チュチェ思想は未来をきり拓く新しい時代の思想
日本キムイルソン主義研究会会員 鈴木 博 今年は 1974 年 2 月 13 日にキムジョンイル総書記が朝鮮人民の指導者として推戴され、 同年 2 月 19 日にはキムジョンイル総書記がキムイルソン主席の革命思想をキムイルソン 主義と定式化して 30 周年になる記念すべき年です。また 1994 年 2 月 5 日に大阪で キムジョンイル著作研究会全国連絡協議会が結成されて 10 周年にもあたります。 こうした節目にキムジョンイル総書記の思想と業績について深く学ぶことは大きな意義 があります。 チュチェ偉業を継承完遂する指導者 『偉大な指導者金正日』(未来社刊)のなかで、キムジョンイル総書記がどのようにして 後継者として推戴されたのかが克明に紹介されています。 それは、1974 年 2 月 13 日、朝鮮労働党中央委員会総会での出来事でした。 このときキムイルソン主席は 61 歳でした。朝鮮でも昔は 60 歳ともなると還暦といわれ て、人生の一つの節目と考えられていました。 一方、すでにキムジョンイル総書記は朝鮮労働党の中枢で活動して、重要な役割を果た しており、民衆からも支持を受けて注目されていました。とくに組織、思想、宣伝、文学 芸術部門や青年にたいする指導では抜きん出た役割を発揮していました。 党中央委員会総会の場で、主席とともにたたかってきた老闘士が、「革命の重責を一身に 担っている主席の労苦を少しでもやわらげるために、また目前の社会主義建設の課題から みても、さらには、代を継いで完遂すべき革命偉業の展望からしても、主席を補佐する指 導部をより強化しなくてはならない」と強調し、つづけて彼は「キムジョンイル書記の多 くの業績と前年 9 月に党中央委員会書記に推挙された以後、その重責を献身的に果たして きた事実について言及し、書記を党中央委員会政治委員会委員に選出するべきであると一 言一句に力をこめて」提起しました。その瞬間、広い会議室に熱烈な拍手が湧き起こりま した。 ところが、それまで社会主義建設の展望について闊達に意見を述べていた主席が、どう したことか深刻な表情で沈黙し、熟考した主席は「同志たちの気持ちは理解できるが キムジョンイルはまだあまりにも若いので政治委員に選挙するのは保留にしたほうがよい」と反対しました。 主席は、誰もがキムジョンイル総書記の能力を高く評価し支持していることを知ってい ました。主席が躊躇した理由はただ一つ、キムジョンイル総書記が自分の子どもであると いうことでした。主席は、皆の意見を自分が受け入れても良いのだろうかと悩みます。 ところが、これまで主席の指示を無条件に実行してきた幹部たちが、このときだけは頑 として主席の意向に従おうとはしませんでした。 いま一人の老闘士が「主席同志…残念ながら私たちは年をとりました。若く覇気のある 同志たちが主席同志を補佐しなければなりません。そうしてこそ私たちの革命も青春の気 迫をもって、いっそう活気をおびて前進するというものではありませんか」と述べました。 幹部たちの意志があまりにも強く、主席自身も最後には決心して受け入れていきます。 朝鮮労働党中央委員会政治委員会は、朝鮮の最高指導部です。朝鮮労働党中央委員会政 治委員会委員に選出されたということは、キムジョンイル総書記が朝鮮革命の後継者とし て選出されたことを意味していました。このときキムジョンイル総書記は 31 歳でした。 キムジョンイル総書記が朝鮮労働党中央委員会政治委員会委員になってからは、主席と 一体となり事実上の最高指導者として活動してきました。もちろん主席も健在で革命と建 設を指導していましたが、主席が担当していたのは主に外交でした。外国の賓客はたびた び主席に会っていましたが、総書記と会った人は数少なく、ましてやじっくりと話をした ことのある人はまれにしかいません。総書記は、公には前面に立たず、実質的にはすべて に責任をもって指導していたのです。 キムジョンイル総書記は、主席逝去後、朝鮮民主主義人民共和国社会主義憲法を修正補 充し、 キムイルソン主席を永遠の主席と位置付け「主席」という名称はキムイルソン主席との み結びついた呼称にしました。同時に、国家元首のポストとして最高人民会議常任委員会 委 員 長 と い う 新 し い 職 責 を も う け 、 そ こ に は キ ム ヨ ン ナ ム 氏 を 推 し た て ま し た 。 キムジョンイル総書記が公式に就いている職責は、朝鮮労働党総書記、朝鮮人民軍最高司 令官であり、国家機関では国防委員会委員長だけです。 後継者になるということを財産を受け継いで楽することであるかのように誤解する人も いますが、朝鮮で指導者になるということは、もっとも苦労する道を選ぶことを意味しま す。 キムイルソン主席は革命のために幼くして父母を亡くしました。母のカンバンソク女史 が亡くなる間際、主席が病の母を見舞おうとしたところ、カンバンソク女史は主席が家に 帰ってくることを拒否しました。民族と祖国、革命のために立ち上がった人間が家の心配 をして帰ってきてはいけないと諭され、主席は家には帰りませんでした。祖国解放後、祖
国に凱旋し祖父や祖母がいる生まれ故郷のすぐそばを通りかかりますが、主席は副官をあ いさつに行かせ、自分は国の鉄鋼問題を解決するため製鋼所を訪問しました。 キムイルソン主席の父であるキムヒョンジク先生は医者でしたし、主席も優秀で能力が ありましたから、家族のために働けばいくらでも家族を幸せにすることができたでしょう。 主席も家族のことを思って涙することがたくさんあったはずですが、家族のもとを離れて 祖国のために山の中でたたかいました。 キムジョンイル総書記の母親であるキムジョンスク女史は、1949 年、32 歳の若さで亡 くなりました。総書記が 8 歳のときに朝鮮戦争が始まりましたが、山中で総書記はずっと 一人で生活するか、主席と一緒に戦場にいたのです。 主席は総書記について、抗日革命闘争のとき雪深い山中で生まれたため、食べ物がなく てときどきは山羊の乳を飲ませるしかなく、十分に育てることができず遺憾だと述べたこ とがあります。 主席や総書記は、革命のために苦労する道を選び、楽な道を選びませんでした。 キムイルソン主義の定式化 朝鮮労働党中央委員会政治委員会委員に選出されて間もない 2 月 19 日、全国の党宣伝 活動家講習会の結語として、キムジョンイル総書記は『全社会をキムイルソン主義化する ための党の思想活動の当面するいくつかの課題について』と題して演説しました。 この著作は、キムイルソン主席の革命思想をキムイルソン主義と定式化した歴史的な文 献です。 キムジョンイル総書記は、この著作のなかでキムイルソン主席の革命思想は、チュチェ 思想を基本にする思想、理論、方法の全一的体系であると明らかにしました。主席の革命 思想の特徴の一つは、チュチェ思想を基本にしているということであり、もう一つは、思 想、理論、方法の 3 つで構成された統一的な体系であるということです。 一つの革命思想を定義することは簡単なことではなく誰にでもできることではありませ ん。歴史的にはマルクス主義はレーニンによって、レーニン主義はスターリンによって定 義され、その後、世界に伝播されて社会主義革命と建設に大きな影響を与えていきました。 しかし毛沢東の思想やチェ・ゲバラの思想などは定義されたことはなく、普遍性をもちえ ていません。 キムジョンイル総書記は、32 歳の若さでキムイルソン主席の革命思想を定式化しました。 こうすることによって総書記は、キムイルソン主義が現時代の指導指針であることを明示 したのです。
マルクス・レーニン主義は、哲学と政治経済学と科学的社会主義理論の 3 つで構成され ています。 ここでいう哲学は、弁証法と唯物論を指しています。 政治経済学理論の内容でもっとも特徴的なものは、剰余価値理論です。労働者を雇って 働かせれば、労働者は自分(と家族)が生きていくために必要な生活費以上の価値を生み 出すという理論です。資本家はその剰余価値を搾取して資本を増やしていきます。 政治経済学理論においてもう一つ重要な内容は、商品に関する理論です。商品とは、自 分が消費するために生産した物ではなく、他人に売って儲けるために生産した物、利益を 生むための生産物です。商品は、増殖するカネ、資本に転化します。 生産力(生産における人間と自然の関係)が発展すると生産関係(生産の過程で結ばれ る人と人との関係)が発展していきます。生産力と生産関係によって構成される生産様式 が社会の現実的土台となり、その上に政治や法律や文化といった上部構造が形成されると いうのが史的唯物論です。 資本主義経済が発展していくにつれて生産に関わる人が増えて分業も発展し、協力関係 が強化されます。生産における社会的性格がますます強まるにもかかわらず、社会的生産 物を資本家が私的に取得するというのが資本主義社会における基本的矛盾であり、この矛 盾を解決するためには生産手段を資本家から労働者が奪いとり労働者の国家権力を打ちた てなくてはならないというのが、科学的社会主義理論の基本的な内容でした。 マルクス・レーニン主義の正当性は、ロシア革命によって歴史的に証明されました。ロ シアは資本主義が未発達でしたが、社会主義革命が起こりました。労働者をはじめ民衆の 根本的な要求を実現する社会主義社会が樹立されたのです。 キムイルソン主義は、チュチェ思想を新たに発見し、それにもとづいて理論と方法が明 らかにされています。それにたいしてマルクス主義は、それ以前の理論を批判するなかか ら生まれました。 マルクス主義哲学は、ヘーゲルなどのドイツ古典哲学を批判するなかから明らかにされ ました。政治経済学もアダム・スミスなどのイギリス古典経済学を批判するなかで明らか にされました。社会主義理論もサン・シモン、フーリエなどのフランス空想的社会主義を 批判するなかで明らかにされました。 チュチェ思想の出発点は、人間があらゆるものの主人であり、すべてを決定するという 哲学的原理です。これは、人間と人間以外の世界との関係において、人間が主人であり、 世界を変える力があるということを意味します。 チュチェの革命理論の出発点は、革命と建設の主人は民衆であり、革命と建設をおしす すめる力も民衆にあるという原理です。これは、革命と民衆との関係において、民衆が主
人であり、革命をおこなう力があるということを意味します。 革命理論のなかには、社会主義共産主義建設理論をはじめとして党建設理論や現代帝国 主義論など多くが含まれています。 チュチェの方法は、民衆の力に依拠し、民衆の力を最大限に発揮させて革命と建設を進 める方法です。チュチェの方法は、人間をいかに主人として推したてていくのかという方 法です。 チュチェ思想は人間中心の思想ですから、理論も方法も徹底して人間中心になっていま す。 キムジョンイル総書記はまた、この著作『全社会をキムイルソン主義化するための党の 思想活動の当面するいくつかの課題について』のなかで、人類の理想社会はキムイルソン 主義化された社会であることを解明しました。 キムイルソン主義化された社会は、まず第一に、人間が自然と社会の完全な主人になっ た社会、人間が真に自主的になった社会であるということです。人間が、思想的、精神的、 道徳的、文化的に完成した姿になる社会です。 キムイルソン主義化された社会は第 2 に、物質的、文化的に豊かになった社会であると いうことです。 さらにもう一つ付け加えるならば、ひとりひとりが自主性を発揮しながらも一つに調和 した社会になるということです。個と集団の関係で言えば、個性を発揮しながら全体が調 和した社会ということです。自主性という言葉のなかには、もともと広い意味で、人々が 個性を発揮しながら調和して生きるという内容が含まれています。チュチェ思想が開花し た社会は、ひとりひとりが自分を生かしながら信じ合い、助け合い、励ましあう社会だと いえます。 理想社会を実現するためには目的意識的な努力が求められてきます。理想社会は、まず 人間を育成し、その人間を中心にして政治、経済、文化を発展させることによって実現さ れていきます。 もちろんチュチェ思想が理想社会の表徴、それに至る道程、方途をすべて明らかにして いるからといって、すでに朝鮮がそのような社会になっているということではありません。 目標が明らかになったからといって、それがすぐに実現できるわけではありません。目標 を実現するまでには相当の時間もかかり努力も必要です。また一旦、目標が実現されると さらに高い目標が提起されてきます。だからといって当初の目標が不十分であったという ことではありません。目標がなければ人はどこに向かって、どのように努力すればよいか 分からず前進することができません。たとえば、学生が学校に行く気力が湧いてこないと すれば、それは学校に行くことの意義が分かっていないからです。ひとりひとりの人間に
とっても社会総体としても、どこに向かって生き進んでいくのかということが重要です。 朝鮮の社会が完璧であるということではありません。朝鮮の指導思想が正しいし、めざ している方向が正しいということなのです。それを適用するのは人間ですから、不十分さ をもった人間が努力する過程では間違いを犯すこともありえます。問題はそれを是正する 力があるか否かです。人間を信じる思想、人間の本性と未来を信じる思想が、人々の不十 分さを乗り越える力になっていきます。 新しい時代の要求に応える思想 現時代の特徴の一つは、民衆が世界の主人として登場したということです。かつて土地 や資本の鎖に縛り付けられ、奴隷のように鞭で打たれていた圧倒的多数の民衆が主人とし て登場しているのです。現時代の特徴の 2 つは、主人となった民衆が歴史を自主的創造的 にきり拓いているということです。 かつて世界は、5 つか 6 つの帝国主義国によって支配されていました。戦争といえば、 帝国主義と帝国主義の戦争でした。帝国主義に弱小な民族や国家が立ち向かうことはでき ませんでした。朝鮮は日本の完全な植民地下におかれ、名前さえも奪われました。広大な 領土をもつ中国も日本のような小さな領土しかない国に支配されました。 第 2 次世界大戦が終わった後も、アジア、アフリカ、ラテンアメリカのほとんどの国が 帝国主義の植民地下におかれ、抵抗することもできず貧しい生活を余儀なくされていまし た。 新しい時代には、新しい思想が必要とされます。 チュチェ思想は、誰もが知りたいと願っている人間の本質について科学的に体系化して いるだけであって、特殊な思想ではありません。ですからチュチェ思想は誰でも理解する ことができます。チュチェ思想が分からないとすれば、朝鮮という国やキムイルソン主席、 キムジョンイル総書記にたいして偏見があり、その思想はこうだろうと決めつけてしまっ ているからだといえます。社会主義についても一定のイメージがあって、社会主義の思想 だからこうだと勝手に決め付けてしまうわけです。そういう偏見を取り払い、素直に学ぶ ならばチュチェ思想はあらゆる人たちが指針にすべき共通の思想であるということが分か ります。チュチェ思想がなければ今後の世界は混乱を避けられないでしょう。 資本主義に展望がないことははっきりしています。アメリカはイラクを占領支配し、植 民地化しようとしています。かつての植民地国はほとんど独立しており、いまどき植民地 をつくるなどというのは時代錯誤的なことです。アメリカは復興建設と偽ってイラクを占 領支配し、石油を独占しようとしているのです。
既存の社会主義にも問題があるのは明らかです。中国も市場経済を導入し、政治は社会 主義で経済は資本主義の国づくりを進めようとしています。たしかに一時的には経済が先 行することによって国が豊かになって人々の生活も良くなるように見えますが、多くの問 題も噴出してくると考えられます。中国内部ではすでに矛盾がいろいろ発生しています。 お粥も食べることのできない人たちがたくさんいますし、やくざがはびこり、麻薬取引が おこなわれ、犯罪者がたくさん生まれています。日本に渡航してきて泥棒する人のなかに も中国人がたくさん含まれています。 北欧のデンマークやスウェーデン、ノルウェーなどは福祉国家であると言われてきまし たが、いまでは経済が崩壊して福祉が成り立たなくなってしまいました。福祉に回すお金 がないのです。税金がたくさん取られるため金持ちたちはみな国外に出てしまい、税金を 納める人がいなくなって、福祉の対象になる人しか残らなくなってきたのです。これでは 国家経済が破綻するのは当然です。 マルクス主義哲学は経済や政治など客観世界の分析を基本にして、社会変革を唱えまし た。そのため社会正義や大義名分のためには、多少、人々が犠牲を被っても仕方がないと 考える人も出てきました。 チュチェ哲学はマルクス主義哲学とは異なり、客観的な社会正義のために人々を犠牲に することを容認しません。チュチェ哲学は人間の社会的な要求や人間的つながり、人間的 な心を強めることを基本にして新しい社会をイメージし、人間中心の新しい社会をつくる ための隊列をつくっていくことをめざします。 抗日革命闘争時期に遊撃隊には食糧がなく、農民が牛を 1 頭もってきたことがあります。 隊員たちは喜びますが、主席は農民が大事にしている牛を食べてはいけないと、農民に牛 を返すよう指示します。また朝鮮解放後、総書記が農村に行ったときに、農民が土地をも らったお礼に牛をもってきました。主席は牛を差し出したらどうやって仕事をするのかと いい、農民に牛を返しました。こうした主席の活動は、目的のためには手段を選ばないと いう革命理論と大きく異なっています。 チュチェ思想は、人間を中心にして未来社会の姿を明らかにするとともに、その実現プ ロセスにおいても徹底して人間を中心にすることを要求するところに特徴があります。 人間によって発展する世界 唯物論の出発点は、世界は物質によってのみ成り立っているということです。物質世界 は無限であり、宇宙の彼方もどこまでも物質で成り立っています。 宗教家や観念論者が有限論を主張してきましたが、それは科学の発展にともなって打ち
砕かれてきました。世界に際限がないというのは、唯物論の重要な発見でした。もし世界 に際限があるとするなら、別世界があることを証明することになります。物質世界に限り がないがゆえに、人間が解明する対象もきりがありません。もし、今は分からないことが あったとしても、いずれは解明されていきます。かつては太陽が地球の周りを回っている と考えられ、日食や月食が起こったり、火山が爆発するのも人間以外の何ものかによって なされていると考えられていました。しかし今では地球が太陽の周りをまわっていること が明らかになりましたし、火山が爆発する仕組みも解明されてきました。 人間(集団)は、人間以外の世界との関係のなかで生きています。個々人もひとりでは 生きていません。他人との関係、社会との関係のなかで生きています。私たちが着ている 服も住んでいる建物も車も電車も人が作った社会的創造物です。 人間は周囲世界との関係のなかで生きていますが、人間と周囲世界との関係をどう見る のかというのが、チュチェ哲学の出発点になっています。 従来は、物質が先か意識が先かという問題が、哲学の出発点になっていました。 物質が先か意識が先かという長い間の哲学的論争は、唯物論の勝利によって終息し、今 ではこのようなことを問題にする人はいません。意識とは人間の意識であり、人間の脳髄 があってはじめて発生します。神や仏も人間が創りだしたものであり、天国も現実社会が あまりにも矛盾に満ちて苦しいので、このような世界があればよいと思い描いたものです。 昔は死んでこそ天国にいけると思われていましたが、最近は、天国がこの世で実現できる と説く新興宗教がつぎつぎに生まれてきました。それは科学が発達した必然の到達点です。 世界は自然、社会、人間に分けることができます。 宇宙や山、川などの自然界は、人間が生まれる以前と人間が生まれた後では大きく異な ります。自然は、人間が生まれる以前は自然界の法則にしたがって変化するだけでした。 風が吹けば木が揺れ、あまりにも風が強いと木が倒れます。海の波に洗われつづければ岩 もやがては砕けていきます。古代にマンモスが地球に生息していましたが、極端な低温化 で絶滅したと言われています。無生命物質の変化や動植物など生命物質の生成や消滅はす べて自然界の法則にもとづいておこなわれます。 しかし人間が世界に登場するようになって世界の様相はそれまでとは大きく変化しまし た。たとえば、洪水が起こらないように堤防を築き河川を整備したり、強風・防火対策と して防風林、防火林を植えたりしてきました。 人間によって一時期、公害が発生し、川や湖が汚れ、山が禿山になり、自然環境が汚染 され、破壊されるということも起こりました。こうした問題がこんにち完全に解決された わけではありませんが、人間が目的意識的に努力することによって、いまでは蛍が田舎で は飛び交うようになってきましたし、北海道では鮭が遡上するようになりました。冬には
シベリアなどから日本各地に鶴や白鳥などの渡り鳥が飛来して越冬するようになりました。 人間の出現によって自然界が破壊、汚染されたとは一概にはいえません。人間によって自 然環境が保護され良くなった面もたくさんあるのです。 世界は物質でできており変化発展するというのが弁証法的唯物論の基本でした。物質は 生成、発展、消滅するなど、つねに変化し固定不変ではありません。しかし人間以外の物 質の発展は、その速度や発展の度合いにおいて限界があります。人間の場合には発展の速 度、度合いに限界がありません。人間は限りなく速く大きく発展することができるのです。 動物が仮りに 100 年間生きたとして果たして何ができるでしょうか。人間以外の物質は たとえ時間があっても何かができるわけではありません。それにたいして人間は生きてい る間に決心して努力することにより、多くのことをなしとげることができます。 人間のもつ可能性が現実のものとなるか否かは、その人の決心と努力にかかっています。 決心と努力が強ければより大きなことができます。 人間が力強く大きな存在になれる理由の一つは、一人の力でできることには限りがあっ ても多くの人の力を合わせることにより大きな力を発揮できるからです。人間はみなが助 け合うと物理的にも強くなり大きな力を発揮します。動物は助け合うことをしません。小 魚が危険が迫ったとき群れをなして大きな魚のように錯覚させ威嚇することがありますが、 それは身を守るための本能的活動にすぎません。 人間は、目的意識的に助け合いをおこないます。たとえば大きな石を運びたいときには、 協力を呼びかけ力を合わせて運びます。このような助け合いをするのは物質世界のなかで 人間だけです。 人間が力強く大きな存在になれる理由の 2 つは、他の物質とは異なり人間は知識を蓄え ていくことができるからです。人類は何千年の悠久な歴史を通じて科学知識を蓄積してき ました。ひとりの人間が生きる時間は長くても百年足らずですが、その間に人々は人類が 蓄えてきた知識を自分のものにすることができます。これは人間以外の物質では考えられ ないことです。歴史的に蓄積された知識を得ることによって人間は力強い大きな存在にな ることができます。 人間が力強く大きな存在になれる理由の 3 つは、人間が集団を形成することにより喜び を大きくし悲しみを小さくできるからです。夜、墓場に行くのも、一人では怖くてもみん なで行けば怖くなくなります。何か嬉しいことがあったときにも、ほめてくれたり喜んで くれる人がいると喜びが増します。悲しいことがあっても、励ましを受けて癒されること もあります。こうしたことは人間の世界でだけ見られることです。 世界は人間中心に動いており、歴史も人間を基本にして見るのが正しいことがわかりま す。人間を単なる物質の一部、あるいは単なる動物の一部としてみるのは過ちであるとい
えます。 人間が出現して以降の世界は、人間を基本にして見てこそ正しくとらえることができる ことを明らかにし、その内容を展開するのがチュチェ哲学の特徴です。 人間の本質的特性 チュチェ哲学が新しく解明した内容の一つは、人間の本質的特性です。 人間とは何かということが唯物論の土台の上で科学的に明らかにされたことはこれまで ありませんでした。宗教の世界で、神にたいする解明から演繹的な方法で人間について導 き出すことはありました。その結論は、人間は罪深い存在だとか、弱いものであるとか、 絶対的存在としての神と対比して相対的な存在として語られてきました。 最近発行されて話題を呼んだ新書版のなかでも、人間とは何かということが論じられて います。 解剖学者であるこの本の著者は、食欲や性欲は一旦満たされると消えてしまうはかない 欲であり、金が欲しいという際限のない欲もあるが、これも人間的な欲ではないと述べて います。そして人間とはこうだと狭く決めつけるのではなく、誰もが納得できる普遍的な 人間観を提起しなくてはならないと指摘しています。また人間の個性はもって生まれたも ので遺伝子によって決まっており、発達することはないと述べています。そして人間と周 囲世界との関係のなかで、自分を生かすようにバランスを保つことが大事であり、これを 社会的適応性と呼んでいます。 いま多くの人々が人間とは何かを知ろうとしています。人間の普遍性を科学的に解明し たうえで真の人間を育成し、真の人間が人間以外の社会や自然との関係をきずいていくこ とが重要になっています。 チュチェ哲学は、今まで誰も明らかにしていない人間の本性について科学的に明らかに しました。 マルクス主義哲学においては、人間の特徴について、労働することや言語能力があげら れていました。これまで人間の現象的な側面をもって人間と規定することはありましたが、 人間の本性をもって人間を規定することはありませんでした。 チュチェ思想が明らかにした人間の本性の一つは、自主性を生命としているということ です。もう一つは、社会的存在だということです。 自主性は自由とは異なります。自由は、他のものから離れ、抑圧から解放されることを 言います。
自由の歴史的起源は奴隷制、半奴隷制の時代にさかのぼります。こんにちにおいても人 身売買がおこなわれています。日本に連れてこられたタイやコロンビアの女性がパスポー トをとりあげられ、売春を強要されています。そして逃げ出そうとした人たちが見せしめ のために何人も殺されているというのです。こうした女性たちにとっては自由がもっとも 切迫した要求になります。 また人々のなかで生活することに疲れ、人のいない山奥で暮らすのも自由ですが、それ は人々から逃げた姿であり、主人らしい生き方であるとはいえません。 親が自分だけの幸せを考えて 1∼2 歳の幼い子どもを捨てたとしたら、その人は自分が 産んだ子どもにたいして主人としての責任を全うしたとはいえません。子どもを育てるた めの苦労はなくなり負担は少なくなるかもしれませんが、それは人間的な姿とは程遠いも のです。親にとって人間的な生き方とは、いくら辛くても子どもに責任をもつことです。 精神的にも肉体的にもよく育てること、喜びをもって笑顔をもって育てることが人間的で す。しかめっ面して怒りながら育てれば悪い影響を与えます。 今まで自由が最高で最終の目標であると言われていました。しかし自由は、人間が人間 らしい目的を樹立するためのスタートラインに過ぎません。抑圧された人、鎖につながれ た人にとっては解放されるまでは、自由が大きな目標になりますが、解放された後には、 何をするのか、どこに向かって進んでいくのかという目標が必要になります。その目標が ないと人々は正しい道のりを歩むことができません。 日本では、一生懸命受験勉強して大学に入っても、入学してからは勉強しない学生が多 くなっています。フランスなどの場合は、入学することは比較的容易にできても、卒業す るのが難しいとのことです。何のために高校や大学に通い勉強するのかを明確にしなけれ ば、受験勉強の間は、勉強を生き甲斐にすることができたとしても、入学してしまえば時 間ばかりできて安逸に陥り、かえって人間らしく生きることができないということになり かねません。 大きな人間とは、人間を愛し、人間に責任をもつとともに、社会にも自然にも責任をも つ人です。責任をもつ範囲が広く責任の度合いが深ければ深いほど、その人は大きなこと をしているといえます。 江戸時代末期、坂本竜馬は、新しい日本をつくるために土佐藩を脱藩しました。最後は 殺されて新しい世の中を見ることはありませんでしたが、愛する人や愛する土地を離れて 日本の運命を背負って立ち上がったのです。 自分のことだけを考えるのではなく、家族のこと、地域のことしか考えないというので もなく、日本のこと、世界のことを考え、実践する人間が大きな人間といえます。人間が 住む世界は、広大な宇宙、物質世界のごく一部に過ぎません。限りない世界に思いをめぐ
らし、たえず努力していくこと、限りない世界を愛し責任をもって生きていく道が、人間 が自主性を実現していく過程であり、大きな人間へと成長していく過程です。 一人では世界の主人として登場することはできません。世界の主人として登場する道の りは、人間の社会的存在としての性質が強まる過程です。 人間は生まれたときは、動物と同じです。発育は動物よりも遅く、立って歩くまでに 1 年もかかります。しかし人間は社会の影響を受けて言葉を覚え、教育を受けて知識を身に 付け、大きな役割を果たしていくようになります。社会によって教育され、社会的関係を 結んで生きる存在が人間です。動物の群れは、本能にもとづいて集団が形成されているに 過ぎません。鳥の群れの 1 羽が飛び立つとすべての鳥が一斉に飛び立つのは条件反射です。 それにたいして人間は、目的意識的に社会的関係を結んで生きる存在です。 人が社会的存在として人間本来の役割を果たしていくためには、自分の領域をつくって はいけないのです。あの人は苦手だといって親しい人とだけしか付き合いをしないのでは 人間らしく生きていくことはできません。これまで会ったこともない人を訪ねていって、 広い人間関係を結んでこそ人間らしく生きていくことができます。 日本にはいわれのない差別を受けて社会から隔離され、厳しい生活を余儀なくされてき た人たちがたくさんいます。ハンセン病患者たちの多くは病気が治っても社会復帰するこ とができず、家族と離れて長い間、暮らしています。そうした人たちとも交流し、心を通 わせて新しい運動をおこない、新しい社会をきずいていこうとするのは、大変意義あるこ とです。 身体に重度の障害のあるなかまが、あえて一人で生活する道を選び、それだけではなく 各地にも出かけて人々を励ますというのは、大変りっぱな生き方だといえます。視覚障害 のあるなかまが家庭をもち、なかなか仕事にも就けないなかで日本を自主化する運動に関 わるのもりっぱなことです。 自分ひとりの楽しみや出世を考えて生きるよりも、苦労して生きている人たちとともに 手を携えて生きていく方が人間らしい生き方です。 こんにち 1 日 1 ドル以下で生活する人が世界にはおよそ 13 億人いると言われています。 1 日 2 ドル以下で生活する人は世界人口の半分近くを占めているとも言われています。 チェチェンの人たちは、泥棒し、人を誘拐したり殺したりして生活していると言われま す。チェチェンの人たちには生活手段がなく、また自分たちの民族を抑圧した人たちにた いする怒りが歴史的に蓄積されて代をついでの血脈になっているのです。 アメリカ人は身を守るために、みな銃をもっています。アメリカのある州では銃を携帯 することを義務化しました。ときどき調査して銃を持っていないと罰金が課されます。そ のような生活や生き方が幸せだとはとても言えません。
いくらか格差があり、すべての人が平等になっていなくても、安心して暮らせる社会で なくてはなりません。極端に貧しい人と豊かな人がいる社会とか、人が人を恐れて日常生 活を送らなくてはいけない社会ではなく、みんなが助け合う社会であってこそ、人間は人 間らしく生きることができます。 人間は自主性をもった社会的存在であるがゆえに他のいかなる物質、すなわち動物、植 物、無生命物質と違って世界の主人として生きようとする要求と力をもつのです。その要 求と力を発揮させている限り、その人たちの前途は、何の要求や力も持たない人たちと比 べて異なったものになってきます。周囲世界に迎合してきょうのことしか考えないで生き る人と周囲世界を人間のための環境、人間のための社会に変えるための努力をしながら、 たえず、その目標に向かって進んでいく人とではやがて大きな差がついてきます。人間は 人類誕生以来、人間の特性にそった生き方をしてきたがゆえに、いまはるかに高い水準へ と到達しているのです。 社会発展の合法則性 チュチェ哲学が新しく解明したもう一つの重要な内容は、社会発展の合法則性を科学的 に明らかにしたことです。 一口で言って、人間の要求、役割、能力が高まり、社会が発展していきます。 資本主義社会の論理、市場競争原理は、能力のある人は成功して多くの報酬を得ること ができるが、努力せず成功しなかった人は懲罰を受け貧乏になるのは当然であるというも のです。これは勝者のための論理に他なりません。 人は食べるものがなくなったら働くと主張する人も一部にいます。人は餓死寸前になれ ば働くのであり、それでも働かなければ鞭で打って働かせればよいというのです。このよ うな考え方は人間にたいする蔑みの思想にもとづいています。 レーニンは革命の条件として 3 つを明らかにしました。その一つは、民衆が極度に貧し くなること、2 つは、資本主義経済がこれ以上発展できないという段階に到達して経済恐 慌に陥ること、3 つは、帝国主義と帝国主義が戦争して自国の帝国主義が敗北して弱体化 することです。 このような理論は間違いではありませんが、客観的な条件が厳しくなれば人は立ち上が るとは必ずしもいえません。貧しい人は貧しいことに慣れてしまう傾向があります。金持 ちは金持ちであることに酔ってしまう傾向があります。与えられた条件によって人の意識 や行動が自ずと変わるのではありません。意識は意識の影響を受けます。正しい教育を受 ければ人間の意識は発展しますが、悪い思想の影響ばかりを受けてそれに染まってしまう
場合もあります。 人間には動物的な側面と人間的な側面があります。たとえば朝起きたときに、もっと寝 ていたいとか、食事をしたいときに好きなものだけを食べたいといった動物的な側面があ ります。もう一方で、目標を実現するために眠くても早く起きるとか、食べることを我慢 するといった人間的な要求、理性があります。 人間は、人間関係によって生き方が大きく変わります。青年期にはとりわけ、どのよう な友をもつかによって人は大きく変わります。親の影響を受けることはあまりありません。 先生からも知識は教わりますが、人間的な影響はあまり受けません。人間的な影響を一番 受けるのは、友達です。ですから友達を選ぶことが重要になります。恋人も前に向かって 進もうとする恋人でなければ発展的な関係にはなりません。 まず人間が変わって、その後で経済活動とか政治活動が変わります。人間が変わるとい うことは、人間の意識が変わるということを意味します。 意識は物質の反映であると言われてきましたが、単なる反映ではありません。 人間の意識の特徴の一つは、未来を予見することができるということです。もう一つは、 現象を感性的に把握するだけではなく、物質の本質や人間の本性を論理的に把握すること ができるということです。動物は現象を鏡のように受身的に反映することしかできません。 それにたいして人間の意識は、能動的、前向きです。人間の意識は未来を愛する意識であ り、人間の要求に即して世界を認識し変革しようとするものです。 人間は意識の作用によって、目的意識的に未来をみつめ、多くの人とよい関係をきずい ていくことができます。ですから、いかに意識化するのかが、人間的な活動をすることが できるか否かの鍵になります。 多くの人たちに人類の未来、世界の未来を科学的に明らかにして、人々を意識化するこ とがまず重要になります。 人をどう見るかも、自分がどういう思想をもっているかによって全く変わってきます。 自分の思想水準が低いと相手も低く見てしまいます。物事の本質を人間的に正しく見るた めには、人間的な思想を自分のなかに強くもつようにすることが求められます。 人間的であるというのは、現象的にあらわれた人の言葉や行動を知るだけではなくその 人の深い心を知ることができることです。いかに人のなかにある人間らしい心を見出すか によって、活動の内容が大きく異なってくるのです。 個人から出発している運動の限界 社会運動には 2 つの傾向があります。
一般的に労働運動は、労働者が自分の給料を多く獲得しようとして運動がおこなわれま す。賃上げを要求するのも住宅を建てるのもみな自分のためですが、それを集団的に、と りわけ資本家に向けておこなうならば進歩的運動になると考えられてきました。 労働者の生活を改善し利益を擁護するためには、最終的には労働者のための社会、社会 主義社会をつくらなくてはいけないと言われていました。労働者が資本家とたたかって労 働者の政権をうち立てさえすれば、自ずと理想社会である社会主義社会が実現されると考 えられていました。そこでは理想社会の姿は、明確には描かれていなかったのです。 それにたいして宗教家には、すでに描かれた理想社会の姿があります。仏教には、釈迦 が明らかにした理想の世界があり、イスラム教にもキリスト教にも理想の世界があります。 それはまさに神や仏の世界なのです。 映画「愛する」(1997 年製作、原作・遠藤周作)も愛をテーマにして一人の女性の生き 方を描いています。 この映画の主人公である女性は、皮膚にぶつぶつができてハンセン病と誤診され療養所 に送られます。ハンセン病になると昔は家族とも恋人とも縁を切り、一生、療養所で暮ら さなくてはなりませんでした。彼女は最初、泣きながら暮らしていましたが、精密検査を 受けた結果、ハンセン病ではないことが判明し、療養所を退所することになりました。彼 女は、そのとき嬉しくて、喜んで山を降りていくのですが、ふもとまで行くとまた療養所 に戻っていきます。療養所では、あなたが来るところではないと言って返そうとしますが、 彼女はそこで一生を終える決意をします。彼女は、自分の意志で苦労している人々のため に青春と生涯を捧げようとしたのです。その療養所では、入所者がいくらかの小遣いを稼 ぐために鶏を飼って卵を売っていました。ある日、彼女はその卵を売りに出かけ、途中で 車に轢かれて亡くなってしまいます。 この映画の主人公は、自分のためではなく人々のために自分を捧げました。若くして人々 を愛する生き方、真の愛の生き方を全うしたのです。この映画で描いている真の愛とは、 実は神の愛なのです。 カトリック教を信仰する人たちが年末年始に釜が崎などに行ってボランティアで炊き出 しをおこなったりするのも生活に困っている人たちのためにおこなっていることですが、 そうすることによって神の愛を人々に知らせ、人々を神の世界に導こうとしているのです。 そのようにして人々のために生きる宗教家は、神に近づこうとしているわけですが、それ は個人のためであり、また実際には神の世界はありませんから、良心的な生き方をするこ とにとどまってしまいます。 かつてはヨーロッパにおいても宗教戦争が起こり、異教徒を弾圧し拷問を加えるなど残 酷なこともおこなわれました。アメリカのブッシュ大統領もクリスチャンですが、アフガ
ニスタンやイラクにたいして戦争を起こし、人々を大量に虐殺しています。こうしたこと を見るならば、現世でキリスト教信者がどんなに多くなっても理想社会ができないことは 明らかです。宗教の唱える理想社会は、意識の世界でしかないのです。 物を豊かにし給料を上げることは、食べることのできない人、搾取される人にとっては 重要な運動ですが、それ以上に理想社会を科学的に明らかにしたうえで、それをこの世に 実現していくために努力していくことがもっと大事であり、これがチュチェの道のりです。 チュチェ思想にそって進む道は、宗教のように自分のことを忘れて、また理想社会をこ の世に実現しようとしないで神や仏の絶対的な愛や慈悲の光で人々を救済しようとするも のではありません。 もう一方で、物価を安くしたり、給料を多くしたり、大学を勉強しやすいものにしたり、 職場を働きやすいものにするといったように、生活を改善するためだけに運動する人もい ます。そういう意味では宗教家の一部は愛に満ちていますが、左翼の一部にはエゴイスト が多いのです。 マルクスがめざしたのは、一人はみんなのために、みんなは一人のためにという集団主 義にもとづく社会でしたが、その思想と道のりが人間中心でなかったため実現することが できませんでした。これはマルクス主義を掲げる活動家に問題があったというよりも、指 導思想の問題だといえます。 社会運動における問題点のひとつは、個人から出発しているということです。 人間は個人的存在であるという見方があり、市民権というときには、個人としての権利 を指しています。人権擁護というときには、個人としての権利を擁護することを意味して います。すなわち一障害者、一女性、一部落民の権利を守るということです。 労働組合運動も組合員の賃金を上げたり、残業を減らすとか労働条件を良くするという ものです。結局、これも労働者個人のためにおこなうということです。最近は教職員の労 働運動も弱くなっているのですが、労働運動をおこなうと配置転換させられ圧力が加わる からです。また学生時代に学生運動をした人は教員になることができないようになってき ています。自分のために組合運動をしようとしたけれども、組合運動をおこなうことが自 分のためにならないことが分かり、組合運動をやめようと考える人が多くなっているので す。 もちろん一部には犠牲をあえて受け入れて運動する人もいますが、多くの人は運動をや めていきます。実際、最近ではいわゆる左翼運動は後退傾向がつづいています。かつては 大きな力をもっていた国鉄労働運動も組織が分裂して弱体化しましたし、教職員組合も組 合員が減少しています。 それにたいして宗教家は具体的に闘争して給料を得ようとか物を得ようとか環境を良く
しようということはめざしていません。朝早く起きて駅や道路など公共施設を自主的に掃 除している人もいます。一日一善運動といって一日ひとつ人のためになることをすると徳 が授かるというのです。自分が健康で幸せになるということです。これも人のためにおこ なっているのですが、動機は自分のためです。ある団体のなかには、1 億円の財産を捧げ た人もいますが、今、騙されたから返してくれと言って裁判が起こっています。人のため に犠牲になることによって、自分が幸せになれるし、天国にも行けると思って宗教の教理 を信じておこなうわけです。 個人のための運動は、個人が権力をもち、人々の上に立つようになると悪事を働くよう になります。それは宗教の世界でも起こりますし、社会主義においても官僚主義が生じま す。社会主義権力を個人のために使うということです。運動は個人主義から出発しても良 いのですが、いつまでも個人主義のままつづけていくと問題が生じてきます。 宗教はもともと現実世界に理想社会をつくろうとは考えていませんから、いくら運動し ても現実に理想社会はできません。 一方、既存の左翼には、理想社会像が不十分でした。今までの左翼が考えていた理想社 会は、生産力が発展し、物が豊かになれば自ずと人々も仲良くなり、幸せな社会になると いうものでした。これが社会主義共産主義社会であったわけです。資本主義を社会主義に 移行させるまではそのような理論でも良かったのですが、社会主義社会を樹立した後、社 会をどう発展させるかというときには、個人主義と物(経済)中心の考え方では人が助け 合う社会は実現できません。実際には社会主義社会においても個人主義がはびこりだした のです。 人間を自主性をもった社会的存在として育てることを基本にして、政治、経済、文化、 あらゆる環境を整えていく理論が求められているといえます。 チュチェ思想を学ぶことによって人間中心に物事を見、対応していくことができるよう になります。 チュチェ思想を深く学び、未来社会に対する明確な目標をもって、人間らしく生活し活 動していきましょう。