保険契約法現代化の持つ経済学的意味
⎜⎜ 告知義務法制をめぐって ⎜⎜
石 田 成 則
■アブストラクト
本稿は, 保険契約法の現代化 のなかで,告知義務法制のあり方につい て,経済学の視点から考察したものである。具体的には,現行規律である オール・オア・ナッシング主義 と プロ・ラタ主義 を比較検討した。そ のうえで,モデル分析とそれに基づく数値分析から, プロ・ラタ主義 採用 における問題点を指摘し,併せて現行規律の改善点に言及した。
■キーワード
保険契約の最適設計,精査システム,スクリーニング
1.はじめに
現在,法制審議会に設置された保険法部会における論議は大詰めを迎えて いる。そこで検討されている 保険契約法の現代化 の内容については,平 成19年8月中旬に出された 保険法の見直しに関する中間試案 と法務省民 事局参事官室による 補足説明 に纏められている。その検討課題は,大別 してつぎの5つに集約できる。
⑴ 保険契約成立に関するルールのあり方
⑵ 保険契約成立後の変動・変更に関するルールのあり方
⑶ 保険給付に関するルールのあり方
*平成19年10月28日の日本保険学会大会(桃山学院大学)報告による。
/平成19年11月14日原稿受領。
⑷ 保険契約の終了に関するルールのあり方
⑸ その他の検討課題
このように検討課題は多岐に渡っており,そのすべてを網羅するには紙幅 の制約がある。そこで本稿では,⑴と⑵に限定して,なおかつ 告知義務違 反について と 危険の増加・減少について の2点に絞り,ルールが変更に なることによる規律効果の変化について考察する。とくに,理論モデルとそ れに基づく数値分析を行い,保険契約の形態に及ぼす影響を整理し,契約者 利益に与える効果を検証する。
2.これまでの論点の再考
告知義務法制に掛る論議において,告知義務違反の効果につき,現行法の 規律すなわち,一定の条件の下で保険者に解除権を与えるという オール・
オア・ナッシング主義 を維持するか,それとも重過失による告反について は減額して保険金を支払う規律すなわち プロ・ラタ主義 を採用するかが 検討されてきた。ただし,故意の告知義務違反についてはプロ・ラタの余地 はなく,契約者の保護は必要とされず保険者はすべての責任を免れる。また,
重過失による告知義務違反についても,正しい告知がなされていたら保険者 は保険契約を締結しなかった場合には,保険者はすべての責任を免れる。以 上から,プロ・ラタ主義の採用は,告知義務違反のうち一部に限定されるこ とになる。
こうしたプロ・ラタ主義の採用については, 嘘をついていても保険金の一 部がもらえる可能性が生じることから,正しく告知しない人が増加する恐れ がある ことや, 諸外国でも採用されていることは事実であるが,全般的 な告知義務法制が相違しており,現状での導入は道徳的危険(モラル・ハザ ード)を著しく増大させる ことが指摘されている。後者について,わが国 では(生保の)約款実務上,2年で解除権が消滅する。これに対して,諸外 国では,保険契約の解除についてその期限(解除権の除斥期間)に特段の規 定はないケースも多い。また,過失による告知義務違反についてもその責任
保険契約法現代化の持つ経済学的意味
を問うことができる場合もあり,わが国の現状とは大きく異なる 。 プロ・ラタ主義ないし方式では,危険度の高い契約者にも保険加入の道を 開くとともに,危険選択上,保険料の事後修正もしくはそれに基づく保険金 の調整が行われるのであり,保険数理上の公平性に適っている。こうしたこ とからこうした方式の合理性は確認できる。しかしながら,たとえ保険事故 発生前に告反が判明し,保険料の調整が行われるとしても,契約時点でのス クリーニングに引っ掛かり医的再診査を受けることを潜り抜けてしまうこと は,保険数理公平的な保険料の算定が一時点でできないことになる。こうし た事例が多くなれば,保険者・保険会社側は自らの保険団体・保険群団を信 用することができず,懐疑的にならざるを得ない。つまり,現行方式の事前 抑止・制裁効果が希薄化することは,結果的により多くの契約に対する精査 の必要性を生じさせる。これは明らかに非効率である。
こうしたプロ・ラタ主義の採用に批判的もしくは消極的な意見の論拠は,
以下のような基準に纏めることができよう 。
<公平性基準>
・保険契約者間の公平上の問題がある。具体的には,告反でも契約締結でき た人と,正しく告知したことにより契約締結できなかった人との間の公平 性確保が難しいことである。
1) プロ・ラタ主義の導入の経緯は,各国で様々である。たとえば,ドイツでは,
告知義務違反が故意ではなく過失の場合にも,契約を無効とし,契約締結前の 状態に戻すか(払済み保険料の返還),契約を継続するかの二者択一であった。
そこで契約者の保護を重視する立場から,プロ・ラタ主義の導入が検討された のである。その方式のもとでは,過失の場合には,保険事故発生前であれば保 険料の再設定を,事故後であれば保険金支払いを比例減額して支払うことにな る。ドイツ以外の国でも,告知義務には厳罰をもって望む姿勢がとられていた といえる。それに対して,わが国では故意以外では全額保険金が支払われるケ ースがあり,また故意や悪意があっても解約返戻金は通常支払っている。なお,
田口 (2007),p.5において告知義務の効果に関する各国法制が表に纏められ ている。
2) 法務省民事局参事官室(2007) 保険法の見直しに関する中間試案の補足説 明
p
.15。<透明性,納得性基準>
・告反が判明したケースで,保険引受け時点まで遡って,割増保険料,免責 事項そして待機期間等を考慮して,引受け条件を変更することに妥当性が 認められるか問題が残る。無理に推進しても契約者にとり難解であれば,
一時的であれ混乱が生じる。
・透明性や納得性を確保するために,保険者の引受基準を開示することには 反作用,副作用が伴う。
<技術的適正性基準>
・契約成立時点の危険に関する重要事実を事後的に把握することの困難さ。
・故意と重過失の判別に伴う固有の技術的問題の発生。とくに,重過失の定 義が難しく,最終的には裁判所の判断になる可能性が高い。
・また,両者を区別できるように予防措置を講じることも困難な状況である。
<信頼性基準>
・正しい告知が阻害される危険性もあり,保険団体・群団全体の利益低下か ら制度への信頼性が損なわれる。
<効率性基準>
・同時に,プロ・ラタ主義の採用により逆選択が誘引されれば,社会的な損 失が発生し,また保険市場の効率性が損なわれる。
・加えて,保険料の高騰により,契約者が不利益を被る危険性もある。
そこで,技術的適正性基準について少し掘り下げてみよう。まず,故意と 重過失の判別について,海外事例を参照すると,英国においてとくに詳細な 比較考慮が行われている 。そこでは,告知に関する質問事項が保険料決定 3) ㈳生命保険協会(2007) 生命保険契約に係るいわゆるプロ・ラタ主義に関す る海外調査報告書
pp
英16‑英25を参照のこと。ひとつの区分として,以下の ような分類が提示されていた。・詐欺的な不告知(fraudulent);保険会社の適切なリスク測定に不可欠であ る事項と知りながら,自らの意思で誤った回答をすること
・過失による不告知(negligent);
険契約法現
と認識することなく誤った回 答をすること
保 代化の持つ経済学的意味
項 事 重要な
上において重要事実であるかどうかの認識を重視しているようである。契約 者の回答が如何様であろうと,重要でないとの判断に一般性があれば,そこ には過失状況は全く認められない。それに対して,こうした事実を認識して いながら,意図的に誤った回答をすれば故意であり,また詐欺的行為である とまで判断される。その中間的状況にあって,確認を怠ったり,不注意の場 合には,過失があったとされている。こうしたグレーゾーンにはどうしても 曖昧さが残存するのであり,その判断はやはり裁判所に委ねられることにな ろう。このとき,故意と重過失で線引きするのであれば,プロ・ラタ主義で の不当利得の危険性は拭い去れない。
ただし一方で,英国のように契約者の認識を重視するのであれば,ランダ ムに質問項目を組み合わせ工夫することで,平均的な認識程度を測り,その レベルを逸脱している項目に限定して,故意を認定することはできそうであ る。また,告知書を再確認する作業段階を設けることで,契約者が過敏に反 応する質問項目をピックアップすることは可能かもしれない。こうした項目 について後日告反が認められたときは,故意と類推するのである。いずれに しろ,故意は詐欺的行為と紙一重であるので,こうした工夫は,契約者の私 的情報の信憑性を担保する仕組みとして必要不可欠である。
ところで,これらの基準は個々別々に判断されることなく,また全く相反 する基準でもない。公平性の確保は納得性を高めることにもなり,また技術 的適性性も然りである。このとき重要なことは各基準がトレード・オフ関係 にあれば,その比較考慮を行い,優先順位をつける作業である。保険制度に おいては,告知義務等を通じた情報のやり取りについて,保険団体内の誘因
・作為的な不告知(reckless);不確かな事実を確認することなく回答するこ と(故意に近いケース有)
・作為性が疑われる不告知(deliberate);
性が あるケ
との認識に曖昧性が残 るケース(やや故意に近い)
・不注意な不告知(inadvertent);重大でない過失
・善意無過失な不告知(innocent); ではないとの判断に一般 ース
重 な事項要
な 要 事項 重
体系のあり方や保険団体・保険群団に対するモニタリングの費用効率を考え て制度設計する視点が必要となる。とくに,告反に対する制裁効果と精査シ ステムのあり方が重要課題となる。また,告反を誘発している要因を理論と 実態の両面から調査することで,その予防策の全体的な検討を要している。
そこで以下では,効率性基準を中心に,告反に関する両方式を検討し,保険 契約と契約者利益に及ぼす影響を考察する。
3.問題の設定
ここでは,告知義務違反に関する規律や罰則規定について,つぎの3つの 観点から接近する。ただし,3点目についてはあくまでも保険契約者の認識 について考えることが主眼であり,現実には,契約者の属性に応じた個別対 応には明確な限界がある。それは裁判所に委ねられる作業でもある。
1)保険者からみて情報収集費用を低減させる手段として告知義務が位置づ けられるのであれば,この側面から告知義務法制を再構成することはでき ないか?
2)保険市場における逆選択や道徳的危険の排除の費用と便益をどのように 把握し反映させるべきか?保険者の情報収集効率化と社会的費用の低下に ついてどのように解釈すべきか?こうした考察は,保険団体や保険群団を 如何に適正に維持するかの問題である。
3)保険契約者の特性や契約締結プロセスを,どの程度,告知義務違反の解 釈に反映するべきか?
こうした問題に接近するには,つぎのような告知義務に関する基本認識が 重要である。すなわち, 仮に告知義務という形で対処しないとすれば,保 険会社は,一部保険を提供することによって逆選択の問題に対処することに なる。これに対して告知義務による情報開示システムは,保険事故発生の場 合だけ詳細な調査による検証という独自のエンフォースメント・メカニズム を伴うものであるが,⎜保険事故後の調査に要するコスト及びその実効性次 第では⎜より効率的な状態に導ける可能性をもっている。これが告知義務と
保険契約法現代化の持つ経済学的意味
いう制度の基本的な経済的意義だということになる。 である 。この言説 は,告知義務による私的情報収集の効率性を指摘したものと捉えることがで きる。それに違反することは当然に私的取引上のペナルティーを伴い,逆に それがあることで告知義務内容を担保することになる。ただし,契約者間の 公平性の問題を脇に置けば,その違反による明示的費用は保険団体全体で負 担し,結果的に保険料の微増で対応することもありえる。一方,告知義務違 反に抜け道を作ってしまえば,その暗黙の費用は明示的費用を遙かに凌ぐ結 果になる。とくに,保険団体や保険群団を適正に維持する費用の増大をもた らすことになる。同時にこうした状況は,契約当事者間の相互不信を醸成す ることにもなりかねない。契約者が保険者の厳格さの程度を勘案しながら,
自らの選択肢を決定する,2当事者間のゲーム論的な状況を来たすことにな る。
タウンゼントによれば,保険契約者が事故発生率に関する私的情報を占有 している状況下で,告知内容を厳密に検証したり,故意の事故誘発有無を検 認できるのであれば,そしてそのことを契約者に約束できれば,告反は劇的 に減少することを理論分析した。逆に,こうした約束(コミットメント)が 得られなければ,2当事者間の契約内容は遙かに不確実なものとなり,戦略 的行動の解として与えられるとした。そのうえで,不実告知や保険金不正請 求を精査する仕組みがあることで,均衡状態における保険契約の態様がどう 変化するかを分析し,併せて費用を伴う精査システムの導入条件を探った 。
なお,この論文では,保険契約についてつぎのことを前提としている。
・保険契約,取引にも暗黙の交渉(逐次情報と取引相手の行動への反応が 中心)が介在する。
4) 藤田友敬・松村敏弘(2002) 取引前の情報開示と法的ルール 北大法学論 集 52巻6号,p.2087。
5)
Townsend
(1979),pp
.274‑275. なお,この論文は,保険事故の発生有無 やその規模を確定することに証明を要する状況下において,保険契約の最適デ ザインを設計する方法を論じている。ここでいう最適保険契約の定義について は,Townsend(1979),p
.271を参照されたい。・取引相手の属性や特性が分らないなかで,手探りで行動を選択する。契 約内容の認知程度と取引相手の出方によって契約者行動は変化する。
・交渉は2段階あり,それは契約締結段階と保険金請求・支払い金額の決 定段階である。ただし,後者については暗黙の交渉であり,保険者の出 方を見ながら契約段階以降の態度(危険変更の通知など)を決める意味 である。
4.タウンゼント&ボイヤー・モデルの展開
つぎに,タウンゼントに依拠し,それを展開したボイヤー・モデルを紹介 したい。まず,モデルの基本構造と記号はつぎのように記述されている 。
・保険契約者(エージェント)は危険回避的であり,効用関数U(・)を もつ。一方,保険者(プリンシパル)は危険中立的とする。
・保険契約に関する自然状態は,損失の発生確率をπとして,損失(L)
が発生するか,発生しないかである。またその評価額をXで示す。
・契約者側は告知の真偽と事故状況(ともに私的情報)を知るが,保険者 は知らないとする。このとき,保険金請求が不実や不正に基づく危険性 がある。
・こうした状況下で,契約者の行動は保険金請求するか(FC)しないか
(DF)である。それは,契約者が真実を述べるか(T)不実を述べるか
(F)でもある。
・これに対して,保険者の行動は,請求があった時点もしくは契約時点に 遡って,それを精査するか(AC)精査しないか(NA)である。
・保険契約の精査には費用 (C) が掛かるものの完全である。
・保険者にふたつのタイプがあり,精査に費用を掛ける保険者(高い精査 6)
Boyer
(2000),pp161‑162
;Boyer(2004),pp.562‑564. なお,本稿の性質
上,厳密な定式化や結論の導出過程,そしてその証明は省略している。この点 については,Boyer(2000),pp.171‑174を参照されたい。そのプロセスと解
法はPBNE
(Perfect Bayesian Nash Equilibrium) に基づいている。こ の
点については,佐々木 (2003),pp.236‑242を参照されたい。保険契約法現代化の持つ経済学的意味
費用C )と掛けない保険者(同C )である。ここで,後者の割合をP とする。(このことを,現行方式を堅持する保険者とプロ・ラタ方式を採 用する保険者の共存とすることも可能)また,P を不正・不実請求率,
P を精査率とする。
・不正請求ないし不実請求が発覚すると保険契約者に金銭的ペナルティー
(k>0)が課される(暗黙の機会費用が発生すると考えても同様であ る)。
・最後に,保険契約者の初期資産をA,保険料をα,保険金支払額をβ とする。
これらの前提や記号に基づいて,5時点の展開型ゲームを想定する(図1)。
それはつぎのような段階を辿り,[保険契約の締結・告知⇒自然状態の生起⇒
保険契約者の選択・行動⇒保険者の選択・行動(私的情報の精査)⇒当事者の 利得の決定],これをバックワード・インダクションによって解く。また,当 事者の利得を表1(不正請求)と表2(不実請求)に示す。なお,ここでは 厳密な数式の展開を省き,得られた主な結果と数値事例のみを紹介する。
(図1) 5時点のゲームの展開
1時点 2時点 3時点 4時点 5時点
保険契約が 締結され契 約内容が確 定する
自 然 状 態
(事 故 の 発 生・未発生 が発現する
保険契約者 が保険者に 連 絡 す る
(しない),
保険金請求 する(しな い)
保険者は申 請内容も含 め契約時点 まで遡って 精 査 す る
(しない)
保険者の判 断が下され,
契約当事者 の利得が決 定
(表1)不正請求も想定した当事者の利得表
(出所)Boyer(2001),
p
.162.自然状態 契約者の行動 保険者の行動 契約者の利得 保険者の利得
事故未発生 T
AC A−α α
−C事故未発生 T
NA A−α α
事故未発生 F
AC A−α
−kα
−C事故発生 T
AC A−α
−X+βα
−β−C 事故発生 TNA A−α
−X+βα
−β 事故発生 FAC A−α
−X+βα
−β−C事故発生 F
NA A− α
−Xα
α
−γA−α
−X+γF
NA
事故発生α
−CA−α
−X+γF
AC
事故発生α
−βA−α
−X+βT
NA
事故発生α
−β−CA−α
−X+βT
AC
事故発生A−α α
FNA
事故未発生
α
−CA−α
−kAC
F 事故未発生
α A−α
NA
T事故未発生
α
−CA−α
T
AC
事故未発生保険者の利得 契約者の利得
保険者の行動 契約者の行動
自然状態
ただし,プロ・ラタ方式のもとでの保険金
γ
(<β)とする。筆者作成。(表2)不実請求を想定した当事者の利得表
事故未発生 F
NA A−α
+βα
−β 保険契約法現代化の持つ経済学的意味まず,こうしたゲームの展開から得られる契約当事者の戦略はつぎのよう になる 。
・保険契約者は保険事故発生時点では,必ず保険金請求をすることが最適 になる。
・同様に未発生時点(不実告知のもとで事故発生)でP の確率で不正・
不実請求し,(1−P )の確率で保険金請求しないことである(混合 戦略)。
・保険者は請求が行われない限り,保険契約の精査をしないことが最適で ある。
・それが行われた場合にはP の確率で精査し,(1−P )の確率で何 のアクションもとらないことである。
つぎに,ゲームの解として導出される均衡保険契約の態様は以下に纏めら れる。このことから,均衡保険料が割高になることが理解される。また,均 衡状態の(事前の)付保金額から,それが超過保険になっていることも指摘 できる。
均衡保険契約における保険料と付保金額;⎧
⎜
⎩πβ β β−C,β
⎫
⎜
⎭ 均衡保険料(率)
α=πβ+(1−π) βP (1−P)+CP(π+(1−π)P)
=πβ╱(β−C)
α╱ β=πβ(β⎜2C)╱(β−C)2 均衡における(事前の)付保金額
β=β(β⎜2C)╱(β⎜C) > L
7)
Boyer
(2000),p.162. ここでは完全記憶型を想定しているために,展開型 での最適戦略は混合戦略と同一である。この点については,佐々木 (2003),pp.147‑154を参照されたい。なお,ここでの数式展開は表1に依存しているが,
表2に依拠しても主な結論に変化はない。
さらに,均衡状態における不正・不実請求率と精査率そして保険契約者の 期待効用は次式で与えられる。
P = π 1−π
C β−C
P = U(A−α+β)−U(A−α) U(A−α+β)−U(A−α−k)
EU=πU(A−α⎜X+β)+(1−π)U(A−α)
最後に,不正・不実請求の件数とそれに影響を及ぼす要因は,つぎのよう に整理されている。保険者の精査技術と精査費用について,ふたつのタイプ の保険者が共存するケースで,契約総数をNとすれば,不正・不実請求件数 は次式で与えられ,それはペナルティーの大小に無関係なことが理解される。
F=Nπ[P(C ╱(β−C ))+(1−P)(C ╱(β−C ))]
また,簡単な比較静学から, ペナルティーの増加は精査率を抑止すること で,かえって不正・不実請求の成功可能性を高める ことと, 精査費用が高 い保険者の方が,より多くの不正・不実請求に直面することになる ことが わかる。
そこでこうしたゲーム理論から得られた結論を確認するために,契約者の 効用関数として相対的危険回避度一定のログ型であることを想定し,また変 数に具体的数値を代入することで,均衡状態における不正・不実請求率,精 査率,そして契約者の期待効用を纏める 。また,ボイヤーにならって,社 会的損失を精査費用と(暗黙の)金銭的ペナルティーの和と定義し,その値 を算出する(表3参照のこと)。なお,与えた数値は,A=10,X=5,π= 0.1,k=2,P=0.5,C=2.0,C =1.4,以上である。
8)
Boyer
(2000),p
.170. なお,このときの社会的損失は次式で与えられる。[(1‑
π
)P
+π]C+(1−π
)P P k
保険契約法現代化の持つ経済学的意味
5.保険契約における情報の役割と告知義務の再考
さて,前節の数値分析から,保険者が高い精査費用を掛けることは,かえ って不正・不実請求件数を増加させ,精査を潜り抜ける件数は多くなること が明示された。また,均衡状態に限定すれば,それは保険料(率)を引き上 げ,一方超過保険の危険性を生む副作用も指摘できる。そして,最終的には,
保険契約者の厚生水準を引き下げ,社会的損失を生じさせる。こうした事態 を未然に抑止するには,タウンゼントが正に指摘するように,保険契約(と 保険事故報告時点)において,不正・不実請求に対して厳格に対処すること をコミットすることが重要である。ここでの分析対象は,告知義務違反への 対処に限定されておらず,現行方式とプロ・ラタ方式の選択に1対1で対応 するものではない。しかしながら, 故意 と 重過失 の区分のために要 する技術的困難さとその費用を考えるとき,ここで得られた分析結果の一部 は,片面的強行規定とするプロ・ラタ主義ないし方式採用の問題点に通ずる ものがある。
(表3)数値計算結果
(出所)Boyer(2000),
p
.170.比較項目 C の保険者 C の保険者 業界平均 不正不実率% 3.36 4.49 3.92
精査率% 67.30 69.50 68.40 成功確率% 1.10 1.37 1.23
β
6.03 6.95 6.49α
0.79 0.98 0.88効用水準 2.23 2.22 2.23 社会的損失 0.23 0.33 0.28
ただし,こうした類推は一面的にすぎるきらいもある。諸外国の事例,海 外事例を見ても,プロ・ラタ方式の実際の運用には柔軟性もあるので,これ らを加味して多面的に考察する姿勢が大切である。とくに重要な点は,告知 義務違反を誘発する要因が,本稿で対象とした契約精査の有無等ではなく,
告知書とその質問事項のあり方にも依存するとの指摘である。保険者にとっ ては,質問項目を明快にして,正しい告知を引き出す不断の努力が必要であ る。またこのことは告知義務違反の立証可能性を高めることで,それに掛け る取引費用を抑えるメリットもある。さらに,因果関係の問題も含めて,正 しい告知がなされていれば保険者は他の行動を選択する余地があったことを 立証すべきは当然である。加えて,結果責任の考え方は重要であるものの,
正しくない告知が故意や悪意でないことを契約者側が立証できる環境を作る ことも,保険者の責務ではないだろうか。保険者側には,類似契約や再保険 情報を活用して,過去に遡って契約条件を決める可能性も残される。このよ うな情報に依拠しながら,契約者側に告知義務違反に係る注意を喚起するこ とは最低限の責務であろう。こうした工夫は,保険契約の両当事者の厚生水 準を高める意味でパレート効率に適う。
ただし,厳密に告知時点に遡って危険測定を査定することができるか否か には,依然として疑問は残る。実務上,提出された告知書に基づいて診査す る過程でスクリーニングされた契約者・被保険者については,もう一度医師 に診察してもらい検尿や血液検査を実施する手順になる 。前述したように,
不実告知ではこうした機会が奪われてしまうだけでなく,因果関係不特則の もとでは,因果関係がない病気による死亡等のケースでは,過少保険料のま ま保険金が支払われてしまうのである。こうしたことから,真の意味で,保 険数理的公平性を保つことができず,契約者間の不平等を来たしてしまうこ とになる。こうした状況では,保険団体・群団を適正に維持するために,ど うしても精査システムの導入が不可避になる。しかしながら,本稿で展開し
9) 田口 (2007),p.7 において契約締結時の危険測定の手順が示されている。
保険契約法現代化の持つ経済学的意味
たように,こうした精査システムには固有の問題点があり,結果的には保険 契約の取引費用増大に結びつく。取引費用の増加が,保険市場における逆選 択や道徳的危険(モラル・ハザード)の誘因になることも周知のことである。
いずれにせよ,保険生産の特殊性を考えるとき,保険契約者と保険者が 各々自己利益だけを追求する利己的経済主体と捉え,利益・利得の対立構造 を作ることは得策でない。保険事業の生産過程において,保険契約者が契約 時点で持ち寄る危険・損害情報がひとつのインプット(生産要素)と考えら れる。そして,保険固有の生産技術は投入された私的情報としての危険・損 害情報と,外生的な金融情報を加工して,将来の不確定な事故費用を保険料 として確定することである。一部のインプットは契約者側が保持する私的情 報であり,その適正さを確保するためにも,保険契約者との 利害 共有も 必要とされてくる。そこで,保険契約において適度な罰則規定によって,保 険契約者行動を正しく誘導する発想,そのための制度設計が何よりも必要と される。本稿モデルにより明らかにされた誘因体系への影響を,実態的に検 証していく作業が求められている。そのうえで,共通・共有利益に基づいた 制度設計を試み,両方式をうまく折衷することも射程に入れるべきである。
それには実務運用面での工夫に託される部分もある。たとえば,告知書の質 問事項を再検討するだけでなく,告知に基づいて免責事由を明確にすること,
さらには保険募集人の報酬体系において正しい告知を促したことを評価する 仕組みも考えられる。
なお,本稿のモデルは,不正・不実請求だけでなく,故殺・保険金殺人や 超過・重複保険などの問題にも援用できるものと思われる。告知義務や危険 の通知のあり方だけにとどまらず,こうした分析手法を,保険制度と保険事 業の適正な運用に寄与するよう展開することが望まれている。
(筆者は山口大学経済学部教授)
(主要参考 献)
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田口城 保険法現代化が生命保険実務に与える影響 (日本保険学会共通論題レジ ュメ,2007/10/28)
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