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Title ハイミート フォン ドーデラー四十歳の小説 : 最後の冒険 騎士とドラゴンの小説 Author(s) 片桐, 智明 Citation 研究報告 (1999), 12: Issue Date URL

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Title ハイミート・フォン・ドーデラー四十歳の小説 : 『最後 の冒険』、騎士とドラゴンの小説

Author(s) 片桐, 智明

Citation 研究報告 (1999), 12: 43-80

Issue Date 1999-03

URL http://hdl.handle.net/2433/134419

Right

Type Departmental Bulletin Paper

Textversion publisher

Kyoto University

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      ハ イ ミー ト ・フ ォ ン ・ド ー デ ラ ー 四 十 歳 の 小 説       ― 『最 後 の 冒 険 』、騎 士 とドラ ゴ ン の 小 説 ―

      片 桐 智 明

ハ イ ミー ト・フ ォ ン ・ドー デ ラー を 、1951年 に 発 表 され た 作 品 『シ ュ トゥル ー ドル ホ ー フ 階 段 あ るい は メル ツ ァー と歳 月 の 深 みDie  Strudlhofstiege  oder  Melzer  und  die  Tiefe der  Jahre』 や1956年 の 『悪 霊 ガ イ レン ホ フ 局 長 の 年 代 記Die  D舂onen.  Nach  der Chronik  des  Sektionsrates  Geyrenhoff,』 とい つ た 彼 の 第 二 次 世 界 大 戦 後 の 成 果 とド イツ や オ ー ス トリア の 共 和 国 か ら彼 に 贈 られ た 数 々 の 表 彰1で もつ て 知 る 人 もい れ ば 、そ の 一 方 で 彼 が、本 人 の 弁 と後 の 伝 記 研 究 者 た ち が そ れ に 従 つ て 追 認 し た1933年 か ら

1938年 ま で とい う期 間 限 定 付 きで あ つ た とし ても 、国 家 社 会 主 義 に 心 を 動 か し 、ナ チ ス に 加 入 して い た とい う事 実 で も つ て 知 る 人 もま た い るだ ろう。後 者 に は 、彼 が ナ チ ス に 若 干 の 留 保 の 可 能 性 を 残 しな が らも 確 か に 自 発 的 に 参 加 .した に も か か わ らず 、第 一 次 世 界 大 戦 直 後 の 駆 け 出 し作 家 の 頃 か らの ユ ダ ヤ 人 の 友 人2に 戦 後 に な っ て そ の こ とを まる で な か つ た か の よ うに 振 る舞 つ た ドー デ ラー の 態 度 、心 性 は 、驚 異 的 に す ら感 じ られ る。

ヴ ォ ル フ の 簡 略 な 伝 記 に 描 出 され た ドー デ ラー の 前 半 生 に は 、デ ー モ ン に で も 取 り悪 か れ た よ うに 「生 き る こと」に 取 り{か れ 、 自 負 心 や 衿 持 を 満 た す た め に 生 き 、生 き る た め に 稼 ぎ 、稼 ぐ た め に 出 版 社 を 探 し 、出 版 社 を 探 す た め に ナ チ ス に加 入 した 職 業 作 家 の み が 見 て 取 れ 、人 として 十 分 で あ るた め に は 何 か が 欠 け て い る ように す ら見 え る。この 点 、ドー デ ラ ー の 長 編 小 説 の 中 で 唯 一 、 日 本 語 の 翻 訳 が あ る 作 品 『窓 の 灯 一 顧 問 官 ユ リウス ・

'Dietrich  Weber:Heimito  von  Doderer . M chen  1987.(Autorenb her  45)5.135f.

2出 版 人 で もあっ た友 人 パ ウル ・エ ル ボ ー ゲ ンは、お そ らく『シ ュトゥル ー ドル ホー フ 階 段 』をドー デ ラー か ら贈 られ た 直 後 の1951年6月7日 の 手 紙 に 次 の ように書 い てい る。

「強 制 もされ なか つた の に 、[…1二千 五 百 万 人 もの 人 間 の 組 織 的 殺 人 の 罪 を犯 した 、人 非 人 の 側 に ― 日で も身 を置 い た人 間 を、私 は再 び 受 け入 れ ることは できな かったし、また受 け入 れ ることは で きな い だ ろ う。1

付 け加 えてお くべ きことは 、この 厳 しい 批 判 は しか し、お そ らく『シ ュトゥル ー ドル ホー フ階 段 』を 読 ん だ 後 に は180度 逆 転 す るとい うことで ある。

Zitiert nach  Lutz‑W.  Wolff:Heimito  von  Doderer.  Reinbeck  bei Hamburg  1996.(rororo Monographie  1290)5.104f.

      ‑43一

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ツィハ ー ル の 人 間 化 一Die  erleuchteten  Fenster  oder  Die  Menschwerdung  des Amtsrates  Julius  Zihahl』(1951年)3が 文 字 通 り「人 間 化 」を テ ー マ として い る ことは 興 味 深 い 。

本 稿 で は1896年 生 ま れ の ドー デ ラー が そ の 七 十 年 の 人 生 の 半 ば 、四 十 歳 の 年 の 1936年 に 執 筆 した 作 品 『最 後 の 冒 険 騎 士 の 小 説Das  letzte  Abenteuer.  Ein Ritter‑Roman』 を 彼 自 身 の 人 生 と絡 め て 読 み 、そ の 主 題 と不 遇 の 時 期 を 通 し て ドー デ ラー とい う作 家 の 個 性 を洗 い 出 す こ とを 目 指 し 、この 物 語 の 意 味 を 考 察 す る 。

さて ま ず は 、彼 の1936年 に 至 るま で の 人 生 の 過 程 を 明 らか に して 見 よ う。4

1.

1896年9月5日 に ハ イミー ト・フォ ン ・ドー デ ラー 一 フ ル ネ ー ム で 呼 べ ば 、Franz  Carl Heimito  Ritter  von  Doderer5一 は 、ドー デ ラー 家 の 六 人 兄 弟 の 末 っ 子 とし て 、そ して 唯 ― 人 の 男 子 として 生 ま れ た 。ドー デ ラー 家 は 代 々 建 築 家 の 家 系 で 、祖 父 の 時 代 に ハ イ ル ブ ロン か らウィー ン に 移 っ て 来 た 。そ し て1877年 に 世 襲 貴 族 に 叙 せ られ た の も 、こ の 祖 父 の 建 築 家 として 、そ して 教 育 者 とし て の 功 績 が 認 め られ た ことに よる 。父 もま た 祖 父 の 跡 を継 い で 建 築 家 とな り、運 河 や 鉄 道 建 設 な ど の 国 家 事 業 に 参 加 す るな ど建 築 家 とし て 活 躍 し 、後 に 建 築 設 計 事 務 所 を 開 設 して 成 功 す る。意 志 が 強 くエ ネ ル ギ ッシ ュ な 人 物 で あ つ た らしい 。そ れ に 対 して 母 は と言 うと、そ の 夫 に 無 批 判 に 従 属 して い る ように 息 子 ハ イ ミー トに は 見 え て い た ら しい 。子 供 時 代 の ドー デ ラ ー は 優 れ た 記 憶 力 と偏 つ た 知 識 で 大 人 を 驚 か せ る― 方 で 学 校 の 成 績 は 今 一 つ で あ り、そ の 結 果 家 庭 教 師 を 付 け られ る ことに な っ た と言 う。富 も 名 声 もあ る 家 庭 の 五 人 も の 姉 に 囲 ま れ た た っ た ― 人 の 男 の 子 だ っ た 訳 だ か ら、甘 や か され て 育 ち もし た の だ ろ うし 、ま た そ の ― 方 で 甘 や か され た 分 だ け 期 待 され た ことだ ろ う。とに か く、高 慢 で 反 抗 的 な 生 徒 で あ っ た ようだ 。

1915年4月 に十 九 歳 で ドー デ ラ ー は 一 年 志 願 兵 として 入 隊 し、士 官 学 校 に 入 る。ここ で 後 に 『シ ュ トゥル ー ドル ホ ー フ 階 段 』の 登 場 人 物 の 一 人 の モ デ ル とな る友 人 に 出 会 い 、

3『 窓 の 灯 一 顧 問 官 ユ リウス ・ツィハ ー ル の 人 間 化 ― 』小 川 超 訳 白 水 社1964年

4特 に 明 記 しな い 限 り、ドー デ ラー の 生 涯 に関 す る記 述 は 、上 記 のLutz‑W.  Wolff及 びDietrich Weberの 研 究 書 と、ドー デ ラー の最 晩 年 の秘 書 で あ ったWolfgang  Fleischerの 下 記 の 伝 記 研 究 による。

Wolfgang  Fleischer:Das  verleugnete  Leben.  Die  Biographie  des  Heimito  von  Doderer.

Wien  1996.

5耳 慣 れ な いHeimitoと い う名 前 は 、スペ イン語 のJaime(英 語 のJamesに 相 当 す る名 前 で 、便 宜 的 な カタカ ナ に よる発 音 表 記 で は 「ハ イメ」と発 音 す る)をドイツ語 風 に 変 形 させ た もので 、母 親 が

      一44一

(4)

1916年1月 に は 南 東 ガ リツ ィア の 前 線 に 送 り込 まれ た 。そ して そ の 年 の7月 に は もうロシ ア 軍 の 捕 虜 とな る の だ が 、この 短 い 期 間 の 問 の た つ た 一 度 の 休 暇 に 彼 は 、初 め て 文 学 的 な 活 動 を 行 つ た と言 う。

ヨー ロ ッパ か ら遠 く離 れ て シ ベ リア の ハ バ ロフ ス ク近 郊 で の 捕 虜 生 活 は 、彼 が 将 校 で あ つ た こ とも あ り、ず い ぶ ん 楽 な も の で あ つ た ら しい 。この 間 も ドー デ ラー は 文 学 修 養 を 行 つ て お り、こ の 時 期 の 着 想 の 中 に は 後 の 作 品 に 活 か され た もの も あ るよ うだ 。ま た 後 に 師 弟 関 係 を 結 ぶ ことに な る 先 輩 作 家 の ア ル ベ ル ト・パ ー リス ・ギ ュー ター スmの 小 説 『踊 る 愚 か 娘 』を初 め て 読 ん だ の も この 頃 の ことで あ つ た 。6ロシ ア 革 命 に 伴 うブ レス トeリ トフ ス ク 条 約 に よ る 部 分 講 和 後 ドー デ ラ ー は 西 に 向 か うこ とに な る の だ が 、この 帰 還 の 道 の りは クラス ノヤ ル ス クで 一 時 中 断 す る。しか しドー デ ラー は そ の 当 時 の ことを 次 の よ うに 書 い て い る ことか らも分 か る よ うに 、この 後1920年 に 徒 歩 で キ ル ギ ス の 平 原 を 横 断 す ること に な っ た の は 不 運 だ つ た が 、捕 虜 生 活 自 体 は 実 は 彼 に とつ て は 、20年 代 か ら30年 代 に か け て 彼 が 経 験 す る ことに な る 市 民 生 活 よ りも は るか に 幸 福 な もの で あ つ た ようだ 。

    時 代 は ― ロ シ ア に 荒 れ 狂 う市 民 戦 争 の せ い で 危 険 で は あ っ た が ― そ れ で も     幸 せ で あ り、魅 力 的 で あ っ た 。い ず れ に しろ 私 た ち は 物 質 的 に は 当 時 の オ ー     ス トリア の 誰 よ りも は る か に 良 い 暮 らしを して い た 。『ブ ル カ』とい う白 パ ン を 私 た     ち は 毎 日食 べ 、オ ー ス トリア 人 の 仕 切 る 調 理 場 の 食 事 は うま か っ た 。映 画 館 が     あ り、オ ー ケ ス トラが あ り、明 る く気 持 ち の 良 い カ ジ ノが あ り、そ れ は 政 治 が 赤 か     ら 白 に な つ た ときもや は り変 わ らな か つ た 。[…]カ ジ ノの とあ るコ ー ヒー テ ー ブ ル     は ウィー ン の 『カ フ エ ・ム ゼ ー ウ ム 』7のテ ー ブ ル に ます ま す 似 て き た 。【…]画 家 の     ア ル フ レ ー ト・クン フ トとハ ン ス ・エ ッゲ ン ベ ル ガ ー は[…]カ フエ ー ハ ウス の テ ー ブ     ル で 絵 を 描 き 、文 士 た ち は そ うい つ た ことに 飽 きると別 の テ ー ブ ル に 移 動 した 。     な ぜ か とい え ば 別 の カ フ ェ が な か つ た か らだ つ た 。明 るく、澄 み 渡 り、未 来 に わ     くわ くし、収 容 所 は 高 い ところ に あ っ て 、シ ベ リア の 夏 は 暑 くて も 心 地 好 く、空 気     は ス テ ップ の 香 りが し た 。私 た ち は 戦 争 や 、悩 み や 、祖 国 の 解 体 や 、陽 の 当 た

スペ イン旅 行 中 に 出 会 つた 人 物 に 由 来 す ると言 う。

6Heimito  von  Doderer:G ersloh . Zu  seinem  75. Geburtstag.  In:Die  Wiederkehr  der Drachen.  Aufs舩ze/Traktate/Reden.  Vorwort  von  Wolfgang  W.  Fleischer.  Herausgegeben von  Wendelin  Schmidt‑Dengler.  M chen  1970.5.133

7こ こで具 体 的 に 登 場 す るア ドル フ ・ロー ス によるカフェ ・ムゼ ー ウム に は、ドー デ ラー も足 繁 く通 って い たらしい 。ちなみ に ギュー タ ース ロー もカフェ・ムゼ ー ウムの 常 連 であ った 。

平 田 達 治:『 ウィー ンの カフェ』 大 修 館 者 店1996.5.293       ‑45一

(5)

    る水 面 に 鱒 の ように は 浮 か び 上 が るこ との で き な い 状 態 か ら飛 び 出 した 。8

1920年 の8月14日 に ドー デ ラ ー は つ い に ウィ ー ン に た ど り着 く。ドー デ ラー は 第 一 次 世 界 大 戦 の 勃 発 に よつ て 中 断 した 生 活 を や り直 す こ とに な る 。彼 は 大 学 で 歴 史 学 と心 理 学 を 専 攻 した 。もし 戦 争 が な か った らとい う仮 定 に 対 す る 帰 結 は 不 明 だ が 、小 説 家 に な る とい う決 意 が こ の 二 つ の 学 間 を 専 攻 した 理 由 で あ つ た 。そ し て 同 時 に ドー デ ラ ー は そ の 生 涯 に わ た っ て ― 第 二 次 世 界 大 戦 中 もな お 一 お お む ね 間 断 な く続 け られ る ことに な る 日 記 を つ け 始 め る 。理 由 は 言 うま で もな く小 説 家 に な る とい う決 意 に あ つ て 、そ の 日記 自 体 が 文 学 的 練 習 の 場 で あ つ た 。

そ の 内 実 は ともあ れ 、中 央 ヨー ロ ッパ に 君 臨 す る 大 帝 国 か ら 一 小 国 に 凋 落 した オ ー ス ト リア の 昏 迷 した 政 治 ・経 済 状 況 下 で 起 こつ た 社 会 的 な うね りに 対 して 、ドー デ ラー は 明 ら か に 一 歩 ど こ ろ か 二 歩 も 三 歩 も 身 を 引 い た 立 場 に 立 っ て い た ようだ 。ドー デ ラ ー は 街 頭 で 行 わ れ る デ モ を 「意 味 が な く、くだ ら な い 」と 考 え て い た と、ヴ ォル フ は ドー デ ラ ー が 1924年 の 短 編 『デ ィヴェル テ ィメン ト 第 一 番 』の 一 節 な ど か ら判 断 して い る 。9

そ も そ もハ イミー ト・フォ ン ・ドー デ ラー は す で に 述 べ た よ うに 、裕 福 な 世 襲 貴 族 の 三 代 目 で あ り、実 家 に 住 ま い 、親 の す ね を か じつ て1925年 に 学 位 請 求 論 文loを 提 出 す る ま で 大 学 に 通 っ て い た 。11そ して シ ベ リア の 捕 虜 生 活 に 見 た よ うに 、ウィー ンか ら遠 く離 れ た 土 地 に 、芸 術 家 た ち が 集 い 、議 論 を 戦 わ せ 、ブイ ユ トン を ひ ね り出 した ウィー ン の カ フ ェ を 模 倣 し、「政 治 が 赤 か ら 白 に 」変 わ ろうと何 ら変 わ りの な い 生 活 を 謳 歌 す ることに 慣 れ た 人 物 で あ っ た 。この 頃 ドー デ ラー は 作 家 修 行 と、ス ポ ー ツ 、そ れ か らサ ロン な ど で の 女 遊 び に か まけ て い た 。し か も ここ で も や は り親 の 金 を 使 っ て い た と言 う。上 流 階 級 意 識 を 持 ち 、い っ ぱ しの 芸 術 家 気 取 りで 、 自 分 で 働 く必 要 もな く12、労 働 者 た ち の 市 井 の 生 活 と隔 た っ た 所 に 活 動 範 囲 を 持 つ ドー デ ラ ー が 政 治 的 擾 乱 に 興 味 が な か つ た の も 肯 け る 。

ドー デ ラー の 作 家 として の 業 績 は 、出 版 され た も の とい う点 だ け で 見 れ ば 、1923年 か ら

8Heimito  von  Doderer:Ebd ., S.133£

9 Wolff:S .19

Heimit・o von  Doderer:  Divertimento  No  1. In:Die  Erzahlungen.  Hrsg.  von  Wendelin Schmidt‑Dengler.  MUnchen  1972.  S.19―

10論 題 は 》》Zur bUrgerlichen  Geschichtsschrelbung  in Wien  wahrend  15 . Jahrhunderts―{(

で あつた 。

11ド ー デ ラー は1928年 まで 親 許 に 住 ん で い た。

12た だ し、捕 虜 時 代 に はカ フェに行 く金 がな くな ると木 こりな どの アル バ イトをした ことは あっ たようだ 。 また 、もち ろん 父 親 は さして 見 込 み のな い 息 子 に い つ まで も金 を 出 す の に 、良い 顔 は して い な か っ た らしい 。

      ‑46一

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た つ た ― 冊 の 詩 集 と、後 の 大 作 化 傾 向 か らす れ ば 実 に 控 え め な 分 量 の 小 説 を ぽ つ りぽ つ りと、しか も 友 人 が 作 っ た 小 さな 出 版 社 な どか ら発 表 して い た に 過 ぎ な い 。他 に は 、―

時 期 まさ しく糊 口 を し の ぐた め に 「意 に 反 して 」13フイユトン や ジ ャ ー ナ リス テ ィックな 論 説 文 を 匿 名 で 二 週 間 に 一 本 の ペ ー ス で 書 い た りして い た よ うだ が 、シ ュミット=デ ン グ ラ ー は ブ イ ユ トニ ス トとして の ドー デ ラ ー を 「大 真 面 目 だ が 、扱 い 難 い 素 材 を 、明 らか に 読 者 が 欲 し が つ て い る よ うな 形 式 に お い て も 、読 者 の 口 に 合 うよ うに で き るブ イ ユトニ ス トで は 」14なく、

「これ ら の ブイ ユ トン は 、『す らす ら 読 め る』文 体 で あ る もの 、あ るい は そ の よ うな も の と呼 ば れ るも の を 手 が け る こ とへ の 筆 者 の 拒 絶 に よっ て 、非 常 に 取 っイ寸き 難 い 印 象 を 与 え る の で 、そ れ が そ も そ も 新 聞 に 掲 載 され た とい うことが 驚 きだ 」15と評 し て い る 。ドー デ ラ ー が 作 家 として 多 少 な りとも認 め られ るの は 、1938年 の 『誰 もが 犯 す 殺 人Ein  Mord  den  jeder begeht』 ま で 待 た な け れ ば な らな い 。もち ろ ん す で に 述 べ た ように 、作 家 として の 自 負 との ギ ャ ップ は 大 きく、自 活 な ど 夢 の また 夢 で あ つた 。

  生 活 を 安 定 させ 、一 人 前 に な るた め 、そ して 作 家 として の 自負 を 保 ち 、作 家 として の 名 声 を 得 る た め に 、彼 は 弱 小 出 版 社 で は な い 出 版 社 との 契 約 の 道 を 模 索 し続 け た 。そ の 一 環 として ドー デ ラー は1933年4月 にNSDAPに 入 党 し、オ ー ス トリア で 「ドイ ツ ・オ ー ス トリア 日 報 」が 禁 止 され る ま で の 二 ヶAの 間 に 、そ こ に 四 つ の 短 編 が 掲 載 され た 。ま た ドイ ツ で の 作 品 の 出 版 の 見 込 み も 、帝 国 文 化 院 法 に よ つ て1933年11月1日 よ りドイ ツ 作 家 帝 国 連 盟(Reichsverband  deutscher  Schriftsteller)の 一 員 で あ る必 要 が 定 め られ 、 ドイツ 作 家 保 護 連 盟(Schutzverband  deutscher  Schriftsteller  in◎sterreich)に 所 属 して い た ドー デ ラ ー に は 当 面 閉 ざ され て い た 。そ の せ い か1934年 に 仕 上 げ 、これ な ら 売 れ るだ ろ うと思 つ て い た 『回 り道Ein  Umweg』 を 出 版 社 に 送 つ た が 、送 り返 され 、深 く 意 気 消 沈 す ること に な っ た 。ベ ル リン ・オ リン ピックの 開 か れ た1936年8Aに ドー デ ラー

は ドイ ツ 国 外 に 持 ち 出 せ な い 有 価 証 券 な どの 母 の 遺 産 取 り分 を 利 用 す る た め に 、そ して これ が 最 も 重 要 な の だ が 、オ ー ス トリア で は 見 付 か る 見 込 み の な か つ た 出 版 社 を 探 す た め に ドイ ツ に 移 住 し 、あ らた め て 一 オ ー ス トリア で は 非 合 法 化 さ れ て い た か ら一 ナ チ 党 員 で あ つ た ことを 主 張 して 、帝 国 文 芸 院 に 加 入 す る。政 治 的 倫 理 的 な 理 由 か ら 国 外 に 亡 命 した 作 家 た ち の 一 時 とし て 悲 劇 的 な 一 逸 話 は 多 々 あ る が 、こ の ような 経 済 的 個 人 的

13Wendelin  Schmidt ‑Dengler:Scylla  und  Charybdis . Der  junge  Doderer  zwischen Journalismus  und  Fachwissenschaft.  In:Symposium  anl葹lich  des  80.  Geburtstages Wien  1976.  Wien  1978.5.16

"Wendelin  Schmidt ‑Dengler:Ebd.,  S.16f . is Wendelin  Schmidt ‑Dengler:Ebd .,5.17       ‑47一

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な 理 由 で ドイ ツ 国 内 に 移 住 し、しか も 偶 然 に も 当 時 か らす で に 悪 名 が 知 られ て い た と言 う 強 制 収 容 所 が ごく間 近 に あ る ダ ッハ ウ― ミュ ン ヘ ン 近 傍 に あ り、芸 術 家 コ ロニ ー の 相 を 呈 して い た ことも あ る が 、当 時 す で に そ の 地 方 経 済 に 強 制 収 容 所 とナ チ ス 関 連 施 設 が 大 き な 影 響 を 与 え て い た 一 に 居 を 構 え 、こ の 頃 は 取 る に 足 りな い 作 家 で あ り、作 家 として 社 会 的 な 責 任 を 問 わ れ るほ どの 存 在 で は な か つ た に して も 、戦 後 に な っ て 、こ の 暗 い 歴 史 をま る で な か つ た か の よ うに 素 つ飛 ば して1920年 代 を 描 い て16、盛 名 を 馳 せ る ことに な る ドー デ ラ ー の 己 の 生 き る道 の み を 利 己 的 に 追 求 し続 け た 軌 跡 は 、ドー デ ラ ー とい う作 家 の 一 側 面 を 顕 わ に して い ると言 え るだ ろ う。ドー デ ラ ー とい う人 間 が 彼 の 作 家 として の 野 心 を 満 た す の に 十 分 な ほ ど に 、ドイツ 第 三 帝 国 の 出 版 界 に 受 け 入 れ られ る ことが な く17、

戦 前 か ら戦 中 にか け て の 時 期 に 名 声 を 博 す ことが な か っ た とい うことは 、彼 の 人 生 、戦 後 の 名 声 に とつ て 逆 説 的 に 幸 運 で あ っ た と言 わ ざ る を え な い 。

さて 、この1936年 、四 十 歳 に な つ た ドー デ ラ ー は9月 か ら11月 に か け て 『最 後 の 冒 険 』 の 執 筆 に 掛 か る。この 作 品 は 本 来20年 代 の 初 頭 か ら書 き 続 け られ て い た 、連 作 『デ ィ ヴ ェ ル テ ィメン ト』の ― つ として 構 想 され た も の で あ っ た 。18しか しこの 作 品 が 発 表 され る の は 戦 後 の1953年 で あ る。

こ こで は ドー デ ラ ー の ナ チ ズ ム に 対 す る 関 わ りを 論 じ るこ とを 目 的 として い る の で は な い の で 、あ ま りに 深 く立 ち 入 るこ とは しな い が 、彼 が ナ チ ズ ム の ドイ ツ へ と移 住 した こ の1936 年 に お け る 、ドー デ ラー の ナ チ ズ ム へ の 関 係 を ご く簡 単 に 見 極 め て お きた い 。

ドー デ ラー の 政 治 関 与 に お い て 根 本 的 な 部 分 に 、彼 自 身 の 貴 族 として の 出 自 、未 だ 成 功 へ の 道 が 漠 として 見 え な い 作 家 で あ り、経 済 的 に 自 立 す る ことす らま ま な らな い 現 状 に 著 しく傷 つ け られ て は い た が 、大 衆 とは ― 線 を 画 して い る と思 い 込 ん で い る エ リー ト意 識 が あ るの は 疑 い よ うが な い 。そ して そ の 現 実 か ら遊 離 し た と言 わ ざ るを え な い 自 意 識 と 同

16未 完 に終 わ った『長 編 小 説 第7番Roman  No7』 の 四 部 作 は 完 成 した 第 ― 部 『スル ニ の 滝Die Wasserf舁le  von  Slunj』 のみ が 完 成 して い るが 、「第 一 部1914年 以 前 、第 二 部1918‑38、 第 三

部 第 二 次 大 戦 中 、第 四 部 第 二 次 大 戦 後 」の 時 代 をそ れ ぞ れ 描 くことを 予 定 して いた 。

Heimito  von  Doderer:Commentarii  1957  bis  1966.  Tageb her  aus  der  Nachla゚.  Band 2.M chen  1986.5.70

17実 際 に 当 時 執 筆 中 の『悪 霊 』をナ チ ズム に迎 合 させ ようとの 意 図 もあった。フライシャー は ギ ュー ター ス ロー とドー デラー が ナ チ ズムの ドイツに 対 して 抱 い て い た夢 の 一 つ に 、「次 の 千 年 間 の 古 典 作 家 になること」を挙 げ て いる。

Fleischer:5.258

18こ の 作 品 の 成 立 史 は1917年 作 者 の シベ リア 拘 留 中 に まで 潮 ることがで きる。― 度 中 断 した 後 、 1923年 に再 び 取 り上 げ られ るが 、この試 み もまた 中 断 す る。1936年 にな って 、『悪 霊 』に行 き詰 まつ たドー デ ラー は 、短 くて 出版 社 に 売 り込 み や す い 作 品 を書 く意 図 を持 っ て、四 章 構 成 を持 つ 『デ ィ ヴェル ティメント』の七 作 目として 三 度 この 作 品 に 取 り掛 か った。

      ‑48一

(8)

じ ように 、わ れ わ れ か ら 見 れ ば 、現 実 を 超 越 した 理 念isを ナ チ ス ・ドイ ツ に 仮 託 して い た 。 ドー デ ラー の 思 い 描 くナ チ ズ ム の ドイ ツ 、あ る い は 、彼 の 夢 想 して い た 国 家 は 、「強 力 な 権 威 主 義 的 『秩 序 』、そ れ は ― 民 主 主 義 とは 正 反 対 に‑彼 に とっ て 、あ らか じめ 定 め られ た ヒエ ラル キ ー に 相 応 す る 、自 然 に か な っ た 国 家 構 造 そ の も の に 見 え 」、「権 力 を 分 か つ 人 間 が 少 な け れ ば 少 な い ほ ど(彼 自 身 に は ナ チ ス の 場 合 で もま だ 多 す ぎ るよ うに 思 え た)、

妨 げ られ るこ とな くエ リー トが 民 衆 の 幸 福 を 決 定 す るこ とが で きる 」もの で あ つ た とフ ラ イシ ャ ー は 解 説 を 加 え て い る 。20プ ロパ ガ ン ダ に よる 大 衆 操 作 を 常 套 手 段 とす る 第 三 帝 国 の 現 実 を 目 の 当 た りに す るに つ れ て 、「この1936年 の 晩 秋 に は 国 家 社 会 主 義 に 対 す る彼 の 親 密 な 内 面 的 関 係 一 愛 と希 望‑は 失 わ れ た 一 方 で 、こ こで 打 ち 立 て られ た 国 家 シ ス テ ム へ の 彼 の 崇 拝 は 続 い て い た 」21とい うの は 、ドー デ ラー の 政 治 に 対 す る意 識 が 常 に 理 念 的 な も の で あ っ た とい うことの 表 れ で あ ると同 時 に 、そ の 一 方 で 彼 の ナ チ ズ ム へ の 傾 倒 が 彼 の 自 意 識 と同 調 して 、そ の 大 衆 化 、卑 俗 化 を 嫌 う、極 め て 貴 族 主 義 的 な も の で あ つ た とい うことを 示 して い る と言 え る。そ して 、ドー デ ラー の 政 治 的 関 心 が 、「『政 治 的 な エ ロ ス 』、つ ま り、自 分 の 、とりわ け 芸 術 家 として の 心 的 な 理 想 を 大 政 党 の そ れ 、とい うよ り千 年 続 く未 来 を 持 つ 帝 国 の そ れ と結 び 付 け る ことが で きる とい う観 念 」22によ っ て 、官 能 的 な 合

― を 求 め る 言 つ て しま え ば 個 人 の 欲 望 に 端 を 発 した 愛 に よっ て動 機 付 け られ て い る以 上

、 この 結 び 付 きが 揺 らげ ば 、ドー デ ラ ー は 政 治 的 関 心 を 失 つて しま うの は 当 然 で あ つ た だ ろ う。っ ま るところ ドー デ ラー の 政 治 へ の 関 与 は 、現 実 の 政 治 状 況 との 関 係 を 女 との 関 係 に 喩 え て 語 る23こ とか らも 明 らか な よ うに 、個 人 的 な 認 識 、私 生 活 の 次 元 に 留 ま り、社 会 全 体 を 視 野 に お い た も の で は な か つ た の で あ ろ う。

さ て 、これ に 続 く1937年 は 、ドー デ ラ ー は 後 に 二 番 目 の 妻 に な る マ リー ア ・エ ン マ ・トー マ24に 出 会 い 、ま た オ ス ヴ ァル ト・シ ュペ ン グ ラー の 著 作 を刊 行 して い たC .H.ベ ック社 と、

この 時 ま だ 書 か れ て い な か つ た 『誰 も が 犯 す 殺 人 』を 出 版 す る契 約 を 結 ぶ な ど 、転 機 とな

19「 ドー デ ラー は ア ドル フ ・ヒトラー の 第 三 帝 国 を ドイツ国 家 の 神 聖 ロー マ 帝 国 と取 り違 え てい た。」

Michael  Hornwitz:Heimito  von  Doderer(Versuch  einer  Biographie).  In:ders.(hrsg.):

Begegnung  mit  Heimito  von  Doderer.  Wien,  M chen  1983.5.154 20Fleischer:5 .259

zi Fleischer:5 .258 zz Fleischer:Ebd .

『政 治 的 なエ ロス』とは ドー デ ラー が ギ ュー ター スロー へ 宛 て た1936年11月4日 の 手 紙 の 中 の言 葉 。

Vgl.  Heimito  von  Doderer/Albert  Paris  G ersloh:Briefwechsel  1928‑1962 . Hrsg.  von Reinhold  Treml.  M chen  1986.5.105ff.

23注30で 指 示 したギ コ.一ター スロー 宛 て の 手 紙 参 照 。 24ル ー トヴィヒ・トー マ の 姪 に 当 た る。

      ‑49一

(9)

る年 で あ った 。さらに 翌1938年 に は オ ー ス トリア が ドイツ に 併 合 され 、ドイ ツ に 留 ま る理 由 が な くな っ た ドー デ ラー は ウ ィー ン に 戻 り、そ の 年10月 に 初 版 が 出 版 され た 『誰 も が 犯 す 殺 人 』は ドー デ ラー の これ ま で の 作 家 生 活 の 中 で 最 大 の 成 功 を 収 め た 。

2.

す で に 述 べ た ように1936年 の9月 に 四 十 歳 に な っ た ば か りの ドー デ ラー は 、『騎 士 の 小 説 』とい う副 題 を 持 っ 、短 い 小 説 『最 後 の 冒 険 』に 取 り掛 か る 。そ の 副 題 か ら分 か る通 り、

三 十 年 戦 争 直 後 の バ ロック の 時 代 を 舞 台 に した 『回 り道 』と並 ん で 、この 作 品 は 中 世 の 騎 士 世 界 を 舞 台 に して お り、一 見 同 時 代 的 な も の を 忌 避 し て い る ように 見 え 、作 者 自 身 に よつ て も 「否 定 し難 い 『現 実 逃 避escapism』 の 一 例 」25と呼 ば れ な が ら 、ま た 後 に 述 べ るよ うに 、幻 想 小 説 として の 道 具 立 て を 持 つ て い る に も か か わ らず 、作 家 の 現 在 との 強 い ア ナ ロ ジ ー の 中 で 構 想 され た の は 、言 うま で もな い こ とで あ る。 ドー デ ラ ー 研 究 の 草 分 け 的 存 在 で もあ るデ ィー トリッヒ・ヴ ェー バ ー は 、まだ ドー デ ラー の 存 命 中 に 彼 の 人 生 を 年 表 ととも

に ま とめ て い る が 、そ こで 「ハ イ ミー ト・フ ォ ン ・ドー デ ラ ー の 伝 記 は まる ま る 彼 の 小 説 作 品 に 含 まれ て い る。彼 の 小 説 に は 現 実 の モ デ ル に 対 応 しな い 人 物 が ― 人 も 存 在 しな い よ う に 、彼 自 身 も 何 度 も そ して さま ざ ま な 人 物 の 姿 で ポ ー トレ ー トを 描 か れ て い る。 自伝 的 な も の は 彼 の これ まで の 作 品 に お い て あ る意 味 で 根 本 的 な もの で あ る」26と書 い て い る。

ま た 、シ ュミット=デ ン グ ラ ー は 、この 『最 後 の 冒 険 』の 中 で お そ らく最 も 多 く引 用 され て い る だ ろ う主 人 公 ル イ ・デ ・フ ァネ ス の 省 察 、「今 で は も う四 十 歳 だ 、そ し て この 年 齢 は 見 方 に よ れ ば 、とりわ け ま だ ど こに も 定 着 せ ず 、ま だ ど こに も 小 舟 を 最 終 的 に 肪 っ て い な い と き に は 、神 秘 的 な も の だ 。長 期 間 ― ヶ所 で 暮 らす ことが 滅 多 に な く、した が つ て ほ とん ど友 達 もい な か っ た の に 、四 十 歳 だ 。馬 は 肯 き な が ら 歩 き 、赤 い 槍 が そ の 動 き を 示 して い た 。 一 人 だ 」(7)をや は り引 用 し な が ら、「ル イ が 行 うこの 診 断 は 自 己 診 断 で あ る 。到 達 した 年 齢 の 点 の み に 限 らず 、ま た ドー デ ラー 自 身 も 『定 着 』せ ず 、確 か な 存 在 基 盤 を 持 た ず 、ま

さしく決 定 的 な 意 味 を 持 つ 転 居 を 行 つた ば か りで あ つ た 」27と書 き 、小 説 と現 実 の リン クを

zs Heimito  von  Doderer:Autobiographisches  Nachwort . In:Heimito  von  Doderer:Das letzte Abenteuer.  Ein  Ritter‑Roman.  Mit  einem  autobiographischen  Nachwort.  Heraus‑

gegeben  von  Wendelin  Schmidt‑Dengler.  Philipp  Reclam  jun.,  Stuttgart  1953,1981.

5.98

以 下 この本 か らの 引 用 は 物 語 本 文 か らの 引用 は 本 文 中 の 引用 直 後 に そ の 頁 数 の み を示 し、そ の 外 か らの 引 用 は 書 名 をDLAと 略 記 す る。

zs Dietrich  Weber:Heimito  von  Doderer . Studien  zu  seinem  Romanwerk.  M chen  1963.

5.294

z7 Wendelin  Schmidt ‑Dengler:Nachwort . In:DLA.5.101       ‑50一

(10)

強 調 して い る。そ して 極 め つ け に 、ドー デ ラ ー 本 人 も1936年11月5日 の 日 記 に こ の 作 品 が 「非 常 に 自 伝 的 」28であ ることを 認 め て い る。

この 本 来 『デ ィヴ ェ ル テ ィメン ト 第 七 番 』として 構 想 され た 作 品 は 、他 の 『デ ィヴ ェル テ ィ メン ト』と同 じように 四 部 構 成 を 持 っ て い る 。そ の 構 成 を 舞 台 と登 場 人 物 、事 件 で 整 理 す る

と、次 の よ うな 、単 純 な あ らす じが 出 来 上 が る。

騎 士 ル イ は 小 姓 の ガ ウ ヴ ァイ ン ととも に 、吟 遊 詩 人 の 唄 に 歌 わ れ る モ ン テ フ ァル の 公 妃 に 求 婚 す るた め に 、人 を 寄 せ 付 け な い 深 い 森 に 分 け 入 つ て 行 く。モ ンテ フ ァル へ の 道 は ドラゴ ン が 出 現 した こ と に よっ て 鎖 され て お り、そ の ドラ ゴ ン を倒 す こ とが 求 婚 の 条 件 で あ つ た 。深 い 森 を 彼 ら は 奥 へ 奥 へ と進 ん で 行 き、森 の 深 部 で 二 人 は 山 と見 紛 うば か りの 巨 大 な 生 き 物 、ドラゴ ン に 遭 遇 す る 。ル イ は ドラ ゴ ン の 眼 の 中 に 、あ る風 景 を 見 る。そ し て ドラゴ ン と戦 い 、そ の 角 を 切 り落 として 撃 退 す る。や が て つ い に モ ンテ フ ァル へ とた ど り着 く。

モ ン テ フ ァル は 森 の 中 の 城 とは 思 え な い くらい 立 派 な 城 で あ っ た 。しか しル イ は か つ て 目 的 で あ っ た 、求 婚 を せ ず 、の らくらす る 内 に 目 が 過 ぎ て 行 く。ル イ の 小 姓 ガ ウ ヴ ァイン は 騎 士 に 叙 任 され る 。彼 らの 次 に もう一 人 の 騎 士 ガ ー ム レッ トが ドラゴ ン の 角 の 切 れ 端 を も つ て や つ て 来 る。ガ ー ム レ ットは そ れ を 森 で 拾 っ た と言 い 、ル イ の 手 柄 を 立 証 す る。ル イ は 勇 者 と して 、公 妃 の 求 婚 者 として の 資 格 を 完 全 に 確 立 す るが 、そ れ で も 、ル イ は 公 妃 に 求 婚 し よ うとしな い 。ル イ は ガ ウヴ ァイ ン が 公 妃 に 惹 か れ て い くの を 放 置 す る。モ ン テ フ ァ ル の 元 帥 に 唆 さ れ て 、ガ ウ ヴ ァイン は 公 妃 に 対 す る 自 分 の 感 情 を 認 識 させ られ る。ガ ー ム レッ トとル イ は ドラゴ ン の 森 を抜 け た 旅 の 意 義 を 語 り合 う。ガ ウヴァイ ン は 公 妃 に 求 婚 し 、ル イ は モ ン テ フ ァル を 発 つ 。再 び 森 の 中 で ル イ は 己 の 運 命 に 目 を 凝 らし 、ドラゴ ン と吟 遊 詩 人 に 再 会 す る。森 を 出 る と、村 が 略 奪 に 遭 っ て い た 。騎 士 として 、ル イ は 村 人 た ち を 守 る た め に 、一 人 で 略 奪 者 の 集 団 に 突 撃 す る。そ し て そ の 戦 い の 中 で 命 を 落 とす 。

物 語 の 構 造 的 特 徴 として 重 要 な 点 は 、まず 第 一 に 、こ の 物 語 は 『騎 士 の 小 説 』とい う副 題 を 持 つ が 、三 人 の 騎 士 が そ れ ぞ れ の 立 場 で モ ン テ フ ァル とい う一 つ の 舞 台 に 集 い 、彼 らの 三 様 の 騎 士 の 生 き 方 が 描 か れ るとい う意 味 に お い て 『騎 士 の 小 説 』で あ り、行 動 しな い 主 人 公 で あ るル イ に 端 的 に 表 わ れ て い るよ うに 中 世 の 叙 事 的 物 語 とは 違 つ て 騎 士 の 遍 歴 の 冒 険 謹 とし て は この 物 語 は 期 待 され る事 件 性 に 欠 け て い る とい うこ と、第 二 に 、こ

の 物 語 に は 、そ の 鍵 とし て ドラゴ ン との 闘 い が あ る ことか ら、ドラゴ ン 退 治 の 物 語 の 系 譜 の 一 端 に 連 な っ て も い るとい うことの 二 点 が 挙 げ られ る

28Heimito  von  Doderer:Tageb her  1920 ‑1939 . Hrsg.  von  Wendelin  Schmidt‑Dengler, Martin  Loew‑Cadonna  und  Gerald  Sommer.  M chen  1996.  Bd.1:1920‑1934,  Bd .2:

1935‑1939.In:Bd.2:1935‑1939,5.872

      ‑51一

(11)

『騎 士 の 小 説 』として ル イ とガ ウ ヴ ァイ ン の 旅 は 、 「エ ー レ ク で あ れ 、イ ー ヴ ェ イン で あ れ 、 ランス ロッ トで あ れ 、ヴ ィガ ロ ワで あ れ 、パ ル チ ヴ ァー ル で あ れ ― 騎 士 は 故 郷 の 退 屈 で 単 調 な 生 活 を 捨 てな け れ ば な らな い 。異 国 の 人 々 の 中 に あ つ て 騎 士 は 美 徳 を 守 らね ば な ら ず 、そ れ が で き な け れ ば 恥 辱 か ら野 卑 に な り、『居 座 り』、『怠 惰 に な り』、そ して 無 気 力 に な る。[…]ヴ ォル フ ラ ム ・フ ォ ン ・エ ッシ ェ ン バ ッハ が 、あ た か も読 み 手 ・聞 き 手 が 彼 の 英 雄 と運 命 を とも に す るか の ように 、彼 らに 向 け て お こな っ た 催 促 が そ うだ 。『そ れ ゆ え に 、真 の 騎 士 に な り、世 の 中 、己 れ 自 身 な らび に神 を 見 い だ す た め に 、ガ ー ム レ ットは 息 子 パ ル チ ヴ ァー ル を 遠 方 に 騎 行 させ た の だ!』 」29とい う、騎 士 文 学 に お け る騎 士 へ の 要 請 に 即 し て い た と思 わ れ る。しか し、ル イ の 物 語 は こ の よ うな 遍 歴 の 騎 士 の 物 語 が 終 焉 す る とこ ろ か ら始 ま つ て い るよ うに 見 え る 。そ れ は ル イ とい う騎 士 が 、ど こ か 一 つ の 土 地 に 「『居 座 り』、

『怠 惰 に な り』、そ して 無 気 力 に な る 」の で は な く、遍 歴 す る こ とに 「『居 座 り』、『怠 惰 に な り』、そ して 無 気 力 に 」な っ て お り、騎 士 文 学 に 見 られ る 騎 士 像 か ら逸 れ 、遍 歴 す るこ とで は な く定 着 す るこ とを 求 め て い る こと、つ ま り、ル イ に とっ て 遍 歴 の 意 義 が 失 わ れ て い る こ とか らも 分 か る。ル イ が 「す で に 沈 み つ つ あ る 身 分 」(6)と感 じ るの は 、騎 士 階 級 そ の も の で は な く、遍 歴 す るこ とが 定 め で あ っ た 騎 士 階 級 の ことで あ る。

で は こ の 『騎 士 の 物 語 』に お け る 、第 一 の 騎 士 で あ るル イ が ど の ような 人 物 な の か も う少 し詳 しく見 て み よう。

まず わ れ わ れ は 、主 人 公 ル イ が 遍 歴 の 騎 士 で あ り、ドラ ゴ ン を 探 しな が ら 、これ ま で 外 部 と隔 絶 し て い た 城 モ ン テ フ ァル へ と向 か つ て 、人 が 足 を 踏 み 入 れ るこ との な い 森 の 中 を さ 迷 っ て い る 状 況 が 、主 人 公 ル イの 内 面 ― 「人 は 内 に 広 大 な 世 界 を 持 つ て い る 」(7)― の 外 界 へ の 浸 潤 で あ るとい う前 提 を 受 け 入 れ な け れ ば な らな い 。ル イとも う一 つ ガ ウヴ ァイ ン の 補 助 的 な 視 点 を 通 して この 状 況 に 着 目す れ ば 、そ れ は 明 らか で あ る。

  「や つ ば りここ に 道 が あ りま した ね 。あ な た は も うあ の 吟 遊 詩 人 か ら聞 い て 知 っ て い た ん で す ね 」(5)と無 邪 気 な ガ ウ ヴ ァイ ン は 言 うが 、「私 は 知 つ て い た とは 言 え な い よ。あ の 吟 遊 詩 人 が こ の こ とを語 つ て い た の だ とだ け は 言 え る が ね 。しか しそ うい った 物 語 は 、知 つ て い て も 、た い が い 当 て に な らな い もの だ 」(5)とル イ は 答 え る。ま た ガ ウ ヴ ァイ ン は 旅 の 展 望 を 一 息 に ま とめ 上 げ ることが で きる。 「僕 ら は ど ん な に 深 くて も 、こ の 森 を 抜 け て 、六 十 馬 身 ど ころ か 百 馬 身 もの 大 き さだ ろ うと、ドラゴ ン を 倒 して 、そ れ で 公 妃 の 出 した 条 件 を 満 た し て モ ン テ フ ァル に 着 い て 、トラン ペ ットを 吹 い て 迎 え られ て 、そ れ で あ な た は リドイ ー ネ の 夫

29Cメ クゼ ー バ ー,Eシ ュラウト共 編:『 ドイツ 中 世 の 日 常 生 活 』刀 水 歴 史 全 書35瀬 原 義 生 監 訳, 赤 坂 俊 一 ・佐 藤 千 治 共 訳 刀 水 書 房1995.10―11頁

      一52一

(12)

に な るん で す 。あ な た も 彼 女 を 愛 す るよ うに な りま す よ ね 。」(5f.)しか しル イ は 「い っ た い ど うして 私 に そ ん な 事 が 分 か る とい うの か ね 」(6)と笑 うしか な く、十 六 歳 の 若 く単 純 で 人 生 の 展 望 を 描 き上 げ る こ との で きる ガ ウ ヴ ァイ ン に 対 して 、「彼 の 完 全 な 孤 独 の 、そ して ま た ひ ょつ とした ら今 始 ま つ た ば か りの 企 て の 愚 か しさの 、不 快 な 認 識 を 笑 顔 の 背 後 に 隠 した 。」

(6)ガ ウ ヴ ァイン の 目 と言 葉 を 通 せ ば 、眺 望 は クリア に な り、こ の 森 の 中 の 騎 行 は 確 か に 目 的 を 持 っ た 旅 とな る が 、ル イ に とつ て は 期 待 され る 「た ぶ ん こ れ が 最 後 に な るだ ろ うア ヴ ァ ン チ ュー ル 」(6)は 、彼 の 「真 の 騎 士 に な り、世 の 中 、己 れ 自 身 な らび に 神 を 見 い だ す た め 」の 遍 歴 で は な く「彷 径 」(6)の 最 後 の 一 環 に 他 な らな い 。そ して 公 妃 リドイー ネ は 決 して ガ ウ ヴ ァイ≧ の 場 合 に 見 られ る よ うな 目 的 で は な く、「自 分 の 人 生 の 意 味 を 暴 き 出 す 」(7) た め の 口 実 に 他 な らず 、「彼 女 を 愛 す る ように な る 」か どうか は 問 題 外 な の だ 。人 生 に 迷 う 彼 の 抱 く展 望 は 森 の 木 々 に 遮 られ て い るか の よ うに 見 え て こな い 。

そ もそ も 、ル イ は こ の 騎 行 の き っ か け とな った 吟 遊 詩 人 の こ とを ガ ウ ヴ ァイ ン に 尋 ね られ て こ う答 え る。 「彼 の 技 も そ うだ っ た が そ の ほ か の 点 で も 、彼 は 目 立 っ た 男 だ っ た 。サ ラ セ ン 人 の ように い くらか 探 る よ うな 目 つ き を して い た 。そ れ に 彼 は 弓 を す ば らしく上 手 に 扱 う 術 を 心 得 て い た 。た ぶ ん お 前 と同 じ身 分 の 人 間 だ ろ う。彼 の 父 親 は 騎 士 階 級 の 家 人 か も 知 れ な い 。彼 の 名 前 は 、お 前 も 知 つ て い る ように 、奇 妙 な こ とに 忘 れ て しま つ た 。!(8)30吟 遊 詩 人 も リドイ ー ネ も モ ン テ フ ァル も とも に 、ル イの 言 葉 で の み そ の 存 在 を 保 証 され て い る。

ガ ウ ヴ ァイ ン の 抱 く理 性 的 な 疑 問 は ことご とくル イ の 目 撃 者 として の 証 言 に よ っ て 応 じられ る が 、た だ 一 っ 、ル イ が 答 え を 与 え られ な い 問 い が あ る。しか しそ れ は 、ガ ウ ヴ ァイ ン で は な くル イ 自 身 が 提 示 した 問 い で あ る。 「リドイ ー ネ は 絶 対 に 英 雄 に しか 結 婚 を 承 諾 しな い つ も りだ 。お 前 は そ も そ も一 英 雄 とい うも の が 何 だ か 知 っ て い るか い 」(9)と尋 ね る ル イ に 、 ガ ウ ヴ ァイン は 即 座 に 「え え 、で も 、ど うして で す 」(9)と聞 き 返 す 。そ れ に 対 して ル イ は 「で き た らそ れ を 知 りた い も の だ 」(9)と答 え 、す ぐ に 話 題 を 変 え る 。ガ ウ ヴァ イ ン に とつ て 「英 雄 」とは ル イ ・デ ・フ ァネ ス そ の 人 で あ る 。ところ が 、ル イ に は ドラゴ ン を 退 治 した 「英 雄 」とし て リドイ ー ネ の 手 を 求 め に 行 こうとい うの に 、自 分 が な ろ うとして い る もの が ど うい うもの な の か 分 か らな い の で あ る。も ち ろ ん あ くま で も観 念 として は 、ガ ウ ヴァイ ン 同 様 、ル イも知 っ て い ると答 え ることが で きる の か も しれ な い 。

ル イ は 好 ん で 道 を 外 れ 、森 の 中 を 歩 き 回 る。そ して 「今 や 私 は 本 当 に 迷 え る 騎 士 に な っ て しま っ た ようだ 。ま る で も う二 度 とこ の 森 か ら出 られ な い よ うな 、半 年 もここを 騎 行 して い る

30こ こで 吟 遊 詩 人 の 特 徴 として、「探 るような 目つ き」と、直 線 的 に 飛 ぶ 矢 を放 つ 「弓 をす ば らしく上 手 に 扱 う術 を 心 得 て い た 」が 挙 げ られ てい ることは 注 目 に値 する。「弓1は 鋭 く見 通 す 眼 の 隠 喩 で あ

      一53一

(13)

よ うな 気 が す るか ら」(13)と 述 懐 す る 。そ れ とは 対 照 的 に ガ ウ ヴ ァイ ン は 「こ こ は 美 し い 」 (13)と 一 見 、見 当 外 れ の 返 答 を す る。ル イとガ ウヴ ァイ ン が 見 て い る も の が 異 な る とい うこ

とは この 会 話 の ず れ に お い て 決 定 的 に 明 らか に な る 。そ して これ が 単 純 に 風 景 の み を 指 して い るの で は な い ことも 明 らか で あ る。こ の 感 想 は 二 人 の そ れ ぞ れ の 人 生 に 対 す る感 想 で もあ る。ま た ル イ が 道 を 外 れ るの を 好 む とい うこ とが 意 味 す る もの は 、ドー デ ラ ー の 『回 り 道 』とい う作 品 を 援 用 す れ ば 明 瞭 とな る。『回 り道 』は 「彼 の 拘 留 の 最 後 の 日 々 に 元 伍 長 パ ウル ・プ ラ ン ター の 上 に は 穏 や か な 気 持 ち が 訪 れ て い た 。彼 は 彼 を 待 ち 受 け て い る縄 に 正 しく値 す る と理 解 して い た 。しか しな が らそ の ような 、単 な る 司 法 に 関 す る 認 識 だ け で は 彼 の 気 持 ち は ま だ 鎮 め られ な か っ た だ ろ う。そ れ だ け で は な く、彼 が い ま 振 り返 つ て は っ き りと見 て 取 った も の は 、ま さ しく彼 の 人 生 の 流 れ 全 体 で あ っ た 。つ ま り絞 首 台 へ の 回 り道 、そ れ 以 上 で は な か っ た 。そ して 彼 に は 、も う何 度 も この ことを感 じて い た よ うに 思 え た 」31とい う文 章 で 始 まる。ま た 、道 を確 認 す る た め に 道 を 外 れ て い た の だ とい うル イ 自 身 の 言 葉 に よるも つ とも らしい 説 明 に 対 し て 、ガ ウ ヴ ァイ ン が 沈 黙 を もっ て 答 え る の は 、直 線 的 な 人 生 の 展 望 を 持 つ ガ ウ ヴ ァイン に は そ れ が 理 解 で きな か つ た か らで あ り、同 時 に そ の 沈 黙 は ル イ の 陳 述 に よ る意 味 付 与 の 空 虚 さを 印 象 づ け 、信'!,性 を 疑 わ せ る効 果 を 持 つ 。 この 直 後 に ル イ が 唐 突 に 多 弁 に な り、吟 遊 詩 人 の こ とを 思 い 出 して 語 り出 す の は ― 種 の 輻 晦 で あ る の は 間 違 い な い 。そ して も ち ろ ん ここ で 初 め て 語 られ る 吟 遊 詩 人 の 矢 筒 に 刻 ま れ て い る 、 「か つ て 行 わ れ た 冒 険 の ― つ 一 っ を とて も 芸 術 的 に 描 い た 無 数 の 図 像 」 (15)や 「― つ ― つ が 一 冊 の 本 まる ま るの よ うに とて も 意 味 に 富 み 、全 部 が 合 わ さ っ て 正 し い 知 識 を 与 え るだ ろ う印 」(15)は 、ル ー ン 文 字 の よ うに 人 生 あ る い は 運 命 とい う複 合 体 全 体 、つ ま り彼 らが 進 む べ き 読 み 切 る こ との で き な い 道 を 暗 示 して い る。彼 らが 騎 行 す る 眺 望 を 遮 られ た 森 の 中 は 、は つ きりと示 す こ との で きな い 何 者 か に 解 読 で き な い 人 生 を 導 か れ 、自 らの 行 動 に 対 して 疑 念 を 抱 き 、同 行 者 そ し て 自 らを も 欺 き つ つ 進 む 、ル イ 自 身 の 心 象 風 景 で あ る。

そ して 彼 らは ドラゴ ン に 遭 遇 す る 。ドラゴ ン を 初 め て 目撃 す る 場 所 は 眺 望 が 開 け て い ると い うこ とは 、情 景 描 写 に お け る 論 理 的 必 然 で あ る ととも に 、上 述 の 文 脈 で も ドラ ゴ ン の 役 割 とあ い ま っ て 実 は 必 然 な の で あ る 。

  抜 き 身 の 剣 を 手 に ドラゴ ン へ と向 か つ て 、「走 る うち に 鋭 く尖 つ た 水 晶 の よ うに ル イの 中 に― 彼 自 身 に とつて も不 思 議 だ った の だ が ― 自 分 自 身 を 愚 か に も こん な 試 験 に 値 す る

ろう。これ は 後 述 す るが ドラゴンの 「眼 」に通 底 す る。

31Heimito  von  Doderer二Ein  Umweg . Frankfurt  a.M.  und  Hamburg  1965.  Lizenzaus‑

gabe  mit  Genehmigung  des  Biederstein  Verlages,  M chen.  S.5       ‑54一

(14)

と考 え て い る、あ の 未 知 の 女 に 対 して 嘲 りと侮 り、そ う、軽 蔑 が 身 を 擾 げ て き た 。」(21)そ し て 山 と見 紛 うほ ど 巨 大 な ドラ ゴ ン を 眼 前 に す る と、自 分 の 手 に す る 剣 が 彫 刻 刀 ほ ど に しか 感 じ られ ず 、 「同 時 に ル イ は 、ま だ 住 み 始 め て 間 もな い 家 に 、あ る 日 新 しい 、そ れ ま で 気 が つ か ず 入 つ た こ との な い 部 屋 を 見 つ け た 人 の ように 、彼 の 内 面 に 広 く明 る い 空 間 を 見 た 。」(21)「今 で は 何 も な い そ こ に は 死 の 恐 怖 が 住 ん で い た は ず だ つ た とい うこ とに 、彼 は 気 づ い た 。彼 は 、こ こ、こ の 状 況 に お い て も 、大 きな す み れ 色 の 角 の あ る茶 色 の 山 脈 を 前 に して い て も 、完 全 に 落 ち 着 い て お り、彼 の 背 後 で 、お そ らく肩 甲 骨 の 問 で 、ど こで あ れ ど の ように で あ れ 過 ご して きた 彼 の 全 人 生 が 、す ぐ に も背 中 に 広 げ る ことが で きる 、小 さな 荷 物 として 集 ま っ て くる の を 待 つ て い た 。」(22)こ の ように ドラゴ ン との 遭 遇 は ル イ に こ の 旅 の 無 意 味 さ と並 ん で 、こ の 生 の 無 意 味 さを 感 じさせ る 。そ して ル イ は ドラゴ ン の 眼 の 中32に も う一 っ の 世 界 を 、さ らに そ の 中 に 映 り込 ん だ 自 分 自 身 を見 る。

  二 っ の 小 さな 森 の 沼 の よ うに そ れ は ル イの 前 に あ つ た 。そ の 苔 む した 褐 色 の 底   は 太 陽 に 照 らされ て 浮 か び 上 が りな が らな お 、そ の 底 が 映 して い る空 の 、眩 量 を   起 こさせ る ような 深 さを 指 し 示 し て い た 。とて も深 くへ とこの 眼 は 通 じて お り、数 日   や 数 週 間 あ る い は 数 ヶ 月 どこ ろ で は な く、数 千 年 か か っ て や つ と通 り抜 け る こ と   が で き る森 の 中 の よ うだ つ た 。 そ れ は 、モ ン テ フ ァル の 森 が この 一 つ の 冒 険 を   取 り巻 い て い るよ うに 、そ もそ もこ の 世 の あ りとあ らゆ る 冒 険 を 、し た が っ て 、この   ような 森 の 中 深 くに 囚 わ れ 、眠 り込 ん で い る 肉 体 の 中 の 夢 の よ うに そ の 中 に あ る   全 て の 生 を 取 り巻 い て い た 。[…]そ の 場 所 は 完 全 な 風 景 を 見 せ て い た 、が らん   とした 、大 き な 、荒 れ 果 て た 水 車 小 屋 が 穏 や か な 谷 間 に あ り、そ こ に は 草 が 丈 高   く瑞 々 しく、緩 や か な 小 川 の た ゆ た い 流 れ る鏡 の 際 に 生 え 、小 川 の 水 底 は 差 し   込 む 陽 射 しに 照 らされ て 褐 色 に 浮 か び 上 っ て 来 た … … そ の 中 を 通 り抜 け てル イ   は 進 み 、一 呼 吸 の 間 、この 非 常 に 大 き な 森 か ら飛 び 出 して 、振 り返 つ て 見 る と、

  ル イ ・デ ・フ ァネ ス の 『方 旗 』が そ の 中 を 進 ん で 行 くの が 、そ して 彼 の 小 姓 ととも に   ま ば らに 高 山 芝 の 生 え た 山 の 頂 に 立 ち 止 ま っ て 、あ るい は ここ で ドラゴ ン の 頭 の   前 に 立 つ て い る の が 見 え た 。そ して 今 や 彼 の 見 た も の を 定 着 させ る強 い 眼 差 し   で も っ て 、この 銀 と鉄 に 身 を 包 ん で ぴ か ぴ か 光 つ て い る 、ドラゴ ン を 前 に して 夢 を

32ラ テ ン語 のdraco 、英 語 のdragonも ドイツ 語 と同 じくそ の語 源 は 、ギリシ ア語 のdrakonに 求 め ることが で きる。この語 は本 来 的 に は ヘ ビを表 わ す 言 葉 と同 義 として用 い られ 、原 義 は 「鋭 く見 るもの scharf  Blickender」 を意 味 す るとい う。多 くの物 語 で 、ドラゴンが 英 雄 を、鋭 く見 つ め 、射 煉 め 、たと えば メドゥー サの ように 石 に して しまった りもす るの は 、この ドラゴンの 本 性 か らで あるとい う訳 だ 。       ‑55一

(15)

  見 て い る男 が か つ て体 験 したか もしれ な いことの す べ て を、そ の 男 の 肩 甲 骨 の   間 に小 さな 荷 物 に して集 め ることが 、容 易 に で きた 。そ して― 見 てご らん 一 彼   はそ れ を軽 いと思 った 。(22f.)

この ときル イが 感 じた こと、ドラゴン の 大 きさと 自分 の 存 在 の 小 ささは 、それ 以 上 の 説 明 の 必 要 は ない だろ う。しか しここで 重 要 なの は 、ル イの 現 実 が 夢 としてもう一 度 体 験 され て い ることで ある。ル イは 森 と自分 自身 を傭 鰍 し、森 の 外 か ら、客 体 として 把 握 す る。ドラゴ ンとの遭 遇 は 、さし当 たつて 自分 のこれ まで の 人 生 と自分 の 人 生 に 意 味 を与 えようとす る 行 動 そ のもの の意 味 の 喪 失 に つ な が るが 、それ は 同 時 に 新 しい 認 識 の 獲 得 で もある。ド ラゴ ンが彼 に無 関 心 に去 って 行 った 後 、ガ ウヴ ァイン が彼 を ドラゴン を退 けた 英 雄 として 称 えるの に 対 して 、ドラゴンのように無 関 心 に 応 じる。

      『行 こう… … そ してもう少 しした ら野 営 だ 』 彼 は彼 らがや つて来 た 方 角 を指 し     た。

      ガウヴァイン は 当 惑 して彼 を見 つ め た。『モ ンテ ファル は … …公 妃 は … … ひ     ょっとしたら森 もす ぐそ こで 終 わ るの もか も知 れ ませ ん よ!そ うで な けれ ば 私 た     ち は また 三 週 間 騎 行 しなけ れ ば い けな い の に… … 』彼 は お ず お ず と言 った 。       『どち らでもい い 』とル イは答 えた 。『さあ 、騎 乗 せ よ、モ ン テファル へ 』(25)

  確 か に物 語 の 初 め の 状 況 にお い て 、モ ンテフ ァル に 定 着 す ることを 求 め 、自分 の 人 生 に意 味 を与 えようとす る意 図 は、未 だ 目 に見 えな い 実 現 して い ない 期 待 を担 つて い た。し か しル イにとっ て今 や そ れ に意 味 は な く、ドラゴン との 対 面 に よって得 られ た 新 しい 認 識

によつて 、これ までの 生 とは 異 な る新 しい 生 の次 元 が彼 の 眼 前 に 開 け 始 めた の で ある。

で は 、ル イが 到 達 した新 しい認 識 はどの ようなもの で あろ うか。

ル イは 言 う。

    私 は ドラゴンの眼 の 中 に彼 女 を見 た … …[…]私 は そ こに彼 女 を 、リドイー ネ を 、     私 の 人 生 が含 ん で い るもの す べ て と同 じように 、密 に 凝 縮 して 見 た の だ。そ し     て、そ う見 えた の だ が 、過 ぎ 去 つた こととま つたく同 じように これ か ら来 るものも。

    私 にとつては 私 た ち が到 着 した ときの 階 段 の 上 の 彼 女 の 姿 は 、一 人 きりでそ こ     に立 って いた 。小 さく、痩 せ て 、暗 く、目 新 しさの 光 に 照 らし出 され た縁 に取 り     巻 かれ てい ることもなく、あるい は別 の 形 に作 られ た 世 界 か ら移 つて 来 たように。

      ‑56一

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    モ ンテ ファル は 私 に とっ て 冒 険 で はな い 、またもは や 目的 でもなか つた 、そ のこ     とを私 は す ぐに 知 ったの だ 、まだ あ ぶ み か ら片 足 しか 外 してい な いうち に。(31)

ル イは リドイー ネ を彼 女 を取 り巻 い て い る価 値 や 文 脈 か ら切 り離 して 、彼 女 自体 として 単 独 に 観 察 し、評 価 して い る。また 、か っ てドラゴン と遭 遇 す る前 に彼 が 抱 いて い たモ ン テ ファル とリドイー ネ に 対 す る期 待 や 願 望 は 、い ま 目の 前 にあ るモ ンテファル とリドイー ネ とは まつた く何 の 関 係 もな い 、彼 の 心 の水 面 という鏡 に映 った イメー ジ にす ぎな い 。水 面 の 下 の 水 底 を見 るように モ ンテ ファル とリドイー ネ を見 ること、それ が ドラゴン のもた らした 新 しい 認 識 であ る。モ ンテフ ァル とリドイー ネ は本 質 的 に 等 置 することので きるもの であ る。

そ してこの 街 の 中 心 に は リドイー ネ が 立 つ 。モ ンテ ファル は 大 都 市 と言 つてもよい 規 模 の 街 で あ り、その 城 はカ フカ の 『城 』を 思 わせ るような複 雑 さと広 大 さを持 ち 、空 中 庭 園 まで もを備 え た 重 層 的 な 構 造 をして い る。そ して 時 の流 れ もここで は 「まるで 時 がもは や 流 れ てな どい な い か の ようで あり、そ して 起 こった こと全 て も、まつ たく今 も 目の 前 にあ り続 け 、 静 止 した 夕 空 の 煙 の ように 、あるい は 完 全 に 風 の止 ん だ 夏 空 の 雲 の ように 、淀 ん だ 時 に 引 っ掛 か つてい た 。」(27)この城 と街 は ドラゴンの 森 に劣 らず 迷 宮 に 似 て いる。この 物 語 に お い て ル イの視 点 か らこの 街 が描 か れ るとき、必 ず と言 つて 良い ほど 「 見 た ところかな り大 きな 街 の 輪 郭 」(26,29,31,67)と い う言 葉 が 用 い られ るとい うことは 、ル イの 新 しい 認 識 に お い て この 街 が 意 味 して い るもの を暗 示 的 に 示 してい る。この モン テファル は決 して 実 体 を 内 包 してい るもの として 捉 えられ ることは ない 。そ れ は実 体 その もの が存 在 しな い輸 郭 、 仮 象 で ある。

そ して 、確 か にこの 街 は 遍 歴 の 騎 士 の旅 の 終 着 点 で もあ り、同 時 に都 市 化 した 騎 士 の 街 で ある。この仮 象 の 城 、彼 らが そ こで 定 着 しようとして 目指 して 来 た城 で 、モ ンテ ファル の 元 帥 の 下 で ガ ウヴァイン は 侃 剣 し、騎 士 に 叙 任 され る。そ のことで 旅 の 間 にもル イとガ ウヴァイン の 問 に あつ た 差 異 が 顕 在 化 して来 るの で ある。「 真 の 騎 士 にな り、世 の 中 、己 れ 自身 な らび に神 を見 い だ す た め に 」 遍 歴 す る騎 士 とは 、「 この剣 を 、教 会 、未 亡 人 、孤 児 、神 に 仕 えるす べ て の 者 を異 教 徒 の 残 忍 さか ら守 るため の 防 具 とせ ん がた め に 。敵 に 不 安 と恐 れ と恐 怖 を 注 ぎ こまん が た め に 」33あ り、「『わ れ わ れ が未 亡 人 や 孤 児 を守 り、困 窮 して い る貧 しき者 の 側 に 立 つて判 決 を下 し、正 義 を実 行 す ることこそ 貴 族 の徴 で あ り、

わ れ わ れ の 剣 の 要 求 す るところで ある。』」34騎士 とは 何 よりも弱 き者 の ため に 自らの 身 を

33オ ット ー ・ ボルスト:『 中世 ヨーロッパ生 活誌 』 永野藤 夫他 訳 白水 社 第一 巻97頁 aa  Ebd .

        ‑57一

(17)

挺 して 戦 う者 で ある 。城 の 高 み に 留 まるの で は な く、野 に 出 て 戦 うの が 騎 士 の 務 め で あ る。

そ れ に 対 して 、ガ ウヴ ァイン は す で に 騎 士 に 叙 任 され た そ の 時 か ら、モ ン テ フ ァル とい う仮 象 の 世 界 に 組 み 込 ま れ て しま つ て い る の で あ る 。ル イ は そ れ を 指 摘 す る 。「そ こ に あ るも の 、 い ま 夕 焼 け の 中 か ら浮 き 出 て い るそ れ は 、見 た とこ ろ か な り大 き な 街 の 輪 郭 … … ガ ウ ヴ ァ イ ン 殿 、貴 殿 は 不 思 議 に 思 わ な い で 欲 し い が 、し か し 私 は は っ き りとそ し て た くさ ん の 個 々 の も の を 、そ し て また この 城 か ら 、地 平 線 を 刻 ん で い るも の が 私 に 関 わ る 場 所 の 一 部 を 見 て い る。しか し そ れ もも は や 私 を 惹 き 付 け は しな い 。そ れ が 違 い な の だ 。私 の 以 前 の 生 と、また 貴 殿 の 、つ ま り今 あ る ような 生 に 対 す る違 い 。」(31)仮 象 に 包 まれ た 世 界 へ とさ ら に 深 く組 み 込 ま れ て 行 く騎 士 と、仮 象 を 見 破 り、そ れ を 避 け よ うとして 意 図 的 に 無 為 の

日 々 を過 ご す 騎 士 の 生 は 、これ 以 降 決 定 的 に す れ 違 っ て 行 く。ドラゴ ン との7L艪ノ よ つ て 得 た 認 識 は 、ル イを これ ま で の 生 とは 異 な る 「第 二 の 生 」35へと進 め させ た の で あ る。

こ こに 第 三 の 騎 士 が 登 場 す る。ガ ー ム レ ット・デ ア ・フ ロナ ウア ー は 、洗 練 され た 騎 士 で も あ るル イとは 異 な り、粗 野 に 近 い ほ ど豪 放 な 活 力 に 満 ち た 騎 士 で あ り、同 時 に また か っ て の ガ ウヴ ァイ ン と 同 じように 直 線 的 な 視 線 を 持 つ 。彼 は 決 し て 純 粋 な 理 想 的 騎 士 像 で は な い が 、そ の 巨 体 は 「森 の 縦 の 木 」(33)に 喩 え られ る ように 素 朴 な 生 命 力 を 体 現 して い る 。この 人 物 の 登 場 ととも に 『騎 士 の 物 語 』として の この 物 語 の 構 造 は 明 らか に な つ て 来 る。

三 人 の 騎 士 は そ れ ぞ れ 、弱 き者 の た め の 戦 士 で あ り、 自 由 に 遍 歴 す る騎 士 か ら、城 の 高 み に 座 し 、政 治 の 駆 け 引 きの 駒 ともな る 、都 市 化 宮 廷 化 した 騎 士 へ と、騎 士 とい う存 在 が 移 行 して 行 く過 程 の 類 型 として 特 徴 づ け られ て い る らし い こ とが 見 え て 来 る の で あ る。ル イ ・デ ・フ ァネ ス は この 過 程 の 中 で 揺 れ は した が 、騎 士 の 原 型 へ と回 帰 して 行 く騎 士 として 、 ガ ウ ヴ ァイン とガ ー ム レ ットの 間 に 位 置 す る と言 え る が 、三 者 三 様 の こ の 対 比 は 決 して 歴

史 的 社 会 的 な 分 析 の 手 段 で は な い ことを 付 言 して お く必 要 が あ るだ ろ う。

ガ ウ ヴ ァイ ン の 公 妃 リドイー ネ へ の 求 婚 は 、最 初 か ら彼 の 内 面 に あ つ た 単 純 な リドイ ー ネ へ の 憧 れ に 端 を 発 す るが 、実 際 に そ れ を 行 うの は 、モ ン テ フ ァル の 元 帥 の 教 唆 が あ れ ば こ そ で あ る。元 帥 は 、ル イ に 公 妃 と結 婚 す る 気 が あ る の か 確 か め ね ば な らな い 、ガ ー ム レ ッ トは 公 妃 の 夫 として は ふ さわ しくな い 、した が っ て 、ル イ に 結 婚 の 意 志 が な い の で あ れ ば 、 ガ ウ ヴ ァイン が 公 妃 の 相 手 として ふ さわ し い と、彼 に 吹 き込 む 。ガ ー ム レ ットが 公 妃 の 夫 と

して は ふ さわ しくな い とい う理 由 は 、彼 が 余 りに も 古 い 戦 士 として の 性 質 を 保 ち 過 ぎ て お り、

優 美 な 宮 廷 に 彼 の 粗 暴 さ は 似 合 わ な い か らで あ る 。

元 帥 は 「あ る者 は 、― 目 で も 見 れ ば 出 口 が 見 つ か る とい うの に 、心 の 必 要 か ら世 界 を

"Heimito  von  Doderer:Tageb her  1920 ‑1939 . In:Bd.2:1935‑1939,5.861       ‑58一

(18)

まった く見 ようとしな い 」(39)と、ガ ウヴァイン に状 況 を正 しく認 識 す るように 勧 め 、「貴 殿 は そ の 中 に 深 い森 の 中 の 人 の ように 囚 わ れ て いるの です 」(39)と 言 う。「 深 い森 の 中 の 人 の ように 」と言 う比 喩 に 、ガ ウヴ ァインが ル イとともに旅 をして来 た森 を 思 い 浮 か べ る必 要 が あ る。「 物 事 をは っきりと視 界 に 入 れ な さい。その 余 のことは 自ず か ら起 こるもの です 」(40)と いう元 帥 か らガ ウヴァインへ の勧 め は 、しか しあ る意 図 をもって進 め られ て いる誘 導 であ り、

皮 肉 なことにそ の 背 後 に は 宮 廷 政 治 の策 略 が 轟 い てい る。ガウヴァイン は水 鏡 に 映 る元 帥 の 誘 惑 の 底 に あ る底 意 に うす うす 気 が つ いて い な が ら、元 帥 の言 葉 によつて 「 物 事 を は つきりと視 界 に入 れ 」させ られ ることによって誘 惑 され て 行 く。元 帥 は ガ ウヴァインに リド

・ イー ネ の夫 にな るとい うイメー ジを植 え付 ける一 方 で 、モ ンテ ファル の 主 として 国 事 に携 わ る能 力 が必 要 な わ けで は な い と言 う。そ れ は{鬼儲 になれ と言 ってい るの と同 義 であ る。彼 の認 識 や 意 志 に 関 わ らず ガ ウヴァイン はこの仮 象 へ の誘 惑 に 吸 い 込 まれ て しまう。元 帥 と の 会 話 に お い て ガ ウヴァイン は 、ドラゴン を眼 前 にした 「 あ の 瞬 間 は 、今 この 瞬 間 と比 べ た ら、[…]激 しく心 を動 か され ると言 うよりむ しろ落 ち着 いた 瞬 間 であ つた と言 うべ きもの だ つ た」(45)と感 じ、「 そ してまた この 姿 は 彼 に とってか つ て 見 た ドラゴンの 頭 よりも大 きく恐 ろ し く見 え」(47)るように 、彼 にとつ ての 元 帥 とい う人 物 は 、ル イに とつて の ドラゴンと対 とな り、

さな がらネ ガ とポ ジ の ように 、正 反 対 の契 機 となるの で ある。

  元 帥 との 会 話 の 後 、「 ガ ウヴァインは どの ようにそ の 菩 提 樹 の 通 路 か ら出 て来 たか 、そ の 時 す で に 、よろめ か ず に歩 くため に 、まさしく体 の 平 衡 を得 ようと戦 って いた の で 、彼 自身 にも分 か らな か つた 」(47)と語 られ るように 、彼 は 大 地 か ら足 が離 れ 、仮 象 の 世 界 に漂 い 出 て しまう。そ して この モ ン テファル の 風 景 の一 部 となることによつて ようや く彼 は 落 ち着 き を取 り戻 す の で ある。「 そ れ(休 息 用 のベ ンチ)は テラスと庭 園 の彼 方 の 遠 く霧 のか か った 地 平 線 と一 緒 に な って 、初 め て彼 に再 び 呼 吸 を取 り戻 させ 、そして す で に 、た だ ここに留 まって時 を過 ごす とい う思 い つ き、この地 で はたま にしか そ してぽ つ りぽ つ りとしか 地 平 線 に 現 わ れ ず 、しば しの あ い だ 静 止 してい るが 、それ か ら 日々 のように 、モ ンテファル の週 の ように過 ぎ去 つて 行 く、あ の 雲 のように、物 事 をそ の 流 れ に任 せ 、元 帥 の 指 図 を行 き過 ぎ させ るとい う思 い つ きが 、柔 和 な 夏 の風 の ように、飛 び 込 ん で 来 て い た 」(48)この ときガ ウ ヴァインの 眼 差 しが 捉 える風 景 は 、た ゆた い漂 うもの で あり、彼 に 要 求 され た実 際 の行 動 か ら彼 を 逃 避 させ る。ル イが モ ンテ ファル か ら地 平 線 の 森 を見 つ めるの とは 対 照 的 に 、ガ ウヴ ァイン は地 平 線 の 上 の 雲 を思 い 描 くの である。

ル イとガ ウヴ ァインの 対 照 は 、ガ ウヴァイン が元 帥 と会 話 してい た そ の 同 じ時 に 、ル イは ガ ー ムレットと会 話 す るとい うことにも現 わ れ ている。

ガ ー ム レットは リドイー ネ の 夫 として望 まれ てい な い ということを重 々 承 知 しな が らも、苦

      一59一

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