長崎大学教養部紀要(人文科学篇) 第24巻 第2号 61‑95 (1984年1月)
植民地時代の朝鮮における個人消費 支出の推計 ‑1913〜1937‑
寺崎康博
ESTIMATE OF PRIVATE CONSUMPTION EXPENDITURES OF CHOSEN DURING
THE COLONIAL PERIOD
‑1913〜1937‑
Yasuhiro TERASAKI
Abstract
The private consumption expenditures (PCE) in the framework of national account statistics are constructed for Chosen during the colonial period, 1913 to
1937. Commodity flow approach is thoroughly employed for the estimation. The PCE show a slight growth over the period. However, no gradual increase is ob‑
served; rather long stagnant period continues. Moreover, the composition does not necessarily imply the improvement in the standard of living, either.
1.はじめに*
本稿は日本の植民地となっていた朝鮮の消費水準を国民所得統計の枠組に基 づいて推計すること、及びその時系列的な変動の統計的な分析を行うことを目的 としている。朝鮮は「旧日本帝国」の植民地としては人口、経済規模ともに最 大のものであり、しかも台湾の場合と同様に同化政策が計画された地域でもあ
った。その朝鮮について日本領有以後の生活水準がどのように変化したのかを 枠組のしっかりした統計を基礎に評価をすることは重要である。次節で概観 するように生活水準をめぐる研究業績も数多いが、総合的な消費水準を推計し
たものは見当らない。ここに本稿の第一の意義がある。
一方、個人消費支出は国内総支出(GDE)の中では最大のシェアを占め、同 時期の台湾では70‑80%、朝鮮ではそれ以上であることが予想されるGDE の値を確定するにはこの消費支出が鍵となるわけである。既に溝口〔1981〕で
はGDEの他の項目及び国内総生産(GDP)の値が推計されているので、本推 計と合わせることにより国民所得統計が完成する。ところで、国民所得統計は 堅牢な概念に裏付けられた高度な加工統計体系であり、経済活動をマクロ的に 把握する基礎と考えられている。従って、今日アジアの中進国としてその高度 成長が注目されている韓国経済の初期条件を検討する上でもこのような推計結 果は役立つであろう。
なお、叙述の構成は筆者の台湾に関する推計(寺崎〔1981〕)とほぼ同じであ る。すなわち、まず、次節では生活水準に関する業績を概観し、要点の整理を 行う。本稿で作成するような加工統計にとってはその資料と推計手続きが明ら かにされていることが重要である。そのため、第3節で基礎となった資料と推 計方法の一般的な検討を行い、 5節と6節では詳細を推計手続きについて述べ
られている。朝鮮は台湾に比して工業統計がかなり複雑なのでその説明も加え ている。推計結果の検討と若干の分析は第4節で行われ、第7節で結びとする。
推計結果の全体は付表としてまとめられている。
2.生活水準をめぐる見解
日本の植民地下におかれた朝鮮にとって、 (1)1912年の土地調査令による土地 取上げの問題、 (2)1910年の会社令による会社設立の差別的取扱いがその後の農 業、工業の発展の大き鯛胸となったことが一般に指摘されている02)従って、
このような時代の朝鮮経済に関する研究は数多いが、被支配者である朝鮮人の 経済活動へのかかわり方が受身的にならざるを得なかったことを明らかにする ものが多い。そのうち生活水準に関するものとしては、産米増殖計画の稲作技 術近代化の推進で農家の収支バランスが悪化し、小作化が進んだという事が挙
げられよう。しかも、増産された米は主として日本に移出され、朝鮮内の消費 は下落したことが指摘されている。この点を統計的に明らかにした先駆的業績 としては東畑‑大川〔1935〕がある。特に次の点が注目される。
(1)米の1人当り鮮内消費は大正4‑8年平均で0.71石、昭和5‑8年平 均で0. 45石で約37%の減少。
(2)同様に米を含めた穀類消費は2.03石から1.67石、約18%の減少で、幾 分米の減少分を補っているが十分ではない。
しかし、後に東畑‑大川〔1939〕は産米増殖計画の過程で米の収穫高統計が 過小評価されていることを考慮し、その調整を行っている03)そうすると、上記
植民地時代の朝鮮における個人消費支出の推計1913‑1937 ‑
の2点は次のように修正される。
(1)昭和5‑8年平均で0.62石となり、減少率は13%にとどまる。しかし、
昭和9‑11年平均でも0.5石であり、減少傾向は続いている。
(2)穀類全体では1.84石、約9%の減少にとどまる。
一方、 Sub 〔1978〕はこの点に関し、米、大麦、粟の消費から1日1人当り のカロリー摂取量の推計を行い、同種の結論を導いている.4)すなわち、大正年 間にはカロリー摂取量に著しい傾向は見られないが、昭和に入って徐々に減少 し、昭和5‑10年の間で最低に達している。
これら穀類消費からの分析に対し様々な角度から生活水準を論じたものに劉
〔1971〕がある。その中でも横断面分析では農民についてはその経営収支状況、
労働者については労働時間、賃金の日本との比較を行い、それぞれ困窮具合を 分析している。また、細民、窮民である土幕民については家計支出について検 討し、エンゲル係数71%、被服、住居、光熱費を含めた支出は96%にも達する ことを明らかにしている。しかし、本稿との関係では実質賃金指数の作成が注 目に値する。それは朝鮮銀行の作成した名目賃金指数を卸売物価指数でデフレ ートすることにより求められているが、その変動の特徴は次の2点に要約でき よう。
( 1) 1910‑14年にかけては‑3.4%、 1915‑20年では2.4%、 1921‑29年で は0.02%、 1930‑40年では‑4.1%の成長率を示し、 1920年代がほぼ不 変、 30年代は下降傾向にある。
2) 1912‑3年頃と1935‑6年頃ではほぼ同一水準になる。
すなわち、起伏があるにせよ生活水準はほとんど変わらなかったことになる05) 一方、 Mizoguchi 〔1972〕、及び溝口〔1975〕は賃金指数の作成及び、デフレ ーターに卸売物価指数を利用することの両方に疑問を提起し、新たな信頼性の 高い系列を推計している。そして、 1912年から1938年までについて製造業には 消費者物価指数、農業には農産物価格指数でデフレートすることにより実質賃 金を求め、次の事実を見出している。
( 1)農業労働者の実質賃金は1910年代には上昇を示すが、 1920年代後半か ら下降したためほとんど一定であったと言ってよい。
( 2)製造業労働者については1920年代前半から1930年代初期まで上昇し、
その後下降している。
農民の割合が圧倒的に多い朝鮮では生活水準の指標としては農業労働者の方が 重要と考えられるので、結論では劉氏の実質賃金率に関する結果とほぼ同じと
みてよいであろう。
さらに、溝口〔1975〕では暫定的ながらもここで推計された名目賃金指数を 利用して個人消費支出の水準も推定している.6)それによると1911年から38年の
27年間に実質(1934‑36年価格)で3.12%、 1人当りでは約1.12%の成長率を示 す。これは少いながらも増加を示す値であるが、期間を区切ってみると高い成 長は前半に集中し、 1人当りでは1920年代から30年代半ばまではゼロ成長とな っている。
最後に、本稿と同じコモディティフロ‑法を基礎としたSuh 〔1978〕の消費 財の国内消費推計による結論とその問題点を整理して次節以後の準備としよう。
まず問題点として次の5点が挙げられよう。
(1)サービス消費を除いていること。
(2)個々の品目別ではなく大雑把な分類によっている。
(3)在庫調整はしていない。
(4)運輸マージン等は考慮していない。
(5)毎年の推計値が求められていない。
特に物財消費に限る場合でも(2)は品目の網羅性を失わせる傾向がある。以上の ような制約はあるが、推計結果から得られる結論をまとめると次のようになる。
1 1人当り実質金額(1936年価格)で1919/21年から1934/36年の15年 間で消費は、 18.2%の増加を示す(年率で約1.0%)ただし、 1930年 代初期まではゼロ成長である。
(2)この増加は食費以外の消費により、食費自体は13%の減少である。
(3)食費のうち、穀物消費の低下をある程度加工食品で補っているが十分 ではない07)
この結果は東畑吉大川の結果を含むものと考えてよいであろう。さらに溝口の 個人支出指標と時期のズレはあるが類似の傾向を示している。これらを考え合 わせると消費水準全体としては傾向的な低下はみられなかったということで一 致を見ると判断してよい。ただ、食費全体の水準や消費水準全体について不変 であったのか、あるいは増加を示したのかについては微妙な面を含んでいる。
この点については本稿の推計により第4節で検討を行うことにしよう。
3.資料と推計法
消費額推定のために本稿のとる方法は個々の商品の生産、輸移出入をたどる
植民地時代の朝鮮における個人消費支出の推計‑ 1913‑1937
コモディティフロー法であるが、ここではその基礎となった資料及び推計のい くつかの前提条件について触れておくことにする。まず資料について。統計は総 て総督府の調査によるものである。この点については異論があるかもしれない。
批判的立場からは支配者側の調査では都合の惑い面が隠され、数値に信頼がお けないという主張ができよう。しかし、大量のデータを互いに予盾なく手直し をするというのは案外難しく、一般にはつじつまの合わない所がでてくるもの である.8)むしろ数値の変更より分類の表章変更で細かい点をぼかしてしまうと いう可能性の方が強い.9)しかし、この場合では一応推論の可能性が残されてい る。しかも事実上利用できる唯一の統計資料源とも言えるので注意深い取扱い により結果の信頼性をできるだけ維持できるように努めた。
さて、この時期の統計表を個々の項目について時系列的にみていくと、古い 時代の値が欠けているものが多い。農産物の統計では野菜や果物等に典型的に みられる。生産がなかった場合と生産されていたが調べられていなかった場合 の2つが考えられるが、後者では一定のふくらましを行う必要が出てくる。し かし、コモディティフロー法にとってもっと面倒なのは、このような拡大にと もなって品目分類が変更される場合である。これは特に工業製品の統計に著し い。加工食品及び食品以外の消費支出についてはこの工業統計が基礎となるの でここで注意すべき点をまとめておくことにする10)
まず、 『統計年報』の商業及び工業の部には職工数5人以上の工場を対象にし た「工業生産」と4人以下も含めた「工産品産額」の2系列がある。
統計表を詳しくみると、両者の関係は単に家内(小規模)生産を除くか含め るかという単純なものではないが11)本稿の目的には工産系列で十分である。
しかし、工産系列の公表形態は一様ではなく、分類の精粗からみて少なくと も(1)大正2‑7年、 (2)大正8‑昭和2年、 (3)昭和3‑4年、 (4)昭和5‑12年に 分けられる。特に、昭和3年には生産品目の整理が行われ、累年表では同一品 目のみ取出して遡及している。このため昭和2年以前の道別工産額等は既公表 値より過小になっているので、個々の系列を見ていく時にも注意が必要とな る12)この分類の変化は工業の発達にともなうものと考えられるが、古い時代は ど一般的に調査品目のカバレッジは低いとみてよいのでふくらましが必要にな る。しかし、個々の系列を取出していく場合にはその調整が難しいので断念し た。また自家消費分の取扱いも一様では射)が、調整はしていなしゝ13)
次に推計方法について。コモディティフロー法では原料消費の控除、運輸、
卸売、小売の各種マージン率及び家計消費に向う配分率の見積りが鍵となる。
朝鮮の統計ではこれらの値を算定する資料が不足しているので、日本に関する 篠原〔1967〕、台湾に関する寺崎〔1981〕を参考にして決めざるをえなかった。
また、推計期間も工産品生産に関する資料の制約から1913‑1937年とした14)品 目分類は筆者の台湾に関する推計と同様新SNAの目的分類に従っている。
4.推計結果の検封と分析 4. 1.個人消費支出の変動
推計結果全体は付表にしてまとめてあるが、ここではその値についての検討と 若干の解釈を試みる。なお、立入った分析はインプリシットデフレーター方式に よる実質額の算定をまってから行うことにし、とりあえず溝口〔1975〕の消費者 物価指数を利用して消費支出合計と食料費合計についての実質額を求める。こ れだけでも2節で概観した消費水準については評価できよう。また、支出の費 目別構成比については名目値でも結論に大きな変更はないと考えてよいであろう。
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!被服類
家具等20
10
1913 1915 1920 1925 1930 1935 1937 1913 1915 1920 1925 1930 1935 1937
図H個人消費支出の遵努(当年価格)図1‑2個人消費支出の洩努(当年価格)
植民地時代の朝鮮における個人消費支出の推計‑ 1913‑1937 67
図1は個人消費支出及びその構成費目の時系列変動を示したものである。こ の図をみると、個人消費支出が日本、台湾の場合と全く同じ動きを見せている ことがわかる15)費目によっては若干の異なった面を見せる場合もあるが、全体 としては大きなシェアを占める食費の動きによって左右されている。際立っ点 は第1次大戦による浮き上がりと大恐慌による沈みであるが、物価変動を反映 したものと言える。
もう少し詳しく各費目間の関係を見るために、その構成比の変化を調べてみ ることにしよう。傾向的な動きを見るために3カ年ずっの平均をとったものを 示したのが表1である。
表1個人消費支出の構成(%)、 3力年平均
午 食 料 被 服 類 家 賃
光 熱 費 家 具 等 医 療 等 交 通
通 信
教 養
娯 楽 そ の 他
1 9 1 3 ‑ 1 9 1 5 5 7 .4 8 .1 2 1 .5 1 . 0 0 .8 1 .3 1 .1 8 .9
1 9 1 6 ‑ 1 9 1 8 5 5 .8 l l .1 2 0 .5 1 . 1 0 .9 1 .4 1 . 1 8 .0
1 9 1 9 ‑ 1 9 2 1 5 7 .0 l l .6 1 6 .8 1 .4 0 .7 I .7 1 .2 9 .6
1 9 2 2 ‑ 1 9 2 4 5 4 .9 l l .4 1 7 .3 1 .7 0 .8 2 .2 1 .7 1 0 .0
1 9 2 5 ‑ 1 9 2 7 5 6 .2 1 2 .0 l l .9 1 . 8 0 .9 2 .4 2 .0 1 2 .9
1 9 2 8 ‑ 1 9 3 0 5 3 . 3 l l .4 1 2 .7 1 .9 1 .7 3 .5 2 .5 1 3 .0
19 3 1 ‑ 1 9 3 3 5 4 .7 1 2 .1 1 3 .2 2 . 1 2 . 1 2 .2 2 .8 1 0 .8
1 9 3 4 ‑ 1 9 3 6 5 5 .2 1 3 .8 1 4 .9 2 .1 2 .2 2 .5 2 .2 7 .3
その特徴は次のようにまとめることができよう。
(1)食費は55%前後、被服・はきものは11‑2%であまり変らない。
(2)家賃・光熱費は12‑20%の間で変動し、ぶれが大きい。
(3)その他の費目は年を追うごとに徐々にシェアを伸ばしている。
(4)第1次大戦前後では食費のシェアが高くなるが、大恐慌後では食費が 落ち、交通、通信費、その他の費目のシェアが高くなっている。
このうち(4)については日本、台湾にも共通に観察できる事実であり、興味深い。
また、 (3)は都市化、工業化の進展にともなう傾向で、やはり日本、台湾と共通 である。
ところで、家賃・光熱費の大正初期のシェアは大きすぎる感じを与える。こ れはデータを詳しくみていくと薪等林産燃料の消費額の影響である16)
このことを評価するために、他の調査及び推計による支出構成比を示したも のが表2である。この時期の農家に関する家計調査の光熱費と住居費の合計は 支出全体の12玖1963年の薪市家計については21%を占める17)前者は帰属家賃
表2支出構成比の比較{%)、当年価格 農 家 都市家計
19 30 19 63 食 費 7 5 5 4 被 服 費 6 6 住居 .光熱費 12 2 1
雑 費 8 19
S uh 推 計
1919 / 2 1 19 24/ 26 1929 / 3 1 193 4/ 36
食 費 8 4 76 6 9 68
被 服 費 10 12 12 13
そ の他 6 12 19 19
(出所)註17参照Suh推計はSuh〔1978〕第26表より計算したものである。
分を含んでいないので異常な値とも言えか、。しかも、大正初期を除けば日本に ついての値とも比肩するものである。他の費目と比べて変動の激しい点は日本 や台湾にも観察できるので、朝鮮だけが例外というわけではない。なお、気候 が異なるので台湾との比較ではシェアに大きな開きが出てくることに留意すべ きであろう。この点については被服・はきもの類も同様である。ところで、シ ェアの値自体については先に引用した家計調査の6%と比べるとかなり高めで ある。しかし、 Suhの消費財推計では被服のみのシェアは10‑13%ほどである。
これにはきもの類を加えて、サービスを含む筆者の推計値との比をとれば10%
前後になる。この値は日本についてのものとほぼ同じ水準でもあり、かなり妥 当性の高いものと判断してよかろう。
エンゲル係数についても同様の比較検討を行う。まず、農家の家計調査と比 べるとシェアはかなり低めである。被服費では逆の希離が見られる。現金支出 のみであること、帰属家賃を含まない等比較ベースが異なる面も多いが、これ までの検討を考え合わせるとこの調査は必ずしも代表的な農家の消費「構造」
を表わしたものとは言いにくい面を持っている。偶然かも知れないが、本稿の 推計結果が都市家計についての値とかなり類似しているのは興味深い。 Suh推 計では約20%ほど差引くと筆者の消費水準に対する割合となる。昭和初期でほ ぼ同じシェアとなるが、 Suh推計ではシェアが傾向的に低下をみせる点が異な る。特に大恐慌時以後の値が低すぎるように思われる。次に変動傾向について みると、日本や台湾の場合と際立った違いを見せているのが特徴である。大正 初期において日本では65%、台湾では72%18)から徐々にシェアを下げてきたが、
朝鮮ではシェア自体も小さくほとんど変わっていない。これは2節で概観した ように、食料消費問題の深刻さを改めて表わしたものと言えよう。ただ、シェ アの若干の低下は見られるが、際立つ傾向とは言えない。実質額については次 の項で議論する。
植民地時代の朝鮮における個人消費支出の推計‑ 1913‑1937 ‑
表3個人消費支出費目別名目以上のようなシェアの変化は費目ごとの 成長率(1913‑37年平均)平均成長率19)を求めると一層明瞭になる。
食 料 4 .5 0 %
被 服 等 6 .4 8 %
家 賃 . 光 熱 2 .31 %
家 具 等 8 .54 %
医 療 等 10 .5 7 %
交 通 . 通 信 8 .26 %
教 養 . 娯 楽 9 .5 0 %
そ の 他 4 .77 %
個 人 消 費 支 出 合 計 4 .68 %
個人消費支出の成長率より高ければシェア を伸ばし、低ければ下げるからである。表 3はこのことを裏付けている。消費支出の 成長率4.68%に対し食費4.5%である。これ に対し、医療費、教養・娯楽、教育費、交 通費、家具等は8%以上の伸びを示してい
る。
表4実質個人消費支出(1934‑36年価格)
午 実 質 個 人 消 費 支 出 1 人 当 り 実 質 イ 国 人
( 千 円 ) 消 費 支 出 ( 円 )
1 9 1 3 8 0 9 9 6 9 5 2
1 9 1 4 8 2 0 3 7 8 5 1
1 9 1 5 8 6 6 0 1 1 5 3
1 9 1 6 8 7 1 1 6 2 5 2
1 9 1 7 9 6 1 6 6 8 5 7
1 9 1 8 1 0 8 0 1 6 9 6 3
1 9 1 9 1 2 1 3 7 9 0 7 1
1 9 2 0 1 0 3 3 4 9 4 6 0
1 9 2 1 1 1 0 9 0 1 2 6 4
19 2 2 1 0 4 0 2 2 2 5 9
1 9 2 3 1 1 5 0 7 3 1 6 4
19 2 4 1 2 1 7 9 7 4 6 7
1 9 2 5 1 2 4 2 6 7 7 6 5
1 9 2 6 1 3 4 9 2 7 8 7 1
19 2 7 1 4 1 0 4 4 8 7 4
1 9 2 8 1 4 3 3 8 8 6 7 5
19 2 9 1 3 6 4 5 6 5 7 1
1 9 3 0 1 2 9 2 6 8 1 6 4
1 9 3 1 1 3 2 8 6 3 3 6 6
1 9 3 2 1 3 0 9 9 7 3 6 4
1 9 3 3 1 5 8 2 0 3 7 7 6
19 3 4 1 7 4 8 3 8 5 8 3
1 9 3 5 1 9 1 7 9 4 3 8 8
19 3 6 2 0 5 7 1 3 2 9 3
1 9 3 7 2 0 5 2 2 5 3 8 8
(出所)付表A6、 A7
次に、この項の初めに述べた 方法で実質額と1人当り実質額 を求めると表4のようになる。
その平均成長率は3.51%、 1人 当りでは1.99%であり、実質個 人消費支出では台湾の3.92%、
日本の2.79%の問にある。 l人 当りでは台湾1.85%、日本1.52%
なので1番高いことになる。や はり、少しずつであるが朝鮮に おける消費水準は上昇していた ことになる。日本に対し台湾で は格差があまり縮まらなかった が、朝鮮ではやや改善が見られ たということになろう。Suhの 1人当り実質額でも1919年から 1936年にかけて年平均約1 %の 成長を示している20)ただ、期間 別にみると筆者及びSuhの両推 計とも1920年代はゼロ成長であ ることは注目に値しよう。成長 は大正初期と昭和7、 8年以後 のことである。ただ前者は統計 調査の対象が十分でない期間で
もあるので割引いて考える必要があり、実際には戦時色の強まりとともに工業 化が進む後者の期間の方が重視されるべきであろう。
4.2.食料消費の変動
朝鮮の生活水準を評価する上で食料消費は大きな問題であった。日本、台湾
I
と比べてエンゲル係数の水準が低く、しかも傾向的に変化しないという特徴も あった。ここではこの点について詳しく検討してみることにしよう。まず、表5 は食費の実質額と1人当り実質額を示したものである。デフレーターは溝口
〔1975〕の食費に関する物価指数である。実質額は1913年から1937年までの24 表5実質食料消費(1934‑36年価格)
午 実 質 食 料 消 費 1 人 当 り 実 質 食 料
(千 円 ) 消 費 (円 )
1 9 1 3 5 4 2 0 3 2 3 5
1 9 1 4 5 8 5 7 8 7 3 7
1 9 1 5 6 1 0 9 1 5 3 8
1 9 1 6 6 4 2 0 4 8 3 9
1 9 1 7 7 0 1 6 9 3 4 1
1 9 1 8 7 0 6 8 3 0 4 1
1 9 1 9 7 6 6 7 2 8 4 5
1 9 2 0 6 9 2 7 1 4 4 0
1 9 2 1 7 5 2 8 2 8 4 3
1 9 2 2 6 5 6 9 5 1 3 7
1 9 2 3 6 7 2 8 1 5 3 8
1 9 2 4 6 9 4 3 1 5 3 8
1 9 2 5 6 9 2 8 6 9 3 6
19 2 6 7 7 7 3 8 0 4 1
19 2 7 8 1 8 3 7 3 4 3
19 2 8 8 2 4 5 2 7 4 3
19 2 9 7 5 8 8 3 7 3 9
19 3 0 7 1 0 9 6 3 3 5
19 3 1 8 2 7 9 8 3 4 1
19 3 2 8 0 7 3 5 6 3 9
19 3 3 9 2 6 1 8 0 4 5
19 3 4 9 8 3 9 7 2 4 7
19 3 5 1 0 2 2 5 4 9 4 7
19 3 6 1 1 4 5 4 4 5 5 2
19 3 7 1 1 7 5 2 0 3 5 0
(出所)付表A6、 A7
年間で年平均2.38%の成長、す なわち約76%の増加である。 1 人当りでは年平均0.88%の成長 で、 23%の増加となる。全体と してはわずかずっであるが、改 善の方向を読みとることができ
る。これは従来の結論と異なる ものであり注目すべき点である。
しかし、期間を区切ってみると、
この増加は大正初期と昭和8年 以後の成長のためであり、この 間の年ではむしろマイナス成長 を記録していることには留意が 必要であろう。また、 1人当り 実質額を日本、台湾と比較した ものが表6にまとめられている が、日本との格差がほとんど縮 小していないこと、及び大正初 期には台湾とほぼ同じ水準にあ ったものが次第に差が拡大して いったことが読みとれる。
次に費目別構成比の変化を見 てみることにしよう。表7はそ
植民地時代の朝鮮における個人消費支出の推計1913‑1937 ‑ 71
表6 1人当り実質食料消費の比較(%)の要約表であるが、次の3点が特徴として
午 朝 鮮 朝 鮮
日 本 台 湾
19 13 43 86
19 14 47 100
19 15 45 99
19 16 46 102
19 17 48 100
19 18 47 104
19 19 47 98
19 20 42 65
19 21 43 70
19 22 37 61
19 23 37 6 1
19 24 38 57
19 25 36 51
19 26 40 59
19 27 42 62
19 28 43 58
19 29 40 54
19 30 36 48
19 31 42 69
19 32 42 55
19 33 45 71
19 34 48 74
19 35 49 65
19 36 54 75
19 37 53 79
(出所)篠原〔1967〕及び寺崎〔1981〕
挙げられる。
(1)穀類消費の構成比自体は50%以上 でかなり高く、しかも米を除く雑 穀消費が20‑30%も占めている。
(2)食費に占める米の消費「額」の割 合は傾向的に減少している。穀類 消費全体についても同様である。
(3)その減少分だけ他の費目は総てシ ェアを増加させているが、特に増 加の目立つのはその他加工食品、
酒類、煙草である。
ところでこれらの事実について次のような 解釈が可能であろう。まず、構成比の値自 体についてはほぼ妥当なものと考えてよい。
これは日本についての篠原推計と比較して も穀類のシェアのレベルが異なる点以外に 著しい差は見られないこと、先に引用した 都市家計の食費支出の構造とも類似するこ とからの判断である21)特に、後者の場合、
米の消費シェアは約50%、麦のそれは8%
程度であることは(1)と比べると興味深い。
すなわち、日本と比べると麦類の消費が多 表7食料消費の構成(%)、 3力年平均
午 穀 類
米
野 菜 果 実 水 産 物 肉 類 茶 砂 糖 煙 草 酒 類 そ の 他
加 工 食 品
1 9 1 3 ‑ 1 9 1 5 4 2 .8 7 4 . 3 6 .4 4 .9 6 .2 0 . 1 0 .3 1 . 8 3 .2 2 .8
1 9 1 6 ‑ 1 9 1 8 4 2 .6 6 6 .5 9 .7 6 . 2 6 .4 0 . 1 0 .3 1 . 9 5 .2 3 . 8
1 9 1 9 ‑ 1 9 2 1 4 1 .2 6 6 .9 8 .4 4 .9 6 .8 0 .0 0 .4 2 . 0 5 .9 4 . 7
19 2 2 ‑ 1 9 2 4 3 8 .7 6 1 . 5 9 .4 6 .0 5 .8 0 . 1 0 .4 3 . 0 8 .2 5 . 6
1 9 2 5 ‑ 1 9 2 7 3 2 .9 5 8 . 6 l l .3 6 .0 5 .3 0 . 1 0 . 5 3 . 7 8 .2 6 . 3
19 2 8 ‑ 1 9 3 0 2 7 .1 5 5 . 3 9 .4 7 .8 6 .3 0 . 1 0 . 4 5 . 1 8 .6 7 .0
19 3 1 ‑ 1 9 3 3 2 8 .4 5 1 . 1 8 .8 8 .9 7 .6 0 . 1 0 .3 6 . 0 8 .7 8 . 6
1 9 3 4 ‑ 1 9 3 6 2 8 .6 5 1 .2 早 .1 7 . 1 7 . 6 0 . 1 0 . 3 5 . 3 9 .0 l l . 2
いのが特徴である。それにしても戦前期の値は特別であり、 2節で概観したこ とをある程度裏付けている。通常の場合であれば(2)、(3)のような動きは食生活 の高度化を意味するのであるが、朝鮮では事情が必ずしも楽観的ではない。 1 つの理由はこれらの品目が工産品統計に関するもので大正初期には品目把握が 十分でないことから、見かけの成長を示す。従って少し割引いて考える必要が ある。このことは1人当り実質額のわずか封申びが魚肉類等カロリーの高いも のの消費をそれほど拡大させなかったことからもうなづけよう。いずれにして も、消費水準自体の増加は確認できたが、必ずしも内容をともなったものとは 言いにくい面をもっている。
表8 GDEとGDPの比較
(当年価格:千円)
午 (1 G D P (2 )溝 冒 D= E草 d奇 旦 忘 ㌣ 0/0
1 9 1 3 6 6 2 6 0 2 5 6 9 8 1 4 1 6
1 9 1 4 6 13 4 8 6 5 4 3 8 9 5 1 3
1 9 1 5 6 16 0 3 6 5 5 7 5 6 2 1 0
1 9 1 6 6 9 10 9 3 6 0 6 8 9 6 1 4
1 9 1 7 9 0 16 0 9 8 2 5 7 4 5 9
1 9 18 1 3 6 2 0 6 5 12 2 6 3 9 7 l l 1 9 1 9 1 7 2 4 4 7 2 17 7 1 6 4 2 ー2 1 9 2 0 1 9 4 4 9 4 6 17 1 9 9 0 1 1 3
1 9 2 1 1 6 7 10 4 5 16 2 8 7 4 6 3
1 9 2 2 1 7 8 4 2 4 7 1 5 5 3 5 4 6 1 5 1 9 2 3 1 7 7 8 9 5 0 16 8 3 5 3 5 6 1 9 2 4 1 8 8 8 5 7 6 1 8 1 1 8 4 1 4
1 9 2 5 1 9 4 19 6 4 18 4 6 4 3 6 5
1 9 2 6 1 9 19 4 6 4 18 7 5 2 8 4 2
1 9 2 7 1 9 1 59 7 3 1 8 7 4 3 8 5 2 1 9 2 8 1 8 4 0 0 7 8 18 7 1 9 1 9 I l
1 9 2 9 1 8 29 14 3 1 7 7 8 9 4 3 3
1 9 3 0 1 5 3 29 8 2 1 5 0 1 5 0 1 2 1 9 3 1 1 4 7 29 9 3 1 4 0 2 1 3 6 5 1 9 3 2 1 6 4 1 16 0 1 4 2 6 0 2 8 1 5 1 9 3 3 1 7 6 9 1 1 7 1 6 6 0 2 5 2 7
1 9 3 4 1 9 5 16 0 4 18 8 3 5 3 6 4
1 9 3 5 2 2 4 7 0 9 3 2 1 4 9 5 8 4 5 1 9 3 6 2 4 16 7 2 2 2 4 5 9 2 8 6 一1 1 9 3 7 3 0 12 0 1 5 2 5 1 7 1 6 0 2 0
4.3. GDEとGDPの比較 この節ではGDE国内総支出) の主構成要素である個人消費支 出が推計されたので、 GDP (国 内総生産)と比較することによ り推計値自体の妥当性を検討し よう。デフレーターが異なるの で当年価格のものが比較される。
また、 GDPとGDEの個人消費 支出以外は溝口‑野島〔1981〕
で求められている22)今、筆者の 個人消費支出を加えたものを GDEの溝口‑寺崎推計と呼ぶ ことにすると、 GDPと比較した 結果が表8に示されている。全 般としてGDPの方が大きめであ る。特に大正初期ではGDPの大 きさが目立つが、これは筆者の 個人消費支出の工産品について ふくらましが行われていないこ とに帰因しよう(3節参照)。し かし、独立に行われたこの種の 推計としては、 1923年以後は極
植民地時代の朝鮮における個人消費支出の推計‑ 1913‑1937 ‑ 73
表9溝口個人消費支出指揮との比較 (当年価格:千円)
午 (1 )豊 呈 雷 蒜 漂 (2 )讐 会 消 費 上 吏
(2 ) 1 9 1 3 6 6 2 6 6 2 5 6 1 9 5 7 1 .1 8 1 9 1 4 6 5 6 1 7 3 5 2 3 8 9 3 1 .2 5 1 9 1 5 6 5 2 8 8 5 5 2 1 5 9 9 1 .2 5 1 9 1 6 5 3 3 5 5 7 5 7 4 5 3 1 0 .9 3 1 9 1 7 6 5 6 6 0 7 7 7 9 2 3 9 0 ー8 4 1 9 1 8 1 1 8 6 1 4 9 1 1 3 0 3 9 7 1 .0 5 1 9 1 9 1 8 0 7 2 3 0 1 7 0 0 0 3 5 1 .0 6 1 9 2 0 2 3 8 6 8 2 2 1 6 2 7 1 3 3 1 .4 7 1 9 2 1 2 3 5 5 6 8 8 1 4 8 7 8 5 0 1 .5 8 1 9 2 2 2 2 8 3 1 2 6 1 4 3 2 0 7 3 1 .5 9 1 9 2 3 2 2 4 8 9 2 2 1 5 19 7 7 0 1 .4 8 1 9 2 4 2 0 6 1 7 9 9 1 6 3 5 0 0 8 1 .2 6 1 9 2 5 2 1 5 3 7 8 7 1 6 7 9 1 0 5 1 .2 8 1 9 2 6 2 1 5 4 6 7 1 1 7 2 6 2 6 7 1 .2 5 1 9 2 7 2 0 0 8 16 7 1 7 1 2 5 6 6 1 .1 7 1 9 2 8 2 1 3 8 2 5 6 1 7 0 2 0 2 2 1 .2 6 1 9 2 9 2 0 2 7 5 2 0 1 6 19 0 5 6 1 .2 5 1 9 3 0 1 8 6 2 8 0 2 1 3 9 1 1 8 3 1 .3 4 1 9 3 1 1 6 2 4 5 5 6 1 2 17 2 9 4 1 .3 3 1 9 3 2 1 6 2 0 3 4 4 1 2 3 0 5 8 9 1 .3 2 1 9 3 3 1 6 3 4 4 0 9 1 4 7 2 7 1 8 1 .l l 1 9 3 4 1 5 3 1 8 2 3 1 6 6 3 5 8 9 0 .9 2 1 9 3 5 1 7 6 4 0 8 3 1 9 12 1 8 9 0 .9 2 1 9 3 6 2 4 2 7 9 3 0 2 1 7 7 2 6 9 1 .1 2 1 9 3 7 2 5 0 9 9 6 2 2 3 6 1 1 1 8 1 .0 6
めて類似した値をとっていると 言えよう。従って、改善の余地 は残されていようが、個人消費 支出の水準はほぼ妥当なものと 判断できる。ちなみに、こうして 計算されたGDEの成長率は名目 で5.03%となり、 GDPの4.78%
よりやや高めになる。また、実 質GDEは3.71%、 1人当り実質 GDEは2.19%という成長率を示 す。
最後に、賃金指数を基礎に推 計された溝口の個人消費支出指 標と本推計を比較することによ り、賃金指数の変動と消費水準 の変動の関係をみておくことに する。表9は両者を比較したも のである。指標の算出の基礎と なった1935年の値が本推計より 下回っているにもかかわらず、
第1次大戦後から昭和7、 8年 頃までかなり高い水準になって いることが注目される。指標の 算定ベースが過小評価の可能性のあることは作成当初から示唆されていたので 十分理解できる23)一方、賃金指数の変動については1935年に比べるとそれ以前 は高めの値を示している。溝口〔1975〕によれば実質賃金の上昇は移出米の価 格上昇と関連を持っているが、消費水準の引上げにはあまり効果のなかった点 は今後の検討課題となろう。
5.食料費の推計 5.1.推計の品目分類
食料費の推計は原則としてバランスシートを基礎にする小売評価法によった
が、金額が少なく、小売価格の得にくい品目のいくつかについてはコモディテ ィフロー法(以下コモ法と略記)が適用されている。推計は以下に示す項目に 分けて行われ、 *印の付されている項目が小売評価法によるものである。
1.米*
2.粟*
3.大麦*
4.いも*
5.豆類
6.その他の雑穀*
7.野菜 8.果物 9.魚貝類
10.肉類、牛乳及び卵 ll.茶
12.砂糖*
13.煙草 14.酒類
15.その他の加工食品
個々の品目について具体的な推計法を説明する前に、ここで食料費推計に共通 する一般的な注意事項をまとめておくことにする。
その第1は典拠資料についてである。特にことわらない限り、農業生産につ いては『昭和14年農業統計表』、輪移出入については各年の『貿易年表』から原 数値をとった。加工食品の生産等これ以外の資料を基礎にしたものはその都度 出所を明らかにしてある。これらの資料から生産量+輪移入量一輪移出量 すなわち、 「供給可能量」までは比較的容易に求めることができる。ただ、野菜、
果物等は大正初期には調査品物が網羅されているわけではないことには留意す る必要がある。
第2の注意事項は、推計過程で資料の制約からいくつかの簡便化を行ってい ることである。その主なものは次の通りである。
1.貯蔵変化の調整は行わない。
2.生鮮品目については消費量(顔)の20%、その他は10%を減耗分として 差引きを行っている。
3.消費量(額)のうち、自家消費に回る分は農家人口の割合で代替している。
植民地時代の朝鮮における個人消費支出の推計‑ 1913‑1937 ‑ 75
4.市販分の小売価格は原則として都市平均価格を利用している。
5.2.米
1936年以前の米生産量統計には過小評価の疑いのあることが東畑‑大川〔1941〕
に指摘されている。ここでは収穫高が1920年から年々1.5%ずつ誤差が累積する と仮定して値の修正を行った24)数量は玄米ベースで表わし、市販分のみ88%の 換算率で白米換算をしている。また、供給可能量から「種子用」及び「酒類生
産用」を差引いたものを飯米用消費高とした。
ここで、種子用向け消費高は岩片〔1940〕によれば反当りもみ5升3合なの で、玄米換算して1町当り0.28石として、作付面積に乗じると求まる。生産技 術の進歩により反当り必要量は減少しているが、ここではその調整を行わず一 律に扱った。
酒造原料分については、 1928年から36年までは『朝鮮米穀要覧』から得るこ とができる。 1928年の酒造原料は568,951石(玄米換算)、酒類(清酒、朝鮮酒、
みりん)生産高は141,192石なので、その比率0.4を1927年以前の酒類生産高に各 々乗じて酒造原料分を推計した。同様にして、 1936年の同比率は786,361石対 4,829,398石、すなわち、 0.163となるので、 1937年以後の酒類生産高に乗じた。
飯米用消費高のうち、自家消費分は生産者価格、市販分は白米換算して、都 市の白米平均価格をそれぞれ乗じると米の消費額が推計される。
5.3.粟
供給可能量から「酒造原料」と「種子用」を差引き、そこから飼料用等含め た減耗分として、さらに1割差引いたものを食料用とした。このうち自家消費 分は生産者価格で評価するが、市販分は小売価格が得られないため、卸売相場 の1.5倍を小売価格と者え、評価した。
ところで、酒造原料は『朝鮮米穀要覧』から得ることができるが、種子用分 は次のようにした。
農政調査委員会〔1966〕によれば粟の標準播種量は10アール当り60‑90gな ので、これを70g、すなわち1町当り0.1石として作付面積に乗じて推計した。
5.4.大麦
供給可能量から種子用消費量を差引き、その1割を減耗分として残り9割を 食料用とした。農救調査委員会(1%6〕によれば大麦の標準播種量は10アール
当り7p、すなわち、 1町当り0.4石を種子用消費量とする。このうち市販分は、
やはり小売価格を利用できないので、卸売相場の1.5倍で代替した。
5.5.いも類
甘藷、馬鈴藷の各々の供給可能量から種子用の他に、飼料用として1割、減 耗分として1割を差引いた残りを食料用とした。このうち種子用として、甘藷 については1反当り20貫、馬鈴藷については40貫とした。この値は日本につい ての篠原推計〔1967〕を参考にしたものである。また、市販分については生産 者価格の1.5倍を小売価格として評価した。
5.6.その他雑穀及び豆類
その他雑穀に含まれるものは、稗、黍、玉萄黍、蕎麦、ライ麦、萄黍、燕麦で ある。供給可能量から飼料用及び減耗分を含めて3割を差引き、残りを食料用 とした。このうち自家消費以外の分は生産者価格の1.5倍で評価した。
豆類には、大豆、小豆、緑豆、落花生、その他の豆類及びゴマが含まれる。
作付面積が不明なため種子用消費高を推計できないので、減耗分と合わせて2 割を差引き、残りを食料用とした。やはり自家消費以外の分については生産者 価格の1.5倍で評価している。大豆については生食用として1割を考慮した25)
5.7.野菜及び果物
野菜及び果物についてはコモ法が適用され、ほぼ同様な方法で消費額が推計 される。まず生産額26)を白須肖費分と市販分とに分ける。次に後者と輸移出大 分とについて、運輸、卸売、小売の各種マージンを野菜ではそれぞれ4、 11、
20%、果物では5、 10、 30%として市販分の供給可能額を求める.これに自家 消費分を加えた供給可能額から2割の減耗分を控除してそれぞれの消費額推計
とする。
5.8.魚貝類
魚貝類については、鮮魚として消費される分と加工される分とに分け、各々 についてコモ法が適用された。まず、 『統計年報』より漁獲額と養殖額を得るこ とができる。
・朝鮮総覧』によれば27)このうち約5割が製品原料として使用されるので、
その残りと鮮魚の輸移出入額について運輸マージン5%、卸売マージン15%、
植民地時代の朝鮮における個人消費支出の推計‑ 1913‑1937 77
小売マージン30%を適用して消費額とした。
一方、食用水産製造物はやはり『統計年報』から得ることができ、これには 乾製品、塩蔵品、缶詰等が含まれる。これに輸移出大分を調整して消費額を得 る。各種マージン率は鮮魚についてのものと同じものを利用した。
5.9.肉類、牛乳及び卵
この項目には生肉、畜産加工品、牛乳及び卵の消費が含まれコモ法が適用さ れる28)まず、生肉消費として牛肉、豚肉及び鶏肉を考慮したが、 『統計年報』
ではこれらの肉類生産額は昭和5年以後しか示されていないので、それ以前に ついては次のようにして推定した。すなわち、牛肉と豚肉については屠畜頭数 がわかるので昭和5年の生肉生産量/屠畜頭数比率に乗じて生肉生産量を求め る。この此率は牛肉については108.91、豚肉は57.61である。価格についても1 頭当り屠畜金額を指数として、昭和5年の生肉価格を延長した。鶏肉について は羽数しか得られないので、昭和5年の鶏肉生産額、鶏羽数比率1.13を乗じて 延長し、価格変化はとりあえず豚肉価格と同じであると仮定した。こうして求 められた生肉生産額に、輸移出入額を調整すると消費額が推計される。この場 合のマージン率は運輸5%、卸売15%、小売30%とした。
次に、畜産加工品としてはハム、ベーコン、ソーセージ、バター、缶詰等が あり、その生産額は『統計書』から得ることができ輸移出入額もわかる。やは
り生肉と同じマージン率を適用して消費額が求まる。牛乳の消費には練乳の輸 移入を含めてある。卵については鶏肉と同じように昭和4年以前の値が不明な ので、雌鶏の羽数によって生産額を延長推計した。
5.10.茶
茶については製茶類のみ考慮し、緑茶、紅茶、コーヒー類が対象とされ、コ モ法が適用される。生産害酎ま『統計年報』の工産統計からとり、輸移入額を運 輸マージン3%、卸売マージン20%、小売マ‑ジン30%で調整した。これらの マージン率は台湾について適用したものと同様である。
5.ll.砂糖
砂糖消費には小売評価法が適用された。 r砂糖年鑑』より大正9年以後の消費 高がわかるがそれ以前は輪移入高の7割(大正9年の値)を消費高とみる。こ のうち2錫が家計消費に向かうとした29)小売価椿については各種等掛こよる格
差もあり不明なので、まず生産、輸移入、輪移出価格をそれぞれ求めて比較検 討した結果以下のように推定した。
すなわち、消費量の大部分は輪移入によるものなので輸移入価格を出発点と し、その3倍を小売価格とした。
5.12.煙草
朝鮮においては煙草は専売事業であり、法的には大正10年から始まる。従っ て『専売局年報』からは大正10年以後の製造、輸移入、輸移出の数量、金額が わかるのでこの系列を推計の基礎とした。一方、製造については『統計年報』
の工産統計からも得ることができ、大正9年以前の数値も掲載されている。し かし、両者の製造高の数値には若干のくい違いがあるので、工産統計の値を指 数化して製造額を延長推計した。輪移出入については『貿易年表』により補っ た。ところで、消費額の算定において、朝鮮内で製造されたものと、主として 日本から移入されたものの間には大きな品質差(価格差)が見られるので、前 者については30%のマージン、後者については輸入価格の3.5倍30)を/J境価格と
して消費額を推計した。
5.13.酒類
酒類については台湾の場合と異って輸移入された銘柄等細かい情報を得るこ とができなかったので、一括してコモ法により推計された。酒類としては、朝 鮮酒(薬酒、濁酒)、清酒、しょうちゅう、麦酒、ウイスキー等その他酒類が含 まれる31)その生産額は『統計年報』の工産統計からとり、輸移出入額は『貿易 年表』から得ることができる。運輸、卸売、小売の各種マージン率は5、 10、
15%とした。
5.14.その他の加工食品
その他加工食品には、みそ、醤油、塩、各種調味料、食酢、清涼飲料、麺類、
小麦粉、穀粉、澱粉、菓子類等が含まれる。魚類缶詰やハム、ソーセージにつ いては各々水産物、肉類のところで推計してあるのでここには含まれていない。
コモ法が適用されるが、生産額は『統計年報』の工産統計から、輸移出入は『貿 易年表』から得た。各種マージン率は酒類と同じものを利用し、 95%を家計向
け消費とした。ただし、塩については『専売局年報』より販売高を得ることが できる。その家計消費としてはつけもの用を考え、供給可能額の40%を見積っ
植民地時代の朝鮮における個人消費支出の推計‑ 1913‑1937 ‑ 79
た32)
6.食料費以外の消費支出の推計 6.1.推計項目
食料費以外については、台湾の場合と同じように新SNAの目的別分類に従っ て推計された。すなわち、各物財、サービス消費が、
1.被服及びはきもの 2.家賃、水道及び光熱費 3.家具、家庭器具及び家計雑費 4.医療費
5.交通及び通信費
6.教養、娯楽、教育及び文化サービス 7.その他
の7項目に分けて求められる。このうち物財消費についてはコモ法が適用され るが、出発点となる生産額は『統計年報』の工産統計を基礎としている。輸移 出入額は『貿易年表』から得ている。一方、サービス消費については政府事業 関係のものは『統計年表』等から料金収入がわかるが、その他のものは従事者 の推計受取賃金で求めている。
6.2.被服及びはきもの
この項目には綿、麻、絹及び毛の各種織物類、くつ下、シャツ等のメリヤス 製品、洋服等の裁縫製品、帽子類、靴、草履、下駄等のはきもの類が含まれる。
このうち織物類については、生産では綿織物と麻織物、輸移出入では綿織物が 大部分を占めている。各種マージン率の算定のため生産単価、輸移出入単価を 求め、小売価格と比較したが値に整合性が見られないので、台湾について通用
した値を採用した33)このうち85%を家計向けとする。メリヤス製品については このように表章されるのが昭和5年以後であるため、昭和4年以前の編組物を ほぼ対応する項目として生産額を確定した34)この他に真綿、打綿も生産額に加
えている。
洋服等完成した衣服、その他のメリヤス以外の製品については昭和4年以前 では布吊製品、以後では裁縫品と表章されているものを生産額とした。さらに 洋品として帽子とボタンの生産を加えている。帽子については昭和3年まで冠
物と表章され種々のものを含めているので、それ以後についても、冠物/帽子 の生産額比率でふくらまし推計を行った。これらについては各種マージン率の 算定は困難であるので日本、台湾での値を参考にして一律に、運輸5、卸売10、
小売30%とし、 90%が家計消費に向かうとした。
はきもの類については次のようにして生産額を確定した。まず皮靴は昭和4 年までは洋靴、鮮靴、それ以後は皮製品の中の靴で押えることができる。木製 のものとしては下駄、朝鮮木履があるが、昭和5年以後の朝鮮木履の生産額は 不明なため、一律2万円とした。その他のはきものとして、草履、草鞍、麻軽 は昭和2年までは個々に、それ以後は履物類として表章されているが、昭和6 年以後は麻鞍の生産額が省略されているようである。麻鞍は年を下るにつれて 生産額が減っており昭和2年では約100万円であるが、はきもの類の中ではかな りのシェアを占めるので無視することはできない。従って、ここではとりあえ ず一律100万円ほどの生産があると仮定した。さらに、スリッパ、ゴム靴が加え
られてはきもの類の全生産額が確定する。輪移出入についてはこれらの費目に 対する値をとれば良いことになる。各種マージン率は衣服等と同じものを利用
した。
6.3.家賃、水道、光熱費
まず水道について。 『朝鮮総覧』 (747貞)によれば飲料水改善のために事業が 促進されたようだが、大部分は明治末期から大正期に作られている。その給水 料は『統計年報』の土木及築港の部に掲載されているが、それには消化栓、船 舶給水栓等も含まれている。そこで1戸当り配水量を各水道別に求めてみると、
例えば昭和3年では平均181m3のところ、京城、平壌、仁川といった大規模な水 道では約200m'、新義州、義州、滑津等中又は小規模な水道では約100m'となる ので後者を家計費水準とみて給水量の6割を家計向けとした。
電気料金については定額契約の電灯収入のみを家計向けとした。第16回と第 21回の『電気事業要覧』から大正8年から昭和7年までの金額がわかる。中央
日韓協会〔1981〕からは昭和11、 12年の電灯収入のみがわかるので、昭和7年 の定額契約分の割合50%を乗じた。昭和8年から10年の分については内挿を行 い大正7年以前については取付灯数を指数として延長した。ガス事業は京城、
釜山の2社だけで行われている。朝鮮工業協会〔1937〕 (381‑382頁)によれば ガスの需要は昭和9、 10年頃から工業用にも使用され始めるが、大部分は日本 人による消費需要である。同書から供給量と料金(50m'当り約10銭)がわかる
植民地時代の朝鮮における個人消費支出の推計‑ 1913‑1937 ‑ 81
ので両者の積でガス料金支払とした。
残る光熱費の項目としては薪、木炭、石炭等の消費があるが、これらは小売 評価法によって推計した。まず、石炭については朝鮮工業協会〔1937〕 (342‑
355頁)より昭和10年までの消費量及び家事向けの割合が大正5年、 10年、昭和 9年でそれぞれ21、 8、 14%であることがわかる。そこで、これを一律に15%
とみることにする。さらに『統計年報』と『貿易年表』で残りの消費量を補う と、小売価格を乗じることにより消費額が求まる。
木炭、薪材及び枝葉等その他の林産燃料については、生産量は『統計年報』
の林産物産額より、輸移出大量については『貿易年表』より得ることができる ので供給可能量が求まる。一方、大正10年から昭和元年までの『統計年報』に は職工数5人以上の工場の燃料消費量がわかる。例えば、大正14年では供給可 能量の木炭では26%、薪材では1%が消費されている。薪材の値はやや過小評 価気味である。この他に家内工業の生産は工場生産の約半分ほどあるので、最 終的に木炭の60%、薪等の90%35)を家計消費とした。これに『統計年報』から 得られる小売価格を乗じると消費額が求まるが、薪材については松の価格しか 長期的には掲載されていないので次のようにした。生産額をみると薪材より枝 葉及びその他林産燃料の方が2倍ほど多く、両者の生産単価を比べると、昭和 4年で約60%、昭和8年で55%となるので松材価格の60%を乗じることにした。
家賃についてはいくつかの試みを行ったがいずれも妥当な数値を得ることが できなかったので、全消費額を算出してからその5%を総家賃分として積上げ た36)
6. 4.家具、家庭器具及び家計雑費
家具類としては木製、竹製、陶磁器、ガラス製、金属製のものを『統計年報』
の工産統計から取ることができるが、これらの項目が表章されるのはほぼ昭和 5年前後からである。さらに、例えば木製品の細目は推計期間中に3度の大変 更があり長期系列の作成にはいくつかの工夫を要する。まず木製家具について は細目のとれる昭和3年の木製品に占める割合17.7%で延長した。
竹製品ではかご、行李等が昭和6年で20%を占めるので同様に延長した。家 具用陶磁器、装飾用ガラス製品については生産額から考えて昭和4年以前の生 産が必ずしも確認されないので調整はしていない。金属製の家具、什器は昭和 6年で金属製品の1.4%を占めるので延長を行った。この他の品目として、木己柳、
藤類の製品、びょうぶ、主として移入品であるが、ミシン、ストーブ、置時計
を加えた。ただミシンについてはその1割を家計向けとした。その他のものは 7割を家計向けとしている。
次に食器類について。金属製、陶磁器製、ガラス製、漆器、磁郷鉄器の各種 があるが家具と同様に大正から昭和の初期の個々の生産額は不明である。細目 のわかる年のシェアを調べると、陶磁器の60%、ガラス製品の2%、漆器の26%
が飲食用となるのでそれぞれこの割合で延長した。輸移出入についても同様の 割合を適用している。 f法域鉄器の生産は昭和に入ってからなので調整の必要は 射、。一方、金属製の器類は長期的に得ることができるが37)鉄製の鍋、釜類は 大正14年から昭和4年については鉄器、鋳物の50%、大正13年までは金属製品
の20%38)をその推計値としている。
家計雑貨、消耗品には、洗濯石けん、洗面器、バケツ、ブラシ、提燈、ラン プ、マッチ、ろうそく、うちわ、ほうき、ちり紙、針等が含まれる。これら細 々とした品目は『統計年報』の工産統計と『貿易年表』からそれぞれの値をと ることができる。以上の物財消費については一律に運輸5%、卸売10%、小売 30%のマージン率を適用した。
この他、サービス消費項目として家事使用人への賃金支払いがある。昭和5 年の国勢調査によれば家事使用人は約12万人、そのうち女性は9万人であり、
ほとんど住込みである。 『統計年報』からは下女、下男の月給がわかるので賃金 支払分を求めることができる。他の年の家事使用人数はとりあえず総人口に比 例させて推計した。
6.5.医療費
医療に関する物財消費には売薬類、医療器具、ガーゼ等の消耗品があるが、
器具、消耗品類は主として病院向けと考え、売薬類のみを推計した。売薬類の 生産は『統計年報』に掲載されているが、やはり表章が何回か変更されたり、
すべて輸出される紅参を含んだものであること等から次のようにして調整した。
まず、大正13年までは薬剤生産額のみしかわからないので、昭和元年の薬剤に 占める硫酸等の工業薬品の割合7%をそれぞれ控除する。さらに、生産額から みて大正6年までは人参製品が含まれていないので『専売局年報』からわかる 紅参払下額及び製造品払下額を加える。大正14年から昭和6年までは人参製剤39) 参エキス、売薬を加えたもの、昭和7年以後は売薬及び売薬類似品の値によっ て売薬類の長期系列とした。ところが、 『専売局年報』によればこのうち紅参は すべて中国に輸出されるので、あらかじめ紅参払下額を差引くことにした。 『貿
植民地時代の朝鮮における個人消費支出の推計‑ 1913‑1937
易年表』には売薬類の他、桂皮、甘草のような漢方薬も掲載されている。以上 の各数値に対して、運輸5、卸売10、小売30%のマージン率によってコモ法を 適用した。
医療サ‑ビスの推計は官立、道立の病院収入を基礎にして算定した。すなわ ち、この他の医療サービス従事者への支払いとして、まず道立病院医師1人当 りの収入を求める。私立病院、開業医は看護婦数や職員数等の設備が劣ってい るが、道立病院収入は支出の約半分であり、残りは財政補助を受けているので、
結局、私立病院1、開業医0.5を1人当り収入換算率として支払額を推定した。
歯医者も同様に0.5の換算率を利用する。また、警察取締営業の統計では大正10 年から14年にかけてはり、灸、あんま師はおよそ1,500人なので、全期間一律 1,500人とし、これに産婆数を加えたものをほぼ製造業(朝鮮人)平均賃金で年 300日働くとして支払賃金を推計した。
6.6.交通及び通信費
物財消費としては自転車のみを考慮し、運輸10、卸売30、小売50%のマージ ン率でコモ法を適用した40)
交通料金のうち、鉄道及び軌道の利用については『統計年報』よりその料金 収入がわかる。すなわち、国有鉄道については、旅客運賃及び料金と手小荷物 運賃、私設鉄道及び軌道については旅客収入と手小荷物収入、北鮮鉄道及び成 北軽便鉄道については客車収入を計上し、このうち8割を家計消費分とする。
乗合馬車及び人力車については従事者の受取賃金によって消費額を推計する。
すなわち、営業者及び車夫の人数を警察取締営業の表からとり、それに車夫賃 金を乗じ、年労働日数を300日とすると受取額が求まる。
郵便、電報、電話等の通信費は総督府の税外諸収入から支払料金がわかるの で、この3割を家計向けとして算定した41)
6. 7.教養、娯楽、教育及び文化サービス
まず、娯楽用品について。これにはカメラ、蓄音機、楽器、タイプライター、
玩具、セルロイド製品が含まれる。大部分は輪移入品であるが、玩具について は若干の生産があるOこれに運輸5、卸売10、小売30%のマージン率を適用し、
90%を家計向けとした。ただし、タイプライターについては10%のみを家計向 けとしている。
難語、書籍等の印新物についてはその輪移出入寮を『貿易年表』から把握す