企業の社会的責任と企業体制
菅家正瑞
一 序
現代の産業社会は企業社会であるといわれているように,企業はわれわれ の経済生活に対してさまざまな影響を及ぼしていることは否定できない事実 である。しかも,産業社会の発展に伴って巨大化してきた企業はさまざまな 問題を発生させ,巨大企業に関する多くの論議をもたらしてきたことは周知 のことである。その一つとして,われわれは,いわゆる「企業の社会的責任」
(soziale Unternehmensverantwortung od. gesellschaftliche Verantwortung
der Unternehmen)の問題をあげることができるであろう。特に,巨大企業 が前世紀から出現していたアメリカにおいてはこの問題がはやくから取り上 げられ 多くの研究成果を生み出してきているのである。
ところで,企業の社会的責任に関する論議は決してアメリカに固有の問 題ではなく,それはわが国においてもドイツにおいても程度の差はあるにせ よ,しばしば取り上げられてきているのである。われわれは,ドイツにおけ る企業の社会的責任をめぐる注目すべき研究の一つとして,ヴァィトツィッ ヒ(JoachimK.Weitzig)の所論をあげることができよう。彼は,企業の社 会的責任の問題を企業権力の社会問題として捉え,新しい「企業体制」
(Unternehmensverfassung)を構築することによってこの問題を解決しよ うとしている。すなわち,社会的責任に志向する企業政策(Unternehmens−
politik)をもたらしうるために,民主的原則を企業体制に導入することによ
ことになるのである。
( 1 ) 企業環境および企業の内部構造の変質に関しては,次を参照されたい。
拙著,
w企業管理論の構造~,第 6 章企業の社会的責任と企業管理,
1 6 0 頁 ‑169 頁 。 ( 2 ) いわゆる企業の社会的責任と称されるものには,環境管理の課題としてのそれと,
生産管理および労務管理に含まれるべきものとがあり,両者は明確に区別されなけれ ばならないのであるが,この問題にはここでは触れない。なお,この問題および企業 構造と企業管理の構造に関しては,次を参照されたい。
拙著,
w企業管理論の構造~,第 l 章,
3 1 頁‑37 頁,第 6 章 , 1 7 1 頁ー 1 7 9 頁 。
( 3 ) V g , . 1 D . Brinkmann‑Herz , E n t s c h e i d u n g s t r o z e s s e i n d e n A u f s i c h t s r a t e n d e r M o n t a n i n ‑ d u s t r i e , E i n e e m p i r i s c h e Untersuchung u b e r d i e E i gnung d e s A u f s i c h t s r a t e s a 1 s I n s t r u ‑ ment d e r Ar beitnehmermitbestimmung , B e r l i n 1 9 7 2 und D i e U n t e r n e h m e n s m i t b e s t i m ‑ mung i n d e r BRD , Der l a n g e Weg e i n e r Reformidee , Koln 1 9 7 5 .
ブリンクマン・ヘルツの所論に関して詳しくは,次を参照されたい。
村田和彦,
w労資共同決定の経営学~,千倉書房,昭和53年,第三章
モンタン共同 決定と企業管理ーーブリンクマン・ヘルツの所論を中心として一一。
岸田尚友,
w経営参加の社会学的研究~,
2 6 3 頁以下。
拙著,
w企業管理論の構造~,第 5 章労働者の経営参加と企業管理一ブリンクマ
ン・ヘルツの所論を中心として一一。
( 4 ) この点に関して,プリンクマン・ヘルツは次のように述べている。
「……あらゆる調査結果によれば,監査役会における被用者代表は, w 企業適合的に』
行動し,経済的権力, w 市場の要請』への適応,企業利潤の確保といった問題を判断 する場合に,企業管理者と同じ観点から行う。」
Brinkmann‑Herz , D i e U n t e r n e h m e n s m i t b e s t i m m u n g i n d e r BRD , S . 1 1 2 . ( 5 ) しかし,企業の統制機関へ企業外部の利害者集団の代表者を参加させることが認め
られないということでは決してない。むしろ,外部者の参加は,所有者と被用者の利 己性を批判し排除しうるために望ましいであろう。この点に関して,ヴァィトツイヅ ヒは次のように述べている。
「……労働組合代表者はより大きな経済領域と全体経済的展開を容易に展望しうる ので,彼らは極めて短期的な考えの経営エゴ的な意思決定を阻止できる。」
W e i t z i g , a . a . 0 . , S . 2 0 2 .
問題は,法律的規定によって,彼らの利害が企業の利害と一致しない外部者に,企
業の存立と発展に対する権限と責任を認めることができるのかということにあると思
われる。