、 鵈 譽 言 の 意 な ら で は 、 之 あ る 可 か ら す ご 談 す る な り Q

の 法 も   叉

敏 一 乘 海 に て あ る な ら ば 、 餘 敷 の 修 行 に 堪 へ ざ る 、  

の 機 の 出 離 の 道 ば か も を 、 往 生 淨 土 ご は   沙 汰 た る ぞ な ご 言 ひ て は 、  一 乘 義 に て は あ る ま じ き な り ○ ご 斷 定 を 下 さ れ て あ る 。 之 等 は 西 谷 一 流 に 、 聖 淨 兩

を 立 て 、 聖 道 一 代 の 敷 は 、 五 乘 の 機 根 に 對 し て 、 五 乘 の 法 を 説 き 給 ふ た の て あ る か ら 、

れ の 用 あ る も の は 、 各 々 縁 に 隨 つ て 解 脱 す る

を う る な ら ん も こ の 觀 經 は 聖

の 修 行 に 絶 望 し た 、 失

法 財 の 凡 夫 を 救 ふ 爲 め に 、 説 か れ た 敷 で あ る か ら 、 是 に よ つ て 彌 陀 の 弘 願 に 歸 入 し た も の は 、

し く 淨 土 に 往 生 す る

が 出 來 る ご 主 張 す る 西 谷 義 ご は 、 根 本 的 に 相 容 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(15)

れ ざ る 所 で あ つ て 、 既 に

山 義 の 開

た る 康 塞 示 導 上 人 の 一 、

』 へ 西 憂 八 炉 姻 ) に も 、   一 代 は 皆 依 心 起 於 勝 行 の

な れ ば 、 心 に 依 て

行 を 起 す

な れ ば 、 障 重 の 機 遍

に 由 な し ご 云 ふ 也 、   遇 因 韋 提 等 者 、

來 の 出 現 は 此 機 の

也 。 在 世 の 聖 人 の 爲 に は あ ら す 、

々 に も 談 す る

也 。 ご あ る 點 か ら 考 察 す る ご 、 「 弘 深 抄 』 が 一 忙 諸 經 を 觀 經 に 取 入 れ て 、 極 惡 の 凡 夬 を

ふ 爲 め に 、 無 生 淨 土 の

を 開 顯 す る に あ る ご 云 ふ 思 想 は .

導 上

の 今

で あ る や う に 解 せ ら れ る G 爰 に 至 っ て

導 上 人 の 敷 學 を 醢

し た 、 派 租 譫 塞 上 人 の 撰 述 に 遡 る 必 要 が あ る 。   一 體 本 山

の 誇 り ご

る 所 は 派 租 の 激

を 純 蔽 に 祀 匙 す る に あ る o 派 租 證 塞 上 人 の

下 で あ る 淨 骨 、 道 鸛 、 立 信 、

鏡 の 四

が 、 派 租 の 滅

に 於 て 各 々 法

を 樹 て 、 租

の 精

を 發 揚 し た も の が 、 、 之 が 所 謂

音 の 西 谷

、 道 觀 の 嵯 峨

、 立 信 の 深 草

、 觀 鏡 の

山 義 な る 四 流 で あ る o 然 る に 派 租 の 減

四 十 年 に 出 世 し た 、 本 山 義 の 開

康 室 示 導 上 人 ( } 九 四 ⊥ バ

二 〇 〇 ⊥ ハ ) は 、 『 西 谷 上 人 縁 起 」 (

五 卷 ) に 依 る ざ 、 初 め 猪 熊 の

光 上 人 灘

に 就 て 天 台 を 學 ぴ 、

言 を 研

さ れ て 居 た が 、

に は 之

を 措 い て 淨 土 門 に 歸 入 し 、 因 縁 あ つ て 鎌

の 佛 觀 房 に 師 事 さ れ て 居 た o 此 の 佛

の 開

觀 鏡 上 人 の 門 人 な る 、 觀 明

の 弟 子 で あ つ て 、 觀 明 房 は 派 祀 撰 述 の 『 他 筆 鈔 」 を 、 蒐 蕪

理 し た 入 ご も 傳 ね ら れ て 居 る o さ れ ば 弟 子 の 佛 觀 房 も 、 定 め し 淨 土 敷 に 造 詣 も 深 か ら う ピ 期 待 し て 居 た が 、 意 外 に 淺 薄 で あ っ た 爲 め 、 佛 觀

所 持 の 「 他 筆 鈔 」 を 乞 請 け て 、 專 心 に 之 を 研

さ れ て 居 た 。 二 十 四 五 歳 の 頃 、 佛 觀

の 下 を

し て 西 山 往 生 院 に 攀 登 り 、 玄 觀 上 人 に 師

し て 、 圓 戒 淨 土 兩 宗 の 相 承 を 受 け ら れ た が 、 此

で も 玄 觀 上 人 の

が 、 意 に 滿 だ 譫 點 が あ つ た o 然 る に 往 生 院 所 藏 の 『

筆 鈔   並 び に 「 積 學 鈔 」 を 初 め て                                                                       二 九

(16)

NII-Electronic Library Service 三 〇

す る に 及 ん で 、

甚 だ 多 く 、 其

は 師 説 の い か ん に 拘 は ら す 、 組 師 の

籍 を 指 南 ご し て 、 ひ た す ら 租 意 の 顯

め ら れ た の が 、 即 ち 本 山

の 濫 觴 で あ る 。 而 し て

上 人 の

土 敷 は 、 素 よ り 師 意 を

し て 祀 訓 の 弘 通 を 能

こ せ る も の で あ る か ら 、 從 つ て

大 成 の 功

者 こ し て

導 上 人 の 地

は 西 谷 義 の 行

、 深 草

の 顯 意 兩 上 人 に 、 劉

す べ き 人 師 た る は 言 を

だ ぬ が 、

訓 の 發 表 形

は 、 必 す し も 師 弟 の 間 に 一 器 寫

で な か つ た

は 、 前 に 例 證 し た 一 .

永 抄 』 の 説 ざ 比

し て 、 そ の 一 短 を 窺 ふ 事 が 出

る 。   蓋 し 本 山

な る

稱 は 、 派

證 察 上 人 が 建

元 年 一 八

三 ) よ

b

治 元 年 ( 一 九 〇 七 ) 十 一 月 二 十 亠 ハ 日 入 寂 に 至 る 、 三 十 五 年 間 の

牢 生 を 、 西

往 生

即 ち 三

寺 で

ら れ た 、 西 山 敷

發 群 の 地 陀 る 根

で あ る ざ 共 に 、 派 租 の 敷

を 純 直 に 傳 ふ る 意 味 か ら 生 じ だ も の で 、 西 谷 、 深 草 、

が 開 祗 の 居

に 約 し て

を 立 つ る に 、 撰 ん だ 點 の あ る 事 も 見 逃 し て は な ら 漁 o さ れ ば

導 上 人 の 敷 學 が 、 派 組 證 室 上 人 の 読 を 、 純 直 に 傳 わ て 居 る や 否 や を 、 組 書 に 就 て 研 尋 す る 必 要 の あ る は 當

で あ つ て

の 「

頓 部 各 稱

縁 者 則

蒙 解 脱 」 の 釋 に 對 す る 、 證 塞 上 人 の 高 説 を 窺 ふ に 、 口 、 弘 深

』 ご 相

た る 點 の あ る は 、 否 定 す べ か ら ざ る

で あ る 。 試 み に そ の 一 節 を 擧 ぐ れ ば 、

西 全 三 、 陀 三 ) に は 次 の 如                                                     砂 く 逑 べ ら れ て あ る o                 °   漸 頓 は 即 ち 前 の

餘 八

な り o 各 稱 所 宜 は 機 宜 に 應 す る な う ○ 隨 縁 稱 宜 ご は 語 異 に し て 意 同 じ Q

じ   て 機 敷 相

を 言 ふ の み ○ 皆 蒙

脱 ご は 並 べ て こ 障 を 除 く 、 般 舟

に 云 く 、 或 漸 或 頓 明 室

人 法 二  

根 性 利 者 皆 蒙

根 無 智 難 開 悟 ご 、 漸 頓 異 な り 巴 雖 も 、 同 じ く 二 障 を 除 く 、 乃 ち 是 れ

竟 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(17)

 

脱 の 故 な り o

に 知 る べ し 、 如 來 の 臨 化 は 本 心 偏 に 垢

常 沒 の 苦

の 爲 め の 故 に 、

め 成 道 よ b 絡   り 泥 河 に 至 る ま で 、 彼 の 一 代 の 時 處 に 託 し て 、 一 切 衆 生 の 爲 の に 一 切 の 注 を 説 き て 、

に 我 等 凡 夫 の   永 生 の 樂 果 の 爲 め に 、 因 縁 を 作 さ す ご 云 ふ こ ε な し o 各 解 脱 を 蒙 乃 こ ご は 、 皆 大 悲 の 法 澤 に 因 ら す ε   云 ふ こ ざ な し 、 故 に 彼 の 聖

、 既 に 自 か ら 佛 知 見 の 邁 に

入 す れ ば 、 佛 の 大 悲 を 學 し て 、 佛 の 悲 化 を   助 く 、 佛 ご 共 に 無 生 淨 土 の

を 開 顯 し て 、 常 沒 の 衆 生 を

濟 せ ん ざ 欲 す る な り o 『 康 永 抄 」 に 「 如 家 の 出 現 は

機 (

重 の 機 ) の 爲 也 。 在 世 の 聖 人 の 爲 に あ ら す 」 ご あ る

は 、

 

」 に 「 如 來 の 臨 化 は 本 心 偏 へ に 垢 障 常

の 苦 機 の 爲 め の 故 也 」 ざ 云 へ る の ε 同 一 で あ る が 、 『 康 永 抄 」 は

代 は 皆 依 心 起 於 勝 行 の

な れ ば 、 55 に 依 て 勝 行 を 起 す

な れ ば 、 障 重 の

遍 攬 に 由 な し 巴 云 ふ 也 L ε 云 へ る 點 は 、 聖 淨

を 明 か に

眸 し た 思 想 で あ つ て 、 踊 、 觀

義 」 に 「 初 め 成 道 よ り 終 り 泥 疸 に 至 る ま で 、 一 代 の 一 切 の 時 處 に 託 し て 、 一 切 衆 生 の 爲 め に 一 切 の 注 を 説 き て 、 常 に 我

凡 夫 の 永 生 の 樂 果 の 爲 め に 、 因 縁 を 作 ら す ε 云 ふ こ ビ な し 」 ε 云 へ る は 、 」 代 諸 經 を

經 の 由 序 ご 見 る 思 想 で あ る 。 茲 に 至 つ て 實 導 上 人 の 激 學 臆 、 派 耐 の 説 を 其 ま 丶 相

し だ ざ も 言 ひ う る の で あ つ て 、 『 西 山 上 人 縁 起 』

二 卷 ) に 述 べ ら れ て あ る 化 前 序 の

意 を 、 』 . 觀

義 』 の 説 に 比

す る ご 、

導 上 人 の 思 想 が 一 層 明 瞭

る の で あ る o   ま つ 觀 經 の 化 前 序 ざ い ふ は 、 釋

一 代 の 説 敖 、 五 乘 八

の 洪

を 總 じ て 觀 經 の 發 起

ご 立 ら れ だ

bo

  さ れ ば 成 迸 の は じ め に 、 法 界 唯 心 の 理 を 説 れ し よ り 、 泥 疸 の ゆ ふ べ に 佛 性 常 住 の 旨 を 宣 給 ふ に 至 る ま   で 、 こ ご み 丶 {

敷 一 乘 の 海 に

し 、 無 生 淨 土 の

に 歸 せ す ご い ふ こ ざ な し ) 故 に ひ ろ く 一 代 の 時 佛                                                                     = 二

(18)

NII-Electronic Library Service                                                                     三 二   處 衆 を 、 化 前 の 四 句 ご は つ ら 澱 る 趣 を 沙 汰 せ ら れ し か ば 、 聞 人 耳 を 驚 か し け る ご か や 。   こ れ に 依 て 之 馳

る に 、

導 上 人 の 化 前 序 説 は 、 正 し く 『 觀

義 』 即 ち P 、 自 筆 抄 』 を 相 承 し π も の で あ る

か に な つ た 。

れ こ も 證 塞 上 人 の 欷

を 談 る 撰 述 の 上 に 、 初

の も の ご

期 の も の あ る こ ε を 判 別 し て 、 而 し て 後 に

訓 の 眞

を 開 顯 す る に

む る は 、

徒 の

務 な る を 忘 れ て は な ら 臓 o

に 就 て は

導 上 人 の 調 、 希 聞 鈔 』 に も   凡 ソ 御 自 筆 ノ 抄 ド ハ 、 法

上 人 ノ ロ 決 シ タ マ ヘ ル 趣 ヲ 、 先 ヅ 其 マ ・ 二 記 シ 置 カ レ タ ル 書 ナ リ ト 申 傳 タ   リ 。 他

ノ 御 抄 以 下 ハ 、

傳 ノ 趣 ヲ 切 瑳 琢 磨 シ デ 、 微

理 ヲ 成 ジ プ 、 宗 旨 ノ 淵 源 ヲ 被 ・ 盡 ラ 7 ア   川 也 ○ ビ 述 べ ら れ て あ る や う に 、 『 觀

義 」 四

一 卷 は 、 宗 租 法

上 人 よ り 口 决 さ れ た 相 傳 の 趣 き を 、 後 日 に

埋 し た も の で 、 派

の 思 想 が 織 込 ま れ て あ る に し て も 、 最 も 初 期 ( 三 十 七 歳 以

) の 撰 述 で あ る か ら 隨 つ て 思 想 の

く 點 の あ る は 免 れ 戯 事 で あ ら う 。 然 る に “ 、 他

鈔 儒 ( 六 十 四 歳 以 後 ) に 至 る 巴 、 切 嵯 琢 磨 の 功 績 が 全 慫 に

っ て 、 眞 に 派 祀 巳 證 の 洪

π る

目 が 餘 蘊 な く 發 揮 さ れ て あ る や う で あ る o さ れ ば 派

を 知 ら う こ す る に は 、

ひ 「 他

鈔 』 に 根 據 を 置 く べ き で あ つ て 、 『 他

鈔 』 ( 西 全 四 じ 八 二 ) に は 次 の

く 論 ぜ ら れ て あ る 。 ‘   依 心

於 勝 行 等 上 訳

Q

の 如 ぐ

々 不 同 の 敷 、 機 に

て 説 き 給 ふ 、 各 々 心 に 隨 て 行 を 起 す 、 仍 て 八

  四 千 の 薇

あ り o

頓 各 々 情 に 隨 て 其 益 を

る セ 云 ふ な り 。

ま で は 化 前 序 の 位 を 釋 す る な り 。   然 衆 生

重 等 レ 云 事 o 此 よ り は 正

逸 の 意 を 標 す る な り 。 是 帥 ち 上 に 云 ふ 所 の 、

頓 入

の 諸 經 は 、 皆 N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(19)

  悉 く 五 乘 の

の 受 る

の 敖 な り o 垢 障 の 凡 夫 は 其 敷 釜 に 依 て 悟 を 取 る も の あ る べ か ら す 。 爾 る に

提   極

せ ん ご

び 、 敷 我 思 惟 正 受 ご 稱 す る に 依 て 、 佛

く 未 來 凡 夫 の 往

す べ き 謂 れ を

し 給 へ る  

謂 定

を 廻 し て 、 弘 願 の 一 行 に 歸 す る 是 な り o

謂 れ を 釋 し

す を

經 の 正 發 超 ご は 云 な り ○  

で 、 「 眞 如 廣 大 」 よ り 「 皆 蒙

脱 」 ま で を 化 前 序 、 「 然 衆 生 障 重 」 よ り 「 以 爲 墫 上 縁 也 」 ま で を 正 發

ε 判 す る 事 は 、 『 他

鈔 』 も 『 弘 深 抄 」 も 同 じ で あ る が 、

意 を 異 に す る 點 は 、 『 弘 深 抄 」 ざ 對 照 す れ ば 明 か で あ る Q 帥 ち 八 萬 四 千 の 敷

は 、 機 に 隨 っ て 説 き 給 ふ た も の で 、 心 に 隨 つ て 行 を

し た 者 の 、 敷 盆 を 蒙 む る 分 を 化 前 序 ご

け 、 こ の 敖 盆 に 漏 れ て 法 を う ぐ る

の 出 來 な い 、

重 の 凡 夫 の

め に 、

提 希 夫 人 の 請 あ る を 機

に 、

經 を 説 い て 、 弘 願 の 一 行 に 歸 せ し め 給 ふ だ 所 か ら 「 然 衆 生 障 重 」 以 下 を 、 正 發 起 こ 爲

ご 云 ふ の で あ る 。

て 諸 經 ビ 觀 經 ざ は 何 處 ま で も 對 立 し て 、 聖 淨 二 門 は 眞

な る 二 個 の 存 在 ご 見 る の が 、 證 塞 上 人 の 圓

し た 思 想 の や う に 拜 せ ら れ る 、 此 點 に 就 て は 西 谷 の 日 私 記 』

の 口

永 抄 」 な ご は 、 「 他 筆 鈔 』 を 相

し π 説 ど 云 ふ

が 出 來 や う o   處 で

導 上 人 が 一 代 諸 經 を

前 序 ε 爲 し 、 開 顯

ご 判 す る 論 據 は 、

嵯 稱 揚 の 願 に あ る は 勿 論 な る が 、 更 に 之 を 裏

け る も の は 、 建 保 五 年 ( 一 入

) に 派 祀 が 仁 和

の 經

か ら 發 見 さ れ た 、 『

」 の 説 で あ る o 之 は 一 、 西

上 入 縁 起 」 ( 卷 二 ) に も 述 べ ら れ て あ る が 、 「 般 舟

』 の 前

に は   釋

如 來

是 慈 悲 父 母 o 種 々 方 便 發 二 起 我 等

上 信 心 ℃ 又 説 二 種 々 方 便 一 敷

二 〇

爲 こ

見 凡   夫 ℃ 若

レ 敷 修 行 者 。 則

々 見 佛

レ 生 ; 淨 土 皿 だ 釋 さ れ て あ る

か ら 、

導 上 人 は 一 代 諸 經 を 化 前

ご 爲 し 、 嗣 顯 無 生 淨 土

ご 判 せ ら れ だ も の で 、 該                                                                     三 三

(20)

NII-Electronic Library Service 三 四 縁

に  

迦 一 代 の 種 々 の 説 敖 は 、 ひ ご へ に 我

が 無 上 の 信 心 を 發 起 せ し む る

便 な り ご い ふ は 、 無 上 の 信 心   ε は 觀 經 の 三 心 な

bQ

ま た 大 小 權

種 々 の 勢

… に あ ら ざ れ こ も 、 こ ビ み 丶

の 凡 夫 の 爲 な る ゆ へ   に 、 か の 宗 を

し こ の 敖 を も て あ そ ぷ ざ も 、 一 々 の 敖 意 を あ き ら め む れ ば 、

よ り も 臨 終

佛 の   盆 を 成 じ 、 こ の 門 よ り も 得 生 淨 土 の 道 に 歸 せ す ご 云 ふ こ ざ な し 巴 釋 す る に あ ら す や o ご 逑 べ ら れ て あ る 點 は 、 之 亦 『 觀

義 匹 の 説 を 相

し た も の − 、

大 師 が 「 諸 經 所 讃 多 在 彌 陀 」 ご 釋 さ れ た 縄

の も の で 、 『 私 記 』 の

易 廢 立 の 領 域 を 、 脱 し

な い 點 を 注 意 で る 必 要 が あ る ○  

ふ に

導 上 人 の 淨 土 敷 學 は 、 派 組 の 撰 述 に 敷 相

相 に 渉 て

多 く あ る 中 で も 。 特 に 『 觀 門 義 」 を 重 ん じ 、 夫 れ に 派 祀 が 往 生 院 在 住 中 に 發 見 さ れ た 、 『 般 舟

』 流 布 の 意 も 手 慱 て 、

成 さ れ た の で な か ら う か 、 『 弘 深 抄 』 ( 立

三 ) に

 

 

 

 

 

゜   一 代 の 説 法 さ ま

、 な る

な れ こ も 、 只 偏 に 我 等

見 の 凡 夫 に 、

願 意 を 知 ら し め ん と す る に て あ り   け る を 隔 さ も 思 知 ら す し て 、 ご や せ ま じ か く や せ ま じ ざ 思 つ る 意 を 打 捨 て 、 一 代 佛 法 は 只 發 遣 の 謂 な ゜   h け り o 彌 陀 の 超 世 の 別 願 只 我 等 を

は ん 爲 め 正 覺 の

に て あ り け る 上 は 、

b

外 に 出

の 路 は 、   叉 二 も あ る べ き

で 。 ざ 言 ひ 、 叉 入 立

八 )  

一 代 の 説 敖 は 、 展 轉 敖 將 入 法 林 こ て 、 淨 土 の 法 林 に 勸 め 入 れ 、 別 願 の

を 我

め に 知 ら す る   よ り 外 の

は 無 き な り 。 さ れ ば 諸 佛 の 世 に 出 て 法 を 説 く ド 云 ふ は 、

の 願 よ り 出 て 、 稱 讃 我

す N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(21)

  る に て あ る 故 に 、 凡 そ 佛 法 ざ 云 ふ は 、 悉 く 彌 陀

願 極 樂 之 要

に て あ る な り o         , 或 は ( 玄 末 畝 八 )   此 經 ( 觀 經 ) の 意 に て 見 れ ば 、 一 代 は 穃 讃 我

に て 、 戒 佛 の 道 を 設 く ご 云 ふ は 、 悉 く

生 の 上 に   成 す べ き 、 謂 れ を 成 す る に て あ り け る な り o ご あ る 如 き 、 之

の 要 文 を 抄 出 す れ ば 際 限 は な い が 、

は 其 = 一 を

げ て 、 本 抄 の 特 色 の 一 短 を 紹 介 し た に 過 ぎ ぬ o な ほ 化 前 序 の

題 は 、 斯 る 小 論 文 を 以 て 完 結 さ る べ き も の で な い が 、 紙

に 制 限 の あ る 事 故 、 夏 に

日 を 期 し て

者 に 見 え や う ざ 思 ふ Q

 

   

 

 

 

    ( 一 月 十 九 日

) ■ 三 五

参照

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