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「罪」と「救い」をめぐって : ナサニエル・ホーソーンの『緋文字』と丹羽文雄の『菩提樹』の比較研究

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Academic year: 2021

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全文

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「罪」と「救い」をめぐって : ナサニエル・ホー

ソーンの『緋文字』と丹羽文雄の『菩提樹』の比較

研究

著者

玉井 久之

雑誌名

研究論集

83

ページ

37-55

発行年

2006-03

URL

http://doi.org/10.18956/00006257

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「罪 」 と 「救 い 」 を め ぐ っ て

ナ サ ニ エ ル ・ホ ー ソ ー ンの 『緋 文 字 』 と 丹 羽 文 雄 の 『菩 提 樹 』 の 比 較 研 究1)

1始 め に 『緋 文 字 』 に お け る主 要 人 物 の一 人 で あ る デ ィム ズ デイ ル は 、 ヘ ス タ ー と姦 淫 の罪 を 犯 し7 年 間 に わ た って 民 衆 を 欺 い て きた 結 果 、 新 総 督 就 任 の祝 賀 演 説 の最 中 に さ ら し台 の上 で 次 の よ うに 告 白 し、 自 ら の罪 を 認 め る。 「神 は ご存 知 だ 。 そ して 神 は 慈 悲 深 い 。 神 は そ の慈 悲 を 、 特 に 私 の苦 悩 の中 に お 示 しに な っ た 。 私 に 、 こ の燃 え る よ うな苦 しみ を 胸 に 抱 か せ る こ とに よ り。 あ そ こ の暗 い 恐 るべ き老 人 を 私 の元 に 送 り、 苦 しみ を 常 に 赤 々 と燃 え させ 続 け る こ とに よ り。 私 を こ こへ お 連 れ に な っ て 、 み な さん の前 で 勝 利 に 満 ちた 恥 辱 の死 を 迎 え させ る こ とに よ り。 も しこれ ら の苦 しみ の 一 つ で も欠 け て い た な ら、私は永久に 自分を失 っていたで しょう。」2) 一 方 で 『菩 提 樹 』 の主 人 公 で 仏 応 寺 の住 職 を 勤 め る宗 珠 は 、義母であ るみね代 との約20年 間に 及 ぶ 関 係 と、 さ らに 朝 子 と の関 係 を 檀 家 の前 で 次 の よ うに 告 白す る。 「親 鷲 聖 人 の前 で 、 あ らた め て 私 の犯 した 罪 、 あ らわ に な った 私 の罪 を 考 え た い ので す 。 親 鷲 聖 人 は 、 私 が 苦 しみ 悩 ん で い る最 中 に 、 そ のお 慈 悲 を 示 して 下 さい ま した 。 苦 悩 を しっか りと こ の胸 に 植 え つ け て 下 さ った のは 、 聖 人 で した 。 私 の呵 責 が と うと う今 宵 爆 発 しない で は い られ な くな った の も、 聖 人 のお か げ で ご ざい ま した 。 み な さ ま の前 で 、 二 十 年 来 の罪 を 、 恥 辱 を 、 さ らに また 新 しい 罪 の告 白が 出来 た の も、 聖 人 のお か げ で ご ざい ま した 。 罪 の一 つ で も、 苦 悩 の一 つ で も、 秘 密 の一 つ で も も し欠 け て い た な らば 、 私 は 未 来 永 劫 に 自分 自身 と い うも のを 失 って しま うと こ ろで した 」3)

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デ ィム ズ デ イ ル も宗 珠 も共 に罪 深 い 聖 職 者 と言 え る が 、 そ の 告 白 の 内容 は 、 「神 」 と 「親 鷲 聖 人 」 とい う語 を 除 く とほ ぼ 一 致 す る。 両 作 品 の時 代 ・地 理 的 設 定(『 緋 文 字 』 の場 合 は17世 紀 半 ば の ニ ュー イ ン グ ラ ン ドを 舞 台 に して お り、 『菩 提 樹 』 は 昭和30年 代 中 頃 の 中部 地 方 を 舞 台 に して い る)の 差 と、 ピ ュー リタ ニ ズ ム と浄 土 真 宗 とい う宗 教 的 背 景 の差 を 考 え る と、 デ ィム ズ デ イ ル と宗 珠 の告 白 の類 似 性 に は驚 か され る も の が あ る。4)本論 で は ピ ュ ー リタ ニ ズ ムを ふ くめ た プ ロテ ス タ ン トと浄 土 仏 教 の共 通 点 と相 違 点 に 注 目 し、 なぜ こ の よ うな告 白 の類 似 性 が 起 こ り うる のか 、 デ ィム ズ デイ ル と宗 珠 に と って の救 い とは 何 か 、 さ らに ヘ ス タ ー と朝 子 に 与 え られ て い る救 い の可 能 性 に つ い て 考 察 す る。 ]1浄 土 仏 教 とキ リス ト教 の 共 通 点 と相 違 点 こ の二 つ の作 品 の比 較 を 可 能 に して い る要 素 の一 つ は 、 キ リス ト教 と親 鷲 仏 教 の類 似 点 で あ る。 た とえ ば 神 学 者 の八 木 誠 一 は 、 パ ウ ロと親 鷲 の思 想 の類 似 点 に つ い て 次 の よ うに 述 べ て い る。 パ ウ ロや ル タ ーに あ って 親 鷲 に 欠 け て い る も のが あ る。 そ れ は 何 か 。 そ れ は まず 神 と民 と の 契 約 とい うこ とで あ る。 そ れ か ら契 約 に 基 づ く律 法 、 律 法 違 反 と して の罪 、 人 間 の罪 に 対 す る神 の怒 り、 イ エ ス ・キ リス トの十 字 架 上 で の死 に よ る贈 罪 、 さ らに 神 と人 と の新 しい 契 約 、 そ して 歴 史 全 体 の終 末 と神 の国 の到 来 。 これ ら の も のは パ ウ ロに は あ るけ れ ど も親 鷲 に は な い 。 そ れ は 事 実 で あ る。 しか し、 だ か ら とい って 、 パ ウ ロと親 鷲 は 全 く違 うと断 定 して しま うこ とが で き る のだ ろ うか 。 パ ウ ロの思 想 を 立 ち入 って 検 討 して み る と、 パ ウ ロの思 想 は 意 外 に 複 雑 な も ので あ って 、 単 純 に 、 た とえ ば 神 の怒 りと十 字 架 の贈 罪 とい うよ うな こ とが パ ウ ロ神 学 の中 心 だ と言 って しま うこ とは で き ない 。 とい うのは 、 私 は パ ウ ロの中 に 二 つ の考 え 方 を 区 別 す る こ とが で き る とい う意 見 で あ る。 事 柄 上 区 別 され るべ き二 つ の考 え 方 が 彼 の 中 で 結 び つ い て い る。 そ れ は 共 同体 的 思 考 と個 人 的 実 存 的 思 考 で あ る。 こ の よ うに 両 者 を 区 別 して 比 較 して み る と、 共 同体 的 思 考 の方 は 確 か に 親 鷲 に は ない 。 しか しパ ウ ロに お け る個 人 的 実 存 的 思 考 を 親 鷲 と比 べ て み る と、 両 者 は 極 め て よ く似 て い る ので あ る。5) 八 木 の言 う 「個 人 的 実 存 的 思 考 」 は 、 親 鷲 の場 合 は 『歎 異 抄 』 第18条 の 「弥 陀 の五 劫 思 惟 の願 を よ くよ く案 ず れ ば 、 ひ とえ に 親 鷲 一 人 が た め な りけ り」 とい う言 説 と、 パ ウ ロの場 合 は 「生 きて い る のは 、 もは や わ た しで は あ りませ ん 。 キ リス トが わ た しの 内に 生 きて お られ る ので す 。 わ た しが 今 、 肉に お い て 生 きて い る のは 、 わ た しを 愛 し、 わ た しのた め に 身 を 献 げ られ た 神 の 子 に 対 す る信 仰 に よ る も ので す 」(ガ ラテ ヤ、2、20)と い う言 説 に 表 れ て い る。 こ の立 場 を 簡

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単 に 説 明す る と、 自分 を 正 直 に 見 つ め る と悪 人 と しか 言 え ない 、 そ して こ う した 自分 が 救 わ れ る のは 律 法 や 戒 律 を 守 る こ とで は な く、 神 や 阿 弥 陀 仏 とい う絶 対 者 に 対 す る信 仰 ・信 心 に よ る ほ か ない とい うこ とで あ る。 ル タ ー の言 葉 で 言 え ば 「信 仰 義 認 」 に 、 親 鷲 の言 葉 で 言 え ば 「信 心 のみ 」 に 相 当 す る。 そ して 八 木 は 、 信 仰 ・信 心 に よ り、 人 間 の うちに 「自我 の死 また 主 体 の 転 換 」6)が起 こ り、 「人 間 は 自我 の立 場 に ひ とた び死 ん で 、 自我 よ りも っ と深 い 生 命 パ ウ ロ は キ リス トとい い 、 親 鷲 は 阿 弥 陀 仏 とい う か ら生 か され る と きに 、 は じめ て そ の正 しい あ り方 が成 り立 つ 」7)と言 って い る。 そ して こ の 「正 しい あ り方 が 成 り立 つ 」 とい う こ と こそ が キ リス ト教 と浄 土 仏 教 の救 い と言 え る ので あ る。 浄 土 仏 教 とキ リス ト教 に 共 通 す る 「正 しい あ り方 」 とは ど うい うこ とで あ ろ うか 。 参 考 に な る のが 、1999年 か ら大 谷 大 学 と マ ール ブル ク大 学 と の間 で 「浄 土 真 宗 と福 音 主 義 神 学 」 とい う テ ー マで 行 わ れ た 共 同研 究 で あ る。 こ の共 同研 究 の記 録 で あ る 『仏 教 とキ リス ト教 の対 話]1』 に 収 め られ た 「生 きて い る のは 、 もは や 、 わ た しで は ない … …」 とい う論 文 の中 で 、 ハ ン ス ー マル テ ィ ン ・バ ール トは 、 「問 題 は つ ま り、誤 った 非 本 来 的 な 自己 同 一 性 を 放 棄 す る こ とに よ って 真 実 の有 効 な 同一 性 を獲 得 す る こ と」8)であ り、 「信 仰 す る もの の 自己 同 一 性 は こ う して 一 方 で は恩 寵 、 他 方 で は ま た恩 寵 に 押 し出 され て 喜 び を も って着 手 され る使 命 とな る」9)と述 べ て い る。 つ ま り、 バ ール トに よれ ば 「真 実 の有 効 な 自己 同一 性 」 の獲 得 が キ リス ト教 の救 い で あ り、 そ うさせ る も のが 神 の 「恩 寵 」 で あ る。 バ ール トの指 摘 を 受 け て 、 大 谷 大 学 の長 谷 正 當 は 同 じ 『仏 教 とキ リス ト教 の対 話]1』 に 収 め られ た 「浄 土 教 に お け る信 と 自己 同一 性 の問 題 」 と題 され た 論 文 で 、 次 の よ うに 述 べ て い る。 そ れ ゆ え 、 大 乗 仏 教 の なか か ら浄 土 教 が 出現 して きた こ と の源 に あ る も のは 、 自己 の有 限 性 の 自覚 で あ る。 そ れ は ま さに 、 バ ール ト教 授 が 自己 同一 性 の問 題 に お い て 指 摘 され て い た 事 柄 で あ る。 人 間 は 自分 の力 に よ って 自己 自身 の疎 外 を 克 服 しえ ず 、 自己 の力 に よ って まや か しの 自己 か ら脱 出 しえ な い。 した が って 、 バ ー ル ト教 授 に よれ ば 、 「解 決 され るべ き問 題 は 、 自己 中 心 的 自我 とそ の非 対 象 的 根 拠 と の間 で は な く、 人 格 中 心 主 義 に よ って 疎 外 され た 自己 とそれ の み が 彼 を 救 う こ とが で き る外 的 な 力 との 間 に あ る」。 宗 教 の 出発 点 の 問題 が そ こで 重 要 と な る。 阿 弥 陀 仏 の本 願 は 、 そ の よ うな疎 外 され た 人 間 を 救 う外 的 な力 で あ る。10) つ ま り長 谷 は 、 浄 土 仏 教 に お い て も 「まや か しの 自己 」 か ら 「自己 同一 性 」 へ の脱 却 が 根 本 課 題 で あ るが 、 そ れ は 人 間 に は 不 可 能 で 、 そ れ は 「外 的 な力 」 に よ ら ざ るを 得 ない と述 べ て い る。 そ して 阿弥 陀 如 来 の 本 願 が 「外 的 な 力 」、 つ ま り 「他 力 」 で あ る 。 さ らに 長 谷 は次 の よ うに 続 け 、 キ リス ト教 と浄 土 仏 教 の類 似 点 を は っ き りと認 め て い る。

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信 と は 、 如 来 の 「ま こ と」 が 自 己 に お い て は た ら く こ と に よ っ て 、 虚 偽 で あ り、 「地 獄 は 一 定 す み か ぞ か し」 で あ っ た 自 己 が、 真 の 自 己 た ら しめ ら れ る こ と で あ る 。 自 己 は 自 己 自 身 に よ っ て 真 の 自 己 同 一 性 を 得 る こ と は で き な い 。 親 鷲 が 、 如 来 の 本 願 と い う ま こ と に 貫 流 さ れ る こ と に よ っ て 初 め て 自 己 と な る と 語 っ て い る こ と は 、 パ ウ ロに お い て 、 自 己 の う ち に 生 き る イ エ ス ・キ リ ス トに 、 自 己 同 一 性 が と ら え ら れ て い る こ と と 同 じ事 柄 で あ る 。11) 以 上 の こ とか ら 明 らか に な る のは 、 浄 土 仏 教 とキ リス ト教 、 特 に プ ロテ ス タ ン トに は 類 似 点 が あ り、 わ れ わ れ 人 間 は 、 神 の 「恩 寵 」 や 阿 弥 陀 如 来 の 「他 力 」 へ の信 仰 に よ り 「まや か しの 自 己 」 か ら 「自己 同一 性 」 へ の脱 却 が 可 能 と な り、 そ れ が 救 い で あ る とい うこ とで あ る。 一 方 で 、 キ リス ト教 と浄 土 仏 教 は 、 罪 の意 識 とそ のつ ぐない の方 法 に お い て 異 な って い る。 カ トリ ッ クと プ ロテ ス タ ン トの違 い を 問 わ ず 、 キ リス ト教 に お い て は 罪 は 創 造 主 で あ る神 に 対 して な され た も ので あ り、 神 に 対 す る 「戯 悔 」 と 「悔 い 改 め 」 が な され て 、 は じめ て そ の罪 は ゆ る され る のが 基 本 で あ る。た だ しカ ト リ ックに お い て は 、神 父 が 告 白を 聴 き 「ゆ る しの秘 蹟 」 を 与 え る こ とに よ りそ の罪 は ゆ る され る の に対 し、 プ ロテ ス タ ン トに は 、 「あ な た の罪 は ゆ る され た 」 と 明言 で き る立 場 の人 は 存 在 しない 。 した が って 自 ら の罪 が 果 た して ゆ る され た のか ど うか は 、 カ トリ ッ クほ ど 明 白で は ない 。 なぜ な ら 「戯 悔 」 と 「悔 い 改 め 」 が ど の程 度 の も の で あ る のか 、 そ れ らを 計 量 化 す る こ とは 不 可 能 で あ るか ら、 本 人 を 含 め て 誰 に も判 断 の しよ う が ない ので あ る。 そ こで 人 間 の側 か ら救 い の保 障 を 求 め る時 に は 、 神 と の 「契 約 」 を 強 調 せ ざ るを 得 な くな る。 これ は 後 に述 べ るが 、 ピ ュー リタ ニズ ムに お い て は、 「業 の契 約 」 が 強 調 さ れ る土 台 と な って い る。 一 方 で 、 創 造 主 を 持 た ない 仏 教 に お い て は 、 人 間 は ど こ まで も業 縁 存 在 で あ り、 果 て しな く流 転 を 繰 り返 す 存 在 で あ る。 そ して 浄 土 仏 教 に お い て は 「罪 悪 」 とい う 言 い 方 が な され るが 、 そ の対 象 は 必 ず しも 明確 で は ない 。 浄 土 仏 教 は 、 人 間 を どん な善 も成 し え な い、 煩 悩 に と らわ れ た 「罪 悪 深 重 ・煩 悩 具 足 の凡 夫 」 と考 え 、 「罪 悪 深 重 ・煩 悩 具 足 の凡 夫 」 と して のわ が 身 の事 実 を 直 視 す る こ とを 重 ん じる。 そ して 阿 弥 陀 如 来 か ら人 間 に 向け られ た 、 「罪 悪 深 重 ・煩 悩 具 足 の 凡 夫 」 を 救 う とい う本 願 と、 人 間 の 側 か ら阿 弥 陀 如 来 へ の 信 心 か ら成 り立 つ 。 浄 土 仏 教 の伝 統 を 引 き継 い だ 親 鷲 に お い て は 、 彼 の思 想 が 「絶 対 他 力 」 と言 わ れ る よ うに 、 善 行 や 苦 行 な ど の人 間 の側 の条 件 は 問 わ れ ない 。 そ の根 本 精 神 は 「摂 取 不 捨 」 で あ り、 阿 弥 陀 如 来 の本 願 は す べ て の衆 生 を 絡 め 取 って 捨 て ない とい うこ とで あ る。 した が って 本 来 「ゆ る し」 の概 念 も具 体 的 方 法 も存 在 しない ので あ る。 ピ ュー リタ ン とは イ ギ リス の宗 教 改 革 に 満 足 しきれ ない 人 々が 新 天 地 を 求 め て ア メ リカに 渡 った プ ロテ ス タ ン トの一 派 で あ るが 、 ニ ューイ ン グ ラ ン ドで 独 自 の発 展 を 遂 げ た 。 ピ ュー リタ ン に と って は 、 次 の 引 用 が 示 す よ うに 、 「恩 恵 の 契 約 」 と 「業 の 契 約 」 い う概 念 が大 きな 意 味 を 持 って い る。

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神 の姿 に 似 せ て 造 られ た 人 間 は 、 ア ダ ムが 神 と の約 束 を 破 った 結 果 罪 に 堕 ちて しま った 。 そ れ ゆ え 人 間 は 神 の命 じ給 う行 ない を 果 た す 能 力 を 失 った 存 在 、 す なわ ち神 の裁 き の前 で 滅 亡 を 宣 告 され た 存 在 と な った が 、 憐 れ み 深 い 神 は こ の人 間 を 救 うた め に 恩 恵 を 施 され た 。 こ の と き神 は 恩 恵 を 契 約 と して 与 え られ た のだ 、 と ピ ュー リタ ンは 強 調 す る。 …恩 恵 の契 約 を 与 わざ え られ た 人 間 は 神 に 対 して 義 務 を 負 うこ とに な る。 これ が 業 の契 約 で あ る。 罪 に 堕 ちた 人 間 は 本 来 こ の義 務 を 履 行 す る能 力 を 失 って い るに もか か わ らず 、 神 は 恩 恵 の契 約 を 与 え る こ と わざ に よ って 再 び 人 間 が 業 の契 約 を 果 た す こ とを 期 待 して お られ る ので あ る。 … こ の よ うな人 び とに と って 、 契 約 の絆 で 人 間 と神 とが 結 ば れ て い る のだ とす る こ の教 説 は 、 大 き な支 え と な った 。 彼 らは 業 の契 約 を 果 た す た め に 日々励 む こ とに よ って 、 救 い を 確 か め る こ とが で き る か らで あ る。イ ギ リス で は実 現 の見 込 み が失 わ れ た真 の教 会 と社 会 を建 設 す る た め に、ニ ュー イ ン グ ラ ン ドに 移 住 せ ん とす る ピ ュー リタ ン の企 て を 、 神 は 承 認 され た 。 した が って 、 彼 ら が 神 と の約 束 を 守 り、 日々 の仕 事 に 励 む と き、 ニ ューイ ン グ ラ ン ドに 住 む 人 々 の救 い は 保 障 され るに ちが い ない 。12) 罪 は神 に対 して な され た の で あ り、 「悔 い 改 め 」 が な され て は じめ て 「ゆ る し」 が与 え られ る と解 釈 す る点 は 従 来 の プ ロテ ス タ ン トと変 わ ら ない 。 しか し ピ ュー リタ ン の考 え で は 「業 の契 約 」 とい う概 念 が 示 す よ うに 、 人 間 の側 か ら の神 の期 待 に 沿 お うとす る行 為 も 同 じ く大 切 で あ る。 初 期 の ニ ューイ ン グ ラ ン ド植 民 地 に お け る政 治 体 制 は 神 権 政 治 で 、 植 民 地 の存 続 と体 制 の 維 持 を 目指 す た め 、 特 に 「業 の契 約 」 が 強 調 され た 。 皿 宗 珠 とデ ィム ズデ イ ル 宗 珠 と デ ィム ズ デイ ル は 、 重 い 罪 を 背 負 った 宗 教 者 で あ る。 仏 応 寺 の住 職 を 勤 め る宗 珠 は 、 先 代 の住 職 が 若 く して 亡 くな った た め 、 仏 応 寺 に 養 子 に 入 る こ とが 学 生 時 代 か ら決 ま って お り、 蓮 子 とい う許 婚 が い た 。 と こ ろが 宗 珠 は 、 学 生 時 代 か ら約20年 間 に わ た り、 蓮 子 と結 婚 し良薫 とい う子 供 を も うけ た 後 も、 蓮 子 の母 、 つ ま り宗 珠 の義 母 のみ ね 代 と不 義 の仲 を 続 け て きた 。 そ のた め 妻 の蓮 子 に 家 出を 余 儀 な くさせ た だ け で な く、 息 子 の 良薫 に ひ ど く寂 しい 思 い を させ て い る。 そ して み ね 代 と の関 係 は 公 然 の秘 密 と な って い るが 、 長 年 に わ た り檀 家 を 欺 い て きた 。 つ ま り世 間 一 般 的 な意 味 で 、 宗 珠 は 宗 教 者 と して だ け で な く、 夫 ・父 親 と して も失 格 で あ る。 一 方 で 、 デ ィム ズ デイ ル は 信 者 のヘ ス タ ー と姦 淫 の罪 を 犯 し、 そ れ を7年 間 に わ た り公 衆 に 隠 して きた 。 ち なみ に 山本 に よ る と、1631年 に 定 め られ た 姦 通 に 関 す る法 令 で は 、 当 事 者 は 共 に 死 罪 で あ った。13)さらに ボ ーマ ンに よ る と、 デ ィム ズ デ イ ル に は 、 聖 餐 式 を 行 う資 格 さえ も疑 わ し く、 「彼 は植 民 地 と精 神 的 法 律 に よれ ば 重 罪 を犯 して い る」14)ので あ る。 また 第2章 で へ

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ス タ ー が さ ら し台 に 立 っ て相 手 の 名 前 を 言 うよ うに迫 られ 、 「わ た しの 苦 悩 だ け で な く、 あ の 人 の苦 悩 も耐 え 忍 ん で い き ます 」(『緋 文 字 』、49)と 答 え た 時 、 自 ら名 乗 り出 る勇 気 の な い デ ィム ズ デイ ル は 罪 を ヘ ス タ ー一 人 に 負 わ せ て しま って い る。 デ ィム ズ デイ ル は 自 ら の罪 を 隠 す こ とに よ り、 夫 ・父 親 と して ま った く機 能 して い ない ので あ る。 宗 珠 と 同 じよ うに 、 デ ィム ズ デイ ル も宗 教 者 と して だ け で な く夫 ・父 親 と して 失 格 で あ る。 宗 珠 と デ ィム ズ デイ ル の も う一 つ の共 通 点 と して 、 彼 らは 共 に 罪 深 い 聖 職 者 で は あ るが 、 宗 珠 は 仏 応 寺 の住 職 と して 、 デ ィム ズ デイ ル は ニ ューイ ン グ ラ ン ドに お け る教 会 組 織 の トップ と して 、 彼 ら の宗 教 的 情 熱 は 周 囲 か ら高 く評 価 され て い る こ とが 挙 げ られ る。 宗 珠 は 檀 家 と僧 侶 仲 間 の間 で そ の美 貌 が 評 判 と な って お り、 「舞 台 の役 者 が僧 服 を ま と った よ うな 印象 を与 え た」 (『菩 提 樹 』、18)と 表 現 され て い る。 また 宗 珠 自身 は まだ 若 す ぎ る とい う理 由で 断 り続 け て は い るが 、 浄 土 真 宗 高 田派 の代 表 議 員 に も毎 年 推 薦 され て い る。 また デ ィム ズ デイ ル も、 す ぐれ た 容 姿 の持 ち 主 で あ る と同時 に オ ック ス フ ォー ド大 学 出 身 の エ リー トで 、 「彼 の雄 弁 さ と宗 教 的 情 熱 はす で に牧 師 と して高 い位 に つ くこ とを 保 証 して い た 」(『緋 文 字 』、48)と 表 現 され て い る。 しか し彼 ら の表 面 的 な華 や か さ とは 裏 腹 に 、 彼 らは 勇 気 の ない 優 柔 不 断 と も言 え る性 格 の持 ち主 と して 描 か れ て い る。 宗 珠 も デ ィム ズ デイ ル もす べ て を 告 白を した い とい う誘 惑 に 駆 られ る。 宗 珠 に つ い て 作 者 は 、 「宗 珠 の苦 悩 は 、発 表 され なけ れ ば な らな い 性 質 の もの で あ る。 発 表 され な い 限 りは 、 苦 悩 とは な らな い 。 宗 珠 に は、 それ だ け の 勇 気 が なか った 」(『菩 提 樹 』、 295)と 言 っ て い る。 宗 珠 は 、 現 在 の地 位 と僧 侶 仲 間 と檀 家 の 間 で の 評 判 を 持 した い とい う意 識 が 強 い た め に 告 白が で き な い で い る。 同時 に作 者 は 宗 珠 の 性 格 につ い て 、 「毒 くわ ば皿 まで と い う図太 い 心 に な りき る こ とは 出来 な か った 」(『菩 提樹 』、78)と 書 い て い る が 、宗 珠 は 仏 応 寺 内 の秘 密 に 対 して ど こ まで も 白を 切 り続 け るだ け の腹 黒 さ も持 ちあ わ せ ない ので あ る。 松 ヘ ヘ ヘ へ 本 は、 宗 珠 の 「気 の 弱 さは 美 徳 で は な く、 そ れ 自体 『悪 』 な の だ 」15)と指 摘 して い るが 、 宗 珠 は 自 ら の 「気 の弱 さ」 のた め に 、 約20年 間 に わ た り、 み ね 代 と のた だ れ た 愛 欲 生 活 に 決 着 を 付 け られ なか った し、 そ の結 果 妻 の蓮 子 に 家 出を 余 儀 な くさせ 、 息 子 の 良薫 を 悲 しませ る こ とに な った 。 宗 珠 の 「気 の弱 さ」 は 自 らを 苦 しめ るだ け で な く、 他 人 を も苦 悩 に 巻 き込 ん で い る と い う点 で 「悪 」 な ので あ る。 デ ィム ズ デイ ル も また 宗 珠 と似 た 「気 の弱 さ」 を 持 って い る。 デ ィム ズ デイ ル は 「心 配 そ う な、 お び え た よ うな 、 なか ば 恐 れ た よ うな顔 つ き」(『緋文 字 』、48)を し、 自 らの罪 の 重 さに や せ 衰 え 、 あ た か もヘ ス タ ーが 身 に 付 け て い る緋 文 字 の代 わ りで あ るか の よ うに 、 しば しば 胸 に 手 を 当 て て い る。 さ ら し台 に 立 た され た ヘ ス タ ーに デ ィム ズ デイ ル が 、 姦 淫 の罪 を 犯 した 相 手 の名 前 を 明か す よ うに 迫 る役 目を 担 った 時 、 自 らを 「今 あ なた の唇 に 押 し付 け られ て い る苦 くも健 全 な杯 を 、 お そ ら く 自分 か ら進 ん で 受 け 取 る 勇気 が な い 男 」(『緋 文 字 』、49)と 評 し、

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さ ら し台 を と りま く民 衆 が 、 相 手 の男 性 は 名 乗 り出 ざ るを 得 ない だ ろ うと感 じて い るそ の雰 囲 気 の中 で も、 自分 の罪 を 隠 した ま まで あ る。 デ ィム ズ デイ ル も宗 珠 と 同 じよ うに 、 現 在 の地 位 を 失 うこ とが 恐 ろ し くて 、 自 ら の罪 を 告 白で き ない ので あ る。 デ ィム ズ デイ ル は 第10章 で チ リ ン グ ワー スに 生 前 に 罪 を 告 白 しなか った 者 の墓 に 生 え た と され る雑 草 を め ぐって 次 の よ うに 言 って い る。 「わ た しの推 測 が 正 しけ れ ば 、 言 葉 で 言 い 表 した に せ よあ る種 の象 徴 に よ るに せ よ、 人 間 の 心 に 埋 め 込 まれ た 罪 を 明 るみ に す る のは 、 神 の慈 悲 以 外 に は ない ので す 。 そ の よ うな秘 密 を 抱 くとい う罪 を 犯 して い る心 は 、 隠 し事 が す べ て 明 らか に な る最 後 の審 判 の 日まで 、 そ の秘 密 を 抱 え て い なけ れ ば な ら ない ので す 。」(『緋 文 字 』、90-1) これ は 人 間 に は 自 ら の恥 部 を さ らけ 出す だ け の意 志 力 、 あ るい は 道 徳 心 が ない こ とを 意 味 す る 発 言 で あ る。 しか しデ ィム ズ デイ ル の こ の発 言 に は 、 ど こか 弁 解 め い た トー ンが 感 じられ る。 さ らに デ ィム ズ デイ ル は 自 ら の秘 密 を 明 らか に しない 理 由に つ い て 次 の よ うに 言 って い る。 「な るほ ど、 そ うい う人 もい ます 。 … しか しも っ と 明 白 な理 由は 別 と して 、 彼 らが ま さに 生 まれ つ き の性 格 のた め に 黙 って い る のか も しれ ませ ん 。 あ るい は 、 次 の よ うに 考 え られ ませ ん か?罪 を 犯 して は い るけ れ ど も、 そ れ で も なお 神 の栄 光 と人 間 の幸 福 を 願 う情 熱 は 持 って い て 、 彼 らは 人 前 で 暗 く汚 れ た 姿 を さ らす こ とか ら し り込 み して い る と。 そ う して しま うと、 どん な善 も成 しえ な くな るか らで す 。 過 去 の どん な罪 も彼 ら の善 行 に よ って つ ぐなわ れ る こ とが な くな るか らで す 。 だ か ら彼 らは 、 口に は 出せ ない 苦 しみ を 味 わ い なが ら、 ま るで 新 雪 の よ うに 汚 れ を 知 らぬ 顔 を して 、 仲 間 の間 を 歩 き回 って い る ので す 。 一 方 で 彼 ら の心 は 、 彼 らに は 取 り除 くこ とが で き ない 罪 悪 に す っか り汚 れ て しま って い る ので す 。」(『緋 文 字 』、91) こ の発 言 は デ ィム ズ デイ ル の苦 しみ を 素 直 に 表 現 した も の と考 え られ る。 そ して 自分 の罪 を 善 行 で も って あ が なお うとい うヘ ス タ ー的 な考 え が 、 こ の発 言 に 見 え 隠 れ して い る。 しか しデ ィ ム ズ デイ ル の こ の考 え 方 は 偽 善 的 な も ので あ り、 罪 を 告 白す る勇 気 の な さ の言 い 分 け と も受 け 取 る こ とが で き る。 そ れ ゆ え 直 後 に チ リン グ ワー スか ら 「そ うい う連 中 は 自 らを 欺 い て い るん で す 。 …彼 らは 自分 の 恥 を き ち ん と引 き受 け る の が い や な の で す 」(『緋 文 字 』、91)と 鋭 く言 い 返 され る と、 デ ィム ズ デイ ル に は 反 論 の仕 様 が ない ので あ る。 彼 ら の犯 した 罪 の重 さは と もか くと して 、 宗 珠 も デ ィム ズ デイ ル も元 来 ま じめ で 信 仰 心 の強 い 宗 教 者 で あ るが ゆ え に 、 自己 矛 盾 に 苦 しむ 。 彼 ら の苦 しみ は 、 自我 が 死 に きれ ない 状 態 、 主 体 の転 換 が 起 こ りきれ ない 状 態 の苦 しみ で あ る。 デ ィム ズ デイ ル は 「見 せ か け と実 体 と の差 」

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(『緋 文 字 』、130)に 苦 しむ 。 ホ ー ソ ー ン が デ ィ ム ズ デ イ ル に つ い て 「デ ィ ム ズ デ イ ル 師 は 本 当 の 聖 職 者 、 本 当 の 宗 教 家 で あ っ た 」(『 緋 文 字 』、85)と 言 うの も 、 デ ィ ム ズ デ イ ル が 重 罪 を 負 い な が ら も 、 自 ら の 負 の 部 分 か ら 決 して 目を そ ら さ ず 、 苦 しむ 生 き 方 を 選 び 、 自 己 の 矛 盾 に 人 一 倍 苦 しん だ か ら で あ る 。 デ ィ ム ズ デ イ ル は 説 教 に 自 己 批 判 的 な 言 葉 を 挟 み こ ん で い る が 、 そ の 点 に つ い て ホ ー ソ ー ン は 次 の よ うに 述 べ て い る 。 牧 師 は よ くわ か って い た 彼 は 何 と悪 賢 い 、 しか し良心 に さい な まれ た 偽 善 者 で あ った こ とか 彼 のあ い まい な告 白が ど の よ うに 受 け 取 られ るか を 。 彼 は 罪 の 自覚 を 公 言 す る こ と に よ り、 自 らを 欺 こ うと して い た のだ 。 しか しまた も う一 つ 罪 を 重 ね 、 自分 の恥 を 認 め た だ け で 、 自己 欺 隔 に よ る心 の安 ら ぎは 一 瞬 た りと も なか った 。 彼 は 真 実 そ の も のを 語 り、 そ れ を ま った くの嘘 に 変 え て しま った のだ 。 しか し生 まれ つ き の性 格 と して 、 彼 は 誰 よ りも真 実 を 愛 し、 嘘 を 嫌 った 。 そ れ ゆ え 何 よ りも彼 は 惨 め な 自分 を 呪 った!(『 緋 文 字 』、99) デ ィム ズ デイ ル は 、 自己 と他 人 を 欺 き続 け 、 偽 りの 自己 に 生 き よ うと して い る 自分 に よ く気 が 付 い て い る ので あ る。 言 い 換 え れ ば 、 デ ィム ズ デイ ル の苦 悩 は 「あ や ま った 非 本 来 的 な 自己 同 一 性 」 を 拒 否 しよ うと して そ れ が で き ない 苦 しみ で あ る 。 一 方 で 宗 珠 の苦 悩 は 「罪 悪 深 重 ・煩 悩 具 足 の凡 夫 」 と して のわ が 身 を 引 き受 け て い け ない も どか しさで あ る。 丹 羽 は 宗 珠 の 自分 自身 に 対 す る甘 さに つ い て 続 け て 次 の よ うに 言 って い る。 親 鷲 は 、 つ ね に 煩 悩 に 惑 い 「小 慈 小 悲 も な き身 」 と して 、 最 後 まで 救 わ れ ざ る も の と して 身 を 投 げ 出 して い る のだ 。 こ の救 い の な さが 、 救 い の正 機 と な って い る。 宗 珠 が い い た い こ と は 、 煩 悩 に 惑 い 、 救 わ れ ざ る も の と して 身 を 投 げ 出す 、 そ の投 げ 出 し方 に 徹 して い ない とい う反 省 で あ る。 救 い の な さを 本 当 に 知 った な らば 、 そ の時 が 救 い の正 機 に な る とい うこ と も 理 解 出来 る。 しか し、 宗 珠 の現 実 が 、 まだ そ こ まで 達 して い ない のだ 。(『菩 提 樹 』、145) 浄 土 仏 教 に お い て は 、 煩 悩 に迷 うこ と こそ 「凡 夫 」 の証 しで あ り、 「凡 夫 」 に は煩 悩 を 断 つ こ とは で き ない 。 す る と 「救 わ れ ざ る も の」 と して 身 を 投 げ 出す こ とが 「自力 」 を 捨 て 、 「他 力」 に 生 か され る こ とで あ る。 言 い 換 え れ ば 「救 わ れ ざ る も の」 と して 身 を 投 げ 出す こ とが 「自我 の死 」 で あ り、 「他 力」 に生 か され る こ とが 「主 体 の転 換 」 で あ る。 「宗 珠 の現 実 が 、 まだ そ こ まで 達 して い ない 」 とは 、 現 在 の地 位 と名 声 を 捨 て まで 「罪 悪 深 重 ・煩 悩 具 足 の凡 夫 」 と して のわ が 身 の事 実 を 引 き受 け て い け ない 宗 珠 の現 実 を 物 語 って い る。 宗 珠 も また 「誤 った 非 本 来 的 な 自己 同一 性 」 を 拒 否 しきれ ない 状 態 に あ る ので あ る。 こ の よ うに 同 じよ うな状 態 に あ る宗 珠 と デ ィム ズ デイ ル は 、 自身 の力 に よ って 「真 実 の有 効

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な 自己 同一 性 」 を 獲 得 しよ うと試 み て い る。 つ ま り彼 らは 自 らに 苦 行 を 課 す る こ とに よ り、 自 己 浄 化 を 目指 そ うと して い る ので あ る。 宗 珠 は み ね 代 が 迫 って くる と本 堂 に 逃 げ 込 み 夜 を 徹 し て 経 を 読 む 。 デ ィム ズ デイ ル は 徹 夜 の勤 行 と苦 行 を 自 らに 課 し、 夜 中 に さ ら し台 の上 に 立 つ 。 しか し彼 らが 行 う一 種 の 「罪 滅 ぼ し」 は 苦 悩 の根 本 的 な解 決 法 に は な りえ ない 。 宗 珠 が み ね 代 を 振 り切 って 本 堂 で 経 を 読 む 場 面 を 、 丹 羽 は 次 の よ うに 描 い て い る。 読 経 の声 が 、 不 意 に 切 れ た 。 厨 子 に 向か って お 経 を さ さげ て い た のだ が 、 そ の手 か ら力 が 抜 け た 。 仏 法 者 気 色! そ の一 ト言 が 、 不 意 に 宗 珠 の心 に 切 りこん だ か らで あ る。 宗 珠 は 、 目を 挙 げ た 。 厨 子 の中 の仏 の 目と正 し く合 った 。 射 煉 め る よ うな、 こわ い 仏 の眼 差 で あ った 。 もは や 、 か くれ る と こ ろは なか った 。 明晰 な仏 の 目は 、 何 もか も見 透 して い た 。 宗 珠 の心 は 、 煉 み あ が った 。 仏 法 者 気 色 とい い 、 仏 教 徒 た る も のは 仏 教 徒 た る気 色 を あ らわ に して は な ら ない と戒 め た のが 、 蓮 如 で あ った 。 親 鷲 も また 、 仏 教 徒 ら しい 努 力 、 抵 抗 、 苦 行 を あ らわ に す る こ とを 極 度 に 慎 ん で 来 た 人 で あ る。 仏 教 徒 な るが 故 に 、 そ の職 業 的 雰 囲 気 を つ く り出す こ とに よ って 、 宗 珠 は 心 の乱 れ を 、 仏 の前 で お 経 を 読 む こ とで 逃 れ よ うと した 。 人 間 の痴 情 か ら巧 み に 身 を か わ す た め に 、 深 夜 の本 堂 で お 経 を あ げ よ うと した 。 た れ もい ない 仏 応 寺 の深 夜 の本 堂 で 、 た った 一 人 で お 経 を あ げ て い る こ とは 、 い か に も戯 悔 の行 為 に ふ さわ しい も ので あ った 。 三 部 経 の全 部 を よみ とお す 努 力 を 自分 に 強 い る こ とに よ って 、 救 わ れ よ うと した 。 夜 が 明け る まで 、 宗 珠 は 庫 裡 に か え ら ない つ も りで あ った 。 何 時 間 で も、 た った 一 人 で 坐 りつ づ け る行 為 は 、 小 さい 苦 行 と もい え るだ ろ う。(『菩 提 樹 』、81-2) 宗 珠 は 「射 煉 め る よ うな、 こわ い仏 の 眼 差 」 「明 晰 な仏 の 目」 を 意識 す るが ゆ え に 、 み ね 代 を 避 け て本 堂 に 逃 げ 込 ん で 経 を読 む行 為 が 、 「仏 法 者 気 色 」 とい う一種 の 偽 善 的 行 為 だ と判 断 し て い る。 そ して 「苦 行 」 が い か に 「戯 悔 の行 為 」 ら し く見 え た と して も、 現 実 か ら の逃 避 で し か ない とい う事 実 に 宗 珠 は 気 付 い て い る。 宗 珠 に は 「自力 」 あ るい は 自分 の努 力 で は 自 らを 救 うこ とが 不 可 能 で あ る のだ 。 一 方 で デ ィム ズ デイ ル は 宗 珠 以 上 に 過 酷 な苦 行 を 自 らに 課 す が 、 そ れ で も罪 意 識 か ら解 放 さ れ る こ とは ない 。デ ィ ム ズデ イ ル は 自 らを鞭 で 打 ち 、断食 を し、徹 夜 の勤 行 をす る。 しか しホ ー ソー ンは 「彼 は こ の よ うに して 苦 しむ 心 へ の絶 え る こ と の ない 内省 が 特 徴 と な った が 、 彼 自身 を 浄 化 で き なか った 」(『緋 文 字 』、100)と 言 って い る。 さ らに デ ィム ズ デイ ル は5月 のあ る夜 、 一 人 で さ ら し台 に 立 つ 。 こ の時 の様 子 を ホ ー ソー ンは 次 の よ うに 説 明 し、 デ ィム ズ デイ ル の偽 善 性 を 告 発 して い る。

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彼 が 部 屋 で 血 で 濡 れ た 鞭 を 振 る うのを 見 た 、 あ のつ ね に 覚 め た 神 の 目以 外 誰 に も見 られ る こ とが なか った 。 そ れ で は なぜ 彼 は こ こに 来 た のか 。 そ れ は 単 な る戯 悔 の まね ご とを す るた め か?確 か に ま ね ご とで あ り、 彼 の魂 が 自分 の魂 を もて遊 ぶ まね ご とで あ った!(『 緋 文 字 』、 101) こ の 引 用 を 要 約 す る と、 デ ィ ム ズ デ イ ル の 行 う苦 行 が 「戯 悔 の ま ね ご と」 に 過 ぎ ず 、 「あ の つ ね に 覚 め た 神 の 目」 を ご ま か す こ と は で き な い と い う こ と で あ ろ う。 こ れ は デ ィ ム ズ デ イ ル の 苦 行 に 対 す る ホ ー ソ ー ン の 評 価 で あ る が 、 「戯 悔 の ま ね ご と」 を し て い る と い う意 識 を デ ィ ム ズ デ イ ル も 共 有 して い る 。 後 に ヘ ス タ ー か ら 「あ な た は 深 くそ して 厳 し く悔 い 改 め を して き ま した 。 あ な た の 罪 は と っ く の 昔 に あ な た か ら 離 れ 落 ち て い ま す 」(『緋 文 字 』、130)と 言 わ れ た 時 に 、 デ ィ ム ズ デ イ ル は 次 の よ うに 反 論 して い る 。 「い や ヘ ス タ ー … そ れ に は 実 体 が な い の だ 。 そ れ は 冷 た く死 ん で い て わ た しに は 何 に も な っ て い な い 。 わ た しは 十 分 苦 しみ は した 。 だ が 、 悔 い 改 め は ま っ た く な か っ た 。 して い た ら と っ く の 昔 に こ ん な 偽 り の 聖 服 を 脱 ぎ 捨 て て 、 人 々 が 裁 き の 席 に 見 る わ た し の 姿 を そ の ま ま 人 前 に さ ら して い た だ ろ う。」(『緋 文 字 』、130-1) デ ィム ズ デイ ル は 苦 行 や 苦 悩 が 「悔 い 改 め 」 に は な りえ ない こ とを 判 って い る。 言 い 換 え る と、 デ ィム ズ デイ ル も また 、 自 ら の力 で 自分 を 救 うこ とが で き ない と考 え て い る ので あ る。 興 味 深 い のは 、 二 人 の罪 深 い 聖 職 者 を 取 り巻 く女 性 か ら の提 案 が 最 終 的 な決 着 、 つ ま り公 の 場 で の告 白 とい う行 為 に つ なが って い る こ とで あ る。 デ ィム ズ デイ ル は ヘ ス タ ーか ら海 外 移 住 の計 画 を 打 ち 明け られ 、 「あ な た の こ の偽 りの 人 生 と真 実 の 人 生 を 入 れ 替 え る の です!」(『 緋 文 字 』、135)と 告 げ られ た 時 、 ニ ューイ ン グ ラ ン ドの祝 日の祝 賀 説 教 を 牧 師 職 の幕 引 き とす る 考 え を 抱 く。 そ して か つ て 感 じた こ とが ない ほ ど の解 放 感 を 味 わ う。 しか し彼 は そ の選 択 を し た 自分 を 、 「自分 自身 を 悪 魔 に 売 りわ た した」 と考 え 、 誘 惑 を振 り切 って 最 期 の告 白へ と 向 う。 最 期 の告 白は ヘ ス タ ーに 相 談 せ ず 自 ら の判 断 で 行 わ れ た も ので あ り、 ま して 海 外 逃 亡 の計 画 が チ リン グ ワー スに 知 られ た とい うこ と も知 らず に な され た も ので あ る。 こ こで も う一 度 デ ィム ズ デイ ル の最 期 の言 葉 を 見 て み た い 。 彼 は 「自分 の恥 を 自分 で 負 う」(『緋 文 字 』、171)決 心 が 付 い た ので あ り、 彼 は ヘ ス タ ー の 「確 か に 、 確 か に 、 私 た ちは こ の よ うに 苦 しみ ぬ くこ とで お 互 い の罪 を あ が な って 来 ま した 」(『緋 文 字 』、173)と い う発 言 を 遮 り、 次 の よ うに 述 べ て い る。 「神 は ご存 知 だ 。 そ して 神 は 慈 悲 深 い 。 神 は そ の慈 悲 を 、 特 に 私 の苦 悩 の中 に お 示 しに な っ た 。 私 に 、 こ の燃 え る よ うな苦 しみ を 胸 に 抱 か せ る こ とに よ り。 あ そ こ の暗 い 恐 るべ き老 人

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を 私 の元 に 送 り、 苦 しみ を 常 に 赤 々 と燃 え させ 続 け る こ とに よ り。 私 を こ こへ お 連 れ に な っ て 、 み な さん の前 で 勝 利 に 満 ちた 恥 辱 の死 を 迎 え させ る こ とに よ り。 も しこれ ら の苦 しみ の 一 つ で も欠 け て い た な ら 、 私 は 永 久 に 自分 を 失 って い た で し ょ う。」(『緋 文 字 』、173) こ こ で デ ィム ズ デ イ ル は 「苦 悩 こそ 神 の慈 悲 で あ る」 と考 え 、 「苦 悩 」 とい う神 の 「慈 悲 」 に よ って 自分 を 保 持 で きた と言 って い る。 デ ィム ズ デイ ル は 、 公 の場 で 自 ら の罪 を 告 白 し自分 の 恥 を 引 き受 け て い く勇 気 が 持 て た の も、 神 の 「慈 悲 」 に よ る も のだ と考 え て い る ので あ る。 さ らに デ ィム ズ デイ ル は 、 神 の 「慈 悲 」 のお か げ で 永 久 に 自分 を 失 わ ず に す ん だ と言 って い るが 、 これ は デ ィム ズ デイ ル が 偽 りの 自己 に 生 き る こ とか ら解 放 され た こ とを 示 して い る。 つ ま りデ ィム ズ デイ ル は 、 自 ら の力 で は な く、 神 の 「慈 悲 」 に よ り 「真 実 の有 効 な 同一 性 」 を 獲 得 した と言 え よ う。 また ホ ー ソー ン 自身 も デ ィム ズ デイ ル の決 着 の付 け 方 を 支 持 して い る。 デ ィム ズ デイ ル の罪 が 「情 熱 の罪 で あ って 、 主 義 や ま して 目的 を 持 った 罪 で は ない 」(『緋 文 字 』、136)で あ るに し て も、 ホ ー ソー ンは 、 人 間 は そ の罪 を 自 ら の努 力 や 苦 行 で あ が な うこ とが で き ない と考 え て い るか ら で あ る 。 ホ ー ソー ンに よれ ば 、 「そ して厳 し く悲 しい事 実 を 語 らせ て も ら う と、 罪 が 一 旦 人 間 の 心 に 入 り込 ん で 作 った裂 け 目は 、 人 間 で あ る 限 り決 して 修 復 で き な い 」(『緋 文 字 』、 136-7)の で あ り、 「自己 同 一 」 を 保 持 しえ た デ ィム ズ デ イ ル も また 「偽 りの罪 に 汚れ た 土 く れ か らで きた 存 在 」(『緋 文 字 』、175)で しか な い 。 ホ ー ソー ンは デ ィム ズ デ イ ル の物 語 か ら 「正 直 で あ れ!正 直 で あ れ!た とえ あ なた の最 悪 で ない に して も、 最 悪 の部 分 が 予 測 し うる よ うな側 面 を 世 に示 せ!」(『 緋 文 字 』、175)と い う教 訓 を 引 き 出 して読 者 に提 示 して い る。 しか しホ ー ソ ンは 、 神 の 「慈 悲 」 「恩 寵 」 に よ りわ れ わ れ は正 直 で い られ る のか 、 それ と も人 間 の 側 か ら正 直 で あ る努 力 が 必 要 だ と考 え て い る のだ ろ うか 。 ホ ー ソー ン の トー ンは 後 者 に 近 い も のが 感 じられ 、 ピ ュー リタ ニ ズ ム の 「業 の契 約 」 の必 要 性 を 完 全 に 否 定 した も ので は ない 。 一 方 で デ ィム ズ デイ ル の物 語 は 「恩 恵 の契 約 」 を 強 調 した も の と な って い る。 す る と ホ ー ソー ン は 、 あ くま で ピ ュ ー リタ ニ ズ ム 的 な 立 場 を 保 持 しな が ら も、 「業 の 契 約 」 が あ ま りに も強 調 さ れ 過 ぎ た 当 時 の ピ ュー リタ ン的 社 会 を 批 判 し、 「恩 恵 の契 約 」 に よ る救 い の パ ラ ダイ ム と して デ ィム ズ デイ ル を 描 い た と考 え られ る ので あ る。 宗 珠 は 朝 子 とい う檀 家 の未 亡 人 と の愛 が 再 生 へ の き っか け と な って い る。 蓮 子 に 対 して は 何 の愛 情 も感 じず 、 み ね 代 に 対 して も単 な る性 欲 しか 感 じなか った 宗 珠 が 、 生 まれ て 初 め て 一 人 の女 性 を 真 剣 に 愛 した ので あ る。宗 珠 は み ね代 との た だれ た 関係 の 中 で 「心 の 純 潔 」(『菩 提 樹 』、 79)へ の憧 れ を 強 め て い くが 、 こ の憧 れ が 朝 子 へ の愛 と結 び つ い て い く。 山路 とい う檀 家 総 代 の愛 人 で あ る朝 子 は 、 山路 と宗 珠 の両 方 の愛 人 と して 生 きた い 、 つ ま り現 状 維 持 を 提 案 す る。 ち ょ うど こ の こ ろ檀 家 の間 で 、 宗 珠 に 再 婚 を させ る こ とに よ りみ ね 代 を 排 斥 し、 仏 応 寺 を 正 常

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化 しよ うとい う動 きが あ る。 そ して 朝 子 の提 案 に 、 宗 珠 も檀 家 の勧 め る通 り再 婚 を して 朝 子 と 会 い つ づ け る とい うず ぶ とい 生 き方 が で き るか ど うか を 考 え て い る。 しか し宗 珠 は 朝 子 に 次 の よ うに 言 って い る。 「図 太 く生 き よ うとす れ ば 、 そ の方 法 もあ ります 。 私 は 檀 家 の意 見 を うけ い れ ます 。 義 母 と 別 居 します 。 い ず れ 仏 応 寺 に は 、 後 妻 が くる こ とに な るで し ょ う。 私 が も ら うので は ない 。 い わ ば 仏 応 寺 が も ら うので す 。 私 は 後 妻 に な る人 と、 破 綻 な くす ごす ご と も 出来 ます 。 檀 家 は 、 安 堵 します 。 そ して 、 月 に 一 度 か 二 度 、 私 は あ なた と ど こか で 会 うこ とに な る … しか し、 私 に は そ れ が 出来 ませ ん 。 …あ なた を 知 った こ とに よ って 、 私 は 自分 の流 して い る血 が どん なに 汚 れ て い た も のか 、 判 った ので す 。 あ なた を 思 うこ とは 私 に と って 、 苦 しみ の 内容 を 教 え て くれ る こ とで した 。 そ れ まで 私 は 本 当 の意 味 で 苦 しん で い なか った 。 苦 しみ とは 言 え な い も ので した 。 あ なた が そ れ を 教 え て くれ た 。 …私 は あ なた に よ って 、 人 間 ら しい 悩 み を 知 りま した 。 苦 悩 が 本 物 に な った と思 い ます 。」(『菩 提 樹 』、339-40) 朝 子 か ら提 案 され た 「か く し男 」(『菩 提 樹 』、339)と して 関 係 を 続 け る とい う生 き方 は 、 宗 珠 に と って は み ね 代 と の醜 い 関 係 を 断 つ 手 段 に な りえ て も、 朝 子 と の関 係 とい うさ らに も う一 つ 秘 密 を 抱 え 込 み 、 自分 と檀 家 を 欺 き続 け る とい うず るい 生 き方 で あ る。 み ね 代 に 罪 を 押 し付 け る こ とに よ り自分 だ け が 助 か ろ うとい う生 き方 で あ る。 宗 珠 は 朝 子 に 出会 うまで は 「本 当 の意 味 で苦 しん で い な か った 」、 そ して 朝 子 に 出会 って 初 め て 「苦 悩 が 本 物 に な った」 と言 って い るが 、 宗 珠 は 今 まで 「苦 悩 」 して い る よ うで あ りな が ら、 「苦 悩 」 か ら逃 げ て い た に過 ぎず 、 よ うや くそ の 「苦 悩 」 を 真 正 面 か ら見 つ め る こ とが で き る よ うに な った とい うこ とで あ る。 そ れ は み ね 代 を 遠 ざけ る こ とに よ り自分 だ け が 救 わ れ よ うとす る ので は な く、 み ね 代 も 同時 に 救 わ れ なけ れ ば な ら ない 方 法 の模 索 で あ る。 単 に み ね 代 の身 の保 障 だ け が 問 題 で は ない 。 宗 珠 の 朝 子 に 対 す る純 粋 な愛 情 を 知 らず に 、 年 老 い た か ら宗 珠 に 避 け られ て い る と信 じて 疑 わ ない み ね 代 の誤 解 も解 い て や ら なけ れ ば 、 み ね 代 は 救 わ れ ない 。 宗 珠 は ど こ まで も罰 せ られ るべ き対 象 は 自分 自身 で あ る こ とに 気 付 き、 よ うや く自 ら の罪 を 引 き受 け て い く決 心 が 付 い た と言 え る だ ろ う。 宗 珠 は 本 堂 に 檀 家 を 集 め て 親 鷲 像 の前 で す べ て を 告 白 し、 み ね 代 を 追 放 す る代 わ りに 自分 を 追 放 して 欲 しい と 申 し出 るが 、 告 白を して 寺 を 出 る とい う決 心 も朝 子 と縁 を 切 る とい う 決 心 も、 朝 子 に は 知 ら され ず に な され た も ので あ る。 こ こで も う一 度 宗 珠 の告 白 の最 後 を 見 て み た い 。 「親 鷲 聖 人 の前 で 、 あ らた め て 私 の犯 した 罪 、 あ らわ に な った 私 の罪 を 考 え た い ので す 。 親 鷲 聖 人 は 、 私 が 苦 しみ 悩 ん で い る最 中 に 、 そ のお 慈 悲 を 示 して 下 さい ま した 。 苦 悩 を しっか

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りと こ の胸 に 植 え つ け て 下 さ った のは 、 聖 人 で した 。 私 の呵 責 が と うと う今 宵 爆 発 しない で は い られ な くな った の も、 聖 人 のお か げ で ご ざい ま した 。 み な さ ま の前 で 、 二 十 年 来 の罪 を 、 恥 辱 を 、 さ らに また 新 しい 罪 の告 白が 出来 た の も、 聖 人 のお か げ で ご ざい ま した 。 罪 の一 つ で も、 苦 悩 の一 つ で も、 秘 密 の一 つ で も も し欠 け て い た な らば 、 私 は 未 来 永 劫 に 自分 自身 と い うも のを 失 って しま うと こ ろで した 。」(『菩 提 樹 』、377) 宗 珠 は 、 親 鷲 が 「苦 悩 」 を 宗 珠 の胸 に 植 え つ け 、 さ らに 告 白に 至 らせ た と考 え 、 そ れ を 親 鷲 の 「慈 悲 」 と と らえ て い る。 浄 土 真 宗 に お い て 親 鷲 は い わ ゆ る絶 対 者 で は ない が 、 宗 珠 に と って は 親 鷲 の 「慈 悲 」 は 「他 力 」 と 同意 語 と な って い る。 デ ィム ズ デイ ル が 神 の 「慈 悲 」 に よ り真 実 の 自己 を 保 持 しえ た よ うに 、 宗 珠 も また 「他 力 」 に よ り、 偽 りの 自己 に 生 き 「未 来 永 劫 に 自 分 自身 とい うもの を 失 っ て しま う」 とい う 「誤 った非 本 来 的 な 自己 同一 性 」 か ら脱 却 し、 「罪 悪 深 重 ・煩 悩 具 足 の凡 夫 」 と して の 「真 実 の有 効 な 同一 性 」 を 獲 得 した と言 え よ う。 lVヘ ス タ ー と 朝 子 宗 珠 と デ ィ ム ズ デ イ ル に 関 し て は 、(親 鷲 は 絶 対 者 で は な い が)絶 対 者 の 「慈 悲 」 に よ り、 「真 実 の 有 効 な 同 一 性 」 を 得 る こ と が で き た 、 つ ま り 「救 わ れ た 」 と 言 え そ うで あ る 。 問 題 な の は 、 朝 子 と ヘ ス タ ー の 救 い に つ い て で あ る 。 ヘ ス タ ー と 朝 子 を 比 較 した 場 合 、 デ ィ ム ズ デ イ ル と 宗 珠 ほ ど の 類 似 点 は 見 出 せ な い 。 た だ しヘ ス タ ー と 朝 子 の 比 較 は 丹 羽 と ホ ー ソ ー ン の 罪 人 の 救 済 に 対 す る 意 識 の 差 が 明 ら か に な る 点 で 意 義 が あ る 。 ヘ ス タ ー は 、 自分 の犯 した 罪 を 罪 とは 認 め て い るが 、 厳 格 な ピ ュー リタ ン の教 え に 反 発 して 生 き て い る 。 少 な く と も デ ィ ム ズ デ イ ル の 告 白 の 場 面 ま で は 、 ヘ ス タ ー が 「悔 い 改 め 」 を した と い う記 述 は な い 。 ヘ ス タ ー が デ ィ ム ズ デ イ ル と 罪 を 犯 した 頃 の 彼 女 は 「感 情 と 情 熱 」(『緋 文 字 』、ll2)の 人 で 、彼 女 と デ ィ ム ズ デ イ ル が 犯 し た 罪 に は 「そ れ な りに 神 聖 な と こ ろ が あ っ た 」 (『緋 文 字 』、133)と 考 え る か ら で あ る 。 ヘ ス タ ー は 禁 固 刑 を 終 え た 後 も ニ ュ ー イ ン グ ラ ン ド に 住 み 着 くが 、 ホ ー ソ ー ン は ヘ ス タ ー の 心 の 奥 底 に 隠 さ れ た そ の 理 由 を 次 の よ うに 説 明 して い る 。 こ こに は 彼 女 が 一 つ に 結 び つ い て い る と考 え る人 が 歩 み を 進 め て い た 。 そ れ は 地 上 で は 認 め られ なか った が 、 最 後 の審 判 の法 廷 に 共 に 立 ち、 そ れ を 結 婚 の祭 壇 に 変 え 、 永 遠 の報 い を 来 世 で 共 に す る と思 うよ うな結 び つ きで あ った 。 …彼 女 は そ の考 え を 正 視 す る こ とは まれ で 、 急 い で そ れ を 土 牢 に 閉 じ込 め て しま うので あ った 。 彼 女 が 強 い て 自分 に 信 じ込 ませ よ うと し て い た こ と 彼 女 が ニ ューイ ン グ ラ ン ドに 住 み 続 け る動 機 と して 最 終 的 に 理 由付 け した こ

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と そ れ は なか ば 真 実 で あ り、 なか ば 自己 欺 隔 で あ った 。 彼 女 は 自分 に 言 った 、 こ こは 彼 女 が 罪 を 犯 した 場 所 で 、 こ こで 地 上 に お け る罰 を 受 け る場 所 だ と。 そ して 多 分 彼 女 が 日々受 け る辱 しめ が つ い に は 彼 女 の魂 を 浄 化 し、 受 難 を 受 け て きた 結 果 と して 、 よ り聖 者 ら しい 、 彼 女 が 失 った の とは 別 の純 粋 さが 生 まれ るだ ろ う。(『緋 文 字 』、56-7) ヘ ス タ ー が ニ ュ ー イ ン グ ラ ン ドに パ ー ル と 共 に 住 み 着 く の も 、 デ ィ ム ズ デ イ ル の 元 を 立 ち 去 り た く な い か ら で あ る 。 夫 で あ る チ リ ン グ ワ ー ス と の 会 話 で 明 ら か に な る よ うに 、 ヘ ス タ ー は チ リ ン グ ワ ー ス に 愛 情 を 感 じて い な か っ た 。 ま た チ リ ン グ ワ ー ス 自 身 も 「最 初 に 悪 か っ た の は 私 だ 。 つ ぼ み の よ うに 若 い お 前 を た ぶ ら か して 、 老 い ぼ れ た 私 と の 偽 り の 不 自 然 な 関 係 に 誘 い こ ん だ 時 に 」(『 緋 文 字 』、53)と 言 っ て い る よ うに 、 始 め か ら二 人 の 結 婚 に は 無 理 が あ っ た の で あ る 。 した が っ て ヘ ス タ ー に と っ て は 、 た と え 社 会 的 ・宗 教 的 コ ー ドに 反 し よ う と も 、 愛 情 が 伴 っ た デ ィ ム ズ デ イ ル と の 関 係 の 方 が 「神 聖 」 な の で あ る 。 た だ し ホ ー ソ ー ン は ヘ ス タ ー が ニ ュ ー イ ン グ ラ ン ドに 住 み 着 く動 機 を 「な か ば 真 実 で あ り、 な か ば 自 己 欺 隔 で あ っ た 」 と コ メ ン ト して い る よ うに 、 ヘ ス タ ー の 目的 は 神 に 対 す る 「悔 い 改 め 」 で は な く、 自 己 の 力 よ る 魂 の 浄 化 で あ る 。 ヘ ス タ ー が 夢 見 た の は 、 こ の 世 で は な く、 あ の 世 で の デ ィ ム ズ デ イ ル と の 結 婚 で あ り、 そ の た め の 魂 の 浄 化 な の で あ る 。 そ して 自 ら の 罰 を 「受 難 」 と 受 止 め て い る 様 子 は 、 あ ま りに も 非 人 間 的 な ピ ュ ー リ タ ニ ズ ム に 対 す る 反 発 と 同 時 に 、 自 ら の 動 機 を 正 当 化 して い る 様 子 を 伺 わ せ る 。 ヘ ス タ ー は 針 仕 事 で 生 計 を 立 て 、 恵 まれ ない 人 へ 施 しを す る。 また 疫 病 が 流 行 した 時 は 、 病 人 に 対 して 献 身 的 に 奉 仕 を す る 。 そ して 人 々 の 間 で 、 ヘ ス タ ー が 胸 に つ け た 緋 文 字 は 「不 倫 」 (Adultery)のAか ら 「有 能 な 」(Able)(『 緋 文 字 』、llO)のAへ と意 味 を 変 え 、 人 々 は 緋 文 字 を 「罪 の し る し」(『緋 文 字 』、lll)か ら 「善 行 の し る し」(『緋 文 字 』、lll)と 受 け 止 め る よ うに な る 。 当 時 の 厳 格 な ピ ュ ー リ タ ン 社 会 も 彼 女 を 徐 々 に 受 け 入 れ て い っ た わ け で 、 い わ ば 社 会 的 に は 彼 女 の 罪 は ゆ る さ れ て い る の で あ る 。 問 題 な の は デ ィ ム ズ デ イ ル と の あ の 世 で の 結 婚 の た め に 魂 の 浄 化 を 目指 す ヘ ス タ ー を 、 ホ ー ソ ー ン が ど の よ うに 評 価 して い る か で あ る 。 針 仕 事 と 社 会 的 奉 仕 を 始 め た 頃 の ヘ ス タ ー の 内 面 を ホ ー ソ ー ン は 次 の よ うに 描 い て い る 。 子 供 を 着 飾 るた め の少 しの 出費 は 別 に して 、 ヘ ス タ ーは 余 った 収 入 を す べ て 、 彼 女 よ りも惨 め で ない 人 々 の慈 善 に 費 や した 。 も っ と も彼 らは 、 彼 らに 施 した ヘ ス タ ー の手 を 侮 辱 す る こ とが まれ で は なか った が 。 彼 女 は 、 彼 女 の技 量 を も っ と うま く使 え た か も しれ ない 時 間 を 費 や して 、 恵 まれ ない 者 のた め に 粗 末 な服 を 作 って や った 。 こ の仕 事 ぶ りに は 罪 のつ ぐない と い う考 え が あ った のだ ろ う。 …女 性 は 、 繊 細 な針 仕 事 か ら、 男 性 に は 理 解 で き ない 楽 しみ を 作 り出す 。 ヘ ス タ ー ・プ リンに と って 、 そ れ は 彼 女 の人 生 の感 情 を 表 現 す る、 そ して そ れ ゆ

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え そ れ を なだ め る一 形 態 だ った か も しれ ない 。 他 のあ らゆ る楽 しみ 同様 、 彼 女 は そ れ を 罪 と して 拒 ん だ 。 細 か い こ とに も 良心 が 病 的 に 干 渉 して くる こ とは 、 純 粋 で しっか りと した 悔 い 改 め で は な く、 何 か 疑 わ しい も の、 そ の背 後 に あ る深 い 間 違 い を 示 して い る も の と思 わ れ る。 (『緋 文 字 』、58-9) こ こ で ホ ー ソ ー ン が 問 題 に して い る の は 、 行 為 の 結 果 で な くて そ の 動 機 で あ る 。 ヘ ス タ ー の 場 合 は 、 確 か に 社 会 的 に は そ の 存 在 意 義 が 変 わ っ て い くが 、 心 の 奥 底 に あ っ た も の は 「純 粋 で し っ か り と した 悔 い 改 め 」 で は な く 「深 い 間 違 い 」 で あ る 。 ヘ ス タ ー は 自 ら の 罪 を 罪 と して 認 め て は い る が 、 そ の 罪 を 神 に 対 す る 「悔 い 改 め 」 に よ っ て つ ぐ な う の で は な く、 犠 牲 的 行 為 で も っ て つ ぐ な お う と して い る の で あ る 。 事 実 ヘ ス タ ー は 「見 せ か け と 実 体 と の 差 」(『緋 文 字 』、 130)に 苦 しむ デ ィ ム ズ デ イ ル と森 の 中 で あ っ た 時 、 次 の よ う な 発 言 を し て い る 。 「あ な た は 間違 って い ます 」 とヘ ス タ ー は穏 や か に 言 った 。 「あ な た は 深 くそ して厳 し く 悔 い 改 め を して き ま した 。 あ なた の罪 は と っ くの昔 に あ なた か ら離 れ 落 ちて い ます 。 あ なた の今 の生 活 は 、 他 の人 の 目に 映 って い る通 り、 本 当 に 神 聖 で す 。 こ の よ うに 善 行 に よ り保 証 され 証 明 され て い る悔 い 改 め に 実 体 は ない ので し ょ うか?そ して ど う して そ の よ うな悔 い 改 め に よ って 心 の安 ら ぎが もた ら され ない ん で す か?」(『 緋文 字 』、130) ヘ ス タ ー に は デ ィ ム ズ デ イ ル の よ う な 「見 せ か け と 実 体 と の 差 」(『緋 文 字 』、130)と い う意 識 は な い 。 ま た ヘ ス タ ー に と っ て は 、 「悔 い 改 め 」 と は 神 に 対 す る 戯 悔 で は な く、 社 会 に 対 す る 善 行 に よ り保 証 さ れ 証 明 さ れ る も の な の で あ る 。 言 い 換 え れ ば 、 彼 女 に と っ て の 「悔 い 改 め 」 の 有 無 は 、 周 囲 の 人 の 評 価 に よ っ て 決 ま る も の で あ る 。 こ の デ ィ ム ズ デ イ ル に 対 す る 発 言 を 、 ニ ュ ー イ ン グ ラ ン ドに お け る 彼 女 の 人 生 に 当 て は め て み る と ど う な る だ ろ うか 。 ヘ ス タ ー は 社 会 的 奉 仕 に よ り、 罪 人 と して の そ の 評 価 を 覆 す こ と に 成 功 した 。 言 わ ば 彼 女 は 善 行 に よ り 「悔 い 改 め 」 を 果 た し、 魂 の 浄 化 が 達 成 で き た と 考 え て い る の で は な い だ ろ うか 。 そ して デ ィ ム ズ デ イ ル に 「あ な た の こ の 偽 りの 人 生 と 真 実 の 人 生 を 入 れ 替 え る の で す!」(『 緋 文 字 』、135)と 言 っ て 、 自 分 と 共 に ニ ュ ー イ ン グ ラ ン ドを 離 れ よ う と い う提 案 は 、 一 度 は あ き ら め た こ の 地 上 で の デ ィ ム ズ デ イ ル と の 結 婚 の 提 案 と さ え 言 う こ と が で き る 。 ホ ー ソ ー ン は 「こ の よ うに 、 ヘ ス タ ー ・プ リ ン に 関 して は 、 丸7年 に 及 ぶ 追 放 と 恥 辱 の 年 月 は 、 ま さ に こ の 瞬 間 に 対 す る 準 備 で あ っ た よ うに 思 わ れ る 」(『緋 文 字 』、136)と 言 っ て い る が 、 「感 情 と情 熱 」(『緋 文 字 』、ll2) か ら 「思 索 」(『緋 文 字 』、ll2)へ と 変 化 と 遂 げ た 彼 女 は 、 罪 を つ ぐ な い 終 え た と 考 え 、 今 や 自 由 を 求 め て い る の で あ る 。 デ ィ ム ズ デ イ ル の 死 後 、 ヨ ー ロ ッパ に 戻 りパ ー ル の 幸 せ な 結 婚 を 見 届 け た ヘ ス タ ー は 再 び 二

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ユ ー イ ン グ ラ ン ドに 戻 り、 付 け る 必 要 の な い 緋 文 字 を 胸 に 付 け て 、 人 々 に 慰 め と 助 言 を 与 え る 献 身 的 な 生 活 を 送 っ て い る 。 ヘ ス タ ー が 再 び ニ ュ ー イ ン グ ラ ン ドに 戻 っ て き た 理 由 に つ い て ホ ー ソ ー ン は 次 の よ うに 言 っ て い る 。 しか し こ こ 、 ニ ュ ー イ ン グ ラ ン ドに は 、 パ ー ル が 家 庭 を 見 つ け た か の 未 知 の 土 地 よ り も 、 ヘ ス タ ー ・プ リ ン に と っ て よ り真 実 な 生 活 が あ っ た 。 こ こ に 彼 女 の 罪 が あ っ た 、 こ こ に 彼 女 の 悲 しみ が あ っ た 。 だ か ら こ こ に 彼 女 の 悔 い 改 め が な く て は な ら な か っ た 。(『緋 文 字 』、177) デ ィム ズ デイ ル の告 白 と死 が どれ だ け ヘ ス タ ーに 影 響 を 与 え た か は 分 か ら ない が 、 ホ ー ソー ン の記 述 か ら推 測 で き る こ とは 、 彼 女 は 自分 が 善 行 で も って あ が ない 終 え た と考 え た 罪 を 再 発 見 し、 「悔 い 改 め 」 をす る た め に ニ ュー イ ン グ ラ ン ドに 戻 っ て きた こ とに な る。 ま た彼 女 は 自分 を 新 しい 時 代 の預 言 者 と考 え る幻 想 も捨 て て しま って い る。 す る と以 前 の 「罪 を あ が ない 終 え た 」 と考 え る 自己 を 否 定 し、 ヘ ス タ ーは 罪 深 い 自己 と して の 「真 実 の有 効 な 自己 同一 性 」 を 獲 得 した 可 能 性 が 考 え られ る。 そ して 再 び ニ ューイ ン グ ラ ン ドに 戻 って きて か ら のヘ ス タ ー の、 特 に苦 しむ 女 性 た ち へ の慰 め は、 「利 己 的 な 目的 」(『緋 文 字 』、177)も な く、 以前 の善 行 とは ま っ た く意 味 の違 うも の に な る可 能 性 が あ る。 た だ しホ ー ソー ンは 、 ヘ ス タ ーが 神 に対 して 「悔 い 改 め 」 を した とは っ き りとは 書 い て は い ない 。 も しヘ ス タ ーが 「真 実 の有 効 な 同一 性 」 を 獲 得 した と した ら、 そ れ は 神 の 「慈 悲 」 に よ る も ので あ るは ず だ が 、 ホ ー ソー ンは そ の点 に 関 して は 語 って い ない 。 した が って 、 青 山 の よ うに ヘ ス タ ー の回 心 が タイ ポ ロジ ー の手 法 を 用 い て 示 され て い る とい う指 摘 も あ るが16)、ヘ ス タ ーが キ リス ト教 の救 済 の枠 組 み の 内に い る の か 、あ るい は 外 に い るの か に 関 して は 、一概 に は 断 定 は で きな い 。一 体 ヘ ス タ ー が 「悔 い改 め」 した のか ど うか 、 苦 悩 と献 身 に よ り彼 女 の罪 が ゆ る され て い る のか ど うか 、 救 わ れ て い る のか ど うか の判 断 を 作 者 は 読 者 に 任 せ て お り、 ホ ー ソー ン 自身 は 「も っ と も 内 な る私 を ヴ ェール の 背 後 に 隠 して い る」(『緋 文 字 』、5)ま ま な ので あ る。 一 方 朝 子 の救 い に 関 して は ど うで あ ろ うか 。 未 亡 人 の朝 子 は 山路 の愛 人 と して 自立 で きず に 生 きて い るが 、 宗 珠 と の間 に 芽 生 え た 愛 が き っか け と な って 、 山路 と の関 係 を 一 旦 は 絶 つ 決 心 を す る。 しか し丹 羽 は 「朝 子 の中 に 宗 珠 と共 通 の弱 さを 備 え て い る」(『菩 提 樹 』、169)と 言 っ て い るが 、 朝 子 に は 山路 と の関 係 を 絶 つ 勇 気 が ない 。 宗 珠 と 同 じよ うに 「純 潔 」 な も のを 求 め なが ら、 朝 子 が 直 面 す る のは 、 強 引 な 山路 に 対 して 無 力 な 自分 自身 で あ る。 丹 羽 は 朝 子 の 自分 に 対 す る幻 想 が 敗 れ た 様 子 を 次 の よ うに 表 現 して い る。 朝 子 は 自分 の力 に よ って 、 自分 の意 思 に よ って 、 山路 茂 輔 と結 ば れ た 。 そ う しない で は い られ ない よ うに 周 囲 が お 膳 立 を した とは 言 え 、 結 ば れ た のは 自分 の意 思 か らで あ る。 二 号 生

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活 を 心 苦 し く思 って い た 。 しか し、 そ れ も身 か ら 出た 錆 で あ り、 錆 を つ くった のが 自分 で あ る。 そ れ を や め る とい うこ とは 、 自分 が つ く り出 した 錆 を 拭 うこ とで あ り、 悪 を や め る こ と の 出来 る の も、 また 自分 の意 思 の力 で あ った 。 宗 珠 と誓 った 時 、 朝 子 は 自分 の力 だ け で 山路 と の悪 は 清 算 出来 る と信 じて い た 。 別 離 を 持 ち 出せ ば 、 そ れ で こ とが 簡 単 に 片 付 くと思 って い た 。 朝 子 は 、 己 の意 思 を 過 信 して い た よ うで あ る。 自分 の力 で 自分 が 浄 化 され る のだ と思 って い た 。(『菩 提 樹 』、315) 朝 子 も また 宗 珠 と 同 じよ うに 「自力 」 に頼 って 自分 の 「浄 化 」を 試 み るが 、結 局 は 「己 の意 思」 と 「自分 の力 」 の限 界 を 気 付 か され て い った に 過 ぎ ない 。 宗 珠 が 本 堂 に檀 家 を 集 め て 告 白を 行 った ま さに そ の 日、朝 子 は 山路 と 「本 当 の 新 婚 旅 行 」 (『菩 提 樹 』、356)と 称 した 旅 行 に 出か け る。 これ は心 は宗 珠 に 向 け な が ら、 山路 の愛 人 と し て 生 き続 け る とい う意 思 表 示 で あ る。 丹 羽 は 「朝 子 の心 は 、 悲 しい 波 の音 を きい た 。 そ れ で い て 、 現 実 で は 、 こ の 肉体 は 、 宗 珠 以 外 の男 と の旅 行 を た の しん で い る。 矛 盾 して い る。 が 、 朝 子 に は こ の矛 盾 を ど うす る こ と も 出来 なか った 」(『菩 提 樹 』、356)と 書 い て い るが 、 朝 子 も ま た 、 宗 珠 と 同 じよ うに 矛 盾 を 感 じなが ら、 そ こか ら抜 け 出せ ない で い る。 作 品 の終 わ りで 宗 珠 が 再 生 に 向か って 歩 み 始 め た のに 対 し、 朝 子 は 再 生 に 向け て 歩 め ず 、 宗 珠 と朝 子 は 対 照 的 に 描 か れ て い る。 しか し作 者 は 朝 子 を 非 難 して い る ので は ない 。 丹 羽 は 、 宗 教 的 な雰 囲 気 の なか で 育 った 朝 子 の 内に あ る 「仏 性 」(『菩 提 樹 』、317)に つ い て 次 の よ うに 書 い て い る。 『如 来 の願 船 い ま さず ば 、 苦 海 を い か で 渡 るべ き』 親 鷲 は 、 無 限 的 存 在 者 を 、 や さ しい こ とば に 置 きか え て い る。 朝 子 に は 、 如 来 の願 船 の意 味 が 、 しみ じみ と判 る のだ った 。 そ れ を す なお に 感 じる とい うこ とは 、 朝 子 の中 に なみ なみ な らぬ 仏 性 が あ る とい うこ とに な る。 自己 で は ない も の、 しか も 自己 の中 に あ る も のを 感 じ る能 力 を そ なえ て い る とい うこ とに な る。 … 自己 保 存 の生 き方 で あ る と こ ろ の 自力 が 心 を 支 配 して い るか ぎ り、 「他 力」 の は い って来 て動 く余 地 の な い の は、 い うま で もなか った。 「他 力 」 とは 、 偉 な る も ので あ り、 無 限 的 存 在 者 で あ り、 如 来 を 意 味 して い た 。 そ の点 、 朝 子 の 性 格 的 に お の ず か ら 「他 力 」 の は い って 来 る道 が 開 け や す い よ うに 出来 て い た 。 「他 力 」 の は い って 来 る障 碍 が 、 比 較 的 す くない とい うこ とに な ろ う。 しか し、 朝 子 が 現 在 、 自力 を ま った くす て 去 って い るわ け で は なか った 。 自己 保 存 に 汲 々 と して い る のだ 。 自力 を す て る こ と は、 「他 力 」 の あ らわ れ る契 機 で あ り、 す て る こ と とあ らわ れ る こ と とは 同時 に起 こ るは ず だ が 、 そ こ まで の心 に は な って い なか った 。(『菩 提 樹 』、317-8)

参照

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