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『ボートの三人男─もちろん犬も』

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Academic year: 2021

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本書は、1889 年に刊行されたイギリスの作家ジェローム・K・ジェローム

Jerome K. Jerome, 1859-1927)の小説Three Men in a Boat: To Say Nothing of

the Dog(1889)の翻訳である。一般的にこの作品はユーモア小説と言われて

いるが、解説にある通り、作者であるジェローム本人は元々滑稽な作品にする つもりはさらさらなく、ところどころ「ユーモラスな息抜き」(375)を入れは するものの基本的にはテムズ河の景観と歴史について一冊書くつもりであっ た。しかし、この時期ちょうど良き伴侶を迎え、テムズ河でこの上なく楽しい 新婚旅行を過ごしたジェロームはあまりにも大きな幸せと安堵感の中にいた。

そのため、いくら真面目にテムズ河の景観と歴史を書こうにも、どうしてもそ うしたシリアスな方向には進めず、最終的に「息抜き」だけが残る結果となっ てしまった。もちろん彼なりに景観と歴史を各章に入れるよう努力したようだ が、当時掲載していた雑誌の編集長によってほとんど削られてしまった、とジェ ロームは後の自伝『わが生涯と時代』My Life and Times, 1926)に書いている。

ジェロームは作品が自分の意図した通りにならなかったことを嘆いているよ うだが、作品を読めばジェロームのそのような憂慮も杞憂だったことに読者は 気付くのではないだろうか。編集長が削除したとされているにもかかわらず、

作中にはテムズ河周辺の美しい風景や建造物の描写、そしてそれらの歴史的背

政 森 志津子

ジェローム・K・ジェローム著、小山太一訳・解説

『ボートの三人男─もちろん犬も』

(光文社古典新訳文庫、2018 年)

〈書評〉

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景についての説明がふんだんに盛り込まれている。また、滑稽な場面と場面の あいだに主人公を通してジェロームの道徳的信条や人生観が語られるととも に、19 世紀末のロンドン周辺における風俗、都会と郊外、あるいは田舎にお ける社会的・地域的格差や生活水準や文化の程度も描かれている。ただ、それ らのシリアスさとバランスをとるかのようにボートで旅する三人の喜劇的な場 面が多く含まれているので、ユーモラスな展開を期待する読者には十分な息抜 きの時間を与えてくれるだろう。

例えばキングストンから始まる第 6 章では、主人公はその土地にまつわる歴 史的背景を解説してから過去の記憶へ飛ぶ。そして過去の経験から結婚観や人 生観などを思索し、芸術や美の価値の変化から未来について思いを巡らした後 に、彼は「僕ら人間は、男も女も太陽の創造物だ。光と生命を愛する存在なの だ。それゆえ僕らは町や都市に押し寄せ、田園は年を追ってさびれてゆくこと になる」(105)、と社会的状況に深刻なまなざしを向け、「さればわれら、大い なる都市に集おうではないか。何百万のガス灯で巨大な篝火を焚き、ともに叫 び歌って勇気を奮い起こそう」(105)、と威勢よく読者に語りかける。しかし このような心揺さぶるシリアスな思索の後に、ジェロームは主人公の旅の友ハ リスがかつて入場料 2 ペンスを払って入ったハムトン・コートの庭園にある生 垣の迷路で迷子になったというくだらないエピソードを用意し、読者をクスリ と笑わせる。

また、本作品には迷路の入場料以外にも食事や飲み物、乗り物、ホテルの宿 泊代、あるいは煽情小説が 1 シリングで売られていることまで細かく値段が出 てくるため、当時の物価レベルとともに、この小説の三人の男たちの社会的階 級もおのずと見えて来る。

解説によれば、イギリスの文学研究者であるジョナサン・ワイルド(Jonathan

Wild)はその著書、『1880 年から 1939 年の文芸文化におけるオフィスワーカー

の台頭』(The Rise of the Offi ce Clerk in Literary Culture, 1880-1939, 2006)にお いて、彼らの社会的階級は当時オフィスワーカーとして週給 25 シリングをも らっていたジェロームより上だと思わせていると指摘している。さらに、賃貸 に住む独身のオフィスワーカーが犬を飼うということは当時ほぼ考えられない ことだったと述べ、犬のモンモランシーを同行させることは、経済的な余裕の ある階級に属する雰囲気を男たちに与えることで読者を惹きつけようとする ジェロームの作戦の一環であったと分析している、という。

ロンドンの労働者生活の貧困度を調査したチャールズ・ブース(Charles

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Booth, 1840-1916)は、1889 年から 91 年に初版として刊行した『ロンドン市 民の生活と労働』Life and Labour of the People in London, 1891-1903)において、

週給 21 シリングと 22 シリングの間に貧困線を引いていたが、この貧困線の上 で暮らすのがジェロームであり、さらに上が三人の男たちである。ジョージ・

ギッシング(George Gissing, 1857-1903)の『ネザー・ワールド』(The Nether

World, 1889)はこの作品と同じ年に刊行されているが、そこに出てくる貧困線

の下にいる登場人物たちの暮らしは貧困線の上にいるゆとりのある三人の男た ちとはまるで違う。貧困の程度は様々だが、『ネザー・ワールド』では多くが 週給 22 シリングに満たない単純労働者として文字通りどん底の生活を送り、

週給 15 シリングの窓ふき仕事の募集に 500 人以上集まる悲惨な状況や、暖を とるお金にも欠き、走っている運搬車からこぼれ落ちた石炭を拾う惨めなアル コール中毒の女性の姿も描かれる。劣悪な環境で長時間の過酷な単純労働に従 事し、貧困線の下で飢えや寒さ、低い収入に釣り合わない高い家賃に苦しむ彼 らは、同じ労働者ではあるものの、知識労働者としてオフィスで働き、懐の心 配をせずに余暇をボートで旅する余裕のある『ボートの三人男』の男たちとは 全く異なる。

食うや食わずの毎日を送る彼らに比べれば、旅の途中で六個の卵からスクラ ンブルエッグを作ろうとしたところ、結局スプーン一杯分の焦げて食べるに値 しない代物が出来上がった顛末や、昼食にコールドビーフを食べようとしたと ころ、「辛子がないので、ボート全体が憂鬱に包まれた」(228)など、のどか な雰囲気で描かれる三人の姿は終始微笑ましく、この時代の経済的に余裕のあ る労働者の姿として魅力的に描かれ、たしかに当時の読者の興味を惹きつける のに成功したのではないだろうか。

尚、翻訳という点では丸谷才一(1925-2012)の訳書が『ボートの三人男

─犬は勘定に入れません』(筑摩書房、1961)として刊行され、その後改版 として『ボートの三人男』(中公文庫、2010)も出ているため、既に丸谷訳が 多くの読者に親しまれている。本書訳者あとがきで「丸谷才一という無類の書 き手がジェロームの英語を自分の洗練された日本語へと(時にはかなりの力業 で)引き寄せている」(397)、と小山太一が書いているように、丸谷訳は安定 していて読み易い文章であるのは周知の事実だが、それを踏まえた上で「引き 寄せずに寄り添うやり方もあるかもしれない」(397)と考え、あらたに翻訳に 取り組んだ今回の訳は、結果としてよりリズミカルで自然な文体になったので はないだろうか。また、補足資料として見開きに掲載された旅の舞台であるテ

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ムズ川周辺の地図は、イギリスの地理に詳しくない読者を三人の男たちの旅に 導く水先案内の役を務めてくれるだろう。

21 世紀に生きる読者には不慣れな社会的状況や歴史的背景もあるかもしれ ないが、地図に加え、充実した注釈と解説、さらに作者の年譜により、ストレ スを感じることなく 19 世紀末の男三人のボート旅行の世界に浸ることができ るだろう。その世界観を楽しむためにもそれら補足資料を参照していただき、

原文に寄り添いながら親しみやすく自然な文体であらたに翻訳された本書で ジェローム独特のシリアスさとユーモアのコンビネーションを楽しんでいただ きたい。

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