発明の国際的保護―特許法と国際私法・国際民事手 続法の交錯―
著者 申 美穂
雑誌名 明治学院大学法律科学研究所年報 = Annual Report of Institute for Legal Research
巻 28
ページ 21‑25
発行年 2012‑07‑31
URL http://hdl.handle.net/10723/2089
発明の国際的保護
―特許法と国際私法・国際民事手続法の交錯―
申 美 穂
1.はじめに
本報告で言う「発明の(国際的)保護」とは、ある発明について複数の国においていかにして 特許権を取得しうるかという問題ではなく、いずれかの国で取得した私権たる特許権を、日本の 裁判手続を通じていかにして行使・実現するかという(私法上の)問題を指すものである。
日本で取得した日本の特許権が日本国内における行為により侵害されたとして、日本国内在住 の被疑侵害者を訴えるという場合は、純国内事件として、日本の特許法の解釈適用が問題となる に過ぎない。しかしながら、外国特許権の侵害訴訟を日本の裁判所に提起したいという場合であっ たり、訴訟の相手方が外国企業であったりという場合、すなわち事実関係に何らかの国際的な要 素を含む場合には、純国内事件にはない、いくつかの特殊な問題について検討しておく必要があ る。すなわち、かかる国際(的な要素を含む)訴訟をそもそも日本の裁判所に提訴しうるかとい う、いわゆる国際裁判管轄の問題や、提訴可能であるとしても、関係を有する複数の国の法律の うち、いずれの国の法律を適用して紛争を解決すれば良いかという、いわゆる準拠法決定の問題 について検討しなければならない。前者の問題を扱うのが、国際民事手続法(ないしは、国際民 事訴訟法)と呼ばれる法分野であり、後者の問題を扱うのが、国際私法(ないしは、抵触法)と 呼ばれる法分野である。
他方において、特許権については、同一の発明についてであっても各国の関係当局に赴いて当 該国の特許法により規定された所定の手続を経るなどして、国ごとに権利を取得しなければなら ないといった、他の私権にはない特性があるが故に、特許権が関係する訴訟は――他の私法上の 権利を巡る各種の訴訟とは異なり――権利を取得した国のみにおいて、かつその国の法律のみを 適用して解決されなければならないとのイメージが持たれることが少なくない。かつては、実際 にこのような考え方が提唱され、国際的な特許訴訟においては、先に挙げた国際私法・国際民事 手続法上の問題は検討するまでもなく解が与えられると説明されることもしばしばであった1。 しかしながら、後述のとおり現在の通説及び判例は、このような立場を採らず、国際的な要素 のある特許訴訟といえども、一部の限られた訴え類型を除けば日本国内の裁判所に訴え提訴をす ることが可能であり(すなわち、わが国の国際裁判管轄が認められ)、またいずれの国の法律を 準拠法として適用するかを、他の事案類型と同様に、わが国国際私法を適用して決定しなければ ならないと考えている。
特許権を巡っては、様々な法律上の紛争が生じうる。本報告では、特許訴訟のうち、国際的な 要素を含む特許権侵害訴訟(以下、国際特許侵害訴訟と言う)を題材として、国際裁判管轄の問
題及び準拠法選択の問題が、いかなる規範によりいかに解決されているのか、及び、上述した特 許権ないし特許法の特性がいかに影響すると(あるいは無関係と)考えられているのかについて、
簡単に解説したい。
以下ではまず、本報告の理解に必要な範囲において特許制度の仕組みについて言及した後、わ が国法体系における国際特許侵害訴訟の国際裁判管轄及び準拠法の規律の現状について述べる。
2.発明の保護…特許制度の仕組み
特許権は、知的財産権の一つであると言われる。知的財産権と言う場合、そこに包含されるも のは多種多様であるが、一般には著作権と、特許権に代表される産業財産権(工業所有権)を含 む概念として用いられることが多い。
著作権と産業所有権の最大の相違の一つは、権利成立に国家の高権的行為が関与するかどうか である。著作権は創作と同時に無方式で権利が発生する(無方式主義)のに対し、特許権は、関 係当局(わが国では特許庁)における出願・審査等の手続を経て、登録されることにより権利と して成立する。
特許権の成立に関するこのような制度状況は、諸外国においても原則として同様である。ある 発明が生み出され、それについて複数の国において特許権という形で法律上の保護を得たい場合、
原則としてそれぞれの国において特許権取得の為に規定された手続を履践する必要がある。すな わち、国際的には、全世界共通の特許制度と言いうるものは未だ構築されておらず、各国ごとの 権利取得が前提となっているというのが現状である。そして、同一の発明に係る特許権といえど も、各国の特許権は相互に独立の関係にあるとされている(「工業所有権の保護に関するパリ条約」
第4条の2。特許独立の原則)。また特許権については、特許独立の原則に加えていわゆる属地 主義の原則が妥当すると述べられ、その結果、「各国の特許権が、その成立、移転、効力等につ き当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められる」2と 一般には考えられている。
では、権利成立に国家の高権的行為が関与し、同一の発明に係るものといえども特許権は国ご とに成立しているという実態、及び特許権に関する独立の原則や属地主義の原則は、国際特許侵 害訴訟における国際裁判管轄と準拠法決定の問題に、影響を及ぼすと考えられるべきであろうか。
例えば、特許権の成立や消滅に各国の高権的行為が関与するという点を強調すれば、権利を登録 した国以外には特許権をめぐる訴訟提起を認めない(登録国の専属管轄に服する)との考え方が 一つの選択肢として登場するであろうことは想像に難くない。また、属地主義の原則は、それ自 体があたかも、準拠法を登録国法とするとの内容を包含しているようでもある。このような問題 につき、現在のわが国はどのような議論状況にあるのであろうか。
3.特許法と国際民事手続法の交錯…外国特許侵害訴訟を日本の裁判所に提起できるか
国際訴訟に関する国際裁判管轄の有無がどのように定まるのかについて、わが国はこれまで成
文法規を有していなかった。この問題は長らく、二つの最高裁判決(マレーシア航空事件判決〔最 二小判S56. 10. 16民集35巻7号1224頁〕、ファミリー事件判決〔最三小判H9. 11. 11民集51巻10号 4055頁〕)で示された条理上のルールにより解決されてきたのである。具体的には、民事訴訟法 の規定する国内の土地管轄のいずれかがわが国内にあるときには原則として国際裁判管轄は肯定 されるが、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する「特段の事情」があ ると認められるときは例外的に管轄を否定する、というものであった。
しかしながら近年に至り状況は大きく変化し、平成23年に民事訴訟法中に国際裁判管轄に関す る明文規定が設けられ(民事訴訟法及び民事保全法の一部を改正する法律、平成23年法律第36号、
平成24年4月1日施行)、これにより、国際訴訟であることをふまえた管轄原因が規定された(第 3条の2以下)。他方、「特別の事情」がある場合に訴え却下としうるとする規定(第3条の9)
も設けられている。
特許をめぐる国際訴訟の国際裁判管轄については、従前の判例ルールの時代より、特許権の有 効性それ自体や登録に関する訴えは登録国の専属管轄に服するものの、国際特許侵害訴訟は通常 の民事事件として、その他の事案類型と同じ管轄ルールにより規律されるとするのが通説・判例 の立場であった(東京地判H15. 10. 16判時1874号23頁〔サンゴ砂判決〕。また、管轄については 言及しないものの、米国特許権侵害について本案判断を下した最一小判H14. 9. 26民集56巻7号 1551頁〔カードリーダー事件判決〕がある。本案判断を下す前提として、国際裁判管轄が当然に 肯定されていたものと見ることができよう)。したがって普通裁判籍ないし特別裁判籍のいずれ かがわが国内に認められれば、外国特許権の侵害訴訟といえども、わが国裁判所に提起しうると いうこととなる。
今般導入された国際裁判管轄に関する新規定もこのような方向性を踏襲し、登記・登録に関す る訴え(第3条の5第2項)と登録型の知的財産権の存否・効力に関する訴え(同条第3項)は 登録国の専属管轄に服するものの、侵害訴訟はこの専属管轄規定の射程外とされている3。なお、
特許権の侵害訴訟においては、被告(被疑侵害者)が特許権の有効性を争うことがしばしばある
(わが国特許法もかかる主張〔いわゆる権利無効の抗弁〕を認める。特許法第104条の3)。侵害 訴訟におけるかかる抗弁主張を許容するかは実体法(準拠法)上の問題であって、国際裁判管轄 の有無には影響を及ぼさないとの考え方が通説となっている4が、異論もある5。
国際特許侵害訴訟の管轄原因としては、普通裁判籍のほか、不法行為地の特別裁判籍(不法行 為地管轄。民訴法第3条の3第8号)に依拠しうると考えられている6。不法行為地管轄につい ては、わが国に不法行為地があれば管轄が認められることとなるが、いわゆる属地主義の原則の ために外国特許権は日本国内における行為によっては侵害されえないと判示した最高裁判決(前 掲カードリーダー事件判決)もあることからすれば、外国特許権侵害訴訟について、わが国で不 法行為地に基づく国際裁判管轄を肯定しうるのかについては、なお検討の余地がある7。前掲サ ンゴ砂判決は、属地主義は実体法上の問題であり国際裁判管轄の有無に影響を及ぼさないとする が、最終的な結論としては属地主義の原則により請求棄却となる可能性が高いことが明確であれ ば、管轄否定とするとの結論もありえよう8。
4. 特許法と国際私法の交錯…特許侵害の準拠法は、国際私法によるまでもなく定まっているの か
国際特許侵害訴訟についてわが国裁判所の国際裁判管轄が認められたら、次に問われるのが、
いかなる法を適用して紛争を解決するかという、いわゆる準拠法決定の問題である。これを解決 する法分野が国際私法であり、わが国では現在「法の適用に関する通則法」(第4条から43条まで。
以下「法適用通則法」と略称する)が主な法源となっている(法適用通則法は、平成18年に「法 例」が改正され、現在の名称及び内容となったものである)。
上述した「各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ…」
という属地主義の原則の定義に照らせば、法適用通則法の適用を待つまでもなく適用されるべき 法=準拠法は定まっているかのようにも見える。しかし最高裁(前掲カードリーダー事件判決)
は、通則法前の法例が適用される米国特許権侵害に基づく損害賠償・差止請求の事案において、
このような考え方を採用せず、属地主義の原則があることで「外国特許権に関する私人間の紛争 において、法例で規定する準拠法の決定が不要となるものではない」と判示した。その結果最高 裁は、特許権侵害に基づく損害賠償請求と差止請求を分けて、それぞれについて法例の規定に照 らし準拠法を決定するという手法を採っている。具体的には、損害賠償請求については不法行為 の問題として法例11条(原因事実発生地法。講学上、不法行為地法と言う地法)により、差止請 求については規定が欠缺しているとして、条理により準拠法を決定(登録国法)している。
しかしながら最高裁が採用したこのような準拠法決定の手法については、属地主義の原則と国 際私法との関係についての理論的説明が不十分であるとの指摘9や、差止請求と損害賠償請求を 区別して準拠法を決定する合理的根拠に欠けるとの指摘10など、多くの批判も寄せられ、学説の 支持を十分に得ているとは言い難い。
加えて、これらの指摘は、現行法である法適用通則法の重要な解釈問題をも提起する。法例か ら法適用通則法に改正されるにあたり、特許権侵害の準拠法に特化した明文の規定は置かれな かった一方で、不法行為の準拠法に関するルールは大きく変更され(法適用通則法17条以下)、
不法行為地法によるとの原則ルールは維持しながらも、当事者が事後的に合意により準拠法を変 更することが認められるなど、様々な例外ルールも導入されている。果たして、特許権侵害に基 づく損害賠償請求の問題は不法行為の問題であるとの解釈を維持し、上記例外ルールに基づいて、
損害賠償請求についてのみ、準拠法の事後的変更などを認めるべきであろうか。これらの問題に ついては未だ十分な議論の蓄積がなく、今後の解釈に委ねられている。
5.おわりに
特許権をはじめとする知的財産権に関する属地主義の意義、特許法・国際私法・国際民事手続 法との関係といった問題については、理論的に十分な説明がなされているとは言い難く、準拠法・
国際裁判管轄等の個別具体的な問題に対する解決策も、不明確な部分がなお多く残されていると いうのが現状である。本日の報告は、国際特許侵害訴訟に的を絞って、しかもごく一部の問題を
ごく簡単に紹介したに過ぎない。特許権をめぐる国際紛争には、この他にも、権利の帰属や移転 をめぐる紛争、職務上の創作物に関する権利をめぐる紛争、インターネットが介在する紛争など、
多種多様なものがあり、またそれぞれについて国際私法上・国際民事手続法上の様々な問題が指 摘されている。
特許権をめぐるこれら国際紛争は増加の一途を辿っており、早急かつ明確なルール構築が望ま れていることは疑いがない。引き続き今後の課題として、幅広く研究を進めて行きたいと考えて いる。
* 研究会報告の記録との性質上、注は最低限度にとどめた。問題の詳細については、注で掲記の 拙稿論文を参照されたい。
1 学説の動向については、拙稿「知的財産権侵害訴訟に関する国際裁判管轄について」(一)(二・完)
法学論叢155巻2号24頁・5号55頁(2004)、同「国際的名知的財産権侵害事件における抵触法理論に ついて」(一)(二・完)法学論叢154巻2号61頁・154巻3号93頁(2003)を参照。
2 BBS事件最高裁判決(最三小判H9.7.1民集51巻6号2299頁)。しかしながら属地主義の原則は、特許 独立の原則とは異なり実定法上の根拠に欠ける等の理由から、その存在ないし特許権についての妥当 性を否定する見解や、本最判とは異なる内容のものとして捉えようとする見解も見出される。拙稿「い わゆる『知的財産法における属地主義』の多義性とその妥当性」国際私法年報9号(2007)226頁以下 参照。
3 高桑昭『国際商取引法(第3版)』(有斐閣、2011)371頁、澤木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第 7 版)』(有 斐 閣、2012)299頁、 髙 部 眞 規 子『実 務 詳 説 特 許 関 係 訴 訟』(金 融 財 政 事 情 研 究 会、
2011)227頁、清水節「特許侵害訴訟における国際裁判管轄」L&T50号44頁以下等。
4 前掲サンゴ砂事件判決、高桑・前掲注3・371頁等。
5 拙稿・前掲注1(管轄)(二・完)72頁等。
6 高桑・前掲注3・371頁、髙部・前掲注3・227頁(関連裁判籍や合意・応訴管轄を除く)。このほかに 被告の財産所在地管轄(第3条の3第3号)に依拠しうる可能性もある。清水・前掲注3・50頁参照。
不法行為地管轄をめぐる解釈上の問題点については、拙稿「判批」国際私法判例百選(第2版掲載予定)
を参照のこと。
7 髙部・前掲注3・235頁。
8 拙稿「裁判例にみる知的財産権紛争の国際裁判管轄と準拠法」知財研フォーラム76号34頁及び40頁(注 26)も参照。
9 早川吉尚「判批」国際私法判例百選(新法対応補正版)95頁等。
10 西谷祐子「判批」国際私法判例百選(新法対応補正版)75頁等。