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臨床における教育方法論

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Academic year: 2021

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臨床における教育方法論 203 はじめに  理学療法士教育の根幹である臨床実習は,学内教育で習得し た基本的理学療法を対象者に実践する教育場面としてきわめて 重要な位置づけである。しかしながら,現状を分析すると,学 生数と指導者数の不均衡,臨床施設の受け入れ困難状況の拡 大,学生と指導者の関係悪化など課題が山積する。この対策と して,安易に臨床実習を縮小することは根本的な課題を解決で きないだけでなく,さらなる臨床能力の低下を招く結果とな る。社会的要請に応じて,理学療法士によるリハビリテーショ ンを実践することが本来の社会貢献であることを再認識し,要 求される人材を育成することが急務である。  本稿では教育方法論に注目し,理学療法教育との接点から具 体的な臨床実習の進め方について概説する。 教育方法論の視点から 1.教育方法論の歴史的変遷  教育方法論の歴史に注目すると,1800 年代から 1900 年代前 半に多くの基礎理論が誕生している。これらを大別すると指導 者中心型教育と学習者中心型教育に分類される。Wilhelm Rein の「5 段階教授法」,Franklin Bobbitt の「産業主義モデル」に 代表される指導者中心型では,学習者を未熟な存在と考え,い かに効率的に指導できるかに注目した。一方,John Dewey の 「問題解決学習」,Jerome Bruner の「発見学習」に代表される 学習者中心型では,学習者はたとえ未熟でもすでに自らの考え を有しており,彼らを尊重することが重視された。このように 教育方法論においては,対極にある複数の理論が存在する。す なわち,指導者が「教える」教育と学習者が「学ぶ」教育が 混在しており,どちらが有効であるかは現在でも議論されて い る。 2.問題解決型教育と反省的実践  近年の教育方法論はどうか。Paulo Freire1)は,いつか使う かもしれないと知識・技術を詰めこむこれまでの教育を「銀行 貯蓄型教育」として痛烈に批判し,「問題解決型教育」の必要 性を主張した。「銀行貯蓄型」は永続性に注目する一方,「問 題解決型」は変化に重きを置く。すなわち,「銀行貯蓄型」の 実践は不動のもの,状況が固定されていることを意味し,「問 題解決型」は動的な今という瞬間に集中する。また,Donald Sch n2)は,臨床場面ではどんな状況にも有効な科学的技術と 原理を基礎とする「理論の実践」ではなく,状況と対話し反省 的思考によりクライアントと連帯して取組む「反省的実践」が 有効であるとした。両氏に共通するのは,教育は静的ではなく 状況に応じて常に変化する点である。  ここで両氏の教育方法論と理学療法教育の関係を整理する (図 1)。ふたつの教育方法論を縦軸と横軸にした場合,理論― 実践軸と知識―問題解決軸より 4 領域が構成され,講義,PBL, OSCE,臨床実習などが配置される。理学療法教育では 4 領域 すべてを修得する必要があり,どれかひとつが欠けても十分で はない。また,学習の順序として知識―理論領域から問題解決 ―実践領域へと展開することが理想である。 臨床教育のポイント  理学療法士に対する最善の臨床教育とはなにか? 各施設の 指導者が日々模索しているであろうが,重要なポイントとし て,「学習者と指導者の関係」,「学内教育と臨床実習の連携」, 理学療法学 第 41 巻第 4 号 203 ∼ 206 頁(2014 年)

臨床における教育方法論

―効果的な臨床実習の進め方―

小 林   賢

**

ベーシックセミナー

Strategies for Clinical Teaching: Eff ective Supervision in Clinical Practice for Physical Therapy Students

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慶應義塾大学病院リハビリテーション科 (〒 160‒8582 東京都新宿区信濃町 35)

Ken Kobayashi, PT, MEd: Department of Rehabilitation, Keio University Hospital

キーワード:教育方法,臨床実習,学習スタイル

図 1 教育方法論に基づく理学療法教育の位置づけ

文献 7)図 1,図 2 より転載.

Paulo Freire と Donald Sch n の教育方法論から構成される 2 次元グラフ.理論―実践軸と知識―問題解決軸より 4 領域が構 成され,講義,PBL,OSCE,臨床実習などが配置される.学 習の順序として,知識―理論領域から問題解決―実践領域へと 展開することが理想である.

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理学療法学 第 41 巻第 4 号 204 「患者中心医療への参加」,「臨床で学ぶことの意味」が挙げら れる。 1.学習者と指導者の関係  お互いに尊重し,過剰にならない良好な関係づくりが求めら れる。指導者は自らが教える「専門家」から,共に学ぶ「共同 学習者」,そして,学習者を支援する「ファシリテーター」まで, 柔軟に自分の役割を変化させることが望ましい。サッカーでた とえるなら,専門家はフォワード,モデルは攻撃的ミッドフィ ルダー,共同学習者は守備的ミッドフィルダー,ファシリテー ターはディフェンダーのポジションである(図 2)。ひとりで すべてを担当する必要があり,指導者はポジションをイメージ しながら,その時々で自らの立ち位置を確認する。指導者が フォワードの位置に留まり続ければ,当然ながら学習者は積極 性を発揮することが難しくなる。 2.学習者の特性  David Kolb3)は個人が選択する学習方法はいくつかに分類 できるとして,学習スタイル理論を提唱した。我々は与えられ た環境に応じて自ら最善と思われる学習スタイル,すなわち, 「知識吸収型」,「論理的問題解決型」,「現実適応型」,「想像力 発揮型」のいずれかを選択する。  たとえば,次の例を考える(表 1)。設問「学生は臨床実習 で急性心筋梗塞の症例を担当することになりました。次の 4 つ のうちなにを選択するでしょう?」。選択肢 A 文献などは使用 せず自分ひとりで考える,B 考えることもせずにひたすら文献 を読む,C まずは症例と面会しその後に対応を考える,D 同級 生・教員に相談しアイデアを出し合う。実はこれらの選択肢そ れぞれが,「論理的問題解決型」,「知識吸収型」,「現実適応型」, 「想像力発揮型」に相当する。学習者がどの学習スタイルを得 意とするのか,あらかじめ把握しておくことは臨床実習を円滑 に進めるために有効である。 3.学内教育と臨床実習の連携  学習スタイル理論に基づいて理学療法教育を分析すると,学 内教育と臨床実習では要求される学習スタイルが異なることが 明確になる4)(図 3)。学内教育では教室での講義とこれに対応 するテストおよびレポートとして,知識吸収型や論理的問題解 決型が要求される。その一方で,臨床実習では具体的な症例を 通して評価・治療を実施し,症例に応じたオリジナルのレポー トを作成することから,現実適応型および想像力発揮型が主体 である。学内では成績優秀ながら臨床実習で実力を発揮できな い者,一方,学内の成績はそれほどでもないが臨床実習で実力 を発揮できる者が存在するのは,学習スタイルによるものかも しれない。このように学内教育と臨床実習に関する課題のひと つは学習スタイルの移行であり,特に知識吸収型や論理的問題 解決型を得意とする学習者の場合には,現実適応型および想像 力発揮型の導入を慎重に行う必要がある。 4.患者中心医療への参加  それではどのような臨床実習環境が理想なのか。それは,特 別に準備された環境ではなく,ありのままの臨床場面,すなわ ち患者中心医療に参加することである。日常的に指導者が実践 している理学療法をそのまま体験することが望ましい。この場 合,学習者の能力に応じて見学から実践まで体験内容を調整す るが,あくまでも単独で行うのではなく,「指導者の指導の下 に」という前提を確認しておく必要がある。慣れない実習施設 において単独で実践することは,学習者のさらなる緊張を招く 結果となる。多忙な業務時間中に臨床実習を行うことは容易で はないが,学習者の評価・治療のためだけに時間外に用意され た環境は,本来の臨床場面とはいい難いであろう。 図 2 指導者の役割 Patricia Cranton の教育論に基づく指導者の役割をサッカーにた とえて配置したもの.専門家はフォワード,モデルは攻撃的ミッ ドフィルダー,共同学習者は守備的ミッドフィルダー,ファシリ テーターはディフェンダーのポジション.理学療法教育における 指導者は,すべてのポジションを担当できることが望ましい. 設問 学生が臨床実習で急性心筋梗塞の症例を担当することになり ました.症例を担当するまでに 3 日間あります.学生が選択 する方法は次のどれでしょう? 選択肢 A.文献などを使用せず,まずは自分ひとりで考える. B.考えることもせずに,ひたすら文献を読む. C.まずは症例と面会し,その後に対策を考える. D.同級生,教員に相談し,アイデアを出し合う. 表 1 学習スタイル理論に基づく設問 図 3 学内教育と臨床実習の関係 学内教育と臨床実習において要求される学習スタイルの優 先順位(仮説)を示す.学内教育では「知識吸収型」「論理 的問題解決型」が上位であるのに対して,臨床実習では「現 実適応型」「想像力発揮型」が求められる.学習スタイルの 違いから,学生がしばしば混乱する結果となる.

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臨床における教育方法論 205 5.臨床で学ぶことの意味  日本理学療法士協会倫理規程に「理学療法士は後進の育成に 努力しなければならない」と記されている。我々理学療法士は 自らのスキルを向上するとともに,次世代を担う後進を育成す ることで,世代間を通して他職種と異なる専門性を確立し続け る。臨床実習で指導することは,後進の育成のみに止まるわけ ではない。学習者は学内教育と異なる場面で症例を通して多く を経験するが,同時に指導者は指導を経験することで自らの能 力を再認識し,自己研鑽するためのチャンスを得ている。 具体的な臨床実習の進め方 1.学びの循環をつくる  近年の傾向として「自分の考えをもたない」,「実践を避け る」,「症例やスタッフとの会話が困難」など,臨床実習で学 ぶことが難しい学習者も存在する。このような学習者に対し て,臨床で学ぶことの楽しさを伝えることも指導者の役割であ る。臨床家は日常どのように学んでいるのか。我々はある課題 に直面した場合,①関連する文献を調べ,②自分の考えを整理 し,③具体的に実践し,④他者との討論を通して考えを修正す る。ここでは「学びの循環」と定義するが,この一連の過程を 通して課題を解決する(図 4)。臨床実習でも同様に学習者に 対して学びの循環を伝えることで理解が得られるであろう。た とえば「脳卒中症例の歩行分析」では,①正常歩行および脳卒 中の特徴的な歩容について文献を調べる,②カルテ情報を整理 し,観察した症例の歩容を文章でまとめる,③実際に脳卒中症 例に歩行してもらい歩容を十分に観察する,④指導者と意見交 換し,必要に応じて考えを修正する。  理想的には学びの循環全体を 100%とした場合,それぞれ 25%が望ましいが,臨床実習ではバランスが崩れることが多 い。たとえばレポート重視型指導では,「自分の考えを整理す る」論理的問題解決が,一方,フィードバック重視型では,「他 者との討論を通して考えを修正する」想像力発揮の配分が多 くなる(図 5)。学びの循環を円滑にするためには,各配分を 25%に近づけるイメージをもちながら指導してみるとよい。 2.臨床実習のスケジュール  最終学年の総合臨床実習 8 週間を例に,実習開始前から終了 後までのスケジュールをまとめる5)6)(表 2)。 図 4 学びの循環 学習スタイル理論に基づく課題解決方法を「学びの循環」にたとえたもの.ある課題に 直面した場合,調べる,整理する,実践する,討論する,の順序で行う. 図 5 学びの循環の比較 学習スタイル理論に基づく学びの循環を示す.A は理想的な指導,B はレポート重視 型指導,C はフィードバック重視型指導.理想型と比較して,レポート型,フィードバッ ク型はいずれも全体の構成がアンバランスである.

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理学療法学 第 41 巻第 4 号 206 1)準備期(実習直前まで)  受け入れに際して実習が開始するまでの様々な準備を行う。 理学療法部門の年間計画を確認し,誰が実習指導を担当できる のか,どの時期が可能なのか把握する。実習指導者会議に参加 し情報収集することも有効である。 2)導入期(実習 1 ∼ 2 週)  実習を円滑に進めるために,学生との良好な関係を築く。初 期のオリエンテーションでは,ローカル・ルールについて十分 に説明する。診療中のメモは? その時に質問してよいのか? 実際には施設ごとに異なるルールが多い。同時期における指導 者の役割は「モデル」で,見学を中心とした「見せる」実習か ら開始する。 3)展開期(実習 3 ∼ 5 週)  担当症例の初期評価など実際に学生が評価・治療を行う。検 査・測定技術は未熟であることが多いため,必要に応じてサ ポートする。学生の中間評価を行い,実習後半に向けてプラン ニングする。同時期における指導者の役割は「共同学習者」で, できる部分を「一緒に行う」実習を展開する。 4)総括期(実習 6 ∼ 8 週)  実習を振り返り,実習を総括する。担当症例の最終評価を実 施し,その内容を簡潔にまとめる。レポートは過剰にならない ように配慮する。症例報告会は単なる指摘にならず,発展的・ 支持的な姿勢で行う。同時期における指導者の役割は「ファシ リテーター」で,過剰に手出しせず「見守る」実習で締めく く る。 5)整理期(実習直後から)  実習で経験したことを整理し,次の実習に向けてプランニン グする。学生への指導内容や成績評定について分析する。課題 がある場合には複数の指導者で検討し対策を考える。サマリー を作成するなど,実習内容を簡潔に整理したものを残して,ス タッフ間で情報共有する。 おわりに  教育方法論に基づく臨床実習の進め方について,自らの実践 例を含めて整理した。臨床実習はどの時代においても常に重要 なテーマであるが,教育に完璧な正解はない。唯一あるとする なら,多くの臨床家が日々の実践場面で最善の教育を模索し続 けることが近道ではないだろうか。 文  献 1) Paulo Freire:被抑圧者の教育.小沢有作,楠原 彰,他(訳), 亜紀書房,東京,1979,pp. 63‒92. 2) Donald Sch n:専門家の知恵.佐藤 学,秋田喜代美(訳),ゆみ る出版,東京,2001,pp. 1‒11.

3) Kolb DA: Experiential learning: Experience as the source of learning and development, Prentice-Hall, New Jersey, 1984, pp. 41. 4) 小林 賢:臨床実習の課題解決に向けた教育学的アプローチの重 要性.理学療法学.2011; 38: 211‒216. 5) 小林 賢:総合実習 8 週間の流れ,理学療法スーパーバイズマニュア ル.新田 収,小林 賢,他(編),南江堂,東京,2010, pp. 31‒ 62. 6) 小林 賢:新人 3 年目までに身につけたい実践 ! 理学療法スキル. 小林 賢(編),医歯薬出版,東京,2010, pp. 188‒208. 7) 小林 賢:臨床実習指導者からみた臨床実習教育の実態と展望. 理学療法ジャーナル.2014; 48(6): 481‒486. Stage 時期 主な内容 指導者の役割 年間計画 1.準備期 ∼直前 SV 会議参加 指導体制の確認 オリエンテーション 2.導入期 1 ∼ 2 週 見学から実践へ モデル 症例の選択 症例の初期評価 3.展開期 3 ∼ 5 週 レポート作成 共同学習者 学生能力の分析 症例の最終評価 4.総括期 6 ∼ 8 週 症例報告会 ファシリテーター 成績表の作成 指導課題の分析 5.整理期 直後∼ サマリー作成 スタッフと意見交換 表 2 臨床実習のスケジュール(総合臨床実習 8 週間の場合)

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図 1 教育方法論に基づく理学療法教育の位置づけ

参照

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