ホリステ1ック教育論の基本的観点についての一考察
高 橋 史 朗
教育変革のための地球規模でのネットワークGATE(Global Alliance for Transforming Education)は1991年, EDUCATION 2000 (21世紀に向けてのホリスティック教育ビジ
ョン宣言)を発表した。前年にシカゴで第1回ホリスティック教育国際会議が開催され,
推進団体としてGATEが発足したわけであるが,わが国でも日本ホリスティック教育協会 結成に向けて準備が進められている。
そこで,本稿では,わが国ではまだあまり知られていない「ホリスティック教育」につ いて,カナダのナイアガラセンター所長のジョン・ミラー氏の著作を中心に紹介,考察し
たい。
1 ホリスティック教育の三つの原理
まず「ホリスティック」とは一体どういう意味か。この言葉が盛んに使われるようにな ったのは,ここ2,30年のことであり,近代医学の将来に危機感を抱いた人たちが,その危 機を乗り越えるものとして,「ホリスティック・ヘルス」「ホリスティック医学」という言 葉を使い始めたことに端を発している。
心身は一如であるから,つながり合っている〈いのち〉の全体性に立ち戻ろうと考えた わけであるが,その後「ホリスティック」という言葉は,生活にも企業にも教育にも使わ れるようになった。
ホリスティック(holistic)という言葉は,もともと「ホーリズム(holism)的な」とい う意味で,ギリシア語のホロス(holos)を語源としており,全体的,包括的,総合的,全 人的,全連関的というような意味がある。
ホーリズム(全体論)という言葉は,1926年にJ.C.スマッツという哲学者が『ホーりズム と進化』という書物で初めて使った言葉だといわれており,スマッツは「ある部分をいく ら積み重ねていっても,決して全体に到達できない。なぜならば,全体は部分の総和より はるかに大きなものだからである」と指摘している。
ちなみに,ホロスから派生した言葉として,whole(全体), heal(癒す), health(健康),
holy(神聖な)などがある。「健康」はつながり合っている「神聖な」生命が調和している 状態であり,そのような生命の本来の状態を回復することが「癒し」である。
ジョン・ミラー氏はその著 The Holistic Curriculum 1こおいて,①フレーベル②シュ タイナー③クリシュナムルティの「ホリスティック」と特徴づけられる教育の定義を次の ように紹介している。
①神から授かった人間の本質が,教育を通して表現され実現され,そして自覚されるの
でなければならない。かくして人間は,自らの中に生きて働いている神的なるものに従っ
て,自由に意識的に生きるようになり,自らの生活と人生において,この神性の自由な一 つの表現形態にまで高まるのである。
②近ごろ私たちが陥ってしまった社会の混沌とした状況から抜け出すためには,芸術と しての教育を発展させることが何より大切である。この社会的混沌から抜け出す唯一の道 は,教育を通して人々の魂に霊性(spirituality)を取り戻すことにある。まさにその魂に よってこそ,文明の進展と進化の道筋を見出すことができるだろう。
③あなたたちの教師が果たす役割は,あなたの心の一部を教育するだけでなく,心の全 体を教育することにある。あなたが小さな渦に巻き込まれてしまうのではなく,いのちの 大河の全体のなかで生きるように教育するのだ。これが教育の全体的な役割である。本物 の教育はあなたの存在の全体を,心の全体を育てる。そうすれば,あなたの心は深みに達 することができ,美の何たるかを知ることができるだろう。
人間の本質はこのスピリチュアリティ(精神性)にあり,その働きが〈いのち〉である。
個々の生命体は〈いのち〉が現象化したものであり,宇宙の〈いのち〉とつながり合って いる。さらに,ミラーは「ホリスティック教育」について,次のように定義している。
ホリスティック教育は,〈かかわり〉に焦点を当てた教育である。すなわち,論理的思考 と直観との〈かかわり〉,心と身体との〈かかわり〉,知のさまざまな分野の〈かかわり〉,
個人とコミュニティとの〈かかわり〉,そして自我と〈自己〉との〈かかわり〉など,ホリ スティックな教育においては,学習者はこれらの〈かかわり〉を深く追求し,この〈かか わり〉に目覚めるとともに,その〈かかわり〉をより適切なものに変容していくために必 要な力を得る。
ミラーは「ホリスティック教育」の三つの原理として,「つながり」「包み込み」「つりあ い」を挙げている。彼によれば,ホリスティック教育は,従来の原子論的なトランスミッ ション(伝達)の教育や,プラグマティックなトランスアクション(交流)の教育を「包 み込み(統合)」,その一面性や断片性を補い,全体の中で「つりあい(バランス)」をとろ
うとするものである。
2 三つの立場の教育観とその関係
伝達の立場では,教育課程の機能は事実,技能,価値を生徒に伝えることにある。生徒 は知識の受動的な受容器官と考えられがちであるが,伝達の立場は,伝統的な教授方法,
特に教科書を使った学習による伝統的な教科の習得を強調する。この立場は,人間の行動 についての機械論的な見方を教育課程計画に適用することを強調する。生徒に技能,知識,
価値を伝達することにかかわる運動は一方的に与えられる。この立場に関する哲学的,科 学的パラダイムは,現実をバラバラの積み木ブロックとみなす原子論的な世界観にある。
交流の立場では個人を理性がある者とみなし,理知的な問題解決ができる者とみなす。
教育は生徒とカリキュラムの対話として考察される。交流の立場において中心的な要素は,
問題解決を促す教育課程の方略,一般的,社会的文脈に対すると同時に,民主的過程の枠
組み内における問題解決をすることへの適用,理論的な学問の範囲における認知の技能の
発達。交流の立場における哲学的,科学的パラダイムは啓蒙運動以来西欧を支配してきた 科学的方法である。
ホリスティック教育は「トランスフォーメーション(変容)」の教育で,閉じられた狭い 視野やものの見方,考え方を,〈いのち〉の全体的な〈つながり〉を見渡す視野へと開いて いく教育で,一人ひとりの自己変革と社会変革を同時に行い,「傷つけ傷つけられる関係」
から「癒し癒される関係」への転換を目指している。
変容の立場は個人と社会の変化に焦点を置く。この立場は三つの特別の志向を含んでい る。個人と社会の変容を促進する技能。環境を支配するよりも環境と調和する方向への社 会変化の見通し。環境への精神的尺度の帰属。変容の立場にとってのパラダイムは,相互
に関連することを強調する自然の生態学的な相互依存概念に基づいている。互いに依存す る自然の概念は現象の相互の関係性を強調する。ホリスティックな方法においては教育課 程と生徒は互いに浸透している。
この三っの立場は一つを選べば他の立場を排除する競争する選択的なものとみることが できる。あるいは,それぞれの立場は包含関係にあるとみることができる。この後者の枠 組みによると,トランスアクションの立場は知識の記憶に焦点を当てる伝達の立場を含ん でおり,その知識を問題解決に適用する。変容の立場は一層広い包含的な脈絡のなかで交 流の立場の認知的強調を組み入れている。(図1〜4参照,ミラー著 The Holistic Curricu−
lum より引用)
図1 トランスミッション(伝達)の立場
図2 トランスアクション(交流)の立場
教育課程
図3 トランスフォーメーション(変容)の立場
図4 三つの立場のかかわり
3 二大教育観からホリスティック教育への潮流
これまでの教育観を大別すると,次の二つの教育観に分けることができる。第一は,教 育とは,何かあるものを素材から作り出すのと同じように人間を作ることだと考える「技 術論的」な教育観である。
第二は,教育を植物の成長と栽培になぞらえ,成長を妨げる障害を取り除いて自然のま まに成長せしめることに教育の本質をみる「有機体論的」な教育観である。
この二大教育観はともに大きな壁にぶつかっており,今日の教育荒廃を克服しうる教育 観とはいえない。従来の「技術論的」教育観は,子どもの個性を無視して,教育内容(教 育課程)に子どもを一方的に合わせてつくり(伝達の立場),外から何かを「身につけさせ
る」ことが教育の本質であると錯覚してきた面がある。
また,「有機体論的」教育観は,自由の意味をはき違え,自由放任主義によって子どもの 無限の可能性を開発できると錯覚してきたきらいがある。これらはともに一面的な教育観 であり,「教える」ことと「育てる」ことの両者を統合するホリスティックな教育観こそが 新しい時代が求めているものといえる。
これまで「自由」か「強制」か,「指導」か「放任」か,「系統学習」か「経験学習」か,
「画一化」か「個性化」か,「社会適応」か「自己実現」か,「相対評価」か「絶対評価」
か,などと二者択一的にとらえてきたが,ホリスティックな教育観はこれらの両極性を包 括的にとらえる視点を提示する。
マスローは,『完全なる人間』(誠信書房)の第二版の序文において,「人間性心理学もま た,過渡的なものであり,さらに高い第四のトランスパーソナル心理学,個人を超え,個 人の欲求や興味よりもむしろ宇宙的な創造原理に中心を置き,人間性・自己同一性・自己 実現などを超えていく心理学への準備だと考えている」と述べているが,北米で新たに提 唱された「ホリスティック教育」はこの人間性心理学をさらに深化発展させたものといえ
る。
近代の機械論的自然観は,自然をバラバラの原子の多様な集合体であるとみなすアトミ ズム(原子論)に立脚しており,それは教育の領域にも深く浸透した。
アトミズムの立場に立つ教育は,系統的な内容を細かな要素に分け,正確に学習者に伝 えようとするもので,トランスミッション(伝達)の立場に立つ教育といえる。
これは行動主義心理学に立脚したプログラム学習として,知識の伝達という面では一定 の成果を収めてきたが,正答主義(唯一正解主義)に陥り,個性や創造性の伸長を阻むと いうマイナス面もあった。
戦後,わが国の教育界に紹介されたデューイのプラグマティズムは,知識伝達の教育で はなく,問題解決学習によって知的創造性の能力(さまざまな知識を要素として,要素と 要素との間に新しい〈つながり〉を発見する能力)の育成を目指したが,知識の量を客観
テストで評価する入試制度に合わず,うまく根づかなかった。
問題解決学習には,豊かな感性をはぐくむことができないという問題点と,いかなる問 題を解決すべきかという価値判断の基準の発見にはつながらないという二つの問題点があ
った。
近代社会は,豊かで便利で快適で効率の良い社会を求めて問題を解決し,文明を進歩さ せてきたが,一方で「文明病」を招き,近代科学技術文明の「負の副作用」として,外な る自然破壊と内なる自然破壊,すなわち地球環境の破壊と人間性の解体化をもたらし,今 日の子どもたちのアイデンティティーの危機をもたらした。このような限界を乗り越える べく北米で新たに提唱されたのがホリスティック教育である。
4 ホリスティック教育課程と人間的主題
ホリスティック教育課程は統合教科に迫るための枠組を提供する。統合への探求のアプ ローチは二っの主な領域に通じている。それはヒューマンテーマ(人間的主題)とヒュー マンプロセス(人間的過程)である。
人間的主題は,言葉,精神性,文化などの人間的関心の領域に焦点をあて,基本的なヒ ューマンテーマにつなぐ統合の媒介物として神話に焦点をあてる。神話は文学,歴史,芸 術,宗教などを生徒にとって個人的に意味のある方法でつなぐことのできる大まかなつな がりのパターンを提供する。
ジョセブ・キャンベルは,神話を「私たちの生きている環境に神の力で精力を与えられ
ているものとして普遍の観念を合体させる一組のイメージ」と定義している。また,バー
ナード・シャピロ(オンタリオ州教育省代理)は,「純粋に維持されている神話は,ある究
極的に超越的な目的,ある善いことについての感覚を持つに違いない。そして,これらの 神話の中に私たちは,私たちの公立学校や運命共同体の根本的な在り方を見い出すであろ
う。」と指摘している。
神話は個人が安心した環境の中で自分の物語と共感するというようなつながりのプロセ スが授業の中で生じることも可能にする。多くの物語は,私たちが人生の意味と目的を持 っていかに生きることができるかということについてメッセージを携えている。このレベ ルで神話は真理と意義とを探究する物語となる。
前述したキャンベルは,今日,十代の若者がなぜ深刻なアイデンティティーの危機に直 面しているかということについて,その理由は若者たちを導いてくれる神話学がないから だという。
ウッドマンは,習慣になった行動の一部は中心的な神話の欠如によって部分的に説明で きることに同意する。導いてくれる神話学を持たないことは,大人社会においてなぜ高い 率の芸術・文化の破壊や犯罪や無関心を許すのかということになるかもしれない。
神話の授業実践をしている教師のベルは,なぜ若者に神話学を教えるのか,その理由に ついて「神話学の中で具体的に表されている普遍的な経験に若者を参加させたいからであ る。そして,私は若者に心理的成長や内的平和を受け入れることができる手段として神話 学を彼らに教える。」と説明している。
私たちは,私たちが語る物語を通して自分たちの生活を解釈しようとする傾向がある。
私たちの生活の物語は私たちが何者であるかを知る方法である。それは,私たちのアイデ ンティティーにほかならない。解釈は過去とつながっていて,現在を知覚し未来を予測す る。このパターンは,組織的な原理を踏まえ,統一性と目的のある物語の構成のなかに見
られる。
神話は私たちを自律と個性のより高い発達に向かって動かす。それは「私たちすべてに おいて,内なる課題として行う人生の最初の半分の主な課題である」とオールズは述べて
いる。
神話は,私たちが常に「死と再生」のサイクルを継続的に経験しなればならないことを 物語っている。私たちは生活という旅を通して自分の道をつくっているので,終り・中・
始まりという現象を経験することになる。
神話学に普遍性を与えることによって,どのように神話学が多くの教材の領域に適用で きるかを見ることが容易になる。たとえば,内面の旅のため比喩的な地図としての英雄の 道は環境教育に使われる。生徒は自然の声を聴くことによって,自分の内なる声をよりよ
く聴けるようになる。
クラークは,環境教育はすでにある過密の教育課程に付け加えるもう一つの教科ではな いと提案する。彼は,「環境」は,生物学・科学技術・文化といった私たちの生活の全体の 脈絡として理解される必要があると確信している。神話学は,これらのつながりを明らか にする手助けをする。神話学を通して伝えられてきている知恵(「神話の知」)は21世紀の 教育のあり方に大きな示唆を与えてくれると思われる。
5 ホリスティックな教育の特徴
ホリスティックな教育は,自分が正しく相手が間違っていると相手を一方的に排除する
のではなく,違いがあることが豊かさであり,自他の違いを活かし合い,お互いの一面性,
断片性を補い合い,全体の申で多様な個性が調和していくことを目指している。
また,ホリスティックな教育は固定化したものではなく,新しい協調関係,すなわち開 かれた覚醒のネットワークを大事にする。利害や立場を異にする者同士が,より大きな秩 序の形成に役立つ共通の目的を発見し,相互補完性を重視した新しい秩序を共に創ってい
くことを目指している。
ホリスティックな教育はシュタイナー教育や合流教育などのような体系的な教育理論と 実践方法ではなく,次のようなホリスティックな考え方と基本的な方向性をもつものとい
える。
(1)ホリスティックな見方・考え方
教育の変革は,一人ひとりが自分のものの見方や考え方を問い直し,それを転換してい くことから始まる。新しい見方や考え方に変わるということは新しい目覚めであり,自分 の生き方,あり方の全体が変わることである。
ホリスティックな教育はさまざまな教育理論や技法の一面性,断片性を補うことで全体 的な調和をつくりだすことを目指している。新しい見方・考え方を知り,それに共感すれ ば,すぐに今までの古い考え方が新しいものに変わるわけではない。意識の転換こそが問 われるのである。
(2) 〈いのち〉への畏敬
宇宙の創造原理としての〈はたらき〉を〈いのち〉と呼ぶ。個々の生命体は,その〈い のち〉が現象面に形をとって現れてきたものである。私たちの中にはたらいている〈いの ち〉は,根元的な宇宙の〈いのち〉とつながっている。その一人ひとりに内在している聖 なる〈いのち〉への畏敬の念に目覚めることが教育の原点である。
このような〈いのち〉の実感を失うとき,私たちは死によって失われる自分の生命の空 しさを感じ,生きることの意味やこころの喜びを見失い,その空しさを埋め合わせるため に,限りない物質的豊かさ,一時的快楽,地位,名声,自分の優越性など,代わりのもの を求め,本当の自分を見失ってしまう。すべてはつながり合っているから自分が変われば 世界が変わり,自分が喜びを感じれぱまわりに喜びが伝わる。
(3)違いと出会い,違いを活かす
違いがあることが豊かさであり,相性の合わない人こそ最も大切な人である。すべての 人間は,それぞれにかけがえのない大切な存在であり,その多様性を活かすことは一人ひ
とりの存在を活かすことであり,違いと出会う時に新しい気づきが生まれる。
エコロジーが教えるように,同じ樹木からなる単相林よりも,雑木林のほうが,環境の 変化に柔軟に対応できる。つまり,画一的で同質的な集団よりも,多様で異質性の高い集 団のほうが長期的に見れば最も安定的で創造的である。
個性とは相互補完的関係における多様性をいい,自立とは孤立でも依存でもなく,持ち 味を活かし合い足りないところはお互いに補い合う関係をつくりあげていく相互補完的な 状態をいう。
(4)ホリスティックな人間観
人間は極めて複雑で微妙で絶えず変わっていく存在であり,すべてのものを含んだ全体
的な存在である。人間はホリスティックな観点に立つことによって,その潜在的な無限の
可能性を花開かせていくことができる。
私たちは一人の人間の全体性を見落としてしまいがちであるが,一人ひとりの人間を単 に部分的,表面的に見るのではなく,身体,感情,思考,精神性などを含んだ重層的構造 であり,さらに絶えず成長し変容していく有機的存在として見る必要がある。これがホリ スティックな人間観である。
(5)学ぶことは変わること
自分と世界との〈かかわり〉が質的に転換するような劇的な学びは,まったく予想もし ないような「出会い」と新しい「気づき」の体験から生まれる。このような学びは,秩序 よりもむしろ混沌が,受動性よりもむしろ自発的活動性が,普遍性よりもむしろ特異性が,
繰り返しよりもむしろ唯一性が,閉鎖性よりもむしろ解放性が,優位になる時に生まれる。
学ぶとは喜びの創造であり,喜びとは新しい自己を発見する喜びである。学ぶとは自分 と世界との〈かかわt)〉が深まること,〈つながり〉が深まることである。ホリスティック な教育は多様な感覚や認識力を総合的に活用する。左脳だけでなく,直感的・美的・芸術 的な右脳を活かす全脳的な学習を目指す。また,知的・技能的側面だけでなく,精神的・
身体的・社会的・道徳的・創造的側面も重視する。
(6)ホリスティックなリーダー
ホリスティックなリーダーは指導する者,教える者という意味ではない。リーダー自ら が学ぶ喜びを感じ,真の喜びを感じながら,真の学びを体験している時,学習者の学びも 促進される。リーダーが自分自身の内面に生まれつつあるものに開かれている時,学習者
と共に学び,共に創造するプロセスが生まれてくる。
学びは真に人間的な出会いの中から生まれる。ホリスティックなリーダーとはそのよう な学びの生まれる人間関係をつくる者をいう。ホリスティックなリーダーはその場その場 で必要なものを直観的にとらえて柔軟に行動するとともに,深く考慮された教育の方向性 を持って実践していく必要がある。
(7)真の自由
真の自由とはすべてのつながりのなかで,自分の行動,あり方,価値観などを自分の意 志で選択し,決定し,自己責任を負うことである。自由には外的束縛から解放される政治 的・社会的自由(市民的自由)と内的束縛から解放される精神的自由の二つの意味がある。
人間には自分の行動価値観などを自分の意志で選択・自己決定し,その結果を自分で 引き受ける根源的自由がある。真に自立した人とは適切な相互補完的な関係を結べる人で あり,真に自由な人とは〈つながり〉のなかへ開かれた人である。
⑧ 社会適応から共同創造へ
教育の目的は子どもを今ある社会に適応させるだけではなく,ともに協力してよりよい 社会へと変革していく人間を育てることにある。共に学び合い,協力し合い,新たな秩序
を創造していく共同創造の関係をつくることこそが求められている。
近代市民社会は自己の利益を追求する孤立した個人の存在を前提としているが,それを 根本的に転換する時を迎えている。ホリスティックな世界においては自己の利益は他者の 利益につながり,他者の不利益は自己の不利益につながるからである。それ故に,他と切 り離された自己利益の追求から出発するのではなく,〈つながり〉の自覚を通して自他が共 有する利益に目覚め,他者の心の痛みを自分の痛みと感じる感性(sensitivity)を重視する。
⑨ 地球市民としての自覚を育てる
地球市民は自分の利益や自国の利益だけでなく,地球の未来に対して責任を持ち,自分
が果たすべき役割を自覚し行動できる人である。異なる文化が接触し文化間の相互交流が 深まっていく時には,一方が他方を完全に呑み込んでしまうのではなく,自他の文化の良 さに学びながら自文化を新たに構成していくことが必要である。
すべての文化のなかには人間としての普遍的な原理が働いている。その普遍性を見極め ていくことが重要である。さまざまな文化の根底にあるすべての文化を貫いて流れている 普遍性を探り当てていく時,その普遍性を独自の仕方で表現する文化の個性を保持したま
ま多様な文化が共存できる可能性が生まれてくる。自国の伝統文化をしっかリ認識した上 で,グローバルな視野と的確な時代認識力を持ち,判断力,行動力のある地球市民を育て ていく必要がある。
⑩ 母なる地球,そのすべての生命とつながり合う
母なる地球という生命圏についての教育はエコロジカルな見方にしっかりと根ざし,豊 かな感性をはぐくむことを重視する。また,地球上のすべての存在が支え合っていること,
個人の幸せと「地球全体の幸せ」が深いところで一致すること,私たち一人ひとりが担っ ている責任の深さと広さ,これらの自覚を促す教育を目指している。
地球という生命圏についての学習は,生命維持の基本システム,エネルギー循環,生命 連鎖,相互依存関係,生成進化のプロセス,オゾン層の破壊,地球温暖化,森林破壊,酸 性雨,生物の種の減少,海洋汚染,破漠化などの実態を知る,自然科学のみならず,政治,
経済,文化,歴史,心理学,社会学,哲学などの分野も統合する統合的な学習である。
6 ホリスティック教育論の到達点と課題
これまでのホリスティック教育緒論の到達点と課題について,吉田敦彦氏は大要次のよ うに指摘している。
まず立論形式に着目して三つの類型に分け,既存の有用な教育論や教育方法を包括的網 羅的にリストアップし,それをいくつかの分類項目に従って整理する「包括的分類整理型」
の立論は,視野の狭さを開き,独善性や排他性を避けて,多様性の統合をめざすホリステ ィック・アプローチの一つであるが,相互に連関づけられ構造化された分類の視点を提出 し,多様な論や方法の間にある相互依存関係,相互補完関係と,それぞれの論や方法の限 定された固有の地位や役割を明示することが課題である。
次に,ホリスティック・パラダイムの世界観や教育観を,機械論的パラダイムのそれと 比較対照する「新旧パラダイム比較対照型」の立論は,今日の教育課題が近代文明が総体
として転換を迫られている課題に連動していることを説得力をもって明示した点に意義が あるが,「旧い」教育を包み越える全包括的な教育のあり方を探究する必要がある。
さらに,①論理的思考と直観②心と身体③各教科の間④個人とコミュニティ⑤人間と地 球⑥自我と〈自己〉の六つの位相の〈かかわり〉に焦点を当てた「多面的多重的連関型」
の立論(ジョン・ミラー)は,各側面の間の〈つながt)〉を育てるところに焦点を当て,
その間のつながりを育てるカリキュラムと学習方法はよく吟味されているが,ある位相と 他の位相の間のつながり,それらの関連の仕方,全体連関について解明することが今後の 課題であるとしている。
このような認識に立った上で,F・カプラの『ターニングポイント』やM・ファーガソン
の『アクエリアン革命』などの中で提起された「デカルト=ニュートン的な要素還元主義
的・機械論的パラダイム」から現代科学の新動向や東洋思想との対話を踏まえた「ホリス ティック・パラダイム」への転換という時代認識にインパクトがあるとして,次のような 対照表を作成している。二者択一的な思考法そのものが二元論的な旧パラダイムに属する ものであるから,パラダイムという言葉を安易に使うべきではないが,この「ホリスティ ック・パラダイム」は21世紀の教育のあるべき方向性を示唆しているように思われる。
機械論的パラダイム ホリスティック・パラダイム 主導的な科学・思想
デカルト的認識論・世界観,古典物理学 行動主義心理学,テクノPジー
近代西洋医学,ダーウィン的進化論,etc、
量子力学,一般システム論,生態学
非平衡系熱力学,トランス・パーソナル心理学 東洋伝統医学,神秘思想,東洋思想,etc.
基本的存在論・認識論
①主客の分離,二元論。客観的描写可能
②実体の第一次性。独立自存の可視的実体
③全体は,分割可能な基本的要素の構成
④絶対的な時間空間。局所的位置
⑤普遍的な究極の基本物質の因果法則的制御
主客の未分,一元論。観察者の主観の関与 関係の第一次性。つながり,場,あいだ 全体は,諸部分の総和以上のもの。相互依存連関 相対的な時空。生きられる時空。非局所的遍在 両端の開いた「ホロン」の多重連関的層状秩序 強調される諸原理
⑥基本的要素の特性。分割。還元主義的理解
⑦線型,直線的因果関係,決定論的
⑧知的,合理的,分析的,左脳的
⑨互換性,可逆的,再現可能,一般的
⑩均質性,平衡秩序
⑪孤立系,固定的,硬直化
⑫刺激一反応,受動的,外的操作
⑬適者生存,生存競争,優勝劣敗
⑭メッセージ,明白な目に見える原理
⑮量的,測定,定量化,法則の数学的記述
全体関連・相互関係のあり方。総合。全体把握 非線型,因果の循環的連鎖,偶然性の関与 直観的,イメージ的,美的,全体知,右脳的 唯一性,不可逆的,再現不可能,一回的,個性的 多様性,非平衡,乱雑性,ゆらぎを通した秩序 解放系,他との相互作用,柔軟性
自発的活性,自己組織化・自己更新
相互依存,共生進化,和合調和,協調の中の競争 コンテキスト,暗黙の織り込まれた原理 質的,詩的散文的記述
価値観・生活様式への影響 膨張・拡大・無限の進歩
自然/肉体の対象化,支配,手段視 陽的,男性的,自己主張的,攻撃的
一 元的コントm一ル,中央集権,力による支配 効率性,目的至上主義,プロセスの省略 大量生産,標準化,規格化,大量消費 副作用,他への影響の軽視
バランス,持続性,適性規模,相互限定 自然/身体との対話・共生
陰的,女性的,傾聴的,受容的 相互扶助,フィールドバック,分権 結果よりもプロセス,プロセス自体にも目的 手作り,ユニークさ,個性,シンプルライフ 全体的・長期的な影響の配慮
疾病観医療観
病因は,特定可能な単一因子 病位の特定,診断,症状の分類 病因の除去,制御,加工 外科手術,投薬
精神や内外環境との総合的相互関係 症状は全体的な不均衡の一表現
自己自然治癒力,精神,イメージ療法の重視 治療師と患者との全人格的関係
〈ホリスティック教育研究会編『ホリスティック教育入門』より〉
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