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批判的リテラシーを形成する教育実践の展開と課題 : H.ジャンクスの統合モデルに着目して

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Academic year: 2021

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(1)Title. 批判的リテラシーを形成する教育実践の展開と課題 ― H.ジャンクスの 統合モデルに着目して ―. Author(s). 黒谷, 和志. Citation. 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 70(1): 27-39. Issue Date. 2019-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/10538. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第70巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 70, No.1. 令 和 元 年 8 月 August, 2019. 批判的リテラシーを形成する教育実践の展開と課題 ― H.ジャンクスの統合モデルに着目して ―. 黒 谷 和 志 北海道教育大学旭川校教育学研究室. The Development of and Issues surrounding Educational Practices in Critical Literacy Education ― A Study of H. Janks’ Synthesis Model ―. KUROTANI Kazushi Department of Education, Asahikawa Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 本稿では,まず第一に,ジャンクス(Janks, H.)によって構想された批判的リテラシーの統 合モデルの理論的特質を明らかにすることを目的とした。ジャンクスの統合モデルでは,批判 的リテラシー教育を構想する際の鍵となる概念として,「パワー/支配」, 「多様性」,「アクセ ス」 , 「デザイン/リデザイン」の4つが提起される。更に,それぞれの相互関連性を捉えるこ とで,テクストや世界を批判的に問い返し,不平等,不公正に構築されていく社会的関係の変 革可能性を探求する教育実践を構想するために必要となる複眼的な視点が提起されている。第 二に,ジャンクスの論考を手がかりとしつつ,初等教育段階において構想し,展開されたバス ケス(Vasquez, V.M.)及びコンバー(Comber, B.)らの3つの教育実践を検討することを通 して,子どもたちが生きる生活現実に根ざして展開される批判的リテラシー教育実践の特質と 課題について検討した。. Ⅰ.はじめに. 「順化」させる教育ではなく,「自由の実践」と しての教育を探究したフレイレにおいて,批判的. 「ことばを読むことは世界を読むことである」. リテラシー教育は,学習者が自ら生きる生活から. と提起したフレイレ(Freire, P.)の理論と実践は,. 距離をとり,問いを立ちあげ,生活現実を変えて. その後の批判的リテラシー教育の研究の発展を支. いく主体になることを重要視する。批判的リテラ. える礎となってきた。人間を既存のシステムへと. シーとは,自らが生きる世界を対象化し,他者と. 27.

(3) 黒 谷 和 志. ともにことばによって社会的に構成されていく世. され,実践されているのかという点については,. 界を,批判的に読みひらいていく実践として構想. 更なる研究の展開が求められている。コンバー. されていくことになる。. (Comber, B.) が 指 摘 す る よ う に(Comber,. 批判的リテラシー教育をめぐっては,それを現. 2013b),批判的リテラシー教育に関する実践的. 在の学校教育においてどのように構想し,位置づ. な研究は,成人識字教育や高等教育,後期中等教. けていくのかに関わって,いくつかの包括的な理. 育を舞台に展開されてきたが,幼年期や初等教育. 論的提起がおこなわれている。例えば,ルークと. 段階において批判的リテラシー教育がどのように. フリーボディ(Luke, A. & Freebody, P.)の「リ. 展開されてきているのかを明らかにしようとする. テラシーの4つの読みのモデル」(竹川,2010),. 研究は少ない。そこで本研究では,第二に,ジャ. ニ ュ ー・ ロ ン ド ン・ グ ル ー プ(New London. ンクスによって理論化された統合モデルを手がか. Group)の「マルチリテラシーズの教育学」 (New. りとし,初等教育段階において構想,展開されて. London Group,2000),さらには「自明性を問い. きたバスケス(Vasquez, V.M.)及びコンバーら. 直す」 「多様な視座があることを調べる」「問題を. の教育実践を検討する。. 社会的,政治的に解き明かす」 「社会的行動をと. 以上の考察を通して,テクストや生きる場に潜. る」という4つの次元を提起するルーイソン. 在する支配的なディスコースを子どもたちが読み. (Lewison, M.)らによる批判的リテラシー教育. ひらき,それを変革していく教育実践がどのよう. の構想(Lewison, 2015)などがある。. に構想され,展開されているのか,また,社会や. また,日本においても,フレイレを源流とする. 学校の中で周辺化されていく子どもたちの生きら. 批判的教育学における批判的リテラシー論の特徴. れた経験や声に応答する教育実践がいかに展開さ. を「既存社会のあり方を問いなおす視座をリテラ. れているのかを検討したい。. シーの中に実現する」ものと捉え,その視点から PISAリテラシーの意義を検討する研究(樋口, 2010)や,ジルー(Giroux, H.A.)らに代表され る批判的教育学のリテラシー論と比較しつつ,. Ⅱ.ジャンクスによる批判的リテラシーの統 合モデル. ルークらによって構想されたオーストラリアにお. ⑴ 批判的リテラシー教育を捉える4つの鍵概念. ける批判的リテラシー教育の特徴と課題を明らか. ジャンクスが構想する批判的リテラシー教育の. にした研究(竹川, 2010)などがある。. 統合モデルは,「パワー/支配」,「多様性」 ,「ア. 本研究では,このような研究動向と並び,近年,. クセス」,「デザイン/リデザイン」という4つの. 批判的リテラシー教育を構想する諸論考(例え. 鍵となる概念と,それぞれの概念の相互関連性に. ば,Comber, 2016/ Vasquez, 2017)において着. おいて構想されている。各概念は,従来の様々な. 目されているジャンクス(Janks, H.)の統合モデ. 批判的リテラシー研究が,それぞれにどれかの側. ルを検討し,その特質を明らかにすることを目的. 面に焦点を当てながら論じてきたものであるが,. とする。ジャンクスのモデルは,テクストや世界. それらを統合的に捉えようとしている点に,ジャ. を批判的に問い直す側面のみならず,批判的リテ. ンクスの論考の特徴がある。. ラシー教育を構想する際に熟慮すべき複合的な問. まず,それぞれの概念から捉えられる批判的リ. いが,整理して示されている点に意義がある。. テラシー教育の課題について検討したい。. また先に挙げたように,日本においても批判的 リテラシー論に関する理論的な検討が進められ,. ①パワー/支配. その実践的な検討もおこなわれているが,批判的. 「パワー」ないしは「支配」の視座において把. リテラシー論が授業・教育実践としていかに構想. 握される批判的リテラシーの側面は,言語を通し. 28.

(4) 批判的リテラシーを形成する教育実践の展開と課題. て構成される権力的な関係性を批判的に読み解く. 行為する権利を有しているのか」,「誰の言葉が重. ことに関連する。. 要であると見なされ,誰の言葉がそうでないのか」. 批判的リテラシー論は,テクストは社会的に構. が,問われる必要がある。そして,言語と権力と. 成されたものであり,中立的には構成されないと. の関係は,明示的に理解されやすいものではない. 捉える。ジャンクスも同様の見解に立っている。. が故に,「言語がどのように既存の社会的関係を. すなわち,テクストは,それを産出する者の観点. 維持し,またその関係を変えるために使われるの. を反映して構成され,また,テクストを産出する. か」についての気づきを生み出すことが必要であ. 者によって, 言葉や表現されるべき内容が「選択」. るとも捉えられている(Janks, 2014, p.5)。. されながら構成されていく(Janks, 2014, p.2)。. それゆえに,批判的リテラシー教育では「どの. それゆえに,テクストは,事物を部分的,限定的. ような選択がテクストを構成しているのか」,「何. にしか表象しておらず,また,テクストの前景に. が示され,何が示されていないのか」,「何が正当. 表される内容と共に,後景に位置づけられてしま. なものとして示されているのか」,「何が当然のこ. う内容も存在する。. とと見なされているのか」,「誰が利益を得,誰が. また,テクストを産出する者は,その「選択」. そうではないのか」,「誰が包摂させ,誰が排除さ. を必ずしも意識的におこなっているわけではな. れているのか」といった批判的な問いを立てなが. い。テクストは,話し手や書き手が足場を置くコ. ら,テクストを通して構築されている権力的な関. ミュニティが「自明なこと」と捉えている世界に. 係性を読み解くことを求める(Janks, 2014, p.32)。. ついての考え方に依拠して産出されるのである. また,世界やテクストは社会的に構成されたも. (Janks, 2014, p.3)。ジー(Gee, J.P.)は,このよ. のであるという理解は,同時に,それらが再構成. うな,あるコミュニティに共有されている「言語. 可能なものであることをも意味する。ジャンクス. を用い,考え,感じ,信じ,評価し,行為する仕. は,フレイレに依拠しつつ,「自らが生きる世界. 方」の総体を「ディスコース(Discourse) 」と定. がどのように構成されてきたのか(「名づけられ. 義し, 「ことば(discourse)」が習得される際には,. てきたのか」)を認識すること」が学習者に可能. それに付随してそのコミュニティにおいて主流な. となれば,また,そのように構成された世界(そ. 1). のように名づけること)は抑圧的であると,学習. 「ディスコース」をも獲得していると捉える (Gee, 1996, p.131)。. 者が理解することが可能になれば,「その時,学. それゆえに,批判的リテラシー論においては,. 習者は自分たちの世界を名づけ直すことによっ. 話し手や書き手あるいは読み手が,既に,自らが. て,自らを解放することができる」 (Janks, 2014,. 依拠するコミュニティにおける他者との相互作用. p.6)と指摘する。世界やテクストが,限定され. を通して, 「自明なもの」「慣れ親しんだもの」と. た視点からどのように構成されてきたのかを理解. して獲得しているディスコース(「言語を用い,. することができれば,そこで掬い上げられていな. 考え,感じ,信じ,評価し,行為する仕方」 )を. い視点や沈黙を余儀なくされている声の側から世. 問い直すことを必要ともする。. 界やテクストを社会的に再構築することが可能に. ジャンクスが提起する「パワー」ないしは「支. もなる。言語は変革するためにも用いられるので. 配」においては,上記のような特質を持つテクス. ある。. トを脱構築する批判的リテラシーの特徴が捉えら れていると言える。批判的リテラシー論は,言語. ②多様性. を通して不平等,不公正な社会的関係がつくり出. 「自明なこと」とされている「ディスコース」. され,また,言語を通してそれが再生産されると. を脱構築することに関与する批判的リテラシーに. 捉える。テクストや生活現実の中で,「誰が話し,. おいて,「多様性」に着目することの意義は,差. 29.

(5) 黒 谷 和 志. 異や多様性が「論争や変化を生み出す裂け目」を. アカデミックなディスコースを獲得することの必. つくり出す点にある(Janks, 2010, p.26)。. 要性が提起されている点である。ジャンクスは,. 人間は,自らが足場を置くコミュニティが「自. 次のように問うている(Janks, 2010, p.24)。. 明なこと」 「当たり前のこと」と捉えるディスコー スを獲得していく。そして,自らが足場を置くコ.  子どもたちの多様な言語やリテラシーの価値. ミュニティを越境して,新しい多様なディスコー. を認め,それらを育んでいくことと同時に,ど. スに出会うことが,新しい何かを生み出す契機を. のように支配的な言語やリテラシーへのアクセ. つくり出す。多様な「ディスコース」との出会い. スを提供するか。. は,人間が日常生活において「自明なもの」とし て獲得しているディスコースを省察し, 「世界の. 貧困状態にある多言語地域においてリテラシー. 中でのもう一つの存在の仕方」を獲得することに. 教育を構想するジャンクスは,批判的リテラシー. もつながる(Janks, 2010, p.25)。ルーイソンらも. 論の立場から,言語やリテラシーの多様性を保障. 指摘したように,自らの視点からのみならず,他. し,社会へと批判的,創造的に参加できるリテラ. 者の視点に立ちながら,さらにはいまだ声が聴き. シー教育を追究する。と同時に,子どもたちが生. とられてはいない他者の視点に立ちながら,自ら. きる社会が求める支配的な言語やリテラシーへの. の視点を脱中心化し,ある出来事やテクストを複. 「アクセス」を保障しない批判的リテラシー教育. 数的に捉え直す実践が重要視される(Lewison,. は,マイノリティの子どもたちを社会の周辺に位. 2015, pp.10-11) 。. 置づけたままにする,とも指摘するのである。子. 他方で,馴染みあるコミュニティを移動し,異. どもたちが自ら生きる社会において生き方の幅を. なる,新しいディスコースを有するコミュニティ. 広げ,願いや要求を実現する上で,その社会が基. に参入することが,人びとに不安や葛藤として経. 礎的なものと位置づけているリテラシーを獲得す. 験されることもある。また,異なるディスコース. ることは重要である。批判的リテラシー教育は,. を生きる者との出会いが,「私たち」と「彼ら」,. このようなジレンマの中に立たされると言う。. 「劣っている他者」と「そうではない者」という. ジャンクスは,学校で獲得されるべき言語やリテ. 境界を生み出しもする。さらにそうした差異は,. ラシー,知識やディスコースを学習し,子どもた. 人びとの間にヒエラルキーを構築することにもな. ちがそれに「アクセス」できることの重要性を認. る。 「多様性」への着目は,「支配」や「パワー」. めた上で,子どもたちの多様性を保障し,批判的. の理論との関連で捉えられなければ,人びとの間. な問いを立てながら,子どもたち自身が新たなテ. にある不平等,不公正な関係性に盲目なまま,多. クストや世界をデザインできることが必要である. 様性を賞賛するに留まることにもなる(Janks,. と捉えるのである。. 2010, p.26) 。. 「アクセス」に関わる第二の論点は,学校で獲. またジャンクスは,「包摂性」(inclusivity)が. 得することが求められる知識やディスコースへの. 必要であるとも指摘する。子どもたちの異なる. 「アクセス」が,どの子どもにも同じように開か. ディスコースが, 「教室の中に居場所を持つ」こ. れているわけではないという問題である。家庭の. とが必要となる(Janks, 2010, p.25)。. 中で獲得されることばやディスコースが,学校の 中で獲得することが求められることばやディス. ③アクセス. コースと親和性の高い家庭の子どもたちと,そう. ジャンクスが指摘する「アクセス」に関わる問. ではない子どもたちとでは,学校において支配的. 題として,まず着目すべき点は,学校において教. なディスコースへの「アクセス」のしやすさに差. 授される支配的な言語や支配的なディスコース,. 異が生まれ,その隔たりが大きければ大きいほ. 30.

(6) 批判的リテラシーを形成する教育実践の展開と課題. ど,そこにアイデンティティを帰属させることに. 使用される(Janks, 2014, p.8)。表現形態の多様. も困難が伴う。ジャンクスは,次のように例示す. 性(multimodality)が重要視されているのも,. る(Janks, 2014, p.7)。. ニュー・ロンドン・グループをはじめ,近年の批 判的リテラシー教育の特徴である。.  ミドルクラスの子どもたちは,家庭において. さらに, 「変革の行為」を意味する概念として,. 価値があると捉えられた知識が,学校の中でも. 「デザインし直すこと」が提示されている。「批. 価値があるとされていることに気づくが,他方,. 判的に読み解く」だけではなく,「パワーが他者. ワーキングクラスの子どもたちや移民の子ども. をディスエンパワーするために使われない世界,. たちは,家庭で獲得してきた知識は学校からは. 差異が資源として理解される世界,誰もが社会財. 排除されていると感じる。. や社会的な機会にアクセスする権利をもつ世界を つくり出すことに関与するよう」,テクストが絶. それゆえに,学校においてどのような知識や. えず再構築されることが必要であると指摘する. ディスコースが高く評価されているのか,また,. (Janks, 2014, p.8)。テクストをデザインする行為,. 誰が学校で教授される知識や支配的なディスコー. さらにはデザインし直す行為も,中立的にはおこ. スに「アクセス」することが容易なのか,あるい. なわれない。デザインされ直されたテクストも,. は誰がアクセスに困難を感じるのか。それが,な. その者が生きる文脈,その者が依拠するディス. ぜ生じているのかを問うことが必要であると言う. コースやものの見方を通してつくり直され,また. (Janks, 2014, p.7)。. それが新たな支配的な物語にもなりうる。それゆ えに, 「デザイン-脱構築-デザインし直すこと」. ④デザイン/リデザイン. がサイクルとして概念化されることが重要となる. 「デザイン」という概念は,新しい意味を生成. (Janks, 2010, p.183)。. するために,表現するための多様な資源を選択し ながらテクストをつくり出すことを意味する概念. ⑵ 4つの鍵概念の相互関連性. であり,何かを生み出していく力,あるいは「人. 以上のように,ジャンクスは,批判的リテラシー. 間の創造性の重要性,そして新しい意味を無数に. 教育を捉えるための4つの鍵となる概念を抽出す. 生成させる生徒の能力」(Janks, 2010, p.25)に関. る。さらにジャンクスは,それらを相互補完的な. 連する概念として捉えられている。. 関係として捉えることが必要であると提起してい. 従来の批判的リテラシー論では, 「パワー/支. る。. 配」の領域に焦点をあて,テクストや世界を批判. 上述した各概念の説明の中でも,既にいくつか. 的な問いを立てて読むことに焦点があてられてき. の相互関連性に触れているが,例えば,言語と権. た。それに対して,ジャンクスは「支配の脱構築. 力との関係に着目し,テクストや世界を脱構築す. は,再構築あるいはデザインがなければ,人間の. ることを意図する「パワー/支配」の領域におい. 行為主体性を排除する」と指摘し,批判的リテラ. て,「アクセス」,「多様性」,「デザイン」との関. シー教育にデザインし,デザインし直す行為を位. 連は,次のように捉えられる(Janks, 2010, p.26)。. 置づけることを提起する。 また,書くこと(writing)が,「言語によって. <アクセスのない支配>. 作成されたテクスト」に対して使用されるのに対. これは支配的なディスコースの排他的な力を. して, 「デザイン」は,ことば,レイアウト,イメー. 維持する。. ジ,色,フォント,動きや音など,多様な意味生. <多様性のない支配>. 成の記号を選択し,組織する包括的な概念として. 差異と多様性のない支配は,論争と変化を生. 31.

(7) 黒 谷 和 志. み出す裂け目を失う。. いが提起されている。. <デザインのない支配への着目>. 以下では,ジャンクスによって提起された論考. 支配の脱構築は,再構築あるいはデザインが. を手がかりとし,バスケスやコンバーらによって. なければ,人間の行為主体性を取り除く。. 展開されてきた批判的リテラシーを形成する教育 実践を検討したい。. <アクセスのない支配>は,学校において子ど もたちに獲得することが求められる言語や知識, ディスコースへと「アクセス」することに困難を 伴う子どもたちがいることへのケアと配慮を求め る。また, 「自明なこと」「当たり前のこと」とし て獲得している(あるいは獲得することが求めら. Ⅲ.バスケスによる批判的リテラシー実践の 展開 ⑴ 「聞き取られていない声」の側からテクスト を問い直す. れる)支配的なディスコースへと「アクセス」し,. バスケスは,カナダの初等教育段階の学校に長. それを批判的に問い返すことを求める。そうでな. く勤務していた教師である。バスケスは,批判的. ければ,不平等,不公正な関係性が維持されるこ. リテラシーが「学校の内外の世界に参加するため. とを意味する。. のフレームや視点」に関わるものであり,学校の. <多様性のない支配>は, 「パワー/支配」の. 内外の世界に参加することを通して,「生徒と教. 論理が,多様性を排除するように機能することを. 師がともに問題をはらんだ不平等なあり方を問い. 指摘し,その中にあって「いまだ聴きとられてい. 直していく」側面をもっていると捉えている. ない声」を聴きとろうとすることを求める。また. (Vasquez, 2014a, p.3)。. 異なるディスコースを生きる他者,声を聴きとら. ジャンクスが指摘するのと同様に,「あらゆる. れてこなかった他者と出会い,その他者の立場か. テクストが社会的に構築されたものであり,特定. ら,支配的なディスコースを問い直すことによっ. の立場,特定の観点をもつ者が,テクストをつく. て, 「自明なこと」「当たり前のこと」と見なされ. り出している」,「世界とは読まれうる社会的に構. てきたディスコースを脱構築できることを意味す. 成されたテクストである」 (Vasquez, 2014a, p.7). る。. と捉えた上で,バスケスは,次のような批判的な. <デザインのない支配への着目>は,子どもた. 問いを立ててながら,テクストや世界を読み解く. ちが,テクストや世界を自らの手でつくり出し,. 実践を提起している(Vasquez, 2014a, p.4)。. つくり直すことができるものと捉えることを励ま すものである。従来の批判的リテラシー論は, 「パ ワー/支配」の領域に焦点を当て,テクストや世. ・このテクストは,私たちに何を語りかけよう としているのか。. 界を批判的に問い直す学びをつくり出してきた。. ・テクストによって,誰の関心が周辺化され,. しかし,社会的に構成されたテクストや世界は,. 誰の関心に特権が与えられているのか。. 子どもたち自身によって再構築が可能な,命名し. ・あるトピックや問題に関わる誰の説明が失わ. 直すことが可能なものであり,子どもたちが変革. れているのか。誰の声が沈黙を余儀なくされ. 的,構成的に社会に参画することを意味する。. ているのか。また,誰の声が支配的なのか。. このように,ジャンクスによる批判的リテラ シーのモデルにおいては,批判的リテラシー教育 を構想する4つの鍵となる概念が抽出されるとと もに, それらの相互関連性を捉えることを通して, 批判的リテラシー教育を構想するための視点や問. 32. ・誰の現実が示されているのか。誰の現実が無 視されているのか。 ・どのような立場からテクストを読んでいるの か。.

(8) 批判的リテラシーを形成する教育実践の展開と課題. まず,バスケスによる「私たちの友だちはベジ. ある日のクラス・ミーティングでは,メリッサ. タリアン」と題された実践記録を検討したい2)。. が「他の学校はどうなのだろう」と疑問を出す。. この実践記録において,バスケスは,学校が「自. 同じ地区の他の学校に送るための手紙を考え,さ. 明のこと」 「当たり前のこと」としている支配的. らには各学校の実態を調べるためのアンケートを. なディスコースを,学校の中で「周辺化されてい. 作っている。. る声」 , 「沈黙を余儀なくされている声」の側から. この実践は,ベジタリアンの子どもを周辺化す. 問い直す教育実践を展開している。. る支配的なディスコースに依拠してつくり出され. バスケスの学校では,学校の毎年の行事として,. る学校行事や,そのための案内文を批判的に問い. 親,子ども,そして教師が参加するバーベキュー. 直す実践として展開されている。その際,学校の. が実施されていた。翌日のミーティングの時間に,. もつ支配的なディスコースに「アクセス」するこ. 子どもたちはバーベキューのことを話題にして語. とが困難な声を聴きとることが,批判的に問い直. り合っていた。その場で4歳のアンソニーが,自. すことを可能にしている (<多様性のない支配>) 。. 分はベジタリアンで,バーベキューではハンバー. また,ジャンクスが<デザインのない支配への. グやホットドッグを食べることができなかったと. 着目>として指摘したように,バスケスの実践は. 語ったことからこの実践が始まっている。. 批判的に問い直すことで終わらない。さらに子ど. この問題が,数度にわたるクラス・ミーティン. もたちは,学校行事のあり様の変更を求めて手紙. グの話題になる。ステファニーを先頭にしてでき. を書くなど,テクストや自分たちが生きる世界を. たグループは,この学校行事では,ベジタリアン. デザインし直す活動が位置づけられている。. としてのアンソニーの声が周辺化されていること. さらに,この実践では,学校の中にいる「多様. を問題にして行動を始める。まずは,家庭向けに. 性」への着目が,学校行事を案内するテクストや. 出 さ れ た 案 内 文 を 読 み,「our Annual School. その学校において「自明なもの」とされてきた支. Barbecue」という見出しを見つけ,「わたしたち. 配的なディスコースを問い直すことにつながって. (our)」にはアンソニーが含まれているのか,と. いる。ジャンクスは,「差異が支配の中で構造化. 会話している。この学校で毎年行われているバー. されているという認識や,すべてのディスコー. ベキューの物語には, 「沈黙を余儀なくされてい. ス/ジャンル/言語/リテラシーが,等しくパ. る声」があることを発見する。. ワーを有しているわけではないという認識がなけ. さらにステファニーたちは, 「いまだ聞き取ら. れば,多様性を賞賛するだけにつながる」 (<支. れていない声」に応答し,その声の側から学校で. 配に着目しない多様性>)と言う。すなわち,あ. のバーベキューの物語を書き直すよう取り組んで. る人びとを排除しうる既存のディスコースを問い. いく。例えば,ステファニーらは,バーベキュー. 直すことなしでは,多様性が賞賛されることは. を運営する委員会の代表に手紙を書いていく。子. あっても,それぞれの多様性が保障されることは. どもたちとどんな言葉を使うかを決めるために,. ない。このバスケスの実践で子どもたちは,学校. 議論を繰り返しながら,新しい学校でのバーベ. や子どもたち自身が依拠する自明のディスコース. キューの物語を提案する。. を問い直すことを通して,多様な他者が共に生き. また,子どもたちは,ベジタリアンについてよ. ることができる世界を切りひらこうとしている。. り多くのことを知ろうと考え,学校司書に助けを 求めたが,学校の図書館には関連する本はないと 言われてしまう。子どもたちは,学校司書にも手. ⑵ テクストをデザインし直す活動としての批判 的リテラシー. 紙を出すことにする。司書は子どもたちの関心に. 先の実践記録からもわかるように,バスケスは,. 応え,何冊かの本が注文されることになる。. ジャンクスと同様に,批判的リテラシー教育に「デ. 33.

(9) 黒 谷 和 志. ザイン/リデザイン」する視点を位置づけること. と考える。続いて,「あなた」という言葉を「わ. を重要視している。すなわち,テクストをデザイ. たし」に置き換え,さらに「わたし」を「わたし. ンし直す批判的リテラシー実践は, 「テクストの. たち」に置き換えて歌詞を読ませ,それぞれの表. 解体や批評,熟考に関わるだけではなく,問題を. 現の違いを考えさせている(語りかけられる白イ. はらんだあり方についてデザインし直すことに関. ルカと語りかけている白イルカたち)。また,. わ る も の で あ る 」 と, バ ス ケ ス は 指 摘 す る. ニュース報道と絵本が異なるテクストであって. (Vasquez, 2014a, p.4)。. も,同じトピック(白イルカの生活)を提示して. この点に関わって,次に,バスケスの実践記録. いること,それぞれのテクストが読み手に何をど. 「ベルーガを救え」を検討したい3)。この実践は,. のようにして語りかけようとしているのかについ. ある子どもが,テレビで見たニュース報道につい. て話し合っていく。. て教室で語ったことから始まる。カナダ南東部に. ③子どもたちが自分たちの歌詞を作りはじめる. あるセント・ローレンス川の汚染によって,白イ. ために,「歌のテーマを何にするべきか」「どんな. ルカが絶滅の危機にあるという報道であった。こ. メッセージを伝えたいのか」と子どもたちに問い,. のメディアニュースを使って,絵本をデザインし. 「最も重要なことは,白イルカの状況に気づいて. 直す活動が行われる。. もらうこと」であると話し合う。議論を繰り返し. バスケスは,同じ白イルカをテーマにしながら. ながら,歌詞に含めていく言葉やフレーズを選ん. も,ニュース報道とは対立する文脈で白イルカが. でいくことで,セント・ローレンス川にいる白イ. 描かれている「Baby Beluga」という子ども向け. ルカのことを知っている子どもたちのコンテクス. の歌の絵本を用意する。絵本とニュース報道を比. トの側から「Baby Beluga」の歌が書き換えられ. べ,それぞれのテクストが白イルカをどのように. ていく。. 表象しているのかを比較させる。. ④歌が完成すると,白イルカの現状を知っても. ①まず,言葉のリストをつくって,白イルカが. らうために,他のクラスで自分たちが作った歌を. ど の よ う に 描 か れ て い る の か を 比 べ て い る。. 歌っている。また,動物保護団体への募金も行っ. ニュース報道からは, 「危険である」 「安全でない」. ていく。. 「助けが必要」といった言葉が挙がり,絵本から. この実践記録に関わって,次の点に着目したい。. は「自由である」 「幸せである」 「心地よい」といっ. ジャンクスは,「差異と多様性のない支配は,論. たリストができる。子どもたちは, 2つのリスト. 争と変化を生み出す裂け目を失う」(<多様性の. を比べ,それぞれのテクストが表す主題が相反す. ない支配>),あるいは「多様性は,再構築や変. るものであることに気づく(「幸福」と「絶滅の. 革のための手段,アイデア,オルタナティヴな視. 危機」など) 。子どもたちは異なる2つのテクス. 座を提供する。デザインがなければ,多様性が提. トの主題を比べることで,絵本の作家である「ラッ. 供する可能性は理解されない」(<デザインへの. フィは,危険に晒されているイルカについては何. 着目がない多様性>)と指摘する。バスケスのこ. も語っていない」と話し,絵本の中では危機に晒. の実践記録においては,アカデミックなディス. された白イルカの声が沈黙を余儀なくされている. コースを学習する場としての学校において,子ど. ことを読み解いている。. もたちの声や生活経験の多様性もそれと同様に価. ②次に作家であるラッフィが, 「その歌の中で. 値があり,学習の重要な資源と捉えられている点. 誰が語りを行っているのか」を子どもたちに問う. が重要である。. ている。子どもたちは,「あなた」という言葉が. バスケスの批判的リテラシー実践は,「学校の. 使われていることを手がかりにして,歌の中では. 内外で子どもたちを綿密に観察する」(Vasquez,. ラッフィが赤ちゃんの白イルカに語りかけている. 2014a, p.5)ことから始まり,子どもの生活現実. 34.

(10) 批判的リテラシーを形成する教育実践の展開と課題. に根ざした教育実践として構想されている。その. んだ文化的に多様な家族が住む地域であると言. 際,先に検討した「私たちの友だちはベジタリア. う。ウェルスの勤務する学校のある地域は,オー. ン」のように,子どもたちの生活現実そのものの. ストラリアでも最大規模の都市再開発に指定され. 中にある権力的な関係性が問い直されるだけでは. た地域であった。この再開発の一環として,近隣. なく,子どもたちの声や経験が「変化を生み出す. にある3つの学校が統合され,新しい「スーパー. 裂け目」をつくり出し,子どもたちが生きるコン. スクール」が建てられる。ウェルスは,コンバー. テクストの側からテクストが問い直され,デザイ. らとともに,統改築されるその学校をテーマに,. ンし直されている。さらに言うならば,子どもた. 批判的リテラシーを形成する教育実践を展開して. ちが教室に持ち込んできた生活現実とテクストと. いく。ウェルスらは,この避けられない大規模な. の対応関係に着目することで,テクストによって. 変化を,教室での学習の対象にし,カリキュラム. 描かれた世界を批判的に読み解くことにつながっ. の中に位置づけていくのである。子どもたちは,. ている。. 受け身の観察者としてではなく,調査研究者,デ ザイナー,そして市民として承認され,新しく建. Ⅳ.コンバーらによって展開された場や空間 を対象とした批判的リテラシーの実践 コンバーは,多くの教師との共同研究をおこ なっている。中でも,ウェルス(Marg Wells) との共同研究を通して,場に根ざす教育(Placebaced Pedagogy)としての批判的リテラシー実. 設される学校のデザインに構成的に関与していく ことになる。 ⑴ 子どもたちの言語的,文化的資源の重視とア カデミックなディスコースの獲得 ①子どもたちが有する多様な言語的,文化的資源 を尊重し,教室に居場所をつくり出す. 践 を 探 求 し て い る(Comber and Nixon, 2014/. ウェルスは,毎年学年の初めに,「地域を歩く. Comber, 2016) 。. (neighborhood walks)」という活動をおこなう。. コンバーは,場に根ざす教育が,市民としての. クラスの子どもたちが,自分たちの住んでいる地. 権利を強調し, 社会に参画する者としての意識と,. 域の通りを歩き,重要な建物や様々な建築デザイ. そのために必要な言葉を子どもたちに育てること. ンの特徴を写真に撮る,地域の主要な標識を写真. を主張する点で,批判的リテラシー教育と共通す. に撮る,さらにはクラスでフォトストーリーを作. ると言う。また,テクストと同様に,場も社会的. 成するといった活動がそれに含まれている,とコ. に構成され,構成し直されるべきものと捉えられ. ンバーは述べている。こうした活動を通して,子. ている。さらに,それらは,持続可能な環境をつ. どもたちがことばを学び,相互の関係を築いてい. くり出すためのリテラシーを求める研究動向にお. く。また,この活動で発見されたテクストを媒介. いても注目されていると述べている(Comber. にして,批判的リテラシーの実践が展開されるこ. and Nixon, 2014, p.86/ Comber, 2016)。コンバー. ともあると言う。. は, 「場」や「空間」も社会的に構成され,構成. コンバーらが構想する実践は,貧困地域におい. し直されうるものと捉え,子どもたちが生活する. て意味をなす創造的な教育を,不利益を被ってい. 「場」や「空間」をテクストとした批判的リテラ. る子どもたちの立場からつくり出す批判的リテラ. 4). シー実践を構想している 。. シーの実践である(Comber, 2016, p.5)。コンバー. ウェルスは, 30数年の教師生活のほとんどを,. は,学習者や地域に向けられた「欠損」のまなざ. 貧困地域で送っている。オーストラリアのアデ. し,とりわけ多文化地域や貧困地域,そしてそこ. レードの西部郊外にある小学校に勤務していた。. に生きる人びとに向けられた「欠損」のまなざし. その地域は,低所得で,先住民や移民,難民を含. が,子どもたちの「学校教育の不平等な結果」を. 35.

(11) 黒 谷 和 志. もたらすと指摘する。「生徒やその家族,さらに. 習された学問上の概念が足場となって,現実を批. は地域の有する言語的,文化的な資源」は「欠損. 判的に読み解き,再構築することが可能となるか. しているもの」ではなく, 「教えと学びのための. らである。. 重要な資源である」と捉え,「具体的で,状況づ. しかし,多様な言語的,文化的な背景をもつ子. けられた生活は,忘れ去られ,無視されてはなら. どもたちが,アカデミックなディスコースへと「ア. ない」と述べる(Comber, 2016, p.4)。ジャンク. クセス」することを保障していくためには,「生. スが提起する「多様性」に即してこの点を理解す. 徒やその家族,さらには地域の有する言語的,文. るならば,子どもたちの有する言語や経験の多様. 化的な資源」を「教えと学びのための重要な資源」. 性の価値を承認し,学びの重要な資源と捉えられ. として包摂する実践が必要となる。ジャンクスが. ていると言える。. 指摘したように,異なるディスコースを有する場. 先に挙げた「地域を歩く」という活動において. を越境することは,その異なり方が大きいほどに. は,学習が子どもの生活現実での経験に取り組む. 子どもたちにより大きな葛藤をもたらすからであ. ものである時に,また子どものアイデンティティ. る(Janks, 2010)。それゆえに,コンバーは「子. と相互作用する時に,学習の場に居場所感(sense. どもたちの言語的,文化的,地理的,歴史的なア. of belonging)が育まれると構想されている。子. イデンティティの感覚を否定することなく子ども. どもたちが生きる場を学習の対象とし,教室,学. たちの現在の知識や経験に加えることができるよ. 校そして地域への居場所感を育む批判的リテラ. うに,新しい推論的実践に子どもたちを導かない. シー実践の必要性が提起される。さらには,子ど. といけない」(Comber, 2016, p.69)と指摘する。. もたちが作品をつくる過程で,学校らしいストー. コンバーの記録によると,新しく「スーパース. リーに囚われず,子どもたちの創造的な表現を重. クール」が建てられる前にウェルスは,「子ども. 要視するのも,同様の問題意識に基づくものであ. たちが建築家になる」ような実践を構想している. る。<多様性への着目のないアクセス>は,多様. (Comber and Nixon, 2014, p.90)。子どもたちが. な文化的,社会的な背景をもつ子どもたちにとっ. 「建築家」として,建築物のデザインを多角的に. て,学校が主流とするディスコースへと「アクセ. 捉えることができるようになるためには,子ども. ス」することに,困難や葛藤を伴う子どもたちが. たちが建築に関わる知識や情報について学ぶ必要. いることを見過ごしてしまう,とジャンクスは指. がある。そう考えたウェルスは,家庭や所属する. 摘する(Janks, 2010, p.26)。コンバーとウェルス. 空間,さらには空間の形に関連づけながら「卵」. らは,この点に配慮しつつ,実践を構想している. について子どもたちに考えさせている。日常生活. と言える。. の中にある「卵」の形をしたものを集める, 「卵」 の殻がどれぐらいの力で割れるかを実験する。そ. ②アカデミックなディスコースの獲得を子どもた. うした学習を媒介にしながら,ウェルスは「ドー. ちの多様な言語的,文化的文脈に位置づける. ム」や「アーチ」という建築用語を子どもたちに. さらに,ジャンクスが「アクセス」について提. 教えている5)。学校で学習されるアカデミックな. 起するにあたり,学校で獲得されるべき言語やリ. ディスコースへの「アクセス」をこのようにつく. テラシー,知識やディスコースへの「アクセス」. り出している。. を重要視ししつつ,批判的リテラシー教育を構想 していたように,コンバーやウェルスらにおいて. ⑵ テクストを批判に読み解き,デザインし直す. も,批判的リテラシーの形成において,子どもた. コンバーとウェルスは,都市再開発に伴って学. ちが学校のアカデミックなディスコースについて. 校をデザインし直す実践に,子どもたちを「共同. 学習することを重要視していると考えられる。学. して探求する者」として位置づけている。コンバー. 36.

(12) 批判的リテラシーを形成する教育実践の展開と課題. は,次のように述べている(Comber and Nixon,. 子どもたちが「ジャーナリスト」として新しく. 2014, p.92) 。. できる学校のプランについて調べていく過程で, 新しく作成されたデザインの中には「ドラマ」や.  より大きな批判的リテラシーのプロジェクト. 「パフォーマンス」を実施するための空間がない. の中で,子どもたちは,変化の犠牲者や観察者. ことに子どもたちは気づく。従来の建物にはアク. ではなく,場や場のポリティクスについて「共. ティビティ・ルームがあり,演劇などのパフォー. 同して探求する者」と位置づけられた。. マンスを行うための空間として機能していた。そ こは子どもたちが演劇などのパフォーマンスを通. ウェルスは, 「スーパースクール」の計画や建. して学習を進め,英語に対する自信をつけていく. 築の過程に子どもたちを関与させる実践をおこな. 楽しい経験の場であった。子どもたちは、新しい. う(例えば,建築家が作成した新しい学校のプラ. 学校のプランを読み解きながら,教師とともに,. ンを読む。子どもたちが望む新しい学校のプラン. 新しい校長に手紙を書き,問い合わせ,パフォー. をデザインする。建築物のデザインの特徴,空間,. マンスのための空間を要望する。当初は,「最終. 進歩したところについて,プロジェクトの管理者. 案である」と変更に反対する声もあったが,交渉. にインタビューする。段階ごとに,新しい建物の. を続ける中で,パフォーマンスのためのスペース. 写真を撮る。建物の設備について写真に撮り,調. を設けるためのマイナーチェンジが認められるこ. 査する。生徒やスタッフに学校での経験について. ととなる(Comber, 2013a, pp.41-45/Comber and. インタビューする。これらについて地域に発信す. Nixon, 2014, p.93)。. る。さらに,新しい学校が完成した年には,自分. コンバーは,都市再開発に伴う公園や学校の「デ. たちの周りで起こっている変化について調べ,. ザイン」に参画していくこのような実践を,ジャ. 様々なステークホルダーがこれらの変化をどのよ. ンクスによる統合モデルに示された「パワー/支. う に 考 え る の か を 調 査 す る。)(Comber and. 配 」 の 観 点 か ら 評 価 し て い る(Comber, 2011,. Nixon, 2014, p.92)。その様子をコンバーは,子ど. pp.12-13)。. もたちが「ジャーナリスト」として位置づけられ. まず第一に,「プランを読む」ことを通して,. ていると評している。ウェルスの実践で子どもた. テクストの中では誰の見解が前景に置かれ,誰の. ちは, 「建築家」として,また「そこで生活して. 見解が後景に置かれて学校がデザインされている. きた当事者」 「そこで生活するであろう当事者」. のかを,子どもたちは発見している。「プランを. として,さらに「ジャーナリスト」として,多様. 読む」ことが,テクストは中立的ではないという. な視点を持った自己を築きながら,学校をデザイ. ことを学ぶ機会になっている。. ンし直す実践に参画している。. 第二に,公園や学校を「デザイン」していく実. 「ジャーナリスト」として活動する過程は,子. 践において,都市計画者や教育官僚の声が特権化. どもたちを「共同して探求する者」と位置づける. されており,そこで生活する当事者である子ども. のみならず,たどたどしくもインタビューしてい. たちとの間には不平等な社会的関係が存在し,公. く子どもたちが,コミュニケーションのスキルを. 園や学校が「デザイン」される過程に子どもたち. 高める機会にもなっているとコンバーは言う。ま. が「アクセス」する機会は通常は設けられない。. た,コンバーは,「建物で使われているであろう. それゆえに,ウェルスらは,子どもたちに自分た. 様々な素材について研究しているので,これらの. ちの理想とする学校をデザインする活動に取り組. 問題について知識を持って質問することができ. ませながらも,それだけで終わるのではなく,新. る」とし,批判的リテラシー実践におけるアカデ. しく建設される学校の「プランを読む」(アクセ. ミックなディスコースの獲得の重要性を指摘する。. スする)こと,そしてそれをデザインし直すこと. 37.

(13) 黒 谷 和 志. にも取り組む。そうでなければ,子どもたちが「デ. フォーマンスの場が設けられていないことが重要. ザインしたあらゆるものが周辺化されたままにな. な問題であると感じられるが,(実践の記録にこ. る 」( < ア ク セ ス の な い デ ザ イ ン > ) (Janks,. のように記述されているわけではないが)ある子. 2010, p.26) 。コンバーは,ウェルスらのこのよう. どもたちにとっては,そのことよりも貧困地域に. な実践を, 「子どもたちを,意見を表明する権利. 新しく建てられた現代的なデザインに魅力を感. を持ちうる者と位置づけ直し」,「子どもたちの声. じ,それを賞賛する子どもたちもいるかもしれな. を真剣に受け止めるための時間と場所をつくり出. い。子どもたちが批判的に読み解く対象となるプ. す」実践であると評価するのである。. ランに,子どもたちがどのような関心を示すかに も差異が想定される。ではなぜ,ウェルスの批判. Ⅴ.おわりに. 的リテラシー実践においては,新しい学校に引き 続きパフォーマンスの場を求める声が「わたした. ジャンクスの統合モデルは,主としてテクスト. ち」の共通の願いになっているのであろうか。. や世界を批判的に問い返していく(脱構築してい. ジャンクスが,このような点をどのように捉えよ. く)実践として構想される批判的リテラシー教育. うとしているのか,更なる検討が求められる。. において,熟慮されるべき複眼的な視座を与えて. また,本研究では,バスケスやウェルスらの個. くれる点で意義がある。4つの概念の相互関連性. 別の教育実践を検討したが,批判的リテラシーの. を視野に入れることで,テクストや世界を批判的. カリキュラムがどのように構想されているのかを. に読み解く実践は, 「デザイン/リデザイン」す. 検討することが今後の課題である。スタンダード. る実践に接合されていく必要があること,また,. 化されるナショナルカリキュラムの中で,批判的. 学校で獲得することが求められる知識や「ディス. リテラシー教育がどのように位置づけられている. コース」への「アクセス」を重要なものとして捉. のか。例えば,バスケスにとって批判的リテラシー. える視点を保持しつつ, 「パワー/支配」を読み. は,「あらかじめ決められた時間の間続く学習の. ひらく批判的リテラシーの教育を構想しようとし. 単元ではなく,教室の中の日々の生活に取り組む. ていることやその際に配慮されるべきこと,さら. ため」(Vasquez, 2014a, p.7)のものであると捉. には,テクストや世界を批判的に読み解く実践や. えられているが,子どもたちの生活現実に依拠す. 「アクセス」を保障する実践を「多様性」の視点. る批判的リテラシー教育の構想が,偶発的な実践. から捉え直すことで見えてくる可能性や課題など. に終わることなく,どのように継続的な実践の場. が明らかになっていく。. を持ち得ているのか。これらの点について更に検. ジャンクスのモデルは, 4つの鍵となる概念と. 討することが必要である。. その相互の関連を捉えることで,リテラシー教育. さらに,批判的リテラシー教育が,各教科の授. を通して不公正・不平等な社会的関係がどのよう. 業において,どのように展開されてきているのか. に構築されうるのか,あるいはその変革の可能性. を明らかにしていくことも,今後の課題である。. がどのように構想されるのかを考える上で,包括 的な視点を提起している。しかし,学習対象が子 どもたちにどのように経験されるか,あるいは, それが子どもたちにとってどのような意味をもつ のかを捉える視点がさらに必要ではないだろうか。 例えば,先に検討したウェルスらの実践におい て,学校建築のプランを読み解く際に,ある子ど も た ち に と っ て は, こ れ ま で 重 要 で あ っ た パ. 38. 注 1) ジ ー は, 大 文 字 で 表 記 さ れ る「 デ ィ ス コ ー ス (Discourse)」を「社会的に存在価値のある集団,な いしは『ネットワーク』の一員としての存在を証明で きるような,また社会的に価値ある『役割』を明示的・ 暗示的に示しうるような言語を用い,考え,感じ,信じ, 評価し,行為する仕方の,社会的に受け容れられてい.

(14) 批判的リテラシーを形成する教育実践の展開と課題. るひとまとまりの総称」(Gee, 1996, p.131)と定義し, テクストを構成することばそのものを意味する小文字. Moving Critical Literacies Forward. Routledge. ・Comber, B.(2016). Literacy, Place, and Pedagogies of. の「ディスコース(discourse)」と区別している。 2)以下,実践記録「私たちの友だちはベジタリアン」. Possibility. Routledge. ・Gee, J.P.(1996). Social Linguisitics and Literacies.. の内容に関する記述は,次の著作に依拠している。. Taylor & Francis Group.. Vasquez, V.M.(2014a). Negotiating Critical Literacies. ・Janks, H.(2010). Literacy and Power. Routledge.. with Young Children(10th Anniversary Edition).. ・Janks, H.(Eds.)(2014). Doing Critical Literacy : Texts. Routledge, pp. 125-134.. and Activities For Students and Teachers. Routledge.. 3)以下,実践記録「ベルーガを救え」の内容に関する. ・Lewison, M., Leland, C., & Harste, J.C.(2015). Creating. 記 述 は, 次 の 著 作 に 依 拠 し て い る。Vasquez,. Critical Classrooms : Reading and Writing with an. V.M.(2014a). Negotiating Critical Literacies with. Edge. Routledge : Taylor & Francis Group.. Young Children(10th Anniversary Edition). Routledge,. ・The New London Group(2000). A pedagogy of. pp.135-146.. Multiliteracies : designing social futures. In Cope, B., &. 4)以下,ウェルスらの実践については,コンバーの次. Kalantzis, M.(Eds.), Multiliteracies, Routledge: Taylor. の 著 作 に 依 拠 し て 記 述 す る。Comber, B.(2013a). Literacy for a Sustainable World. In Simpson, A., &. & Francis Group. ・Vasquez, V.M.(2001). Constructing a Critical. White, S.(Eds.), Language, Literacy & Literature. Oxford. Curriculum with Young Children. In Comber, B., &. University Press, pp.41-45. /Comber, B., & Nixon, H.. Simpson, A.(Eds.), Negotiating Critical Literacies in. (2014). Critical Literacy Across the Curriculum :. Classrooms. Lawrence Erlbaum Associates, Inc... Learning to Read, Question, and Rewrite Designs. In. ・Vasquez, V.M.(2014a). Negotiating Critical Literacies. Pandya, J.Z. and Ávila, J.(Eds.), Moving Critical. with Young Children(10th Anniversary Edition).. Literacies Forward. Routledge. /Comber, B.(2016).. Routledge.. Literacy, Place, and Pedagogies of Possibility.. ・Vasquez, V.M.(2014b). Inquiry Into the Incidental. Routledge.. Unfolding of Social Justice Issues : 20 Years of Seeking. 5)また,ウェルスは,教科横断的に実践を構想してい. Out Possibilities for Critical Literacies. In Pandya, J.Z.,. ることも特徴的な点である。「アート」の授業では,卵. & Ávila, J.(Eds.), Moving Critical Literacies Forward.. のデザインや建築物のコラージュについて探求してい. Routledge.. る。また, 「デザインとテクノロジー」の時間には,ボー. ・Vasquez, V.M. (2017). Critical Literacy : Across the. ル紙で造ったドームと別の形状とを比較しながら,ドー ムの強度について実験を計画し,実施している。. K-6 Curriculum. Routledge. ・竹川慎哉『批判的リテラシーの教育-オーストラリア・ アメリカにおける現実と課題』明石書店,2010年。. 引用及び参考文献. ・樋口とみ子「リテラシー概念の展開-機能的リテラシー と批判的リテラシー」松下佳代編著『〈新しい能力〉は 教育を変えるか-学力・リテラシー・コンピテンシー』. ・Comber, B.(2011). Changing literacies, changing. ミネルヴァ書房,2010年。. populations, changing places -English teachers’ work in an age of rampant standardisation. English Teaching : Practice and Critique, December, 2011,. 付 記. Volume 10, Number 4, p.5-22. ・Comber, B.(2013a). Literacy for a Sustainable World. In Simpson, A., & White, S.(Eds.), Language, Literacy & Literature. Oxford University Press. ・Comber, B.(2013b). Critical Literacy in the Early Years : Emergence and Sustenance in an Age of. 本研究は科研費(16K04446)の助成を受けたも のである。 . (旭川校准教授). Accountability. In Larson, J., & Marsh, J.(Eds.), The SAGE Handbook of Early Childhood Literacy : Second Edition. London : SAGE. ・Comber, B., & Nixon, H.(2014). Critical Literacy Across the Curriculum : Learning to Read, Question, and Rewrite Designs. In Pandya, J.Z., & Ávila, J.(Eds.),. 39.

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参照

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