会計原則の展開における
『ASOBAT」の連続性
久保田 秀樹
1 はじめに 「アメリカ型」会計は「有限責任会社規制型」会計とは異なる「市場規制型」 会計という性格をもつが(久保田[1994]参照〉,その根底には,市場経済にお いて資本市場がその中心的役割を担っており,会計はその資本市場を支える重 要なサブ・システムであるという次のような思想が横たわっている。 「市場経済が投資決定の出発点となる何億人もの個人の価値判断を集約してい ることを考えれば,資本集約的産業社会の経済的中心は資本市場にある,と考 えられる。資本市場を進行させる二つの要素は,信頼しうる情報と投資家の信 頼である。投資家の信頼が会計専門業の活動によって提供される信頼しうる財 務情報やその他の情報開示によって高められれば,それだけ社会の資本市場構 造が強化される。」(大野天六[1983]『アメリカ会計史』329−330頁) ミューラー他による会計類型では,アメリカ会計が属する「英米モデル」の 特徴として,会計の「投資者および債権者の意思決定ニーズ」指向と「大規模 でかつ発達した証券市場」の存在が挙げられているが(野村・平松監訳[1995] 10頁),「市場規制型」会計は,同時に「利用者指向」という特徴をもつ。 ASOBAT(AAA[1966]“A Statement of Basic、4ccounting Theo廼ry”)につ いては,一般に,「意思決定一有用性アプローチ」の採用という点で,それまで のAAA(アメリカ会計学会)の会計原則に関する報告書とは異なる系譜に属す るものと理解されている。確かに,それまでのAAAによる一連の報告書がその 目的を達したとして,ASOBAT作成委員会には新しい別の仕事,すなわち「教 育者,会計士その他会計に関係のある人々に指針として役だつ,基礎的会計理24 彦根論叢 第296号 論に関する総合的報告書」(飯野訳[1969]iii頁)の作成が命じられることにな る。
ところが,ASOBATの内容を検討してみると,まずASOBATの最大の特徴
とされる「利用者指向」は,1930年代に始まる会計原則論の当初から掲げられ たアメリカ会計理論共通の特徴であり,ASOBATもその流れを汲むものであ ることが分かる。また,「概念的基礎」としての会計理論の役割についても, ASOBATは, AAAの会計原則論の「伝統」に連なるものであった。これに対して,ASOBAT公表の約10年後にASOBATと同じような報告書
を作成するという任務の下に公表されたAAAの『1977年報告書』(AAA
[1977])は,「概念的基礎」の提示というAAAの会計原則論の「伝統」を放棄 する。他方,その「伝統」は,FASB(財務会計基準審議会)の概念フレームワー ク・プロジェクトによって踏襲されることになる。すなわち,『1977年報告書』 が指摘した「対応・付着パラダイム」からのパラダイム・チェンジは,皮肉に も,当報告書が放棄した,「概念的な上部構造」の上に会計基準を構築するとい う手順でFASBによって達成されることになる。本稿は,上記の二点(「利用者 指向」および「概念的基礎」)からAAAの会計原則論の系譜におけるASOBAT の連続性を検証し,AAAの『1977年報告書』が指摘した「対応・付着パラダイ ム」からのパラダイム・チェンジが,FASBの概念フレームワーク・プロジェ クトにおける「収益・費用アプローチ」から「資産・負債アプローチ」への移 行として顕現した点について明らにする。 II ASOBATの連続性としての「利用者指向」 意思決定有用性アプローチの確立にとって重要な役割を果たしたとされる ASOBATにおいては,利用者指向を前面に打ち出し,利用者の目的を出発点に 据えるというアプローチを明示した。しかし,利用者指向自体は,アメリカ会 計原則の一貫した特徴であった。例えば,証券投資の大衆化の頂点で生じた1929 年のニューヨーク市場における株式大暴落を契機に,ニューヨーク証券取引所 は,AIA(アメリカ会計士協会)に会計実務の改善についての協力を求めた。これを受けて,AIAに証券取引所協力特別委断口が設けられG.0.メイが委員長 となる。当委員会は,会計原則に関するそれ以降の作業の基礎を築いたといわ れる(井原・田中訳[1978]10頁)。1932年,会計実務の改善案として,ニュー ヨーク証券取引所に宛てた当委員会の書簡が,いわゆる「メイ書簡」であり, そこでは,利用者としての株主指向が既に明確に謳われている。 「株主が,今日,彼の投資している会社の経営者に対する評価を具体化できる 唯一の実施可能な方法は,かれの投資を継続するか,増加するか,処分するか です。財務諸表は,株主がこれらのうちのどれをとるかを決定するにあたって の指針となるかぎり,株主にとって大いに価値があります。」(加藤他訳[1981] 72頁) アメリカでは,職業会計士団体による会計原則設定の努力と同時に,研究者 団体による会計原則に関する報告書が公表される。会計原則論としての展開は, アメリカ会計理論の大きな特徴である。AAAによって1936年に会計原則試案 (“A Tentative Statement of Accounting Principles Affecting Corporate Reports”)が公表され,その後1941年,1948年そして1957年にそれぞれ改訂版が 公表されることになる。これらのAAAの一連の会計原則において利用者指向 が明示されている。以下,当該箇所を引用してみよう。 (イ)1936年会計原則試案(AAA[1936]) 「会計原則の適用の最も重要な事例は会社会計の領域,特に損益並びに財政状 態を外部へ報告する諸表の作成のうちに存する。企業および行政機関の重要な 諸決定の中で,これらの報告諸表に依存するものは非常に多いので,これらの 報告諸表はその経済的並びに社会的重要性を著しく増大した。」(中島訳[1964] 87頁) (ロ)1941年改訂版(AAA[1941]) 「会社の毎期の財務諸表の目的は,信頼するに足る判断を下すに当って必要な, 情報を提供することである。」(中島訳[1964]106頁) (ハ)1948年改訂版(AAA[1948])
26 彦根論叢 第296号 「会社の財政状態および営業活動の総括的理解は,財務諸表に依存するのみで 達成され得るものではないが,それにも拘らず,ある程度の事業及び金融上の 経験を有する人物が,このような諸表から確信をもってこれに依存しうるよう な基本的な情報を入手することは可能でなければならない。」(中島訳[1964] 121頁) (二)1957年改訂版(AAA[1957]) 「公表財務諸表については,投資家たちが,投資上の決定を下しまた経営者に たいして支配権を行使するに当ってこれを利用するという事実を第一に重視す べきである。」(中島訳[1964]202−203頁) こうしたAAAの一連の会計原則における利用者指向の「伝統」が1966年の ASOBATにおける有名な定義につながるのである。すなわち,「本委員会は, 会計を,情報の利用者が事情に精通して判断や意思決定を行なうことが出きる ように,経済的情報を識別し,測定し,伝達するプロセスである,と定義する。」 (飯野訳[1969]2頁) このように,利用者指向を頂点に置くASOBATは, AAAの会計原則論の系 譜に連なる伝統的な会計理論であるといえよう。しかし,AAAの1977年報告書 『会計理論及び理論承認に関する報告書』(AAA[1977],染谷訳[1980]以下 では,単に『1977年報告書』とする)も指摘するように,1936年の会計原則試案 等でも利用者指向の記述はみられるが,それが具体的な会計原則の展開の基礎 にされているわけではない(染谷訳[1980]23−25頁)。 その点,ASOBATは,利用者指向を掲げるだけでなく,「意思決定一有用性 アプローチ」を受容し,さらに,その受容が,目的適合性を頂点とする多元的 規準アプローチの前提となった。すなわち,「意思決定一有用性目的が認められ なければ,多元的規準接近法はこれほどまでに発展しなかったと思われる。第 二に,一般に基本的なものとして認識されている規範的概念一財務諸表の利 用者の意思決定に対する目的適合性一は,意思決定一有用性から生まれ,そ してそれに依存している。」(染谷訳[1980]35頁) こうして,ASOBATでは,意思決定一有用性目的の受容の下に,「目的適合
性」,「検証可能性」,「不偏性」および「量的表現可能性」という,潜在的な会 計情報を評価すべき「会計情報の基準」が展開されることになる。但し, ASOBATにおいても情報利用者の目的の詳細な研究は,その後にまかされて いた。ASOBATは,次のようにいう。 「しかし,外部利用者についてさらに多くのことがわかり,またかれらの意思 決定モデルが洗練され,しかもそれがさらによく知られるようになるにつれて, 会計理論も会計実務も変わるであろう。」(飯野訳[1969]29頁) 情報利用者の目的に関する研究の影響が現れるのは,APBステートメント第 4号「営利企業の財務諸表の基礎となる基本的諸概念および会計原則」(AICPA [1970],川口訳[1973])や「財務諸表目的スタディグループ報告書」(AICPA [1973],川口訳[1976])においてであり,その後,それはFASBの概念ステー トメント・プロジェクトに継承されていく。 III 「概念的基礎」としてのASOBAT 「会計理論」と「実務」との関係の難しさについては,既に先述の「メイ書 簡」によって認識されている。 「遵守されるべき慣行は,それが価値をもつためには,理論的考察と実務的配 慮との両者に基礎をおかなければならないので,ある慣行が他の代替可能な方 法よりも本来的にすぐれているがゆえに,それだけが受け入れられねばならな い主張できるようなものは,もしあるとしても,きわめてわずかであります。」 加藤他訳[1981]69頁 このように,会計原則論としてのアメリカ会計理論の困難性は,その出発時 点から明確に自覚されていたことになる。そして,この「困難i性」は,同時に アメリカ会計の特徴でもある。この点について,井尻教授は次のようにいう。 「理論を実現させたいと望む学者の望みと,その理論がたまたま自己の主張に 有利とみて利用したい利害関係者の望みとが合致することが多い,そこに,ギ ブ・アンド・テイクのような形で,理論と実務とが合流して進んできたという のが,アメリカ会計のこれまでの発展事情の1つの要素になっているように思
28 彦根論叢第296号 うのであります。」(井尻[1984]167−168頁) ペイトン=リトルトンの『会社会計基準序説』(Paton and Littleton[1940] 以下では,単に『序説』とする)はAAAの1936年会計原則試案の「基礎となっ ている理論の摘要」(中島訳[1958]1頁)として書かれた。その後,「対応概念 (matching concept)に焦点をあてたものであり,財務会計に対する20世紀最大 の貢献と近ごろいわれているもの」(伊藤訳[1986]5頁)と評価される『序説』 は,AAAの『1977年報告書』の記述からも,当時において相当革新的な内容と 評価されたことを伺うことができる。しかし,それらも「実際の会計実務をほ とんど忠実に帰納したもの」であり,ペイトン=リトルトンの『序説』の一大 特徴は「生き生きとした比喩」という点にあった(染谷訳[1980]20−21頁)。 井尻教授によれば,『序説』は,現在のFASBの概念フレームワーク・プロジ ェクトにつながる概念フレームワークを開発する初期の試みの一つであった (Ijiri[1980]p.622)。『序説』も次のようにいう。 「われわれが試みたのは,会計基準をかくかくのものとして叙述することでは なくて,会計の基礎的な概念を綜合的に織りあわすことである。意図する所は 基礎的な骨組を打ちたてることであって,その骨組みのなかで,これに続いて, 会社会計基準要綱が設定されうべきものである。」(中島訳[1958]1頁) この箇所は,あたかもFASBの概念ステートメント・プロジェクトについて の説明であるかのようである。後に,FASBは,「概念フレームワーク・プロジ ェクトの範囲と意義」において次のようにいう。 「概念的枠組は,一貫した諸基準をもたらすことができ,かつ財務会計および 財務諸表の性質,機能および限界を規定する,相互に関連した目的と基本概念 (fundamentals)の脈絡ある体系,すなわち一種の『憲法』である。」(森川監訳 [1988]5頁) 『序説』では,「基礎概念」として「企業実体」,「事業活動の継続性」,「測定 された対価」,「原価の凝着性」,「努力と成果」および「検証力ある客観的な証 拠」が挙げられている。『序説』における「基礎概念」とは性格は異なるもの の,ASOBATの「会計情報の基準」も「概念的基礎」という点では, AAAの
会計原則論の系譜に連なるものと見ることができる。ASOBATは,次のように 述べている。 「本委区会が主として力を注いだのは,個々の実務を判断することのできる概 念の基礎を確立することであった。」(飯野訳[1969]1頁) ASOBAT公表の約10年後,「10年前に提出された基礎的会計理論のステート メント(ASOBAT)と同じように,会計理論について現在の考え方を調査し,抽 出したステートメントを書く」という任務が,外部財務報告書概念及び基準委 員会に課せられた(染谷訳[1980]v頁)。しかし,科学史家トーマス・ターン の影響を受けて,理論の発展の相対性を説く当委員会による『1977年報告書』 は,「したがって,基礎となる土台がまだ確定していないときに,このステート メントが,会計に対して,はっきりと認められる概念的な上部構造を提供する ことはできるわけではない。」(染谷訳[1980]1頁)として,会計理論の提示を 放棄し,「会計理論のステートメント」(“A Statement of Accounting Theory”) に代えて,「会計理論及び理論承認に関するステートメント」(“A Staternent on Accounting Theory and Theory Acceptance”)を作成したと宣言する(染谷訳 [1980]vi頁) 一方で,『1977年報告書』によってその提示が放棄された,文字どおり「概念 的な上部構造」としての概念フレームワークの第1号「営利企業の財務報告の 目的」がFASBによって公表されたのは,翌1978年であった。 IV 「対応・付着パラダイム」からのパラダイム・チェンジと 概念ステートメント・プロジェクト AAAの『1977年報告書』は,「現代の会計理論家に共通してみられる態度と いうものは多くないが,そのうちのひとつは,広く認められている対応一付着 パラダイムに対する不満である。」と指摘し(染谷訳[1980]95−96頁),「対応・ 付着パラダイム」の代替的パラダイムとして「意思決定一有用性アプローチ」 と「経済学的アプローチ」とを挙げている(染谷訳[1980]94頁)。だが,実際 のパラダイム・チェンジともいうべき変化は「収益・費用アプローチ」から「資
30 彦根論叢 第296号 産・負債アブV一チ」への移行として生じた。 対立するパラダイム問の共約不可能性の,会計における議論の例として, AAAの『1977年報告書』は,再売価値をもたない特殊目的の製造設備の会計を 取り上げている。売却時価論者にとっては,再調達原価は目的適合性をもたな い事実であるのに対して,再調達原価論者にとっては,逆に,売却時価は目的 適合性をもたない事実である。「したがって,それぞれの人々が用いた別々のパ ラダイムから問題解決のためいかなる『事実』を観察しなければならないかに ついて,異なった認識が導かれる」(染谷訳[1980]98頁)ことになる。 「収益・費用アプローチ」と「資産・負債アプローチ」との間にも,こうし た対立するパラダイム間の共約不可能性ともいうべき問題が存在する。そうし た例として,FASBの「概念フレームワーク・プロジェクトの範囲と意義」は 「税効果会計」と「災害損失」のケースを挙げている。まず,前者について, 「収益・費用アプローチ」の提唱者の支持を受ける法人税配分の「繰延法」は, 「資産・負債アプローチ」の提唱者によって拒絶されるという。なぜなら,「収 益・費用アプローチ」は,「対応」を図るために経済的資源および義務を表さな い貸借対照表項目をもたらし,企業の富からではなく,帳簿記入から生じる収 益および費用を認識するからである(森川監訳[1988]35頁)。すなわち,「繰延 法」による場合,「資産・負債アプローチ」の立場からは貸借対照表計上を容認 できない項目が,計上されることになる。「資産・負債アプローチ」に適合した 方法としては,支払予想額に基づく所得税の見越計上という「負債法」がある。 次に,「災害損失」のリスクが保険会社に保険料を支払って負担させるのでは なく,そのリスクを自ら負担するケースについて,「資産・負債アプローチ」の 提唱者は,火事,水害その他の災害による損失は,発生した期間に認識される べきであると考える。それに対して,「収益・費用アプローチ」の提唱者は,保 険では保証されない将来の損失を各期間の収益によって比例的に一部ずつ控除 されなければならないと考える(森川監訳[1988]35−36頁)。すなわち,このケ ースでは,「資産・負債アプローチ」の立場からは費用・損失とみなされない項 目が,損益計算書に計上されることになる。
このように「収益・費用アプローチ」と「資産・負債アプローチ」との間に は,一方の立場からは,貸借対照表ないし損益計算書に当然計上されるべき項 目が,他方の立場からはその計上が容認できないという「共約不可能な」事実 が存在する。したがって,「収益・費用アプローチ」から「資産・負債アプロー チ」への移行は,何らかの決定的な「優位性」の証明による当事者間の合意の 下で生じるとは考えられない。そして,「収益・費用アプローチ」から「資産・ 負債アプローチ」への移行は,「対応・付着パラダイム」からの一部離脱を意味 することになる。なぜなら「対応」は,収益と費用との「対応」を意味する以 上,必然的に「収益・費用アプローチ」を前提とするからである。 「対応・凝着パラダイム」からのパラダイム・チェンジという大きな変化は, 『1977年報告書』によれば「会計パラダイムに関する合意がもう一度得られる 場合及び時期に」(染谷訳[1980]116頁)起こる筈であったが,FASBによる概 念ステートメント・プロジェクトにおける「収益・費用アブU一チ」から「資 産・負債アプローチ」への移行は,皮肉なことに,大勢の意向に反する形で行 われる。アンソニーによれば,概念に関する最初の討議資料(1976年12月2日) において,FASBが,どちらのアプローチが採用されるべきかと問うた際,300 ほどの回答のうちの大多数が収益・費用アプローチを選好したにもかかわらず, その後の概念に関する著述の中で,FASBは,資産・負債アプローチを採用し た(佐藤訳[1989]75−76頁)。このFASBによる「資産・負債アプローチ」の採 用について,1973年のFASB発足以来その委員になり,副委員長として活躍し たスプラウスは次のように説明している。 「『対応』(それが何を意味するにせよ)が財務会計の最重要なものという考えに よって立つ会計人にとって,資産・負債が残余的借方項目・貸方項目以外のも のを実際意味する基本的概念となる概念フレームワークは,飲み下すべき苦い 薬であるかもしれない。しかし,一般にA.C.リトルトン教授と共に『対応』を 中枢の礎に高めたとされるウィリアムA.ペイトン教授でさえ,その後,『対応 ゴスペル』(“matching gospel”)1こ対して幻滅を表している。 FASBのメンバー は,早期に,『歪曲を回避する』とか『よりよい対応』といった曖昧な概念への
32 彦根論叢第296号 言及は,論争のある財務会計問題の分析・解決の適切な基礎にはならないし, メンバー相互およびFASBの支援団体(constituency)との意思疎通の効果的 方法でもなかったとの結論を下した。」(Sprouse[1988]pp.54−55.) V 結びに代えて 「利用者指向」および「概念的基礎」という点においては,ASOBATはAAA の会計原則論の伝統に連なるものであった。『1977年報告書』が指摘した「対応 ・付着パラダイム」からのパラダイム・チェンジは,皮肉にも,ASOBATによ って示され当報告書が放棄した,利用者目的を会計基準設定の出発点に置き「概 念的な上部構造」の上に会計基準を構築するという手順でFASBによって達成 された。すなわち,会計ないし財務諸表の目的を会計基準の概念的上部構造の 出発点に置くというASOBATの「戦略」は, FASBの概念ステーメント第1 号「営利企業の財務報告の目的」(FASB[1978])によって実行されるに至り, ASOBATによって提示された情報基準は,「会計情報の質的特性」という形で 概念ステーメント第2号(FASB[1980])によって精緻化されることになる。こ の意味で,ASOBATは, FASBの概念ステートメント・プロジェクトのプロト タイプとみなすことができる。そしてFASBの下で「対応・付着パラダイム」 からのパラダイム・チェンジが実施されたのである。 『1977年報告書』はパラダイム・チェンジの理由として,トーマス・ターン の所説を引用しながら次のようにいう。 「科学者が現在のパラダイムを拒否するのは,科学者がそのパラダイムで満足 できなくなるような原因となる異常例が発生するからであるということは,明 らかであると思われる。」(染谷訳[1980]93頁) そうした「対応・付着パラダイム」にとっての「異常例」(“anomaly”),つま り変則性の一つは,例えば,それが「対応・付着パラダイム」からのパラダイ ム・チェンジの直接的契機となったわけではないが,今日最も重要な会計問題 である金融資産・負債の会計処理であり,それは,当該パラダイムの適用範囲 外の問題である。
「理論に対し実務的な面から不満が起こるひとつの原因となると思われるもの として,その適用範囲もしくは広がりが示されないことがあげられる。たとえ ば,ある帰納的理論の説明は,資産が歴史的原価で評価されているという主張 に大きくかたより,したがって,すべての負債とともに,慣習的に原価で評価 されることのない現金及び受取債権のような資産を無視してきた。」(染谷訳 [工980] 68頁) 「対応・付着パラダイム」は,その適用範囲を「将来の費用」として説明し うる費用性資産に限定しており,金融資産・:負債の問題は対象から除かれてい る。すなわち,「対応・付着パラダイム」の成立は,貸借対照表全体で生じたの ではなく,金融資産・負債および資本を除く営業資産についての変化であった (久保田[1995b]8頁)。そして,そうした金融資産・負債等の無視は,「対応 ・付着パラダイム」が成立した時代,すわわち製造業中心の産業化経済の下で は,当該パラダイム自体の有効性を脅かすものではなかった。なぜなら「対応 ・付着パラダイム」は,大量生産と大量流通とを統合した当時の新しい現実を 写し取るべく開発された概念装置であり(久保田[1995b]3頁),企業はあくま で「生産単位」であったからである(久保田[1995a]202頁)。 「生産単位」としての企業にとって財務活動は,あくまで資金調達ないし余 剰資金の運用といった「副次的活動」に過ぎず,その意味でそうした活動にウ エイトを置かずとも「大勢」に影響はなかった。しかし,1970年代に登場する 新しい金融商品は,企業の置かれた状況を一丁目せてしまう。金融資産は,も はや単なる余剰資金の運用のためだけではなく,「リスク回避」のための不可欠 の手段となる。また,資金調達に関しても,増資か借入かといった単純な選択 ではなく,どの市場で,如何なる通貨建で,如何なる手段によるのかといった 極めて複雑な選択へと変わっていった。しかも,新しい金融商品は,企業にと ってのメリットが,貸借対照表上に表れないという点にさえあったのである。 「対応・付着パラダイム」からのパラダイム・チェンジが,少なくとも結果と してはこうした金融資産・負債の会計処理に対処する前提となると考えられる。
34 彦根論叢 第296号 (文 献) [ 1 ] American Accounting Association[1936] “A Tentative Statement of Accounting Principles Affecting Corporate Reports”,、Accounting Review,pp.187−191(中島省吾訳 [1964]『増訂A.AA会計原則』中央経済社). [2] American Accounting Association[1941] “Accounting Principles Underlying Cor− porate Financial Statements’”, Accounting Review, pp.133−139(翻訳同上書). [3] Arnerican Accounting Association[1948] “Accounting Concepts and Standards Underlying Corporate Financial Statements”, Accounting Review, pp.339−344(翻訳 同上書). [ 4 ] American Accounting Association[1957] Accounting and Reporting Standards for Corporate Financial Statements,1957 Revision, Accounting Review, pp.536−546(翻訳 同上書). [ 5 ] American Accounting Association[1966] A Statement of Basic Accounting Theo7y (飯野利夫訳[1969]『基礎的会計理論』国元書房). [6] American Accounting Association[1977] Statement on Accounting Theo7zy and Theory.4ccePtance(染谷恭次郎訳[1980]『会計理論及び理論承認』国元書房), [7] American Institute of Accountants[1932−1934]A za dits of Co7porate、Accounts(加藤 盛弘・鵜飼哲夫・百合野正博訳[1981]『会計原則の展開』森山書店). [8] American lnstitute of Certified Public Accountants[1970] Bczsic ConcePts and Accounting Pn’nciPges Underlying Financial Statements of Business Ente2Prises. Statement No,40f the Accounting Principles Board(川口順一訳[1973]『アメリカ公 認会計士協会企業会計原則』同文舘). [9] American Institute of Certified Public Accountants[1973−74]Objectives(ゾFinan− cial Statements(川口ll頃一訳[1976]『財務諸表の目的』同文舘). [10]Anthony, Robert N.[1984]Future Directions for Financial.4ccounting(佐藤倫正訳 [1989]『アンソニー財務会計論』白桃書房). [11]Beaver, William H.[1981]Financial Reporting :.4 n、Accounting Revolution(伊藤邦 雄訳[1986]『財務報告革命』白桃書房). [12]FASB[1976]Scope and lmplications of the Conceptual Framework P勿ブθ6彦(森Jll入 洲男監訳[1988]『現代アメリカ会計の基礎概念』白桃書房). [13] FASB[1978] Statement of Financial A ccounting Concepts No. 1. “Objectives of Financial Reporting by Business Enterprises”(森川大洲男監訳[1988]同上翻訳書,平 松一夫・広瀬i義州訳[1994]『FASB財務会計の諸概念〔改訳新版〕』中央経済社). [14] FASB[1980] Statement of Financial Accounting ConcePts No.2. “Qualitative Characteristics of Accounting lnformation”(翻訳同上書). [15] lj iri, Yuji[1980] An lntroduction to CoiPorate Accozanting Standard: A Review, Acccounting Review, pp. 620L628. [16] Mueller, Gerhard G., Gernon, Helen., Meek, Gray.[1994] Accounting : An lnter− natoinal Perspective,3rd ed.(野村健太郎・平松一夫監訳[1995年]『国際会計入門(第3
会計原則の展開における『ASOBAT』の連続性 版)』中央経済社). [17] Paton, William A., Littleton, A. C.[/940] A n lntrodzaction to Corporate Accounting Standards(中島省吾訳[1958]『会社会計基準序説[改訳版]』森山書店). [18] Previts, G. J., Merino, B. D,[1979] A Histoi y of Accounting in Amen‘ca: An Histon’cal Inte7pretation of the Cultural S忽η齢。αη06(ゾAccounting, New York(大野 功一,岡村勝義,新谷典彦,中瀬忠和訳[1983]『プレヴィッツ=メリノ アメリカ会計史』 同文舘). [19] Sprouse, Robert T.[1988] Developing a Conceptual Framework for Financial Reporting, in : Coffman, E D., Tonker, H. T., Previts, G. J.(eds.) [1993] Histon’cal PersPectives of Selected Financial Accounting ToPics [20]Storey, Reed K、[1964]The Search for、Accozanting Principles(井原理代・田中嘉穂訳 [1978]『会計原則の探求』香川大学会計学研究室). [21] 井尻雄士〔!984]『三式簿記の研究』中央経済社。 [22] 久保田秀樹[1994]「会計類型としての『アメリカ型』及び『ドイツ型』の特色」『彦根 論叢』第289号。 [23] 久保田秀樹[1995a]「市場経済の展開ど実現概念の変容」『彦根論叢』第293号。 [24]久保田秀樹[1995b]「金融イノベーションと財務会計」『彦根論叢』第295号。