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批判的思考の可能性※

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ソーシャノレワーク教育における 批判的思考の可能性※

原 久美子※※

はじめに

( 1 )   ソーシャルワーク教育における「思考 j 教授の必要性

ソーシャルワーク教育において思考を教えることの必要性が認識されてきている。

学生とアセスメントの学習をしている際には,学生が多くの思考傾向を持っていることに気 づかされる。例えば,自身の仮説にそった情報のみを収集し仮説の妥当性を確かめようとし,

その結果時に他の可能性のあるクライエントの理解を見逃してしまうことが生じる,またその 問題が誰にとっての問題であるのか検討されぬまま学生自身の価値基準にのっとって問題が定 義される,介入方法を検討する際に A か B かの二者択一のものとして規定しどちらの選択も不 可能と考える等である。

私たちは常に正しく思考するとは限らない。人間の「思考 J に関する研究は認知心理学等に おいて解明されつつあるがソーシャルワーク実践に取り組むワーカーが,その問題を規定 L.,どのような情報を収集するか,それをどのように解釈するか,その「思考 j 過程を正しく 実施する訓練をしていくことが必要であると考えられる。

近年,日本におけるソーシャルワーク教育においても,ワーカーの思考に注目した教育につ いて関心が寄せられつつある。

松岡 2 は , I アセスメントに用いられる用語やそれの持つ社会的意味やワーカー自身の解釈 (主観性〕を検討しつつアセスメントを進めることに意義がある」と述べている。彼女が指摘 するように,アセスメントツールといった科学'性を標携する知識も,その内に特定の価値観を 内包し,それによって維持,助長される状況や価値が存在している。幅広い社会的アセスメン トにおいてソーシャルワーカーは,アセスメントツールに用いられる用語に内包されて維持さ れる価値や社会的状況を批判的に吟味し,取り入れまたは時に拒否することが求められる。ま た,松岡 3 は別の機会に,ソーシャルワーク実践の大儀として,社会的改革を起こすことに向 けた,社会政策を分析する力をもった学生の教育の必要性を指摘している。このように,科学

※Does s o c i a l  work e d u c a t i o n  a d a p t  c r i t i c a l   t h i n k i n g ?  

※※Kumiko HARA  立正大学社会福祉学部 キーワード:ソーシャルワーク教育,批判的思考

1 6 3  

(2)

ソーシャルワーク教育における批判的思考の可能性〔原〕

牲を標傍する知識や政策を批判的に分析,解釈する「思考」の力をj 函養していくことは,ソー シャルワーク教育に課されている一つの課題ではないだろうか。

( 2 )   ソーシャルワーク教育における批判的思考への注目

「思考」の力として,注目されるものの一つに, I 批判的思考 C c r i t i c a lt h i n k i n g )   J がある。

批判的思考とは,長年,批判的思考の解明に努め,批判的思考の技術や価値について詳述す る E n n i s 4 によれば , I 何を信じ,何を行うかを決定することに焦点をあてた,合理的で、省察的 な思考 J と定義されている。

また,井上 5 は,批判的思考について, I もともと c r i t i c a l という語は c r i t e r i o n C 尺 度 ・ 基 準〕から来ている言葉であり,ふつう『批判』という言葉から感じられる相手をやっつけると

図 1 クリティ力 J L‑・ソーシャルワークとしての「実践行動」の過程の試案

ト一一十一一二二司二二 │一一干=二 j [  

変 革

出典:北 J [ I 清一「児童領域における大学院教育に求められるもの 児童養護施設における実践理論研究

をてがかりに 」ソーシャノレワーク研究V o1 .   3 0   N o .  2,  2 0 0 4 ,  pp.  3 8  

(3)

か揚げ足をとるということではなく,ものごとを一定の基準から評価するということであり,

既に出来上がって提供されている情報についてそれを一定の基準に従って評価する『評価的な 思考』であると解するのが妥当であろう」と述べている。

こ の 批 判 的 思 考 に つ い て は , 近 年 日 本 に お い て も 佐 藤 米 本 人 北 J I I B によって取り組みの 必要性が指摘されつつある。例えば,北川はクリテイカル・ソーシャルワークとしての「実践 行動」の過程の試案(図1)について述べる中で,批判的思考の養成の必要性について次のよ うに触れている。「ソーシャルワーク実践の大儀 ( c a u s e あるいは m i s s i o n ) の共有化を企図し て,社会構造や制度の分析を行い,協働性についての理解を深め,力関係の構造を検討し,支 援の過程に浮上してくる抑圧・価値・希望・ストレングスおよび言葉に着目しながら対応する ことを通じて批判的思考 ( c r i t i c a lt h i n k i n g )の仕方を自らの内に掴養できるよう努めながら,

ソーシャルワーカーとしての実践力を高めること J 。

では,この批判的思考とはどのようなもののことを指し示しているのだろうか。この批判的 思考の概念の定義については,研究者によってさまざまなものがあり,一致を見ていないとい う 9 。また,批判的思考は教育,心理,看護の領域で応用されているが,その定義,理解のされ 方は,それが応用される分野によって異なっている 1 0 。日本のソーシャルワーク教育の分野で は,佐藤においてはその内容を詳論するには至っておらず 1 1 また米本においても同様のこと が言える。また,北J11 1 2 は批判的思考の内容に直接触れてはいないが, I クリテイカル・ソー シャルワーク j の実践展開が可能になる人材養成を目指して大学院教育課程の中に取り込まれ るべき基本的な教授法の視座として,以下の 2 点を挙げる。クリテイカル・アプローチで必要 とされる思考の仕方を明らかにしようとする試みを行っている。

i  )社会関係に関する学生の最初の印象を自己認識させ,その社会関係の中にある①社会構 造と制度,②ストレングス,③言葉,④協働性,⑤力関係,@抑圧,⑦価値を取り上 げ,その認識の程度を分析し,内省、を促す。

i i ) 一方で,ソーシャルワーカーとしてのアイデンティティとの照合を図るとともに,その 照合過程で自ら決断した事項とソーシャルワーク実践の大儀との整合性を検討し,妥当 性を吟味する。

日本のソーシャルワーク教育においては,批判的思考の必要性が認識されつつあるが,その 内容については詳論する取り組みが行われだしたところと言えよう。そこで,本論では,米国 ソーシャルワーク教育において批判的思考がどのように位置づけられ,その中心的な概念がど のようなものであるのか,またどのようにソーシャルワーク教育に用いられてし、く可能性があ るのか,明らかにすることを目的としたい。

本論では,具体的問題意識として,次の点、について明らかにしてし、く。

1  .批判的思考のソーシャルワーク教育の中での位置づけ 2. 批判的思考の価値・知識・技術

3. 批判的思考がソーシャルワーク実践の過程のどのような局面で必要とされるのか

1 6 5  

(4)

ソーシャルワーク教育における批判的思考の可能性(原〕

このことを通じて,日本におけるソーシャルワーカー養成教育において批判的思考を取り入 れていく一助としていきたい。

2  批 判 的 思 考 の ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 教 育 の 中 で の 位 置 づ け

批判的思考という用語が米国の教育界で意図的に使用されるようになったのは,井上 1 3 によ ると, 1 9 3 0 年代後半ごろからであるとし寸。初めは社会科教育の中で、使われだし,それが国語 教育の方へも伝わった。その後, 1 9 6 0 年代には新カリキュラム運動に伴って脚光を浴びるが,

1 9 7 0 年代後半からは読み書き等の基礎学力重視の声にかき消されていたという。それが, 1 9 8 0   年代にはいって基礎学力の中に位置付けられて批判的思考は再登場してきているという 1 4 。

さて,米国のソーシャルワーク分野での批判的思考への取り組みについて見ていると,今回 見つけることがで、きた論文の中では最初に批判的思考に関連する論文が出されたのは 1 9 7 8 年で

あり, 1 9 9 0 年代に入って多くの論文・著作が出されるようになってきている。

批判的思考は,全米ソーシャルワーク教育連盟の掲げるアクレディテーション 1 5 において,

「大学のソーシャルワークプログラムを修了した者は,批判的思考の技術を専門的ソーシャル ワーク実践の状況に適用することができる」と述べられ,ソーシャルワーク教育の前提のーっ と挙げられている。

( 1 )   効果的問題解決に科学的知識を統合する「思考 j の力としての批判的思考

批判的思考がソーシャルワーク教育において注目されるようになってきたのは1 9 9 0 年からで あるが,その背景の一つにあるのが,臨床家がソーシャルワーク理論を実践に統合して効果的 な問題解決を図っていくこと,そしてそのために必要とされる「思考 J の力を高めることへの 関心が挙げられる。

S e e l i g 1 6 は ,I 高い問題解決能力を求められるソーシャルワーカーには,その問題解決の過程

で思考の力を必要としている J と述べ,批判的思考の養成にソーシャルワーク教育が早急に取

り組むことを提唱した。また, A l t e r   & Egun 1 7 は,効果的な専門家による実践では,効果的であ

ることを理由付ける能力,具体的には,①社会的問題を分類,分析し,根本にあり相互に作用

しあい社会問題に先行するものを理解するために人間や組織の行動についての理論を引きだ

す,②変化を作りだすため戦略,方法,介入の選択肢を一般化する,③いくつかある介入方法

から選択する場合その効果についての実証的証拠を利用できる等の批判的思考能力が重要であ

ると考えている。またさらに ,G a m b i r l l は,実践家が持っている知識と実践家がクライエント

を援助するために必要な知識が実践にとってより緊密なものであるなら,実践家はクライエン

トをよりよく援助することができ,また彼らの利益を損なうことを避けることができるだろう

と述べ 1 8 また一方で、多くの利用可能な知識やリサーチは実践家が実践上の決定を行っていく

にあたって利用されていないと批判している 1 9 。

(5)

このように, 1990 年代に入り批判的思考に注目が集まりだした背景には,ソーシャルワーク 理論及び知識を実践に統合し,より効果的な実践を追及していこうという関心が高まったこと が挙げられる。ソーシャルワーカーの勘や好みではなく,科学的・実証的な証拠に基き,人間 や組織の行動に関する知識や介入方法を見出し,決定していく際の指針を与える方略として,

批判的思考を教授する取り組みがなされだしたと考えられる。

( 2 )   可謬的なソーシャルワーク理論・知識を発見・吟味する「思考」としての批判的思考 上記のように,ソーシャルワーク実践の動向として,科学的知識を実践過程に適用しようと 試みがなされているわけであるが,その用いられようとしている知識は必ずしも完全なもので はなく,誤りやすいものであるということが指摘されている 2 0 批判的思考に関する文献の中 でもこのことに関する記述が以下のようにみられる。

・マイノリティの調査においては,白人や中産階級の規範をもとに,マイノリティグ、ループ の経験を概念化,解釈する傾向にある。時にこれらは, r 客観的 J とか, r 科学的な」もの と表される。マジョリティの規範がノーマルな標準として用いられる場合,異なる人々に ついての描写は逸脱という言葉の中に表現される 2 1

・共依存,機能不全といったデザ、イナー診断は不適切な形で使用されている 2 2

・ソーシャルワーク実践の中で用いられる理論は必ずしも事実ではないのだが,すべてのク ライエントをその理論モデルに合わせようと試みて L まい,理論通りに変化しないクライ エントを「抵抗している J r 動きに乏しし、 j と見なしてしまう 2 3

‑多くの学生は勤勉に学んだにも関わらず,頼りになる道具である技術がすべての状況に フィットしないということを理解し始めると,フラストレーションや失望にさいなまれ る 2 4

Popper  2 5 は「知識は確実性の探求ではありません。あやまちは人の常です。人間のあらゆる 知識は,可謬的であり,従って不確実です。ですから,われわれは真理と確実性を鋭く区別し なければなりません」と述べ,知識が可謬的なものであると指摘する。ソーシャルワーク理論

・知識 アセスメント・ツールの尺度や用語,クライエントを表現する言葉等ーは特定の社会 の文化や価値観が内包されている。これらは,ある状況下では真であり,またある状況下では 真ではないという,限界を持つ知識である。

科学的知識を全体的な真実ととらえ,それによりかかり,現実のクライエントや社会的状況 を理解していこうとすることは,公正で効果的なソーシャルワーク実践からは遠のく危険性を 苧んでいる。また,われわれは時に,あいまいな状況にフラストレーションを抱え,不完全な 理論に適合させる形で現状をゆがめて理解し,整合性を保とうとし、う機制 これが思考の誤り へとつながるのだろう が働く存在である。ソーシャルワーク実践家もその例外ではない。こ のようなソーシャルワーク理論・知識が内包する文化・価値観を敏感に察知・吟味し,真理と 確実性を区別し,知識の限界を認識し,ソーシャルワーカー自身が暖昧な状況で粘り強く実践

t

n o  

(6)

ソーシャルワーク教育における批判的思考の可能性(原)

することを支えるものとして批判的思考は重要であると考えられる。

( 3 )   言語的,文化的,歴史的要因によって構成される合成物としての知識

批判的思考は米国のソーシャルワーク実践コースでは社会構築主義の文脈の中で教えられて いる 2 6

W i t k i n 2 7 は,社会構築主義アプローチでは,世界についての慣習的な理解(知識〕は必ずしも 観察や仮説検証に基づいているわけではなく,言語的,文化的,歴史的要因によって作り出さ れた物と見なされると述べる。この例として , W i t k i n   2 8 は , I 家族」についての概念を挙げる。

家族という概念は,社会において血縁と法律によって結びつけられた集団と定義される。恋人 がエイズを患うホモセクシャルの男性は, I 家族」でないという理由からパートナーの臨終に 立ち会うことを認められない。学生は,この特定の家族概念を導き出した様々な文化的,歴史 的要因を調べることを求められる。このように社会構築主義アプローチでは,批判的視点を促 進され,世界について無視された仮説を道理的に正しいものとし,また分析の焦点としていく

ことが奨励される。

この他,物質依存についての学生の慣習的理解 2 9 ホモセクシャルについてのソーシャル ワーカーの慣習的理解 30 についての批判的検討の試みもなされている。

3  批 判 的 思 考 の 価 値 ・ 知 識 ・ 技 術

批判的思考の具体的な方法とはどのようなものなのだろうか。

批判的思考の中心となる価値・知識・技術について明確化しソーシャルワーク教育に導入し ようとする試みは, G a m b r i l l の功績によるところが大きい。 G a m b r i l l は , E n i s s や P a u l 等が 行った批判的思考の価値や知識,技術に関する研究をソーシャルワーク実践及び教育に体系的 に取り込む試みを行なっている。

( 1 ) 価値

批判的思考を行なう者は,物事を鵜呑みにせず,懐疑的な態度を持っている。この懐疑的態 度とは,人が言ったことは何でも信じ,殊に自身の見解に一致するものについてはそうである といっただまされやすさや,一方で何も信じず人生について否定的である皮肉的な態度のどち らでもない。懐疑的な態度は,真実に価値を見出し,批判的検討を通して最大限に真実を探求 し,理論を検証する態度である 3 1

批判的思考を行う者は次に挙げるような知的特徴を持っていると考えられる 32

優れた知的特長の例

(7)

0 知的自律性:推論や証拠に基づいて信念を分析し,分析する

O 知的礼儀正しさ:他者を思考者として扱い,知的に平等なものとして扱うこと,彼らの見解 を尊重し注意を傾ける

0 推論に対する知的な信頼:高い関心の結果,自発的な推論は人類に最もよい,恩恵をもたらす ことを信頼する

O 知的勇気:あえて意見を見直す

0 知的好奇心:深く理解し,物事を描き出し,学習することへ関心を持つ

O 知的な規律:思考は知的基準によってガイドされる

0 知的共感:反対の視点、を受け入れる

0 知的謙遜:知識の限界に気付くこと,バイアスや偏見,人間の見解の限界について敏感であ る

O 知的誠実:他の考えに対しても自分の考えに対する時と同じ判断基準を用いる

0 知的な根気強さ:困難,障害,フラストレーションにもかかわらず,正確さを追求しようと する

出典 R . P a u l ( 1 9 9 3 ) ,  C r i t i c a l  Thi π k i n g  :  What e v e r y  p e r s o n  n e e d s  t o  s u r v i v e  i n   a r a P i d l y  changing  world ( R e v . 3 r d   E d . )  pp.470‑472 ,  Santa Rosa ,  CA :  Foundation f o r  C r i t i c a l  T h i n k i n g .  

( 2 )   関連する技術と知識

批判的思考は,柔軟性や我々の思考の中にある間違いを発見することへの強い関心を必要と している。勝利を得ることや社会的承認を得ることよりも真理に対し価値を見出すのである。

そこで, G a m b r i l l は,批判的思考の技術を次のようにリストアップしている 3 3

批判的思考の技術の例

0 問題を明確化する

O 重要な類似と相違を認識する

0 反対の立場や非継続牲を認識する

0 一般化を洗練し,過剰な一般化を避ける

O 問題,結論,信念を明確化する

0 言及されていない仮説を認識する

0 言葉やフレーズの意味を明確化し,分析する

O パイアスを探索する

0 関連しない質問,データ,主張,理由から関連のあるそれらを区別する

1 6 9  

(8)

ソーシャルワーク教育における批判的思考の可能性(原)

0 異なる情報(証拠)源の正確さを評価する

0 類似した状況を比較する,つまり,新しい文脈に洞察を移行する

O 十分な理由付けがなされた推論や予測を行う

0 理想を実際の実践と比較検討する

0 提案された行為を実施すること及びそれがもたらす結果を考え,正確に評価する

O ある人の理由づけの過程を評価する

0 学際的な関係を作る

0 行動やポリシーを分析し,評価する

O 根本的で重要な質問を上げ,それを探求する

O 感情に基づいた,思考や思考に基づいた感情を探求する

0 概念や理論や仮説を批判的にテストすることを計画し,実施する

O 視点や解釈や理論を比較する

0 視点や解釈や理論を評価する

出 典 R o b e r t H.E η n i s   ( 1 9 8 7 ) ,  A T α xonomy o f   C r i t i c a l   T h i n k i n g  D i s p o s i t i o n s   and A b i l i t i e s .   ln  Baron ,  J . B .   &  S t e r n b e r g ,  R . J .   ( E d ) ,  Teaching T h i n k i n g  S k i l l s :   Theory  and P r a c t i c e .   New  Y  o r k :  :Freeman 

R . P a u l  ( 1 9 9 3 ) ,  C 門 t i c a lT h i n k i n g :  What e v e r y  p e r s o π n e e d s  t o   s u r v i v e  i n   a r a p i d l y  changing  world ,  Santa Rosa ,  CA: Foundation f o r  C r i t i c a l  T h i n k i n g .  

さらに,批判的思考の知識であるが,思考における過ちを避ける戦略を獲得すること,議論 の中にある前件の妥当性を評価する知識,自己に関する知識 C s e l f ‑ k n o w l e d g e ) が挙げらてい れる。このうち,自己に関する知識が批判的思考の中心的知識であるという。自己に関する知 識とは,情報源への親密性,一般的な推論過程の限界,個人のもつ思考スタイルについての知 識,個人の障害(例:見ているものを歪めてしまうステレオタイプ〉を含んでいる 3 4 。

4  事例への適用

以上,批判的思考に関連する価値,技術,知識について概観してきた。しかし,これらを ソーシャルワーク実践および教育の場面で,どのように用いていけるのだろうか。次に,批判 的思考の具体的な活用について事例を通して検討を行なっていきたい。

まず,筆者の得た実習指導の経験の中で,批判的思考が役立つと考えられる場面を 3つ描い てみたいと思う(事例は典型的事例をいくつか組み合わせるなど加工を行なっている)。この 事例を通して,批判的思考を実習指導,スーパービジョンの過程にどのように取り入れていけ

るか検討を行ないたい。

(9)

事例A

アルコール依存者のためのリハビリ施設で実習を行なっている実習生。実習生は実習開始 1 0 日目,大学でのスーパービジョンの折に「私は実習生として失格なのではないか J と教員 に訴えた。実習生は自身が施設の持つ支援方針を受け入れがたい,そのような自分は実習生 として失格であり,実習を継続していくことに不安を感じていた。実習生は実習過程の中 で,施設の利用者に対する支援方針として断酒の継続の支援が掲げられていること,またア ルコール依存症とし、う病気がわずかな量の飲酒によっても症状の再燃を引き起こすという知 識を得たのであるが,それは自身がこれまでアルコールおよび病気に対する理解と衝突する 内容であり,受け入れがたい気持ちと,実習生として施設の方針に疑いをもってはならない という彼の価値観との聞で葛藤していた。

事例B

実習生は知的障害者施設で実習を行なって 2 週間目になる。ある日実習生は女性利用者の Bさんから,ある男性に会いに行きたし、のだけれど付き添ってもらえないかと相談を受け た。その男性は B さんが以前一人暮らしをしていた折に,付き合っていたことがある人だと いう。実習生は B さんが時折電話をしながら, r 会いたい」と泣いている姿を見かけかわいそ うに思っており,また Bさんが自分のことを信頼してくれたのだと嬉しく,即座に外出の約 束をした。実習生が外出の許可をもらうために実習指導者の下に行くと,実習指導者からは rBさんは施設入居前 l人暮らしをしていたが,その問付き合っていた男性に要求されるが ままに金を渡し,生活に支障をきたしていた」とのことで,許可は下りなかった。実習生 は,泣いている Bさんを思い浮かべ,釈然としない気持ちでいた。

事例 C

特別養護老人ホームの入居者 Cさんは,若い頃から右足の欠損のため,松葉杖を使って歩 行を行なっている。 7 5 歳を越え,最近では筋力の低下が目立ち転倒も頻繁に見られるように なった。実習生は C さんが日に 1~2 回転倒し小さな怪我をしている様子を見, C さんには 安全確保のため絶対に車椅子を使ってもらいたいと考え何度も戸かけを行っていた。しか し,その提案に頑なに応じようとしない Cさんに対し時折いらいらした気持ちを抱くように なった。ある日実習生がそのことを実習指導者に相談した。

事例 A では,実習生は「アルコール問題は,患者の意志の問題で,節酒すればよい」という 知識(理解〕を自覚的ではなかったがアルコール依存症に対して持っていた。さらに,飲酒す る機会が非常に多くある日本の社会にとって,アルコールを一滴でも飲まないということがし、

かに困難であるかを想像 L,断酒の継続を治療方針として掲げる施設に対し, r 無理なことを 強要しているのではないか j といった認識も持っていたのである。スーパービジョンでは,実

1 7 1  

(10)

ソーシャルワーク教育における批判的思考の可能性(原〕

習生には明確に意識化されていなかった,施設の掲げる方針のベースにある知識と実習生が既 に持っていた知識の相違について確認し,明確化するとともに,断酒か節酒かといった二者択 一的な思考の持ち方,施設が掲げる方針について疑問を持つてはし、けないという実習生の信念 について話し合いが行なわれる。そこでは「施設が言っていることは正ししづと L 、う根拠付け の仕方の吟味,よって自身の既存の知識と相反する知識を無視せず注意を払うこと,実習では 断酒の継続等の知識が真実であるのか,どのようなクライエント,状況において有効であるの か,利用者一人一人とのかかわりを通して吟味すること,断酒を自身の生き方として選ぶとい うことはその人の人生にどのような意味をもたらすのか理解を深めることに取り組んでいくこ とが確認されるとよいだろう。

批判的思考では,目標に焦点を当て続けること,問題の明確化が重要な思考の技術として挙 げられる。事例 B で,実習生は援助の目標を明確に意識しておらず,また IB さんがかわいそ う JIB さんに信頼されたい j といった自身の感情や欲求に焦点、があてられていた。スーパービ ジョンでは,実践の目標を明確化し,それに焦点を当てつづけて思考していくことの必要性が 伝えられることが大切であると思われる。また,実習生が「必要な援助=男性と会いにいくこ と J と判断した背景には,実習生が「援助」を「利用者の要求をかなえること」と定義してい ることが前提にあると考えられるため,そのような実習生の持つ無意識の前提について明確 化,吟味すること, I かわいそう j とし寸感情に影響を受けやすい自身の思考パターンについて の理解とそれを避けるための方略なども合わせて獲得していくこともスーパービジョンの焦点 の一つになってくると考えられる。

事例 C では,実習指導者は実習生に対し,自身も C さんの身体的な安全を心配しているこ と , c さんは若い頃から歩行困難を持っており,松葉杖で歩いていこうとしている自分自身に 誇りを持っていること,その Cさんの生き方を尊重することも大切であることと考え,思考し ていることを伝えた。実習生は自分が Cさんの「安全を確保する」ことしか念頭になかったこ と , I 安全の確保 j や「自己肯定感を高めること J I 自己決定の尊重 J とし、った様々な価値観が 存在することに気づいた。またそれらのうちどれを選択するかではなく, c さんの支援として 目標とされることは何かを吟味し,それに焦点を当て続けてよりよい支援方法を見つけていく ことが重要であると考えるにいたった。

実習指導者が自身の持っている知識や経験を共有し,実習生とのオープンで相互循環的なや りとりを行うことは批判的思考を学生が学んでいく上で重要である。対話を通して,意味は 人々の聞から発言し,出現する 3 5 。また,価値ジレンマに直面する体験は,実践家や実習生に とって「思考」過程とそれをガイドする方略の必要性を実感させる好機であるおと言えるだろ う 。

つ 白

弓 ︐

(11)

5  まとめ

以上,批判的思考の前提として,知識が完全ではなく誤りやすいものであるという認識があ ること,批判的思考の中心にある技能を整理し,それらを実習指導,スーパービジョンの場面 でどのように応用できるか検討を行なった。

Popper 3 7 は , I 誤謬との闘いとは,客観的真理を探究することであり,真でないものを発見し て取り除くためにあらゆることをおこなうこと」であると述べる。私達の持つ知識の誤謬を取 り除く努力を重ねていくことで,クライエントの実在にあった真で、ある知識が見出されると考 えられる。知識は可謬的で誤りやすいものであるとし寸前提にたって,真理を探究していくの に,この誤りの探求と誤りを取り除く方略を探究しているのが,批判的思考と言えるのではな いだろうか。

また,今後の課題としては,欧米で活発に取り組まれつつあり批判的思考を授業の中で教授 するための方法の整理,開発,実践が挙げられる。またさらに,批判的思考がクリテイカル・

ソーシャルワーク等ソーシャルワーク実践モデ、ルの中で,どのような位置を占めていくのか,

概念・技術の整理とともに取り組んでいきたし、と考えている。

日│用文献〕

l  市川伸一編『認知心理学 H 東京大学出版会,

2  松岡敦子「アセスメントにおける技法とツールの意味 J W ソーシャルワーク研究~ Vo .   l 2 6   N o .  4 ,  2 0 0   , 1 p p . 5 ‑ 7  

3  ソーシャルワーク研究所「第 5 回公開シンポジウム ソーシャルワーク実践の大儀と対象 専門職と しての守備範囲を聞い直す J  ~ソーシャルワーク研究~ Vo   . l 3 0  N o .  1   , 2 0 0 4 ,  p p . 2 4  

ゲストの松岡はクリテイカルソーシャルワーク実践者の養成の必要性を述べている。

4  R o b e r t   H .   E n n i s .  A Taxonomy o f   C r i t i c a l  Thinking D i s p o s i t i o n s  and A b i l i t i e s ,  I n  Baron ,  J .   B .   &  S  t e r n b e r g ,  R .  J .   (E d ) ,  Teaching Thinking S k i l l s :   Theory and P r a c t i c e .   New  Y  o r k :   W.H:  Freeman and  Company ,  1 9 8 7 ,  p p . 9 ‑ 2 6  

5  井上尚美「アメリカの国語教育における批判的思考研究の流れ J W 東京学芸大学紀要 2 部門~ 3 3 号 , p p . 6 4  

6  佐藤豊道『ジェネラリスト・ソーシャルワーク研究・人間:環境:時間:空間の交互作用~ j l l 島書庖,

2 0 0 1 ,  p p . 3  

7  米本秀仁「社会福祉専門教育の課題教育現場と福祉現場の連携 J W 社会福祉研究』第6 9 号 , 1 9 9 7 ,  p p . 6 7 ‑ 6 8  

8  北川清一「児童領域における大学院教育に求められるもの 児童養護施設における実践理論研究を手 がかりに J  W ソーシャルワーク研究~ Vo   l . 3 0  N o .  2 ,  2 0 0 4 ,  p p . 3 7 ‑ 3 8  

9  道田泰司「批判的思考の概念 人はそれを何だと考えているか?一」琉球大学教育学部紀要第59 号 , 2 0 0   , 1 p p . 1 1 0  

1 7 3  

(12)

ソーシャルワーク教育における批判的思考の可能性(原)

1 0   道回泰司,上掲書, pp . l   0 9   1 1   北川清一,上掲書, p p . 3 9   1 2   北川清一,上掲書, p p . 3 9   1 3   井上尚美,上掲書, p p . 6 3 ‑ 6 4   1 4   道田泰司,上掲書, pp . l 1 0  

1 5   C o u n c i 1   on  S o c i a 1   Work  E d u c a t i o n , C u r r i c u 1 u m   P o 1 i c y   Statement  f o r   B a c c a 1 a u r e a t e   Degree  Programs" , 

http://www. c s w e .  o r g / a r r e d i t a t i o n / c u r r i c u 1 u m % 2 0  Po1icy/CPS b a c c .  htm 

1 6   John M i c h a e 1  S e e 1 i g , S o c i a 1  Work and t h e   C r i t i c a 1   T h i n k i n g  Movement" ,  J o u r n a 1  o f   Teaching i n   S o c i a 1  Work ,  Vo l .   5  ( 1 ) ,   1 9 9   , 1 p p . 2 7  

1 7   C a t h e r i n  A 1 e r   &  Marcia Egan , L o g i c  M o d e 1 i n g :  A T o o 1  f o r   Teaching C r i t i c a 1   T h i n k i n g  i n   S o c i a 1   Work P r a c t i c e " ,  J o u r n a 1  o f   S o c i a 1  Work E d u c a t i o n ,  3 3   ( 1 ) ,   1 9 9 7 ,  p p . 8 5  

1 8   E .   G a m b r i l l ,  S o c i a 1  Work P r a c t i c e :  A C r i t i c a 1  T h i n k e r ' s  G u i d e .  NY: Oxford U n i v e r s i t y  P r e s s ,  1 9 9 7 ,  p p . 7 3  

1 9   E .   G a m b r i l l , S o c i a 1  Work R e s e a r c h :  P r i o r i t i e s   and O b s t a c l e " ,  R e s e a r c h  on S o c i a 1  Work P r a c t i c e ,  Vo l .   4  N o .  3 ,  1 9 9 4 ,  p p . 2 6 2  

2 0   E .   G a m b r i l l ,上掲書, 1 9 9 7 ,  p p . 7 5  

2 1   S t a n 1 e y   L .   W i t k i n ,  "The  I m p 1 i c a t i o n s   o f   S o c i a 1   C o n s t r u c t i o n i s m   f o r   S o c i a 1   Work  E d u c a t i o n " ,  J o u r n a 1  o f  Teaching i n   S o c i a 1  Work ,  Vo .   l 4  ( 2 ) ,  1 9 9 0 ,  pp . 4 3 

2 2   K i a  J .   B e n t l e y ,  D i a n n e   F .   H a r r i o n ,  W a 1 t e r   W. Hudson , The Impending  Demise  o f D e s i g n e r   D i a g n o s e s " :  I m p 1 i c a t i o n s  f o r   t h e  Use o f   Concepts i n   P r a c t i c e ' ¥ R e s 巴 a r c hon S o c i a 1   Work P r a c t i c e ,  Vo .   l 3  ( 4 ) ,  1 9 9 3 ,  pp . 4 6 2  

2 3   Ann Marie Mumm  &  R o b e r t  C .   K e r s t i n g , Teaching C r i t i c a 1   T h i n k i n g  i n   S o c i a 1   Work P r a c t i c e   C o u r s e s " ,  J o u r n a 1  o f   S o c i a 1  Work E d u c a t i o n ,  Vo l .   3 3  N o .     , 1 1 9 9 7 ,  p p . 7 6  

2 4   Howard G o 1 d s t e i n , F i e 1 d  E d u c a t i o n  f o r  R e f l e c t i v e  P r a c t i c e :  A R e ‑ C o n s t r u c t i v e  P r o p o s a l " ,   J  o u r n a 1   o f  Teaching i n   S o c i a 1  Work ,  Vo l .   8  ( 1 / 2 )   , 1 9 9 3 ,  pp . l 7 7 ‑ 1 7 8  

2 5   カーノレ .R ・ポパー(小川原誠・蔭山泰之訳) w よりよき世界を求めて』未来社, 2 0 0 2 ,  pp . l 7  2 6   Shoshana Ringe   , l "The R e f l e c t i v e   S e l f :   A Path t o   C r e a t i v i t y   and I n t u i t i v e   Know1edge i n   S o c i a 1  

Work P r a c t i c e  E d u c a t i o n ぺ p p . 1 6 2 7   S t a n 1 e y  L .  W i t k i n ,上掲書, pp . 4 2  2 8   S t a n 1 e y  L .   W i t k i n ,上掲書, p p . 4 2  

2 9   Sondra Burman ,  " C r i t i c a 1  T h i n k i n g :  I t s  A p p l i c a t i o n  t o   s u b s t a n c e  Abuse E d u c a t i o n  and P r a c t i c e " ,  J o u r n a 1  o f  Teaching i n   S o c i a 1  Work Vo   l . 2 0  N o .  3 ,  2 0 0 0  

3 0   Ann Hartman  &  J .   L a i r d , Moral and E t h i c a 1   I s s u e s   i n   working  w i t h   L e s b i a n   and  gay Men" ,  Fami1y i n   S o c i e t y  Vo   l . 7 9  N o .  3 ,  1 9 9 8  

3 1   E .   G a m b r i l l ,上掲書, pp

1 2 8 3 2   E .   G a m b r i l l ,上掲書, pp . l 2 8   3 3   E .   G a m b r i l l ,上掲書, p p . 1 2 9   3 4   E .   G a m b r i l l ,上掲書, pp . l 2 9  

t

(13)

3 5   Shoshana R i n g e l ,上掲書, pp . l 6 

3 6   Ann Marie Mumm  &  R o b e r t  C .   K e r s t i n g ,上掲書, p p . 7 8   3 7   カーノレ 'R ・ポパー,上掲書, p p . 1 7  

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