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M適応指導教室の生活世界と子どもの変容(1) : 子どもを理解することで見えてくる関わり方

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M 適応指導教室の生活世界と子どもの変容 (1)

―― 子どもを理解することで見えてくる関わり方 ――

吉 岡 美代子 *・堀 江

伸 **

The Childʼs Life and Growth in “M” Adaptation

Guidance Classroom (1)

Miyoko YOSHIOKA and Shin HORIE

キーワード:適応指導教室、子ども理解、関わり方、アドラー心理学 1.研究の目的と問題意識 この M 適応指導教室に来て通い始めると、 子どもたちは元気になる。入室前のケース会議 や入級審査、保護者の聞き取りでは、到底外に は出られず、何もする気にならないと思われる ような印象を受ける子どもたちであっても、ひ とたび安心して過ごせるとわかった途端、魚が 水を得たように元気になる。学校ではない場所 で、学校という縛りを外した状態だからこそ作 りあげることのできることが、M 適応指導教 室にはある。この場での生活や学びが持ってい る特質は、そこでの子どもたちの変容を生みだ している。 適応指導教室では学校のように決まったカリ キュラムはない。来ないといけないという義務 もない。子どもたちは自分の意思で、来ること を選んでいるのである。来たいと思わない子は すぐに来なくなる。継続して来る子は、単に自 分の好きなことができるから来るのだろうか。 単に避難場所として、そこに居るだけではない としたら、ここではいったい何が子どもたちを 変容させていくのだろうか。 適応指導教室に来る子どもの多くは、学校に 行っていないということで人から全人格を否定 されたように感じていることがある。自分でも だめな子であると感じている。他の子が行くこ とができる学校に行くことができない、みんな と同じことができないことは今の日本ではよし とされない。罪悪感を抱えているのである。個 性重視と言われる機会が多いにも関わらず、実 際には人と違うことをするとすぐに排除される 傾向がある。そういう社会や学校・家庭にいて、 学校に行かないという選択をすることは難しい が、強い意思で学校に行かないと言う以前に、 身体が動かなくなり、身体が学校に行かないと いう主張をする。それは、身体が動かないから 学校に行けないのではなく、学校に行きたくな いという主張をしたいために、身体が動かなく なると考えている。しかし身体が動かなくなる というような方法ではなく、もっと適切な方法 で今ある課題に向き合い解決する方向にむかう ことができるはずなのである。そのためには、 やる気を育て、自分づくりに必要なことを自分 * 甲賀市嘱託職員 ** 滋賀大学教育学部

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で獲得していく実感を少しずつ重ねていく以外 に手立てはない。放っておくのでもなく、押し つけるのでもなく、どのような関わり方がこう した子どもたちに響いていくのだろうか。 このように、不登校の子どもたちの生活と学 び、そこでの関わりが本研究の主題だが、それ は不登校の子どもというだけでなく、子どもと どう関わっていくのかを研究実践する貴重な場 となる可能性を持っていること、さらに専門職 としての成長のあり方を明らかにすることにも なると考えている。適応指導教室の職員は、そ のほとんどが臨時職員からなり、待遇が保証さ れていないこと、援助の方法が確立されないま まに実際に子どもたちと向き合わざるをえず精 神的負担が多い辛い仕事であることから、長く 勤めることが少ない。しかし、専門的な仕事で あるのにも関わらず、職員が短期間で変わると いう状況は職員の成長を支えるとは言えず、悪 循環の中にあるといえる。そうした状況を切り 開いていくには、職員が自信を持って子どもた ちを支えるためにどういう関わり方をしていく のがよいのか、研究をしていくことがもっとも 必要だといえる。またそれは、適応指導教室と いう特化した場所でのみ通用する関わり方では なく、人として基本的な関わり方であり、学校 現場や家庭での人間関係の基本と通じるもので ある。不登校になるというそのことで発せられ る子どもたちの心の声をしっかりと聴き、もう 一度基本に立ち返るために、子どもをどのよう に理解するのか、そしていかに関わりうるのか を追求していきたい。 第一著者の吉岡は、自宅を利用した私的教室 で 5 年間、公的機関で 12 年間、不登校の子ど もたちと関わってきた。同時にアドラー心理学 を学び実践してきた。本稿では、M 適応指導 教室における学びや生活の実際がどうであるの か、そして子どもと日々関わっていく中で子ど もの何を理解し、どのように援助者として関 わってきたのか、その子どもたちの変容はどう なのかなどの考察を通して、子ども理解に求め られることと具体的な関わり方を考えていきた い。 2.M 適応指導教室の生活と学びの実際 a.教室の日常と子どもたちの活動 〈入級時に子どもたちに伝えること〉 多くの子どもは、最初は保護者や学校からの 勧めで適応指導教室という場所を知り、やって くる。未知の場所である適応指導教室では一体 何ができるのか、させられるのか、不安をたく さん抱えてくる。保護者や学校の先生の言うこ とを聞かないと叱られるからと、自分の意思を すぐには出さずに、様子を伺う子どもはたくさ んいる。 入級した子に、最初に告げることは、「自分 がすることは自分で決める」、「指導員が提案す ることに対して拒否できる」ということである。 自分の人生の主人公は自分であり、自分がこの 人生をどう生きていくかは、自分が決められる。 むしろ決めていかなければならない。他人の意 見を鵜呑みして受け容れるだけではいけない。 自分の意思を持って生きていくために、自分で 自分の行動を決めてほしいと思っている。 最初にそういう話をすると、今まで実は自分 で決めたことが少なく、何をしてよいか戸惑っ てしまう子と、自分で決める、自由にするとい うことは、嫌なことは一切せずに、気ままに勝 手な行動をしてもよいと考えてしまう子といる。 戸惑う子に対しては、どんなことができるか一 緒に考えていく。自分ができると思えることし かできないし、無理だと思っていることをいく ら必要だからといって大人が考えて提案しても 受け容れることはできない。今まであまり自分 で決めてこなかった子どもには、選択肢を出し て選ぶことから始めることもある。逆に、勝手 な行動を取る子については、対人関係の基礎を しっかりと作った上で、目先の欲望だけに振り 回されず、本当に自分がなりたい自分になれる ために何ができるか一緒に考えていく。 人にはそれぞれ乗り越えないといけない課題 があり、それは不登校に限らず、誰にでも多か れ少なかれあるものだと考えられるが、その課 題が一体何なのか、自分がそのことに気づき、 その課題を自分で乗り越えていくためには、ま ずは自分で決めることができないといけない。

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自分の課題が何かを探り、その課題を乗り越 えていくことは非常にしんどいことである。真 剣に向き合うことができるようになると、自分 が今何をするべきなのかも見えてくる。しかし、 最初から課題は何かわかり言語化することはと ても難しい。認めたくないこともたくさんある。 表面に表すことは、自分を追い込むことにもつ ながる。それはとてもしんどいことである。そ のことに向き合う勇気ができた時、子どもたち は、自分の人生を着実な足取りで歩めるように なっていく。適応指導教室とはそういう意味で 厳しい場所であると考えている。 同時に自分の課題というのが、自分の利益欲 望などを中心とした将来設計だけに終わっては いけない。人は一人では生きてはいけないし、 自立すると共に、人々と協力して生きていける ようになることも課題として認識できるように なってもらいたいと願っている。今まで自分の ことしか考えず、不登校の原因について探る時 に、人の所為にばかりしていると、なかなか社 会に適応する人、人の役に立つこと、貢献して 生きることなどは視点にない事が多い。そうい う点に対しても課題だと考えられるように支援 していきたいと考えている。 〈子どもたちとの活動の様子〉 子どもたちの活動は子どもによって大きく変 わるので、年度によって時間の枠組みは変わる。 必要だと思われる活動や体験してほしい活動は たくさんあるが、活動の主体となるのは子ども 自身であるから、子どもの意思を抜きにして活 動は行わない。学校とは異なるこの点は、単に 子どもをわがままに過ごさせるだけではないの かという批判をよく受ける。 そもそも不登校になるということは、原因や きっかけがどうであれ、今学校という場所には 行くことができない状態であり、何か行動を起 こすということに対して勇気がなくなっている 状態と考えている。まさに動けない子どもに対 して、最初にすることは、何かがしたいと思え るようになるような働きかけである。全く動け ない状態から、少しでも動くことができるとし たら、それは子ども自身が動きたいと思えるこ とである。それは子どもが興味関心を持ち、 やってみたいと思うことなのである。 「何がしたい?」という問いかけに最初から すぐに答えが出る子は少ない。「何をしている 時が楽しいの?」「どんなことが好き?」など、 子どもに関心にまずは関心を寄せることから話 は始まる。子どもたちは自分のことに興味を 持ってもらえるとそのことがうれしくなり、重 い口を割り、話し出すことが多い。ここでは子 どもの話を十分にしっかりと聴く。指導員が 知っている範疇の話題であればよいが、圧倒的 に知らないことの方が多い。こだわりが強く、 ピンポイントで深く知識がある子どもたちが多 いからである。その時は、あらゆる手段を使っ て、その話題について調べる。インターネット のある時代で良かったと思う。あまりにも指導 員の知識や情報収集能力を超える時には、わか る人を探してきて会話をしてもらうこともある。 しかし、知らなくてすぐにわからない時にも、 知らないからこそ、私にわかるように教えてほ しいとお願いし、丁寧な説明を要求する。子ど もたちは最初そんなことも知らないのかとがっ かりしても、興味を持って聴く姿勢を崩さずに いると、きちんと説明してくれる。ここで指導 員がいかにそのことに対して気持ちを入れて聴 くか、一緒に楽しめるかは大事な点だと思う。 うわべだけで話を聴いている大人に対しては容 赦ない。すぐに話題が途切れるのである。子ど もたちは自分がする話をわかってもらえる、楽 しいと思ってもらえる、一緒にいることがうれ しいと思ってもらえるとわかると、自分が話す ことによって、人に貢献できる感覚が起きてく るである。本当に楽しんで聴いてくれていると わかると、どんどん話が深まってくる。指導員 は子どもに教えることよりも、こうして教えて もらうことの方が多いかもしれない。興味のあ る話題以外にも、子どもとの対応や子どもが発 する意見など、指導員という職名を超えて、実 は人間と人間同士の関わりの中で、たくさんの ことを子どもから学ばせてもらっていると私は いつも感じている。 不登校になるきっかけや原因などはすぐには 訊かないことが多い。情報として保護者の方や 学校から、今までの様子や不登校のきっかけや 原因と考えられることを聴くことで、子どもの

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特性に応じた対応ができるようにすることは、 最初にすることであるけれど、本人にはすぐに は訊かないということである。自分から話した い子はもちろんしっかりと聴く。指導員とよい 関係になると自分からどんどん自分の思いを話 せるようになることが多い。話をするというこ とは、相手が誰でもいいわけではない。この人 だったら話しても良い、話してみたい、理解し てもらえるかもしれないと思って、初めて話し 出すのである。そのためにはしっかりとした関 係づくりが必要である。関係ができていないの に、支援をしようと思ってもそれは到底無理な ことである。話を聴きたくないと思っている人 からの提案は受け入れられることはない。 子ども自身がしたいと思う活動をしていく。 ときに、子どもと一緒にすることにしている。 しかし、その活動の習熟を目指すことはない。 たとえば、卓球をするという時、卓球自体がう まくなることを第一の目的にはしていない。そ の活動を通して、関係を深めることや自信を高 めること、気持ちをほぐすこと、思いや考えを 話せるようになること、社会的なコミュニケー ションスキルを学ぶこと、などを目的としてい る。今まさに目の前にいる子どもと一緒にいる この時間をいかに楽しくうれしい時間にするか は、指導員の力量にかかっていると思っている。 時にはルールを逸脱することもあるが、許容す ることが多い。もちろん、ルールというのは人 を守るものであるから、誰かがそのことによっ て困ることになるようなルールは作らない。そ のことで誰かが傷つくようなルール違反につい ては、指導員が介入することもある。その折に も、叱るという形ではなく、意見として伝える ことが多い。また、新しくルールが必要な時は 話し合って決めていくことにしている。それも、 大事な経験になっていると考えている。 ただ、明日はないかもしれない、明日になれ ば、また家に引きこもってしまうかもしれない し、学校に行くかもしれない。まさに一期一会 の思いを持って子どもと関わる。一日一日が完 結しているのである。 一日の最後に今日会えて一緒に活動できたこ とは本当にうれしいことだと思う。その気持ち はしっかりといつもことばで伝えるようにして いる。あなたがいることは、私を幸せにする。 いつもそう思う。そのことは必ずことばで伝え たい。「今日あなたに会えてうれしかったよ。 ありがとう。」そのことを伝えられる余裕があ る時、一日の関わりはうまくいったと思える。 そんな風に思えない日もある。しかし、うまく いかなかった時こそ、指導員が学ぶチャンスだ と思いたい。子どもたちは必ずヒントを残して いる。それをスタッフ会議等で、詳しく話し合 い、自分でも分析して、より良い方法や考え方 を取り入れ活かしていくことにしている。一日 を終えてのカンファレンスは、大事な振り返り と、次の一歩を考え、共有していく時間となる。 〈学びの体験の構築〉 学ぶと一言で言うが、何を学ぶのか、このこ とが大事である。一般的には学習、しかも教科 学習を指すことが多い。しかし、適応指導教室 にせっかく来るチャンスをもらったのに、教科 学習のみに時間を費やすのはもったいない。も ちろん教科学習は必要である。そのことは全く 否定するつもりはない。教科学習については、 むしろ学校の先生方との約束の中で作り上げて ほしいことである。学校という場所は教科学習 をすることが中心となるところであるからであ る。受験のことを意識するようになり目標が定 まってくると自然と教科学習に気持ちを向ける ことができるようになることは多い。 しかし、教科学習に留まらず、生きていると いうことは、すべての時間が学びの体験だと 言ってもよいと思う。人と人との関係、社会の 中で自分ができることは何か、自分とどう向き あうか、生きていくということはどういうこと か、将来の自分、なりたい自分になるために必 要なことは何かなど、たくさんのことを考えて いく中で、知りたいこと、広げたいこと、深め ていきたいことなどがさまざまに出てくる。そ れを一緒に考えていくことは大きな学びとなる。 また自分からは意思を出さなくとも、周りを 見ていることで子どもに見えてくることも多く ある。特に人と人との関係の中でどう行動する かということについては、スタッフの動きが重 要になる。大人の行動は子どものモデルとなる から、どういう関わりの仕方をするかをスタッ

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フの行動を通して、常に子どもたちは学んでい る。ことばのかけ方、関係の取り方、考え方、 価値観、大きくは生き方そのもの、すべてが子 どもたちの学びとなる。もちろん、完璧な人間 などいないのだから、うまくいかない時もすべ て大事な意味を持つ。完璧でないといけないと 思っている子どもはたくさんいて、完璧にでき なから、あえて、チャレンジしない選択肢を取 る場合もよくあるが、失敗した時にどうするか、 完璧にできなくてもなんとかなることや、でき ないことで別の視点から見た新たな世界が広が ることなど、自分を受け容れるためにいろいろ な人のいろんなパターンを見て学ぶことも重要 な意味を持つ。 ソーシャルスキルトレーニングは、設定した 場面や絵を使う方法もあるが、日常の具体的な 場面で、実際に今目の前にいる相手にどういう 風に対応していくのがよいか、考えていくが多 い。その場ではうまくいかなかった時には、落 ち着いてから後でゆっくりと振り返り、もう一 度考えあうこともある。その時には、どういう ことばを使って話すべきだったかを具体的に確 認する。 適応指導教室では常勤職員は少ないが、若い スタッフはケアサポーターとして日替わりに何 人かに来てもらっている。子どもたちと年齢的 に近いことで、より子どもとの興味に近い話題 が提供できることが多い。お兄さんお姉さん感 覚で親近感が湧くことも多い。世の中にはいろ んな人がいて、自分と近い人もいれば、まった く別の世界の中で生きていることもスタッフと の関わりの中で見えてくる。どうしても家の中 で家族以外の人で出会うことが少なくなる時期 に、友達の代わりをすることもあるし、自分と は違う世界から新たな刺激をもらうこともたく さんあるのである。 〈世界の広がりと連続〉 小さいながらも適応指導教室で集団を作り、 自分の世界を広げ、自分だけの世界から、自分 とは違う世界とも接触していくことで、もう少 し大きな世界へと繋がっていくことも生まれる。 そうしたことに抵抗が少なくなると、次のス テージに出て行くことを考え飛躍していく。世 界を広げていくことは、単に場所が広がるとい うことではなく、そこには必ず人がいる。世界 が広がるということは、とりもなおさず、人と の関係が広がるということを意味する。世界が 広がるために、まずは、適応指導教室での小さ な集団の中でどのように自分が居場所を作って いくかが大事になってくる。 人は常に所属感を求めている。自分がここに 存在していてもよい場所を探している。いわゆ る居場所も同じ意味である。場所とはいうが、 単に場所ではなく、人との関係抜きには考えら れない。居場所は誰かに与えてもらうのではな く、主体的に自分が見つけていくものである。 ここが居場所だと自分が感じられること、それ がなにより大切なことになってくる。自分が生 きているという実感がわかない時、生きている ことの意味がわからない時、所属感がないこと が多い。自分が存在していることを誰か自分と は別の人に認めてもらい、一緒にいることを喜 んでもらい、そのことで自分が誰かの役に立っ ていると感じることは、生きていることの実感、 喜びと繋がる。 生きていることの意味について、教室の子ど もたち、特に思春期の子どもたちは、いつも考 えている。折に触れ、子どもたちは、なぜ生き ているのかわからない、自分など生きていても 何の意味もない、自分には何の価値もないとこ ぼす。少なくとも、その感覚をことばにして、 誰かに伝えたいと思えることは、とても素敵な ことだと思う。もしかしたら、相手には、自分 のことをわかってもらえないと思うと決して口 にはしないだろうことばである。その段階で、 まずは人間と人間とのよい関係が構築されてい ると思える。私は、子どもたちと接していて、 そのことを伝えてくれたことにより、私自身が 子どもたちの中で生きていることの喜びを感じ ることができる。私がその喜びを伝えることで、 子どもたちもまた私という存在を通して、自分 の存在意味を感じてもらえるとうれしいと思う。 自分が存在することの意味が少しずつ見えてい くと、子どもたちは、この世界にしっかりと根 を降ろし、ここを原点に新しい世界への興味関 心が広がっていくのであり、飛躍の芽生えが生 まれてくる。

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b.適応指導教室の業務 M 適応指導教室に現在 (2012 年度)、職員は、 常勤職員・指導員及び室長 1 名、非常勤職員・ 補助指導員 1 名 (週 4 日程度勤務)、ケアサ ポーター 4 名 (週 1 回 4 時間程度勤務) が配属 されている。本稿にて「スタッフ」という時は この職員全部のことを指し、「指導員」という 時には、指導員、補助指導員のことを指し、職 務的な立場の意味を持つ。「援助者」は、子ど もと関わる役割としての立場を意味する文脈で 使う。 〈子ども支援〉 中心となる業務は、子ども支援である。基本 全く学校に行っていない小中学生が対象になる。 ひきこもりの状態、もしくは全く家から一歩も 出られない子どもたちが、学校という場所では ないところで、ゆったりとした時間を使って、 少しずつ心を穏やかにし、あらゆる縛りから解 放され、気持ちを整理していく。そして、自分 一人だけの世界ではなく、人と繋がることで世 界を広げ、コミュニケーションの力をつけてい く。自分と向き合い、本来の自分の力で自分の 生き方を決めていく。指導員は子どもたちが勇 気を持って自分の課題に立ち向かうことができ るための援助をする。その関わりの中で、行動 や認知、考え方、表現方法などの適切な方法を 提案していく。 〈活動内容〉 子どもの課題に応じて、子ども自身が必要だ と感じたことを中心に活動する。また指導員は 子どもの興味に合わせ、できそうな内容の活動 を提案する。遊びの活動に多く費やされている が、これは、自己決定能力をつけるために重要 な意味を持っている。つまり、遊びというのは 強制されるものではなく、自発的な活動だから である。そういう意味では、どんな活動も子ど もたちが自発的に行い、楽しんでできる活動は すべて遊びだと言っても過言ではないと思う。 学習ですら自ら興味を持って楽しんでできるこ とが本来の姿であると思うが、実際にはまだま だ子どもたちの意識の中では、遊びにはなって いない。またよい人間関係を築くためのソー シャルスキルの学びの場面においても「遊び」 は重要な意味を持っている。小集団で楽しんで 過ごすためには、ルールを決めたり、相談した りすることは必要不可欠である。人とぶつかり 合うことからもたくさんのことを学んでいる。 具体的な活動内容は次のようなものである。 ゲーム……トランプ、UNO、カロム、人 生ゲーム、将棋、五目並べ、四 字熟語カード、県名カード、文 字 ピ ッ タ ン、ド ン ジ ャ ラ、鬼 ごっこ スポーツ……卓球、野球、キャッチボール、 バドミントン、テニス、バスケッ トボール、バレーボール、サッ カー、ドッジボール、キンボール、 スマイルボーリング、グランドゴ ルフ 創作……描画、色塗り、折り紙、紙飛行機、 切り絵、ステンシル、編み物、洋 裁、ビース手芸、フェルト手芸、 木工、紙粘土 音楽……ギター、キーボード、ミュージッ クベル、音楽鑑賞、バンド演奏 学習等……PC、書道、水墨画、調理実習、 俳 句、リ レ ー 小 説、教 科 学 習、 ソーシャルスキルトレーニング 教室外活動……散歩、ハイキング、宿泊体 験、野菜収穫体験、バザー (企画、 宣伝、創作、準備、販売、収支計 算、お礼の挨拶、反省会) 〈保護者支援〉 子どもが不登校になることで、親との関係を もう一度見直す機会となることが多い。不登校 になったことをきっかけに関係が悪くなること も非常に多い。それはなんとか避けたいと思う。 親もどうしてよいかわからないので、いたずら に子どもを責めて叱ることで、登校することを 促そうとされるが、それは結果的には関係を悪 くするだけで逆効果である。関係を悪くしてか ら、支援の手を差し伸べても何ら解決にはつな がらないのである。保護者支援の中心は、まず

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は親子関係をしっかりと見直し、関係をよくす るための援助をする。関係がよくなった上で、 子どもたちとの意見交換ができたり、楽しい時 間を共有できたりしていく。親に支配され、親 の言いなりになる子どもになってほしくはない。 自立をし、社会で生きていけるこどもになるた めに、親ができることは何か、一緒に探る中で、 親が子どもを勇気づけできるようになってもら いたい。また親自身も子どもが不登校になった ことで、子育てを失敗したと周りから思われ、 自分でもそのように感じておられることが多い。 親自身も勇気を持って生きていけるように援助 したいと思っている。 また、個別の相談以外に、親の会という組織 がある。これは通級生の親だけではなく、卒業 生やその他関心のある親で作っているものであ るが、これは、保護者の方々で自主的に作られ、 指導員も毎回参加させてもらっている。その中 でも親子関係をどのようにすればよいかという 学習会や講演会を行っている。日々、話の中で もみんなで具体的な関わりや行動について検証 しながら、何ができているか、また何ができる かを一緒に考える会になっている。同時に親自 身はどう生きていくのか、自分自身の楽しみや、 仲間づくりの場にもなっている。 〈学校・教育委員会・教育相談員連携〉 新規入級時には、まず学校が教育委員会に相 談し、教育委員会の判断で入級審査の会議を学 校と教育委員会、適応指導教室、教育相談員も しくはスクールカウンセラー (相談に繋がって いる場合) で行う。基本的には、家から全く登 校できていない場合であるが、本人、保護者の 強い希望がある場合はその限りではない。入級 審査会議において、適応指導教室に通級するこ とが望ましいとされると、教室の見学をまず勧 めていく。見学後、本人の通級の意思が確認さ れたら、通級となる。 通級後は、随時適応指導教室は、学校と連絡 を取り、教室での様子、今後の見通し、プログ ラム、個別支援計画など話し合っている。また、 定期的に学校からの招集でケース会議を開く。 この場では各機関での情報収集した上で、通級 生にどのように関わっていくか、各機関がどの ような役割分担をするか、話し合う。 教育委員会、教育相談員とは、1〜2ヶ月に一 度、連絡会を開き、適応指導教室の運営、子ど もたちの状況などの情報交換をしている。また 指導員のスーパーヴァイズも受けている。 また教育相談員には、月一度程度、適応指導 教室の方に来てもらい、子どもたちの実際の行 動観察をし、その上で相談員の目を通したアセ スメントやスーパーヴァイズをしてもらってい る。 〈他機関連携〉 適応指導教室は小中学生が対象なので、中学 卒業後の相談や対応は基本行っていない。しか し例外的に小中学生の活動に支障のない程度に 相談や活動は受けるケースはあるが、その場合 も必ず他機関との連携の上で行っている。 発達障がいを持つ子どもたちについては、年 齢を問わず相談できる機関として、発達支援室 があるが、卒業を待たずに発達支援室とは連携 を取り、子どもたちの活動に一緒に参加しても らったり、ケース会議に参加してもらったりし ている。 相談機関としてはその他に、家庭児童相談室、 人権センター、少年センターがある。 ただ、どの機関も相談は受けてもらえるが、 適応指導教室のように子どもたちが活動できる 場所がないので、サロン的な要素を持つ場所の 設置は今度の課題となっている。相談の中心は 他機関で担ってもらい、相談、活動場所として 適応指導教室を利用されることはある。 c.教室の空間とそのデザイン 〈空間が与える影響〉 私がここの適応指導教室に来て、最初に取り 組んだのは、環境づくりだった。旧保健所と あって、建物は非常に古く、外観は冷たい病院 のようで、壁や床にはシミ、天井は雨漏り、現 像室などという暗い部屋があったり、窓からは 墓地が見えたり、踏切の音が近く、鉄道好きの 子には良いが、大きな音の苦手な子には最悪と いうような環境であった。しかし、ありがたい ことに部屋数だけは十分にあった。大きな部屋 が 2 部屋あり、このうちふつうの教室の倍ほど

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の部屋は、学習やさまざまな文化的活動の中心 となる部屋とし、もうひとつはプレイルーム、 身体を動かす時に使う部屋として使っている。 その他に小さな部屋は、調理室や畳の部屋、創 作に使う部屋、相談室として 2 部屋、それから 職員事務室として使っている。子どもたちの活 動に必要なことを考えて設計してあるわけでは ないが、大事なのは、あるものをどう使うかと いうことであり、目的に応じて使うことによっ て、空間は活きてくる。 子どもたちがここに何を求めてくるか、それ をイメージした時に、まず最初に考えたことは、 ここではゆったりと安心して過ごしてほしいと いうことだった。たくさんの不安や焦燥、スト レスなどひとときでも解放されるように、穏や かで柔らかい印象の雰囲気を作りたい。また、 自分の課題にしっかりと向き合えるためには、 自分に合った場所を見つけて、落ち着いた場所 で安定した活動をしてほしい。そのためには、 みんなが同じ場所に集うのではなく、いろんな 場面が作れるようにコーナーを分けた。その日 の気分によって座る場所が変わってももちろん 良い。選ぶのは子ども自身である。 気持ちが落ち着き、人との関係ができてくる と話したいことができてくる。話すことで今ま で混沌としていたものが、整理され、課題が見 え目標が定まってくる。環境を整えることは、 そのための大前提となるだろう。 〈構造化された空間と変化する空間〉 広い部屋には、中心に大きな丸いテーブルを 置き、小集団で活動する。また他にもいくつか の丸いテーブルがある。少し他の人と距離を置 いて活動したい時には、そちらに座る。壁に向 かって学習机を配置した学習空間では、他の人 の動きなどの目から入る刺激が少なく、学習に 集中できるようにした。また部屋をパーテー ションや楽器、棚などを置いてコーナーを作り、 少し視線が遮断されるようにし、畳の空間や、 ソファの空間などを作ってある。そこでは、直 接人と関わらなくてもよいが、部屋の中の人の 気配はわかるので、一緒に活動はしないが、人 がいる環境に慣れることはできるようにしてい る。 部屋の入り口には、ふいの来客から視線を遮 断するために、スクリーンカーテンがある。ま た、隠れられるように棚の下は何も置いていな い空間がある。基本、子どもたちが、来客と会 うかどうかは、子どもたちの意思が最優先され る。学校の先生方は、学校や家庭訪問で会えな い場合には適応指導教室まで訪ねて来られるこ とがあり、そこで、信頼関係作りをしていただ くのだが、最初は簡単には会えない。ここは安 全な場所であることは絶対条件なので、子ども たちの意思をまげて会ってもらうことはない。 どうしても会ってもらう必要がある時には、そ の目的をはっきりとさせ、そのことを子どもが 受け容れる場合に会えることにしている。 適応指導教室という教室の性質上、毎年通級 する子どもが変わる。その年の子どもたちの人 数や興味、行動パターンに応じて、教室自体の レイアウトや小部屋の目的は変わっていく。人 数が多い年には、中心となる机の組み合わせが 変わったり、学習する子どもが多い時には、学 習する机の位置を工夫したりするのである。年 度途中で変えることはあまりないが、人数が多 くなって活動に支障をきたす時には、子どもた ちと相談して配置を変えることはある。 部屋の中心にある小集団活動をするテーブル は、どうしても人と人との距離が近いので、他 の人と一緒にいることが苦手な子どもは、入ら ないことが多い。その時には、パーテーション で分けられた違うコーナーで過ごすことを選ん でいる。または、身体を動かす部屋 (プレイ 室) や相談室という全く違う空間で活動するこ ともある。もちろん、他の人の気配があるとし んどくなるという子どもについては、小集団活 動の時間帯以外の日に個別対応をしている。 3.子どもを理解するということ a.子どもの何を理解するのか 「子ども理解」ということばに私はずっと違 和感を感じていた。子どもを理解するというこ とはどういうことを意味し、何を理解すること が子どもの援助に繋がるのか、ということを考 えてきたが、一般的に言われるような「気持ち を理解する」ということだけが子どもを理解す

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るということではないと感じているのである。 子どもが感じていることに寄り添って一緒に辛 い気持ちになっていても、今の状況は何も変わ らない。 私たちは表に出されたものはわかりやすいと 思える。ことばで表現されたことや行動として 見えていることを手がかりに考えることができ る。逆にことばとして表出されない心の内の気 持ちはわかりにくいと言える。ただ、ことばで 表出されていても、それがすべて本当のことか と言えば、それも曖昧である。意識的無意識的 にことばでは嘘をつくこともできるからである。 それならば、今できることは行動を頼りに考え ていくことではないだろうか。本心ではないこ とを語ったり、気持ちらしきものを語ったりす ることも語るという行動として見て考えていく ことにしている。 何か問題が起こった時、ふつう人はその原因 を追求する。たとえば、不登校になった原因は 何だろうかと。原因となることは確かにあるだ ろう。さて、それでは、その原因をすべて取り 去ったら、学校に行けるかというと、必ず行け るというわけではない。いくつかの原因が重 なっていることもよくある。きっかけとなる出 来事もたくさんあるだろう。しかし、原因とは、 過去の出来事であり、過去には戻ることはでき ない。そして過去を変えることもできないので ある。基本的に過去と他人は変えることはでき ない。変えることができるのは、未来と自分だ けである。それならば、過去に執着するのでは なく、私たちは、未来を見るべきである。未来 とは何か、それは、目的、目標ということであ る。これからどうしたいのか、どうなりたいの かということである。また、行動の目的を見る ことにより、今どう対応していくのがよいのか、 を考えることができる。 教室でスタッフとよい関係が築けると、子ど もたちは気持ちを話し出す。どう感じるのか、 感じてきたのか、気持ちを話すことで、スタッ フにその気持ちを共有してもらうことができ、 寄り添ってもらえることは心地良いかもしれな い。しかし、そこで留まってはいけないと私は 思う。いくら不安や悲しみ苦しみなどの気持ち を共感しても、その先には進めない。これから どうしたいのか、その先のことが見えてくるよ うに援助したいのである。多くの場合、先に進 みたくない、自分の課題に取り組みたくないた めに、不安などの感情を使い、心配なことを話 すことで、課題に取り組まないことを理解して もらおうとしている。課題に取り組まないとい う目的のために、感情を使っていると言える。 それは、しかし、決して怠けているとか弱いと かいうことではなく、取り組む勇気や自信を 失っているだけと理解している。 では、今できることは何なのか、どういうこ とだったらやってみてもよいと思えるのか、そ こにまで発展して、気持ちを話し、一歩前へと 進めるように、自信と勇気を持ってほしいので ある。そのための援助である。援助者が勝手な 思いで、大きすぎる目標を立て、それを子ども に強要しても、子どもたちは前には進まない。 あくまでも自分の人生をどうしていくのか、子 ども自身が自分の目標を立てて、それに向かっ て進むことが大事なのである。もちろん援助者 はそのためにさまざまな提案をしていく。ただ、 私もよく陥る失敗なのであるが、その提案が本 人の思いとかけ離れていて、とても実現しよう のないような提案だと、当然であるが受け容れ ることはできないし、またやってみようとも思 えないだろう。できるだけ実現可能な提案をし ていかなければならない。そのためには、十分 に話を聴き、可能性のあるものを探っていかな ければならないと考える。 そうすると、単に感情だけに留まった気持ち を聴き共感するだけではなく、行動の目的を理 解し、子どもが間違った方法で目的を達成する のではなく、適切な方法を使って目的を達する ように援助することが必要である。さらに、子 どもの行動や認知、思考の特質、パターンを理 解し、子どもがどういう場面で困っているか、 困っていることをテーマにして、それを克服す ることを課題としていく。子どもが現在使って いる方法ではない代替案を提案し、適切な方法 を一緒に考えることで、自信と勇気を持って課 題に向き合い、自分の力で解決できるように なっていってほしいと願っている。

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b.行動の目的 子どもたちと関わっていると、子どもの行動 によっては何かざわざわした感じがしたり、嫌 な感じがすることがある。それは子どもが対人 関係の中で起こす行動であり、私もその対人関 係の中にいるからである。そのように子どもの 行動で自分がどう感じるかを見ていく時、子ど もが相手にどういうことを求めているかを考え ることができる。 あえて相手を困らせることで、大人が注目せ ざるを得ない場面を作る。それに大人が乗って しまうと、子どもとしては注目関心を引くとい う目的を達成することになる。たとえ、そのこ とが良くない行動であるとわかっていても、無 視されるよりは良いと考える。そして、そのこ とに大人が注目してしまうと成功体験になって しまい、さらに困らせるような行動を繰り返す ということはよくあることである。 このことをもう少し詳しく考えてみよう。子 どもが大人を困らせるような行動を取った時に、 その行動自体が正しいか悪いかを問題にしてし まい、それを正すことに重点を置いてしまうと、 問題の場所がずれてくる。たいていの場合、子 どもはその行動が間違っていることを知ってい る。もし知らないのならば、教えれば良い。 知っているがあえてするのである。では、それ が正しいかどうかを議論しても何の意味もない。 困らせるような行動の目的にはいろいろとあ る。たとえば、注目を浴びたい、関わりを求め ている、愛情を求めている、自分が正しい事を 主張したい、相手に復讐をしたい、自分は無能 力であると言いたい、などである。困らせるよ うな行動をする前には、良い行動をしてほめて もらうということで注意関心をひこうとするこ とがあるかもしれない。たいていは、それで失 敗して思うような賞賛を得られないと、困らせ るような行動に移行する。 さまざまな問題行動というものが現れた時に、 さて、この子はこのことによって何を求めてい るのか、考えてみる。それが行動の目的を考え るということなのだが、その本来の目的がわか れば、相手を困らせる行動を取らなくても、か なえられる方法手段を子どもが知る事ができれ ば、問題行動は減っていく。その方法や手段を 援助者は提案することができる。 適応指導教室では、生活の場面に様々な出来 事が起こってくる。その時その時の具体的な場 面で今の行動について、瞬時にどういう対応を すればよいか求められる。カウンセリングの場 面のように過去を振り返ってどうしたら良かっ たかと考えることもあるが、その場合だとゆっ くりと落ち着いた状況で考えられるが、日々の 活動の中では、待ったなしの状況で一人一人の スタッフが今どうすればよいか、突き詰められ ることが多く、緊張することもしばしばある。 では、その時にどういう対応をしていけばよい かについては、5「子どもとの関わり方とその 意味の省察」で考えていく。

参照

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