安全保障問題としての地球温暖化 : リスク認知と脅威認識
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(2) 96. (770). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 威認識の欠如とも言うべき事象は,冷戦終焉か. より,脅威認識と政策決定の関係性を明らかに. らもたらされた米国の脅威の喪失と安堵感から. する一助となると考える.「政策は,人によっ. 来ていると考えられる.9.11 テロが生起するま. て作られる.それゆえあらゆる政策は,政策を. で,国際システムは以前に比べ大いに優しいも. 作った人間の心理を不可避的に反映する.した. のになっており,1990 年代には学界や政府関. がって,過去の,あるいはこれから作られる政. 係者の間で合衆国はもはやいかなる種類の深刻. 策を分析するとき,政策作成に携わる人間の心. な安全保障上の脅威にも直面することはないと. 理的要因を検討することは不可欠の作業であ. 6). いう認識が広まっていた .このように国際社. る」9)との指摘が示すように脅威認識と政策決. 会,国家,マスコミ,学界,市民等の間におい. 定過程の多角的考察を試みるにあたって,心理. て脅威が認識されなければ,今そこにある危機. 的考察の必要性は高いと考えるのである.. 7). 安全保障 に お け る 脅威認識 を 国家 や 国民 の. を見逃してしまい,我々は多くの損害と多. 大な被害をこうむることになる.. 「安全安心 の 確保 へ の 認識」と 捕 ら え た 場合,. そこで本稿では,国際社会,各国及び市民レ. 国家や国民の「安全安心」をどのように実現す. ベルで対立や協調が繰りかえされ,脅威が地球. るのかということが,安全保障政策に求められ. 規模の危機である地球温暖化問題を題材として. る.この「安全安心の確保」を考える場合,人々. 取り上げ,安全保障における心理的側面からの. の心理的考察は欠かせない.マズローの有名な. 考察を行う.人はどのように脅威を認識するか. 欲求階層説10)では,人々の持っている欲求は階. というリスク認知における心理のメカニズムに. 層的に 5 段階に分けられている.それらは下か. 視点を当て,脅威認識に対してのバイアスから. ら,「生存のための生理的欲求」(physiological. 来るアクター間の認識の齟齬をどのようにした. needs )「安 全 欲 求」( safety-security needs ). ら解決できるのかについて考察を行う.そして. 「帰属意識・愛情 の 欲求」(belongingness-love. 本稿の結論としては,人々の安全・安心を支え. needs)「尊 敬 欲 求」( esteem needs)「自 己 実. る信頼とガバナンスが地球温暖化問題において. 現の欲求」(self-actualization needs)という階. 重要であることを示す.. 層をなし,低次元の欲求が満たされてはじめて. 1.心理学的視点の必要性. 高次元の欲求へ移行するとされている.そのな かで「安全欲求」は下から 2 番目という基本的. 政 策 決 定 論 は, 政 府 レ ベ ル の 意 思 決 定. なところに位置づけられている.安全欲求とは,. (decision-making)の分析を主たる対象とする. 苦痛や恐怖,不安を避けて,安全・依存を求め. ものである.意思決定とは,通常, ある主体(個. る欲求であり,言葉としては「安全」を使って. 人でも集団でもよい)のとった離散的な,はっ. いるが,これは私たちが普段「安心」という言. きりとした始めと終わりのある行為を説明しよ. 葉で表している内容に近い.安心を達成したい. うとしたものである.そして,decision の語源. ということは,人々の欲求のなかではかなり基. が「切り捨てる」ということにあることにもう. 本的なものだ11)ということであり,脅威認識は,. かがえるように,いくつかの可能な選択肢のな. 人々の心理の影響を強く受けることがうかがえ. かから,他を切り捨てて,ある一つの行為をと. る.. 8). るということを含意する .いわば政策決定に. ま た 今日 の 安全保障環境 に お い て,従来 の. おいては,人々の心理的偏向や傾向を有してい. 軍事的脅威を中心にした伝統的安全保障では,. ると考えられる.人の脅威認識が政策決定過程. 人々の脅威に対する認識と政府が主導する安全. にどのように影響するのかを考察するにあた. 保障政策に乖離は生じにくいものであったが,. り,心理的視点からのアプローチを行うことに. 非伝統的脅威 で あ る 新 し い 脅威 に お い て は,.
(3) 安全保障問題としての地球温暖化(中島). (771). 97. 人々の安全や脅威に関する認識と政府の専門知. え,的確な脅威認識への視点を探求していくも. 識を有する官僚等が主導する安全保障政策に関. のである.. する認識の間に齟齬が生じる恐れがある.昨今 では,核拡散問題,テロ,感染症など「はっき. 2.不確実性としてのリスク. りとは認識しにくいものの,脅威が現実になれ. 脅威認識とは,様々な事象や将来起こりうる. ば,手の打ちようがなくなる問題」がますます. 事象に関して,個人・行政・国家・国際機関等. 増えてきている.これらの問題がやっかいなの. の各アクターが脅威を認識することであり,心. は,専門家の目には明らかに脅威と映っても,. 理学的視点から捉えるとリスク認知と捉えるこ. 市民がその認識を共有することはなく,その結. とができる.脅威認識にせよリスク認知にせよ,. 果,政治的対応も事後的になり,しかも,脅威. 将来起こりうる危機に関しては,完全に予測す. 認識に各国間でばらつきがある場合は,国際協. ることができない不確実性が伴う.今日の国際. 調を取りまとめるのも難しくなることだ.実. 環境は,冷戦期のような固定的な国家関係や国. 際,脅威が先鋭し,市民が脅威認識を共有する. 際関係ではなく,各アクター間の相互作用とグ. ようになる前に,大きな資源とコストを必要と. ローバリゼーションの相互作用により,不確実. する対応策をとるのは政治指導者にとって大き. 性の度合いがますます顕著になってきていると. なリスクとなる.リスクを冒して行動を起こし. 考える15).この不確実性が脅威認識の心理的側. ても,問題が回避されたことの恩恵が実感され. 面にどのように影響するのかを把握すること. にくいため,決断の正しさは正当に評価されに. は,脅威認識を複眼的に捉える上で重要となっ. くい.かくして,これらの問題は政治的に放. てきている.そこで,不確実性とリスク認知の. 置されがちとなり,脅威は肥大化していく12).. 関係の知見からの考察を加える.リスクの本質. そして国際社会では,1993 年から 94 年にかけ. は不確実性16)にある.ではその不確実性の元. て国連開発計画(UNDP)により提唱. 13). され,. になるものは何か.. 今日日本 や カ ナ ダが推進する「人間の安全保. 第一に,リスクは未来の出来事であり,それ. 障」の概念において,脅威の広がりが認識され. がもたらす不確実性を完全に克服することは原. ている.人間の安全保障は「欠乏からの自由」. 理的に不可能である.したがって非常に危険な. と「恐怖からの自由」を目指しているが,国際. ものであっても,100% 確実に起こる危険17)で. 社会は,急速に人々の欠乏と恐怖を増大させる. あれば,それをリスクとは呼ばない.保険会社. 脅威に見舞われ,その主要な形態として,①暴. や信託銀行等でのアクチュアリー18)という職. 力を伴う紛争(戦争,内乱,テロリズム等)②. 業が成立するのは,リスクの発生が不確実であ. HIV/AIDS やマラリアなどの広域感染症の広. るからである.. がり,③地震・洪水・旱魃などの大規模な自然. 第二に,リスクの定義19)の中に含まれる「望. 災害の発生,④各種大規模な経済ショック,⑤. ましくない」という表現は,価値依存的である. 大規模な環境破壊,である.これらの脅威が及. ため,個人差や文化差が大きく一義的に定義で. ぶ範囲は個々人・個々の家庭,あるいはコミュ. きない.極端な場合,特攻隊や自爆テロリスト. ニティ・レベルを超えて,地域,国,国際社会. のように,生命の損失すらリスク要因と考えな. 14). にまで及ぶことになる .このような国際環境. い立場もあり得る.. や脅威対処に対する政策決定において,脅威認. 第三にリスクの定義に含まれる「災害の大き. 識と政策決定過程における心理的側面からの研. さ」も,その範囲と程度に何を含めるかによっ. 究は,重要なアプローチであると考える.その. て大きく異なるという意味で不確実である.例. ためこれらの脅威をリスク認知の視点から捉. えば原発事故の場合,人命の損失や構造物の破.
(4) 98. 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). (772). 損などを災害の中に含めるのはよいとして,遠. 事件が起こるかが確率でしか表現できないよう. 隔地の農作物の汚染,風評被害など,どこまで. な危険をリスクという.. を災害と考えるのかは議論が分かれるところで. テロリズムの例で言えば,具体的に誰が犯行. ある.. を行うかは不確実である.仮に犯行を行う者が. 第四に,リスクが存在する現実空間は複雑で. ある程度特定できたとしても,いつ,どこで,. あり,単一のリスクだけで評価できないことが. いかなる手段で犯行を行うのかは不明である.. 多い.あるリスクを取り除こうとしても,それ. 現ブッシュ大統領は大統領候補だったときに次. によって新たなリスクが発生する場合がある.. のように述べたが,この発言には正鵠を射るも. この対抗リスクの問題を処理するには,リスク. のが含まれている.「私が成長した時,世界は. トレードオフ. 20). が必要となるが,その包括的. 危険なところで,誰が敵か分かっていた.『我々. な評価には,より上位のメタリスクを想定せざ. 対彼ら』があり,『彼ら』は誰なのか,はっき. るを得ないという意味で,不確実性はさらに増. りしていた.今では『彼ら』とは誰のことか,. 大することになる21).. 分からない.しかし,『彼ら』がそこにいるこ. 3.リスク認知と脅威. とははっきりしている.」25)この発言は現代の 世界がリスクの遍在する世界であることを示す. リスク認知とは一般市民が直感に基づいて行. ものであり,特に大量破壊兵器拡散とテロリズ. うリスク判断である22).そして,リスクを望ま. ムの結びつきがもたらすリスクは,その結果の. しくない事態が生起する不確実性として捉える. 重大性を考えると,現代世界が抱えるには大き. ならば,それらを客観的に把握した客観リスク. すぎるリスクであると言えよう.先の発言に. に対して,リスク認知は主観的な望ましくない. あった『彼ら』が誰であるか分からない以上,. 出来事についての不確実性の認知ということに. あ ら か じ め 特定 し た 脅威(仮想敵)に 対抗 す. なる23).. る,従来のような安全保障手段に訴えることは. 今日の安全保障環境は,冷戦が消滅し,新た. 困難である.冷戦期において発達した抑止概念. な脅威が台頭することによって,ますます不確. も,領域性のない相手に効果を持つことは疑わ. 24). 実性の状態に置かれている .この不確実性に. しい26)と指摘されている.ここで安全保障に. 対応するのが,リスク認知を的確に踏まえたリ. おける脅威認識をリスク認知視点から分析する. スク思考の概念である.特に米国が安全保障上. ことにより,冷戦時代の相互確証破壊(Mutual. の最大の問題と考えている大量破壊兵器拡散と. 27) Assured Destruction) に お け る 核抑止理論. テロリズムの結びつきを現代世界の直面する最. のように,各国の安全保障政策担当者が受け入. 大級の安全保障問題であると再定義した場合,. れられる視点を提供できるのではないかと考え. 問題へのアプローチはリスク思考に基づくも. る.. のとなる.この点に関して,2002 年 8 月に発 表された『米国防報告書』が極めて興味深い.. 4.プロスペクト理論における脅威認識. 報告書は例年のものに比べて,目次構成に大き. 米国の行動経済学者カーネマン(2002 年ノー. な変化があったことに特徴があり,見出しには. ベ ル 経済学賞受賞)と 行動経済学者 ト ヴァス. 「リスク」の語が多く散りばめられている.米. キーが行動主義に立つ心理学の実験から導きだ. 国はリスク思考に基づく安全保障政策を採り始. したプロスペクト理論は,獲得したものを失う. めたものと考えられる.リスクはすぐれて確率. ときの意思決定を説明しようとしたもので,近. 的な概念である.具体的な事件が起こるまで,. 年最も注目されてきた考えであり,経済学や. いつ,どこで,いかにして,どのような規模で. ファイナンスなどの分野に大きな影響を与えた.
(5) 安全保障問題としての地球温暖化(中島). (773). 99. 表 1 プロスペクト理論の概要 ① 価値関数(value function)を利得・損失に対して定める. ②(期待効用理論で効用に当てはめられる)確率の代わりとして,決定ウェイト(decision weight)を定める. ③価値関数は,利得の部分については,通常,凹型の関数を,損失の部分については,通常,凸型の関数を考える.利得部分 の傾きに比べて,損失部分における傾きはより大きい.(図 1 参照:利得では,500 円から 1000 円得られる価値の指標は,60 から 100 で差は 40 しか上がらないが,損失の場合は,500 円と 1000 円の価値指標は,-120 と-210 であり,差は-90 であり, 利得の時より,傾きが大きいことになる.) ④決定ウェートは,対応する確率に比べて低めに設定されるが,低い確率部分については,決定ウェートの方が対応する確率 に比べて高い. (図 2 参照:低確率は,本来の確率より高い重み,高確率は,本来の確率より低い重み.) ⑤このように低い確率部分を決定ウェートにより,発生確率が低いが過大評価され脅威認識を高く感じる. 出所:日原 勝也「不確実性を考慮した交通行政の新たな運営方式に関する研究」国土交通政策研究第 9 号国土交通省 国土交通 政策研究所 2002 年 9 月 p. 18 より筆者が加筆した.. ៊ᄬߩዪ㕙㧦 ࠬࠢᔒะဳ㧔ಲဳ㧕 ߈߇ᄢ߈. ଔ ୯. ᓧߩዪ㕙㧦 ࠬࠢ࿁ㆱဳ㧔ಳဳ㧕 ߈߇✭߿߆. - 1000㧙¥750㧙¥500 㧙¥. ¥ 500 ¥750 ¥1000 ៊ ᄬ ᓧ. D. Kahneman A.Tversky,”Prospect Theory: AnAn Analysis ofDecision Decision under Risk,” Econometorica, 出所:Dand . Kahneman and A.Tversky,“Prospect Theory: Analysis of under Risk,” Econometorica, Vol. 49, March 1979, p. 279.ただし,図の中の数値は,説明しやすくするために付け加えた.. 図 1 価値関数(Value function)のイメージ. ものである28).. 避や損失を少なくするためには,リスクをいと. この理論は,何かを獲得した時の価値の増大. わないというものである.価値を失うかもしれ. 感よりもそれを失った時の喪失感の方が大きい. ない時の意思決定においては,言わば失う恐怖. ため,価値を失うかもしれないときの意思決定. という心理状態がついてまわることになり,価. は,何かを獲得するリスクより大きいリスクを. 値を守るための脅威認識の対象が意図をもった. むしろ受け入れる傾向がある.すなわち損失回. 作為的なものであればあるほど,脅威認識とし.
(6) 100 (774). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). decision weight. ቯ ࠙ 䏑 䏚 ࠻ 䐳. 本来の確率より 低い重み. 本来の確率より 高い重み. 䐴. ⊒↢⏕₸߇ૐ߇ㆊᄢ⹏ଔ ߐࠇ⢿ᆭ⼂ࠍ㜞ߊᗵߓࠆ. ⏕₸ stated probability ) ( Kahneman, 出所: D., & Tversky, A.D., (1979). Prospect theory: An analysis of analysis decisionofunder risk.Econometrica, 47, P.283 Kahneman, & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An decision under risk.Econometrica, 47, P. 283 より加工した http://www.waseda.jp/student/shinsho/html/70/7008.html からの図をさらに筆 者が加筆し作成した.. 図 2 プロスペクト理論による決定ウェートのイメージ. ての意識が高くなると考える.. するかというバリー・ブザンが示すセキュリ. またカーネマンとトヴァスキーは,利得の時. タ イ ゼーション(Securitization:安全保障化). はリスク回避の行動,損失の場合はリスク容認. プロセスの形成過程に関係している事項ではな. というものの他に,小さな蓋然性でしか起こら. いかと考える.ブザンは,社会問題の解決に. ない出来事の起こる確率を過大に見積もる傾向. は,ルーティーン的手続きを想定する行政的ア. や,大きな損失事柄の重要さを過大に評価する. プローチと,それに従わない政治的アプローチ. 傾向のあることを指摘している.これをトヴァ. とがあるが,セキュリタリゼーションは,その. スキーらは, 「decision weight」 (意思決定の偏. 政治的アプローチをさらに超えるものといっ. 頗)という概念で指摘している.このような意. てよい.たとえば第 2 次大戦後まもなく「ソ連. 思決定の偏頗が現れるのは,これは,人々が経. が脅威である」と指摘し,その対抗策として. 験的に持っている,あることの起こる主観的見. NATO(北大西洋条約機構)や 核戦略 が 形成. 込みのことである29).この指摘は,何を脅威認. された.いったんあることが安全保障問題にな. 識として,何を安全保障問題化(Securitization). ると,その対応のためにはたとえ盗聴やスパイ.
(7) 安全保障問題としての地球温暖化(中島). (775) 101. 表 2 IPCC 第 4 次報告書作業部会の報告の内容の概要 第 1 部会「自然科学的根拠」(2007 年 2 月,パリ) ○温暖化の原因は人間活動の可能性がかなり高い ○ 100 年後の気温は 20 世紀末よりも 1.8 ~ 4 度上昇 第 2 部会「影響」(2007 年 4 月,ブリュッセル) ○地球の自然環境は今まさに温暖化の影響を受けている ○気温上昇が 90 年代から 1 ~ 3 度の場合は,温暖化による利益と被害が混在.2 ~ 3 度 の場合になると全地域で悪影響の可能性 第 3 部会「緩和策」(2007 年 5 月,バンコク) ○ CO2 の大幅削減は技術的・経済的に可能 ○上昇を 2 度程度に抑える対策での GDP の損失は最大 3% IPCC 総会(2007 年 11 月,スペイン) ○ 3 報告をまとめた総合報告書を承認 第 13 回国連気候変動枠組み条約締約国会議(2007 年 12 月,インドネシア) ○「ポスト京都」の枠組みを議論 出所:朝日新聞朝刊 2007 年 5 月 5 日「CO2 減へ転換 2020 年限度」より作成.. あるいは,徴兵といった通常の政治ルールでは. 識の不一致に関する考察を行う.. 許されない行動や政策であってもそれをとるこ. ⑴ 地球温暖化の影響に対する脅威認識:国際. とがゆるされることもある.また安全保障問題. 社会. 化は,ただ人命が失われる,またはそのおそれ. 地球温暖化問題に関して,地球規模の問題で. があるというだけでは,安全保障問題化はしな. あると認識され,国際社会が動き始めたのは. 30). い. とブザンが指摘しており,例えば全世界. 1992 年 5 月 2 日 に 採択 さ れ た 気候変動枠組条. での交通事故の死亡者数の方がテロで死亡した. 約32)からであり,この気候変動枠組条約では,. 人数より多くても交通事故が安全保障問題には. 大気中の温室効果ガス濃度の安定化を究極的な. ならないということである.ここで,カーネマ. 目的とし,全ての締約国に温室効果ガスの排出. ンとトヴァスキーの指摘する,小さな蓋然性で. 及び除去に関する目録作成等の義務を課した.. しか起こらない出来事を過大に評価するという. 締結国は,188 カ国+ EC(06.2 現在)である.. ことが当てはまり,小さな蓋然性の脅威を過大. ま た そ の 後,京都議定書33)が 1997 年 12 月 11. 視する傾向31)を読み取ることができると考え. 日 に 採択 さ れ,先進国・市場経済移行国 が 二. る.これは,脅威認識を捉える上で考えなけれ. 酸化炭素などの排出を 2008─12 年に 90 年の水. ばならない要素であると考える. (表 1,図 1,. 準に比し,5%(我が国は 6%)削減すること等. 図 2 参照). を定める議定書を発行した.締結国は,156 カ. 5.地球温暖化における気候安全保障. 国+ EC(06.2 現在)と なって お り34),国際社 会の取り組みが始められている.そして,1988. 本節では,行動意思決定論の視点から脅威認. 年 に 設 立 さ れ た IPCC( Intergovernmental. 識を捉えることに対して,地球規模問題として. Panel on Climate Change:気候変動 に 関 す る. 地球温暖化の危機をどのように認識し,またど. 35) 政府間パネル) は,人為的な気候変動のリス. のような対立や方向性が見えてくるのかという. クに関する最新の科学的・技術的・社会経済的. ことについて,心理的側面である,行動意思決. な知見をとりまとめて評価を行い,第一次評価. 定論の視点から考察を行うことにより,脅威認. 報告書 1990(First Assessment Report 1990),.
(8) 102 (776). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 表 3 国連安全保障理事会における気候変動に関する議論 議論のポイント. 脅威認識との関係性. ① ほ ぼ 全 て の 国 が 気候変動問題 の 重要性 を 強調 し,多 く の 国 が IPCC 報告 や ス ターン・レ 脅威認識の共有 ビューを引用しつつ,問題の緊急性を訴えた. ②我が国を含む先進国と小島嶼国の多くが,気候変動は深刻な問題であり,資源の希少化,難 民の増加などにより紛争の原因となりうることを指摘した.また,安保理での議論を歓迎し, 脅威認識の共有 気候変動への国際社会の取り組み強化を訴えた. ③米国は,気候変動問題の重要性を強調し,自国の気候変動対策を紹介するとともに,ガバナ 方法論及びガバナンス問題 ンスの重要性を強調した. ④中国・インドを含むほとんどの途上国は,気候変動問題は UNFCCC 等の場で議論されてお り,安保理には専門知識もなく,マンデート外で,議論する場として不適当であり,今後継続 脅威認識への不協和 して議論することに反対した.また,「共通だが差異のある責任」に基づいて先進国が温室効 果ガス排出削減や能力向上を支援することを主張した. 出所:環境省中央環境審議会地球環境部会 気候変動に関する国際戦略専門委員会「国連安全保障理事会での気候変動と安全保 障に関する議論概要」平成 19 年 5 月 http://www.env.go.jp/earth/report/h19-01/06_ref04.pdf より作成.. 第 二 次 評 価 報 告 書 気 候 変 化 1995( Second. 問題が議論された.これは安保理議長国でもあ. Assessment Report: Climate Change 1995 ),. り,気候変動と経済関係を分析した「スターン. 第 三 次 評 価 報 告 書: 気 候 変 化 2001( Third. 36) レビュー(気候変動の経済学) 」 を委託作成し. Assessment Report: Climate Change 2001 ),. たイギリスの強い要請により,各国の了承を得. 第 四 次 評 価 報 告 書: 気 候 変 動 2007( Forth. て実現されたものであり,「エネルギー,安全. Assessment Report: Climate Change 2007) (表. 保障,気候」と題して公開討論が開催された.. 2 参照)をそれぞれ発表し,国際社会に警告を. 公開討論は,ベケット英国外相が議長を務め,. 促している.. スロバキア,イタリア,ドイツ,オランダ及び. また,最近では,地球温暖化が安全保障に重. モルジブから閣僚級が出席したほか,バン国連. 大な影響を及ぼすという認識の下「気候安全保. 事務総長も一部出席し,日本を含め合計 55 カ. 障」 (Climate Security)という概念も生み出さ. 国がスピーチを行った37).. れている.この気候安全保障の観点から,国連. 国連の安全保障理事会で,気候変動問題を扱っ. においても,気候変動問題に高い優先順位を与. たのははじめてのことであり,国際社会の脅威. えて議論しようとする動きがある.国連のア. 認識が従来の伝統的安全保障の枠組みを超えて,. ナン前事務総長は,2006 年 11 月,ケニアで開. 国際テロ問題以外の非伝統的安全保障問題の分. 催 さ れ た 気候変動枠組条約第 12 回締約国会議. 野において,この地球温暖化問題は,国際社会. (COP12)で の ス ピーチ で, 「気候変動 は,環. に認知されてきていると見ていいだろうと考え. 境問題のみならず,あらゆる分野に対する脅威. る.この国連の安全保障理事会における議論の. である」と述べている.アナン氏の後任の国連. ポイントは表 3 のとおりである.. 事務総長であるバン・ギムン事務総長は,気候. 国連の安全保障理事会における議論を見てみ. 変動に焦点をあて,国連総会の時期にあわせ,. ると,①~②においては,各国が気候変動に関. 2007 年 9 月にはハイレベル特別会合の開催を計. し重大な脅威であると認識し,気候安全保障の. 画し,さらに,2008 年には首脳レベル会合の開. 概念を示し,脅威認識の共有は進んでいるが,. 催に意欲を示している.さらに,2007 年 4 月 17. ③~④においては,個々の国家の問題として,. 日には,国連安全保障理事会で初めて気候変動. 自国の経済への影響等を懸念し,気候変動問題.
(9) 安全保障問題としての地球温暖化(中島). (777) 103. に積極的姿勢を取り込めなくなっている.特. 「Climate Security」と い う 用語 を 用 い,国際. に,中国・インドを含むほとんどの途上国は,. 社会の迅速な対応を要請した.また,2006 年. 気候変動問題を安全保障問題として,国連の安. 10 月に発表されたスターン・レビューは,気. 全保障理事会で取り上げること自体に懸念を表. 候変動問題の経済的側面の分析により,「これ. 明している状況である.. から 20 年から 30 年を超えて我々がとる行動は 今世紀の末から来世紀にかけて,経済や社会活. ⑵ 地球温暖化の影響に対する脅威認識:国 家. 動に大規模な混乱を引き起こすリスクをはらん でいる.このリスクの規模は,二度の世界大戦. 地球温暖化が安全保障の脅威と認識されてき. や 1930 年代の世界経済恐慌に匹敵するもので. ている.地球温暖化への脅威認識について,気. ある.そして,一度引き起こされた変化を元. 候安全保障を捉え始めた,英国,米国,日本に. に戻すことは難しく,ほぼ不可能である.」と. ついて概観する.. 述べ,適切な気候変動対策をとらない場合の. ア)英 国. 世界経済に及ぼす深刻な影響について警告を. 地球温暖化 が 安全保障問題 で あ る と の 認識. 発している39).. を国際社会に示したのは,英国であった.2005. イ)米 国. 年イギリスが議長を務めた G8 グレンイーグル. アメリカのブッシュ政権は,当面,気候変動. ズサミットにおいて,いわゆる「グレンイーグ. 問題を安全保障の問題であるとの見解を示して. 38). ルズ・プロセス」 が開始され,G8 国の他に. いない.しかしながら,アメリカ上院外交委員. も,中国・インド・南アフリカ・ブラジル・メ. 会で 2007 年 3 月に採択され,本会議に回付さ. キシコの「プラス 5」の国に加え,急速に経済. れたバイデン・ルーガー決議案40)などにおい. 発展をしている国計 20 カ国が参加する「G20. て,気候変動が国家安全保障に影響を与えるも. 対話」が継続して開催されている.G20 対話の. のであるとする見解が示されている.. 第一回 は 2005 年 11 月英国 で,第二回 は 2006. 地球温暖化は,飢饉や水不足によってアフリ. 年 10 月 メ キ シ コ で 開催 さ れ,第三回 は 2007. カや中東などの地域情勢を不安定化してテロ. 年秋ドイツで,最終回である第四回は 2008 年. や 紛争 の 激化 を 招 く な ど,米国 の 国家安全保. 春に日本で開催される予定である.この会合に. 障に直結する問題だとの報告書を 11 人の元米. は,技術面及び資金面の議論の解決に寄与する. 軍幹部 で つ く る 委員会41)が 2007 年 5 月 10 日. ため,国際エネルギー機関(IEA)及び世界銀. にまとめた(米政府系のシンクタンクである海. 行も参加している.また,この会合には,気. 軍分析センターの依頼で作成).紛争激化に加. 候変動に関する知見がインプットされており,. え,暴風雨や干ばつで軍事活動や訓練に支障が. IPCC の科学的知見や,英国政府の委託により. 出るといった懸念を表明し,日本や欧州などの. 作成された「スターン・レビュー」も紹介され. 先進諸国も多くの国内対策を迫られ,軍事面で. ている.またグレンイーグルズ・プロセスを開. の協力が手薄になる可能性も挙げられた.政府. 始したイギリスは,最近になって,気候変動問. に,国際協力によって解決に向け努力するなど. 題 を 安全保障 の 問題 と 位置 づ け,国際社会 に. 積極的な地球温暖化対策を取るよう勧告してお. おいて「Climate Change」の問題を「Climate. り,この問題に消極的なブッシュ政権に政策転. Security」として取り上げる姿勢を示してい. 換を迫る米国内の声の高まりを示すものとして. る.2006 年 9 月 の 国際連合総会 の ス ピーチ に. 注目される42).報告書は,近い将来に水不足や. 続いて,10 月に開催されたメキシコでの G20. 凶作などが「アジアやアフリカ,中東などで貧. 対話 で の ス ピーチ で,英国 ベ ケット 外相 は,. しい人々の暮らしに影響を与え,国家の破綻や.
(10) 104 (778). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 出所 平成 17 年 2 月実施,外務省「地球規模問題に関する意識」. 図 3 地球規模問題における深刻と感じている問題. 出所 平成 17 年 2 月実施,外務省「地球規模問題に関する意識」. 図 4 地球規模問題における日本が率先して取り組むべき課題. 政治的不安定が拡大,紛争や過激な活動が増え. などの情報機関は,世界のどの地域で人的困窮. る」と予測し,大量の環境難民の発生や水資源,. 状態が最悪になっているかを特定し,水その他. 食糧をめぐる争いで国家間の対立も激化し「米. の資源不足によって紛争や戦争がどの程度起こ. 軍が紛争解決への関与を余儀なくされる」と指. りやすいかを分析する義務を負うことになる.. 摘した.暴風雨の多発や海面上昇,干ばつなど. また,国防総省では,ハリケーンなどの極端な. によって軍の兵站活動や訓練の見直しを迫られ. 気象現象が直接的,物理的にアメリカの安全に. ることや,石油などの確保が困難になる懸念に. どのような脅威をもたらすかを把握する仕事を. も言及している43).また議会も地球温暖化に対. 付加することになる44).. して安全保障の観点から検討を行い連邦議会に. ウ)日 本. 提案されている超党派の法案が通れば,地球温. 2007 年 5 月 15 日の経済財政諮問会議では地. 暖化による気候変動が国の安全保障にどう影響. 球温暖化対策 も 議論 さ れ た.若林正俊環境相. するかの調査を,アメリカ中央情報局(CIA). は「2008 年のサミット議長国としてリーダー. や国防総省に義務づけられることになり,CIA. シップを示す必要がある」と日本が対策を主導.
(11) 安全保障問題としての地球温暖化(中島) 非常に深刻. やや深刻. アジア太平洋. 深刻ではない. それほど深刻ではない. ヨーロッパ. 北アメリカ. 全く深刻ではない. ラテンアメリカ. (779) 105 わからない. 世界平均. 出所:http://www.acnielsen.co.jp/news/documents/global_warming_J.pdf.. 図 5 「あなたは地球温暖化についてどう思われますか」. するように訴えた.若林環境相の提出資料では 「地球温暖化は安全保障の問題として取り組む 45). 物語っている. また世界レベルでの温暖化に対する認識は,. 必要 が あ る」と 指摘 .こ の 第 13 回会議 ( 平. 48) エーシーニールセン(市場調査会社) が 2006. 成 19 年 5 月 15 日 ) の地球温暖化対策に関して. 年 10 月末から 11 月初めに世界 46 カ国の消費. は,大田弘子 内閣府特命担当大臣(経済財政. 者 2 万 5408 人に対し,地球温暖化問題に関す. 政策) は経済財政諮問会議後の記者会見で, 「サ. る意識調査を実施した.これによると,全世界. ミットまで 1 カ月を切っておりますので,議論. 的に見て,非常に深刻とやや深刻を含めると. の内容が外交交渉上大きな影響を与えるという. 91% に の ぼ り,国際社会 の 一般 の 市民 は,地. ことで,非公開にさせていただきます.したが. 球温暖化問題は,人類にとって脅威であると受. いまして,資料,私からの議事概要の説明,そ. け止められていることが伺える(図 5 参照).. れから通常 3 日後に出されております議事要旨 については非公開ということになります.御了 解いただきたいと思います. 」との発言46)があ. ⑷ 地球温暖化におけるプロスペクト理論の視 点. り,地球温暖化問題は,外交問題に直結したこ. 地球温暖化問題は,なぜ人々の意識や国際社. ととして受け止められ,各国の思慮が錯綜した. 会が深刻な問題とらえているのに,一致した対. 状況であることが伺える.また 2007 年 4 月 25. 応行動が各アクター間に見られない構図になっ. 日の環境省中央環境審議会地球環境部会:気候. てしまうのか.それをとき明かす鍵がプロスペ. 変動 に 関 す る 国際戦略専門委員会(第 17 回会. クト理論の視点から地球温暖化問題を見つめな. 合)では,気候安全保障をテーマに議論された.. おすということである.国際政治学では,伝統 的安全保障問題に関してはプロスペクト理論の. ⑶ 地球温暖化の影響に対する脅威認識:人々 の認識. 適用例があるが,非伝統的安全保障問題に関し ては適用例が少なく,特に地球温暖化問題に関. 地球温暖化における我が国の国民の意識は,. しては皆無の状態である.この地球温暖化問題. かなり高いものになっており,図 3,図 4 で示. の国際協力を促進するためにも,プロスペクト. 47). す 2 つのグラフ. はともにその意識の高さを. 理論を応用した視点を提示するものである..
(12) 106 (780). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). プロスペクト理論の視点における地球温暖化. り,プロスペクト理論による決定ウェートとし. 問題は,それぞれの認識の違いに起因して,地. ては,国連の元事務総長の発言などから,本来. 球温暖化対策が進まないという点であると考え. の確率より高い重みを示しており,気候変動問. られる.国際社会,国家,市民がそれぞれのレ. 題に関する脅威認識が高いものと推定する.. ファレンスポイント (現在を何と認識するのか). ② 国 家. また,利得の関数なのか損失の関数なのかとい. 気候変動問題に積極的な欧州連合(EU),日. うことで相違している.そこで,各アクター間. 本,カナダ等の国々と消極的な米国・中国・イ. の相違を明らかにし,それらの相違から,何を. ンド及び発展途上国において,認識の相違はあ. 脅威として今後対応していけばよいのかという. るが,消極的な国々は,主にこの問題に取り組. ことに関して考察を行う.. む事による経済活動の減退を懸念していること. ア)アクターにおける認識相違. が最大の対応の消極的理由であると考える.. ① 国際社会. プロスペクト理論の視点に立つと消極的国々. 国際連合 は,気候変動 に 関 し て,国連事務. は,守るべきものの経済活動の減退についての. 総長以下積極的に取り組んでいる状況である.. 懸念を理由に,国家の安全保障問題(気候安全. 2006 年 11 月 6 日(月)~ 17 日(金)にケニア・. 保障)として捉えていないのが現状である.そ. ナイロビで開かれた気候変動枠組条約第 12 回. の た め 価値関数 は,リ ス ク 回避型(消極的対. 締約国会議(COP12) ,京都議定書第 2 回締約. 応)となりプロスペクト理論による決定ウェー. 国会合(COP/MOP2)のハイレベルセグメン. トは,安全保障問題として捉えていないため本. トにおいて, 国連のコフィ・アナン事務総長は,. 来の確率より低い重みとなり脅威認識が低い状. 気候変動は環境問題のみならず,あらゆる分. 態であると推定させる.. 野に対する脅威(an all-encompassing threat). ③ 市民社会. であると指摘し,気候変動により影響を受ける. 気候変動問題は,市民社会に生命・安全に関. 分野は,保健,食糧供給,沿岸居住地,気象災. わる問題として認識され始めている.先の世論. 害,貴重な生態系,水資源,平和と安全である. 調査などでも深刻と受け止めている人々が多数. と言及した.. を占めている状況が伺える.プロスペクト理論. また,世界経済フォーラムのグローバルリス. の視点に立つと気候変動問題への関心の高さか. 49). ク 2007. でも気候変動が取り上げられ,また. ら価値関数は,リスク志向型(積極対応)となり,. 経済学者の間でも認識に変化が見られはじめて. 対応しなければ生命・安全が損なわれる言わば. いる.英国スターン卿は,気候変動を「これま. 人間の安全保障が脅かされる状態であると言え. でにない規模での市場の失敗」と称している.. る.そしてプロスペクト理論による決定ウェー. このように国際社会においては,気候変動問題. トは,後で示すスロビックのリスクの性質要因. は,対処しなければ大変な問題になるとの認識. とも関係し,ハリケーンカトリーナ・元アメリ. で一致している.. カ副大統領アル・ゴアの映画『不都合な真実』. プロスペクト理論の視点に立つと,国際社会. の影響50)もあり,本来の確率より高い重みで. において守るべきものとして,人々の生命,安. あり脅威認識の高い状態と推測される.以上を. 全,環境,経済関係が挙げられる.これらを守. プロスペクト理論の視点から整理すると表 4 の. るためにも,気候変動問題は,国際社会の安全. ようになる.. 保障問題(気候安全保障)として,認識されつ. イ)科学的知見における各アクター間のずれ. つある.そのため,プロスペクト理論による価. 科学的知見においては,IPCC 第 4 次報告で. 値関数 は,リ ス ク 志向型(積極的対応)と な. は,発生確率が対策を講じないと確実に気温は.
(13) 安全保障問題としての地球温暖化(中島). (781) 107. 表 4 地球温暖化問題におけるプロスペクト理論による各アクター間の相違 国際社会. 国 家. 市民社会. 価値関数. リスク志向型 (対策に積極的). リスク回避型 (対策に消極的). リスク志向型 (対策に積極的). 認識要因. 環境・生命・安全・経済を失う. 経済を保持できる. 生命・安全を失う. 決定ウェート. 脅威認識が高い. 脅威認識が低い. 脅威認識が高い. 出所:筆者作成.. 上昇(21 世紀中 に 1.1℃~ 6.4℃)し,そ の 影. し,それが 2009 年までに気候変動枠組み条約. 響は気温上昇が 90 年代から 1~3 度の場合は,. の下における地球規模の合意に資することが必. 温暖化による利益と被害が混在.2~3 度の場. 須である.我々は,更なる行動が,共通に有し. 合になると全地域で悪影響の可能性があると指. ているが差異のある責任,能力という国連気候. 51). 摘されている .にもかかわらず,図 4 で示し. 変動枠組み条約上の原則に基づくべきだと強調. た「地球温暖化問題におけるプロスペクト理論. する.技術,エネルギー効率,及び排出量取引. による各アクター間の相違」の構図からなかな. 制度または税制上のインセンティブを含む市場. か抜け出せないでいるのである.2007 年 6 月. メカニズムは,エネルギー安全保障を強化する. 6 日~ 8 日でドイツ北東部のハイリンゲンダム. とともに,気候変動を抑える鍵である.我々は. で開かれた主要国首脳会議(ハイリンゲンダ. 新興経済国との議論において,エネルギー効率. ム・サミット)で発表された議長総括では,世. と技術協力がフォローアップ対話の重要な要素. 界経済 に お け る 成長と責任<気候変動とエネ. になろうと合意した.」52)と宣言され,地球温. ル ギー効率及 び エ ネ ル ギー安全保障> に お い. 暖化に対して,各国の認識統一に向け苦労して. て, 「我々は,気候変動に関する政府間パネル. いることが読み取れる.. (IPCC)の最近の報告と研究結果に懸念を持っ. プロスペクト理論による各アクター間の認. て留意した.我々は,緊急に強調的な行動が必. 識の整合性をとるには,決定ウェートにおい. 要であると確信し,気候変動の取り組みにおい. て,国家における地球温暖化が脅威であるとい. て,指導的役割を示すべき我々の責任を受け入. う脅威認識を高める必要と地球温暖化対策を実. れる.我々が合意した主要排出国を巻き込むプ. 施しないと「失うもの」があることを明確に示. ロセスにおいて,排出削減の地球規模目標を定. し,国家安全保障問題として重要な問題である. めるにあたり,2050 年までに地球規模での排. という,言わば安全保障問題としての格上げを. 出を少なくとも半減させることを含む,欧州連. 行う必要がある.その意味で現在,英国や国連. 合(EU) ,カナダ,及び日本による決定を真剣. を中心に議論されている気候安全保障の概念. に 検討 す る.我々は,す べ て の 主要排出国 を. は,プロスペクト理論の視点に立っており,実. 含むべき包括的な 12 年以降(ポスト京都議定. 際に政策を動かす立場の国家を動かすには,最. 書)の合意に達するため,すべての締結国に対. 善の方法であると考える.また現在日本やカナ. し 2007 年 12 月にインドネシアで開催される国. ダなどの国や国連が進めている概念として,人. 連気候変動会議に積極的に参加するよう呼びか. 間の安全保障があるが , これは,深刻な生存の. ける.気候変動の緊急な挑戦に取り組むために. 危機にある人々に最低限必要な安全(minimum. は,主要排出国が 2008 年末までに新しい地球. security)を確保すること53)とされ,「恐怖か. 規模の枠組みに対する詳細な貢献について合意. らの自由」の場合には,内戦下の民間人保護や.
(14) 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 108 (782). 国内支配集団による大規模人権侵害等からの開. ビック の 研究55)を 基盤 と し て 地球温暖化問題. 放が, 「欠乏の自由」の場合には,経済・社会. の認識を高めるための考察を以下で行う.スロ. 的側面に注目し,飢餓や深刻な貧困から脱却す. ビックは,リスクの性質を評価する 18 の尺度56). ることが政策目標となる.この考えの立場に立. を提示し,ほとんどの人が,第 1 因子「恐ろし. てば,地球温暖化による気候変動で,自然災害・. さ」第 2 因子「未知性」で説明できるとしている.. 水不足・食糧危機・水没による領土消滅・紛争. またこれらの因子から図 6 のようなリスク認知. 等まさに人間の安全保障で問題にしている深刻. における認知地図をスロビックは作成した. . な生存の危機に直面しており 「恐怖からの自由」. このリスク認知地図の第 1 象限に属する第 1. 「欠乏からの自由」の双方を含む脅威となって. 因子「恐 ろ し さ」,第 2 因子「未知性」の い ず. いる.この側面からでも,地球温暖化による脅. れも高い方がリスク認知が高いことが示されて. 威認識の強化を図る上でプラスの方向に向かわ. いる.この第 1 象限に事象が入ることで,科学. せるものであると考える.たしかに脅威認識の. 的根拠や社会的関係性とは別に人々のリスク認. 強化といっても必ずしも簡単なことではない.. 知が高まり,この状態を維持することにより政. 今では,9.11 米国同時多発テロが発生し,米国. 策へ結びつけることが可能であると考える.. がテロとの戦いを明言してから,日本は本格的. このスロビックの研究は,冷戦最中の 1987. にテロ対策に乗り出した向きがある.しかし日. 年に発表されたもので,そこでは,第 1 象限. 本は,9.11 米国同時多発テロ以前に世界が経験. に「核兵器の死の灰」第 4 象限に「核兵器(核. したことのないテロにあっているのである.そ. 戦争)」がプロットされており,第 1 象限の「核. れは,1995 年 3 月 20 日にオウム真理教が引き. 兵器 の 死 の 灰」は,「未知性」と「恐 ろ し さ」. 起こした地下鉄サリン事件である.当時警察当. が高く,第 4 象限の「核戦争」は,戦争自体は,. 局は組織を挙げて,オウム真理教の実態解明や. 「未知性」が低いが,「恐ろしさ」は高い状態. 事件の解決に力をそそいだが,事件を「テロ」. を示している.. と捉える意識は薄かった.むしろ「化学兵器を. 冷戦時代 の 相互確証破壊(MAD:Mutual. 使った無差別テロが世界に拡散するおそれがあ. Assured Destruction)が人々のリスク認知を. る」とその衝撃を敏感に受けとめたのは,欧米. 過大視させた状態となり,冷戦への対応が安全. の治安機関だった.当時の警察庁幹部は「事件. 保障上の最重要課題として維持されてきた.こ. 直後から各国の治安・情報機関が,様々なルー. の冷戦時のリスク認知を安全保障と結びつけた. トを使って,事件の詳細を知りたいと要請して. 地球温暖化問題に適用可能であると考える.冷. 54). きた」と証言する .このように,国家がおか. 戦時の核戦争の脅威と地球温暖化による脅威は. れている環境によってそれが脅威かどうか認識. 以下の 3 つの点で類似性があると指摘されてい. に差が生じる.脅威認識を強く持っているもの. る57).. からすると, 認知遅延が起きていることになる.. ①脅威が地球規模である.②対応策が各国の経. 地球温暖化は,現在 IPCC において,科学的に. 済政策と深く連動している.③脅威の実態の確. 確実に起こりうる脅威であり,国家はそれに直. 認が極めて困難である.. 接目を向け,脅威認識を強化しなければならな. このため冷戦期の核に対する脅威と同様,地. い時期に来ていると考える.. 球温暖化がもたらす脅威に対しても人々のリス ク認知の向上と継続が必要であると考える.. ⑸ リスク認知地図を用いた地球温暖化問題. 地球温暖化 に 関 し,第 1 象限 に 属 し て い れ. 人々が過大な不安感を抱く要因を「人々が何. ば,地球温暖化 に 対 す る 脅威認識 は 高 まっ. に対してリスクを感じるのか」についてスロ. て い る が,そ の 他 の 象限 で は,ど の 因子 や.
(15) 安全保障問題としての地球温暖化(中島). (783) 109. 出所:Slovic, P. (1987).“Perception of Risk.” Science 236 (17April) p. 282. 図 6 スロビックのリスク認知地図. 要因が足りないか分析し,第 1 象限に認知さ. いわば,安全保障問題59)として扱われる必要. れ る よ う な ア ピール を 人々に 促 す 政策 を 実. があるが,それを支えるのが人々のリスク認知. 施 す る.こ の 調査 を 定期的 に 各国別 で 行 い. である.リスク認知が高い状態を維持されるこ. IPCC( Intergovernmental Panel on Climate. とにより,ハイポリティクス化へと結びつくの. Change:気候変動 に 関 す る 政府間 パ ネ ル ) の. である.ちなみに 2003 年日本におけるハザー. 評価報告書に記載できれば,地球温暖化に対す. ドの分類において,テロは,地震と並んで,第. る危機意識向上の政策に結びつけられると考. 1 象限の「恐ろしさ」「未知性」が共に高い領. える.脅威認識や危機意識をいかに高められる. 域 に 入って い る(表 5 参照)が 9.11 同時多発. 58). かは,その対象がハイポリティクス. 化する,. テロ以前の日本においては,テロに対する脅威.
(16) 110 (784). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 表 5 ハザードの分類 科学的未知性:高 科学的未知性:低. 恐ろしさ:低 交通事故 食品事故・電化製品事故. 恐ろしさ:高 地震・テロ 医療事故・原子力発電事故. 出所:藤井 聡・吉川肇子・竹村和久(2003)リスク管理者に対する信頼と監視─炉心シュラウド問題が住民意識に及ぼし た影響分析─,社会技術研究論文,1, pp. 123─132 より作成.. 認識が欠けていた.地下鉄サリン事件を経験し. Security)の概念が国際社会に根付くかどうか. た日本ではあるが,脅威認識に関しては,日本. はリスク認知地図の第 1 象限に認知されるかど. の行政も立法も世論も「サリン事件」を, 「特. うかにかかっていると考える.. 殊な団体の特殊な事件」 と見ていた状況である.. 自分だけは,大丈夫だとか,ある国だけが. オウム真理教を取り締まれば解決だと考え,あ. ルールの逸脱や違反を行いやすい社会的ジレン. くまで治安問題であり, 「第 2,第 3 のオウム」. マに陥りやすい,言わば「共有地の悲劇:The. は想定しなかった. 破防法は論議されても, 「生. 61) Tragedy of the Commons」 のような国際問題. 物・化学兵器をまく罪が必要かどうか」は語ら. である地球温暖化対策において,各国のリスク. れなかった.警察庁は防護服や検知器を大量購. 認知を把握し,地球温暖化問題を安全保障領域. 入する予算を得た一方で,防衛庁(現防衛省). へ格上げするハイポリティス化を行い,国際的. が「防衛計画の大綱」に冷戦後の自衛隊の役割. 脅威認識の共有という価値の共有の必要性が必. として「テロへの対処」を盛り込むことには反. 要であると考える.リスク認知において,地球. 対した.治安担当は警察だ,というのだ.一方. 温暖化におけるリスク認知を人々が高く持ちす. 米国は違った. 化学兵器対策を根本的に見直し,. ぎて,安全保障問題化しても他の対外的な軍事. 国家を対象とした条約で封じ込められるはず. 問題のような安全保障問題のように不経済(兵. だったが,宗教団体に実行されてしまったから. 器類等の更新や増加)や各国の相互不信を伴う. だ.米国にとってテロは安全保障問題だった.. ものではなく,資源エネルギーに依存していた. 2001 年 10 月には,下院公聴会がサリン事件を. 国際社会から省エネ環境下の国際協調を促進し. 取りあげ,膨大なデータが政府や議会に積み上. た国際社会へ向かうことになり,将来に亘り持. げられていた60).まさにテロに対する脅威認識. 続可能な社会に貢献できるメリットがある62).. が日本は低い状態であったが,米国同時多発テ. ス ターン レ ビューで は,「今行動 を 起 こ せ ば,. ロやイラク情勢等において脅威認識が高まり,. 気候変動の最悪の影響は避けることができる.. 国際政治でいうハイポリテックス化したものと. 経済モデルを用いた分析によれば,行動しない. 考えられる.. 場合,毎年 GDP の 少 な く と も 5%,最悪 の 場. その意味で,現在,地球温暖化の影響により. 合 20% に相当する被害を受ける.対策コスト. 様々な国際問題 (領土の消失, 環境難民, 水不足,. は GDP1% 程度しかかからない.」としており. 作物の不作からくる食糧問題等)が発生し,そ. この研究内容は今後の気候安全保障の認識共有. れらを総称して,英国では,最近,気候変動問. にプラスになり,リスク認知研究の知見を融合. 題を広い意味での安全保障の問題と認識し,国. することにより,地球温暖化政策の推進に貢献. 際社会において気候変動問題を 「気候安全保障」. できるのではないかと考える.. (Climate Security)と し て 取 り 上 げ る 姿勢 を 示しているが,この「気候安全保障」 (Climate.
(17) 安全保障問題としての地球温暖化(中島). 6.安全保障における信頼と安全安心. (785) 111. やすい人ほど人間関係において多くの利益を上 げるという意味で,他者を信頼することが進化. 高度な医療や原子力技術の利用のように高い. 論的に社会に最も適応していると指摘した.こ. 専門性が必要とされるリスク管理は,専門能力. のことから,一般に他者を信頼することは社会. を持つ他者に委ねなければならない.あるいは. 的に望ましいことであるという規範が形成され. また近隣の工場など,もともと他者が管理して. ているのだと説明することができる.. いるリスクの中に自分に危害を及ぼす可能性が. このように安全安心の基盤は,心理的に安全. ある場合もある.自分にとってコントロールし. 安心を管理する組織や国家なりの信頼というこ. 難いリスクについては,安全であるか否かの判. とになる.新しい脅威への対処を求められるよ. 断は,リスクを実際に取り扱っている他者が安. うになった安全保障は,信頼なくしては成り立. 全にリスク管理をするであろうか否かの判断と. たないと考える.安全保障における地球温暖化. なる.このことはつまり安全性の判断が物理的. のアクター間の脅威認識共有に関して,信頼は. 現実ではなく,リスク管理者が信頼できるとい. 重要不可欠な事項である.しかし地球温暖化問. う精神的現実に基づいて行われることを意味す. 題で,対策に二の足を踏んでいる途上国の多く. る.信頼が形成される要因はいくつかが指摘さ. が,その信頼を国民から獲得していない状況で. 63). れている .. ある.以下国際開発問題を取り上げながら信頼. ①専門的能力と信じられる人柄:リスク管理者. の必要性を考察し,地球温暖化問題の認識齟齬. が当該のリスクについての専門能力が高いと認. への適用を試みる.. 知され,かつ,安全を心がけ説明や報告に虚偽 を交える人柄ではないと認知された場合ほど,. ⑴ 悪いガバナンスと信頼. リスク管理者に対する信頼は高まる.. 途上国の多くでは,多かれ少なかれ汚職や. ② 重 要 な 価 値 の 類 似 性( Salient Values. 政府 の 腐敗 が 続 き,一般 の 人々や 貧困層 を. Similarity〔SVS〕 ) :Cvetkovich ら は,当該 リ. 苦 し め る 結果 に なって い る.世界的 NGO の. スクに関して重要な価値を自分と共有している. Transparency International( TI )が 毎 年 発. と思われる他者をより信頼するようになると主. 表している各国の腐敗認識指数ランキングの. 張している.すなわち,人は「健康的な生活が. 2006 年版64)によると調査した 163 カ国中,ガ. できる環境を保つことが大事だ. 」 「経済的発展. バナンスが懸念されている国として,インド(70. と開発が重要である. 」などのさまざまな価値. 位),パキスタン(142 位),バングラディシュ. 観を持っているものであるが,当該のリスクを. ( 156 位),中 国( 70 位),ネ パール( 121 位),. 判断するときに最も重要であると思われる価値. ス リ ラ ン カ(84 位)で あ り,腐敗認識指数 ラ. 観が自分と似ている他者に対して信頼を寄せる. ンキングでは 2 桁後半及び 3 桁台の国ばかりで. というのである.これは,信頼は社会的現実を. ある.(ちなみに信頼度 1 位は,フィンランド,. 共有できる他者に対して形成されやすいことを. アイスランド,ニュージーランド,米国 20 位,. 示しているともいえよう.. 日本 17 位)これら腐敗認識指数ランキング 3. ③一般的信頼(General Trust) :山岸らは, ゲー. 桁台の国々は,破綻国家・独裁国家と呼ばれる. ム理論をもとに,相手を選択することができる. 国が多くを占めている.これは国民が国家に対. 条件で取引を何回も繰り返すとき,一般に未知. して信頼を持つことができない.いわば悪いガ. の相手は自分に友好的であると考えて取引を行. バナンスによって支配された状態である.この. うことが,結局は自分に最大の利益をもたらす. 悪いガバナンスを生み出す構造を,社会学的・. ことを明らかにした.山岸らは,他者を信頼し. 社会心理学的視点から考察すると,身内や同属.
(18) 112 (786). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 6 号(2008年 2 月). 業者等の内集団に対する信頼に重きを置くこと. する政府間パネル(IPCC)による報告が挙げ. が有利な利益社会なのか,外の者に信頼を置く. られ,IPCC の元議長であるロバート・ワトソ. ことが有利な利益社会なのかということの関係. ン(Robert Watson)は,議長職の交代にあた. で説明できないだろうか.社会全体にわたって. り, 「IPCC は 4000 名近い専門家が参加する組. 閉じられた環境では「内集団ひいき」的行動が. 織.誰が議長になろうと,明らかにされる事実. 本人にとって有利な行動となるだけではなく,. に変わりない」と後任議長のもとで作成された. まわりの人間,特にコミットメント関係にある. 報告書を「 (ロバート・ワトソン自身がまとめ. まわりの人間から期待される,望ましい行動と. た)前回報告と比べ,温暖化の原因は人間であ. なる.コミットメント関係のネットワークが重. ることを明確にした」と評価している66).この. 要な役割を果たしている社会環境のもとでは,. ことから政治や国際情勢に左右されない科学的. コミットメント関係内部の人間などを区別しな. 組織として多くの国際会議やサミットで引用さ. い普遍主義的な行動原理をとる「フェアな」行. れており,高い専門能力と信頼性が世界的に認. 動は望ましくない,あるいは間違った行動だと. 知されている. 「重要な価値の類似性(Salient. 考えられやすい.逆に言えば,コミットメント. Values Similarity〔SVS〕 ) 」に 関 し て は,国際. 関係にある「仲間」をとくに優遇する「内集団. 的な多国間の取り組みとして,京都議定書の締. ひいき」的行動は, このような環境のもとでは,. 結国やポスト京都議定書による枠組みと協力関. 望ましい,正しい行動だと考えられる可能性が. 係が挙げられ,価値の類似性を国際社会の共有. 65). 大きい .. 認識として定着を図るのに貢献している.最後 に「一般的信頼(General Trust) 」で あ る が,. ⑵ ガバナンスの信頼と地球温暖化問題. これは,先の「内集団ひいき」ではなく,他者. 地球温暖化が引き起こす気候変動問題に対し. (国でいえば他国)を信頼することによる利益. て,脅威認識の強化を示してきたが,国家にお. の共有であり,これは未だ国際社会では,理念. ける認識,特に途上国や中国,インド等といっ. 的には示されても,現実的には行われていない.. た国々は,気候変動対策が経済成長の減速をと. しかし,地球温暖化の問題に関して,経済活動. もない,経済界に多大な影響を及ぼすと危惧し. の減退を懸念した「内集団ひいき」は,長期的. ていることに起因している一面を持っていると. 経済活動に対する認識が違っていると諸国家は. 考えられ,国際社会と脅威認識を共有すること. 認識する時期に来ている.英国財務省が実施し. ができない状況にあると考える.これは,信頼. た気候変動問題の経済的側面に関するレビュー. の構造で言う「内集団ひいき」的現象であり,. でブレア首相ならびにゴードン・ブラウン財相. 地球温暖化対策を推進するためには,このこと. が 2006 年 7 月に委託し,ニコラス・スターン. を多少なりとも考慮する必要があるのではない. 卿(元世界銀行チーフエコノミスト)を責任者. かと考える.. とした,スターンレビューによると,今気候変. このような国家の意識変革に求められること. 動に対し行動を起こせば,気候変動の最悪の影. は,信頼を築く構造として,先に示した「専門. 響は避けることができ,経済モデルを用いた分. 的能力と信じられる人柄」 「重要な価値の類似. 析によれば,行動しない場合,毎年 GDP の少. 性( Salient Values Similarity〔 SVS 〕 ) 」 「一 般. なくとも 5%,最悪の場合 20% に相当する被害. 的信頼(General Trust) 」の 3 つ の 国際的取 り. を受け,対策コストは GDP1% 程度しかかから. 組みが必要である. 「専門的能力と信じられる. ないという.気候変動の対策を講じないと経済. 人柄」に 関 し て は,国連 の 気候変動枠組 み 条. 活動がかえって損なわれるというのである.そ. 約 に よ る 世界各国専門家 に よ る 気候変動 に 関. のため環境推進国である欧州連合(EU)や日本,.
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