要 旨
書き言葉コーパスの用例を用い、話者交代のある会話の応答部分で使用される
「もちろん」の用法の分析を行った。「もちろん」は「情報要求型」「情報提供型」
「行為要求型」の発話を先行発話にとるが、後者2つに的を絞り、「もちろん」で 示される話し手の反応の特徴を観察した。その結果、 「行為要求型」の〈依頼〉 〈勧 誘〉の発話で「もちろん」に先行するのは、通常の〈依頼〉〈勧誘〉とは異なり、
一定の時間を経た未来のある時点における行為の実行について、聞き手が話し手 に〈約束〉を求める発話であり、「もちろん」はそれに対する話し手の〈約束〉
の意図を表すものであることを指摘した
キーワード:発話機能 行為要求型 情報提供型 応答 反応
1 .問題の所在
前稿、すなわち蓮沼(2018a)では、雑談を文字化した自然談話資料である「名 大会話コーパス」を用い、応答で使用された「もちろん」「たしかに」「なるほど」
3語と、それに先行する発話の連接関係の特徴について分析を試みた。しかし資 料の特性や時間的制約により、いずれの語に対しても断片的な考察に終わった。
中でも「もちろん」が命令や意志を表す「策動文」への応答に使用されるとする、
森山(1989)の指摘については、コーパスに「策動文」の例が少なく、その検証 には考察が及ばなかった。
本稿は、「もちろん」の応答用法に対する森山の指摘に対し、その実態をコー パスの用例観察に基づき明らかにすることを目的とする。具体的には、「現代日 本語書き言葉均衡コーパス」(BCCWJ)の文学ジャンルの例を対象に、先行発話 と「もちろん」の連接関係の特徴を記述し、「もちろん」を使用する話し手の意
「もちろん」の応答用法
1)―先行発話に対する反応の特徴からみた機能の特性―
蓮 沼 昭 子
図や文脈条件の解明を目指す。
本稿の構成は以下の通りである。2節では、森山(1989)の「もちろん」の説 明における未解決の問題を指摘し、本稿の課題を述べる。3 節では、BCCWJ に おける「もちろん」の応答用法の使用実態の概要を示す。4節では、本稿がコー パスから得た用例のうち、先行発話が「行為要求型」と「情報提供型」の例に的 を絞り、これらと「もちろん」の連接関係の特徴を観察する。5節では、4節の 観察結果に対し考察を加える。6節は全体のまとめである。
2 .問題の所在
森山(1989)は、応答表現の体系の素描を試みた意欲的研究だが、その中で「も ちろん」に対しては、先行文の文類型との関係に基づき用法を2系統に分けてい る。すなわち相手の発話をどう受け取るかを表す「態度表明系統」の中の、「策 動文-承諾系-当然類」、および「認識的文-応答者にもともと情報がある場合
-当然類」の2つである。前者は先行文が「策動文」(命令文・意志文)の場合、
後者はそれが「認識的文」(命題内容を伝達する文)の場合である。そして「も ちろん」は「策動文」に続く場合は、その意図に対する「了解・承諾」を、「認 識的文」に続く場合は、応答者にもともと情報がある場合の当然といった含意を 伴う「肯定的認定」を表示するものと捉えているようである。具体例の例示がな いため、森山の「もちろん」に対する筆者の理解には不正確な点が残っている可 能性があるが、「策動文」に対する応答の談話展開を、筆者の作例によって確認 しておきたい。
次の(1A)(2A)は、それぞれ〈依頼〉〈勧誘〉、すなわち、森山の「策動文」
の例で、それに対する応答に「もちろん」が使用された例である。
(1)A「必ず連絡してくださいね」
B「もちろん、連絡します」
(2)A「このことは二人の秘密にしておきましょうね」
B「もちろん、誰にも話しません」
(1B)(2B)における「もちろん」は、「連絡してくれ」「秘密にしておこう」
という聞き手の〈依頼〉〈勧誘〉の意図に対し、「必ず連絡する」「もちろん誰に も話さない=秘密にする」という、話し手の承諾の意志表明を表しており、その 使用に特に不自然さは感じられない。一方、以下の(3A) (4A)は、上と同様〈依 頼〉〈勧誘〉を表すものだが、上の例とは対照的に、応答に使用された「もちろん」
は、容認不可能、ないしはきわめて不自然である。
(3)A 「ちょっと、そこのお醤油とって!」
B*「もちろん」
(4)A 「ちょっと、そこでお茶でも飲もうか」
B??「もちろん」
(3 B)では、「うん、いいよ」、あるいは「ほら」と言いながら(あるいは無 言で)直接醤油を手渡すのが自然である。(4 B)では、賛同を表す「いいね」
などの使用が自然である。以上の観察で明らかなように、 「策動文」、すなわち「行 為要求型」の発話に対する応答での「もちろん」の使用には制限があり、いつで も使用可能というわけではないことが分かるのである。また、「認識的文」、すな わち「情報提供型」の発話が先行する場合も、「もちろん」での応答が自然な談 話展開を構成するためには一定の制約があり、その可否を決める要因や条件につ いては、いまだ不明な点が多く、その解明という課題が残されているのである。
森山(1989)は、応答表現の体系を「談話管理システム」というダイナミック な観点から捉え、その見取り図を示した先駆的研究で、先行文の文類型や応答者 における情報の有無などと関連づけて応答表現の分析を行っている点など、参考 となる観察を多く含む。しかし上で指摘したように、個々の応答表現については 記述・分析が及んでおらず、その詳細については、談話データの丹念な観察に基 づく分析・記述という、大きな課題が残されているのである。
以上の問題意識に立ち、本稿では、BCCWJで採取された一定数の「もちろん」
の用例を注意深く観察し、その応答用法の特徴の解明に迫りたい。次節では、そ の調査・分析方法の詳細について説明を行っておきたい。
3 .「もちろん」の使用実態 3.1 データ
本稿が検索対象としたのは、BCCWJの「図書館・書籍」「出版・書籍」「ベス トセラー」の「文学」のジャンルのデータである。雑談などの自然談話では、 〈依 頼〉〈命令〉〈勧誘〉といった、策動的な機能の発話は現れにくいが、小説等、創 作された文章の会話文ならば、こうした例が得やすいだろうと考えたからであ る。語彙素「勿論」によってコーパスを検索した結果、3208件がヒットしたが、
その後、以下の基準に基づき、考察対象とする例を絞り込んだ。
【考察対象とするもの】
① 「もちろん」の前後で話者交代があり、次のような構造をもつもの
A:X
B:(感動詞・応答詞)もちろん(Y)
X:話者Aの発言内容
Y:話者Bの発言内容。( )内は省略可能なことを表す。Yが倒置され、
感動詞・応答詞や「もちろん」の前に来る場合や、それがない例も対 象とする。
② 「もちろん」が話者Aの発言に対する応答等、何らかの反応を表していると 判断されるもの
③ 譲歩用法の「もちろん」
「譲歩」とは、話者Bが話者Aの発言Xに対しとりあえずの承認X’を表した うえで、Xとは異なる自らの意見・立場Yを述べるような用法(cf. 蓮沼 2018b)で、以下のような構造をもつ。
A:X
B:もちろんX’。しかしY
【考察の対象外とするもの】
④ 累加用法 [XはもちろんYも~]
⑤ XとYが同一話者による発言で、自らの意見・立場Yの理由や根拠をXが表 す場合 [もちろんXなので/だがY]
以上の構造・意味的基準に加え、鉤かっこ「 」などの引用符号や、「~と言 った」のような引用標識(脚本のト書きに相当する部分)を手掛かりに、目視で 話者交代のある発話を絞り込み、先行発話を「もちろん」が受けていると判断さ れる例を選定した結果、636例を得た。その後、先行発話の形態的特徴や発話意 図に基づきそれぞれの発話機能を確定し、各類型別に分布状況を整理した。その 結果を次節で解説する。
3.2 調査結果の概要
表1は先行発話の機能別分布状況、表2は、それぞれの発話機能の代表的表現
形式(片仮名表記)または例文(「 」内のもの)を示したものである。
表1 先行発話の機能の種別とその分布(BCCWJ「文学」ジャンル)
表現類型2) 発話機能 下位分類 出現数 小計① % 小計② %
情 報 系
叙 述
情報提供 42 42 6.6%
判断提示
認識判断 18
当為判断 9
評価判断 15 42 6.6%
希望表明 5 5 0.8% 89 14.0%
疑 問
情報要求
真偽疑問文 233
否定疑問文 28 261 41.0%
確認要求 125 124 19.7%
補充疑問文 52 52 8.2%
選択疑問文 4 4 0.6%
問い返し 5 5 0.8% 447 70.3%
反語解釈 2 0.3%
受容困難表明 1 0.2%
情報受容表明 1 4 0.2% 4 0.6%
行 為 系
行 為 要 求
依 頼
疑問文 24
命令文 12
希望表明 6
間接的依頼 3
遂行動詞 2 47 7.4%
命令的指示 3
恩恵的指示 2
禁 止 2
勧 め 3 10 1.6%
許可求め 疑問文 24
命令文 2 26 4.1%
申し出 命令文 1 1 0.2%
勧 誘 4 4 0.6% 88 13.8%
行為志向 提 案 5 5 0.8% 5 0.8%
意志表明 3 3 0.5% 3 0.5%
合 計 636 100.0%
表2 先行発話の代表的表現形式・例文
表現類型 発話機能 下位分類 代表的形式(普通体のみ)/例文
情 報 系
叙 述
情報提供 客観的事実に関する情報提供。述語無標形
判断提示
認識判断 ダロウ、カモシレナイ、ハズダ
当為判断 { スル / シタ } 方ガイイ、シテハ駄目ダ(聞き 手の行為を拘束)
評価判断 イイ、オカシイ、無駄ダ(主観的評価を表す 述語の非過去形)
希望表明 シタイ、タライイ(ナア)
疑 問
情報要求
真偽疑問文3)~(ノ)カ / カナ / カシラ / タッケ(Yes/No 疑問文)
否定疑問文 問題ナイカ/ナカッタカ(述語否定形(ノ)カ)
確認要求 ダロウ、ノデハナイカ、ジャン、ネ、ナ、ヨネ 補充疑問文 何/誰/イツ/ドウetc. ~(ノ)カ(Wh疑問文)
選択疑問文 Xカ、ソレトモYカ
問い返し 「何ですって?」(発話内容や意図の問い返し)
反語解釈 「何の関係がある」≒何の関係もない 受容困難表明 「戸籍がない?」(まさかの気持ち)
情報受容表明 「へえ、そういうものですか」(納得)
行 為 系
行 為 要 求
依 頼
疑問文 シテクレ{ル/ナイ}カ、シテモラエ{ル/ナイ}カ 命令文 {シテ/シナイデ}クダサイ、{シテ/シナイデ}
(ネ/ヨ)
希望表明 シテモライタイ、シテホシイ
間接的依頼 「しっかり調べてくれれば、お金のことを気に しなくていい」(=しっかり調べてください)
遂行動詞 「頼む(よ/ぞ)」
命令的指示 シテクダサイ(実行が当然に期待される業務 上の指示など)
恩恵的指示 シテクダサイ(聞き手の利益となる行為実行 の指示)
禁 止 スルナ、「文句はなしですぞ」
勧 め 「ワインをどう?」「ぜひ夕食にでもいらして」
許可求め 疑問文 シテモ{イイ/カマワナイ}カ
命令文 「考えさせて」「あとでこの水(私に)飲ませてね」
申し出 命令文 「任せておいて」
勧 誘 シナイカ、シヨウ(カ)(話し手・聞き手の 共同行為の誘いかけ)
行 為 志 向
提 案 シテハドウ(ダロウ)カ、Nハドウ(ダロウ)カ 意志表明 スル、シヨウ(宣言的)「お許しいただければ、
申し上げましょう」
「行為系」の発話機能については、表3に示す基準に基づき用例を分類した
4)。 あくまでも本稿の調査で得られた例の発話機能を分類するために立てた基準であ るが、一定の一般性は有していると考えている。なお、本稿の調査では先行発話 に「許可与え」は出現していなかったが、全体像を示す目的で表に加えておいた。
表3 行為指示・拘束的発話行為の類型
話し手の強制力
5)強 弱
行為者の行為実行選択権 弱 強
行為者 受益者 発話行為の類型
聞き手 非聞き手 命令的指示 依 頼
聞き手 恩恵的指示 勧 め 許可与え
話し手 話し手 許可求め
聞き手 申し出
話し手・聞き手 (話し手)・聞き手 勧 誘
3.3 「もちろん」の応答用法の特徴
表1から読み取れる「もちろん」の応答用法の特徴を以下に箇条書きで示す。
1.「もちろん」は、疑問文に対する応答でもっとも多く使用される(全体 の約70%)。
2.疑問文の種類の中では、「真偽疑問文」(Yes/No疑問文)が占める割合 がもっとも高く(約 37%)、その次が「確認要求」(全体の約 20%)で ある。これらは返答に「はい」か「いいえ」による判定を求める点で共 通点をもつ。「否定疑問文」をこれらに加えると、その合計は60%を超 え、「もちろん」の先行発話の過半数を占めていることが分かる。
3.「叙述」「行為要求」が先行発話に用いられる場合は限定的で、どちらも 全体の14%前後にとどまる。
4.「行為要求型」の中で「もちろん」の先行発話として一定数の使用が認 められるのは〈依頼〉〈許可求め〉で、両方で12%近くを占める。文の タイプでは、命令文よりも疑問文が使用される比率が高い(〈依頼〉47 例中の24例、〈許可求め〉26例中24例が疑問文である)。
5.〈依頼〉〈許可求め〉以外の「行為要求」の発話が先行発話で使用される
場合は非常に限定的で、「もちろん」との連接関係も規則性が見出しに
くい。
6.「叙述」と「もちろん」の連接関係には複雑さと多様性が見られ、それ ぞれについて個別の観察・記述が必要である。
4 .先行発話に対し「もちろん」が示す反応の特徴
この節では、「行為系」および「情報系・叙述」に属する発話機能に的を絞り、
それと「もちろん」の連接関係の特徴の分析を行う。上述の通り、コーパスでの 出現数の点では「情報系・疑問」に属する用例数が7割以上を占め、最大の分布 を示しているのだが、今回の考察では、ここに入る用例の観察は見送ることにし た。その最大の理由は紙面の制約によるものだが、もう1つの理由は、3つで過 半数を占める「真偽疑問文」「否定疑問文」「確認要求」の例に限って言えば、 「も ちろん」の果たしている機能は比較的単純であることが見込まれたからである。
すなわち「言うまでもなく肯定・承認」あるいは「否定・否認」といったもので、
命題内容や聞き手の想定に対する話し手の当然性を帯びた判定態度を表示するも のと捉えることが可能である
6)。
一方、先行発話が「行為要求」と「叙述」に属するものの場合、これらに対す る「もちろん」の反応には、多様かつ複雑な関係が認められ、こちらから先に取 り組むのが、本稿の課題解明のためには優先されるべきだと考えたからである
7)。 その具体的な作業に入る前に、次節では、検索結果に占める「和書」(原典が日 本語で書かれた書籍)と「翻訳書」(外国語から日本語に翻訳された書籍)の用 例の分布状況について、説明を補足しておきたい。
4.1 「もちろん」の和書と翻訳書での使用状況
観察対象に絞り込んだ用例を観察する過程で、応答用法の「もちろん」には翻
訳書の例が多いという印象をもった。そこで636例がどちらを出典とする例なの
かを調べてみたところ、406例が和書、230例が翻訳書の例であることが分かっ
た(おおよその比率は64%対36%)。ちなみに、和書・翻訳書それぞれにおける
先行発話の機能類型の分布状況を調べてみたところ、どちらの場合も表1とほぼ
同様の傾向を示しており、連接関係に関しては、和書・翻訳書の別は特に影響し
ていないことが判明した。全般的に和書のほうが機能・表現のバリエーションが
豊富で、和書ではいくつかの例外を除き、表1に示したすべての機能が出現して
いた。例外は〈命令的指示〉の3例と〈禁止〉〈申し出〉の各1例で、これらの機
能は翻訳書のみに現れたものである。
ちなみに「もちろん」の全ヒット数3208例中の和書・翻訳書の用例数を確認 したところ、和書 2494 例、翻訳書 714 例で、その比率はおおよそ 78%対 22%で ある。一方、絞り込み後の応答用法の636例での分布は、和書64%、翻訳書36%
である。つまり、応答用法では、翻訳書を出典とする例の占める割合が、全体で の比率よりも 14%ほど多く、応答用法の「もちろん」は、翻訳された日本語で 使用される傾向が強いという事実が指摘できる。
翻訳書の例で使用された「もちろん」の応答には、どこか翻訳臭があり、待遇 面等で必ずしも適切な日本語とは言えないケースも散見される。また、その分析 に当たっては、元のテクストの外国語表現と日本語の対応関係も確認する必要が ある。以上の事情を考慮し、以下の分析・解説では、翻訳書の例は言及が必要な 場合のみに使用することにし、原則として和書の例に基づき説明を行うことにし たい。
次節以降は、以下の順序で考察を進める。4.2 節では「行為要求型」の発話、
4.3節では「情報提供型」の発話が先行する場合を取り上げ、それぞれに対し「も ちろん」で示される話し手の反応の特徴を観察する
8)。最後の4.4節ではこの節 の観察結果をまとめる。
4.2 「行為要求型」の発話に対する反応
この節では、本稿の中心課題である、行為要求型の先行発話に対し「もちろん」
が示す反応の特徴を観察する。表1の分布状況が示す通り、「行為要求」の発話 に対し「もちろん」の応答が現れやすいのは、〈依頼〉と〈許可求め〉で、それ ぞれ 47 例、26 例出現している。一方、この 2 つ以外の「行為要求」の発話に対 する使用は限定的である。以下では、〈依頼〉〈許可求め〉に対する応答を中心に 観察を行うことにし、他の発話機能については、言及が必要な範囲で取り上げる ことにしたい。
各項目に挙げる例文では、先行発話の機能を表す特徴が現れている部分を太下 線で、また後続発話において話し手の反応が現れていると思われる箇所を二重下 線で示す(以後の節も同様である)。なお、本稿での「命令文」は、「シロ/シナ サイ/シテクダサイ」等、動詞の命令形が使用された、広義の「命令文」のこと を指す。
4.2.1 〈依頼〉に対する反応
〈依頼〉には、「疑問文」「命令文」「希望表明」を始めとして、多様な表現形式
が使用されていたが、そのうちの約半数が疑問文である。①疑問文による〈依 頼〉、②命令文による〈依頼〉③その他の表現形式による〈依頼〉に分け、解説 する。( )内に、それぞれの代表的形式を示す。
①疑問文による〈依頼〉
(シテクレ{ル/ナイ}カ、シテモラエ{ル/ナイ}カ)
疑問文による〈依頼〉に「もちろん」が続く場合である。いずれの例において も「もちろん」は「言うまでもなく承諾・了解」といった、依頼に対する話し手 の積極的な応諾の意図を表している。
(1)「どうしたら、いいと、思うね?」十津川が、きき返すと、亀井は、ニッと 笑って、「どうするか、もう決めているんじゃありませんか?」「一緒に、行 ってくれるかね?」「もちろん、ご一緒しますよ」と、亀井は、いった。
(西村京太郎『寝台特急六分間の殺意』1990)
(2)「どう? 間違ってる?」「い、いや。いやいや。間違ってはいないよ。間違 ってはいない、けれど―」「けれど、何なの?」「いや、きみはさっき、もう ひとつ答があるって言ってたよね。そっちの方を教えてくれないかな」「も ちろんかまわないよ」少年は言った。 (夢枕獏『羊の宇宙』2005)
(3)「で、ですね。さっそくですがいろいろお伺いしたいことがあるのですよ。
質問に答えていただけますか」陰木はあくまで低姿勢に、へこへこと頭を下 げかねない口調でそう切り出した。そんなこと、こちらの許可を得るまでも ないだろう。予想していた警察官像とのあまりの違いに、隆宏は大いに面食 らった。「もちろん、なんなりとどうぞ」
(貫井徳郎『悪党たちは千里を走る』2005)
(1)は、応諾の表明の後、話し手の意志表明が続く例、(3)は、承諾の後、聞 き手の質問を促している例である。いずれの例でも、「もちろん」に続く発言で は、話し手の好意的・協力的な姿勢が示されていることが見て取れる。
②命令文による〈依頼〉({シテ/シナイデ}クダサイ(ヨ)、{シテ/シナイデ}{ネ
/ヨ})
命令文が使用された〈依頼〉の例を以下に挙げる。(4)(5)は行為を「行うこ
と」の依頼、(7)(8)はそれを「行わないこと」の依頼、(6)はその両方を含む
例である。いずれの例においても、「もちろん」は依頼内容を「言うまでもなく
承諾・了解」という話し手の積極的な応諾態度を表している。(7)(8)は、「行 わない」ことを承諾後、現実的に実行が不可能であることや、「絶対に言わない」
という意志表明を行い、依頼に対する応諾の姿勢の強化が図られている。
(4)「写真、必ず送ってね」正樹がフィルムを巻き上げたところで、志津は力を 込めて言った。自分のためではない、佐倉に送りたいとの思惑があった。「あ あ、もちろん」 正樹は別に訝るふうもなく素直に頷いた。
(高山路爛『わが愛はやまず』2002)
(5)「直美さん、万博が終わっても、ずっと私のお友だちでいてね」「もちろんよ」
私はもう、そう答えるだけで精一杯でした。
(蓮見圭一『水曜の朝、午前三時』2005)
(6)セルマは突然、アマルの腰に腕をまわして言った。「私を忘れないでね。始 終会いにきてよ」「もちろんよ、約束するわ」アマルはセルマをやさしく抱 擁した。
(ケニーゼ・ムラト(著)/白須英子(訳)『皇女セルマの遺言 上』2003)
(7)「これだけは、記事にしないでくださいよ」水沢氏がいった。「もちろんです。
これは、ぼくのほうとしても、ちょっと記事にはできません。盗んだのを知 っていてそんなことを書いたら、泥棒の片棒をかつぐのかといわれかねませ んから…。あ、いや。泥棒というのはなんですけど」
(横田順彌『古書狩り』2000)
(8)青山は澄まし顔で、「京阪大学の江崎教授が保管しているわ」「京阪大学の…
江崎教授?」初めて聞く名前である。「三島さんの先輩よ。私から聞いたな んて、絶対に言わないでよ」「もちろん、口が裂けても申しません。ありが とうございました」 (佐竹一彦『警視庁公安部』2001)
ここで上の5例に見られる〈依頼〉発話の特徴について、若干の補足的説明を 行っておきたい。上のいずれの例にも当てはまる特徴として、発話時にその場で の実行・実現を聞き手に求めるものではないということが指摘できる
9)。つまり、
(4)~(8)は、〈依頼〉の典型的タイプとはやや異なる特徴をもっていることが 観察されるが、ここではその指摘にとどめ、この点については5節で考察を行う 際に改めて取り上げることにしたい。
③その他の形式による〈依頼〉
「希望表明」「間接的依頼」「遂行動詞」が用いられた〈依頼〉があったが、紙 面の制約により「希望表明」の例を1例だけ挙げておく。
〈希望表明〉
(シテモライタイ(ノダガ)、シテホシイ)
(9)「知っているといっても、ごく断片的な知識しかありませんので、もしよけ れば、詳しい状況を教えていただきたいのですが」「もちろん、必要とあれ ばお話しますが、ただ、この問題は不確定要素が多くて、たとえばその安 全性に関して、数値的な結論も出ていないような状況でしてね。したがっ て、すでに公表され、あるいはマスコミ報道されている程度のことしかお 答えする材料がないのです」 (内田康夫『怪談の道』2005)
4.2.2 〈許可求め〉に対する反応
〈許可求め〉は話し手の行う行為について聞き手の許可を求めるもので、行為 者・受益者が共に話し手の発話行為である。受益者が話し手である点は〈依頼〉
と共通するが、行為者が話し手である点が、 〈依頼〉との相違である(cf.表3)。〈許 可求め〉を①疑問文による〈許可求め〉、②命令文による〈許可求め〉に分け、
以下に例を挙げる。「もちろん」の機能に関して言えば、いずれの例も、聞き手 の行為に対する話し手の積極的な「許可・承認」を表しており、「もちろん」の 機能に関しては、〈依頼〉の場合と大きな違いはない。①②の例を以下にまとめ て挙げておく。
①疑問文による〈許可求め〉
(シテモ{イイ/カマワナイ}カ)
(10)「直美さん、立ち入ったことかもしれないけれど、一つだけ聞いてもいいか しら」「もちろんよ、何でも聞いて頂戴」
(蓮見圭一『水曜の朝、午前三時』2005)
(11)「すばる?」「う、うん。入っていい?」「いいよ、もちろん」みどりはいつ もと同じ、明るい表情に戻って立ち上がり、網戸を開けて昴を招き入れた。
(ゆうき・みすず『すばる3』1991)
②命令文による〈許可求め〉
(サセテ(クダサイ))
表現形式の上では〈依頼〉に似ているが、行為者が話し手である点が相違点で
ある。
(12)「ねっ、ディナミク。あとでこの水を飲ませてね」「ええ、もちろんですわ、
ミネルバ様」ディナミクはにっこり微笑むと、「では、行きましようか」と 先をうながした。 (舞阪洸『陽炎のエラン』1994)
4.2.3 〈勧誘〉に対する反応
〈勧誘〉に対する反応の例を2例挙げる。どちらの例でも「もちろん」は相手 からの誘いに対する話し手の積極的な応諾を表す。(13)の先行発話は、〈提案〉
に入れることも可能だが、「一緒に」があるため、〈勧誘〉に分類しておいた。
(13)「やはり、宮本夫婦が酒井を殺したんですか?」亀井が、眼を光らせてきい た。「そうらしい。私は、これから岡山へ行くが、カメさんも一緒にどうだ ね?」「もちろん、ご一緒しますよ」と、亀井が腰を上げた。
(西村京太郎『伊豆の海に消えた女』2000)
(14)日美子は大熊と共に乗ることにしたが、「大熊さん。船の中では、お互いに 知らん顔にしましょうね」と、念を押した。二人が親しくしているところを、
あまり周囲の目にさらしたくはなかった。「もちろんですよ。船内では、別 箇の行動をとりましょう」と、刑事は言った。
(斎藤栄『四国綾歌殺人ワールド』1998)
4.2.4 その他の「行為要求型」の発話に対する反応
ここに入れた例には、「もちろん」の示す反応が典型的なタイプからやや逸脱 しているものが観察されたが、先行発話が〈勧め〉〈命令的指示〉の例を1例ず つ挙げておく。
〈勧め〉
(15)「幕府を甘く見ている」「その通りだな、土方さん、京に行け。せいいっぱ い働けるぞ。人も斬り放題だ。あんたが、人を斬りたいのはよくわかる。だ が、江戸では無理だ」「もちろん、行く。試衛館のみんなもいくだろうな」
(峰隆一郎『土方歳三』2000)
〈勧め〉は、聞き手の利益になると話し手が考える行為を聞き手に勧める発話
行為だが、「行け」という命令形が使われているのは、聞き手と近しい関係の話
し手の積極的な促しの気持ちを表すためである。応答の「もちろん、行く」は、
「言われるまでもなく行くつもりだ」という、話し手の積極的な行動宣言を表し ていると考えられるが、これは相手からの勧めに対する単なる「応諾・了解」と いった反応にとどまらず、そこから新たな談話展開を見せている例である。「も ちろん」は、「当然行く」といった、自らのとる行為の当然性とその実行に対す る強い決意を表していると考えられる。
〈命令的指示〉
本稿の調査でここに分類した例は3例あったが、すべてが翻訳書の例で、以下 はその中の1例である。〈命令的指示〉は、社会的権威や職務上の権限のある人 物からの命令・指示を表すが、以下の例における「もちろん」での応答は、日本 語としてやや不自然で、「わかった」「いいよ」など、別の表現の使用がふさわし く感じられる。他の2例でも同様の傾向が指摘できる。原典の言語(英語)の影 響が及んでいる可能性があり、元のテクストで使用された表現の確認が必要なケ ースだと思われる。
(16)「その銃をよこしなさい、判事」ケネディ警部補が言った。凍りついたよう に立っていたタイラーは、ようやくつくり笑いを浮かべた。「もちろん。わ たしはただ、この娘を脅して、ここから逃げ出させようとしただけだ。彼女 はペテン師だからね」彼はそう言いながら、警部補が差し出した手に、銃を 渡した。 (シドニィ・シェルダン(著)/木下望(訳)『遺産 下』1995)
4.2.5 「行為志向型」の発話に対する反応
「行為志向型」に分類した〈提案〉〈意志表明〉の例を1例ずつ挙げておく。〈提 案〉の例では、相手の行動方針が妥当であるといった話し手の評価的コメント、
〈意志表明〉の例では、聞き手の意向を当然であるとする、見かけ上の「賛同」、
およびその「了解」を表していると考えられる。どちらも、行為系の周辺に位置 する機能であり、「行為要求-応諾」といった「もちろん」が示す典型的な連接 関係とは異なる関係を表すものである。
〈提案〉10)
(17)「取り敢えずは、京都におられる勾当内侍殿のお身を安全なるところへ移す
べきと思うが、如何かな」貞満は正成の先の先を見る目に驚いていた。そう
言われると、勾当内侍の身が心配だった。「勿論、そうなされた方が殿もお
喜びのことと思います。して、その安全なところとは」
(新田次郎『新田義貞 下巻』1978)
〈意志表明〉
(18)「ただ一つだけ言っておきますが、ベルナール、あなたと私が同じ危ない橋 を渡っているのは不公平よ。あなたが手にしているジルは私の貰う下絵の何 百倍、いいえ何千倍もの価値がある宝なんですから。ある所であなたの危険 すぎる賭けには付き合えないと判断したら、私は下絵を貰ってあっさりとあ なたに別れを告げますからね」「もちろんですとも」デュランは胸の中で「別 れを告げるのは私の方からだ」と呟きながら、マダムがさし出してきた黒い 鞣し革の手袋に包まれた手に唇を押し当てた。
(連城三紀彦『美の神たちの叛乱』1995)
4.3 「情報提供型」の発話に対する反応
表1では、「叙述」を「情報提供」「判断提示」「希望表明」の3種に分けたが、
以下では、これらを「情報提供型」に一括し、このタイプの先行発話に対し、「も ちろん」が示す反応や談話展開の特徴を観察することにしたい。
情報提供型の発話を受ける「もちろん」がもつ重要な特性として、「応答者に 情報がある場合」の反応を表すという点が挙げられる(森山 1989、および本稿 の2節を参照)。情報伝達は通常、「応答者に情報がない」という想定のもとに行 われるものだが、この点で「もちろん」は情報伝達上の有標性を有していると言 える。そして、こうした特性がもたらす結果とも言えるが、情報提供型の発話に 対し「もちろん」が示す反応には、多様で複雑な様相が観察される
11)。
情報提供型の発話に対し「もちろん」によって示される話し手の反応は、大別 すると4つのタイプがある。すなわち1)提供された情報を「了解済み」と見な す態度、2)提供された情報内容の当然性評価、3)譲歩の談話展開、4)その他 の談話展開(関連情報の追加・補足、確認要求、行動展開)の4つである。
以下では上記4つのタイプ別に小節を立て、順に解説を行っていくことにした い。
4.3.1 「了解済み」のニュアンス
話し手が得た情報を、すでに了解済みの情報を見なす態度が表されている場合
で、「もちろん」の後に「分かっている」「承知している」等、それを明示する表
現が続く例(19)や、そのことが内容的に読み取れる例(20)などがここに入る。
相手から得た情報を新情報と見なさないことで、「言われなくても分かっている」
といった横柄なニュアンスを伴うこともある。なお、「了解済み」のニュアンス は、ここに挙げた例ばかりでなく、情報提供型の発話を「もちろん」が受ける場 合の発話全般に指摘可能なものである。
(19)「でも入れもので私たちを判断しないでよ、ワタナベ君。そりゃまあかなり ちゃらちゃらしたお嬢様学校であるにせよ、真面目に人生を考えて生きてい るまともな女の子だって沢山いるのよ。みんながみんなスポーツ・カーに乗 った男の子とつきあいたいと思ってるわけじゃないのよ」「それはもちろん わかってますよ」と僕は言った。 (村上春樹『ノルウェイの森 下』1987)
(20)「問題は、靴の持ちだしだな。伊原さんの目を盗んで、靴箱から靴をだして そとへ持ちだすのは、容易じゃないよ。ちょっとでもあやしまれたら、こん どはぼくたちがこれだよ。」ぼくが、手でバッサリ首を落とすしぐさをして みせると、「もちろん、じゅうぶんに用心してかかるよ。ぼくは、赤井専務 と池田警部の力を借りるつもりなんだ。」と、ハヤトは自信ありげにいった。
(安達征一郎『お父さんは犯人じゃない』1991)
4.3.2 当然性評価
先行発話の命題内容や判断が「もっともである」と肯定的に評価し承認する話 し手の態度を表すものである。この場合の「もちろん」は、 「おっしゃる通り」 「ご 説ごもっとも」「その通り」といった表現での言いかえが可能な場合が多い。肯 定命題(p)を受ける場合は、肯定命題内容の肯定・承認(もちろんp)、否定 命題(~p)を受ける場合は、否定命題内容の肯定・承認(もちろん~p)を表 す。先行発話が肯定命題の例と否定命題の例をそれぞれ2例ずつ挙げておく。
[肯定命題]
(21)「義父はそのときずいぶん酒に酔っていました。でなければ、大雨の夜に都 電の線路になんか寝ころんでいなかったと思います。当たり前の話ですが」
そう言ってから、女はまたひとしきり黙った。唇をまっすぐに結び、じっと
私の方を見ている。たぶん同意を求めているのだろう。「もちろんです」と
私は言った。「かなり酔っておられたんでしょうね」「意識がなくなるほど酔
っていたようです」 (村上春樹『東京奇譚集』2005)
(22)「それについては、聞かないでくれ。というより、今夜おれの手伝いをして 小野川を尾行したことは、いっさい忘れてほしいんだ」村瀬は、野球帽の縁 を人差し指で押し上げ、不服そうな顔をした。「なぜですか。けっこう、役 に立ったと思ったのに」「もちろん、きみは大いに役に立った。だからこそ、
めんどうなことに巻き込みたくないんだ。(後略)」
(逢坂剛『 [ノスリ]の巣』2005)
[否定命題]
(23)高橋は言う、「でも、健康な山羊飼いの娘というのも悪くないよ。ペンキの 塗り具合をいちいち気にせずにすむし」マリは高橋の顔を見る。「そんなに 簡単なことでもないんだけど」「もちろんそんな簡単なことじゃない」と高 橋は言う。「それはわかってるんだけど…ねえ、ここ寒くない?」
(村上春樹『アフターダーク』2004)
(24)「歴史では金になりません。女もあまりいいのがいないし、やっぱりモスク ワにしばらくは集中した方が良さそうです。来て良かったですよ。無駄な投 資をするところでしたからね。やっぱりマーケット・リサーチはやってみる もんですね」「ところで何の用だ。そんなことを言うために、こんな時間に 電話してきたわけでもあるまい」「もちろんです。実はですねえ、スモレン ツェフという男についてなんですが」 (落合信彦『崩壊』1992)
4.3.3 譲歩の談話展開
先行発話で提示された情報内容や聞き手の判断の妥当性を承認したうえで、そ れと対比・対立的な関係をもつ話し手の意見を述べるような談話展開で「もちろ ん」が使用された場合である(3.1節の「譲歩」の説明を参照)。話し手の異なる 意見が表明された部分を波線で示す。
(25)「大学の医局は学問と修練の場であるが、教授や先輩医師が護ってくれる温 室にちがいはない」「わたしはまた教授の椅子を争う競争社会とばかり思っ ていました」「もちろんそういう一面もある。あるにはあるが、考えられて いるほど生臭いものではない。大体、一人の教授が誕生すればまず十年はそ の座にあるわけだから、後に控えている者はどんなに優秀でも教授にはなれ ない。もうこれは運でしかない」 (山崎光夫『精神外科医』1995)
(26)いつのまに、霧子はこんなに理屈っぽくなったのか。以前は、秋葉にいわ
れるままに、なんでも着ていたのが、いまや服の一つ一つにまで理由が必要
らしい。「女だって、自分で着たいものがあるわ」「もちろん、着たいものを 着てかまわないが、程度問題というのがあるだろう」秋葉はもう一度、煙草 を喫いなおしてからいった。 (渡辺淳一『化身 下巻』1986)
4.3.4 その他の談話展開
「譲歩」以外の談話展開を示す例をここに入れる。①関連情報の追加・補足、
②確認要求、③行動展開、の3つに分けて解説する。
①関連情報の追加・補足
先行発話に関連する情報を追加・補足する場合の用法で、相手の発言を受け止 めたうえで、話し手の行動理由や事情説明を行うような談話展開で使用される。
話し手の立場にはもっともな理由があるという含みをもつ。
(27)[体は爪先に至るまで健康だという亜弓の発言を受け]
「だったらおかしい。だって、赤ちゃんがほしくて生まれないひともいるん だもの、生めるのに生まないなんて、…おかしいよ」「もちろん、…いろい ろ話し合ったわ。…正直に言うと、まだ少し迷ってるところもあるの」
(落合恵子『バーバラが歌っている』1993)
②確認要求
先行発話の内容から推察される事態について、その真偽を聞き手に確認する用 法である。後続発話では「ダロウ・ネ・ヨネ」等の確認要求の文末形式が使用さ れる。
(28)「リン・ウスクさんは、いったい何者なの?」「さあ―」マルガリーナは、
小首をかしげて、「私にも、よくわからないところがあるわ。でも、彼は、
英語とロシア語と、フランス語と日本語を、巧みに話すわ」と、言った。「も ちろん、中国語も、でしょう?」「それは、当然よ。中国語は、彼にとって は母国語のようなものだから」 (志茂田景樹『怪盗十字架の挑戦』1990)
(29)「夫はそこで消えてしまったのです。煙のように。それ以来まったく音沙汰
はありません。二十四階と二十六階を結ぶ階段の途中で、痕跡も残さず、私
たちの前から姿を消してしまったのです」「もちろん警察には届けられまし
たよね?」「当然です」と女は言って、唇をわずかにゆがめた。
(村上春樹『東京奇譚集』2005)
③行動展開
先行発話を受け、話し手がなんらかの行動を起こすタイプの発話が続く談話展 開をここに入れる。 〈応諾〉 〈許可〉 〈勧め〉といった反応を表す例を以下に挙げる。
〈応諾〉
先行発話に対し、 「もちろん」が話し手の〈応諾〉の意図を表す例を2例挙げる。
(30)「そう願っているんです。で、近いうちに、タテカンの立っているあたりで チラシもまきたいと思うんですが…」久保管理室長はちょっとひるんだ。 「そ れはどうかなぁ。警察にひと声かけといた方がいいかもしれないですよ」 「も ちろん、ご迷惑にならないようにするつもりですが」
(宮部みゆき『誰か』2003)
(31)「名探偵さんは、何か分かったんですか」相変わらず冷笑的に言う。どこと なく、余裕のようなものが感じられる。「そちらこそ、そろそろ犯人を捕ま えてもいいんじゃないですか。日本の警察の場合、殺人犯の検挙率は九十八 パーセント近いっていうじゃないですか」「もちろんです。犯人逮捕も時間 の問題ですよ」刑事はそう言って、不敵な笑みを浮かべる。
(斎藤肇『思いがけないアンコール』1989)
(30)(31)は「シタホウガイイ」「シテモイイ」など、〈助言〉〈提案〉を表す 発言が先行する場合に、話し手の応諾の意図を「もちろん」が表す場合である。
どちらの例でも、「もちろん」の後に、話し手に実行の意志があることを表す発 話が続いている。
次の(32)(33)は、先行発話に対し、 〈許可〉〈勧め〉の発話が続く場合で、 「も ちろん」は、聞き手の行為に対する話し手の積極的〈許可・承諾〉〈勧め〉の意 図を表している。
〈許可〉
(32)「―で、慰霊祭があるということなんだな?」と、筒見は会社の机に足をの
っけて言った。「はい」藍は肯いて、「お休みを取って、出席して来たいと思
います」「ああ、もちろんいいとも」 (赤川次郎『その女の名は魔女』2004)
〈勧め〉
(33)「私、やはり研修をすませないと。これで戻るわ」「そうですか。よろしか ったらお食事でも、と思ったんですけど」「ごめんなさい。今夜は打上げが あるの。出ないわけにも…」「もちろん。そうなさって下さい」「じゃあ、こ れで。―また」「はい、いずれ…」七代は、人ごみの中へ足早に紛れて行く 敏子を見送った。 (赤川次郎『死なないで』2004)
4.4 まとめ
「行為要求型」と「情報提供型」の先行発話を「もちろん」が受ける場合の反 応と談話展開の特徴を表にまとめておく。「承認」は事態内容や判断、「応諾」は 行為、「賛同」は意見、をそれぞれ対象とする反応を念頭においている。「もちろ ん」はいずれの場合も「言うまでもなく承認・応諾・了解・賛同」といった、話 し手の肯定的反応を表すものである。なお、表の「情報提供型」の各欄の横軸は、
要素間の1対1の対応関係を表すものではなく、いずれか1つあるいは複数の要 素間での連接関係が成立可能であることを表す。
表4 「もちろん」で示される応答者の反応の特徴 先行発話の機能 「もちろん」で示される応答者の反応の特徴 大分類 下位分類 基本的反応 談話展開
情報提供型 情報提供
当為判断 評価判断 希望表明
了解済み 当然性評価 承認 賛同
関連情報の追加・補足 譲歩
確認要求
行動展開(応諾・許可・勧め等)
行為要求型 依頼 応諾・了解 意志表明
許可求め 許可・承認 特別な展開パターンはなし 命令・禁止
応諾・了解
[注記]
単独の「もちろん」による応答は 短絡的で不自然となる場合が多 い。自然な連接関係にするには、
一定の文脈設定が必要である。
勧め
向型 行為志 勧誘提案 賛同
意志表明 了解
5 .考察
本稿が採取した用例の観察で明らかになったこととして、「もちろん」の先行 発話に「意志文」(シヨウ)は使用されにくいということが指摘できる。使用さ れた場合も、基本的な連接関係から逸脱した短絡的な反応であり、それが文脈の 支えなどにより容認可能になっていると考えられる場合であった。そこで「意志 文」が先行する場合については後で簡単に触れることにし、ここではまず、2節 で問題提起した〈依頼〉の応答で「もちろん」の使用の可否を左右する条件につ いて考察を行っておきたい。
結論を先取りして述べれば、〈依頼〉の応答に「もちろん」の使用が自然とな る条件としては、以下の①~③のようなものが考えられる。ちなみに、〈依頼〉
の発話では、応答者が行為者である。
〈依頼〉に対する応答での「もちろん」の使用条件
① 応答者が行為を実行することを依頼者は確実視していない。
② 応答者には行為実行の選択権がある。
③ 行為が実行される時点は、発話時以後、一定の時間を経た未来の時点で ある。
以上の3つの条件は相互に連動しており、また2値的ではなくスケール性をも つものである。すべての条件が満たされている必要は必ずしもなく、特定の条件 が他よりも強く作用する場合もある。まず、2節で挙げた例(2)を(1)として 再掲し、(1B)が容認不可能となる理由を考えておこう。
(1)A 「ちょっと、そこのお醤油とって?」
B*「もちろん」
上の例に、上記①~③の基準を当てはめてみると、①依頼者Aは応答者Bが行
為を実行することを確実視しており、②応答者B(=行為者)の選択権はかなり
弱く、③発話直後での実行が求められている場合である。醤油の手渡しは、その
場ですぐに実行可能な容易な行為であり、有無を言わずに実行することが通常期
待されるものだからである。このような場合は、「もちろん」を使用する動機に
結びつかず、使用は不可能である。一方、これとは逆に、「依頼者が応答者の行
為実行を確実視せず、応答者に行為実行の選択権があり、一定の時間を経た未来
のある時点での行為の実行」を求める場合は、「もちろん」での応答が自然にな る。
この点を、4.2.1で挙げた〈依頼〉の例(4) (5) (8)を用いて解説しておこう((2)
(3)(4)として再掲)。
(2)「写真、必ず送ってね」正樹がフィルムを巻き上げたところで、志津は 力を込めて言った。自分のためではない、佐倉に送りたいとの思惑があ った。「ああ、もちろん」正樹は別に訝るふうもなく素直に頷いた。
(3)「直美さん、万博が終わっても、ずっと私のお友だちでいてね」「もちろ んよ」私はもう、そう答えるだけで精一杯でした。
(4)青山は澄まし顔で、「京阪大学の江崎教授が保管しているわ」「京阪大学 の…江崎教授?」初めて聞く名前である。「三島さんの先輩よ。私から 聞いたなんて、絶対に言わないでよ」「もちろん、口が裂けても申しま せん。ありがとうございました」
まず、③の条件から観察すると、(2)は将来のある時点、(3)は発話時から将 来に続く一定の長さをもつ時間、(4)は発話時からそう遠くはない未来の時点に おける行為の実行・実現の〈依頼〉である。次に①の条件についてみると、依頼 者が応答者の行為実行・実現を確実視する度合いは、どの例でも相対的に低いと 言える。「必ず」「ずっと」「絶対に」が使用されていることからもそのことが窺 える(実行・実現が確実視できないから、副詞によって確実性の強化を図ってい るのである)。②の実行の選択権については、応答者には一定の選択権が認めら れていると言ってよさそうである。それは、発話末に終助詞の「ね」「よ」が使 用されていることからも窺えることである。
例えば、(2)(3)の「送ってね」「友だちでいてね」は、未来における行為実 行について相手の意思を確認し、〈約束〉を求める発話行為と捉えることが可能 で、これはその場での行為実行を求める典型的な〈依頼〉とは区別されるもので ある
12)。また、 (4)の「言わないでよ」の「よ」にも「ね」と類似の働きがある。
すなわち、「その場でとるべき行動を指示するのではなく、聞き手が未来にとる べき行動について、あらかじめ理解を促し念を押しておく」(蓮沼1997: 585)と いった機能である。つまり、相手の意向についての配慮が示されている点で、行 為者における実行選択権は相対的に強いと言える。また、 (2)~(4)の「ね」 「よ」
は、どれも上昇調のイントネーションで発音され、相手の意向に対する依頼者の 配慮が表されている。
(2)~(4)は、動詞の命令形が使用されており、見かけの上では〈依頼〉と見
紛う形式を備えているが、その場での実行を求めず、未来における行為実行につ いて相手の意思を確認しつつ約束を求めるという特徴をもつ点で、通常の〈依頼〉
とは区別される発話行為である
13)。そして、応答で用いられる「もちろん」は、
未来の行為に対し「必ず実行する」という応答者の〈約束〉の意志の宣言と捉え ることが可能で、これは行為要求に対する単なる〈応諾〉にはとどまらない反応 と言える。「もちろん」での応答が自然となるのはそのためである。
〈勧誘〉についても、〈依頼〉と共通する特徴が認められるので、それについて 簡単に解説しておこう。次の(5)(6)は2節の例(4)、および4.2.3節の例(14)
の再掲である。なお、以下の説明では、先行発話の発話者を「話し手」、それに 対する応答の発話者を「聞き手」と呼んでおく。
(5)A 「ちょっと、そこでお茶でも飲もうか」
B??「もちろん」
(6)日美子は大熊と共に乗ることにしたが、「大熊さん。船の中では、お互 いに知らん顔にしましょうね」と、念を押した。二人が親しくしている ところを、あまり周囲の目にさらしたくはなかった。「もちろんですよ。
船内では、別箇の行動をとりましょう」と、刑事は言った。
(6)は、〈勧誘〉を表す(5)とは異なる性質をもっている。すなわち、未来の 時点で聞き手と共同で行う行動について、聞き手の意思確認を行っているもの で、本稿の発話機能の定義では、〈提案〉に近い機能に位置づけられるものであ る(注10)を参照)。つまり、(6)は、発話の場で話し手が行う行動に聞き手を 誘い込む意図を表す(5)とは異なり、未来の行為について聞き手の意思確認を 行い、約束を求める意図を表しており、この点で、上の(2)~(4)と共通する 特徴をもつ発話だと言える。(5)とは対照的に、「もちろん」での応答が自然に なるのはそのためである。
最後に、〈許可求め〉の応答では「もちろん」の使用に制約が少ない理由につ いて考えておきたい。その理由は、〈許可求め〉は、上記①②の条件が満たされ ている典型的ケースだからだと考えられる。すなわち、〈許可求め〉は応答者で ある聞き手が〈許可与え〉の行為者である場合だが、話し手は聞き手から許可が 得られることを確実視していないケースだと考えられる。許可が得られるか否か は、話し手よりも強い力をもつ聞き手の一存にかかっているからである。また、
許可付与の行為を実行するか否かについても、聞き手はかなり強い選択権をもっ ていると言える
14)。つまり、①②のどちらの条件もクリアしており、「もちろん」
で応答する条件が整っているのである(③の条件はここではほとんど関与してい
ないように思われる)。この場合の「もちろん」は、許可が得られるかどうかに 若干の懸念をもつ相手に対し、「言うまでもなく許可・承認する」という積極的 な承認態度を表すものである。これは「もちろん」の基本的機能ばかりでなく、
良好な人間関係の維持という社会的目的にも合致するものである。
以上の考察結果に照らし合わせれば、レストランでの料理の注文の応答に「も ちろん」が使用不可能である理由は明白である。客は自分の注文は確実に受理さ れると考えているし、従業員は客の注文には必ず応じる義務があり、選択の余地 は全くない。また、注文された料理は通常、時間をおかずに準備され客に供され るものである。つまり、レストランでの料理の注文は、上の①②③の条件のいず れも満たさないケースであり、したがって、その応答に「もちろん」を使用する ことは完全に排除されることになるのである。しかし、世界の言語の中には、辞 書で「もちろん」が対応する日本語の訳語とされる語が、注文の応諾に使用され る言語があり、これが外国語習得の際の気づかれにくい落とし穴になっているこ とが窺われるのである。
6 .おわりに
本稿のテーマに取り組むことになったきっかけは、トルコとポルトガルのレス トランで、筆者の注文に対し、“Of course!”と応答され、違和感を覚えた経験で ある(詳細は前稿を参照)。どちらの国の場合も、英語を母語としない従業員の 応答での使用だったが、筆者の限られた英語国での生活経験の範囲でも、英語国 のレストラン従業員の応答で“Of course!”という応答を耳にしたことはない。ど の言語でも、レストランの「注文-応答」といった隣接ペアには、定型化した表 現が発達しているが、外国語場面では、無意識のうちに母語の定型表現の影響を 受け、それを直訳して使用している可能性がある
15)。日常的な表現ほど辞書的 レベルの対訳が不適切になる場合が多く、こうした慣習化した表現の異なる言語 間の対応関係には、留意が必要である。文学の翻訳や海外での日本語教育では、
とりわけ注意深い取り扱いが必要となる
16)。今後は外国語との対照も視野に入 れ、こうした表現について探究を深めていきたい。
注
1) 本稿は、2018 年 9 月 7 日~ 8 日にクロアチアのユライ・ドリブラ大学プーラで開催 された、第 31 回日本語教育連絡会議での口頭発表を発展させたものである。当日の 発表を会議論文集に投稿する予定であったが、諸般の事情で見送った。このたび論