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修 士 学 位 論 文

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修 士 学 位 論 文

題 名

ショウジョウバエのネオ性染色体における ヒストン修飾の進化

指導教授 田村浩一郎 教授

令和 2 1 10日 提出

都大学東京大学院

理工学研究科 生命科学専攻

学籍番号 18846401

氏 名 青木 花織

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学位論文要旨(修士(理学)

論文著者名 青木花織 論文題名 ショウジョウバエのネオ性染色体におけるヒストン修飾の進化

性染色体は多くの生物の性決定に関与する。XY 型性染色体における Y 染色体は多く の場合 X 染色体との組換えを行わないため、有害な変異や反復配列の蓄積によって退化し ていることが知られている。これまでに、Y染色体の退化プロセスに関する数多くの研究が 行われてきたが、多くの生物のY染色体は起源が非常に古いため、特にY染色体の初期退 化プロセスを解明することが困難であった。そこで近年では、常染色体がもともとの性染色 体と融合することで生じた起源の新しい性染色体(ネオ性染色体)を用いることで性染色 体、特に Y 染色体の初期進化プロセスを解明しようという研究が進められている。ネオ性 染色体はショウジョウバエにおいても独立に複数回出現しており、性染色体の進化プロセ スを解明するためのモデル生物の一つとなっている。このうち、ネオ性染色体を有する

Drosophila mirandaを用いた研究によって、ネオX染色体と比較して発現を抑制するヒスト

ンマークが相対的に多いことがあきらかになっている。このことは、D. mirandaのネオY 色体がすでに退化し始めていることを示唆する。しかし、当研究室の研究によって、D.

mirandaではネオY 染色体だけでなくネオX染色体にも偽遺伝子化が多数生じていること

があきらかになった。したがって、ネオX染色体との比較だけでネオY染色体の進化プロ セスをあきらかにすることは難しい。私は、ネオX染色体とネオY染色体に加えてネオ性 染色体を持たない近縁種の相同常染色体を性染色体誕生前の祖先状態として解析に加える ことで、ネオ性染色体誕生後にネオX染色体およびネオY染色体それぞれに生じるクロマ チン修飾の変化をより正確に検出できると考えた。

そこで本研究では、ChIP-seq法を用いてネオ性染色体を持つD. mirandaとその近縁種で ネオ性染色体を持たないD. pseudoobscuraのヒストン修飾を比較し、ネオ性染色体化に伴う クロマチン構造の変化を調べた。まず、転写を抑制するヒストンマークであるH3K9me2 修飾度合いを各相同遺伝子で比較した。その結果、近縁種の相同常染色体に比べてネオ Y 染色体上で相対的にH3K9me2による修飾度合いが高い遺伝子が有意に多かった。一方、ネ X染色体と近縁種の相同常染色体の比較においてもネオY染色体ほどではないものの相 同常染色体に比べて相対的にH3K9me2の修飾が多い遺伝子が有意に多かった。次に、転写 を促進する H3K4me3の修飾度合いを調べたところ、ネオ Y 染色体上にはこのヒストンマ ークの修飾度合いが低い遺伝子が有意に多かったが、ネオX 染色体にはこのような強い傾

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向はなかった。したがって、D. mirandaにおいては、すでにネオY 染色体のクロマチン構 造が常染色体だったときと比べて大きく変化していることが示唆された。

そこで、これらヒストン修飾の変化が遺伝子発現にどのように影響しているかを調べた。

その結果、ネオX染色体、ネオY染色体ともに、H3K9me2修飾と遺伝子発現量の間には有 意な負の相関がみられ、一方H3K4me3修飾と遺伝子発現量の間には有意な正の相関がみら れた。また、機能遺伝子と偽遺伝子で修飾度合いを比較すると、H3K9me2の修飾度合いは 偽遺伝子の方が高く、H3K4me3修飾は機能遺伝子の方が高かった。

次に、D. mirandaよりも起源の新しいネオ性染色体を有するD. albomicansとその近縁種 でネオ性染色体を持たないD. nasutaについても同様の実験と解析を行った。その結果、ど ちらのヒストン修飾についても近縁種の相同常染色体とネオY染色体、ネオX染色体の間 に顕著な差はみられなかった。また、ヒストン修飾の度合いと遺伝子発現量の関係を調べた ところ、H3K4me3修飾に関してはD. miranda 同様にネオX染色体、ネオY染色体どちら においても遺伝子発現量との間に有意な正の相関がみられた。一方で、H3K9me2修飾に関 しては遺伝子発現量との間に相関はみられず、機能遺伝子と偽遺伝子で転写抑制型の

H3K9me2修飾の程度に有意差はみられなかった。

以上の結果から、ショウジョウバエにおいては、ネオ性染色体誕生後、ネオ Y 染色体で は時間と共に転写活性型H3K4me3のヒストン修飾が減少し、転写抑制型H3K9me2のヒス トン修飾が増加していくことがあきらかになった。一方、ネオX染色体についても、D. mir では相同常染色体に比べてH3K9me2の修飾レベルが相対的に高い傾向があり、クロマチン 構造からみても何らかの退化・特殊化をおこしている可能性がある。また、D. albomicans は偽遺伝子化とヒストン修飾の度合いに関連がみられなかったことから、ヒストン修飾の 変化が偽遺伝子化を引き起こしているわけではなく、多くの場合、突然変異によって偽遺伝 子化が生じた後、その近傍のクロマチン構造が時間と共に変化していくことが示唆された。

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学位論文要旨(修士(理学)

論文著者名 青木花織

Evolution of histone modification on neo-sex chromosomes in Drosophila

Sex chromosomes are involved in sex determination in many organisms. It is known that the Y chromosome in XY sex chromosomes does not have recombination with the X chromosome in many cases, and have degenerated by harmful mutations or accumulation of repetitive sequences.

Numerous studies have been conducted on the process degeneration on the Y chromosome, but it has been difficult to elucidate the early process of degeneration on the Y chromosome because the Y chromosome of many organisms are very old. Therefore, in recent years there are some researches using new sex chromosomes (So-called neo-sex chromosomes) fusing autosomes to original sex chromosomes to elucidate the early evolutionary process of sex chromosomes, especially the Y chromosome. Neo-sex chromosomes also appear multiple times independently in Drosophila, and are one of the model organisms for elucidating the evolutionary process of sex chromosomes. Among them, studies using Drosophila miranda with neo-sex chromosomes have revealed that the number of histone marks that suppress the expression is relatively high on the Neo-Y chromosome (Neo-Y) rather than on the Neo-X chromosome (Neo-X). This suggests that Neo-Y of D. miranda has already degenerated. However, our research has revealed that D.

miranda has a large number of pseudogenes on Neo-X as well as Neo-Y. Therefore, it is difficult to clarify the evolution process of Neo-Y only by comparing it with Neo-X. Then, I thought that it is important to compare neo-sex chromosomes and homologous autosomes of the closely related species without neo-sex chromosomes as a proxy of ancestral chromosomes before the birth of neo-sex chromosomes.

In this study, I compared the histone modifications of D. miranda with neo-sex chromosomes, and D. pseudoobscura a closely related species without neo-sex chromosomes by ChIP-seq. First, the degree of modification of H3K9me2, a histone mark that suppresses transcription, was compared for each homologous gene. As a result, significantly more genes were highly modified by H3K9me2 on Neo-Y than homologous autosome of the closely related species. On the other hand, in comparison between Neo-X and homologous autosome of closely related species, there were significantly more H3K9me2-modified genes than the homologous autosomal chromosomes,

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though not as much as Neo-Y. Next, when the degree of H3K4me3 modification that promotes transcription was examined, there were significantly more genes with a low degree of modification of this histone mark on Neo-Y, but there was no such difference on Neo-X. Therefore, in D. miranda, it is suggested that these changes in histone modification occurred on Neo-Y and at least on Neo-X.

It was examined how these changes in histone modification affect gene expression. As a result, a significant negative correlation was found between the degree of H3K9me2 modification and the gene expression level, while a significant positive correlation was found between the degree of H3K4me3 modification and the gene expression level on both Neo-X and Neo-Y. In addition, similar experiments and analyses were performed on D. albomicans, which has newer neo-sex chromosomes than D. miranda and D. nasuta, a closely related species without neo-sex chromosomes. As a result, no significant difference was observed between the homologous autosome of the closely related species and Neo-Y and Neo-X for both histone modifications.

Further, regarding the relationship between the degree of histone modification and the gene expression level, a significant positive correlation was found between the H3K4me3 modification and the gene expression level on both Neo-X and Neo-Y, similar to D. miranda. However, there are many pseudogenes that are high modification levels of the transcriptional active H3K4me3 modification. On the other hand, there was no correlation between the H3K9me2 modification and the gene expression level, and there was no significant difference in the level of transcriptional repression H3K9me2 modification between the functional gene and the pseudogene.

From the above results, it is clear that in Drosophila, after birth of neo-sex chromosomes, the histone modification by the transcriptionally active H3K4me3 decreases and that by the transcriptionally repressed H3K9me2 increases with time on Neo-Y. In addition, since D.

albomicans did not show a relationship between pseudogenization and the degree of histone modification, alterations in histone modification did not cause pseudogenization, and in many cases, mutations caused pseudogenization. It is suggested that the chromatin structure changes with time after pseudogenization in degeneration of the Y chromosome.

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目次

序論 ・・・ 2

材料と方法 ・・・ 5

結果 ・・・ 15

考察 ・・・ 25

結論 ・・・ 30

謝辞 ・・・ 31

参考文献 ・・・ 32

・・・ 37

・・・ 42

付章 ・・・ 59

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序論

性染色体は多くの生物に存在し、性決定に関与する。例えば、哺乳類では異型の XY型がオスでXX型がメスであるのに対して、鳥類では異型のZW型がメスでZZ がオスである。これらの異型性染色体も元々は一対の常染色体に由来することが知ら れており(Charlesworth and Charlesworth 2000)、性決定遺伝子や性拮抗遺伝子を獲得し て性染色体になった直後は、ほぼ同一の塩基配列を保持していたはずである。しか し、性染色体が誕生すると、これらの性関連遺伝子が連鎖していた方が安定した性決 定を行えるため、多くの生物ではX-Y(またはZ-W)染色体間で組換えが抑制される

(Charlesworth and Charlesworth 2000)。組換えは有害変異を除去する有効なメカニズム であるため、組換えの機会を失ったY(またはW)染色体には反復配列や偽遺伝子が 蓄積して退化することが知られている。また極端な例として、イナゴ(メスXX、オ

XO)やミノガ(メスZO、オスZZ)のようにY(またはW)染色体を持たない生

物も存在する(Phimphan et al. 2017; Dalíková et al. 2017)。

また、Y(W)染色体上ではヘテロクロマチン化が進んでいることが知られている

(Zhang and Pugh 2011)。ヘテロクロマチンは、クロマチンが高度に凝集した状態であ り、遺伝子発現が抑制される。実際、キイロショウジョウバエのY染色体はほぼ全域が ヘテロクロマチン化しており、遺伝子もほとんど存在しない(Zhang and Pugh 2011)。し かし、もともと常染色体だったものがどのようにして現在のような Y 染色体になった のか、その進化過程を明らかにするのは容易ではない。多くの生物では性染色体の起源 が非常に古く[例えばヒトとキイロショウジョウバエの性染色体はそれぞれ約1.8億年 前(Warren et al. 2008)、約6千万年以上前(Carvalho 2002)、Y染色体進化の途中段階

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の痕跡を持たないためである。

そのため、近年では常染色体が性染色体と融合することで生じる起源の新しい性染色 体(以降ネオ性染色体と呼ぶ)を用いた研究が進められている。ネオ性染色体は様々な 分類群で独立に生じていることが知られている。これらの研究から、例えばオキナワト ゲネズミのネオ性染色体間では組換え抑制が始まっていることや(Murata et al. 2015)、

ニホンイトヨのネオ Y 染色体にはすでに多くの有害突然変異が蓄積していることが示 唆されている(Yoshida et al. 2017)。ショウジョウバエにおいてもネオ性染色体は何度か 独立に生じていることが知られている(Kaiser and Bachtrog 2010)。このうち、約110 年前にネオ性染色体を獲得したDrosophila miranda(D. mir)については最も研究が進ん でおり、ネオ Y 染色体の偽遺伝子化がすでに始まっていることが報告されている

(Bachtrog 2006; Zhou and Bachtrog 2012; Nozawa et al. 2016)。ネオY染色体のクロマチ ン構造についても研究が進められており、代表的な転写抑制型のヒストン修飾である

H3K9me2(ヒストンH39番目のリジン残基がジメチル化されている状態)がネオX

染色体と比べて多いことが報告されている(Zhou et al. 2013)。H3K9me2は近傍領域の 条件的ヘテロクロマチン化を意味する修飾であることから、ネオ Y 染色体上の遺伝子 の転写はその多くが抑制され、ヘテロクロマチン化し始めていることが示唆された

(Zhou et al. 2013)。しかし、当研究室で行われた先行研究において、ネオY染色体だ けでなくネオ X 染色体でも偽遺伝子化の速度が上昇していることが明らかになってお り(Nozawa et al. 2016)、ネオX染色体を性染色体誕生前の祖先状態と仮定するのは問 題である可能性がある。

そこで私は、ネオ性染色体を持たない近縁種、D. pseudoobscura(D. pse)の相同常染 色体を性染色体誕生前の祖先状態とすることで、ネオ性染色体誕生後にネオ X 染色体

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とネオ Y 染色体それぞれに生じるクロマチン修飾の変化をより正確に検出できると考 えた。また、代表的な転写活性型のヒストン修飾であるH3K4me3(ヒストンH34 目のリジン残基がトリメチル化されている状態)についても調べることで、活性型、抑 制型両方のヒストン修飾の進化を明らかにできるはずである。さらに、D. mirよりも最 近[約24万年前、Satomura and Tamura(2016)]にネオ性染色体を獲得したD. albomicans

(D. alb)と近縁種でネオ性染色体を持たないD. nasuta(D. nas)におけるヒストン修飾 を比較することで、常染色体が性染色体になった後、キイロショウジョウバエの Y 色体のようなクロマチン構造に至る進化過程(常染色体→D. alb のネオ Y 染色体→D.

mirのネオY染色体キイロショウジョウバエのY染色体)を、段階を追って解明でき ると考えられる。

そこで本研究では、独立に生じたネオ性染色体を持つショウジョウバエ2種(D. mir

D. alb)とその近縁でネオ性染色体を持たないショウジョウバエ 2 種(D. pse D.

nas)(図1)を用いて、性染色体化に伴うヒストン修飾の進化過程を明らかにすること

を目的とする。また、当研究室ですでに決定されてきたこれらショウジョウバエの遺伝 子発現データや遺伝子アノテーション(Nozawa et al. 2016; Nozawa et al. 未発表)を用 いて、ヒストン修飾と遺伝子発現や遺伝子機能との関係を明らかにする。

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材料と方法

ショウジョウバエ系統

本研究では以下の4種のショウジョウバエを用いて研究を行った。

Drosophila miranda

Port Coquitlan(B.C., Canada, 2009年)で採集された系統(14011-0101.17系統)をThe National Drosophila Species Stock Center(http://blogs.cornell.edu/drosophila/)から取り寄せ た。その後、ヘテロ接合度をできるだけ下げるため、当研究室でペア交配を 8 回行い

(Nozawa et al. 2016)、近交系を樹立し継代飼育してきた。本研究ではこの系統を使用 した。

Drosophila pseudoobscura

Anderson(Mesa Verde, Colorado, 1996年)で採集された系統(k-s12系統)を杏林大学

(http://shigen.nig.ac.jp/fly/kyorin/)から取り寄せた。その後、ヘテロ接合度をできるだけ 下げるため、当研究室でペア交配を8回行い(Nozawa et al. 2016)、近交系を樹立し継代 飼育してきた。本研究ではこの系統を使用した。

Drosophila albomicans

1978年に名護(沖縄)で採集され、首都大学東京で継代飼育されてきた単一雌由来系 統(NG3系統、Kitagawa et al. 1982)を用いた。その後、ヘテロ接合度をできるだけ下 げるため、当研究室でペア交配を14回行い(Satomura and Tamura 2016)、近交系を樹立

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し継代飼育してきた。本研究ではこの系統を使用した。

Drosophila nasuta

1979年にCurepipe(Mauritius)で採集され、首都大学東京で継代飼育されてきた単一

雌由来系統(G86系統、Kitagawa et al. 1982)を用いた。この系統に関しては、近交系は 樹立されておらず、また本研究においてもペア交配は行わなかった。

上記のショウジョウバエは、いずれも標準コーンミール培地(寒天0.8%、コーンミ ール 9%、グルコース10%、エビオス4%、プロピオン酸0.3%、ボーキニン1%)の入 った牛乳瓶(直径5.7 cm、高さ14 cm)を用い、20℃で飼育した。

ChIP-sequencing

それぞれの種の染色体上でのH3K4me3、H3K9me2の網羅的局在を調べるため、成虫 の雌雄個体を用いてChIP-sequencing(ChIP-seq)を行なった。実験誤差を考慮し、各種 雌雄それぞれにつき独立した2回の実験を行った。

ChIP及びControlサンプルの準備

羽化後11~14日の成虫を、雌雄別々に約40 mg(メスは約20個体、オスは約25 体)になるように1.5 ml LoBindチューブ(エッペンドルフ)に入れ、チューブごと液 体窒素で凍結し、使用するまで-80℃で保存した。

抗体磁気ビーズの準備

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40 μlDynabeads Protein G(Invitrogen、30 mg/ml)を1.5 ml LoBindチューブに入れ て磁気スタンドにセットし、2分間静置後(または溶液が透明になったら)上清を除去 し、400 μlBlocking バッファー(表1)を加えてピペッティングした。磁気スタンド にセットし2分間静置後、上清を取り除いた。Blockingバッファーによる洗浄をさらに 2回行った。次に、500 μlの Blockingバッファーを加え、5 μg(5 μl)×2H3K9me2 抗体(Abcam、ab1220、1 μg/μl)もしくはH3K4me3抗体(Abcam、ab8580、1 μg/μl)を 加えたのち、4℃で一晩ゆっくり振とうした。翌日、振とうしたチューブを磁気スタン ドにセットし2分間静置した後、上清を除去した。400 μlBlockingバッファーを加え てピペッティングで混ぜた。2分間静置後、上清を除去しBlockingバッファーによる洗 浄をさらに2回行った。Blockingバッファー80 μlを加えてピペッティングで混ぜてか ら均等に約40 μl×2本に分けて免疫沈降2サンプル分の抗体として使用した。

細胞固定とクロマチン抽出

先端2/3を切った1000 μl用チップに3枚重ねたガーゼを挟み、新しいLoBindチュー

ブに差し込んだ(チップ-ガーゼ-チューブセット)。その際、ガーゼは予め PBS(表

1)で軽く湿らせておいた。次に、凍結した成虫(雌雄別々に約40 mg、メスは約20

体、オスは約25個体)の入ったLoBindチューブを氷上で冷やし、ペッスルでできる限 りすりつぶした後、氷冷したPBS500 μl加え懸濁した。その懸濁液をピペットマン で吸い、準備しておいたチップ-ガーゼ-チューブセットのチップ部分に滴下した。さ らに、チップ-ガーゼ-チューブセットをスピンダウンし、ハエの外殻を除いた懸濁液 をチューブに回収した。さらに500 μl PBSで共洗いした後、再びピペットマンで吸 い同じチューブを用いて外殻をろ過した。このようにして最終的に約1 ml の懸濁液を

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チューブに回収した。次に、200 μl11%ホルムアルデヒド液(1/10容)を加え混ぜ20 分間室温でゆっくり振とうし、DNAとヒストンをクロスリンクさせた。次に、2.5 M

リシン110 μl(1/20容)を加え、5分間ゆっくり振とうし、クロスリンクを停止した。

7,000 rpm、4℃で5分間遠心し、上清を除去した。白い油状のもの(脂肪)が壁面につ

いている場合は、キムワイプを巻いたピンセットでできるだけ拭い取った。次に、沈殿 したクロマチンに氷冷したPBS 1 mlを加え、ピペッティングとボルテックスによって できる限り懸濁し、7,000 rpm、4℃で5分間遠心し上清を除去した。PBSによる洗浄を さらにもう一度行った。得られたクロマチンは–80℃で保存した。

細胞の溶解とDNA断片化

上記の作業で得られたクロマチンのペレットを、タッピングで溶かした。1 ml Lysis バッファー1(表1)と40 μl Protease Inhibitor(Roche、05 829 791 001)を加えピ ペッティングし懸濁した。4℃で10分間緩やかに振とうした後、8,000 rpm、4℃、5 間遠心した。上清を除去し、1 mlの Lysis バッファー2(表1)と40 μlProtease Inhibitor を加えてピペッティングとボルテックスを行い、ペレットを懸濁した。懸濁液全量を新

たな LoBind チューブに移した後、ローテーターを用いて室温で緩やかに 10 分間振と

うした。次に、8,000 rpm、4℃、5分間遠心し上清を除去し、250 μlLysisバッファー 3(表1)と10 μlProtease Inhibitorを加えてピペッティングし、ペレットを懸濁した。

スピンダウンした後0.5 mlチューブに全量を移した。

DNAの断片化はプローブタイプ超音波発生機(TOMY、UR-21P)の出力をPower 10 にし、プローブの先端が溶液の表面から約1 cmのところに来るようにセットした。断 片化は30秒のソニケーションと90秒のインターバルを12回繰り返して行った。(液面

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が下がってきたらその都度スピンダウンした。)次に、20 μl10% Triton-Xを加えて

混ぜ、12,000 rpm、4℃で10分間遠心した。上清を新しいLoBindチューブに回収し、そ

のうち20 μlControlサンプル(ChIPを行わない対照サンプル)として新たな0.5 ml

チューブに回収し-20℃に保存した。さらに、電気泳動に使用する20 μl を別の0.5ml ューブへ回収し、残りの溶液をLoBindチューブに移し、-20℃に保存した。

DNA電気泳動

上記のステップで分けておいたDNAサンプルを70℃で10分間加熱し、全量を2%ア ガロースゲル内で泳動した(100 V、25分)。サンプル及びマーカーの染色には Gel Green

(和光純薬、515-53334)を用いた。GelDoc(Bio-Rad、EZ Imager)を用いて泳動結果を 撮影し、ソニケーションを行ったDNA断片の長さがおおよそ200 – 800 bpの範囲内で あることを確認した。ただし、実際にはそれ以外の長さの断片もかなり含まれていた(図 2)。

プレクリアリング

免疫沈降前にChIPサンプル中の不要な蛋白質などを取り除くため(Nagalingam et al.

2018)、20 μlDynabeads Protein Gを上記の断片化したクロマチン試料に混ぜ、4℃で

1時間ゆっくりと振とうした。その後、マグネットスタンドに静置し、溶液が透明にな ったら上清をチップに回収し、すぐに免疫沈降のステップに進んだ。同様の処理は免疫 沈降を行わないControlサンプルでも行った。

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免疫沈降(ChIP

抗体が結合したビーズ溶液40 μlにプレクリアリング後の上清約240 μlを加え、一晩 4℃でゆっくりと振とうした。翌日サンプルをスピンダウンした後、マグネットスタン ドに静置し、溶液がクリアになったことを確認した後上清を除去した。次に、500 μl RIPAバッファー(表1)を加えてピペッティングした後、マグネットスタンドに2分間 静置し上清を除去した。RIPAバッファーによる洗浄の作業をさらに7 回繰り返した。

その後、TE with 50 mM NaCl500 μl加え、ピペッティングした後、マグネットスタン ドに2分間静置し上清を除去した。軽くスピンダウンした後、マグネットスタンドにセ ットし上清を完全に除去した。ここまでの作業は氷上で行った。

上記のサンプルに、80 μlElutionバッファー(表1)を加えてピペッティングした後、

ビーズを懸濁し65℃で15分間静置した(ChIPサンプル)。その際2分おきにタッピン グし、ビーズが沈殿しないようにした。この間に「DNA断片化」のステップで保存して おいたControlサンプル20 μl60 μlElutionバッファーを加えた。ChIPサンプルは、

65℃で15分間静置した後、12,000 rpm、室温で1分間遠心した。マグネットスタンドに セットし2分間静置後、上清を新しいLoBindチューブに回収した。これ以降の操作は ChIPサンプルとControlサンプルそれぞれについて行った。

脱クロスリンクとDNAの精製

サンプルを65℃のヒートブロックに入れ、2時間インキュベートした。スピンダウン した後、TE 80 μl(サンプルと同量)を加えて混ぜた。さらにRNase A(Invitrogen、20

mg/ml)を3.2 μl加えてピペッティングし、37℃で2時間インキュベートした。次に、4

μlProteinase K(TAKARA、20mg/ml)と7 μl300 mM CaCl2を加えてよく転倒混和

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した後、55℃で30分間インキュベートした。その後、175 μl(サンプルと等量)のPCI

(フェノール:クロロホルム:イソアミルアルコール=25:24:1)を加えてボルテッ

クスし、12,000 rpm、室温で5分間遠心した。上清を新しいLoBindチューブに移し、エ

タノール350 μl(サンプルの倍量)、3 M NaCl 12 μl、エタチンメイト(ニッポン・ジー

ン)1 μlを入れた。ボルテックス後、12,000 rpm、4℃で5分間遠心した。上清を除去し

た後、70%エタノール 500 μlを加えて転倒混和し、12,000 rpm、4℃で5分間遠心した。

上清を除去後、チューブのキャップを開けたまま 45℃のヒートブロックにおいて残存 エタノールを除去し、DW 10 μlに溶解して-20℃に保存した。

qPCRによるChIP濃縮率の測定

ChIP によって抗体と結合した領域がどのくらい効率的に回収できているかを確かめ るために、2-ΔΔCT法(Livak and Schmittgen 2001)を用いて濃縮率のチェックを行った。

この手法は、抗体が結合することが判明している遺伝子(ターゲット)と結合しないこ とが分かっている遺伝子(リファレンス)における qPCR での増幅度の差を検出する。

Controlサンプルにはどちらの遺伝子領域も同量含まれていると予想されるが、ChIP

ンプルにはターゲットがリファレンスより多く存在するはずである。2-ΔΔCT法では、こ の量比をqPCR 法から推定する。本研究では H3K4me3抗体によるChIPの確認に、キ イロショウジョウバエで H3K4me3 修飾が高いことが知られている Gapdh2(ターゲッ ト ) と そ う で な い こ と が 知 ら れ て い る ey( リ フ ァ レ ン ス ) を そ れ ぞ れ 用 い た

(modENCODE、Celniker et al. 2009)。また、H3K9me2抗体によるChIPの確認として、

キイロショウジョウバエでH3K9me2 修飾が高いことが知られているCht10(ターゲッ ト)とそうでないことが知られているMoca-cyp(リファレンス)を用いた(modENCODE、

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Celniker et al. 2009)。各遺伝子のPCRプライマー配列は表2に示した。また、サーマル サイクラーはStepOnePlus(Applied Biosystems)を使用し、① 50℃ 2分間、② 95℃ 2 分間、③ 95℃ 15秒間、60℃ 1分間(ここで蛍光量検出)、40サイクル、④ 95℃ 15 間の手順でPCR反応を行った。qPCR試薬としてPowerUp Syber Green(appliedbiosystems)

を用いた。

バイオアナライザーによる濃度推定

得られたChIPサンプルとControl サンプルのDNA濃度とサイズ分布を調べるため、

Aglient 2100バイオアナライザー電気泳動システムを用いて濃度推定を行った。キット

にはHigh Sensitivity DNA Kit(Agilent、5067-4626)を用いた。

シーケンスライブラリ作成及びシーケンシング

上記の各サンプルについてThruPLEX® NGS(Takara)を用いたシーケンスライブラ リの作成を行った。ただし、すべての反応をキット記載の半量で行った。スタートの DNA量は0.5 ngとし、アダプターインデックスにはSMARTer® Dual Index(Takara)を 用いた。作成したライブラリのDNA分子量はHigh Sensitivity DNA Kitを用いて確認し、

DNAの濃度はGenNext® NGS Library Quantification Kit(東洋紡)を用いたqPCRを行っ て測定した。その後、各ライブラリのDNA濃度を10 nMに希釈し、16サンプルを1 のチューブにプールした。このプールライブラリをMacrogen社に送付し、HiSeq X1 レーンを用いてリード長151 bp のペアエンドシークエンシングを行なった。本研究で は最終的に64サンプル、4レーン分のシーケンシングを行った。

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DNA配列データ解析

ChIP-seq リードのクオリティコントロール

ChIP-seqによって得られたリードのクオリティコントロールには、Trimmomatic-0.36

(Bolger et al. 2014)を用いた。各リードのうち連続してQ値が25以上のものを抽出、

アダプター配列を取り除いた後その長さが50 bp未満だったリードを除去した。さらに、

Forward側とReverse側の両方でこの条件を満たしていたリードのみを残しfastqファイ

ルとして出力した。

ChIP-seqリードのマッピング及び読取深度の計算

得られたリードはBowtie2 version 2.3.3(Langmead and Salzberg 2012)を用いて以下 の各種のリファレンスゲノム配列にマップし、Samファイルとして出力した。この際、

D. pseのリファレンスゲノム配列にはClark et al.(2007)を使用し、D. mirD. alb、D.

nasのリファレンスゲノムには当研究室で決定されたゲノム配列(Nozawa et al. 未発表)

を用いた。次に、ネオX染色体由来の配列とネオY染色体由来の配列を明確に区別す るため、Linux grep コマンドを利用し、得られたSam ファイルからゲノムの一箇所 にしかマップされないユニークリードのみを選抜した。これらのリードを samtools 1.9

(Li 2011)のsortコマンドを用いて、染色体の位置情報順に並び替えてbamファイル に変換した。さらに、これらのリードからGATK 4.1.2MarkDuplicatesSpark(Xiao et

al. 2018)を用いてPCR による重複リードを取り除いた後、samtoolsdepthコマンド

を用いてゲノム中の各塩基の読取深度を計算した。

ヒストン修飾の推定

(19)

得られた各サンプルの読取深度から、ChIP/Controlを計算した。ChIP/Controlとはあ る塩基に対象のヒストン修飾がどのくらいあるかを推定する指標であり、先行研究

(Zhou et al 2013)をもとに以下の式によって計算した。

(𝐷ChIP+ 1)/(𝐷Cont+ 1) 𝑇ChIP/𝑇Cont

ここで、DChIPChIPサンプルにおけるある領域の読取深度の総数、DContControl ンプルにおけるあるゲノム領域(または遺伝子)の読取深度の総数、TChIPChIPサン プルの総マップリード数、TContControlサンプルの総マップリード数である。また、

DCont0であると計算不能になってしまうことを考慮し、DChIPDContにそれぞれ1 加えた。実際の計算では、それぞれの遺伝子について、遺伝子及び上流と下流各3 kb 領域のChIP/Controlを計算した。

遺伝子発現量測定および遺伝子の分類

本研究では ChIP/Control に基づくヒストン修飾レベルと遺伝子発現量や遺伝子の機 能性を比較した。当研究室には、すでにD. mirD. pse、D. albD. nasのゲノム配列 とトランスクリプトーム配列、さらには複数組織の遺伝子発現データに基づきそれぞれ の種の遺伝子アノテーションが決定されており、機能遺伝子と偽遺伝子[発現がない遺 伝子とタンパク質読み枠(ORF)が壊れている遺伝子を含む]に分類されている(Nozawa

et al. 未発表)。また、各遺伝子の成虫雌雄における遺伝子発現量もFPKM値(100万マ

ップリードのうち転写産物1000 bpあたりのリードペア数)として計算されている。さ らに、D. mirD. pseの相同遺伝子10526個、D. albD. nasの相同遺伝子10976個も 同定されている(Nozawa et al. 未発表)。本研究ではこれらのデータを使用した。

(20)

結果

免疫沈降の効率と得られたシーケンスデータ量

H3K9me2 抗体及び H3K4me3 抗体を用いた免疫沈降(ChIP)の結果、濃縮率は

5.10~38.38であった(表3)。ChIP-seqにより得られたリード数はサンプルによってばら

つきはあるものの、全て1100万リードペアを超えていた(表4)。なお、当研究室にお いてすでに行われたH4K16ac抗体を用いたD. mirD. albChIP-seqのデータ量、先 行研究におけるH3K9me3抗体を用いたD. albオス幼虫のChIP-seqデータ量は表5に示 した。

D. mirのネオ性染色体における抑制型ヒストン修飾(H3K9me2)

まず、D. mirが持つ起源の古いネオ性染色体と、近縁種D. pseにおける相同常染色体 である第3染色体の抑制型ヒストン修飾であるH3K9me2を比較した。その結果、D. pse の第3染色体に比べD. mirのネオY染色体で相対的に修飾レベルが高かった(図3A)。

実際、ネオY 染色体と相同常染色体の修飾レベルの比が1 より大きい遺伝子と1より 小さい遺伝子の数を比較すると、1より大きい遺伝子(ネオY染色体においてより修飾 レベルが高い遺伝子)が有意に多かった(それぞれ1507遺伝子と19遺伝子、P < 1×

10-500、カイ二乗検定)。さらにオスのネオX染色体においても相同常染色体に比べ抑制 型ヒストン修飾のレベルが高かった(図 3B)。これは Nozawa et al.(2016)において、

D. mirのネオX染色体はD. pseの相同常染色体に比べてやや退化している可能性があ

る、という報告と一致する。

しかし、この修飾の程度はネオ性染色体化によって上昇したものではなく、D. mir

D. pse と比べて総じて抑制型ヒストン修飾のレベルが高いだけかもしれない。そこで、

(21)

D. mirD. pseのオスの常染色体及びX染色体でも同様の比較を行った。その結果、D.

mirの方が D. pse よりも抑制型ヒストン修飾のレベルが相対的に高い傾向は見られず、

むしろ、D. mirの方が抑制型ヒストン修飾レベルは相対的に低かった(付図1)。また、

D. mirD. pseのメス同士の比較でも同様の傾向が見られた(付図2)。したがって、D.

mirのネオ性染色体における抑制型ヒストン修飾レベルは、ネオ性染色体化に起因して 上昇したものと考えられる。

D. mirのネオ性染色体における活性型ヒストン修飾(H3K4me3

上記の結果は、すでにD. mirのネオ性染色体、特にネオY染色体に抑制型ヒストン 修飾が蓄積し、部分的にヘテロクロマチン化していることを示唆する。しかし、クロマ チン構造はH3K9me2修飾のみによって制御されているわけではなく、複数のヒストン 修飾によって制御されている(Strahl and Allis 2000)。そこで、活性型ヒストン修飾であ

H3K4me3についても同様の比較を行った。すると、H3K9me2修飾とは逆に、ネオY

染色体と相同常染色体の修飾レベルの比が 1 より大きい遺伝子と 1 より小さい遺伝子 の数を比較すると、1より大きい遺伝子(ネオY染色体においてより修飾レベルが高い 遺伝子)が有意に少なかった(それぞれ161遺伝子と1365遺伝子、P = 1.4×10-208、図 4A)。一方、ネオX染色体と第3染色体のChIP/Controlは、ネオX染色体の方が相同常 染色体と比べてH3K4me3修飾レベルが高い遺伝子がやや多かった(図4B)。これは、

先行研究(Nozawa et al. 2018)で報告された個別遺伝子量補償の影響で発現量が上昇し ている遺伝子が多いからかもしれない。

オスの他の染色体における同様の比較では、むしろ全体的に若干 D. mir の方の修飾 レベルが高かった(付図3)。また、メスにおいても全ての染色体上でD. mirD. pse

(22)

に比べて相対的にやや修飾レベルが高かった(付図4)。したがって、ネオY染色体で 活性型ヒストン修飾であるH3K4me3のレベルが低いのは性染色体化によるものである と考えられる。一方、ネオX染色体で相同常染色体と比べてややH3K4me3レベルが高 いのは、性染色体化によるものではなく、単に種の違いによるものかもしれない。

D. albのネオ性染色体における抑制型ヒストン修飾(H3K9me2

次に、より最近、約24万年前にネオ性染色体が分化し始めたと考えられるD. alb クロマチン構造を調べることにした。まず、D. albが持つネオ性染色体と、近縁種D. nas における相同常染色体である第3染色体の抑制型ヒストン修飾H3K9me2のレベルを比 較した。その結果、D. mirとは異なり、近縁種の相同常染色体の方がネオY染色体およ びネオ X 染色体に比べてわずかながら抑制型ヒストン修飾である H3K9me2 修飾レベ ルが高い傾向が見られた[ネオ Y染色体と相同常染色体の修飾レベルの比が 1 より大 きい遺伝子(D. alb > D. nas)は1629遺伝子、1より小さい遺伝子(D. alb < D. nas)は 2082遺伝子: P = 1.0×10-13、ネオX染色体と相同常染色体の修飾レベルの比が1より大 きい遺伝子(D. alb > D. nas)は1564遺伝子、1より小さい遺伝子(D. alb < D. nas)は 2193 遺伝子: P = 1.1×10-24、図 5]。しかし、それらの遺伝子の修飾レベルはほとんど

ChIP/Control比が1付近であり、どちらかの種に偏っているわけではなかった。しかし、

常染色体やX染色体で同様の比較を行うと、近縁種のD. nasで相対的にH3K9me2修飾 レベルが高い遺伝子の割合はより大きかった(付図5)。したがって、種による就職レベ ルの違いを考慮すると、D. albにおいてもネオ性染色体は常染色体と比べて抑制型ヒス トン修飾のレベルがやや上昇しているのかもしれない。しかし、D. mirと比較するとそ の程度はまださほど顕著ではないようである。また、メス同士の比較では染色体によっ

(23)

て分布の傾向が異なっていた(付図6)

D. albのネオ性染色体における活性型ヒストン修飾(H3K4me3

次に、D. albの活性型ヒストン修飾であるH3K4me3についても同様の比較を行った。

オスの比較では、ネオY染色体とネオX染色体共にD. nasの相同常染色体に比べて若 干活性型ヒストン修飾レベルが低かったが[ネオ Y 染色体と相同常染色体の修飾レベ ルの比が1より大きい遺伝子(D. alb > D. nas)は1376遺伝子、1より小さい遺伝子(D.

alb < D. nas)は2355遺伝子: P = 8.2×10-58、ネオX染色体と相同常染色体の修飾レベル の比が1より大きい遺伝子(D. alb > D. nas)は1410遺伝子、1より小さい遺伝子(D.

alb < D. nas)は2347遺伝子: P = 9.4×10-53]、ほとんどの遺伝子はChIP/Control比が1 近い値を示した(図6)。しかし、オスのX染色体や常染色体、メスのすべての染色体 の比較では、むしろ D. alb の修飾レベルが D. nas よりも相対的に高い遺伝子が多く ChIP/Control比も1より大きい傾向にあった(付図78)。つまり、D. albD. nas りも総じて活性型ヒストン修飾レベルが高いが、ネオ性染色体では相対的にやや低い傾 向にあることが分かった。以上より、D. albのネオ性染色体もD. mirほどではないもの のクロマチン構造が変化しつつあることが示唆される。

D. mirのネオ性染色体における抑制型ヒストン修飾(H3K9me2)と遺伝子発現

及び遺伝子機能性との関係

ここまではヒストン修飾レベルの種間比較から性染色体化に伴うクロマチン構造の 変化を調べた。そこで、次にヒストン修飾レベルが実際に遺伝子の発現量や遺伝子の機 能性(機能遺伝子または偽遺伝子)と関連があるのかを調べた。

(24)

まず、D. mirのオスのネオY染色体及びネオX染色体の抑制型ヒストン修飾である

H3K9me2の程度と遺伝子発現量との間には有意な負の相関が見られた(ネオY染色体:

ピアソンの相関係数R = -0.30、P = 2.2×10-33、ネオX染色体:ピアソンの相関係数R =

-0.10、P = 1.3×10-5、図7)。また、D. mirのオスの他の染色体やメスの各染色体でも同

様に負の相関が見られた(付図9、10)。さらにD. mirの近縁種でネオ性染色体を持た

ないD. pseにおいても雌雄全ての染色体上で負の相関が見られた(付図11、12)。よっ

て、D. mirのネオY染色体及びネオX染色体での抑制型ヒストン修飾は実際に転写抑 制と関連があるものと考えられる。

次に、これらの遺伝子をNozawa et al.(未発表)のアノテーションをもとに機能遺伝 子と偽遺伝子に分類し、それぞれのH3K9me2レベルを調べた。先行研究(Smith et al.

2007)において、キイロショウジョウバエのヘテロクロマチン領域ではユークロマチン 領域に比べて偽遺伝子の割合が約3倍であるという報告がある。このことから、偽遺伝 子における抑制型ヒストン修飾レベルは機能遺伝子に比べて有意に上がっていると予 想される。実際、D. mirのオスでは、ネオY染色体とネオX染色体の両方において、

機能遺伝子に比べて偽遺伝子で抑制型ヒストン修飾レベルが有意に高かった(図 8)。

特にネオY染色体では機能遺伝子であっても修飾レベルの絶対値がネオ X染色体と比 べて高い傾向にあった。また、D. mirのオスの他の染色体やメスの各染色体、D. mir 近縁種でネオ性染色体を持たない D. pse の各染色体においても偽遺伝子では機能遺伝 子に比べてこの抑制型ヒストン修飾のレベルが高かった(付図13-16)。これらの結果か

ら、D. mirのネオ性染色体においては遺伝子の生死とヒストン修飾には関連があること

がわかった。

(25)

D. mirのネオ性染色体における活性型ヒストン修飾(H3K4me3)と遺伝子発現 及び遺伝子機能性との関係

次に、活性型ヒストン修飾(H3K4me3)と遺伝子発現の関連についても調べた。その 結果、D. mirのオスのネオY染色体及びネオX染色体の活性型ヒストン修飾レベルと 遺伝子発現量との間で有意な正の相関が見られた(ネオY染色体:R = 0.25、P = 2.3×

10-23、ネオX染色体:R = 0.24、P = 1.2×10-26、図9)。また、D. mirのオスの他の染色体 やメスの各染色体でも同様の比較で正の相関が見られた(付図17、18)。さらにD. mir の近縁種でネオ性染色体を持たない D. pse においても雌雄全ての染色体で正の相関が 見られた(付図19、20)。よって、活性型ヒストン修飾の変化は実際にネオ性染色体の 転写活性と関連があることが分かった。

また、ネオY染色体とネオX染色体共に、偽遺伝子の活性型ヒストン修飾(H3K4me3)

レベルは機能遺伝子に比べて有意に低かった(図10)。また、D. mirのオスの他の染色 体やメスの各染色体、近縁種でネオ性染色体を持たない D. pse の各染色体においても 偽遺伝子では活性型ヒストン修飾が低かった(付図21-24)。これらの結果から、D. mir のネオ性染色体は、抑制型ヒストン修飾と活性型ヒストン修飾の両方が遺伝子発現量や 遺伝子の機能性(機能遺伝子と偽遺伝子)とよくリンクしていることが明らかになった。

D. alb のネオ性染色体における抑制型ヒストン修飾(H3K9me2)と遺伝子発現

及び遺伝子機能性との関係

次に、より起源の新しいネオ性染色体を持つD. albにおいても同様の解析を行った。

すると、D. mirの場合とは異なり、オスのネオY染色体とネオX染色体のどちらにお いても抑制型ヒストン修飾(H3K9me2)のレベルと遺伝子発現量の間に有意な相関は見

(26)

られなかった(ネオY染色体:R = -0.0092、P = 0.58、ネオX染色体:R = -0.0002、P =

0.99、図11)。一方、D. albのオスの他の染色体とメスの各染色体、さらに近縁種でネオ

性染色体を持たないD. nasの各染色体においては、H3K9me2レベルと遺伝子発現量の 間に負の相関が見られた(付図25-28)

また、機能遺伝子と偽遺伝子の抑制型ヒストン修飾(H3K9me2)レベルを比較すると、

ネオY染色体では有意な差は検出されなかった(図12A)。一方、オスのネオX染色体 では差は小さいながら偽遺伝子の方が機能遺伝子よりも有意に修飾レベルが高かった

(図12B)。また、オスの他の染色体およびメスの全ての染色体においても、ネオX 色体同様、偽遺伝子の方が機能遺伝子よりも抑制型ヒストン修飾(H3K9me2)のレベル が有意に高かった(付図29-30)。さらにネオ性染色体を持たない近縁種 D. nas におい ても雌雄全ての染色体で同様の傾向が見られた(付図31-32)。これらの結果から、特に

D. albのネオY染色体では、抑制型ヒストン修飾H3K9me2は遺伝子発現や偽遺伝子化

と関連がないことが示唆される。

D. alb のネオ性染色体における活性型ヒストン修飾(H3K4me3)と遺伝子発現

及び遺伝子機能性との関係

次に、D. albのオスのネオY染色体及びネオX染色体の活性型ヒストン修飾H3K4me3 と遺伝子発現量との相関を調べた。すると、こちらは両ネオ性染色体ともに、活性型ヒ ストン修飾レベルと遺伝子発現量の間に有意な正の相関が見られた(ネオY染色体:R

= 0.11、P = 2.8×10-11、ネオX染色体:R = 0.079、P = 1.7×10-6。しかし、D. mirと比べ るとその相関は弱かった(図9、図13)。また、オスの常染色体及びX染色体、メスの 各染色体、近縁種でネオ性染色体を持たない D. nas における雌雄全ての染色体と比較

(27)

しても相関の程度が弱い傾向にあった(付図33-36)。よって、D. albのオスのネオ性染 色体では活性型ヒストン修飾と転写活性は関連があるものの、D. mirに比べるとその関 連が弱いことが示唆された。

また、機能遺伝子と偽遺伝子の活性型ヒストン修飾(H3K4me3)レベルを比較すると、

オスのネオY染色体とネオX染色体共に、機能遺伝子に比べて偽遺伝子ではH3K4me3 の修飾レベルは有意に低かった(図14)。一方、D. albのオスの常染色体及びX染色体、

メスの各染色体、近縁種でネオ性染色体を持たない D. nas における雌雄全ての染色体 においても偽遺伝子ではこの活性型ヒストン修飾が有意に低かった(付図37-40)。以上 の結果は、D. albのネオ性染色体はD. mirに比べてH3K9me2、H3K4me3の修飾レベル がどちらも発現量との相関が弱く、またH3K9me2については偽遺伝子化しても修飾レ ベルが変化していないことを示唆する。

D. alb のネオ性染色体における抑制型ヒストン修飾(H3K9me3)と遺伝子発現

及び遺伝子機能性との関係

ここまでの解析結果は、D. albではネオY染色体上の遺伝子が偽遺伝子化しても抑制 型ヒストン修飾レベルが変化しないことを示唆する。しかし、H3K9me2 は条件的ヘテ ロクロマチン化に関与する抑制型ヒストン修飾として知られており、組織や発生段階に よらない構成的ヘテロクロマチン化にはH3K9me3が関与していることが知られている

(Muramatsu et al. 2016)。そこで、先行研究(Wei et al. 2019)において、D. albの幼虫オ スを用いて行われたH3K9me3ChIP-seqデータを用いて、機能遺伝子と偽遺伝子の修 飾レベルを比較した。その結果、H3K9me2の結果と同様に、H3K9me3に関してもネオ Y染色体では機能遺伝子と偽遺伝子とで修飾度に差がなかった(図 15A)。一方、ネオ

(28)

X染色体では、こちらもH3K9me2の結果と同様、差はわずかながら偽遺伝子の方が機 能遺伝子に比べて修飾レベルが有意に高かった(図 15B)。さらに、オスの常染色体及 びX染色体ではネオX染色体と同様に偽遺伝子での修飾度が有意に高かった(付図41)。

よって、D. albのネオY染色体では、2種類の抑制型ヒストン修飾共に偽遺伝子化との 関連は見られないことがわかった。

遺伝子量補償に関連するヒストン修飾(H4K16ac)と遺伝子発現及び遺伝子機 能性との関係

ここまでは性染色体が生じた後、主に Y 染色体の退化に着目して、ユークロマチン

(H3K4me3)やヘテロクロマチン(H3K9me2、H3K9me3)に関連するヒストン修飾の レベルと、遺伝子発現や遺伝子の機能性との関連を明らかにしてきた。しかし、性染色 体誕生後のもう一つの大きな現象として、Y染色体の退化に伴って多くの生物が獲得し てきたオスのX染色体上の遺伝子の発現量上昇、いわゆる遺伝子量補償、がある。ショ ウジョウバエの遺伝子量補償はH4K16ac(ヒストン H416 番目のリジン残基のアセ チル化)というヒストン修飾と関連があることが明らかになっており(Zhang and Oliver

2010)、H4K16acがオスのX染色体全体に広がることで、X染色体全体の遺伝子発現量

が上昇することが知られている。そこで、H4K16ac抗体を用いて当研究室ですでに行わ

れていたD. mirD. albの成虫オスのChIP-seqデータを利用し、両種のネオX染色体

の遺伝子量補償発達の程度を調べた。その結果、D. mirでは両ネオ性染色体とも機能遺 伝子の方が偽遺伝子よりも有意にH4K16acの修飾レベルが高かった(図16A、B)。ま た、ネオY染色体に比べてネオ X染色体では全体的に修飾度が高かった。さらに、オ スの常染色体及び X 染色体でも同様の有意差は見られたが、X 染色体の修飾度は全体

図 12 .D.  albomicans のオスの機能遺伝子と偽遺伝子における抑制型ヒストン修飾レベル
図 17 .D.  albomicans のオスの機能遺伝子と偽遺伝子における活性型ヒストン修飾レベル

参照

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