• 検索結果がありません。

挿絵にみる 『ペロー童話集』 読みの変遷

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "挿絵にみる 『ペロー童話集』 読みの変遷"

Copied!
12
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

挿絵にみる 『ペロー童話集』 読みの変遷

著者 新倉 朗子

雑誌名 東京家政大学研究紀要 1 人文社会科学

35

ページ 35‑45

発行年 1995

出版者 東京家政大学

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00008900/

(2)

挿絵にみる『ペロー童話集」読みの変遷

新倉 朗 子

(平成6年9月30日受理)

Lecture plurielle des Contes de Perrault a travers les images

   Akiko NIIKURA

((Regu Ie 30 september 1994))

 最近のペロー研究には,17世紀フランス文学研究の立 場はもとより,民俗学,社会史学,児童文学等からの寄 与が後を絶たずに続いているが,なかでも注目したいの は図像をてがかりとしたテクスト解釈の研究である.す でにこの分野では,ドゥニーズ・エスカルピの,約800 点の資料を縦横に駆使し,マイクロフィッシュの付録を っけた全二巻の浩潮な研究,『ある物語の歴史一フラン スとイギリスにおける長靴をはいた猫』 を皮切りに,

「青ひげ」や「親指小僧」など個別の話を対象としたも の,『童話集』全体に言及するもの,イマジュリーと呼 ばれる民衆向けの版画とペローのテクストとの関係を論 じたもの,さらに絵画,彫刻の純粋芸術における表象や,

演劇,オペラ,オペレッタ等への波及まで,実に広い範 囲に及ぶ研究が発表されている.『ペロー童話集』の初 版からちょうど300年たった今,テクストの読みの変遷 をたどるといっても,その間に出版された各種の版は数 しれず,そのすべてにあたることは望むべくもない.し かし,先行の研究における批判的書誌によれば,すべて にあたる必要のないことは明白で,それならば限られた 資料をもとにどれだけの推量が可能か,一応の整理をし てみたいというのが本論の試みである.

口絵の語るもの

 口絵(frontispice)とは,単に「書物の初めに入れ る絵」,「書籍・雑誌などの巻頭に入れる絵」2)という国 語辞典の語義から受ける印象とは異なり,本来その書物 の内容と深く結びっいた性質を帯びている.建築学上で,

「[大建造物の]主要正面」を意味して用いられたfron−

tispiceは,印刷用語としては,「[本の前扉に書かれた]

表題;[表題を飾る]口絵」の謂である.3)さらに17世 紀末の辞書には,「建物の正面に相当する,絵の中に表 題の刻まれた(本の)第1頁」4)とあり,ルイ・マラン はこの定義が19世紀末になると,「本の表題に向き合っ て配された挿絵で,その主題は作品の目指すところとそ の真意に類似している」のと変化している点に注目し論 をすすめている.6)

教養部 文学研究室

初版本の口絵

 『ペロー童話集』には1697年の初版本に先立ち,その ひな型ともいえる絵入りの手稿本が存在している.?)こ の版は,散文による物語8話のうち5話(眠れる森の美 女,赤ずきん,青ひげ,長靴をはいた猫,仙女たち)が 収められ,ルイ14世の姪エリザベット・シャルロット・

ドルレアンに捧げられたモロッコ革装本の豪華版であり,

口絵(図1)のほかに献辞の頁と各話の表題飾りの挿絵 が入っている.挿絵はセピア色のインクで描かれ,いま なお鮮明に明るい色をとどめるグアッシュで彩色されて いる.マルク・ソリアノはこれらの挿絵をシャルル・ペ ロー自身のデッサンによるとしているのが,その真偽 はともかくとして,絵入り本がまだ珍しかった17世紀末 において,その構想にペローがかかわったらしいことは 大かたの評者が認めるところである,

 『がちょうおばさんの話』と題し,ペローの息子の頭 文字P.P.と署名のある献辞入りのこの本で,口絵は表 題頁のっぎに別丁図版としてのっている.画面は室内で,

暖炉の火を背にした三人の聞き手に乳母らしい質素な身 なりの女が床几に座って糸を紡ぎながら語っている.背 後の扉には表題と同じ,口頭伝承の昔話を意味する「が ちょうおばさんの話」と記した石板が釘でとめてある.

(3)

マントルピースの上のロウソクのあかりが暖炉の火とと もに人物に陰影をあたえ,夜の時間であることを示して いる.昔話が語り継がれてきた伝統的な炉端の夜なべを おもわせる情景である,この本に収められた話がその素 材を直接伝承の語りに得ていることを示すものである.

しかし,この場面は鄙びた炉端ではなく,ペローの子供 たちと推測される三人の聞き手はいずれも優雅な貴族的 な服装で,奥にみえる若い娘は流行のフォンタンジュと いう高い髪形に結い,大きく襟のあいたドレスを着て両 手をマフに入れている.手前にすこし離れて椅子にかけ ている青年は,おそらく献辞の署名の本人で,当時17歳 になる三男のピエールであろうというのが通説で,語り を記憶にとどめる伝承の記録者としての存在を表してい るようである.背後の扉の,まるで看板のような表題を 記した石板は,たしかにルイ・マランの指摘するように,

語りを中心とする閉ざされた室内の親密な雰囲気を破る 異質なものにみえる.9)しかしこれは作者が自分の名前 を出さず,あくまでも古来から伝承された物語を伝える 立場であることを示す仕掛けの一っで,その内容ははじ めて文字に記して世に問うものであり,従来の伝承の場 とは異なる階層の人々にも文芸として受けとめられるの であることを示す,外へ向けられたメッセージなのであ ろう.シャルティエによれば,「イマージュ(絵)とは しばしば読みの提案もしくは作法であり,テクストの正 しい理解と正当な意味を示唆する」ものである.10)この 口絵にはペローが読者に示した「読みのシナリオ」が表 現されているという指摘もあり11),書かれたテクスト を黙読するのではなく,声にだして読む,あるいは暖か い火のそばで語り聞かせてこそ本来のあるべき姿に沿っ た受容の仕方であると伝えているように思われる.

 散文による物語8話を収め,『過ぎし昔の物語ならび に教訓』と題した1697年の初版本は,表題頁に向き合っ た見開きの反対側に口絵(図2)があり,扉の看板の文 字は新たに書きかえられた表題とは一致しないがそのま ま受け継がれている.この版でも表題頁に作者の名前は なく(意識的に消されてというべきか),献辞に手稿本 のと同じく三男のピエール・ダルマンクールの署名があ るのみで,作者をめぐる論議の原因となった.口絵と表 題をみるかぎり,がちょうおばさんが語り手であるかの 印象を与えるためか,後の英訳本にみるようにマザー・

グースの名を表題頁の中央に記し,ペローを英語版の訳 者と並べて記した例が現れる結果ともなった.12)口絵は

1695年版の図1とほとんど同じ構図で,銅版に刻んだ版 画のため人物の表情が直線的で固くなっている.署名の

クルズィエは彫り師であろうとされている.

18世紀の口絵

 1700年代には,アムステルダムやハーグ等,オランダ で何種かの海賊版が出版されたが,初版の口絵(図2)

を左右逆にひっくりかえして移しているのが特徴である.

繰り返しコピーして使われたこの絵が新しくなるのは,

1742年にハーグで出版された,クストゥリエの版(図3)

からである.初版の構図をそのまま踏襲しているが,室 内の装置が簡素化したことと語り手および聞き手の人物 像がギリシャ・ローマの古代風の衣装をまとっていると いう変化がみられる.〈古代人・近代人論争〉の近代派 を代表する論客ペローの作品が,半世紀をたたずして古 典主義の作品に位置づけられたということだろうか室 内の内側性を強調していた覗き穴を連想させる鍵穴のっ いた扉が消え,それとともに読者のほうに向けられた,

いわば鏡のこちら側にいる読者と,室内の濃密な語りの 空間をへだてる二っの黒い穴のような目(ルイ・マラン)

13) もっ猫も消えている.さらに正面の椅子にかけた 記録者を表す聞き手も姿を消している.見開き反対側の 表題頁には作者としてペロー氏と記されており,総じて この口絵では,暗示力に富む,多様な解釈を提示してい た初版の絵におけるペローの意図がかなり失われ,平板 なわかりやすい表象になったといえよう.この絵は1781 年の版にも彫りなおして使われたほか,18世紀をっうじ て他社の版にも登場し,1857年頃まで受け継がれている.

19世紀における変化

 1808年の版は最初の子供むけの版とされるデュプラ・

デュヴェルジェ社の刊行によるもので,口絵(図4)は 民衆むけの絵入り行商本やエピナールの廉価本など,19 世紀後半までさまざまな版本に用いられていて眼にする ことが多い.語りの場は屋外に移り,草の上の椅子に座っ ているのは老婆ではなく,若い乳母か家庭教師で,糸巻 き棒を手にしているのは伝統の語り手の役割を担わせて いるからであろう. 7人の子供という聞き手の人数と昼 間の屋外という場面から,昔話の語りの場が教育と遊び のまじりあった場へ移ったことを示している.年下の子 供が語り手の膝に手をおいて聞いている構図は,図1,

図2から引き継がれている.

(4)

 さらに大きな変化は1815年版(図5)にみられる.こ れも表題頁の中央に挿入された口絵で,伝統の語り手の 象徴であった糸巻き棒が本にとってかわり,眼鏡をかけ た家庭教師が机の横に座って,年齢の異なる男の子二人 と人形を抱えた女の子に読みきかせる場面となっている.

暖炉(炉端)の前の夜の集いが,昼間の子供部屋(また は居間)に移動し,それとともに口頭伝承の語りを示す 表象は消え,本に印刷された物語を読み聞かせるという 別の伝承へと変化したことを表している.ユ4)

 1851年版の表題頁の絵(図6)は童話集の受容がさら に大きく変化したことを示すものである.これは語り手 にしろ読み手にしろ大人が介在しない,子供自身が直接 の読み手になっている最初の絵である.ペローの本が子 供の本の領域に入るのは,ロマン派による子供の再発見 以後とされるが,この背景には,1833年の初等教育に関 するギゾー法が口火を切った識字率の向上と,それに伴 う出版物の増加が挙げられよう.

 っぎにあげるのは有名なギュスターヴ・ドレによる口 絵(図7)で,1862年にエッッェル社から出版された.

子供部屋の室内風景を表す絵で,壁には親指小僧が寝て いる人食い鬼の長靴を脱がせようとひっぱている場面の 絵が立派な額装で飾られており,挿絵が鑑賞に耐える芸 術作品として格上げされたことを示している.伝統的な 語り手の役割を果たすおばあさんは,安楽椅子にゆった りと腰をおろし,膝に赤ん坊を抱き,豪華版の本を広げ 眼鏡をかけているが,眼は本を読んでいなくて正面を向 いており,読者にも語りかけているようである.まわり の子供たちはおもちゃの犬を連れ,ピエロの人形を抱え,

おもいおもいの姿勢でときには挿絵に見入りながら,お 話にひきこまれた眼差しで聞き入っている.そして床に は「伝統的に口絵の画像と結びっいた挿絵の手法のメタ ファー」15)である劇場(おもちゃ)が描かれている.そ して背後には羽を広げた守護天使のように,若い母親が 両手を広げて子供たちを見守っている.ジュール・ヴェ ルヌの連作,『驚くべき冒険旅行』を世に送り,「教育と 娯楽の雑誌」を創設した出版人エッッエルによる,ドレ の絵をふんだんに入れた豪華版の刊行はいまや『ペロー 童話集』が子供部屋になくてはならない児童文学の古典

として受け入れられたことを物語っている.

 初版本の表題,『過ぎし昔の物語ならびに教訓』は,

序文や書誌を伴う学術的な版以外にはみられなくなり,

『ペローのお話(コント)』や『妖精物語』と言った短い

題が好まれて用いられていく.19世紀をとおして84年間 に49種の版本を出版した16)ラングルメ家を始祖とする 出版社の系列があるが,なかでもテオドル・ルフェーヴ ル社は50年間に26種を出し重要な地位を占めている.っ ぎに挙げるのは,1865年頃に同社が刊行した,『妖精物 語』と題する48頁ほどの薄い本で,15枚の別丁図版を含 む,絵を重視した,テクストはしばしば短く縮められて いる版本の表紙絵である.(図8)背中に蝶の羽をはや

した若く美しい妖精が魔法の杖を手に,裸の赤ん坊を抱 いて本を読んでいる.妖精は星空のもと,ハスの池の上 に浮かんでいる.この図像からは,もはやペローのいか なる話との連関も浮かばない.ヴィクトリア朝の妖精画 の影響が流行として感じとれるものの,妖精物語という ジャンルのなかにペローの作品も組み込まれてしまった ことになる.

 今回はテクストと享受者のあいだに介在する語り手な いしは読み手という視点から約二百年間の流れを追って みたので,贅沢なキュルメール版IT)に代表される,作 中人物を中心に描いた口絵には触れなかった.しかし口 絵は本来書物の内容を巻頭において知らせる役割をもっ ものであるし,セゴレーヌ・ル・マンのように初版本の 口絵に「青ひげ」の鍵,「眠れる森の美女」の糸っむぎ 老婆,「サンドリヨン」の灰にっながる暖炉など,作品 のさまざまなモティーフを読むとするなら,IB)それは初 版本からすでに存在していた口絵のもう一っの手法とい うことになる.いずれにしても,糸を紡ぐにせよ,本を 朗読するにせよ,中心に描かれていた語り手の姿が消え,

作中人物やその他のモティーフが口絵に登場するように なったことは,聞く物語から読む物語への転移を示すも のにほかならない.口絵にみられるこうした変化が個々 の話においてはどのような展開をみせるのか,っぎに

「赤ずきん」を例にとって考えてみたい.

「赤ずきんちゃん」はどのように表象されてきたか  『ペロー童話集』のなかでもっとも短い作品である

「赤ずきんちゃん」は,もっともよく知られ,好まれる 作品であり,暗示力に富むことから研究や批評の対象と なる機会の多いことでも筆頭にあげられる.読者の好み を反映してか,19世紀の普及版ではしばしば目次の順序 が組み替えられ,「眠れる森の美女」にかわり「赤ずき んちゃん」が冒頭にくる例がみられる.前述のテオドル・

ルフェーヴル版(図8)でも第一話の「赤ずきんちゃん」

(5)

が口絵(図9)にも表題頁の絵にも登場していて,あた かも代表作のような扱いをうけている.

 「サンドリヨン」や「眠れる森の美女」とことなり,

ペロー以前の文献にみられない点で「赤ずきんちゃん」

は特異な存在であるが,このことはペローがフランスに 伝承された昔話に直接の素材を得て書いたことを意味し ている.ところで昔話の「赤ずきんちゃん」は,子供に 危険を警告する機能をもっ話とされている.図9にもみ られるとおり,一般に赤ずきんには,狼が危険な存在だ ということもわからないような無邪気な女の子というイ メージが定着している.これはペローのテクストに,

「立ち止まって狼に話に耳をかすのが危険だとは知らな かった」女の子が,問われるままにお使いに行くおばあ さんの家を狼に教えてしまう様子や,「はしばみの実を 拾ったり,蝶々を追いかけたり,小さな花をみっけて花 束をっくったりして,遊びながら」道草をする場面など が描かれていることがいわば根拠になっているようであ る.赤ずきんの図像は一貫して幼い女の子に描かれてき たのだろうか.

思春期の娘,赤ずきん

 1695年の手稿本と1697年の初版本には前述のとおりそ れぞれの物語に表題飾りの挿絵がついており,その構想 にはペロー自身の意見がはいっているとされる.まず手 稿本の挿絵(図10)をみるなら,小さな女の子とはとて も見えない若い娘が,天蓋のついたベッドに横たわり,

シーッの中から半身をのりだしている狼の口に,まるで 飼い犬をあやすかのように右手をさしだしている.狼に 食われる場面の衝撃力が手のしぐさにより弱められてい ると言えよう.初版本の場合(図11)は左右が逆である が構図はほとんど同じで,ベッドにいるのはやはり若い 娘である.狼にむかってさしだす手のしぐさが見られな いのが目立った相違点である.この絵に関しては,人物 の個々の特徴を描きだせない子供のかいた絵のようであ り,赤ずきんとおばあさんを区別するのは難しい,とす る見方もある.19)

 しかし,クルズィエの絵は18世紀を通じ繰り返し使わ れた上,新たにデッサンが描かれるときも構図はほとん どそのまま踏襲されていることから,ベッドのなかの人 物がもともと赤ずきんであると考えられていたことはっ ぎに示す挿絵(図12)によってたしかめることができる.

この絵では,左手に赤ずきんの脱いだ服が見え,右手の

化粧だんすの上には赤ずきんがおばあさんに届けた丸い ガレットとバターの壷が新たな要素として描き加えられ ており,明らかに赤ずきんの到着後の場面であることを 示している.狼は赤ずきんの首に前脚をかけ,頭からか ぶりっこうとロをあけている.先の二枚の絵が物語の終 局で交わされる劇的な対話の最中を描いているのに比べ

ここでは対話が終わった瞬間の,より生々しい場面となっ ている.この絵は1781年に刊行の『妖精物語』に入って いるが,この本ははじめて韻文による物語と散文による

8話が合本された版で,散文による「ろばの皮」の最初 の版であることからも,18世紀における重要な校訂本の 一っとされる.したがって,擦り減った版木を使いまわ しする民衆本の出版とは違い,歴史的に価値あるとされ るほどの校訂本を作った編者の目にも,想定された読者 にとっても,この挿絵の表す人物,すなわち子供ではな い赤ずきんが違和感なく受け入れられていたと考えるこ とができる.これに似た図像は19世紀の中頃まで行商本 で使われていた.(図13)

 絵本と違い,絵入り本ではよほど豪華本でないかぎり,

挿絵は1〜2枚に限られていたから,物語のなかでもっ とも緊張感の高まる場面が画題に選ばれる.「赤ずきん ちゃん」の場合はこれまで挙げた4例のように,クライ マックスの悲劇の直前を選ぶ頻度が高い.っいで現れる のが,はじめて赤ずきんが狼に出会う場面である.2°)こ れは性と暴力を連想させる場面を遠ざけようという,社 会道徳の規範を反映させた編集方針が出てきたからで,

とりわけ宗教的出版物を手がけるリモージュのアルダン 社の場合などにその傾向が強く現れている.赤ずきんと 狼の扮するおばあさんがベッドに並ぶ場面が避けられ,

その一歩手前,すなわち寝ているおばあさんを見舞いに きた赤ずきんの到着した場面が描かれるようになる.こ の構図は,アダマール,ロリュウを経て,20世紀の子供 むけの本に明らかにみられる傾向であり,現代の絵本作 家,ダニエル・プールにまで引き継がれている.21)しか

しそんな配慮なしに,あるいはむしろ致命的な罰への脅 しと恐れを植え付けることが有効だとする教育的目的に 適えば,暴力的場面も拒まないというのがエピナールの

ペルラン社が発行した廉価本や一枚絵(図14)の場合で ある.漫画の前身のような20コマの構成からなる絵物語 で,そのうち8コマを赤ずきんが狼のいるベッドに入る 場面に当てている.したがってこの二っの傾向は,教養

ある豊かな家庭に入る絵入り本と,民衆本とに別れて同

(6)

時に存在することになった.

 図15は口絵の図4と同じ版本で,表題頁の見開き反対 側に上段の「青ひげ」と並んだ半頁大の絵である.狼に 出会った赤ずきんが驚いて両手を広吠ガレットとバター の壷を地面に落としている。っぎの絵(図16)は1840年 の頃の美しい木版画で,村の娘というよりは小粋に帽子 をかぶりリボンを飾ったおしゃれな町の娘が狼に向き合っ ている場面である.背景の森で働く樵たちが描かれてい るのはペローのテクストに対応するようでありながら,

家を出たとたんに狼のお出迎えを受けるのでは原作の展 開を尊重しているとは言いがたい19世紀後半にアシェッ

ト社から出版され,版を重ねた「バラ色文庫」の挿絵

(図17)も,狼との出会いの場面を扱っている.大きな ガレットを抱えて遠くの粉ひき小屋の風車の方向を指さ している赤ずきんは,狼の体との対比では小さく感じる が,けっしてあどけない幼い女の子ではなく,胸のふく

らみはじめた思春期の娘として描かれている.

 これまで見てきた7枚の赤ずきんの図像(図14を除き 図10から17まで)は,いずれも小さな女の子ではないと いう点で共通している.このことは民間に伝わるいくっ かの赤ずきんの話と奇妙に一致している.オート・ロワー ル県には奉公に出て7年間,母親に会わずに過ごした娘 が暇をもらって戻るところから始まる話があり,アルデー

シュ県の話は年季が明けて家に帰る娘が途中で狼に出会 う.トゥレーヌの話も田舎に働きに出ている娘がいて,

おばあさんが病気になったと聞いて見舞いに行くのが発 端になっている.n)昔話では登場人物の年齢を語ること はめったにないが,かっての農村社会の暮らしで,奉公 に出るのは7,8歳が普通とされていたから,7年働い て家に戻るときは14,15歳の年頃である.

 ところで昔話の主人公は,これから成人社会に入ろう とする15歳の思春期であることが多い.ペローも「眠れ る森の美女」では,誕生から15〜6年たったある日,王 女が糸っむぎの錘で手を刺し,百年の眠りに入ると書い ている.民間版の赤ずきんについては,それらの類話が 記録された19世紀末の農民社会を,文化人類学的文脈に おいて読むことにより解読してみせたイヴォンヌ・ヴェ ルディエの論稿がある.23)15歳の冬を女の子から若い娘 へ昇格するための,成人社会への参入の儀礼を受ける時 期と見て,民間版の狼が提案する針の道とピンの道のど ちらをとるかという二っの道の選択や,赤ずきんがおば あさんの肉を食べ,血を飲むカニバリスムのモティーフ

などを,嫁入り前の針仕事を身につけ,ピンでおしゃれ れをする習俗との関係や,祖母と母と娘の世代交代の考 えかたから解明したものである.このように民話が生き 続けていた背景を念頭において考えると,19世紀中頃ま でのさまざまな版本に見られる思春期の赤ずきん像は,

初版本の挿絵の継承もさることながら,挿絵画家と出版 者にそのような読みが成立していて,またそれを受け入 れ,承認する読者層があったことを意味するのではなか ろうか.その背後には,集団の記憶に根づいた口承の話 のテーマがあるいは影響していたのかもしれない.

小さな女の子の世界

 ペローの「赤ずきんちゃん」は,原文テクストに沿っ て丹念に読んでいくとき,短い作品でありながら,巧み に古語を使って「過ぎし昔」を演出しっっ,一語一語が 計算しっくされたと言えるほどの凝りようで,ナイーヴ な子供の世界を作りだしていることに驚かされる.以下,

すでに多くの評者により示されているテクストの分析を 整理してみよう.24)

 表題の小さな赤い頭巾を意味する4語のかたまり,1e Petit Chaperon Rougeが,時にはヒロインの名前と

して,時には服装の一部を指す言葉として意識的に11回 も繰り返され,ヒロインをとりまく世界がすべて小さい ことが強調されている.小さなバターの壷(これも5回 繰り返される)小さな女の子,小さな花と形容詞「小 さい」が何度も使われるばかりでなく,ハシバミの実や 蝶々のように小さいものがヒロインについてまわり,さ らにリフレインのように唱えられる文句に縮少詞が組み 込まれている.一方おばあさんと狼には形容詞「大きい」

が繰り返され,大人の世界はなにもかも大きく,それと 対比した小さいヒロインが浮かび上がる.

 「取手をお引き,桟がはずれるよ」の唱え文句は,縮 少詞chevillette, bobinetteの入った句の音のひびき により快いリズムを生み,フランス人にとってはいつで も口をっいて出てくる共有財産の一っである.子供の遊 びを連想させる表現はこのほかにも,「トン,トン,一 だあれ,一赤ずきんよ」のせりふや,狼の扮したおばあ さんと赤ずきんのあいだに腕と足と耳と口と歯にっいて 5回繰り返される問答,「おばあちゃんの腕はなんて大 きいの」「お前をよく抱くためさ」等がある.この場面 には,暖かいおばあさんの床に安心してもぐりこんだ孫 娘が,スキンシップを感じながらからだの部分の名称を

(7)

覚えていくような,言葉の習得の過程が重なっている.

二っの道のうちどちらをとるのかの選択自体も,それに よってどちらが先に着くか競争しようというのも,ゲー ムの領分である.しかもヒロインは道草をくって競争中 であることを忘れてしまうのだが,それは狼の誘いに簡 単にのってしまうことともに,思考に一貫性を欠く子供 の特性だとも考えられる.25)

 以上の例だけを見ても,17世紀末にはまだ新しい概念 であった子供の独自の世界が描かれていることがわかる し,しかも子供の読者(あるいは大部分は聞き手)にも 十分楽しめる簡潔な文体が用いられている.作品の意図 が子供を意識して書かれているのは,ペロー自身が1695 年の序文で,「確固とした,しかし面白味のない真実を まだ理解できない年頃の子どもたちに」,「幼い年齢にふ さわしい楽しい話に包んで」あたえると述べていること からも明らかである.

テクストのもつ二重性

 しかし,子供に読んで聞かせる,あるいは子供の肩ご しに本をのぞく大人の読者には,もう一つの読みが用意 されている.大人は,赤ずきんが性に無関心で(母親に なにも注意されなかったので),狼の話に耳を貸し,狼 に食べられてしまうこの話がエロチックな結末をもっこ とに一目で気づく.それはテクストの最後の一語,「食 べてしまいました」という動詞が性的な暗示力をもっし,

なにより同時代の「趣味のよい」人々 26)である,大人 の読者に向けた末尾のモラリテが明らかに示している.

モラリテは炉端で語られた昔話をルイ14世時代の現実に 移し替え,ユーモアのある表現で教養ある人々の読みに 応えたもので,テクストでは小さな村の女の子であった ヒロインが,「美しく姿よく心優しい」若い娘たちや,

さらに(貴族の)「若いお嬢さまがた」へと年齢も身分 も格上げされて「優しげな狼」にご用心というメッセー ジになっている.小さな女の子と若い娘という,赤ずき んの図像のもっ二重性は,ロ承の話のひびきもさること ながら,ペローの作品のもっこうした二重の主題に由来 するものであったと言えよう.

 1888年に『ペロー童話集』は小学校の副読本となり普 及していくが,翻訳されたグリムの「赤ずきん」の影響 も重なり,今日目にする多くの絵本は,ほとんどが小さ な女の子の赤ずきんを描いている.

図版の出典

図1 Contes de Mα M6re L ( b,e. Jacques Barchi−

  10n:Perrault  s 1マψs qf Mother Goose, The   Dedication Manuscript of】参q5, reproduced in   collotype Facsimile, The Pierpont Morgan   Library,1956

図2 Contes de Perrαult, Fac−simi16 de 1 6dition   originale de 1695−1697, Slatkine Reprints,1980 図3 Histoires ou Contes(iωTemps Pass6. Avec   des Moralit6z. La Haye−Paris:Coustelier,

  1742(Les livres de renfance du XVe au XIXe   siecle, Gumuchian&Cie. s. d.(1923), pl,4,

  4410)

図4 Contes des Fees, par Charles Perrault, Paris   :Duprat−Duverger,1808(Gumuchian, pl.42,

  4418)

図5 Contes des F6es, par Perrault, Paris:Sal−

  mon,1815(Gumuchian, p1.42,4423)

図6 Contes des Perrαult, Paris:E. Blanchard,

  1851(Gumuchian, p1.238,4445)

図7Les Contes de Perrαult, Dessins par Gustave   Dor6 Paris, J. Hetzel,1862.(R66dition de   Michel de l Ormeraie, Paris,1971)

図8Les Co厩e84θF6禽de Perrault, Paris:Th60−

  dore Lefevre, s. d.(c.1865)

図9 同上 図10図1に同じ 図11図2に同じ

図12 Contes de Fees, par Ch. Perrault de   1 Acad6mie Frangaise, Paris:Lamy,1781   (Gumuchian, pl.37,4415)

図13 Contes de Fees par P6rault(sic), Delarue,

  Lille s. d.(c.1840)

図14Contes(de F6es(Album d lmages), Imagerie   Pellerin, Epinal:1978年刊復刻本)

図15図4に同じ

図16 Contes de Fees en estαmpes, par perralult,

  ti Paris:Ala Librairie classique et d 6−

  ducation et a Limoges:chez Martial Ardant   Fre res, s. d.(c.1840)(ville de Paris:Fonds   αncien de litt6rαture pour la/eαπesse,1987か

(8)

   ら借用)

図17Contes(de F6es tir6s de Claude(sic)Perrault,

   de Mmes d Aulnoy et Leprince de Beaumont,

   Hachette(Biblioth6que Rose 111ustr6e), Paris:

   1878 (r66dition de 1869)

1)Denise Escarpit: Histoire d un conte. Le chαt   Bott6 en Frαnce et en Angleterre. Paris, Didier   Eruditions,1985

2)新明解国語辞典,昭49,および広辞苑,昭53 3)ロワイヤル仏和中辞典,旺文社,1985

4)Le Dictionnαire Universel d Antoine Furtiere,

  Le Robert, r66d.,1978

5)Emile Littr6:Dictionnαire(de la 1αn8ue fran−

  gaise, J. J. Pauvert, r66d.,1956

6)Louis Marin:Pr6face−Image. Le frontispice   des Contes de Perrault., europe, no739−740,1990

7)Contes de Maル驚re t (lye,1695 Manuscrit.こ   の版に関してはRougerとZuberが疑義を呈してい   るものの,Barchilon, Delarue, Sorianoをはじめ   とするほとんどの研究者は異同の検討の対象としてと   りあげている.図版の出典,図1参照

8)Marc Soriano:Char韮es Perrault Contes,

  Flammarion,1989. Tenezeは,ペローの同意を得   て,おそらくはその指示によって描かれたと推測して   いる.M.−L. Ten6ze:<Si Peau d Ane m 6tait  cont6_>A propos de trois illustrations des  contes Perrault, Arts et Traditions Populαires,

 av.−d6c.1957

9)L.Marin, op. cit. p.117ただしこの口絵の解読は  1697年版にっいてなされたものである.

10)Roger Chartier:Les Usages de l imρrim6,

 Fayard,1987, p.13

11)Catherine Velay−Vallantin:Le Conteur et les  6diteurs:lecture des Contes de Perrault au  XVIIIe siecle, Biblio 17, no.30,1987ほか.

12)Histories or Tales qf Past Times, told by  Mother Goose. With Morals, Written in French  by M. Perrault, and Englished by G. M. Gent,

 London, J. Harris Successor to E, Newbery, n. d.

 (c.1803)

13)Louis Marin, op. cit.,p.119

14)M.−L.TenOze前掲論文に,すでにこの変化の見   られる1810年刊行本の口絵写真がある.

15)S6golOne Le Men:Mother Goose lllustrated:

 From Perrault to Dor6, Poetics Todaン,13:1,

 1992,p.37

16)Escarpit, oP. cit.,P.486

17) Cbnes du Temps Pass6,(...)par  Paris L. Curmer,1843

18)S6golene Le Men, op. citりp,25 19)ibid.,P.32

Perrault,

20)最も早い例は1742年のCoustelier版である.その   他の例としては,花を摘む場面や狼が戸を叩く場面な

  どがある.

21)Les Contes de f6es de Char互es Perrault, Paris,

  J.Vermot(c.1850)にAugusute Hadamardの   リトグラフィがある.Les Contes de Pぴrαα髭.

  Illustrations de F61ix Lorieux, Paris, Hachette,

  1926.Les Contes de Perrault. Illustr6s par Da−

  niele Bour, Grasset,1984

22)「女の子と狼」『フランス民話集』,岩波文庫,「娘と  狼」樋口淳訳『フランス民話の世界』,白水社,「ジャ   ネットと狼」『世界昔ぱなし上』講談社文庫(樋口訳)

23)Yvonne Verdier:Le Petit Chaperon rouge

 dans la tradition orale, le d6bαt, no.3,1980 24)Pierre Rodriguez:L 6veil des sens dans<Le   Petit Chaperon Rouge>, Litt6rαture, oct.,1982.

 Jacques Chupeau:Sur l 6quivoque enjou6e au  grand siecle:L Exemple du Petit Chaρeron

 Rouge de Charles Perrault, X VIIe siecle, no.150,

  1986.Claude de La GenardiOre:Dans l entre−

 deux−mOres, Lecture du Petit Chaρeron ro㎎ge de  Cherles Perrault, jPo6 εque,76,1988.水野尚:

 「ペローの「赤ずきんちゃん」を読むi慶応義塾大学   日吉紀要フランス語フランス文学no.13,1991

25)S.Le Men, op. cit., P.32

26)1695年の序文

(9)

「C°霧ES

   FEES

喫霧〜沼%、、滋。2偽γ〃〃4

図4

(10)

   、    ㍉㌧    へ

   《醤ζ》讐Ti隣

融蝿髄鱈離

        ドむ

,瑠、脇罐灘

譜脚

漿難議灘聾轟霧

図5

轟③欝讐£s   糠

    謄麟轍難撫

        殊      壷繍

繍纏繊巻載鑓駄鱒購6劉饗,磁纏㈱薯  義髄麟嚇.ekV繊瀕獅騒鵜7轟纏

   PA盈IS        鱒BLπ透趾聡肌ANC晦ゼ1  鵬驚.撒溜瀦唾

    珊5董         .        : , 歪

     図6

図7

図8

(11)

轡麟蕪Pt−・、

図9

図10

図12

図13

      L蕊

P£irlrr CHAP£R、◎聾     R◎UG&

   ごONド7蕊.

 顎繁.。  L¢ft◎k縫翁¢fb麺i   t・・轟ξP¢tiee・fille・d¢

     Villa酌la幽 j iiC 9U 。a邸ゆ噛ノ

図11

(12)

滋襲

「、習一.

唖w訟父,

 翌糊

       xノ

鑑漆勘驚 期漏〆

髪蓼罐宴轟泌こ:

 }到_. 一

?4汐f.

!ζ..漁

C,est par dela五eπユou1垂夏墓{lue vous voyez魯out捻一!)as。 Pago 20.》

図14 図17

あo妙講〃ゐ妙ゆ 贋r

h lr

  .鷲璽

_罵r甥帯

図15

1 1 ; Pl{ITI7r ( il\1 1・:R(》N  R{》ギGl・:

図16

参照

関連したドキュメント

しか し母親はなん とか板んで、そ の子が十二歳になるまで待 ってもらう。それ か ら子 どもは黒い城に連れ

しおぼえたるところあれば,

頻度であったという点で共通していると言える。 それでは、2

なお、ピストルによる自殺については、当時から批

定義しておきたい。言語学習の目的は言語そのものを獲得することではなく、その言語使

本稿で取り上げるトールキンの 説は、アラン・ブリス編の Finn and Hengest ― the Fragments and

(1992/2001)によれば、絵本は、幼児にとって大人に「読んでもらう」ものであり、子どもは大人

恐ら-'この描写は'焼けた鉄の靴を履かせて殺すという中世の処刑法が'現代では一般に馴染みのないものとなってい