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Academic year: 2021

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(1)《書評》. 広田照幸著. 『教育改革のやめ方 ― 考える教師、頼れる行政のための視点』 (岩波書店、2019 年) 加 藤 雄 大 * もし評者が誰かに「「教育改革の○○」 、この「○○」に入る言葉を答えよ」と問われたとした ら、おそらく安直に「 「教育改革の「進め方」」 、とかですかね…」などと答えていたように思われ る。しかし本書の著者である広田照幸は、この問いに「教育改革の「やめ方」」と答えた。広田に よれば、このタイトルには「教育改革を精選せよ」 (広田 2019、ix 頁。以下、本書を引用する際は 簡潔にページ数のみを示す)というメッセージが込められている。 本書は、上記の関心のもとに広田がこれまでに様々な媒体に書いてきた論考や記事、対談、講演 記録などをテーマごとにまとめ、再構成したものである。 本書の構成は以下の通りである(ただし、紙幅の関係から各節のタイトルについては省略した) 。. はじめに Ⅰ 中央の教育改革 1. 近年の教育改革(論)をどうみるか ― ましな改革を選んでいくために ―. 2. 日本の公教育はダメになっているのか ― 学力の視点からとらえ直す ―. 3 【対談】新しい学習指導要領は子供の学びに何を与えるか ― 政策と現場との距離 ― 4. なぜいま教育勅語?. 5 「昔の家族は良かった」なんて大ウソ! 自民党保守の無知と妄想 ― 家庭教育支援法案の問題点 6. 教育改革のやめ方 ― NPM をめぐって. Ⅱ 教育行政と学校 7. 地方の教育行政に期待するもの ― 新しい時代の学校教育. 8. 学校教育のいまと未来. 9. 地方分権と教育. 10 「学校のガバナンス」の光と影 11 保護者・地域の支援・参加をどう考えるか Ⅲ 教員の養成と研修 * かとう ゆうだい  日本大学大学院文学研究科教育学専攻(教育学コース) 博士後期課程. ─  ─ 49.

(2) 『教育改革のやめ方 ― 考える教師、頼れる行政のための視点』. 12 教員の資質・能力向上政策の貧困 13 教員集団の同僚性と協働性 14 「教員は現場で育つ」のだけれど…… 15 教育の複雑さ・微妙さを伝えたい. 次に、各章の内容について簡単に見ていく。 第Ⅰ部には、現代の日本における一連の教育改革に焦点を当てた論考が中心に収録されている。 第1章では、近年(特に 1980 年代以降)の日本の教育改革における政策決定過程の変化についての 整理と考察が行われる。広田によれば、1990 年代までは文部省の主導で比較的穏健かつ実行可能な 改革案が選択され実施に移されていたが、2000 年代以降は官邸の主導のもとで「性急で乱暴な改革 案や、政治的に偏っていて教育を歪めてしまうような改革案、現場を窮屈にするような統制を進め る改革案」 (21 頁)が次々に出てくるようになったという。「 「改革」というのは、何でもかんでも やればいいわけではなく、また、どういうやり方であってもやればいいというものではない」 (25 頁)という指摘は、現代における教育改革のあり方を考えるうえでも、とりわけ重要であるように 思われる。 続く第 2 章は、 「日本の子どもたちの学力は低下している」という通説に対しての論考である。 広田によれば、そのような通説については「近年のトレンドとして、小中学生の学力が低下して いっていることを裏付けるデータは存在しない」 (36 頁)し、日本の公教育は「関心も意欲も示さず 勉強時間も短い子どもたちに、 (中略)それなりに高い学力を身につけさせている」 (41 頁)という。 第 3 章は、2017 年に改訂された学習指導要領についての氏岡真弓氏(朝日新聞編集委員)との対 談である。広田は新学習指導要領について、懸念はあるものの「時代像・社会像という意味では 「それほど悪くない」というのが率直な感想」 (45 頁)と評価したうえで、実際の教育現場では「す べてを AL(アクティブ・ラーニング―引用者注)のような授業にするのではなく、従来型の授業を 進行させつつ、その中にこれまでにない学習体験を混ぜる方法が望ましい」 (59-60 頁)と述べてい る。 第 4 章は、近年大きな話題になった教育勅語問題についての論考である。広田はここで、森友学 園が運営する塚本幼稚園幼児教育学園の園児が教育勅語を暗唱させる教育を受けていたことについ て、端的に「時代錯誤だ」 (64 頁)と述べたうえで、その問題点について述べている。広田によれ ば、教育勅語を肯定的に評価している自民党保守派議員の中には、教育勅語を通じて「 「徳目を もっと教え込みたい」という欲望」 (66 頁)があるという。 第 5 章では、そのような自民党保守派議員の「欲望」を、「家庭教育支援法案」を題材としなが らより具体的に掘り下げている。広田はこの法案を、昔の家族は良かった(から、そのような「理 想的な」家族を取り戻したい)という自民党保守派議員の考えと、「現代の格差社会の中で孤立し た家族を支援しよう」という文部科学省のリベラルな考えとが「 「同床異夢」で合体」したものと 見る(77 頁)。そのうえで広田はこの法案について、 「家族や家庭教育についての認識」 (77 頁)に問 題がある点など、4 つの問題点を挙げている。 ─  ─ 50.

(3) 教 育 学 雑 誌 第 57 号(2021). 第 6 章は、NPM(New Public Management)についての論考である。広田によれば、「公共部門を 民間の手法で運営することによって行政の効率性を高める」 (90 頁)ことを志向する NPM の考え方 は、実際には学校教育の効率性の向上にはほとんど寄与しない。学校教育の現場に NPM を導入す る際の方法としては民営化や、外部評価を利用した内部改善の促進という方法がありうるが、実際 の教育の現場では「評価」への対応で新たな業務が増え、かえって現場が疲弊してしまうことに なる。 第Ⅱ部には、教育行政と個別の学校教育との関連についての論考が収録されている。 第 7 章は、全国町村教育長研究大会での講演記録である。この講演で広田は「日本の教育は、子 どもの学習についてはいわばあまりハッピーなものではない状況にありますが、全体のパフォーマ ンスとしてはそれなりに高いし、学校もそれなりに悪くない状況にはある」 (98 頁)と評価する (こうした評価は、第 2 章での指摘とも通じるものがある)。そのうえで広田は、地方教育行政関係 者が中央省庁と教育現場の狭間に立ち、学校現場に余裕を作るように中央に働きかける「クッショ ン」 (125 頁)のような存在となることを期待する。 第 8 章では、多くの子どもたちが「学校教育で学ぶことが無意味だ」 (128 頁)と思っていること が問題であるとされたうえで、そのような発想を乗り越え、子どもたちが学校教育をよりポジティ ブにとらえるための戦略について検討されている。そうした戦略の選択肢には現実主義的なものか ら理想主義的なものまで様々なものが想定されうるが、どのような戦略を採用するにせよ、その可 能性と限界を十分に見きわめた「熟慮と決断」 (137 頁)が求められる。 第 9 章は、当時、民主党政権下においてマニフェストとして掲げられていた「地方分権」につい てである。広田によれば「教育の分権化が必ずしもバラ色の結果をもたらすとは限らない」 (141 頁)が、「「教育は、これまで通りのやり方が一番だ」と、新しい動きに目をつむるのも許されな い」 (143 頁)。だからこそ「関係者一人ひとりがしっかり学び、考える」 (148 頁)という姿勢が重要 である。 第 10 章では、保護者や地域が学校の運営に参加してきたことの功罪について検討されている。 広田によれば、コミュニティ・スクールの制度を活用することで、学校は「保護者や地域の理解や 協力が得られる」 (153 頁)というメリットを得ることができる。その一方で、保護者や地域からの 度重なる要望が教職員の負担を増やし、結果として学校を疲弊させてしまうというデメリットも ある。 第 11 章では、保護者や地域の学校教育への支援や参加について述べられている。近年では保護 者・地域の学校教育への参加は、無条件によいものとして扱われる傾向にあるが、広田によれば、 それは必ずしもよいものばかりであるとは限らず、実際にはいくつかの問題を含んでいるという。 第Ⅲ部は、主に教員養成と教員の研修に関する論考がまとめられている。 第 12 章は、教員養成改革について、特に「教職課程コアカリキュラム」を題材に検討してい る。広田は教員養成改革の根底にある「一つの望ましい教員像を描くことができる」 (170 頁)とい う発想に疑問を投げかけたうえで、「教職課程コアカリキュラム」については「「これさえ学んでお けばいい」というものはない」 (177 頁)として批判している。 ─  ─ 51.

(4) 『教育改革のやめ方 ― 考える教師、頼れる行政のための視点』. 第 13 章は、教育改革の影響をダイレクトに受ける現場の教員に関する論考である。広田によれ ば、日本の教員の働き方は「意外なほどチーム労働である」 (200 頁)。教員は、クラスで起きるさ まざまなトラブルを担任だけの責任とはせず、複数の教員が協働しながら対処しており、新任の教 員もそのような教員文化の中で熟練した教員として成長していくという側面がある。ところが、近 年の「競争と評価の原理による教育改革は、このような集団的な教員文化を弱める方向に作用して いる」(202 頁)。広田はここで、学校教育をよりよいものとしていくためには、そのような「教員 文化の再強化」 (204 頁)が必要であると述べている。 第 14 章も同様に教員に関するものである。第 13 章でも触れられているように、日本の学校教育 の現場では、教員は同僚間の日常的なコミュニケーションを通じて情報や技術を共有し、学校内の 困難に対しては多くの教員が協働しながら解決を模索するという独特の教員文化が形成されてき た。そのような教員文化の中で、若手教員は同僚の影響を受けながら成長していく(「教員は現場 で育つ」 )が、現代ではそうした教員文化を通じた成長のみでは限界があるという。広田によれ ば、これからの教員は日常の教育実践の中で、同僚からさまざまなスキルを学びとっていくことに 加えて、 「学校の外の場やツールで多様な学びを自主的にしてい」 (214 頁)くことが必要であると いう。 最後に第 15 章では、教育という営為の持つ複雑さや微妙さについて述べられる。広田によれ ば、教育をめぐる議論では、自身のこれまでの教育経験と狭い世界観に基づく「シロウト教育論」 (218 頁)が席巻してしまっているという。しかしながら実際の教育は「シロウト教育論」でどうに かできるほど単純なものではない。本章では、そのような「シロウト教育論」を乗り越えていくた めに、しっかりと教育学を学ぶことの重要性が述べられている。 教育改革には「まちがった改革案」もあれば、 「まちがってはいないが無理な改革」もある( 2 頁) 。実行されるべき教育改革がある一方で、実行される必要のない教育改革や実行不能な教育改 革、そもそも実行されるべきではない教育改革もある、ということである。「シロウト教育論」者 のように、教育という営為を単純なものとして素朴にとらえているかぎり、今、本当に進められる べき教育改革とは何かを適切に判断することは難しい。本書に収録された各論考を読んで、一人ひ とりが今、実行されようとしている(あるいはすでに実行に移されている)教育改革がもたらす効 用やその副作用、限界点などをきちんと見きわめ、必要な教育改革を「精選」する力を身につける ために、教育についての学びを深めていくことの重要性を改めて考えさせられた。 以上のことから本書は、教育関係者のみに限らず、多くの人々の手に取られ読まれるべき好著で あると評することができる。. 書誌情報 広田照幸『教育改革のやめ方 ― 考える教師、頼れる行政のための視点』岩波書店、2019年9月20日刊、 232頁、定価1,900円+税。. ─  ─ 52.

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