理学療法学 第 40 巻第 8 号 538 はじめに ヒトは日常動作の中で体性感覚や視覚による像の認識・追 視,直線移動感覚,回転感覚を感知し,中枢で統合され平衡バ ランスを獲得している。平衡バランスは,脳幹 ・ 脊髄 ・ 小脳か ら構成され,おもに静的平衡機能に関わる中枢(反射依存型適 応)とさらに間脳・大脳基底核・大脳を含めた高次中枢プログ ラムにより,生活環境の中での運動誤差や外界の変化を知覚し て運動を制御する(状況依存型適応)脳幹系と大脳皮質系の 2 つの経路に分類される1)(図 1)。 脳幹系・大脳皮質系における神経回路では,視覚・体性感 覚・前庭覚から得られた情報が前庭神経核で集約され,脳幹系 では姿勢反射として姿勢保持に働き,大脳皮質系では統合され た後,外側運動制御系と内側運動制御系として下降し,姿勢制 御に関与する。 脳 幹 系 脳幹系は,感覚器からの情報を前庭神経核で統合し2)3),姿 勢反射(前庭脊髄反射・頸動眼反射・前庭頸反射・頸眼反射) を誘発して平衡バランスを獲得する。前庭脊髄反射は,前庭で 受けた情報を体幹・四肢の伸筋に作用する。頸動眼反射は,上 位頸椎の固有受容器と外眼筋が連動し,眼球運動を起こす。前 庭眼反射は,歩行時など頭部の揺れを補正して対象物を認識で きるように作用する。前庭頸反射では,空間において前庭から の動きの情報,眼球からの情報を得て頭部を固定する働きがあ る4)。 大脳皮質系 外側運動制御系は多くが錐体路で,上肢下肢体幹の運動に関 与する。内側運動制御系はほとんどが脳幹から発し,前庭脊髄 路・視蓋脊髄路・網様体脊髄路・前皮質脊髄路から構成され, 頭頸部体幹の制御と視覚,体幹四肢の協調機能により姿勢制御 に関与する。大脳の前庭野は,頭頂葉から側頭葉に分布するが 代表的な部位は parieto-insular vestibular cortex といわれ,視 覚や体性運動感覚の情報も受けている。また,前頭前野での統 合も注目されるところである5)。 平衡感覚中枢と理学療法 理学療法においては,前庭感覚・視覚・体性感覚からの情報 にミスマッチがおこり平衡機能障害が発生し,その機能回復に 対するアプローチは重要となる。 前庭迷路系には三半規管と耳石器がある。三半規管は前半規 管,外側半規管,後半規管に分かれ前後・側方・水平面の回転 を各半規管の根元にある膨大部の有毛細胞でリンパ液の流速を 感じ取り,頭部の角加速度を認識する。また,左右の半規管の 位置関係は相対的であり,一側が促通されると対側は抑制に働 き協調される。耳石器には卵形嚢と球形嚢があり,耳石でリン パの流れを受け卵形嚢では水平方向,球形嚢では垂直方向の直 線加速度や傾きを感じ取る(図 2)。 このように,身体の動きを三半規管や卵形嚢・球形嚢で察知 し前庭神経を介して脳幹にある前庭神経核から中枢へ情報を伝 える。前庭神経核は上核・内側核 ・ 外側核・下核に分かれ,上 核 ・ 内側核では半規管 ・ 耳石器の情報4),外側核では頸部固有 感覚 ・ 視覚からの情報を受け,小脳から視床を経由して大脳皮 質の体性感覚野で統合されるが,同時に脊髄を介して前庭脊髄 反射が起こり姿勢を保つことができる。 前 庭 感 覚 器 が 障 害 さ れ る と め ま い や 不 安 定 感 を 訴 え, Cooksey6)は 1941 年より前庭障害に対する理学療法を紹介し, その後諸家により多く報告がなされている7‒10)。前庭障害の 代表的な疾患としては,半規管の障害による良性発作性頭位め まい症が挙げられ,回転性のめまいがみられる。また,耳石は 理学療法学 第 40 巻第 8 号 538 ∼ 539 頁(2013 年)
脳における平衡機能の統合メカニズム
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浅 井 友 詞
**モーニングセミナー
*The Central Integration Mechanism of Equilibrium **
日本福祉大学健康科学部リハビリテーション学科 (〒 475‒0012 愛知県半田市東生見町 26‒2)
Yuji Asai, PT: Nihon Fukushi University Faculty of Health Sciences Depertment of Rehabilitation
キーワード:平衡機能,前庭,感覚
図 1 平行機能に関わる因子
Japanese Physical Therapy Association
脳における平衡機能の統合メカニズム 539 加齢とともに変性し,耳石が半規管へ移動して内リンパの流れ を妨げ有毛細胞からの情報が障害されるため,他の感覚器から の情報と不一致をきたしめまいが引き起こされる11)。耳石は, 臥床時に半規管へ進入することが多く,全体の 7 ∼ 8 割が後半 規管の障害で占め,次いで外側半規管に発症し前半規管は稀 である12)。後半規管の障害に対する理学療法としては Epley 法13)が多く用いられる。また,70 歳以上では,三半規管の有 毛細胞が 40%,耳石器では 25%程度の減少がみられ退行性変 化による平衡機能の低下もみられる14)。さらに,耳石の障害 はスポーツや災害による外力によって発症することもあり,前 庭に対する理学療法は重要となる。 一方,上部頸椎には多くの固有受容器が存在し,頸部の障害 や姿勢変化により頸部固有感覚からの異常な情報が脳幹に伝達 され,平衡機能障害をもたらす15)。 こうした平衡感覚器の障害に対する理学療法は注目されると ころであり,前庭リハビリテーションに取り組んでいく必要が ある。 ま と め 平衡機能は感覚器で外界からの情報を受け前庭神経核で集約 された後,大脳皮質で統合され姿勢制御されるものと脊髄を通 して姿勢反射がおこるものがある。感覚器の障害は,情報の不 一致から平衡機能の低下をまねき,その理学療法は注目される ところである。そこで,感覚器からの伝達経路と脳機能の関連 性を理解し,理学療法プログラムを構築していく必要がある。 文 献 1) 藤原勝男:姿勢制御の神経整理機構.杏林書院,東京,2011,pp. 29‒78. 2) 坂井建雄,河原克雅(編):人体の構造と機能.日本医事新報社, 東京,2009,pp. 560‒723. 3) 内野善生:めまいと平衡障害.金原出版,東京,2009,pp. 9‒23. 4) 内野善生:めまいと平衡調節.金原出版,東京,2002,pp. 85‒98. 5) 大築立志,鈴木三央,他:姿勢の脳・神経科学.市村出版,東京, 2011,pp. 70‒90.
6) Cooksey FS: Rehabilitation in vestibular injuries. Proc R Soc Med 207. 1946; 39(5): 273‒278.
7) 浅井友詞,森本浩之,他:前庭機能障害によるめまいと平衡異常 に対する理学療法.理学療法.2011; 28(4): 571‒578.
8) Hardman Sj: Vestibular Rehabilitation third edition. F.A.Davis Company, Philadelphia, 2007, pp. 309‒337.
9) Hillier SL, McDonnell M: Vestibular rehabilitation for unilateral peripheral vestibular dysfunction. Cochrane Database Syst Rev. 2011; 16(2): CD005397.
10) Horak FB, Jones-Rycewicz C, et al.: Effects of vestibular rehabilitation on dizziness and imbalance. Otolaryngol Head Neck Surg. 1992; 106: 175‒180.
11) Brandt T: The multisensory physiological and pathological vertigo syndrome. Ann Neurol. 1980; 7: 195‒203.
12) Honrubia V, Baloh RW, et al.: Paroxysmal Positional Vertigo Syndrome. AM J Otol. 1999; 20: 465‒470.
13) Epley JM: The canalith repositioning: For treatment of Benign paroxysmal positional vertigo. Otolaryngology Head and Neck Surgery. 1992; 107: 400‒404.
14) Rosenhall U: Degenerative patterns in the aging human vestibular neuro-epithelia. Acta Otolaryngol (Stockh). 1973; 76: 208‒220. 15) Treleaven J: Sensorimotor disturbances in neck disorders
affecting posutural stability, head and eye movement control. Manual Therapy. 2008; 13: 2‒11.
図 2 前庭迷路の構造 文献 7)より引用
Japanese Physical Therapy Association