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―10一四年一

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Academic year: 2021

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ナカダ遺跡の学史的検討とナカダIA期墓の復元 第二回 ―10一四年一 メトロポリタン史学十一号

一月ニ―-B

本報告では、 紀元前四千年紀ー三千年紀初頭にナイル河下流域にお いて存続した先史ー原史時代であるナカダ文化 (Naqada Culture)期に焦点を当て、 数少ない有力集落を母体にした墓地遺跡であるナカダ遺跡を対象に、 その存続 期 間の初期に帰属する墓の視覚的復元を試みた。本遺跡は、 ナカダ文化の指標 遺跡であり、 合計で―100地点を超えるナ カダ文化の墓地遺跡の中でも重要な遺跡の一っであるが、 遣跡規模に反して発掘報告書にお ける記載が少なく、 実態が 不明瞭である。従って、 ナカダ遺跡の検討はナカダ文化における墓 制研究を進展させるために重要となる。ナカダ遺跡 の発掘報告書では記載が遺跡全体の一部に留まる一方で、 幸いにもイギリスのユニヴァーシティ ・カレッジ ・ロンドン 二0一五年―二月

黒沼 太

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「若手研究者の集い」研究報告要旨(平成二五ーニ七年) 付属ピートリー ・ エジプト考古学博物館にはナカダ遺跡発掘時の未公刊記録が多く所蔵されている。本報告で は、 ナカ ダ遺跡における墓制を解明するための一環として、 この未公刊記録を活用し、 発掘報告書に未 記載のナカダ文化初頭の 墓の復元を試みた。こうした試みは近年ナカダ文化の他の遺跡でも試行され始めており、 本報告 はこうした近年の研究 手法に倣ったものである。具体的には、 まずナカダ文化の墓制研 究の現状を他の遺跡における事例を絡めて整理し

、 議

論の土台を構築した。その上で、 ナカダ遺跡の中でも初期に帰 属すると見られる多葬墓を一碁選択し、 墓坑内での副葬 品配置状況などについて、 欧米各所の博物館収蔵品目録やナカダ遺跡出土遺 物目録などに記載されている公刊情報、 博 物館所蔵の未公刊記録を総合することで、対象とした墓を復元した。現代的な水準の発 掘報告書では、遺構と遺物がセッ トで記載され、 分析に必要な基礎情報が供されている一方で、 初期の発掘報告書では今日的な体裁が 整っていない。ナ カダ遺跡における墓制を明らかにするための詳細な分析を行うためには、 現在は各種媒体に分散している一次情報を取 りまとめる必要があり、 本報告における手法の反復が遺跡の包括的な理解に重要となる。

10七

参照

関連したドキュメント

・新宿区 〔武家地〕46 遺跡が該当する。行元寺跡が 16~19 世紀代に出土している。若宮町遺跡、 市谷左内町遺跡の 2 遺跡が 17 世紀代に、新小川町遺跡、尾張藩上屋敷跡遺跡など 15

したと考えられる。なお、円鈕の 2

2.のそれぞれにおいて「遺跡地図」「文化財地図」「埋蔵文化財地図」などのキー

培に従事している。  リーソン島ではベトナム考古学院が 1997 年にソムオック(Xóm

遺跡の消長を示す際には,遺跡内の別地点を独立させた泉の図表を提示する一方で(図 4),京都盆 地全体での動向を示す際には(図 6),登録遺跡名称でカウントしたようである

略記している。地区名は遺跡名に含めた。 「遺跡」 「墓」 「古墓」 「古墓群」 「之墓」 「の墓」 「御 拝領墓」

考古資料の検討の範囲としては、基本的に九州と五小京の設置地域とし、州と小京の中心

The first section of the research department.. 1 に出 土遺跡のおおまかな位置関係を示す。 2 対象遺跡の概要