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中国の「ナショナリズム」に関する一考察―「国権」と「民権」の共時的関係史の観点から(1)

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(1)

中国の「ナショナリズム」に関する一考察―「国権

」と「民権」の共時的関係史の観点から(1)

著者

村田 邦夫

雑誌名

神戸外大論叢

65

4

ページ

37-62

発行年

2015-03-01

URL

http://id.nii.ac.jp/1085/00001726/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

メ リ カ に代表 さ れ る先進緒国 と 、 ロ シ アや ドイ ツ ( プロ シ ヤ) 、 イ タ リ アや日 本な どの中進緒国と 、 中国やイ ン ドや中 ・ 南米やア フ リ カ諸国の後進緒国と の 国権 と 民権の関係の歴史の中で位置づけ捉 え直 さ れ るべき 問題 で あ る。 ま た同 様に、 今日、 こ う し た関係は、 どのよ う に変化、 変容 し てい るかに注意、 留意 す る必要があ るだ ろ う 。 こ のよ う な論の展開に よ っ て、21世紀におけ る 「正 し い軌道」 を、 ひ たす ら邁進中の中国に代表 さ れ る 「発展途上」 のア ジア諸国 と 、 南 ア フ リ カや スー ダ ン、 ナイ ジェ リ アに代表 さ れ る ア フ リ カ諸国の 「衣食足 り て礼節 を知 る」 営為の実現に向か う 流れ と 相互補完的 な関係 と し て位置づけ ら れ る、 ア メ リ カやイ ギリ ス、 フ ラ ンス そ し て日本に代表 さ れ る先進諸国の 「衣 食足 り ず礼節 を知 らず」 の営為 を担わ ざ る を えな く な っ た関係 を、 鳥瞰的に捉 え る こ と がで き る、 と 筆者は考えてい る。 第 I 章 中国の 「ナ シ ョ ナ リ ズム」 と 比較政治学の 「民主化」 研究 1 中国の 「民主化」 を測定する 「物差し」 の問題点 (

-

) さ て、 こ れから以下におい て、 中国の関税白主権回復運動、 治外法権撤廃運 動の展開 を と お し て見えて く る、 ナ シ ョ ナ リ ズムの主た る構成要素で あ る、 国 権 と 民権の 「幸福 な結婚」 (論)(3) に潜む問題 を、 換言すれば、 「憲法愛国主 義」 や 「ポ リ ア ー キー」(4) ま たは 「(自由) 民主主義」 や 「市民的自由」 の実 現 を 「正 しい軌道」 と し て提唱 し て き た、 比較政治学の 「民主化」 研究がこ れ ま で抱 えて き た問題 を考察 し てい こ う 。 その問題 と は、 「幸福 な結婚」 を実現 し た と さ れ る国か、 た と えば、 イ ギ リ ス、 フ ラ ン ス、 ア メ リ カ に代表 さ れ るい わゆる 「市民革命」 「産業革命」 の 「二重革命」 を実現 し た国が、 なぜ そ う し た 「革命」 の実現 を ア ジアや ア フ リ カ 、 ラ テ ン ア メ リ カ諸国 (諸地域) におい て は許 そ う と し なかっ たのか。 それ ど こ ろ か、 そ う し た諸国 を自 ら の植民地、 従属地 と し て囲い込んでい っ たのか、 と い う 問題 で あ る。 なぜ筆者 がこ の問題に拘泥す るのか と い えば、 こ れま での筆者の研究におい て何度 も 指摘 し て き た よ う に、 それは た と えばイ ギリ ス と イ ン ド、 あ るいはイ ギ リ ス と アイ ル ラ ン ド の歴史 を少 し垣間見た だ け で も 分か る こ と で あ る。(5) (3) 「幸福 な結婚」 論に関 し ては、 前掲拙著 『「日本人」』 の第二部所収の拙稿 < II 中国の 「ナ シ ョ ナ リ ズム」 に関す る一試論一 丸山真男の 「幸福 な結婚」 論 を手掛か り と し て 一

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を 参 照 さ れたい。 (4) 「ポリ アー キー」 に関 し ては、 拙著 『民主化の先進国がた ど る経済衰退 経済大国の興亡 と 自由民主主義体制の成立過程に関す る一仮説一 』 晃洋書房 1995年 (以下、 『民主化の』 と 略す。) の く第 I[[部 「ポリ アーキー」 を超えて一新た な る民主化の 「物差 し」 を求めて一> の第三章 「近代」 の刻印 を免れ る こ と ので き ない ポ リ ア キ を、 見てい ただ き たい。

(3)

こ こ では と く に、 民主化研究の観点か ら筆者 が ど う し て も こ だ わ ら ざ る をえな い理由に関 し て、 イ ギリ ス と 中国の関係 を念頭におい て、 言及 し てお き たい。 (二) 比較政治学の民主化研究では、 中国の 「民主主義」 実現の歩み を語 る際、 イ ギリ スにおけ る 「民主主義」 実現の歩み を測 る 「物差 し」 と 「同 じ」 物差 し が、 当然のよ う に使われてい る。 別言すれば、 中国の 「民主主義」 に向か う 歩み を 測 る物差 しは、 かつて中国 を侵略 し、 半植民地状態 と し てい たイ ギリ スの民主 化 を測 る物差 し と 同 じ で あ る。 そ こ で語 ら れてい るのは、 イ ギ リ ス が どの よ う に し て国権 と 民権の 「幸福 な結婚」 を実現 し てい っ たか と い う こ と にほかな ら ない。 民主主義の実現の歩みは、 相当 に時間 を要す る し、 市民革命 を実現 し た か ら 、 選挙権の拡大がお こ なわれたか ら と い っ て、 それで めで た く 終了 と はな ら ない。 その歩みは、 当然 なが ら 、 歩みで あ り 、 過程で あ る。 こ こ で大切 なの は、 ポリ ア ー キーに向け ての歩み を測定す る物差 し (「公的異議申 し立て」 と 「参加」) には、 本来な らば当然の前提と して、 国権の歩みが包含 さ れてい る と い う こ と で あ る。 も っ と も 、 す ぐ以下で も述べ る よ う に、R ・ タ ールのポリ アーキーの図式に はそれは含 まれてはい ない ので あ る。 こ の点 を銘記 し ておかなければな ら ない。 「幸福 な結婚」 論や 「憲法愛国主義」、 あるいは 「正 しい軌道」 は、 そ う し た点 を理解 し た上で議論 さ れ なければ な ら ない。 つ ま り 、 その こ と の意味は、 イ ギ リ スの民主主義実現の歩み (すなわち民権の歩み) は、 国権の歩みと 切 り 離 し て語れない と い う こ と で あ る。 と こ ろ が、 タ ールのポリ アーキ一論は、 国権の 歩み と 切 り 離 さ れて、 つま り 両者の関係 を共時的に捉 えて位置づけ ない ま ま に、 各々独自の次元で語 られてい る こ と を確認 し てお く 必要がある。 た と えば、 それは以下の く だ り に も垣間見 る こ と がで き る。 す な わ ち、 タ ー ルは一方 におい て、 ポリ アー キーのために求 め られ る条件につい て、 「政府が、 長い期間、 政治的に平等 と みな さ れてい る市民の要求に対 し て責任 を も っ て応 えつづけ る た めには」、 すへて の市民に対 し て 「民主主義 に と っ て欠 く こ と の で き ない三つの必要条件」 が与 え ら れなければな ら ない」 と みながら 、 他方に おい て、 「次に、 こ れ ら三つの機会が、 現在の国民国家 を構成 し てい る多数の (5) イ ギリ ス と イ ン ド、 アイ ル ラ ン ド、 さ ら には中国 と の国権 (国造 り ) をめ ぐ る 関係は、 何 も 国民経済に限定 さ れ る も ので は ない。 それ こ そ、 政治か ら文化 をは じ め他の領域に及 ぶ話 と な るのだ が、 こ こ では話 を わか り や す く す る た めに国民経済に し ぼっ てい る こ と を断 わっ てお き たい。 なお、 ナ シ ョ ナ リ ズムの主要な構成要素で あ る、 国権 (国造 り) と 民権 ( 自由、 民主主義、 人権) の関係については、 前掲拙著 『「日本人」』 の第一部< [ 1 ] 「日本人」 と 「民主主義」 「民主主義」 の 「歴史」 と 切 り 離す こ と ので き ない 「靖国」 を参照 さ れたい。

(4)

民衆の間に存在す る ためには、 社会の諸制度が、 少 な く と も 8 つの条件 を満た し て お かねば な ら ない」(6) と 指摘 し ながら 、 そ こ か ら先の 「公的異議申 し立 て」 と 「参加」 の二つか ら構成 さ れ る ポリ アーキー概念 を導 く ので あ る。 こ こ には、 あ ら か じ め国民国家が民主化の前提 と し て想定 さ れてい る こ と に留意 し ておかなければな ら ない。 す なわ ち、 国権 と 民権の相互の共時的関係 を問 う こ と がで き ない論の展開で あ る。 私た ちは、 タ ール に よ る こ う し た前提に対 し て、 やは り 問い直 さ なければな ら ないのでは ない か。 す なわ ち、 そ こ で前提に さ れ てい る国民国家は、 それでは、 どのよ う にすれば、 実現で き るのか、 と い う 問 い で あ る。 (三) さ ら に、 こ こ で非常に厄介 なのは、 イ ギリ スの国権の歩み を語 る際、 イ ギリ ス 「一国」 に限定 し て語れない し、 語 る こ と がで き ない と い う こ と で あ る。 国 権の、 す な わ ち 個 造 り

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の歩みには、 イ ギリ スの 「衣 ・ 食 ・ 住」 を充足 し て い く 営為 が含 ま れてい る。 イ ギ リ ス がその営為のために必要 と な る国民経済 を つ く る上で、 先のアイ ル ラ ン ドやイ ン ド と の関係は切 り 離せ ない。 さ ら には、 アヘ ン戦争以降の中国 と の関係は、 イ ギリ スの国民経済 を語 る と き 、 重要な位 置 を占めてい る。 こ の関係 を、 アイ ル ラ ン ド、 イ ン ド、 中国の側か ら 見直す と き 、 ど う な るのだ ろ う か。 それ ら諸国は、 イ ギ リ ス に よ り 、 植民地、 従属地 と し ての地位 を押 し付け ら れてい く こ と か ら、 そ こ では国権の歩みは、 最初は国 権 (主権) 回復運動 (治外法権撤廃や関税自主権回復運動) の歩みと な ら ざる を え ない のだが、 あ る期間、 絶望的 な状態 と な るのは必至で あ る。 そのこ と は、 アイ ル ラ ン ドやイ ン ド そ し て中国におい ては、 国権の歩み を前提 と し た 「民主 主義」 実現の歩み を許 さ ない こ と を意味 し てい る。 逆にい えば、 イ ギリ スは、 アイ ル ラ ン ドやイ ン ド、 中国におけ る国権の歩み と 民権の歩み を阻止、 阻害 し なが ら、 白国におけ る国権 と 民権のバ ラ ン スの取れた状態 (幸福な結婚) を実 現す る こ と が可能 と な る。 こ こ には、 国権 と 民権の歩みが、 両者 それぞれ共時 的 に相互に関係 し てい る と 同時に、 「一国」 を越 えて、 二つ以上の諸国や諸地 域 と の 「関係」 を前提 と し て展開 し てい る こ と が示 さ れてい るので あ る。 こ れ は一体、 何 を物語っ てい るのだ ろ う か。 (四) と こ ろ で、 筆者の見 る限 り では、 中国の民主主義 を語 る研究者は従来ほ と ん (6) こ れに関 しては、 前掲拙著 『民主化の』 第III部 224頁c

(5)

どすべて と い つて も過言ではないほ どに、 「幸福な結婚」 論や 「意法愛国主義」、 「ポ リ ア ー キー」、 「(自由主義的) 民主主義」 を、 「民主主義」 実現の歩みを測 る 際の 「物差 し」 と し て採用 し て い る。(7) その こ と は、 す ぐ上で述べたイ ギ リ ス と アイ ル ラ ン ド、 イ ギ リ ス と イ ン ド、 そ し てイ ギ リ ス と 中国 と の間に見 ら れた国権 と 民権の 「関係 (史) 」 を、 結局は 「正当化」 して しま う こ と を意味 し てい るのでは ない か。 す なわ ち、 イ ギリ ス、 フ ラ ン ス、 ア メ リ カ を始 め と し た先進諸国の帝国主義 (植民地支配) を不問に付 して しま う ので ある。 民権の 歩みは、 帝国主義 と矛盾 し ないばか り か、 む し ろ車の両輪の関係 に あ る こ と を 筆者の普遍主義に関す るモ デルは端的に示 し てい るので あ る。 そのこ と は、 ア イ ル ラ ン ド、 イ ン ド、 中国におけ る国造 り (国家建設) が、 ある時期 (かな り の期間だ が) 、 イ ギリ スによ っ て、 「差別」、 「排除」 さ れるこ と を許 して しま う、 当然のこ と と し て正当化す る こ と にな ら ない か。 それは同時に、 民主主義の実 現の歩み を測定す る 「物差 し」 に、 差別や排除 を、 当然のこ と と す る関係が、 含 まれてい る と い う こ と を、 意味 し てい るのではない だ ろ う か。 筆者は、 拙著や拙稿におい て こ う し た問題 を考察 し て き たのだが、 も し筆者 の診断 どお り だ と す れば、 イ ギ リ ス に よ っ て 、 永い間 に わた り 、 「国造 り 」 の 歩みを妨害 さ れ続けて き た中国の 「民主主義」 実現の歩み を測定す る際に、 中 国研究者 が、 こ こ で筆者が論究 し て き た、 その 「物差 し」 を使い続け てい る と し た と き 、 筆者は彼 ら と その研究に対 し て、 どのよ う に向き 合 えばいい のだ ろ う か。(8) 彼 ら が、 筆者の見方に対 して、 「いや く民主主義

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はベ ス ト ではない と し て も 、 ベ タ ーで あ り 、 ま た それに代 わ る も のが現在 ない以上、 た と え問題 があっ て も仕方がない」 云々 と い う と き 、 その民主主義 を 「自由主義的民主主 義」 と し て理解 し てい るのではない か。 ま た た と え問題 があっ て も と い う 際の 「問題」 な る も のが、 先 にみたイ ギ リ ス と ア イ ル ラ ン ド、 イ ギ リ ス と イ ン ド、 イ ギリ ス と 中国の 「国造 り 」 の 「関係」 におけ る 「問題」 で あ る と し た と き に、 それで も そ う し た 「差別」 や 「排除」 に対 し て 「仕方がない」 と 言い放つのみ で満足で き るのだ ろ う か。 現実世界のこ と はい ざ知 ら ず、 研究上の問題 と し て 位置づけ考察す る と き には、 やは り 物足 り な さ を感 じ て し ま う のは、 筆者一人 だ ろ う か。 いずれに して も、 ま たま た厄介 な問題に直面す る事態 と なっ て しま っ た 。 (7) た と えば、 中国研究者の毛里和子や台湾研究者の若林正丈 も 同 じ く 「ポリ ア ー キー 」 を 「物差 し」 と し て使 っ てい る。 (8) 筆者に不思議な こ と は、 多 く の研究者が、 こ の問題 を、 真正面から取 り 上げて、 論 じて こ なかっ た こ と で あ る。 一体 ど う し て なのか。 ぜひ と も 知 り たい と こ ろ で あ る。

(6)

2 筆者の 「普遍主義」 モデルからみる中国の 「ナシ ョ ナ リズム」 (論) の問題点 (

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) そ も そ も 、 それで は こ う し た差別 と 排除の関係 を前提 と し ない 、 民主主義実 現の歩み と は、 どのよ う な も の なのか。 そのた めには何 よ り も筆者の普遍主義 に関す るモ デルで描 く A の国権と B の国権また C の国権の関係 を、 従来の差 別や排除の それに代 わ る も のにす る必要が あ る。 ま た、 そのた めには、 こ れ ま での世界的 な 「衣 ・ 食 ・ 住」 のネ ッ ト ・ ワー ク のあ り 方 を見直す必要があ る。 そのこ と は、 従来の民主主義 (論) のあり方 を、 関係 と し ての民主主義論に、 置き 換 えてい かなければな ら ない。 付言す る な ら ば、 こ の作業は民主主義のみ な ら ず、 普遍主義 につい て も 等 し く 該当す る と 筆者はみてい る。 「一国枠」 の 「幸福 な結婚」 論 ではない、 「関係」 を前提 と し た 「幸福 な結婚」 論 を提示 し な ければな ら ない だ ろ う。 そ う す る こ と に よ っ て、 初めて関係論の観点か ら民主 化の比較 を行 う 物差 し を手に入れ る こ と が可能 と な るのではなか ろ う か。 その 意味では、 筆者の普遍主義に関す るモ デルは、 そ う し た一つの物差 し を提供す る も の で あ る。(9) も ち ろ ん、 こ の作業は果 て し な く 困難の連続に直面 し続け る こ と は必至で あ る。 中国研究者のみな らず、 当の中国人が、 こ れま で述べて き た (国造り) に おけ る差別や排除の問題 を、 疑問視 ない し批判す る と い う よ り は、 それ を当然 と す る グロ ーバル化の世界に入 っ て き てい る。 中国 と ア フ リ カ諸国 と の国権 と 民権の関係の歩み をみ る と き 、 そ う し た差別 と 排除の関係が至 る所 で頭在化 し て い る 。(

) も ち ろ ん忘れて な ら ないのは、 その関係には、 当然ながら中国 を 拠点 と し て展開す る先進諸国の多国籍企業 と その国民 も そ う し た国権 と 民権の 関係 を担っ てい る。 こ の関係 を、 筆者のモ デルで描 く な らば、 { [B]→ ( x ) [C] X [ A] } で あ る。 その中で、 それ を所与の前提 と し ながら 、 「公的異議申 し 立て」 や 「参加」 を要求す る 「段階」 に至っ たので あ る。 その意味では、 中国 人の人権活動家に対す る ノ ーベル平和賞の授与は、 筆者のモ デルで描 く 、 B、 C、 A の国権と 民権の三者の関係の歩み を、 中国政府が忠実に辿っ てき たこ と に対す る 「ご褒美」 だ と 理解す るの も可能ではあ るまい か。 す なわ ち、 本当の (9) 筆者の 「衣食足 り て (足 り ず) 礼節 を知 る (知 らず) 」 の営為の関係史モ デル を も と にす る と き 、 こ う し た国権 と 民権の歩みにお け る両者の関係 に見い だ さ れ る差別 と 排 除の仕組みに 関 し て、 よ く 理解 で き るのでは ない か、 と 筆者はみてい る。 なお、 こ れについ ては、 前掲拙 著 『21世紀の』 の 「普遍主義」 に関するモデル を参照さ れたい。 a0) た と えば、 中国と ア フ リ カ の関係につい ては、 セル ジュ ・ ミ ツシ ェ ル、 ミ ツシ ェ ル ・ ブー レ著 中平信也訳 『 ア フ リ カ を食い荒 ら す中国』 河出書房新社 2010年 を参照さ れたい。 ま た、 こ の他に も 中国は 「食糧安保」 の観点か ら食料資源の確保 のために東南 ア ジア 、 ア フ リ カ 諸国に触手 をのば し てい る。 日本 も そ う し た対象外 で は ない こ と は日本の山や川、 湖、 土 地が買い漁 (あ さ) られてい る と こ ろに も垣間見 られるのではないか。

(7)

受賞者は、 西側先進諸国か ら常日頃、

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党独裁だ と 揶揄 さ れて き た共産党指導 下に ある中国政府で あっ た、 と 筆者は理解 し てい る。 (二) と こ ろ で、19世紀中葉から20世紀の半ばにかけて、 ほぼ 1 世紀にわたる中国 の治外法権撤廃運動、 関税自主権回復運動は、 ま さ に中国におけ る国権の歩み に他 な ら ないのだが、 それ ら の運動は、 主権国家、 国民国家、 国民経済の確立 と 、 その維持、 発展に関わる も ので あっ た。 こ こ での問題は、 そ う し た中国に おけ る国権の歩みは、 当時の先進諸国、 中進諸国、 後進諸国 と の国権の歩み と 、 共時的関係に置かれてい た と 同時に、 それ ら諸国におけ る、 民権の (高度化 を 日指す) 歩みと も、 共時的関係に置かれていたと い う こ と である。 そのこ と は、 イ ギ リ ス、 フ ラ ン スの国権の歩みが、 ま た日本のその歩みが、 中国にお け る国 権の歩み を差別、 排除す る (具体的には阻止、 妨害す る) のみな らず、 中国に おけ る民権の歩み を差別、 排除 し てい く (具体的にはそれ を阻止、 妨害す る) と 同時に、 イ ギ リ ス、 フ ラ ン ス な ど先進諸国の民権の歩みが、 ま た中進諸国の 日本の歩み (た と えば、 「大正デモ ク ラ シー」 に至 る歩み) が ( 日本は第一次 世界大戦後のべルサイ ユ講和会議におい て 「一等国」 の仲間入 り を果 た し た と 自認 し てい たが) 、 中国におけ る国権の歩み を阻止、 妨害す る よ う な共時的関 係 を、 つ く り 出 し てい る こ と を、 意味 し てい た。 日本の中国への 「侵略」 に よ り 、 中国はその国民経済の基盤づ く り の上で、 多 く の障害に直面 し てい た こ と が理解で き る。 も ち ろ ん、 そ こ には、 欧米列強 と い われた諸国の存在 も同様に、 中国の国づ く り を妨げてい た こ と を、 忘れてはな ら ない。 それではこ こ で、 こ う し た問題 を筆者のモ デル を使い ながら 、 も う少 し論究 し てお き たい。 先ずは国権の歩みに関す るモ デル で あ る。 筆者はそれ を 「自己 決定権」 と し て、 [ ] で描いてい る。 こ う し た国権の共時的関係の歩みの なかで (A をイ ギリ スや フ ラ ンス、 ア メ リ カ に、 B を日本に、 そ し て C を中 国に置き 換 えてみ る と き 、 よ く その関係 が理解 で き る が) 、 同時にま た 「衣食 足 り て礼節 を知 る」 と い う 経済発展 と 民主主義の発展の共時的関係の歩みが (こ こ で も A をイ ギリ ス、 フ ラ ンス、 アメ リ カ に、 B を日本に、 そ して C を中 国に置き 換 えてみればよ く わか るが) 、 すなわち民権の歩みが、 展開 し てい く 。 こ う し た両者の歩みのなかに、 丸山真男が述べてい る 「幸福 な結婚」 を実現で き る諸国 (A グループ) と 、 そ う で ない諸国、 諸地域 (C グループ) が、 共時 的につ く り 出 さ れてい る、 と 筆者はみてい る。

(8)

(三) 筆者のよ う に、 ナ シ ョ ナ リ ズムの主要な構成要素で あ る、 国権 と 民権の両者 の歩み を、 相互に、 共時的関係の観点から描 く 者からすれば、 中国研究者によ る、 民主主義論や民主化論は、 た と え便宜的 な事情 を考慮 し て も、 (た と えば、 当該研究者が取 り 扱 う テーマ が国権の (歩み) に限定 して論 じてい る と か、 ま たは民権の歩み (民主主義やポリ アーキー) に限定 して考察 し てい るこ と を、 了解 し た と し て も) 、 国権の歩み と 民権の歩み を、 あま り に も それぞれ を個別 に取 り 上げなが ら、 各々 を分離独立 し た歩みと し て位置づけ捉 えてい るために、 国権 と 民権の、 両者の歩みが、 相互に関連、 関係 し ながら 実現す る と い う 重要 な視角 ない し視点が、 最初か ら欠落 し てい る と 言わ ざ る をえ ない。 そ う し た意 味では、 中国研究者によ る中国のナ シ ョ ナ リ ズムに関す る論考は、 筆者からす れば、 多 く の問題 を抱 え てい る と 言わ ざ る を え ないので あ る。 も っ と も、 そ う はい う も のの、 多 く の中国研究者に と っ て、 自由主義、 民主 主義、 民族主義、 帝国主義の歩みは、 それぞれ独立 し た歩み と し て、 学習 さ れ 理解 さ れて き た こ と か ら こ そ、 上述 し た よ う に、 筆者に と っ ては安易 に許 さ れ ない よ う な差別 と 排除の関係 を前提 と す る国権 と 民権の関係の歩み を、 平気で、 ま た無頓着に受容す る こ と に よ っ て、 そ う し た関係か らつ く り 出 さ れた ( 自由 主義的) 民主主義を、 比較政治学や国際関係論におけ る民主化研究の物差 し と し て、 採用 し て き たので あ り 、 ま た採用 で き るのだ と みてい る。 しか し なが ら 、 筆者は、 ポ リ アー キー を中国にお け る民主化研究の物差 し と し て採用す る中国研究者 に対 し て、 一言申 し述べたい ので あ る。 た と え採用す る に し て も 、 それで も そ う し た採用の前提作業 と し て、 その物差 し が、 筆者 が こ れま で論及 し て き た よ う に、 差別 と 排除の関係 を前提 と し て成立す るのか、 あ るい は、 し ない のかに関 し て、 やは り ど う し て も証明 し なければ な ら ない の ではあるまいか。 こ れについ ては、 司馬遼太郎 も かつて自由主義、 民主主義、 民族主義、 帝国主義の間には 「渾然 と し た関係」 が存在 してい る こ と を認めて い た。(

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) も っ と も、 彼はそ う指摘す るだけで、 それ以上は語っ てはい ないが、 非常に重要な指摘で ある、 と 筆者はみてい る。 こ れに対 し て 『昭和史』 の論者 た ちが 「あの戦争」 の原因 と し て 「三つの性格」 を各々独立 し た も の (性格) と し て描い てい るの と は、 対照的で あ る。 (n) 司馬遼太郎の 「渾然た る関係」 に関 し ては、 前掲拙著 『日本人の』 の

<

2 章 「残酷き わま る世界」 のなかの 「日本」 と 「日本人」

>

の く4 「司馬史観」 の問題点 と 今後の課題> を参照 さ れたい。 ま た 『昭和史』 と 「あの戦争」 を め ぐ る 「三つ の性格」 の描 き方 につい て は、 拙著 『史的 システ ムと し ての民主主義』 晃洋書房 1999年 (以下、 『史的 システム』 と 略 す。) の く序章 「民主主義」 論の再構築に向けて

その予備的考察

> <

2 「帝国主 義」 を必要 と し た 「民主主義」

>

を見てい ただ き たい。

(9)

(四) こ う し た点 を踏ま えて、 さ ら に論 を展開 し たい。 先の日本の中国への 「侵略」 は、 あ るい はイ ギ リ ス、 ア メ リ カ 、 フ ラ ン ス な どの 「侵略」 は、 筆者のモ デル の ど こ に示 さ れ るか、 あ るい は、 モ デル で どの よ う に描け るか を考 えて ほ しい もので ある。 アヘ ン戦争から第二次世界大戦ま での当時の中国 を、 C とみるか、 B の下位に位置 してい る と みるか、 こ の問題 も大事なのだが、 こ こ では議論 を わか り やす く す る ために、 C の上位 グループに位置づけておき たい。 そ う す る と 、 筆者のモ デルの { [A]→ X [C] } 、 { [B]→ X [C] } の関係それ自体のなかに、 「侵略」 が組み込 まれてい る こ と が理解 さ れ よ う。 その こ と は、 { [ A] の経済発 展 (衣食足 り て) → [C] の経済発展 (衣食足 り ず) }、 { [B] の経済発展 (衣食足 り て ・ 足 り ず) → [C] の経済発展 (衣食足 り ず) } お よび { [A] の民主主義の発 展 (礼節 を知る) → x [C] の民主主義の発展 (礼節 を知 らず) } 、 [B] の主主義 の発展 (礼節 を知る ・ 知らず) → x [C] の民主主義の発展 (礼節 を知らず) } の 関係のなかに、 「侵略」 が組み込ま れてい る こ と を表 し てい る。(

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2) 筆者 が読者 にい い続け て き たのは、 こ の よ う な関係 ( J ・ ガル ト ウン グの 「構造的暴力」 に な ら っ て 「構造的圧力」 と で も呼び う る関係) (

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3) は、 誰の目 に も そ う だ と わか る 「侵略」 と か、 「抑圧」 の出来事 (事実) に関係な く 、 存 在 し てい る と い う こ と を物語 っ てい る。 ま た、 それは 「全体主義体制」、 「(官 僚主義的) 権威主義体制」 「軍国主義体制」 の存在の有無に関係な く 続いてい る ので あ り 、 その意味 で は、 目に見 え ない 「侵略」 が、 「侵略戦争」 と はみ な さ れない と し て も 、 ま さ に 「民主主義」 の実現す る歩みのなかで生 じ てい るの で あ る。 付言すれば、 ア メ リ カ のイ ラ クや ア フ ガニ ス タ ンに対す る 「戦争」 は、 「ブ ッ シ ュ に よ る戦争」 と か 「帝国主義」 の戦争 と し て よ く 批判 さ れ るのだが、 筆者 がこ れま で主張 して き たのは、 「( 自由主義的) 民主主義」 の実現に向か う歩み の中で、 換言すれば、 「正 しい軌道」 を歩む上で、 そ う し た戦争 ・ セ ン ソ ウが つ く り 出 さ れて き た と い う こ と で あ り 、 それゆえ、 そ う し た民主主義 を目指す こ と を望ま しい と す る こ と に対 し て、 異議申 し立て を し なければな ら ない と い う こ と で あ っ た。(

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4) ま たその際、 ア メ リ カ に よ る、 ブ ッ シ ュ に よ る 「単独行 「侵略」 を、 「自己決定権」 を め ぐ る、 「争 奪戦」 と い う 観点か ら 、 筆者は こ れま で 、 位置 づけ直 し て、 論究 し て き たが、 こ れに 関 し ては前掲拙著 『「日本人」』 お よ び 『日本人の』 を 参照 さ れたい。 a31 「構造的圧力」 に関 しては、 同上掲拙著 を参照 さ れたい。 こ れに関 し ては、 前掲拙著 『覇権 シ ス テ ム』 第六章 「戦後民主主義」 と は何で あっ たの か 一D ・ マ ツカ ーサーの下での 「民主主義」 と G ・ W ・ ブ ッ シュ の下での 「民主主義」 一両 者の間 には どれほ どの 「距離」 が存在 し てい る のか

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に目 を向け てほ し い。

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動主義」 は問題だが、 「多国 (極) 間行動主義」 で あれば問題はない と の見方 も 「木 を見て森 を見ない」 議論で あっ た と い わ ざ る を え ない。 あ る時は単独で、 ま た ある と き は多国間で、 筆者がこ こ で非難、 批判 し続けて き た 「民主主義」 と その実現 を支 えて き た と い う 点では なん ら変わ り ない。 3 「中国は一 つ」 と い う 主張と 中国 と 台湾の 「民主化」 論の整合性について (

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) し か し 現実の比較政治学では、 相 も変わ らず丸山の 「幸福 な結婚」 論やR ・ タ ールのポ リ ア ー キーや、 ユル ゲ ン ・ ハーバーマ スの 「憲法愛国主義」 に あ る よ う な 「(自由主義的) 民主主義」 を比較の 「物差 し」 と し て、 換言すれば、 われわれの日指すへき 、 ま た選択すへき 「正 しい軌道」 と し て、 採用 し続けて い る。 た と えば中国 と 台湾におけ る 「民主主義」 の実現の歩みに関す る研究に も 、 そ う し た物差 し を採用 し てい る こ と が窺 え る。 比較の作業のためには、 同 じ物差 し を使 う 必要があ るのは当然だ と し て も 、 問題は、 その物差 し と し て従 来のよ う に 「一国枠」 モ デル を、 そのま ま、 採用 し て も かま わない のか、 と い う 問題 が残 るのでは ないか。 こ こ では二つの事例 を あげてお き たい。 最初に取 り 上げたいのは、 台湾の民 主化 と 、 中国の民主化の歩み を、 比較政治学の民主化 を測定す る物差 し で あ る ポリ アー キー を使 っ て測 る際、 どのよ う な問題が生起す るのだ ろ う かと い う 点 につい て で あ る。 それについ て少 し考えて欲 しい。 た と えば、 台湾政治研究者 の民主化の歩み を見 る眼 をみてみよ う。 若林の著作におい て採用 さ れてい る民 主主義の実現 を測定す る物差 しは、 R ・ タールのポリ アーキー (概念) である こ と がわか る。 ま た、 こ れは丸山の 「幸福 な結婚」 論のそれ と 同 じ も のだ と み る こ と がで き る。 こ れに対 し て、 次に中国政治研究者の民主化の歩み を見 る眼 につい てみてみ る と き 、 以下のよ う な こ と がわか る。 す な わ ち、 毛里和子や そ の他の研究者の物差 し をみれば、 やは り ポ リ ア ー キー なので あ る。 それでは、 そ こ か ら 次に、 一体 どのよ う な問題 が導かれ る こ と に な るのだ ろ う か。 簡単な と こ ろか ら みてい き たい。 た と えば、 中国 と 台湾での 「中国は一つ」 と い う ナ シ ョ ナ リ ズムの、 と り わけ国権の歩みについ ての、 主張 を、 筆者は こ れま で たび たび耳に し て き たが、 それではこ こ に あ る 「中国は一つ」 と い う ナ シ ョ ナ リ ズムのス ロ ーガ ンは、 当然 なが ら、 中国 と 台湾におけ る民主化の歩み と 相互に共時的に関係 し た も の と し て位置づけ られなければな ら ないはずで あ る。 と こ ろ が、 先の台湾 と 中国の民主化 を語 る研究者 におい ては、 台湾 と 中国 のナ シ ョ ナ リ ズムの、 国権 と 民権 (ポリ アーキー) の実現の歩みが、 切 り 離 さ れて し ま っ てい る こ と がわか る。

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す な わ ち、 中国のポ リ ア ー キー を日指す歩みは、 台湾の国権の歩み と 、 ま た 台湾のポ リ アー キー を目指す歩みは、 中国の国権の歩み と 、 切 り 離 さ れて語 ら れてい る。 中国の ポ リ ア ー キー を目指す歩みに よ り 、 台湾の 「独立」 が妨害 さ れてい る。 逆か ら見れば、 台湾のポ リ アーキー を目指す歩みが、 中国の 「独立」 を妨害 し てい るのだが、 残念 ながら 、 台湾 と 中国の民主化研究者は、 こ う し た ナ シ ョ ナ リ ズムにおけ る、 国権 と 民権の、 両者の共時的関係の歩みに垣間見 ら れ る、 重要 な論点 を提示 で き ない ので あ る。 (二) と こ ろ で、 す ぐ上で指摘 し た よ う に、 台湾 と 中国におけ る国権 と 民権の、 両 者の歩み を、 共時的関係 と し て位置づけ、 捉 え直せ ない ま ま に あっ た、 台湾 と 中国の民主化研究者の姿勢は、19世紀中葉から20世紀の前半に至る中国の治外 法権撤廃運動、 関税自主権回復運動の歩み (す なわちナ シ ョ ナ リ ズムの国権の 歩みに他 な ら ない) を(

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5)、 欧米列強のポリ アーキーに向けての、 (す なわ ち、 民権の実現目指す) 歩みと 、 共時的関係 と して、 位置づけ、 捉え直すこ と ので き ない、 現在の研究姿勢 に、 そのま ま、 直結 し てい る。 こ こ で も彼 ら は、 両者 の共時的関係 を、 個々別々に切 り 離 し て語 る従前の姿勢 を保持 し たま ま で あ る。 それ ゆえ、 彼 ら の研 究は、 イ ギ リ スのポ リ ア ー キー を目指す歩み と 、 中国に おけ る国権の歩み (すなわち中国統一を日指す歩み) を、 共時的関係と して捉 え る こ と に代 えて、 各々 を切 り 離 し て取 り 上げ、 個別の問題 と し て論 じ る こ と に甘 ん じ て し ま う 。(

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6) ポリ アーキー を目指す、 日本の1910年代、 20年代にお け る大正デモ ク ラ シーの歩み と 、 日本の朝鮮お よ び中国東北部への 「侵略」 と の間には、 な ん ら関係が存在 し ない かのよ う な見方 を、 当然のこ と と し て許 し て し ま う。 換言すれば、 イ ギリ スや、 日本におけ る 「異議申 し立て」 と 「参加」 の質量 と も に 「高度化」 さ せてい く 歩み (すなわち自由に政治に参加 して自 ら の代表者 を選ぶ政治の仕組み を実現す る歩み) には、 中国や朝鮮におけ る国権 の歩み を、 妨害 し、 許 さ ない よ う な共時的関係は、 何一つ見い だせ ない と し て し ま う。 さ ら には、 中国や 朝鮮 にお け る ポ リ ア ー キー (民権) を日指す歩み を a 中国におけ る 「治外法権」 「関税自主権」 の問題 に関 し ては以下の論文 を参照。 < 松本ます み 第三章 中国イ ス ラ ー ム新文化運動 と ナ シ ョ ナル ・ アイ デ ン テ イ テ イ> < 副島昭一 第 四章 不平等条約撤退 と 対外ナ シ ョ ナ リ ズム> (西村成雄編 『現代中国の構造変動ナ シ ョ ナ リ ズム一歴史からの接近3 』 東京大学出版会 2000年所収) a61 若林と毛里に関 し ては、 既に注 (7) におい て、 言及 し てい るが、 彼 らの 「物差 し」 に関 し ては以下の文献 を参照。 若林正丈著 『台湾の政治 中華民国台湾化の戦後史』 東京大学出版 会 2008年、 毛里和子著 『現代中国政治』 名古屋大学出版局 1993年。 いずれも R ・ タール の 「ポ リ ア ー キー」 概念 を使 っ て台湾、 中国の政治 (民主化) を分析 し てい る。 こ の他の研 究者 を見て も 同 じ で あ る。

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妨害 し 、 許 さ ない のは、 両国の国内的要因以外には、 一切考え ら れない こ と と し て し ま う ので あ る。 (三) こ こ で議論 を整理 し てお き たい。 従来の見方 に関 し て、 筆者は、 以下のよ う に要約で き る と みてい る。 す なわ ち、 中国のナ シ ョ ナ リ ズムの歩み (た と えば 治外法権撤廃、 関税自主権回復運動 を と お し て主権国家や国民国家の、 ま たそ こ から民主主義の実現を日指す歩み) を、 阻害 し、 妨害す る要因と して、 従来 の見方は、 欧米列強の帝国主義 (植民地支配) の歩みが存在 してい ると の立場 で あ る。 そ う し た見方は、 欧米列強の帝国主義 と 、 それ を生み出す歩みが、 中 国の主権国家 と それ を前提 と し て民主主義実現に向か う 歩み を妨害 ない し阻止 し てい る と 理解 し、 捉 え る傾向に あ る。 そ こ には、 その帝国主義の動き を、 も っ ぱ ら製品、 資本の輸出先や原料 ・ 食料の供給地等の確保 と い っ た経済的要因に 求め る見方 が確認 で き る。 し か し 、 そ う し た経済的要因は、 ど う し て生み出 さ れ るのか、 と 問 う てい く な らば、 た しかに独占資本家や独占資本主義の利益、 利潤の追求 と い う 経済的欲求 を無視で き ない も のの、 問題はそれだけ に と どま ら ない。 こ う し た従来の見方に対 し て、 筆者は、 次のよ う な見方 も で き るのでは ない か と 思案 し てい る。 す な わ ち、 列強 を構成す る諸国の主権国家、 国民国家の 「壁」 の さ ら な る強化のために も (す なわち主権国家、 国民国家の安定かつ確 固 と し た歩みの た めに も) 、 ま たそれ を と お し た国民が各人の 「衣食足 り て」 の営為 に、 よ り ス ムー ズに与れ る ために も (す なわち国民経済の安定的発展の た めに も) 、 ま た そ う し た動 き と 連動 し た国民の さ ら な る人権 と 福祉の向上の ために も (すなわち 「( 自由主義的市民的白由を前提と し た) 民主主義の発展」 の 「高度化」 のために も) 、 必要不可欠な ものと し て位置づけ、 理解でき る、 いや そのよ う に理解 し なければ な ら ない と みてい る。 こ のよ う に考え る と き 、 中国にお け る国権の歩み と 、 民権 (ポリ アーキー) の歩み を妨害、 あ るいは阻止 し てい たのは、 欧米列強 を構成 し た諸国の帝国主 義の動き だけ では な く 、 それ と 密接に結びつい た、 それ ら諸国の主権国家、 国 民国家、 国民経済の発展に見 る国権の歩み と 、 自由主義、 民主主義の発展に見 る民権の歩みでは なかっ たのか。 す なわち、 中国 と 欧米諸国 と の間には、 主権 国家、 国民国家の歩み と ポ リ アー キーの歩みが、 ま さ し く 共時的関係 と し て構 成 さ れて き たので あ り 、 そ う し た関係の存在 こ そが、 中国におけ る国権 と 民権 の 「幸福 な結婚」 を許 さ な く さ せてい たのではない か、 こ のよ う に筆者は考え る の で あ る。

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(四) それ ゆえ、 次に問題 と な るのは、 そ う し た 「渾然 と し た関係」 を、 どのよ う に描 けばいい のか と い う こ と に な る。 付言すれば、 その問題は、 ま さ に孫文の い う 三民主義が どのよ う な関係の下に実現す るか を描 く こ と で も あ る、 と 筆者 は理解 し てい る。 筆者は、 い わゆるナ シ ョ ナ リ ズムと は、 孫文のい う 三民主義 を、 その構成要素 と し てい る、 と 位置づけ、 理解 し てい る。 こ れについ ては、 上述 し た と お り で あ るが、 こ こ で も う 一度繰 り 返 し て言及 し てお き たい。 それ は、 民族主義、 民生主義、 民権主義の三つの主義から成 るが、 そこ でい う 民族 主義 と は国権 (主権国家、 国民国家の建設の歩みに、 民生主義と は、 国民経済 の建設 に、 そ し て民権主義 と は ポ リ ア ー キーの歩みに、 それぞれ重 な っ てい る のがわか る で あ ろ う 。 こ う し た点 を確認 し た上で、 さ ら に論 を展開 し てい き たい。 こ れま で筆者の 話にお付き合いい ただい た読者には、 よ く お分か り のこ と だ と 推察す るのだが、 筆者は、 例の普遍主義に関す るモデル を構想す るこ と に よ っ て、 以下のよ う に、 「民主主義」 の実現に際 し て、 引 き 起こ さ れ るい く つかの深刻 な問題の存在に、 目 を向け る必要性に気がつい たので あ る。 先進諸国におけ る民主主義の発展の 歩み。 換言すれば、 民権の歩みは、 中進諸国、 後進諸国の [ ] で示 した、 主権国家 と 国民国家の形成、 発展に向か う 歩み を、 換言すれば、 国権の歩み を、 妨害ない し阻止す る、 そ う し た関係 を構成 し てい る と い う こ と で あ る。 清朝末 以降の、 そ し て中華民国成立以降の中国におけ る [ ] の形成と 発展は、 先 進諸国の民主主義の発展の歩みに よ り 大 き く 損 なわれて し ま う。 さ ら にそれは 中華人民共和国の成立以降の中国本土におい て も、 ま た蒋介石率い る台湾にお い て も、 同様に妨害ない し阻害 さ れ続けてい く 。 中国 と 台湾におけ る 「一つの 中国」 に向か う 歩み をつ く り だ し た そ も そ も の原因は、 す なわち、 中国におけ る 「内戦」 「国共合作」 の歴史 も含 んでい る が、 その原因 と な っ てい るのは、 ま さ に筆者の普遍主義に関す るモ デルで描 く 例のセ カ イ と 、 そ こ でのA の民主 主義 (民権) の発展の歩みにあっ た と い っ て も過言ではない。 と こ ろ が、 こ う し た筆者 の見方は、 ほ と ん ど支持 を得 ら れ ない の で あ る。 「一つの中国」 を目指す歩みは、 す な わ ち、 中国におけ るナ シ ョ ナ リ ズムの歩 みは (ま た、 それを構成す る一つの要素で ある国権の歩みは) 、 中国 と 台湾の 両者 に限定 さ れた 「固有の (国内的) 」 問題で あるかのよ う に取 り 扱われて き た。 つ ま り 、 筆者のモ デルの あのセ カ イ か ら 、 同時に ま た、 そ こ に あ るA の民 主主義の発展か ら も、 切 り 離 さ れて し ま っ たので あ る。 も っ と も、 こ う し た両 者の関係 を切 り 離す こ と によ っ て、 中国 と台湾の民主主義の実現に向か う 歩み を、 ポ リ ア ー キー を物差 し と し て 、 測定す る こ と が可能 と な っ たので あ る。 も

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し、 こ れま で筆者 が指摘 し て き た よ う に、 A、 B、 C におけ る国権 と 民権の各々 の歩み を、 共時的関係 と し て位置づけ理解 し た な ら ば、 そ う し た関係に刻印 さ れ る差別 と 排除の仕組み を前提 と し て形成、 発展 し て き た、 A の先進諸国の民 主化の歩み を も と に構想 さ れた ポリ アーキー (概念) を、 民主化の比較の物差 し と し て採用す る こ と には、 お そ ら く 躊躇 し たのでは なか ろ う か。 と こ ろ が、 こ れに対 し て、 多 く の台湾、 中国研究者におけ る民主化研究は、 筆者のモ デル で描かれてい るA 、 B 、 C におけ る国権と 民権の歩みに見られた共時的関係が 個々ば ら ば ら に切 り 離 さ れて、 位置づけ理解 さ れて き たので あ る。 やは り 、 こ の物差 し (ポリ アーキー) に代わる、 あら たな物差 しが求め られなければな ら ないのではなか ろ う か。 第II 章 中国の 「ナ シ ョ ナ リ ズム」 の論 じ方 1 中国の 「ナ シ ョ ナ リ ズム」 の重層性と 中国、 ア フ リ カ (スーダ ン) 、 先進 諸国 (日本、 米国) の 「国権」 と 「民権」 の関係史 (

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) それでは、21世紀の中国のナ シ ョ ナ リ ズム (国権と 民権の両者の歩み) の問 題 を、 筆者のモ デル を も と に さ ら に考察 し てみよ う。 行論の都合上、 今後の中 国のナ シ ョ ナ リ ズムを語 る際に、 重要な位置 を占めてい る、 ア フ リ カ諸国にお け るナ シ ョ ナ リ ズム (国権と 民権の両者の歩み) と の関係 を、 こ こ ではスーダ ン を取 り 上げてい る が、 みてい き たい。 スー ダ ン と い えば、 筆者は 「ハル ツ ー ム」 あ るい は 「カル ツ ーム」 の 「悲劇」 (1885年 1 月) を思い出す。 も ち ろ ん、 こ の 「悲劇」 はイ ギリ ス側か ら みた、 大英帝国の ゴー ト ン将軍が戦死 し た こ と を悼 (い た) んだ話なのだが。 ま た、 中国と スーダ ンにおけ る両国のナ シ ョ ナ リ ズムの歩みに関わ る話 と 、 日本 に暮 ら す日本人のナ シ ョ ナ リ ズムの、 す な わ ち国権 と 民権の歩み と は、 当然のこ と ながら 、 切 り 離 し て語 る こ と はで き ない。 さ ら に、 そ う し た国権の歩み と 、 民権の歩み と は切 り 離せ ない。 それ ゆえ、 中 国、 スー ダ ン、 そ し て日本の国権 と 民権の歩みは、 こ こ で も共時的関係 を構成 し てい る、 と 筆者は理解 し てい る。 行論の都合上、 こ こ で スー ダ ンの南部の独立問題 に、 す なわち、 ナ シ ョ ナ リ ズムの歩み (国権 と 民権の両者の歩み) に、 日本にい る私た ちがどれ く らい深 く 関わっ てい るか、 少 し考えてみたい。 日本に暮 ら す私た ちが、 こ う し た関係 につい て、 どの程度の自覚がで き てい るのだ ろ う か。 ま た、 そ う し た関係の所 在につい ての理解 を促す ために、 比較政治学 を こ れま で語 っ て き た筆者は、 ど のよ う な見方 を、 政治学 と い う観点 (土俵) から提示でき るのだ ろ う か。 換言 すれば、 マ ス コ ミ のニ ュ ー スや新聞 を と お し て提供 さ れ る 「ス ー ダ ン情報」

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(北部、 アラ ブ系、 イ スラ ム教徒、 中国政府支持 vs 南部、 黒人、 キリ ス ト 教徒、 欧米支持) に染 まれば染 ま るほ ど、 日本にい る私た ちにはあま り 関係のない 「速い世界」 の出来事のよ う に思われて し ま う ために、 日本人の 「私」 の問題 と し て、 受 け止 め、 理解 し捉 え る こ と ので き ないお それがあ るのでは ない か。 (17) (二) 単刀直入 にい えば、 スー ダ ンの問題は、 スー ダ ンの北部 と 南部の対立問題 と い う よ り も、 筆者のモ デル (1970年代以降の 「普遍主義」 に関す るモデル) の セ カ イ のB の側に与 ( く み) し てい る 「私」 と 、 A の側に与 し てい る 「私」 が、C のスーダ ンに対 して、 各々相互に対立 し ながら、 向き合っ てい る関係 と し て 、 描 く こ と ので き る問題 で あ る。 その意味では、 「私」 と 「私」 の対立で あ り 、 日本人 と し ての 「私」 白身に深 く かかわる問題 で あ る、 と 筆者は考えて い る。 それが対立の根幹 で あ るのだ が、 いつ も 、 それには目が向け ら れ る こ と な く 、 枝葉末節で あ る例のスー ダ ン情報に目 を向け る。 こ の点に関 し ては、 尖 閣諸島 をめ ぐ る日本 と 中国の領有権 をめ ぐ る対立問題 に関 し て も同様のこ と が い え るのではない か、 と 筆者はみてい る。 以下におい て、 筆者のモ デル を使い なが ら 、 も う少 し説明 し てお き たい。 筆 者の普遍主義に関す るモデルは、1970年代以前のモデルと 1970年代以降のそれ で ある。 前者のセ カイ は、 { [A]→ ( x ) [B] → x [C] } の図式 (省略形) で描か れ る。 こ のモ デルのC に位置 していたスーダンは、 今日では、 { [B]→ ( X) [C] →x [A] } の図式 (省略形) で描かれるよ う に、 真ん中に位置 してい るこ と を 確認で き る。 先進諸国で ある (あっ た) 筆者が暮ら してい る日本と 日本人は、 B の中国 と も A のア メ リ カ、 ヨーロ ッパ諸国と も関係 (付き合い) を持 っ て い る。 そこ には個人間同士の場合、 企業間同士の場合、 そ し て国家 (共同体) 間同士の場合へ と 至 る ま で、 無数の関係がみ ら れ る。 それ ら の関係 を 「経済発 展 (衣食足 り て) 」 と 「民主主義の発展 (礼節 を知る) 」 の関係 とい っ た観点か ら全体 と し てみ る と き 、 一方 におい て、 { [B] の中国の経済発展 (衣食足 り て) →[A] の日本の経済発展 (衣食足りず) } ({ [A] の日本の経済発展 (衣食足 りず) →[B] の中国の経済発展 (衣食足り て) }) と して、 また他方において、 { [A] の 欧米の経済発展 (衣食足 り ず) → [A] の日本の経済発展 (衣食足 り ず) } ({ [A] の日本の経済発展 (衣食足 り ず) → [A] の欧米の経済発展 (衣食足 り ず) }) で 描かれ る関係 を構成 し てい る。 そ し て、 そ う し た関係のなかで、 筆者は、 前者 (171 スーダンに関 しては、 こ こ では 『Newsweek』 ( 日本語版) の2011、 2012年) に依拠 して、 話 を展開 し てい る。

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の側に も与 し てい る し、 ま た同時に、 後者の側に も与 し てい る こ と が示 さ れ る。 同様に民主主義の発展 (礼節 を知る) の関係」 について も、 同 じ よ う な配置 が構成 さ れてい る。 戦後日本は覇権国 と し て隆盛 を極めてい た ア メ リ カ と の間 に、 日米安全保障条約 を結び、 日米安保体制 を構築 し てい っ たが、 それは、 { [A] のアメ リ カの民主主義の発展 (礼節 を知る) → ( x ) [B] の日本の民主主 義の発展 (礼節 を知る ・ 知 らず) } と し て、 ま た1960年半ば以降は { [A] のア メ リ カ の民主主義の発展 (礼節 を知る) → [A] の日本の民主主義の発展 (礼節 を知 る) } の関係 を構成す る要素と して描かれる。 こ の場合、 沖縄の米軍基地 は、 こ う し た関係の 「潤滑油」 と し て位置付け ら れ る、 と 筆者はみてい るが、 こ の図式 で描かれ るセ カ イ の形成 と 発展のた めの潤滑油 と し て、 一方的にその 役割 を押 し付け ら れて き た沖縄の側か ら み る と き 、 沖縄に暮 ら し続け る人々の 生活上の潤、滑油には、 決 し て な ら なかっ た と い う こ と を、 忘れてはな ら ない。 (三) と こ ろで、 1970年代以降の普遍主義に関す る筆者のモデルに目を向けて、 国 権 と 民権の歩みにおけ る共時的関係 を考察す る と き 、 そ こ か ら 、 以下のよ う な 問いかけが可能 と な るのではあるまいか。 た と えば、 日本の本土に暮 らす 「私」 は、 図式の どこ に位置 してい るのだ ろ う か。 B の中国の民主主義の発展 (礼節 を知 る) と 、 A の日本の民主主義の発展 (礼節 を知らず) の関係が共時的に形 成 さ れる際に、 日本のODA (政府開発援助) は、 いかな る役割 を担っ たので あ ろ う か。 付言すれば、 こ う し た図式の関係 (史) が実現す るのは、 2050年前 後で ある こ と を断 っ てお き たい。 も ち ろ ん、 こ れ ら の問い かけは、 同時にま た、 経済発展 (衣食足 り て) の営 為 と も結びつい てい る こ と から、 そ こ から、 経済発展 (衣食足り て) と 民主主 義の発展 (礼節 を知 る) の両者 を結び付けて、 それらの関係 を、 改めて問い直 さ せ る こ と に な る。 こ の他に も、 中国 「毒入 り 餃子事件」 を と お し て、 低賃金 で長時間労働に従事 し てい る中国人労働者の自由、 人権の実態、 日本におけ る 中国人研修生 ・ 実習生の低賃金、 長時間労働の実態、 中国人労働者の過労死問 題は、 筆者のモ デルに従 う と き 、 どのよ う に論 じ ら れ るのだ ろ う か。 筆者のみ る限 り では、B の中国の民主主義の発展 (礼節 を知 る) の営為の 「段階」 と 、 A の日本の民主主義の発展 (礼節 を知らず) の営為の 「段階」 におけ る両者の 関係が、 A の日本 を 「舞台」 と して、 B の中国人の人権の 「段階」 と 、 A の日 本人の人権の 「段階」 の関係 と し て、 見事に投影 さ れてい るので あ る。 こ こ で付言 し てお く と 、 こ う し た関係の他に、 中国が米国債 を世界で一番多 く 購入 し てい る こ と か ら 、 それは、 { [B] の中国の経済発展 (衣食足 り て) →

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[A] のアメ リ カの経済発展 (衣食足 り ず) } ( { [A] のアメ リ カの経済発展 (衣食 足 り ず) → [B] の中国の経済発展 (衣食足 り て) }) の関係の中の 「 ヒ ト こ ま」 と し て描かれ る。 こ う し た米 ・ 中の 「一体的関係」 が見 ら れ る と き (筆者はそ う し た関係 を、 こ れ ま で 「米 ・ 中覇権連合」 と 呼 んで き た が) 、 A の日本の 「私」 は、 B の中国の側に与 してい た 「私」 と 、 A のア メ リ カ ( ヨーロ ッパ諸 国) に与 し てい た 「私」 が 「一つの私」 にな る こ と を意味 し てい る。 こ う し た 観点に立つ と き 、 先述 し た スー ダ ン情報の中で紹介 さ れてい る中国 と ア メ リ カ の 「対立」 は、 当然なが ら 、 何 ら かの修正 を迫 られ る こ と に な る。(

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8) (四) それではこ こ で ま と めてみよ う。 { [B] → ( X) [C] → X [A] } (省略形) のセ カ イ の中 で 、 B の中国に与 し なが ら、 中国 と 一緒に な っ て、 C のスー ダ ンの 「北部」 の手 を、 こ ち ら側 に引 き 寄せ よ う と し てい る 「私」 と 、 A のア メ リ カ や ヨ ー ロ ッ パ諸国に与 し な が ら 、 ア メ リ カ と 一緒 に な っ て 、 C のスー ダ ンの 「南部」 の手 を、 こ ち ら側に引 き 寄せ よ う と し てい る 「私」 がい るはず なのだ が、 当 の日本人の 「私」 は、 あま り 考 え る で も な く 、 そ う し た問題 を、 ス ー ダ ン情報に し たがっ て、 スー ダ ンの北部 と 南部の 「対立」 か、 あるいは中国 (共 産党の一党独裁体制) と欧米諸国 ( 自由な民主主義体制) の対立問題である、 と 理解 し て し ま う こ と に な る。 と こ ろで、 行論の都合上、 冒頭で紹介 し た中国と 日本の領有権問題に関連 し た中国のナ シ ョ ナ リ ズムの歴史 (すなわち、 国権と 民権の両者の関係史) に関 係、 関連 し た問題 を考察 し て み よ う 。 「中国史」 を概観す る と き 、 「内戦」 と 「合作」 が交互に繰 り 返 さ れてい るのに気がつ く 。 こ れ も先の政治発展の 「段 階」 に関わる も の と し て、 位置づけ理解で き る。 その際、 筆者 に と っ て重要だ と 思われ るのは、 こ れ ら の内戦 と 合作の歴史 を、 覇権 シ ス テ ム と 、 その秩序の 下で、 織 り 成 さ れて き た経済発展 (衣食足 り て) と 民主主義の発展 (礼節 を知 る) の営為の関係 (史) と 、 結び付けて捉え る、 捉え直す視点である。 と い う の も 、 中国 も その シス テ ムの中で、 その歩み を辿 ら ざ る を え なかっ た か ら で あ る。 具体的にい う な ら ば、 中国の内戦 と 合作の時代に使用 さ れた武器 には、 覇権 システ ムにおい て指導的役割 を担っ てい た欧米列強が提供す る 「外 a81 中国と米国の関係に関す る文献はい う ま で も な く 非常に多数出版 さ れてい るが、 日本 と の 絡みで中米関係 を論 じ てい る も のに、 孫崎享著 『不愉快な現実 中国の大国化、 米国の戦略 転換』 講談社 2012年がある。 ま た、 筆者の説 く 「米 ・ 中覇権連合」 の形成 と発展 と類似 し た視点か ら米中関係 を考察 し てい る著作 に、 矢吹晋著 『チ ヤイ メ リ カ一米中結託 と 日本の進 路』 花伝社 2012年がある。

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国製」 の武器 も存在 し てい た。 こ う し た歴史的文脈か らみれば、 今日に続 く 中 国におけ る 「遺棄化学兵器」 の問題 を捉 え直す と き 、 「すべて」 を 「日本」 に 限定 し て、 日本に 「責任」 を引 き受け させ るのは、 相当に難 しい こ と がわか る。 誤解のない よ う に、 急い で付言すれば、 日本の中国侵略 と それに伴 う 戦争責任 は、 当然ながら日本 と 日本人の問題 と して引き受け なければな ら ない問題で あ る 。 2 中国の「遺棄化学兵器」の問題を筆者の「普遍主義」モテルから捉え直すと き (

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) それ を断っ た上で、 先の遺棄化学兵器の問題に、 も う少 し言及 し てみたい。 お そ ら く 、 筆者の想像す るに、 す ぐ さ ま、 筆者は手厳 しい反論や批判に直面す るだ ろ う。 た と えば、 以下のよ う な反論が主張 さ れて き た。 と やか く 言 う 前に、 先ずは日本の責任 を認め るのが先では ないか。 日本は 「フ ァ シ ズム」 陣営に与 し て 、 「デモ ク ラ シー」 を守 る陣営 と 衝突 し て、 敗北 し たので あ り 、 当の中国 はそのデモ ク ラ シー陣営と 共同戦線 を張 り ながら、 日本の侵略の野望 を打 ち破 っ たで はない か。 こ のよ う な反論 で あ り 、 批判 が代表的 な も ので あ る。 そ う し た 反論や批判は、 あ る一面だけ取 り 出 し て捉 えれば、 確かに正当 な もの と し てみ な さ れ る か も しれ ない が、 そ う し た反論や批判は、 こ れま で の筆者の議論、 と り わけ、 1970年代以前と それ以降におけ る 「普遍主義」 に関す るモデルで描い た あのセ カ イ を前提に し て語 る な ら ば、 国権 と 民権の両者の歩み を、 それ こ そ 上述 し た文脈でい えば、 デモ ク ラ シー陣営 を構成 し た欧米先進諸国 と 、 日本や ドイ ツ、 イ タ リ ア な どの フ ァ シ ズム陣営 を構成 し た中進諸国 と 、 中国、 イ ン ド、 ア フ リ カ な どの植民地や従属諸地域 を構成 し た後進諸国 と の 「共時的関係枠」 と し て、 位置づけ理解す る代わ り に、 それ ら を各々個別の独立 し た 「一国 (地 域) 枠」 の歩みと して、 位置づけ理解す るこ と によ っ て、 初めて可能と な るの ではあるまいか。 はた し て、 国権 と 民権の歩み を、 そ う し た観点 (一国 (地域) ) か ら 位 置 づ け 、 理 解 し て し ま っ て 、 本 当 に か ま わ な い の だ ろ う か 。(

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9) 筆者は、 やは り 不満 で あ る。 残念 なが ら、 現実の国際関係におい ては、 「力」 (それ を 「ハー ド」、 「ソ フ ト 」 ま た 「スマ ー ト 」 と 呼んだ と し て も) がすべて を決定す る も ので あ り 、 「力」 に裏打 ち さ れ ない 「正義」 は通用す る も のでは a91 こ れに関 しては、 前掲拙著でたびたび論究 してき たが、 と く に拙稿

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「グロ ーバ リ ゼー シ ョ ン」 の波間に漂い続け る 「民主主義」 社会一 「ポス ト ・ グロ ーバ リ ゼー シ ヨ ン」 の時代はは た し て到来す るのか> (『外国学研究』 84 神戸市外国語大学研究所 2013年 3 月 (以下 「グ ロ ーバ リ ゼー シ ヨ ン」 と 略す。) 所収 を参照 さ れたい。

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ない。 日本は 「あの戦争」 で負 け たので あ る。 こ の 「事実」 を、 いつ も忘れて は な ら ない。 と 同時に、 日本は形式的 な 「独立国」 で あ るに過 ぎ ない こ と を。 それ ゆえ、 決 し て自 ら政治的発言権 を持つ こ と がで き ない 、 す なわ ち 「主権」 国家 と し ての体 を な さ ない国家 で あ る こ と を直視すべき だ と 考 え るのが大切で あ る。 付言すれば、 O D A に関 してい う な らば、 相手に 「援助」 し た後で、 あ れこ れ言 う こ と 自体、 [引かれ者の小唄] で あり 、 情け ない言い訳になっ て し ま っ てい る。 中国 を批判す る前に、 そ う し た援助 に賛成 し た、 支持 を与 え た 「日本」 と 「日本人」 こ そが、 先ずは批判 さ れ るべ き で あ ろ う。 ( も ち ろ ん、 そ う し た 「批判」 をお こ な う も のは、 「中国製品] を身につけ た り 口に し た り し ない 「覚悟」 が要 る。 「改革 ・ 開放」 以降の 「中国」 と 「中国人」 の 「血肉」 をつ く り 出 し てい るのは、 「日本」 と 「日本人」 を含む先進諸国 と そ こ に暮 ら す諸国民の血 と 汗の結晶 と し ての 「資本」 で あ る こ と を鑑み る な らば、 もはや 「中国」 批判 も容易 では ない。 中国 「批判」 の矢は自 ら に向かっ て放 たれ る も ので あ る。 (二) し か し、 だか ら と い っ て、 何 も言 え ない な ど と は、 筆者 も思わない。 いや今 こ そ、 逆に言わなければな ら ない時期に来てい るのでは ないか、 と 筆者は考え て い る。 その た めには、 や は り 「理屈」 が求 め ら れ る。 し か も 、 その理屈は、 従来の よ う に、 国権 と 民権の歩み を、 「一国 (地域) 枠」 から位置づけ、 理解 す る こ と に よ り 主張 さ れ るのではな く 、 先進諸国、 中進諸国、 後進諸国の三者 の 「共時的関係枠」 か ら、 国権 と 民権の両者の歩み を捉 え直 し た理屈で あ る。 先述 し た遺棄化学兵器の問題 に関す る筆者のこ だわ り も 、 ま さ に こ う し た観点 に立っ ての もので あ る。 こ う し た点 を踏 ま え なが ら 、 さ ら に論 を掘 り 下げてい こ う。 こ の問い かけは、 そのま ま日本 と 日本人に該当す る問題 で も あ る。 先述 し た 遺棄化学兵器の責任の所在 を探す作業は、 内戦 と 合作そ して そこ から覇権 シス テ ムへ、 ま た さ ら に鎖国か ら開国、 あ るい は覇権 シス テ ムへの組み込ま れ方の 問題へ、 私た ち を導 く こ と に な るだ ろ う 。 比較政治学の話の中で、 植民地、 途 上国、 あるいは先進国、 新興独立国 と い う用語が一般に使われてい るが、 覇権 システ ムと い う と き 、 それは 「中心国 (先進国) 」 「準周辺国 (中進国) 」 「周辺 国 (後進国) 」 の 「三つのゾー ン」 か ら構成 さ れてい る 「システ ム」 と し て理 解 さ れてい る。 その ゾー ンの呼び方は、 た と えば I ・ ウオー ラ ステ イ ンに従 う と き 、 「中心」 「半周辺」 「周辺」 と な り 、 ま た福沢諭吉に依拠すれば、 「文明」 「半開」 「野蛮」 と な る。 筆者は、 世界 システ ムと い う 見方 を、 覇権 シス テ ムと

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い う シ ステ ムに置き 換 えて使 っ てい るが、 それは

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「中心国」 「先進国」 「中心」 「文明」

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の中で、 頂点 ( ト ッ プ) に位置す る国家、 すなわち覇権国の存在に注 目す る、 重視 し てい るか ら で あ る。 付言す る と 、 民主主義や民主化 を考え る と き 、 筆者は、 こ う し た三つの ゾー ンの存在 と 結びつけ て 考 えて き たが、 その際に、 それ ら の ゾー ン を、 それぞれ 独立 し た存在 と し て、 切 り 離 し てみ るのではな く 、 三つの ゾー ンが、 それぞれ 相互に密接 に関連 し なが ら 「一つの関係 (史) 」 と して存在 してい る、 と 位置 づけ、 理解 し てい る。 具体的 に述へ る と 、 先進諸国 をA に、 中進諸国 を B に、 後進諸国 をC に、 それぞれ置き換 えて、 A の民主主義の発展 (礼節 を知 る) 、 B の民主主義の発展 (礼節 を知る ・ 知 らず) 、 C の民主主義の発展 (礼節 を知 ら ず) を、 「一つの関係」 し た 「共時的」 存在 と して、 位置づけ捉 えてい る。 さ ら に、 その際、 筆者は、 民主主義や民主化 を 「衣 ・ 食 ・ 住」 のネ ッ ト ・ ワー ク と 、 結びつけて捉 え直そ う と し て き た。 い わゆる 「衣食足 り て礼節 を知 る」 の営為の実現 を、 先の三つ ゾー ンに、 それぞれ該当 さ せて考え る こ と に よ っ て、 次のモ デル を作 り 出 し た。 す なわ ち、 A では 「衣食足 り て礼節 を知る」 の営為 が、C では、 それと はま っ た く 逆に、 「衣食足 り ず礼節 を知 らず」 の営為が、 そ し て両者の中間に位置づけ られたB では、 「衣食足り て ・ 足り ず礼節 を知る ・ 知 ら ず」 の営為 が、 それぞれ実現 さ れ る と こ ろ と な る。 こ こ で、 何 よ り 重要 な のは、 A、 B、 C におけ る各々の営為は、 共時的 な関係の下に、 実現 さ れ る と い う 見方 で あ る。 筆者は、 そ う し た営為 を、 さ ら に経済発展 と 民主主義の発展 の共時的関係モ デル と 結びつけて、 こ れま で拙著や拙稿で も たびたび紹介 し て き たが、 最新刊の拙著におい て、 民主主義や民主化に関す る筆者の従来のモ デ ル を、 も う 少 し広い観点か ら捉 え直す こ と に よ っ て、 「普遍主義」 に関す る関 係モ デル と し て、 改めて提示 し直 し た次第で あ る。(2

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) (三) さ て、 こ こ で、 先の中国史の話に、 再び戻 る と し よ う。 こ こ で問題 と な るの は、 中国の国民党 と 共産党の内戦 と 国共合作 をめ ぐ る歴史的背景 と 、 そ う し た 歴史 を導 く 原因 ない し要因 を、 比較政治学で語 ら れ る民主主義や民主化(へと 導 く も の と 想定 さ れた、 考え られた 「歴史」 を前提 と し て構築 さ れた 「概念」 な り 、 「定義」 で あ るが) と 、 結びつけて語る と き 、 どのよ う に描 く こ と ができ るのか と い う こ と で あ る。 た と えば、 こ の内戦や国共合作は、 中国におけ るナ シ ョ ナ リ ズムの歴史 (国権と 民権の両者の関係史) の中で、 どのよ う に理解 さ l20 こ れについては、 前掲拙著 『21世紀の』 を参照さ れたい。

参照

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