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アマ ゾンの熱帯林破壊 につ いて

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21 3

アマ ゾンの熱帯林破壊 につ いて

宝 福 則 子

アマ ゾンの生態系破壊 に関連 して各種 の研究者 の学会が,すで に 1 960 年代 半 ば以来,頻繁 に開催 され,出版物 もふ えた。1 980 年代 中頃 の南極上空 のオ ゾン ・ホール確認以 降 に,世論が喚起 され るまで は, アマ ゾンといえば, ロ マ ン的 な想像力 を刺激す ることはあって も,ラテ ン・アメ リカの大部分 の人々 に とって さえ も, 日常生活 とは関係 のない遠 い辺境 の地であった。 しか し, 今,この状況 は変わった( 1 ) 。森林伐採 を原因 とす る環境破壊 が糾弾 され,先進 国の環境保護 団体が広範 な市民運動 を始 めてか ら久 しい。数年前か ら, 日本 で も森林保護 の重要 さは一般的 に認識 され,とくに 1 992 年 6 月 にブラジルの リオ ・デ ・ジャネイ ロで開催 され た 「 国連環境 ・開発会議 ( 地球 サ ミッ ト )」

前後 は,連 日マス ・メデ ィアが熱帯林破壊 について報道 した。 これ まで に普 及版 の良質な書物 も枚挙 にい とまがないほ どに,続々 と出版 されている。

さて,「 地球 サ ミッ ト」で は, 『 持続可能 な開発』 をテーマに論議 が展開 さ れた。工業化 を達成 した先進国傾桐ま,地球 を環境破壊 か ら救 うために,様 々 な規制 を設 けることを提案 した。他方, これか ら経済成長 を達成 しようとす る発展途上国側 は, これ に猛烈 に反対 した。結局,「リオ宣言」を出す にあた り,「 先進国 と発展途上 国 は環境問題 の責任 に関 して は共通 した責任 を負 う が,両者 の責任 の程度 には自ずか ら差 はある」とい う考 え方で合意 した。個 々

(1)Mo r an , Emi l i o F.1 9 8 2 :Ec ol ogi cal ,and Agr ono mi e Re s e ar c h i n t he

Amaz o nBas i n,i n: LATI N AMERI CAN RES EARCH REVI EW Vol . XVI I .

Nr . 1 . ,S. 3

(2)

の事例 についての, この 「 共通の責任」 については,様々な解釈が可能であ ろう

本稿で はブラジルのアマゾン河流域 の熱帯林破壊 の経緯 をめ ぐって, この間題 を論 じてみたい。

1 .アマゾンの概要

1. 1.地理的 ・自然的条件

「 法定 アマゾン」地域 は,ブラジル全土 の約 5 9 % ( 5 0 0 万 km

2)

を占め, 9

州が含 まれ る。この地域 の約 3 / 4 は,アマ ゾナス州,パ ラ州,マ ッ ト・グロツ ソ州の 3 つの州 に属 し ( 図 1 参照),人 口は約 1 , 7 0 0 万人 ( ブラジル全人 口の 約 11%) 。アマ ゾンの熱帯雨林 は,ひ とつにまとまった もの としては世界最大

出典 :西沢 ・小池 ,S. v i i i

図 1 . ブラジルの地域 区分

(3)

アマゾンの熱帯林破壊について 215 で あ る

(2)

。 この地 域 の 82. 7% ( 約 4, 1 27, 0 87km

2)

は雨 林 地 帯 で,残 りの 1 7. 3% ( 約 861, 85 2km

2)

を木 とブ ッシュの混合 地帯 が 占め,年平 均 2, 2 00 mm の降水量 ( 中央 アマ ゾンで は 3, 5 0 0mm) が ある

これ は地球上 の淡水量 全体 の 1 /5 に相 当す る。 この熱帯雨林 に は地球上 の全動 ・植物種 の 95% が生 息 し,木 の種類 だけで も 8, 0 0 0 種類 と推測 され る

生息す る生物 の多様性 と 人 口密度 の低 い熱帯森林 は,地球上 の遺伝子資源保存 の上 で,非常 に重要 で

あ る。どの程度 の生物多様性 が未来 のために残 るか は,熱帯森林保持 の状態, あ るい は破壊 の規模 にかか ってい る( 3 ) 0

1 . 2. イ ンデ ィオ先住民

イ ンデ ィオ先住民 は, 1 5 00 年 の ブラジル 「 発見

時点 で 7 0 0 万人 か ら 8 0 0 万人,今 日で は約 20 万人 ( ブラジル人 口の 0. 2% 弱)存在 す る と推計 され る

1 9 0 0 年 頃 ,23 0 部族 の存在 が確認 され たが, その後 の 1 9 5 0 年 まで に 87 部族 が消滅 し,さらに 57 グループが絶滅寸前 である。イ ンデ ィオの法律上 の保護 は保障 されているが,法律 が機能せず,絶滅 の危機 をまねいた 。1 9 88 年 の憲 法 は, 「イ ンデ ィオ」固有 の伝統的 な居住地 の保有権利 を認 め, 中央政府 に保 有地 の境界線確定 を義務 づ けたが, この法律 は新 しい もので はない( 4 ) 01 9 3 4 年 お よび 1 9 67 年 /69 年 の憲法 も, 「 森 の民

の土地保有権 を認 めた 。1 97 3 年

の 「イ ンデ ィオ保護法」 も, FUNAI ( 国立 イ ンデ ィオ基金) による 1 97 8 年

(2) 「 全盛期の熱帯森林 は,地球上の 1 0 % ,つまり 1, 5 0 0 万 km

2

を覆 っていた。今 日,その面積 は,ピークの 1 / 3 にまで減少 し,しか も年間 1 0 万 km

2

ずつ減少 し ている。このままだと,今世紀末には今 日の森林資源のほとんど,来世紀早々に は,最後に残 されたアマゾン西,ザイール中央の大森林す ら完全に消滅 してしま うことになる。毎年, 1 万種 もの生物がこの森林か ら消滅 している。 」本山美彦 1 9 9 1: 『 環境破壊 と国際経済』有斐閣 S. 2 0

(3)Kr e di t a ns t al tf orWi e de r a uf b a u( K f W) / De ut s c heGe s e l l s c ha f tf t i rTe c h一 mi s c heZus a mme na r be i t( GTZ)1 9 9 2 :SEKTORPAPI ER TROPENWALD BRASI LI EN AMAZONAS , i n: Lat ei namer i ka. Anal ys e n‑ Dat e n‑

Dokume nt a t i o n1 9 ,Hambur gS. 7 0 ‑ 7 1

(4)K f W/ GTZ,S. 7 1

(4)

1 2 月迄 のイ ンデ ィオ居住 区の境界測量 ・ 設定 を制定 した( 5 ) 。 しか し, この「イ ンデ ィオ保護」法 は,国家安全保 障や国家 的開発 に必要 な場合 や,地下資源 が あ る場合 に は,国家 はイ ンデ ィオ居住地 を接収 す る権利 が あ る,とうた う。

その限 りで, イ ンデ ィオの権利行使 に は大 きな制約が あった。

1 . 3. 人 口増 加

アマ ゾンの近代 的開発 は,部分 的 に は自然発生的 な大衆移動 を伴 い,無規 制 な人 口移動 を促 した。アマ ゾンは 1970 年か ら 90 年 までの 20 年 間,ブラジ ル最高 の人 口増加率 を記録 した。人 口は,1 950 年 の約 1 80 万人 か ら 1 99 0 年 の 約 1, 7 00 万人 に増加 した。 と くにロン ドニア州,マ ッ ト・グロ ツソ州北部, パ ラ州南部 お よび南東部 で の人 口増加 が著 しい。

これ らの地域 の人 口増加 は,開発 の前線部 だけで はな く,州首都 マナ ウス, ベ レム, クィアバ,サ ン ・ルイス, ボル ト ・ヴェ‑ リョでの急激 な増加 に も

よる 。1 980 年 には何 もなか ったマ ラバ, マカバ, ジ ・パ ラナの ような都市が 人 口密集地 とな り, これが また もやアマ ゾンの開発 を促 す要因 ともなった。

都 市人 口は 1 970 年 の 3 6%か ら 1990 年 の約 60%に上昇 した。アマ ゾンの様 々 な大 プロジェク ト ( 道路建 設,水力発電所計画,資源 開発等)建設期 に,大

(5)1 9 7 3 年の「 インディオ保護法」は,北部地域の 2 5 6 部族の居留地用 3, 0 0 0 万 ha の測量を終 えることとしたが,1 9 8 3 年時点でも目標 の 1 / 3 を終 えたのみである

測量の遅滞によって, 民間企業や土地の囲い込みを企む大地主が未登録インディ オ居住地 を容易 に取得 した。しか し,測量後のインディオ居留地認可後 も,居留 地が道路建設 によ り分断 された り,登録抹消 され ることをFUNAI は阻 まな かったし,農民や入植者の侵入を阻 まなかった 。1 9 8 3 年 2 月の新法により,イン ディオ居住地の測量担当は内務省 に移管された。 境界線引 きの決定 をアマゾンの 野心的な経済開発計画のニーズに見合 うように調整するためだ。さらに同年 1 0

月の政令により, 居留地 は民間企業による地下資源の調査・ 採掘用に開放 された。

それ までは国有企業にのみ厳重な監視のもとで認可 されていた。 これによって,

少な く見積 もっても2 6 部族が不利益 を受けた 。 Hage mann,Hel mut1 9 8 4 : St i r bt

de rWal °, s t i r btde rMe ns c h‑Be r gbau, Vi e hz uc htu ndI ndus t r i ez e r s t Or e nde n

Le be ns r a umde rl e t z t e nSt amme s vOl ke rBr as i l i e ns , i n: Made r s pac he r , F. / P. E .

St i i be n( Hr s g . ) ,Bo de ns c h dt z ec o nt r aMe ns c he nr e c ht e ,Ha mbur g,S. 2 2

(5)

アマゾンの熱帯林破壊 について 217

規模 な雇用機会 を求 めて膨大 な人 口が流入 した。 しか し,建設終了後 の大量 失業者 は, とくに地域 内都市の人 口密集地 に戻 る

未登記 の土地 に散在 し, 非合法 な土地所有者 として土地 を追 われ た人々 もまた都市化 の要因 となっ た

(6)

0

1 . 4. 帯森林破壊の規模

1 9 8 9 年の I NPE( 国立宇宙研究所)調査報告 によると, 1 9 6 0 年か ら 1 9 8 8 年 までに,アマ ゾンの森林 は約 7. 3 % 消失 しているが,この内にはセラー ド( 曲 が りくねった樹木 とイネ科 の草 の混在 した植物群落)の消失 は入 っていな

世界銀行 の委託 によるセラー ドの消失分 を含 めた調査報告 による と,約 1 2 % .

の森林 が消失 した 。I NPE の 2 度 目の調査結果 は ,1 9 9 0 年 8 月の時点で,法 定アマ ゾン地域 の約 8 % ,総面積 3 9. 6 万 km

2

が消失 し ,1 9 7 8 年か ら 1 9 8 9 年 までの年間消失面積 は 2 1, 8 0 0km

2

となっている 。1 9 9 1 年 には大幅 な景気後 退 のために,消失面積 は半減 した とはいえ, これ は ドイツのハ ンブルク市 の 面積 の 1 5 倍 に相 当す る( 7 ) 0

2 . アマ ゾ ン地域 開拓 の歴 史 2. 1 . 輸 出用換金作物生産期

アマ ゾン開拓 は植民地時代 にさかのぼる 。1 5 4 2 年 8 月,「 黄金郷」を探 し求 めるスペイン人征服者が,大西洋沿岸 のアマゾン川 に到達 した。船 でアマ ゾ ン内を探検す る途 中,食糧 を求めて,すでに肥沃な低地 のヴ ァルゼア地帯 に 形成 されていたインディオ村落 を襲 い,食糧 を剥奪 した。イ ンデ ィオ は殺戟

され,船で は到達で きない台地 のテラ ・フィルメ地帯へ追いや られた。 ブラ

(6)K f W/ GTZ,S. 7 1

( 7) Cal ca gnot t o,Gi l be r t o 1 9 9 2 : DasDi l e mmade rnac hhal t i ge nEnt wi c kl ungi n

Amaz oni e n, i n: " Lat e i name r i k a. Anal y s e n‑ Dat e n‑ Do kume nt at i o n " ,Hambur g ,

S. 3

(6)

ジル は,最終的に 1640 年 にポル トガルの植民地 となった。ポル トガル人 は, まず 1616 年 にベ レンを, その後 にマナウス とボア・ヴイスタを征服 した。 ブ ラジル北東部 の砂糖 きびやカカオ ・プランテーシ ョンの奴隷労働力 としてイ ンデ ィオを酷使 し,植民地経済 を拡張 した。 3 世紀 にわた る換金作物生産 の 結果,北東部地域 の土地 は疲弊 し,農園造成 ・砂糖精製用薪炭のために森林

も伐採 されつ くして,砂漠化 した( 8 ) 。

2. 2. ゴム ・ブーム

アマ ゾン開拓の第二期 は ,19 世紀中期のゴム・ブームで始 まる 。1 9 世紀末 の世界的な工業用需要 によってゴム価格が高騰 し,突然のゴム ・ブームで経 済活況 を呈す る。マナウスやベ レンのゴム取引業者や ゴム園の大地主 は,「ゴ ム男爵」の世 を誼歌 した。当時, ブラジル全土 と外 国か ら 10 万人がアマ ゾン に流入 した。 ブラジル北西部 イ ンディオの強制労働 によって, ます ます内陸 部への開拓が進む

しか し,世紀末 にアジアでゴムのプランテー ション栽培 が始 ま り, ゴム ・ブームは 1914 年 に衰退す る。アマ ゾン地域 は停滞 に陥 り, 再 び辺境 の地 となるが,第 2 次世界大戦初期の米国のゴム需要のために短期 間,形勢 は逆転す る。第 2次世界大戦末期 に,東南アジアが 日本の支配か ら 解放 された後,アマ ゾンのゴム生産 は再 び停滞 に陥 る( 9 ) 0

3 .近代 的 アマ ゾ ン開発 の 諸段 階 3. 1 . 大規模開発の準備段階

「ヴァルガス大統領時代の 1 937 年 に, ブラジル軍部 はこの地域 を開発す る 独 自の戦略 をたてた。その理論面 の指導者 ゴルベ リー将軍の考 えは,ブラジ ル は 『 アマゾンの森林 を文明の大水で満た さなければな らない』 とい うもの である

これが半世紀 にわたって軍の基本的な行動原理であ り,哲学であ り

(8)Hage mann,S. 1 9

(9)Hage mann,S. 9

(7)

アマゾンの熱帯林破壊 について 219

つづ けた。 ( 1 0 ) 」農業奨励政策 が計画 され るが,本格 的な計画実施 は,第 2 次世 界大戦終 了後 に持 ち越 され た。

クビシェク ( 1 9 5 6‑1 9 61 大統領)政府が,アマ ゾン開発推進 の基盤 をつ くっ た。新政府 は資本 をブラジル, アマ ゾンにまで も引 きつ けるために,一連 の 投資家用 の経済 的優遇措置 を とり, 外 国企業 や外 国人 資本家 の誘 致 に努 めた。

リオ ・デ ・ジ ャネイ ロか ら国の中央部 に建設 されたブラジ リアへ の首都移転 も, アマ ゾン開発へ向 けた政府 の並々 な らぬ決意 を示 した。 ブラジル中央部 と北部 を結ぶ ブラジ リアーベ レン間 の道路 が ,1 95 8 年 か ら 5 9 年 にか けて建 設 され,東部 アマ ゾンの開発 が容易 にな った。

ゴラル大統領 ( 1 9 61 ‑1 9 64) の大衆政党政府が,労働 者 の所得改善政策 を 打 ち出 し,農地改革 を開始 した。経済危機 の中,米 国 I TT 子会社 の国有化, 多 国籍企業 の本 国送金制 限法が成立 し,左傾化 をおそれ た軍部 が,合衆 国の 暗黙 の了解 の もとに,クーデ ター をお こした

(

l l ) 01 96 4 年 の軍事政府 による権 力奪取 に よって, アマ ゾン開発 は新段 階 を迎 える

1 966 年 にブランコ大統領 が 「アマ ゾン作戦」を発表 し, その後 のアマ ゾン 開発 に制度 的枠組 み を与 えた。 旧組織が改編 され, SUDAM ( アマ ゾン開発 庁)が創設 された。軍事政府 は, この地域 の天然資源開発 のための投資促進 と道路建 設 を軸 とす る一連 の計画 を開始 した。 アマ ゾンに民間資本 を引 きつ けるため に,様 々 な税制 ・ 金融上 の優遇措置 を とった。 「マナ ウス 自由経済地 域」 の設置, この地域 への商工業 の誘致 ・育成 ・行政監督 のための 「マナ ウ

ス 自由地域監督庁」 の設置 に よって, マナ ウスを近隣諸 国向 けの大量生産 品 生産用 の工業基地 として発展 させ る ことを意 図 した。 自由経済地域 の設立 に あたって は, 国際的 な民間企業 による協 同 プロジェク トが決定 的な役割 を果

( 1 0 ) ミラー,ケン トン/ローラ ・タングレイ ( 熊崎実訳) 1 9 9 3: 『 生命の木‑熱帯 雨林 と人類の選択』岩波書店 ,S. 7 5 ‑ 7 6

( l l )Br umme l ,Ha nsJ t i r ge n1 9 8 0 : Di eGr undl i ni e nde rb 7 1 a S i l i a ni s c he nA

u

Be n‑

po l i t i k ( 19641 197 8 )unt e rb e s o nde y l e rBe r i i c k s i c ht z iun g de rBe z i e h un ge nz u

La t e i na me r i k a,Fr a nkf ur t / M,SA9 ‑ 5 2

(8)

た した

(12)

0

ブラジル北部 のアマ ゾンには, ボ リビア,ペルー, コロンビア, ヴェネズ エ ラ, ガイアナ,ス リナム,仏領 ギアナの 7カ国 と接す る国境が ある。 アマ ゾンは安全保障上,戦略的 に も未 開発で,国境紛争 もあった。外国 のアマ ゾ ン天然資源開発計画 に も油断 はな らなか った。 アマ ゾンの豊富 な鉱物資源 に 目を付 けた米 国 は,すでに 6 0 年代 にハ ドソン研究所 による調査 を終 え,独 自 のアマ ゾン開発計画 をたてた

(1

3 ) 。1 9 6 8 年,ブラジル国内で この計画 の存在が 明 るみにでて,世論がわ き,民族主義者が抗議 を起 こした。「 一方,アメ リカ 合衆国空軍 の調査研究 は, よ り具体的な影響 を与 えた。 アメ リカの工業家が この調査結果 を知 り ,6 0 年代後半期 に大 コンツェル ンが巨大 な土地 を買い占 めたのだ。例 えば,リオ・ジャ リにロック・フェラーが 5 0 万 ha ,ジ ョージア・

パ シフィックが 4 0 万 ha ,億万長者 ルー ドヴィックのナ シ ョナル ・バル ク ・ キャ リアーズが 1 4 0 万 ha とい う具合 だ

」(14)

.

3. 2.1 97 0 年代以降の大規模 開発計画

3. 2. 1.1 9 7 0 年代前半の開発計画‑ アマ ゾン横断道路建設 と移住計画 軍事政府 は ,6 0 年代 に整備 された制度的枠組 みを基盤 に,国内に山積す る 社会経済問題 の解決 と,政治的緊張 の緩和 のために, アマ ゾンを本格 的 に開 発 し,新 しい入植地 を獲得 し ようとした 。1 9 7 0 年 に北東部 を襲 った激 しい早 魅が, メジシ大統領 の 「国家統合計画」 の引 きがね となったが, また上記 の 米 国による調査や土地取得 にたいす る懸念 も,未 開のアマ ゾンをブラジル社 会 へ統合 しようとい うその計画の一因だった。

( 1 2 )K f W/ GTZ,S. 7 2

( 13) 「 サンタレンにダムを作ってアマゾン川をせ き止めて南米大陸の中央に巨大な 内陸湖 ( 大昔,間氷期には存在 した)を作れば,莫大な発電力が得 られるのみな らず,全アメリカ大陸への水上輸送網が拡充される」という計画。シューマ トフ, アレックス ( 且敬介訳) 1 9 9 2: 『 地球 は燃えている』新潮社 S. 8 1

( 1 4) Ha ge ma n n ,S. 25

(9)

アマ ゾンの熱帯林破壊 について 221

政府 は,道路建設,広範 な範 囲 にわた る農地開拓,牧畜業 の拡大,鉱 山事 業 を推進 した。1 97 2 年 に最初 の 1, 20 0km が開通 した 「アマ ゾン横 断道路」

の建 設が,1 97 0 年以 降 の開発 の基盤 となった。ハ イ ウェー沿線 に,ブラジル 北東部 の 1 0 万世帯 を 1 9 70 年 か ら 1 97 4 年 まで に入植 させ, さらに 19 80 年 ま で に総計 1 0 0 万世帯 を入植 させ る計 画 だった。 「 人 な き土地 に土地 な き人 を」

のスローガ ンで,「 1 0 0ha の土地 が 20 年 ロー ンの 7 0 0ドルで売 りに出 され, 2 部屋 の家 は 1 0 0ドル だった・ ・ ・ ・ ・ ・( 政府 の広告 キ ャンペ ー ンで)最初 の 6 カ 月か ら 8 カ月 は 1 家族 あた り 3 0ドルの補助金 が支払 われ,収穫 を担保 とした 融資が保証」され た

(15)

O この政策 の成果 は,最初 の計画 目標 にはお よび もつ かなか った。最終 的 にはわずか約 1 万 3 , 000 世帯 が入植 したのみだ。 この内 1 9 8 0 年 まで に I NCRA ( 国立植民 ・土地改革局) の用意 した入植地 に住 みつ いたの は, たったの 8, 0 00 世帯 で, しか もそのほ とん どはほかの土地 や新 し い村 に移 るか, あ るい はこの国 の主要 な都市 の貧民街 に戻 る運命 にあった。

平均 1 0 0ba 程度 の土壌 の貧弱 な土地 で は,農場 の外 に兼業 の機会 がないか ぎ り, 自立 で きない ことが明 らか になったのだ。 しか し小規模 な農場 の近 くに 仕事 のあ ろうはず もな く,近隣 の森林 に入 ろうに も,牧場 に囲い込 まれてい た り破壊 されていた。暴力が横行 す るようにな り, ます ます多 くの土地 を集 積 す る大地 主か らの圧力 で小農民 の 3 人 に 1 人 は生命 に危険 を感 じて 自分 の 土地 か ら去 ってい った(

16)

0

アマ ゾン入植 は,1 9 7 2‑1 9 74 年 の 「 第 1 次国家 開発計 画」において失敗 し た。1 97 4 年,政府 はアマ ゾンへ の植民計画 を中止 した。劣悪 なアマ ゾンの土 壌 の評価 の誤 り,開拓 の計画 と実施 の欠陥, 複合的 なイ ンフラス トラクチ ャー の欠如等 に よ り,他 の分野 で も失敗 した。 それ に もかかわ らず,政府 の政策 は ,7 0 年代後半期 のアマ ゾンへ の急激 な人 口流入 の要因 となった。道路建 設

( 1 5 ) シューマ トフ ,S. 8 3

( 1 6 )ミラー/タングレイ,S. 7 8; レヴキン,アンドリュー ( 矢沢聖子訳) 1 9 9 2: 『 熱

帯雨林の死‑シコ ・メンデス とアマゾンの闘い 』S. 1 5 7

(10)

のみが きわだって優先 され, まもな く, ボル ト・ヴェ‑ リョ, リオ ・ブラン コ,マナウス,サ ンタレンが首都 ブラジ リアや, さらに南東部 や南部 まで を も結ぶ道路網がで きた。 さ らに北部近隣国 との国境沿 いの道路建設が計画 さ れたが, これ には軍事戦略的な意 図が あった。 ( 図 2 .参照)

3. 2. 2.7 0 年代後半以降の 巨大開発 プロジェク トー小農入植計画の放棄 ガイゼル将軍政府 は,第 1 次石油危機 ( 1973) による膨大 な国際収支赤字 を解消 しなけれ ばな らなか った。 その打開策 としての「 第 2 次国家開発計画」

で は,輸入 に依存 しないエネルギーお よび原料 の供給 と,鉱物 お よび農産 品・

牛 肉 ・木材 ・パルプ輸 出の増加 に重点 をおいた。 ここで,政府 は最終的 に小 農 の救済策 としてのアマ ゾン入植政策 を打 ち きり,成長経済指向政策 に開発 政策 を転換 した。「 大規模経営 による大規模 開発 に重点 を置 いた時,農業大 臣

出典 :西沢 ・小池 ,S. 11 4

図 2 .アマゾンを貫 く道路

(11)

アマ ゾンの熱帯林破壊 について 223

パ ウネ リは, その理 由 として 『 技術 的 に も経済的 に もこの地 を使 用す る能力 のない小農 にアマ ゾンの土地 をまかせ るの は無意味 だ』と,小農 を罵 った

」(17)

3. 2. 2. 1 .「 ポ ラマ ゾニア計画」 ( アマ ゾン農牧畜業 ・農鉱 業拠 点計画) 政府 は ,1 974 年 に,第 2 次 アマ ゾン開発計画 「ポラマ ゾニ ア計画

を決定 した。SUDAM の指導下,アマ ゾン開発 の 1 7 の開発拠点 セ ンターの設置が計 画 された。 アマ ゾン開発が,ハ イウェー沿 いの 「 線」の開発 か ら広範 な 「 面」

の開発へ拡充 され た。 この開発計 画 の特徴 は,大規模 な政府補助金が民間経 済奨励事業 に投入 され た ことだ。投資用 の民 間資本獲得 の中心 とな る措置 と

して税制上 の優遇措置が とられ,大規模 な公共融資や助成金が交付 され た。

「これ よ り SUDAM の助成 に支 え られ た牧 畜業 の大 開発 プロジェク トが集 中す る

数百 の大地主 とすで に数年前 か ら土地 を取得 していた企業 が,今 や アマ ゾン開発 のパ イオニ ア とされ た。政府 は,牛 肉の需要が高 まった米 国 と EC 市場 向 けの牛 肉生産施 設 の拡大用 に必要 な総投資額 の 7 5% までの助 成金

を出 した。197 7 年 まで に 340 企業 が SUDAM の助成金 を受 けた。その中 には ブラジル ・フォル クス ワーゲ ン, ヴ ァル タ AG , ア トラス GmbH ,ニ クス ド ル フな どの西 ドイ ツ資本 や,6 8 万 baを所有 す るイタ リアのヴ ァチカ ン銀行 系液体 ガス会社 のスイア ・ミッス農場 も入 ってい る。 アマ ゾン南東部 の牧畜 業者 は,大規模 な火入 れ によって奥地 の熱帯雨林 まで を も破壊 した。助成 が スター トして 3 年後 の 1 977 年時点 で,SUDAM か ら助成 金 を受 けた牧 畜業 者が所有 す る総面積 は, 8 万 km

2

にのぼ る。助成金 を受 けなか った牧畜業者 も税制上 の優遇措置 を得 て,さ らに開墾 されていない森林 を焼 いた。10 年間 で少 な く見積 もって も 40 万 km

2

をかれ らが取得 した。( 1 8 ) 」これで大規模 な肉

( 1 7 )Kohl he pp,Ge r d 1 9 7 9:Br as i l i e nspr o bl e mat i s c heAnt i t he s ez urAgr ar ‑ r e f or m:Agr a r kol o ni s at i o ni nAmaz o ni e n,i n:EI s e n l1 an S ,H.( Hr s g . ) ,Agr a r ‑

r e

f

o r m i nde rDr i t t e n We l t ,Fr ankf ur t / M. S A9 3

( 1 8) Hage mann,S. 2 8‑ 2 9

(12)

牛牧畜業 による大規模 な森林破壊 が促進 され, この開発段 階 を通 して破壊 が 続 く。 これ らの牧畜事業 の ほ とん どは,政府補助金 によって初 めて利潤 の出 る事業 となった ものだ。1 989 年 に は,35 万 km

2

の肉牛放牧用地獲得 のために 1 4 万 km

2

の森林 が破壊 され た。コールヘ ップの推計 に よる と,アマ ゾンの森 林 消失総面積 か ら見 て,牧畜業 の開発 による森林破壊面積 が最大 の割合 を占 め, それ は生態的 に も経済 的 に も疑 問が ある。 この事 実か ら,政府 の牧畜業 奨励策 が森林破壊 の要因で あった といえる

(1

9 ) 0

土地投機 による利益 を求 めた り,助成金や優遇措置 を目当て に強奪的 な土 地取得 をした 「 土地男爵」 による環境破壊 は,小農や道路建設 による環境破 壊 の規模 を何倍 も上 回 る。 アマ ゾンのイ ンデ ィオ追 い出 しの方法 も,道路建 設作業者 や入植者 の方法 に くらべて攻撃 的で,壊滅 的 だ( 2 0 ) 。法律 の保護 か ら 見捨 て られたイ ンデ ィオや小農 は,生存 をか けて,土地 防衛 のために牧畜業 者 と闘わ ざるをえなか った。 アマ ゾンは,大資本 が第 2 次 アマ ゾン開発計 画 を開始 す る とともに,暴力 的 な血 をみ る土地紛争 の最多地域 となった。1 971 年, アマ ゾンで は,全死亡者 に占め る土地紛争 の犠牲者 は, はじめて 6% に

なったが,1 974 年以 降 は,この関係 が逆転 す る。1 97 6 年 の同全死亡者 の 90%

が土地紛争 による ものだ。金 で雇 われた ビス トレイ ロ と呼 ばれ る用心棒 が, 紛 争地 のイ ンデ ィオ を簡単 に駆逐 す るのだ。人里離れ た辺境 で警察力が及 ば ない ことや,牧畜業者 が十分 な金 と力で警察 や担 当局職員 を買収 した こ とが これ を許 した。最初 の牧畜業拡大期 には, 日本 や ヨー ロ ッパや米 国 の他産業 部 門か らの資本 も含 めて,牧畜部 門 に 1 0 億 ドル をはるか に上 まわ る投資 が あった

(21)

。この結果 ,「 1 972 年か ら 76 年 のあいだにア クレ州 の土地価格 は 1 0

( 1 9 )Ko hl he pp,Ge r d1 9 8 9 :Di eBe dr o hungt r o pi s c he rRe ge nwAl de r ,i n: Ki e l e r Ge o gr a phi s c heSc h n j t e n,Bd. 7 3 ,S. 8 9

( 2 0 )Kohl he pp,Ge r d 1 97 7 :Zum Pr o bl e m Yon l nt e r e s s e nko nf l i kt e n be 主de r Ne ul a nde r s c hl i e Bung i n L宜nde r n de r Dr i t t e n We l t . Am Be i s pi e lde s Br as i l i ani s c he nAmaz o nas ge bi e t e s ,i n:Re i nhar dt ,K. H.( Hr s g . ) ,Fy l a n k j T ur t e r Be i t 7 7 @ez urDi da kt i kde rGe o g 7 1 a Phi e ,Bd. 1 ,Fr ankf ur t / M,S. 2 3

( 21 ) Ha ge ma nn,S. 2 9

(13)

アマ ゾンの熱帯林破壊 について 225

倍か ら 20 倍 にな り,州土全体 の約 1 /3 に相当す る 480 万 ha で所有権 の移動 があった

」(22)

牧畜業以外 の 「 大型 プロジェク トは主な ものだけで も,( 1 ) エネルギー関 係 で は世界最大 のイタイプ発電所,原子力発電所 の建設,大陸だなの石油開 発お よびアル ミ精錬 のためのアマ ゾン地域 のツクイル発電所 の建設がある

( 2 ) 鉄鋼関係 のプロジェク トで は, 日本 と合弁のウジ ミナス製鉄所 の拡張計 画, これ と並ぶ 2 つの国営製鉄所 の拡張計画, 日本 ・イタ リア ・ブラジル三 国合弁のツバ ロン製鉄所建設計画,イギ リス との協力 によるアソ ミナス製鉄 所計画等がある 。( 3 ) 資源開発で は,世界最大 の鉄鉱 山であるカラジャス鉄 鉱 山の開発お よびその周辺 のカラジャス総合開発 プロジェク トがあ り,非鉄 金属で は, 日本 とブラジルの合弁 のアマ ゾン ・アル ミ精錬 プロジェク ト,ア ル コア, シェルのサ ンルイス精錬所,そ して, これ らにボーキサイ トを供給 す る トロンベータス・ボーキサイ ト鉱山等の開発がある。・ ‑‑ これ らの大型 プ ロジェク トの総投資計画額 は 82 年現在で 8 兆 143 億 クルゼイロに達 し,これ は当時の為替 レー トで換算す ると約 640 億 ドル に相 当す る。その うち ,81 年 末現在で約 310 億 ドルが投資 された。 そ して, これ らのプロジェク トの投資 の多 くは対外借款 によって賄 われた

。(23)

「ポラマゾニア計画」は形式上 は 1987 年 に終了 した 。1989 年 にサルネイ大 統領が一時的 に税法上 の優遇措置 を停止 し, コロ) I , 政府 ( コロ) I , 大統領 は 1990 年 3 月就任) によって最終的 に廃止 された 。1991 年の森林伐採面積 は, 1978 年か ら 1989 年 までの年平均伐採面積 の半分 にまで減少 した。不景気や 他 の年 よ りも雨期が長かった こと, また優遇措置 の停 ・廃止が原因 と考 えら れ る( 2 4 ) 0

( 2 2)ミラー/タングレイ ,S. 8 3

( 23) 細野昭雄 ・恒用意市 19 8 6: 『ラテンアメリカ危機の構図一累積債務 と民主化 のゆ くえ』有斐閣 ,S. 65 ‑6 6

( 2 4) Cal c a gno t t o,S. 3

(14)

3. 2. 2. 2.「ポ ロノロエステ計画」 (ブラジル北西部統合 開発計画)

政府 は,1 981 年 に世界銀行 か らの 3 億 3, 000 万 ドルの融資で 「ポ ロノロエ ステ計 画」を開始 した( 2 5 ) 。世界銀行 の融資 を受 けるにあた り,提 出 した計 画 施行 の主要 な 目的 は ,( 1) 国家統合 の強化 ,( 2) 他地域 で経済 的 に周辺化 した層 に就業機会 を創設 し,吸収 す るため, 当該計画地域 にお ける妥 当な入植 と開 拓 の促進 ,( 3) 当該地域 にお ける生産 お よび所得 の上昇 ,( 4) 地域 間格差 の是正 ,

( 5 ) 地域 開発 の増強 と地域 の生態系 システムお よびイ ンデ ィオ住民保護 の保 障 とされた

(26)

。 ここで,再 び小農 によるロン ドニア州 とマ ッ ト・グロ ツソ州 の アマ ゾン農地 開拓が奨励 された。

この開拓促進計画 によ り 19 85 年中期 まで に 4 万 4, 000 強世帯 が入植 した。

1 981 年,BR364 号線 ( クィアバ ーボル ト・ヴ ェ‑ リョ間)が アス フ ァル ト舗 装 され,南部 お よび南東部 の貧 しい農村部住民や都市住民 に とって移動 の条 件が画期的 に改善 された。年間 1 5 万人 が, ロン ドニアやマ ッ ト・グロ ツソの 生態的 に劣悪 な土地 に まで も流入 した。 これが,広大 な範 囲 にわた る無計 画 な入植 や森林 破壊 を助長 した。森林 への圧力 は,大地主や不動産業者 による 小入植者 の駆逐 によって さ らに増大 した。 ポロノロエ ステ計画 は,生態的 に 最 も憂慮 され る事態 を引 き起 こした。また,この舗装 は

,

「 州都 ボル トベ‑ リョ を,大 消費地 であるサ ンパ ウロな ど南東部 につなげる ことにな り,従来 か ら の小規模農 に加 えてサ ンパ ウロな ど南部 の牧畜,冷凍 肉業者,木材加工業者 等 の大規模 資本 が多数進 出 をはた した。 そ して, かつての移住者 の土地 も, す くなか らぬ割合 で これ ら大企業 の手 に落 ちた

」(27)

( 2 5 )1 9 8 1 年か ら8 3 年に世界銀行は,ロンドニアとマット・グロツソの 「ポロノロ エステ移住計画開発プロジェク ト」 用 に約 4 5, 0 0 0 万 ドルをブラジルに貸 し付 けた。大部分は BR‑ 3 6 4 号線道路の舗装 とその支線建設 に使われ,この道路 はそ れ まで未開発であった森林の心臓部 を貫通 し ,1 9 8 9 年だけで 2 0 万人 もの土地の ない移住者 を引き寄せた。 これは政府の主張通 り「 史上最大の土地改革」であっ たか もしれない。 しか し同時 に,ブラジル最高の森林消失の元凶 となった。 ミ ラー/タングレー ,S. 8 4 ‑ 8 5

( 26 )K f W/ GTZ,S. 7 3

( 2 7 ) 西沢利栄 ・小池洋一,1 9 9 2: 『 アマゾンー生態 と開発』岩波書店 S. 1 2 9‑ 1 3 0

(15)

アマゾンの熱帯林破壊 について 227

4 . ア マ ゾ ン熱 帯林 破壊 の原 因 と影 響

政府 による開発構想や計画や実際の活動 は,民間人 の行動や企業活動, ひ いて は森林消失 の過程で重要な影響 を与 えた。直接的 ・間接 的な熱帯雨林破 壊 の要因 と, その影響 の仕方 を以下 に まとめる。間接 的に もっ とも影響 の大

きか った対外債務 について は幾分,詳細 に述べ る

4. 1 . 熱帯林破壊の直接的要因 とその影響

( 1) 「 大規模農 ・ 牧畜業 の開発や農地 の無規制 な開墾 によって広大 な森林地域 が砂漠化す ることを懸念す る」記事が, まだ大規模 開発計画前だが,すで に 1 97 3 年 1 0 月 8 日付のブラジル週刊誌 『 オ ピニオ ン』 に掲載 された。例 えば 1 971 年 だけで も,アマ ゾン横 断道路沿 いの森林伐採 に 6, 00 0 人以上, SUDAM の中央部 ブラジル牧畜用地 開墾事業 に 5 万人,新道路 に隣接 した 森林 の商業用木材伐採 に 4万 5千人が従事 した( 2 8 ) 。ブラジル北東部や南部

の伝統的な開拓地 ( 砂糖 きびや コー ヒーのプランテー シ ョン栽培 によ り砂 漠化) の農民が, ここに職 を もとめて流入 した。土地所有 の集中化や機械 化 による農業 の合理化,都市部 の就業機会 の不足等が,人 口流入 の主要 な 原因である

最新 の道路建設機械 や牧畜地開墾用の大型 ブル ドーザーの大 量導入 によって,大規模面積 の森林伐採が可能 だった。 また輸入税免除 の 安価 な化学除草剤 ( ヴェ トナム戦争で使用 された枯 れ葉剤 と同成分 の, ダ

ウ ・ケ ミカル製 トル ドン)の散布 による大規模破壊 も可能 だった( 2 9 ) 0 ( 2) 道路建設や水力発電所建設 ‑ と くに水力発電 ダム建設 にあた り,谷 の

傾斜勾配が ゆるいために通常必要 とされ るよ りもかな り広 い面積 の森林 を 水没 させた。

( 2 8 ) デーヴイス,シェル トン ( 関西ラテンアメリカ研究会訳)1 9 8 5: 『 奇跡の犠牲 者たち‑ブラジルの開発 とインディオ』現代企画社 S. 1 9 4

( 29 ) デーヴイス S. 1 9 5‑ 1 9 6

(16)

( 3) 鉱 山お よび資源加工 プロジェク ト‑ カラジャスの銑鉄生産用燃料 の木 炭, アル ミニ ウム生産用 の電力確保 のための発電所建設,鉄道遵 設 な ど森 林破壊への影響 は大 きい。 また,金属鉱石 の採掘 ・加工 は,土壌 ・水質 ・ 森林 の生態系 に大規模 な被害 を与 えた。

( 4) 輸 出用木材伐採 ‑ 輸 出用高価値木材 の伐採量 はわずかだが,ず さんな 作業 によ り,伐採地近辺 や搬出路 の他 の樹木 を大量 に倒壊 した。

4. 2. 政策上の要因 とその影響

政府 の様々 な政策が間接 的 に森林破壊 を引 き起 こした。 その内容 は以下 の 通 りで ある

( 1 ) 税金優遇措置 ‑ アマ ゾンに投資 した企業 の法人所得税 の 1 0 年 か ら 1 5 年 の猶予 と所得税 の 5 0% の控除, 森林伐採 した土地 の土地税 の 90% 免除や 特定 の条件 の もとでの 1 5 年間の所得税免 除等 の措置が とられた 。1 96 6 年 の導入 か ら 1 0 年間 に 34 5 の牧畜業関連事業 に 7 億 5, 0 00 万 ドル もの税 金 が還付 された( 3 0 ) 0

( 2) 輸 出生産用お よびプランテー シ ョン向 けの低利特別融資 ‑ 政府 は外貨 獲得用 に大規模面積 を必要 とす る輸 出用農産物 ( 大豆,砂糖 きび,肉牛) 生産 を,優遇措置 によって奨励 した 。1 9 85 年 まで に SUDAM は約 95 9 プロ ジェク トの奨励事業認定 ( 牧畜業 だけで 6 31 企業) をした。大規模 であ る に もか か わ らず,牧 畜 業 は雇 用 面 で寄 与 しな かった。平 均 的 な牧 場 で 2 50‑3 00ha に労働者が 1 人 である。それ ばか りか,生産性 も低 く,ブラジ ル は今 だ牛 肉輸入 国で さえある

(3

1 ) 0

( 3) 農地改革 の欠落 ‑ ラテ ン ・アメ リカ諸国の例 に もれず, ブラジルで も

( 3 0 ) レヴキン ,S. 1 4 8 ‑ 1 4 9

( 3 1 ) 「 貧弱な土壌のために 1ha 当た り牛は一頭 しか飼えない。ある試算では,ハン

バーガーをひとつ作 るたびに熱帯雨林が 6 平方 m 姿を消すことになるという結

果がでたほどだ 」 、シューマ トフ ,S. 8 4

(17)

アマゾンの熱帯林破壊について 229 農地改革 による生産的な土地所有構造が確立 されない どころか,政府 の輸

出政策が この間題 を先鋭化 した。1 980 年当時, 土地無所有 の農民が約 1, 2 00 万人 いた。 しか も ,51 5 万人 の土地所有者 の 9 割が,所有面積 1 00ha 以下

の小農で, 全農耕地 の約 20%の耕作地 で国内消費用 の主食穀物類 の約 8 8%

を生産 している( 3 2 ) 。大規模農業で はモノ ・カルチ ャーが特徴 で,大豆 のモ ノ ・カルチ ャー栽培用 だけで も 1 982 年 には約 820 万 ha で,全耕作農地 の 約 20% を占める。大豆耕作地 の約 88% は,国内食糧生産用地が転換 された ものだ。大豆生産 のために小農が それ までの居住地か ら追 い出され, これ が部分的 にはアマ ゾンへ流入 した。 ブラジルの主 に粗放農法 による大豆生 産高 は上昇 し, アマ ゾンにまで生産地が拡大 した。マ ッ ト・グロ ツソ州 の 1 5%,ゴイアス州 の 6%を大豆耕作地が 占め,1 989 年 に,ブラジル は 2, 370 万 t の大豆 を生産 し,約 40 億 ドルの収入 を得 た( 3 3 ) 0

( 4 ) ブラジル風 の土地取得法 ‑ 1 年 と 1 日以上,森林 に住 みつ き,かつそ の土地 を 「 生産的な」目的 のために使用 していれば,所有権 が認 め られ る。

放牧地 は 「 生産 的な」土地使用 と認 め られ たために,森林 を伐採 ・ 焼却 し, 放牧地 とす ることが, もっ とも手 っ とり早 い土地 の取得法 であった。 これ が,大規模 な森林破壊 につながった( 3 4 ) 0

( 5) 低 い払 い下 げ価格 ‑ ( i ) 牧畜業 の粗放的な土地使用,( i i ) 持続 的な土地使 用 に無関心,( i i i ) 小農 の移住, ( i v ) 土地投機 による利潤獲得 を導 いた。政府 は 国有地 を超安価 で払 い下 げた。開拓計画で は, 1 世帯 当た り 1 00haの配分 の他 に,州政府 の監督下,3, 000haまでの使用権 が取得で きた。森林 の場 合 は 50%の伐採が許 された。形式上 の名義人 による土地取得 によって,土

( 3 2 ) 「 ブラジルにおける土地所有の集中は驚 くべきものだ。アマゾンのロンドニア 州では 1 9 8 5 年の時点でたった 2%の土地所有者が 61 %もの土地 を保有 し ,5 3%

の小所有者の土地 を全部集めても1 3%にしかならなかった」 ミラー/タングレ

イ ,S. 8 2

( 3 3)K f W/ GTZ,S. 7 3

( 3 4 ) レヴキン ,S. 1 5 1

(18)

地投機 に拍車がかかった。アマ ゾンの土地投機 は農業や肉牛飼育 よりも, はるかに高い利潤 を生みだした。

( 6) 「 利潤送金法」 ‑ 外国企業が,投資 ・再投資資本 の 12% を無課税で本国 に送金で きる魅力 のある投資先 として,ブラジル,アマ ゾンに進出 した

(3

5 ) 0

( 7) 道路建設 による交通網改善 ‑ ( i ) アマゾンへの移動の簡易化 と人 口流入 の増大,( i i ) 小農,大投資家,木材業者 の移動 の簡易化 による森林焼失面積 増大 の原因 となった。

( 8) 政治的宣伝 ( プロパガ ンダ) ‑ ( i ) 地方政治家 による愛国的な小農の森林 破壊 ( 開拓)鼓舞,( i i ) 選挙公約 のイ ンフラス トラクチャー建設 , ( i i i ) 社会問 題緊迫地域 の農地改革 に代わ る解決法 として貧農の移住 を促進 した0 ( 9) 軍事上 の対外政策 ‑ アマゾン開拓 による国家安全保障 をはか った。

4. 3. その他の間接的な要因 とその影響

政策 の欠如 ともいえる,間接的な要因 は以下 の通 りである。

( 1) 貧困問題 と人 口増加 ‑ ブラジルの人 口が増加 ( 年平均増加率 2, 1%) し, とくに北東部 の貧困問題 の先鋭化 と,都会 の人 口過密地域が人 口吸収 能力 の限界 に達 した ことが,アマゾンの人 口急増 を導いた。 とくにロン ド ニア州,マ ッ ト・グロツソ州,パ ラ州で急増加 した

( 2) アマゾンの土地所有 の集中化 ‑ 貧弱な土壌 のため,小農 は失敗 し,常 に移住 を強い られ,大地主 は残 された土地 を安 く買いあさった。

( 3) 熱帯林 にたいす る知識 の欠如 ‑ このために,他 の地域か ら入殖 した農 民 は,森林 や土地 の妥当な使用がで きず,砂漠化 した土地 を放棄 し,次の 森林へ開墾 目的で移動 した。

( 4) 牧場 主 の社会的地位 ‑ 伝統的 に牧場 主 の社会的評価が高 く,小農 に とって農耕 よりも魅力的だ。森林 を維持 した形態の農業 は,森林伐採 によ る牧畜業 に くらべて魅力がない。

( 35 ) デー ヴ イス ,S. 21 8

(19)

アマゾンの熱帯林破壊について 231 ( 5) 大 プロジェク トか らの労働力放 出 ‑ ダムや道路 の建設作業終了後 は,

作業員 は小農 としてプロジェク トの近 くに残 り,森林 を開墾 し, 自給 自足 経済 を営 む( 3 6 ) 0

( 6) イ ンフレ‑ ブラジル は,恒常的 にイ ンフレに悩 まされた。都 市住民 の 困窮化 の一方で

(37)

,資産家 は,イ ンフレの中で最 も確実 な財産保全法 とし て土地 を取得 ・所有 した。

4. 4. 対外債務

「 軍事政権 による政府主導の産業化政策 の下 に,70 年代前半の『ブラジルの 奇跡』と呼 ばれ るような高度成長過程 を経 て,同年代後半 にはいわ ゆる NI Cs

( 新興工業国)としてブラジル は大 き く浮上 した。 だが, その実,農工間の生 産性格差 や,政府系企業 の肥大化,大土地所有 の集 中 と小農 の零細化 といっ た二重構造 の拡大,さらには対外資金依存 の急増 な どの問題 をもともなった。

そ して,その矛盾が 1 97 9 年 の第 2 次石油危機 ,80 年以降の世界 同時不況 と世 界 的 な高金利 の下 で国際収支危機 やかつて ない深刻 なス タグ フレーシ ョン

( 不 況 とイ ン フ レの 同時 進行 状 態) となって一 気 に露 呈 す る こ と となっ た

。(38)

歴代 のブラジル政府 は 「中途半端 な経済安定化 と野心的な開発計画 の間で たえず揺れ動 いた。 ( 3 9 ) 」デフレ効果が生産 ・ 雇用 にマイナスに働 き, 当該勢力 の政治的圧力 を引 きお こすやいなや,デフレ政策 を放棄 し , I MF と合意 して,

( 3 6 ) デーヴィス ,S. 2 01 ‑ 21 8

( 3 7 ) 大経済危機の開始 とともに ,1 9 7 8 年,1 9 7 9 年,1 9 8 0 年 と連続 して都市の自動 車産業・ 金属産業労働者の大ス トライキの波が起 こり,時によっては 1 0 0 万人が

ス トライキに参加 した . Bo r i s , Di e t e r1 9 9 0: Ar b e i t e r b e u J e gun gi nLat e i name r i k a, Mar bur g,S. 1 21

( 3 8 ) 堀坂浩太郎 1 9 8 6 :ブラジル‑経済路線の転換 と農地改革,前田・加茂 ・ 細野 ( 編) 『 ラテン・アメリカ累積債務 とその政治的社会的影響』ラテン・アメリカ協 会 S. 1 5 0

( 39 )Wo gar t , Jam‑ Pe t e r1 9 7 4 . ISt ab i l i s i e r un gs ‑und l V ac h s i um砂o l i t i ki nBy ; a s i l i e n ,

(20)

実質賃金 の下降 ( 1 9 64 年か ら 1 97 6 年 まで に 20%〜25%下降) を押 し通す一 方,多国籍企業 の利潤送金 を自由化 し, 外国企業 に投資 しやす い環境 をつ くっ た

(40)0

1 968 年 か ら工業拡 大 をめざす成長政策 が デ フ レ政策 に とって替 わ っ た。消費財 ・投資財 ・軍事産業 の迅速 な開発 によ りブラジル を工業 国 にす る,

とい う軍部 の工業化戦略 は 「国家 と外 国企業 の分業」 に基礎 をおいた

(4

1 ) 0

経済成長 は石油輸入 に強 く依存 して推進 され た。投資財 ・半加工 品 ・エネ ルギー ・ 食糧輸入 用 の外 国か らの借款 によって, ブラジル の対外債務 は 1 9 68 年か ら 1 973 年 まで 41 億 ドルか ら 1 34 億 ドルへ と増加 した。政府 は 1 973 年 か

ら 74 年 の石 油危機 による打撃 にたい し, イ ンフレを覚悟 の成 長政策 を とっ た。 当時,欧米金融市場 で は,オイル ・ダ ラーが だぶついてお り,欧米 の民 間銀行 は, この資金 の貸付先 を探 していた。 ブラジル政府 は, と くに この高 利 の融資導入 を強化 し,輸 出増大 をはか った。197 3 年 か ら 1 979 年 の間 に対外 債務 は 4 倍 の 5 35 億 ドル に達 した( 4 2 ) 。 この対外債務 の急増 は, と くにエネル ギー部 門 の巨大 開発 プ ロジェク ト ( イタイプ ・ダム, ア ング ラ ・ドス ・レイ スの原発 ) によって起 こった。 その他,石油依存 か ら抜 け出す ため に, 自動 車燃料抽 出用 の砂糖 きび生産用 に巨大 な面積 にわた る耕作地が利用 され た。

その結果,食糧価格 の高騰 を よび,食糧輸 入が増大 した ことも対外債務増大 の一因 となった。

1 979 年 の第 2 次石油危機 と,続 く世界経済危機,先進 国の保護主義, と く に米 国の高金利政策 に よって上昇 した債務返済負担が, この国 を完全 に債務

St ut t gar t ,S. 1 2 ( 4 0 )Br umme l ,S. 98

( 4 1 ) 政府の経済活動 はとくにインフラス トラクチャー建設,工業原料 ・軍事産業。

多国篇企業の子会社 は第一 に耐久消費財に,その後の段階で投資財へ とだんだん 活動の範囲を広げた 。EBe r , Kl aus1 9 7 9 : La t e i na me r i k a ,Z ndu s t r i al i s i e r un gs ‑ s t 7 1 at e gi e nundEnt wi c kl un g ,Fr ankf ur t / M,S. 8 6

( 4 2 )Al t vat e r ,El mar1 9 8 3:De rTe uf e l s kr e i sde rAus l ands ve r s c hul dung‑de r

We l t ma r ktaufde mWe gi ne i neKr e di t kr i s e, i n: Pr o kl a 52 ,[email protected],Be r l i n ,

S. 1 0 2‑ 1 9 3 ,S. 2 2

(21)

アマゾンの熱帯林破壊について 233 危機 に追 い込 んだ( 4 3 ) 。ブラジル は,以前か らの債務完済 と高金利 の支払 いだ

けのために,新規 に融資 を受 けるとい う悪循環 に陥った。外国資本 を生産的 に利用 して,金利支払 い用 の外貨 を獲得 す る余裕 は少 な くなった( 4 4 ) 。政府 は, 1 9 80 年 11 月 1 2 日に経済安定化計画 を発表 した後,1 981 年 の輸 出入収支 は資 源輸 出経済への転換 によって 1 2 億 ドルの黒字 を出 した。しか し,これ は国内 市場 に負担 をか け,失業率 の上昇 を ともない, しか も急激 な債務危機 を阻む

こともで きなか った。

1982 年秋 の,メキシコ債務危機 とともにブラジル も借款信用 を失 った。外 貨備蓄が底 をつ き,政府 は I MF の 4 2 億 ドルの資金導入 のために安定化 3 カ 年計画 を実施 した。 この計画 の内容 は ,( 1 ) 輸 出増加 ・輸入削減 ・国庫支 出削 減 ・国庫収入増額 のために毎月の幣価切下 げ率 をイ ンフレ率 よ り 1%上 に定 める,( 2) 国内利子 の引 き上 げ,( 3) 公共企業 ・ 公共サー ビス部 門や小麦 ・ 砂糖 ・ 石油関連事業や輸 出 ・農業部門用助成金 の廃止,( 4) 輸 出関税 や輸入制 限の廃 止 だった。さらに I MF は多国籍企業 の利潤送金 の簡易化 と,賃金上昇率 をイ ンフレ率 の 80% に抑 える法的措置 を要求 した。1 983 年 1 月の政府 とI MFの 合意後,ガ ソリン ( 45%) ・ 電気 ( 90%) ・ 小麦 ( 1 00%) が値上 げされた。I MF

は実質賃金 の引 き下 げを安定化政策 の柱 としたため,都市部 の周緑化 した住 民 の最低 限 の生存維持 さえ も困難 にな り ,1 983 年 4 月 に は大都 市 で暴動 や スーパー ・マーケ ッ トの略奪騒動が起 こり,警察や軍隊が動員 された。 7 月

( 4 3) ブラジルの経済学者で,1 9 6 4 年のクーデターまで企画相 だった C.フルタ ド は ,1 9 7 9 年から1 9 8 2 年 までの世界経済危機 と利子負担が,約 4 0 0 億 ドルの対外 債務増加分の原因だと推測 した。とくに重要なのが ,1 年以下の短期貸付債務だ。

これは 1 9 7 9 年か ら1 9 8 1 年の間に 3 6 億 ドルか ら1 2 9 億 ドルへ と,債務総額の 6. 8%から 1 7. 4%に急上昇 した 。1 9 81 年の債務総額 は7 4 4 億 ドル。 Al t vat e r1 9 8 3 , S. 2 2

( 4 4 )KO r ne r , Pe t e r / Ge r o MaB/ Thomas Si e bol d/ Rai ne r Te t z l af f 1 9 8 4 :Z m

Te u f e l s kr l e i sde rVe r s c hul dun g‑De rI nt e r nat i o nal el 柁hr ungs j T o ndsund di e

Dr i t t eWe l t ,Hambur g,S. 1 0 4 1 1 0 5; 「シティ ・コープは,ウォルター ・リス トン

の時代には国家が破産するようなことはないとの信念のもとに, 第三世界 に積極

的に貸付 け,事実,1 9 7 0 年代には膨大な収益をこの種の貸付から得ていた。しか

(22)

に はス トライキや抗議 デモが大都 市 で展 開 され た

(45)

0

膨大 な対外債務 ( 1 989 年 当時 で約 1, 1 50 億 ドル)の金利返済 負担 も莫大 で あった。 このため にアマ ゾンの天然資源 や木材 や農業 ・牧畜業生産物輸 出の 外貨収 入 が 当て られ た。 しか し,不利 な交易条件 のために膨 大 な量 の輸 出が 必要 で あった。 これが さ らに大量 の天然 資源 の採掘 を促 す条件 とな り,環境

にマ イナス の影響 と結 びついた。

まとめ

ブ ラジル の工業化 は, 国際的 な借款 ・援助 によって開始 され た。 アマ ゾン 開発 によって得 られ る外貨 を工業化 の原 資や債務返済 に当て る意 図か ら ,70 年代以 降 の近代 的開発計画 で はは大規模 な農牧 畜業 や天然資源 開発計画 が実 施 され た。 その結果 として急激 なアマ ゾンの熱帯林破壊 が お こった。計画実 施 主体 で あ る歴代 の ブラジル政府 は もとよ り, これ を まね いた国際 的 な金融 機 関 もその責任 か ら免 れ る ことはで きない。 アマ ゾ ン熱帯林 破壊 の元 凶 を判 断す るために,以下 にワイ ツゼ ッカー

(46)

の引用文 を参考 に挙 げ よう

「 主流 の経済思想 に呼応 して, 開発途上 国 の国家 開発計 画 と 『 北 』お よび国

し ,1 9 8 2 年末 までには,米国商業銀行の貸付上位 9 行で,資本金の 2 87. 7 % も第 三世界全体 に貸付 け, ラテン・アメ リカだけで 1 7 6. 5% も貸 し込んでしまったの である。このような状況では,もし第三世界の債務の 3 分の 1が返済不能 になっ て しまえば, ほとん どの商業銀行が破産する恐れがあった。 このため もあって, 米財務省 は返済の滞 りがちな第三世界 に圧力 をかけて元利支払いを継続 させ, 年々の新規融資 を 2 5 0 億 ドル も上回る返済 を強制 した。 第三世界 の経済が急速 に きしんだことは言 うまで もない。第三世界の国内情勢 は険悪な ものになって し まった。」本山美彦 ,S. 1 9 5

( 4 5 )K6r ne r / MaaB/ Si e bol d/ Te t z l af f ,S. 1 0 6 1 1 0 7

( 4 6 ) ワイツゼ ッカーは物理学者であ り, ドイツの代表的地球環境研究機関である ヴッパタール研究所長 として 1 9 9 2 年の リオ地球サ ミッ トに ドイツ政府代表 とし て参加。 理想主義的でヒューマンな思想 と現実的な思考, 活発な活動 により,ヨー ロッパで環境保護運動 と経済界 の双方か ら信頼 され る知識人 だ。エル ンス ト ・ U.

フォン ・ワイツゼ ッカー ( 宮本憲一 ・楠田貢典 ・佐々木建訳) 1 9 9 4: 『 地球環境

政策一地球サ ミットか ら環境の 2 1 世紀へ』有斐閣 S. 3 2 6 ‑ 3 2 7

(23)

アマゾンの熱帯林破壊 について 235

際金融機 関か らの援助 プログラム は, あ らゆる形態 の生存維持経済 を克服 す ることを目標 にして きた。工業化,技術教育,エネルギー供給 お よび交通 イ ンフラス トラクチ ャーが開発 の格好 の対 象領域 であった。 また世界市場へ の 統合 は,開発戦 略 お よび I MF と世界銀 行 に よる近 年 の経済 的 リス トラ ク チ ャ リングのお気 に入 りの 目標で あった し,い まもそ うである。 これ らすべ てが大義 のための十字軍 の精神 を もって実施 されたのである。‑‑・ 〔 その代償 として :宝福補足〕環境が破壊 され生存維持経済が消滅 したのである

最近 になって ようや く何人 かの経済学者 (と くに女性 の経済学者や開発途上国の 経済学者)が現代 の経済開発理論 の有効性 を疑 い はじめた。彼 らは, 自分 た ちの国の 『 開発』か らなんの利益 も得 られぬ どころか,開発 によって しば し ば巨大 な不利益 をこうむる人 び とが多 く存在す ることを指摘 す る

損失 を受 けた者 はもはや,主流 の経済学者 による将来 の経済的 『 離陸』 の約束 を信頼 していない

。‑

‑‑

伝統的な経済学 によれば,効率的な世界市場 は万人 を益す るように機能 す る

世界市場 は世界的規模 の分業 に基礎 をおいている。 しか しこの分業 は南 北関係 について はシンメ トリック ( 左右対称)で はない。 『 北』は植民地時代 か らの技術的優位性 のおか げで,価値が高 く経済的 に利益 のあるあ らゆる仕 事 を確保 して きた。一方で開発途上 国 は原材料 の供給者 としての役割 に固定 されたが, この役割 は彼 らの求 めた もので もなければ, と くに価値 の高い も ので もない。 ウルグアイの歴史家 ガ レア‑ノ ( Eduar doGal eano) がい うよ うに,『 国際分業 は獲得す るばか りの人が いる一方で,失 うばか りの人 がい る ことを意味す るにす ぎない』‑‑今 日の環境危機 を,ヨーロ ッパで はじまった 人 口爆発 とあわせて, ヨー ロッパ による世界 中の開拓 と植民地化 の直接的な 結果 と考 えることは, あなが ち行 きす ぎた想像 である とはい えない。環境危 機 は,歴史的 にみて ヨー ロ ッパ 〔 そ して 日本 ・米 国 も含 めた先進国 :宝福補 足〕が直面 したおそ ら くもっ ともきび し く重 い歴史的責務 であろう

」(47)

( 4 7 ) ワイツゼッカー ,S. 1 2 8‑1 3 0,S. 3 6

(24)

テ リーに本部 を置 く ECLA/UNEP ( 国連環境計画 ・南米委員会)が提案 す る南米 の環境 を破壊 しない開発,「もうひ とつの発展の道」をあげて,本論 稿 を終 える。

「 ( 1 ) 天然資源 の利用 は,雇用 を生 み出す ものでなけれ ばな らない。 また, 外国か らの投入 は少 な くす る。

( 2) 現在 の ような短期的資源 のフロー よ りも,将来 の資源 ス トックを優先 させ る

( 3) 不必要な商 品の製造や輸入 にたい して はきび しい制限 を設 ける

( 4) 農村地域 の保護管理, た とえば植林,土壌浸食地域 の段丘 ( 土止 め) 形成,濯概 システムの改善,代替 エネルギー資源 の利用拡大 な どを行 う

ために,必要 な労働力 を増 やす。

( 5) 公共部門の予算やサー ビスの低下 (これ は需要 の落 ち込 みの結果であ る)に対処す るために,新 しい 「 共 同的な消費」地域 や,社会 的な基本 施設 を整 える。

( 6) 専門家 グループ,とくに農業部門で働 く専門家 の養成 の際 には,よ り 優 れた環境管理 を必須 の関心事項 とす る。(

48)

( 4 8 )レッドクリフ ト,マイケル ( 中村尚司 ・古沢広祐訳)1 9 9 2: 『 永続的発展一環

境 と開発の共生』学陽書房 S. 1 3 2

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