協同組合の性格(北海道協同組合論序説) : 協同組合は経済の社会化過程における自主的経済統制の現象形態である
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(2) . 第4穣 第2号. 北 海道 学 塾 大 学 紀 要 (第一部). 昭和28年12月. 協 同 組 合 の 性 格 (北海道協同組合論序説) -協同組合は経済の蔵会化過程におけ る自主的経済統制の現象形態である- 赤. 岩. 金. 太. 郎. 岩見沢分教場経済学研究室. .. Kintaro A・ {AnVA : on the Charact io er of Co ‐operat , .. 1 .,縄湾統制と協同組合. 資本主義経済も社会主義経済もともに民主主義を目標. ▲. とする。 然し乍ら、 民主主義が個人の自由と平等と・を意 )ものであるなら、 両者何れもこの目標 に到達す 図する1. ることは至難であるかに見える。 資本主義経済にあって は、 個人の自由は得られてもその平等は求められず、 即. ち個人の自由な経済活動は生産の過剰を生み、 個人の経. 済生活における貧富の不平等を欝す。 叉社会主義経済に あっては、 個人の平等は得られてもその自由は求められ ず、 即ち強制の経済は産業の国有化、 従って官僚の経営. による能率の低下を来 し、 経済計画化に基く個人の経済 2 ) 生活の統制はその自由を侵害する。. 現代の各国民経済はその対内的にも園際的にも困難な 経済的課題をはらんでいる。 それは資本主義と社会主義 との対立に起因することが察し得られるのであり、 資本. … ‘ ’ という批判も一腹の理由が認め る反動として生じた」 られる。. 併し協同組合は資本主義経済の社会化過程において、. 自主的に経済を統制せんとする所の一現象形態である。. 企業の大規模化につれて、 協同組合が企業の排除を目的 とすると否とに拘 らず、 企業と共存の現実に立つ限り、 企業の圧力に抗し得るには企業に奉仕するの地位を以て. 足れりとすることはできず、 その資本の張化が求められ. る。 協同組合ほか る事態に処しつつ社会化 を 意 図 す る。 而も社会主義は張制的経済統制の故に排せられるな ら、 協同組合の行途は阻止されるのであるか。 自主的縫. 済統制の基礎に立って綜合的経済統制が行わ れ得 な い か。 協同組合の性格の分析か らこれを考えるのが本稿の 目的である。. 註 1) 矢部貞治、 デモクラ シー (改造瀧:版 泣会科学 大辞典. せずして抽象的に論ずるも のではなく、 叉思想 の対称的な立場か ら批灘 するもので も な く し , て、 イ ギリスの蔵会主義の支持者の間に、 過去 5 年間の経験に基づv ・て、 それに対する反省、 自己批列と して公刊さ れた 「新フェピア ン論集. つものではなく多かれ少かれ統制が加えられ、 社会化が Jが 行われて来ている・ ことが認められる。 現代の経済学3 ▲. ・. 2) 昭和5年 p .77. 2) か ▲る滴 :会主義に対する批判は、 単に現実に即. 主義諸国における経済が何れもその純粋な制度の上に立. 社会主義にあらざる資本主義の社会化を目指 していると いうこともこの現実の裏付けに基くもりといえよう。. この経済の社会化過程は資本主義経済の欠陥が経済の 統制を求めて自主的統制経済を生み、 更に権力的統制経. ・ land, Roy (R.H,S o s sman o s . Cr , C .A,R. C1 Jen l .argare ins 1 【 t Co t e en A1bu ,ハ , Aus , Jan Mi lmr lo l lm s[ ( s Hea ey, Jo rachey: New , Deni. 近代的協同組合を資本主義経済におけるものであると. 3) ケイ ンズ (John Maynard Kセynes) の経済学. 済への展開を余儀なく したものと見られる。. 見るとき、 企 業の狐大化によって圧迫せられた経済的に 弱小なる者が、 これに対抗し目繍の目的か ら自主的に協 同する組織をつくって経営活動を行うに至 ったことは、. Fぬian 聡s says ,1952) に 示さ れ る。. .. その生成のうちに社会化の意図を内包するも の と い え る。 この故に 「近代的協同組合は極端な自由主義に対 す. - 68 -. l theory of emp l (The genera oyment nte t re s ,i 936 塩野谷九十九訳 and mo ney l 雇傭、 利 , 子及貨幣の一般理論など) や ピ グー (Arther I Pi i ( ’ ec gou) の 経 済 学 (The 践conomi c sof lfare 4 e We d 32 .i9 , 山田雄三 ピ グー厚生経 l 済 学 な ど) や 叉 シ ェ ム ペ ー タ ー (Jos I A1o声 ep.
(3) . 金 太. 赤 岩 Schuml i t t r 1 e r)の 経 済 学(Theor e e der Wi chaf‐ s l l 9 l ー 2 i t 伊知 ・ en 鳳utwi ckl l c l 中山 u 郷 g , 、 東邦-. 郎. にするためにこれを五つに分譲 しよう。. (ー) 限界- 「資本主義社会におけるもの」 であるこ. 精一共訳 経済発展の理論など) など。. と. i l i l 4 l t eor ) E, Jacob, Volkswirt s chaf c ・ e T1 ・ e‘ er. ここに協同組合を資本主義社会におけるそれに限定す. Ge t ・ ・ o s en ens chaf s .2 ,1913 ,S. ることは● 、 歴史の時を越え、 その背景をなす社会を嫌徹 する所の綜括的協同組合を意味するものではないという. = . 協同組合の性格 協同組合の意義については、 従来多くの論議が行われ ) て来た。 これを歴史の時を越えて線括的にとり上げる5. ことは、 経済制度の異るに窓じて経済活動も亦異な らざ るを得ないものであるから、 近代における協同組合を正 確につかむことを至難ならしめるであろう。 叉時を近代. こ と で あ る, 。. , 原始時代における村落共同体、 或は中世ヨーロッパの i l d)、 乃至我鎌倉室町時代 封建社会におけるギルド (Gu. に限り経済制度を等しくする上にこれを見出すものにあ ) っても、 協同組合の肯定的な思想の立場から見る場合G. と、 叉そ の否定的な思想の立場から眺める場合ゎ とが見 出されるが、 前者にあっては、 希望的な従って企業を克. における座、 或は徳川時代における株仲間等にあって、 協同的、 或はより詳しくいえば自主的活動に基く共同事 業の経営組織という点において、 夫々、 或は自然発生的. であり、 或は排他的であり、 乃至は権力支配に依存する ものであって、 何れも近代における協同組合の如きもの. ではない。 近代におけるそれは所謂近代的協同組合であ り、 資本主義経済の展開とと ,もに生成された も.の で あ. 服し得るものとの結論に導き、 後者にあっては、 一面的 な従って企業に従属するものとの帰結に導く。 何れも協 同組合を して、 当面する経済に即して建設的な発展を目. る。. かく 解するとき、 更に資本主義の概観が見透されなく てはならぬ。 資本主義の意義についても、 或は詳簡或は広狭様様に i 済組織 ( ne e 説かれる所であるが、 それは 「交換経,. 指さしめることは困難であろう。 この故から 協 同 組 合 を、 かかる立場をとらず、 その社会経済における必然的 ・の姿からこれを眺め、 その意義を見出すことが必 な生成. l i i i t r t s a on) で あ っ て、 そ こ t v s c l che organ ami verkehr s. -っの社会運動として発 要であろう。 蓋し、 協同組合は- 「資本主義経済機構の下における 展して来たものであり、 被圧迫階級の解放運動の一分野として理解され得る」m. に二つの異った人間集園、 即ち、 生産手段を持ち、 同時 にその指揮権を有する経済主体である集圏と↓ 何ものを も持たない単なる労働者の経済客体である集園との二つ が市場によって結ばれて相関連するものであり、 そして. のであるか らその社会経済的地盤に於て把握されなくて はならぬであろうからである。 この前提から、 協同組合を次の如く定義することが妥. 営利主義と経済的合理主義とによって支配されている、 9 ) と資本主 という特徴を ,もった一定の経済組織である」. 当であろう。 即ち 「資本主義社会に於ける、 経済的に弱小なる者が、 そ. 義社会に支配的な企 業を主体として定められることも出 来よう。 この企業が資本を活動せしめる。 資本主義経済. の経済の向上を図るために、 経営活動を行う、 自主的な. 組織にあって、 企業は必然資本の蓄積を行ってゆく。 何 故なら、 資本の循環は憤値増殖過程として意義をもち、. 協同組織である。」. かく解するとき、 協同組合の性格に関し、 この意義か ら、 そこに内包する経済上の基本的な性格を見出すこと ができようし、 更にその基本的な性格から経営上の振生. 貨幣増大が資本循環の原動力となるか らであり、 叉従っ てその故に拡大再生産が行われてゆくものと見 られるか らである。 この様な過程を示すものが資本主義経済の特. 的な性格を導 き出すことができよう。. 徴といえよう。 協同組合は、 かかる資本主義経済が展開されるに当っ. 1 . 基 本的性格 「資本主義社会における、 経済的に弱小な 協同組合を・. て、 生成されたものであり、 企業に対感する所のもので 者 る が、 その経済の向上を図るために、 経営 活 動 を 行 そ あって、 企業を否定し或は克服せんとするも の で は な ′ ・ う、 自主的な協同組織である」 と定義するならば、 「資 し、 0 、.. 本主義社会における」 ものであることは協同組合の限界 を、 「経済的に弱小なるもの」 はその主体を、 「その経. (2) 主体一 「経済的に弱小なるも の」 であること. ‘を図る」 ことはその目的を、「経営活動を行う」 済の向上 ことはその方法を、 「自主的な協同組織」 なることはそ の組織を示すものである。 そこでこの基本的な性格を明. 協同組合は資本主義社会における消費者のみな らず生 産者も主体たり得る。 従って経済循環のうちにあって、 単に流通の面のみならず生産者の面 においても更にサー ヴィスの面 においてもあり得るが、 それは経済的に弱小. 69.
(4) . . ゴ 協同組合の性格 ( 北海道協同組合論序説). 1 0 ’ 即ち、 あらゆる経済面の消費者と なる者に限 られる。 いっても経済的に弱小な労働者であり、 あらゆる生産面. の生産者といっても経済的に弱 小な零細自己資本の保持. 対して弱小な協同組合が資本の上か らこれを否定するこ とは至難であろうか らである。 (3) 目的一 「その経済の向上を図る」 ものであるこ. 者で しかない小生産者である。. と. な労働者或は小生産者がその 組合員たる経済的に弱小 r. 敵し得ない訳 経済的に弱小ならざる者も協同組合を組網. .. ではなく、 むしろ資本の量の上か ら従って叉人員の数の 生活或は業務の経済的向上を図るのが目的であって、 車 1 2 . ) 且社会的向 上か ら、 より多いことが璽ましい筈であり、 なる経済の維持に目的があるのではない。 上を目指す労働組合等とは全く異る所の経済的向上を目 資本主義経済の初期にあって は、 ロッチデー ル公正開. 指す協同組合は階級的な根拠は否定されていいが、 現実 には求め得ないことであろう。 何故な らば、 経済的に有. 力な者にとって、 協同組合的な一部の経営合理化の組織 は望むであろうが、 より広汎にわたることは、 協同組合 が企業に対願する利潤の求 め得ないところから成り立ち. 難く、 もし得られるとするな ら、 それは本来の協同組合 から逸脱したトラスト化したものとなるであろうからで ある。 r) が ドイ ツ こ の 意 味 か ら、 ク リ ュー ガ 【 (H.Cruge. har i ‐ t l ne n s c の協同組合法に基き 「協同事業の経営 (ge l i l b be … f i c・ er (e l s t s ch t ) によって、 その組合員の営利 r e なり経済なりの促進を企画するところの排 他的でない人 々の集団」”) と規定していることは、 包括的であるとは. le Pi tab )の onee r l eSociety or Equi s 拓者組合 (Rochda 心がおかれたであろ 如く単に生活の維持にその目的の中. うが、 漸次大企業に圧迫されるに至った労働者、 小生産 者のより積極的な経済の向上に目的の中心がおかれるに. 至っている。 それは無論資本主義経済の高度化に基く断 であり、 叉組合のそれに隙ずる発展に起因する。 協同組合は組合員の経済の同 数こその中心目的がある. のであって、 組合員の教育的、 社会的、 乃至文化的向上 等も図ることが出来るし、 叉図 らなくてはならないが、 その目的の中心は経済にあるのであって、 ここに労働像. 件の向上を主眼とし社会的向上を図る労働組合、 或は文 化的向上を目標とする文化組合等と異る所以がある。 こ. いえるが経済的な弱者が主体であるという基本的な性格. t ) が 「協同組 omimz の意味か らトトミアソッ (V.To b s e rml re s g der 合は経済的及び道義的地位の改善 (Ve. を顧慮 せざるものといわなくてはならぬ。. l i l i l i l t t l en La t t ・ e ) を企図する“…・ wi r c en und s c s chaf g. 資本主義社会にあって支配的な企業は、 利潤を追求し. て生産を行い、 その過程において自 らの規模を次第に大 ’きくしてゆく かかる経済の展開のうちにある経済的弱 。 者が企業の圧迫に対魅したものが協同組合である。 従っ. 1 3 ノ ものであると主張している所の道義的目的は経済 …」 的目的に従属する第二義的なものということ が で き よ う。. 叉、 組合員の生産、 鷹買、 販売、 利用或は金融等の必. て企業が資本を活動せしめて利潤の獲得を目 指 す に 対. 要を充す意味に於て所謂 「入用充足経済」 だという主張. L、協同組合はその消費者たると生産者たるとを問わず、 て 生産の向 上を主眼とすることか ら、 資本 利潤を排除し ・. については、 積極的な経済の向 上に目的があ る か ら に は、 それのみには止り得ないといえよう。 資本主義経済 にあって。 協同組合が資本家に対抗する上から、 従って 組合の拡大が要求せられるのであるか ら、 入用充足経済. 企業は利 潤追求原理に基くも、 協同組 主 ,義社会にあって 入用充 合は 足原理に基く、 ともいうことができるわけで ある。 叉企業は資本の活動に待つもの であり、 企業は人. の協同によるものである所から、 前者は資本の組織であ り ,後者は人の牽断橡であるということができよう。 蓋しこの故か ら協同組合は企業に対醸して利潤を排除. しようとし、 個人主義に対して社会化を提訴する。 併し その対隠は、 利潤の絶対的な排除をなさんとするもので. ・. はなくしていわば消極的なものであろう。 何故ならば、 経済的に弱 小なる者の国体である協同組合が利潤を無諒 しては企業の圧迫に抗し得ぬ であろうし、 且自らの拡大 が期し得られぬであろうからである。 叉社会化を目指す にしても企業を全面的に否定するものではなくしていわ. ば漸進的であろう。 何故ならば、 協同組合も企業と共存 するものであり、 且資本主義経済にあって強大な企業に. - 70. より更に歩を進め、 利潤を求めて資本の蓄積が行われな くてはならない。 然 しそれは単に個々の組合員の利益の. ためではなくして、 組合員全体の利益のためのものであ. ろう0 従って組合に於て利 潤 (余剰) が得られて、 これを組 合員の利用高に懸じて配当されることはいいとして、 こ の利潤を得ることが全く目的か ら除外されることは、 協 全ける一つの意義を 同組合の一面の機能である社会化に万. ・になるで 示すことにはなっても組合の拡大を妨げること あろうし、 利潤を全く否定することは資本主義経済を背 景とする限り不可能といわなくてはな らぬであろう。 f ) が 「消費組合及び住宅組 e l nml l リーフマ ソ (R. Li 合 の何れも最下層の人々に対するよりもむしろ中漆階級 ・.
(5) . 赤 岩 に対して問題となっている。 此等の組合に属していると いうことは既に無産階級以上の存在であることを示すも のである。 此等の組合員のうち、 下級官吏及びノ州虫立営 業者の占める割合が本来の労働者よ りもはるかに多い。 それ故上層労働者の組合員が増加していることは彼等が 無産階級よりも上昇していることを示すものである。 」M. という所の経済の弱 ・な らざる、 従って比較的強大なる 組合員の増大することは、 協同組合の種類の如何によっ らないし、 一般的 てあらわれうることは認 めなくてはな,. に協同組合の発展傾向として望ましいことであろうけれ ども、 その反面、 経済のより弱小なる者が増 大 せ ら れ ず、 或は縮小を示すなどの結果は協同組合の目的に副う. ものでなくその発展が阻まれたものといわなくてはな ら. ない。 ぐ4) 方法- 「経営活動を行う」 ものであること 協同組合は組合員が前述の如くその経済の向 上を図る 目的を以て経営活動を行う。 その経営は経済循環におけ る生産、 流通及びサービスの凡そすべての面にわたる。 d) が 「産業組 l anf e グリュソフェル ド (爾 . Gr ,合論者の 意欲する所は常に必ずしも明かではないが、 意欲せざる 所は殆ど一義的 である。 即ち殆 どすべて商業 に 敵 対 す 5 1 」 といっている様な商業に対抗して商業の経営を行 る」. うことだけが協同組合の経営活動ではない。 協同組合生 成の初期にあっては、 組合員の経済を維持することが主. な目的であり、 この目的に副う様に商業利潤を排するた めに消費組合が設けられ、 続いて各種の購買、 販売、 或 は, 信用等の組合が作られたのであるが● 、 何れもこの商業 に代る役割を果す以上の活動は行われなかった。 然し更 に経済の向上をめざし、 その発展を意図するに及んで単 に商業やサ【 ビスの活動のみならず生産活動をも営むに 至っている。 流通の合理化のみならず生産の合理化を求. めるに至った。 このことは資本の活動に於て、 流通過程 にあって は利潤を生むことなく生産過程にあって のみ利 6 )のであるから協同組合が発展を目指 潤が生み出される1 して経営活 動が行われていく上に於て必然の傾向といえ よ うo. ′. ただここに問題となるのは、 資本主義経済に於て支配 的な企業に把持されてい る所の金融、 石浜、 鉄鋼、 肥料. 乃至交通等の経済上最も重要なる部門の経営が協同組合 によりて行われ得るか否かである。 この方向への発展が 期せられないのであるな ら、 それは生産課程における小. 上り流通過程の合理化という 規模なものが可能であるに」 のといえよう。 出来得ないも こ出ることが 役割以 上を (5), 組 .織- 「自主的協同組織」 であること. 一定の機能を有する諸部分の結合体を組織 と 見 る と. 金f 太 郎. き、 社会における人間の集圏組織は単なる人間の集合で はなくして、 共通の利害関係に基き、 共通の目的を追求 するための結合体であろう。 かかる意味に於て、 協同組. 合は、 組合員である経済的弱者が企業に対して共通の利 害関係を持ち、 経済を向上せしめる共通の目的を追求す るための組織と見 られる。. 而してこの組織は組合員が自主的に協同して結合する 所の組織である。 組合員が自主的であることは、 中世に於けるギル ド、 f t ) 等に於けるが如き眼制が組合の結合 ツソフト (Zun を規定するものでないことであり、 建って組合員は完全 な人格的、 経済的叉社会的に独立性を持ってい,ることで ある。 然し組合員の経済を向上せしめる目的を達するに よって組合の経 は、 細.合員の統制が必須であり、 これに・ 済力を強化せしめるものである。 叉単位の組合は、 その 経済力の弱体なため連合、 系統組織によって全図的な縦 の構成をなし、 更にこの各種組合の全園的連合組織は相. 互に横の連絡をもって経済機能を強化する。 このことは 各組合員に対してその統制への服従を要諾する。 然しこ. の服従は中世的な服従ではなくして、 組合員の自由意志 に基く自発的なものであることに根本的な性格の相違が 見出される。 組合 員の協同関係は、 人的結合であり、 叉従って地縁 的結合を葡す。. 協同組合の人的結合は 「協同組合は其の組合員が可能 的に特定せる人格者たるを挨ちて始めて成立し、 且つ継 7 1 ) と示される所であって、 企業の代 続するものである」. 表的な形体である株式会社の資本結合が株主間の人的関 係を無観して利潤を追求するに対して、 組合員の倫理的 結合関係に基いて平等を求め ,るb 然し協同組合は経済的 要因より生成され、 経済的機能を営むものであって、 株 の資 式会社におけるものとは凡そ異るけれども、 叉ー種・. 本結合を行うものであり、 人的結合によりてのみ成り立 つものではない。 人的結合の基礎として地縁的結合が示されるが、 組合 員の同一地域関係は、 相互の交渉から必然に組合の園緒 を強固にする。 「協同組.合員の特定性は彼が一定の地域 内に可能的に継続 して生活する、 或は居住すると云うこ. とによりて賦興せ られ、 ……地縁的なる団結は農村に於 の中心的事実であってその有する重要性 ける種々の活動、. s l )といわれる。 然し協同組合の拡大は は極めて大きい。」 地縁的結合関係の意義を減殺するものであって、 地獄的 結合よりもむしろ組合員の経済的係件の共通せることが 組合を強化せしめるものであろう。. 一 71 一.
(6) . 協同組合の性格 (北海道協同組合論序説) ・1 ・ミア ソッは協同組合は古代及び中世 註 5) 例 えば-. に 於ても存在したが、 資本主義と共に貧富の差 が大とな, り、生産と消費とが分離 し、中間商人の 増加を生 じ、 これと共に新 しい形態の協同組合 z が成立 Lた と 解 す る。 (V. Totomial l , Grund‐ ー } t ・ s agen de enos s ve ensl929 S senschar s〔 ,6) 6) 例 えばミユラーは所謂協同組合主 義 に 立 つ。. 程 にれ い て は 自 己 増殖iを と げ る けれ ども、 そ の 流 通 過 程 で は そ う い う こ と があ り え な い。 そ れ. は単なる交換過程であっ て、 新な労働力の吸収 は な い。」. 17 ) 東郊 -精一、 協同組合と農業問題 昭和22年 p .52 18) 東畑精一、 前掲書 p ,53. 2 . 派生的性格. l i i 1 i bera i l l (日. ハ. 1 r1 er 1 de en 2 r soz en 1 1 a , vo Genos l 3ぜ i theor s sens ・ aft )・ c e l924 S , ,.. 7) 例 えばエル ドブリッヂは 融会主義的 立 場 に 立. 、 、. .. i 1ge lbr i I Hor i つ。(S ( ・ V Soc zons l941 a , 起k , Ne ) ) . 1 , 24ぽ 8) 近藤 康男、 協同組合原論 昭和 9 年 p ,3 ・ D d K i l 9) 、V.Bomba1 t i t m r e r o n e ・ 1 ・ Us Bd. e a a s p ,. 1 .319‐20 ,l s , 1902(間時次郎訳 近世資本 主義 第1 寄) io) 園弘員人、 協同組合概論 昭和27年 p .6-7 では、 「消費者 と企業以タ トの生産者」 とが 「非 資本主義的な経済者」 であると して 此 等 の 者 「資本主義 (消費者または小農、 小工業者) が, における経済的弱者」 であるといい、 此等の者 は何れも 「消費または生活が目的」 ,だからだと い う。 併 し消費者は生活が目的であっても経済 的に優位なものがあり得る し、 小農、 小工業者 等は生活が目的と考えることは出来ても企業で あ る こ と は 否 定 出 来 な い。. 8年 p 49 52 叉、 磯部喜一、 協同組合、 昭 和2 では、 「協同組合の梅成者」 は 「資本主義耐 :会 において、 なん らかの意味から支配的列序をは ずれているものの、 蔵会の四滑な発展を期する ためには、 国家施策上、 その協同活動に特別の 便宜を供興せ ざるを得なくなるような人々」で・ その 「← 支配的列序をは ずれているもの」 は、,生 産に対 し第二義的な 「爾後階級」 人工生産に対 し低位な 「農業階級」 及び大企業に対 し従属的. 、. .. 格を示すものであり、 経営の在り方を規制するものとい. えよう。, ・ 近代の協同組合の経 営は、時期を異にし、図を異にし、. 叉その組合 の種類の異るに陸じて種々なものが見出され るが、 凡そ かツチデールの原則 から出発し、 その社会歌 態に願じて定められた原則に基くものと見 られよう。 然. し如何なる協同組合も基本的性格は共通 しており、 それ から導かれた派生的性格が経営原則であると見ることが. でき、 従ってその原則も企業を肯定しつつ社会化を企図 するものであり、 かかる意味において民主主義を目指す ものであっ て、 その間に大 きな相違は見出されないd この派生的性格をなす原則はコール (G l e ) .D.H, Co 2 0 に依れば次の如きものである。 ). { 1 } 民主的管理-一人一票制であって株式会社の場合 の如く出資持株に比例する投票権を輿えぬこと。 2 { ) 加入解放-如何な る者でも設立者と同じ膝件で加 入ができ、 脱退も自由であること。 3 { ) 利子の制限-出資に対して一般の利子率以下に利 子が制限せられることo 爆 ) 剰余金の分配-組合員の利用高に比例して経営の. を 得 な く な る よ う な 人々 と は 限 らぬ で あ ろ う. 剰余金が割当 られることo ( ) 政治及び宗教関係一政治及び宗教に関係すること 5. 何れもその協同活動に特別の便宜を供興せざる. t i ー)11 1 l ・ t ve rbs nd wi s r ・証ー sge o ger c s sen‐ I ・ ,Cr , Er l 1 t j t 】ar en (im 別s t ers 日a ( ・ v6r sc I ・ erbuc I der st i fん m Band,ー926ノ te a 乏鵡、 l v s char l ▽ Au sen8 ,1 S ,850. 12) 幽弘員人、 協同組合概論 p ,8 では け封殺者ま たは小生産者の経済の維持ない し向上を図るこ と」 が目的だとい う。 「経済の維持を図ること」 ; のみが目 的となる協同組合は一時期乃至 ー部の ・ も の に 認 め られ る に 過 ぎな い であ ろ う。. 13) V. TQ d.s t l a l 1 ibi on l .6 14) R, 1 i forme te efmam, Di 1 rneh1 ロ l e UI ーmgs 1 」 , ー928 . .209 ,S. 9 ー l d, Das Ge 15)1 i nfe ー } t s chaf ヱws e S sWe s en , Gr , ,ー928 ,. いわれる組合の所謂指導原則と称する八つのそれらは、. 基本的な性格の上に設けられたいわば組合の減生的な性. な 「中 小 企 業」,で あ る と い う。 そ れ らの 人々 が. し、 経済的に優位な者 があり得るからである。. ・. 9 ’と かのロッチデールの開拓者達が綜合的に確立した1. S,14. 16) 大内兵術、 経済学、p .140 「資本はその生産課. なく中立を守ること。 ( 6 ) 現金販売-掛売を排して現金で販売すること。 の 市膜販売 -原個売を排し市債で販売すること。 { 8 1 組合教育 ‐細.合の内外に対して教育を促進するこ とU,. (1) 民主的管理 自由と平等とを目指す民主主義はその故に機会と統制 との均等を求めるものとするな ら、 協同組合が、 「資本 2 1 」 とせられるように、 の細,織ではなく人の組織である」. 組合員が平等に組合の支配運営に当り、 その出資額や組 合加入の時期に関係なく各一個の議決権をもつことは民 主的であるわけである。 併しこれは望ましい一般的な方法乃至方向を示すもの. 一 72 一.
(7) . .. 赤. 岩. であって、 常に必ずしも厳守されるものではない。 何故 .組合の発展を求めるために反って組合連合会が な らば、 所属組合の組合員数なり利用高に蹴じて所属組合に異つ た議決権が奥えられる場合があり、 叉組合に対する組合 員の関心が少いために民主的な運営を困難な らしめる場. 金. . . みられる。 このことは、 利 潤を廃止し、 労働に対して資本を礎扇 化するものといわれる所で、 協同組合の振生的性格にお ける社会化要素の一つであろうが、 資本の経営に対する 参加を促進せしめる方途ではなく、 むしろ企業との比較. 合などがあり得るからである。 蓋し、 組合の社会化過程 において見るとき、 個人主義の上に立つ所謂協同主義が. に於て、 その参加を購賭せしめるものであろう。 (5) 政治及宗教関係. と認められる。 (2ノ 加 入 解 放. は宗教の上に関係を持つことによって、 組合自体に間隙 るのが目的 である。 を廉すことを防止しようとす.. 利潤に対する執着と平等に対する不安を蕎すが故 である. 如何なる者でも即ちその属する職業、 政党、 或は宗教 等の如何に拘 らず、 何人も組合に障害を及ぼさぬ限り加. 組合の本質的性格である経済的な役割を越えて政治或. このことは、 組合の内外における調和の意義はあって のであるに過ぎぬであろう。 もそれは消極的なも,. 入することができる。 これは組合員のより多数であるこ , 政治の 上にあっては、 イタリー、 ドイッ、 ソ連更に我 とがより多くの出費を得ることにもな り、 組合を拡大、 園に於て何れも組合は政治と結びついた。 それは国家の 発展せしめることができるからである。 特殊目的のための結合であり、 組合への強制となって組 併しこの様な自主的にして自由なしくみは 組 合 の 拡. 大 発展のために大 きな 要素となる一面を持つが、 叉他 面にはこれを阻止する場合もあり得るであろう。 即ち一 定の立場例えば、 労働組合の組合員のみを加入せしめた り、 .或は特定の政党に属する者のみを加 入せしめる場合 も生じうるのである。 このことは協同組合が資本主義経 済社会における企業に対抗するに際して、 組合の自主的. な活動の発展を妨げるものであり、 権力的統制を必要と する一醸の根拠を輿えるものである。 (3) 利子の制限. 協同組合に於ける剰余金即ち利潤は、 組合が資本の組. 織ではなく て人の組織であるとすることから、 利用者で. ある組合員に配当され、 出資者に対しては一般の利子率 以下の利子が興えられる。 このことは、 組合が平等と協 同とを基礎とするからに は当然としても、 企業の利潤と競って組合の資本を拡大 するには合理的であり得るかの問題を残すも の で あ ろ う。 組合が組合員の共同の利益のために運営されること など、 一定の憐件を輿えたときは、 組合は資本に対して 2 )という如 き例は、 法定率以上の配当を自由に行い うる2 この問題に対して一つの解答を襲えたものであるという. 合の性格を変えるに至った。 叉イ ギリスに於ける協同組 合 党、 我園の協同党等の成立は自主的なものではあるが. ともに有力な発展の段階には至っていない。 r無関係は組合が企業に対して自ら 併し政治上の中立、 を強化しうる要因にはならぬであろう。 むしろ教育によ って組合の拡大強化を図るとともに、 組合員に基く政党 を樹立し、 その政党に拠って協同組合の求める政治が行. われることを組合として求むべきではないか。 それは組 合の自主的性格と園家の蝿制的性格との結びつきであり 自主的経済統制と強制的 経済統制との結合であるが。 (6) 其. 他. 筒其の他の原則に若干のものがあげられるが何れも組 合として特殊なものと考えられるものではないし、 特に とりあげて論ずべきものはほとんどない。 現金販売、 信用販売に比して有利で あり重要説される が、 必ずしも行われないのはその運営の困難 か ら で あ る。. 市鹿販売、 市慣で販売するときは原憤算定或は商人と の関係に於て有利であり、 且その余剰金は組合発展に資 することができるが、 一面原債で販売すべき組合の性格 と矛盾するものであって必ず しも行われていない。. 組合教育、 組合の維持発展のため、 組合の内外に対す. ことができよう。 (4) 剰余金の分配 協同組合は利潤を排除する目的から物財叉は用撚を組 合員に原贋で提供する らの圧迫 ,ものであるが、 企業着か●. る教育の普及促進が必要ではあるが、 そのためには多く の資本が得られなくてはならず、 叉企 業に対瞭してゆく. 上に困難であることからその目的が達せられつつあると. 或は原. 贋算定の困難等の理由か ら、 原贋を超える債格で 組合員に提供する場合に生ずる剰余金は、 細.合員の出資 額ではなくして利用高に感じて組合員に配当されるもの. はいえない。 然し 「協同組合が活動するとき、 他方では支配的列序. である。 但しこの剰余金は組合員に返還されず、 その全 部或は一部が組合の教育或は拡張等にあてられる場合も. 坐する人々とこれか らはずれている人々との距離は、 協. に坐する人々 は、 その活動を停止 しない。 支配的列序に 同組合の活動によって短縮されるであろうが、 ……距離. ‐ 73 一.
(8) . 協同組合の性格(北海道協同組合論序説) を短縮せしめ得れば協同組合の構成者は補足し易いので ある。 そしてかれ らは、 それ以上の協同組合活動をにぶ らす。 協同組合は停頓することによって、 かえって右の 2 3 1 傾向をもつ。 これを克服 する 距離の延長を結果する」 には組合の教育 に挨たなくてはならぬで あろう。 註19) ロッチデー ル以前にも協同組合的なも のは若干 存在 していた様であり、 従ってそれ らにも .叉若 干の指導原則とい うべきものがあり、 且つロッ チデールがこれを綜合的に確立 したといっても. .ぐG D H そ の 原 則 自 体 に も 諸 説 が あ る よ う だ6 .. . Co l A C e ion ent ury of CO0pe rat , 、 山 村 喬、 コ. ール著 消費組合の百年「経済志林 昭和2 8年 第21篭第 十号 p .70) ・経済志林 前掲書 1 20) 」 .71 21) 小平権一、 産業組合論 昭和5年 [ ) . 92一93 “ 22) Ca l ‐Vo t ) s ead Ac t l922年 ア メ リ カ の 連 邦 の l per. 農業協同組合 法で農産物 の生産者の組合を認 、め i i i る法律 Acttoauthor zeas soC t onofl } roduce a r s. l i tura l produc of agr cu t s(閲 弘 員 人、 アメ リ カ. ー. 協同組合 昭和23年 p 6) ,16 23) 磯部喜一、 協同組合 昭和28年 p ,53. めた」 もの即ち 「資本主義に対処す● る自衛的 組 織 で あ る」 といい、 「資本主義発展期」 にあっては、 「資本主. 義の高度化が反社会的事態を惹起し , 、 その内在的欠陥を 矯正し浪費少き組織に変えんがため種 々の改革手段がと. られて資本主義の社会 化が行われ、 この段階に於て資本 主義 に順臆してそこに安住の地を求めるよりもむしろそ れを克服せんとする意図を以 て社会化を促進する」 即ち. 「資本主義の社会化動向に対処する社会化組織である」. というo 所で社会化については種々なる見解が あるが、 次の如. 8 )とするのが妥当であろう。 く二様の意義をもつ2. 即ち、 第一には、 資本主義社会 に於ては、 「生産力の 発展 に伴って資本制生産は」 利潤を目指 して 「感々大規. 模化し」 市場を目指して 「益々社会的となる。 これを生 漆の社会化」 といい、 「この社会化された生謎は生産手. 段の私的所有に基いて行われているために、 この社会化. が進めば進むほど生護の社会的性質と所有の私的性質と の対立が激しくなってそれが諾々の矛盾となって現われ. m . 協同組合の企業対鷹性格と敢曾化性格 近代的従って資本主義経済に於ける協同組合は、 前逃. せる如く、 一面資本主義経済に適隙することにあり、 他 面、 社会化を企図することにあった。 経済的弱者である. 協同組合が資本主義経済の支配者である企業に対醸せん とする限りその中心的課題は流通過 程の合理化に始る。. この故に協同組合を 「共同経済により組合員の家事また は営利経済の助成若しくは補充を目的 とする経済 き) で. あるとする私経済的、 消極的見方も見出される。 然しそ. れのみを以ては協同組合の役割を果し得ず、 更に生産過. 程への機能拡大が企図せられ、 自主的経済統制の強化が ぬ. 基き生じたる零細弱小な前資本主義的企業に対して経営 上の共同化を行わしめ、 以て資本主義的企業へ接近せし. 求められる。 このプロセスは一方 には企業を容認 しつつ 他方 には企業を統制するものであり、 一面 には利潤の個. 人所有を認めなが ら、 他面にはその社会所属 化を図るも のといわなくてはな らぬ。 かかる協同組合の性格と機能 について次の如き見解が 6 2 ) あ る。. 「協同組合は資本主義経済の発展に鰹ずるものである」 6 7 )と資本主義の発展期2 )との とし、「資本主義の生成期2 それぞれに照態する協同組合の役割がある」 という。 即 ち近代的協同組合は中 ・企業者、 農民、 勤労者が資本主 義の進展に対処して設ける自衛的組織であって、 それぞ. れの経済的利盆の増進をはかるため、 必要な共同事業を 経営するも● のである」 と定義する。 而して 「資本主義生 成期Jにあっては、「資本主義的企業の進出による圧迫に. る。 」 社会化はこの意味に於 て生産の社会化であり、「客 観的な生産力の展開過程 にお け る 社 会 化 (Ve l l ‐ r e s ge. ha f tung)」 であって、 資本主義経済の前期、 産業資本 s c の支配的な時期 における現象である。. 第二には、 「この過程における社会的なものと私的な ものとの対立か ら結果する諸矛盾の拡大は私的なものを 社会的なものにすることによってそれを緩和ないし廃棄 せんとする社会的実践を展開せしめるに至る。 」この第一 の過程 において社会化された 「生産、 生産関係の矛盾を. 社会的なもの にする社会 化」 である。 社会化はこの意味 に於 て生産の矛盾の社会 化であり、 「実践的な生産関係 S il i l. i の 社会 化 ( oza s eung)」 であって、 資本主義経済の 後期、 金融資本の支配的な時期 における現象である。 而して叉、 第二の社会化は、 実践の主体、 目標の如何. によって更に二様に解するこ,とができる。 その一は、 社会化の最も徹底せる形態、 即 う生誕の私. 的所有を全部的に否定する社会主義化、 完全社会化であ り、 その 二は、 資本制生産関係は存続しつつ、 国家的統制 を行, ぅ意味における社会化、 部分社会化である。 ただここで証言巳しなく てはならぬことは、 園家的統制 といってもす べての国家的統制がここにいう社会化とい. うことはできないということである。 国家的統制が産業 の国有化乃至園家管理を意味する場合であっても、 それ が一隙生産関係の改編を内容とする如くでありながら、. 一 74 一.
(9) . 赤 岩 .管理し、 所有するかに いかなる国家が、・いかに統制し、 よって、 社会化が客観的 には私的なものの補張の役割を 果す場合 がありうる。 即ち軍事的ないし財政上の目的か ら或は私的資本の救済のために図有ないし国営が行われ. 金 太 郎 ●とするこ・ 化組織へ性格を変える とは、 社会化を何れの意 義に解するとしても、 資本主義経済に対臆するという協 同組合の性格を否定する ものであるか、 或は資本主義経 済 の前期における社会化傾向を認めぬものであるかの何. る場合がありラるからである。 ここにいう所のものはか かる場合にあらざる園家的統制を意味する。. れかであると解されるであろう。 協同組合は無論、 前期にあっても‘ その経済機能の大. 一、‘社会主義に至る過渡的、 前提的なる即 ち 社 会 主. 業に対慰する社会化性格は厳存する。 而して、 後期における協同組合の社会化性格が企業を. 更に叉、 部分社会化は、. 義、 完全社会化を目指す部分社会化. 小乃至生産過程における活動の強弱は見出されるが、 企. と、. 克服する機能を持つに 至るとすることは、 企業が自主的. 義、 完全社会化を目指さざる部分社会化 とがありうる。. とが可能な限り協同組合の企業克服的組織を持ちうるで. 二、 資本制生産関係の存続を前提とする即 ち 社 会 主. .社会主義を目指す部分社会化は 「第二次大戦後 前者、 、. 9 2 ) 東南欧諸国において広汎且急速な固有化が行われた」 ところに見られる。 「その多くの園に於ては農業、 手工. に社会化すること即ち自主的に生産の矛盾を排除するこ あろうが、 企業 の性格から自主的な社会化即自主的な生 達の矛盾の社会化が至難であるな・らば、 協同組合が資本 の結合よりも人の結合であることに特質をもち、 企業に 対臆する自主的性格を有する限り、 企業克服的の積極的. 業、 小産業等を除く近代産業は殆んど全面的な国有化が. 社会化即ち生産の矛盾の社会化は行いえぬものといわな. するという段階に進んでいる。. に 対抗して細,合員の経済生活の向上をはかるものと解す. 縫っている。 ここではプド レ .タリアートもしくは人民が その経営に参加するのではなくしてそれを管理し、 経営. くてはならぬ。 叉自衛的組織については、 自衛的の意義を企業の圧力. 即ち国有化は社会主義の方向に押し進 め ら れ」 て い. るな らば、 前期に於て有した性格が後期に於て失われる. る。. ,. 後者、 社会主義を目指 さざる部分社会化は 「第二次大 戦後イ ギリスに於てi945年の総選挙によって政権を穫得 した労働党がその図有化プログラムを徐々に実施した」. と見ることはできない。 もしそうであったな らば協同組 合の性格を全く変えるものといわなくてはな らず、 資本 主義社会における協同組合ではありえない。 更に社会化のそれぞれの場合に於て問題を見よう。. ′. ,. の割合に於 て五分の一の国有化」 であった。 この 「国有. 生産の社会化の段階にあっては、 企業の漸次的大 ,まず 規模化の過程のうちに、 その圧力 に抗して 協同組合も逐 次組織の拡大化がはかられる。 企業の社会化が次第にカ. 化の特徴は、 その範囲が限定されていること、 その過程 が多分に漸進的であること、 図有化される企業資本への. 協同組合の社会化は次第に縦横の連合組織をつくり上げ. 所に見 られる。 それは 「イ ングランド銀行、 茨機業、 電. 力、 交通通信機関、 鉄鋼業等をふくむ全産業の従業員数. 補償が百パーセントに近いこと、 労働者の経営参加は認 められないこと、 図有後もその実際の経営には大体旧来 の経営者がこれに当り大した変化が認められないこと」. などが示される。. この様な社会化の見方が是課せられるとき、 論者の資. 本主義に対魅する協同組合の性格、 機能に問 題 が 生 ず る。. 資本主義経済はその生成期、 前期にあっても叉その発. 展期、 後期にあっても、 個人主義の基礎の上に立ちなが ら常に社会化せんとする意図をもつ。 然しその社会化の 内容は両者に於て異り、 前期にあっては生産の社会化で あり後期にあっては生蔑の矛盾の社会化である。 従って. ル テ ル、 ト ラ ス ト、 或 は コ ンツ ェ ル ンを 形 成 して ゆ き、. てゆく。 生産の矛盾の社会化の段階に あっては、 その完全社会. 化の場合に於ては、 企業は否定せられよう し、 協同組合 も亦存在を排除せられるであろう。 狼制意志によって計. 画経済に基く完全な統制が行われ自由なるものを全く認 めぬからである。. 部分社会化の場合にあって、 社会主義を目指す部分社. 会 化に於ては、 国家的統制は急 ;速に張化 せられて企業の. 消滅をはかり、 それに瞭じて協同組合は利潤を否定した 他律的なものに性格を変えてゆくであろう。 完全社会化 への過渡的経済におけ ・るものだか らである。. 社会主義を目指さざる部分社会化に於ては、 国家的統,. 協同組合がこれに対窓した在り方を示すものと解すると. 制は漸次強化されても重要な らざる産業における企業は. き論者の主張は要当であろう。 然しながら前期より後期. 存置せられ、 それに対して協同組合は拡大せ,られて社会 化の役割をつとめるであろう。 協同組合が企業を容認し. に発展する過程に於て、 協同組合が自衛的組織より社会. 符 -.
(10) . 協同組合の性格(北海道協同組合論序説) つつ自主的に経済を統制するものだか らである。 ここに資本主義社会 における 協同組合がその経済の社. 会化過程を通して、 自主的に経済を統制する機能を発展 せしめ得る基盤を見出すことができ、 而もそれは現代に 於て必然的な基盤であることを認めなくてはな らぬ。 こ. の意味に於て協同組合は経済の社会化過程における自主 的経済統制の現象形態であるということができ、 その意 義が確認されるであろう。. ただ社会主義を目指さざる部分社会化に於て漸次経済 の統制 が張化 せられるとき、 協同組合の自主的経済の統. と 解.して い い で あ ろ う。. 27) 金融 資本の支配的な時期いわば資本主義の後期 と鐸 ¥して い い であ ろ う。. 28) 吉田義一、 厳会化 (岩波経済学小辞典 p ) .465 29 ) 以下瀧 :会化の実情については、 吉田義一、 前掲 書 pp .466- 467 30) G.D.H.Co i I Theory l952 l aysin Soc a e s , 琵s P ,j52. 31) 関嘉彦、 英国厳会主義. 制と国家的経済の統制との結合が必然となろう。 その結. 果は各組合員が国家の弧制的統制機構に服従せねばなら なくなるであろう。 然しながらこの服従はいわば中世的 な服従ではなく、 この服従の精神が組合員の自発的なる. 点に於て根本的な差異が存する。 協同組合の基本的な性 格を変えるものではない。 l コール (G e) は、 個人的自由には制限がな ,D.H,Co. ければな らぬが、 その制限はできるだけ最小なるべき で あり、 「その自由の行使が、 自由を抑制されつつある個. 人に許容するよりもより大 きな自由を他の個人に対して 3 0 ノ といい、 「現 破壊するような時に限らるべきである」. 代の社会に於てかかる自由が、 人口の大部分を占める労. 働者階級にとっては経済的不安定と非民主的産業組織の ため、 有名無実となっている。 この自由を万人のものと 3 1 ) するために民主 .主義的社会主義の必要なことを説く」 彼の社会主義は、 完全なる社会化を意図するものではな く、 叉完全なる社会化を目指す部分社会化を構想するも. のでもなく、 それは完全なる社会化を目指さざる部 分社 会化を目標とする社会主義であると解されよう。 かかる 社会主義の思想に立つ彼は、 協同組合について、「協同組. 合は、 も早や国家と関係なしにはありえず、 叉図家か ら まできない」紋ノ といい、 離れてその事業を経営す.ることを 「……協同組合が望ましき社会変化に対し絶対的な障害 の態度をとること、 叉資本主義にとって代るべき社会主. ) r 義者を助ける代りに資本主義に対する緩和者 (かぜe. として役 立つことが許されるならば、 協同組合員によっ てその運動に対してなされた主張は全く失敗するであろ うドリと主張する。. り方をかく論じたことは、 協同組合 彼が協同組合の在・. の自主的な経済の統制と国家の張制的な経済の統制との 結合の合理性を示したものといえるであろう。 id.SS 24) R. Li b 討ミ efn ・ ・ lnn . .163一164 ,i. 25) 岡本 協同組合 (復刊商学討究 ,理一、 資本主義と‐ 第1 巻. 第 3 号、 1951年 2 月. p ,297一322). 26) 産業資本の支配的な時期v ・わば資本 ,主義の前期. 昭和27年 p .262 .. 32) G,D.H. Co l i l i 1 t t ・( 0 ‐ ope ra ・ e s ▽e move- . TheBr i i i 1 i57 t Soc ty ー951 p menti l la SoC e a s ,. 33) i i d.p b ,ヱ61 .. あとがき 北海道経済の特性と協同組合 北海道の経済を ま、 これを府懸の経済に此較するとき、. 特殊な性格をもつ。・それは北海道経済の発展過程の特殊 性に基くものであるが、 一言にして要約するならば、 そ れは植民地的な-性格といえること である。. 北海道の経済が一般に植民地的である ま、 ,ということを 府懸の経済に対して後進的で あることないし奉仕的であ ることを意味するものであるが、 単に北海道の経済がこ の様な意味における性格のものであるならば、 園内の諸 府際の経済はそれぞれの自然的、 歴史的ないし社会的な. 事情の異 るに藤じて差異が見出され、 その先後の関係は. 示される所であろうし、 殊に東北諸懸における経済も ま明 他府豚 に に此し後れているといってよく、 奉仕的なもの が少くないであろう。翻 然し北海道の場合にあっては異. る。 北海道の自然、 歴史ないし社会の上に府豚に此して 全く特殊なものがあることは無論であるが更に財政及び 拓殖等 の政策に墓いてその経済の特殊性を強化したもの であった。 5 )に基けば概要次の如き北海道の経済に関 最近の著書3 する特性が示されている まず護業構造の上か ら見るとき、 北海道経済にあって は相対的に第一次産業の発展が第二次産業のそれよりも 3① 全図農業生産額中に占める北海道農業生 優位にある。. 産額及全図工業生漆額中に占める北海道工業生産額を ま何 れもその絶対額に於ては上昇を示したが、 相対的な此率 ま後者を ま前者に及ばぬことが認められる。 に於てを. 資本蓄積の点からは、 全国と北海道との会社払込資本. 額に対する総生薩額の割合を資本蓄積率として 見 た場 ま相対的に低いこと が 知 ら れ 合、 北海道の資本蓄積率を るo. ま、 全国と北海道との総生産額を所 道民所得について0 得と見てその相対的此率をとるとき、 道民の所得の割合 は低いことが示される。. ・ 人口増加の点では 、 人口成長率に於て全国の年成長率.
(11) . 赤. 岩. と北海道のそれを此較するとき、 より大きいことが見 ら れる。 貿易の側からは、 鰍移出入貿易額か ら見た北海道のそ. 金・ 太 郎 格をもち、 経済の社会化傾向につれてその自主的経済統 制の機能を強化するものであり、 園家的経済統制の強化. に伴ってこれと結びつくべきものであった。 従ってこの. れが出超を示し、 品目別貿易構造からは原料移出地であ. 経済に対臆する協同組合の性格は北海道の特殊な経済に. 業のコスト高を招来するものである。 を全 更に財政政策の上か ら見て、 北海道の総財政収入,. り戻して府懸の経済に伍しないしはこれにぬきんでるこ. って、 消費財及び生壷財移入地であることが認められ、 かかる特徴は道内における物置高を薗し、 従って 叉各産. あっても、 その府懸に此しておくれたる経済に適醸する 断の協同組合でなくてはならぬ。 この経済のおくれをと. 園平均のそれと此較した場合、 租税構造に於て、 北海道. とが戦後の我国の生産力を回復せしめ、 発展を図るに当 って北海道の開拓の果しめらるべき課題であり、 この課. の地方税は過重であってその過重部分が直接税として徴. 収されるのであり、 このことは貯蓄ひいては道内資本の 欠乏及び消費の圧迫となったものと思われる。 更に叉、 拓殖政策の上か ら云うならば、 道内産業発達. のために必要な環境を整備し叉第一次離業の保護育成を 行ったのである。 即ち諸 産業に対し公共資本を形成し、 交通業を保護育成したことであり、 叉農業保護と林業生 蔑の園家経営とに対し財政投資を行ったこと.であった。 このことは本道の護業構成の特質を高めたものであった と考えられる。 以上に示された北海道の経済の特性は何れの点からも 府豚に比しておくれが見出されるのであり且その開きの 大なることが認められるのである。 嫌って協同組合は企業に対照しつつ社会化する断の性. 題に対する責務の大きな部分がコ蹄齢道の協同組合にかか. っているものといえよう。 この意味に於て、 北海道経済 における北海道協同組合の生成過程とその在り方が究明 されなくてはな らぬ。 話34) 北海道商工部商務観光課調査報告 第一輯 昭 7年 束ゴヒ地方に於ける本道水産物の市場調 和2 査 悌二章 東北地方の経済状況 35) 西尾幸三、 北海道の経済と財政 昭和28年 i ・ i 36) G. C1ark, Condi t l ons or 配cono ・ l c Progl s e s l94 0(金融研究会訳 経済進歩の諸 係件) によ れば概して経済進歩のためには雇傭の比重が農 林水産 業の如き第一次産業より鉱業、 製造工業 の如き第二次産業に進み、 更に商業、 交通業そ の他のサー ビス業の如き第三次産業へ移ってv 、. - 77 ・. 玩で あ る と い う。 く こ と が 必要.
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