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転換期における人間性論について ; 2 : とくにネオ-ヒュ-マニズムとヘルダ-

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(1)転 換期 にお け る人 間性論 につ い て (Ⅱ ) ― と くに ネ オーヒューマニ ズム とヘ ル ダ ーー. The Theory of Human Nature at the Transition Period(I) 一 with Special iReference to Neo― humanisnl and Herder一. 士. 夏. 武. 男. 本稿 は前稿『 転換期 にお け る人 間性論 につ いて (I)一 とくにルネサ ンス・ ヒ ューマニズムとマキャヴェリー』(甲 南女子大学『 研究紀要』第14号 所収)の 続 篇 と し て , イタ リア ・ル ネサ ンスか ら18世 紀啓蒙主義 を経 て ,1770年 代 のいわゆ る 「 シュツ ル ム・ ゥ ン ト・ ドラング時代」 (Sturm und Drangszeit:疾 風怒涛 時代 )に いた る西 洋文化 の偉大 な精神的運動 の一 環 と して の近代 ヨー ロ ッパ ・ ヒ ュー マニ ズ ムの変化発展を歴史的 に展望 し,と くにヴ ォル テール. (Vol‐. taire,1694∼ 1778)を 頂点 と した フ ラ ンス啓蒙主義運動 と18世 紀 70年 代 の ヘ ル ダ ー (J.G.v◆. Herder,1744∼ 1803)を 中心 と した ドイッの ネオーヒュー. マニ ズ ム (新 人文主義 )の 運動 とを比 較考察す る こ と,同 時 に転換期 にお け る近代西 欧諸国 のそ れぞれ の 歴史的 背景 の もとに発展 した ヒ ュー マニ ズムの 個性 的特質 お よびその人 間性 と歴 史把握 の方法論的原 理 につ いて 些 か究 明を 試 み よ うと した もので あ る。. 1. 西洋近代 史 の 第 2の 峰 と して の啓蒙主義運動 (the Enlightenment)が. ,.

(2) ゴOθ. 転換期 における人間性論 につ いて. (Ⅱ ) 1). 先 ず イギ リスを発 祥地 と し,後 フ ラ ンスで勝利 の行 進をお こな って いた 頃,ヘ ル ダ ー は東 プ ロ イセ ンの ケ ー ニ ヒス ベル グ附近 の寒村 モール ンゲ ン (Mohr‐. ungen)で ,貧 しい女学校教 師 (Madchenschullehrer)の 子 と して生 れた。 その 頃 の フラ ンス は啓 蒙主 義運 動 の本拠地 で あ りな が ら,た とえ ば,プ ロ イ セ ンの フ リー ドリヒ 2世 (Friedrich Ⅱ)(der GrOsse,在 位 1740∼ 86)の よ うな啓 蒙専 制君主 (the Enlightened Despot)を もたず ,そ の最 も典型的 な ル イ14世 (LOuis XIV,在 位 1643∼ 1715)治 世 以来 の 絶対 王政 (the Abso‐. lutism)の 支配下 にあ った。 このよ うな時代的背景 の もとに,ヴ ォル テ ール を頂 点 と して人 間理 性. (Raison:Reason)の 名 の もとに一 切 を裁 断 しよ う. パ とす る啓蒙主義 理念 が,フ ラ ンスを 中心 舞台 と して 18世 紀 ヨー ロ ッ を風 靡 しつつ あ った。 この時代 を, イタ リア現代 史家 ク ロー チ ェ (B.CrOCe,1866 ∼ 1952)は 19世 紀 の「歴 史 の世紀」 に対 して ,18世 紀 を「哲学 の世紀」 と呼 んだが:)こ の世紀 を代表す る 自由思想家達 (Liberal thinkers)は ,18世 紀 ・ 後半 のル ソー (Jo J.ROusseau,1712∼ 78)の よ うな反文 明 反 社会的境 地 に まで進 んだ もの は少 なか ったにせ よ│ヴ ォル テ ールを は じめ と し,モ ンテ ス キ ュー (MOntesquieu,1689∼ 1755), デ ィ ドロ (Diderot,1713∼ 84), ダ ラ ンベール (D'Alembert,1717∼ 83)な どのい わゆ る哲学者 達 であ った。 い うまで もな く,18世 紀 は世界 史的 な変革期 の 1つ であ り, ヨー ロ ッパ に お け る封建 社会 の解体 =近 代 社会 の成立 とい う社会発展 のプ ロセスか ら巨視 的 にみ るとき,フ ラ ンスは イギ リスのそれ よ りも後進 し,そ の前 近代的 なア ンシ ャ ン・ レジー ム (Ancien Rё gime)に よ って ,18世 紀 フラ ンス は ヨー ロ ッパ 諸国 中最 も社会矛盾 が は げ し く,そ の矛盾 の解 決 のため,フ ラ ンスの こ 演 じた役割 は最 も重大 な歴史的 意味を もち,フ ラ ンス啓蒙主 義運動 もそ か ら生れ た 。 そ して この運動 は , 新 興 の市民 階級 が 自己の 権利 と自由 とを要 求 す る社会的状況 に対応 して いた もので,そ の思 想 的表現 は反 カ トリシズム. 1)A。 Owen Aldridge;Voltaire and the Century Of Light,1975,P。. 302.. 2)Bo CrOCe;zur Theorie und Geschichte der Historiographie,1915,S.236.. 3)吉 武 夏男著「 マ イネ ッケ史学 の研 究」 334∼ 335頁 。.

(3) 吉. 武 夏. (Anti― cath01icism)で あ り,合 理 主義. 男. ゴθゴ. (Rationalism)の 主張 で あ った 。 し. たが って ,そ の啓蒙主義運動 はカ ン ト (I.Kant,1724∼ 1804)が 「 啓蒙 とは 何 か」 (Was ist Aufklarung P: what is Enlightenment P,1784)と い う 論文 の 冒頭 で,「 啓蒙とは,人 間が自己の未成年状態を脱却す ることである云 々」と い うよ うな啓 蒙 一 般 の定 義 で は規定 しえない政治 ・社 会状況が あ った。す な わ ち,フ ラ ンス近代 市民社会 の思想 的代表者 で あ った ヴ ォル テ ール が 「汚 ら わ しきものを粉砕せよ !(Ёcrasez l'Infame!)」 す なわち,教 会を粉砕 せ よ とい う 有名 な標語 の もとに,も っぱ ら宗教 的 =教 会的支柱 を もつ狂信主 義 (Fana‐ 4). ticism)と 迷信 (Superstition)と に対 す る戦 い を終生 叫 びつづ け たよ うに. ,. それ はア ンシ ャ ン・ レジー ム下 にお ける不平 等や不 公正,狂 信 ,ま た特 権 ・ 圧 制 な どに対 す る批 判 ・闘争 に まで発展 して い く極め て 闘争的性格 の 強 い も ので あ った 。 これを歴 史的 にみ る と,先 ず宗教 の領域 において 中世 的 ロー マ 0カ トリッ ク的 教 理 の理 想 と教 会 とに対 す る戦 いが, ドイッ宗教 改革 (the RefOrma‐. tion)に 次 ぐ第 2の 戦 い と して, この啓蒙主 義運動が それを遂行 して いた 。 この こ とは ヨー ロ ッパ ・ ヒ ュー マニ ズムの歴 史 にお け る人 間性 理 想 (Huma‐ nitatsideal)の 発展 史を意 味す ると同時 に,キ リス ト教 的 な生 の理 想 の解 消 史を も意 味 して いた 。 しか して この運動 は, これ まで キ リス ト教 内部 で 第 2 義的 な役 割 しか 演 じて い なか った人 間 の 幸福 の 問題を中心 的問題 と し,そ れ は人 生 の価値 の標準を天国か ら地上 に,来 世 か ら現世 に 引 きお ろ し,行 動 の 原 理 を信 仰 か ら理 性 へ と移 し,そ こで は物質 的豊 か さ,政 治的 自由,社 会的 平 等 , 精神的 自由 , 肉体 的健康 な どが最 も確 か な保証 で あ ると思 われ, こ れ らの最高 善 の獲得 に全力を 傾 けて いた 。 この意 味 で , フ ラ ンス啓蒙主 義 運 動 は,昂 揚す るにつ れて , ヨー ロ ッパ 世界 の 改造 を本 来 の仕事 と し,そ れ を土 台 と して近 代 ヨー ロ ッパ 世界 の外面 的 な政治 社会的生活 の原 理 を つ くり 出 し,後 の フ ラ ンス革命 (the French Rev01utiOn)の 指 導精神 とな った。. 4)Fr.Meinecke;Die Werke・ Band Ⅲ ),S.. Entstehung des HistOrismus(Friedrich Meinecke 77..

(4) ゴθ2. 転換期 における人間性論 について (Ⅱ ). この よ うな こ とが ヴ ォル テ ールの歴 史叙 述 の特殊 な 目的 で もあ った。理性 の 王者 ヴ ォル テ ールが 「今やひとは何もの も敵す ることのできない武器をふ りかざし た。怪物 に対す る唯一の武器は理性 (Raison)で ある。 ひとびとを不法と邪悪とから 守 る唯一の方法,そ れは啓蒙 (6clairer)で ある。そして憎むべ き狂信を始末 して しま うためにはそれを描いてみることがよい云 々」 と述 べ て い るよ うに, 彼 は特権 階 級 に反 抗 す るとともに,カ トリック教 会を人類進歩 の敵 と して痛論 し,如 何 に歴 史 に おけ る迷信 と暴力 とが 善 や美を圧迫 し,ま た如何 に数多 くの虚偽 と 偏見 とが真理 と理性 とを迫害 して いたかを 追究 しよ うと した?そ の場合 ,彼 は時 と処 とを超 えた普遍 的理 性 (Raison universelle)を 確信 し, これ まで の 天国 と地獄 との間 の 闘 いを,理 性 と非理性 との 闘争 に置 き代 え,理 性 を 絶 対 的尺度 と して ,い ろ い ろの 出来事 を批判 し,審 判す る啓蒙主 義的歴 史哲学 の原 理 を繰 り返 し強調 し,そ れを必 ず歴 史叙述 に随伴 せ しめた。彼 は人 類 の 啓蒙 を 目指 した啓 蒙 主 義 の一 般 的 目的 に奉仕 せ じめ るため に全世界 史を利用 す る こ と,ま た人類 の よ り高 い段 階へ の進歩 ・ 向上 を歴 史事実 か ら論証 す る こ とを 自己の歴 史叙 述 の決定 的動機 た らしめて いた 。 なお,ヴ ォル テ ール の歴 史的思 考 を規定 した もう 1つ の契機 と して ,17世 紀 後半 か ら18世 紀初頭 にか けて ,ニ ュー トン (Newton,1642∼ 1727)の 万有 引力 の法則 (the laW Of the universal gra宙 tation)の 発見確立 を頂点 と して , 約半世紀 に亘 る近代 自然科学 の発達 , い わゆ るG・ バ ラク ロ ウ (G. 6). Barraclough,1908∼ )の い う「 科学革命 」 (the Scientittc RevolutiOn)が 彼 の 背後 に横 たわ って いた こ とで,永 遠 に して無 時 間的 な もの と仮定 され た 人 間理 性 に対 す る確信 が 自然科学 上 の 画期 的 な諸発見 によ って確証 され るや. ,. これか らも彼 は影響 を受 けて いた 。 この数学 ・物 理 学 を基 礎 と した 自然 科学 は,自 然 の 世界 を「神 の光」 に照 らして ではな く,「 自然 の光」 に照 らして 自 然 を 自然 その もの と して理性 的 に認識す る こ とを教 え,そ れ は機械論 (Mech_. anism)と い う機械論 的 自然観 を成立 せ じめた。 ここで は じめて,人 間的知 5)Bo CrOCe;a.a.0。 ,S.202. 6)G。 バ ラクロウ木村尚二 郎「 文明にとっての変革期」30頁 。.

(5) 吉 武 夏 男. ゴθ3. 性 によ る自然認識 の根元 力が発見 され たのであ るが, この 自然科学 的認識を 端 的 にいえ ば, 自然 の世界 のす べ ての 出来事 は 因果 の法則 に したが って 必然 的 に決定 され るとい うみ方 で あ る。 この 自然認識 は結局 ,人 間や社会 の認識 に も適用 され, ここに 自然認識 と人 間的認識 との間に相互 関係 が 確立 され る よ うに な って い った。そ して 自然 科学 は18世 紀啓蒙主 義運動 に測 り知れ な い 刺戟 を 与え,と くに啓蒙主 義者 の単純 に して 明晰 な態度 は,直 証 的 な数学的 自然法則 を もって一 切の現象を 説明 しよ うとす る自然 科学者 のそれ と共通 し て い た。 か くて,18世 紀 ヨー ロ ッパ の支配的 な啓 蒙主義運動 は,近 代 自然 科学 と 自 律 的 な哲学 との基 礎 の上 に 咲 き誇 る純粋 に現 世的,科 学的文化 の発展 のた め に最 も重要 な役 割 を 演 じた 。 そ して その究 極 の 目的 は, 自分 自身 と自分 の理 性 との上 に 自立す る人 間,正 に人 間 の文化 ,い いか え ると,科 学的 ヒ ュー マ ニ ズ ムを確立す る こ とであ った。 したが って,一 切 の 権威 ・伝統 ・慣 習 に と い うよ りも,人 間理 性 に依拠 す る こ とが 18世 紀 精神生活 の最 も基本 的 な精神 的特質 で あ った とい うこ とがで きよ う。 これを要約す ると,凡 そ人 間を時 間 ・ 空間を超越 して人 類的普遍性 =普 遍的人 間型 にお いて 把握す る こ とを 前提 と した汎人類 的 , 世界市民 的立場 に立 つ もので あ った 。 この 世界市民主 義. (Weltburgertum)は 個人主 義. (Indi宙. dualismus)を 基 礎 と してお り, この. 啓蒙主 義的個人主 義 にお け る個 的存在 (Einzelheit)と して の人 間 は,そ れ ぞれ 諸個人 が一 応 極 めて ちが った形態 を もつて 現 われ て い るにかか わ らず. ,. その根本要 素 に お いて 同一 の人 間性や人 間理 性 を通 して他 の 個人 と結 びつ く こ とがで きた。 この意 味 で,個 人 およびそ の結合 が考 え られ る場合 ,そ の最 高 の発展段 階 と して 世界市民主 義 の成立 が考 え られ た 。す なわち,個 人 の立 場 と世界 市民 の立場 とは,一 見 極め て 隔 た って い るよ うに見 え るが,む しろ 本質 的 に 同一 の もので, ここで は一 方 において 世界市民 的個人 が,他 方 にお いて は世界 市民 的個人 の総体 と しての人 類社会が思惟 を独 占す る傾 向を示 し. ,. 国家や国民 また民 族 のよ うな中間的 な集 団的存在 は顧 み るに足 りな い存在 と.

(6) 転換期 における人間性論について. ゴθイ. (I) 7). して思 惟 の枠外 におかれ るとともに,人 類 を その共通性 にめ ざめ させ た。 当 『 風 習試論』において 時 自然科学 的教養 を身 に つ けて いた ヴ ォル テー ル もまた. ,. 「世界は永遠な幾何学者 によって制作された機械であり, 凡ては永遠にして不可変的 な法則の必然的結果 にほかならない もので, 1つ の必然的な連鎖が宇宙のあらゆ る 出 来事を結びつけている云 々」 と述 べ て い るよ うに: 近代 自然科学 の成立 を 背景 『 歴 史哲学』 と して ,上 述 の動機 に基 づいて,彼 が 1765年 ,公 け に した ものが (Phi10SOphie de l'histoire)で あ った。 しか るに,上 述 の 啓蒙 主義的歴 史思考 ,ま た啓蒙主義史学 が ドイツに入 り 込 んだ とき,ヘ ル ダ ー は この思考方法 に対 して深 い疑 間を投 げか け,と くに ヴ ォル テ ールの『 歴 史哲学』 に対抗 して,18世 紀 70年 代 のいわ ゆ る疾風 怒涛 の時代. .人. (Sturm und Drangszeit)の 新 文主 義運 動. (NeO― humanism:. Neuhumanismus)を 背景 と して,人 間性 の探求 を 目指 して 1774年 ,『人 間性 形成 のための歴 史哲学別案』 (Auch ein Philosophie der Geschichte zur. Bildung der Menschheit)を 公 け に した。 シュツル ム・ ウ ン ト・ ドラ ング の 歴 史的 意義 は この書 にあ るとされ ,ヴ ォル テ ールを 中心 とす る啓蒙 主 義的 歴 史思考 が進 歩 の哲学 (FOrtschrittsphilosophie)か ら過去 の時代 を裁 断 し て い る こ と,と くに 中世 を暗黒時代 (the Dark Ages)と み なす こ とに対 す る異論 と して , これ もまた人 間 0人 類 を通 じて人 間性 を つ くって い くための ひ とつの歴 史哲学 であ り,寄 与 であ りた い と願 った もので あ る。す なわち. ,. 上 述 の フ ラ ンス啓蒙 主 義運動 に対 す る対抗運 動 (COunter― movement)と し て ,18世 紀 70年 代 の ドイツにお いて , シュツル ム・ ウ ン ト・ ドラ ング運 動 と 新 人文主義的文芸 運動 とが台頭 したが,こ の運動 は人 間理 性 の名 の もとに. ,. 人 間 の主体性 がゆがめ られ,抑 圧 され ,人 間個性 の成長発 展 がむ しろ圧 制 さ れ る こ とに反抗 しよ うとす るもので あ った。 そ して この運動 は啓蒙合 理 主義 的文学 ・哲学 ・文化 が人 間 の創造 的生命 に加 えた迫害 に反 抗 し,ま た知性化 によ る生命貧 困化 の進行 に対 して ,生 命 の 自由な発展 のために戦 った ので あ. 7)吉 武夏 男著. 前掲 書 361頁 。. 8)V01taire;Essai sur les moeurs et. 1'esprit des nations, 1756, Chap. 124。.

(7) 吉 武 夏 男. ゴθ5. る。 この最 初 の源流 はル ソーであ るが, これ はヘ ル ダ ー,ゲ ー テ (Jo Wo V.. GOethe,1749∼ 1832)な どを旗 手 と した一種 の革命運動 で あ って,新 しい人 間性 を ただ文芸方面 ばか りで な く,生 と歴 史,社 会 ,文 化 な ど一 切 の 領域 に 亘 って 旧来 の 精神秩序 に対す る 自然 と生 との反逆 で あ った。 と くに この運動 は18世 紀 後半 の文化文芸 の思 潮 の 1つ を形成 し,ギ リシアの理想 の復興 を 目 指 して人 間性 の豊 かで 自由 な発展 を主張 したのであ る。 ここにお いて ,次 にそれぞれの時代的背景 の もとに,如 何 に人 間性 が模索 され ,把 握 されて い ったか ,そ れぞれ の個性 的特質 につ いて 究 明 し,若 干比 較考察 したい。. 2 もともと啓蒙 とは,英 語 の Enlightenment,ド イツ語 の Aufklarung,フ ラ ンス語 で は. le siё. cle de lumiё re(Century. of Light),ま た は la lumiare. de la raison(Light of Reason)な どと表現 されて い るよ うに,こ の言葉 の意 味 は, 種 々の ニ ュア ンスの差 はあ るが, 端 的 にいえ ば , 人 間理 性 を 確 信 し , 人 間 の思 考 の 中心 に人 間理 性 をすえ , これを最 高 の原 理 とす る原則 に したが って , 人 間理 性 を くも らす一 切 の迷妄 を打破す るため , 先 ず その 無 知蒙昧 を 啓発 しよ うとす る運動 で あ った。 この運動 は何 も最 初 か ら 政 治 的 ,社 会的変革 の 目的を もって いた わ け で はなか ったが,と くに18世 紀 フ ラ ンス において は退 廃 した絶対主義 の もとで,新 興 の市民 階級 が実力を 養 い. ,. 自由を求 め る姿勢 が 次第 に強 くな り,こ の運動 によ って理論 的 に明確 なか た ちを与 え られ つつ ,ま た これを支 え なが ら社会批判乃至 闘争 に まで発展 した。 したが って ,フ ラ ンス啓蒙主義運動 は,先 ず無 知 と迷信 との解 消が よ き社会 を もた らす とい う立場 に立 って いた 。 この立場 か ら,そ れ は この非 理 性 か ら 理 性 へ の転換 が進 歩 (Progress)に ほか な らな い と し,人 間 は理性 に背 くこ とによ って退 歩 し,理 性 に 目覚 め る こ とによ って進 歩す る。そ して野蛮 か ら 文化 へ 進歩す る こ とは如 何 な る民 族 ,如 何 な る時代 にお いて も一 定 の法則 で.

(8) ゴθδ. 転換期 における人間性論 について. (Ⅱ ). なけれ ばな らぬ,と した。そ して 啓蒙 主義者 は,人 間 の歴 史 は未来 に向 か っ て 限 りな く直線 的 に進 歩す るとい う進 歩主 義的楽観主義 の立場 を確信 して い た。 こ うした理性 者 として の立場 か ら,過 去 の歴 史や諸 々の 制度 ,ま た生 活 習慣 な どは理性 的 に合理 的 で あ るか どうか,人 間理 性 に照 らして 批判 し,審 判 した。そ して道 徳 にか な った新 しい理性 者 は,過 去 の一 切の歴 史的伝統 と 完 全 に絶縁 し,そ れを無意味 な もの と して 葬 り去 る こ とが最 もよ い とい う意 識 を もって いた 。 しか もその 当然 の 帰結 と して , フ ラ ンス啓蒙主義者 は単 な るル ネサ ンスの文芸 的 ヒュー マニズムの立場 に と どま らず,歴 史 と社会 の立 場 か ら非 理 性 的 な ものを 除去 し,理 性 的 な合 理 的秩序 の 確立 によ る政治的. ,. 社会的改革 を要求 した。 しか し18世 紀 フ ラ ンスの 国民大 衆 の大部分 はなお文 盲 で あ り,た とえば. ,. 結婚 の さい,書 類 に 自分 で署 名可能 な ものが 全国民 の 3分 の 1し か なか った. ,. 9). といわれ る状態 に あ った。か く,彼 らは多 く愚昧 で,迷 信や偏見 ,ま た 因習 に と らわれ,理 性 の価値す ら知 らず,合 理 的 に行動す る こ とが で きな い状態 で あ った ので,理 性 に したが って思考 し,彼 らを その道 に進 め る指導者 を ま って は じめ て,政 治 0社 会 の 改革 ,歴 史 の進歩が期待 され る,と ヴ ォル テ ー ル は主張 して いた 。 この意味 で,ヴ ォル テ ール は歴 史 にお け る個人 ,と くに す ぐれ た偉人 ,た とえ ば,当 時非 難 されて いたル イ14世 の よ うな人 に も,歴 史 を つ くる力 の あ る こ とを主張 し,文 化史上光 り輝 くル イ14世 時代 を讃美 し て いた 。 したが って ,ヴ ォル テ ールを は じめ とす る啓蒙 思想 家 は,旧 来 の迷 妄 か らひ とび とを解放 し,彼 らに正 常 な人 間的理 解 をわかち 与え なけれ ばな らな い とい うのが,啓 蒙 の本来 的 な意味であ った。 この歴 史的,社 会的課題 の実現 のため,彼 らは政治 と教育 とに強 い 関心 を示 し,と くに人 間性形成 の 課 題 は17世 紀 後半以来 の 数学 的 自然 科学的 自然観 に原動力を求 めた。そ して その 目標 は人 間 の もつ 自然的素質 を合理 的 な文化人 に変 え る こ とにあ ると考 え られ, これ こそが一 切 の啓蒙主義的人 間形成 の根本原則 で あ った。そ して. 9)桑 原武夫編「 フランス百科全書の研究』14頁 。 10)ヴ ォル テール著 丸山熊雄訳「 ルイ十四世の世紀」岩波文庫 7∼ 12頁 。.

(9) 吉. ゴθ7. 武 夏 男. 彼 らに とって,生 の理 想 と して現 われ たの は,理 性 の 原則 に したが って考 え. ,. 行 動す る こ とで,人 間理 性 に対 す る信 頼 の高 ま りは,無 知 と迷信 ,ま た粗暴 な絶対 主義か ら人 間を解放 し,地 上的 な幸福 や福 祉 を使 命 とす る人 間生活 の 理 想 を つ くり出 したので あ る。 か くして,18世 紀以来 ,ル ネサ ンスの人文 的教養主 義的 ヒ ュー マニ ズ ムか ら自然 科学的理 性主 義 に力点が移 り,啓 蒙 主義 は 自然 科学 か らその 範型 と手 本 とによ って 自 らの思考方法 を形 成 したので あ る。す なわ ち,そ の方法 は 自 然科学 の あ らゆ る対 象 と同 じよ うに,人 間 も自然 の 1部 で あ るとみ,人 間 も また 自然 の法則 , したが って 機械論 の支配 を受 け る こ とにな るとい うのが. ,. その基 本的特徴 で あ った 。 いい かえ ると,そ の人 間像 は機 械論 的,唯 物論 的 に把握 されて いた 。 その場合 ,人 間 は 自然 の ままで は原子. (AtOm)と. して. 上等 とか下 等 とかの差 別 が な いよ うに,そ こで は人 間 は 自然 の法則 に したが うもの として一 様 にみ られ ,諸 要素 の体 系 と して現 われて き, この体系 のそ れぞれ の特殊性 は,全 く量 の 関係 に基 づいて い る。 あ る人 間 において は しか じか の 量 の感性 が,ま た しか じかの量 の理 性 が,ま た しか じかの量 の意 志 と かが ともに結合 して 全体 を形 成 してお り,一 方他 の人 間 において は, これ ら 諸要素 間 の 関係が それ とはちが った量 で形成 されて い るとい うので あ った 。 したが って,人 間本性 の 内部 の変化 も,常 に同質 的 に反 復 され る同一 の根本 要素 の 因果 的 に規定 され た再 編成 にほか な らな い,と され た 。か く,啓 蒙主 義 にお ける個体 (Indi宙 duum)と しての人 間 は,た だ一 切 の原子 (Atom), 一 切 の木 の葉 (Baumblatt)が 個体 であ るとい う意味 にお け る個 体 ,つ ま り. ,. それ は人 間本性 の ど こまで も等 しい 同一 の要素 か ら合成 され た個体 にほか な らなか ったので あ る。 ここか ら,Einzelheitと しての人 間 は諸要 素 の機械論 的 か つ 原子論 的 な集合 体 で あ る, とい う見解 が 導 き出 され た 。 この よ うに. ,. 人 間 の本性 , と りわ け人 間 理 性 はす べ ての人 間 において ど こ まで も同一 であ り,固 定 せ るもので あ り,無 時 間的 に常 に 同一 で あ るとい う同質 の人 間性 と.

(10) rθ 8. 転換期 における人間性論について (Ⅱ. ). 人 間理 性 とに対 す る信念 に基 づ いて 歴 史的生 を も把握 しよ うと した。す なわ ち,啓 蒙 主 義者達 は理性 とい う絶対 的尺度 に照 らして 歴 史的形成物 の上 昇 あ るい は下降 運動 を計測 した。 と くに理 性 と科学 とによ る人 間精神 の進歩 とい う原 理 ,つ ま り進歩 史観 を確信 して いた 。 この啓蒙主義的歴史観 の代表者 ウ オ ル テ ール もまた時 と処 とを超え て 人 間本性 の 同一性 と不変性 とに対す る確 信 に基 づ いて,人 間的事物 の 同質性 と単一性 (Gleichartigkeit u.Einheit) とをなお一 層 意識 的 に主 張 し,歴 史 とは幾度 とな く繰 り返 され る歴 史的実例 集 で あ るよ うにみ な して いた 。 そ して 彼 は一 段 自覚 的 に人類 の啓蒙 と歴 史 の 教訓性 とを高 め,啓 蒙合 理 主義的立場 か ら過去を裁 くとともに,社 会 の迷妄 と宗教 的非寛 容 とを 攻撃 し, 他方 において個 々の歴 史的実例 3狼. Beispiele)を あげて民 衆 を教訓 しよ うとしたよ. (HiStOrische. に とって ,歴 史 とは実例 に. よ って教訓 を与 え るとい う典型的 な実用主 義的歴 史叙 述が主張 され ていた 。 そ こで,ヴ ォル テ ールの歴 史叙 述 の 主眼点をみ ると,そ の 第 1は ,彼 は神 学的見解 ,た とえ ば,歴 史 の 神学 といわ れ るものの最 後 の代表者 と目され る ボ シュエ (Jo B.BOSSuet,1627∼ 1704)の 神学的歴 史観 に対抗 した。 ヴ ォル テ ール は,ボ シュエが歴 史 の うち に歴 史 を動 かす見 え ざる神 の御手 によ る世 界 の運命 の直接 の指 導 をみ,随 所 に神 の計 画 の存す る こ とが説明 で きると信 じた歴 史観 に反 対 し,ボ シュエが歴 史 を規定す ると して いた 神 の摂 理. (Pro―. 宙dence)に 代 え て ,人 間 の理 性 (Reason)を 歴 史観 の 中心 にす えた。 当時 の ボ シュエ はル イ14世 の 絶対 主義的 王権神授説 を奉 じ,法 王 の 教義 を力説す る とともに,プ ロテ ス タ ンテ ィズムに対 して はげ し く戦 って いた 。 この カ ト リック的観点 によ る哲学的歴 史 の 嗜矢 とされ る彼 の『 世界 史論』 (Discours sur l'histoire universelle,1681)に. 対 して ,ヴ ォル テ ール はそ の 内容 が 中. 近東 と ヨー ロ ッパ とに局限 し,ユ ダヤ教 や キ リス ト教 が 占め て い ると ころ の 優 越 の地位 につ いて 攻撃す ると同時 に,歴 史 の発展 を人 間的 に説明 しよ うと 12) Fr.Meinecke;Vom Geschichtlichen Sinn und Vom Sinn der Geschichte, S.51. 13)G.vo Below;Die Deutsche Geschichtschreibungo S.3。.

(11) 吉 武 夏 男. ゴθ9. して ,研 究 の対象 を 個 々の人 間 よ りも人類全体 の考察 を意 図 したので あ る。 その 第 2は ,ヴ ォル テ ール は政 治史,す なわち,歴 史 にお け る政治 的事 件 や偉大 な国家 の盛衰 ,王 朝 の崩壊 ,戦 争 ,ま た 国家 間 の条 約 ,支 配者 の行 為 な どばか りに着 目す る外面 的 な政 治史 に対抗 した。そ して彼 は政治 史,と く に王 朝史,軍 事 史,外 交 史方面 で はな く,人 間精神 の歴 史或 い は文化 史方面 に関心 を 向け た 。彼 の歴 史精神 は歴 史 の対 象 の選択 に お いて,具 体 的 に は(1) 法 制 および経 済,(2)学 問上 の業績 ,G)芸 術上 の記念 物 その他人性 ・ 道 徳 ・風 俗 ・習慣 ・生活様 式 ,宗 教 ,交 通 ,財 政 ,農 業 ,人 口移動 な どの文化 史的事 象 ,な かで も宗教 ・芸術 ・ 科学 ・哲学 の成立 を考慮 に入れ た人 間 の 内面 的事 象 の 全体 的過程 を 含 んだ もので あ った。彼 に とって,歴 史 の課題 は,人 間精 神 が現 在 の 姿 に到達 す るまでに経過 し,克 服 しな けれ ばな らなか ったす べ て の 個 々の局面 の 全体 像 を 描 くこ とが で きた時 は じめて,そ の達成 が 可能 とな る,と い うもので あ った 。 この よ うな観 点か ら,ヴ ォル テー ル を もって,文 化 史 (Kulturgeschichte)ま た はフ ラ ンス的 にい え ば,文 明史 (Geschichte der ZivilisatiOn)の 創始者 とされ,最 も後世 に影響を与 えた。た とえ ば,後. の シュペ ング ラー (Oo Spengler,1880∼ 1936)の 『 西 洋 の没 落』 (Der Un―. tergang des Abendlandes, Bd.I,1918; Bdo H,1922)や. トィ ン ビー (A.. J.Toynbee,1889∼ 1975)の 『 歴 史 の研究 』 (A Study Of HistOry,1934∼ 1965,12 vols)な どの比 較文 明論 的世界 史 の崩芽 は この ヴ ォル テー ル に す でに芽 生 えて いた, とされて い る。 さ らに,ヴ ォル テール は,人 類 の歴 史発 展 の例証 をギ リシアか らル イ14世 にいた るまでの歴 史 か ら取 出 し,そ の歴 史 的視野 はキ リス ト教 また は ヨー ロ ッパ 中心 の世界 だけでな く,ア ラ ビア人. ,. イ ン ド人 ,支 那人 , 日本人 ,ア メ リカ原住民 な どを 紹介 し,す べ ての時代. ,. す べ て の 国民 ,す べ ての文化 を包 括 した普遍 史 (HistOire universeH:Uni‐. versal HistOry)の 学風 を樹立 し,ほ ぼ今 日の世 界 史 のア ウ トライ ンを つ く り出 した。 この地球全 体 に拡大 した世界 史 の構想 ,普 遍的人 間性 の観念 は. ,. 1つ には地 理 上 の発見以来 の ヨー ロッパ の世界 的支配体 制 に対応 して いた も ので あ るが,ヴ ォル テ ールの構想 した歴 史 の統 一 と しての全人 類 は広範 囲 に.

(12) ゴゴθ. 転換期 における人間性論について. (I). 過 ぎて いた 。 そ こで,彼 は『 諸国民 の風習 および精神 につ いて の試論』 (Es‐ sai sur les moeurs et l'esprit des nations,1756)に. お いて ,よ り限定 的. で確実 につ かみ うる社会を求 め,諸 国民 の 精 神 (1'esprit de nations)と 諸 時代 の精 神 (Esprit des Temps)と の究 明を 目指 し,後 の歴 史哲 学 に影響 を与 えた。 しか しそれ は後 の ロマ ン主 義的意味 にお け る深遠 な精神的 内容 を 含 む ものではなか った。む しろ,彼 の 国民 観念 は本質 的 には,た だ単 に一 国 家 に属す る臣民 の総体 を意 味す るものであ った。 なお また,彼 の 史料批判 に つ いて は,17世 紀 後半 か ら18世 紀 にか けて ,古 文書 史料 の蒐 集 が盛 んに行 な われ て いたが,彼 自 らは これを知 らなか った し,利 用 も しなか った。む しろ. ,. 彼 は著作的史料 ,と くに覚書. (MemOires)を 多 く利用 し,従 来 の所与 の記. 事 に対 して批判 を 加 え る傾 向 を示 して いた 。 この よ うに して,18世 紀 フ ラ ンスの啓蒙合 理主 義 は文化 史を要求 す る こ と によ って ,歴 史学 を豊 かな もの に し,歴 史意識 を明 らか に充実 した もの に し た。 しか しヴ ォル テ ールを頂 点 とす る啓蒙合 理 主義的歴 史叙 述 はそれ 自体 の なか に欠落 を有 しな い筈 はなか った。た とえ ば,そ の啓蒙合 理 主義 において は,本 来 ,人 間性 の僅 かな 1つ の要素 で あ る筈 の理 性 が 自 ら全人 間性 の最高 の地位 を 占め,そ こでは一 切は抽象的理 性 の法廷 で審判 され ,そ の 際,理 性 に合 うものは正 しいが,過 去 の伝統 や 習俗 の よ うな歴 史的 な もの一 切 は価値 な きもの と して 否定 され るに いた った。 この 極め て きび しい合 理主 義 (Ra‐. tionalism)の 主張 は, 当然 に人 間性 にお け る情意 的側面 , 自由 な生 の感情 に圧力 を加 え るよ うにな った。 さ らに,こ の合 理主 義か ら,キ リス ト教 は人 間理 性 を くも らせ るもの として ,キ リス ト教 的 中世 を 暗黒時代 (the Dark. Ages)と み なす非歴 史的 なみ方 を導 き出 した。 また啓蒙主義 によれ ば,社 会 の建設 も破壊 も本質上 ,理 性 の計 画 に したが って行 なわ るべ きであ るゆえ. ,. 歴 史的発 展 の思 想 は全 く存立 の余地 が な くな った。 さ らに,歴 史 を形成す る 個性 的 な ものは理 性 の法則 か らの演繹 を 許 さな い 偶然者 に過 ぎず, したが っ て ,何 らの意味を もち得 な い もの とな った。 このよ うな フ ラ ンス啓 蒙 主 義 に お け る抽象的合 理主 義,知 性主 義,非 歴 史主 義,一 方 向的直線 的進歩 史観. ,.

(13) 吉 武 夏 男. ゴ″. 中世暗黒時代 史観 な どに対 して ,ま た これ まで しば しば述 べ て きた機 械論的 か つ 唯物論 的人生観 ・世界観 に対 して も批判者 と して,ま たその反 対者 と し て ,そ れが欠落 して い た人 間性 と歴 史 との側面 に正 し く迫進 しよ うと したの が,18世 紀 70年 代 の シュッル ム 0ゥ ン ト・ ドラ ング人 で あ った。 この時代 の 人 々は,ル ソー,ハ ーマ ン (J.Go Hamann,1730∼ 88),ヘ ル ダ ー,ゲ ー テ な どを旗手 と し,啓 蒙主 義 の主張 を乗 り越え よ うとす る新 しい人 間性 と歴 史 把握 に理 想主 義的な道 を切 開 こ うと したのであ る。. 3 上 に指摘 した シュッル ム・ ゥ ン ト・ ドラ ング時代 は,マ イネ ッケ のい う:4) 大規模 な ドイッの運 動 が経過 した最 初 の創造 的 な時期 で,そ れ は啓蒙主 義 の 哲 学精 神 に対 す る人 間 の反抗 の時代 で あ る,と いい うるが,こ の時代 の精 神 を 複雑多様 な歴 史 の なか で簡潔 に把握す る こ とは 極め て む づ か しい 。 そ こで. ,. この時代 の歴 史的背景 を 瞥見す ると,当 時先進 国 イギ リス およ びフ ラ ンス に お いて は,そ の 近代 資本主義 の発達 に伴 い,封 建社会 の解体 =近 代市民社会 の成立 ,市 民 階級 の台頭 を 背景 と して封建 的絶対主義 の打倒 と ヨー ロ ッパ 世 界 の政治的,経 済 的,社 会的改造 を本 来 の課 題 に して いた啓蒙主義運 動が極 め て 熾烈 で,そ れ は市民革命 へ の道 へ 発展 しつつ あ った。 と ころが, ドイツ の 国家 ・ 社会 は領邦国家的絶対主 義的権力機 構 を 中枢的推進力 と しつつ,商 業資本家層 お よ び封建 的貴族層 (ユ ンカー. Junker)を その まま内に温存 じ. ていたので,近 代資本主義 の発達 ,市 民 階級 の成長 は抑 え られ ていた 。 それ に もかかわ らず,ヴ ォル テー ル を 師 と して いた啓蒙専制君主 フ リー ド リヒ大 王 の諸 政策 ,た とえ ば,農 民層 の没 落 とその貧 窮状態 の救済を試み た 農業政 策 に もみ られ るよ うに,上 か らの近代化 の過 程を辿 って いた 。 と くに 7年 戦 争 (Seven Years'War 1756∼ 63)の 終結 とともに, これが創 り出 した 国民.

(14) ゴゴ2. 転換期 における人間性論 について. (Ⅱ ). 的 な 自己感情 との 関連 にお いて , ドイツの運 動 はよ り強 い拍車 をか け られ. ,. か つ また イギ リス,フ ラ ンスか らも内容 を豊 か に され つつ ,文 化運動 , と く に強力で 内面的 に深 い不可視的世界 の 変革一世界 その ものを 魂 の奥底 か ら揺 り動 かす よ うな精 神革命 (Geistige Rev01ution),マ イネ ッケ のい う歴 史主 15). 義 の成立 (Die Entstehung des Historismus)へ. の道を歩 み つつ あ った。. この最 初 の時期 の シュツル ム ・ ウ ン ト・ ドラ ング運動 は,生 (Leben)と い う合言葉 の もとに, 1つ の新 し く目覚 めた生活感情 (Ein neues Lebens‐. gefuhl)が 画期 的 な ドイツ文芸運動 ばか りでな く,哲 学 に,そ して生 に,最 後 には歴 史的思考 の変化 を ひき起 こ し,な かで も,ヘ ル ダ ーお よびゲ ーテは. ,. 真 のそ して最 も強力 な歴 史主 義 の 先駆者 と して発場 した ので あ る。 したが っ て ,こ の時代 に獲得 され た諸原 理 を ヘ ル ダー ゲ ー テ的要 素 (Herder― GOeth‐. isches Element)に 集約 して考察 して も,あ なが ち正 鵠 を失 しな い,と 考 え られ る。 ここにおいて , シュツル ム ・ ウ ン ト 0ド ラ ング運 動 の思 想 史的背景 の主要 な諸特徴 を要約す ると,先 ず第 1に ,前 期 ロマ ン派的運 動 (Praromantische. Bewegung)の 作用 が指摘 で きる。 この運 動 は 7年 戦争 の終 る頃 までは,. イ. ギ リスが 先頭 を切 って お り,か つ また その指導的 地位 にあ つ たが, シュツル ム ・ ウ ン ト・ ドラ ング運動 は この前期 ロマ ン派的発 情 によ って 広範 に作用を 被 るよ うにな った。た とえば,ヘ ル ダーは,そ の思 想 と人生態度 とにお いて. ,. 相対立 して いた一 極 の啓蒙合 理主 義者 ヴ ォル テ ール よ りは,他 極 の前 期 ロマ ン主 義的 な ル ソーか ら刺激 され て ,若 い 頃 か らル ソーの著作 , と くに『 エ ミ. ール』 (Ё mile,1762)を 愛読 して深 い感動を受けていた。周知のよ うに,ル ソーが 自然を讃美 し, 18世 紀後半 の爛熟 し, 腐敗堕落 した社会, 文明を徹 へ 底的 に批判 し,現 存社会 の根深 い悪性 と人為性 とに対 して,「 自然 帰れ」 (Return to Nature)と い う標語 の もとに,人 間の 自然的善性 と素朴 で 自然 な非文明的生活,い いかえると,人 間の原始的生活や 自然状態を 1つ の至福. 15)Fr.Meinecke;a.a。. 0。 ,S.1。.

(15) 吉. 武 夏 男. ゴゴ3. 至 善 な (Happiest and best)楽 園 の理 想 と して ロマ ン的 (rOmantiC)(そ れ は ロマ ン主 義以前 before ROmanticismの もの =前 期 ロマ ン主義的 Pra_. romanticの もの)に 理 想化 して 描写 し過 ぎて いた こ とは否定 で きな い。 そ れ に して も,本 来 ,ル ソー とは直覚 ,感 情 ,思 考 ,活 動方法 において ,根 源 的 に親 近性 を もって いた ヘ ル ダ ーは,ル ソーが称揚 してや まなか った汚 れ の な い純粋 に人 間的 な もの,ま た人 間 の根 源的本性 に したが うこ とを最 初 の根 本原則 とす る人 間教育 (Menschliche Erziehung)促 進 の思想 にお いて,エ ミー ルの著者 ル ソーを 依然 と して 自らの偉大 な導 きの 師 と しつづ けて いた 。 この点 ,ル ソーの一 切 の根本思想 は ヘ ル ダーにお いて単 に適用 され たばか り でな く,メ タモル フ ォーゼ (MetamOrphose)さ れ て 限 りな く深化 され ,ま たその 誤謬 は修正 されて,そ れ はほ とん ど目立 たない程度 において再現 され て いた 。 しか しヘ ル ダ ー はケー ニ ヒス ベル グ大 学卒業 後 リガの教会 附属学校 助教時代 の最 初か ら,こ の一 面 的 な ル ソー崇拝 (Einseitige ROusseaubegei‐. sterung)か ら遠 ざか り,彼 は,ル ソーのい う自然人や 自然状態 は単 な る架 空 の 像 (Chimare)に 過 ぎな いので はないか,ま た人 間は本来 ,社 会形成 力 を もつ もの と して 規定付 け られ て い るので はないか とい う思想 を抱 くにいた った。 この点 , ヘ ル ダ ーに とって ,ル ソー は社会教育 (Erziehung fur die. Gesellschaft)に 関 して は導 きの 師 た りえな くな った。 ヘル ダ ーはル ソー と ともに,啓 蒙主 義 の追求 を最 終 目的 とす るもの に対 して反 対 的態度 を とった が ,最 早 や存 在 せ ず,か つ 何処 に も存 した こ との な い時代 へ の復 帰 は,ヘ ル ダ ーに とって愚か なよ うに思 われ た 。 もち ろん,ル ソーの主 張 は,原 始人 の野 蛮 と無知 とを 後向 きに望 んだのではな く,そ の原型 とよ り高度 な発展 とを結 びつ け よ うと したのであ る。 また ヘ ル ダ ーは,ル ソーのよ うに現在 を批判 ・ 攻撃 も しなけれ ば,嫌 厭 も しなか った。 さ らに,ル ソーは 極め て 巧妙 に且 つ 理 論 的 に 2つ の地帯 ,す なわち,「 自然あるいは少な くとも自然に近い生存状態と 文明」(Natur oder doch wenigstens ein der natur naherstehendes Dasein,and. 16)J.H.Huizinga;Rousseau,New York,1976,P.92.. 17)R.Haym;Herder,Bd.Ⅱ ,S.367..

(16) 転換期 における人間性論 について (Ⅱ ). ゴノイ zivilisation)と. を対 照的 に と らえ,現 代文 明を忌 み,そ れ に対 して 急進 的 な批. 判 を加 えたが,ヘ ル ダ ーは1765年 ,旅 行 中 ラ トヴ ィアの民 族生活 ・原始詩歌 と民 族 詩歌 を眼前 に 目撃 して心 を 打 たれた直接 の体験 か ら,彼 はル ソーのな お と らわ れ ていた原子論 的個人主義的社会観 か ら脱却 して,よ リー 層包括 的 な民 族 の概念 に到達 し,面 来 ,歴 史思想 を もってル ソーの非歴 史的 な啓蒙思 想 に代 え て ,こ の民 族概 念 を ば 自らの歴 史思想 の一 支柱 た ら しめ るに いた っ たf)そ して ヘ ル ダ ーは宗 教的感情 や民族性 ,風 土性 を強調 し,詩 こそ人 間 の もつ 創造性 の端 的な所産 とした の み な らず,と くに民謡 こそ民 族精 神 の表現 で あ ると し,諸 国 の民謡 を蒐集 し, ドイツ以 外 18ケ 国 か ら約 160篇 の民謡集 を つ くった。 この民謡集 (V01keSlieder)は 後,『 歌謡 にお け る諸民 族 の 声』. (Stimmen der Vё lker in Liedern,1778)と して 出版 され た 。 この よ うな ことか ら,ヘ ル ダ ーが啓蒙主 義 の世界 主義 (KosmOpolitismus)に 対立 して. ,. 民族主義 (Nationalism)や 歴 史 主 義 (HiStOrism)ま た民 族精 神 (National. spirit)を 生 み 出 した父 であ るとか,或 いは合 理主 義 または 自然科学万能 の 信念 に対す る ロマ ン主 義的反 逆 の指 導者 で あ るとか いわれ る根拠 が生 じて き 19). た,と み られ る。 第 2に , 敬虔 主 義 (PietiSmus)お よびプ ラ トン主義. =新 プ ラ トン主 義. (PlatOnismus=Neoplatonismus)の 作用 が指摘 で きる。 シュツル ム・ ウ ン ト・ ドラ ング時代 では生 (Leben)と い う合言葉 の もとに,新 しい強力 な主 観主 義的 な生 の 衝動 があ らわれ て きたが,こ のル ター 的新教 的敬虔主 義 の運 動 は,魂 の生活 の 畑 を よ リー 層深 く耕 し,人 間 と人 間 との接触 において,諸 々の主 観性 を喚起 し,同 時 に敬虔 主義以外 の新 たな思想全般 に対 す る魂 の受 容能 力を増大 し,形 而上学 と宗 教 との結合 を 目指 した。 この 魂 の姿勢 は,18 世 紀啓蒙 主義を超え るときの精 神運動 に先鞭を つ け るもので あ った。 とい う の は,敬 虔主義 はキ リス ト教 的 な覆 いを つ けて はいたが,歴 史心 理 学的 にみ. 18)Fr.Meinecke;a.a.0。 ,S.371. 19)I.Berlin;Vico and Herder Two studies in the history of ideas,1976,P。. 145。.

(17) 吉. 武 夏. ゴゴ5. 男. れ ば,漸 くは じまろ うとす る主 観主義 の歴 史 の第 一 幕 で あ ったか らで あ る。 またプ ラ トン=新 プ ラ トン主 義 の 源泉 はプ ラ トン哲学 に あ る こ とは い うま で もな いが,そ れがプ ロテ ィ ノス (ProtinOs,205∼ 270ご ろ)に よ るプ ラ ト ン教 義 の変形 とな り,さ らにプ ロテ ィ ノスを 創始者 とす る新 プ ラ トン主 義 の 哲 学 によ って一 層決定的 な形態 を とるよ うにな った。 敬虔 主 義 によ って涵 養 されて いた宗教 的感情 に加 うるに,新 プ ラ トン主 義 の思 索 を もった点 におい て ,す でに精 神的 に握手 して いた シ ャ フッ ベ リ(A.A.c.Shaftesbury,1671 ∼ 1713)と ライプ ニ ッツ (G.W.Leibniz。 1646∼ 1716)と は,「北方 の博 士」 (Magus. im Norden)と 呼 ばれて いたハ ー マ ン (Jo G.Hamann,1730 ∼ 88)に 影響 し,そ れが さ らに ヘ ル ダ ー によ って独 自の勢力 と発展 とを 促進 され た。 ヘ ル ダ ーは,こ の18世 紀啓蒙主義 の反対者 と しての ハ ー マ ンの うち に魂 の シュッル ム・ ゥ ン ト・ ドラ ングを有 す る根 源的 で 自己思索的 な人 間 の. 警醒 的手本 を見 出 した 。 この影響 によ って ,ヘ ル ダ ーは シュツル ム・ ウ ン ト ・ ドラング運 動 の 先駆者 とな る運 命 が決定 され,さ らに この ヘ ル ダ ー が若 き ゲ ー テに影響 を及 ぼ し , この時代 の代表 的作品「 若 きヴ ェル テルの悩み 」. (Die Leiden des jungen Werthers,1774)が 書かれ,こ の運動 へ の主 導 的契機 が作 られ た 。 この点 ,1770年 か ら1780年 にいた る決定 的 な10年 間にお け るヘ ル ダ ーの指導的 な活動 を 除外 して は, ドイッ精 神史. (Die deutsche. Geistesgeschichte)を 考 え る こ とがで きな い 。と くに1770年 ,シ ュ トラス ブル グ (Strassburg)で の ヘ ル ダ ー と若 きゲ ー テ との出会 い (Zusammentreren) は, ドイツ精 神史 の転 換点 と して,両 者 の 将来 の境 遇 と精 神的運命 とには も ち ろん, ドイツ乃至 ヨー ロ ッパ の文芸 ばか りでな く,社 会 と文化 な ど一切 の 領域 に も深 い影響 を与 へ たので あ る。 最 後 に,新 人文主 義 (Neo― humanism:Neuhumanismus)の 作用が指摘 で きる。 シュツル ム・ ウ ン ト・ ドラ ング運動 において,ヘ ル ダ ー と若 きゲ ー. 20)Willi A.Koch;Herder― 一Mensch und Geschichte, Alfred Krё Stuttgart,S.IX.. ner Verlag,.

(18) ゴゴδ. 転換期 にお ける人間性論 について (Ⅱ ). テ とによ って力 強 く推進 され たネオ ー ヒュー マニズム は,当 時 の啓蒙主義 の 純粋 に機械論的 か つ 唯物論的 な ヒュー マニ ズ ムに転 向を強 いた と ころの もの で あ った。 この ドイツの ネオ ー ヒ ュマニズ ム は イタ リアの ル ネサ ンス ・ ヒ ュ ー マニズ ム,イ ギ リス,フ ラ ンスの啓蒙主 義 の文配下 におけ る ヒュー マニズ ム に比 して , ヨー ロ ッパ ・ ヒュー マ ニ ズムの主観主 義的形式 で あ るとい う こ とが で きるであ ろ う。 もちろん, これ らは ル ネサ ンス以来 の一 連 の ヨー ロ ッ パ ・ ヒューマニ ズ ムの運動 の一 環 と して ヒュー マニズムの根本形 式 を共通 に 具 え て いたが,同 時 にその根本形 式 の特殊 の場合 を表わ し,そ の時 間的 な前 後関係 において歴 史的 に展 開 して きた もので あ る。殊 に, ドイツの ヒュー マ ニ ズ ム は, フラ ンス啓蒙主義的 ヒュー マニズ ム に反 対 す る 1つ の主張を基 調 と してお り,そ れ は悟性 的 で もなけれ ば, 自然 科学的 で もな い 。 いいかえ る と,そ れ は個人 と して の人 間 は諸要 素 の機械 的 な原子論的集合体 に過 ぎな い ものではな く,か え って 内か ら支配 され る生 きた有機体 的生命体 として把握 す る。あ らゆ る有機体 は内面 的,個 性 的 な 目的があ り,変 え る ことので きな い 固有 の方 向を 内在 して い るもので あ る。 この有機体 を合理 的 な合法則性 の 理 想 の もとにお くとすれ ば,必 然的 な帰結 は有機 体 の萎縮 とな る。啓蒙主 義 の 憲法原則 によれ ば, この価値 の資格 はただ生 の 内 にあ る理性 的 なるものの みが持 って いたので あ る。 と ころが , ドイツの ネオ ー ヒュー マニズ ム にお け る生 と生 の個性 的発展 とは,生 その ものが 神的性 格 を もってお り,あ らゆ る 根 源的 な個性 において 神的 な ものを 啓示 して い るとい う理 由 によ って価値 に み ち た もの と して認め られ るので あ る。生 け る存在 が生 命 と して理解 され る とき,生 をただ生 と して だけで な く,そ の上 さ らに神的 な もの と して感 じ ,. 神 自身 を生 と して解 す るよ うにな った とい う こ と,こ の 2つ が 相侯 って は じ め て ,世 界観 の革命精 神が特徴付 け られ, これ こそ が シュツル ム・ ウ ン ト・ ドラ ング運動 の推進力 で あ った, と考 え られ る。 と くに ヘ ル ダ ーの思 考構造 にはキ リス ト教信仰 が 溶 け込 んで構築 されて お り,ゲ ー テ とはちが って ,ヘ ル ダ ーの岩 の よ うなキ リス ト教信仰 に対 す る確信 は,相 対 的 に人 々に キ リス ト教教育 を 刻 み込む ほ どの強 い影 響 を及 ぼ して いた 。.

(19) 吉. 武. 夏. 男. ゴゴ/. 4 上述 したよ うに,18世 紀 後半 の シュッル ム・ ゥ ン ト・ ドラ ング運動 は種 々 の思想 的傾 向 の作用 によ って 推進 され たが ,次 に この運動 によ って ひき起 こ され た人 間性 と歴 史把握 の特色 について 若干考究 して 行 きた い 。 先 ず第 1に ,個 性 (Indi宙 dualitat)に 対 す る理 解 があ げ られ る。す でに指 摘 したよ うに,啓 蒙主 義 の と らえ た個人 は,た だ一 切の原子 ・一切 の木 の葉 が 個体 で あ るとい う意 味 にお け る個 体 ,つ ま り人 間本性 の ど こ まで も等 しい 同一 の要 素 の機械 的 な原 子論的集合 体 で あ るとい う見解 が 導 き出 され た 。 し か るに,ネ オー ヒュマニ ズ ム に お ける人 間性把握 は,人 間を数学的 自然 科学 の客体 と して 機械論 的か つ 唯物論 的 に と らえ ることに反 抗す る人 間性 の た 新 な形 式 で あ る。 す なわち,こ の新 たな人 間形式 は,最 早や 自分 を機械 的客体 と して 感せ ず,数 学的 自然 科学的意 味 にお け る 自然物 と して も,ま た政 治的. ,. 社 会的,道 徳的立法 の単 な る客体 と して も感 じない。かえ って ,そ れ は内か ら主体 と して ,ま た立 法 の主 体 と して,被 造物 で な く,創 造者 と して 感 ず る。 人 間 で あ るとい う こ とが創造者 で あ ることで あ った。 これが ネオ ー ヒュマニ ズ ムの特色 で あ った 。そ して この シュッル ム・ ゥ ン ト・ ドラ ン グ運 動 によ っ て 推進 され た ネオー ヒュー マニ ズム は理 想主 義的 な ヒ ュー マニ ズ ムヘ と発展 し,生 (Leben)と い う合言葉 の もとに,人 間性 の豊 か で 自由な発展 を主 張 し,感 情 の 自由解放 を 叫ん で新 しい生 活感情 ,人 間 の 内面性 に対 し新 しく目 醒 めた感 情 で充実 されて いた。 これを端 的 にいえ ば,ネ オー ヒ ュマニズ ムの 人 間性 は個性 (Indi宙 dualitat)を 意 味 し,ま たそれ は合 理 的 な合法 則性 で な くて,独 自性 (Originalitat),独 創性 (Schё pfergeist)を 意 味 して い た 。 す なわ ち,そ れ は人 間 の価値 を その根源性 に, 自分 自身 の創造 的本性 か ら出 る 自然性 にお くと ころの一 切の精 神的方 向を 内在 して い るもので あ った 。 こ の意 味 にお いて ,こ の人 間性 は,人 間 の なか に徐 々に現 われ うる一 切 の人 間 的可能性 のつ きることの ない本質 で あ り,人 間 の究 極 の,最 奥 に 内在 す るつ.

(20) 転換期 における人間性論 について. ゴゴ8. (Ⅱ ). きる ことのない生 の 源泉 で あ った ので あ る。 この よ うな人 間 の個性 的価値尊 ヘル ダー 重 の 感覚 は, シュツル ム 。ウ ン ト・ ドラ ング運 動 のなか に,と くに に突発 した もの にほか な らな い ものであ った。 この 個性尊重 の 感覚 はそれぞ れ民族 の個性 の平等 な尊 重 の主 張 とな ったのであ る。 この点 ,ヘ ル ダーはそ れぞれ の個人並 びにす べ ての民 族 の 神聖 で 絶対 に通 用す る普遍的 な個性 的権 利 (Ind市 idualitatsrecht)の 最 初 の代表的 か つ 永続 的な告 知者 で あ り,ま た その擁護者 で あ るといい うる。 ヘ ル ダ ーに お いて は,原 則 的 に個性 とは模倣 不可能 な もの と見倣 され ,た とえ ば,小 児 は大人 に とって 模倣不 可能 な もの で あ り,原 始 人 は文 明人 に とって 模倣 で きな い もので あ り,ま た一民 族 は他 民 族 に とって模倣 不可能 な ものであ って,そ れぞれ は個性 的価値 を もつ もの と認 め,そ れぞれ の 個性 的 な形成 ,そ して それ らの生 き生 きと した全体 を把 握 す るのが 彼 の 目標 で あ った。 この よ うな個性 に対 す る感 覚 は,人 間 の価値 を啓蒙 合理主 義 の合法則性 にでな く,ま た合理 的理 性 に従 う文化性 にで もな く,根 源的 な独創性 に根差 して い るもので あ った。 この Einzigkeitと して の個性 の思想 は ヘ ル ダ ーにおいて 発見 され たが , 彼 の 思想世界 では 「光明 (Licht),愛 情 (Liebe),生 (Leben)」 へ の情熱的追求 心 が脈動 して いた 。. さ らに,ゲ ーテ もま た 「個体 は筆舌に尽 し難 し」 (IndiViduum est inerable). (Goethe to Lavater,1780)と い う思 想を逸早 く発見 し,ヘ ル ダー以上 に も っと熱情 的か つ 深遠 に表現 した。 そ して ゲ ーテはそれを論理 的 に解 明す るよ りも,直 覚 的 に展 開 し,啓 蒙主 義 の 「 量的 な個性主 義 」 (Quantitative ln‐ d市 idualismus),つ ま り同質 的 な諸 々の 個体 の本質 を,「 質 的 な個性主 義」. (Qualitative lndi宙 dualismus)に よ って 完 全 に克 服 した ので あ る。 この ゲ ー テ の 個性 主義 は,そ れ らの 個体 中 に比類 な くす ぐれ て 独特 な, しか して不 変 ではあ るが , 発展能 力 あ る核 心 (Unvergleichliche und einzigartige,. zwar beharrende und doch entwicklungsfahige Kern)を 22). た のであ る。. 21)Wini Ao Koch;a.a。. 0。. ,XV.. 22)Fr.Meinecke;a.a.0。 ,S。. 540。. 前提 と して い.

(21) 吉 武 夏 男. ゴゴ9. 第 2に ,注 目す べ きものは,そ の歴 史把握 につ いて で あ るが,ヘ ル ダ ー は. ,. と くにその青年時代 では,啓 蒙主 義 の理 性 に対 す る非合 理 的 な生 の偉大 な戦 いで み た されて いた 。す なわち,歴 史 は啓蒙主 義 にお け るよ うに,最 早や 理 性 (Vernunft)で はな くして,唯 一 の現実 的 でかつ生 の必然的力 で あ り,歴 史が全 く生 の 唯一 の運搬者 (Einzig und alleinige Trager des Lebens)そ の もので あ るとい う歴 史観 を発 見 確立 した こ とであ る。 1769年 の『 わが 旅行. 日誌』 (Journal meiner Reise im Jahre,1769)に おいて,ヘ ル ダーは最 も重要であ り,か つ限 りのない影響力を もつ ところの,自 己の生 の発見. (En‐. tdeckung des seines Leben)を 成 し遂 げ,そ こでは じめていわゆる歴史的 感覚,ま たは歴史的理解 (Historische Sin■ Oder HistOrische Verstandnis) を告知 したのである。彼はそれによって,人 間およびその歴史的条件 の本質 に関す るあ らゆる近代的思考方法 の開拓者 となったが,近 代精神科学の思考 ル ダーをもっては じまる,と いわれて い る?)当 時 のヘル ダーは 方法は このへ、 レッシング (G.Ee Lessing,1729∼ 1781)の 『 人類 の教育』 (Erziehung. des Menschengeschlechts,1780),ヴ ォル テールの『 歴史哲学』 (Phi10S‐ ophie de l'histOire,1765),イ. ーゼ リン (I.Isdin,1728∼ 1782)の 『 人道史. 論』 (Ueber die Geschichte der Menschheit, 1764∼ 1770,2 Bde。 1764) らとの対抗を主眼としていたが,彼 は 1774年 ,『 人間性形成のための歴史哲 学別案』 を公 けに し,彼 らに対 して,全 力を挙げて 自己の徹底的な理念をも って対立 したのである。そ して ヘルダーはこの著作 において,あ らゆる抽象 的,独 断論的立場 に立つ思考方法に対 し,新 しい発生 的一有機的思考 netische― organische. (Ge‐. Denken)を もって対抗 したのである。同時に,彼 は. 普遍か ら特殊へ,抽 象か ら具体へ,一 般か ら個別へ と方 向転換 した。ことに. ,. 彼はヴォル テールを頂点 とす る啓蒙主義的歴史観 における中世暗黒時代史観 に対 し,異 論を主張 した。ヘル ダーの人間の個性価値に対す る感覚 は,個 々 の民族 の個性や存在 の権利を公平に尊重す るとともに,そ の歴史的性格 と歴 史的運命 との経過を個別的に認識 しよ うとした。 この よ うに して,ヘ ル ダー.

(22) r2θ. 転換期 における人間性論 について (Ⅱ ). の発見 した歴史事象や各民族 に対 す る尺度 は,後 の ラ ンケ. (L.v.Ranke,. 1795∼ 1886)の 「各時代 は直接神に通ずる云 々」(Jede Epoche ist unmittelbar zu. Gott)と い う深 い時代観 の 先駆 を つ くり出 した。 さ らに, この書 にお け る人 ・ 間性 (MensChheit)と は人 間 ら しさを意味 し,集 合 的 に人 間 人類 の意 味 を も含蓄 して お り,そ れ はひ とは何人 を も支配 せ ず,ま た何人 に も支配 され この彼 ず, 自他 ともに幸福 で あれ とねが う人 道的立場 に立 つ もので あ った。 の立場 にお いて は,文 化 又 は文 明 は必 ず しも幸福 を意 味 せ ず,た だ素朴 で健 やか な生 の喜 び こそ真 の 幸福 であ る , とい うので あ る 。 かか る人道性 理想. (Humanitatsideal)と その促進 の見地 か ら,社 会連帯性 や民族性 を確信 して いたが,あ らゆ る形 の 中央集 権 国家 や圧制政治を嫌悪 し,非 難 して いた 。 し か して ,全 世界 を荒 ら し廻わ って い る ヨー ロ ッパ 人 は幸福 とい う点 では進歩 パ して い るものの,模 範 とな るものでな く,世 界各地 には ヨー ロ ッ に劣 らな い幸福 が それぞれの土地 にお いて存 して い る,と 考 え ていた 。 この よ うな地 球上 の あ らゆ る民 族 の存在 の 権利 を公平 に承認す るとい う立場 を実現 した の が,彼 の 歴史哲 学 で あ った。 か く, 自由人 と して の ヘ ル ダ ーは, シュツル ム・ ウ ン ト・ ドラ ング運動 と ともに,高 ま り純化 され た世界 的 な人 間性 理 想を好 ま しい もの と考 え,そ の 理 想 を反 マ キ ャヴ ェ リ主 義的 立場 か ら国家並 びに権力闘争 の世界 に対す る最 高 の理想 と してかか げ,世 界 史 を もって 全人類 を結合す る人 間性形成 の計 画 の拠所 と して 想定 して いたのであ る。 その場合 ,各 民 族 はそれ 自身 の個性 に お いて 独 自の意 義 を もち,人 道 の実現 と して 完成 した もの にな ることがで き るもので,そ の特殊 な唯 一 の仕方 で実現 した特殊 な生 の価値 において,つ ま り民族性 の実現 と して の生 の価値 において世界 史 の対 象 とせ られ るとい うの で あ った。そ して これ まで民 族 又 は 国 民を思惟 の枠外 にお いて いた啓蒙主 義 の世界市 民主義 に対立 して,す べ ての民 族 の独 自性 を あ くまで も主張 しつづ ヘ け,民 族 を その個性 において め ざめ させ よ うと した。 当時 の ル ダ ーは この 著作 にお いて 先ず,歴 史 を運 動. (Bewegung)と して,ま た諸力の相互対立. 24)L.ve Ranke;Geschichte und Politik,Alfred Krё ner Verlag,Leipzig,S.141..

(23) ゴ2ゴ. 吉 武 夏 男. と交錯 (Gegen― und lneinander von Kraften)と して感得 し,解 明 しよ うと して いたが,そ の場合 ,歴 史把握 の方法 と して 球体 の 像 (Bild einer Kugel) を使用 した。す なわち, 彼 は「 どんな球体 にも重心 (SChwerpunkt)が あるよう に,ど の民族も幸福の中心 (Mittelpunkt der Gluckseligkeit)を. 自分 のなかにもって. 25). いるものである云 々」 と述 べ , 歴 史家 は或 る文 化 と他 の 文 化 とを比 較 して ,そ の 中 心 点 を つ か まな けれ ば な らな い と い うの で あ った 。 そ こで ,ヘ ル ダ ー は 「 ひとが全体像 (Allgemeine Blld)と か普遍概念 (Allgemeine Begri“ )と か ぃ ぅも のは,す べて抽象 (Abstraktion)に すぎな い。 1民 族或いはあらゆる民族 の全体的統 一を多様性 (Mannigfaltigkeit)の なかに考え, しか も統一 (Einheit)を 失わないよ う 26). にすることは創始者 (SChё pher)だ けがやれる仕事である云 々」といい, また「 これ をわが身で感 じとるためには,字 面だけからでなく,時 代のなかに,風 土のなかに,歴 27). 史全体のなかに,一 切のなかに感情移入 (SiCh einfuhlen)し なければならない云 々」 とい う。 そ して 彼 によれ ば,こ れ らこそが現代 史家 に顕著 に欠落 して い る. ,. と指摘す るのであ った。 しか して ,ヘ ル ダ ーは シュツル ム・ ウ ン ト・ ドラ ン グの 沸 き立 つ 運動 のなか か ら生 れ 出た人 間性 の理 想 (Humanitatsideal)を かか げ なが ら, これ と生成す る個性 的 な民 族性 との間 の結合 を,如 何 に有機 的 に基 礎付 け るかを問題 と した。その場合 ,ヘ ル ダ ーは民 族性 の理想. (Na‐. tionalitatsideal)か ら人 間性 の理 想 へ と飛躍 し,同 時 に将来平 和 な ヨー ロ ッ パ 諸民族 の連盟 (Vё lkerverein Europas)と 人道主義的 な ヨー ロ ッパ の普 遍 的精 神 (Europaische Allgemeingeist)に 希 望 をか けなけれ ばな らなか った 。 しか し彼 自身 は民 族性 と人 間性 理 想 との 間 に歴 史的 に基 礎付 け られ ,か つ 効 果 的 な結合 を見 出す こ とがで きなか った。む しろその後 ワイマール 時代 15年 間 の力強 い主著『 人類 の 歴 史哲 学 のた め の理 念 』 (Ideen zur Philosophie. der Geschichte der Menschheit,1784∼ 1791),ま た晩年期 の『 人道促進 25)J.Go Herder;Auch. eine Philosophie der Creschichte zur Bildung der Mens‐. chheit, Nachwort vOn Hans― Georg Gadamer, Suhrkamp Verlag, S. 44。. 26)J.Go Herder;a.a. 27)J.Go Herder;a.a.. 0。 ,S.40。 0。 ,S。. 37..

(24) ゴ22. 転換期 における人間性論 について (Ⅱ ). のための書 簡』 (Briefe zur BefOrderung der Humanitat,1793∼ 1797) な どの諸作品 において ,一 貫 して ヒュー マニズ ムを理念的 に鼓吹 して いたに かかわ らず,事 実 と理念 との 間 の均衡 を再 び作 り与 え るもの と して,ゲ ー テ と ラ ンケ とを待 たな けれ ばな らな か った し,ま た人 間性 の哲学的解釈 と して 妥 当性 を主張 し うる内容を獲得す るためには,カ ン トを待 たなけれ ばな らな か った。 この よ うに,ヘ ル ダ ーは18世 紀啓蒙 主義 の典型的 な擁獲者 として 出発 し. ,. 人道主 義者 と して また 自由な世界人 と して,或 いは平和主 義者 と して 活動 し て いたが,漸 次個性主 義,民 族 主 義,歴 史主 義,文 学的,宗 教 的非合 理主 義 の成 長発展 を 助長 し,そ の ことによ って次代 の人 間 の思 想 と行動 との上 に深 刻 な革 命的 な役 割 を 演 じた。 と くに ヘ ル ダ ー はプ ロ イセ ン興 隆期 を通 して創 造 され るに いた った総合 の精 神的準備者 (Geistige Vorbereiter)の 一人 と され るので あ るが,彼 はかか る総合 を もた らす よ うにな った 日の黎 明 (Das. Graue des Morgens)が 近 づ く前 に, この世 を去 って しま ったのであ る。 (1978。. 10。. 30).

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参照

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