● 原 著
要 旨 重症くも膜下出血自験例において急性期の頭蓋内圧(ICP)と平均血圧(MABP)の二変量の相関係数(pressure reactivity index; PRx)を算出した.この指標は脳血管自動調節能の保全状態を反映することが知られており,3 カ月後の転帰との相関性について検証した.対象は WFNS grade 5 の重症くも膜下出血 10 例とした.3 カ月後 の転帰で GR,MD に至った転帰良好例は 2 例で 8 例が転帰不良であった.ICP と MABP の二変量の相関係数 (PRx)を算出し,術後急性期の血管反応性の保全状態を評価した.転帰良好例の急性期 PRx の平均値が 0.047 に対し,転帰不良例では 0.230 であった.転帰不良例では血管反応性の喪失がより著しく,二変量の正の相関 がより強い結果として反映された.また,急性期に遅発性脳梗塞を併発した 6 症例の PRx 平均値 0.309 に対 し,発症しなかった 4 例の PRx 平均値は 0.019 であった.両者には統計学的有意差が認められ(p<0.05),脳梗 塞発症例では有意に正の相関が強かった. (脳循環代謝 25:31∼36,2014) キーワード : 重症くも膜下出血,頭蓋内圧,脳血管自動調節能はじめに
近年,頭蓋内圧(ICP)と平均血圧(MABP)の二変量 の 変 動 に お い て 算 出 さ れ る 相 関 係 数 は pressure reactivity index(PRx)と呼ばれ,脳血管自動調節能を反 映することが知られている.既に重症くも膜下出血や 重症頭部外傷例の急性期に計測した PRx がその後の転 帰と相関していることから,その有用性が報告されて いる1, 2).脳血管自動調節能が正常に作用する条件下に おいては MABP の上昇は,脳血管収縮をもたらすこ とで脳血流量(CBF)が一定に維持される.その結果, 脳血管床は減少し,脳血液量(CBV)が減少することか ら ICP の低下をもたらすと考えられている3).この状 況において ICP と MABP の二変量には負の相関が示 される.これに対し,重症くも膜下出血や頭部外傷例 において重度の脳損傷をきたした多くの症例では,脳 血管の自動調節能が障害されることが多く,ICP と MABPの二変量には前述した負の相関関係が成立する ことは稀で,むしろ強い正の相関関係が認められる. このとき,MABP の上昇に対する脳血管の能動的な収 縮反応は失われており,血圧上昇に伴い ICP も上昇を きたす.我々はすでに重症頭部外傷自験例において急 性期の PRx をモニタリングした結果,転帰と有意な相 関を示し,転帰不良例においては PRx が有意に高値で あり,転帰良好例よりも ICP と MABP に正の相関が 強いことを示し,本誌において報告した4).今回, 我々は重症くも膜下出血自験例において急性期の PRx を算出し,転帰との相関を検証したので文献的考察を 加えて報告する.対 象
2010 年 7 月から 2013 年 6 月までに当科にて治療を重症くも膜下出血急性期の血圧変動に対する
血管自動調節能の評価
小泉 博靖,杉本 至健,白尾 敏之,石原 秀行,貞廣 浩和
末廣 栄一,米田 浩,野村 貞宏,鈴木 倫保
受付日:2014 年 3 月 3 日,受理日:2014 年 5 月 15 日 山口大学医学部脳神経外科 〒 755-8505 山口県宇部市南小串 1-1-1 TEL: 0836-22-2295 FAX: 0836-22-2294 E-mail: [email protected]要したくも膜下出血症例のうち,World Federation of Neurosurgeons(WFNS)score が grade 5 の重症例 10 例と した.平均年齢は,65.0±12.0 歳で男性 1 例を除く 9 例が女性であった.破裂脳動脈瘤に対する治療として 10例中,3 例において開頭手術による脳動脈瘤頸部ク リッピング術が行われ,7 例において血管内治療によ る瘤内コイル塞栓術が行われた.また,制御困難な頭 蓋内圧亢進に伴い,5 例において減圧開頭術が追加さ れた.破裂脳動脈瘤は天幕上に局在するものが 7 例で 3例が天幕下の動脈瘤であった(表 1).
方 法
破裂脳動脈瘤に対するクリッピング術あるいはコイ ル塞栓術が終了した後,患者は当院救命救急センター に入室し,24 時間管理体制の下,全例において頭蓋内 圧センサー(Codman MicroSensor Basic Kit)を留置し た.また,動脈ラインを確保し,ベッドサイドモニ ターに入力される全身血圧をモニタリングした.術後 急性期治療期間中は各症例について全身血圧および頭 蓋内圧の計測値をベッドサイドのコンピューターに入 力し,保存した.保存されたデータから ICP および MABPの 5 秒間ごとの平均値を算出し,これを 5 分間 あたり 60 回分のデータとしてプロットし,二変量の 相関係数(PRx)を算出した.PRx は術後急性期の治療 期間中の平均値を各症例ごとに算出した.発症から 3 カ月後の転帰を Glasgow Outcome Scale(GOS)で評価 し,GOS score が GR,MD に至った症例を転帰良好例 とし,それ以外の転帰不良例との 2 群間で急性期 PRx 値との相関を検証した.本研究は山口大学医学部附 属病院医薬品等治験・臨床研究等審査委員会の承認 を得た.結 果
発症から 3 カ月後の転帰では GOS による評価で GR,MD に至った転帰良好例は 10 例中,2 例(20%) であった.残る転帰不良例 8 例のうち,死亡例は 1 例 (10%)であった(表 1).転帰良好例と不良例の急性期 の PRx の平均値は,転帰良好例が 0.047±0.0002,転帰 不良例は 0.230±0.184 であった(表 2).各病日ごとの PRx平均値の経時的な推移では,総じて急性期の治療 期間中において転帰不良例の PRx 値が高値を示した (図 1).また,今回対象となった 10 例のうち,くも膜 下出血後の脳血管攣縮に起因して術後急性期に脳梗塞 を発症した症例(遅発性脳梗塞発症群)は 6 例(60%)で 脳梗塞を発症しなかった症例(遅発性脳梗塞非発症群) は 4 例(40%)であった.この両群間で急性期 PRx の平 均 値 を 比 較 し た と こ ろ, 遅 発 性 脳 梗 塞 発 症 群 は 0.309±0.13,非発症群は 0.019±0.03 で脳梗塞を発症し た症例で正の相関が著しく,両群間には統計学的有意 差が認められた(unpaired t-test, p<0.05)(表 3).各病日 ごとの PRx 平均値を両群間で経時的に比較したとこ ろ,第 2,3,4,5 病日目に両群間で有意差が認めら れた(*p<0.05)(図 2).考 察
重症脳損傷に対する急性期神経モニタリングについ ては,従来より普及している頭蓋内圧測定のほか,近 年では近赤外分光法(near infra-red spectoroscopy; NIRS) を用いた脳機能測定や局所脳組織酸素分圧(partial pressure of brain tissue oxygen; PbtO2)測定など新たな試 みが報告されている5, 6).今回の我々の研究では ICP と MABPの変動から脳血管自動調節能を評価した.この 手法については 1997 年に Czosnyka らが重症頭部外傷 82例を対象に急性期の PRx 値を算出し,6 カ月後の転 表 1.症例の背景 No. of patients 10 Age 65.0 ± 12.0 Gender M : F = 1 : 9 Location of ruptured aneurysms No. of Cases Supra-tentorial 7 Infra-tentorial 3Surgical treatment No. of Cases Neck clipping 3 Coil embolization 7 Outcome % GR, MD 20.0% Mortality 10.0% 表 2.転帰と急性期 PRx 平均値 Group PRx Favorable outcome group 0.047 ± 0.0002 (GR, MD; n=2)
Unfavorable outcome group 0.230 ± 0.184 (SD, VS, DD; n=8)
GR, good recovery; MD, moderately disabled; SD, severely disabled; VS, vegetative survival; DD, dead
表 3.遅発性脳梗塞の発症と急性期 PRx 平均値
Group PRx*
Delayed cerebral infarction (−) 0.019 ± 0.03 (n=4)
Delayed cerebral infarction (+) 0.309 ± 0.13 (n=6) PRx*: p<0.05 図 1.各病日ごとの PRx 平均値の経時的変化 転帰不良群では総じて急性期治療期間中の PRx 値は良好例よりも高値を示す傾向 が認められた. 図 2.急性期遅発性脳梗塞発症例と非発症例の比較 経時的な PRx 値の推移を示す.遅発性脳梗塞発症例では経過を通じて PRx 値が高 く推移しており,第 2,3,4,5 病日目に両群間で有意差が認められた(*p<0.05).
帰との有意な相関を報告した7).Czosnyka らの報告で は,ICP と MABP が 正 の 相 関 を 示 す, 正 の PRx 値 (PRx >0)は搬入時の Glasgow Coma Scale(GCS)スコア の低値,急性期の ICP 高値,そして受傷 6 カ月後の転 帰不良と有意に相関した.さらに,筆者らは重症頭部 外傷例の急性期モニタリングを重ね,PRx >0.2 が脳血 管自動調節能障害の指標となることを報告した8).一 方,Howells らは,同じく重症頭部外傷の急性期にお いて ICP 管理を優先した 67 例と脳灌流圧(cerebral perfusion pressure; CPP)管理を優先した 64 例を比較し た結果,PRx 値が 0.13 以上の症例においては ICP 管 理を優先し,0.13 未満の PRx 値を示す症例においては CPP管理を優先することでより良好な転帰を期待でき ると結論した2).ICP と MABP の相関係数を算出する この手法は既にくも膜下出血急性期のモニタリングに も応用されている.Bijlenga ら9)は,WFNS grade 4, 5 の重症くも膜下出血 42 例を対象に生存例と死亡例で 発症後 48 時間以内の PRx 最小値の平均を比較した結 果, 生 存 例 で は PRx 最 小 値 が 有 意 に 低 か っ た (−0.17±0.05 vs. 0.1±0.09). 既に我々は,重症頭部外傷自験例に対し,急性期に おいて PRx モニタリングを行い,その有用性を本誌に て報告した4).今回の研究では,くも膜下出血自験例 を対象に急性期の PRx 値を評価したが,対象とした 10例はいずれも WFNS grade 5 の重症例とした.3 カ 月後の転帰では良好例は 2 例のみであったが,この 2 例においては急性期の PRx 値が転帰不良例よりも低い 傾向が示唆された.逆に転帰不良例では脳損傷がより 激しく,血圧変動に対する vasomotor reaction の減弱が より著しい結果として反映されているものと考えられ る.しかしながら,血管自動調節能の障害は動脈瘤破 裂による出血の initial damage が影響している結果なの か,あるいはくも膜下出血発症後急性期の脳血管攣縮 による血管反応性の低下を反映しているものか,その 病態については議論が必要と思われる.今回の研究で くも膜下出血の術後に遅発性脳梗塞を併発した 6 症例 はいずれも転帰不良例(8 例)に含まれており,脳梗塞 を併発しなかったが転帰不良に至った残りの 2 例は出 血時の initial damage の影響が強かったと考えている. 今回の研究で脳梗塞発症例の PRx 平均値(0.309±0.13) は転帰不良例の PRx 平均値(0.230±0.184)よりも高値 であった.逆に脳梗塞非発症例(4 例)の PRx 平均値 (0.019±0.03)が 転 帰 良 好 例(2 例)の PRx 平 均 値 (0.047±0.0002)よりも低値であった.この結果は PRx 値が脳血管攣縮の影響をより鋭敏に反映した結果であ ると考えることもできる.Bijlenga らは,PRx が最小 値を示した際の CPP は,いわば脳血管反応性が最も 良好に維持される CPP であると考え,これを至適脳 灌 流 圧(optimal CPP; CPPopt)と 定 義 し た と こ ろ, CPPoptは脳血管攣縮期には有意に上昇していた9).今 回の我々の研究のように神経学的所見の乏しい重症例 では,症状経過から脳血管攣縮の出現を予測すること が困難であり,PRx 値のモニタリングは重症くも膜下 出血急性期の脳血管攣縮の検出に有用性が期待され る.その一方で,重症例では出血による initial damage も激しく,モニタリング開始直後より PRx の高値が示 される場合においてはその後の PRx 値の変化が読み取 りにくく,逆に脳血管攣縮を予測することが困難とな る状況も予想される.むしろ,より軽症である WFNS grade 1∼3 のくも膜下出血症例の方が PRx 値の経時的 変化を捉えやすく,脳血管攣縮の発生を検出しやすい かも知れない.また既に前述した通り,重症頭部外傷 を対象としたこれまでの研究成果においては,エビデ ンスの豊富な蓄積があり,血管自動調節能の障害を示 す PRx の閾値が明確化されているが2, 8),くも膜下出 血を対象とした PRx 値の指標については閾値の特定に 至っていない.頭部外傷を対象としたこれまでの研究 成果に比べ,くも膜下出血を対象にした PRx モニタリ ングの研究の進捗はやや鈍い感が否めない.その一因 として,くも膜下出血術後の頭蓋内圧変動に関与する 環境因子が病態を複雑にしていることが考えられる. くも膜下出血の術後では血性髄液の排出を目的として 髄液のドレナージが持続的に施行される.そのため, 頭蓋内圧は完全な閉鎖腔として計測されているわけで はなく,血圧変動に伴う頭蓋内圧の変化には髄液ドレ ナージによる緩衝作用が少なからず影響していると考 えられる.したがって,頭部外傷とくも膜下出血にお ける頭蓋内圧変動を全く同様に解釈することは困難で ある.また当然ながら,外減圧術後においても同様の 緩衝作用が論じられるが,重症頭部外傷を対象とした 我々の先行研究では,外減圧術後の症例でも転帰不良 に至った多くの症例で ICP と MABP の変動が強い正 の相関を示し,PRx が高値を示していた4).したがっ て vasomotor reaction の障害が著しい症例においては外 減圧による緩衝作用が必ずしも ICP と MABP の正の 相関を相殺するとは限らないと考えている. くも膜下出血における PRx 値のモニタリングは脳血 管攣縮を検出する上でその有用性が期待されるが未だ 解消すべき課題も残されており,さらなる検討が必要 であると考えている.
結 語
重症くも膜下出血 10 例について急性期の頭蓋内圧 と血圧変動の相関係数(PRx)を算出した.3 カ月後の 転帰不良例では脳血管自動調節能の障害が著しく,術 後急性期に脳血管攣縮に起因する脳梗塞を発症した症 例では有意に PRx が高値を示した.PRx 値のモニタリ ングはくも膜下出血急性期の脳血管攣縮検出に有用性 が期待される. 文 献1) Rasulo FA, Girardini A, Lavinio A, De Peri E, Stefini R, Cenzato M, Nodari I, Latronico N: Are optimal cerebral perfusion pressure and cerebrovascular autoregulation related to long-term outcome in patients with aneurysmal subarachnoid hemorrhage? J Neurosurg Anesthesiol 24: 3–8, 2012
2) Howells T, Elf K, Jones PA, Ronne-Engström E, Piper I, Nilsson P, Andrews P, Enblad P: Pressure reactivity as a guide in the treatment of cerebral perfusionpressure in patients with brain trauma. J Neurosurg 102: 311–317, 2005
3) Rosner MJ, Rosner SD, Johnson AH: Cerebral perfusion pressure: management protocol and clinical results. J Neu-rosurg 83: 949–962, 1995 4) 小泉博靖,藤澤博亮,末廣栄一,白尾敏之,米田 浩, 野村貞宏,石原秀行,藤井正美,鈴木倫保:頭蓋内 圧と血圧変動の相関係数を用いた脳血管自動調節能 の評価:重症頭部外傷における急性期モニタリン グ.脳循環代謝 24: 16–20, 2013
5) Yokose N, Sakatani K, Murata Y, Awano T, Igarashi T, Nakamura S, Hoshino T, Katayama Y: Bedside monitor-ing of cerebral blood oxygenation and hemodynamics after aneurysmal subarachnoid hemorrhage by quantitative time-resolved near-infrared spectroscopy. World Neuro-surg 73: 508–513, 2010
6) Al-Rawi PG, Tseng MY, Richards HK, Nortje J, Timofeev I, Matta BF, Hutchinson PJ, Kirkpatrick PJ: Hypertonic saline in patients with poor-grade subarachnoid hemor-rhage improves cerebral blood flow, brain tissue oxygen, and pH. Stroke 41: 122–128, 2010
7) Czosnyka M, Smielewski P, Kirkpatrick P, Laing RJ, Menon D, Pickard JD: Continuous assessment of the cere-bral vasomotor reactivity in head injury. Neurosurgery 41: 11–17; discussion 17–19, 1997
8) Czosnyka M, Smielewski P, Kirkpatrick P, Piechnik S, Laing R, Pickard JD: Continuous monitoring of cerebro-vascular pressure-reactivity in head injury. Acta Neurochir Suppl 71: 74–77, 1998
9) Bijlenga P, Czosnyka M, Budohoski KP, Soehle M, Pickard JD, Kirkpatrick PJ, Smielewski P: “Optimal cere-bral perfusion pressure” in poor grade patients after sub-arachnoid hemorrhage. Neurocrit Care 13: 17–23, 2010