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寡黙 な騎士の物語 「モー ロ人の娘の洞窟」 をめ ぐって

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寡黙 な騎士の物語

「 モー ロ人の娘の洞窟」 をめ ぐって

山 田 貴 史

〜Er e sl as e doe laguae nmicami no?

Ant o n i oMa c ha do

「汝 はわが道 におけ る渇 きか水 か ? 」

ア ン トニ オ ・マ チ ャー ド

1. 「 三つの会話」の物語

1 8 6 3 年 1 月 1 6 日に 『 ェ ル ・コンテ ンボラネ オ』に発表 され た 「モー ロ人の 娘 の洞窟 」 ( Lac ue vadel amor a) はベ ッケルの散文作 品の 中では抜 きんで た もの では ない とされて きた。 よ りは っ き り言 って しまえば凡庸 な作 とみ ら れ て きた。

た とえばガル シアーどこ ョ‑ は以下 の よ うに述べ る( 1 ) O

Dal ai mpr e s i 6ndequeBさ c quernos epr opus oe ne s t al e ye ndam孟s quet r as pas ar nosl at r adi c i 6n, ve r dade r aof i ng ida( e sde c i r , i de adapore l alc ont act odel as ol edaddel osal r e de dor e sdeFi t e r o,l asr ui nasyt alve z al gunashi s t or i asquecor r i e r ane ne f ec t oe nt r el age nt ede ll ugar ) ,t al comol aoy6oi magi n6quel apodi ahabe roi do,pe r °s i ni nt e nt arhac e r

( 1) Ga r c f a‑ Vi a6( 1 9 7 0 ) ,p. 2 5 0.

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160 人 文 研 究 第 8 1 輯

c one l l aunao br adear t e.Niuns ol opas a j ehaye ne ls e nc i l l or e l at oque r e c ue r del af ue r z ai ma g inat i vadeo t r osde laut or .Laad j e t i vac i 6ne s pobr e,conve nc i onal ,y s e r e pi t e n ユ asf r as e she c hasy l osconc e pt os mani do s . Cual qui e r ades use l e me nt o s:l apas i 6 I lde lcabal l e r o, e lamo rde l amor a,l al uc ha, l asapar i c i one s ,e s t えー r at adoe nal gunaot r al e ye ndac on f ue r z ayor i gi nal i dads upe r i or .

ガル シアービ‑ ヨー に よる と,ベ ッケルは この作 にお いてそ もそ も芸術 的 な 作 品 を意図 してお らず, この作者 の想像 力 を思 い起 こ させ るよ うな一節 す ら 見 あた らない し,形容 の仕 方 も貧 しければ,慣用句や使 い古 しの表現 が あふ れてい る, とい うこ とに な る。 しか しべ ッケル は詩 の場合 とは ちが って,敬 文 の作 品 を書 く時 には, この作 品のみに限 らず, わ りあい 自由気 ままに慣用 句や使 い古 され た表現 を使 う傾 向が あ る。従 って この点 につ いては, なに も

この作 品のみ に限 った こ とでは ない, と言 えそ うであ る。

イスキェル ドも次 の よ うな指摘 を行 ってい る。少 し長 くな るが, 引用 して み る価値 はあ る

(2

才 。

Fal t ae n La c ue v a de l a mw a a l gof undame nt al ,ca r ac t e r i s t i ca domi nant edelr e s t odel e ye ndas .Sonl asr e c r eac i one spoe t i cas ,l asde s ‑ c r i pc i o ne sdea mbi e nt e s ,e ll i r i s model apr os api c t 6r i c ays e ns or i al ,e l al e t e odel ai ma gi nac i 6n,l ai ncl us i 6ndel os o br e nat ur a l .A modode r omanc emor i s c oz or r i l l e s co, Bさ c que rs el i mi t aanar r arapr e s ur adame nt e l ahi s t or i a,s i n ahondare n eli nt e r i ordel ospr ot agoni s t as , mi r are l c r e pas c ul ooes c uc harl osaye sdel oss ol dadoshe r i dosye lf r agordel a bat a l l a.S6l ol ade s cr i pc i 6ni ni c i aldel asr ui nasde lc as t i l l o畠r abes e

( 2) I z q ui e r do( 1 9 8 7 ) ,pp. 7 7 ‑7 8.

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寡 黙 な騎 士 の物 語

1 6 1 ac e r caale s t i l ope c ul i arde lpoe t a ( ‑) ,t odoe sac c i 6nymovi mi e nt o , r 孟pi das uce s i 6ndel oshe c hosnar r adosye s que mえー i cac e l e r i dadde lpr opi o di s c ur s onar r at i vo.La a bundanc i adeve r boss o br et ododeac c i 6m y mo vi mi e nt oye lpr e domi ni odel aor ac i 6nc or t ays i nt e t i c ame nt es i m‑

pl i f i cadades ubor di nac i one sc onf i e r e nae s t apr os aunasc ar ac t e r 壬 s t i cas der api de znar r at i vanoha bi t ual e se nl ao br adeBe c que r .

他 の伝 説 ( 作 品) にはあ る何 か基本 的 な ものが 「モー ロ人の娘 の洞窟 」 に は欠けてい る。す なわちそれ らは詩 的 な再創造 であ る とか,絵画的 であ り, かつ感覚 に訴 えて くる散文 の拝惰性 等々 であ り, また主要 を人物 の 内面 を深 く掘 りさげ た りす るよ うな こ ともな く,大 急 ぎで物語 を語 るこ とに終始 して い る。すべ ては行為 と運動 であ り, 出来事 が またた くまに継起 し, また動詞 ( 特 に行為 と運動 の それ)が あふれ,短 い文章,単純 な構文 が,物語 を大 急 ぎ の うちに進行 させ る とい う傾 向 をこの散 文 作 品 に は与 え るこ とに な って い る。 それはベ ッケル の作 品にはふ だんはみ られ ない ものであ る。 とい うのが ほぼ イスキェル ドの主 張す る ところであ る。

さ らには次 の よ うな文 中で " me l anco l 壬 a〟 とい う語 を二度つか うところ ま で指摘 され る。勿論 その反復 が うるさい とい う意味 で, であ る。

‑pe r °e lal made lca bal l e r os eha b壬 al l e nadodeunapr of unda me l ancol 壬 a, ynie lcar i Aopat er nonil ose s f ue r z osdel aami s t ade r anpar t e adi s i pars ue xt r aaame l anc ol 壬 a.( 傍 線 引用者)

この箇所 を と りあげ, ロペ ス ・エ ス トラー ダ らは こ う述べ る( 3 ) 0

Obs e r ve s el ar e pe t i c i 6ndeme l ancol 壬 a,quepr e f e r i mosde j art al co moe s t 畠e ne lt e xt ope r i odi s t i cocomomue s t r adeque,ave c e s ,e l

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L6 pe zEs t r a dayL6 pe zGa r c 壬 a‑ Be r do y( 1 9 8 7 ) ,p. 2 1 5.

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16 2 81 輯

e s c r i t o rnoc o r r e gi al o so r i gi na l e s .

作家 た る ものは もっ と細心 であ るべ きであ る と言 いたいわけだ。

どの評者 の意見 もなか なか手厳 しい。 しか し上 に引いたすべ ての注文,普 言の洪水 はベ ッケル を他 の作家 と くらべ た時 に聞かれ る ものではない。 そ う ではな く, この作 品 「モー ロ人 の娘 の洞窟」 を彼 の他 の物語作 品に くらべ て み る時, は じめ て聞かれ る もの なのであ る。評者 たちはベ ッケル を敬 愛す る あ ま り,つ ま り彼 な らもっ と良 く書 け たはず なのに と残 念が るあ ま り,手厳

し くなって しまったの では ないか, と思 えて くる。

すべ ての作 品に同 じ高水 準 を望 むのは,批評す る側 の高望 み, ない ものね だ り, とい う感 が あ る し, それ を求 め られ る書 き手 の側 としては これほ どの 苦痛 もないであ ろ う。 また作 家 の側 としては, は じめか ら同 じ水準 の作 品 を 書 こ うとい うこ とな どは まった く頭 にな く,単 に従 来 のス タイル を,パ タン を変 えてみ たか ったのか もしれ ない。 いつ もの彼 の方法 を,構成 を,文体 を か えてみ たか ったのか もしれ ない, と弁護 す るこ ともで きよ う。

各評者 に よって上 で指摘 され た点の他 に もこの作 品におけ るいわゆ る 「 簡 素化」 をい くつか試 みに挙 げてみ るこ とが で きる。 まず主 人公 の騎 士 に も, この人物 に思 い を寄せ られ る娘 に も名 前が ない こ とに気づ く。彼 は 「 有名 な キ リス ト教徒 の騎士 」 とい う 「 名」 で読者 に紹介 され, それ以降 は もっぱ ら

「 騎 士」と呼ばれつづ け られ る し,彼女 は 「モー ロ人の砦 の守備 隊長 の娘」と して登場 し, 以後 は 「モー ロ人の娘 」 と呼 ばれ る。

また会 話が極端 に少 ない。 よ り正確 にいえば騎士 のモ ノロー グ風 の訴 えが 二 回 と娘へ の呼 びか けが一 回だけ であ る。す なわ ち口を開 くのは主 人公 のみ で他 の誰 に も台詞 は与 え られてい ない。 しか も彼 の こ とばはいずれ も短 い。

彼 の三 つ の会 話が物 語 中の会 話 のすべ てであ り, しか もその うち二 つ は喉 の 渇 きを訴 え る もの であ る。以下 に そのすべ て を引用 してみ よ う。

i Te ngos e d! i Memue r o! i Mea br a s o!

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寡 黙な騎士の物語

i Te n gos e d!i Mea br a s o! i Agua! i Agua!

そ して

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‑ 〜Qui e r e ss e rc r i s t i a na P 〜 Qui e r e smo r i re nmir e l i gi 6 n y , s ime s a l vo,s a l va r t ec o n mi go ?

これが この作 品におけ る 「 会話」 のすべ てであ る。

確 か に異例 とい えば異例 といえ る 「 簡 略化 」 であ り,大 急 ぎで仕上 げた と い う見方 もあ りうるだ ろ う。 しか し単 な る 「 手抜 き」 と 「 意図的 な省 略」 の 間には大 きな隔 りが あろ う。省略 に よる文 学 とい うものが成 立 しうる し,現 に存在 もして い る。 わが国の俳 語 な どはその典 型的 な例 だ ろ う。 それ を礼 讃 す るオ クタビオ・ パ スの よ うな文 学者 もいれば,一 方 で率 直 な意見 として「こ ん な ものは誰 にで もあ る感興 をただ即興 でつぶや いてみ ただけではないか。

それ を文字 に して残 してお く人間の気 が知 れ ない」 と声 高 に述べ るスペ イン 人の文 学研 究者 も知 ってい る。

俳 句 は さてお き, この物語 の 「 会 話」 の少 な さに戻 っていえば, これ は単 な る手抜 きや大 急 ぎで作 品 を仕上 げ たため だけの結果 ではな く,他 の会 話 を 省 略す るこ とに よ り生 みだ され る効 果 を作者が知 っての こ とであ る, と言 え よ う。 す なわ ち他 の 「 会 話 の省略 」 に よって,実 際 に文 中に出現す る数 少 い 会話 の こ とばのひ とつ ひ とつ の意味が よ り深 くな り, それ らに よ り重 みが加

わ り, よ りその訴 え る ところが作 品の 中で際立つ, とい う効果 を うみ だ して い るよ うに思 え る。 この こ とに よって この騎士 の声が物語ぜ んたいの 中に こ だ ます るよ うに思 え る。

勿論 少 ない こ とに よって必ず しもそれ 自体 で尊 くほな らないが,騎士 の 口

か ら直接語 られ るこの会 話 は, われ われが 日常生活 で も感 じる何 かが不 足す

るこ とに よ りうみだ され るいわゆ る 「 希 少価値 」 とい うもの をこの物語 の 中

で発揮 してい るよ うに も思 え る。 この騎士 が ひ ど くお喋 りを人物 な ら, この

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16 4 人 文 研 究 第 8 1 輯

三つ の会話 も他 の彼 の くどい こ とば の洪水 の 中にのみ こまれ, この よ うな際 立 ち方 をす るこ とはないであ ろ う。ああ またあのお喋 りが何 か喋べ ってい る,

と思 われ るだけか もしれ ない。

逆 説的 な言 い方 にな るが, この三 つ の こ とを言 わせ るため にベ ッケルは こ の作 品 を書 いた。 だか らこの三つ さえ残 しておけば, あ とは 「 簡略化 」 して もか まわなか った とい う見方 もな りたちえ よ う。 そ して実際, この作 品の な か で この三つ の こ とばは,背景 か ら前景へ と押 しだ され,くっ き り浮 びあが っ て くる。

さて本稿 では,上 に引用 した この作 品‑ の注文,苦 言 を十分 に承知 の うえ で, その 「凡庸」 さの故 に他 の作 品ほ どにはあ ま り論 じられ るこ との なか っ た この 「モー ロ人 の娘 の洞窟」 とい う作 品 をい くらか仔 細 に論 じてみ たい。

特 に上 でみ た三つ の 「 会 話」 の重 み に焦点 をあてなが ら論 じて い くこ とにな る。 そ してで きるこ とな らば, この作 品 もや は りまざれ もな くベ ッケルの作 品 なのだ, とい う結論 にた ど りつ きたい。

2. ス ペ イ ン伝 泉 の モ テ ィー フ

構 成か らみ る と,他 の 「 前 言 」 ( pr ol ogui l l o) を もった作 品同様 , まず 「前 言」 が あ り,次 いでス ト‑ リその ものが始 まる とい う形 を とってい るが, こ の作 品では この 「 前言」が異様 に長 い。作 品全体 のほぼ三分の 一 ほ どを 占め, 読 みだす と,読者 はフ イテ一 口の紀行 文 か旅行 記 で も始 まるのだ ろ うか とい

う印象 を もつ。 しか しア ラブ人 の城 の廃嘘 の克明 な描 写 な どは, この後 に続 くその城 を舞 台に した物語 との間に流 れ る 「時間」 を読者 に伝 え るのに きわ め て効果 的 な もの となってい る。

そ して この 「前言」 は,彼 の 『 伝 説集』 の他 の多 くの作 品同様, あ る地 に まつ わ る物語が その土地 の人の 口か ら語 り手 であ るベ ッケルに伝 え られ, そ して彼 か らさ らにわれ われ読者‑伝 え られ る, とい う 「口承文芸」 の伝 統 と 様 式 を踏 まえた導入部 の形 を ととの えてい る。 ここでは,土地 の農 夫 の 口か

らベ ッケル‑, そ してわれ われ読者へ , であ り, また他 の物語 で も,農 夫 の

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寡 黙 な騎士 の物語 165

か わ りに第一 の語 り手 は土地 の老 人や若 い娘や案 内人 らであ り, いずれの場 合 も, その物語 で語 られ る出来事 が起 こったその場 で語 られ るこ とに よ り, いわば「トポスの力」,土地 の精霊 の力 に よ り物語 の迫真性 が増す こ とにな る。

ここで は, その場 が城 の廃嘘 であ る。農 夫 の語 る ところに よれば, い まで も モー ロ人 の娘 の亡霊 が このあた りをさ まよ うとい う。毎夜, 白い衣 を身に ま

とった娘 が洞窟か ら川‑下 り,水 を汲む とい う。

この よ うな導入部 で始 まるこの物語 の テー マ は,ガル シア‑どこ ョ一 に よる と,二つ あ る( 4 ) 0

Ene l l as er e pi t e ndost emasques ehamder e pe t i runa灸ode s pu芭 S , comoyahe mosvi s t o,e n Lar o s adepa s i 6 n : e ls ac r i f i c i odel amuj e rpor s uamant eys uconve r s i 6nal af ec r i s t i anaquepr of e s ae l . Enunt ono me nor ,ape nase s boz ado,r e pi t et ambi e ne lt e ma,c ar oaBe c que r ,del os apar e ci dos , e sdec i r , del osmue r t osquevuel ve navagarporl ose s c e nar i os dondepe r di e r onl avi da.

恋 人の ための女性 の側 か らの 自己犠 牲, そ してその恋 人の信仰 す るキ リス ト教 へ の改宗 とい う二つ のテー マ であ り, さ らに 「 落命 した場 に現 われて さ まよ う亡霊 」 とい うもうひ とつ のテー マ もあ る とい うこ とにな る。

この三番 目の テーマ, す なわ ち 「さ まよ う亡霊 」 は,べ ニ テスの用語 では モテ ィー フ ( mot i vo) とな るが, ここは この二 人の用語 のずれにつ いて論 じ てい る場 ではないの で,両者 の術語 はその ままに,ベ ニ テスのい う, この物 語 におけ るこの モテ ィー フにつ いての意見 を引 くこ とにす る

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0

En" Lac ue vadel amor a" ,Be c que rc r e aunahi s t or i adeamore nt r e

(4)

Ga r c f a‑ Vi 氏6( 1

9

7 1 ) ,p

.

2 4 7.

( 5 ) Be n

t e z( 1 9 7 1 ) ,pp. 1 5 7 ‑1 5 9

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166 人 文 研 究 第 8 1 輯

unamor ayunc r i s t i ano,s i mi l araal gunosdel osr omanc e smor i s cosde Zor r i l l a. Unee s ahi s t or i acon un mot i vo t r adi c i onale s pa缶ol:noe s c as ualquee lpoe t as 呈 拍el aac c i 6me nNavar r a. Es emot i voadqui e r e s l gni f i cac i 6npor quet odoe lr e l a t oe xpl i cal as upe r s t i ci 6nquee nc ubr e・

さ らに,

Todasl asgr ut asnat ur al e soar t i f i c i al e sdel az onamont a缶os ade Es paaa‑ de s del osPi r i neoshas t al aCant abr i a

s ue l e ns e rcon‑

s i de r adas ,e nl ass upe r s t i c i one sl ocal e s ,co momor adasdel osmor os .

そ して

Elmot i voqueBさ cque rut i l i z as edame j orconf i gur adoe nuna t r adi c i 6nr e co gi daporCe l sGomi se nl az onadeAr ag6nquepe r t e ne ci 6a Na var r a,e nl ami s mal 王 neade lEbr o, ce r cadeFabar aye nl abocade lr 壬 o Mat ar r a缶a. Exi s t eal l il a c a s adel o smwo s: e ss e pul c r oques e gdnuna l e ye ndapo pul ardaaunagal e r i aco nhe r mos asc畠 mar asador nadasde o r o. Es t 孟ha bi t adopore le s p壬 r i t udeunamor ae ncant adaquee ndf as de t e r mi nadosvahac i al af ue nt edepi e dr ac e r c adelr i o,porunl ugarque s el l ama c ar y l e γ αdel amo m.

そ してベ ニテスは こ う結論す る。

Elmot i voc e nt r alde" Lac ue vadel amor a"e spue sunmot i vo t r adi c i onale s paaol .

す なわち 「モー ロ人の娘 の洞窟」 の モティー フはす ぐれてスペ イン的 な伝

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寡 黙な騎士 の物語 167

革 のモテ ィー フ とい うこ とにな る。一言 で言 うな らば, それは 「洞窟 にモー ロ人の娘 の霊 が住 み,水 を汲みにでて くる 」 とい うモテ ィー フであ り, この モティー フに よってベ ッケルは 「モー ロ人の娘 の洞窟」 を書 きあげたこ とに なる。事実,この作 品の タイ トル その ものが,このモティー フその もの をは っ き りと名 ざししてい る。

3. 渇 き と癒 しの物 語

さて,上 でみたテー マや モティー フのかわ りに,「ロシア ・フォルマ リズム」

の民俗学者, プ ロップの提案 した昔話 におけ る 「 機能」 とい う考 え方 に基 い て, この物語 を分析 してみ る と, この物語 は 「 欠乏」 と 「 充足」 とい う二つ の大 きな機能 の連鎖か ら成 り立 ってい るこ とが わか る。 あ るいは, この二語 のか わ りに, もっ とこの物語 にそ くして 「 渇 き」 と 「 癒 し」 とい う二語 をあ てて もよいであろ う。

欠乏 ‑ 充足

渇 き

欠乏 癒 し

充足

渇 き‑ 癒 し

冒頭 でひ とつ の 「 欠乏」が生 じ, これ を充足 させ るために物語 が展開 し, これが 「 充足」 され ると物語 の一つ の輪 は閉 じられ るが, そ こで またあ らた な 「 欠乏 」 が生 じ, これに よって再 び物語が動 か されてい く。 これが この物 語 を前へ前へ と進め る力 となってい る。

ご く大雑把 な言い方 を して しまうと, まず キ リス ト教徒 の騎士 が 回教徒 に 捕 え られ, モー ロ人の城 で囚われの身 とな る。 そこで城 の守備 隊長 の娘 を見 かけ,彼女 に魅せ られ, 「 彼 には不可能 な対象」に深 く心 を奪 われ る。 ここに

「 愛す る対象」 を得 たい とい う 「 欠乏」の状態が生 じる。 そ して この 「 欠乏」

は,騎 士 が解 放 され,帰 還 した後 も,何 か 月 も続 く。 「欠 乏」 は,彼 に は

me l a nc ol i a として顕 れ る。そ して何 人 も彼 の憂愁 をいやす こ とはで きない。

「 充足」され る 日まで,す なわち 「 不可能 な対象」を獲得 す る 日まで, この欠

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168 人 文 研 究 第 8 1 輯

落 の感覚,憂愁 はつづ くこ とにな る。

その苦 しみの 日々 をベ ッケルは こ う措 く。

Me s e sy me s e spas 6 e lc a bal l e r o f or j ando l ospr oye c t osm孟s at r e vi dosya bs ur dos:or ai magi nabaunme di oder ompe rユ asbar r e r as que l os e par a bandeaque l l amuj e r ,or ahac 壬 al osma yor e se s f ue r z ospor ol vi dar l a,yyas ede c i d壬 aporunacos a,yas emos t r a bapar t i dar i odeot r a abs ol ut ame nt eopue s t a,has t aque ,alf i n,undi ar e uni ∂as usher manosy compaae r osdear mas ,hi z ol l amaras ushombr e sdegue r r ay,de s pue sde hac e rcone lmayo rs i g il ot odo sl osa pr e s t osne c e s ar i os , cay6dei mpr o vi s o s o br el af or t al e zaqueguar da baal ahe r mos ur ao bj e t odes ui ns e ns a t o a

m

Or .

「 彼 の無分別 な愛 の美 しい対象」を思 う時の苦悩 と無燥感,相 矛盾す る内心 の葛藤, そ して またた くまに無為 の うちに過 ぎてゆ く日々, これ らは簡潔 に 的確 に描 出 されて い る。 そ してそ うした 日々の末 に彼 は とうとうほ とん ど我

を忘 れ た よ うな状 態 で,兵 を集め,娘 の住 む砦 を奇襲 す る。

友や兵士 は復讐 の戦 い と思 い,彼 に従 ったが,実 は 「 不可能」 であ る 「 無 分別 な」愛 を得 るため の戟 いであった。 多 くの命 と引 きか えに奇襲 は成功 し,

また彼 は娘 の愛 も獲得 す る。

これ で最初 の 「欠乏」 は 「充足」 され,物語 のひ とつ の輪 は閉 じる。 落 ち の びた娘 の父,砦 の守備 隊長 は砦 の奪還 をはか る。 しか し砦 は堅 固で, キ リ ス ト教徒 軍の行 な った不 意討や奇襲 のみに よって しか攻 略 で きない。 そ こで 兵糧 攻 めが始 ま り, 人々 は飢 え, ここに文字通 りの欠乏が始 まるが, これ を お きざ りに して, つ ま り城 内の人々 を飢 え させ た まま物語 は急転 回す る。

焦燥 にか られ たモー ロ人の軍勢が夜 中に総攻撃 を開始 し,激 しい戦 闘の 中

で守備 隊長 も倒 れ, また主人公 の騎士 も瀕死 の深手 を負 う。 モー ロ人 の娘 は

死 にか けた騎士 を引 きず り,秘密 の抜 け道 を下 り,地下‑ と降 りる。

(11)

寡 黙 な騎士 の物語 169

そ して意識 を と りもど した騎士 の 口にす るこ とばが, この論考 の初 めのほ うに引いた 「 会 話」 であ る。

ー i Te ngos e d!i Memue r o!i Mea br as o!

「ひ どい渇 きだ !死 んで しまいそ うだ !灼 けつ いて しまいそ うだ ! 」

さ らにつづ けて

‑ i Te ngos e d!i Mea br as o!i Agua!i Agua! .

「ひ どい渇 きだ !灼 けつ いて しまいそ うだ !水 を !水 を ! 」

死 んでゆ く騎士 の 口か ら もれ るこ とば。 この物 語 の 中で初 め て聞かれ る直 接 話法 の会 話す なわ ち肉声 であ る。従 って よ りこ とばの重 みは ま し, その印 象 は深 くな り,作 品全体 に こめ声 が響 きわた る

寡 黙 な騎士 が初 め て 口を開

いた。 しか も死 を 目前 に して。渇 きを訴 え,水 を求め て い る。

この短 い こ とばは,先 に引用 した彼 の モー ロ人の娘 を思 う苦 しい 日々 にお け る独 白 として もな りた ちそ うであ る。 これはは るか な遠 い 「 対象」 を求 め る騎士 の こ とば ともな りうる。 す なわ ち,彼 が ここで激 し く求め る 「 渇 きへ の いや しとしての水 」‑ の願 いは, かつ ての苦悩 と憂愁 の 日々 におけ る「モー ロ人の娘」へ の思 い と, その強 さ,激 しさにお いて呼応 し,重 な りうる, と 言 え よ う。 この点 につ いては さ らに後 に述べ る。

死 にかけ た騎士 は水 を求め て い る。 ここに また 「欠乏」が生 じ,再 び物語 の もうひ とつ の輪 が始 ま り, こん どの輪 は, ただ物語全体 を閉 じるため にの み始 まる

水 が ない。水 を求め てい る。 モー ロ人の娘 は騎士 に水 を与 え るため動 きだ

きな くてはな らない。騎士 と娘 が 身 をひそめ た砦 の地下 の洞窟 には, 川の流

れ る谷 間へ と抜 け る出 口が あ った。 そのあた りにはモー ロ人の兵士 た ちが あ

ふれていたが,娘 はため らうこ とな く,騎士 の兜 を とる と,夜 陰 に乗 じ, 洞

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17 0

8 1

窟か ら抜 けだ し, 川の岸辺‑ お りた。

兜に水 を くみ,騎士 の もと‑戻 ろ うと した時, 矢が鳴 り,悲 鳴が もれ た。

砦 の周囲 を見 張 っていた二 人の モー ロ人の兵士 が,木枝 の動 いた音 の した 方 向に矢 を放 った。

娘 は, 深手 を負 っていたけれ ども,地 を這 らて洞窟 の入 口に た ど りつ き, 騎士 の横 たわ る奥 に まで進 ん でい った。

ここで騎士 に内的 な変化 が あ らわれ る。

一 ■

Es t e,a l ve r l ac ubi e r t ades angr e y pr 6xi maamor i r ,vol vi 6e ns u r az 6n y , conoc i e ndo l a e nor mi dad de lpe cado que t an dur ame nt e expi aban,vol v i6s uso j osa l c i el o,t ombela guaques uamant el eof r e c i a

y ,s i nac e r c孟r s e l aal osl abi os ,pr e gunt 6al amor a:

騎士 は,彼女 が血 に まみれ,死 にい く姿 を眼 に し,理性 を と りもどす。二 人が これ ほ どまで苛 酷 な報 い を受 け るこ とに な った 自 らの 罪 の深 さ を悟 っ て,天 を仰 ぎ,娘 が き しだそ うとす る水 を手 に とる と, 自らの 口に運ぶか わ

りに彼女 にたずね た。

‑ 〜Qui e r e ss e rc r i s t i ana? 〜Qui e r e smor i re nmir e l i gi 6n y ,s ime s al vo,s al var t econmi go?

「 信徒 にな りたいか ?私 の宗教 で死 に,そ して私 が救 い を得 るな ら,私 とと もに救 われ たいか ? 」

地 に倒 れ た娘 は頭 をかすか に動 か して うなず き,騎 士 はその頭 に水 を注 ぐ。

これが騎士 の最後 の こ とば であ る。 そ して上 に引 いた三つが彼 の こ とばの すべ てであ る。

これ は単 な る手抜 き と同質 の よ うな 「 簡 略化 」 の結 果 として もた らされ る

会 話 の少 な さだ ろ うか。 いや, そ うでは な く, これ はは じめか ら考 え られ た

(13)

寡 黙を騎士の物語 17 1

上 での, 「 会話の省略」 ,す なわち,他 を省略す るこ とに よ り, この三つの語 りか け をきわだたせ るための省略 であ るよ うに思 え る。

死 に瀕 して,最後 の最後 に,主人公 の肉声が響 く。 これ を詩人であ るベ ッ ケルが,こ とばの天オ であ る,カステイ リア語 の,スペ イン語 の天オ であ る, ベ ッケルが,気がつか なか ったはずが なか ったであろ う。いや,は じめか ら, 彼 はそれ を意図 していたのだ ろ う。 いわば背景 に塗 りこめ られた他 の あ また の地 の文 と,前景‑ ときわだ って くる会 話の,語 りか けの, なに ものか を費 え るよ うに,歌 うよ うに,あ るいは訴 えるよ うに響 くこ とばの質 の ちが い を, 詩人べ ッケルは よ く知 っていただろ う。

それ故 に,他 の ところは走 り書 きになって も, この三つの会話 を くっ き り と他 とは区別 して書 き分 けたのだろ う。

そ うでなければ, なぜ, この三つの語 りだけが

,

騎士 の肉声 で発せ られ な ければ な らないのだ ろ うか ?

4. 渇 きと水の物語

この物語 を, 「 欠乏」 と 「 充足」の二つ の機能 の連鎖 として読 み解 くのはあ りうるひ とつ の方法 であ り, ここまでそれ を試みて きた。

( 1) 「 欠乏 」 ‑ 「 充足」

愛す る対象 の不在‑ その獲得

( 2) 「 欠乏」‑ 「 充足」

渇 き‑癒 し, あ るいは水

( 1 ) の 「 欠乏」が物語 を開 き, この 「 欠乏」 と 「 充足」 を結ぶ矢印が いわば, この物語 の進む方 向あ るいは,物語 におけ る主要 なムー ブ ( mo ve) であ り,

( 2) の欠乏 は, それに くらべ る とは るか に小規模 であ るが,物語 その もの を運 命的 ない しは悲劇 的に閉 じる機能 を担 ってい る。

●● ●●●

他 に もこの 「 欠乏」 と 「 充足 」 の図式 で文字通 り図式的に分析 しうる側面

が この物語 にはあ る。

(14)

1/ , 2

81 輯

( 3) 「欠乏」

モー ロ人の娘 が キ リス ト教徒 では ない,非信徒 で あ るこ と。

「充足」

娘 が受 洗 し,信徒 とな るこ と。

( 4) 「欠乏」

恋 にお ちた騎士 が狂気 に駆 られ た戦 い をモー ロ人相 手 に挑 み, 多 くの仲 間 を死 なす。主人公 の理 性 の喪失。

「 充足」

娘 の死 にい く姿 を見 て,主人公 が理性 を取 り戻 す。主 人公 の理性 の回復 。

物語 の終端 に現 われ る ( 2) を除けば, これ ら ( 1) ( 3) ( 4) はいずれ も,物語 の 冒頭 と結末 では, オポジシ ョンの関係 に入 る

( 1 )と ( 2 ) つ いては,水 を求め る主 人 公 の象徴 的 な こ とばに敬 意 を表 して, い わゆ る 「欠乏」 と 「 充足」 とい うプ ロ ップの抽 象 的 な術語 の連鎖 のか わ りに, この物語 に よ りそ くした 「 渇 き」

●●

と 「 癒 し」 とい う対 の語 を用 い るこ ともで きる。 また ( 3) につ いて も 「 霊 的 な

●● ●● ●●

渇 き」 と 「 霊 的 な癒 し」 とい うキ リス ト教 にそ くした, あ るいは敬 虞 を カ ト リック教徒 であ るベ ッケルの考 え方 に敬 意 を表 した とらえ方 を して, 同様 に

●● ●●

「 渇 き」 と 「 癒 し 」 と い う対 の語 を使 うこ とも可能 であ ろ う。

この よ うに この物語 を論 ず るにあた ってはプ ロ ップの 「欠乏」 と 「 充足」

とい う抽象 的 な機 能 の連鎖 に よって よ りも, この物語 の次元へ の このこつ の 機 能 の具体 的 な実 現 として とらえ うる 「 渇 き」 と 「 癒 し」 とい う二語 に よっ

て,読 み解 こ うとこころみ る方が よ り適切 に思 え る。

なぜ か くも 「 渇 き」 と 「 癒 し」 に こだ わ るのか といえば, それ は この作 品

におけ る 「 水 」 の 多義性 の故 であ る。死 に瀕 した騎士 の手 の 中で 「 飲 む水 」

が 「 洗礼 の水」‑ とか わ る。す なわ ち肉体 的 な渇 きを癒 す か わ りに, 内的 な

(15)

寡 黙 な騎士 の物語 17 3

渇 きを癒 す 「 水 」へ とか わ る。騎士 は 自らの喉 の渇 きを癒 すか わ りに, この 水 に よって娘 の霊 的 な救 済 をはか る。 肉体 的 な渇 き, 肉欲 的 な愛が, ここで 精神 的 な愛へ と転換す る。

盲 目的 で衝動 的 な恋 の物語 として始 ま り, その まま破 滅 の 中で終結す るか の よ うであ った物語 が,騎士 が喉 の渇 きを訴 え, 「 水」が物語 の 中へ 導入 され て くるこ とに よ り, この 「 水」 の存在 に よって,信仰 を媒 介 に‑ した精神 的 な 愛 の物語,霊 的 な物語, あ るいは宗教 的 な物語へ と変容 す る。

自分 には不可能 な対 象 ( モー ロ人の娘 ) を手 に入れ たい とい うフィジカル な 「 渇 き」か ら出発 した物語 であ り, この 「 渇 き」 は娘 の愛 を得 るこ とに よ り癒 され るが,物語 の最 後 で騎士 は再 び死 ぬほ どの渇 きにか られ る。 そ して この渇 きその もの をいや す こ とな く,自身 と娘 の救 済 のため に,「 水 」を注 ぐ。

さて くりか え Lにな るが,数少 ない騎士 の こ とばであ る 「 水 」 を求 め る声 をここで再 び聞 いてみ よ う。

「ひ どい渇 きだ !死 ん で しまいそ うだ !灼 けつ いて しまいそ うだ ! 」

「ひ どい渇 きだ !灼 けつ いて しまいそ うだ !水 を !水 を ! 」

この こ とばは,娘 に強 く心 をひかれ,深 い憂愁 に とらわれ る 日々 の 中で, 娘 を求 め て発せ られ る声 として もこの作 品の 中で象徴 的 に響 くこ とは,す で に述べ た。 そ して騎士 の愛 の 「 渇 き」 を癒 す 「 水」 の役 割 を娘 は物語 の 中で 果 たす。 これ はい ささか 「 愛 の渇 き」 な どとい う陳腐 な ク リシェに乗 じての こ じつ けの よ うに響 くか もしれ ないけれ ども,事実物語 の 中で娘 の果 たす役 割 は水 と重 な る

物語 の最後 に,死 にか け た騎士 の もとに,彼 の 「 渇 き」 をいやす こ との で

きる ものが,彼 の求め る ものが, ふ たつ重 なってや って くる。彼 が その生 の

最後 で求 め るただふ たつ の もの を手 に入 れ る。傷 つ いて彼 の もとに戻 って き

たモー ロ人の娘 とその手 の 中の水 であ る。 この場面 で,娘 と水 が重 な る。 そ

れ は死 にかけ た騎士 のかす んだ眼 を通 してみ るか らそ う見 え るのではな く,

どち らも彼 の切実 な渇 きを癒 しうるか けが えの ない もの とい う意味 で,死 の

影 の近づ くこの洞窟の 中で娘 と水 とい う存在 は重 な るの であ る。

(16)

17 4 人 文 研 究 第 8 1 輯

さてモー ロ人 の娘 は,堅 固な砦 の 中に‑ だて られ,そ こに住 んでい る時 は, 騎 士 に とっては 「 渇 き」 であ り, そ して, その愛 を得 て,共 に 日々 を暮 らし 始 め てか らは彼 の 「 癒 し」 す なわ ち 「 水 」 であ った。

この こ とを頭 に入 れ て,本稿 の 冒頭 にエ ピ グ ラフ と して 引 い たア ン トニ オ ・マチ ャー ドの詩 の一節 を思 い起 こそ う。

〜Er e sl as e doe laguae nmicami no?

「 汝 はわが道 におけ る渇 きか水 か ? 」

マー チ ャ ドはい うまで もな くベ ッケル を心か ら敬 愛 し,彼 と深 いかか わ り をもつ詩 人 であ る。ベ ッケル と同 じセ ビ リアの町 に, ほぼ 40 年後 に生誕 し, またベ ッケルの暮 らした同 じソ リアに住 み, この土地 を愛 し, 費 え る詩 をい

くつ もつ くった。 またベ ッケル は, この ソ リアの伝 説 に材 を得 たす ぐれ た物 語 をい くつ も書 いてい る。 そ して時代 は ちが うけれ ど, どち ら も大 きな文学 的潮 流 の後 に登場 し, その潮流 に呑 み こまれ るこ とな く,括抗 しなければ な らなか った とい う点 で も,二 人の文学 的境遇 は似 通 ってい る。ベ ッケルの場 合 は,それが絢胴 た る 1 840 年代 の ロマ ン主義 文学 であ り,マチ ャー ドの場合 は, ルベ ン ・グ リー オの提 唱 した彩 色 あ ざや か なモデルニスモの潮 流 であっ

た (6)

0

さて, 「 汝 はわが道 におけ る渇 きか水 か」 とい うマ チ ャー ドの詩 の一 節 は, このベ ッケルの物語 のエ ッセ ンスに な りえてい る。

そのすべ て を引 くと,

Ar dee nt uso j osunmi s t e r i o,vi r ge n e s qul Va y C Ompa缶e r a.

( 6 ) この二人の詩人の置かれた立場 に共通す るところについては,た とえば Ca no

( 1 9 8 1 ) ,p. 2 2 などを参照。

(17)

寡 黙 な騎士 の物語

Nos es ie sb di ooe samo rl al umbr e i na go t a bl edet ual j a bane gr a.

Co n mi goi r 孟smi e nt r aspr oye c t es o mbr a mic ue r poyq ue deamis andal i aa r e na.

‑ 〜Er e sl as e doe la guae nmic ami no?

Di me,vl r ge ne S qul VayC O mpa 缶e r a.

17 : 5

この ように これは愛す る娘へ の痛切 な問いかけであ る。

マチ ャー ドはベ ッケルの この物語か ら霊感 を受 け, この詩の一節 を書 いた のだ ろ うか。 そ う考 え る と,文学的 な空想 としては楽 しいが, それは まった くなんの根拠 もない想像 であ る。 しか し亡命者 とな るマ チ ャー ドが祖 国でそ の最後 の 日々 を過 ご した同 じ港町 に滞在 しなが ら, この短 い考察 をすすめ て い くと, その空想が あたか も真実 であ るかの よ うに思 えて くる‑ 一瞬が あ るの は, これ も 「トポスの力」,土地 の精霊 の魔 力のせ いか もしれない。

5. むすぴ

ガル シアーどこ ョ一, イスキェル ド, さらにはロペ ス ・ エ ス トラー ダ らのす ぐれたベ ッケルの研究家が述べ るよ うに,確 かに大急 ぎで仕上 げ られ, また 物語 その もの も駆け足で語 られ,形容 の仕 方が貧 し く, また行為 の動詞が あ ふれ る作 品であ る, とい うのはあ る程度確 か であろ う。 しか しなが ら,大 急 ぎの駆け足で も,べ ッケルはけ っ して息切 れは していない。 はっき りと,逮 べ るべ きは述べ,訴 え るべ きは三 回,騎士 の こ とばに よ り語 らせ てい る。 も

う引用 は不要 であろ う。

さ らにつ け加 える と,大 急 ぎで書かれ た とい うな らば,他 の よ りす ぐれ た とされてい る作 品に も, 「いつの 日か書かれ るための小 説の ための覚 え書 き」

とい う内容 の但 し書 きない し 「 前言」 を付 してい るこ とを考 えてみ る と,急

いで仕上 げ られたのは, なに もこの作 品のみに限 られ ない, とこの作 品のた

めの弁護 をす るこ ともで きる。 また彼 の短 い人生 を考 えてみ る と, とにか く

(18)

176 8 1 輯

駆 け 足や 大 急 ぎや 「 将 来 の小 説 の ため の覚 え書 き」とい う形 を とって で しか , これ だ け の 多 くの す ぐれ た作 品 を この世 に残 せ なか った で あ ろう 。

従 って この 「モー ロ人 の娘 の 洞 窟 」も, 他 の物 語 作 品 同様 , は っ き りとベ ッ ケ ル の刻 印 のつ い た物 語 で あ る と言 え よ う。 形容 の仕 方 が 通 り一 遍 で あ る と か , あ るい は上 で み た よ うに プ ロ ップ の 「欠 乏 」 と 「充 足 」 の連 鎖 のパ タ ン に よ り分析 可 能 で あ る とい う意 味 に お い て,・この物 話 の プ ロ ッ トが い くらか 図 式 的 で あ る こ とを認 め た うえ で も, そ の よ うに思 え る

(7)

0

テクス ト

Gus t avoAdol f oBe c que r ,Le ye nd a s ,Edi c i 6ndePas c uall z qui e r do ,

Se gunda e di c i 6 n , Madr i d:Cat e dr a , 1 98 7 . なお他 に Fr anc i s co L6pe z Es t r adayMar i aTe r e s aL6pezGar c i a‑Be r doy の版 ( Madr i d:Es pas a Cal pe , 1 9 87 ) , また Ob 7 1 a S c o mpl e t es, de c i mot e r c e r a e di c i 6n‑s e gunda r e i mpr e s i 6n( Madr i d:Agui l ar ,1 9 81 ) も用 い た。

Ant oni oMac hado ,Po e s l ' a sc o mpl e t e s . Edi c i 6ndeManue lAl var , Madr i d:Es pas aCal pe ,1 9 7 5.

引用 文献

Be ni t e z,Rube n ,Be ' c q ue rt r a di c i o nal i s t a ,Madr i d:Cr e dos ,1 9 7 1 . Cano,Jos eLui s ,pr 6l ogoas ue d. Ri ma s ,Madr i d:C畠t e dr a,1 9 8 1 . Gar c i a‑ Vi A6 , Manue l , Mundoy t r a s mundo de l a s l e ye nd a s de Be ' c q ue r ,Madr i d:Cr edos ,1 9 7 0.

( 7) い く 話 に 夜, カゝ テ う 用 それ 。 ス ス し ら よ 川 と こ の べ た

か70 ロッ トに こだわってみ る と, モー ロ人の娘 の亡霊 は,土地の農夫の る と, まだそのあた りを苦 しみ なカゞらさまよい歩 き,水 を汲むため,毎 に くる とい う。

も喉 の渇 きとと

い イ た

彼女 は,実 は騎士の注いだ水 では救 われ なか ったのか,

もに死 んだ騎士 の喉 をうるおす ために水 を求めて くるの

の点 につ いてはベ ッケ) レは何 の辻複合 わせ もしていないO これは,ベ ‑

い う 「洞窟に住 み,水 を汲み に さまよい歩 くモー ロ人の娘 の亡霊」 とい

ンの伝承 のモテ ィー フを,ベ ッケノ レが何 の手 も くわえず, その まま採

め, と考 えるのが適切 であろ う。

(19)

寡 黙 な騎士 の物語 177

I z qui e r do,Pas c ual ,i nt r oduc c i 6nas ue d. Le ye nd a s ,Madr i d:Cat e‑

dr a,1 9 8 7 .

L6pe zEs t r ada,Fr anc i s coyMar i aTe r e s aL6 pe zGar c 壬 a‑ Be r doy ,

i nt r oduc c i 6 nynot asas ue d. Le ye nd a s ,Madr i d:Es pas aCal pe,1 9 87.

参照

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