使徒言行録の修辞学的研究(2)――三つの助言(審議 )演説――
著者 原口 尚彰
雑誌名 東北学院大学キリスト教文化研究所紀要
号 21
ページ 55‑81
発行年 2003‑06‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024328/
使徒言行録の修辞学的研究(2)
三つの助言(審議)演説
原口尚彰
第1節序論
私は先に,使徒言行録中に報告されているペトロの三つの伝道説教と(使2:
1440; 3: 1226; 10: 34‑43),三つの弁明演説を(使4: 812; 5: 2933; 11 : 5 17),修辞学の視点から分枡した1.本論文は共同体の未来の方向を決定する亜 要な会議の場で行われた三つの渡説を採り上げ,修辞学的釈義の方法論を適用 してその特色を分析することにする。三つの演説の蝦初は,ユダヤの最高法院 の審理において律法学者のガマリエルによって行われた演説であり (使5: 35 39),他の二つは,エルサレムの使徒会議において教会指導者のペトロとヤコブ によって行われた演説である(使15z 7 11 ; 15: 1321)。本考察において,三 つの演説が,使徒言行録の文学空間の中でどのような修辞的機能を果たしてい るのかを検証してみたい。
第2節使徒言行録5:3539の修辞学的考察 (1) 修辞的状況
ペトロとヨハネはエルサレムの神殿の庭で一人の障害者の人に癒しを与えた (使3: 1 8)。この奇跡的な出来事は,神殿に居合わせたユタキヤ人群衆を驚かせ
l 拙袖「使徒言行録の修辞学的研究(1)ペトロの伝道説教l I東北学院大学キリスト教
文化研究所紀要」第19)j・ (2002)61 1(10頁; 「使徒言行録におけるペトロの弁明演説|
i'東北学院大学諭染数物と神畢」第36号(20U3) 31‑6()頁。
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た(3: 9 10)。彼らは説明を求めて使徒達の下に駆け寄って来た(3: 11)。ペ トロは彼らの疑問に答えて, イエスの名によって行われた癒しの出来事を説明 する演説をし,群衆達に回心を勧めた(3: 1226)。この演説においてペトロは,
イエスの名への信仰が奇跡的癒しを招来したことを強調した (使3: 16; さら に, 3: 6も参照)。他方,彼はユダヤ人達が殺害したイエスを,神が復活させた と述べて, イエスの十字架の死に対するユダヤ人の責任を強調した(使3: 13 15)。 この減説の主目的は,ユダヤ人群衆に悔い改めを勧めることであった(3:
16,26)。 この演説は大変効果的であり,エルサレム教会の信徒は短期間に増加 し五千人にのぽったという(4: 4)。 しかし,使徒達の神殿における宣教と癒し の活動は,祭司やサドカイ派の人々の怒りを買った。それは,神殿で民衆を教 えることは祭司の専権事項であると彼らが考えていたのと(マタ21 : 23;マコ 1l : 27;ルカ20: 1を参照),サドカイ派が死者の復活の教理を認めていなかっ たためであろう(マタ22: 23;使23: 69を参照)。彼らは使徒達を神殿で捕ら えて,留置した(4: 1‑3)。翌目に最高法院が招集され,使徒達への審理が直ち に開始された(使4§ 5−7, さらに使4: 25を参照)。彼らは使徒達に対して, 「お 前たちは何の力で, または誰の名においてこのことを行ったのか?」 と問い詰 めた(使4 : 7; さらに, マタ21 : 23;マコ1l : 28;ルカ20: 2i使5: 21を参 照)。そこで,ペトロが使徒達を代表して行った弁明がこの演説である(使4$ 8‑
12)。こうした経緯が示しているように, この演説はユダヤの雌商法院という公 的な場においてなされ,法的な性格を帯びている。使徒達はエルサレム神殿と いうユダヤの宗教的にも,政治的にも中心的な場所において行った宣教活動の ために逮捕され,裁判にかけられているのであるから(使4¥ 57), これはエル サレムの宗教勢力による最初のキリスト教迫害の試みと言えるであろう。 しか し,奇妙なことに,大祭司の審問の言葉は,使徒達の神殿における宣教活動に 向けられることはなく,専ら癒しの業の根拠を問うものであった2.この問いは 問責に近く,使徒の側の答え方次第では.直ちに彼らの罪責を示す手だてとも
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なりうるものであった。イエスの名前の故に使徒達や信徒達が迫害を受けるこ とは,既にイエスがその地上の生涯において予告していたことであった (ルカ 12: 12; 21: 12; さらに, マコ13: 9;マタ1O: 17 19)3。
ペトロは聖霊に満たされて語り始めた(使4: 8a)。最高法院におけるこの弁 明は,彼がかつておこなったペンテコステ説教と同様に,霊に導かれた演説で あった(使2: 1439)』。従って,ペトロは自分の知恵ではなく,神が霊を通し て与える知恵によって法廷の証言を行っていることになる (ルカ12: 12; 21 : 15)5.霊に満ちた彼の証言は, その自由奔放さによって聴衆を驚かせることに なった(使4: 13.29.31 ; 28: 31 ; さらに, 9: 27.28; 13: 461 14: 1; 18: 20.
26; 19: 8; 26: 26を参照)6.ペトロが最高法院における弁明演説を終えると,
最高法院の議員である大祭司や民の長老達はその大胆さに驚いた。使徒達は,律 法についても修辞法についても教育を受けたことがない無学な素人であったの に,最高法院で堂々とした弁論を展開したからである(使4: 13)7.その秘密は,
ペトロが弁明演説をなすにあたり,聖霊に満たされていたことにあった(使4:
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Schneider, I、348349
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5 6 7
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8a)。使徒言行録において,使徒達は聖霊に満たされて宣教の言葉を語っている (使2: 29; 4: 2; 28: 31)。初代教会の理解によれば,主が予告したように宣教 者達がその宣教活動の故に捕らえられて,法廷で審問された際には,聖霊が語 るべきことを教えてくれるのであった(使4: 8a,30‑31 ; さらに,マタ10: 20;
マコ13: 11 ;ルカ12: 12)8.霊の助けこそが,ペトロの弁明演説の大胆さ, 自 由さの源泉であった。審問者達は,障害を持つ人の奇跡的癒しの事実を否定す ることが出来ず(使4: 13.16),最高法院は使徒達にイエスの名によって語るこ とを禁じて釈放することを余儀なくされた(使4: 17 18; さらに, 5, 28も参 照)。しかし,人よりも神に従うべきであると主張して,ペトロらはこの宣教禁 止令を拒否し(使4§ 9),以前と同じように,神殿における宣教活動を続けた(5§
12)。エルサレムの民衆は,彼らを尊敬し,信徒達の群れは成長し,五千人に達 した(5: 1214)。彼らの宣教活動の成功は,大祭司やサドカイ派の人々を怒ら せ,使徒達は再び逮捕,投獄された(使5: 17 18)。しかし,監獄の扉は夜のう ちに天使によって開けられ,彼らは容易く逃れることが出来た(5: 1924)。彼 らは神殿で宣教活動しているところを発見され,再び捕らえられて,最高法院 の審理の場に引き出された(使5: 26)。大祭司は, まず次のように尋ねる。 「こ の名前によって語ってはならないと堅く言い渡したのではないか?」 (使5:
28a)。今回は,前回の審問の際に下された宣教禁止命令への違反が,具体的な 罪状であった。実際のところ,使徒達は宣教禁止命令を無視して神殿で宣教活 動を続け,エルサレムの都をイエスの死と復活についてのケリュグマで満たし ていたのであった(使5: 28b)。初代教会の伝道説教は, イスラエルの民に対し てイエスの死への責任を問うていたので,ユダヤ人指導者達の不興を買ってい た(使5: 28c; さらに, マタ27z 25;使2: 36; 3: 13‑16; 5: 30; 13: 28 30)。こうした背景の下に始められた大祭司の審問の言葉に応えて,ペトロは他
8 PEsch, 1,162
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の使徒達と共に立って雄商法院の前で弁明演説を始めたのであった(5: 29a)。
ペトロのこの弁明演説は,雄高法院の指導者達が与えた宣教禁止令を,使徒 達が遵守する気がないことを再度明らかにしている。当時のユダヤ教世界の権 城者に対する非妥協的な態嘆表'リjは,彼らは使徒達を殺害したいと考える程に,
最高法院の議員達を憤激させた(使5¥ 33)。しかし,ペトロの議論は,最高法 院の議員の一人である律法学者ガマリエルの冷静な論理的思考に対しては有効 であった。ガマリエルは立ち上がると発言し −.つの演説を与えた(5: 36‐
39a)9。
(2) 配列構成
5: 35bc序言(7zPoo"4oTJ ; exordium) : v 35b語り掛け
v 35c警告の言葉
5: 36‑37論証(汀 津f; 1)r()batiO/arugumentatio) : v、36 チウダの乱の例
v、37ガリラヤのユダの乱の例
5: 3839結語("ZJlo7,or; peroratio/conclusi()) : v.38aペトロらの釈放の勧め
v.38b39神学的根拠付け
この短い演説は,三つの部分から構成されている (5: 351)c序言; 5: 36‑37 論証; 5: 3839結語)。序言は(7zpoc"o"; exordil,m)大変簡潔であり,聴 衆に対する語り掛けの言葉(35節b) と,警告の言葉(35節c)から構成され る。 この場合,聴衆とは最高法院の議員達,つまり,民の最高位者達と長老達 であった。修辞法において序言は,聴衆に対して本論の中で展開される議論に
9 Schi l le, 162を参i昭J L,10
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対する準備を与える機能を果たす(アリストテレスI弁論術」1414b; クウィン テイリアヌスI弁論家の教育j4.1.5) 10.ガマリエルは序言において,聴衆に直 接語り掛けて, 自分がこれから語る内容に対して注意を引こうとしたのであっ た。
使3¥ 3637においてガマリエルは,被告人であるペトロらの過去の行動を列 挙する叙述(陳述)部分を省いて,直ちに論証を始めている。古典古代の修辞 法において,叙述(陳述)は法廷演説には不可欠の要素とされているが,助言 演説には必ずしも不可欠ではないとされている (キケロ『発想論j 1.10.17; ク ウインテイリアヌス「弁論家の教育.14.2.6‑3() ; 4.2.6684) ! 」・論証部分において ガマリエルは,パレスチナにおけるユダヤ人指導者による失敗した対ローマ反 乱の試みを簡潔に描写している。 これは修辞学的に言えば,例証(exemplum) による論証である (アリスi、テレスI弁論術」 1393a1394a;キケロi発想論」
1.30.49; クウインティリアヌス『弁論家の教育j5.11.1 44)。例証による論証に は,歴史的論証と比噛の二種があるが(アリストテレスl.弁論術jI393a1394a;
クウィンティリアヌス『弁論家の教育』3.8.36,66; 5.11.68), ここでガマリエ ルは,チウダの乱とガリラヤのユダの乱を引用しているのであるから,明らか に歴史的論証を行っている (クウィンテイリアヌス「弁論家の教育」 3.8.36, 66) 12.修辞学的に言えば,歴史的論証は,聴衆の論理的思考に訴えて.説得する ことを試みるロゴスと評価される (アリストテレス「弁論術」 1377b‑1378a;
1395a1396a) 」3。
J.Martin A〃"ル(JR/rc/0〃た (Miinchen: Beck, 1974) 60‑74 i R.VDIkma]11],〃ん R〃E/"ノ銑""G""/IE"Ⅳ"fJRヴノ"どノ. (Leipzig: 1、eubner, 1885;Nachdruck: Hil . desheim:Ge()rgOlms, 1987) 127148iH‑Lausberg,〃""</6(ノ"Aq/≦L/ルノTzn'Rノノ 0"[、 JAR)""ぬ"。〃/IML"ツぽハ' S""4' (Cd.DEOrt()'] andR.DAnders()n;
Leide'' : Brill, 1998) 121 135 (§§263‑288) Mal,tin1 58, 75,
LaLIsberg,98 (i228) ;Weiser,1.162iWeisel・,1l62; Jervell2111
拙稿「祝福と呪いの言葉:ガラテヤ背とへプライ的レトリック」 「新約学研究j第27 号(1999年)20頁。
10
1 1
︒ 吟 リ J l l l
ペトロらの釈放をこの演説の結語も (5: 3839)非常に簡潔である。古典古 代の修辞法の慣例によれば,序言において弁論家は演説内容の重要なポイント
を再度要約し,主張を明確にする(アリストテレス「弁論術」1419b;キケロ「発 想論」1,52,98) 4.結語においては,聴衆の同意を獲得するため感情に訴えるこ とが常であった(アリストテレスI弁論術」 1419b; クウインテイリアヌスI弁 論家の教育」6,1,1‑2)15。しかし,ガマリエル演説のこの結語はあまり感情に訴 える要素を含まず,非常に論理的な発言に終始している。彼はペトロらを最高 法院の議員達が釈放すべきことと,その神学的根拠を端的に述べるのである。こ の結語は,使徒言行録の一登場人物であるガマリエルの見解であるに留まらず,
初代教会の宣教活動に対する著者自身の神学的評価の表明であり,聴衆に留ま らず,使徒言行録の読者に対して語り掛けていると言えるであろう。
(3) 修辞的種別
この演説が語られた場面は,最高法院の審問の場であるが,被告人達に暫く の間退席するように命じた後に(使5$ 34),最高法院議員達の意見形成のため になされたのであるから,被告人達の過去の行動が問題となる法廷演説ではな く (アリストテレス『弁論術」 1358b;キケロI発想論」 1.5.7; クウインテイリ アヌスI 弁論家の教育」3.4,1 16)」6,議員達の評決という未来の行動に関連する 助言(審議)演説の種類に分類出来る(アリストテレスi弁論術」1359b1360b;
クウィンティリアヌス『弁論家の教育』3.8.1 9; 4.2.3; 9.4.130)I7.助言(審議)
演説は,元々議会の弁論に用いられる演説タイプであり,共同体の未来の行動 Martin, 147 148;VoIkmann262 ; Lausberg, 206‑2()7 (§§434‑435)、
Martin、 148 149;Volkmann262.271 ; Lausberg266267 (§§436439).
Martin3132IVolkmann,38; LaLIsberg,64 (il44).
G.A.Kelmedy,MMI' 7IJSm"ノg"/ J"/f"瀝雌"p 〃"抑"gルRルgl"〃[,fr/ C""[ "r (ChapelHill :TheUniversity()fNDrthCarolinaPress, 1984) 119;Martil], 167 168$Volkmann,294299; LauSberg 3233 (i61) ; 97‑1(12(§§224‑238) .これに対 して, jervell,209, 212213は, この演説が使徒達のためになされた弁明演説である としている。
14 15 16 17
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に関する共通意思の形成に寄与する社会的機能を持っている'8・アリストテレ スは,助言演説の五つの代表的な主題を,財政,戦争と平和,防衛,輸出入,立 法(国制) としているが, いずれも都市国家の形成を維持の柱となる重要な事 柄である (アリストテレス「弁論術」 I359b‑1360b)。 これに対してキケロやク ウィンティリアヌスは,助言演説においては,財政,戦争と平和,防衛,徴税 等の事柄について一定の政策決定がもたらす効用を論じることと,決定が国家 共同体の名誉と品格に資することが重要であるとしている (キケロリ弁論家に ついて」 2.82; クウインテイリアヌスI弁論家の教育』 3.8.14)。
(4) 修辞的コメント
(5: 35bc) ガマリエルは,演説の聴衆である最高法院の議員達に対して,
如露 / α"入ZTafL (イスラエルの人達よ) と語り掛ける。 この言葉は,先に ペトロがペンテコステ説教(使2$ 22)や神殿説教(3: 12)の冒頭において,聴 衆のユダヤ人達への呼び掛けの言葉として用いられている表現である。最高法 院は,ユダヤにおける宗教的事柄について審理し,最終決定をする機関であり,
議員達はイスラエルの民を代表する権威者達であった(使4: 5.8; 6: 12)。
演説者のガマリエルは, ファリサイ派に属する律法の教師であった(使5:
34; さらに,22: 3も参照) 」9・イスラエルの民の中で尊敬を受けていたので,そ の発言は重きをなしていたと想定される(使5: 34; ヨセフスi'ユダヤ古代誌」
8.15, 17; Iユダヤ戦記1 5.527; 「ミシュナ』 「ソーダ」9.15; Iバビロニア・タル ムード」 「バーバ・カンマ」83aを参照)。最高法院におけるペトロらの裁判を主 宰したのは,祭司長たちであった(使5: 27を参照)。大祭司は裁判長として最 高法院を招集し,被告人であるペトロらに対する二回目の訊問を主導していた (使5: 29‑32)。大祭司は,今I可は前回の審問の際に下された宣教禁止命令への
Lausberg,97 (i224)
名詞L'o"oJLJdぴ江α入。r (律法の教師)は.ルカ5: 17; Iテモ1 ; 7にも使用される。
62 18
19
違反が,具体的な罪状であったので, 「この名前によって語ってはならないと堅 く言い渡したのではないか?」と尋ねた(使5: 28a)。大祭司の審問の言葉に応 えて,ペトロは他の使徒達と共に立って最高法院の前で弁明を行い,人に従う よりも神に従うことを宣言して,最高法院が与えた宣教禁止令を,使徒達が遵 守する気がないことを明確にした(使5: 2932)。 この非妥協的な態度表明は,
使徒達を殺害したいと考える程に,最高法院の議員達を憤激させた(使5: 33)。
しかし,律法学者のガマリエルは,冷静さを失わず,一同の者達が憤激に駆ら れてペトロらに危害を加えることを戒めた上で(使5: 35),ペトロらの宣教活 動が本当に神に由来するものかどうかの判定を神に委ねることを勧めている (5: 3839) ・
使徒言行録の描くところによれば,ユダヤ人指導者達の中で祭司長たちは,キ リスト教の宣教活動に対して一貫して敵対的である(使4: 1,6,23; 5: 17、21, 24, 27; 7: 1 ; 9: 1, 14, 21 ; 22: 5, 30; 23: 2, 4, 14)。 これに,対してフアリ サイ派の人々は,−・定の限度でキリスト教の主張に耳を傾ける姿勢を示してい る(使5: 3539; 23: 6‑9)2!o使5: 3539においてガマリエルは,かれらの宣 教活動が神に由来するというぺi、口らの主張を正面から受け止めて, その真実 性の検証をしようとしている。また,使15: 5; 26: 5は,ファリサイ派出身の キリスト教徒の存在に言及している。 さらに,使徒言行録の物語の後半部にお いてパウロは,最高法院の議員の中にファリサイ派の人々がいることに注目し,
自分もファリサイ派であり,死者の復活の教理を信じていることを強調して,特 にファリサイ派議員に対しするアピールを試みている(使22: 6)。使徒言行録 におけるファリサイ派は, キリスト教とユダヤ教の接点の役割が与えられてい るのである22。
Haenchen, 20Z
Fitzmyer, 341 ;Dulm, 71 ;Barrett,1292; Jervell209, 212213.
使15: 5; 26: 5はフフ' リサイ派出身のキリスト教徒の存在に言及する。
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ハ リ 1 1 ワ
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「あの者達への処置には気を付けるがよい」というガマリエルの言葉は(使5:
35c),ペトロの弁明に憤激した最高議員の議員達が(5: 33),使徒達に危害を 加えようとすることに対する警告を意味する (使7: 5460を参照)。修辞法に おいて序言の機能は本論の提示に先立って聴衆の側に準備を与えることである (アリストテレス「弁論術」1414b; クウィンテウィリアヌス「弁論家の教育」4.
1.1‑5)。さらに,序言は本論で取り上げられる重要な論点に注意を促して,聴衆 に本論についての準備を与える (アリストテレス「弁論術」 1415a; クウィン テイリアヌス「弁論家の教育」4.1.2329#33−39; 4.2.4749)23・ガマリエル演説 の序論は,使徒達に危害を加えることへの警告を与えることによって,彼らの 釈放を勧める本論の結論を先取りし,準備をしているのである (使5: 38を参 照)。
(5: 3637) この短い論証部は,対ローマ反乱に立ち上がり,チウダとガリ ラヤのユダという, ガマリエルの理解によれば,一時は多数の賛同者達を集め て勢力を誇ったが,結局鎮圧されて滅んだ二人のユダヤ人指導者の事例に言及 している2.i。この二人は,メシア運動の指導者であり,自らを神から遣わされた と主張し,多くの信奉者を従えた。ガマリエルは彼らの主張に賛同せず, その 活動を大衆煽動者として否定的に描いている。例えば, チウダは「自分がひと かどの者である」と主張したと述べるが(使5: 36), これは, 自分が神から遣 わされた預言者であることを主張したという意味であろう(使8: 9も参照)。ユ ダヤ人フラビウス・ヨセフスによれば,チウダは総督カピウス・ファドュスの
La''sberg, 125 (i269)
但し, この記述は,史実と一致しない部分がある。例えば,ガリラヤのユダの乱は,
総祷ク、ンイリニウスの在任中に行われた人「l調濟の際に起こっており (紀元前6
年),総督カビ フス・ファ'ドュスの在任中(紀元 年)に起こったチウダの乱に時間
的に先行する。 この点を, Haenchen, 2()7I Conzelmann, 48; Schille! 162 163;
Schneider, 1.400; Fitzmyer, 339i Barrett,1394 296;Weiser, 1.162; Jervell,210 らが指摘している。
23 24
64
時代に(紀元44年)ユダヤに現れ,神から遣わされた預言者として振る舞い,
ヨルダン川を分けてその間を通って見せると主張し,信奉者を集めたが, ロー マ軍によって鎮圧された(ヨセフスIユダヤ古代誌j20 9798)。しかし, ロー マの人口調査に抵抗して立ち上がったガリラヤのユダが, ローマ軍に鎮圧され たかどうかについて, ヨセフスは沈黙しており,事実の程は不明である (ヨセ フス「ユダヤ古代誌j 18.4 10, 23; l.ユダヤ戦記」 2.56を参照)。
これら二人の反乱首謀者の事例が言及されているのは,神に遣わされたと 人々に説いて信奉者を集めた彼らの運動形態が,神の命に従い(使l : 8; 4:
19; 5: 29),霊に満たされて宣教活動を行った(使I : 8; 2: 1‑13), キリスト 教宣教者達の連動形態が外形において似ていると理解されたためである2鳥。
(5: 38‑39) この演説の結語の中心は, 「これらの人々から手を引き,釈放し なさい」 という勧めを述べる使5: 38aにある26。これに対して,使5: 38b‑39 の部分は, この勧告に対する神学的根拠付けを与えている。ガマリエルはペト ロらの審理における法的争点を正しく理解した27.問題は,神が使徒達にイエス の死と復活の福音宣教の務めを本当に与えたのかどうかということである。 も し,本当にペトロらの宣教活動が神の委託に由来しているのであれば,誰もそ れを妨げることは出来ない(5: 39)。 しかし,神の派遣の主張が偽りであれば,
チウダの乱やガリラヤのユダの乱の首謀者達のように自ら滅びるであろう (5:
3637,38a;申18: 2022を参照)。それならば,人為的に干渉するよりも,使 徒達の宣教を黙認し, その行く末を見守るのが良いという結論になる (5:
39b)。
最高法院の議員達はこの議論に賛成し,彼らは使徒達に鞭打ちを加えた後に
25 HaEIKhen, 2(17; SChneider、 1.400; Jervell, 213;Weiser, 1.162; Bruce, 1761 Dunn, 73; Fitzmyel・, 339.
26 SChneider、 1.402i Soards, 54、
27 Dunn, 72も同趣旨。
65
釈放した。その際に,彼らは宣教禁止令を再度与えたが(5: 39),使徒達はひ るむことなく,神殿や家で宣教活動を続けた(使5: 4043)。ファリサイ派の律 法学者であるガマリエルによってなされた予想外の演説は,使徒達を死の危険 から救ったが,宣教活動を続ける使徒達に対するユダヤ人指導者達の敵対は止 むことなく,ユダヤ人当局によるキリスト教宣教者に対する迫害の度合いは高 まり, ステパノの殉教の死と,へレースI、達の離散の出来事へと至るのである (使7: 548,3)。
第3節使15: 711の修辞学的分析 (1) 修辞的状況
ステパノの殉教の出来事を契機に始まったギリシア語を話すユダヤ人キリス ト教徒に対する迫害は,散らされていく宣教者達による,ユダヤの周辺地域へ の宣教活動を生んだ(使8: 13)。かくして福音は,エルサレムからユダヤの各 地, さらにはサマリヤヘと広がって行った(使8: 1, 425; 9: 31)。福音はま もなくシリアにも達し,ダマスコに信徒達が生まれた(9: 1 30)。さらに, キ リスト教の宣教活動は。フェニキアやキュプロスヘと膣がった後, シリアの首 都アンティオキアに達した。アンティオキア教会は,当初はユダヤ人だけを宣 教の対象としていたが, まもなく,異邦人に対する宣教活動を開始し,異邦人 信徒が生まれた(使ll : 1926)。使徒言行録によるとこの地で初めて, キリス
ト教徒達は入19 ぴでα" と呼ばれるようになったのだった(使l1 : 26)。
アンテイオキア教会は,ユダヤ人と異邦人の両方に伝道していたので,会員 には,ユダヤ人信徒達と異邦人信徒達の両方が存在していた(ガラ2: 11 14も 参照)。アンティオキアでは元々律法から自由な福音を説いており(ガラ2§ 4),
異邦人信徒達に対して割礼を受けて, ユダヤの律法を遵守することを要求して いなかった。しかし,ユダヤの教会からアンティオキアへ下ってきた信徒達の 一部は,異邦人信徒達が割礼を受けなければ,救われないと主張したために,そ
66
れに反対するパウロらとの間に大きな論争が起こった(使15: 1 2; さらに,ガ ラ2: 45も参照)。論争に決着が付かないので,教会はパウロとバルナバを他 の何人かの代表達と共に,エルサレムの教会に派遣して裁可を仰いだ(使15$
25)。パウロらはエルサレムに着くと,エルサレム教会の指導者達に彼らが異 邦人の間で行った宣教活動について報告した(使15: 34)。 しかし, エルサレ ム教会のファリサイ派出身の信徒達は,異邦人信徒達も割礼を受けてモーセの 律法を守らなければならないと主張して牽制した(使15: 5)。
エルサレムでは使徒達と長老達を中心にした教会会議が開かれ,異邦人信徒 の割礼問題について審議することとなった(使15: 6)。議論が白熱して来たと ころで,ベトロが立ち上がって行った演説が,使15: 7‑11に記されている言葉 であり,使徒会議の議論を決定的に方向付ける働きをしている。
(2) 配列構成
15: 7b序言(7zpoo"oIJ ; exordium) :語り掛け 15: 7c9叙述(6碑γ"ぴfr; narratio) :
v.7Cd異邦人の選び vv.89異邦人への霊の付与
15: 10ll 結語(と冗飢oyor; peroratio/coIIcIL'sio) :
v.10問い掛け: くびきを負わせることによって,何故神を試みるのか?
v、1l 主キリストの恵みによって救われることを信じる
この演説の序言(15: 7b)は極端に短く, 冒頭の語り掛けの言葉だけから構 成されている。叙述部分(15: 7c‑9)は,物語の前の方で述べられた,ペトロ の宣教による百人隊長コルネリウスー家の│同│心の出来事(10: 1 48)の要約的 紹介である28.この演説は独立の論証部分を持たないが,神がユダヤ人信徒と異
28 Schneider, 2.18(}
67
邦人信徒の間を分け隔てしなかったことを述べる9節は,先行する7c‑8節が描 く,異邦人の回心の出来事の意味付けを与えており,叙述の中に論証的要素を 加えている。結語部分の前半(15: 10)は,意見が分かれている聴衆に対して,
何故神を試みるのか?という問いを突き付けて一定の応答を迫り,演説全体の 対話的な調子を強めている。 これに対して,主キリストの恵みによって救われ ることを信じると述べる11節は,問い掛けの根底にある演説者の基本的信仰理 解を表明している。
(3) 修辞的種別
この演説は,異邦人信徒に割礼を受けて律法を遵守させるべきかどうかとい うことを主題とする,教会会議の審議の場で行われている(使15: 1‑6)。 この 演説は,異邦人達が割礼を受けることなくして,福音を聞いて回心し,聖霊を 受領したコルネリウスー家の回心の出来事を援用して(15: 7c9),神がユダヤ 人と異邦人の区別なく救いを与える。ペトロの基本的立場は,異邦人信徒達に 律法のくびきを課す必要はないということである。彼はそこから,異邦人信徒 達に対してまだ律法の遵守を要求している人々に対して,考えを変えるように 促しているのである。従って, この演説が目指す機能は,未来に一定の行動を する, もしくは, しないことを勧める助言(審議)演説の種類に分類出来る(ア リストテレスI弁論術j 1359b‑1360b; クウインティリアヌス「弁論家の教育」
3.8.1 9; 4.2.3; 9.4.130)29。
(4) 修辞的コメント
(15: 7b) 演説者のペトロは元々ガリラヤの漁師であったが, イエスの招き によってその弟子となった人物である (マタ4: 18; 16: 16, 17;マコl : 16,
29 KEI]nedy、 l25 126i Soards, 90;Witheringt()'1, 453;Ma1・ti11, 167 168; Volk mann,294‑299; Lausberg3233 (i61)i97102 (§§224238).
68
29;ルカ5: 1‑1l)。シモンはイエスによってケファ(Iコリ l : 5;ガラl : 18;
2: 11 14)ペトロ (岩) という名前を与えられ,十二弟子の名簿の筆頭に位燈 している(マタl() : 2;マコ3: 16リルカ6: 12)。ルカ文群においても,シモン・
ペトロは軍要な役荊が与えられ, ヤコブ, ヨハネの三人と共に, イエスの山上 の変貌の出来事の証人とされている(ルカ9: 2336)。また受難物語では主を知 らないと三度言うが(ルカ22: 5462),復活の主はこのシモン・ぺI、ロに現れ る(ルカ24 : 12,34)。使徒言行録ではエルサレム教会の中心的存在とされ,ペ ンテコステ以来,エルサレムとユダヤにおける代表的宣教者として描かれてい る(使2: 14‑4() ; 3: 12‑26; 10: 34‑43)。従って,ペトロの発言は,使徒会議 においても大きな影響力を持っていた。
聴衆への語り掛けの言葉曲"伽 戊従 ・Z (兄弟達よ) は,語り手と聴衆と の間に存在する連帯を示す親しみを寵めた表現であり,教会の会縦においてな される瀕説のL│!でペトロが好んで用いている (使l : 16を参照)。同じ表現は,
後にパウロがユダヤ人聴衆に対して弁明演説を行う際にも,聴衆に対するユダ ヤ人としての連帯感を示すために用いられている (使22: l ; 23: 1を参照)。
古典修辞学において序言.の機能は本論の提示に先立って聴衆の側に準備を与え ることである(アリストテレス「弁論術j l414b; クウィンティリフ'ヌスI弁論 家の教育14 1.5)。そのために,序言は本論の受容を助けるために聴衆の好意を 醸成することをH指す(アリストテレス「弁論術j l415b; クウィンテウィリア ヌス l 弁論家の教育」 4.1.2, 5;キケロ 「発想法」 1.15.20)3(!。.7節においてペト ロが曲"伽Erd'JE"oz (兄弟達よ) という表現を用いて聴衆との基本的信頼関 係を確認しようとしたのであった。
(15: 7c9) この叙述部分は,物語の前の方で述べられた,ペトロの宣教に
30 Mar(i 11, 54 ; Rc(L(1, 181 ;V()1kmann, 12748;Lallsberg, 1508() 69
よる百人隊長コルネリウスー家の回心の出来事(10: 1 48)の要約的紹介であ る。 この画期的事件については,既にエルサレム教会で問題になり, そのこと についてペトロはエルサレム教会の信徒達の前で弁明演説を行い,教会はそれ を受け入れたのであった(Il : 4 18)3!・ペトロは聴衆であるエルサレム教会の 信徒達に対して,彼らがかつて受け入れた出来事とその意義を思い起こすよう
に促しているのである。ペトロがかつて行った弁明演説は, コルネリウスー家 の回心の出来事の経過を忠実に辿り,ペトロがヨッパで見た幻や(11 : 5 10), コルネリウスの使者達の到来とカイサレアヘの旅と到着(1l : 11 14), コルネ リウス家で行ったベトロの説教と聖霊の降臨(11 : 15 16), コルネリウスらの 受洗(15: 17)について回顧している。しかし,今回の叙述は非常に簡潔であ り,出来事の経過の多くを省略し,異邦人であるコルネリウスらが福音の言葉 を信じて3z,霊を付与されたことを端的に述べる(11 : 7c‑8)。説得の技術であ る演説における叙述は,必ずしも網羅的ではなく,演説の主張の根拠付けに必 要な事実を選択して述べる。今回は,異邦人信徒に割礼を受け,律法を守らせ るべきかどうかという使徒会議の主題に直接関連することだけに限定して,ペ
トロは過去の事実の回顧を行うのである識。
かつての弁明演説と同様に(11 : 15‑16),今回の演説でもペトロは, コルネ リウスー家に聖霊が与えられたことを証拠として挙げている (15: 8)。霊の付 与は受領者の信仰の正当性を示す有力な根拠となるからである (ガラ3: 1‑5;
4: 6も参照)34.今回の言及の特色は, このことに加えて,聖霊を異邦人にも与 えた神の行為のうちに,ユダヤ人と異邦人の分け隔てをしない神の公平さを協
}I RTa'mehill 、刀z(J (/"〃1' <1/ L"たIノー』( 八(2vols:Pl]i ladelphia ; Fn1・tl・ess, 198691))
2,131 i拙稿「使徒言行録におけるペトロの弁明演説」 東北学院大学諭集教會と神
學」第36号(2003) 411 55頁。
12 ルカ文諜において, αγγ芯地。リ (福音) という言葉が使用されるのは, この箇所と
使21) : 24だけである。
13 Dunn, 2()1 .
14Weiser, 2.38() ; Jervel l、 391 # SDards, 91 ; I)Lmi', 201 ;WitheringtDI], 453454;
Barrett. 2、715‑716、
70
洲していることである(15: 9):'5.かつてユダヤの律法を守らない異邦人は祭儀 的に不清浄であるとされたが,神は異邦人の心に霊を下して清めたのであるか ら,ユダヤ人と異邦人を隔てる壁は取り除かれた31]・神が民族的帰属によって差 別的取り扱いをしないのならば(使1() : 34を参照),異邦人回心者に対してユ ダヤ人の習慣に従って割礼を受けて律法を守ることを要求する意味はないとい う結論になる。 こうして,かつてエルサレム教会がペトロの弁明を受け入れた ということは, その論理的帰結として,異邦人信徒に律法の遵守を求めないと いうことを内包していたのである。使徒言行録の著者は,異邦人信徒の割礼間 地は,すでにコルネリウスー家の│ '1心の出来事と,後になされたペトロの弁明 減説によって原理的には既に解決済みなのであった甜7。
(15: 10 ll) この結語部分は,聴衆に対して,自分たちが負い切れないよう なくびきを異邦人達に負わせて,何故神を試みるのか?という問いを聴衆に対
して突き付けている。ペトロの問いは,修辞的であり,異邦人信徒達に割礼と 律法の遵守を要求することによって,神を試みてはならないという意味であ る鰕繍。異邦人信徒達に対してユダヤの律法を守らせるかどうかについて,エルサ レム教会の信徒達の見解は分かれていた(使15: :1‑5,6・7)。ペトロの演説の結 論部分が提示する問いは,聴衆の中の,異邦人に対して律法の遵守を求めない 人々の確信を強めると共に,依然として律法の遵守を要求している聴衆の一部 に対して翻意を促している。
ぺl、ロが言及する争γ (くびき) とは, この文脈では律法の戒めが人に与 える拘束のことを指している ( ;行伝15: 10; さらに, ガラ5: 24を参照)。
Schncider. 2.1811 ; .Ic1,vc11, 391 i l)arrett, 2.716 Fitzmyer54.1 ; lervel l, 392 * I)''1'''. 2()l.
R{)l[)ff,175# Pesch 2 771Barrctt,l、534;Tam'ehillll,131ilervell,391iFitz‑
myc]・, 552 ;Dullll, 20021)l
PEscI1,278; SChneider" 2181} l81;Weiser,2.361; Jervell,392; Brllce,336‑337;
RI)I(}l.f, 231 ; S()ardH, 92.
71 I5
16
h再 Jj
州
ZUγdf(くびき)はヘレニズム文献において,隷属状態を表す比哺としてしばし ば用いられている (デモステネス「演説集j 18.289;ヘロドトスI歴史」7.8.3)。
他方, 「くびき」は, ユダヤ教の用いるメタファーにおいては,必ずしも否定的 ニュアンスを帯びてはいない。 「律法(トーラー)のくびき」は祝福されたもの であり,知恵を与え(シラ51 : 26), この世の支配や地上的ことについての思い 煩いからの自由を与えるものである(『ミシュナl 「アポート」3.5; l.バビロニ ア・タルムードj94b)39.マタイ福音書はこうしたユダヤ教の伝統を背景に,負 いやすいキリストの「くびき」について語っている (マタ11 : 29,30)。エルサ レム教会のユダヤ人信徒達も,律法のくびきを否定的には考えていなかったと 推定されるので,異邦人に律法のくびきを負わせることが,神を試みることに なるという発言.は予想外のことであろう4..
神を試みてはならないということは,旧約以来の信仰の基本に属する(出17:
2i 'iJ6: 16; イザ7: 12;マタ4: 7)。しかし,律法の遵守を要求することは,
神に対して疑いを持って試みたり,反抗したりすることとは,まさに反対の,神 に対する服従を意味すると理解されるからである。 これに対して,ペトロの理 解によれば,異邦人が福音の言葉を聞いて回心し,神が彼らに罐を付与した出 来事は(使10: 1 48; 1l : 4 18),全く新しい啓示的意味を持っている。神が異 邦人信徒を律法の遵守なしに受け入れた以上,旧来の理解に拘って異邦人1回I心 者達に律法の遵守を要求することは,歴史における神の新しい業を受け入れず,
神を試みることに帰着するのである41.
11節は, 10節の問い掛けの根底にある神学的理解を表明している。律法の遵 守が救われる条件にならないということは,救いは人間の努力に対する報いで なく,一方的に恵みとして神が与えるということである (ガラ2: 1521を参
St'‑, 11i l l, (i()861()を参照。
C(}11zelmall11, 91 i Schl1eider、 2.181 ;Dunn, 201 FitznWer, 547.
39 40 41
72
照)。異邦人信徒がユダヤ人信徒達と同様に割礼を受けて律法を守らなければな らないかどうかという問題の根底には,人間の救いの究極的根拠はなにかとい う問題が存在している。使徒言行録の著者によれば,救いの根拠がキリストに おける神の恵みの業であることを,ペトロらも異邦人信徒らも信じていおり,そ のことにおいて何の相違もないのである。
第4節使15: 13b21の修辞学的分析 (1) 修辞的状況
アンテオケ教会で起きた異邦人信徒の割礼問題について協議するために,エ ルサレムで開催された使徒会議において(使15: 1‑6),議論が沸騰し, 白熱し たときに,最高指導者の一人であるペトロが立ってコルネリウスー家の回心の 出来事に言及しながら,異邦人信徒に負うことの出来ないようなくびきを負わ せることを戒める発言を行った(15: 7b‑ll)。ペトロの演説は聴衆に大きな影 響を与えた。エルサレム教会の一同は沈黙して, アンテオケ教会の代表である パウロとバルナバが,彼らの異邦人宣教に伴った「しるしと奇跡」について報 告するのに耳を傾けることとなった(15: 12)。
パウロらが沈黙すると,今度は,エルサレム教会の最高指導者の一人である ヤコブが立って,演説を行った(15: 1321)。この演説は,ペトロの演説によっ て方向付けられ,パウロとバルナバの報告によって強化された議論の流れを踏 まえて,会議の最終的な結論を導き出すためになされており,裁定に近い意味 を持った '2.ヤコブの演説の後に,エルサレム教会の使徒達と長老達は協議を行 い,ヤコブの演説の趣旨に従った書簡を代表に託して, アンテオケをはじめと するシリアやキリキヤにある異邦人教会へ送るのである (15: 22‑35)。
42 11HEnchen,388iWeiser"2.382 iScImei(Ier,2,181 ;R()Iol.f, 231 ; I)esch! 2.79;Fitz myer, 551.
73
(2) 配列構成
15: 13b序言("oo"Lo"; ex()rdium) :語り掛け
15: 14叙述(&ウγdfr; narratio) :神が異邦人から神の民を選ぶ 15: 15 18論証(7z"T4r; probatio/argumentatio)
v.15導入句
v.16 18旧約引用(エレ12: 15;アモ9: 11‑12; イザ45: 21) 15: 1921 結語(も汀Z入oγor; peroratio/conclusi()) :
v.19判断:異邦人回心者に負担をかけてはならない
v.20付帯条件#偶像に備えたものと不品行と絞め殺したものと血を避
ける
v.21根拠付け:安息日毎の礼拝における説教者の存在
この演説の序言(15: 13b)は短く,聴衆に注意を喚起する語り掛けの言葉だ けから構成されている。叙述部分(15: 14)は,物語の前の方で述べられた,ペ トロの宣教による百人隊長コルネリウスー家の回心の出来事(10: 1‑48)への 言及であるが,ペトロが既に要約的紹介を与えていることを前提に(15: 7c‑9), 神が異邦人に属する者達の中からその民を召し出した選びの出来事として語
る旧・
この演説の論証部分は,複数の│日約箇所を七十人訳に従って引用しながら,叙 述部分で述べた選びの出来事の聖吾的な根拠を与えている。聖耆引用による論 証は,神の言葉としての聖書の権威を認めている,ユダヤ人聴衆や(使2: 17 21=ヨェ2: 2832;使7: 42b43=.アモ5: 2527他), キリスト教徒の聴衆
(使5: 2627=詩2: 1 2) に対して用いられる論証法である。
結語は,異邦人回心者達に割礼を要求することによって負担を掛けてはなら ないという,ヤコブの最終判断を提示している(19節)。しかし,ヤコブは偶像 に備えたものと不品行と絞め殺したものと血を避けるという付帯条件を付け加
13Weiser、 2.381 ; S()ards, 93;Withe]、ingmn! <156 74
jf̲(20節),当時のシナゴーグ礼拝で説教者達が慣例的に語っていた内容を示唆 している(21節)。この結語は使徒会議全体の結論を簡潔に宣言する効果を持っ ている。
(3) 修辞的種別
この演説は,異邦人信徒の割礼問題をめくゞる使徒会議の審議(使15: 6‑21)の 締め括りとして行われている 。この演説の基本的結論は,教会は異邦人信徒に 対して律法遵守の義務を課す必要はないということである (但し,付帯条件は ある)。この演説が目指す機能は,未来に一定の行動をする, もしくは, しない ことを勧める助言(審議)演説の種類に分類出来る(アリストテレス『弁論術」
1359b1360b; クウインティリアヌスI弁論家の教育」 3.8.1‑9; 4.2.3; 9.4.
130)45。
(4) 修辞的コメント
(15= 13b) この演説を行っているのはエルサレム教会の指導者ヤコブであ る(使12: 17; 15: 13a; 21 : 18を参照)。十二弟子の一人ゼベダイの子ヤコブ は(マタ4: 21 ; 10: 2; 17: 1 ;マコl : 19, 29; 3: 17; 10: 35, 41 ; 14: 31 ; ルカ5: 10; 6: 14; 8: 51 ; 9: 28,54;使I : 13),使徒会議の以前に既に殉教 していたのであるから(使12: 2),演説者はパウロ書簡にも言及されている「主 の兄弟ヤコブ」であろう (Iコリ 15: 7;ガラl : 19; 2: 9, 12)。主の兄弟ヤコ ブはイエスの実の兄弟であり (マコ6: 3;マタ13: 55; ヨセフスi古代誌」20.
200),エルサレム教会ではペトロやヨハネと共に「柱」と見なされ(ガラ2: 9)46,
44Weiser, 2.383*PEsch, 2,231IWitheringtcn,457; Barrett2.729.
15 1<ennwdy, 126; SDards. 92;Witheri]1gt()]11 156IMa'・tin, 167 168;VDIkmann, 294299; Lausberg,3233 (i61) ; 97l(}2 (§§224 238) .
46 ヤコブについて詳しくは,F.V.Fi lsDn,/DB] (1962) 170 、172; F.M.Gillman, 14BD 3.620621を参照。
'守戸
/ひ
指導的地位にあった(使12: 17; 15: 13; 21: 18も参照)。ヤコブはペトロより もユダヤ教的色彩が強く,ユダヤ人キリスト者が律法特に食物規定を厳格に守 ることを要求していた(ガラ2: 11‑14)。古代の教会史家エウセビオスによると ヤコブは「義人」と呼ばれていた(『教会史」2.23.47)17.ヤコブは使徒会議に おいてエルサレム教会の最高権威者として発言しており, その発言は会議の結 論を決定するような重みを持っていた 8.
この演説は, ""dlo"<"E"of(兄弟達よ)という聴衆への語り掛けの言葉で 始まる(使15: 7b)。これは,語り手と聴衆との間に存在する連帯を示す親しみ を篭めた表現であり,教会の会議においてなされる演説の中で用いられる (使 1: 16; 15: 7cを参照)49.呼び掛けの言葉に続くdfJfoりぴα潅(あなたがたは耳を 傾けなさい) という言葉は,演説の冒頭(使7: 2), または,途中で(1 : 22),
聴衆の注意を喚起するために用いられる表現である。
(15: 14) この部分は,ペトロの宣教による百人隊長コルネリウスー家の回 心の出来事(1() : 148) を念頭に置いている。ヤコブはこの出来事を神が異邦 人に属する者達の中からその民を立てた,神の自由な選びの出来事として語る (ロマ9; 2426も参照)。ヤコブはペトロに言及するにあたって,あだ名のペト ロ (使1 : 13, 15; 2: 14, 37, 38; 3: 1 ; 10: 5, 9, 13他多数)でなく,本名の シメオンを用い, しかも,へプライ語の原音に忠実に発音している(IIペトl : lを参照)5。。
47 しかし,後に彼は他の信徒たちと共に厳格なサドカイ派的立場を採る大祭司アンナ
スニ世の下で鹸高法院の裁判にかけられ,律法違反の罪を問われて断罪され,石打ち の刑に処せられた(ヨセフスi古代誌」20,200;エウセビオス「教会史」2.2310 18も 参照)。 これはアンナスとヤコブらの律法理解の相違によるものであろう。
48 Conzelmann, 92;Haenchen, 388;Weiser! 2.383 iSchneidel‑, 2181 ;Witherin.
gton457; Jervell, 393394.
49 これに対して,R()loIf231 ;Barrett,2.723は,演説者の権威を承す言葉としている。
50他の箇所では, ギリシア語流にシモンと発音している(ルカ4: 381 5: 3,4,5、8, 11) ; 6: 14; 22: 31 ; 24: 34 ウ使10: 5, 18, 32; 11 : 13池を参照)。
76
(15: 15‑18) この演説の論証部分は,複数の│日約箇所を七十人訳に従って引 用しながら,叙述部分で言及した選びの出来事が,既に旧約聖書に預言されて いることを示そうとしている51.使15: 16a(「これらのことの後に戻ってきて」)
は,エレ12: 15の引用して,次に続く 15: 16b17cの導入としている。 15:
16b17cは,アモ9: 11 12を七十人訳本文に従って引用している。アモス書の この箇所は,バビロニアの侵攻によって滅びた夕'ビデ王朝の再建の預言であり (9尋 11),そのときに, イスラエルの残りの者のみならず,異邦人達が再建後の ユダヤで神を求める姿を一つの幻として描いている。 この箇所は異邦人の信仰 の可能性を示唆しているが,回心した異邦人信徒に割礼を要求すべきかどうか という問題を直接採り上げている訳ではない。しかし,ヤコブはこの箇所を,神 が異邦人を異邦人のままで神の民として召すことを意味していると解釈して,
コルネリウスー家の回心の出来事の(使10: 3443)預言としているのである (使15: 14も参照)5藍。
預言は預言者という人間的器を用いて語られた神の言葉である。預言によっ て示されているということは,神が既に遠い過去において予定し,指し示して いたことが,教会の歩みの中に成就しているということである(使15: 17c‑18
「神はそう語り,これらのことを永遠に明らかにし続ける」)53.ペトロの演説は,
異邦人の回心の真正性を霊の付与という経験的事実によって証明しようとした が(使15: 89), ヤコブの演説は預言を引用することによって救済史的な展望 を与えようとしたのである54。
(15: 1921) 結語の冒頭で,ヤコブは今まで述べてきたことの論理的帰結を
Haenchen388;CDnzeima]11],921 1ervell,395;PCSCh,2.79; BruCe, 340; JETveil, 395;D11nn, 204;Fitzmye'・, 555; Barrett, 2.72672Z
BruCe" 340; Schneider" 2.183 i .iervell , 395; Fitzmyer、 555.
使15: 17c 18は,正確な引川ではなく, イザ45: 21のパラフレーズである。
IcTvcI1, 395;Fitzmyer, 555.
P7弓 jJ
51
2 3 4 5 5 5
提示する55. 15: 19の646どγ由 【""(従って,私は…と判断する)において,
判断を下すのがヤコブであることが強調される。エルサレム教会の最高指導者 であるヤコブの判断は,会衆の意見の形成にとって決定的な意味を持っていた。
「神に立ち返る異邦人達に負担を掛けてはならない」 という言葉遣いは(15:
19), 「弟子達の方にくびきを負わせて,何故神を試みようとするのか?」 (15:
10)というペトロの言葉に呼応している尋6.ヤコブの結論は,異邦人回心者達に 割礼と律法の遵守を要求する必要はないということである57。
しかし,ヤコブは偶像に備えたものと不品行と絞め殺したものと血を避ける という付帯条件を付け加える(15: 20; さらに, 21 : 25も参照)。これは,異邦 人信徒に律法を守らせる必要はないというパウロらの立場と,割礼を受けて律 法を守らなければならないという一部のユダヤ人信徒達の立場の(使15: 15 を参照)中間の立場である5s。即ち,異邦人に対して割礼を受けることや律法の すべてを守ることまでは要求しないが,最低限の倫理律法と祭儀律法の遵守を 求めているのである5,.ヤコブは,異邦人回心者達に,異教徒時代の慣習を絶っ て,異教の神々に捧げられた肉を食べることを禁じる (Iコリ6: 18; 10: 14 22; Iテサ4§ 3を参照)。 これは,モーセの十戒の第1−2戒(出20: 3‑6;申 5: 7‑9)の遵守の具体的な形の一つであろう (出34: 15‑16も参照)。
ヤコフ、はまた,不品行を改め(Iコリ6: 18; Iテサ4 : 3;エフェ5: 3を参 照),性的倫理をまもることを求める。これは,姦淫を禁じるモーセの十戒の第 7戒(出20: 14;申5: l1)の精神をさらに徹底した倫理的生活を求めることに
HaenChen. 389; SChl1eider, 2.183; BruCe341 i Jervell, 396;Fitzmyer, 556.
IIEle]1che]1、 389; Bruce、 3」ll ;Weiser, 2.382‑383, Haenchen, 3901 BrLIcE 342;Weiser2‑384; PCsCh, 2.811
Conzelmallll、 92 ;Schneider,2.183‑184IRDI()ff,232FWeiSer,2379,385; PESCh, 2.8081 ;DLInnl97 198; Fitzmyer、 554;Barrett,272672Z
これに対して,パウロはガラテヤ人への手紙において,使徒会議において律法から自 由な福背の真理は守られ(ガラ2: ] 5),エルサレム教会の指導者達は,異邦人回心 者達に割礼を課さず, 「無割礼の福音」が斌認されたとして(2: 6 11),付帯条件に は一切言及していない , この出来事の第一次的誰人であるパウロの発言の方が史実 に近いと考えられる。
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等しい(レビ18: 618;マタ5: 32; 19: 9を参照)60。
ユダヤ人は律法によって不浄とされている動物を決して食べてはならない とされていた(レビ1l : 1‑46;申14,321)。清いとされる動物についても,定 まった屠殺の方法によって得られた肉しか食べてはならないとされた。また,血 は命であり,命は神のものであるから,血を避けるために特別なやり方で屠殺 されたものしか口にしてはならない(創9二 4; レビ17: 10‑14 ;申12: 16,23 24)。 この規程は洪水後にノアに与えられた戒めに由来する(創9¥ 4)。ヤコブ はこの規定を異邦人信徒達が守るべき競低限の祭儀規定と考えているのであ る。例えば,絞め殺した動物の肉を食べてはならない(レビ17: 13 14)。
ヤコブは, これらの付帯条件が, 当時のシナゴーグ礼拝で説教者達が慣例的 に繰り返し語っていた内容であることを示唆している(使15: 21)61. この内容 は,ユダヤ教の精神に共鳴し,天地を創った神を信じ, シナゴーグ礼拝に参加 するが,割礼を受けて改宗者となって律法を守る程には到っていない oβ。""Eし rひしβ し(神を畏れる者達)が存在した(使10: 2,22,35; 13: 16, 26)。ヤコブの付帯条件は, シナゴーグの説教者達が「神を畏れる者達」に対し て要求した最低限の行為規範を踏襲していたのである62.
ヤコブの意見に対して会議の参加者達は誰も異論を唱えず,彼の下した結論 は会議全体の最終的な結論となった。ヤコブの演説の後に,エルサレム教会の 懐徒達と長老達は協議を行い,ヤコブの演説の趣旨に従った書簡を代表として 選んだバルサバと呼ばれるユダとシラスに託して, アンテオケをはじめとする シリアやキリキヤにある異邦人教会へ送ることを満場一致で決定した(使15:
2235)。
Dunn! 2(15も同趣旨。
Haenchel]" 391 : P"ch2.81 ; BI・uce, 331 ; Barrett、2737.
llrllce331 ;Dun'1, 2062{17; Iervell, 393399; Barrett、 2‑737 79
︑Ⅱ!■ⅡⅡⅡL﹃旧ノゴ
研 6 ぱ
第5節結論
(1) 三つの演説は,言葉を語る者が誰であるかということが,その説得力を 左右する大切な要因であることを示している。第一の演説(使5: 35‑39)をお こなうガマリエルは,尊敬を受けた律法学者であり (使5: 34), その見解には ユダヤ社会の中で権威があり,重んじられていた。第二の演説はペトロによっ てなされたが,彼はイエスの十二弟子の一人であり (マタ10: 2;マコ3: 16;
ルカ6: 12),初代教会の三本柱の一人として最高指導者の地位にあった上(ガ ラ1 : 19; 2: 9), コルネリオスー家の回心の出来事の当事者であった(使10:
34‑43)。使徒会議におけるその発言も, 当然,会議の議論の動向を左右する力 を持っていた。第三の演説は(使15: 7b‑21),当時のエルサレム教会の最高指 導者である主の兄弟ヤコブの発言であるので(Iコリ15: 7;ガラl : 19; 2: 9, 12),会議全体の結論を指し示す裁定のような意味を持った。この三つの演説は,
演説の言葉を語るのが誰であるかということが,演説の説得力について重要な 意味を持つことを示している。
(2) 三つの演説を通して,優れた言葉の力が共同体の意思決定に対して行使 する影響力が強調されている。第一の演説において律法学者のガマリエルは,非 妥協的な使徒達を殺害したいと考える程に憤激した最高法院の議員達に対して (使5: 33),一同の者達が憤激に駆られてペトロらに危害を加えることを思い 留まらせ(使5: 35),ペトロらの宣教活動が本当に神に由来するものかどうか の判定を神に委ねることを勧め(5: 3839a),受け入れさせたのであった(5:
39b40)63。
異邦人に割礼を受け,律法を守らせるのかどうかという問題について,意見
63 Schneider, 1.397398
80
が分かれ,使徒会議の議論が白熱した時に,ペトロは立って, 自らが体験した コルネリウスー家の回心の出来事を引用しながら (15: 7c9; さらに, 10: 1 48を参照),異邦人達に律法のくびきを課すことは,神を試みることになると訴
X(15: 10 11),会議の議論を決定的に方向付け,反対論を沈黙させた(15: 12)。
ヤコブの演説は,ペトロの演説が定めた方向を踏まえて(特に, 15: 14を参 照),会議に最終的決定を下すために行われた64.ヤコブが結論として述べた,異 邦人には割礼を求めないが,最低限の倫理的・祭儀的規範に従わせるという結 論が(15: 1921),同時に,エルサレム教会全体の決定となり,異邦人教会に
も伝えられた(15: 2235)。
(3) 使徒言行録の作者は,最初期の教会の調和的なイメージを創り出そうと している65.アンテオケ教会の異邦人伝道は, 既にエルサレム教会の指導者の ペトロが行った, カイサリアでのコルネリウス家での宣教によって先取りされ ている (10: 1 48)。使徒会議の席上で行われたペトロの演説は(15: 9cll), パウロらアンテオケ教会の指導者達が異邦人に対して宣く伝えていた律法から 自由な福音の趣旨に一致する(15: 1 4, 12)。使徒会議に最終的に決定したヤコ ブの演説は(15: 13c21),基本的に異邦人教会が行っていた異邦人伝道を追認 した上で,一定の付帯条件を付けたに留まった。 このために,使徒会議の決定 の知らせを受けた異邦人教会の側は,喜びを持って使者達の語るところに耳を 傾けたのであった(15: 30‑35)。こうして,律法から自由な異邦人伝道をめぐ るユダヤ人信徒達と異邦人信徒達の分裂の危機,エルサレム教会とディアスポ ラの教会の分裂の危機は乗り越えられ,教会の一致が維持され,教会の宣教が 発展したとされる。
64Weisel・, 2379, 383;Pesch、 2.79# Barrett, 2.729;Withfringt(m, │i57 65Weisel・, 2.379も同趣旨。
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