• 検索結果がありません。

地方知識人家庭における家庭言語実践—多言語社会ブータン王国における家庭言語調査から—

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "地方知識人家庭における家庭言語実践—多言語社会ブータン王国における家庭言語調査から—"

Copied!
27
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Studies in Language Sciences: Journal of the Japanese Society for Language Sciences, 19, 49–75 (2020)

地方知識人家庭における家庭言語実践

—多言語社会ブータン王国における家庭言語調査から—

佐藤美奈子

(京都大学大学院) 要 旨 教育の普及に伴い、ブータンではゾンカ語(国語)と英語の有用性と威信性が高まり、ブータン社会にお ける両言語の習得の必要性と重要性に対する人びとの認識が強まっている。本研究は、ブータンに新たに 登場した、「英語もゾンカ語も堪能な知識人」を両親とする家庭を対象に家庭言語調査をおこない、核家 族で地方に赴任した教師家庭と地元出身の大家族三世代で暮らす一般家庭を比較した。結果からは、ゾン カ語は両方の知識人家庭ですでに標準となっている一方で、両家庭の相違は、新たな家庭言語選択肢とな りつつある英語の導入のされ方と民族語の継承にあることが明らかになった。家庭言語に対して高い意識 をもつ教師家庭では、子どもの幼少期から両親が意識的に英語を導入しているのに対し、一般家庭では子 どもの成長に伴い、子ども自身が学校で学習した英語を家庭へ持ち込むことで家庭言語として定着してい く様子がみられた。民族語は、核家族で暮らす教師家庭では子どもが成長すると実用性の高いゾンカ語と 英語にシフトされるのに対し、三世代同居の一般家庭では、祖父母世代の存在に支えられ、英語とゾンカ 語と併用される形で維持されていた。その結果、一家庭平均3 言語という高い複数言語環境を創造するに 至っていることが明らかになった。 1. はじめに

2005 年、ブータン初の国勢調査(Population & Housing Census of Bhutan 2005)(Office of the Census

Commissioner(OCC)2006)がおこなわれ、その結果が2006 年に公開された。さらに2016 年には, ブータン総研(Centre for Bhutan Studies: CBS)が,2015 年におこなわれた GNH(Gross National Hap-piness: 国民総幸福量)の調査結果,国民幸福量調査報告(Compass Towards a Just and Harmonious

Society 2015 GNH Survey Report)(CBS, 2016)1の一環として国民の言語状況に関する3 つの調査が

おこなわれた。これまでブータンの全国的な言語調査は外国人研究者によるものが代表的であった (van Driem1994, 2007 他)。しかしながら近年、ブータン政府が自ら全国的な調査をおこなう傾向が みられる。 言語の機能的すみ分けを謳う「4 言語方針」2を採るブータンでは、民族語3は「家庭の言語」 (Wangdi, 2015, p.14)4と位置づけられ、学校教育5 においてはいかなる形でも導入を認められてこ なかった。しかしながら、遠隔地の子どもたちに教育の機会を確保するための学校寮制度が民族 語の継承という面では弊害となっているという指摘(Ueda, 2003; 佐藤,2020a)、さらに青年期のア イデンティティ形成においても大きな影響をもたらしているという調査結果(佐藤,2020b)が発表

1 国民幸福量(Gross National Happiness: GNH)とは、ブータン第三代国王のジグミ・ドルジ・ウォンチュック

陛下が1971 年にブータンが国連に加盟した際の国王のスピーチで表明した、発展のゴールは「国民の繁栄と 幸福」であるという考えである。第四代国王のジグミ・シンゲ・ウォンチュック陛下が政策として発展させ た。1. 公正で公平な社会経済の発達、2. 文化的、精神的な遺産の保存、促進、3. 環境保護、4. しっかりとし た統治を4 つの柱とし、国の発展の度合いを GNH で測ることを提唱したものである(ブータン政府観光局 Retrieved 1 January, 2021, from https://www.tourism.gov.bt/.)。GNH 調査については、角谷(2013)に詳しい.

(2)

されるなど、「家庭言語」とされてきた民族語がはたして家庭において本当に継承されているのか、 疑問視されている。また、経済活動の全国化に伴い国民の全国的な移動が活発化し、本来の土地と

言語の結びつきが希薄化しつつある6。さらに異なる言語民族の交流、混在は、異言語話者間結婚

の増大、家庭言語の多数派言語への収束(カルヴェ 2000)をもたらし、両親の言語の継承を困難に させる要因の1 つともなっている。

2005 年国勢調査(OCC, 2006)や2016 年の GNH 結果報告(Compass Towards a Just and Harmonious

Society 2015 GNH Survey Report)(Centre for Bhutan Studies & GNH Research(CBS)2016)においてブー タン政府が母語やその能力、および家庭言語調査をおこなった意図や目的は明らかにされていな い。またこれらの調査結果を政府がどのように受け止めたのかも、それを受けてどのような対策を 打ち出すのか、打ち出さないのかも不明である。しかしながら、民族語を「家庭の言語」(Wangdi, 2015, p. 13)とし、その継承を家庭に一任する従来の姿勢が当然視できない状況になっていること は明らかである。そして政府がそれに着目する姿勢を見せ始めていることも事実である。 本研究は、自ら調査に乗り出した政府の姿勢に一定の評価を示す一方で、その方法上の問題点を 批判的に検証し、本研究独自の家庭言語調査をおこなった。研究は、その結果と分析結果を報告す るものである。現在、ブータンは、学校教育経験のない祖父母世代とブータン初の教育世代である 親世代、そして教育を受けた親をもつ初の世代である孫世代という三世代が共存する過渡期的な状 況にある。本研究は、当時期の地方家庭の家庭言語状況とその言語継承の特徴的なあり方を詳細に 採取した貴重な記録となると考える。 1.1. 本研究の目的 本研究は、欧州評議会の複言語主義(Council of Europe, 2001)と、言語文化人類学の一分野であ る言語社会化理論(Ochs and Schieffelin, 2012)の2 つを理論的枠組みとする。そして共時的視点か

2 官庁では国語であるゾンカ語、学校教育では教授言語である英語、寺院では仏教の書記言語であるチョキ

(Chöke, 古典チベット語)、家庭では民族語を用いるとする(Wangdi, 2015, p. 13)。ゾンカ語は、ブータンの 憲法第1 条第8 節において「ゾンカ語はブータンの国語である(Dzongkha is the National Language of Bhutan)」 と記されている。Retrieved 6 November, 2019, from https://www.nab.gov.bt/assets/templates/images/constitution-of-bhutan-2008.pdf. 教授言語について、当初はヒンディ語が教授言語とされていたが1964 年から英語が採用さ れるようになった(詳細は平山,2016 参照)。

3 本研究では「民族語」を、国語であるゾンカ語を含まない、ブータン固有の民族言語およびブータン国内で

話されるネパール語を指すものとする。後述の質問調査および面接調査においても、全質問においてゾンカ 語は「国語」「共通語」として位置づけ、「民族語」に含めないで考えることを依頼した。

4 Wangdi(2015) はゾンカ語発展委員会(Dzongkha Development Commission: DDC)の主任研究員である(2017

年現在)。「あくまで個人的見解」としたうえで、「民族語の継承は唯一各家庭の努力に拠る」(Wangdi, 2015, p. 14)とする見解を示した。 5 20 世紀初頭までブータンにおける唯一の教育機関は僧院であったが1940 年代から少数精悦のエリート教育 として、 その後 1950 年代から一般のブータン人を対象と した「近代教育」が始まった(平山,2016)。本研究 では特に第 1 次五カ年計画(1961–1966)の一環として本格的にスタートすることとなる、国民的教育制度の 成立 と普及を目指 した教育(平山,2016)を「近代学校教育」として着目していく。 本稿で「教育」と示すも のは、特に断りがない 限り「近代学校教育」を指すもの とする。 6 GNH Report 2016(CBS, 2016)によると現在、ブータンの全人口の半分以上(52.6%)が自身の生誕地とは異な る場所で生活している。しかも1 つの場所での滞在期間が短く、移動が頻繁に繰り返される傾向がある。首 都ティンプーは、全国からの国内移民が占める割合が84.92%(全国平均52.6%)を占め、住民の滞在年数は 全国最短で13.9 年(全ブータン平均27.1 年)という結果が報告されている(CBS, 2016, p. 195)。

(3)

らはマクロな社会とミクロな個人を結ぶメゾ構造と位置づけられ、通時的視点からは生涯にわたる 個人の複言語生活の出発点であり、その基盤となる家庭言語生活に焦点をあてる。 本研究の目的は、学校教育の普及によりブータンに新たに登場した知識人層7を両親とする2 種 類の家庭として、親のいずれの出身地とも異なる土地に赴任し親戚等から離れて核家族で暮らす地 方赴任教師家庭(以下、教師家庭)と、親の少なくともどちらか一方の出身地で親戚等に囲まれ三 世代大家族で暮らす地方在住一般知識人家庭(以下、一般家庭)を比較することにより、両者の家 庭環境の相違が家庭言語環境の形成にどのように反映されるか、新たな家庭言語選択肢となりつつ ある英語の導入と、従来家庭の言語とされてきた民族語の継承に焦点をあて、現状と変化を明らか にすることである。 1.2. 構成 本論文の構成は以下の通りである。続く第2 章では、本研究の理論的枠組みである複言語主義と 言語社会化について概説する。第3 章では、2016 年に政府によっておこなわれた3 つの調査—母語 調査、母語能力調査、家庭言語調査—を批判的に検証したうえで、ブータンの家庭言語使用を考察 するうえで考慮すべき社会的影響要因を確認する。第4 章では、本研究がおこなった実地調査の概 要と着眼点について述べ、第5 章にてその結果を報告する。最後に第6 章にて、結論と今後の課題 を述べる。 2. 理論的枠組み 本研究の理論的枠組みである複言語主義と言語社会化理論について概説し、それらに基づき、本 研究の着眼点について述べる。 2.1. 理論的枠組み1:複言語主義 本研究では第1 の理論的枠組みとして、欧州評議会(Council of Europe, 2001)の複言語主義の概 念を取り入れる。複言語主義では、個人においては複数の言語体験が個別に存在するのではなく、 それらが相互関係を築き、相互に補完し合いながら全体として存在すると考える。複数の言語を有 する複言語話者を「完全な、言語的実体であり、融合された全体」(Baker, 2011, p.12)と捉える「ホ

リスティックな視点(wholistic view)」(Grosjean, 2008, p. 9)に基づく。同時にそれは、「進化する、

柔軟な能力(an evolving,malleable competence)」(Grosjean, 2008, p. 9)と捉えられる。「社会的行為

者がたどっていく経験の道筋で、進化し、新たな能力により豊かさを増し、ある部分は補完され、

変化し、ある部分は衰退することもある」(Coste et al., 2009: 12)という考えであり、「個人史」(Coste

7 「知識人」および「知識人層」という用語の使用について、本研究では「人びとの学歴や職業を含む経歴が経

済生活、趣味趣向、思考法に相関し、示差的な傾向性が見出される」(風間,2019: 774)という仮定に基づ き、ブータンの大多数(70%)(JICA, 2010, p. 24)を占める「農民」および「農民層」と区別し、「知識人」とい う用語を用いる。なお本研究では、現在のブータンにおける高等教育への進学状況(21.4% Policy and Plan-ning Division,Ministry of Education(PPD MoE)2017)を勘案し、「知識人」および「高学歴者」を高等教育(大 学)以上修了者と定義する。そして少なくとも両親のどちらか一方が「知識人」の定義に該当する家庭を「知 識人家庭」と定義する。また、一般セクターの開発が進まないブータンでは、高等教育出身者の多くが公務 員(教員も含む)を希望する。したがって公務員と区別する意味で「一般人」という言葉を用いることにす る。

(4)

et al., 2009, p.17; コスト , 他2011, p.258)8の概念に基づくものである。

2.2. 理論的枠組み2:言語社会化理論

第2 の枠組みとして、言語社会化(Language socialization)(Ochs and Schieffelin, 2012)を挙げる。

この理論は、ヒトが言語を媒介としてどのように社会化されていくか、すなわちどのようにしてそ の社会の成員となっていくかを主題に、言語人類学の一分野として発展してきた理論 である(金 子,他,2017)。言語社会化は、言語使用を通しての社会化であると同時に言語を使用するように なるための社会化(Ochs and Schieffelin, 1984)と定義される。

その目的は、新参者(novice、たとえば子どもや移民)が社会に適切に参加できるようになるま での過程を明らかにする(バーデルスキー , 2014)ことである。さらに言語社会化研究では、新参 者と、新参者を受け入れる古参者(expert、親や祖父母世代、ホストコミュニティ)双方の主体性と その相互作用にも着目する。そして新参者の参入により、受け入れ社会の古参者もまた変化してい く過程を明らかにする。たとえば、家庭生活においては、新参者と古参者、すなわち親と子の双方 がいかにそれぞれの行為主体性(agency)を 発揮し、その相互行為の場として家庭の言語環境を形 成していくかに着目する。先行研究においては、子どもの幼少期の養育者との相互関係による社会 化過程に着目した研究(高田他,2016)、地域コミュニティにおける社会化過程に着目し、主流社 会における少数言語民族の次世代育成に着目した研究(山下,2014,他)、その他、移民の社会化 と主流社会の言語習得に伴うアイデンティティの変化の関係を分析した研究(Norton 2000)等があ る。 本研究では祖父母世代に象徴される伝統世界(古参者)に対する孫世代(新参者)の言語社会化の 過程を主題とするが、特に着目するのは、両世代の橋渡し役として介在する親世代の存在である。 民族語を第一言語とし英語とゾンカ語にも堪能な知識人である親世代が、民族語世代である祖父母 世代と、英語とゾンカ語へと比重を増しつつある孫世代の間で自身の役割と立場をどのように認識 し、実践しているかを明らかにする。 3. 政府による家庭言語調査(CBS, 2016)とブータンの背景 はじめに、2015 年に実施された、政府による家庭言語調査である2015 GNH Survey Report (CBS, 2016)の結果とその方法上の問題点を指摘し、続いて家庭言語使用に影響を与える可能性が ある、ブータンの社会的要因を概説する.最後に、政府の調査の問題点を踏まえて本研究ではどの ような方法で調査に臨むか、本研究の立場を示す。 3.1. 「母語」「母語能力」調査と「家庭言語」調査(CBS, 2016) 2016 年、ブータン政府は、2015 GNH Survey Report(CBS 2016)の結果を発表した。当調査は、 ブータン政府が GNH について、ブータン人7,153 人(回収率81%)を対象に行った、全130 問にわ たる聞き取り調査である。そのなかの Cultural Diversity and Resilience(文化的多様性と活力)とい う項目の一環としてブータンの言語状況について3 つの質問調査が行われた。第1 は「母語(mother tongue)」は何かをたずねる質問、第2 はその「母語」の能力をたずねる質問、そして第3 が家庭言

語をたずねる質問である(CBS, 2016, p. 180, Q73–759)。

(5)

第1 の「母語」調査は、国内の20 の異なる言語10のなかから1 つを選ぶというものである。結

果(CBS, 2016, p. 182, Table 65)は、最も多いのがシャーショプカ語(33.72%)、2 番目がゾンカ語 (21.13%)、3 番目はネパール語(18.69%)で、これら3 言語で少なくとも調査対象者の4 分の3 を 占めた。英語は、0.02% と示されている。第2 の「母語の能力」をたずねる質問は「Very well/Quite well/Only a little/Not at all」の4 つの選択肢から選ぶものであった。結果(CBS2016: Table 66)は、都 市部と農村部で差が示された。都市部では「Not at all・Only a little」が合わせて1.25%、農村部では 同じく0.95% であった。第3 の家庭言語調査は、「家庭で最も一般的に用いられている言語は何か、 頻度順に2 つ挙げる」というものである11。結果(CBS, 2016, p.182, Figure 75)は、最も用いられて いるのはシャーショプカ語(32.41%)、続いてゾンカ語(28.57%)、ネパール語(20.00%)であった。 ちなみに英語は0.07% である。 第1、第2 の調査の結果と合わせて考えると、上位3 言語は「母語」と「家庭言語」で同じであり、 順序も同じである。 しかしながら、シャーショプカ語は、「母語」と回答した人と比較して家庭言 語と回答した人の割合が若干少なくなっているのに対し、ゾンカ語とネパール語、そして英語は 「母語」と回答した人よりも「家庭言語」と回答した人の割合が増えている。 当調査では「母語」の定義がなく、回答者がどのように「母語」を解釈して回答したのか、またそ れぞれの民族語でどのように訳されたのか不明である。また当調査を政府が行った意図も不明であ る。しかし「母語をまったく 話せない(Not at all)、またはごくわずかしか話せない(Only a little)」 というのは何を意味するのだろうか。 仮にインフォーマントが当調査における「母語」を「第一言語」と解釈して回答したと仮定した 場合、ある言語を第一言語としつつも成長の過程で「話せなくなった」あるいは「満足に話せなく なった」ことを意味していると考えられる。若干ではあるが、農村部と比較して都市部にてそのよ うな母語能力の喪失、もしくは低下を報告した回答者が多かったのは、近年における都市部への国 内移住者の増加を反映していると予想される。 たとえば農村部で生まれ、ある民族語を母語としつつも都市部へ移住してゾンカ語主体の生活を 送るようになった結果、母語であった民族語の能力を失い、ゾンカ語が主要な言語となっていると いった状況である。特にシャーショプカ語において、母語とする人よりも家庭言語とする人の割合 が減っているのは、都市部への国内移住者多くはシャーショプカ語の話者が多い東部からである ことも関係していると考えられる(NBS, 2018)。ゾンカ語と、さらに英語が、「母語」としての割合 よりも「主な家庭言語」としての割合が増加しているという結果からも、成長および人生の道程で 「母語」の能力や「主な使用言語」に変化が生じている背景がうかがえる。 本研究が多言語社会ブータンにおける家庭言語状況を考えるにあたり、複言語主義の「個人史」 (Coste et al., 2009, p. 17)の概念に着目した理由はここにある。つまり、生涯にわたるさまざまな位 相の言語との接触のなかで、ヒトが第一言語とする言語に加えて、どのように複数の言語を習得 し、使用していくか、その能力と使用頻度、さらに複数言語のバランスがどのように変化していく

9 Q73: What is your mother tongue? Q74: How well can you speak your mother tongue now?(Very well Quite/well/Only

a little/Not at all)、Q75: What are the two most commonly spoken languages in your home?(Please record them in the order of frequency of usage)」(CBC, 2016, p. 180–183)。

10 ブータン固有の17 言語とネパール語、英語、その他。 11 ただし、これら「2 つ」がどのように処理されたのか不明。

(6)

かを「ホリスティックな視点」(Grosjean, 2008, p.9)から捉え、複言語話者としてのブータンの人た ちの言語生活を考えるためである。 3.2. 方法的問題 政府による当調査には、「母語」の定義も含めて方法上の問題が指摘される。ここでは第3 の家 庭言語調査に関して3 つの問題を指摘する。第1 の問題は、当調査では家庭言語として最も一般的 に話されている言語を「2 つ」、その頻度順に挙げるとしていることである。多言語社会であるブー タンでは、民族語だけでも2 つより多くの言語を日常的に用いる人たちが大勢いる。特に地方在住 の年配世代にはそのような人が多い。一方若者世代では、自身の第一言語である民族語にゾンカ語 と英語が加わる形が一般的となる。したがって、当調査の「2 つ」という制限下では、両親の民族 語と国語であるゾンカ語を挙げることで上限となり、現在、多くの家庭で第3 の選択肢として浮上 しつつあると推定される英語の存在が統計上現れない可能性がある。ブータンも含めた多言語社会 においては複数の言語を「母語」および「第一言語」として習得することは珍しいことではない(沓 掛,2018)。したがって「母語」の定義をすることはもとより、一人の人間のなかに複数の基準から 定義された複数の母語の存在を認める立場(Skutnabb-Kangas, 1981, 他)も含めて、「母語」や「家庭 言語」の概念を当該社会の文脈から定義しなおす必要性がある。 第2 の問題は、回答者の背景要因が考慮なされていないという点である。母語能力に関する第2 の質問において都市部と農村部によって相違がみられたように、家庭言語においても、少なくとも ゾンカ語を地域言語とするゾンカ語圏(以下、ゾ圏)と民族語を地域言語とする非ゾンカ語圏(以 下、非ゾ圏)では、家庭における民族語の使用に地域の言語が与える影響にも相違があることが予 想される。 第3 の問題は、子どもの年齢と親の年代による家庭言語の変化と差異が考慮されていないことで ある。子どもは、成長し、地域や学校で新たな言語と接触するようになるにつれて子ども自身の言 語能力や言語使用が変化する。それだけでなく家庭にそれらの「外」の言語を持ち込み、家庭言語 生活をも変えていく可能性がある。さらに親についても世代や地域により学校就学経験の格差や受 けてきた教育の質、社会における英語やゾンカ語の位置づけに相違がある。これらの社会的要因 は、両親の、家庭言語に対する意識の有無・強弱だけでなく、子どもの言語習得における親の役割 や介入に対する見解に相違をもたらす(佐藤,2019, 2020b)。したがって家庭における言語使用の 実践を考えるにあたっても子どもの年齢と親の年代による相違は重要な着眼点の1 つと考える。 3.3. 家庭言語使用に影響を与える可能性がある社会的要因 家庭における言語使用に影響を与える社会的要因として、まず学校教育の普及と、年代間および 地域間の教育普及の格差について概説する。次に、第1 次五カ年計画から第5 次五カ年計画までの 初期五カ年計画(1961–1986)から、第6 次五カ年計画(1987–1991)において大きく転換した政府の 教育政策に言及し、受けてきた教育の相違が親の世代による家庭言語選択に与える影響の可能性に ついて述べる。 3.3.1. 教育の普及と格差の拡大 ブータンは、1961 年に開始された第1 次五カ年計画(1961–1966)から60 年間あまり、近代学校 教育の拡大と浸透を国家計画の第一優先事項の1 つに据えて取り組んできた。第1 次五ヵ年計画

(7)

当初400 人程度だった生徒数は、2017 年3 月の時点で167,108 人(PPD MoE, 2018, p. 2)となり、6 ∼12 歳の子どもたちの92.9% が初等教育に就学している(PPD MoE, 2018, p. 5)12。その一方で1 学 年に入学した生徒のうち、正規年齢の6 歳で入学した生徒は62.7% に留まる。残りの37.3% は、 遠隔地や遊牧民の子ども等、通学に難があることもあり、正規の年齢で入学できていない(PPD MoE, 2017)。教育を受けた世代が徐々に親となりつつある一方で、国勢調査(OCC, 2006)によると 6 歳以上の国民の小学校就学率は、成人も含め男性が60.4%、女性は43.7% である。男性の39.6%、 女性の56.3% は、学校に通った経験をもたない。ブータンの6 歳以上の人口558,522 人中264,927 人に上る。現在のブータンの小学校就学率が90% を超えていることを考えると、成人のいかに多 くが学校教育の経験がないか推察できる。 同調査によると全国民の識字率は59.5% であるが、都市部の識字者は75.9%、農村部の識字者は 52.1% であり、都市と農村部で教育格差がみられる。ブータンは、現在、教育を受けた世代とその 機会に恵まれなかった世代が混在するとともに、同じ年代でも、つまり同じ親世代であっても、教 育を受けた親と受けなかった親が混在する過渡期にある。子どもの幼少期より家庭で英語やゾンカ 語を導入して早期から教育的配慮を施せる家庭がある一方で、親自身は文字を読み書きすること もできない家庭も存在する。教育の「(1)世代間の格差と(2)国内地域間の格差」(杉本,2016, p. 24) は、「情報量の格差と文化的格差」(杉本 2016: 24)を導く。更に世帯主の教育程度は家庭の貧困度 と関係している(JICA 2010)。両親の教育格差は、家庭の経済的格差を生み、次世代にまでその格 差をもち込む循環を生んでいる。 図1、2 は、現在(2017 年)のブータンにおける両親世代(20 代–50 代)の識字率(NSB, 2018 より 算出)を、男女合わせた集計と、男女別の集計をそれぞれ示したものである。この世代は、地域、 世代、性別による教育の普及に特にむらがあった世代であるため、識字率の相違が大きい。20 代 の若い両親世代では男女合わせて識字者が64.8% と半数を超えるが、50 代の年配の両親世代では 逆に非識字者が71.1% を占める。本研究で対象とする「知識人」家庭がいかに限られた階層である 図1. 就学年齢の子どもの両親世代(20 代から50 代) の識字率(2017 年現在) 図2. 就学年齢の子どもの両親世代(男女別)の識字 率(2017 年現在)

12 在学者数は小学校(Primary School)、前期中学校(Lower Secondary School)、中期中学校(Middle Secondary

School)、高等中学校(Higher Secondary School)の総計に、拡大教室(Extended Classroom: 分校としての位置 付け)の在学者数を加えたもの(PPD MoE, 2018)。

(8)

かがわかる。 3.3.2. 教育方針の転換と両親の世代差 第1 次五カ年計画から第5 次五カ年計画までの初期五カ年計画(1961–1986)は、学校教育の拡大 と教育を通した共通語の普及が国家の最優先課題のひとつとされた時代であった。この時代は、特 に教授言語である英語の実用機能と威信性13に大いに期待がかかった時代でもある。続く第6 次五 カ年計画(1987–1991)において政府は、精力的に国民国家の形成に乗り出した。ゾンカ語は国家ア イデンティティの核として国民国家教育の支柱となることで象徴機能が付加された。同時に、1987 年に教育省管轄下に設置されたゾンカ語開発委員会(DDC)(平山,2006)の主導で標準化が進めら れ、近代的語彙の充実や文字の開発、文法的整備等、言語の実用機能も拡充した。 現在学齢期の子どもをもつ両親世代(20 代後半から50 代)のなかには言語の実用的機能に焦点 があった初期の時代の教育を受けてきた世代と、その後ゾンカ語の象徴機能が付加された時代の教 育を受けてきた若い世代が混在する。同じ両親でも世代により受けてきた教育や、社会における英 語とゾンカ語の機能が異なっている。しかも現在政府は、ゾンカ語を凌ぐ勢いの英語の隆盛を危惧 し、公務員のゾンカ語使用を義務化する方針を示した14。これは、高等教育出身者の多くが公務員 となるブータンにおいて、将来的必要性や威信性という意味でもゾンカ語の重要性が増したことを 意味する。わが子の将来を案じる両親の言語選択に影響する可能性がある。 3.4. 本研究の立場 本研究では、多言語社会では複数の第一言語15、もしくは第一言語に近い状態で幼い頃から複数 の言語を習得し、使用していくこと、また家族のメンバーの成長や生活の変化によって家庭言語も 変化していくことを前提としたうえで、後述のように、家庭内言語に子どもの成長と親の世代とい う時間的要素を加味して家庭内言語の調査をおこなった。したがって、「ひとつの」または「主要な 2 つ」という数を限定するのではなく、むしろどれほど複数の言語が併用され、家族の歴史のなか でどの言語は使われなくなり、どの言語が新たに加わるかという変化に着目する。 4. 実地調査 はじめに調査の概要を述べたうえで、本研究が先におこなった家庭環境および親の家庭言語につ いての意識調査について概説する。次に本研究のインフォーマントおよび質問項目について説明す る。 13 本研究は「威信性」を「社会的・経済的成功に役立つ言語の価値」(Weinreich 1974: 79)の意味で用いる。 14 政府は、2005 年国会第84 回会期においてすべての公的会議はゾンカ語でおこなわなければならないことを 決議した。さらに2018 年2 月28 日に、首相が1993 年の国王憲章(国王は、ゾンカ語はブータン人のアイデ ンティティであり、政府はゾンカ語を保護し、使用を推進する旨を宣言した)を再確認し、再度、2005 年 の決議の遵守、公務員のゾンカ語使用の厳守を宣言した(Kuensel Online 2018 年2 月28 日記)。 Retrieved 30 June, 2019, from http://www.kuenselonline.com/govt-assures-support-to-promote-dzongkha/.

15 ブータンで「あなたの「母語(mother tongue)」は何ですか」とたずねると、村の名前や両親の民族の名前が回

答される等、解釈が統一されない。したがって、本研究では「母語」という用語は用いず、インフォーマン トの言語をたずねる場合は、複数の可能性をもって「第一言語」という用語を用いた。

(9)

4.1. 調査の概要 2017 年3 月から4 月にかけて、中央ブータンの都市部(ブムタン)と農部(トンサ)の三世代同居 一般家庭とした家庭内言語調査をおこなった。これらの一般家庭は、中央ブータンで外国人客を多 く迎えるホテルやレストラン等のオーナーやフロントスタッフ、技術指導員等、日常的に英語と ゾンカ語を業務で使用し、両言語に堪能な知識人を両親とする家庭である。比較として同じく中 央ブータンに赴任中の教師家庭を設定した。ブムタンとトンサの教育機関—ジャカル高校(ブムタ ン)と言語文化大学(トンサ)—に勤務する現役教師の家庭である。一般家庭・教師家庭ともに、ゾ ンカ語と英語に堪能な知識人を両親とするが、一般知識人は地元出身者が多くを占めるのに対し て、地方赴任教師は、他地方出身で現在は中央ブータンに家族で暮らす。全国的に土地と言語の関 係が希薄化しつつあるなかで本研究が対象としたこのブータン中央部は、比較的小規模な民族語が 林立し、現在に至っても人の移動が少ないことで知られる16。昔ながらのブータンの多言語生活の 面影を残す地域といってよい。そのような土地で、家族形態の異なる一般家庭と教師家庭を比較す ることにより、ブータンの伝統的な家族形態である三世代同居の大家族で暮らす家庭に、現在起き つつある言語使用と言語継承の変化を浮き彫りにする。調査は、質問紙調査、インタビュー調査共 にすべて英語による。 4.2. 先行調査 本研究では、社会的変化が家庭における言語実践に影響を与える仕方について、Gal(1979)およ び簡(2002)が提唱する間接的な作用の考え方を支持する。複数の社会的要因が話者の言語に対す る価値判断に影響し、その変容が言語使用のパターンを変えるという考えである。ブータンの家庭 言語に影響を与える可能性がある社会環境的要因を、マクロレベルとメゾレベルの2 段階にわけて 考察する。第1 のマクロレベルは、ブータン社会における政治・経済・文化的影響要因である。社 会の言語状況や教育状況等、時代の転換期にあるブータンの現在について考察する。第2 のメゾレ ベルは、より直接的なレベルにおける家庭環境要因である。本研究の実地調査ではまず前調査とし て、対象とする教師家庭と一般家庭について両家庭の家庭環境の相違を明らかにした。そのうえで これらの家庭環境が家庭におけるミクロレベルの両親の言語意識にどのように反映され、さらに意 識の変化が、実践、現状認識にどのように反映されるかを明らかにした。前調査による家庭環境の 相違と、意識調査の結果(佐藤,2019, 2020b)を先行調査として以下に示す。 4.2.1. 家庭環境調査 家庭内の言語環境に影響を与える4 つの家庭環境因子—(1)両親の学歴と英語とゾンカ語の能 力、(2)両親の結婚形態、(3)両親の出身地と現在の居住地との関係、(4)家族構造と親戚との接触 頻度—について、本調査の2 つの家庭群—一般家庭と教師家庭—を比較した。 16 中央ブータン(ブムタンとトンサ)」は、ブータンを東西に横断する東西縦貫通道路の中継地点にあたる。言 語的には、西のゾンカ語、東のシャーショプカ語、南のネパール語という話者人口20% 前後(CBS 2016)の 民族語に囲まれるなかケンカ語(話者人口8.1%)、ブムタンカ語(同2.9%)、クルトップ語(同2.9%)等、話 者人口5.0% 前後もしくはそれ以下の民族語が林立するブータンきっての多言語地域である。住民の滞在期 間が全国で3 番目に長く(34.7 年)、県内における移民率は全国2 番目に低い(29.0%)。土地と民族の固定的 な結びつきが強い地域である。

(10)

(1) 父親と母親の学歴と英語とゾンカ語の能力 父親と母親の学歴は、知識人家庭(教師家庭、一般家庭)ではいずれも父親・母親共に大学卒業 以上が50% を超えている。知識人家庭では、父親と母親が共に高い学歴をもつことがわかる。言 語能力(自己申告)については、知識人家庭では両群ともゾンカ語は上・中級、英語についても教 師家庭では父親・母親共に80% 以上が上・中級、一般家庭では父親は80% 以上、母親も60% 以上 が上・中級となっている。言語能力についても、知識人家庭では職務で英語、ゾンカ語を用いてい るインフォーマント自身はもちろん、その伴侶も両言語の高い能力をもっている。 (2) 両親の結婚形態17 当調査の結果(表1)からは、教師家庭では47.0% と半数近くが異言語話者間結婚(S ゾ家庭 23.5% と W 異民家庭23.5% の計)である。一方、同じ高学歴であっても一般知識人家庭の場合、異 言語話者間結婚は23.4%(S ゾ家庭9.1% と W 異民家庭14.3% の計)であり、教師夫婦と比較して異 言語話者間夫婦の割合は低く、同じ言語民族同士の結婚が71.4% と高い割合を占める。 (3) 父親・母親の出身地と現在の居住地との関係 現在の居住地と両親の出身地との関係は、父親と母親の少なくともどちらか一方が一致している 場合は「一致」、どちらも一致しない場合を「不一致」とした。結果は、教師家庭の場合は本人の出 身地や第一言語とは関係なく赴任地が決定される現行制度を反映し、「不一致」の割合が 73.5% と 高い。対照的に一般家庭は、「一致」の割合が有意に高く92.6% であった。 (4) 家族構造と親戚との接触頻度 先の結婚形態に関する調査から、父親・母親の第一言語に民族語を含む家庭(教師家庭 30 家庭、 表1. 両親の結婚形態 教師家庭 家庭(%) 一般家庭 家庭(%) W ゾ S ゾ W 同民 W 異民 W ゾ S ゾ W 同民 W 異民 1(3.2) 8(25.8) 14(45.2) 8(25.8) 7(25.0) 2(7.1) 17(60.7) 2(14.3) ゾ含家庭9(29.0) 非ゾ含家庭22(71.0) ゾ含家庭9(32.1) 非ゾ含家庭19(67.8) 非民含家庭 1(3.2) 民含家庭 非民含家庭 7(25.0) 民含家庭 30(96.8) 21(75.0) 31(100.0) 28(100.0) 「ゾ含家庭」:両親の言語にゾンカ語を含む家庭、「民含家庭」:両親の言語に民族語を含む家庭  W ゾ:W ゾンカ語家庭、S ゾ:S ゾンカ語家庭、W 同民:W 同民家庭、W 異民:W 異民家庭 17 ブータンの家庭における結婚形態は、ゾ圏、非ゾ圏共通の分類として両親の言語(第一言語)の組み合わせ から、以下の4 つの範疇に分類される :(1)両親が共にゾンカ語を第一言語とする家庭:「W(Double)ゾンカ 語家庭(表2 以下同 W ゾ)」、(2)両親のどちらかがゾンカ語を第一言語とし、もう一方は民族語を第一言語 とする家庭:「S(Single)ゾンカ語家庭(S ゾ)」、(3)両親の両方が民族語を第一言語とし、両親の民族語が同 じである家庭:「W 同民家庭(W 同民)」、(4)両親の両方が民族語を第一言語とし、両親の民族語が異なる家 庭:「W 異民家庭(W 異民)」。

(11)

一般家庭27 家庭)を対象に、家庭言語への影響が指摘される2 つの要素:家族構造(Caldas, 2012)

と縁戚との交際(Harding-Esch & Riley, 2003)についてたずねた18

教師家庭の場合、三世代同居家庭は皆無であった。子どもが両親以外に父親/母親の言語と触れ る機会も低く、「毎日」と「週一回程度」を合わせても10% である。逆に一般家庭では、三世代家庭 が77.7% を占め、子どもが両親以外に父親・母親の言語と触れる機会も「毎日」と「週一回程度」を 合わせて88.9% と非常に高いことが明らかになった。 一般家庭の場合、父親・母親の言語を両親 以外の大人たちからも入力される機会があるだけでなく、言語が実際のコミュニケーションという 実用的機能をもって使用されるモデルを与えられることになり、子どもにとって父親・母親の民族 語を習得し、使用を維持していくための動機付けとなるという意味をもつ(乌日嘎,2012)。 4.2.2. 意識調査(佐藤,2019, 2020b) 教師家庭の両親は、子どもが幼い頃から家庭言語について高い意識をもっている。最初は、地方 に赴任したことで、子どものゾンカ語や英語習得がゾンカ語圏在住の子どもと比較して不利になる のではないかという懸念から始まり、親が意識して両言語を導入することを親の役割と考える傾向 がうかがえた。しかしながら、その後、ゾンカ語や英語の習得に問題ないことが明らかになる一方 で、むしろ地域の言語が子どもによって家庭に持ち込まれるようになり、親自身の言語の継承を懸 念するようになる、という変化がみられた。 一方、一般家庭の両親は、家庭言語選択に対する意識が低く、しかも意識する時期も遅い傾向が ある。その後、子どもが成長して、子ども自身が、学校で学んだゾンカ語や英語を家庭へ持ち込ん できたことで、親は初めて家庭言語を意識するようになるという例が多くみられた。その際、両親 の関心は、民族語しか話せない祖父母世代との関係性にある。子どもには、ゾンカ語と英語と民族 語の適切な使い分けを身に着けることを望み、それを促すことが親としての役割と考える傾向がう かがえた。ただし両親の年代による変化として一般家庭においても、若い世代の両親は、家庭言語 に高い意識をもつ傾向が見え始めている。 両家庭に共通することは、子ども自身の成長と言語社会化がもたらす影響である。教師家庭で は、子どもが地域生活を始めて地域の言語を持ち込んできたことが、それまでゾンカ語や英語の習 得に関心の焦点があった両親に親自身の民族語の継承へ関心を喚起するきっかけとなっている。一 方、一般家庭では、それまで家庭言語やその計画について意識していなかった両親が、子どもが学 校生活をはじめて英語やゾンカ語を持ち込んでくることにより、家庭言語に対する意識を喚起さ れ、祖父母世代と子ども世代の橋渡しとしての自身の役割や位置づけに対する認識を促される傾向 が指摘された。 4.3. インフォーマント 家庭環境分析に基づき、「一般家庭」の対象を「1 人以上の子どもがいる家庭で家庭内言語選択肢 として民族語をもつ知識人家庭」であること、さらに「少なくとも両親のどちらか一方が地元出身 者であり、三世代大家族で暮らす家庭」21 家庭に限定した。また対照群とした教師家庭についても 「家庭内言語選択として民族語を選択肢としてもつ」ことを条件として 30 家庭を選出した。以降、 18 選択肢:a 核家族、b 三世代同居等の拡大家族;縁戚との交際、親戚や同じ民族語話者等、両親以外に子ど もが両親の民族語と接触する頻度—選択肢:a 毎日、b 週1 回程度、c 月1 回程度、d 年数回程度。

(12)

計51 家庭について分析をおこなう。それにより両群は「三世代同居家庭」か「核家庭」かという、 家族を取り巻く家庭環境の相違による家庭言語状況の比較が可能となる。 4.3.1. 職業 調査群(一般家庭)の父親か母親(どちらか1 人:世帯主)の職業の内訳は、ホテル、レストラン オーナー(5 人)、ホテル、レストラン従業員(12 人)、商店経営者(3 人)、工事技術関係者(1 人) (計21 人)である。対照群(教師家庭)は全員現役教師(30 人)である。 4.3.2. 親と子の年齢分布 調査群、対照群を合わせた全両親(102 人)の年齢は、29 歳未満が37 人(36.3%)、 30∼59 歳が65 人(63.7%)である(平均年齢42.4 歳、最年少:24 歳、最年長:50 歳)。全員がブータンで近代的学 校教育が本格的に導入された1960 年代以降の世代である。 子どもは各家庭の第1 子を対象とした。子ども(第1 子)の年齢は、最年少が生後6 か月19、最 年長が27 歳である。内訳は、最後に資料として示す(資料表6)。第1 子51 人中、小学校入学前の 5 歳以下は、23 人(45.1%)(一般家庭13 人、教師家庭10 人)、 6 歳以上は28 人(54.9%)(一般家庭8 人、教師家庭20 人)である。 4.4. 質問項目 家庭言語実践について本調査では、夫婦間と親子間の言語使用、および親子間言語の変化に着目 した。質問は、以下の3 項目である:質問1 父親・母親間言語、質問2 親子間言語、質問3 回想質 問。 4.5. 分析の観点と方法 はじめに分析の観点として、2 つの観点—第1 に教師家庭と一般家庭の比較、第2 に子どもの年 齢と両親の世代—を説明する。続いて、第2 の観点をめぐり本研究が手法として用いる「回想質問 (retrospective question)」について説明する。 (1) 分析の観点 分析は2 つの観点からおこなう。第1 の観点は、教師家庭と一般家庭の比較である。先の4 つの 家庭環境因子の分析における両家庭の相違と、それに伴う家庭言語に対する両親の意識の相違—意 識の有無、意識化の時期、親の介入や役割に対する認識の相違—が、実際の言語実践にどのように 反映されているかに着目する。 第2 の観点は、子どもの年齢と両親の世代である。子ども自身の成長による家庭言語の変化に加 え、5 歳以下の子どもをもつ若い世代の両親と6 歳以上の子どもをもつ年配世代の両親の言語観や 19 2 歳以下では子ども自身が応答するとは考えにくい。しかし、de León(1998, 2012)は複数の人物による会話 において、親(養育者)が幼児の喃語や非言語行動を通した乳児の意思を第3 者に直接話法を用いて言語化 して伝える様子を観察し、言語社会化の立場から、親は子どもとの相互行為のなかで家庭言語を形成してい く(バーデルスキー , 2014)と結論した。子どもは、たとえそれが言葉を発しない乳児であれ親と並ぶ家庭言 語形成の「行為主体者(agents)」(Ochs & Schieffelin, 2012)となり得る。したがって本研究においても乳幼児 も対象に含めることとする。

(13)

家庭言語に対する自身の役割に対する意識の相違が家庭言語使用にどのように反映されるかに着目 する。 (2) 「回想質問」 分析の第2 の観点について、具体的には子どもの年齢により集計を分ける方法を採る。子どもの 年齢を5 歳/6 歳でわけたのはブータンでは6 歳から初等教育が始まるからである。英語を教授言 語とし、英語とゾンカ語のみに限定された学校生活および複数の言語民族出身の児童と交流する学 校生活の開始は、子どもに少なからぬ影響を与えることが予想され、家庭言語生活にも影響がある と仮定した。なおもし仮に両年齢群における家庭言語状況に相違があった場合、ふたつの要因が仮 定される。ひとつは、子どもの成長による言語使用の変化(年齢による差異 age differences)、もう 1 つは5 歳以下の子どもをもつ両親と、6 歳以上の子どもをもつ両親という両親の世代の相違(世 代間差異 generational differences)である。 現在のブータンは世代による両親の教育格差が著しく、世代により受けてきた教育の質も異な る。本研究の対象となった両親はどの世代も高学歴で高い言語能力をもつものの、世代による言 語観や教育観に相違がある可能性は否定できない。年齢による差異か世代間差異か、いずれの要因 によるものかを検証するためには通時的な調査データと比較するのが理想であるが、通時的な調 査データを入手できない場合は、回答者に昔のことを思い出してもらう回想質問が有効とされる (簡,2002; Lieberson, 1980)。 本研究では6 歳以上の子どもをもつ両親を対象に子どもが5 歳以下の ときの状況を回想してもらい、その結果を6 歳以上になった当家庭の言語状況および現在年齢5 歳 以下の子どもの家庭の言語状況と比較する方法を用いる。 先の図1、2 が示すように、成人の場合、20 代か30 代以上かが識字率の変化の1 つの境となる。 今回の調査では、5 歳以下の子どもをもつ家庭の両親の平均年齢は27.3 歳、6 歳以上の子どもをも つ家庭の両親の平均年齢は、47.2 歳であった。したがって、子どもの年齢による相違と親の年代に よる相違を考えるうえで、子どもの年齢による5 歳以下と6 歳以上を境とすることで、親の世代と しても「20 代の若い世代」と「それ以上の年配世代」として区分するのが適当と考えた。 5. 調査結果 両親の言語の組み合わせや、父親と母親の間でどの言語が用いられるかは、子どもも含めた家族 の言語を決定する重要な要因となる(Pauwels, 1985; Paulston, 1994; Clyne & Kipp, 1997; Klerk, 2001; Viikberg, 2002)。 Piller(2001)は、多くの夫婦は、どの言語をわが子に用いるかを意識して決めて いるわけではなく、夫婦間の会話のやり取りが習慣となり、そのまま親子間の言語となっていくこ とを明らかにした。Xiao-Lei(2012)は、子どもは両親の自然な会話を耳にして育つことから両親 間の言語使用は、子どもの言語習得において重要な影響を与えると指摘する。 5.1. 質問1:夫婦間使用言語 質問1 では、父親と母親間で用いられる言語(選択肢:ゾンカ語、英語、民族語)とその言語を 用いるようになった経緯や現状についてコメントを求めた20。図3 は、夫婦間の使用言語を教師家 庭と一般家庭それぞれについて示したものである。合わせてコメントも示す。 20 コメントにおけるインフォーマントの属性(以下同様):居住圏、結婚形態、第一言語、子どもの年齢。

(14)

教師家庭からのコメント 教師 a 「妻(母親)がゾンカ語話者であるし、親の会話は子どもに影響するので、夫婦間でもゾン カ語と英語を用いるようにしている」(教師、S ゾ、ブムタンカ語、子:5 歳)。 一般家庭からのコメント 一般 a「祖父母が同居しているので夫婦の会話も含め、全員が理解できる言葉(民族語)が自然に 使われる」(一般、W 同民、トンサップ語21、子ども:9 歳)。 一般 b「夫婦が同じ言語なので別の言語(ゾンカ語)を用いるとしたら、TV を観ているときや仕 事の話をしているときなど、話題や状況の流れのなかでということになる」(一般、W 同民、 トンサップ語、子:4 歳)。 一般 c「夫婦ではネパール語が主流。子どもが産まれて子どもに対してもずっと親の言語(ネ パール語)とゾンカ語を使ってきた。子どもが成長してゾンカ語が多くなり、学校にあがると 英語もどんどん増えてきていた。それに伴って夫婦の間でもゾンカ語や英語が増えてきている 気がする」(教師、W 同民、ネパール語、子:12 歳)。 5.1.1. 分析1:教師家庭と一般家庭の比較 ゾンカ語は、教師家庭、一般家庭の相違なく知識人家庭の全家庭で使用が「標準」となっている。 相違は英語と民族語の使用の割合、および複数言語率である。教師家庭では、「ゾンカ語+英語」も しくは「ゾンカ語+民族語」が半々という形である。一方、一般家庭では、「ゾンカ語+民族語」が 77.3% と大半を占める形となった。 教師家庭の両親からは、「子どもとの会話にも影響するので、夫婦間でもゾンカ語と英語を用い 図3. 夫婦間の使用言語 (全年齢) 21 字義的には「トンサップ」とは「トンサの人」を意味し、言語名ではない。しかし面接調査も含め、本調査で 第一言語をたずねる質問に対して「トンサップ」と答えたインフォーマントが多数に及んだ。当地域(トン サ)で広く話されているのはブムタンカ語、ケンカ語、クルトェカ語、ザラカ語等である。ブムタンカ語と ケンカ語は別に言及されることが多かったことから、それ以外の言語あるいはその総称と思われる。

(15)

るようにしている」(コメント教師 a)というように、子どもへの影響を意識して夫婦間でも英語、 ゾンカ語を使用しているという声が多く聞かれた。教師家庭の両親は、夫婦間でどの言語を用いる かが子どもに影響を与えることや、夫婦の言語が子どもも含めた家族の言語となる可能性が高いこ とを自覚し、夫婦間の言語を意識的に選択している傾向がうかがえた。教師家庭の W 同民家庭の うち2 家庭は夫婦が同じ民族語をもちながらもそれを夫婦間で用いていない。子どもへの影響を意 識し、夫婦間でも英語とゾンカ語を用いているというコメントがあった。 一般家庭では、W 同民家庭17 家庭すべてが共通の民族語を夫婦言語としている。夫婦間で民族 語を用いていない4 家庭は、S ゾ2 家庭と W 異民2 家庭である。これらの家庭では、ゾンカ語を主 流としているというコメントがあった。一般家庭の特徴は、複数言語率の高さである。ゾンカ語に 加えて民族語を用いる夫婦が多いからである。教師家庭の夫婦間言語の複数言語率22は180.0% で あるのに対し、一般人家庭では204.8% である。教師家庭では1 家庭平均2 言語弱を用いているの に対し、一般家庭では1 家庭で平均2 言語以上用いているということになる。 5.1.2. 分析2:一般家庭における5 歳以下の子どもの家庭と6 歳以上の子どもの家庭の夫婦間の言 語使用の比較 図4 は、一般家庭の夫婦間で用いられる言語を子どもの年齢別に集計したものである。 ゾンカ語は全家庭で用いられている。民族語が5 歳以下の家庭の夫婦間で69.0% と低いのは、W 異民家庭と S ゾ家庭4 家庭がいずれも5 歳以下に入るからである。W 同民家庭では子どもの年齢に 問わず、全年齢の家庭で用いられている。夫婦間で英語を用いているという回答は5 家庭からあっ た。結婚形態別には、W 異民家庭の1 家庭と W 同民家庭4 家庭であるが、子どもが5 歳以下で英 語を用いているという家庭は、現在子どもが5 歳以下の W 異民家庭1 家庭のみである。両親の言 語が異なり共通の民族語がないことから、結婚以前からゾンカ語と英語を用いていたということで 図4. 一般家庭夫婦間の言語使用 子どもの年齢別内訳 22 「複数言語率」とは,この場合,1 家庭(夫婦間)で平均どれほど複数の言語が用いられるか,すなわち言語レ パートリーの幅を示す.家庭で用いられた言語の総和を家庭数で除して求める.「教師家庭の夫婦間言語の 複数言語率1は180.0%」「一般人家庭では204.8%」とは,教師家庭では一家庭平均1.8 言語,一般家庭では一 家庭平均2.1 言語用いられていることを意味する.

(16)

ある。 他の W 同民4 家庭では、いずれも子どもが就学してから英語を用いるようになった。きっかけ は、子どもが成長し、特に就学して学校で学習した英語を家庭に持ち込むようになり、家族言語に 英語が加わったことである。それにより夫婦間でも自然に英語を使用するようになったという(コ メント一般 c)。 子どもの言語社会化は、両親間の言語使用にも影響を与えることがうかがえる。 5.2. 現在の親子間言語 質問2 では、親子間で用いられる言語(選択肢:ゾンカ語、英語、民族語)とその言語を用いる ようになった経緯や現状についてコメントを求めた。 5.2.1. 現在の親子間言語:全年齢 図5 は、質問2 の調査結果を全年齢で集計したものである。 続いて、親子間の使用言語について、 教師家庭と一般家庭から寄せられたコメントを示す。 教師家庭からのコメント 教師 a「地方(非ゾ圏)で育つと西部(ゾ圏)の子どもたちと比較してゾンカ語能力が劣り、将来 不利になるのではないかと不安だった。妻(母親)がゾンカ語話者なので家庭ではゾンカ語を 用い、子どもが学校に上がったら英語に集中できるようにしたいと思っている。私自身(父 親)の民族語はまったく用いていない」(教師、S ゾ、ブムタンカ語、子:5 歳)。 教師 b「もともと子どもとは夫婦の民族語を使っていたが、子どもが3、4 歳頃からゾンカ語が増 えてきた。今(9 歳)は、英語とゾンカ語が主体となっている」(教師、W 同民、シャーショプ カ語、子:9 歳)。 一般家庭からのコメント 一般 a「祖父も含めて家族全体では基本的に民族語(トンサップ語)を使用していることに変わり はないが、子どもはどうしても学校で習ったゾンカ語や英語を使いたがる。特に下の子(3 歳) 図5. 現在(2017 年時点)の親子間使用言語(子どもの全年齢)

(17)

は、上の子ども(8 歳)の影響でゾンカ語主体で育っている(一般、W 同民、トンサップ語、 子:8 歳)。 一般 b「夫の祖父母と同居している。夫婦間ではゾンカ語だが、子どもには、わたし(母親)は自 分のシャーショプカ語を使い、夫(父親)と祖父母はケンカ語を使っている。全体的にはケン カが主。祖父母も一緒のときはわたしもケンカ語を使うことで子どもには使いわけることを教 えたいと思っている」(一般、W 異民、シャーショプカ語、子:3 歳)。 一般 c「今は、子どもたちが幼いので(2 歳と3 歳)、家庭全体が民族語が主だが、TV の影響も あり、だんだんゾンカ語が増えてきていることも確か」(一般、W 同民、ブムタンカ語、子:3 歳)。 分析:現在の親子間言語の教師家庭と一般家庭の比較 教師家庭では両親間同様、親子間でもゾンカ語が全家庭で用いられている(表5)。 家庭言語と して定着していると考えられる。英語は、両親間では12 家庭(40.0%)であったが親子間では21 家 庭(61.8%)である。両親間では用いなくとも親子間では用いている家庭が9 家庭(30.0%)ある。民 族語は両親間で用いていた12 家庭(35.3%)はそのまま親子間でも用いている。ただしコメントか らは、子どもの成長に伴い親子言語の比重が民族語から英語とゾンカ語に移ってきていることがう かがえる(コメント教師 b)。英語とゾンカ語が増えたことにより、複数言語率は、両親間と比較し て親子間のほうがあがっている(両親間147.1%、親子間164.7%)。 一般家庭では、両親間ではゾンカ語を用いても親子間では用いていない家庭が5 家庭ある (22.7%)。 子どもがまだ幼いため親は自然に自分の民族語で話しかける形になるという。逆に教 師家庭で幼い子どもにゾンカ語や英語を用いている家庭がいかに両親の意識的な導入であるかがう かがえる。一般家庭において親子間で民族語が用いられる背景には、祖父母が同居しているという 要因が大きい(コメント一般 a、b)。 W 異民、S ゾ家庭はいずれも地元(ブムタン、トンサ)側の 親の祖父母世代と同居している。W 異民家庭では両親がそれぞれ異なる言語を子どもに用いる「一

親一言語方式(One person, One language)」(Baker, 2011, p. 100)を採用しているというコメントが

あった(コメント一般 b)。この家庭では夫婦間ではゾンカ語を用いている。特に母親(シャーショ プカ語話者)が子どもに自分自身の民族語を継承させたいという強い意向をもつがゆえの選択とい う。一般家庭においても教師家庭同様に英語は、夫婦間での使用よりも親子間で増えている(夫婦 間22.7%、親子間71.4%)。増加率は、一般家庭では夫婦間が低かった分、教師家庭よりも大きい。 夫婦間と親子間の英語使用率の差は、教師家庭では夫婦間では英語が40.0% 使用されていたのに対 し、親子間では61.8% になり、 21.8% の増加である。一方、一般家庭では夫婦間は22.7% であった のに対し親子間では71.4% で、48.7% という大幅な増加となった。親子間全体における英語使用の 割合も、教師家庭では61.8%、一般家庭71.4% であり、一般家庭が上回る結果となった。一般家庭 からは、「子どもが学校で英語と習うようになったことで子どもから英語で話しかけてくるように なり、親子間で頻繁に用いるようになった」(コメント一般 a,他)という声が多数寄せられた。 5.2.2. 現在の親子間言語:年齢別内訳 図6 と図7 は、親子間言語を現在の年齢で5 歳以下と6 歳以上にわけて集計したものである。 教 師家庭と一般家庭を比較して分析をおこなう。

(18)

分析:教師家庭と一般家庭の親子間言語の比較

英語・ゾンカ語使用について、教師家庭では親の意識の高さから子どもへの影響を考え、夫婦間 でさえも英語やゾンカ語を意識的に用いていた。さらに教師家庭の子どもが5 歳以下の家庭におけ

図6. 現在5 歳以下 親子間使用言語

(19)

る英語使用率は、80.0% に及ぶ(表6)。一般家庭では、両親の意識がさほど高くない分、子どもが 幼い頃は「自然な形」つまり両親の第一言語である民族語が用いられ、ゾンカ語や英語の意識的な 使用は控えられる傾向がある(共に61.5%)(図6)。しかし両家庭共に子どもの成長により子ども自 身が家庭に持ち込む形で英語・ゾンカ語は家庭言語として定着していく。特にその傾向は、一般 家庭に強く見られ、結果、6 歳以上の家庭だけで比較すると(図7)、ゾンカ語はともに100% であ るが、英語については、教師家庭65.0%、一般家庭87.5% と、一般家庭が上回る結果となる。それ により5 歳以下の家庭では教師家庭と一般家庭におけるゾンカ語、英語の相違が大きい。ゾンカ語 は、教師家庭では100.0%、一般家庭61.5% である。表2 は、子どもの年齢別にゾンカ語と英語にお ける教師家庭と一般家庭の差を示したものである。 ゾンカ語について、 両家庭の差は38.5% で教師が多い。一方、英語は、教師家庭では80.0%、一 般家庭では61.5% であり、両家庭の差は18.5% で、やはり教師家庭が多い。しかしながら、6 歳以 上になると、ゾンカ語は両家庭とも全家庭で用いられ、家庭による差はなくなる。英語逆に教師家 庭65.0%、一般家庭87.5% となり、両家庭の差は22.5% で、逆に一般家庭の方が多くなった。 現時点(2017 年現在)の年齢で比較した場合、5 歳以下の家庭では両家庭におけるゾンカ語、英 語の差が大きく、教師家庭のほうがより多くこれらの2 言語が用いられていたのに対し、6 歳以上 になると両者の相違は縮小する(表2)。また総合的に一般家庭のほうがゾンカ語・英語の使用が多 いということになる(図7)。 民族語の使用は、教師家庭では年齢による相違がみられる。5 歳以下、すなわち若い世代の両親 では30.0% と低い(6 歳以上でも45.0% と、一般家庭と比較すると半分以下である)。一般家庭では 年齢を問わず全家庭で用いられている。 複数言語率は、教師家庭では5 歳以下では両親が意識的にゾンカ語と英語を導入しているが、そ の分、民族語が低いため210.0% である。6 歳以上では民族語が少し多いが英語がむしろ減少して いることから同じ210.0% となった。一般家庭では、5 歳以下では民族語に主軸があるため223.1% であるが、6 歳以上は民族語の使用が維持されたまま英語とゾンカ語が増えていることから複数言 語率は287.5% と、一家庭で3 言語平均近くに増加した。 以上の結果から、子どもの年齢によって家庭言語使用に相違があることが明らかになった。教 師家庭では5 歳以下家庭と比較して6 歳以上の家庭では英語使用の割合が減少している。逆に民族 語は6 歳以上の家庭のほうが多いという結果である。一方、一般家庭では5 歳以下の家庭と比較し て、6 歳以上の家庭ではゾンカ語も英語も大幅に使用割合が多い。ただし、これらの相違が、子ど もの成長により生じたものであるのか(年齢による変化)、それとも両親の世代による相違(世代 表2. 年齢による教師家庭と一般家庭の差 % 5 歳以下の家庭 6 歳以上の家庭 ゾンカ語の差 英語の差 ゾンカ語の差 英語の差 教師家庭 100.0 80.0 100.0 65.0 教師家庭と比較した一般家庭の差異± −38.5 −18.5 ±0 +22.5 一般家庭 61.5 61.5 100.0 87.5 総差 – 57 総差 +22.5 一般家庭のほうがゾンカ語・ 英語の総合的な使用が少ない 一般家庭のほうがゾンカ語・ 英語の総合的な使用が多い

(20)

差)であるのかはまだ明らかにされていない。したがって次の質問では、現在6 歳以上の子どもを もつ家庭を対象に、子どもが5 歳以下であったときの状況を思い出してもらった(回想質問)。そ れにより、現在の5 歳以下、6 歳以上の家庭の相違が、子どもの年齢による変化か、それとも両親 の世代による相違か、どちらが原因によるものかを明らかにする。 5.3. 現在(2017 年時点)第1 子が6 歳以上の家庭の5 歳以下の時の親子間使用言語 質問3 では、現在(2017 年時点)6 歳以上の子どもをもつ家庭の両親(教師家庭 20、一般家庭8、 計28)に子どもが5 歳以下であったときの状況を回想してもらい、当時の親子間言語をたずねた (選択肢:ゾンカ語、英語、民族語)。図8 は、その結果を示す。 教師家庭は、子どもの成長によりゾンカ語と英語の割合が増大している。 ゾンカ語は、80% か ら100% へ増大し、英語も30% から65% へ増大した。一方、民族語は半分に減少しており、90% から45% へ減少した。一般家庭でも、ゾンカ語と英語が増大しており、その増大率は教師家庭以 上である。ゾンカ語は、25% から100.0% へ、さらに英語も0.00% から87.5% へ大幅な増加である。 英語は教師家庭を上回った。また民族語は、5 歳以下当時から同じく全家庭で維持されている。そ のため複数言語率は125.0% から287.5% へ増大し、一家庭3 言語平均近くとなった。 5.3.1. 比較1:子どもの年齢による差異 —同じ家庭の5 歳以下の時点と6 歳以上の現在(2017 年時 点)の比較 さらに同じ家庭における子どもの成長に伴う言語状況の変化についてゾンカ語、英語、民族語の 各言語および複数言語率について5 歳の時の状況と6 歳以上で比較した(表3)。結果は、特に英語 とゾンカ語に着目した場合、教師家庭、一般家庭共に子どもの成長に伴い、英語、ゾンカ語の総合 的な使用が増大しているが、教師家庭はゾンカ語の増加20%、英語の増加35.0%、総合55.0% の増 加であるのに対し、一般家庭はゾンカ語の増加75.0%、英語の増加87.5%、総合162.5% という大幅 な増加となった。しかも教師家庭では民族語が減少したため複数言語率の増加は10.0% に留まった のに対し、一般家庭は162.5% の増大という大幅な複言語化の進展となった。 図8. 現在6 歳以上の子どもをもつ家庭の5 歳以下のときの状況

(21)

5.3.2. 比較2:両親の世代差異 —現在(2017 年時点)6 歳以上の家庭の5 歳以下時点と現在(2017 年時点)5 歳以下の家庭の現状 教師家庭では、若い世代の両親のほうが5 歳以下の幼い子どもに対してゾンカ語、英語を多く用 いている。特に英語の相違が大きく、若い両親ではゾンカ語が100.0%、英語が80.0% であったの に対し、年配の両親ではゾンカ語が80.0%、 英語は30.0% であった。民族語は逆に若い両親では著 しく減少し、若い両親では30.0%、年配の両親では90.0% であった。 複数言語率は、ゾンカ語と英 語が増えた分、民族語が大幅に減少したことで大きな変化はなく、一家庭平均2 言語程度である。 若い両親は210.0%、 年配の両親では200.0% である。 一般家庭でも若い世代の両親のほうがゾンカ語、英語ともに増えている。ゾンカ語は半数を越 え、英語は0.0% から大きく増加しゾンカ語と同じ割合にまでなった。若い両親では、ゾンカ語が 61.5%、 英語は61.5% であったのに対し、年配の両親は、ゾンカ語が25.0%、英語が0.0% であった。 一方民族語は両親の世代に関わらず、全家庭で用いられている。それにより複数言語率は、若い両 親では125.0% から年配の両親169.2% へ増大した。 さらに、表4 は、教師家庭、一般家庭それぞれについて、両親の回想による5 歳以下と、現在 (2017 年時点)5 歳以下の家庭を比較し、親の世代による変化の幅を示したものである。特に英語 表3. 同じ家庭における5 歳から6 歳への変化率 % 言語 5 歳以下当時 (回想) 使用割合の変化 (±) 6 歳以上 (現在) 家庭の複言語環境の変化 (英語・ゾンカ語に限定) 教師家庭 ゾンカ語 80.0 +20.0 100.0 +10(+55.0) 英語 30.0 +35.0 65.0 民族語 90.0 −45.0 45.0 複数言語率 200.0 +10.0 210.0 一般家庭 ゾンカ語 25.0 +75.0 100.0 +162.5(+162.5) 英語 0.0 +87.5 87.5 民族語 100.0 ±0 100.0 複数言語率 125.0 +162.5 287.5 表4. 変化率:親の世代による変化 —現在(2017 年時点)6 歳以上の子どもをもつ家庭が5 歳以下のときの状況 から、現在(2017 年時点)子どもが5 歳以下の家庭への変化 % 言語 現在6 歳以上の家 庭の就学前 (回想) 使用割合の変化 (±) 現在の就学前 家庭 家庭の複言語環境の変化 (英語・ゾンカ語に 限定した変化) 教師家庭 ゾンカ語 80.0 +20.0 100.0 +10(+70.0) 英語 30.0 +50.0 80.0 民族語 90.0 −60.0 30.0 複数言語率 200.0 +10.0 210.0 一般家庭 ゾンカ語 25.0 +36.5 61.5 +98.0(+98.0) 英語 0.0 +61.5 61.5 民族語 100.0 ±0 100.0 複数言語率 125.0 +98.1 223.1

参照

関連したドキュメント

凧(たこ) ikanobori類 takO ikanobori類 父親の呼称 tjaN類 otottsaN 類 tjaN類 母親の呼称 kakaN類 okaN類 kakaN類

[r]

しかし,物質報酬群と言語報酬群に分けてみると,言語報酬群については,言語報酬を与

Hoekstra, Hyams and Becker (1997) はこの現象を Number 素性の未指定の結果と 捉えている。彼らの分析によると (12a) のように時制辞などの T

Guasti, Maria Teresa, and Luigi Rizzi (1996) "Null aux and the acquisition of residual V2," In Proceedings of the 20th annual Boston University Conference on Language

The results indicated that (i) Most Recent Filler Strategy (MRFS) is not applied in the Chinese empty subject sentence processing; ( ii ) the control information of the

Tone sandhi rule for pattern substitution in Suzhou Chinese: Verification using words beginning with a Ru syllable Masahiko MASUDA Kyushu University It is well known that in Wu

 ファミリーホームとは家庭に問題がある子ど