岩医大歯誌 20:247−254,1995
総 説
表皮基底膜は固定法のちがいによって 観察される形状が異なる
大澤 得二 野坂 洋一郎
岩手医科大学歯学部口腔解剖学第一講座 (主任:野坂 洋一郎 教授)
(受付:1995年5月12日)
(受理:1995年6月7日)
1.はじめに
電顕的にとらえられている基底膜の概念は,
上皮細胞などに密着して結合組織側に認められ る電子密度の高い層(basal lamina)が存在す ることに由来している。この層と細胞との間に は一定の厚さの電子密度の低い層が認められ,
又,結合組織側にもbasal laminaに付属した 電子密度の低い層がある。そこで基底膜は三層 構造から成るという概念ができ上がった。それ らは細胞側より順にlamina lucida(rara),
lamina densa, lamina fibroreticularisの三層
である。従って電顕的にbasement membrane
= lamina lucida十lamina densa十lamina fibroreticularisであり, basal lamina は lamina densaと同義語である。
ところがbasal laminaという用語は時によ りlamina densaの意味で使用されたり, 又 basement membraneの意味に用いられてい
ることがあり,定義が不明瞭であることが LaurieとLeblond 1)によって指摘されている。
そこで, 本文においてはbasement mem braneの三層構造にっいてはそれぞれlamina
lucida(=rara), lamina densa, lamina fibro・
reticularisと呼ぶこととし,用語を統一して論 じていくことにする。
基底膜は,表皮の基底細胞の他,粘膜上皮細 胞,血管内皮細胞,シュワン細胞,筋細胞など に接して見られるが,組織によって固有の厚さ がある。表皮,粘膜上皮の基底膜は厚く,血管 内皮,シュワン細胞,筋細胞の基底膜は薄い。
神経組織に関する基底膜の中で,神経周膜細胞 の基底膜は比較的厚いことが知られている2)。
どの基底膜も発生の初期においては薄く,薄い ままで終わるものと,発生が進むにつれて肥厚 するものとがある。例えば,シュワン細胞では 発生の初期に薄い基底膜が現われ3),その基底 膜は薄いままで終わる。表皮細胞の基底膜は発 生初期では薄いが,肥厚を続け,成体では厚く なるのである。この他,角膜上皮に接するデス メ膜4 5),子宮の脱落膜細胞の基底膜6)といった 特別に厚い基底膜も存在する。なお,腎臓にお
いては血管内皮細胞と被蓋細胞の間に厚い基底 膜が存在するが,lamina densaの両側に
lamina rara internaとexternaが存在し,コ Key words:basement membrane, ultracryo−microtomy, microwave fixation, anchoring fibril,
half desmosome
Epidermal basement membrane shows various electronmicroscopic images depend on the fixation methods.
Tokuji OsAwA, and Yohichiro NozAKA
(First Department of Oral Anatomy, School of Dentitry, Iwate Medical University, Morioka,020 Japan)
岩手県盛岡市中央通1丁目3−27(〒020) Dθ批ノ∬ωαzρλイαLひη飢 20:247−254,1995
ラーゲン線維の層はないという,特殊な構造に
なっている7−9)。
これらの基底膜の中で表皮基底膜が,様々な 付属する装置を含めて最も発達が良く,lamina densaそのものも厚いので,基底膜の典型と考 えることができる。表皮基底膜においては,
lamina lucidaとlamina fibroreticularisは単 に電子密度が低い希薄な層ではなく,観察法を 工夫することにより,埋もれている構造物のい ろいろな側面を見ることができ,現在では,か なり複雑な基底膜の基本構造の概念が出来上 がっている。次に,この概念の変遷の歴史を述 べることにする。
2.基底膜の電顕観察の歴史
電顕的な三層構造を唱えた論文として常に引 用されるものがKefalidesら1°)である。彼らが 発表した模式図によるとlamina lucidaは単な る透明な層として描かれ,lamina lucida中の 構造物には全く関心を示していない,あるいは
それらを見逃している。一方,lamina fibro−
reticularisにはanchoring fibrilが描かれ,さ らに下層にmicrofibrilも加えられている。
lamina fibroreticularisにはかなり注目してい ると言える。
Kefalides以前にも電顕的な基底膜の構造を 発表している論文はいくっかある。Susiら11)は 三次元的な詳しい模式図を発表しているが,
lamina lucidaの半接着斑直下の部分に注目し ており,subbasal dense plateやanchoring fibrilを図に描きこんでいる(anchoring fila・
mentは描かれているが名称が付けられていな い)。Hashimotoら12)も同様でsubbasal dense plate, anchoring filament,そしてanchoring fibrilに注目している。
その後,BriggamanとWheeler13), Tidman とEadyl4),そしてEady15)は半接着斑を作って いる表皮細胞の細胞質中のtonofilamentや anchoring plaque, 及びlamina fibro−
reticularis中のmicrofibrilがlamina densa に接合する点などにも着目した模式図を発表
し,lamina densaを中心にその周囲の構造の
概念が一応完成したと言える。これらの模式図 が表していることをまとめると,Fig.1のよう になる。
LL LD
Fig.1. Schematic diagram showing the epiderma1−dermal junction in the region of half desmosome. TF:tonofilament,
AP:attachment plaque, SBDP:subbasal dense plate, af:anchoring filament, LD:
lamina densa, AF:anchoring fibri1, MF:
microfibri1.
3.一般的な化学固定による基底膜の基本構造 では,グルタール・アルデヒドを主剤とした 固定液を用いた電顕観察によって基底膜はどの 様な像を示すのであろうか。材料としては表皮 基底膜に,最も典型的な基底膜を見ることが出 来る。半接着斑がよく発達し,subbasal dense plate, anchoring filament, anchoring fibril などの付属物が全てそろっているからである。
Fig.2はddYマウスロ唇皮膚を材料とし,
最も一般的な電顕観察用としての通法である,
2.5%グルタール・アルデヒド+2%パラホル ム・アルデヒド(pH 7.4,0.1 Mカコジレート・
バッファー)で固定した後,1%四酸化オスミウ
ム(同一のバッファー)で後固定し,アルコー
ル系列にて脱水,エポン包埋したものである。
岩医大歯誌 20:247−254,1995
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Fig.2. Conventional electron micrograph of adult ddY mouse lip skin. E:epidermal cell, AP :attachment plaque, SBDP:
subbasal dense plate, LL:lamina lucida,
LD l lamina densa, AF:anchoring fibril,
C:dermal collagen fibril.
半接着斑部とその周囲に注目すると,subbasal dense plate, anchoring fibri1が観察できる。
anchoring fibrilは通常の透過型電子顕微鏡の 観察によってその存在には気がっかれていた が16−20),その成分がtype Wコラーゲンである
ことは,Sakaiら21), Lunstrumら22), Keene ら23)の研究によって明らかにされた。以上の構 造物の他,OsawaとNozaka24 25)によって lamina lucida中に穎粒構造物が認められると
いう報告が最近なされている。この頼粒は構成 成分は今だ明らかではないが,lamina lucida を二分する位置に一層に並び,約9×20nm
の大きさである。ニワトリ(白色レグホン種)
及びddYマウスの胚と出生直後の個体の表皮 基底膜に観察されている。成体では観察されに くくなるが注意して観察すると見っけることが できるので,やはりこれも普遍的な基底膜の基 本構造の一っと考えられる(Fig.3)。
lamina lucidaにはこの他, ルテニウム・
レッドやカチオン化フェリチンによって染色さ れ,明らかになる物質と構造物がある26−30)。こ れらは1amina lucidaに周期的に存在するもの であるが、染色によって始めて出現するもので あり,無染色で観察することができるOsawa とNozaka2425)が報告した穎粒構造物とは別の
Fig.3. Conventional electron micrograph of skin of 18 days−chick embryo. Granules (G) are seen in the lamina luida.
Anchoring fibrils (AF) are already developed at half desmosomes in this developmental stage.
ものであると考えられる。
従って,lamina lucidaはKefalidesら1°)の 模式図の様な単なる希薄な層ではなく,細胞と lamina densaをっなぐ,複雑な構造とかなり 多くの物質が存在することは明らかである。
以上が現在までの通常の透過電顕的な基底膜 像であるが,これらは化学固定,脱水,包埋の 影響を(そしてさらには染色の操作を)受けた 試料の像である。この電顕試料作製の過程の 間,物質は凝集したり移動したりしている可能 性がある。透過電顕の観察者は常にこのことを 理解した上で像を見なければならない。
そこでもっと固定,脱水,包埋の影響をなく す,あるいは少なくする試料の作製法がいくっ か試みられている。
4.凍結置換による観察
試料を通常の化学固定を施さずに急速凍結 し,オスミウムーアセトンに置換する方法は,
最終的には試料を薄切するために人工樹脂に包 埋はするものの,理想的に行われれば,通常の 固定,脱水による物質の移動はほとんどないと 考えられる。この方法により基底膜を観察する
とlamina lucidaが認められないことが知られ
ている31,32)。この方法によると,基底膜は細胞に
密着している厚い (25〜80nm)電子密度の高
い層として観察される。厚さが場所により均一 でないことも特徴である。この像は固定,包埋 時の物質の移動がない状態での,基底膜の像の
一 面の真実を表していると思われる。
GoldbergとEscaig−Haye3Dは彼らが得た像 を基底膜の真の姿と考え,今までの基底膜の三 層構造を否定しているが,化学固定,脱水,包 埋を行なった後に必ず一層のlamina densaと それに付随する構造物が観察されることも又,
一 方の事実である。通常の固定法による透過型 電子顕微鏡像において1amina densaは,その 厚さ,細胞からの距離が,組織によりほぼ一定 であり,表皮基底膜においては,度々述べたよ うに半接着斑が観察され,そこにsubbasal dense plate,肥厚したlamina densa,
anchoring fibrilなどが存在するのである。試 料に実験操作を加えた為に,現実には存在しな い像や数値を得た場合にそれらを人工産物と呼 ぶわけであり,表皮基底膜において観察される
これらの構造物は化学固定,脱水,包埋の過程 の結果観察されるものではあるが,同じ意味で の人工産物と呼ぶにはふさわしくない。これら の構造物は物質を流し去った後の基底膜の骨格 とも言えるものであり,それらの構造を観察す
ることは無意味ではない。Goldbergと
Escaig−Haye31)は, subbasal dense plate,
anchoring filament, anchoring fibrilの様な 構造物については言及していない。エポン切片 において,lamina lucida+lamina densaの厚 さが約80nmであるので,凍結置換において は,これらの構造は厚い(〜80nm)1amina densa様の物質に埋もれてしまっていると考え
られる。
5.凍結超薄切片法による観察
試料を脱水,包埋せずに切片にする方法とし て,凍結超薄切片法がある3a341。この方法も,理 想的に行えば試料作製時の物質の移動は抑えら れると思われる。加えて,この方法で作製した 切片はネガティブ・ステイニングで染色され,
観察されるので,高解像力が期待できる。
Fig.4はddYマウスの口唇皮膚を材料とし
葱、
罫彩
さ顧幾一
醸
、隆
、断亨S
Of5μ嘩.、
唖ぼる
Fig.4. Frozen ultrathin section of ddY mouse lip skin stained with PTA. The lamina lucida(LL)is thin and negatively stained in some parts, The lamina densa(LD)is thicker than in the conventional electron micrographs. The space between the dermal collagen fibrils (C) are also negatively stained with PTA. E epidermal cel1, N:nucleus of epidermal celL
た凍結超薄切片像である。この場合,無固定試 料は切片作製が困難なので,試料に通常の化学 固定を施した後,以下の工程に従って標本を作 製した。試料は化学固定による影響を受けてい
るが,脱水,包埋の影響は全く除かれている。
まず氷晶防止の意味で試料を50%saccharose 液に浸漬した。次に,発泡を抑える為に真空ポ
ンプで吸引した液体窒素中で凍結させ,
Cryokitを装着したLKB UItrotomeによって
一 60〜−100℃の範囲で超薄切片を作製した。
切片は,saccharose滴をウサギ毛の先端につ けたもので取上げ,ホルムバール膜を張ったグ
リッドに載せた。水洗した後,2%
phosphotungstic acid(PTA)で10秒間染色 し,水洗せずにそのまま風乾することによって negative stainingし,透過型電子顕微鏡で観 察した。negativeな像が得られるのはPTAが 切片の物質の希薄な部分を埋めることにより,
通常,電子密度が低くなるべき部分が逆に電子
密度が高くなるためである。ミトコンドリアの
クリステなどが陰画として観察されるのはもち
ろんであるが,基底膜とその周囲について観察
岩医大歯誌 20:247−254,1995
してみると,PTAはlamina lucidaとlamina fibroreticularisを染色している。 lamina densaをはさんで両側の2層が染色されるの で, ここではlamina densaはnegativeな像 になっている。しかしlamina densaは染色さ れなくても物質の量が多く,元来ある程度の電 子密度を持っている。lamina lucidaとlamina fibroreticularisがたまたま染色されなかった 部分においては,従ってlamina densaはposi−
tive像として観察される。一枚の電顕像の中に おいてlamina densaはこの様に場所により positiveな部分もnegativeな部分もある。つ まりhalf−positive, half−rlegativeの像として 観察される。
nagative stainingによるlamina densaは 通常のTEMによる像よりはるかに厚いことに 気がっく。通常のTEMでは30〜40 nm程度 だが,negative stainingを施した凍結超薄切 片においては60nm程度まで厚く見える。逆 にlamina lucidaは20〜30 nmであり,通常 のTEMの場合の50 nmよりかなり薄くなる。
これはPTAが物質の希薄な部分を染色する事 によるもので通常のTEMで電子密度が低く観 察されるlamina lucidaにおいて,電子密度が 低いものでも物質さえあればそこはPTAに染 色されない為であると思われる。
lamina fibroreticularis 中の anchoring fibrilはほとんど観察することができない。
anchoring fibrilは真皮のコラーゲン層に入り 込んでいるが,通常の透過電顕ではその部位は コラーゲン線維が疎であるように観察できて も,negative staining像では,かなりコラーゲ ン線維で充満していることがわかる。negative stainingでは,構造物の周囲をPTAが染色す
るために形態が観察されるのであるが,
anchoring fibrilの周囲は密に物質が取り囲ん でいて形態を良く観察することができないので あると思われる。
一方,subbasal dense plateは,明らかなコ ントラストでnegativeに観察できた。また,
anchoring filamentと思われるlamina lucida
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