背景
人では加齢や性ホルモンの減少によって、骨粗鬆 症を発症することが知られている。特に女性では、
閉経後、エストロゲン濃度が低下することで、骨吸 収の増加および骨形成の減少が認められ、骨粗鬆症 が発症する。さらに骨粗鬆症は病的骨折を引き起こ し、生活の質を著しく低下させることが社会的な問 題となっている。男性においても60歳以降エスト ロゲンの分泌が減少することで、徐々に骨吸収の増 加および骨形成の減少が起こり、骨粗鬆症のリスク が高まる。このように人では、性ホルモン濃度と骨 代謝に深い関連があることが広く知られている1、2)。 また、健康寿命の延伸の目的から、骨密度の測定は 一般的に行なわれている。
一方、獣医領域における実験レベルでは、去勢や 避妊手術によって骨代謝が低下することが報告され ている3-5)。しかし、犬の去勢や避妊手術が原因に よる骨粗鬆症の発症および病的な骨折についての、
臨床的な報告は見当たらない。また、上皮小体機能 亢進症などの内分泌疾患または低栄養性疾患による 骨密度の低下は犬猫において報告があるが6-8)、骨 粗鬆症が臨床的に問題となることは極めてまれであ る。
そのような背景から、獣医領域では画像による骨 密度の測定はほとんど行われていない。しかし、今 後犬猫の寿命がさらに延伸した際には、骨粗鬆症が 臨床的に問題となる可能性は否定できない。
獣医領域において、骨密度は実験的に麻酔下での 測定は可能であるが、臨床現場で簡便に測定するこ とは不可能である。そこで我々は人用骨密度測定装 置を用いて、犬の骨密度の測定を試みた。同時に、
1~3歳の犬を用いて犬の不妊手術が骨密度におよ ぼす影響を検討した。なお本研究は、帝京科学大学 動物実験委員会の承認を得て実施された。
実験方法 供試犬
供試犬は一般家庭で飼育されている、健康な雌2 頭および雄4頭を使用した。供試犬の性別および初 回測定時年齢を表1に示す。
試験にあたっては、飼い主に測定に関するイン フォームドコンセントを行った。また、供試犬およ び測定者の安全には十分注意して実験を行った。
測定装置
本研究における骨密度の測定には、人の前腕用骨 密 度 測 定 装 置 で あ る ダ イ ク ロ マ ス キ ャ ンDCS- 600EXV(株式会社日立製作所、東京都)(図1)
を使用した。
測定方法
保定者が供試犬を保定し、四肢の遠位部を計測部 に挿入する(図2)。不妊手術(去勢・避妊手術)
人用の骨密度測定装置を犬に使用する試み
1
小林豊和
1川村和美
1,2酒井理沙子
1帝京科学大学生命環境学部アニマルサイエンス学科 2グラース動物病院
Investigation using Bone Densitometry(DEXA) for dogs
1
Toyokazu KOBAYASHI
1Kazumi KAWAMURA
1,2Risako SAKAI
1Faculty of Life & Environmental Sciences, Department of Animal Sciences, Teikyo University of Science
2Grace Animal Hospital
キーワード:犬、骨密度、骨粗鬆症、不妊手術、DEXA
表1 供試犬プロフィール 供試犬 性別 初回測定時年齢 犬種
A ♀ 2y10m mix
B ♀ 1y4m mix
C ♂ 1y11m mix
D ♂ 2y10m L.レトリバー
E ♂ 1y5m M.ダックス
F ♂ 1y4m チワワ
解析したデータについて、有意差検定を実施し た。統計処理はt-testを用いて行い、危険率5%未 満を統計的に有意差ありと判断した。
結果
初回時解析結果を表2に示す。雌雄別の測定部位 に於ける骨密度の経時的な変化率を、図5-8に示 す。不妊手術前の骨密度と手術後9ヶ月の骨密度に は、統計的に有意差は認められなかった。
考察
骨密度は骨の強さを判定するための代表的な指標 である。骨はコラーゲンやミネラルなどの成分で成 り立っており、骨代謝により毎日新しい骨に生まれ 変わっている。人において骨粗鬆症は骨密度が若年 成人平均値の70%以下と定義され、脊椎が体の重 みでつぶれる、背中が曲がる、変形による圧迫骨折 をきたすといった事態を引き起こす。骨密度は人で は20~30歳代でピークとなり、その後減少傾向を 図1 ダイクロマスキャンDCS-600EXV(株)日立製
作所社製
(a)前肢 (b)後肢
図2 保定および撮影
(a)DEXA画像 (b) 測定部位として1.橈骨尺骨遠位端、2.手根骨、3.中 手骨を設定した。破線四角の範囲内のROIを青色で示す。
図3 前肢X線撮影および関心領域の設定
(a)DEXA画像 (b) 測定部位として1.脛骨腓骨遠位端、2.足根骨、3.中
足骨を設定した。破線四角の範囲内のROIを青色で示す。
図4 後肢X線撮影および関心領域の設定 表2 不妊手術時測定結果
部位名 骨密度(g/cm2) 部位名 骨密度(g/cm2) 部位名 骨密度(g/cm2)
A左前肢 橈尺骨 0.252 手根骨 0.230 中手骨 0.210
A右前肢 橈尺骨 0.257 手根骨 0.253 中手骨 0.228
A左後肢 脛骨 0.387 足根骨 0.258 中足骨 0.228
A右後肢 脛骨 0.387 足根骨 0.270 中足骨 0.235
B左前肢 橈尺骨 0.250 手根骨 0.285 中手骨 0.224
B右前肢 橈尺骨 0.297 手根骨 0.241 中手骨 0.238
B左後肢 脛骨 0.345 足根骨 0.351 中足骨 0.246
B右後肢 脛骨 0.398 足根骨 0.322 中足骨 0.247
C左前肢 橈尺骨 0.390 手根骨 0.512 中手骨 0.380
C右前肢 橈尺骨 0.397 手根骨 0.473 中手骨 0.400
D左前肢 橈尺骨 0.282 手根骨 0.247 中手骨 0.198
D右前肢 橈尺骨 0.227 手根骨 0.222 中手骨 0.202
D左後肢 脛骨 0.347 足根骨 0.227 中足骨 0.198
D右後肢 脛骨 0.376 足根骨 0.224 中足骨 0.202
E左前肢 橈尺骨 0.265 手根骨 0.210 中手骨 0.206
E右前肢 橈尺骨 0.268 手根骨 0.228 中手骨 0.199
E左後肢 脛骨 0.324 足根骨 0.242 中足骨 0.221
E右後肢 脛骨 0.288 足根骨 0.238 中足骨 0.214
F左前肢 橈尺骨 0.229 手根骨 0.204 中手骨 0.191
F右前肢 橈尺骨 0.214 手根骨 0.196 中手骨 0.184
F左後肢 脛骨 0.327 足根骨 0.215 中足骨 0.222
F右後肢 脛骨 0.370 足根骨 0.210 中足骨 0.226
たどり、女性では更年期を境に著しく減少する。骨 密度が1%減少しただけで、骨折率は数倍に跳ね上 がることが知られている。体重、筋肉量及び運動量 との相関が認められるなど、人においては骨密度に ついて様々な研究が報告されている9)。一方、前述 の様に獣医領域では臨床的な報告はほとんどなく、
一般的な獣医師は骨密度についての知見は乏しいと 思われる。
本 研 究 に 用 い た ダ イ ク ロ マ ス キ ャ ンDCS- 600EXV(株式会社日立製作所、東京都)(図1)
は、dual energy X-ray absorptiometry(DEXA)
法による骨密度測定装置である。DEXA法とは、
2種の異なるエックス線を照射し、骨と軟部組織の 吸収率の差で骨密度を測定する方法であり、短時間 での測定が可能である。それにより、被検者の体の 負担の軽減、被爆の低減、精度に影響を与える体動 図5 オス 前肢 骨密度変化率
図6 オス 後肢 骨密度変化率
図7 メス 前肢 骨密度変化率
を軽減することができる。この測定装置は人の骨粗 鬆症の診断に一般的に用いられており、15秒で測 定可能なため、鎮静、麻酔処置をせずに撮影が可能 であることも本研究での選定理由のひとつである。
しかし、形状的に犬の四肢測定にはポジショニング に無理が生じ、データが不正確になってしまったこ とは否定できない。本研究においては撮影を複数回 試みて、鮮明な画像が得られたデータを採用した が、精度は決して高くはないと考察する。図2に示 すように、前肢においては橈骨尺骨遠位、後肢にお いては脛骨腓骨遠位までが測定範囲の限界となり、
小型犬種ではねじれが生じて正確なデータの採取が 不可能であった。本研究は家庭犬を供試犬としたた めに無麻酔で行ったが、今後は全身麻酔下での骨密 度の測定および評価を実施すべきと考える。
筆者らは先行研究において、骨形成マーカーと骨 吸収マーカーを指標に5~8ヶ月齢で去勢したイヌ の骨代謝におよぼす影響を検討し、若齢期の去勢は 手術直後では骨形成よりも骨吸収により強く影響を 及ぼすことを報告した3)。福田らは平均年齢2歳の オスのビーグルを用いて、去勢手術後の血中のカル シウム、リン、テストステロン、上皮小体ホルモ ン、カルシトニン、オステオカルシン、骨型アルカ リファスターゼ濃度、骨量等を経時的に測定した。
その結果、骨代謝マーカーの値は骨吸収が有意に骨 形成を上回り、骨量は有意に低下したことを報告し ている4)。これらの研究結果は、去勢手術によって 骨密度が低下することを示唆している。
本研究は当初、犬の不妊手術が骨密度におよぼす 影響を検討することを目的として実施されたが、評 価するに相応しい測定値を得ることができなかっ た。参考としての評価となるが、本研究に用いられ た全ての供試犬で、不妊手術後1~2ヶ月後に骨密
度の低下傾向が認められた。この結果は、前述の先 行研究と一致している。その後9症例では術後9ヶ 月までに術前と同等またはそれ以上に、骨密度は増 加傾向を示した。骨密度の増加は成長や栄養、運動 量などの要因も考えられるが、人では性ホルモン分 泌の減少に伴い骨密度が減少する事実に反する。し かし、獣医領域においては、犬猫の骨粗鬆症が臨床 的に問題になっていない事実とは一致している。
本研究において、犬の四肢の骨密度を麻酔するこ となく短時間に測定できる骨密度測定装置は、骨代 謝状態を客観的および非観血的に把握するのに有効 な手段であり、今後装置を改良することで精度が向 上すれば、不妊手術、高齢、疾病、犬種による骨折 リスクなどの研究に、有効な手段となり得る可能性 が示唆された。
骨密度は獣医領域においては、議論されることは 決して多くはない。しかし、犬猫の寿命がさらに延 びることが予想されている現状では、骨密度につい ての研究やデータの蓄積は犬猫の健康寿命の延伸に は必須であり、今後も継続すべき研究課題であると 考える。
参考文献
1)細井孝之:骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2011年版,
日老医誌
,50:125-129,2013 2)細井孝之:骨粗鬆症と介護予防,日老医誌
,45:385-387,2008
3)T. KOBAYASHI, H. KOIE, A. WATANABE, A. INO, K. WATABE, M. KIM, K. KANA YAMA and K. OTSUJI: Effects of food enriched with egg yolk hydrolysate (bone peptide) on bone metabolism in orchidectomized dogs. J. Vet. Med. Sci. 77(4):503-506, 2015 図8 メス 後肢 骨密度変化率
能亢進症の猫の1例,J Anim Clin Med. 22 htm