長野大学紀要 第17巻第3号 74-79頁(300-305頁)1995
『グリム童話集』注釈の試み(2) (KHM2∼3)
Untersuchungen der Anmerkungen der Kinder-und
Hausmairchen der Bruder Grimm (2) (Nr.2∼3)
小 高 康 正
Yasumasa Kotaka
KHM 2
KatzeundMausinGesellschaft 「猫 とねずみの とも ぐらし」 l AT 15 アールネ/ トム ソンの分 類 で は、「動物昔話」 のなかの 「野獣」 の15番 目 「名付け親になってバ ターを盗む」にあた る。 この話は 「狐 (めん どり)が名付け親 として呼 ばれていると偽 って、熊 (おん ど り) とふた りで 冬 の蓄 えのために隠 しておいたバ ターを こっそ り 盗んで しま う。彼は熊が寝ているす きに 口の回 り (しっぽ)にバ ターを塗 り付ける」 とい うものだ が、 グ リムの話に登場す るのは猫 とねずみで、猫 が名付け親 でねずみがだ まされ る。 わが国で も岩手県紫波郡 の 「猶 と鼠」 の話があ る。それは 「猫 と鼠が共同でごちそ うを作 って寺 に しまってお く。猶は葬式に招かれた と、ひ とり で行 って食 う。猫 と鼠が一緒に見に行 くとな くな ってい るO鼠が気づいで恨みをい うと猫は鼠を食 う」 とい うものである。 この話 の場合は死んだ人 の名前 として、「上諜E、中証、底輩」 とい う言 い 方が出て くるo Lか し最後は由来話 のよ うに 「そ れか ら、猫 と鼠の仲が今のような具合にな った と い うことである」 と締 め くくられている1)。 日本 では この岩手県紫波郡の話一つ しか記録 されてい ない ところをみ ると、 あるいは グリムの話に由来 す るのか も知れない。 2 手稿 (1810年)2) 第2番 「猫 とねずみ」 猫 とねずみが暮 らしを一緒に した。彼 らは 冬 の蓄えのために脂肪 の入 ったつ ぼ を 買 っ た。そ して教会の祭壇の下にそれを置いた。 そのあ とす ぐ猫 はねずみに言 ったo僕を外出 させてお くれ、名付け親にな らな くちゃな ら ないんだ。ねずみはそ うさせた。けれ ども猫 は教会に行 き、脂肪の壷か ら上皮を読めた. 猫が帰 って くると、ねずみは赤んぼ うになん と名付けたのか尋ねた。「上皮なめ」、 と猫は 答えた。その後 まもな く猫は また名付け親に な らない といけない と言 って、 出 か け て い き、脂肪の壷を半分食べて しまった。そ して ねずみが赤んは うの名前を尋 ね る と、「半分 ぺ ろ り」と言 った。最後に、ねずみが猫 の出か け るのを望 まず、上皮なめ、半分べろ り、お か しな名前だな と言 ったが、猫は もう一度名 付け親にな りに出かけて行 ったOそ して猫は 脂肪 の壷を全部食べて しまって、赤んぽ うの 名前は 「全部べろ り」 とつけた と言 った。す るとねずみは、全部べろ り ! ど うもお か し な名前だ、 と頭を強 く横にふ った。 まもな く 冬が来て、二人は教会の祭壇 の下に隠 した壷 の ところ-行 った。 しか しそれは空だ った。 そ こでねずみが言 った、 これはきっとお まえ が名付け親になっているときにや ったのだろ う。す ると猫は、黙れ、 さもない とお まえを 食 って しま うぞ、 と言 った。そ してねずみが 再び 口を開 こうとした とたん、猫はねずみに 飛びかか り、食べて しまった。 この最初のメル ヒェソは カッセルの グレー トヒ ェソ ・ヴィル トの 口伝えに よるもので、1808年に ヴィル-ルムに よって記録 された8)O初 版 (第 一 - 7
4-巻
、1
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1
2
年) では、 題名は 「猫 とねずみ」 か ら 「猫 とねずみのとも暮 らし」 とあ らため られ、分 量 も2倍 くらいに膨 らまされた。ただ し語 り口が 詳 しくなっただけで、内容の変更はほ と ん ど な い。初版以来ず っと第2番 目の位置を 占 め て い る。 3 グ リム兄弟の注釈では4),おん どりとめ ん ど りの窺話が紹介 されてい る。 彼 らは糞 のなかに宝石を見つける。宝石商 人にそれを売 り、かあ りに脂肪 の壷を手に入 れ る。そ してそれを冬に備えて、戸棚 の上に 置いた。 しか しめん ど りがそれを少 しずつ食 べてな くな って しま う。その こと が わ か る と、おん ど りは とても腹を立て、めん ど りを くちば しで突いて死なせて しまい ました。そ のあ とでおん ど りは後悔 と悲 しみでいっぱい にな り、「めん どりの死」(
8
0
番) の話 のよ う に、墓に埋 める 〔Grimm.S.7〕。 他に グ リムの注釈では後部 ポメル ソ地方に、蜂 蜜の壷を見つけ る 「狐 と熊」 の話があることが言 われてい る。 この話は メル ヒェソ ・ジャンルの中では、第1 番 目の 「蛙 の王様」 な どの 「魔法昔話」(Zauber一 m益rchen)とちが って、動物昔話(Tiermarchen) に分拝 され る。 「猫 とねずみの とも ぐらし」が『グ リム童話集』 の第二番 目に置かれたのはなぜ であろ うか。 レレケは グ リム兄弟が メル ヒェソ ・ジャンルの 目印 として、「ライネ ッケ狐」 との関連 で 動 物 物 請 (Tiergeschichte)に注 目していた ことを指摘 している5)0「ライネ ッケ狐」は、 フラ ン ス で は 「ルナ-ル物語」 の名で知 られてお り、広 く中世 ヨーロッパに 「狐物語」 として流布 していた動物 叙事詩である。 ドイ ツでは特に ゲーテの作品 『ラ イネケ ・フックス』 (1793年) で有 名 だ が, ヤー コプ ・グリム自身、十二世紀 の写本の校訂版を出 していた。 また彼 らの集めた最初のメル ヒェソ に お い て も、最初の6編は動物昔話が 占めていた6)0 べ-レソ トゾーンはアールネとはちが った分類 法を と り、 この話 も 「笑話」(Schwank)のなかの 「動物笑話」(Tierschwank)に数 えてい る7)O 名 付け親になった猫が架空に付けた奇妙な名前 (上 皮なめ、半分べろ り、全部ぺろ り) は確かに聞き 手 の笑いを誘 う。 この点に グ リム兄弟 も 着 目 し て、 注釈では別の名前 の例 として、 「縁 なめ、半 分ぺろ り、全部べろ り」
「いただき (は じま り)、 半分たい らげ、お しまい」 とい うのもあると指摘 してい る 〔Grimm,S.7〕。 また、最初 の記録には見 られなか ったが、 グリ ム兄弟は最終版で 「世 の中って こんな ものです」(Siehstdu,sogeht'sinderWelt.)とい う結末 の語句をつけ加えてい る。 この表現に よって、 こ のタイプの話が内容的には<善良な (おひ とよし の)>ねずみが <変賢い> 猫に食われて しま うと い う、一種 の教訓話 として強調 されてい るようで ある.
KHM 3
Marienkind 「マ リアの子 ども」 1 AT 710 7-ルネ/ トム ソンでは、「聖母の子」 として、 本格昔話で 「魔法 の話」 のなかの 「その他の超 自 然的物語」に分類 され るO 父親が知 らないで行なった約束に よってその娘 がある養母 のもの となる。娘は禁止 されていた部 屋を見た ことを故意に否定す る。そのため 口が き けな くなるO娘は王の妻 となるO聖母マ 1)ア (魔 女、悪い継母)が娘の子を盗むO最後に王女は 自 分 の罪を認め る。 日本では同 じタイプの話は見つか っ て い な い よ うであるが、閑敬吾は 「見 るなの座敷」 の話に <禁 じられた部屋>のモチーフとの共通性を見て い る8)02
手稿(
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年)第3
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番 「マ リアの子 ども」 あ る大 きな森 の手前に貧 しい木 こりが妻 と ともに住んでいた。彼 らには三歳 の小 さな娘 がいたO彼 らは しか しとて も貧 し か っ た の で、その子を養 ってい くことがで き な か っ302 長野大学紀要 第17巻第3号 1995 た。木 こりは大いに悲 しみなが ら森に出かけ た。彼は子 どものことが気がか りでこれか ら どうなるかそればか り考えていた。そ うして 縁の茂みの真ん中にやってきた。 そ こ に 突 然、美 しい女性が 目の前に現れた。その顔は 光 り輝 き、衣服は空色を して銀色の星がち り ばめ られていたOその女性は男に言 った。わ た しは聖母マ リアです。わた しはおまえが 自 分の子を養えないのを知 っています。子 ども を連れて来なさい。わた しが引き取 り、その 子の母親にな ります。木 こりは急いで家に帰 ると、子 どもを森のなか-連れてきた。その 子はは じめは輝いている女の人を見て、怖が っていたが、す ぐにその女性のもとに行 き、 手を振 った。聖母マ リアは子 どもを天国へ連 れていった。そ こでは子 どもは金の服を着せ てもらい、天使たちがや って来て、一緒に遊 んだ。そんなふ うにその子は長い間、十四の 年になるまで、喜びに満ちた、豪華な暮 らし を した。あるとき聖母マ リアは長い旅行を し なければな らな くなった。彼女は子 どもに言 った.かわいい子 よ、わた しは長い旅に出な くてはな りません。 ここに黄金の鍵束があ り ます。天国のすべての扉をあけて、中に入っ ても構いません。 しか しただ一つだけ、 この 小さな鍵であけ られ る部屋だけはだめです。 そ う言 うと聖母は出かけていき、その子をひ とり残 したOその子は鍵束を取 ると、毎 日一 つずつ扉をあけ、すぼ らしい天国の住 まいを すべて見て喜んだ。ついにすべての扉があけ られ、ただ禁止 された部屋だけが 残 っ て い た。長い間あけたい とは思わなかったが、つ いにその子はあけたい とい う気持ちを抑える ことができな くなった。小さな鍵を取 ると、 その扉をあけた。そ こで子 どもは、言い表す ことのできない輝 きと豪華さにつつまれた三 位一体の像を見た。その子はすばや く扉をも とのように しめた。 しか し彼女の胸は不安で いっぱいにな り、それはます ます高 まるばか りで、 もはや気の休 まることはなかった。そ の後 まもな く聖母マ リアが旅か ら帰 っ て き た。彼女は鍵を受け とるとたずねた。お まえ は禁 じられた部屋をあけな か っ た か。いい - 76 え、 とその子は答えた。マ リアはその子の激 しく鳴 り打つ胸に手をおき、禁を破 った こと を見てとったO彼女はもう一度たずねた。 し か しその子は再び、わた しは入 りませんで し た と答えた。そ こでマ リアは言 った、おまえ は天国にいるのはふさわ しくない。その子は 深い眠 りに落ちた。聖母は抱きかかえて地上 に下ろした。娘が 日を覚ます と、輝いていた 天国は消えて しまい、高い樹の下にいた。回 りは生い茂 った薮に囲まれ、出口は見つか ら なかった。娘は ロが きけな くな り、大 きな悲 しみ と沈黙の うちに 日が過 ぎていった。木の 根や森の果実を食べ ものとした。その樹には 大 きな洞があ り、その中で眠 った。秋が来 る と、樹か ら落ちる葉を集め洞のな か に 運 ん だ。それか ら娘は木の板を集めて、そ うして 冬の間、樹の中に座 って過 ごした。ち ょうど 春がやってきて木の枝が再び線にな りは じめ ると、娘は洞か ら出てきて樹の前の、 日のあ た るところに腰を下 ろした。娘の金色の髪は 長 く、天国で身に付けていた、深紅の ビロー ドの服にまで垂れ下がっていた。それでその 国の王が林の中を馬に乗 ってかけてきた とき も、娘はそんなふ うに静かになんとも言えず 美 しく座 っていた。王はその美 しい姿に心を 動かされ、何者かたずねた。 しか し娘は何 も 答えることができず、同情をひ く目で彼を じ っとみるだけであった。彼は娘を馬に乗せ、 彼 の城へ連れていった。そ こで娘は彼の妻に なった。 一年たち、お妃は美 しい王子を産み、王 と 国の人 々は とても喜んだ。 しか しある夜、お 妃が子 どもと二人 き りになると、聖母マ リア が星の冠 と星の衣服を身に付けてベ ッ ドの前 に現われて、言 った。 ごらんなさい、お まえ は 口がきけず、幸せではないでしょう。お ま えがあの扉をあけた ことを白状 しなさい。そ れ ともおまえの子 どもを連れていきましょう か。それでも彼女は、あけていません と答え た。す るとマ リアは子 どもを連れ去った。次 の朝、王は王子がいな くなった ことに非常に 驚いたが、お妃は とても悲 しげに、黙 ってい るだけだった。顧問官たちはお妃が子 どもを
食べた と思い、火あぶ りにす るよ うに 求 め た。 しか し王はそ う決心す ることが で き な い。 一年過 ぎて、お妃は再び王子を産む。聖母 マ リアが現われ、お妃があ くまで否認す るの で、その子 も連れ去 るo顧問官たちは今度 こ そ人食い として罰す るように迫 るが、王はも う一度拒むO それか ら一年たち、お妃は王女を産む。す べては以前 と同 じようになる。王はもはや防 ぐことはできず、お妃は薪の山へ連れていか れ る。 いよいよお妃は薪の上に立ち、再び深紅の 衣服を身にまとい、金色の髪はほ ど け て い た。そのとき彼女の心は揺 り動 か さ れ、あ あ、いまこそわた しはすべてのことを告白し たいと思った。す ると天か ら光が さし、そ こ か ら聖母マ リアが堂 々とした姿で現われた. 彼女は腕に小さな子 どもを抱え、両側には二 人の大 きな子 どもを伴 っていた。聖母はお妃 に近づいて言った。それではおまえは禁 じら れた扉をあげた ことを認めるのですね。お妃 は、はい と答えた。す るとマ リアは彼女に子 どもを返 し、お妃は言葉 も戻 って、喜びにつ つ まれて末長 く暮 らした。 3 この話は1807年に カッセルのグレー トヒェ ソ ・ヴィル トに よる口頭の伝承をヴィル-ルムが 記録 したものである。 レレケによると、 この記録はヤーコプ ・グ リム に よって変更を加え られないで筆写 され、その写 しが1808年4月にザ ヴィニーのもとに送 られてい る9)。初版以来ず っと第3番 目の位置を占 め てい る。 グ リム兄弟の注釈には 「もう一つの話」 として 次の話が紹介 されている。 貧乏な男が、子 どもを養 うことができな く なって、森へ行 き、首を吊ろ うとす る。そ こ -四頭の黒い馬にひかれた黒い馬車がやって くる。そ して黒い服を着た美 しい聖母が降 り てきて、彼の家の前の薮の中に、お金の入 っ た袋がある、それをやるかわ り彼に家の中に 隠 されているものを渡 しなさい、 と言 う。男 は同意する。お金を見つけるが、隠された も のは妻のお腹の中の子 どもであった。子 ども が産 まれ ると、聖母がや ってきて連れて行 こ うとす る. しか し母親はなん とか板んで、そ の子が十二歳になるまで待 ってもらう。それ か ら子 どもは黒い城に連れ られてい く。その なかのすべては豪華で、ただ一つの部屋を除 いて、 どこの部屋でも入 ることが許 された。 娘は四年間、それに従 ったが、 どうしても見 てみたい とい う苦 しみには勝てずに、隙間か ら中をのぞ く。娘は読書に没頭 していた四人 の黒い聖母たちが一瞬驚いた様子を見 る。 し か し養母が出てきて言 った。 「私はおまえを 追放 しなければな らない。おまえが一番失 っ て もいいものは何か
」
「言葉です」 と娘 は 答 えた。聖母が彼女の口を打つ と、血が流れ出 て、娘は追いや られた。娘は樹の下で眠 らな ければな らなか ったO朝になると、王子が彼 女を見つけ、城へ連れていき、母親の反対に もかかわ らず、その口のきけない美 しい娘 と 結婚する。最初の子 どもが産 まれ ると、悪い 姑は子 どもを川の中に投げ入れ、病んでいる お妃に血をかける。お妃が子 どもを食べた よ うに見せかける。そのような ことがさらに二 度あ り、弁解のできない、罪のないお妃は火 あぶ りにされ る。 まさにお妃が火の中に立 と うとした とき、黒い馬車が現われ、聖母が降 りて くる。彼女が火の中を通 ると、火は静 ま り、消え、お妃 の方へ近づ くと、彼女の口を 打ち、言葉を再び戻 した。他の三人の聖母た ちは川の中か ら助け出された三人の子 どもを 連れてきた。悪だ くみは明 らかにな り、悪い 姑は蛇や毒 まむ しの入った樽の中 に 入 れ ら れ、山の上か ら転が された〔
Gr
i
mm.S.
7
f.〕。 初版か らグリムの注釈では 「聖オ ッティリエ」 の伝説 との類似性が指摘されていた。 特に グリム兄弟はナウベル トの 「昔話集」を参 照 していた11)。 グ リム兄弟はそ こか らの抜 き書 き を残 してお り、「オ ッティ リェにおける ほ ど子 ど もの気持ちが よく表 されているものはない」 と述 べている12)0304 長野大学紀要 第17巻第3号 1995 グ リム兄弟の書 き留めたナ ウベル トの話は、 フ ライブル クの近 くに伝わ る伝説 で.領主の妻であ ったオ ッティ リ工が身 ごもった まま城か ら逃げ出 さざるを得ず、厳寒 の地で赤んほ うを産む とまも な く死んで しま う。その時聖母が現われて、養い 親にな り,天国へ連れてい く。天国の内部の聖所 を見ることは禁 じられていた し、 山の頂上か ら地 上を見 ることも許 されなか った。 しか し、誘惑の 霊にそそのかされ、禁をおかす。そのため天国か ら追放 され る。地上 では苦難にあ うが、聖母マ リ アに祈 って助け られ る、 とい う話 である。 グ リム兄弟が1807年に彼 らの住んでいた町 カッ セルの ヴィル ト家の次女 グレー トヒェソか ら 「マ リアの子 ども」の話を聞いて記録 した後,1809年 4月 6日に カ ッセル近郊のア レン ドルフに住む牧 師の娘 フ リーデ リケ ・マ ンネル とい う女 性 か ら 「口のきけない娘」 とい う話を送 られた。 これは マ ンネルに よる手書 きで,1810年 の草稿には 「唖 の娘」 とい う題名で第46番に置かれてい る。その 後 この話は第3番の 「マ リアの子 ども」の 「別の 話」 として、注釈の方へ入れ られたのである1
8
)
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だが、なぜかヤーコプが注釈 に 入 れ た 「別の 話」 とマンネルの話 の終結部は大 き く異なってい る。 グ リム兄弟の注釈の話では、聖母マ リアが火あ ぶ りにされ ようとしたお妃を助けた後、悪巧みが ばれた姑は罰 として蛇 の入 った樽に入れ られ、 山 の上か ら転がされて死んで しま うことにな ってい るが, マンネルの話 では、黒い聖母たちは悪い魔 法にかけ られてお り、かれ らほお妃 の試練に よっ て助け られ、天国に帰 っていき,悪い姑は自らの 悪意 と嫉みのために窒息 して死んで しま う。 この違いの理由はおそ らくヤーコプがマ ンネル の話を要約す る際に加えた変更 と考え られ るが、 内容面か らみると, この違いはかな り大 きい と言 える。つ ま り、光 り輝 く聖母マ リアと黒い聖母の ちがいはそのまま試練に合 う娘 との関係の在 り方 に も大 きな違いを与えている。前者では、聖母の 教 えに背 き、誘惑に負けた娘が数 々の 試 練 に 耐 え、最後に娘は聖母に救済 され、悪い妃は罰せ ら れ るとい うキ リス ト教的なモ ラルの教訓話 である が、後者では黒い聖母は魔法にかけ られてお り、 娘 の試練に耐える力に よって助け られ る と い う <救済>を中心においた本来の魔法昔話に近い。 シェル フも 「マ リアの子」の話 とマ ンネルの話 とを比べて、その違いを指摘 し、マ ンネルの話が 注釈に入れ られた ことを残念が ってい るが、注釈 の方 ではその結末が変え られていることには触れ られていない 14
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(こたか やす まき 教授) (1995.1
0
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5 受理) 注 1)閑散吾 『日本昔恕大成 1』(角川書店、昭和54年)、 57-58ページ 2)Die d'liesie MLi'rchensLmmlung,der Briider Grimm. Synopse der Handschriftlichen Ur・ fassungvow1810andderErstdruckevow1812. Hrsg.YonHeinzR611eke.Cologny・Geneve1975. (以下、R611eke,AltesteSI者.と略す)3)Kinder-andHausma'T・ChenI Ausgabe letR:ter HandnitdenOriginalanmerkungenderBriZder Grimm, hrsg, Yon Hein2iR81leke. 3 Bde. Stuttgart(PllilippReclam)1980.S.443(以下、
R611eke,1980).
4)グリム兄弟自身による注釈のテキス トとその引用 については、次の3つの版を区別する。
(1) Grimmsche Anmerk皿gen (1812/1815),in: Kinder・und Hawma-rchen.Gesammeltdurch
dieBrilderGn'mm.Vergrb-ssertel・Nachdruck derm eibL5'ndigenErstausgabevow1812and 1815,hrsg.YonHeinzR611eke,G6ttingen1986.
これは 『グリム童話集』の初版(第-巻1812年、 第二巻1815年)の巻末につけられた最初の注釈で ある。本文の引用は1986年のレt/ケ編集による初 版のファクシミリ版のテキス トに よるo以下、 〔Grimm 1812/1815〕と略 し、その後に引用 ペ ー ジを記す (例 :〔Grim 1812,S.V〕)。
(2)Grimmsche An merkungen(die2.Aud.Yon 1822)in:KHM. Vollsid'ndigeAusgabe auf GrundlagederdrittenAujlage(1837),hESg. vonHeinzR611eke,Frankfurta.M.1985. この注釈集は 『グリム童話集』の第二版 (1819 年)以後、本文の話より切 り離され、初版の注釈 に増補されて独立に出版された。現在はレレケ編 集による 『グ1)ム童話集』(第三版1837年)に収録 されている。以下引用に際しては、〔Grimm 1822〕 とし、その後ろに引用ページを記す。
(3)Grimmsche Anmerkungen(die 3.All且von 1856),in:Kinder-mdHausma∼rchen.・Ausgabe lctderHand nitden OriginalLmmerkungen
derBd erGrt'桝m,hrsgyonHein名R611eke. 3Zkle.Stuttgart(PhilippReclam)1980. グリム兄弟による注釈集の第三版は、『グ 1)A 童話集.Dの最終版 (1857年)の前年にさらに増補 され出版 された。本文での引用は断 りの な い 限 り、 この1856年版による。引用は レレケ締集によ る1980年の レクラム版の第3巻 員 (ファクシ ミリ 版)のページを記す (例 :〔Grimm.S.7〕。 同書には、 I/レケKよる各話の詳細な解説がつ け られている。"Nachweise",Bd.3,S.441-543. (その引用に際 しては、R61leke,Nachweiseと略 す。) 5)R61leke,Die Ma-rchender月r舶 er Grimm. MGuhenmdziZrich1985.S.41. 6)R611eke,DeAltesteS
l
g
.
,S.343.7)
W.
A.Berendsolm,Grmdformen㌧仰Zkstamli-cherErza-hlerk脱 げ inder Kinder-andHaus・
ma'rchender朗 derGrI'桝仇 (1920),1968,S.98. 8)R611eke(hrSg.)1980,KHM
,
Zkl.1,S.35. 9)閑散吾 『日本昔話大成 4』(角川書店、昭和53年)、296ページ
10)R61leke,NachweiS,S.443,R611eke,DieÅ 1・
testeSlg.,S.278.2
8
0,282,371i.ll)DieTierBandchener8Chienenen>NeMnyolksI maMrchenderDedschen
<
stamJnenYonChri8tine BenedicteNatlbert(1756-1819)12)Ma-rchenaw de桝NuhlaβderBruerGrI'桝
桝,
hrsg.YonH R611eke,Nr,42"Ottilienberg'',S. 85-86.S.lo乱13)R611eke,Nachweise.S.443.
14)WalterScherf,LeaikonderZ曲dermarch