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イネ育種における遺伝的多様性を拡大するための2,3のアプローチ

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Academic year: 2021

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2020 年 1 月 29 日受理 連絡責任者:山本敏央(yamamo101040@okayama-u.ac.jp)

イネ育種における遺伝的多様性を拡大するための 2,3 のアプローチ

山本敏央

1)

・古田智敬

1)

・小川大輔

2)

・米丸淳一

2)

・國吉大地

3)

・貴島祐治

3) 1)岡山大学資源植物科学研究所(〒 710-0046 岡山県倉敷市中央 2-20-1) 2)農研機構次世代作物開発研究センター(〒 305-8518 茨城県つくば市観音台 2-1-2) 3)北海道大学大学院農学研究院(〒 060-8589 札幌市北区北 9 西 9) 要旨:日本の水稲育種群の遺伝的背景の変遷をゲノムレベルで調査したところ,近交系品種同士の交雑に起因し て遺伝的多様性が時代とともに減少していることが明らかになった.今後生まれるさまざまな育種ニーズに対応 するためにも,また量的形質の選抜効率を高めるためにも,育種集団内には多様な遺伝変異を保つ必要がある. 著者らは,現状の育種母本から期待できる遺伝変異を最大限に抽出するための試みとして 8 品種からなる多系交 雑集団を育成し,調査した表現型において広く多様性を包含することや籾長と籾幅の形質間相関が打破できる可 能性を示した.また新たな試みとして,連鎖の打破に貢献することが期待できるゲノムシャッフリング集団や, 遠縁遺伝資源に由来する変異の導入や dosage による表現型効果の調整が期待できる 4 倍体系統群を作出して,そ れらの評価に取り組んでいる. キーワード:イネ,遺伝資源,育種集団,多系交雑,倍数性

緒言

作物育種において,比較的少数の遺伝子で支配される形 質の改変については,単離と機能解析が進んだ遺伝子を活 用した DNA マーカー選抜によって期待する個体を得られ る可能性は高まった(Yamamoto, T. et al. 2014).しかしな がら,収量性などの遺伝的に複雑な量的形質の改良には, 多数の遺伝子が関与すること,環境影響を受けやすいこと, 機能解明された遺伝子素材が少ないことなどから DNA マーカーの適用は難しく,表現型選抜(従来育種)に置き 換えることはできていない. また有望個体の選抜効率を 高めるために,集団規模の拡大や遠縁遺伝資源の活用など が行われているが,人的あるいは技術的な問題もあって必 ずしも理想的な集団を作出できるとは限らない. 将来にわたって持続的な遺伝的改良を行っていくために は,育種母本の組み合わせが包含する潜在的な多様性を最 大限に引き出す新しい育種技術が必要である.このような 背景から著者らは,集団規模や母本の種類に依存せずに量 的形質の効率的な改良を可能にする育種基盤技術の開発に 向けたいくつかの取り組みを行っている.

1.日本の水稲育種における遺伝的多様性の変遷

育種操作が作物の遺伝的多様性を減少させる可能性は古 くから指摘されていた(中川原 1992,鵜飼 2003)が,日 本の稲育種群において実際にどのような変化が起きている のかは明らかになっていなかった.著者らは,近代育種が 開始された当初の品種群と比較して最近の品種群で「コシ ヒカリ」のゲノムによる寡占が進んでいることを明らかに した(Yamamoto et al. 2010).また品種改良の効果によっ て新しいハプロタイプは作られるものの,全体的に遺伝的 多様性は減少し,ゲノム構造に偏りが見られることを明ら かにした(Yonemaru et al. 2012).近年の水稲品種群は,直 近の優良な品種同士の交配によって生まれるものが多いこ とからこの傾向は今後も続くと考えられる.地球環境や社 会情勢の変化を受けて品種に求められる要求は多岐にわた ると予想され,これに応えるためには育種集団の多様性の 維持は重要である.しかし一方で,均質化が進んだ現状の 育種集団の規模拡大のみでは多様性の確保は困難ではない かと考えられる.

2.多系交雑によるアプローチ

自殖性作物の育種では 2 種類の両親に由来する交雑集団 から表現型をもとに優良個体の選抜を繰り返す方法が一般 的であるが,この場合,対立遺伝子の組み合わせが二つの 親間のみに限定される.著者らは,複数品種の積み上げ交 雑からなる多系交雑集団(Multi-parent Advanced Generation Inter-Cross ; MAGIC 集団,Kover et al. 2009)の可能性に注 目して集団作出を開始し,8 種類の国内多収水稲品種の 8

系交雑 F1に由来する 981 系統からなる自殖集団(JAM 集団)

を育成した(第 1 図 . Ogawa et al. 2018a).これまでの遺 伝解析で用いられてきた Recombinant Inbred Lines(RIL) 集 団,Genome Wide Association Study(GWAS) 集 団, Nested Association Mapping(NAM)集団等と比較して,本 集団は最大 8 種類のハプロタイプが混合された交雑集団と いう点でユニークである.JAM 集団は由来親を識別する 多数のハプロタイプ多型を活用することで,高精度な連関

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解析やゲノムワイド予測モデルの構築に貢献する可能性が 示されている(Ogawa et al. 2018a).また,JAM 集団の変 異がそれを構成する各単交雑集団の表現型変異を包含する ことや,形質間相関を打破する系統が得られることを見出 し,多系交雑集団が遺伝変異を拡大させるポテンシャルを 持つことを明らかにした(Ogawa et al. 2018b). このように JAM 集団は遺伝的多様性を高める集団とし て有望であるが,最初の 8 系交雑 F1以降は自殖世代のみ のため近傍にある複数の遺伝子座(連鎖ブロック)の対立 遺伝子間の組み換えは抑制されたままである.農業形質に 関わる遺伝子座の多くは遺伝地図上でクラスターを形成し て 存 在 す る こ と が 示 さ れ て お り(Yonemaru et al. 2010; Yamamoto, E. et al. 2014),これらのクラスターを分断する ことで多様性が拡大すると期待される(Yamamoto et al. 2012).著者らは JAM 集団の作出と並行して,8 種類の供 与親品種の 8 系 F1個体間の相互交配を繰り返したゲノム シャッフリング集団を作出中である(第 1 図).

3.倍数性利用によるアプローチ

通常のイネ育種は 2 倍体個体間の交雑および選抜を前提 としているが,一方で半数化や倍加に必要な基盤技術は古 くから確立しており基礎研究や半数体育種に用いられてい る(大槻 1992).著者らは,通常の交雑 F1個体では自殖 稔実種子が得られないアジアイネ栽培種(O. sativa)とア フリカイネ栽培種(O. glaberrima)の組み合わせにおいて, F1個体の葯培養と再分化を経由することで(Kanaoka et al. 2018),種子稔性を有する複数の 4 倍体系統を得ている. 雑種 4 倍体系統の形態観察の結果,葉幅,葉舌,籾,芒な どの器官の肥大が認められ(第 2 図),通常の倍加操作で 得られる固定品種の同質 4 倍体系統と同様の傾向が確認さ れた.また雑種 4 倍体の自殖後代では倍数性を維持しなが らも無毛性や出穂期,ふせん色などの形質分離が見られ,O.

sativa と O. glaberrima の間で染色体乗り換え(homeologous

exchange)に基づく対立遺伝子の交換が行われていること

第 1 図. 自殖性作物育種において多様性を高める多系交雑と繰り返し交雑.右図上の 8 種類の品種名は JAM 集団の作成に用い た国内の多収品種名である.

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が示唆された.複数年にわたる栽培試験の結果,固定品種 と比べて低いながらも安定した種子稔性が得られる系統を 同定でき,現在はこれらのゲノム構成を明らかにしたうえ で表現型との連関を調査しているところである. また,この雑種 4 倍体から葯培養で得られた還元 2 倍体 の自殖集団では高い種子稔性を示すとともに 4 倍体で確認 された表現型の分離が認められた.これらは O. glaberrima ゲノムと O. sativa ゲノムが 4 倍体の中で混合された後に 半数化した集団であると考えられる.このような人為的な 倍加や半数化を経由することで,不稔や弱勢が障壁となっ て不可能とされていた遠縁雑種間のゲノムワイドな交雑育 種が可能になると期待できる.現在は確認のための実験を 遂行中であり,最終的には遠縁ゲノムの効率的な導入を可 能とする新育種法開発や 4 倍体自体の育種素材としての活 用の可能性を検討している.

おわりに

水稲事業育種はさまざまな制約があるため,(育種家自 身は自由な発想を内に秘めながらも)組織としては確立し たシステムである「単交配・自殖」の枠内で行われてきた. この育種システムがイネのわずかな表現型の差異を捉え, 着実に向上させ,継続的な改良に貢献してきたことを疑う 余地はない.しかしながら近年になって世界的に頻発する 異常気象や大災害は,育種の現場に対して従来法の継続の みでは太刀打ちできない課題を突き付けている. 著者らの取り組みはすぐに現状の事業育種にとって代わ るものではないが,育種の成否を決定づける母集団の遺伝 変異の創出能力を高めることを重視したアプローチであ る.MAGIC は単交雑から多系交雑へ,ゲノムシャッフリ ングは連鎖の打破,倍数化は遠縁交雑の適用拡大や dosage 効果の活用,を目的としている.それぞれの方向性は異な るが,これらは相互に補完しながら限られた遺伝資源から 多様性を生み出す要素技術になっていくことが期待できる (第 3 図).期待した変異が得られるかどうかは現時点では 予想がつかないが,プロセスを全てゲノム遺伝子型でト レースして表現型との対応をつまびらかにしていくこと が,次世代の交雑育種法の開発に繋がっていくのではない かと考えている.

謝辞

本研究は,科学研究費補助金(16K18640, 19H00937), 農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業(27007B , 29002A)および公益財団法人大原奨農会助成金によった. ここに謝意を表する.

引用文献

Kanaoka, Y., D. Kuniyoshi, E. Inada, Y. Koide, Y. Okamoto, H. Yasui and Y. Kishima(2018)Anther culture in rice proportionally rescues microspores according to gametophytic gene effect and enhances genetic study of hybrid sterility. Plant Methods 14: 102.

Kover, P. X., W. Valdar, J. Trakalo, N. Scarcelli, I. M. Ehrenreich, M. D. Purugganan, C. Durrant, and R. Mott (2009)A multiparent advanced generation inter-cross to fi ne-map quantitative traits in Arabidopsis thaliana. PLoS Genet. 5, e1000551.

中川原捷洋(1992)稲の遺伝資源, 日本の稲育種 櫛渕 欽也監修,農業技術協会,東京.35-46.

Ogawa, D., Y. Nonoue, H. Tsunematsu, N. Kanno, T. Yamamoto and J. Yonemaru(2018a)Discovery of QTL alleles for grain shape in the Japan-MAGIC rice population using haplotype information. G3 8: 3559-3565.

Ogawa, D., E. Yamamoto, T. Ootani, N. Kanno, H. Tsunematsu, 第 2 図. A)アジア栽培イネO. sativa(日本晴)(左)

とアフリカ栽培イネO. glaberrima(WK21) (右)の草型,B)葉舌(矢頭).左から 4 倍体, O. sativa. O. glaberrima. C)籾および芒.左 からO. sativa. 4 倍体,O. glaberrima.

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Y. Nonoue, M. Yano, T. Yamamoto and J. Yonemaru(2018b) Haplotype-based allele mining with JAPAN MAGIC population in rice. Scientifi c reports 8: 4379.

大槻義昭(1992)バイオテクノロジーによる稲育種, 日 本の稲育種 櫛渕欽也監修,農業技術協会,東京.79-91.

鵜飼保雄(2003)遺伝的画一化と遺伝的脆弱性, 植物育 種学 ,東京大学出版会,東京.67-68.

Yamamoto, E., J. Yonemaru, T. Yamamoto and M. Yano(2012) OGRO: The overview of functionally characterized genes in rice online database. Rice 5: 26.

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Yamamoto, T., H. Nagasaki, J. Yonemaru, K. Ebana, M. Nakajima, T. Shibaya and M. Yano(2010)Fine defi nition of the pedigree haplotypes of closely related rice cultivars by means of genome-wide discovery of single-nucleotide polymorphisms. BMC Genomics 11: 267.

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Yonemaru, J., T. Yamamoto, S. Fukuoka, Y. Uga, K. Hori and M. Yano(2010)Q-TARO: QTL annotation rice online database. Rice 3: 194-203.

Yonemaru, J., T. Yamamoto, K. Ebana, E. Yamamoto, H. Nagasaki, T. Shibaya and M. Yano(2012)Genome-wide haplotype changes produced by artificial selection during modern rice breeding in Japan. PLoS ONE 7: e32982. 第 3 図. イネ育種における多様性を高めるための方向軸.

X 軸は遺伝子の組み合わせの多様化,Y 軸は組み換え頻度向上(連鎖の打破),Z 軸は生殖的隔離の打破と対立遺伝子の 量的効果の拡大,を目指し,それぞれが MAGIC,ゲノムシャッフリングおよび倍数化に対応する.これらは独立した 方向軸であり組み合わせによって母集団の多様性ポテンシャルを最大化することが可能になる.

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A Few Selected Approaches to Increase Genetic Diversity in Rice Breeding

Toshio Yamamoto1), Tomoyuki Furuta1), Daisuke Ogawa2), Jun-ichi Yonemaru2), Daichi Kuniyoshi3), Yuji Kishima3)

1)Institute of Plant Science and Resources, Okayama University(2-20-1, Chuo, Kurashiki,Okayama 710-0046, Japan) 2) Institute of Crop Science, National Agriculture and Food Research Organization(2-1-2 Kannondai, Tsukuba, Ibaraki

305-8518, Japan)

3) Laboratory of Plant Breeding, Research Faculty of Agriculture, Hokkaido University(N9W9, Kita-ku, Sapporo 060-8589, Japan)

Summary:We surveyed historical changes of genetic backgrounds of Japanese rice cultivars, and revealed that the genetic

diversity has been gradually decreasing, which is caused by consecutive inbreeding within the recent cultivars. To address expanding demands for new rice varieties in the near future, and to improve eff ciency of breeding selection in quantitative traits, suffi cient genetic variation should be included in the breeding populations. As a trial of maximizing potential genetic variation in a crossed population, we develped a multiparental population derived from 8-way crosses. The population covered wide range of phenotypic diversity, and suggested a possibility of breaking the corelations between grain length and width. Additionaly, we are developing genome shuffl ing population which is expected to break the tight linkage drag, and evaluating tetraploid lines which might be used for introduction of useful genes from wide relatives or adjusting phenotypic values by regulation of dosage eff ect.

Key Words:Rice, Genetic diversity, Breeding population, Multiparental cross, Polyploidy

Journal of Crop Research 65: 83-87 (2020) Correspondence: Toshio Yamamoto(yamamo101040@okayama-u-ac.jp)

参照

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