学校経営管理論に関する一考察 : 「文部省特定研究費」による調査研究のための予備的考察
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(2) . 学校経営管理輪に関する-考察 -- 「文部省特定研究 費」 による. 調査研究のための予備的考察 -- 小論を. 故. 浦. 持田栄一教授に捧げる. 東 洋 一. 野. 1. は. じ. め. に. 本学の安藤忠吉教授を代表とし, 小泉弘教授, 小林和彦助教授が中心となっ て計画された共同研 究 「北海道における小中学校の各科教育史の研究」 は, さいわい昭和51年度から53年度にかけて 文部省から特定研究費を交付されるところとなり, 筆者もその共同研究に参加させていただく機会 に恵まれた. この共同研究には, 本学が, 教員養成を中心的な社会的責務のひとつとするところの 北海道におけ る教育大学であることへの自覚にたって, 道内におけるいわゆる 学校現場のなまの 資料″ を可能なか ぎり収集, 整理し, もって教育研究と教員養成教育の発展に資そうとする意欲が うかがわれた. 第1年次 (昭和5 1年度) は道南地域を重 点に, 第2年次 (昭和52年度) は道東地 域を重 点に して 資 料 の 収 集 がお こ な わ れて き て い る と こ ろ であ る. ところで, 教育制度学徒たる筆者は, 上記の資料収集の過程 で, いわゆる 現場″ における教育 実践研究が, 教員個々人の問題としてだけでなく, ひとつの組織体である学校の計画的運営のなか で どの よ う に 位 置 づ け ら れ て い る の であ ろ う か と いう 問 題 関 心 を も つ に い た っ た そ れ は, 近 年 の .. 主任の省令化をめぐっ ての北海道教育界の激しい動きへの注目と重なり, 広く学校経営ないし学校 管理といわれる教育学の領域への関心へとつながっていった。 そこ で筆者は, 共同研究者会議には かり, 共同研究の資料収集の一環として道内の各学校から学校経 営計画書の収集をおこなうことの 了承をえ, 第2年次 (昭和. 5 2年度) において, 札幌市および, 空知, 宗谷, 日高, 十勝の各教育局 管内の小中学校からの資料収集を試みた. 第3年次(昭和53年度) においては, 残りの地域およ び 全道の高等学校からの資料収 集を試みる予定である。 さて, 各学校の学校経営計画書は, 概観するところ, 関係法規の存在もあって, 内容的には共通 する部分も見受けられるが, 体裁においても, 形式や内容においても実に 多様である。 膨大な資料 をどう整理し, 分析するかということ自体が大きな学問的課題となっ たのである. 著者は, 迂遠 で はあるが, 戦 後日本における学校経営論ないし学校管理論の歴史的検討という作業を通してこの課 題にせまろうと考えた。 小論はその報告として位置づけられる, なお, 筆者は本紀要 への 前回報 1 )の 末 尾 で 本紀要への次回報告は イ ギリス1 告( 87 0年初等教育法の動態分析となろう″という趣 , , 旨の予告をし, それを研究課題のひとつとしてきているが, 上述の事由で報告の順序を変更したこ と を お こ と わ り して お き た い。. 25.
(3) . 浦. 野 東洋一. 1 1 用語の問題と時期区分 2 } 日本の教育学関係の文 献においては, 平原春好教授がその最近の著作で指摘しているように( , 「 教育経営 」 「学校経営」 や 「学校管理」 のみならず, 「教育管理」 , 「学校管理運営」 , 「学校運営」 , 3 ( ) さらにこれらに などの用語が, 論者によっ て多様な意味でも ちいられてきている . , 「教育行政」 や 「学校行政」 , 「教育自治」 や 「学校自治」 な どの用語がかかわっ てくる. こうした現象を生ぜしめている要因としては, ①論者の位置する学問的系譜の ちがい, ②日本の 教育の歴史的現実に対する論者のかかわり方 もしくは対 応のちがい, ③論者の公教育観のちがいな どがあると考えられる. 学問的系譜のちがいにより用語の意味がちがっ てくる典型例は, 経営学と行政法学との場合であ ろう. 経営学のテキストは, 「経営」 と 「管理」 とはその本質的機能において異なるところのないも のとしたうえで, しいて区別すれば, 「経営」 は 「管理」 よりも包括的な上位の 概念であると説いて 4 ) この考えにたっとしても.何を 「経営」 の主体ないし単 位として位置づけるかで, その意味 いる{ , . 5 はだいぶちがっ てくる.例示すれば, 市町村教育委員 会を教育経営の単位とする 論()もあれば, あく 6 ( ) ま でそれは校長を主経営者とするひとつの 学校であるとする論 もあり,さらに,今日における学校 経営は, 国・都道府県・市 町村・学校という四重の重層構造をもち, そのそれぞれが学校にたいす 7 )もある これに対 し 行政法学の系譜に属 するとみられる論者は,「わ る経営の主体 であるとする論( , . たく しは, ………教育行政主体の内部組織 (たとえば, 教育委員会と学校というがごとき) 内に経 営学の成果をもちこむことを, 法律問題とは別個の問題として, 提案したいと 思うのである. つま り, 行政法学の問題はあくま でも行政法学と して扱い, 行政法学 では 『管理権』 という用語で説明 し去 っ て, それ以上に進みえない領 域においては, 経営学の成果をとり 入れ, かつ教育学の 理解に 8 )と述べている たっ て, 教育の効果を最大限にあげるような 行政の運営を図るべきものであろう」( . 場 経営学の系譜に属する されていると読める 「 「 経営 」 の上位概念と が 管理 」 この論においては, . 合と比べれば,「経営」と 「管理」の概念の上下関係が逆となっ ているわけである. 下村哲夫教授は, こう した概念規定の放漫さが, 論議の生産性を低下させ, 現場教師の信頼感を失わせたとし, 概念 9 ) 規定の明確化を求めている( . しかし, 上述の学問ないし理論研究の諸傾向は, 日本の公教育の 支配的な現実, とりわけ立法も 含む教育政策の 現実と 深く かか わっている. 故 宗像 誠也教授 がくり かえ し指摘 していたよう 1 0 ) 教育作用が行政作用と同一視された戦前日本の支配的な公教育の現実のもと では経営学が導 に{ , 入さ れる余地はほとんどなかっ たし, また, 戦後教育における行政法規的教育行政の 「復権」 のも 50年代以降今日までくりかえし生起 とでの経営学的発 想のもつ限界は明らかであっ た. そして,19 してきている教育政策をめ ぐっ ての鋭い対立と 論争とは, それぞれの論者の教育 観自体をも問うと ころとなり, それぞれの学問的 系譜においても理論 上の分化が生まれてきている. その典型を行政 法学の系譜にみるならば, 行政法学者 である兼子仁教授が,「教育条理」 に注目することによって, 1 1 }ことが特筆さ れよう 学問状況がそ 現代特殊法としての 「教育法」 の理論的構築に 成功している( . 2 1 ( ) 概念規定の明確化という 指摘する共通理解にたつ 下村哲夫教授の のようなもの であるとすれば , こ と が, 容 易 に な さ れ る と は 思 わ れ な い.. このよう なわけ で, 学校経営管理論の探求に は, 一定の歴史的研究がどう しても必要と なるの で 1 3 ) ( ある. そこ で, 高野桂一教授が戦後学校経営論の変遷を つぎのように時期区分しておられる のに 学ん で考察することとする. 0年から23年頃までの民主的解放的な経営論の時期. ① 昭和2 26.
(4) . 学校経営管理論に関する-考察. ② ③ ④. 昭和24年から30年頃ま での民主的学校経営論体系化 への時期 . 昭和3 1年から3 8~39年頃ま での学校経営論多様化の時期. 昭和40年代以降の学校経営近代化・合理化(主として技術的合理化)論の盛行と批判明確化. の時期。 1 1 歴 史 的 検 討 1. 第一の時期は, 敗戦から教育委員会法制定(昭和23年7月1 5日)ま での, 民主的な学校経営管理 の模索の時代である。 有名な 「米国教育使節団報告書」(昭和2 1年3月) は, その序文 で, 「教師の 最善の能力は, 自由の空気の中においてのみ十分に現わされる. この空気をつくり出すことが行政 官の仕事なのであっ て, その反対の空気をつくることではない.」 と述べ, 第一章 「日本の教育の目 的及び内容」では,「結局中央官庁は教授の内容や方法,または教科書を規定すべき ではなく,……… 教師がその専門の仕事に対して適当に準備ができさえすれば, 教授の内容と方法を, 種々な環境に ある彼等の生徒の必要と能力並びに彼等が将来参加すべき社会に適応せしめることは, 教師の自由 に委せられるべきである.」 と述べているし, さらに第四章 「教授法と教師養成教育」 では, 「教師 にとって何より第一に教育上必要欠くべから ざることは, 同僚と相会して互いに助言と感激とを語 り合う機会を与えられるべきこと である. 各学校の職員会議は この 必要に応えるものではあるが , それはほんの手初めに過ぎない。」 と述べていた。 文部省も 「新教育指針」 の第一部.前篇 「新日本 建設の根本問題」 の第五章 「民主主義の徹底」(第二分冊=昭和21年6月) のなかで, 「学校の経営 において,校長や二三の職員のひとりぎめ で事をはこばないこと, すべての職員 がこれに参加して, 自由に十分に意見を述べ協議した上 で事をきめること,そして全職員 がこの共同の決定にしたがひ , 各々の受け持つべき責任を進ん ではたすこと -- これが民主的なやり方である 」 と説いていた . . これらの指導的文書には, 教師の自由で活発な教育活動を出発 点として, あるいはそう した教育活 動を可能ならしめる条件として学校経営管理をとらえる発想がつらぬかれていた. この考え方は, 教育と教育行政とを区別した教育基本法第1 0条をはじめ,戦後教育改革立法にも大きな影響を及ぼ した. この時期の先進的な学校経営のいぶきを伝えてくれる文献のひとつに, 東京都四谷第六小学 4 1 }がある 当時 社会科の授業 で知られた石橋勝治氏がいた学校であ 校 「わが校の学校経営計画」( , . る. その計画は, 「A 全校教育組織」「B 民主教育実践具体内容」「C 学級教育組織」「D 研 究部の活動組織」 からなっ ており, 一見して教育実践を中心にすえた学校経営計画であることがう かがわれる.「父兄会」 を 「全校教育組織」 のなかに位置づけていたり, 職員会議の名称が 「学校運 営職員会議」 とされているのも興味深い, 第二の時期は, 昭和2 4年から地方教育行政の組織及び運営に関する法律の制定 (昭和31年6月 30 日) までの, アメリカ流の機能的見地による民主的学校経営管理の体系化の時代であるとされて いる, この時期には, 文部省 「小学校経営の手引」(昭和2 4年2月) , 文部省学校教育局 「新制中学 校・新制高等学校・望ま しい運営の指針」(昭和24年4月) 文部省「 中学校・高等学校管理の手引」 , (昭和25年3月) ,教師養成研究会「学校管理 -- 民主教育の組織と運営 --」(昭和25年11月) , 文部省 「小さな学校の経営の手 びき」(昭和26年7月) などの著作が刊行されている さらに, 武 . 田一郎 「学校学級経営の基本問題」(昭和24年) , 安藤義雄 「学校管理」(昭和28年) などの個人に よる著作も多く出された. これらの文献のすべてに言及する紙幅の余裕はないので, ここでは 「小 学校経営の手引」 をとりあげてみよう。 同書は, 学校の社会的使命を, 「社会を継続発展させるセン ターとしての教育施設」(1頁) であるとし, 教科課程は 「子供におしつけるようなものではなく, 27.
(5) . 浦. 野. 東洋一. あくま でも, 子供の経験の発達の組織である」(28頁)としている. アメリカ教育学の影響が色濃く にじみ出ているといえよう. そして同書は,「学校経営上の万般の施策は, 教科課程のよりよき実現 1頁)と説いている. この教科課程なる用語は ということをめ ざして試みられなければならない」(3 後に教育課程へと変化してゆくが, それを広く教育活動とおきかえれば, 同書の見地は今日におい ても継承されるべき であろう. それはともかく, 同書はつづけて, 教科課程のつくり方, 児童集団 の編成, 特殊教育学級, ガイ ダンス. 健康教育, PTA, 学校事務, 学校建築と設備などについて 説明している. 各教科の教育方法についての説明はないものの, 一読して新しい学校教育の解 説書 という印象をうける. 同書の刊行当時はまだ大部分の市町村の教育委員会選挙がおこなわれていな かっ たためか, 教育行政機関と学校経営の関係についてはほとん どふれられておらず, 学校の内部 経営に眼目がおかれていると言ってよい. しかし, 例えば 「職員の研究諸会合」 という項目はある が 「職員会議」 の項目はなく, 「学校経営者としての校長」 の項目は民主的校長像の描写にほとん ど があてられているな ど, 今日の目からは不十分なところもうかがわれる. ところで, 高野桂一教授 によれば, 「この時期には, 前記の解放的民主経営論時代の 『学校経営を基本とする学校管理』 体制 は, 教育委員会の管理と学校の経営とは一致するという予定調和的幻想に安易にすりかえられ, 校 1 5 )とされている この指摘とかかわっ て 長は管理者即経営者として教委側に身を寄せはじめた.」( , . 3年6月 8 日付で発せられた文部次官通達 「教員の教育活動, 資質の向上並びに態度 はやく も昭和2 1 6 )が 想 起 さ れ る ち な み に こ の 通 達 に は つ ぎの 内 容 が 含 ま れ て い た の であ る す な わ 等に つ い て」( . .. ち, ① 「授業, 教科課程, 教科内容等について, 近頃基準の意義を曲解し, 学習指導要領の示す 基 準を, まま無視するような傾向があるかに聞く が」 , これらのことは学校教育法にてらして注意され たい. ②校長の権限及び責任等については, 学校教育法に明示されているが, 「近頃, 教員が校長の 職権を軽んじ, 又は無視するが如き傾向が, ままあるかに聞くのは遺憾なことである. 新教育下の 学校 では, 特に責任の分担, 帰属を明確にすべきであっ て, 校長はあく迄一校の最高責任者であり, 全教員の指導, 監督をなし, 且教員の協力を得て, 児童生徒の幸福, 社会の期待にこたえたいもの である.」③ 「教員は, 各自の職分に全力を注ぐと共に, 校長並 びに同僚相互に敬愛と協力を旨とし, 校長の行う教育方針, 学校の維持, 経営等に助力すべき である. なお, 教員は, 自主的且自由に研 究討議を行い, 相互の修養, 研簿に努力すべきであるが, これらの結果を実施しようとするに当っ ては, 校長の裁量により決せられるべきである.」 ④ 「校長は, 各種の計画樹立に際しては, 決定前 に教職員の意見を十分徴し, 彼等の才能や能力を善用するのがよい. かかる校長は, 民主的に職員 を組織し, 教職員の意見発表を歓迎する. 然し, 学校行政の最後的責任は, 団体の代表者たる校長 に属していることに注意されたい.」 以上やや長く引用 したが, みられるようにこの通達に すでに, 文部省当局者の行政法 (規)・的発想と でもよぶべき学校経営管理に ついての考え方の, 戦前からの 文脈で言えば, 「復活」 の兆候をうかがうことができよう. 第三の時期は, 昭和3 1年から昭和38~39年頃とされている. 周知のようにこの時期は, 任命制 教育委員会の発足, 学校管理規則の制定, 勤務評定の実施, 学習指導要領の法的拘束力の明確化, 学校教育法施行規則改正による 「教頭設置」 , 校長, つい で教頭への管理職手当の 支給, 全国一斉学 力テストの実施に伴う職務命令の濫発など, 時には大きな社会的政治的関心をよんだ, 一連の教育 統制政策が実施され, 教職員組合が組織をかけて運動を展開した時代 であっ た. この時期以降の学 校現場に大きな影響を与えることとなった学校経営管理論として, 教育行政法論と学校経営近代化 論 と が あ る.. 教育行政法論は, 主として文部省当局者によって打ち出され, あるいは 「文部省地方課法令研究 会」 などの団体名 で, あるいは個人名 で, 多くの著書, 論文が発表さ れた. それは今日にも及び, 28.
(6) . 学校経営管理論に関する-考察. ますます盛行の観すらある. 当初のそれは, まず行政法の一般原理を説明し, ついでその原理にも とづいて,新たに制定された地方教育行政法を中心とする教育行政法規の体系的解釈をおこなうか, あるいは職員会議とか校務分掌とか教育課程管理とかの学校管理の諸事項を事項別に解説するとい う手法がとられた. そこでは, 前記第一期, 第二期にみられた教育活動を出発点として学校経営管 理を考えるという発想は失われ, 行政法規から学校管理を説く (教育的発想ではなくして) 行政法 的発想が支配的であっ た. 一般的に教員や教育学者は法律学の素養に乏しいことが指摘され, その ことがかえってこの教育行政法論の学校現場への浸透を容易に したとみられた。 論者によっ て多少 の差異は認められるが, それらはおおよそつぎのような特徴をもっ ていた. すなわち, ①学校 (公 1 7 ) ②しばしば特別権力関係論によっ て上命下 立学校) の管理の主体は地方教育委員会だとされた( 。 1 ) ③時には 学校は広義の教育行政機関であり 行政主体であると説かれ 教師 服が強調された(8 , , , . 1 9 ) ④学校管理の主体は地方教育委員会であるとし の教育活動もまた行政作用 であると説明さ れた( . ながら,「法治主義」 を媒介に, 文部省→県教委→地教委→校長→教職員という筋の学校管理の中央 集権化を説く ことに結果していた. ⑤行政法論理の優先は教育の論理の後退を意味し, これらの著 作からは, 直接子どもの教育にたずさわる教職員の自主性, 自律性に信をおかないものとの印象を うけた. ところで, 平原春好教授の指摘によれば, これらの教育行政論は, 従来の一般行政法の単 2 0 ) 天城勲(当時文部省初等中等教育局財務課長)「学校教育法逐条解説」(昭 なる適用 ではなかった( 。 和2 9年)→有倉遼吉・天城勲コンメンタール 「教育関係法1」(昭和3 3年) 所収の天城勲 (当時文. 部省大臣官房会計参事官)「学校教育法」の第5条解釈, 木田宏(当時文部省初等中等教育局地方課 2年) などにおいて, 学校管理の内容を 「対人管理」「対物管理」「学校運 長)「教育行政法」(昭和3 営管理」「財務管理」 の四つ, もしくは 「人的管理」「物的管理」「運営管理」 の三つに区分する考え が提出された。 この考えは, 従来の行政法理論が営造物管理の内容を, 物にたいする管理と人にた いする管理に二分して説明してきたことからすれば, 新しい管理概念であっ た. そして, とくにそ の 「運営管理」 の概念は, 文部省当局者の教育行政法論のなかに定着し, 行政が教育 の内的事項 i t ( n r na) に関与することを 根拠づけるうえで重要な役割を果たした. e 8年) つぎに, 学校経営近代化論においては,「学校経営の近代化入門」(昭和3 , 「教育課程の近代 管理」(昭和40年) など多くの著作を精力的に発表された伊藤和衛教授が著名 である. この時期の 伊藤和衛教授の所論は, おおよそつ ぎのごとき特徴をもっ ていた. すなわち, ①教育権とは 「受教 育権」 であり, それは社会権である。 教育権を自由権と考えるのは時代遅れの発想であり, 教育基 本法第1 0条第2項の 「教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立”こは 「教育内容の条件整 備」 も含まれると解すべきで, 教育の内的事項といえども教育行政のコントロールに服する, ②受 教育権を保障するためには, 日本の学校の前近代性=明治以来の 「経験と勘」 による学校経営を克 服すること, すなわち学校経営の近代化が必要である. ③学校経営の近代化とは, 「民主化」 と 「合 理化」 のことであるが, わが国の学校経営の現状においては, 経営過程の技術的合理化すなわち能 率化, 標準化をはかることが先決課題 である。 ④学校経営合理化の原則的立場は, 学校経営を 「あ る特殊なもの」 とは考えず, 「経営一般」 の理論で考えることだとし, アメリカのF, W. テイ ラー の 「科学的管理法」 などの適用を説いた. ⑤学校経営は, 国, 都道府県, 市町村, そして学校とい う四重の重層構造をもつものとしてとらえることが必要であり, 学校の内部の構造も, 経営層, 管 理層, 作業層からなる重層構造としてとらえなければならない。 ⑥学校経営合理化のためには,「教 師の補助者的存在」 といった事務職員観を克服しなければならない. 経営政策と作業を結びつける ものが事務であり, 事務は経営合理化の鍵的存在である. ⑦学校経営近代化の中核となる ものは, 教育課程管理である. そのための 「内部報告制」 , つまり, 作業層にあたる教員は, 学習指導の年間 29.
(7) . 浦. 野. 東洋一. 計画, 月案, 週案, 日案などを管理層の学年主任や教務主任に提出, 報告し, 管理層はそれをさら に経営層の教頭や 校長に提出, 報告をするという制 度の確立を説いた. 以上のごとき伊藤和衛教授 の所論の問題 点のひとつは, 教育の場である学校の経営の独自性を認めなかっ たこと であり, ふた つは,「国が全国中学校の一斉学力テスト実施の政策をたてることも経営主体の立場からみてできる こと である. この場合, 都道府県や市町村の教育委員会は経営主体として でなく国の経営政策に対 する管理機関としての機能をもってくる. そして個々の全国中学校は校長以下全員 が当該経営政策 2 1 )という説明にその一端がうかがわれるように 当時の文部省の教育 の実施にあたるわけ である.」( , 政策や行政を肯定的にとらえ, 学校経営の民主化よりも合理化が先決 であるとした現状 認識であろ つ.. 文部省当局者の教育行政法論においては 一般行政法の論理が優先していたし, 伊藤和衛教授の学 校経営論においては 一般企業経営の論理が優先していた. ともに教育といういとなみにかかわる独 自性を無視もしくは軽 視していると言えよう.両者はまた,文部省→県教委→市町村教委→校長→教 職員といっ た上下の系列による管理もしくは経営に 道を開いている 点でも共通性をもっ ていたと言 えよう. 第四の時期は, 昭和40年前後から現在にいたる時期 で, ILO条約関係国内法の改定によりいわ ゆる労使関係の正常化がおこな われ, また, 中央教育審議会答申 「今後における学校教育の総合的 な拡充整備のための基本的施策について」(昭和46年) の趣旨にそっ て,「国立及び公立の義務教育 6年) 諸学校等の教育職員の給与等に 関する特別措置法」 の制定 (昭和4 , 学校教育法の改定による す 「 地方教育行政の組織及び運営に関 9年) 教頭職の法制化 (昭和4 , 文部省初等中等教育局長通達 8条の市町村教育委員会の内申がない場合の都道府県教育 委員会の任命権の行使につい る法律第3 て」(昭和49年) , 主任制度の省令化 (昭和51年) などの方策がとられてきた過程である, 同時に 他面では, ユネスコの 「教師の地位に関する勧告」(昭和41年) があり, いわゆる家永教科書裁判 で東京地裁・杉本判決 (昭和45年) が出され, 日本教育法学会が創立される (同前) など, 教育権 の理論が深められ, 教育への国民の関心がかつてなく高まっ てきた過程 である. ひきつづき教育行 政法論, 学校経営近代化論は盛行の観があったが, それらに対する理論的批判が創造的になされた のがこの時期の特徴と言えよう. 伊藤和衛教授の所論を 鋭く批判したのは, 故. 2 2 ) その主要な論点はつぎ 宗像誠也教授であっ た( . のごとく であっ た. すなわち, ①伊藤理論が 「権力擁護論」 になっ ていることへの批判 である. 宗 像教授は, 学習指導要領, 勤務評定, 学力テスト, 教科書検定などの具体的問題点を指摘し, 「日本 の現在の権力が, す でに民主化されたとお 考えなのか」 と問い, 教育権の問題についても, 「教育を 受ける権利はもちろん社 会権だが, 社会権は決して不自由権では ありません.」 と批判した. ②伊藤 理論が 「現状肯定論」 になっていることへの批判 である. 例えば伊藤説は 「学校は授業だけで成り 立 っ て い る の では な い」 と い う 当 然 の こ と を 強 調 す る こ と に よ っ て, い つ の 間 に か, 「事 務 量 は 教 師. の願いとは逆にますますふえてきている」 という現状をそのまま肯定することに結果している. ③ 学校重層構造論批判 であり,ここに力点がおかれていた.宗像教授の主張はつぎのごとく であっ た. 学校 では, 簡単にいって, 校長一人を除いた他の教師は全部同 様に40人の子どもをかかえて授業を している.「主任」 も, 工場の職制のように, 作業層と異なる仕事をしているのではけっ してない. もちろん学校でも, 副次的に, 校務分掌上の便宜のために教務主任も学科主任も設けられるだろう. しかし, 教師の一番大事な仕事は, 子どもを教えること -- 授業 -- であり, そして授業に関し ては全く一様の仕事をしているの である. この意味で, 学校は, 伊藤理論流に表現すれば, 本質的 に単層組織なの である. 学校が単層 だからこそ, 職員会議が非常に 重要になるのだ. 相互の意志の 30.
(8) . 学校経営管理論に関する-考察. 疎通のために, 一緒に歩調を揃えるために, 自由に何でも話せる職員会議, 職員室の空気が大切な のだ. だが, 伊藤理論では, 職員会議はまともにとりあげられていない.「学年主任・学科主任も上 司 である」 などという官僚制が払拭されて, すべての教師に平等の発言権があり, 職員会議で十分 討論してその同意の上ですすめられる学校経営の方が, ずっ と志気が上り, 責任感がみなぎり, つ まりいい学校だと思う. そういう学校が 「近代化」 されていない 「おく れた」 学校というなら, お くれた学校の方がいい学校 だ. この伊藤・宗像論争は, 「かみ合わない論争」 とも評された. しかし伊藤和衛教授がその後 「教師 の経営参加 -- これからの学校経営 --」(昭和4 8年)を発表され, 以後ふたたび精力的に経営参 加についての一連の著作を発表されているのが注目される. 文部省当局者を中心とする教育行政法論に対し異説を提出し, 教育と法をめぐる議論に画期的と もいえる大きな影響をおよぼしたのは兼子仁教授であっ た. 旧来の行政法理論と成文法規のみに目 をうばわれてしまうことを戒めて, 兼子教授はつぎのように指摘した,「現行法は, 教委の学校管理 権を, 公企業経営権の本 質をもつものとして, 企業の 『経営管理』 の意味において諸権限を総括し て定めているにすぎない。 したがって, 学校管理権の具体的な権限内容およ び学校との権限分配は 必ずしも一義的に確定しておらず, 公立学校管理関係の全体が教委の包括的支配権の 動らく特別権 力関係であると断定することは できない. むしろそれは, 関係法令の権限規定のほか 『教育企業』 の条理法や慣習法によっ てきまっていく問題である。 公立学校管理関係の法的性 質は教育 企業管理 関係である。 そこにおいて 『学校の自律性』 の原理は, たんに教委がその支配権行使を自制すべき 根拠たるにとどまらず, 教育条理法として, 教委の支配権を法的に限界づけ学校の内在的管理権の 2 3 )行政法学の出身でその専門家である兼子仁教授の こうした教育 存在を基礎づけるものである。」( , といういとなみにかかわる独自性に着目しそれを重視する一連の著 作は, 教育学者や教師を励ます こととなった. 伊藤・宗像論争を, 「学校経営の組織構造を単に 『単層』 か 『重層』 かと二者択一的 2 4 )と評され 「学校経営の現代化」 は 「経営合理化」 と 「経営民 に争うだけでは生産的ではない」( , , 主化」 とのふたつのかかわりを, 現実の経営実践のなか で具体的に追求することによ っ てはたされ るとされていた高野桂一教授は, 近年 「学校慣習法学試論」 とサブタイ トルを付せられた文字通り 2 5 ) そこ では 「学校経営学が一般的な企業経営学理論の単なる類推の域 の労作をおおやけにされた{ , . から脱却し『特殊経営学』として確立され, また教育法学が一般行政法学の単なる適用から脱却し, 2 6 )ことが視野におかれている こう した発想は 「第一の時期」「第 『特殊法学』として確立される」( , . u 二の時期」 の, いわば よりよき教育家践のための学校経営管理″ 論の, 今日的復活であるとみら れよう. 兼子仁教授などの,(文部省当局者=官側の教育行政法論という表現との対比での)民側の教育法 学説は, かなり早い時期から判例にもとりいれられはじめ, 現実的な影響力をもつにいたっ ている. 最初の学力テスト違法判決である福岡地裁小倉支部判決 (昭和3 9年3月16日) は, 教育基本法第 1 0条を教育行政にたいする教育の自主性を保障したものと解し, 教育内容行政の原則は指導助言 で なければならないと条理解釈し, 学習指導要領の法的拘束力を否認し, 文部省学力テストには教育 基本法第1 0条違反の違法性がある旨判示した. 兼子教授みずから指摘しているように, この判決に 2 0 ) 近年の事例を示せば 昨年(昭和5 は明らかに教授の学説が反映していた( 2年)から今年にかけ , . ての小, 中, 高等学校の学習指導要領の改訂において, 大幅に分量が削減さ れ, 学校裁量の余地が 増大したことが注目されているが,そうなった要因のひとつに北海道学力テ スト事件最高裁判決(昭 和5 1年5月21日) があることは明白であろう. こうして民側の教育法学説は, 判例を通して, 現 実の教育行政にも影響を及ぼしているの である. いまひとつ事例を示せば, 前記した昭和49年の文 31.
(9) . 浦. 野. 東洋一. 部省初等中等教育局長通達にもと づく, いわゆる市町村教育委員会の内申抜きの教員処分が, 違法 2 8 ) 2年1 2月 27 日){ でありこれを取り消すとの判決をう けている (福岡地裁判決, 昭和5 . 兼子仁教授は, 従来のみずからの研究成果を今日の時点で集約されたものとみられる近著 「教育 2 9 ) 慣習法に 法」〔新版〕 で, 不文教育法 (学校慣習法と教育条理法) の重要な意義を強調している( . ついては,「学校の自治的運営・内部組織およ びそれと管理機関の学校管理権との関連, さらに各地 域」における形成を指摘し, その ダイナミッ クな意義について,「慣習法はほんらい不文法であるが, 確認的に成文化・文書化されることがありうる. 各学校の内部規定はそのようなものであることが ふさわしい,」 としたうえで, 「慣習法の法規改廃力は, 教育を支配したり教育条件整備を妨げたり する成文法規を教育慣習法が学校自治・地域自治的にのりこえていこうとするときに, きわめて重 要 であろう.」 と述べている. そして教育条理法については, 「民法・行政法の ごとき一般法におけ る条理にあっ ては,正義公平・公序良俗・信義誠実・社会通念な ど,一般的抽象的な内容にと どまっ ていたのに対して, 特殊法上の 『特殊条理』 としての教育法上の 『教育条理』 にあっ ては, その内 容的素材は, 教育ないし教育制度の性質に即した, より具体的な原理や法則になる であろう. そし て, この教育条理の内容究明は,,教育学の成果を十分に活か すべく, 教育研究者と法学者との綿密 な 共 同 研 究 に よ っ て の み, よ く な しう る と こ ろ であ ろ う.」 と 述 べ て い る. 筆 者 は こ こに, 学 校 現 場. からかけはなれたところにある何らかの理論によって学校経営管理論を考えるの ではなく, 学校の 現実から出発してよりよい教育実践のための学校経営管理論を考えていくうえでの, ひとつの確か な方法論的基礎を見いだすのである. W. 調査研究への視点. 第1節で述べたように, ここ でいう調 査研究は, さしあたりは北海道内の各学校の学校経営計画 書の収集とその分析を意味している. 計画がそのまま実態 ではないことはありうるわけだから, そ れ が実 態 調 査 で な い こ と は 明 ら か であ る. し か し, 実 態 調 査 へ の ひ と つ の ス テ ッ プ に は な る であ ろ. う. したがっ て, 以下に述べることは, 正確には学校経営計画書分析の視 点と 言 う べ き も の であ る. 第一に, 前節でみたような学校経営管理の諸理論, 諸傾向の影響を どのように受けているか, も しくはいないのかを見定めようと思う. 計画書の中には引用文献が明記されているものもある. そ れほど明確 でなくとも, 行政学的傾向か経営学的傾向か教育法学的傾向か で大別 できればよいと考 える。 その際, 人間関係論や教育工学の傾向も経営的傾向に含めるとして, 経営学的傾向は細分化 して考える必要も出てこよう. 第二に, 経営計画作成の手続をみてみたい. といっ ても, 計画書には 「作成の手続」 といっ た項 目は見あたらないのが普通 である. そこ で, 必ず含まれている 「本校の教育目標」 といった項目の 内容が, 子 どもの学力や体力や生活指導上の問題をどのように 把握し検討したうえで決められたか を読みとるという方法をもちいることになろう. 第三に, 職員会議の位置づけに注目してみたい. このことについては若干の注釈が必要 である. 教育制度検討委員会(会長・梅根悟) の報告書は, つ ぎのように指摘している.「父母・国民の教 育権の信託は, 教師の専門的力量に対して であり, 同時に教育的環境としての学校に対して である から, 教師ひとりひとりの自主的 で創造的な教育活動が保障されると同時に, それが集団的に検討 さ れ, 相 互 に た か め あ い, す く れた実践を広め深めあう体制が学校において確立されていなければ. ならない.」「今日の学校は, 校長・教諭・養護教諭・事務職員・用務員・栄養士・給食従事者な ど, 20 をこえる職種の労働者によっ て構成されており, 学校は, それを構成する教職員のそれぞれの任 32.
(10) . 学校経営管理論に関する一考察. 務の遂行による協力によって運営され, その全体によっ て父母の信託にこたえるものであるから, 学校の任務をはたすばあい, 学校を構成する全教職員の民主的な結合とそれによる学校運営が決定 3 0 )ここには 学校経営管理のあるべき原則的見地が示されていると考えられる 的に重要である。」{ , . そして, いうところの全教職員の民主的結合の場は, 職員会議であると考えられる。 しかし, 職員 会議は, 大学における教授会とちがい, 実定法上の根拠は何ら有せず, 学校管理規則等で規定され ている例も多くはない. そのためもあってか, 職員会議の位置 づけについては, とりわけその法的 性格をめぐっ て, 争論状態にある. 筆者は, 法令上校長の権限とされている事項も, 多くの場合, 対外表示権を規定しているにすぎないと解されるから, 少なくとも教育活動に直接的にかかわる事 項については職員会議の意思が学校の意思であるとされるべきだと考える. しかし問題はまだその つ ぎにある. 教育活動に直接的にかかわる事項については職員会議が最高議決機関だとして, それ は多数決制をとるのか全員一致制をとるのか, またその決定は どの程度まで構成員を拘束するのか 3 1 ) しかも兼子仁教授は 職員会議のあり方を 教育条理法を語るべき という問題が残るのである( , , . 好例とされている. 以上のような問題関心から職員会議に注目するわけ であるが, その際, 教員以 外の職員も職員会議に出席するのか否かなどのことも当然注目されるであろう. 学校経営計画が職 員会議をどう位置づけているかが, 第一として述べたいかなる理論の影響をうけた計画であるのか を見定める重要なポイントのひとつとなると予想される. 第四に, 校長の教育的リー ダーシッ プに注目したい. 成文法規が文言上校長に権限を集中してい たり, 経営学の系譜にたつ理論が校長の経営方針策定力やリー ダーシッ プを重視しているためばか りではない. 教職員組合との対決的教育行政がくりかえされたことにより, 校長と教職員との関係 が疎遠もしくは敵対的となっているとしばしば指摘されているし, 事実教職員組合運動の一部に機 械的な い校長敵論″ もみられないわけではない, こうした状況は, 教育の荒廃が各方面から指摘さ れ学校 ぐるみの目的意識的な教育実践が強く求められている今日, まことに不幸であると言わざる を得ない。 もちろん校長は, 現行法制度上, 場合によっては教職員と対立せ ざるをえない立場にお かれている。 そのうえでなお, 教育実践の先輩もしくは ヴェ テランとしての校長が, 教育条理に即 した学校経営をいかに志向し, どのように教育的リーダーシッ プを発揮してし るかに注目してみた いと思うのである。 とりわけこの視点との関連で, その例は少ないと予想されるが, 計画書が教育 委員会と学校との関係について記述している場合, その内容が参考となる であろう. 第五に, おそらくここに力点がおかれる であろう が, 校務分掌のありかたに注目したい. 従来し ばしば, 各学校の校務分掌 (機構) 図を類型化し, それぞれの型の長短を論ずるという研究がなさ れたが, やや平面的な分析であるとの印象はまぬがれなかった. さいわい近年の学校経営計画書は 相当部厚いものとなっ ていて, 各パー トの仕事の年間計画も収録されているものがふえている. ま た, 校務分掌規定などの校内規定が収録されているものも見うけられる. したがっ て, 単なる校務 分掌 (機構) 図の形式的な類型化にと どまらない, より立体的もしくは全体的な整理, 分析が期待 できよう. 当然のことながら, 今日政治的な問題にもなっ ている各パー トの責任者もしくはまとめ 役 (部長だとか主任だとか名称は画一化されていないが) の位置づけや役割も注目される. とりわ け北海道においては, 北海道教職員組合 (北教組) が い受け皿排除″ ということで, 校務分掌は認 めるが各パートに通年にわたる責任者もしくはまとめ役をおくことに反対し, それを月番制にする という闘争方針をとっていることとのかかわりからも注目される. また, 一般的には校務分掌の決 定は, 教職員の希望を徴したうえ で学校運営委員会のよう な組織もしくは校長がおこなっ ていると されているが, これでは教職員の希望が活かされずモラールの向上につながっていない面もあるとも 指摘されている. したがっ て, 計画書からはわかりにくいであろうが, 教職員の校務分掌の決定方 33.
(11) . 浦. 野 東洋一. 法にも注目する必要がある, さらに, 学校慣習法の重要な意義ということからして, 校内規定の内 容には特に注意したい. 第六に, 教育 (実践) 計画にいかなる特色があるかに注目 したい. u学校5日制をめ ざす 土曜日 ノ ー ・ カ バ ン デー″ な どの い わ ゆ る 自 主 編 成 問 題 帯 広 市 の つかる算数″ 問題で社会的関心をあ ,. っめた副教材使用の問題などのほか, 学力のおくれている子どもに対する特別の手だてな どきめ細 かな教育実践計画に注目したいと考える. 学校経営計画書とあわせて各学校の 成績通知表″ 類の 様式も収集することとしているの で, 教育評価における特色にも注意することとなろう. 教育評価 は, 教育目標や教育 (実践) 研究と切り離されてあるは ずのものではなく, これらは一連のものな のだから, ここ でも全体的な把握が期待できよう. 第七に, 教職員の研修計画がいかにくみこまれているかに 注目したい. 教師のモラールや教育力 量に ついてとやかく指摘される一方 で, 現場教師からは研究会も含めて会議が多すぎて ゆっくり教 材研究をするひまがないという声をよく聞く. 今国会(第84国会) では新構想教員養 成大学・大学 院たる 「上越教育大学」 と 「兵庫教育大学」 の創設が決定され, 最近の中央教育審議会の答申 「教 6日)のなかには, 校内研修・学校間研修の奨励と 員の資質能力の向上について」(昭和53年6月1 いう項目が含まれているという折 であるからでもある. 第八に, 教職員と父母, 学校と地域住民との 協力共同の関係をつくり出すことがどのように計画 にく み 入 れ ら れ て い る の か に 注 目 し て み た い. 今 日 の 教 育 荒 廃 と い わ れ て い る も の は, 教 職 員 と 父. 母, 学校と地域住民との, 子どもの発達をめ ぐっての協力共同の関係をつくり だしていくことなく しては克服できないのではないかと考えられるからである.PTA の活動がどのように位置づけられ て い る か, そ も そ も いP″ が PTA 会員たる自覚をもっているのかというよう なことから見てゆくこ とになるであろう. おおよそ以上のような視点をもって学校経営計画書を読ん でいくこととする. そして, 学校経営 計画書が全体として, 地域により, あるいは学校規模などによっ て どのよう な特徴をもっ ているか が考察されるであろう. 最後につ ぎの文章を付記することを許されたい. 小論を, さる7月に53歳の若さ で急逝された 故 持田栄一東京大学教育学部教授に捧げる. 筆 者にとっては, この春本郷 で教育行政学の方法論について議論したのが最後と なった. これま での ご指導に感謝し, 心からご冥福を祈る次第である. (1978 年 8 月). 9 ( 1 ) 拙稿「イギリス18 70年初等教育法に関する-考察 -- 地方教育委員会制度を中心として --」本学紀要第2 巻 第1 号 1978年.. 2一1 1 3頁 1 978年 総合労働研究所. 2 ( ) 平原春好 「学校教育法」 11 2年, 伊藤和衛 「学校経営の近代化 8 ( 3 ) つぎに例示する著作の表題に注目されたい. 伊沢修二 「学校管理法」 18 96 6年, 宗像 96 5年, 市川昭午 「学校管理運営の組織論」 1 入門」 1 63年, 持田栄一 「教育管理の基本問題」1 9 69年‘ 9 誠也編 「学校運営と民主的職場づくり」1 9 6 9年, 河野重男 「教育経営」 1 ( 4 964年 有斐閣, ) 桜井信行編 「現代経営学入門」 4頁 1 ( 5 ) 河野重男 「教育経営」 1 96 9年 第一法規. ( 6 ) 吉本二郎 「学校経営学」 1 965年 国土社. 9 63年 明治図書. ( 7 ) 伊藤和衛 「学校経営の近代化入門」 1 ) 今村武俊 「教育行政の基礎知識と法律問題」 65頁 1 9 64年 第一法規. ( 8 34.
(12) . 学校経営管理論に関する-考察 58-15 ( 9 ) 下村哲夫「学校経営の理論的研究 -- その系譜的考察」「現代学校経営講座・第1巻」所収 1 9頁 1 97 6 年 第一法規. 95 4年 有斐閣) をはじめとする同教授の一連の著作. ( 1 0 ) 宗像誠也 「教育行政学序説」(1 1 1 ( ) 兼子仁 「教育法」〔新版〕 1 9 7 8年 有斐閣. ( 1 2 ) 大嶋三男・児島邦宏 「教育経営研究」 は, 明治期以降の研究の発展を, ①啓蒙的経営論, ②法規主義的経営研 究, ③学校経営研究の端緒, ④戦後の経営研究とに区分し, ④の経営研究の基本的立場は,「法令の解釈と適用を 基本とする学校管理論」「経営学の手法・研究成果を教育に利用しようとする機能主義的立場」「国民教育論的立 場」 の三つに大きくは要約できるとしている.「教育経営事典・第2巻」 所収 7 4頁以下 1 97 3年 帝国地方行 政学会. ( 1 3 ) 高野桂一 「学校経営の科学化を志向する学校内部規程の研究」 8 6 97 6年 明治図書, 7頁 1 q 4 ) 「明かるい学校」 第4号所収 1 94 7年9月, 1 ( 5 ) 吉本二郎編 「学校論 -- 組織・経営・管理 --」6 2年 明治図書. 7頁 ”勢点は原文) 1 9 7 q 6 ) 文部省大臣官房総務課編 「終戦教育事務処理提要・第4集」 98~1 95 0年3月. 0 0頁 1 ( 1 の 「学校経営のための法律常識」(傍点は引用者) と題する近年の著作でも, 「学校の意義」 を,「学校を設置する ことのできる国, 地方公共団体および学校法人は, いずれも法人格を有する. ………わが国の学校には, 法人格 は付与されていない. 法律的な意味でいえば, 学校が権利義務の主体となったり, 教育事業の主体となるもので ないことは明らかである.」ことから説きおこしている.鈴木勲「新訂・学校経営のための法律常識」 2 0頁 197 6 年 第一法規, 1 ( 8 ) 文部省当局者が特別権力関係論による包括的支配権を私企業経営権と同じものとして位置づける場合も, それ が特別権力関係論を制約する方向に働らいているとは読みとれない. 木田宏「教育行政法」(全訂版) 21一25頁 1 9 6 8年 良書普及会. Q 9 ウ 今村武俊 「改訂・教育行政の基礎知識と法律問題」 6 9一72頁 1 6 5-1 6 96 6年 第一法規. 7頁 1 伽 ) 平原春好 前掲注( 2 )書 11 6一1 1 9頁. 1 ( 2 } 伊藤和衛 前掲注( 7 )書 26頁. 回 「教育評論」1 - 9 6 5年7月臨時増干 67年9月号所収の宗像論文参照, 2月号, 「教育」19 0月号, 1 i号, 1 ( 2 3 ) 兼子仁 「教育法」 1 9 5頁 1 3年 有斐閣. 96 回 高野桂一 「学校経営現代化の方法」 1 2 4頁 1 97 0年 明治図書. 価 1 ) 高野桂一 前掲注( 3 )書. 岡 同上書 8頁. 師 兼子仁 前掲注皿書 1 6 7頁. ( 2 8 ) 拙稿 「内申抜き処分判決と教員人事行政」 参照 「労働法律旬報」1 9 78年3月下旬号所収. 鰹 ) 兼子仁 前掲注qp書 37頁以下, 卿 ) 「教育評論」1 4年5・6月合併号 1 9 7 8 9頁. 柳 拙稿 「学校自治・教職員組織論と主任制」 参照. 「季刊・教育法」1 97 8年夏季号所収. (本学助 教授 ・ 札 幌 分校). 35.
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