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スポーツ教育学研究(2012. Vol.31, No2, pp.13-25)

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バスケットボールの「ファウル・ゲーム」の是非論に関する研究

- Fraleigh と Simon の論争に着目して-

A study on right or wrong of “foul game” in basketball − With focus on the controversy between Fraleigh and Simon −

大 峰 光 博:Mitsuharu OMINE 1 友 添 秀 則:Hidenori TOMOZOE 2 岡 部 祐 介:Yusuke OKABE 3

1 早稲田大学大学院スポーツ科学研究科: Graduate School of Sport Sciences, Waseda University, 2-579-15, Mikajima, Tokorozawa, Saitama 359-1192 2 早稲田大学スポーツ科学学術院: Faculty of Sport Sciences, Waseda University,

2-579-15, Mikajima, Tokorozawa, Saitama 359-1192 3 早稲田大学スポーツ科学研究センター: Waseda Institute for Sport Sciences,

2-579-15, Mikajima, Tokorozawa, Saitama 359-1192

Abstract

In basketball, there is one of the intentional rules violations, which is called “foul game”. “Foul game” is the action that a defense player toward the end of a close game will intentionally foul players in possession of the ball in order to stop the clock. Although the dispute has so far been made from a viewpoint whether to be an act morally permitted to “foul game” or not, it has not resulted in the conclusion. The purpose of this study was to examine the point on right or wrong of “foul game” in basketball between Fraleigh and Simon who are regarded as renowned scholars in sport ethics with a fresh eye.

There are three points in the controversy between Fraleigh and Simon. 1. Role of the penalty for intentional fouls

2. Importance of restorative skills

3. Agreement of participants for intentional fouls

In this study, the three points at issue were examined by considering the contents of “official basketball rule” published in Japan Basketball Association. Especially, we analyzed the transition of the provisions of “intentional foul” and “unsportsmanlike foul” which have specified “foul game”. The results here are as follows.

1. The role of the penalty for intentional fouls has shifted from the sanction for prohibited acts to the price for options.

2. The importance of restorative skills by the free throw accompanying “foul game” has become more significant skills for which participants are asked in a game.

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1 .緒言 小学校、中学校、高等学校の体育においては、 運動を通してきまりやルールを守ることが態度 領域の目標として示されている(文部科学省 , 2008a, 2008b, 2009)。特に児童・生徒が意図的に ルールを破る行為に対して、教師が注意を促すこ とは常である。運動部活動の試合においても、意 図的にルールを破る行為は非難の対象になる場合 が多い。しかし、比較的許容される傾向にある意 図的ルール違反に、バスケットボールの「ファウ ル・ゲーム」が存在する。 「ファウル・ゲーム」とは、防御側プレイヤー がボールを持っているプレイヤーやボールを受け 取ろうとしているプレイヤーに対して、ファウル を意図的に行うことによってゲームクロックを止 めようとする行為である(日本バスケットボール 協会審判・規則部編 , 2011, p.179)。「ファウル・ゲー ム」は審判員に対してファウルを隠蔽する意図は なく、ファウルに対する罰則を甘受する行為であ る。審判員を欺いて罰則を回避しようとする意図 的ルール違反とは性質が異なる。 「ファウル・ゲーム」を実践することによって、 リードを許していたチームが逆転を可能とした試 合も存在する注 1)。高校生同士の試合においても、 「ファウル・ゲーム」が実践されることもある注 2) 生徒達は体育でルールの遵守を求められる一方 で、運動部活動で意図的にルール違反を求められ ている現状があるといえる。部活動は学校教育の 一貫として、教育課程との関連が図られるよう 留意することが示されているため(文部科学省 , 2008b, 2009)、体育と部活動で矛盾する内容を教 師が教えることは問題であろう。意図的ルール違 反に関する問題は、スポーツ教育の観点から考察 される必要があると考えられる。 スポーツの試合における意図的ルール違反の是 非に関する研究は、国際的な学術誌である“Journal of the Philosophy of Sport”注 3)を中心に、欧米圏

のスポーツ倫理研究において主要なテーマの 1 つ として論じられてきた注 4)。意図的ルール違反の 是非に関する研究は 30 年以上にわたって取り組 まれてきたが、中でも、多くの研究成果を残して きたのは Fraleigh と Simon である注 5)。両者は「ファ ウル・ゲーム」の是非について長年にわたって論 争を繰り広げてきたが、未だに決着に至っていな い注 6)。Fraleigh が「ファウル・ゲーム」を許容さ れない行為であるとする見解を示しているのに対 し、Simon は条件付きで許容される行為であると する見解を示している。これまで両者の論争の争 点を検証した研究は、管見した限り、我が国だけ でなく、欧米圏においても存在しない。両者の論 争の争点を検証することは、「ファウル・ゲーム」 の是非を問う上で、有効な示唆が得られるだろう。 よって本研究では、Fraleigh と Simon の「ファウ ル・ゲーム」の是非論争における争点を、新たな 視点から検証することを目的とする。 本論文は、以下の手順で行う。まず、欧米圏に おいて、これまで主にどのような立場から意図的 ルール違反の是非が論じられてきたのかを概観 し、それらの立場がどのような問題点を抱えてい るかについて述べる。次に、Fraleigh と Simon の 「ファウル・ゲーム」の是非論争における 3 つの 争点を確認し、両者の研究における問題点を指摘 する。第 3 に、日本バスケットボール協会におい て発行される「バスケットボール競技規則」を検 討し、最終的に Fraleigh と Simon の争点を検証す る。 2 .意図的ルール違反の是非に対する 2 つの立場 とその問題点 意図的ルール違反の是非については、主に “formalism”の立場と「エートス(ethos)」を重 視する立場から、是非が論じられてきた(Fraleigh, 2003; 近藤 , 2011)。以下では、この 2 つの立場に ついて概観する。 2-1.“formalism”の立場からの「ファウル・ゲー ム」の是非へのアプローチ スポーツの試合における“formalism”の立場に As we can see above, it has been evaluated as an act by which a "foul game" is allowed in “official basketball rule”.

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言及したのは、D’Agostino である(Morgan, 1987, p.20)。試合における形式的ルールの観点からの み説明される考え方に従って、試合について言及 する立場が“formalism”と称された(D’Agostino, 1981, p.7)。“formalism”は、試合における形式的 ルールの遵守と、試合をプレイすることを同一視 し、試合に勝利することは試合の形式的ルールに 従った行動の方法によって達成されるとする立場 であると D’Agostino は指摘している。 “formalism” の 立 場 に い る 論 者 と し て は Pearson が あ げ ら れ る(Morgan, 1987; Fraleigh, 2003; Loland, 2005; Simon, 2010)。Pearson は試合 のルールは試合の定義に等しく、ルールを故意に 破るプレイヤーは試合を故意にプレイしていない と指摘する(Pearson, 1973, p.116)。また、ある行 動の目的を意図的に妨害する行為は非倫理的であ ると主張する。プレイヤーが意図的にファウルを 行うことは、運動競技の目的(purpose of athletic activities)の達成を妨害するため注 7)、非倫理的な 行為であると結論づけられている。 “formalism”の立場は、意図的にルールを破る 行為である「ファウル・ゲーム」を許容すべきで はないと結論づける。 2-2.「エートス」を重視する立場からの「ファウ ル・ゲーム」の是非へのアプローチ スポーツの試合における「エートス」について 言及したのは、“formalism”に言及したのと同様 に D’Agostino であり(Morgan, 1994, p.225)、「エー トス」を重視する立場の論者としてあげられてい る(Fraleigh, 2003; Simon, 2005; Loland, 2005)。

D’Agostino は試合における「エートス」につい て次のように述べている。 「試合のエートスは、形式的ルールが具体的な 状況の中でどのように適用されるかを決定す る、非公式で暗黙の慣習(conventions)である」 (D’Agostino, 1981, pp.16-17) つまり、試合における形式的ルールを個別・具 体の状況に合わせて適用させ、試合でのプレイや 判定を規定する慣習を、D’Agostino は「エートス」 と主張する。しかしながら、D’Agostino の「エー トス」の見解については、Tamburrini によって次 のような批判が加えられている。 「試合のエートスに対する古典的な考えはかな り狭い。審判員達がスポ−ツ的な行為を解釈す る方法のみに言及するにすぎない。試合の実践 者達(practitioners)のエートスというよりも、 むしろ試合の権威者達(authorities)のエート スである・・・(中略)・・・D’Agostino のエー トスは試合をどのように理解するかを規定する 慣習の設定というより、むしろ、ルール違反に どのような罰則を科すかを規定する慣習の設 定である。まして、試合においてどのように プレイするかを規定する慣習の設定でもない」 (Tamburrini, 2010, p.136)

Fraleigh は D’Agostino や Tamburrini らの「エー トス」論にふれ、論者によって「エートス」の 理解が多様であることを指摘している(Fraleigh, 2003, p.166)。 以上のように、「エートス」は多義的な概念で あるが、「エートス」を重視する立場は意図的ルー ル違反の是非を形式ルールに照らしただけでは判 断せず、試合の慣習やコンテキストを考慮に入れ て判断する立場であるといえよう注 8)。それゆえ に、「エートス」を重視する立場は、試合の慣習 によって「ファウル・ゲーム」が許容されている ならば、たとえ意図的にルールを犯していたとし ても、許容すべき行為であると結論づける。 2-3.双方の立場の問題点 双方の立場は、意図的ルール違反の是非を論ず る上で、以下の問題点を有している。 まず、“formalism”の立場が、試合における形 式的ルールの遵守と、試合をプレイすることを同 一視する点は問題があろう。このような同一視は、 形式的ルールに従わないのであれば、試合をプレ イしていないという命題を導くことになる。D’ Agostino は次のように述べている。 「もし、ある人が少しもプレイしていなかった ならば、どのような点に対して、罰則を科すこ とになるのか?」(D’Agostino, 1981, p.9)

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D’Agostino が指摘するように、上述の命題は ルール違反に対する罰則の意味を消失させるとい う矛盾を孕むため、問題が残る。現実の試合にお いても、プレイヤーが形式的ルールを遵守しない 試合は存在するが、その試合をプレイヤー達が少 しもプレイしていないと述べることは困難であろ う。 「エートス」を重視する立場は、D’Agostino も 指摘したように、形式的ルールを無視してもよい という見解は示していない。しかし、どのような 種類のルール違反が、どの程度まで「エートス」 によって許容されるかが明確ではない。「エート ス」が多くのルール違反を許容することによって、 結果として、形式的ルールの効力を失わせる可能 性も生じる(Loland, 2002, p.8)。

Fraleigh と Simon は、以上の“formalism”の立 場と「エートス」を重視する立場とは異なったア プローチによって、「ファウル・ゲーム」の是非 について論じている。 3 .Fraleigh と Simon の論争 3-1.論争の経緯 Fraleigh と Simon の意図的ルール違反の是非に 関する紙面上の論争は、Fraleigh(1982, 1984)に 対して、Simon(1991)において批判的検討がな されたことから始まる注 9)。Simon(2000)にお いても Fraleigh への批判が展開され、それらの Simon の 批 判 に 応 え る よ う に、Fraleigh(2003) において反論がなされた。さらに、Simon(2005) において反論がなされるという経緯を辿ってい る。近年においては、Simon(2010)においてさ らなる考察が加えられている。 3-2.「ファウル・ゲーム」の是非に関する 3 つの 争点 3-2-1.修復的スキルの重要性に関する対立 1 つ目の争点として、バスケットボールにおけ る修復的スキル(restorative skills)の重要性に関 する対立が存在する。Fraleigh は Torres(2000) による修復的スキルの見解に依拠しているため、 以下では、まず、Torres の見解について概観する。 Torres は試合におけるスキルを構成的スキル (constitutive skills)と修復的スキルに区分してい る。構成的スキルとは構成的ルール(constitutive rules)注 10)によって生み出されるスキルであり、

試合の構成的局面(constitutive phase of a game) に分類される局面で求められるスキルである (Torres, 2000, p.85)。ルール作成者達がプレイヤー に試し合うことを求めるスキルであり、試合の特 徴を定義し、形作るスキルであるという(Torres, 2000, pp.85-86)。バスケットボールにおいては、 通常の試合の流れでのパス、ドリブル、シュート、 リバウンドが構成的スキルの事例としてあげられ ている。 修 復 的 ス キ ル と は 統 制 的 ル ー ル(regulative rules)の違反によって生じるスキルであり、試 合が中断した際に、試合を再び軌道に戻す統制的 局面(regulative phase of a game)において求めら れる付加的なスキル(additional skills)であると 定義づけられている(Torres, 2000, p.85)。バスケッ トボールにおいては、フリースローやコート外か らのスロー・インが修復的スキルの事例としてあ げられている。Torres は次のように述べている。 「構成的スキルと修復的スキルのカテゴリー化 は、試合の一部(part of a game)として、何が 大切で何が大切でないかを区分する手助けをす る。しかし、さらに重要なことは試合において 何が中心で、何が周辺であるかを同定すること に寄与することである」(Torres, 2000, p.86) このような見解は、試合のスキルを生み出す 様々なルールが、試合中の課題を規定する度合い によって重要性が異なるという考えから導かれ ている。Torres は、すべてのルールが試合を形 作ることにおいて同等に貢献しない点を試合のス キルに敷衍している。修復的スキルは構成的スキ ルに対して、試合の重要性において副次的なもの (secondary)であると Torres は指摘し、次のよう に述べている。 「現実に、いくつかの修復的スキルは構成的ス キルの構造をまねている。バスケットにおけ るフリースローや、サッカーにおけるペナル ティーキック、コーナーキック、フリーキック は修復的スキルの事例である。それにもかかわ

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らず、以上の修復的スキルは依然として、ほと んどの構成的スキルの複雑性や重要性を欠落さ せている。修復的スキルがあてはまるコンテキ ストは、固定的で反復的であり、一般的には単 調なものである」(Torres, 2000, p.87) バスケットボールにおいては、修復的スキルで あるフリースローが試合において中心となる役割 を担い始めると、試合における目的や本質的な魅 力(inherent charm)を侵害すると Torres は結論 づけている(Torres, 2000, p.90)。 Fraleigh は Torres による構成的スキルと修復的 スキルの見解に依拠して、次のように述べている。 「修復的スキルは試合の一部であるが、試合を 軌道に戻すために存在するので、構成的スキル と同様の重要性はない。また、構成的スキルの みで試合を完成させることは論理的に可能であ る」(Fraleigh, 2003, p.171)

Simon は以上の Torres と Fraleigh の考察に批 判を加えている。たとえ、フリースローによって 生み出される動作が通常のシュート動作より複雑 ではなかったとしても、試合終了間際でのフリー スローは心理的に複雑になる可能性があり、構成 的スキルより困難になる可能性があると指摘す る(Simon, 2005, p.90)。また、構成的スキルにお いても、高いレベルのスキルの発揮や複雑性を欠 いているケースが存在すると Simon は指摘する。 その論拠として、プレイヤーがドリブルによって 時間稼ぎを行うケースや、身長の高いプレイヤー が身長の低い対戦相手に対してバスケットゴール の真下から連続して得点をするケースをあげて いる。さらに Simon は、構成的スキルのみの試 合を是とする Fraleigh の見解にも批判を加えてい る。修復的スキルを要する試合は、構成的スキル のみの試合より複雑であり、多くの変化に富んだ 能力を試す機会が提供される可能性を指摘してい る。以上の点から Simon は、修復的スキルが構 成的スキルより必然的に下位のスキルとはみなせ ず、試合の重要性において副次的なものではない と結論づける。 3-2-2.意図的ファウルに対する罰則の役割に関 する対立 2 つ目の争点として、バスケットボールにおけ る意図的ファウルに対する罰則の役割に関する対 立が存在する。 Simon は試合における罰則を、禁止された行為 への制裁(sanctions for prohibited acts)としての 役割と、選択への代償(prices for options)とし ての役割の 2 種類に区分している(Simon, 1991, p.48)。バスケットボールにおいて、ゲームクロッ クを止めるために意図的にファウルを行ったこと に対して科せられる罰則は、戦術の行使に対する 代償としての役割を果たしていると Simon は主 張する。 Fraleigh は 以 上 の Simon の 見 解 を 批 判 す る。 Fraleigh は全米大学体育協会(National Collegiate Athletic Association, 以下 , NCAA と称す)のバス ケットボール競技規則の内容の変遷に着目し、意 図的ファウルに対する罰則は選択への代償ではな く、禁止された行為への制裁(punishment)とし ての役割を有する方向に移行してきたと指摘す る(Fraleigh, 2003, p.172)。その論拠として、意 図的ファウルへの過去の罰則規定は違反をされた チームに対して、2 本のフリースローとフリース ロー後のボールの所有権が示されておらず、罰則 が強化されてきた点をあげている注 11)。ルール作 成者達(rule makers)が意図的ファウルを許容さ れない違反とみなし、意図的ファウルに対する罰 則を選択への代償としての役割ではなく、禁止さ れた行為への制裁としての役割を持たせてきたと Fraleigh は結論づける。 Simon は自身への以上の Fraleigh の批判には問 題が残ると指摘し、反論を展開している。その論 拠として、審判が「混在した戦術的ファウル(mixed strategic fouls)」と「純粋な戦術的ファウル(pure strategic fouls)」を区別することは困難を極める 点をあげている(Simon, 2005, p.94)。バスケット ボールにおける「混在した戦術的ファウル」とは、 試合終了直前において、リードされているチーム が相手チームに対して意図的ファウルを試みない が、ファウルに対してあまり注意を払わずにボー ルを奪い返そうとする際において生じるファウル である(Simon, 2005, p.92)。明白な意図を持って

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ファウルを行う「純粋な戦術的ファウル」と「混 在した戦術的ファウル」を審判員が区別する判断 を誤れば、プレイヤーを侮辱したり、構成的スキ ルによって獲得されたアドバンテージを奪うリス クが生じると Simon は指摘する。ゆえに Simon は、 バスケットボールの意図的ファウルに対する罰則 を選択への代償としての役割ではなく、禁止され た行為への制裁としての役割を有しているとみな す Fraleigh の見解には、問題が残ると反論する。 3-2-3.意図的ファウルに対するプレイヤーの合 意形成に関する対立 3 つ目の争点として、バスケットボールの意図 的ファウルに対するプレイヤーの合意形成に関す る対立が存在する。 Fraleigh は意図的ファウルを、試合における全 てのプレイヤー達が同意する試合の課題に反する 行為であるとみなしており、次のように述べてい る。 「意図的に相手を捕まえたり、足を引っ掛けた りすることは試合の一部、もしくは、バスケッ トボールのルールの範囲内ではない・・・(中 略)・・・戦術的ファウルは、すべてのプレイヤー 達が了解する合意に反する。つまり、バスケッ トボールを実践する際には、誰もに必要かつ認 められた技能や戦術によってバスケットボール の目的を追求し、禁止された技能や戦術を使 わないことが合意されている」(Fraleigh, 1982, p.42) Simon は、Fraleigh が指摘するような、戦術的 ファウルを行わないとするプレイヤーの合意が 存在するかは不確かであると指摘する(Simon, 1991, p.47)。また、仮に暗黙裡であったとしても、 すべてのプレイヤーが戦術的ファウルを行わない とする合意形成が存在するかは疑わしいと批判を 加えている。 以上のように、両者の「ファウル・ゲーム」の 是非論争においては、「修復的スキルの重要性」、 「意図的ファウルに対する罰則の役割」、「意図的 ファウルに対するプレイヤーの合意形成」という 3 つの争点が存在した。これらの争点は、バスケッ トボールのルールをどのように解釈することが適 切であるかについての見解の相違によって生じる 争点であるといえよう。 3-3.Fraleigh と Simon の研究における問題点 両者の研究は、バスケットボール各団体によっ て競技規則の内容が異なる点を考察されていな い点に問題が残る。Fraleigh は NCAA によるバス ケットボール競技規則の内容の変遷のみを検討す ることによって結論を導き出していたが、他のバ スケットボール団体における競技規則の内容の変 遷については検討されていない。NCAA は、他の バスケットボール団体である国際バスケットボー ル連盟(Fédération Internationale de Basketball, 以 下 , FIBA と称す)や全米バスケットボール協会 (National Basketball Association, 以 下 , NBA と 称 す)などとは異なる独自の競技規則を採用してお り注 12)、NCAA の競技規則からのみ「ファウル・ゲー ム」の是非を論じることは問題が残るだろう。 次項では、国際バスケットボール連盟による競 技規則を採用した、日本バスケットボール協会に おいて発行される「バスケットボール競技規則」 (日本バスケットボール協会審判部・規則部編 , 2011, p.140)の内容の変遷を検討する。上述した ように、本研究は、スポーツのルール遵守に関す る、体育と部活動における課題を出発点としてい る。「バスケットボール競技規則」は、日本の中 学校、高等学校、大学のバスケットボールの試合 において適用される競技規則であり注 13)、分析の 対象とすることは意義があろう。 4 .「バスケットボール競技規則」からの Fraleigh と Simon の争点の検証 現行の「バスケットボール競技規則」におい て、「ファウル・ゲーム」を規定するのは「アン スポーツマンライク・ファウル」の条項である(日 本バスケットボール協会審判部・規則部編 , 2011, pp.179-180)。「アンスポーツマンライク・ファウ ル」とは「インテンショナル・ファウル」が名称 変更された条項である(日本バスケットボール協 会規則審判部編 , 1997, p.127)。以下では、これま での「バスケットボール競技規則」における「ア ンスポーツマンライク・ファウル」と「インテン

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ショナル・ファウル」の条項を中心に、「ファウル・ ゲーム」を規定する条項の内容の変遷について検 討する。そこで明らかになった点から、Fraleigh と Simon の 3 つの争点を検証する。 4-1.「ファウル・ゲーム」を規定する条項の内容 の変遷 「競技規則 1964‐1968」において「インテンショ ナル・ファウル」の条項が設けられ、次のように 記述された。 「インテンショナル・ファウルとは故意のパー ソナル・ファウルで、普通のファウルとディス クォリファイング・ファウル(第 85 条)注 14) の中間のファウルである。ボールを保持してい る相手に対してボールを無視して、わざとから だの触れ合いを起こした場合はインテンショナ ル・ファウルとみなす。ボールを持たない相手 に対しても同様である。ボールを保持している プレイヤーも、わざとからだの触れ合いを起こ した場合はインテンショナル・ファウルを犯し たことになる」(日本バスケットボール協会規 則委員会編 , 1966, p.61)。 「インテンショナル・ファウル」をくり返して 犯したプレイヤーを、審判員は失格にさせてよい ことになった(日本バスケットボール協会規則委 員会編 , 1966, p.61)。「インテンショナル・ファ ウル」をされたプレイヤーは、シュートを外し た場合には 2 個のフリースローが与えられたが、 シュートを成功させた場合にはフリースローは与 えられなかった。 「競技規則 1968‐1972」においては、「インテ ンショナル・ファウル」の条項の内容に大きな変 化はなかった。しかし、「最後の 3 分間」の条項 が設けられ、試合の残り時間 3 分の時間帯にファ ウルをうけたチームはフリースロー、もしくは、 センター・ラインのアウトからのスロー・インに よる試合再開の選択が与えられた(日本バスケッ トボール協会規則審判委員会編 , 1969, p.57)。つ まり、リードされているチームが「ファウル・ゲー ム」を実践しようとして意図的にファウルを行っ たとしても、ファウルをされたチームはセンター・ ラインのアウトからのスロー・インによって試合 再開の選択が可能となる。「最後の 3 分間」の条 項は「ファウル・ゲーム」の成立を妨げる効力を 持っていたといえよう。ただし、「最後の 3 分間」 の条項は、「競技規則 1973‐1976」において削除 された。 「競技規則 1977 ∼ 1980 年」の「インテンショ ナル・ファウル」の条項においては、ファウルを されたプレイヤーがシュートを成功させた場合 に、追加で 1 個のフリースローが与えられること になった(日本バスケットボール協会規則審判部 会編 , 1978, p.55) 「競技規則 1981 ∼ 1984 年」の「インテンショ ナル・ファウル」の条項においては、ファウルを されたプレイヤーのシュートが不成功だった場合 には、「スリー・フォー・ツー・ルール」が適用 されることになった(日本バスケットボール協会 規則審判部会編 , 1981, p.100)。「スリー・フォー・ ツー・ルール」とは、2 個のフリースローが不成 功だったときに、さらに 1 個のフリースローを与 えるルールである(日本バスケットボール協会規 則審判部会編 , 1981, p.55)。 「競技規則 1985 ∼ 1990 年」の「インテンショ ナル・ファウル」の条項においては、「スリー・ フォー・ツー・ルール」が削除され、シュートを した場所に応じて、2 個または 3 個のフリースロー が与えられることになった(日本バスケットボー ル協会規則審判部会編 , 1985, p.59)。 「競技規則 1991 ∼ 1994 年」の「インテンショ ナル・ファウル」の条項においては、ファウルを されたプレイヤーのチームに、フリースロー後の ボールの所有権が与えられることになった(日本 バスケットボール協会規則部会編 , 1991, p.89)。 また、試合の終盤における故意のファウルに対し て、「インテンショナル・ファウル」が適用され ることが明確に示された(日本バスケットボール 協会規則部会編 , 1991, p.90)。 「競技規則 1995 ∼ 1998 年」から、「インテンショ ナル・ファウル」の条項は削除され、その内容は「ア ンスポーツマンライク・ファウル」に包含される ことになった(日本バスケットボール協会規則審 判部編 , 1997, p.127)。また、試合の終盤におけ る故意のファウルの記述が削除された(日本バス

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ケットボール協会規則審判部編 , 1997, pp.73-75)。 「競技規則 1999 ∼ 2002 年」においては、「イン テンショナル・ファウル」や「アンスポーツマン ライク・ファウル」の条項において、これまで記 述されていた「故意のファウル」という記述が削 除され、プレイヤーの意図性が問われなくなった (日本バスケットボール協会規則審判部編 , 1999, pp.70-71)。つまり、審判員はプレイヤーのファウ ルへの意図性を考慮せず、動作だけによって「ア ンスポーツマンライク・ファウル」を適用するこ とになった。 「競技規則 2001 ∼ 2002 年」の「アンスポーツ マンライク・ファウル」の条項には、次のような 一文が加えられた。 「相手チームのプレイヤーを故意に押しのけた り、押さえこんだり、たたいたりけったりする ファウルは、アンスポーツマンライク・ファウ ルである」(日本バスケットボール協会規則審 判部編 , 2001, p.69) 「競技規則 1999 ∼ 2002 年」において削除され たプレイヤーのファウルへの意図性に関する文言 が復活した。 「競技規則 2005 ∼」においては、プレイヤーの ファウルへの意図性に関する記述は再度削除され た(日本バスケットボール協会審判部編 , 2005, pp.60-61)。また、これまでアンスポーツマンラ イク・ファウルをくり返し宣せられたプレイヤー は退場となることが記述されていたが(日本バス ケットボール協会審判部編 , 2004, p.69)、このよ うな記述は削除された。ただし、「ディスクォリ ファイング・ファウル」の条項に、「アンスポー ツマンライク・ファウル」が 2 回記録されたプレ イヤーを退場とすることが記述された(日本バス ケットボール協会規則部・審判部編 , 2005, p.62)。 現行の「競技規則 2011 ∼」においては、「アン スポーツマンライク・ファウル」の条項に「ファ ウル・ゲーム」の用語が初めて記述され、これま での競技規則と比較すると、「ファウル・ゲーム」 に対してより明確な規定が設けられた(日本バス ケットボール協会審判・規則部編 , 2011, pp.179-180)。「ファウル・ゲーム」をしかけてきたチーム の触れ合いがボールを無視した異常に激しいもの ではなく注 15)、また、スロー・インのボールと関 係のない位置でなければ、「アンスポーツマンラ イク・ファウル」が適用されないことになった。 ただし、第 4 ピリオド、もしくは、各延長時限の 最後の 2 分間においては、スロー・インをするプ レイヤーの手からボールが離れる前に、防御側プ レイヤーがパーソナル・ファウルを起こした場合 は、「アンスポーツマンライク・ファウル」が適 用されることになった。 以上の変遷からは、次のように述べることが可 能であろう。「インテンショナル・ファウル」と「ア ンスポーツマンライク・ファウル」に該当する行 為に対する罰則は、一貫して強化されてきた。一 方で、「アンスポーツマンライク・ファウル」に 該当する行為は、プレイヤーのファウルに対する 意図性が問われなくなり、プレイヤーの動作だけ によって「アンスポーツマンライク・ファウル」 が適用されることになった。そして、特定の条件 にのっとって「ファウル・ゲーム」を実践すれば、 「アンスポーツマンライク・ファウル」は適用さ れず、罰則の軽い「パーソナル・ファウル」が適 用されることになった。また、「ファウル・ゲーム」 の成立を妨げる効果を持っていた「最後の 3 分間」 の条項も競技規則から削除され、再び条項として 制定されることはなかった。 4-2.Fraleigh と Simon の争点の検証 以上の結果から、Fraleigh と Simon の争点であっ た「意図的ファウルに対する罰則の役割」、「修復 的スキルの重要性」、「意図的ファウルに対するプ レイヤーの合意形成」を検証すると次のように述 べることが出来るであろう。「意図的ファウルに 対する罰則の役割」は、ファウルに対する意図性 が問われている期間においては、選択への代償と しての役割から、禁止された行為への制裁として の役割を有する方向に移行したといえる。しかし、 ファウルに対する意図性が問われなくなって以降 は、選択への代償としての役割を有する方向に 移行したといえる。このような移行は、「ファウ ル・ゲーム」を選択することへの利得を増加させ、 「ファウル・ゲーム」に伴うフリースローによる 修復的スキルが試合においてプレイヤー達に求め

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られる、より重要なスキルに移行したといえる。 また、競技規則に「ファウル・ゲーム」の文言が 記述され、「ファウル・ゲーム」に条件付きで「ア ンスポーツマンライク・ファウル」が適用されな くなったことから、「ファウル・ゲーム」の選択 に伴う意図的ファウルに対しては、プレイヤーの 合意が得られる方向に移行したといえる。 以上の諸点から、「バスケットボール競技規則」 においては、「ファウル・ゲーム」が許容される 行為として位置づけられてきたと解釈出来るだろ う。 5 .まとめと今後の課題 本研究は、バスケットボールにおける「ファ ウル・ゲーム」の是非論に着目し、中でも、ス ポーツ倫理研究の代表的研究者である Fraleigh と Simon の論争における争点を、新たな視点から 検証することを目的とした。Fraleigh と Simon の 「ファウル・ゲーム」の是非論争においては、「意 図的ファウルに対する罰則の役割」、「修復的ス キルの重要性」、「意図的ファウルに対するプレイ ヤーの合意形成」という 3 つの争点が存在した。 これらの争点は、バスケットボールのルールをど のように解釈することが適切であるかについての 見解の相違によって生じている争点であった。 Fraleigh と Simon の研究は、各団体によってバ スケットボール競技規則の内容が異なる点を考察 されていなかった点に課題が見出された。本研究 では、Fraleigh と Simon によって検討されなかっ た、国際バスケットボール連盟の競技規則が採用 された「バスケットボール競技規則」を分析の対 象とした。特に、「ファウル・ゲーム」をこれま で規定してきた「インテンショナル・ファウル」 と「アンスポーツマンライク・ファウル」の条項 の内容の変遷を中心に、Fraleigh と Simon の論争 における 3 つの争点を検証した。 「バスケットボール競技規則」の「ファウル・ ゲーム」を規定する条項においては、プレイヤー のファウルに対する意図性が問われなくなり、「意 図的ファウルの罰則の役割」は禁止された行為へ の制裁としての役割から、選択への代償としての 役割を有する方向に移行したことが明らかになっ た。また、「ファウル・ゲーム」に伴うフリースロー による修復的スキルは、試合においてプレイヤー 達に求められる、より重要なスキルに移行したこ とが明らかになった。さらに、「ファウル・ゲー ム」に伴う意図的ファウルに対しては、プレイヤー の合意が得られる方向に移行したことが明らかに なった。以上の諸点から、「バスケットボール競 技規則」においては、「ファウル・ゲーム」が許 容される行為として位置づけられてきたことが示 唆された。 上述したように、意図的ルール違反はスポーツ 教育の観点から非難の対象になる場合が多い。し かし、本研究では、バスケットボールの特定の状 況における意図的ルール違反が、許容される行為 として競技規則で位置づけられてきたことが示唆 された。この結果は、体育と部活動におけるルー ル学習に対して、新たな視座を提供するものであ ると考えられる。つまり、ルール学習においては、 規則を遵守する態度を身につけるだけでなく、規 則の持つ限界や矛盾を理解することについても、 学習内容となる可能性があると考えられる。 今後は、審判員が競技規則を現実に運用する上 での問題も、検討する必要があると考えられる。 また、バスケットボールのルールをどのように解 釈することが適切であるかについてだけでなく、 ルールのあるべき姿を論じていく必要があろう。 子供によるスポーツの試合における意図的ルー ル違反は、バスケットボールだけでなく、その他 のスポーツにおいても存在している注 16)。近藤は 競技スポーツの意図的ルール違反についての議論 は十分ではなく、実践の中に多様に展開されてい る戦術選択との関わりから、さらなる研究の進 展・進化が求められることを指摘している(近藤 , 2011, p.10)。今後も、多くのスポーツに対して、 多様な視点から意図的ルール違反の問題を検討し ていく必要があろう。 1 ) 1993 年 1 月に行われた日鉱共石対住友金属 戦において、試合の残り時間 40 秒で 1 点の リードを許していた日鉱共石が「ファウル・ ゲーム」を選択し、その後逆転を可能とした (月刊バスケットボール編集部 , 2000, p.103)。 1998 年 3 月に行われた東芝対大和証券戦に

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おいても、試合の残り時間 51 秒で 7 点の リードを許していた東芝が「ファウル・ゲー ム」を選択した(月刊バスケットボール編集 部 , 2000, p.104)。大和証券のフリースローが 外れたことをきっかけに東芝は同点に追いつ き、延長戦で勝利を収めた。 2 ) 2008 年に開催された全国高等学校バスケッ トボール選抜優勝大会の能代工業高校対八王 子高校戦において、第 4 ピリオド途中で 12 点差をつけられた能代工業が「ファウル・ゲー ム」を選択した(朝日新聞 , 2008)。同大会 の決勝戦の福岡第一高校対洛南高校戦におい ても、試合の残り時間 8 秒で 2 点のリードを 許していた福岡第一が「ファウル・ゲーム」 を選択した(月刊バスケットボール編集部 , 2009, pp.22-23)。

3 ) “Journal of the Philosophy of Sport”は、国際 スポーツ哲学学会(International Association for the Philosophy of Sport)によって発刊さ れている学術誌である。

T h e I n t e r n a t io n a l A s s o c ia t io n f o r t h e Philosophy of Sport. Journal. 2011. http://iaps. net/about-2/,(参照 2011-10-21) 4 ) 欧米圏におけるスポーツ倫理研究は、試合 における意図的ルール違反の問題以外にも、 ドーピングの問題、スポーツにおける男女平 等の問題、大学スポーツの問題、スポーツに おける人種問題、スポーツファンの問題、ス ポーツにおける身体障害者の問題など、様々 なテーマが論じられている。その中でも、意 図的ルール違反の問題は主要なテーマの 1 つ であるといえる。日本においても論じられ てきたテーマであるが(近藤 , 1999, 2011; 入 江ほか,2000; 島﨑ほか,2002; 川谷 , 2004, 2005)、欧米圏と比較すると論じられるケー スは少ないといえる。 5 ) Fraleigh は意図的ルール違反の研究だけでな く、上述した、様々なスポーツ倫理のテー マについても多くの研究成果を残している。 McNamee も指摘するように、Fraleigh はス ポーツ倫理研究の第一人者であるといえる (McNamee, 2010, p.2)。Simon も多くの研究 成果を残しており、Fraleigh 同様に、スポー ツ倫理研究の代表的研究者であるといえる。 6 ) Fraleigh と Simon は「ファウル・ゲーム (foul

game)」という用語は使用していない。しか し、Fraleigh は「試合終了直前で、リードさ れているチームのプレイヤー達が時計を止め るために、リードしているチームに対して 意図的にファウルすること」(Fraleigh, 2003, p.169)について論じている。Simon も「試 合の残り時間わずかの時間帯に、リードを許 しているチームが時計を止めるために意図的 にファウルを行うこと」(Simon, 2010, p.59) について論じている。ゆえに、本論文の研究 対象である「ファウル・ゲーム」について論 じているといえる。 7 ) Pearson は運動競技の目的を「誰がより巧み (skillful)であるかを決定するために、ある 個人や集団のスキルを他の個人や集団のスキ ルに試すこと」(Pearson, 1973, p.116)と定 義づけている。 8 ) D’Agostino も、形式的ルールを完全に無視 すべきであるという見解は示していない (D’Agostino, 1981, p.17) 9 ) Fraleigh(1984) と Simon(1991) の 翻 訳 本 は以下の通りである。本論文においても参考 とした。 フレイリー:近藤良享ほか訳(1989)スポー ツモラル.不昧堂出版:東京. サイモン:近藤良享・友添秀則代表訳(1994) スポーツ倫理学入門.不昧堂出版:東京. 10) Torres は Searle の構成的ルールと統制的ルー ルの見解に依拠している。Searle は構成的 ルールを、たんに行動を統制するだけでな く、新しい行動形態(new forms of behavior) を創造したり、定義したりするルールである と述べている(サール , 1988, p.58)。Torres はバスケットボールにおける構成的ルールの 例として、相手チームのバスケットに得点す ることや相手チームの得点を妨げることが記 述されたルールをあげている(Torres, 2000, pp.81-82)。統制的ルールは既存の行動形態 (existing forms of behavior)に先行、または、

独立して既存の行動形態を統制するルールで あると定義されている(サール , 1988, p.58)。

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Torres はバスケットボールにおける統制的 ルールの例として、ヴァイオレーションを 行ったチームに対する罰則が記述されたルー ルをあげている(Torres, 2000, pp.82-83)。 11) Fraleigh はサッカーにおいても同様の傾向が あると指摘する(Fraleigh, 2003, p.172)。現 行のルールにおいては、ディフェンスプレイ ヤーがオフェンスプレイヤーに背後からファ ウルを行った場合には、審判員から自動的に レッドカードが出されるが、数十年前のイギ リスのサッカーにおいてはそのような罰則は 存在しなかった点をあげている。 12) NCAA の競技規則においては、試合時間は 20 分の 2 ハーフと規定されており、1 つのハー フで 10 回目のチーム・ファウルから、フリー スローが 2 個与えられる。これらの規定は、 FIBA や NBA の競技規則にない独自の規定で ある。 http://www.wbca.org/includes/media/docs/2010-11WBBPlayRulesHandbook.pdf( 参 照 2012-1-21) 13) ただし、中学校の試合においては、若干の異 なるルールが設定されている。例としては、 中学校の試合は、8 分のピリオドが 4 回行わ れるが、中学校以外の試合は、10 分のピリ オドが 4 回行われると規定されている(日 本バスケットボール協会規則部・審判部編 , 2011, p.22)。 14) 「ディスクォリファイング・ファウル」とは、 甚だしくスポーツマンらしくないファウルに 適用され、このファウルを犯したプレイヤー は直ちに失格・退場が命じられたファウルで ある(日本バスケットボール協会規則委員会 編 , 1966, p.64)。現行の「バスケットボール 競技規則」においても、甚だしくスポーツマ ンらしくないファウルを犯したプレイヤーに 対して「ディスクォリファイング・ファウル」 が適用され、失格・退場が命じられる(日本 バスケットボール協会審判・規則部編 , 2011, p.64)。 15) 起こしたファウルが異常に激しいものだった 場合には、ボールにプレイしようと正当な努 力をしていても「アンスポーツマンライク・ ファウル」が適用される(日本バスケットボー ル協会規則部・審判部編 , 2011, p.63) 16) たとえば、高校野球においては、打者や走者 による意図的な守備妨害、サイン盗みなどが 行われている現状がある(小林 , 2007)。 参考引用文献 青木崇 (2005) 前半戦ハイライト.Hoop,13(3): 44-45. 朝日新聞 (2008) 12 月 27 日 朝刊.

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