─9─
オリンピックの東京開催、「アベノミックス」、
「お・も・て・な・し」などの流行語大賞発表…。
2013年は何となく明るい。「失われた20年」、「失 われた日本」があたかも取り戻されたかのような 平和な世の中。
このような、明るい話題が増える昨年一年間を 振り返る時、筆者には気になる言葉が一つある。
「積極的平和主義」である。昨年以来、総理大臣 をはじめ、日本政府が内外に向けこの言葉を積極 的に発信している。本来なら、平和主義を積極的 に推進するので、結構なことだとエールを送るべ きであろうが、憲法改正、集団的自衛権の容認、
武器輸出三原則の見直し、特定秘密保護法の強硬 採択、同盟国アメリカの「失望」も招いた総理大 臣の靖国参拝など、「積極的平和主義」の名の下 で進められている諸々の現実を見るにつけ、「平 和」、「平和主義」の思想や理念とは何か、いわば、
平和の「原点」を考えることの重要性を改めて痛 感させられた一年間である。
いまさら申すまでもないことだが、平和の思 想、理念について、古今東西、色々な方によって 論じられてきた。今日私たちの価値観を大きく規 定する近世・近代ヨーロッパ思想史だけに限定し ても、グロチュウス、サン・ピエール、ルソー、
ベンサム、カントなど、枚挙に暇がない。宗教学、
法学、政治学、倫理学、経済学、更に自然科学の 分野など、世界史の中でこれだけ広範囲に論じら
れてきた「イシュー」として、「平和」を除いて ほかはないと言っても過言ではないであろう。
本号の特集を「『思想』としての平和」とした のは、平和を「体制」、「運動」、「思想・理念」の 三層に分け、現実の平和を作り、守るために、平 和運動の絶え間ない努力は勿論、平和について思 考し、構想する「思想・理念」の役割も無視でき ない、という思いがあったからである。このよう な問題意識の下で、本号は宗教学や憲法学、国際 政治学、経済学などの専門家に、各々の分野にお いて平和が思想的、理念的にどのように語られて きたかをご執筆頂いた。このうち、大川論文はオ サマ・ビン・ラディンとフェトフッラー・ギュレ ンという同時代のムスリム活動家の対照的発言や 活動を通じ、非ムスリムがイスラームに対して抱 く「宗教=戦争」のイメージが払拭され得るのか、
またムスリムが戦争を肯定する思想を乗り越えら れるかについて興味深い考察を行っている。李論 文はスミス、ポランニー、ケインズを素材に、市 場自由化、市場制限、市場介入による争いの抑止 など、平和に貢献する従来の経済学的処方箋の欠 点を浮き彫りにし、行動経済学やポートフォリオ 理論などの平和研究における今後の応用に期待を 寄せている。片野論文は思想史的変遷を辿ること で、初代教会からキリスト教に流れる「平和」と
「戦争」の関係を鮮やかに描き出すと共に、近現 代国際法や政治思想の形成、発展におけるキリス 巻頭言
特集:「思想」としての平和
「思想」としての平和を考える
孫 占 坤
(PRIME 所員)
巻頭言
─10─
ト教の影響の大きさも指摘している。黒田論文は スタンレー・ ホフマンの議論を素材に、アメリカ などの力の行使が見られがちである9・11以降の 今日においても、協調と協力を基軸とする国際社 会の平和の条件を考える時、リベラリズムがなお 有用な示唆を与えてくれると展望している。イン タビューにおいて、常岡氏は、日本国憲法の「平 和主義」がどのような歴史的環境の中で日本国民 に受け入れられ、今日でも国民大多数に支持され ているかについて具体的データを示しつつ、分か りやすく説明してくれている。
国際社会は、9・11以降、「テロとの戦い」と いう大義名分の下、自衛権の行使が濫用され、イ ラク戦争、リビア内戦を経て、大国を中心に益々
「力による平和」に傾きがちのように見受けられ
る。東アジア地域や日本国内に目を転じると、北 朝鮮の核実験・ミサイル発射、中国の軍拡、日中 韓に横渡る領域紛争・歴史問題論争など、地域の 平和環境がかつてなく悪化している。
このような、互いに他者の「脅威」を強調し、
「現実主義」が跋扈するなか、今回の特集を通じ て、平和の「原点」を見つめ、平和を考える力を 身につけたいと思う。もとより国際法を専攻とす る筆者は各執筆者のご論考を要約する能力がな く、ここでの「要約」は編集長としての「権限濫 用」や乱暴な「力の行使」ともいえよう。在外研 究や各種役職をこなすなかでご論考を寄せてくだ さった各執筆者に厚く御礼申し上げると共に、読 者皆さんがご論考を読まれ、平和への理解を深め ることを切実に願う。