CA N CER 3 (1993), p .13 - 15
サ ワガ二に関する二,
一 寸 木 サ ワ ガ ニ に 関 す る民 俗 学 的 な 報 告 は, 桂(1933)
, 木場(1936)
, 酒井(1962. 1976)
などが ある. 筆者 はサワガこの体色変異 を調べ るために, 日 本各地 のサワガニについて調査 を進 めているが, 今 までに訪れた地域でお世話 にな った方々のお話 や文献 などによって, サ ワガこの方言, サ ワガニ にまつわる言 い伝えや習慣 などについて も知 るこ とがで きた. ここにこれ らサ ワガニについての民 俗学的な知見 について述べ る.1
. サ ワガ二の方言 について 標準和名 とな っているサ ワガこと呼んでいると ころや, ただ単 にカニとかカニ ッコ (岩手県室根 村, 秋 田県比内町) と呼ぶ ところが多い. しか し, サ ワガこの生息環境 か らシ ミズガニ (茨城県竜 ヶ崎市, 千葉県佐倉市神門, 八街市, 館 山市神余, 京都府宮津市 田原, 長崎県島原市雲仙 岳 の下), ミゾガニ (和歌山県新宮市), イワガニ (石川県金沢市琴) などと呼ぶ ところがある. また, 体色か らの呼び名 も多い. 灰青色の タイ プが出現す るところではシロガニ (静岡県伊東市 奥野). 栓褐色 の タイプが出現す る地域で は, アカガニ (静岡県清水市興津, 同市小河内, 岡山県佐伯町天 瀬, 鳥取県西伯町大河内, 島根県江津市長良) ヒ メガニ (和歌山県 田辺市), アカラコガニ (島根県 米子市), アカ リコガニ ・ アカノコガニ (島根県) と呼ばれ る. なお, 灰青色 と黒褐色 が両方見 られ る地方 で は, 灰青色の ものをクソッカニと呼んでいる. (神 奈川県山北町, 川崎市多摩区黒川). そ して この体 色 の個体 は山北町では, 食用 には しないとい う. また, 黒川で は, 他の体色 の ものをアカガこと H ajim eCHOKKI:Som e know ledge of folk-w ays on the freshw ater crabs三の民俗学的知見
肇 13 呼んでいる. この地域で は檀褐色 の ものは出現 し ないので, ゆでて赤 くなるタイプと考え られ る. ちなみに黒褐色や檀褐色 の タイプは, 熱を加 え ると体色が赤 く変わ るが, 灰青色 の ものは熱を加 えて も赤 くはな らず, 肌色程度 に しか変化 しな い. また, 味のほうも灰青色 の タイプは黒褐色 に 比べ るとまずいと言 われている. 故上 田常- 先生 は第15
回甲殻類学会(1977)
で, 「山陽地方 に産す るカニの方言」 を発表 をされ た. そので中サ ワガニが アカ リコガこ, アカノコ ガこ, アカラコガこ, タツガこと呼ばれていると 述べ られた. これ らも体色か らきた呼び名 と思わ れ る. 昭和8
年 に刊行 された桂三郎著 「岡山甲殻類方 言図譜」 には, アカ リゴ, アカ リンゴ (上房郡高 梁町), アカ リンゴー (真庭郡津 田村), サ クラガ ニ (岡山市), ヤマガニ (鳥取県八頭郡) と記載 さ れてお り, 同様 に本地域 のサ ワガニが赤系統 の体 色であることを暗示 している. 「大分 の生物(1981)」
には, 大分県大野郡では サ ワガこの ことをアケ ンコと呼び, とうが らしと ともに漬 けにす ることが記述 されている. これ も サ ワガこの体色 に関係 していると考え られ る. また, ササガ二とい う呼 び名 を静岡県富士宮市 精進川
, 大阪府高槻市原, 福井県小浜市尾崎で聞 いた. 静岡県浜名湖で は, ジャノメガザ ミの こと をササガこと呼んでいる. これは甲の形態か らき ていると思われ る. 小浜市尾崎の場合 は, 確かに 寺の竹薮のある沢 に生息 していた. 後 日, 茶道で 使 われ るふた置 きの 「利休七撰」 に 「かに」 があ ることを知 った. これは, カニだけをモチーフに した もののほかに, 笹 の上 にカニを配 したデザイ ンの 「 ささがに」 もあ り, その起源 について更 に 調べたいと患 っている. サ ワガニの他 の呼び名 として, 雨の降 るときに14 サワガニに関す る二, 三の民俗学的知見 出て くるので ビシ ョッカニ と呼 ぶ と ころが あ る (静岡県修善寺町). ミソガニ (石川県輪 島市縄又町) は, 前述 の ミ ゾガニが ミソガこ とな った ものか, あるいはつぶ した ときの甲 の中 の色 彩 か ら ミソガニ (味 噌 が に) と呼ぶ よ うにな ったのか もしれない. 脱皮 したてのサ ワガニを, 長野県松本市 で はヘ ビガこ, 同県 四賀村で はワタガこ と呼ぶ と言 う. 沖縄県 の西表 島で はサ ワガニを ウヤ ンと呼ぶ と い う. もっと もこれ は本 土 のサ ワガこ とは別 種 で, ミヤザキサ ワガこか タイワ ンサ ワガニであろ
う.
ところで, 山口(1993)
は, 「 フ ァウナ ・ ヤポニ カ」
のなかで ダガニ (水 田のカニ) と記載 されて いることをは じめ, 「大和本草」 で は石蟹, 本草綱 目啓蒙 には石蟹, ヤマガニ, タニガこ, アカガこ, ヘ ビガこ, クチナ ワガこ, ササガこ, アカ リコ, サ ワガこ, ヨタンボ, アカ コノカニ, 「僻蝦類写 真」 には石蟹, ヤマガこ, 岩蟹, 「物品識名」 で は ヤマガこ と出てい ることを報告 している.2 .
サ ワガ二を食用 にす る こと サ ワガニを採 って食用 にす るのは, 山間部 な ど の内陸で, 海岸 に面 しているところは, 食用 に し ない. 食用 にす る地方 で はたいてい冬季 にサ ワガニを 採取す る. 晩秋 や暮 れの うちに採 って正月 に供 し た り, 寒 の時季 や春先 に採 って食用 に してい る. 調理法 は串刺 に して焼 いた り, 塩 をふ って煎 った り, 油で揚 げた り, 醤油で煮 た り, 甘露煮 に した りと様 々である. き た, 味噌汁 (茨城県笠間市上 加賀 田) やかす汁 (青森県十和 田町片淵川) に入 れるところ もあ る. 冬季 にサ ワガニは冬眠 を して いるので, 棒 な どで掘 り出 している. また, 青森 県十和 田町片淵川 で は, 味噌を流 して下流 で採 る と聞いたが, これ はザ リガニで も用 いる方法 であ る. 木場(1936)
は, 岐阜県可児郡 で生食 す ると報 告 している. また, 嶺井(1976)
は, 山村 で言 う マガニヅケが, シオマネキで はな く, サ ワガニを 使用 した塩辛 と言 っている. しか し, サ ワガニは ウェステルマ ン肺吸虫(2
倍体型,3
倍体型), 宮 崎肺吸虫 お よび大平肺 吸虫 の第 二 中間宿主 なの で, 生食 は控 えたほ うが賢明である. 一方, 食用 にす る地方 で は, 夏 の間 はサ ワガニ を採取 しない. わけを尋ね ると, 腹痛 をお こす こ とが ある (秋 田県雄勝町) とか, 夏 の間 はサ ワガ ニがヘ ビを食べ る (青森県十和 田町片淵川) か ら だ とか, ヒルを食べ るか ら (福 島県会津若松) と か, 獣 の糞 を食べているか らだな どと, サ ワガニ の悪食 のせ いにす ることが多 い. 以前, 警察署 に 勤 めていた知人 か ら, 沢 にあ った自殺死体 を調 べ ていて, 死体 を裏返 した ところ, 衣服 か らサ ワガ ニが た くさん 出 て きて驚 いた と聞 いた ことが あ る. 共食 い もして しま うサ ワガニは, 確か にいろ いろな ものを食 べ るのだろ う. しか し, 抱卵期 に は毒 があ る (長野県南信濃町和 田) とい うところ もあ る. この言 い伝 え はサ ワガこの産卵期 にあた る夏 に採集 を禁 C , 資源を枯渇 させないよ うに配 慮 した結果 だ ったのか もしれない. なお, 柿 やかぼち ゃの食 い合わせを伝 えてい る ところがあ る (岐阜県瑞浪市).3 .
サ ワガ二を薬用 にすること 木場(1936)
は栃木県 日光地方で は腫 れ物 に, 埼玉県入間郡 や山梨県北 巨摩郡 で は漆 かぶ叫 こサ ワガ二をつぶ して貼 ること, 福 島県で はつぶ した サ ワガこと飯粒 とを練 り合わせて盲腸炎 や神経痛 の患部 に貼 り, 熱 を下 げることを報告 している. 漆かぶれ に効 くとい う話 は, 筆者 も多 くの地方 で耳 に した. 漆工芸 で有名 な石川県輪島市 で も, 漆 にかぶれた ところにサ ワガニをっぶ して, その 汁 を布 につ け, 患部 に貼 る療法があるとい う. ま た, あせ もの治療 に も用 い るところがある (富山 県氷見市小竹). 筆者 自身確 かめた ことはないが, ステ ロイ ド剤 な どなか った昔 の こと, それな りの 薬効 があ るので はないだろ うか. もっとも, カニ の甲 ら (青森県八戸市馬淵川) や腹部 (岐阜県瑞 浪市) で患部 を擦 るとよい と伝 えているところ も あ る. また, 下痢止 めにサ ワガニをっぶ した汁 を味噌 汁 に入 れて飲 む ところ (長野県南信濃町和 田) が あ る. 子 ど もの府 の薬 にと, 塩水でゆでた ものを使 う ところ (大阪府高槻市原) もある. 黒焼 きに して, 菜種油 と混ぜ, や けどにつか う一 寸 木 こともあ る (福井県小浜市尾崎). また, 効能 のほ どは分 か らないが, この黒焼 きを浮気防止 に使 う とい う (青森県十和 田町片淵川).
4.
サ ワガ二が登場す る物語 青森県十和 田町片淵川 で は, サ ワガこの甲がへ こんでい るのは, 猿 に踏 まれたか らだ と聞 いた. また, 奈良県吉野で は, サ ワガニが出て くると, 大水 がお こるとい う話 を取材 した. ところで昔話 の世界 で は, なん と言 って も 「 さ るか に合戦」 だ. 猿 に柿 を投 げっ け られ, つぶれ た親 ガこの腹 か らた くさんの子 ガニがぞ ろぞ ろ出 て きて仇 を打 っ. その様子 は大 きな卵 を腹部 にか かえて育 て るサ ワガこの特徴 その ものであ る. こ の話 はセ レベス島 に伝 わ る話 と関係 があ ると言 わ れている. もっとも, 筆者 は今 か ら15
年 ほど前 に, その頃住 んで いた家 の裏 で, サ ワガニが柿 の 種子 を巣 穴 に運 んで い るのを 目撃 した ことが あ る. 家 の裏 は水路 が あ り, その土手 に柿 がな って いたのだ. 家 にカメラを取 りに行 っている問 にカ ニは巣穴 に もぐって しま ったので, それ以上 の こ とは分か らなか ったが, あの柿 の種子 はどうな っ たのか と今 で もサ ワガニを見 ると思 い出す ことが あ る. 狂言 には 「蟹山伏」 があ る. 修行 を終 えたばか りの山伏 と強力 が, 沢 で蟹 の精 に翻弄 され る話 だ. サ ワガニを妖怪 にに して しま った ところがす ごい. 宮沢賢治 の作品 「や まな し」 には, 小 さな谷川 で カニの親子が登場す る. 文学作品を とやか く言 うの はヤボだ ろ うが, 谷川 を舞台 にカ ワセ ミやヤ マナ シが登場 す るところか ら, これ もサ ワガニを モチーフに して いるのであろ う. ここで は母 ガニ で な く, 父 ガこ と子 ガニで あ る ことが お も しろ い. 星座 のなか に登場す るカニ座 のモデルのサ ワガ ニである. ギ リシャ神話 のなかで, ヘ ラが ヒ ドラ 肇 15 に加勢す るためにつかわ した河 のカニは, 勇士 ヘ ラク レスにあ っ とい う間 に踏 むっぶ され て しま う. これ は古代バ ビロニア人 が住 んでいたあた り の河川 で見 られ るサ ワガ二の一種 だ とい う. 以上, サ ワガニに関す るい くつかの民俗学 的な 知見 について述 べた. サ ワガ二に関す る興味 あ る 事柄 につ いて会員 の皆様 にいろいろと御教示 をお 願 いす る次第 であ る. 謝 辞 稿 をすすめ るにあた り, 日頃御指導 いただいて いる横浜国立大学 の鈴木博先生 に厚 く御礼 申 し上 げる. 日本 甲殻類学会会員 であ られた故上 田常-氏, 故前 田新平氏 には, 中国地方 のカニの方言 に つ いて貴重 な御助言 をいただいた. ここに感謝 の 意 を表 す と と もに, 両 会員 の御 冥 福 を お祈 りす る. また, 一人 ひ とりの御氏名 は略 させて いただ くが, 各地方 でた くさんの方 々が快 く取材 に応 じ て くだ さった. 謹 んで感謝 申 し上 げる. 参 考 文 献 一寸木肇,1987.素材研究 「サ ワガニ」 ; 初等理科教育 : V ol.21, N o.3,p p .84 - 87. 桂 三郎, 1933. 岡山甲殻類方言図譜 ; 中国民俗学会. 木場一夫, 1936.サ ワガ二に関す る二, 三 の観察 ; 植物 及 び動物 :V ol.4,pp .529 - 536. 嶺井久勝, 1976. サ ワガこ, 清流 に生 きる ; アニマ : N o .41, pp .10 - 15; 講談社. 大分生物談話会, 1981 大分 の生物 ; 大分合同新聞社. 酒井 恒, 1962.蟹 ; 紫生書院. , 1980.蟹 - その生態 と神秘 ; 講談社.ScHMITT,W . L .,1965. CR U ST A CEA N S ;T he U
ni-versity of M ichigan Press.
上本棋一 ・ 和 田義人,1989.病気 の生物地理学 ; 東海大 学 出版会.
山口隆男, 1993.シーボル トと日本 の博物学 一甲殻類 ; 日本 甲殻類学会.