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感動仕様創造論
Creation of the wonderful specification for products
田村新吾
1Shingo TAMURA
[要旨]
COVID-19 は、全世界の経済を凍結した。この災害は、見方を変えると、従来の経済の
パラダイムを革新する契機であると考えることができる。従来の経済の反省点は、環境
破壊、貧富の差の拡大、そして廃棄物の山積をもたらし、
SDGs 運動を世界規模で巻き
起こした点である。その要因は、近代の欧米経済が、排他的競争ゲームを促進してきた
からと考える。道徳なき金融偏重主義は、世界レベルで大きな問題を引き起こすことが
証明されたと考える。本論文の目的は、日本の古来の求心的共創経済を欧米の経済理論
に折衷して、進化、持続する健全な経済を実現する経営法の研究である。その一案とし
て、戦わずして集客できる求心的商品開発と、その核となる感動仕様の実現、そして、
金融偏重を予防する道徳を経営体系に組み込むことで可能であることを示した。
[
Abstract]
The outbreak of COVID-19 has put brakes on the world economy. In other words, it is time to
change the paradigm of the conventional economy; the economy that caused environmental
destruction, the extreme gap between the rich and poor, and a world full of industrial waste. The
idea of modern western theory of economy is highly exclusive and competitive as a financial
game. Too much dependence on financial aspects without consideration of morals has caused
various global problems. This paper introduces the traditional humane Japanese concepts for
economic activities as useful tool to bring forth future sustainable world without environmental
destruction and other problems.
キーワード:感動仕様,膳立環境,波及行動,経世心得,済民心得,人間的生態系,感
動コンセプト
Keywords: Wonderful specification, Creative works, Grow-up story, Public good, Providing relief
to people,Human ecology, Wonderful concept
1 株式会社 ワンダーワークス 東京都荒川区西日暮里 5-7-6-102
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1. はしがき
この数十年間の世界経済は、過去に例を見ないレベルの情報技術の高度化と、その反面、金融偏重 経済の果ての、エネルギー過剰消費、環境破壊、廃棄物の山積、貧富の差の拡大を来した。 この課題を創造的に解決し、健全な経営方法を見出す道をつけることが本論文の目的である。 そこで、近世の欧米の経済論の発達の経緯と、日本の経済論の発達の経緯を回顧し、相互の整合性 の確認から、折衷された経済のあり方を引き出したいと考える。キーワードは、折衷を象徴する商品 の求心的品質の追求と、金融偏重を予防する道徳性の扱い方である。 文中、欧米の経済を「洋風経済」、日本の経済を「和風経済」と便宜的に呼称する。2. 近世における東西(和洋)の経済推移
まず始めに、東西(和洋)の経済の近世史を俯瞰し、共創できる点を引き出したい。 2.1. 欧米の経済行動の推移 17 世紀に出版されたデカルトの「省察録」で、モノと心は別であるという「物心二元論」唱えられ た。特に心の問題は、心理学のテーマとして抑えられ、現象の見える物質論の追求が盛んになり、物 理学が発展した。中でもニュートンによる運動の3 法則、ニュートン力学、光学など、工学、技術の 基礎知識が現場に投入され、産業革命に進んで行く。 産業革命では、蒸気機関の発明を通じ、繊維工業の進歩、輸送手段の進歩が見られ、近代経済学の 始まりともなった。 この頃、起きたのが、資本を私有できる資本主義である。そこに、登場したアダム・スミスの「国 富論」は注目に値する。彼は、投資活動は、有効な方法としながらも、金によって他人を操作する事 への利害の不透明性を「見えざる手」として危惧している。別書「道徳感情論」[1]では、利益を追求 しながらも、お互いに道徳観があれば制御機能持って金融の暴走を防ぐと論じている。この考え方は、 日本では澁澤栄一に受け継げられ、澁澤の「道徳経済合一説」となって東西の叡智が共鳴しあった。 スミスも澁澤も危惧した、資本主義の暴走の歯止めに道徳を生かしきれずに、今日の金融偏重時代に 向かっていったと考えることが出来る。 産業革命以降は、経済の舞台は米国に移り、南北戦争以後、大陸横断鉄道が開通すると、各所で鉄 道敷設ブームになる。その最中に鉄道工事に労務管理がなく、不合理、不公平を目の当たりに見てい たフレデリック・テーラーが「科学的管理法」を提唱した。これは労使双方に利益をもたらし、不公 平を是正する目的であったが、いつしか生産性の向上というモノ指向に変容され、フォードモーター ズの大量生産時代に突入した。 この頃から経済も大学の研究課題になり、1905 年にオハイオ州立大学で初めて「マーケティング」 という名の講座が開講された。 その後、1915 年の第一次世界大戦の戦闘機設計者の F.W.ランチェスターが空中戦の撃墜理論である 「ランチェスターの法則」[2]を発表し、戦闘型経済の始まりになった。 さらに、戦略型経済論を広めたのがマイケル・ポーターで、「5Force 分析」、「戦略3 型」を発表し、 「ポジショニング・スクール」[3]の雄として、現在でも指導的立場にある。彼の理論は、各州異文化 の集合体である合衆国でも、数値管理によるゲーム性があるので理解されやすく、普及した。 しかし、デカルト以降、心の問題を避けてきたことが、物質経済を助長し、現代の金融偏重主義、 貧富の差の拡大の遠因になったと考える。- 3 - 2.2. 日本の経済行動の推移 日本の近代の経済の変遷を考察するため、代表的先人四名を選択した。まずは、「道徳経済合一説」 の澁澤栄一である。彼は日本の近代資本主義の草分けとして、経済が金融に偏重することを憂い、本 来の「経世済民」を真摯に求め「道徳経済合一説」を提唱した。 次に「報徳仕法」の二宮金次郎。彼は報徳仕法を確立し、村民の徳(持ち味)を引き出す人材活性 の「心田開発」を実践し、六百余村の衰退村を復興させた。 続いて、「同行二人」の近江/伊勢商人。近代のマーケティングの祖といわれ、米国で「マーケティン グ」という言葉が生まれる100 年前、すでに地域経済だけではなく、出稼ぎ経済が始まっていた。「同 行二人」とは、常に御仏と二人で商いをするという陰徳な姿勢である。 彼らには現代の環境破壊や貧富の拡大など起こりようがなかった。 そして、四人目は、「自由闊達」の井深大である。井深は、現代のベンチャーの草分けとして、ソニ ーを創業し、社員が内包する徳(創造性)を引き出し、自由闊達な職場環境を形成することで、多く の発明社員を輩出した。 2.2.1. 創造的資本主義の視点:澁澤栄一のケース 澁澤は、幼少時代、親戚筋の尾高惇忠によって四書五経の教えを受けている。やがて、大蔵省に入 省、民部省租税正となった。彼は、当時の日本の、西洋からの科学経済による金融偏重主義に陥りつ つあった社会を憂い、道徳が伴わない経済は国の方向を誤ると断じ、下野し、現代日本の資本主義経 済のインフラ、金融業、産業基盤となる鉱工業、主要産業、教育機関等 500 もの起業に貢献した。そ して、晩年には、経済全体の評論と指南の書「論語と算盤」[4]を著した。その要点は、下記の通りで ある。 ● 「仁義道徳」は「生産功利」と表裏一体であるとし「道徳経済合一説」を唱えた。 ● 仕事即ち道理、国家社会即ち道理、自己即ち道理と道義に即した社会を求めた。 ● 「教育とはその長ずる所を伸ばすべきで、個性無視の智識教育は不毛である」と諭し、現代の 画一教育、偏差値教育で個性不在の世の到来を危惧した。現代のアクティブ・ラーニング(自 発型学習)の必要性を説いていると解釈できる。 ● 「仁者は己を立たんと欲してまず人を立て、己を達せんとしてまず人を達す」(論語)と述べ、 ギブアンドテイク(利他)の原則を説いた。利他は和風経済の原則である。 ● 「経済には『善競争』と『悪競争』とがある。善競争とは道義を持った経済であり、悪競争と は金だけを追う拝金経済である」と断じ、善競争の重要性を主張した。 ● 「道徳観念は、国異なれば道義の観点も異なる。耶蘇教と仁義道徳のように」と述べ、現代の クロスカルチャー時代のお互いが受容し合う姿勢を諭していた。 2.2.2. 創造的経営の視点:二宮金次郎のケース 六百余の衰退村を復興させ、持続的経営に繋げたと伝えられる二宮金次郎の技法である「報徳仕法」 [5]の要点は下記の通りである。 ① 心田開発 報徳仕法の経営資源は人材である。哲学は「仁」(思いやり)であり、実践法は、自然や人間個々に 内包する「徳」(持ち味)の掘り起こしである。これを「心田開発」と呼んだ。
- 4 - 具体的には叱咤激励で、勤勉な者や、陰徳な者を褒め、怠惰な心を更生させる。その上で徳(持ち 味)を生かした共創作業を通じて、業績を上げ、働く喜びを植えつけた。 二宮は、仁のある経営を「温泉」に喩えた。「沸かし湯はその都度沸かさなければならないが、温泉 には自然と人が集まる」[6]という逸話がある。この考え方は、排他的競争ではなく、自社の商品の魅 力を最高度にし、口コミで広がり、自動的に集客するマーケティングのヒントになる。二宮の人脈形 成法からすれば、win-win や三方良しでは不足で、「全楽」を目指せと述べている。 ② 恩徳と報徳[7] 二宮の人間論の根底である。恩徳とはお陰様である。生まれた時は裸ん坊、衣食もらって大儲け、 全ては天から借りた物、が恩徳である。報徳とは、天からの借り物返す恩返し、となる。仏教の三印 法の諸法無我も、自分一人で出来るものはなく、他人の手あるいは森羅万象ことごとく、手を差し伸 べるといわれており、それを謙虚に受け入れる姿勢を諭している。一方、恩を返すとは奉仕だけでは なく、徳を見出して育成する心田開発もその一つで、二宮には人を育てる義務感もあった。原則は、 対話においても、指示命令ではなく、心を育てる陰徳な姿勢が、実は育てる力になるになることを知 っていた。 ③ 分度と推譲 年貢を除いた余剰金は、「分度」と呼んで分配の方法を決めた。自分の経費は「分内」と呼び、残金 は「分外」と呼んで、自分の明日への準備金と他者への共益金に当てる。自分への準備金を「自譲」 と呼び、他者への共益金を「他譲」と呼んだ。他譲金は橋や治水など公共投資や、新田開発に使われ、 合わせて「推譲」と総称した。他譲で地域が豊かになると、やがて己が身にもご利益があるという「公 益循環」の考えで、村民を得心させた。 推譲は、単なる寄付やボランティア、CSR ではない。それゆえに二宮は、金額の大小は許しつつも、 村民一人一人が他譲を実践することを原則とした。 この姿勢は、個々の道徳観を高め、悪競争を避ける効果がある。一方、全員参加型の推譲の習慣は 持続的経営に繋がる。 推譲金を蓄えるには、自分の奢りを避け、身の丈に合った質素倹約(節倹)の生活を前提とする。 現代でいえば無駄をしないコスト意識と似ているが、節倹は数字にはない人格向上にもつながる重み がある。大商いの者は、他譲金も多額になるが、道徳性のある金持ちは「長者」と呼ばれた。本論で は、金融だけを求める富豪とは異なる、公益性がある富裕者を「長者」と再定義したい。富裕者が向 かうべき姿である。 他譲金は貧富の差の拡大を防ぐ放水口の役割になる。残る貯金は豊かな清浄金となり、その人格は 大人(たいじん)となる。二宮も多額の蓄財があったが、生涯にわたり他譲を 繰り返したため遺産金はほとんどなかった、と子孫から聴取したことがある。 ④ 五常講 現代の信用金庫の原型に当たる「五常講」を創設した。無担保、低金利、長期返済である。 五常とは、仁義礼智信であり、借入者の人格測定の基準とした。貸付の特徴は、返済方法を指南し、 返済すると人格が上がる工夫もした点で、借金というネガティブ要因も、人格向上というポジティブ な結果にするところが二宮の優れた創造性である。 ⑤ 一円観 反対派の上司の妨害を受け、前途多難の中、成田山で二十一日間の苦行の暁に悟った「一円観」は、
- 5 - 何人も敵はおらず、相互のはたらきで自然界は出来ているという仏教、易経の太極観であった。この 悟り以降、二宮の経営判断力は、客観性に富んだ大胆な仕法に転じ、相馬藩、小田原藩、日光御領な どの復興を加速させた。現代では、競合会社、闖入会社を敵とみず自社の魅力最大化の経営で、むし ろ他社からも学ばれる貫禄を磨く姿勢である。 ⑥ 積小為大 積小為大とは、小さく始めて大きく育てるという意味で、スタートアップの原則である。助成金は 心に緩みを与えると嫌った二宮は、荒地には荒れ地を資本として、鎌一本でもスタートできることを 示した。荒れ地や捨て地に捨て米を蒔けば一定の収量が採れる。それをまた蒔けば乗算的に拡大する ことを教えた。 二宮の生きた時代背景を、速水融の言葉で補足しておく。速水は 1976 年に、近世の日本の農業を 「勤勉革命」と命名した。著書「近世日本の経済社会」[8]によれば、農民が戦闘要員も兼ねた戦国時 代は終わり、江戸時代も安定してくると人口の増大が起き、1650 年に 1700 万人が 1750 年には 3000 万人と急増し、家畜資本を縮小し、農民の労働集約型に移行している。勤勉革命は、英国の産業革命 に対比した表現である。現代では、米国で成長したポジショニング・スクールに対する日本の強みで ある「リソース・ベースド・ビュー」[9]に近い。 英国では、機械の発明による機械資本で、個人当たりの生産性を上げたが、日本は単位面積当たり の労働生産性の向上が特徴だった。個別の自営農も増えてきており、自分で稼ぐ創意工夫が許された。 そのため二期作、二毛作、付加価値の高い根菜類のための深耕、肥料の改良が競われた。 さらに堆肥より効率の良い油粕など肥料の購入も始まった。油粕の代表格が蝦夷のニシンの油粕で あり、この売り上げで、北前船が大いに発展した。油粕は「金肥」と呼ばれた。 金肥の費用を稼ぐため、商品作物や手工業も盛んになり、木綿産業も起きた。 余剰の収益は、識字などの学問、衣食住に生かされ生活を楽しんだ。過去の過重労働に比べると自 分のペースで生活が出来、勤労、勤勉が美徳になった。 産業革命は、時間で管理される体制を生んだが、日本は「課題本位」であり、達成度によって収入 が変わったので、長時間労働もあったが苦役という心情ではなかったという。 当時の日本人の時間感覚は、時計はなくても、ことわざの中に織り込まれ「一年の計は元旦にあり」、 「早起きは三文の得」など自分を戒める言葉で自己管理した。これからのテレワーク、分業経済の時 代を考えると、再び「課題本位」の考え方は参考にすべきである。 さらに、収穫時や茅葺き屋根の吹き替えには、村民たちの協力が必要で、競争ではなく、共創経営 の原型が、江戸時代の農村には定着していった。 2.2.3. 創造的流通の視点:近江/伊勢商人のケース 近江/伊勢の商業の自立化は、戦国の世、御用商人で構成されていた商いが、領主の不在となる混迷 の中で萌芽した。近江商人(小幡商人)が台頭する約 30 年前、1549 年に近江国支配の六角定頼が、 観音寺城の城下町に「楽市令」を布き、規制緩和の自由市場を作り、商業の活性化を図ったのが始ま りとされた。その後、今川氏真が、富士大宮に、やがて織田信長が、美濃国平定の後、美濃に楽市楽 座を作り、近江へと展開している。しかし、安土桃山時代までの権力に寄り添う経済が崩壊すると、 農民は速水の指摘のように、自立の道を歩みだしたが、商人には生き方に迷いが出た。 ここに精神的支柱として、鈴木正三が登場する。正三は曹洞宗の在家の僧で、道元の「正法眼蔵」
- 6 - には「修行即ち悟りなり」がある。この教えが近江商人に広がり「商いそのものが仏への道」あるい は「菩薩の道」と解釈し、近江商法の哲学になった。 さらに、後年、啓発家の石田梅岩が現れると「石門心学」[10]を打ち立て、心の持ち方を指導した。 「商人とて卑下することはなく職域の違いだけである。何人も『心を尽くして性を知る』あるがまま に相手を知り、『あるべきよう』つまり自然な姿勢で対応すれば良い」とする、迷いを持たない生き方 を諭した。二宮の一円観で、徳に報いると相通じる。その上で、「相手を思い」、「商品には念を入れ」、 「粗相のないサービス」と「倹約」を旨とするよう諭した。 「同行二人」という言葉もある。常に御仏と共に商いをする姿勢で、顧客に感謝し、最上の品をお 渡しするという姿勢である。したがって、値打ちは品質であり、他店より劣る場合は「不徳の致すと ころ」と言って、相手を責めずに反省する姿勢を重んじた。割り引きする場合も「勉強します」が商 い用語となった。このような精神性の中で、徳川の世が進むと、琵琶湖周辺の近江は、東山道、東海 道、北国街道を始めとする街道のプラットホームとして、多様な市庭(市場)が生まれ、日本海の海 産物、京大阪の調度品、反物、地場の工芸品などが取引され、遠路江戸、信濃まで行商するものも現 れ、近江商人の経済圏が広がった。 ここに近江商人の代表的な家訓例[11]を挙げる。 ● 始末してきばる:無駄をせず、本気で取り組む。 ● 利真於勤:利益は、勤労の結果である。 ● 陰徳善事:見返りを求めず人に尽くせば加護がある。正法眼蔵には「人は必ず陰徳を修すべし。 陰徳を修すれば、必ず冥加(仏の)顕益(加護)あるなり」[12]という一節がある。 ●三方よし:手前よし、相手よし、世間よし。“世間”の意味は広く、二宮の「全楽」に近い。近江 商人には、他国行商、異文化に対する対応が見られる。他藩限定の地域通貨「藩札」には「郷 に入れば郷に従う」姿勢で対応した。しかし、持ち出せない藩札に対して創意工夫し、現地で 諸国名産を購入し、京、大阪で販売した。この双方向マーケティングを「ノコギリ商法」と呼 ぶ。 このアイデアは、北前船にも転用され、船主は大阪への年貢米の輸送を終えた後、関西から東北、 蝦夷へ産物を運び、帰り船で東北、蝦夷の物産を関西で売り、多額の収益を得た。実は、北前船のマ ーケティングは、近江商人が代行したといわれる。一方、伊勢商人は、三井高利の、現金掛け値なし、 時を見、変を感じ、見切り時を知る臨機応変、創意工夫が特徴である。いち早く江戸日本橋に大店「越 後屋」を開店し、江戸商人に影響を与えた。まとめると、常に御仏と同行二人の心で、節倹を守り、 利他を第一として接客し、品質第一の善競争を心がけた。 2.2.4. 創造的商品開発の視点 井深大のケース ① 設立趣意書 ソニーの創業者の井深大は、設立趣意書[13]の第一項に、「真面目なる技術者の技能を最大限に発揮 せしむべく自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」と書き記した。この一節が、井深経営の全てと いっても過言ではない。ここで「真面目なる」とは、使命感と道義を重んじた勤勉な技術者という意 味である。この良質な部下の能力を、最大限に発揮させようとする言葉が「自由闊達」で、技術者が 閃いたら、その場で確認実験が出来るように、制度や、ルールを極力外そうという意思表現である。 次の「愉快なる」は、本人が自分の特性に気づき、それが仕事に反映されて評価される。そうなれ
- 7 - ば自然と、愉快になり、業績を上げ、さらに業務が楽しくなる。そのような心のサイクルである。そ のためには、日常の行動では、先輩後輩の意思の疎通が良く、課題解決においても、より良い方法を 追求しあう創造的な姿勢が、愉快なる職場環境を形成した。 最後の「理想工場」とは、小規模でも良い、技術者の心が無限に解放される場という意味である。 以上を裏づけるメッセージが、その前文に記述されている。「(中略)戦時中、すべての悪条件のもと に、これらの人たちが孜孜(しし)として使命達成に努め、大いなる意義と興味を有する技術的主題 に対して、驚くべき情熱と能力を発揮することを実地に経験し、また何がこれらの真剣なる気持ちを 鈍らすものであるかということをつまびらかに知ることができた。それで、これらの人たちが人格的 に結合し、堅き協同精神をもって、思う存分、技術・能力を発揮できるような状態に置くことができ たら、たとえ人員がわずかで、その施設は乏しくとも、その運営はいかに楽しきものであり。その成 果はいかに大であるかを考え、この理想を実現できる構想を種々心に描いてきた」。 この、人を生かす姿勢は、二宮の「心田開拓」にも通じる。そのあり様は「ソニーは人を生かす」 に上梓された[14]。 井深が NHK の放送大学で語った言葉がある。「たった一遍の一生だ。自分しか出来ないことは何かを 問い詰め、その道を歩きなさい。もし、間違えたら、戻れば良い」[15]である。 ② 天衣無縫環境 設立趣意書から、実践を通して、多くの発明者を輩出した要因は、膳立てになる天衣無縫の職場環 境と人材育成がある。天衣無縫とは、天女の衣には縫い目がなく、自由に天を飛び回る意味であるが、 井深の作った職場にはこの言葉がふさわしい。縫い目とは、制度であり、常識などの心の壁である。 井深は、学歴無用、身分無用、組織無用の論者であり、組織を越えた交流が日常であり、アイデアが 出た瞬間は忘れないうちにすぐ試せという指導であったので、深夜でも出勤する技術者を受け入れた。 このあり様は「学歴無用論」[16]として上梓された。 発想を妨げるすべての制約を外すという自由度は、二宮の一円観と重なる無限のアイデアを可能に する環境である。 ③ 未来観 ―心の時代― 井深は、1992 年の社内管理職会同で時代を展望する発言をした。「デジタルだ、アナログだと討論 するのは悪いことではない。しかし、それらは道具立てに過ぎない。それよりも『モノと心は表裏一 体である』という自然の姿を考慮しないと、デカルトやニュートンが影響を与えた『物心二元論』と いうパラダイムと壊すことはできない」[17]である。 ここで、デカルト以来の物質依存経済を糾弾している。井深は、心の見える化が商品と考えていた。 現代の金融偏重傾向は、心を軽視し、モノと金の成長競争であり、その結果が環境破壊、廃棄物の山 積、貧富の差の拡大を引き起こす原因になっていると考える。
3. 和洋の経済構造の整合論
和洋の経済構造の違いは、農耕(草食)型経済と、狩猟(肉食)型経済の違いと考える。前者は「育 てる」経済、後者は「倒す」経済である。 西洋人から見た、日本人への驚きはその傾向を表している。例えば、明治の初期、日本に上陸した 欧米人達が、母国に送った手紙を集積した書「逝きし世の面影」(渡辺京二)[18]には、スケッチを掲 載しながら、多くの感動文が紹介されている。- 8 - 例えば、チェンバレンは「妖精の棲む小さくて可愛らしい不思議な国」と評価し、イザベラ・バー ドは、女性一人で東北から北海道まで馬で旅をしたが、中には夜道を馬子と二人だけで旅をしたこと もあり、多めにチップを弾もうとしたが、受け取ろうとせず、終始謙虚であったと書き残している。 明治 23 年に英語教師として、島根に赴任したラフカディオ・ハーンは、「異邦人が見た近代日本」 [19]の中で、仏教とキリスト教の違いについての言が伝えられている。ハーンは仏教について、祖先 崇拝、神仏習合、文化芸術の連携を特徴としているのに対し、キリスト教国では、神が絶対であり、 祖先崇拝はなく、異教習合はなく、帝国主義に徹している。さらに、文化芸術との連携はないとし、 日本の仏教の持つ人間性、文化性を高く評価している。 彼は、日本の多くの民話、評論を海外に発信したことで、海外の人々が日本を知るようになった、 といわれている。 一方、特定の神が不在にもかかわらず、礼儀の良い日本人の理由を問われた新渡戸稲造は「BUSHIDO」 (武士道)[20]を、仏教の本質を問われた鈴木大拙は「ZEN」(禅)[21]を著作し、米国で初版された。 新渡戸は、武士道は紳士道。花に例えれば、西洋人はバラ。鮮かに咲くが、枯れる時は、首を垂らし 未練がある。反面、日本人は桜。麗しく咲くが、散り花に未練がないと伝えた。 中国でも 2002 年には、北京大学の日本文化研究所が日本の報徳博物館と共催で「二宮尊徳思想国際 シンポジウム」を行い、翌 2003 年には、「国際二宮尊徳思想学会」が設立され、隔年で日本と中国交 互に研究大会を続けている。 以上の事例は、日本人に対する好感であり、現在の金融偏重経済を見直し、健全な金融社会を創造 するヒントがあるのではないかと考える。 しかし、渋澤の「道徳経済合一説」のように、無理に道徳を唱えても、「富貴は人類の性欲とも称す べきではある」[22]とぼやかざるを得ないほど簡単には浸透しなかった。二宮は、「道徳なき経済は罪 悪であるが、経済なき道徳は寝言である」[23]と諭しているが、道徳を勧める前に、排他的ではなく、 自社の製品の魅力を最大化し、顧客を求心する収益構造が必要になると考える。 さらに、近年、金融偏重経済が加速した外部要因がある。「株主資本主義」の広まりである。原丈人 の見解が参考になる。原は、伊奈食品の塚腰寛との対談[24]の中で、1989 年に始まった社会主義崩壊 が、大きな変曲点になったと指摘する。個人的利益を許すのが自由主義で、社会的利益を重視するの が社会主義であるが、個人的利益に恵まれない庶民は、ともすると社会主義を良しとなる。そこで、 両主義が壁一つで隣り合わせの東西ドイツでは、東ドイツで教育、医療費が無料であったので、西ド イツも大学は無料とバランスを求めた。しかし、ベルリンの壁崩壊後は、自由競争に重心が偏り、金 融偏重傾向が増した。さらに、株主資本主義が独走を始めると、株主の短期業績要求から、企業の長 期的開発や、道徳観が薄れたと指摘する。現在、原は、米国で「公益資本主義」の旗手となっている。 公益資本主義をより深く考究したのが斎藤幸平の「人新世の資本論」[25]である。斎藤はマルクス 晩年の未発表書簡等も精査し、他人資本に利益が循環する現在の資本主義を批判し、エコロジー尊重 (物質代謝)の経済と、余剰金の活用が自ら管理できるアソシエーション的経済社会を提唱している。 資本主義社会における労働者は「構想」と「実行」が分離され、低賃金の実行を強いられていると指 摘する。ここで、筆者は人間も、人間的生態系(ヒューマン・エコロジー)があると考え、マルクス の理論と合致すると考えた。ヒューマン・エコロジーとは「個人の保有する能力、特性を資源とした 場合、その資源が枯渇せず、生かされ続けること」と定義する。構想することを外され、パワー・ハ ラスメントや過重労働は、ヒューマン・エコロジー違反となる。
- 9 - 二宮が経営した村社会は一種のアソシエーションと見ることが出來、ヒューマン・エコロジーを尊 重した方法が報徳仕法であった。 以上まとめると、現代の経済には、特徴的な二つの課題があると考える。資本家優位の金融経済の 現象として、排他的競争による利益の自社独占基調と、株主資本主義による短期成果経営である。そ れらを解決する一法が、同業者を敵視するのではなく、自社商品の求心的魅力最大化を計り、温泉の ように人が自動集客するが如き経営と考える。
4. 和洋折衷による自社の求心的魅力最大経営の提言
洋風経済論でも、排他的ではなく、自彊的経済論ももちろんある。代表的なものは、農学から生ま れたゴンベルツの成長曲線、収穫逓増理論、コトラーの 4P 分析、ヘンダーソンのシェア・マトリック ス、ブルー・オーシャン戦略などがある。これらの理論を尊重し、和洋折衷の効果を引き出すには、 求心的魅力最大化商品の販売と、金融偏重を予防する経世済民の心得を経営体系に盛り込み、短期的 成長経営ではなく、持続的進化経営を構築することが肝要になると考える。その要素は次の通りであ る。 ① 製品/サービスの求心的魅力を最大化する「感動仕様」の立案、 ② 感動仕様に至る、天衣無縫な開発現場である「膳立環境」の整備、 ③ 感動仕様を普及させる「波及行動」の三要素からなり、これらを善競争の武器とする。 その結果、事業の健全性を管理する意味で、経済の語源である「経世済民」を因数分解し、「経世心 得」と「済民心得」を明文化する。経世心得としては公器公益。「済民心得」としては、仁義道徳を経 営体系に組み込む。以上、求心的魅力最大経営の構成を、関連の先人の名を入れて図 1 にまとめた。 一方、図 2 には商品開発の全工程を示し、 膳立環境、感動仕様、波及行動、及び、経世心得、済民 心得、そして、事業の持続化の位置を明確にした。 次に、各詳細を述べる。- 10 - 4.1. 感動仕様 感動仕様とは、商品企画結果に、さらなる仕様の研磨を加え、人の心を魅了するコンセプトに仕上 げる仕様と定義する。いわば「風味を加味する」プロセスである。科学的視座よりもむしろ芸術的視 座である。 商品企画には、商品発想工程と商品企画工程とがある。商品発想工程では、当事者の企画感度の高 度化が要請されるので、本論では膳立工程で述べる。 商品企画工程では、アイデアを具体化する、前野隆司のデザイン思考、田村新吾の FALO 法、斎藤誠 の企画書作成法他が知られている。[26] 感動仕様を、一言で求心するキャッチコピーを「感動コンセプト」と呼称する。 感動仕様は、他社に対する排他的行動を取らずして、集客効果がある。一方、感動コンセプトは、 顧客を引き寄せるばかりでなく、開発パートナーも引き寄せ、出資者も引き寄せ、ブランドイメージ も高める効果がある。 感動仕様の例を挙げるならば、日本では古来、他者と敵対するのではなく、自彊的に品質を高める 点に価値を求めた。例えば、料理人が味見を繰り返し、風味を引き出す工程。大工が寸分狂わぬ技法 で、世界に例のない木造建築を仕上げた工程。陶工が微妙な色合いを出して、名器を生産した工程。 織物職人が生み出した繊細な和服の工程。音響技術者が測定可能の仕様をまとめた後、さらに聴感に より音の風味を上げる工程。ピアノ職人が、調律後に付加する調音(余韻)工程などに見られる。 方法は、いずれも「もっと良く」を繰り返す中で熟成され、その成果に「値打ち」を置き、それを 求める顧客が集客されて「贔屓」になる工程である。先人に習うと、石田梅岩の「心を尽くす」経営 姿勢や、井深の「心の見える化」が商品であるという心の極め力が鍵である。この行為は、過労労働 ではなく、むしろ夢中労働になる。 事例として、ポケッタブルラジオの場合を述べる。原理試作品と、完成後の感動コンセプトを説得 資料にして、選局部品(バリコン)やスピーカーメーカーを訪問、それぞれ、世界最小の部品開発を 注文し、達成した。 国際的カプセルホテルの場合は、完成イメージスケッチを元に、感動コンセプトを伝え、パートナ ーを募った。両社の特徴は零細企業であり、予算がないことを前提に契約した点である。その説得力 は、感動コンセプトである。特にカプセルホテルでは、快眠快起の温度、照明、空調のシステム開発 にこだわり、訪ねた大手の P 社の研究陣も、予算がないので困惑した。その結果、P 社の研究課題と し、カプセルホテルは、そのモデルケースとしての協力を契約にしてスタートした。コンセプト力が P 社の研究員の心を動かし、解決アイデアを引き出した事例である。以上、代表の油井啓祐氏のイン タビューによる。事例をまとめて、表 1 に示した。
- 11 - 4.2. 膳立環境 感動仕様を生み出すには、その前提として、企画感度の高い人材育成と、自由闊達な開発環境が重 要で、その職場環境を「膳立環境」と呼ぶ。「お膳立て」から取った名称である。その要点を下記に示 す。 ①二宮の「心田開発」の実践 社員の徳(持ち味)を引き出し、共創させる職場マネージメントである。そのためには、失敗体験 のある経験者の採用。成功失敗は表裏一体であるとして、失敗を容認する職場風土の形成をする。他 例では、吉田松陰の塾生教育が知られており、塾生の持ち味を引き出すために問答を惜しまず、さら に歩むべき進路に気づく指導をした点が、今に示唆を残す。 ②自由に開発活動ができる、天衣無縫な職場環境 時間、組織、身分、各種制度、業務プロセス、などの縫い目(ルール)のない、発想第一主義で、 発想した瞬間試作実験ができる職場環境である。実例としては、ソニーの自由闊達環境、ホンダのワ イガヤ会議、IDEO 社の試作第一主義などが知られている。 ③日常の習慣で企画感度を上げる方法 樋口建夫の「アイデアマラソン」、石井力重の「アイデアスケッチ」、トニー・ブザンの「マインド マップ」、中山正和の「NM 法」[27]、三原の「目的展開法」[28]他が報告されている。 4.3. 波及行動 上市に至るためには、マーケティング感度が肝要で、技術先行企業が伸び悩むのは、マーケティン グ感度が低いからである。その為には実践経験者による伴走型コーチングが必要になる。 その上で、製品が普及に至る過程には、発売初期の「期待期」、市場が一巡し、在庫が残る「鎮静期」 と、その後、認知が広がる「普及期」がある。 そのためには、次のようなマーケティング上の仕掛けが必要である。 ①用途開拓と認知行動の計画と実践。 強制認知の方法としてサミュエル・ローランド・ホールの AIDMA [29](ATTENTION,INTEREST,DESIRE, MEMORY,ACTION)が知られている。 ②普及の加速を得る「きっかけ」の模索。 可能性のある用途に向け多角的に、根気よく導入する。その工程の中で需給が同調する機会がある。 これを「きっかけ」または「契機」と呼ぶ。 以上、事業責任者は常時、現場で、現物の現状を注視、反省する姿勢が大事である。 4.4. 経世心得 事業を金融偏重の悪競争に陥らず、善競争で持続的成長に向かうには、経世心得と済民心得を経営 者の哲学とする姿勢が肝要である。まず、経世心得は、企業とは公器、事業とは、公益主義を掲げる。 この志は、一般社員には理解しにくいので、視点を変え、「公器、公益は社会繁栄をもたらす。その結 果、公益循環で、当社にもご利益が巡り、社員も豊かになる」という方向を示すことが良い。近江商 人にとっては、当然の日常であった。
- 12 - 4.5. 済民心得 済民心得とは、顧客創造の究極である。作り手即ち顧客になる、心の一体化である。その相互のコ ミュニケーションを緊密にする心得が仁義道徳である。仁義道徳は、信用関係の元であり、企業の進 化、持続の元になる姿勢である。 近江商人の「同行二人」は、商人が御仏と共に接客する姿勢であるが、越後屋の創業者の三井高利 の母の三井殊法が奉公人に諭した言葉も残されている。「相手の方は御仏の化身と思いなはれ」であ る。井深も、心の見える化を商品と考えていた。 オムロンでは、創業者立石一真の言葉、「最もよく人を幸福にする人が、最もよく幸福になる」の自 筆の色紙が四人の息子たちに与えられ、会社の創業理念として継承されている。 4.6. 事業の持続化 事業の持続とは、利害関係者の心の一体化の持続である。二宮の一円観は、物事に敵味方はなく、 すべての出来事は相互に働き合うという、大自然の摂理への気づくことで、他人と争わない、持続的 経営が可能になることを示唆している。 さらに、以徳報徳の姿勢で、相互の徳(持ち味)を活かし合う姿勢は、ヒューマン・エコロジーす なわち、相手の能力資源を枯渇させるようなパワー・ハラスメントのない陽転思考で接し合う人間関 係構築が肝要になる。 例えば、競争で倒産した企業にも気配り、洋風の征服主義ではなく、和風の平定主義を採用し、M&A によって、相手側の社長には次の起業資金を渡し、社員は自社に編入することで持続的経済が続く。 あるいは、イノベーションで脱落した企業にも気配りを示し、自社製品の販売役を頼むなど相互の経 験を生かした協業の心も一円観である。他方、相手を倒す製品開発ではなく、被害者を出さない‘新 生活開発’という加算的イノベーションが、人類の進化を生む。テープコーダー産業を潰さずに新産 業を加算したウォークマンの如しである。 財務面では、二宮の理論である、余剰利益を推譲金に配当し、明日の自社の経営資金を「自譲金」、 社会投資を「他譲金」、さらに不況時の「備蓄金」に配当することで、持続的経営が可能になると考え る。他譲金には、社会が富めば、消費も増え、自社にも巡りくるという、公益循環思想がある。 他譲金の豊かな経営者を「長者」と呼び、金融偏重による富豪とは一線を画すべきである。 新規事業においては「積小為大」、小さく稼ぎ、大きく育てる仕法を適用すると良い。以上で、SDGs 解決に向かう、持続的進化経済が可能になると考える。
5. まとめ
本論をまとめると、次のプロセスになる。 ● 市場を戦場と捉え、競合他社と優劣を競う姿勢ではなく、手前商品の求心的魅力最大化を計り、 顧客を求心する経営姿勢をとること。 ●求心的魅力最大化の要点は、商品企画仕様に、日本古来の職人に見られる、より良く磨き上げる 工程を付加し、顧客求心力を高めることである。磨き上げの工程を「仕様研磨」と呼称する。 別の言い方をすれば「風味を加味する工程」である。その結果、求心的魅力最大化された仕様 を「感動仕様」と呼称する。感動仕様は、「感動コンセプト」になり、開発パートナーを求心し、 資金を求心し、顧客を求心し、ブランドイメージを高める効果がある。- 13 - ●感動仕様を創出するには、企画感度を上げる職場環境が必要で、これをお膳立ての意味から「膳 立環境」と呼称する。基本は、天衣無縫の環境づくりである。その上で、各人の能力資源を循 環させるヒューマン・エコロジーを意識した指導が肝要になる。 ●さらに、完成された商品が、前例がない新興商品の場合、市場創造の工夫がいる。これを「波及 行動」と呼称する。以上が、売上に寄与する行動であるが、このままでは金融偏重を来す。金 融偏重を予防する経営姿勢が下記の二点である。 ●企業は公器、事業は公益という姿勢で向かう。この姿勢は、社会を繁栄させ、その結果、自分も 公益循環に浴することができる。この姿勢を「経世心得」と呼称する。 ●顧客、利害関係者には、仁義道徳の姿勢で向かう。この姿勢は、信用取引を育み、自社に進化と 持続性をもたらす。これを「済民心得」と呼称する。 前記と合わせると経世済民、すなわち健全な「経済」の心得となる。
6. 今後の課題
膳立環境、感動仕様の事例研究と実践できる方法論。経世心得、済民心得の実践的管理方法、およ び米国経済との折衷案、海外企業との整合性研究など、具体化に向けた課題が残る。謝辞
執筆にあたり、建設的な助言を下さった山田英夫氏、佐藤嘉晃氏、国藤進氏、中谷裕子氏に感謝致 します。参考文献
[1]アダム・スミス(2013)『道徳感情論』講談社学術文庫. [2]田岡伸夫(1972)『ランチェスター戦略入門』ビジネス社. [3]マイケル・ポーター(2018)『競争戦略 I』ダイヤモンド社. [4][22]渋沢栄一(2011)『論語と算盤』角川ソフィア文庫. [5]田村新吾(2013)『二宮尊徳と創造経営』カナリアコミュニケーションズ. [6][23]富田高慶(2008)『報徳記』一円融合会. [7]「二宮尊徳の思想図」報徳博物館. [8] 速水融(2003)『近世日本の経済社会』麗澤大学. [9]ジェイ・B・バーニー(2003)『企業戦略論』ダイヤモンド社. [10]田中宏司他(2019)『石門心学の経営』同友館. [11]末永国紀(2004)『近江商人学入門』淡海文庫. [12]水野弥穂子(2020)『正法眼蔵随聞記』ちくま学芸文庫,p257. [13]「設立趣意書」ソニー株式会社社内資料. [14]小林茂(1966)「ソニーは人を生かす」日本経営出版会. [15]井深大、NHK 学校放送、1964.7.9. [16]盛田昭夫(1987)『学歴無用論』朝日文庫. [17]佐古曜一郎(1998)『井深大の見た夢』風雲社.- 14 - [18]渡辺京二(2005)『逝きし世の面影』平凡社. [19]懐徳堂記念会編(1999)『異邦人の見た近代日本』和泉書院. [20]新渡戸稲造(2005)『武士道』PHP 文庫. [21]鈴木大拙(1987)『禅』ちくま文庫. [24]鷲山恭彦(2020)「株式資本主義を考える」『報徳』119,12 月号. [25]斎藤幸平(2020)『人新世の資本論』三省堂. [26][27]高橋誠編書(2020)『実例で学ぶ創造技法』日科技連. [28]三原康司(2009)「革新的サービス創造のための目的展開法」『JCS 論文誌』l13. [29]田村新吾(2008)『実践的 MOT のススメ』慶應義塾大学出版会. (2021 年 01 月 18 日受付)