熱帯医学 第1口巻 第5号:1ら1〜167亘,1968年11月 161
1967年長崎市近郷の保育園における アデノウイルス感染症の流行例
松尾幸子
長崎大学熱帯医学研究所ウイルス学部(主任:福見秀雄教授〕
(Received for Publication September9,1968〕
Investigation on Epidemic of Adenovirus Infections Occurred at a Day Nursery near Nagasaki City in 1967
Sachiko MATSUO
刀epartment軒rir浦野,J肘t加tepr Tr坤ieatp加血ine,
JVbgasakiUTliucr∫ilγ(Director:Prof.HideoFUKUMI〕
Abstract
The epidemic of pharyngo-conjunctival-fever among school-children had occurred in Nagasaki city in summer 1966 and it was demonstrated to be causative by adenovirus type 3 as previously described by authors. In the later part of June, 1967, acute febrile illness with lymphatic swelling and anorexia had outbroken in a day nursery near Nagasaki city. From 10 of 12 children suffered from febrile illness, adenovirus type 3 could be isolated and antibody rising against the virus in their sera was found too. The discre- pancy of clinical picture between the cases investigated in two epidemic occurred in 1966 and 1967 could be found. Most of cases in 1966 had typical pharyngitis and conjuncti- vitis and some of them had meningitis picture. However, all cases in 1967 had observed lymphatic swelling and anoresia.
It was assumed that children had been widely exposed to adenovirus type 1, 2, 4, 5, and 6 and might infect with them with inapparent clinical picture, furthermore, during these two years, adenovirus type 3 had been disseminated among children with apparent infection. It should be taken into consideration too that adenovirus type 7 which children many infect with apparent picture as similar as type 3 could be causative in epidemic of febrile illness in Japan.
長崎大学熱帯医学研究所業績 罪526号
162 松 尾 幸 子
緒 言 19摘年夏,長崎市内の小中学校の生徒に咽頭結膜熱,
所謂るプール熱が流行したが,19ら7年には長崎市の郊 外,西彼杵郡三和町において,幼児の熱性疾患の流行 が突発した.
1966年の咽頭結膜熱の流行は市内のプールを介して 児童,生徒の多数が曜患した.今回の三和町での発生
は,一保育園の園児の問に起きたもので,年令的には プール熟の場合よりも低く,5才からら才の幼児が隈
崖Lた.これらの患者からウイルス分離のための検体 及び血清を採取し,ウイルス学的検索を行なった結果,
その病因はアデノウイルス5型に起因する事が確認さ れた.
本論文ではアデノウイルス5型による1966年の咽頭 結膜熟の流行と今回,三和町で発生したアデノウイル ス感染症とを比較考察し,更に最近2年間に我国で発 生したアデノウイルス感染症についても概説する.
材料及び実験方法
ウイルス分離:不明疾患として訴えられた患者から_
咽頭拭液蛹び糞便を採取し,StrePtOmyCinlDDOT/rr!1,
Penicillinl0日Ou/mlを加えた1actalbumin加Hanks 破約2mlの中によく混和し一2DOcに保存した.実験 にほ検体を融解後,10,DODrpm,2Dmin冷凍遠心、沈澱 し,その上清を分離のための材料とした.ウイルス分 離にはHeLa細胞を用い,増殖培地には牛血清1D%,
StrePtOmyCinlDOT/ml,PenicillinlDOu/mlを加え た1actalbumin Hanks液を使用し,維持培地には 4%に仔牛血清を加えた1actalbumin Hanks液を e用いた.検体口.2mlを細胞チューブに接種した後570c で培養,5〜4日毎に保持液を東新し,約5週間観察
−を続けた.細胞変性(CPE〕の現われないものは更 に百継代を行ない,2代継代培養してもなお CPE 切発現をみない場合をウイルス分離陰性とした.分離 ウイルスは,アデノウイルス1型から8型の各抗血清 で中和試験を行なって型を決定した.
補体結合反応(以下補給反応):補二結反応及び中和 試験に用いた患者血清はウイルス分離のための検体採 取と同時に初回の血清巷採取し,その後2週間経過し て再び回復期血清を採取した.これらの血清ほ実験に 供するまで−2DOcに保存した.補姑反応の術式は Kolmerの変法による微量法で行なったi抗原にはア デノウイルスの5型(GiB.株〕をHeLa細胞に接 種し充分な CPE の出現の後,凍結融解を6回くり 返し,別DOrpm,20min遠心し,その上清を用いた.
中和試験:抗原はアデノウイルス5型と同定された 分離株を用いた.4倍階段希釈した非働化血清0.2ml にウイルス液0.2mlを加え,椚OC2時間保った後,
HeLa細胞培養チュプに0.2mlずつ接種しウイルス接 種の対照試験管のCPE出現より2日以上に亘って CPEを抑制する血清の最高希釈倍数在中和抗体価 とした
調 査 成 績 1.患者の発生状況
(a)1966年に流行した咽頭結膜熟
長崎市内にあるプールを介して,市内の学童・生徒 間に発生し,家族内感染など二次感染も含めて1966年 7月下旬から8月下旬に至るまで凡そ1ケ月余りの流
 ̄行があった.検査の対象となった患者は,54名であり その詳細は既報のようであるが,これらのうち特に27 名について,臨床症状及び実験成績を図1に示した.
感染の媒体がプールであり,その利用者の構成年令か らも察せられるように,5才の幼児から14才の中学生 二娃にまで及んでいるが,その大部分ほ10才前後の小児
であった.男女の比はプールに接する者の比に関連す るものと思われるが,凡そ2:1の割合であった.患 者ほ7月下旬から8月上旬にかけて最も多く,その後 の発生はまばらであって二次感染を予想させる状況で あった.
tbl19帥年長崎県西彼杵郡三和町における不明熱性 疾患の発生
本流行は長崎市近郊の西彼杵郡三和町における一保 育園の幼児問に発生したものである.1967年6月下旬 から凡そ10日間幼児問に流行した.罷患者はその保育 園内に限定されたので同保育園以外での患者発生を把
1967年長崎市近郷の保育園におけるアデノウイルス感染症の流行例 165
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1ら4 松 尾 幸 子 握することができなかった.患者は5才から6才の幼
児で,前年長崎市内にみられたプール熱の場合に比べ て低い年令層であり,また男女の差は認められなかっ た.患者の発生状況,臨床症状及び検査成績をまとめ たものは図2である.
2.臨床症状
1966年における咽頭結膜熟及び1967年における不明 熱性疾患の両者ともすべての患者に580c以上の発熱
が4〜7日間持続している.頭痛を訴えた者は1966年 の流行例では9D%,1967年の保育園の流行例では54%
にみられたが,これは患者の年令による訴えの差とも 考えられるi咽頭痛及び下痢は,学童を中心として発生 した咽頭結膜熟の場合には幼児問に流行した不明疾患 に比して明らかに多く認められたi一方,不明熱性疾 患の場合すべての患者にリンパ腺腫脹及び食恩不振が
Figi2 Summary of Epidemic of Febrile Disease Outbroken at Sanwa−Ch5,Nagasaki,1967
Rema「ks:See†ig.1 みられたが,咽頭結膜熟ではリンパ腺腫脹は僅かに1 別に認められたに過ぎなかったことば,両流行例の問 の著しい差異であった.更に,咽頭結膜熱の流行では,
弱度ながらも髄膜炎症状を呈する患者がみられたこと
も注目すべきことであった.アデノウイルス5型によ るこのような二つの流行例で,患者の臨床症状に著明 な差が認められたのは先ず児童の年令的個体差による ものと思うi
1967年長崎市近郷の保育園におけるアデノウイルス感染症の流行例 1ら5 3.ウイルス分離成績
1966年,長崎市に発生したプール熱については既に 報告したように25名中18名(ワ2%〕からウイルスが分 離された.分離ウイルスは標準抗血清との坤和試験を 行なった結果すべてアデノウイルス5型であることが 確かめられたi1967年,三和町の保育園で発生した熱 性疾患からは12名のうち10名(85%〕からウイルスを 分離することができた.分離ウイルスの1ロ株中9株は 中和試験によってアデノウイルス5型と同定され,残 りの1株はアデノウイルス1〜8型以外に屈する未同 定株であった.
4i血清学的検索
まず19摘年にみられた咽頭結膜熟の患者の調査成績 をまとめてみると次のようである.同一患者から急性 期蛹び回復期とも血清採取ができた17例のうち15例
(77%〕に補結抗体の4倍以上の上昇が認められた.
一方,中和抗体ほ17例中全例に4倍以上の抗体価の上 昇がみられ,咽頭結膜熱流行がアデノウイルスに起因 することを確かめた.本流行で特に注目されたのは,患 者血清中の中和抗体の上昇が全例にみられたのに比べ て,補結抗体の上昇がみられない例もあって中和抗体 の上昇と平行しないi三和町で幼児問に発生した不明 Tablel. Distribution of AdenovirusesinJapan(from the Report Published by
NationalInstitute of Health,Japan〕
1 9 6 6
type 1 U.R.I. Sporadic Tokyo , etc.
Diarrhea // //
Meningitis // //
type 2 U.R.I. Sporadic Aichi ,etc.
Meningitis // Osaka
type 3 U. R.I. Epidemic Kanagawa , Gifu
// Sporadic Kyoto , Shizuoka , etc.
P.C.F. Epidemic Nagasaki
type 5 U.R.I. Sporadic Shizuoka , etc.
Meningitis // Kyoto , Shizuoka
type 6 U.R.I. Sporadic Kyoto , etc.
Meningitis // Aichi ,
1 9 6 7
type 1 U.R.I. Sporadic Toyama, Aichi, etc.
Meningitis : // Aichi
type 2 U.R.I. Sporadic Kyoto , Fukushima , etc.
'/ Epidemic Aichi, Sapporo , Gifu
type 3 U.R.I. Sporadic Fukushima
// Epidemic Mie , Fukushima, Gifu
Shizuoka, Nagasaki, etc.
type 4 U.R.I. Epidemic Mie
type 5 U.R.I. Sporadic Tokyo , Fukushima, etc.
Meningitis. // Aichi
type 6 U.R.I. Sporadic Shizuoka
type 7 P.C.F. Epidemic Iwate
U.R.I. Sporadic Fukuoka
type 8 P.C.F. Epidemic Fukushima
type 16 U.R.I. Sporadic Kyoto
U.R.I. = Upper respiratory infection.
P.G.F. = Pharyngo-conjunctival fever.
166 松 尾 幸 子 熱性疾患の場合,12例中1例ほ,血清の量が少なく抗
体の測定ができなかったけれども残りの対血清11例中 5例を除いて補結抗体価は4倍以上の上昇を認められ た.また中和抗体ほ,11例のすべてに4倍以上の上昇 が認められた.
以上の2つの流行から7デノウイルス5型感染では 中和抗体の上昇が補結抗体のそれより優勢であること が推察された.このような現象は先ず血清採取の時期 に左右されることが考えられるが,曜患者の個体によ る差異のほか,7デノウイルスの構成要素自体の抗体 産生能をも考慮すべき必要があるものと思う.
既述のように,ウイルスの分離成績及び血清学的検 査から1966年の咽頭結膜熟の流行及び1967年の三和町 に発生した不明熱性疾患ほともにアデノウイルス5型 による流行例であることが確認された.
5i皐近2年間に発生Lたアデノウイルス感染症 1966年に学童問に流行した咽頭結膜熱及び1967年に 幼児問に流行した熱性疾患ほいづれもアデノウイルス 5型に因るものであった.ニッ木は19ら4年6月から 1966年2月までの1年8ケ月の問に長崎地方にみられ たアデノウイルス感染症を調査した結果,原因ウイル スとしてアデノウイルス1,2,5,5,6,11型及 び未同定株を報告し,分離株77のうち57株は5型であ り,次いで2,5型,1型,6型,11型の順に分離さ れたと述べているi国立予防衛生研究所腸内ウイルス 部のエンテロウイルスセンターに報告された国内での
アデノウイルス感染症をまとめたものは表1である.
19畠6年には上気道炎の病因としてアデノウイルス1,
2,5,5,6型む 咽頭結膜熟として5型,髄膜炎 として1,2,5,5,6型,下痢症との関連を認め た報告として1型が掲げられているi1967年には,前 年の発生型以外に4,7,8,16型が加わり,咽頭結 膜熱の流行病因として7,8型が岩手県,福島県地方 ̄
から報告されているiこのほか特に京都で16型による 上気道炎の幸艮告は注目すべきことと考えられたi我国 におけるアデノウイルスの浸淫は幼児期,低学年令層 で既に1,2,4,5,6型の抗体分布がみられてい
るように,これらの型は浸淫しかつ不願性感染型が多 いといわれている.これに反して3,7型及び1967年 福島に流行がみられた8型の抗体分布は低い.しかし 最近2年間に報告されているように神奈川,岐阜,京 都,静間,長崎,福島,三重など全国的に5型による 上気道炎又は咽頭結膜熱が流行し,木型の浸産のはげ
しさがうかがえるi主として顕性感染に経過する5型 と同様の7型蛹び特に我国では8型による流行はこれ まで1967年の岩手における咽頭結膜熟の流行と福岡に おける上気道炎の散発例が報告されているに過ぎない.
5型感染症の流行と対遮的に7型感染症が少ない理由 を説明する資料に乏しい.ともあれ,その起病性を考 慮するとき今後の7型及び8型による流行を警戒すべ
きであろうと思う.
捧 持 1966年7月下旬から8月下旬に亘って長崎市内でプ
ールを介して発生した咽頭結膜熱が流行したがその原 因ウイルスはアデノウイルス5塾であった.1967年6 月下旬に長崎市に近接する西彼杵郡三和町の某保育園 にリンパ腺腫脹を伴なう熱性疾患が発生し患者12名か らウイルス分離材料及び血清を採集しウイルス学的検 索を行なったところ,アデノウイルス5型を12名中9 名(75%〕から分離することができたi血清学的にも 補結反応及び中和試験を行なった結果,12名中11名
(91%〕及び11名中1D名(90%〕にアデノウイルス5 型による抗体価の上昇を認めた.全国的に最近2年間
に発生したアデノウイルス感染症を予防衛生研究所腸 内ウイルス部による報告からまとめると上気道炎,咽 頭結膜熟,髄膜炎,下桁症の病因として1966年には アデノウイルス1,2,5,5,6型が,1967年には
1,2,5i4,5,ら,7,8,16型が拡がってい るのがみられる.アデノウイルス1,2,4,5,6 型の浸淫に比し,5型ほ最近2年間に全国的に拡がっ ていることが推察された.5型と類似して顕性感染を 主として起すと考えられる7型の流行がみられない】里 由は説明できないが,今後同型の浸淫を警戒すべきで あろう.
本論文の要旨は昭和45年6月2日,帯21回目本伝染 病学会西日本地方総会(於鹿児島〕において発表したi
稿を終るに当たり材料採取に御協力下さいました逓 信病院小児科,原爆病院小児科,白髪医院,松永医院,
長崎保健所の各先生方に厚く細孔申し上げます.また,
御校閲を賜わりました林薫助教授に心から感謝いたし ます.
19椚年長崎市近郷の保育園におけるアデノウイルス感染症の流行例 167
文 献
1〕 Fukum王, H., Nishikawa, F. et al :studies
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5) Kawana, R., Kaneko, M. et al : An Outbreak of Pharyngoconjunctival Fever due to Adenovirus Type 3. Jap. J・ Microbiol・, 10: H9‑
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6)国立予防衛生研究所学友会編:ウイルス実験学練 絹, 1964.
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8〕甲野乱作,福見秀雄ら:アデノウイルスに関する【
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14〕坪崎治男,小野義三ら:Adenovirus3,7型によ る咽頭結膜熟の流行.医学と生物学,66:202,1963・