総 説
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消化管ホルモンと自律神経
日本大学総合科学研究所 教授 マツ オ ユタカ松 尾 裕
(受付 平成4年11月15日) The Re藍ationship of the Gastrointestinal Hormones and Autonomic Nervous SystemYutaka]MATSUO
Nihon University School of Medicine はじめに 従来,神経系と内分泌系の生体の二大調節機構 は,それぞれ別個に作動するものとして明確に分 類されていた.しかし,Scharrerに始まる神経分 泌細胞の概念は,神経細胞と内分泌細胞の両方の 形態と機能をもつ細胞として,神経細胞と内分泌 細胞の明確な分類に対し問題を提起したが,この 神経分泌細胞は視床下部にのみ局在する特殊な細 胞とみなされてきた. 本論文における筆者らの知見は,神経分泌細胞 がペプチド作動性神経として,広く末梢神経に分 布していることを電子顕微鏡により超微形態学的 に明らかにしたものである. 筆者は消化器病の臨床医であり,自律神経その ものの研究というよりは,消化器病に自律神経や ホルモンがどのように関与しているかということ を念頭において現在に至ったのである. 筆者が大学を卒業して沖中内科教室に入ったと きには教室自体が自律神経や内分泌,特に当時の 内分泌に関する研究は視床下部,下垂体系がその 本流で,消化管ホルモンなどは全くその名前も出 てこなかった時代である.筆者は脳卒中発作に消 化管出血を伴った患者に出会ってから,始めて脳 と胃の間にいかなる自律神経学的関連が存在する かに強い関心を抱ぎ,学生時代に解剖学で習った 筈なのに,再び解剖学の本を開いて勉強をやり直 すことになった. 朱に交われば赤くなるという通り,当時筆者の 周辺におられる教室の諸先生が,自律神経学や内 分泌学を勉学されており,筆者自身も次第にその 影響を受け,迷走神経から研究に入ったのである. 1.消化管ホルモンと神経分泌細胞 消化管ホルモン分泌細胞は,内分泌細胞として は特殊なものである.すなわち消化管ホルモン分 泌細胞は形態学的にみてもいわゆる内分泌組織と しての形態をとっていないdiffuse endocrine sys− temであり,内分泌細胞がびまん性に散在してい る.この“diffuse endocrine system”については 1975年,脳の視床下部の神経内分泌ホルモンであ るソマトスタチンが,膵臓および胃腸にも散在し て存在するということが証明されるに及び,多く の消化管ホルモン,また多くの視床下部ホルモン, 下垂体ホルモンがそれぞれ脳と消化管の両方に存 在するのではないかと検討されるに至った.その うちの多くのものが脳と腸に共通して存在するこ とが明らかにされ,いわゆるbrain・gut peptideの 学問分野に発展した. brain−gut peptideということになると,これは ペプチドを持つ神経細胞ということになる.ペプ チドを持つ神経細胞というものは1928年にE. Scharrer1}と夫人のB. Scharrerによる視床下部 における神経内分泌細胞の発見に始まる.Schar・rerは硬骨魚であるハヤの視床下部に神経細胞の 形態をとりながら,細胞内に内分泌二二をもつ細 胞が存在することを,光学顕微鏡野に従来の染色 法に基づいて発見した. しかし,この神経内分泌細胞が一般に認められ るまでには約20年の歳月を要した.すなわち1949 年Bargman2)によって,特殊なGomori染色法に より視床下部に明らかな分泌穎粒を細胞内に有す る神経細胞があり,その分泌三門は神経軸索に流 れて下垂体後葉に達し,そこで貯留されるという ことを明らかにした. これを野矢として,1947年Green and Harris3) により,視床下部正中隆起に同じような神経内分 泌細胞が存在し,その分泌物質は下垂体門脈系に 入って,それが下垂体前葉ホルモンの放出因子と して作用することを証明した. ソマトスタチンもその放出因子の一つである が,これらの成績より視床下部と下垂体後葉およ び前葉との関係が明らかにされ,視床下部下垂体 系において,神経内分泌系としての特殊な位置を 占めることとなった. 一方,消化管ホルモンの内分泌細胞がdiffuse endocrine systemという状態をとって,それが脳 と腸にdiffuseに存在するということは,とりも なおさず,視床下部下垂体系に特徴的であるペプ チド分泌神経細胞が,di飾seに消化管に存在する と同時に脳にも存在し,それが視床下部に限らず 中枢神経の皮質や大脳辺縁系,脊髄そして消化管 の壁在神経叢という末梢神経系にも存在するとい うことに他ならない.その結果,diffuse endocrine
systemであった消化管ホルモンが,今日では
diffuse neuroendocrine systemという概念に変 わり,ペプチド作動性神経という概念が確立され た. 2.視床下部・下垂体系について 図1のaはいわゆる外分泌細胞で,分泌穎粒が 外分泌する細胞であり,bはScharrerやBarg・ manが発見した神経内分泌細胞である.この神経 内分泌細胞は従来の神経細胞の形態をとっている が,細胞内に分泌顯粒が存在し,この分泌穎粒が 軸索に流れて神経末梢部である下垂体後葉に貯留・〔i癒.
図1 a:外分泌細胞,b:内分泌細胞㏄ 熱・
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AH 図2 視床下部下垂体神経分泌系を示す模式図 AH:腺下垂体主部, NE:正中隆起, NAR:弓状核, NH:神経下垂体, NSO:視索上核, NPV:室傍核, CO:視索交叉, PA:視索前野, PT:腺下垂体結節部, III:第三脳室. される.そして血管に入るというのが下垂体後葉 (神経葉)である. 一方,Green and Harrisらによって1949年4)に, この神経内分泌細胞から分離されたものが長い軸 索を通らず,下垂体門脈系に入って下垂体前葉に 対して放出ホルモンとして働き,前葉の副腎,甲 状腺,性腺へのホルモン分泌を刺激するのが,視 床下部,下垂体前葉系であり,下垂体後葉も含め て視床下部下垂体系という内分泌系が確立され た. 図2は視床下部下垂体系を示したもので下垂体 後葉(神経葉)は室傍核,視索上核に存在する神 経内分泌細胞からの長い軸索を通り,下垂体後葉 に貯留され,そこから分泌され血管に入る. 3.Di鉦use neuroendocrine system 筆者らは,従来より消化管ホルモンと自律神経 に関する研究を機能的および形態学的に進めてき た.形態学的には免疫組織化学と電子顕微鏡によ り研究を進め,胃粘膜固有層,壁在神経叢,脊髄 後根神経節および大脳皮質にペプチド分泌穎粒をもった神経分泌細胞の存在を認めた.その結果神 経内分泌細胞は視床下部にのみ存在する特殊な細 胞でなく,生体においてdiffuse neuroendocrine systemとして存在することを確認した. 1)ラット胃粘膜固有層に認められた神経分泌 細胞 筆者ら5)6)は消化管ホルモンと自律神経末端と の関係を電子顕微鏡によって観察しているとき, 偶然に自律神経末端とほぼ同じ場所,すなわち胃 粘膜上皮から離れた胃粘膜固有層内に,消化管ホ 図3 胃粘膜固有層に存在する神経分泌細胞(ラット) (×10,000) N:神経分泌細胞の核,NF:神経線維, PC:壁細 胞. ルモン分泌細胞に近似して,分泌穎粒を細胞質内 に有し,細胞周辺を神経軸索や神経末端で囲まれ た細胞を発見した(図3).これは膵ランゲルハン ス(ラ)島についてWatari7), Fujita8}らが記載し た神経内分泌複合体に類似した細胞と考えてい た.その後同じように胃粘膜固有層に図3の分泌 穎粒とは異なり,やや小さく,かつ円形のものよ り桿状のものが多く,限界膜と芯とは密着して電 子密度も一様に高い神経分泌細胞が発見された. 図4は2種類の分泌穎粒を示したものである. したがって,分泌懇懇の形態によって2種類の細 胞に分類され,かつ,これらは細動脈に近接して 認められる.血管に関係があるということで副腎 髄質のアドレナリン,ノルアドレナリンの分泌穎 粒と類似しているが,この細胞が如何なる物質を 分泌しているかは不明である. この所見は,英国のPearseによって認められ, 消化管ホルモン分泌細胞がAPUD系として分化 する過程を証明する重要な細胞であるとPearse9) 自身が紹介してくれた. 2)Brain・gut peptide 1975年lo)になり,消化管ホルモン研究にとって 重大な問題が提起された.それは視床下部ホルモ ンであるソマトスタチンが,膵ラ島と胃粘膜に存
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図4 2種類の分泌細胞(ラット)(x45,000)在するということである.ソマトスタチン産生細 胞であるD細胞は膵ラ島の周辺にあって,その形 態的位置からみて,血流に入ることなく隣接した A細胞,B細胞あるいは外分泌細胞に作用するの でparacrineと呼ばれている. 電子顕微鏡によると,ミトコンドリアを豊富に 持った壁細胞の中に,分泌穎粒を有するD細胞が 存在している.一部,分泌穎粒は壁細胞内に入っ ているようなものもある.血流に入ることなく隣 接した細胞に働くparacrineという名称が一般に 認められ,このparacrine細胞は刺激を受けて分 泌するという意味で,神経細胞と極めて類似して いる. ソマトスタチンの胃腸・膵臓における存在と同 時に,脳における視床下部下垂体系のペプチドホ ルモンおよび消化管ホルモンについて,何れも脳 と腸において検討されて,多くのペプチドホルモ
ンが脳と腸に共存している11)ということで
brain−gut peptideという名称が生まれた. 3)三半神経叢における神経分泌細胞 従来より壁在神経叢は小さな脳であると言われ ており,Langleyは自律神経系を分類するにあた り,交感・副交感神経系とは別に壁在神経叢を独 立して分類し,この壁在神経叢にbrain−gut pep− tideのなかのどのペプチドが存在しているかを検討した.すでにBloomやPolakその他多くの報
告があるが,それらの免疫組織化学的な所見は細 胞そのものがよく染色されず,線維が染色されて おり,非特異的なものもある. 筆者らが検討をしたbrain−gut peptideのうち 現段階においては,VIP, substance・P,エンケファ リン,ソマトスタチンおよびgastrin releasing peptide(GRP)等が壁在神経叢に存在することが 認められた(表). さらに免疫組織化学的に染色されている部位に ついて電子顕微鏡的にペプチド分泌丁丁の検討を 行った. マイスナー神経叢とアウエルバヅハ神経叢の分 泌下思では何れも直径1,500Aから2,000Aの円 形の有芯穎粒であり,マイスナー神経叢の分泌穎 粒の方がやや大きく,電子密度が高く両者間に差 口 壁在神経叢に存在する消化管ホルモン 消化管 熾ェ泌 ラ胞 マイスナー _経叢 アウエル mミツバ _経叢 中枢神経 VIP 十 十 什 十 Substance−P 十 升 十 十 エンケファリン 十 9 十 十 ソマトスタチン 十 十 十 十 ノイロテンシン 十 一 } 十 CCK−8 十 一 十 GRP 十 十 十 十 Ax NENE 禦
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図5 壁在神経叢における神経細胞と神経分泌細胞 N:神経細胞,NEC:神経分泌細胞, Ax:神経軸索, NE:神経末端. が認められたが,マイスナー,アウエルバッハ神 経叢に5種類のペプチドが存在することは免疫組 織化学的に認められているので,分泌穎粒も5種 類の異なるものが存在しなくてはならない.今後 免疫組織電顕法による検討が必要である. 壁在神経叢には図5に示すように従来のいわゆ る神経細胞とペプチド含有細胞が存在し,中枢神 経も同じ状態にあるだろうと推定される.した がって神経内分泌細胞は視床下部に特殊なもので あったが,壁在神経叢にも存在するということに なった.壁在神経叢を電顕で検討すると,従来の
cholinergicあるいはadrenergicの分泌穎粒とは 異った大きな分泌穎粒,すなわちアウエルバッハ, マイスナー神経叢のペプチド含有細胞の三日と大 体同じ大きさの1,500Aから2,000Aに近い分泌 顯粒が神経軸索に存在することが認められた. 図6はペプチド穎敏をもった神経末端ないし軸 索が従来の神経細胞とシナップスを形成している 像である.すなわちペプチド含有細胞は,従来の鶴灘
叢
’運弩 、甥・F瀦 図6 ペプチド作動性神経末端とシナップス形成をも っ神経細胞(イヌ)(×50,000) P:ペプチド作動性神経末端,NE:神経細胞, M: ミトコンドリア,↑:シナップス. 図7 ガストリン細胞の近傍に存在するペプチド作動 性神経末端とコリン作動性神経末端(イヌ)(× 23,000) G:ガストリン細胞,P:ペプチド作動性神経末端, CH:コリン作動性神経末端. 神経細胞に対しaxo−somaticなシナップスを 持っている. 図7ではかストリン分泌穎粒をもったガストリ ン(G)細胞のところにもペプチド分泌穎粒をもっ た神経末端がcholinergicな神経末端とともに来 ている.Solcia12)はGRP線維をG細胞の周辺に 認めているので,おそらくこれがGRP神経末端 と思われ,筆者らは免疫電顕法によってG細胞の 周辺にGRP神経末端を認めている.ペプチドを もった神経細胞の末端が内分泌細胞のぞぽまで来 て作用していることがわかる. 神経分泌という言葉は,外分泌ならぽ中空の管 に入り,内分泌ならぽ血管に入るということで使 われているが,筆者らが認めたペプチドを持った 神経軸索は血流に入ることなく内分泌細胞の周辺 に来ている.したがって消化管にはペプチドホル モンが血流に入るendocrineと,VIP,ソマトスタ チソ,substance−Pのように隣接したものに働く paracrine,さらに壁在神経叢に存在するペプチド 分泌細胞からのneurocrineを含めて消化管は triple contro1を受けている(図8). 以前から生理学的に非アドレナリン作動性神 経,非コリン作動性神経の存在が想定されていた. 1930年代にvon Euler13)がsubstance−Pを発見し たときには,アセチルコリン作用を有しながら, アトロピンに抑制されない物質について探索した ところ,不思議にも,腸と脳に発見されたのであ る.血流に対するsubstance−Pの作用はβ遮断剤 によって全く抑制を受けないということから筆者 らは,非コリン作動性神経あるいは非アドレナリ竪無G
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⑤ 1)Endocrine Circulatinghormone
図8 2) Paracrine Locally acting peptide 3) Neurocrine Peptidergic neurotranSlm監tter 消化管におけるpeptide hormoneのtriple co”trol systemン作動性神経というものが,おそらくこのペプチ ド作動性神経であろうと考.えている. 以上から,消化管の自律神経支配はコリン作動 性神経が中枢神経から出発してその一部は腹腔神 経節や上腸間膜神経節においてアドレナリン作動 性支配に変り,さらに壁在神経叢においてペプチ ド作動性神経支配が出現する.すなわちコリン作 動性,アドレナリン作動性およびペプチド作動性 という三つの神経系によって消化管は作用を受け ている, 文 献. 1)Scharrer E:Die Lichtempfindlichkeit blinder Elr量tzen I. Untersuchungen Ub6r das zwischen− hirn der Fische,2Verg Physio17:1−38,1928 2)Bargmann W:Uber die neurosekretor重sche VerknUpfung lvon.Hypothalamus and Neuro− phypophyse. Z Zellforsche 34:610−634,1949 3)Green.JG, Harris GW:The neurovascular llnk between the neurohypophysis and adeno・ hypophysis. J Endocrinol 5:136−141,1947 4)Harris GW:Neural Control of the Pituitary Gland. Edward Amold, London(1955) 5)松尾 裕,関 敦子,福田.覚:ラット胃粘膜固 有層に認められた神経内分泌細胞について.医学 のあゆみ 94:112−114,1975 6)Matsuo Y, Seki A:The coordinatlon of gas− trointestinal hormOnes and the autonomic nerves. Am J Gastroenterol 169:21−50,1978 7)Watari N:Gang正ion−like cell occuring ih the pancreatic islets examined by zinc ideal os− mium impregnation.、眈Histochemistry and Cytochemistry(Takeuchi T,09awa K, Fulita Seds)p507, Nakanish三Printing, Kyoto(1972) 8)Fujita T: The gastro・enteric endocrine cell and its paraneuronic nature.1勿Chromaf五n; Enterochromafnn and Related Cells(Coupland RE, Fujita T eds)p191, Elsvier, Amsterdam (1976) 9)Pearse AGE, Polak JM:The diffuse. neuroen. docrine system and the APUD concept..醜Gut Hormones(Bloom SR ed)p33, Churchill Living− stone;Edinburgh(1978) 10)Dubois M:Immunoreactive so狙atostatin ls present in discrete cells of the endocrine pan− creas. Proc Natl Acad Sci USA 72:1340−1343, 1975 11)Rehfeld JF:Gastrointestinal hormones.加 Gastrointestinal Physiology III Vol 19(Crane PK ed)p291, University Park Press, Baltimore (1979) 12)Solcia E, Creロtzfeldt W, Falkmer S et al: Human gastroenteropancreatic endocrine− paracrine cells:Santa Monic.a 1980 classification.、眈Cellular Basis of chemical Messengers in the Digestive System(Grossman MI, Brazier MAB, Lechago J eds)p159, Aca− demic Press, New York(1981) 13)Euler US・V, Gaddum JH:An unidenti丘ed depressor substance in certain tissue extract. J Physiol(London)72:74−87,1931