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睡虎地秦簡《語書》釈文注解(下Ⅴ)

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(1)

睡虎地秦簡く語書V釈文注解

一下V一

高 橋  庸郎

十︑●悪吏不明渥律令︑不智︵知︶事︑不廉繁︵潔一︑母以佐上︑

絢一楡︶随一惰︶疾事︑易口舌︑不差辱︑軽悪一言而易病人︑母公端

之心︑而有冒抵一抵︶之治︑是以善斥︵訴︶事︑喜争書︒

 ●悪吏は糧律令に明かならず︑事を知らず︑廉潔ならず︑以って

      2      3      4       5上を佐けず︑楡惰にして事に疾し︑口舌を易え︑辱を差じず︑輕ん

       一〇       7       ooじて悪言し人を病し易く︑公端の心なく︑冒抵の治有り︑是れを以っ     釧て善く事を訴え︑書を争うを喜ぶ︒

ω 文頭にあるこの黒丸は︑全面黒ではなく左寄りの中心部に少し

白い部分が残っている︒恐らくこれは書き損じによるものであろう︒

この部分は文の切れ目ではあるが︑これ程の黒点を置かねばならな

いほどの段落とは考えられない︒また特にこの語書の前半部分には

文の切れ目にレ状の頓点がいくつか見られ︑それ等はここに見える

黒丸とは形も位置も異っている︒

仰 智は﹃説文﹄で白部に翫でとり︑﹁識詞也︑以白︑以一万︑以知︑ 焔古文翫L︵詞を識るなり︑白に瓜い︑弓に瓜い︑知に瓜う︑焔は古文の酌なり︶とある︒知は﹃説文﹄で︑﹁詞也︑瓜口︑炊矢﹂︵詞なり︑口に瓜い︑矢に瓜う︶とある︒この両者の説解に共通するのは詞であるが︑一﹂■の詞について﹃説文﹄は︑﹁意内面言外也︑瓜司︑     おも瓜言﹂︵内に意いて︑外に言うなり︑司に瓜い︑言に瓜う︶とある︒段玉裁は︑﹁有是意於内因有是言於外︑謂之詞﹂︵是の意を有しめ︑因りて是の言有らしむるは︑これを詞と謂う︶と注し︑更に︑﹁司       つかき者主也︑意主於内而言鐙於外故瓜司﹂︵司は主どるなり︑意は内に於て主どり︑言は外に於て鐙せらる︒故に司に瓜う︶と注している︒後半の解説に見える司は︑主どるの意を持たせたものではなく︑単なる音符と見た方が穏当であろう︒つまり詠とは﹁ことば﹂の意である︒そうすると︑紅とは︑﹁ことばそのもの﹂を表わす名詞であり︑智は﹁ことばをしる﹂という動詞ということになる︒しかし実際には﹃論語﹄の﹁温古知新﹂︵古きを温ね新しきを知る︶の知は動詞で︑決して一弍口集の意味ではない︒また同じく﹃論語薙也﹄の﹁智者楽水︑

仁者楽山︑智者動︑仁者静︑智者楽︑仁者寿﹂一智者は水を楽しみ︑

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(2)

い︒即ち﹃説文﹄の説解は︑両者とも乱に係わりがあるという点で

は当を得ているようではあるが︑その説解の仕方は些か納得のいか

証ta9.h㍉畠tσ.旧.句

宴右e^崖臼︐t k911^a

証t 証臼一t

−1一^tゾーa鉦t射t11一傍鉦t

g色はg色h一gθ行一gθ〜h︒da右一gθ亘d9一皿^g9山なdさ亘

訓山なPgH︒ga行︒

訓〜h︒

u帝 帯■⁝ ムロ︑〜 ヒ日月        二 こうして見ると︑直︑滞︑治︑執などはd音で少し異るのであるが︑支︑之︑止︑置︑志︑織などは明かに同音である︒これ等の字義に共通するものを総合してみると︑﹁まっすぐに立って︑つき出てくるもの﹂というような意味であろうか︒即ち膏①q︑ざαqなどの音は︑その音自身がこうした︑直立︑突出︑などの意味を持っているということである︒志は︑心からまっすぐに出てくる意志を表わし︑またそれが心に定着しているところから文字として書き表わすということも意味するようになったのであろう︒そうすると︑虻や智の音である︑膏σqは頭脳の中からまっすぐに突出して来たもの︑或いは突出して来て定着したもの︑或いはそうした事を指すのであろう︒そうすると知も智も結局は完全に借音表意の字であるということになる︒﹃説文﹄のゾ部にある疾の古文は︑締となっている︒これは智の古文と酷似している︒疾は︑カールグレンの中古音では守︒官上古音では︑守.這また周高法ではそれぞれ旦g 旨旨であるが﹃広韻﹄では更の韻目に属しており︑賢は前掲の表に見る如く膏〜で韻尾は異るものの韻頭声母は全く同じである︒恐らく上古音としての知︑智︑疾は同音であったが故に疾字の古文として誤って智字の古文が入って来たのであろう︒これは知︑智が︑假借の字であることを証明するものである︒﹃説文﹄は︑智字の下部の圧を白とし︑白は﹃説文﹄に︑﹁此亦自字也︑省自者︑詞言之㌣瓜鼻出︑與口相助︑﹂一此の字は亦た自の字なり︒自を省した者なり︒詞言の汽は鼻より出で︑口と相い助く︶とある︑まだ段玉裁も︑﹁詞者意内而一言外也︑言瓜口出而気炊鼻出︑與口相助︑故其字上瓜自省︑下

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(3)

瓜口而讃同白L︵詞は内に意いて外に言うなり︑言は口から出して︑

汽は鼻から出ず︒口と相い助く︑故に其の字は上は自の省に杁い︑

下は口に瓜いて︑讃むこと自に同じ︶と述べているが︑この場合の

白字は︑やはり日字と関係があろう︒音は些か異るが︑日字の詑形

であろう︒よって智字の箔文に於ける白字も本来は日であろう︒そ

の字素として見える矢は︑誓約儀礼に用いられるものであろう︒又

もう一つの字素として見える干字も︑雫などの存在からも解るよう

に雨請いの踊りをおどる巫の姿を象ったものである︒つまり智字は︑

もともと神前において巫が誓いを立て︑舞いを踊ることに対して神

から与えられた情報が智ということになろう︒知はその省文と考え

てよいであろう︒故に智字の成立は知字の成立より早期であったに

違いなく︑それがこうした文書にも表われているといえる︒

ω 繍は﹃説文﹄に︑.﹁繍賞︑布也︑炊糸︑箭聲﹂一繍貴なり︑布な

り︑糸に炊ひ︑前聲︶とある︒締賞は紛此巾とも︑また繍此とも書か

れるもので︑漢史遊の﹃急就篇﹄に︑﹁服墳総此巾典絹連﹂︵服墳︑絢︑

此巾は絹と運なる︶とあり︑その顔師古の注に︑﹁締此巾︑綿布之尤精

者也﹂一繍此巾は暢布の尤精なる者なり︶とある︒紛は﹃説文﹄に︑

﹁細布也︑杁糸︑易聲﹂︵細布なり︑糸に炊ひ︑易聲︶とあるから︑

細く織られた布である︒これがつまり繍帯と同じものであり︑また

絢賞でもある︒絢について徐銭は︑﹁度侯切﹂としているから音はトウ

である︒倫は﹃説文﹄には無い︒﹃老子︑四十一﹄に︑﹁健徳若楡︑

        おこた      かわ質真若楡﹂︵健徳は楡れるが若く︑質真は癒るが若し︶とある︒今︑

この楡については多くの説があり︑輸︑輸︑楡︑揺などである︒馬 綾倫は︑﹁今案建當讃爲健︑剛健與輸惰騰﹂一今︑案ずるに︑建は當に健と讃むべし︑剛健は楡惰と磨ず︶としている︒この﹃語書﹄の後文には︑﹁隔一惰一﹂がすぐ応じているから︑紛の音を借りてやはり輸か楡を表わしていると考えるのが穏当であろう︒降は﹃説文﹄は肉部でとっており︑﹁裂肉也︑瓜肉︑杁降省﹂一裂けたる肉なり︑肉に瓜ひ︑晦の省に瓜う︶とある︒除銭は﹁徒果切﹂としているから︑音はタである︒この﹃説文﹄の説解について段玉裁は︑﹁裂肉謂戸所祭之鯵也﹂︵裂肉とは戸の祭る所の鯵れるを謂うなり︶と注している︒﹃説文﹄の言う晦というのは︑同じく﹃説文﹄に︑﹁敗城皇日晦﹂一敗れたる城の島を隆と日う︶としている︒しかしここでは︑城塙も裂肉も関係はなさそうである︒そこで前に掲げた﹃老子﹄についての馬綾倫の説のように︑この階を惰ととれば意味は巧く通づることになろう︒﹃玉篇﹄には︑﹁隔︑解也﹂とあり︑また清の朱駿聲の﹃説文通訓定聲﹄には︑﹁陥︑段借為惰﹂︵階一は︑段りに借りて惰と爲す︶とある︒たま本書とともに出土した﹃睡虎地秦墓竹簡・為吏之道﹄にも︑吏有五失−⁝・四日善言陪︵惰︶行﹂一吏に五失有り︑       おこ⁝⁝四に日く︑善く言いて行を惰たる︶の例がある︒㈹ 疾事の疾は︑﹃説文﹄に︑﹁病也︑状ダ︑矢聲﹂︵病なり︑ゾに瓜い︑矢聲︶とある︒甲骨文では︑疾は人の腋に矢が当っている象形である︒康股はこれに対して︑﹁用以表示外傷如軽病﹂一これで外傷で軽い病であるようなものを示している︶とし︑更に︑﹁矢射人最快速︑因用以表示疾速︑晩周改作疾﹂︵矢は人に射られる時︑最

も速い︑だからそれによってスピードがあるということを表わすの

       三

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(4)

音の銭徐

切蜀而切谷徒切六女

法音高古周上

kudku・ln・

法音高古周中

kW1㌍nkWedkW.旧n

ku︐d

ku︐d

      四ある︶と言っている︒因みに褥は︑ドウと読んで︑クワ︑クサギルの意である︒しかしそれでも︑この楊樹達の説明だけでは︑辱が何故恥に通じるのかは理解できない︒この点を白川静﹃字統﹄は︑       止﹂く   じく﹁これを恥辱・汚辱の意に用いるのは︑おそらく顯・岨などの仮借であろう﹂と言っている︒﹃漢字古今音彙﹄の復原音を参考に掲げておくと次のようである︒仮借の音としてお互いに通じているかど       うかを見極めるのは些か困難である︒しか       し辱が本来農事に関する字であり︑恥に通       ずるのは仮借によるものであるという点は       疑いのない所である︒       ㈹ 病人の病は﹃説文﹄に︑﹁疾加也︑杁ダ︑       丙聲﹂一病い加わるなり︑ゾに瓜い︑丙聲︶      とある︒前の智と疾の説解からわかること       は︑疾は軽い病い︑病は重い病いを表わす      ということである︒﹃論語・子雫﹄に︑﹁子      やまいへい      疾病︑子路使門人為臣﹂︵子の疾病なり︒      子路門人をして臣たらしむ︶とあり︑何曇       の集解に︑﹁包日︑疾甚日病﹂︵包日く︑疾       の甚しきを病と日う︶とある︒また脊には      害︑損害の意味もあり︑﹃戦国策︑東周策﹄

      に︑﹁君若欲害之︑不若一爲下水︑以病其

所種﹂一君若し之を害さんと欲さば︑一たび水を下すことを爲すに

若かず︑以って其の種えし所を病す︶とあり︑これは重病の病いの

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(5)

意味ではない︒

ω 公端の端は︑上文に已に見える︑﹁矯端民心﹂の琳と同じで︑

秦王改の名を講んで正の代りに端を用いたのである︒

㈱ 冒抵の庄は﹃説文﹄に︑﹁家而前也︑瓜月目﹂一家して榊むなり︑

月と目に瓜う︶とある︒家は同じく﹃説文﹄に︑﹁覆也︑瓜日家﹂

 おお ︵覆ふなり︑日と家に瓜う︶とある︒更に月について﹃説文﹄は︑

﹁小見及蟹夷頭衣也﹂︵小児及び蟹夷の頭衣なり一とある︒これに

段玉裁は注して︑﹁謂此二種人之頭衣也︑小見未冠︑夷秋未能言冠︑

故不冠而月﹂一此の二種の人の頭衣を謂うなり︒小見にして未だ冠

せざるもの︑夷秋にして未だ能くせざるものは︑冠を言いても冠せ

ずして月す︶という︒家は家字の上に頭衣を冠しているから覆の意

である︒故に冒は︑頭を頭衣でつつんで前むのである・掻は﹃説文﹄

に︑﹁濟也︑瓜手︑氏聲﹂︵擦なり︑手に瓜・い︑氏聲︶とある︒梼を

同じく﹃説文﹄で見ると︑﹁排也︑瓜手︑齊聲﹂︵排なり︑手に炊い︑

齊聲︶とあり︑今度は排を﹃説文﹄で引くと︑﹁濟也︑瓜手︑非聲﹂

︵擦なり︑手に瓜い︑非聲︶とあって︑濟字と排字とは互訓となっ

ている︒濟は﹃広雅﹄に︑﹁祷︑推也﹂︵擦は推すなり︶とあり︑

﹃正字通﹄にも︑﹁擦︑推之使墜也﹂︵濟は之を推して墜しめるなり︶

とある︒また﹃史記・項羽本紀﹄に︑﹁漢軍舖︑爲楚所擦﹂︵漢の軍

釧ぞき︑楚に済さるる所と爲る︶とあり︑その斐駆の集解に︑﹁墳日︑

排椿也﹂︵墳日く︑排濟するなり︶とある︒また排は︑﹃廣雅﹄に︑

﹁排︑推也﹂一排は推すなり︶とあり︑また﹃檀記・少儀﹄に︑﹁排

閨説︹脱︺履於戸内者︑一人而已実﹂︵閨を排して戸内より脱履す る者︑一人のみ︶とあり︑その孔穎達の疏には︑﹁閨謂門扇︑謂排推門扇脱履於戸内者一人而己ム矢﹂︵閨は門扇を謂うなり︒門扇を排推して︑戸内より脱履する者一人のみを謂う︶とある︒つまり︑抵は推しておとしめるの意である︒前の注に掲げた庄は︑﹃国語・晋語﹄      おかに︑﹁有冒上而無忠下﹂︵上を冒すもの有るも︑下に忠なるもの無し︶とあり︑その章昭の注には︑﹁冒︑抵鯛也﹂︵冒は抵鰯するなり︶とある︒ここに言う冒抵とはともにおかしおとしめるの意と考えてよい︒側 訴は﹃説文﹄に︑﹁告也︑必言︑序省聲︑論語日︑訴子路於季孫︑訴或坐言朔︑訴或瓜朔心﹂一告ぐなり︑言に瓜う︑斥の省聲︑論語に日く︑子路を季孫に訴うと︑訴は或いは言と朔に瓜う︒訴は或いは朔と心に炊う︶とある︒後半に言う﹁或払言朔︑或状朔心﹂というのは﹃説文﹄に掲げられた或体字の中にそれがあるからである︒その場合︑斤の中の干或いは下が朔字の左字と見られているである︒これについて段玉裁は︑﹁凡從廠之字︑隷愛為斥︑俗又為斥﹂一凡そ庸に従う字は︑隷では饗じて斥と為り︑俗では又斥と為る︶と述べている︒萌は﹃説文﹄に︑﹁不順也︑瓜干︑下中酋之也﹂一順わざることなり︑下の中は之に填するなり︶とあって︑逆︑つまりさからう︑むかえるの意である︒そうすると訴は︑下から上に言上すること︑或いは言葉で向えうつこと︑言い争うことの意であろう︒ 悪吏は︑

わからず︑ 法律令をあまりよくは理解していないし︑物事の善悪も

また清廉潔白でもない︒また上司を補佐するということ

      五

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(6)

である︒また口先でいいかげんなことを言って恥をはじとも思わな

い︒軽がるしく人を悪しざまに罵しって侮辱し︑公明正大な心を持っ

ていない︒また上を冒し行政を撹乱させるのである︒更に人とよく

因善︵倖︶腹目掘棺︵腕︶

書を争いては︑善一倖一 以視︵示︶

 2      3     4に因りて︑瞑目掘腕し︑ 力︒

以って力を示す︒       六うが︑志字自身の中に︑当初より牛の意味があったはずである︒

﹃孫子・軍争﹄に︑﹁倖北勿從﹂︵倖北には従うこと勿かれ一とあり︑

これは敗北をよそおった敵を追って行ってはいけないということで

ある︒つまり倖はいつわりである︒      つω 因は﹃説文﹄に︑﹁就也︑瓜口大﹂︵就くなり︑口︑大に瓜う︶

とある︒段玉裁は︑﹁就下日就高也︑爲高必因丘陵︑爲大必就基阯︑

故因從口大︑就其厘域而接充之也﹂︵就の下に日く︑就高なりと︑

高きを爲すには必ず丘陵に因り︑大を爲すには必ず基阯に就く︑故

に因は口と大に瓜う︒其の唾域に就いて︑之を接充するなり︶と注

している︒康股は︑﹁象人仰臥在褥上之状︑概即﹃詩・秦風﹄﹁文薗       ﹂とね暢殻L的菌本字︑後又作梱︑靹︑綱︵人が褥の上に仰けでねてい      こL吐百る形︑おおむね詩経の秦風︑﹁文様のしきかわに︑長い殻﹂という

時の菌の本字である︑後に梱︑靹︑綱などと書かれるようになった︶

といっておりこの説は興味が持たれる︒敷物の上に人間が寝ている

所から﹁就く﹂の意が生れたというのも理解出来る︒そうすると音

的に︑引︑印︑陰などとの関連が想像される︒

㈹ 腹は﹃説文﹄に︑﹁張目也︑瓜目眞聲︑賊︑秘書腹瓜戌﹂︵目を

張るなり︑目に瓜い眞聲︑賊は秘書の腹︑戌に瓜う一とある︒﹃荘子・

秋水﹄に︑﹁鴫鵬夜撮蚤︑察毫末︑書出︑腹目而不見丘山﹂一鴎鵬は

   L﹂       上夜蚤を撮り︑毫末を察するも︑昼に出づれば︑目を腹るとも丘山を

見ず︶とあり︑腹目は︑目を大きく見張ることであろう︒

⁝ 掘描︵腕︶の掘は﹃説文﹄には掃でとってあり︑﹁把也︑杁手︑

百開聲︑拐︑掲或瓜尼﹂一把なり︑手に瓜い︑商聲︑拐︑掲或いは膚

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(7)

に瓜う︶という︒段玉裁は注して︑.﹁今隷愛作掘︑猶輻隷愛作輌也︒

許云尼者掲之或字︑而鄭注﹃穫﹄云掘︑据也者︑漢時少用掲︑多用

掘︑故以今字輝古字﹂︵今隷は愛じて掘に作る︒猶お蛎の隷は愛じ

て輌に作るごときなり︒許云う尾は︑掲の或字なり︒而るに鄭が﹃確﹄

に注して︑﹁掲は掘なり﹂と云うは︑漢時掘を用いること少く︑多

く掘を用いる︒故に今字を以って古字を稗すなり︶と述べている︒

描は﹃説文﹄に︑﹁稻棺也︑瓜手︑官聲︑一日援也﹂︵摺棺なり︑手

に瓜い︑官聲︑一に日く援なり︶とある︒これに段玉裁は注して︑

﹁推乃複撃字︑誤移稻下耳︑義理典挟略同︑今人勉字當作此︑大徐

附刎於刀部非也﹂一棺は乃ち複畢の字なり︑誤りて稻の下へ移すのみ︒

義理は挟と略ぼ同じ︑今人刎字を當に此に作るべし︑大徐が刷吃刀

部に附するは非なり︶という︒即ち下の棺の字は桁字であるとする︒

また段注には︑棺の音を︑﹁鳥括切﹂としているから音は︑ワンで

ある︒つまり脊は刎と同じ音である︒﹃戦国策・燕策三﹄に︑﹁焚於

期偏祖掘腕而進日︑此臣日夜切歯柑心也︑乃今得聞教﹂︵焚於期偏

祖掘腕して進みて日く︑此に臣︑日夜切歯柑心するや︑乃ち今教を

聞くを得︶とある︒この場は掘腕であるが︑﹃語書﹄の﹁掘■棺﹂も︑ 音としてはあろう︒ ﹁掘刎﹂と同じであり︑つまり﹁掘腕﹂と考えられるで

 事務処理に於ても物議をかもし出しては︑うそいつわりをほしい

ままにし︑相手をにらみつけたり︑腕をつかんだりして暴力的な強

さをみせつけて︑相手を屈服させるのである︒

;呈ぺ下り−蟹.ダ→不9ユ不戸賓弘

ハ恨ム蠣ε行ユ少日㌻τ五弓F廻6

n少炉ト呉分幼μ尺而か...序祉工

εい︑・暮序ユ讐︑︑9・︑o這︶8

灰  ︑︑巾^−閉一

一一九九三年十二月十七日受理︶

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