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(1)

翻    訳

  グスタフ・ルネ・ポッケ

     ヨーロッパの日記

        日記人間学 目

       信  岡  資  生 訳

      3 無と万有の中間に在る人間

 ︒パスカルの﹁パンセ﹂は︑新しい学問的認識によれば︑実はキリスト教弁護を意図した日記文の寄せ集めとみ

られる︒パスカルは論証的に一つの哲学体系を展開しようとしたのでは決してない︒﹁パンセ﹂は︑﹁俗世におげ

        ︵I︶る神の眼で自らを見る﹂特別な方法の表現である︒これらの覚え書の断片は︑︱神の眼で見た1人間の時代

における人間の偉大と人間の悲惨の対比に満ちている︒これについてはせめて必要最小限度の実例を挙げておか

      ︵2︶ねばなるまい︒特に六〇番から一八三番にかけては﹁神を持つ人間の幸福﹂と﹁神を持たぬ人間の惨めさ﹂につ

いての弁証法的に非常に鋭い論評の数々が見出される︒パスカルは書く︑﹁人間は不均衡である﹂と︒人間は常

‑105 −

(2)

にニつの深淵に︑即ち無の淵と無限の淵の間に挟まれている︒人間は﹁無限との関連では無であり︑無との関隷

では万有であり︑無と万有の中間者である︒﹂﹁我々と有限とを比べることだけが我々を不安に陥れる︒人間が自

分自身を研究し始めれば︑自らを超えて進むことの不可能を発見するであろう︒﹂恩寵なく︑﹁無限﹂なしでは︑

人間はただ﹁誤謬に満ちた主体﹂に過ぎない︒人間は﹁オルガン︑しかし奇怪な︑変わり易い︑狂った︑不完

全なオルガン﹂である︒それは﹁不安定﹂で﹁奇妙﹂である︒人間は腹立たしいパラドックスである︒信じ易く

不信を抱き易く︑臆病であり︑大胆である︒他に頼りながら︑しかし独立したがる︒それでいて常に要求を持っ

ている︒不安定︑退屈︑不安が人間の﹁コンディション﹂である︒すべてを欲し︑すべてから離れる︒﹁情熱を持

たず︑仕事を持たず︑娯楽を持たず︑義務を持たず︑全く何もしないでいることほど人間にとって堪えがたいも

のはない︒そのとき人間は自己の無価値︑孤独︑不完全︑隷属︑無力︑空しさを体験する︒するとたちまち人間

は魂の奥から退屈︑憂鬱︑悲哀︑塞ぎ︑落胆︑絶望を取り出すだろう︒﹂

 ところがここでパスカルは大転回を行うのである/ これらの人間学︑神学の日 誌の三元七番に次の言葉

が見出される︒﹁人間の偉大さは︑人間が自己を惨めであると知る点にある︒樹木は自分が惨めであることを知ら

ない︒﹂j﹁この惨めさが人間の偉大さの証拠となる︒大貴族の情なさ︑廃位となった国王の哀れさである︒﹂

 ﹁人間のこの上ない卑小さは︑人間が名誉を求めることにある︒しかしまさにこのことこそが︑人間の卓越性の

最良のしるしなのである︒﹂裸の自我は﹁憎むべきもの﹂である︒人間にはニ種類あるのみ︑﹁自らを罪人と思う

正義の人と︑自らを正義と思う罪人と︒﹂フハビロンの川は流れ︑落下し︑一切をさらって行く︒川の上に腰を下

ろさねばならぬ︒川の下でも中でもなく川の上に︒遜らんがためには座っていなければならぬ︒安全であるため

−106−

(3)

には上にいなくてはならぬ︒しかし我々はエルサレムの宮の中では立つであろう︒﹂

  ﹁時間の中﹂の人間の﹁偉大と悲惨﹂のテーマを︑パスカルは自ら受けた心の衝撃から︑実存的意味でも心理

学的意味でも挑発的に変奏してみせた︒パスカルが問題にするのは︑古代の理念の意味での﹁偉大﹂や︑イグナ

ティウス・フォン・ロヨラに見られるような自己悔恨の意味での﹁謙虚﹂ではなく︑謙虚な偉大なのだ! 我々

がこの根本モチーフを持ち出すのはひとえに︑これこそが日記の中での人間学の論議に役立ったからである︒こ

のテーマは多くの日記家に︑知的危険から人間の生の意味を問い︑同時に︑余りにも安易過ぎるニヒリズムを克

服する道を探る気を起こさせたのであった︒

 敬虔主義とロマン主義では︑悩める人間︑卑小になった人間が︑健康で人一倍頑強な人間よりも好まれる︒ノ

ヴァーリスは極めて簡潔な日記の中で﹁神の召命は不幸﹂であると言う︒神は病いについてご存知である︒何故

ならどんな病いにも時機があるからだ︒つとめて﹁子供っぽく﹂振舞うことがそれ故最善なのである︒自らを

寛大に扱い︑自身の弱点を耐え忍ぶことほど辛いことはない︒﹁神は万事に手を貸し給う︒﹂しかしながら可能性

としての偉大と現実の悲惨の二重体験は︑宗教的ロマン主義的というよりもむしろ知的ロマン主義的な日記の中

では︑時としてこの両極の間であちらとこちらへ引き裂かれた存在の劇的な自己体験をもたらす︒こうしてやが

てヨーロッパの日記に︑気高く荘重ぶった︑またはけちくさく哀れっぽい自己告発の混じる自己賛美が見出され

るようになる︒だから日記にはたいてい苦悩に満ちた時間︑ひどい失意︑苦痛の体験が書かれるものだというの

は︑すっかり当たっているとは言えない︒﹁惨めさ﹂の体験からくる自己蔑貶と並んで︑しばしば人間の自己格上

げも見受けられるのである︒たとえばベンヤマン・コンスタンは次のような文を書いている︒﹁余は惨めなる性

−107 一

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格の弱さにおののきつつ動く︒余の優柔不断ほど笑止千万なるものはかつて無し︒﹂﹁余の性格は要するに弱し︒

余は余のむら気にも逆らえず︑他人の意志にも逆らえず︒﹂﹁余は昨日愚かなる憂鬱状態にあり︒何であれ︑とも

かくも不確実なることが余の神経を悩まし︑これが行きつくところ喪心と悲哀なり︒昨日余は︑三か月ばかり田

舎にて使う小利女との穏当なる契約に踏み切るべきか否か長考すれども決めかね迷う︒﹂かと思うと︑コンスタ

ンは一八ー三年八月十日にこう記すとき︑今度はまた自分の創作の質に関する自信を取り戻している︒﹁余の創

      ︵20︶ 作三篇を朗読す︵ハルデンベルク家にて︶︒見事なる出来栄えなり︒﹂百二五年二月二曰に﹁余の著述に大いに感

服︒実際︑余が成し得しほどの傑作を生み出さんがためにはかなりの心得がなければならぬ︒﹂﹁パリ新聞﹂のた

       ︵22︶ めに書いた小論文についても同じょうな確信を抱く︒﹁優れた出来栄えなれば評判となるべし︒﹂ナポレオン没落

後のブルボン家の報復を恐れて︑パリヘの逃亡の途中︑彼はイギリスヘ渡って﹁抑圧されたフランスの代表とな

 ︵23︶らん﹂ことをもくろむ︒

 虚栄! 多くの日記作者にとって一般に日記付けへの励みとなる動機である︒﹁虚栄﹂の中では人間の栄光と

悲惨が︑虚構に過ぎないとはいえ相殺されるのではないだろうか? 夢想の輝かしい独自存在の中で無名の存在

の空虚が克服されるのではあるまいか? 虚栄という悪徳を日記作者はしばしば美徳に変える︒秘そかなミゼ

レーレ︵訳者圧 詩篇第五〇篇MisereremeiDeusf神ょわれを憐み給え︶で始まる高聳詩篇︶が同じく秘そかなグロリア

︵訳者注 神の栄光の賛歌︶によって埋め合わせがつけられる︒もっとも︑既にしばしば言及した︑大いに生を謳歌

しながら大いに病身だった若い女流画家マリー・バシュキルツェブの日記に見られる︑むしろ虚栄でしかない自

己釣り上げによる悲惨感情の埋め合わせときては仕末に負えない︒あるとき彼女は自画像を描いた︒それについ

−108−

(5)

て彼女はこう書く︒﹁私は自画像を描いた︒等身大で︑腰までを︒それも︵手に︶パレットを持った姿で︑喪服

      ︵25︶で︑白いカラーと胸飾りをつけて︒というのも︑こうしたものがなかったら私は私でなくなるから︒﹂一人の女性

ダンディーが鏡の前に立って︑神経質な自己顕示欲を武器に︑同じように張りつめた劣等感と戦っている︒しか

しこの日記も︑もしその中に超自我意識のようなものの主張がなかったとしたら︑これほど有名とはならなかっ

    ︵26︶たであろう︒一八八一年九月二十四日に彼女は﹁日記﹂に書き留める︒﹁私の︵新調の︶胴衣は天使のように私に

似合う︒すばらしいウェストがこのモスリンの塊から出ている︒しかし私はお前︵彼女自身のこと︶をうんざり

       ︵27︶させる︒そう︑お前の言う通り︒余りにも悲しい︒﹂

 死と無力によって予示された性急な葛藤は人間学的日記の意味ではカタルシスを生むことはできない︒人間の

偉大と悲惨の対立は︑いねば意識の前段階でつっかえている︒それは未だデミウルゴス︵世界の造物主︶の力︑

神や意味を生む力を持たない︒蜘蛛の巣にかかった繩のように︑このような根元的な葛藤のとりことなった日記

作者たちの中には︑この存在の︒こブドックスを絶えず新たな実存構想によって計画的に合理付け︑偉大と悲惨の

⊇見性の中で安心と救済を求めて図式化しようとする者もいる︒このような知的調和のある人生幾何学は多くの

日記家にも特有のものである︒もう一人別の︑我々にはやはりもうお馴染みの日記家アミエルは︑この点では日

記のギルド親方と見てよい︒このスイスの哲学教授は︵一八四七年五月十三日ベルリンで︶生き方を見出すのは

極めて難しいことであるとする︒そこで彼は教育学的な処世術図式を描く︒人間存在のプラスとマイナスの葛藤

の中で︑この種の図式は次のようになる︒

  何をしなければならぬかの心得        目標

−109−

(6)

  どのようにしなければならぬかの確認     方法

       ︵28︶  何を知っているかの意志表示         原則

 更にアミエルは︑自分の目標は﹁理想の自我﹂を︑自分の﹁内面タイプ﹂を実現することにある︑と書く︒幾

度も彼は︑悲惨の谷間と偉大の頂上の理想的な調和を求める試みを新たに繰り返す︒更に次の図式が続く︒

        I規則  簡略

        2規則  継続  勉 学

        3規則  自主       ご         

︵29︶      第4規則  再生

 偉大理想と悲惨現実の間の生存の苦悩に迫られて日記家アミエルは︑我々には既知の截然とした時間分割の必

要を感じる︒この自我−時間−分割は実存的意味でますます細かく︑精確に︑すてばちになって行く︒アミエルの初

      x x x      ︵30︶期の日記のページ︵一八四〇年十月十三日︶は︑一日が専ら三十分単位で割られていることを示している︒対立

を一つにするための図式はますます繁くなっていく︒人間の中の絶対的なものと相対的なものとが時間測定に取

り囲まれ︑からめられ︑とりこにされる︒不変の偉大︑永遠を︑日単位の幾何学並びに分単位の印象の中に捕え

ようとする︒しかしながらアミエルのような悩み抜いた日記家は︑その精神組織の中では自我があくまで中心の

太陽であるから︑他の世界︑自己の外部の存在の世界から受けるものは殆どない︒図式主義と測定は自閉家アミ

エルには複雑な自己満足をもたらす役目を果たす︒自己自身との対話は長く饒舌となる︒アミエルの日記につい

て︑シャルル・デュ・ボスは自身の﹁私日記﹂の中で︑アミエルが﹁日記﹂の中で﹃行動﹄という言葉を使うと

一員O−

(7)

き︑それはいつもたいてい﹃文学的生産﹄を意味した︑というヴォールター・ペーターの観察に言及している︒

 ﹁この観察は⁝⁝アミエルの﹃不毛性﹄に対する甚だうがった︑且つ全く正しい解釈を含むものである︒﹂デュ・

ボスも知的生産の概念としての﹁行動﹂を正しいとするが︑ただー﹁単に考えるだけではいけない︑考えたの

         ︵32︶でもなげればならない︒﹂終わるところのない不断の論証︑自分の作品の偉大と悲惨についての絶え間のない思

い悩みの疑念は精神的インポテンツをもたらす︒これに反しノヴァーリスは︑﹁覚え書﹂からしだいに︑全くそれ

だけで成り立つ﹁断章﹂︑単なる﹁警句﹂でない﹁省 察﹂に到達した︑とデュ・ボスは言う︒そのことに

よってだけノヴァーリスはシャルル・デュ・ボスにとっては﹁一段偉大で学問的に一歩優れている︒﹂﹁ノヴァー

リスの偉大な作品は⁝⁝ノヴァーリスは余りにも早く死んだためこれを完成できなかった︒﹂アミエルはこれに

比べ﹁断章﹂を拒否し︑しかも同時に﹁沈黙﹂しようともしなかった︒そのために一万四千ページにも及ぶ日記

       ︵33︶が成立した︒アミエルはこの中に埋没してしまっている︒そしてこの日記は﹁アミエルの不毛性を語る﹂判断の

妨げとはならない︒この人間学的に誤った日記術に対しデュ・ボスは︑アルフレッド・ド・ヴィニーの日記の言

      ︵34︶葉を持ち出す︒﹁偉大な人生︑それは成人したのも実現される青春時代の思想である︒﹂シャルル・デュ・ボスは

もちろん偉大と悲惨の徒らな思案の危険を自らも大へんよく心得ていた︒一九二三年十月二十二日に彼は﹁日

記﹂に︑友人たちは自分が日記をつげ過ぎる︑そんなことをしていると生産的な執筆の妨げとなる︑と文句を言

       ︵35︶       オム・ド・レットルってくれた︵ジンッドもそう言った︶︑と書き留めた︒多芸な文 人デュ・ボスは︑即ち日記家の守るべき節度

があること︑日記術も配分のこつをマスターしなければならないことを夙に理解していたのであった︒適当な距

離を置きながら彼はその後も日記を書き続け︑その傍ら本の著述も行った︒そのため後日のあるとき彼は︑自分

−:Ill‑

(8)

       ︵36︶の著書は日記に負うところが大であったと言えたほどである︒

 もっと深い人類学的な劇的緊張が︑ヨーロッパの最も内容豊かな日記の一つ︑あらゆる意味で日記らしい日記︑

フランツ・クサーファー・クラウス︵一八四〇−一九〇一︶の日記に見出される︒彼は有名でもあったが同時に評

価の定まらない﹁リベラルなカトリック教徒﹂で︑一八七八年から死ぬまでフライブルクの教会史の正教授で

あった人である︒現今では稀少となっている普遍性が︑この覚え書き︑報告︑告白︑省察の巨大な建造物の中に

     ︵37︶       ︵38︶顕在している︒人間的なものの伏魔殿に潜む文字通り一切合切何もかもが︑このパスカルの崇拝者によって描き

出される︒しかも簡潔に︑巧みに︑憂鬱に︑熱意をこめて︑メランコリックに︑法悦の中に︑浄く冷静な心で︑

冷静な浄い心で︒このように高い水準の聖職者の日記は他には見当たらない︒ここで挙げられるとすればニュー

      ︵39︶マン枢機卿だが︑クラウスの日記はそれよりもはるかにプライベートな性格を持つものである︒実際︑ミクロコ

スモスとしての人間がマクロコスモスを映している日記は珍しい︒それも自我の中に︑環境体験の中に︑歴史的

意識の中に︑時代の最高の指導者たちとの邂逅の中に︑就中︑繊細でもありまた精力的でもある神中心思考の中

に︒こうした関連ではフランツ・タサーファー・クラウスの日記はエマーソンのいう﹁代表的な﹂唯一無類のも

のの一つに数えられる︒

 F・X・クラウスも既に大学生のときから﹁憂鬱と苦痛﹂に駆られて﹁このノートに打ち明け﹂を始めた︒し

ばしば﹁悲惨﹂に悩まされるが︑しかし彼はもう早くから﹁救いの﹂偉大の幻想に魅了されている︒年老いても

この事情は変わらない︒偉大︑究極の偉大は︑依然として彼にとっては思想の自由と信仰の合一︑脱政治的教会と

宗教的ムードのポリスとの続一であり続ける︒一八五六年七月四日に彼は書いている︒﹁名誉欲が私の心の中

−112 −

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       ︵40︶で動く︒これが私の虚栄癖と天邪鬼癖と並んで私の﹃外面的﹄欠点の最悪のものだと思う︒﹂罪の不安にクラウス

は︑それが﹁自由な﹂偉大を閉め出すことを常に恐れるが故に︑しばしば心を大いに揺さぶられる︒﹁やはり人

生は実際単なる娯楽ではない︒私の人生は善と悪︑美徳と悪徳︑信仰と不信心︑殆どありとあらゆる極端の間の

永遠の戦い以外の何ものでもない︒これに更に私の持っている大きな性格の弱点︑即ち移り気と無能が加わる︒

しかし私は未だ歎いてはならぬ︒なぜなら︑私には依然として他の人々と同じように多くのものが︑つまり人生

の目標に到達し︑天国にたどりつくために必要なだけのものがあるからである︒﹂そのあとに聖職者になり︑聖者

の意味での﹁偉大﹂に到達する決意の特異な記述が続く︒イグナティウスの﹁霊操﹂の中に︑後になって 怒り

狂うこのイエズス会の敵は﹁身分選択﹂︵訳者注 社会の中での︑また神に対する身分を選ぶことは心霊修行の目的

である︒︶への道を見出す︒やがて彼は卑下の偉大に預かろうとして我と我が身を鞭打つ︒﹁苦痛がやや強まるや否

や︑私の手が垂れた︒そして私はいっそう激しく打ち続けて罪ある血を叩き出しもせず︑惨めな戦士の如く身体

      ︵42︶を丸めて縮こまるのであった/﹂ところが彼の聴罪司祭からこのような修行を禁じられる︒その代わりとして彼

は︑食欲を抑え﹁聖アロイズィウスの模範に倣って常に不味いものを﹂選び︑﹁人間との交際をできるだけ避げ︒

      ︵43︶つまらぬ退屈しのぎの事柄の話をしない﹂ことを決意する︒彼は告白する︒聴罪司祭の助けがなかったら︑自分

は﹁サタンのとまでは言わぬにしても︑地上に住む極悪怪物の一つの完全なとりこ﹂となるであろう︒−﹁私

はあらゆる情熱に対し極めて強く惹かれる︒虚栄︑偽り︑偽装癖︑極度の名誉欲︑嫉妬︑癇癪︑暴飲暴食︑怠惰︑

自慢︑冷酷︑粗暴の振舞︑眼と肉の激しい欲望︑要するにありとあらゆる悪徳と私は絶えず格闘しなければなら

 ︵44︶       ︵45︶ない︒﹂聖者が彼を何度も繰り返して﹁真の﹂偉大へと駆り立てる︒﹁一日の各時間﹂︵ホ土フエ/︶を彼は﹁浄

一員3−

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らかな生活﹂のために分割する︒﹁朝の祈祷﹂から﹁諸聖人への祈願﹂に至るまで︒彼の一日の分割はますま

す厳格になっていく︒﹁私は私の 日  課 を︑朝四時半に起床し︑九時十五分に寝に就くよう定めた⁝⁝四

時半から五時まで朝の祈祷︑ロザリオ︵一○個︶と霊的読書︑七時半−八時 ミサ聖祭︒十二時四十五分−一

      ︵47︶時 個別的また一般的良心の糾明︑四時−五時 休養︑七時半I八時 同上﹂

 一八六二年十二月四日︵夕方六時半︶にクラウスは記す︒﹁今朝から私は聖職者である︒﹂十二月十五日彼は

 ﹁大いなる霊操の影響﹂の下に記す︒﹁人間の定めを考察するに︑一方で神の掟が永遠の浄福と現世の安息を報い

として私を招き︑他方では俗界の霊が喜び︑名誉︑享楽︑欲望︑しかしまたそれだけでなく避けることのできな

い内面の分裂と永遠の堕落をも見せて︑私を招くのがはっきりわかる︒私はひざまづき︑アウグスティヌスの偉

大な言葉を唱える︒﹃わが心は汝の中に憩うまで休らぎを得ることなし︒われ遅ればせながら今ようやくにして

      ︵48︶汝を愛したり﹄︒﹂そして三十八年後︑死の一年前︑一九○○年十二月三十一日に彼はメモする︒﹁大晦日の晩︑独

り物悲しく︑しかし意気軒昂︒悲しみと苦悩に満ちた重苦しい一年が過ぎ去ったー−死の天使は私の傍を通り過

ぎたのかも知れぬ︒一九○一年は何を︑新世紀は何を私にもたらしてくれるのだろうか? 苦悩多く︑また少な

からぬ戦い︒せい︑ぜいのところ後僅かの年月しか私には残されていない︒私は病身で︑力尽き︑今にも死にそう

だーそれでも私は内に生命感の溢れるのを感じる︒勇気と闘争心を︒未だ我々は霧と靄に包まれている︒しか

し日光がはやもう射し込んできた︒私はこの哀れな人類のために︑いっそう清らかな山の牧場から降下してくる

      ︵49︶空気を吸い込む︒精神的専制のアイオンは終わった︒﹂

 四年前︑一八九六年五月十七日にレオ・N・トルストイは日記にこう記入した︒﹁不滅を信ずるためにはここで

−114 −

(11)

不滅の生を生きねばならぬ︒即ち自身の中にではなく神の中に︑自らのためではなく神のために生きねばなら

 ︵50︶なぬご 一九〇〇年十二月二十九日にはこう書いている︒﹁もしある人間が︑愛を除くあらゆるものの中に救いを

求めるならば︑彼は暗闇の中で手探りで道を探す人間に等しい︒しかし彼が︑自らの救いも︑またこの世に生き

るすべての者の救いも︑愛の中にあることをひとたび認識すると︑彼にとって太陽が昇ったことになる︒彼は自

分の道を見ることができ︑彼にとって何の救いをも意味しないものをもはや探り求めたりはしない︒﹂

      ︵52︶ 人間の偉大さと悲惨に魅入られたトルストイは︑いささかけだるいが︑しかしレオン・ブロワのように絶望し

た身振りでニ○世紀の幕を開ける︒﹁新年と新世紀の一月一日︒私は朝書いている︑読書のほか何もすることがな

いからである︒印度哲学の六体系と大蔵大臣の年次報告を読んだが︑どれもこれもつまらなかった︒1私は痔

の失血を別として全く健康だ︒だが︑私は考えていることを表現したいという願望を覚えない︒表現の必要に迫

      ︵53︶られてくるような強い内面的頭脳労働がないのだ︒﹂ここでも一つの生と一つの世紀が終わっている︒ただ﹁永

       ︵54︶遠﹂のみを望み︑これから始まる時間的な世紀の日々に期待をかけることはしないままに︒

  一九○一年フーゴー・フォン・ホフマンスタールは日記にシクー・クスピアの﹁以尺報尺﹂について論じる︒言

      ︵55︶葉は少ない︒それからこう書いている︒﹁何という多くの風景︱歌−死−﹂︒十年以前彼は﹁アミエルが原

因の無限に沈潜している﹂のを非難したことがあった︒﹁それと同類⁝⁝現代人の感情のおもむくままの意思な

き漂い﹂︵一八九一・一・三〇︶︒これに対し﹁自己を抑制し︑創造と思考においては断片にも甘んじ︑また感情

に限度を置くことは芸一匹︵アミエルの日記と対照的なヘッベルの日記︶﹂である︒偉大? ﹁ゲ士アやヴィクトー

ル・ュゴーの如きオリュンポスの神とならんがためには長生きしなくてはならぬ︒後の世代のどの年齢期も偉人

― 115 一

(12)

の人生の中につながるものが見つかるのでなければならない︒偉人は青年そのもの︑大人そのもの︑老人そのも

       ︵57︶の︑否︑民族の青年︑民族の大人︑民族の老人そのものであったのでなければならない︒﹂

 偽りの偉大と新たに認識された人間の悲惨の不気味な夜の中に迎える世紀の替わり目/ 一八九九年十一月二

十五日から二十六日にかけての夜半にライナー・マリーア・リルケは日記に記す︒﹁神が掟を定め給うたのなら

ば︑それは︑時折孤独になれである︒なぜなら︑神は一人のところへか︑区別のできない二人のところへしかや

って来ないのだから︒﹂ほぼ同じ時期にローベルト・ムシルは最も初期の日記に彼の﹁新しい﹂分析的タイプ︑

﹁生体解剖者﹂の基礎を書き記す︒一九○○−一九○一年の替わり目にパウル・クレーは将来を見通してもどかし

げに日記につぶやく︒﹁二十一歳/ 我が生命力については一度も疑いを持ったことはない︒しかし選んだ美術

はどうなって行くのだろうか?⁝⁝⁝至るところに同時に同じ嵐があり︑しかも混沌を抑える主はどこにもいない

のを感じるのはやりきれない︒﹂そして最後にアンドレ・グッド︑一九○二年一月五日︒﹁だれにもそれなりのし

      ︵62︶くじりがあるものだ︒大事なことは自分の重要性を信じることである︒﹂二〇世紀は実際幸先の良くないスター

       ー S X X x l x S X X X S X X X   X X X X X X S X X X X S S Sトを切った︒それは悲惨のみを見る芸術的デカダンスと︑偉大のみを望む政治的退廃の中に終わる︒﹁偉大﹂

       ︵63︶﹁悲惨﹂﹁時﹂の観念が︑互いに関連を失ったが故にますます抽象的になっていく︒﹁二十億の人間がただロボット

の声だけに耳を傾け︑自らもロボットになって行く⁝⁝﹂−﹁問題はただ二つ︒唯一つの問題は︑理性の生ょ

りもなお高い︑それのみが人間を満足させることのできる精神の生かあることを再発見することである︒﹂そう

      ︵64︶サン・テグジンュペリが言う/ セネカ︑マルク・アウレール︑ぺトラルカ︑パスカル︑ノヴァーリス︑ゲーテ︑

キルケゴール︑その他大勢の日記作者たちが言う/ そうなると日記は世紀の書となる/ 老衰して死期の近い

−116 −

(13)

クヌート・ハムスンは︑いささかの皮肉をこめてではあるが落ち着き払った態度で病床日記に漏らす︒﹁今︑更に

希望に満ちた世代が地底から舞い上がる︒全く新たな︑無垢の誕生だ/ 私はそのことを本で知るが︑名前は知

らない︒それもまたどうでもよいことだ︒さまよう光︑みんな一緒に︑彼らはやって来て︑少し照らしてまた消

       ︵65︶えて行く︒私がやって来て行ってしまうように︑やって来て行ってしまう︒﹂これに比べてヘルダーの感心するほ

ど純真な人間性信仰︒たとえそれが今日の我々にはどんなに﹁時代と結びついている﹂ように思えようとも︒

 ﹁人間は影の影なり︑とピンダロスはいう︒しかし人間は我等の可視的創造の第一車輪である︒自らのためにま

       ︵66︶た他者のために︑人間は天使となりあるいはデーモンとなって︑死あるいは生をその手に持って運んでいる︒﹂

‑117 −

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‑121 一

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 ︵付記︶

 前節︵﹁経済研究﹂第一〇〇号所収︶に続き︑今回もテキスト本文及び注にある古典・ロマン語系の固有名詞のカナ表記

と書名については︑経済学部岩本修巳教授︑文芸学部長神 悟講師の教えと助言を仰いだ︒特に長神講師からは翻訳に際

して有益な指示を受けた︒両氏のご好意に対しここに深く感謝の意を表するものである︒

 なおまた︑今回も翻訳に際して昭和六十二年度成城大学特別研究助成費によって購入した参考文献を使用したことを付

記しておきたい︒

−:L22 −

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