米中貿易摩擦と中国経済
著者 張 艶
雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =
Annual report of the Institute for International Studies
巻 22
ページ 79‑87
発行年 2019‑10‑01
その他のタイトル US‑China Trade Friction and Chinese Economy
URL http://hdl.handle.net/10723/00003775
米中貿易摩擦と中国経済
張 艶
現在、世界1位と2位の経済大国の間で貿易摩擦が生じている。米中貿易摩擦は追加関税第1 弾、第2弾を経て、2019年2月末を期限とする90日間の米中間の協議で一時休止になっていた。
米中貿易摩擦は米国と中国の経済だけでなく、世界経済全般に様々な影響を与えており、世界中 から注目されている。本報告では、まず、米中貿易摩擦の背景、具体的な内容と摩擦発生後の市 場の反応を説明した。次に、現在の中国経済について、経済状況、経済問題と政府の対策という 三つの面から紹介した。最後に米中貿易摩擦の今後を展望した。
1.米中貿易摩擦の背景 1. 1 中国の経済発展
中国の経済発展は1949年-1977年、1978年-現在という二つの時期に大きく分けられる。
1949 年-1977年の計画経済時代では、極端な平均主義が実施され、その結果、労働意欲の喪失、
経済の悪化を招いた。1978 年に鄧小平により経済改革と対外開放政策が実施され、中国は市場 経済化時代に突入した。経済改革により、それまでに国に集中していた経済の権限を分散させ、
極端な平均主義をやめ、競争制度が導入され、国家所有以外も容認されるようになった。対外開 放政策により、国の閉鎖された状態を打破し対外に開放した結果、貿易が拡大し外資も積極的に 導入されるようになった。特に2001年に中国はWTO(世界貿易機関)に加盟し、それ以降、貿 易と外国直接投資が急増した(図 11)。
1. 2 中国の技術革新
現在、米国と中国は、GDP の規模で世界のトップツーであり、世界経済に重要な役割を果し ている。米国は中国に対し、多額の貿易赤字を抱えている。図 22に示されたように、2017 年、
米国の貿易赤字額は 7957 億ドルであったが、そのうち、47%の赤字が対中国であった。米大統 領トランプ氏は、当初、中国の対米貿易黒字を問題にしていたが、1980 年代に日米の間で起き た伝統的な通商摩擦とは違い、ハイテク分野の米中の覇権争いが今回の米中貿易摩擦の一要因と も考えられる。
中国の経済発展に伴って、技術革新も積極的に行われるようになった。政府と企業が研究開発 に力を入れるようになり、イノベーション能力は向上した。現在、中国はハイテク産業育成策
「中国製造(メイド・イン・チャイナ)2025」を実施し、製造業とインターネット産業の融合に より、製造業の競争力を強化し、産業の高度化を目指している。政府は 2020 年までに世界のイ ノベーション型国家、2030年までに世界最先端の水準という目標を掲げている。
特許協力条約(Patent Cooperation Treaty:PCT)に基づく中国の国際特許の出願件数は、2017 年に米国に次いで世界 2 位となった3。また、企業別の出願件数については、表 14に示されたよ うに、中国の華為技術(Huawei)と中興通訊(ZTE)がそれぞれ世界第1位と3位にランクイン した。
表 1 国際特許登録の出願数(2017 年)
順位 会社 国 PCTによる出願数
1 華為(Huawei) 中国 4024
2 中興(ZTE) 中国 2965 3 インテル(Intel) 米国 2637
4 三菱電機 日本 2521
5 クアルコム(Qualcomm) 米国 2163
6 LG 韓国 1945
7 京東方科技集団(BOE) 中国 1818 8 サムスン(Samsung) 韓国 1757
9 ソニー 日本 1735
10 エリクソン(PUBL) スウェーデン 1564
表 25は2017年のスマートフォンの世界販売台数ランキングを示す。1位と2位はそれぞれサ ムスンとアップルであったが、3位から5位までは中国の華為技術(Huawei)、欧珀(OPPO)と ビボ(Vivo)であり、この三社の合計販売台数は1位のサムスンを上回った。さらに、2018年の 上半期の販売台数については、華為技術(Huawei)はアップルを上回って、世界 2 位となった。
表 2 スマートフォンの世界販売台数(2017 年)
順位 会社 販売台数 市場シェア
1 サムスン(Samsung) 321,263 20.9%
2 アップル(Apple) 214,924 14.0%
3 華為(Huawei) 150,534 9.8%
4 欧珀(OPPO) 112,124 7.3%
現在、世界各国は第五世代移動通信「5G」に投資している。中国の華為技術(Huawei)が開 発、通信インフラ(基地局)の更新や低価格攻勢などでシェアを伸ばし、「5G」において勢いを 増している。次世代通信「5G」で出遅れている米国は安全保障を理由に、自国の5Gネットワー クに華為(Huawei)の製品とサービスの使用を禁止している。米国以外、日本、オーストラリ ア、ドイツ、フランスなどの国も華為(Huawei)の製品を締め出す動きが出ている。
2.米中貿易摩擦の内容と市場の反応
現在、米中貿易摩擦の進行状況は表 36のとおりである。
表 3 米中貿易摩擦
段階 発動日 米 国 中 国
第1弾 2018年7月6日
818品目(340億ドル) 545品目(340億ドル)
中国の自動車、産業用ロボット、
電子部品などへの25%追加関税
米国の大豆、牛肉などへの 25%追加関税
第2弾 2018年8月23日
279品目(160億ドル) 333品目(160億ドル)
中国の半導体、家電、プラスチック 製品などへの25%追加関税
米国の自動車、化学製品、
古紙などへの25%追加関税
第3弾
2018年9月24日
5745品目(2000億ドル) 5207品目(600億ドル)
中国の家電、食料品、家具など への10%追加関税
米国の液化天然ガス、家具、
発電機などへ 5%~10%の 追加関税
2019年5月10日 追加関税を10%から25%に
2019年6月1日 追加関税を5~10%から5~ 25%に
第4弾 未定
3805品目(3000億ドル)
報復措置を予定 スマートフォン、ノートパソコ
ン、衣服などへの最大25%追加 関税
米中貿易摩擦が発生した後、市場は様々な反応を示した。報告では株価と為替レートの面から 貿易摩擦の影響に対する市場の反応を見た。株価については、図 37によると、米国の株価は上 昇したのに対し、中国の株価は下落した。為替レートについては、図 48に示されたように、ド ル高人民元安という構図になっている。今後も米中貿易摩擦の影響に世界の金融市場が敏感に反 応するだろうと考えられる。
3.現在の中国経済
3. 1 最近の中国の経済状況
貿易摩擦は、輸出の停滞を通じて中国経済に悪影響を与え、中国経済は減速している。中国経 済は、1978年の経済改革後、2017年までの40年にわたって年平均率9.6%の高成長を遂げてい たが、2018 年の国内総生産(GDP)の伸び率は 6.6%であった(図 59)。米産業界も自社製品の コスト上昇、米企業の中国ビジネスへの悪影響を懸念している。日本企業の中国と米国での生 産・販売活動、日本経済への影響も懸念されている。米中貿易摩擦に対応して、中国、日本、米 国の企業が製造・輸出拠点を中国から東南アジアなどに移管する動きも見られている。米中貿易
3. 2 中国の経済問題
現在、中国は多くの経済問題を抱えている。報告では貧富格差問題、一人っ子政策による少子 高齢化問題、環境・エネルギー問題と債務問題を取り上げた。
貧富格差問題については、現在の中国では都市と農村の格差、沿海部と内陸部の格差、都市内 部の格差が存在している。図 610は都市と農村の1人当たり年収、図 711は地域別1人当たり可処 分所得を示しており、中国における都市と農村の格差、及び地域間の格差がうかがえる。職業的 には「起業家、政府機関、国有企業、外資系企業のサラリーマンや弁護士・医者などの専門職」
と「農民及び出稼ぎ労働者(農民工)」の間に格差がある。
中国は約14億人の人口を抱えており、世界第1位である。一人っ子政策は、1979年に始まり、
1982 年に国策として中国全土で実施された。当初、人口増加の抑制と国民生活レベルの向上が 狙いであったが、現在、労働力の減少、少子高齢化、高齢者扶養問題などを招いている。中国国 家統計局によると、中国の生産年齢人口(15~59歳)は2011年をピークに減少に転じた。2001 年に中国の総人口に占める 65 歳以上の高齢者人口の割合が 7%を超え、日本や韓国に続き、中 国も高齢化社会に入った。2016年1月1日、一人っ子政策が廃止され、2人目の出産が認められ るようになった。ただし、経済的な理由から、2 人目の子どもを持つことに消極的な夫婦は少な くない。
急速な経済発展に伴い、中国のエネルギー消費量が急増し、次第にエネルギー生産量を超える ようになった。国際エネルギー機関(International Energy Agency:IEA)によると、2009 年と 2013 年、中国は米国を抜いて、それぞれ世界最大のエネルギー消費国と最大の原油輸入国とな った。中国はエネルギー需要の 70%以上を石炭に依存しているが、石炭から天然ガスへの転換 に伴い、ここ数年、天然ガスの輸入量が急増した。2017 年、天然ガスの輸入量が韓国を抜き、
日本に次いで世界2位となった。そのほか、一部の地域では電力不足、水不足などの問題も存在 する。
中国の環境問題には、砂漠化、水質汚濁、土壌汚染、大気汚染、酸性雨、都市ごみなどがある。
地球温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)の排出量も非常に多い。2015年から、中国政府は環 境保護に力をいれるようになったが、環境問題を解決するには時間がかかる。たとえば、大気汚 染の根本的な改善に 20~30 年が必要とされる。エネルギー供給の確保と省エネ対策、環境対策 が今後のエネルギー政策の重点目標となっている。
が増加した結果、企業の資金繰りが悪くなり、企業負債は膨らんだ。米ブルームバーグによると、
2017年、GDPに対する国全体の負債額の比率は266%に達し、10年間で4倍以上も膨れ上がっ た。特に 2016 年末からの金融引き締め政策の実施、現在の米中貿易摩擦の影響で、中小企業の 倒産が増加し、企業負債は全体負債額の60%を占めている。
3. 3 中国政府の対策
中国の高成長を支えてきたのは輸出と投資である。中国は製造業が盛んであり、「世界の工場」
と呼ばれている。この牽引役となったのが、安い人件費、膨大な人口を背景にした外資投入と、
安い人件費を要因とした安価な製品輸出の拡大である。輸出と投資に依存した経済成長を続けた 結果、中国は消費の割合が小さい。2016 年の GDP に占める消費の割合は 39%であり、日本の 56%と米国の69%に比べると、非常に小さいといえる12。
貿易摩擦による輸出の減少に伴い、中国経済の先行きは不透明感が増しており、投資や消費が 振るわない。中国は長年の高成長を経て、外需依存の輸出・投資主導型から内需中心の消費主導 型へ転換する必要が出てきた。国内で生産性を向上させ、所得格差を縮小したうえで内需を拡大 することが重要である。さらに中長期的に経済の減速に対応するため、中国はすでに広域経済圏 構想「一帯一路」を提唱し、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立した。
2013 年に中国国家主席習近平氏により、広域経済圏「一帯一路(One Belt and One Road: OBOR)」構想が提唱された。「一帯」とは、中央アジア経由のヨーロッパまでの陸上ルート、
「一路」とは、南シナ海からインド洋、ヨーロッパ、アフリカまでの海上ルートである。貿易、
商業、金融協力、及び社会的・文化的な協力のため、世界最大のプラットフォームを作成するこ とを目的としている。インフラ建設、交通と輸送、エネルギー、貿易と観光産業などの発展を促 進する。2018年末まで、中国はすでにアジア、ヨーロッパ、アフリカなどの122か国及び29の 国際機関と協定を結んだ13。
資金面の裏付けとして、2014 年に中国政府系の投資ファンド「シルクロード基金」が設立さ れた。さらに、2015 年に北京で中国政府主導の国際金融機関、アジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank:AIIB)が設立された。米国と日本は加盟していないが、アジアや アフリカ、イギリス・フランス・ドイツなどのヨーロッパの国々など、70 カ国はすでに加盟し ており、さらに 23 カ国が加盟する予定である14。アジアインフラ投資銀行は環境と社会的な持 続発展、およびインフラ開発のため、ほかの国際金融機関と協力しながら、インフラとほかの生 産部門に投資している。
4.今後の展望
貿易摩擦をめぐる米中協議がまだ続いている。対米貿易収支の黒字を大幅に削減するために、
中国は米国から農産品やエネルギーなどの輸入の拡大を約束している。一方で、貿易摩擦の要因 となっている知的財産権の保護や製造業の高度化を目指す「中国製造 2025」に対する米国の見
に依存している。中国にとって米国は巨大な輸出市場であり、米国にとって中国は最大の債権国 である。米国と中国は、安易に相手国に妥協すると、自国内の風圧が強まる可能性がある。自国 の国内経済と政治を安定化しつつ、相手国と交渉しながら対応する必要がある。先行きが不透明 な中、経済分野の覇権争いを表す米中貿易摩擦が今後もなお継続し、長期化する可能性さえある。
<注>
1 『中国統計年鑑』(中国国家統計局、中国統計出版社、以下同様)を参照。
2 United States Census Bureauのサイト(www.census.gov/foreign-trade/balance/c5700.html、2018年10月7日取得)を参照。
3 Patent Cooperation Treaty Yearly Review 2018- The International Patent System(World Intellectual Property Organization、2018 年、以下同様)を参照。
4 Patent Cooperation Treaty Yearly Review 2018を参照。
5 IC InsightsのCompany Reports(www.icinsights.com、2018年11月4日取得)を参照。
6 『日本経済新聞』(日本経済新聞社)を参考に筆者作成。
7 Yahoo! Finance database(finance.yahoo.com/quote/DATA/history、2019年1月6日取得)を参照。
8 IMFのサイト(www.imfstatistics.org/imf、2019年1月6日取得)を参照。
9 『中国統計年鑑』を参照。
10 『中国統計年鑑』を参照。
11 『中国統計年鑑』を参照。
12 『世界の統計2018』(日本総務省統計局、www.stat.go.jp/data/sekai/0116.html、2018年11月18日取得)を参照。
13 中国一帯一路のサイト(www.yidaiyilu.gov.cn、2019年1月6日取得)を参照。
14 アジアインフラ投資銀行のサイト(www.aiib.org/en/index.html、2019年1月6日取得)を参照。