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二〇一四年度 大谷学会研究発表会 発表要旨 仏教と「スピリチュアリティ」に関する一考察

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Academic year: 2021

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55  二〇一四年度 大谷学会研究発表会   発表要旨

仏教と

スピリチュアリティ﹂

に関する

一考察

新   田   智   通   近 年﹁ス ピ リ チ ュ ア リ テ ィ ︵霊 性︶ ﹂と い う 概 念 が、 生の意味やその充実に関係するものとして広まりつつ ある。それは、宗教の違いや信仰の有無さえも問題と ならないような、現代人の必要に則した普遍的概念と 捉えられている。   その﹁スピリチュアリティ﹂という概念のもとでは、 心理学の手法を取り入れつつ、 ﹁心のケア﹂や﹁癒し﹂ の実践がなされているのだが、最近は仏教などの伝統 的宗教に属する宗教者のなかにも、そうした活動に参 与しようとする傾向が認められる。そして仏教者によ るそうした試みの由来をたどると、近代西洋との邂逅 を通じて生じた、十九世紀後半における仏教のある変 化に行き着く。   ﹁ス ピ リ チ ュ ア リ テ ィ﹂と い う 言 葉 と と も に 展 開 し ている現象は、すでに一九七〇年代末から﹁ニューエ イジ﹂などという語とともに広まりつつあった。それ は個々人の﹁自己変容﹂や﹁霊性の覚 醒﹂を目指すと と もに、霊性を尊ぶ新しい人類の意識段階や文明の形 成に貢献することを目指す運動群である。それはまた、 近代合理主義でもなく宗教でもない﹁第三の道﹂を示 すものであり、科学との親和性が高く、特に一部の心 理学は、それに科学的根拠を与えている。さらに﹁修 行﹂や﹁救済﹂よりも﹁癒し﹂が中心的テーマとなっ ており、それは﹁悪の実在の否定﹂という考え方とも 結び付いている。加えて、固定的な教義や教団組織な どをもたず、個々人の自発的な探求や実践に任せる傾 向 が 強 い と さ れ る ︵こ の 段 落 の 内 容 は、島 薗 進 著﹃精 神 世界のゆくえ — 宗教・近代・霊性﹄による︶ 。

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(新田) 56   そ う し た ﹁ ス ピ リ チ ュ ア リ テ ィ ﹂ と い う 概 念 の 源 流 に あ る も の と 仏 教 と が 出 会 う こ と で 、 こ れ ま で に な か っ た 新 た な 仏 教 が 十 九 世 紀 後 半 の ス リ ラ ン カ に お い て 誕 生 し た 。 リ チ ャ ー ド ・ ゴ ン ブ リ ッ チ と ガ ナ ナ ー ト ・ オ ベ ー セ ー カ ラ に よ る ﹃ ス リ ラ ン カ の 仏 教 ﹄ で は 、 そ の 新 た な 仏 教 は ﹁ プ ロ テ ス タ ン ト 仏 教 ﹂ と 呼 ば れ て い る 。 こ の 仏 教 運 動 は 、﹁ 個 人 の 究 極 目 標 を 仲 介 者 な し に 探 し 求 め る ﹂ と い う 特 徴 を も つ 。 そ の 結 果 と し て ス リ ラ ン カ 仏 教 で は 、 精 神 的 な 平 等 主 義 と 並 ん で 、 儀 礼 を 軽 視 し 個 人 の 心 の 内 面 を 重 視 す る と い う 、 宗 教 の 個 人 化 ・ 内 面 化 が 進 ん だ ︵ そ し て こ れ と 関 連 し た こ と と し て 、 第 二 次 世 界 大 戦 後 に 、 ス リ ラ ン カ を 含 む 上 座 仏 教 国 に お い て 、 在 家 に よ る 瞑 想 が 広 く 実 践 さ れ る よ う に な っ た ︶ 。 ま た そ う し た 傾 向 は 、 ス リ ラ ン カ 仏 教 を 在 家 中 心 主 義 に 傾 斜 さ せ た 。 ま た こ の 運 動 を 通 し て 、 仏 教 は 宗 教 で は な く 哲 学 、 あ る い は 科 学 で あ る と い う 考 え 方 が 広 ま っ た 。   ド ナ ル ド ・ ロ ペ ス も ま た 、 彼 の ﹃ 近 代 仏 教 の 必 読 書 ﹄ と い う 著 書 の な か で 、 十 九 世 紀 後 半 の ス リ ラ ン カ に お け る 仏 教 の 変 化 に 注 目 し て い る 。 彼 は そ こ に 、 伝 統 的 な 仏 教 と は 一 線 を 画 し た ﹁ 近 代 仏 教 ﹂ の 嚆 矢 を 見 い だ し て い る 。 彼 の 言 う ﹁ 近 代 仏 教 ﹂ に は 、 か つ て の 仏 教 に お け る 儀 礼 や 呪 術 的 な も の に 対 す る 否 定 的 見 方 や 、 平 等 性 や 普 遍 性 の 強 調 、 個 人 の 重 視 と い っ た 特 徴 が あ る 。 ま た 、 そ れ は 自 ら を 、 新 た な 仏 教 と し て で は な く 、 ブ ッ ダ の も と も と の メ ッ セ ー ジ へ の 回 帰 と 捉 え 、 か つ 、 ヨ ー ロ ッ パ 啓 蒙 思 想 に お い て 理 想 と さ れ た ﹁ 理 性 ・ 経 験 主 義 ・ 科 学 ・ 普 遍 主 義 ・ 個 人 主 義 ・ 寛 容 ・ 自 由 ・ 宗 教 的 権 威 の 否 定 ﹂ と い っ た 価 値 と 高 い 親 和 性 を も つ 。 さ ら に 女 性 の 果 た す 役 割 が 大 き く 、 指 導 者 の 多 く は 在 家 信 者 で 、 出 家 と 在 家 の 区 別 が 曖 昧 で あ る 。 加 え て 、 瞑 想 の 実 践 を 非 常 に 強 調 す る 。﹁ 近 代 仏 教 ﹂ の 担 い 手 と さ れ る 者 の な か に は 、 ヘ ン リ ー ・ オ ル コ ッ ト な ど の 神 智 学 関 係 の 者 や 、 ス リ ラ ン カ や イ ン ド に お け る 仏 教 改 革 運 動 ・ 復 興 運 動 に 従 事 し た 者 、 ま た ﹁ エ ン ゲ ー ジ ド ・ ブ デ ィ ズ ム ﹂ ︵ 社 会 参 加 仏 教 ︶ に 携 わ っ た と

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57 (新田) さ れ る 者 、 ア メ リ カ に お い て 仏 教 と 関 わ り を も っ た 者 な ど が 多 く 含 ま れ て い る 。 な お ロ ペ ス が ﹁ 近 代 仏 教 ﹂ と し て 提 示 し て い る 新 し い 仏 教 を 、 デ ィ ヴ ィ ッ ド ・ マ ク マ ハ ン は ﹁ 仏 教 モ ダ ニ ズ ム ﹂ と い う 言 葉 で 表 現 す る 。   こ う し た 新 た な 仏 教 が こ ん に ち も っ と も 盛 ん な 国 の 一 つ は ア メ リ カ で あ る 。 ケ ネ ス ・ タ ナ カ の 著 書 、﹃ ア メ リ カ 仏 教 — 仏 教 も 変 わ る 、 ア メ リ カ も 変 わ る ﹄ に よ る と 、 仏 教 が 初 め て ア メ リ カ に 伝 わ っ た 十 九 世 紀 中 頃 以 降 、 ア メ リ カ に お け る 仏 教 徒 の 数 は 増 加 し 、 現 在 で は 約 三 〇 〇 万 人 に の ぼ る と い う 。 そ れ に 加 え て 、﹁ 仏 教 徒 ﹂ で は な い が 仏 教 に 共 感 を 抱 い て い る ﹁ 仏 教 同 調 者 ﹂ な ど も 多 数 い る と さ れ て い る 。 そ の ア メ リ カ 仏 教 に は 、 平 等 化 、 瞑 想 中 心 、 参 加 仏 教 ︵ エ ン ゲ ー ジ ド ・ ブ デ ィ ズ ム ︶ 的 、 超 宗 派 的 、 個 人 化 宗 教 、 と い っ た 諸 特 徴 が 認 め ら れ る 。 ま た 、 や は り ア メ リ カ 仏 教 で も 、 仏 教 は 科 学 と の 親 和 性 の 高 い も の と し て 理 解 さ れ 、 と り わ け 近 年 は 、 仏 教 と 心 理 学 の 連 携 を 模 索 す る 動 き が 顕 著 で あ る と い う 。 ま た 、 来 世 へ の 関 心 が 希 薄 と な り 、 ﹁ こ の 世 ﹂ や ﹁ 今 ﹂ が 重 視 さ れ る の も ア メ リ カ 仏 教 の 一 つ の 特 徴 で あ る 。   と こ ろ で 、 ア メ リ カ 仏 教 の 特 徴 と し て も 挙 げ ら れ て い る ﹁ エ ン ゲ ー ジ ド ・ ブ デ ィ ズ ム ﹂ と い う 言 葉 が 広 く 流 布 す る よ う に な っ た の は 一 九 九 〇 年 代 以 降 の こ と で あ る が 、 そ の 概 念 が 指 す 具 体 的 事 象 は 、 や は り 十 九 世 紀 後 半 の ス リ ラ ン カ に ま で る と さ れ る 。 ま た エ ン ゲ ー ジ ド ・ ブ デ ィ ズ ム の 代 表 的 な 実 践 者 と さ れ る 、 ア ン ベ ー ド カ ル や テ ィ ク ・ ナ ッ ト ・ ハ ン な ど は 皆 、 ロ ペ ス が ﹁ 近 代 仏 教 ﹂ に 関 わ っ た と し て 取 り 上 げ て い る 人 物 で あ る 。   サ リ ー ・ キ ン グ に よ る と 、 エ ン ゲ ー ジ ド ・ ブ デ ィ ズ ム は 、 社 会 や 経 済 、 政 治 、 環 境 に 関 す る 諸 問 題 に 参 加 す る 仏 教 運 動 で あ り 、 単 一 の 創 設 者 が い る の で は な く 、 そ れ ぞ れ の 国 の 問 題 に 応 じ た 個 別 の 活 動 の う ち に 生 じ た と さ れ る 。 そ れ は ま た 、 非 暴 力 を 原 理 と し た 行 動 主 義 的 な 運 動 で あ る 。 さ ら に そ れ は 、﹁ 近 代 仏 教 ﹂ な ど の 特 徴 と さ れ て い る よ う な 、 個 人 の 内 的 な 精 神 的 探 求

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(新田) 58 という側面とも深く関係している。キングは、エンゲ ージド・ブディズムを﹁仏教のスピリチュアリティの 表 現﹂と 捉 え、そ こ に お い て は、 ﹁ス ピ リ チ ュ ア ル な 探求と社会活動のバランス﹂が重視されており、前者 を基盤とし、その自然な結果として後者が現れるのだ と述べている。   以上のように、新たな仏教の流れに見られる諸特徴 の 多 く は、 ﹁ス ピ リ チ ュ ア リ テ ィ﹂と い う 概 念 を 基 軸 と し て 展 開 し て い る 現 代 の 様 々 な 運 動 ︵島 薗 の 言 う ﹁新 霊 性 運 動﹂ ︶ の 特 徴 と 重 な る。い ま 日 本 に お い て も、 この﹁スピリチュアリティ﹂という概念を取り入れつ つ、心理学とも協同しながら、仏教的実践法を﹁心の ケア﹂や幸福感の実現などのために役立てようとする 取り組みが急速に広まりつつあるが、それもまたこう した一連の流れの延長線上に位置するものと見て間違 いないであろう。   もちろん、新しい運動であるという理由だけで、そ うした新たな仏教が否定されるべきでは ない。しかし そ れでも、それが本来的な意味で﹁仏教﹂と呼ばれ得 るのか否かについては、今後の慎重な検討が求められ よう。例えば、新たな仏教の流れに認められる個人化、 内面化、 心理学化という傾向は、 ﹁善悪﹂ といった、 仏 教において決定的に重要な問題までをも﹁個人の心の 問題﹂として相対化してしまう危険をはらんでいるよ うに思われる。そうした問題をはじめとして、検討さ れるべき点は少なくない。   なお、本発表のフルペーパーは、若干タイトルを変 更したうえで、近く刊行予定の、大谷大学佛教学会の 学会誌﹃佛教学セミナー﹄第一〇〇号に掲載される予 定である。 ︵本学講師   仏教学︵インド︶ ︶ ︿キーワード﹀プロテスタント仏教、近代仏教、           エンゲージド・ブディズム

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