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企業の社会的責任と
コーポレート・ガバナンス
平 本 健 太
1 序 II 企業の社会的責任 1.企業の社会的責任論再考 2.企業の社会的責任の分類 3.「よき市民」としての企業 III コーポレート・ガバナンス 1.コーポレート・ガバナンスの概念 2.コーポレート・ガバナンス制度の日米比較 3.新しい日本型コーポレート・ガバナンスのあり方 IV 結び 参考文献 1 序 1990年代に入り,日本企業を取り巻く環境は質的に大きく変わってきた。成 熟化した日本社会が抱えているさまざまな構造的問題が次々に浮きぼりにされ つつある。例えば,従来の輸出中心の成長至上主義的な企業行動は,もはや国 際社会の中では容認されなくなった。日本企業にとって従来は当然だったこの ような行動が,今後一層激しい貿易摩擦,ブロック経済化,政治レベルでの経 済制裁問題を惹起することは明らかであろう。 一方,社会の成員である個人の意識や価値観も大きく変わろうとしている。 例えば,従来の会社第一主義の価値観は,個人生活や個性の重視,ゆとり,自 己実現といった新たな価値観に取って替わられつつある。それにともない,伝70 彦根論叢 第297号 統的な日本型経営システムの特徴の1つである年功主義も,今後,能力・実力 主義へ急速に移行していく可能性がある。 このような社会情勢や個人の意識の変化の中で,企業はこれまでの常識の殻 を打ち破り,新しい時代の社会構造や価値観に適合する企業行動をとることが 要求されている。 本稿では,新時代における企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンスと いう2つの問題の検討を通じて,これからの企業と社会の関係について考察す ることにする。
II企業の社会的責任
「コーポレート・シチズンシップ」や「フィランソロピー」,あるいは「企業 メセナ」といった言葉は,いわゆるバブル経済期には流行語のようにもてはや されたが,バブルの崩壊とともに目にしたり耳にしたりする機会が減少したよ うに思われる。しかしながら,これらの背後にある考え方そのものは,今後の 企業の存続にとって不可欠なもののはずである。それは単なる一時期の流行と して終わらせてよいものではない。またバブル経済期には,いくつかの企業に よる不祥事が問題となったが,それを契機として「企業倫理」も改めて問題に されるようになってきている。 そこでII節では,まず,「企業の社会的責任」とはいかなるものかを概観し, 次に,今日的な企業の社会的責任としてのコーポレート・シチズンシップにつ いて検討することにする。 1.企業の社会的貴任論再考 企業の社会的責任の内容は,時代の変遷とともに大きく変化してきていると 考えられる。田淵は,わが国においては,経済・社会の発展と連動して,「企業 1) の社会的責任」の内容は大きく3期に分けることができるとしている。①第1期
1)田淵(1990),pp.35−37。企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンス 71 第1期は,時の経済白書の中で「もはや戦後ではない」といわれた1956年に 端を発する時期である。この時期,企業の社会的責任は,「安価で良質の製品・ サービスを社会に提供することにより適正な利潤をあげること,また,そうし た社会的責任を実践するための経済的社会的環境を整備していくこと」であっ た。この時期は,先進諸国に「追い付き追い越す」ため,とにかく企業の生産 性を高めるとともに,労働者の労働条件や処遇を改善することに主眼がおかれ ていた時期であった。
②第2期
第2期は,高度経済成長期を経て2度の石油危機を経験する頃までの時期, すなわち1960年代後半から1980年代半ば頃にかけての時期である。この時期に 「企業の社会的責任」が問題とされた最初の大きなきっかけは,1960年代末か ら1970年代にかけて頻出した公害・環境問題であった。第1期において企業は 生産性向上を重視しすぎたあまり,日本各地で大気汚染や水質汚濁等が発生し, それらが社会的大問題となったのである。 同時に,過度の利益追求の結果としての欠陥商品や誇大広告といった問題が 表出したのもこの時期であった。このような中で,米国の消費者運動家である ラルフ・ネーダーによって一大ブームともなった「コンシューマリズム(消費 者主義)」がわが国でも注目されるようになり,企業と消費者との基本的関係 が,「買い手危険負担原則」から「売り手危険負担原則」へと変わることにな り,企業は新たな対応を迫られることになったのである。この「売り手負担原 則」は,現在でも製造物責任法(いわゆるPL法)等との関連でしばしば議論さ れている。③第3期
第3期は,1980年代半ばの好況期からバブル崩壊を経験し現在に至る時期で ある。1985年9月のいわゆる「プラザ合意」以降の円高不況を乗り切った日本 企業は,財テク志向を強め「拝金主義」的な企業行動をとるケースも目立つよ うになった。そのような中,企業と政治家との癒着や,証券会社各社の不当な 損失補填等が問題となり,これら企業の反社会的活動をめぐって企業の社会的72 彦根論叢 第297号 責任としての「企業の倫理」や「企業のモラル」が問題とされるようになった。 この時期には,企業利益の社会還元や,社会と企業とのかかわりに対する社 会の側の関心も高まった。「メセナ」や「フィランソロピー」というような「企 業の文化・芸術支援活動」や「社会あるいは地域に貢献する企業活動」が期待 されるようになってきたのである。 2.企業の社会的責任の分類 企業の社会的責任は,「∼しない」,「∼するべきではない」という内容のもの 2) と,「∼する」,「∼すべきだ」という内容のものの2種類に大別される。 「不正な取引はしない」,「脱税はすべきではない」といった内容は,企業が その責任を果たさなければ社会的にマイナスの影響を受けるという意味におい て消極的な貢献であり,企業が当然守らなくてはならないモラルであるという ことができる。この意味で,「∼しない」,「∼するべきではない」というような 企業の社会的責任を「企業倫理」と呼ぶことができる。 他方,「従業員に対してより高い水準の福利厚生を提供する」,「企業が活動す る地域でのボランティア活動に積極的に参加すべきだ」といった内容は,企業 が社会的に対して積極的に貢献しようとするものであり,これらの働きかけの 結果として社会的な効用が大きくなることから,「社会的貢献」と呼ぶことがで きる。 伊藤は,「誰(あるいは何)に対して責任を果たすべきか」という観点から, 企業の社会的責任には,①企業が携わっている事業,②企業の従業貝,③社会 3) 全般という3つの責任の対象があるとしている。この責任対象の分類に基づけ ば,企業の活動は,①企業本来の事業である製品・サービスの生産・販売によ る社会的効用の増大,②企業の従業員の生きがいや満足の増大,③社会全般に 対する貢献から成っており,それぞれに対して企業は責任を負っていることに なる。これら企業の社会的責任に関する概念は,表1のようにまとめられる。 2>伊藤(1993b), pp.188−190。 3)伊藤(1993b), pp.188−190。
企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンス 73 表1 「企業の社会的責任」の概念の分類 企業の社会的責任 対 象 企 業 倫 理
社会的貢献
(より消極的な貢献) (より積極的な貢献) ・欠陥商品を作らない。 ・製品やサービスの効用の増大。 事 業 ・不正な取引をしない。 E大気汚染や水質汚濁をしない。 (より安い,より高品質の,より k@能の,新製品や新サービス ・廃棄物の不正投棄をしない。 の開発等)従業員
・劣悪な労働条件の改善。・不公平な処遇の是正。 ・自己実現の支援。・より高い水準での福利厚生。 ・脱税をしない。 ・一驪ニの枠を超えたグローバル ・不正な政治献金をしない。 な視点での環境保全。 社会全般 ・公益団体や公益事業への寄付。 ・地域でのボランティア活動。 ・文化や芸術の支援(メセナ)。 出所:伊藤(1993b), p.189を一部加筆・修正。 広い意味での「企業の社会的責任」をこのように分類すると,企業の社会的 責任が時代の変遷とともにどのようにその重点をシフトさせてきたかがわかる。 前項で概観したが,「企業の社会的責任」は,表1の左上の項目から右下の項目 へ,すなわち,消極的貢献ともいえる「企業倫理」的な側面の重視から積極的 貢献である「社会的貢献」へ,また,事業活動を通じての貢献からより広く社 会全戸に対して働きかけることによる貢献へと重点がシフトしてきているとい える。 ここで注意すべき点は,表中の左上の項目が今後軽視されてよいということ では決してなく,それら事業活動を通じたより消極的な貢献を十分に果たした 上で,さらに従業員や社会全般に対するより積極的な貢献を行っていくことが 求められているということである。 3.「よき市民」としての企業 これからの企業に求められる社会的責任は,企業倫理の問題に加えて,従業74 彦根論叢第297号 員や社会全般に対する積極的な貢献である。では,具体的には企業はどのよう な行動をとることが求められているのであろうか。近年,多くの人々によって 提唱されている「コーポレート・シチズンシップ」がこの問題を考える1つの 手掛かりとなろう。 (1)コーポレート・シチズンシップ コーポレート・シチズンシップ(corporate citizenship)は,米国で誕生した 考え方である。市民意識が強い米国社会では,個人は市民としての権利を保有 していると同時に,市民としての義務を果たし,「よき市民」であることが暗黙 のうちに求められるといわれる。 企業も法人として社会の一員であるからには,個人同様に「よき市民」であ ることを求められている。前項でもみたように,企業は,本来の事業において 努力するだけでは社会を構成する法人としては不十分であり,時代の社会通念 に基づく社会規範に則った行動をすることが求められているのである。しかも, 今日の企業,とりわけ大企業は,社会的にも経済的にも非常に大きな影響力を もっている。したがって,単に社会規範を守るだけでは不十分であり,社会に 対する指導的な役割を積極的に果たしていくことが「よき市民」の条件となる。 田淵は,「コーポレート・シチズンシップとは,企業が社会の一員として,企業 本来の営利活動とは別に,その社会をよりよいものとするべく応分の貢献をす 4) ること」と定義している。 (2)コーポレート・シチズンシップ活動の展開 企業が本来の事業活動以外にもコーポレート・シチズンシップ活動を行う必 要性については,2通りの考え方がある。 第1の考え方は,「社会の一員として当然の義務であるから」というものであ る。すなわち,企業にとっての利益とは全く無関係に「よき企業市民」として なすべきことをする,という立場である。 もう1つの・考え方は,「企業の利益につながるから」コーポレート・シチズン シップ活動を展開するというものである。企業は事業を通して利潤を追求する 4)田淵(1990>,p.69。
企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンス 75 主体であり,コーポレート・シチズンシップ活動も,結局は本来の事業活動に 何らかの貢献をする,という立場である。 「社会に対する積極的貢献」と「自社の利潤」の追求は,一見相矛盾するよ うにみえる。しかし「啓蒙的な自己利益(enlightened self−interest)」といわれ る考えに基づけば,両者は両立可能である。「啓蒙的な自己利益」とは,「一見, 自社の本業に対して何の利益ももたらさないような社会貢献活動が,巡りめぐ 5) って自社の利益になる」という考え方である。 例えば,自動車メーカーが道路網整備という公共事業に対して多額の寄付を 行うことは,一見,自動車メーカーには何の利益ももたらさないようにみえる。 しかし自動車網が整備されれば,自動車に対するニーズは高まり,その結果, 自動車の販売台数が増加し,最終的には自動車メーカーは大きな利益を享受す ることができるであろう。 このように「啓蒙的な自己利益」という観点に立てば,コーポレート・シチ ズンシップ活動は決して企業にとって単なる自己犠牲的活動ではないことがわ かる。しかしながら,ここで注意すべきなのは,「利益をあげるためにコーポレ ート・シチズンシップ活動を行う」のではなく,「コーポレート・シチズンシッ プ活動を展開することが,いずれは自社の利益になる」という点であり,その 利益とは,通常の事業活動によって得られる営業上の利益ではなく,まさに「啓 蒙的」な利益であるという通なのである。 (3)日本企業のコーポレート・シチズンシップの事例 それでは,このようなコーポレート・シチズンシップの考え方に基づいて, 実際にはどのような企業活動が展開されているのであろうか。上述のように, コーポレート・シチズンシップの考え方は,本来の営利活動以外とは別に,社 会をよりょくするべく貢献を行うことであり,具体的には,①福祉面での貢献, ②地域社会への貢献,③芸術・文化活動の支援,④社会生活の向上のための貢 献,等さまざまな活動内容が考えられる。本稿ではこれらの活動のうち,①福 5)田淵(1990),pp.47−49,ならびに,宮本(1991), pp.18−19。
76 彦根論叢 第297号 6) 二面での貢献と②地域社会への貢献に関する日本企業の事例を概観する。 ①福祉面での貢献∼京都オムロン太陽電機∼ 「われわれの働きでわれわれの生活を向上しよりよい社会をつくりま しょう」との「社憲」を持つオムロン㈱は,重度身体障害者が勤務するこ とを前提とした京都オムロン太陽電機㈱を1985年に設立した。これらは社 会福祉法人「太陽の家」との合弁会社による企業で,汎用パワーリレー(電 機制御機器)や光電センサーを生産している。 京都オムロン太陽電機の工場は,授産作業場(技術訓練を受ける場)と 福祉工場(生産工場)からなり,宿舎,食堂,浴場等の生活施設を併設す ることにより職住接近を実現し,障害者が通勤の負担から開放されるよう にしている。また,車椅子で作業する工員や全盲の工員でも作業できるよ うに,作業台の高さや工具を改善したり,音によるアラームを設置する等, 障害者が仕事をしゃすいように随所に工夫がなされている点が特徴である。 オムロンでは,この京都オムロン太陽電機等の社会福祉から,文化,芸 術,科学技術,国際交流,地域振興までを手掛けることを狙いとして,1991 年7月,本社に「企業市民室」を設置し一層の企業市民活動を推進しつつ ある。これは,「企業はその土地の水や空気従業員をお借りして活動して いる。だから地域への何らかのお返しは当然だ」とする立石社長の考えに 基づくものである。 近年の不況によるオムロン本体の業績悪化のせいで,この種の社会福祉 に対しては社内の反対もあるが,「会社は社会の公器である」とする立石社 長の理念に基づき,事業部長等を集め,社会貢献の意義に関して極めて地 道な啓蒙活動が行われている。 ②地域社会への貢献∼アサヒビールのアサヒタワークリニック∼ アサヒビールでは,創業100周年を記念して1989年に,働アサヒ芸術文化 財団を設立し,同時に浅草に新本社ビルを建設した。同社はこの年,実は 6)各事例は,田淵(1990),pp. 208−215,ならびに,宮本(1991), pp.100−112,および, pp.182−190をもとに,データを追加して作成した。
企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンス 77 もう1つの記念事業である「医療法人財団アサヒ健有会」を設立し,浅草 の本社ビル2階に「アサヒタワークリニック」を開設している。 このクリニックの設立趣旨は実にユニークである。ビールの販売を行う 酒販店の職業病の1つが腰痛である。その原因は,1ケース27kgもある20 本庁ビールケースを毎日何ケースも,しかも中高層住宅にさえも配達しな くてはならないからである。このような重労働のため,酒販店はいわゆる 3K業種になりつつあり,若者離れも目立ってきた。ビールメーカーの販 売を最終的に支えている発地店の危機は,メーカーの危機でもある。そこ で酒類販売業界全体のために,一石を投じて腰痛治療センターを設立した というのである。 腰痛治療専門のクリニックということもあり,設立前には地元の鍼灸・ マッサージ業者や医師会も緊張した態度を示したというが,「西洋医学を中 心としたクリニックであるため,鍼灸やマッサージとは直接の競合関係も ない。また,多くの腰痛患者がクリニックを訪れることで,従来からの医 院や鍼灸マッサージ院の患者も増えるはずだ」,と時間をかけて趣旨を説明 し理解を得ることができた。 クリニックの利用者は,会社関係者,業界関係者,地元住民がそれぞれ 約1/3だったが,当初の狙いであった酒販店の利用者もどんどん増加しつ つあり,アサヒタワークリニックは,着実に地元に根を下ろしつつあると いわれている。さらにアサビビールは,トータルケアシステムの一環とし て,将来,温泉病院と提携して温泉療法等も取り入れた「予防からリハビ リまでの充実した腰痛治療システム」を作り上げる予定である。 (4)コーポレート・シチズンシップの効果 このようなコーポレート・シチズンシップはいったいどのような効果をもた らすのであろうか。田淵は,コーポレート・シチズンシップによってもたらさ 7) れる効果として次の10点をあげている。 ①企業環境の整備 7) 田読朋 (1990), pp,226−230。
78 彦根論叢 第297号 社会を安定させ,より良いものにしていこうとする努力は,そのような活動 を行っている企業に対して好ましい影響を与える。したがって,コーポレート ・シチズンシップ活動は,企業活動を可能にする社会システムそのものの長期 的福利厚生に対する投資でもある。 ②企業イメージの向上 効果的なコーポレート・シチズンシップ活動は,企業に対する信頼感を醸成 し広告以上のイメージアップを可能とする。 ③リクルート効果 ②とも関連するが,企業イメージの向上は,優秀な人材の採用を容易にする。 ④社員モチベーション 社会から注目されるような福祉活動や文化活動を行っている企業に勤務して いるという意識は,従業員の士気を高めるであろう。また,例えば,社貝のボ ランティア活動を支援することは,従業員にとって大きなモチベーションにな ると考えられる。 ⑤人材育成 コーポレート・シチズンシップ活動を通じてさまざまな体験をすることは, 単なる日常業務活動では得られない貴重な経験になる。コーポレート・シチズ ンシップ活動は,仕事一辺倒の「会社人間」から脱却し,豊かな個性と幅広い 視野や見識を身に付けることにも貢献すると考えられる。
⑥OB支援
高齢化社会の進展にともない,企業は社員の定年後の生活にも関心を払うこ とが要求されるようになるといわれるが,コーポレート・シチズンシップ活動 を通じて,退職後の生活設計を支援していくことも可能であろう。 ⑦情報効果 本来の事業活動とは異なる分野で展開されるコーポレート・シチズンシップ 活動は,これまでとは違う情報や人的ネットワークの形成の一助となる可能性 がある。 ⑧販売促進効果企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンス 79 企業イメージの向上や企業のファンの増加によって,結果的に企業の販売が 促進され業績が向上することが考えられる。ここで注意すべきは,企業の業績 を高めるためにコーポレート・シチズンシップ活動を展開することは,逆に反 感を買う可能性があるという点である。「よき企業市民」たろうとして展開され る社会貢献活動が結果として企業の業績に結び付くのである。 ⑨企業感度の向上 コーポレート・シチズンシップ活動を通じた社会との交流は,ともすれば企 業(とりわけ大企業)が失いがちな「社会」や「生活」に対する感覚を高める のに役立つといわれる。 ⑩事業展開のプラス効果 コーポレート・シチズンシップ活動の展開により新しい事業の可能性が開か れたり,既存事業にとってのプラス材料となったりする可能性が考えられる。 企業の社会的責任とはいかなるものかについて整理し,今日的文脈における 企業の社会的責任として,コーポレート・シチズンシップという立場に立った 本業以外の企業活動の必要性について検討してきた。ところで,企業の倫理的 な側面であれ,社会的貢献の側面であれ,企業が社会的責任を十分に遂行して いるか否かは誰がいかにしてチェックするのであろうか。このような企業の社 会的責任を含む経営の遂行状況をチェックする「コーポレート・ガバナンス」 が,企業と社会との関係を考える上で重要となるもう1つの問題である。そこ で,次にこの問題を検討することにする。 III コーポレーート・ガバナンス 本節では,まず,コーポレート・ガバナンスとはいかなるものかを検討し, 次に,米国と日本のコーポレート・ガバナンス制度がそれぞれどのような特徴 を持っているかを比較する。これらの結果をもとに,新しい日本型ガバナンス のあり方を提示したい。 1.コーポレート・ガバナンスの概念
80 彦根論叢 第297号 一般に経営管理(management)とは,企業の目的を達成するための諸活動の 管理であるといわれる。これに対して,コーポレート・ガバナンスとは,企業 8) は誰のために,どのように経営管理されるべきかに関わる問題であり,経営管 9) 理の上位にある概念である。 コーポレート・ガバナンス(corporate governance)は,日本語では一般 に,「企業統治」あるいは「企業支配」と訳され,具体的には,個人株主,機関 投資家,系列企業,地域社会,政府,銀行,業界団体,労働組合,仕入先,従 業員,販売先,経営者等のステークホルダー(企業の利害関係者集団)の権限 と責任の配分のあり方に関する諸々の制度と,それら制度がいかに有効に機能 10)して企業が効率的に経営されるかを分析するための概念である。したがって, コーポレート・ガバナンスは株式会社制度に関する最も基本的な問題の1つで ある。 法律上は,株式会社の所有者は株主であり,コーポレート・ガバナンスの主 体となるのは会社の所有者である株主である。株式会社制度のもとでは,企業 の株式を保有する株主は保有株式数に比例した議決権をもっており,彼らの民 主主義によって統治されるのが原則である。ただし,すべての株主が企業の統 治を行うのに十分な情報を持っているわけではなく,企業に対するコミットメ ントも必ずしも十分であるとは限らない。そこで,株主は,まず企業の統治を 行うのに十分越情報,知識,能力等を持つ人々を取締役として選出し,次に取 締役が経営陣を選任し牽制を行うというのが,コーポレート・ガバナンスの基 本的なあり方である。要するに,株式会社は株主主権に基づいた間接民主制に よって統治される,というのが法律上の建前である。 このようなコーポレート・ガバナンスの制度はなぜ必要であろうか。それは, 企業が価値を生産すると同時に産み出された価値を分配するための社会的存在 であり,企業に関係するさまざまなステークホルダーの間で,この価値の適切 8)㈹海外事業活動関連協議会(編)(1995),p.3。 9)加護野(1995),p.57。 10) Neubauer (1993), pp.203−206, ff (1995), p.23.
企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンス 81 な分配がなされなくてはならないという事実に起因している。 資本主義社会では,第一義的には市場原理を通じて価値の分配が行われる。 例えば,製品の価格や従業員の賃金等は市場において決定されるが,市場原理 によって決定された価格による価値の分配は,誰もが納得せざるを得ず,公正 なものであると考えられている。しかし実際には,価値の分配を市場原理だけ に依存するわけにはいかない。例えば,利益のうちのどれだけを内部留保とし, 賞与という形で従業員に還元し,配当金として株主に還元するかというような 決定は,市場原理に基づいて行われる訳では決してない。企業という制度の内 部で,多様なステークホルダーの意向を反映させつつ価値の分配が行われてい 1D るのである。 したがって,市場原理に基づくことなく価値を分配する場合や,価値の分配 をめぐる対立の可能性がある場合には,この分配の問題を経営者に一任し,他 方,種々の牽制を加えることによって経営者の暴走や価値の分配の不公正さを 回避しようというのが,コーポレート・ガバナンスの基本的な考え方である。 このような価値の分配の問題が企業において重要になる理由は,価値の分配 の仕方が企業の将来のパフォーマンスに重大な影響を与える可能性があるから 12) である。上記の利益の分配を例にとれば,株主や従業員への分配の割合を大き くすると株主や従業員は厚遇されるが,企業の将来の成長のために必要な内部 留保の割合は必然的に小さくなる。その結果として,企業としての経営が将来 成り立たなくなる可能性が生じる。企業の経営が成り立たなくなれば,従業員 や株主は給与や配当あるいは株式のキャピタルゲインを得ることができなくな るだけでなく,債権者や取引先企業あるいは地方自治体等も不利益を蒙ること になるのである。このように,企業における現在と将来との価値の分配バラン スの問題は,企業経営に直接影響する重要な問題である。 2.コーポレート・ガバナンス制度の日米比較 11) 力[1護野 (1993a, 1993b, 1995)。 12)伊丹(1993),加護野(1995)。
82 彦根論叢第297号 コーポレート・ガバナンスに関する最近の論調の1つに,「日本企業も米国並 みに株主の権限を強化して,株式配当をもっと増加すべきだ」というものがあ 13) る。また,一般に米国における株主の権限はわが国と比較してはるかに強いと いわれている。企業にとっての有力なステークホルダーの1つである株主の権 限に違いが生じるのは,コーポレート・ガバナンス制度の違いがその一因であ 14) る。 加護野は,米国と日本のコーポレート・ガバナンスの制度,特に,経営者の 15) 牽制と経営者の選任がどのように異なるのかを概観している。本項では,まず 彼の主張を検討することにしたい。 (1)経営者の牽制 米国の場合,牽制のための基本的な手段は徹底したディスクロージャ(会計 情報の開示)である。企業の経営成果を財務諸表や営業報告書等の形で公表し, それに対する外部の評価を受けることが経営者に対する大きな牽制力となって いる。公表された経営成果に基づいてなされる外部の評価は,最終的にはその 企業が発行する株式の株価という形で反映される。すなわち,高業績の場合に は株価が上昇し,逆に,低業績の場合には株価が下降するという形で外部の評 価が示される。株価が低下すれば株主はキャピタル・ロスを蒙る。したがって, 株主の発言権が強い米国では,業績を回復することができない経営者は罷免さ れるわけで,牽制力が有効に働いていることになる。 日本でも,米国同様のディスクロージャの制度は整備され,概ね適切に運用 されている。しかし米国の企業と決定的に異なるのは,日本の企業では,株主 の代表であるはずの取締役と経営陣とが通常重複している点である。このよう に「経営者が経営者自らによって選ばれる」ような日本企業の状況は,経営者 の暴走によって種々の問題が生じる可能性を常に孕んでいるといえよう。しか 13)例えば,水口(ユ993)。 14)米国におけるガバナンスのあり方を網羅的に検討しているものとしては,例えば, Monks and Minow (1994). 15)加護野(1993a,1993b,1995)。
企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンス 83 し,実際には経営者の暴走という事態があまり表面化しないのはなぜだろうか。 その理由の1つとして,日本では,経営者に対する牽制が取締役会以外のさま ざまな主体によって行われている点があげられる。 わが国大企業のコーポレート・ガバナンスについて,北海道大学大学院が行 16) つた最:近の調査によると,企業の意思決定への影響度が大きい牽制の主体を順 に挙げると,1位:販売先,2位:従業員,3位:仕入先,4位:労働組合, 5位:業界団体,6位:銀行,7位:政府,8位:地域社会,9位:系列企業, 10位:国内の機関投資家,11位:海外の機関投資家,12位:個人投資家であっ た。 この調査結果で特に興味深いのは,(1)国内外の機関投資家ならびに個人投 資家の経営の牽制の機能が最も下位に位置付けられていることであり,(2)販 売先,従業員,仕入先,労働組合が大きな牽制機能を果たしているが,しかし 17) 一方,(3)銀行が必ずしも大きな牽制機能を果たしていないことである。 (2)経営者の選任 米国型のコーポレート・ガバナンスでは,株式会社制度の原則通り,取締役 会による経営者の任命および解任が一般的である。最近でも,大手自動車メー カーやコンピュータメーカーでの,取締役会による経営者の解任およびそれに 続く任命が報道されている。これら選任される経営者は,単に社内のみならず 幅広く社外にも求められる傾向がある。また,米国企業では,企業内でのエリ ート層とノン・エリート層の区分が明確であり,経営者候補群の特定が早期に 行われる。 16)北海道大学大学院経済学研究科コーポレート・ガバナンス研究会(1995)。この報告書 は,東証第1部上場企業1233社を対象とした質問票調査を行い,156社から得た有効回答の 分析結果に基づいている。 17)従来,日本における経営の牽制の主体として有力なものの1つに,メイン・バンク(主 要取引銀行)の存在が指摘されてきた。しかしながら,例えば,エクイティ・ファイナン ス(新株発行による資金調達)に代表されるように,企業の資金調達方法が多様化し,ま た国内のみならず海外における資金調達も容易である今日,牽制の主体としてこれまで銀 行が果たしてきた機能が相対的に低下していることを,北海道大学大学院の調査結果は示 しているものと考えられる。
84 彦根論叢 第297号 一方わが国でも,商法の規定では経営者や取締役の選任権(指名と解任の権 利)は株主にあり,経営者や取締役の選任は,取締役会で行われることになっ ている。しかし,取締役会による経営者や取締役の任命は形式的なものであり, 現実には,彼らの任命は前任者の意向によるのが一般的である。取締役と経営 者が重複している日本企業では,取締役会の議決によって経営者が自らの意思 に反して解任されるケースは極めて稀であり,経営者がいつまでも自らの椅子 に座り続けるケースが少なくない。 また,年功制や長期安定雇用制を基盤とする日本企業では,一部の人材をエ リートとして育成することはほとんど行われておらず,経営者や取締役は,企 業内の競争を通じて育成されてきたいわゆる「生え抜き」の中から選任される 場合が一般的である。 (3)日米のコーポレート・ガバナンス制度のメリットとデメリット 米国型のコーポレート・ガバナンスのメリットは,株式会社制度の大原則で ある株主主権が確保されていることである。すなわち,株主の意向が企業経営 に敏感に反映されるという点である。このため,社内だけでなく社外の優秀な 人材も積極的に経営者や取締役として選任され,彼らは,株主の利益の最大化 を目指して大胆な組織改革や事業展開を図ることができるのである。しかし, このようなメリットを持つ米国型コーポレート・ガバナンスは,他方,次のよ うなデメリットを持っている。 第1のデメリットは,企業経営が株価に対してあまりにも敏感となり,長期 的には必ずしも望ましくない企業行動が採用される点である。株価の変動に応 じて短期的に株式を売買するのは,主として投機目的の投資家達であるが,彼 らは株式の売買によって得られるキャピタル・ゲインにのみ関心を持ち,企業 の経営そのものには何ら関心を払わない場合が大半である。企業経営に対する コミットメントが低いこのような投資家たちの意向を反映する形で企業経営が 行われるとさまざまな弊害も生じる。例えば,業績不振時には真っ先に従業員 を解雇するという企業行動がとられる。なぜなら,利益構造を改善するには人 件費を節減するのが一番容易な方法だからである。しかし,こうした解雇は,
企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンス 85 従業員のモラールを低下させると同時に,労使間の不信感を醸成するため,企 業の長期的成長を阻む要因ともなりかねない。 第2のデメリットは,ストックオプション制度を広く採用している米国企業 18) においては,株価の上昇により経営者は極めて高額の報酬を受け取る点である。 このことは,企業内での所得格差をもたらし,経営者と従業員との一体感を損 ね,従業員のモラールや企業に対するコミットメントを低下させることになる。 一方,日本型コーポレート・ガバナンスのメリットは,企業に関るさまざま なステークホルダー間の利害の対立があまり表面化しない点ある。販売先,従 業貝,仕入先,労働組合,業界団体,銀行,政府,地:域社会,系列企業は,機 関投資家や個人株主と共に,企業経営の統治者というよりはむしろパートナー として,企業業績が思わしくない場合にはその回復を図るために種々の協力を 行っている。例えば,業績が悪化した企業に対してメイン・バンクが経営陣を 派遣し,経営状態の回復を図るのはよくあるケースである。これらステークホ ルダーは,全体として経営の牽制機能を果たしていると考えられる。 日本型コーポレート・ガバナンスは,このようなメリットを持つ反面,次の ようなデメリットも持っていると考えられる。すなわち,株主代表である取締 役と経営者が重複しているため,経営者の暴走を阻止することが困難であった り,経営能力に問題がある経営者をすばやく罷免することができない等のデメ リットを有している。 3.新しい日本型コーポレート・ガバナンスのあり方 上述の北海道大学大学院の調査によれば,ステークホルダーが経営のチェッ ク主体として備えているべき要件としては,①公正な判断を下すための企業情 報を有している,②客観性をもったチェックが可能である,③経営遂行上の依 存性が大きい,の3点が特に重要視され,依存性すなわちパワー関係よりも, 公正性や客観性がチェックをする主体の要件として求められている。このよう 18)例えば,クライスラーの再建に貢献したiJ 一・アイアコッカ氏が,日本円に換算して十 数億円もの年俸を得ていたことはよく知られている。
86 彦根論叢第297号 な要件を満たす経営チェックの主体として適切であると考えられているのは, 1位が監査役,2位が取締役,3位が公認会計士であり,従来一般にいわれて きたチェック機構が支持されている。続いて,4位が労働組合,5位が機関投 資家,6位が個人株主の順である。したがって,企業は今後の望ましいチェッ ク主体として,従来からの監査役,取締役,公認会計士以外に,日本流の労働 組合に加え,欧米流の機関投資家や個人株主も考慮に入れていると指摘してい 19) る。 以上の調査結果は,あくまでも企業を対象にしたものであり,他の利害関係 者を対象にした場合には異なった結果が得られるかもしれない。しかし,他に このような体系的な調査はみられないので,この調査結果に依拠しつつ,以下, 日本型ガバナンスのあり方を提示したい。 (1)ディスクロージャの徹底 戦前から監査役制度は存在し,監査役は株主総:会において選出されていたが, ほとんど機能していなかった。「監査役は業務監査を,公認会計士は会計監査を」 という理想を実現するべく,昭和47(1972)年に「株式会社の監査等に関する 商法の特例に関する法律」が制定された。そして,資本金5億円以上の株式会 社を対象とし,公認会計士もしくは監査法人の会計監査を受けることとなった。 また昭和56(1981)年の制度改正で,会計監査人の選任が株主総会決議とされ 20) るようになった。 平成5(1993)年の商法改正では,このディスクロージャを一層徹底させる 目的で,①全ての株式会社を対象に監査役の任期を従来の2年から1年間延長 して3年とする,②商法特例法上の大会社については,監査制度強化の観点か ら,従来は2名以上とされていた監査役の員数を,1名以上の社外監査役を含 む3名以上とする,③それら監査役全員で組織する監査役会を設置する等の見 21) 直しがなされた。 19)北海道大学大学院経済学研究科コーポレート・ガバナンス研究会(1995),pp,5−7。 20)小林・土屋・宮川(1986),pp.592−595。 21)酒巻(1994),pp.136−137。
企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンス 87 しかし,現在のように,監査役や公認会計士もしくは監査法人が,形式上は ともかく実質的には経営者によって選任されているような状況では,経営者に 対するチェックは十分に機能しない可能性もある。 ディスクロージャの徹底は,上述の調査結果で挙げられれた,機関投資家(5 位)や個人株主(6位)が法律上の権利を実際に行使するための前提条件であ る。彼らが権利を行使するためには,会計情報の提供に代表される制度的ディ スクロージャだけにとどまるのでなく,経営者による企業の将来象,経営戦略, 22) 技術開発状況等の情報のディスクロージャも必要であろう。 (2) 取締役会の改革 上述のように,有効なガバナンスのためには日本の企業の取締役会の改革が 必要がである。改革すべき点としては,①外部取締役の選任,②取締役の「担 当」制の廃止,③取締役会における委員会の活用等が挙げられる。 ①の外部取締役の選任は,取締役のメンバーに社外の人材に加えることでよ り広い視野に立った戦略策定を可能とし,取締役会の独立性を高め,経営者の 行動や業績についてのより客観的なチェックがなされるといった効果が期待で 23) きる。ただし,外部取締役を現在よりも多く選任するとしても,現在のように, 外部取締役が実質上経営陣によって選任されているのでは,経営者に対するチ ェック機能は必ずしも期待できないであろう。また,社外取締役は,社内取締 役と比較すると当該企業に関する知識や情報の入手に制限があるため,有効な 24) チェック主体となり得ない可能性も残される。 ②の取締役の「担当」制の廃止は,取締役が営業や財務あるいは研究開発と いった個別の担当分野にとらわれることなく,全社的立場での取締役としての 機能を発揮することを可能とする。しかし,常務以上の取締役によって構成さ 22)こうした投資家に対する企業サイドからの各種情報の提供は,IR(investor relations) として近年注目されている。IRを通して投資家に適切な情報が提供されることによっては じめて,投資家が牽制の主体の1つとして有効に機能する条件が整i備されるものと考えら れる。 23)奥村(1982)pp. 36−37,および,伊藤(1985), pp.119−120。 24)加護野(1993b), pp.12−13。
88 彦根論叢 第297号 れる「常務会」が事実上の意思決定機関となっている日本企業において,この ような担当制の廃止によって,肩書きを持たないいわゆるヒラ取締役の発言が 25) 本当に活性化されるのかは疑問である。 ③の取締役会における委員会の活用は,特定の問題について各種委貝会を設 置し,委員会での検討内容を取締役会に報告させることで,重要な問題を専門 的かつ能率的に処理することを狙ったものである。具体的には,例えば,業務 執行,給与および賞与,ストックオプション,監査,財務,経営幹部の指名, 26) 社会的責任等に関する専門の委員会等が考えられる。 IV 結び 本稿では,まず,企業の社会的責任の今日的な意義を考察し,その活動を「啓 蒙的な自己利益」の追求と位置づけるとともに,京都オムロン太陽電機とアサ ヒタワークリニックの2つの事例を検討した。次に,企業の社会的責任を含む 経営の遂行状況をチェックするコーポレート・ガバナンス制度の現状と課題を 考察した。最後に,それらの結果をもとに,日本型コーポレート・ガバナンス の改革の方向を,(1)ディスクロージャの徹底と,(2)取締役会の改革の2点 から具体的に論じた。 企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンスの問題は,経営学の視点から だけでなく,経済学,会計学,法学等の視点からも論ずる必要のある問題であ る。しかし現状では,制度論,実態論,規範論のそれぞれの立場に基づく議論 が混在しており,学問分野ならびに論者の間で必ずしも議論がかみ合っていな いことが企業の社会的責任についての研究およびコーポレート・ガバナンス研 27) 究を難iしくしているといわれている。したがって,今後ざまざまな分野の研究 成果が一層蓄積されるとともに統合され,真に有意義な制度や運営に関する提 言や,それら提言に基づく改革が速やかになされることが期待される。 25) カロ護野 (1993b), pp.12−13Q 26)伊藤(1985),pp.175−187。 27)宍戸(1993),pp.211−213。
企業の社会的責任とコーポレート・ガバナンス 89 (付記) 本稿は,1995年度文部省特定研究経費による研究助成を受けた研究成果の一 部である。 参 考 文 献 エドマンド・M・パーク(1991)「米国・企業・地域社会一地域貢献で問われる企業の社会的 ビジョン」『国際経営フォーラム』神奈川大学国際経営研究所,No.2, pp.4−16。 Gordy, Michael (1993), “Thinking about Corporate Legitimacy,” Sutton, Brenda (ed.), The Legitimate Co7Poration: Essential Readings in Business Ethics & Co2Porate Governance, Blackwell, pp. 82−101. 早野利人(1994)「コーポレート・ガバナンス再構築による日本企業の経営革新」『NOMURA SEARCH』1994年12月号, pp.2−9。 平木多賀人(編)(1993)『日本の金融市場とコーポレート・ガバナンス』中央経済社。 北海道大学大学院経済学研究科コーポレート・ガバナンス研究会(1995)『わが国大企業にお けるコーポレート・ガバナンスについての報告書』,北海道大学大学院経済学研究科 (mimeo) . 今福愛志(1994)「コーポレート・ガバナンスとディスクロージャー」『企業会計』Vol.46, No. 2, pp.47−52. 伊丹敬之(1994)「日本型経営システムの変化と日本的コーポレート・ガバナンス」『月刊・資 本市場』No.105, pp.5−18。 伊藤邦雄(1994)「コーポレート・ガバナンスの現状と課題」『企業会計』Vol.46, No.2, pp. 25−330 伊藤宣生(1985)『取締役会制の意義』(千倉経営学研究叢書12),千倉書房。 伊藤信二(1993a)「学習のメカニズムと企業倫理の学習」『経済研究(成城大学)』第121号, pp. 135−146. 伊藤信二(1993b)「企業はいかにして社会的責任を学ぶか」『経済研究(成城大学)』第122号, pp. 180−192. 加護野忠男(1993a)ド日本的株式会社制度の再構築」『資本市場』No.94, pp.9−18。 加護野忠男(1993b)「日本企業のガバナンス」『証券アナリストジャーナル』93年7月号, pp. 8−15e 加護野忠男(1995)「企業のガバナンス」『組織科学』Vol. 28, No.4, pp.57−65。 金井一頼・腰塚弘久・田中康介ほか(1994)『21世紀の組織とミドル∼ソシオ・ダイナミクス 型企業と社際企業家へ∼』学校法人産能大学総合研究所。 川上哲郎・長尾龍一・伊丹敬之・加護野忠男,岡崎哲二(1994)『日本型経営の叡智』PHP研 究所。 小林規威・土屋守章・宮川公男(編)(1986)『現代経営辞典』日本経済新聞社。 水口宏(1993)「日本大企業における株主主権の実質的回復」『証券アナリストジャーナル』93 年7月号,pp.16−33。
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