• 検索結果がありません。

2 「途上国の都市化」研究へといたる道筋

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "2 「途上国の都市化」研究へといたる道筋"

Copied!
19
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

1 (財)矢野恒太記念会編『世界国勢図会 2010/2011』((財)矢野恒太記念会、

2010 年)p 81

2 (財)矢野恒太記念会編、同上書、p 78 ~ 79 3 (財)矢野恒太記念会編、同上書、p 78

「途上国の都市化」に関する一考察

都市社会学者・古屋野正伍先生の業績を中心に

和 田 清 美 1 本稿の意図と限定

  国 連 の「World Urbanization Prospect The 2009 Revision」 に よ る と、

2010 年における世界の都市人口は、34 億 8633 万人で、世界人口の 50.5%

が都市部に住んでいる(都市化率)と推計された1。とりわけ、途上国の都 市化は以下に紹介するとおり著しいものがある。1970 年以降の途上国の都 市化率の推移をみると、アジア地域では、1970 年に 22.7%であったものが、

80 年には 26.3%、90 年には 31.5%、2000 年には 36.8%、2010 年には 42.2%

となっている。また、アフリカ地域では、1970 年に 23.6%であったものが、

80 年には 27.9%、90 年には 32.1%、2000 年には 36.0%、2010 年には 40.0%

となっている2。この 40 年あまりで両地域の都市化率は、1970 年から 2 倍 に拡大したことになる。

 この背景に、この間の両地域の経済発展があることは言うまでもない。ア フリカ地域に比べてアジア地域が 2%程度高いのは、経済成長が著しい中国、

インドを抱えることも考慮にいれておく必要があろう。ちなみに、中国の都 市化をみると、1970 年の 17.4%から、2010 年には 48.9%へとほぼ 30%増加 している。これに対してインドの都市化率は、1970 年の段階では中国より 高く 19.8%であったが、2010 年には 30.0%となっており、中国より 20%ち かく低くなっている3。しかも、人口大国の中国は、都市人口が世界で最も

(2)

4 (財)矢野恒太記念会編、前掲書、p 91 5 (財)矢野恒太記念会編、前掲書、p 90 ~ 91

多く、1990 年の 3.1 億人から 2010 年には 6.4 億人へと 20 年間で 2 倍以上増 えており、その社会的影響の大きさは計り知れないものがある。

 今後の都市人口予測をみると、「World Urbanization Prospect The 2009 Revision」によれば、2010 年から 2030 年までの年平均増加率をみると、先 進国(北アメリカ、ヨーロッパ諸国とオーストラリア、ニュージーランド、

日本)が 0.54%に対して、途上国では、2.09%と予測している4(本論文末表 1 参照)。しかも、世界の主要都市の人口予測(2025 年)をみると(本論文 末表 2 参照)、日本の東京を筆頭に、2 位および 3 位には、インドのデリー とムンバイが入っており、以下、サンパウロ(ブラジル)、ダッカ(バング ラディシュ)、メキシコシティ(メキシコ)があがっていることからも、21 世紀は、まさに「途上国の都市化」の時代といえるのである5

 本稿は、このような「途上国の都市化」を予見するかのように、それへの 関心を生涯持ち続け、ライフワークとした都市社会学者の古屋野正伍先生の 業績を取り上げ、その都市社会学的意義を点描する。とくに古屋野先生の業 績の集大成ともいえる『東南アジア都市化の研究』を中心に取り上げ、その 研究を再検討し、その都市社会学的意義を明らかにすることにある。同時に これをとおして、今後の筆者が進めようとしている「途上国の都市化研究」、

とりわけ「東アジア研究」の足掛かりとしたい。これが本稿執筆の意図である。

 なお、筆者が古屋野正伍先生を取り上げたのは次の理由からである。それ は筆者が別稿において整理検討した第二次世界大戦後の日本の都市社会学研 究史における位置付けに拠っている。少し長くなるが引用させていただく。

さらにこの時期は、海外とりわけ発展途上国の都市と都市化の研究が 開始された時期でもあった。その代表に古屋野正伍「アーバニズムと 都市化」(林武編『発展途上国の都市化』1976 年)や佐々木徹郎『コ ミュニティ・デベロップメントの研究―カナダの漁村とフィリッピン の都市の事例』(1982 年)がある。これらの蓄積の上に企画・実施され

(3)

6 和田清美「日本都市社会学研究史―課題と方法」園部雅久・和田清美編著『都市 社会学入門―都市社会研究の理論と技法』(文化書房博文社、2004 年)p 74 ~ 75 7 例えば、1980 年までの途上国研究の成果をまとめたものに、山口博一・村武

精一・加納弘勝編『リーディングス日本の社会学 18 巻 発展途上国研究』(東 京大学出版会、1997 年)がある。また、発展途上国の都市社会の研究動向と しては、加納弘勝「発展途上国の都市社会研究」園部雅久・和田清美編著『都 市社会学入門―都市社会研究の理論と技法』(文化書房博文社、2004 年)を参 考にされたい。

たものが、古屋野正伍編『東南アジア都市化の研究』(1987 年)である。

本研究は日本社会学会会員に広く呼び掛けて組織された研究チームに よって実施された東南アジアの都市化調査であった。本調査の大きな 貢献は比較都市研究の視座が開かれるようになったことにあり、グロー バリゼーションの進展が急速にすすむ 1990 年代に本格的に取り組まれ ることになる6

 やや誤解を受けるような表現になっているので補足すると、もちろんこれ 以前にも「発展途上国研究」はなされている7。しかし、「都市と都市化」問 題を研究テーマとして、日本社会学会会員に広く呼び掛けて組織された 30 名を超える大研究チームが組織され、タイ、インドネシアの 2 つの国を対象 とした現地調査を 3 年間継続的に行ったことは例がない。これは日本の都市 社会学を超えて社会学界の歴史において画期的な試みであり、まさに 1990 年代以降の活発化するエリアスタディの礎となっている。その統括責任者と しての重責を担えるのは、当時の社会学界では古屋野正伍先生をおいてしか おられなかったことは容易に想像できる。それは、後述する古屋野正伍先生 の研究業績が証明してくれる。

 それ故、このような点から、本稿で中心的に扱う『東南アジア都市化の研 究』の学術的意義が大きく、古屋野正伍先生が残されたこの仕事を日本の都 市社会学研究の中に正当に位置づけることは、後につづく都市社会学者の使 命であると判断し、本稿執筆に至った。

(4)

8 『日本とアジアと世界と―古屋野正伍先生喜寿記念誌―』古屋野正伍先生喜寿 記念誌編集委員会、1993 年

9 山口博一「途上国研究の総論」(山口博一・村武精一・加納弘勝編、前掲書)

 では、『東南アジア都市化の研究』の検討に入るまえに、この研究にいた るまでの古屋野正伍先生の研究業績を辿ってみることにしよう。

2 「途上国の都市化」研究へといたる道筋

 古屋野正伍先生の大学人ならびに研究者としての生活は、岡山大学教育学 部(社会科)に助教授に就任した 1950 年に始まる8。岡山大学には 10 年間 在職するが、その間、1952 年から 1 年間フルブライト第 1 回留学生として ミシガン大学大学院で社会学を学ぶ。これを契機に、経済学から社会学に転 じられた。これが縁で翌年日本に帰国すると、ミシガン大学日本研究所岡山 分室で研究嘱託を 3 年間兼任する。1956 年にはユネスコ南アジア工業化の 社会的意義研究センター研究員としてインドのカルカッタ市に留学する。こ うした海外での研究歴とりわけインドでの経験は、その後の研究とりわけ「移 民の社会学的研究」ならびに「途上国の都市化研究」の基盤にあることを見 逃してはならない9

 さて、先生は岡山大学から 1961 年に東京女子大学文理学部教授に招聘さ れるが、1973 年には磯村英一教授の後任として、東京都立大学人文学部(社 会学)教授に就任する。都立大学には 1980 年までの 7 年間在職することに なるが、この間の業績をみると、まず、目を引くのは、「Sociological Studies in Japan: Power, Postwar &Contemporary Stages」(Sage Publications, 1976)、「A Basic Study on the Interrelation between Plant Cultivation and Human Life in Nepal」(Tokyo Metropolitan University Team of Nepalese Research, 1977),「A Comparative Sociological Study on the Adaptation and Attitude Change of Asian Emigrants」(University of tsukuba, 1977)と立て 続けに、英文著作の刊行していることである。

(5)

 もちろん、本著作を含め多数の図書と論文を世界に向けての研究の発信は 古屋野先生の研究活動の特徴となっている。まさに世界を舞台にご活躍され ている。この英文著作の中のアジア移民の研究は、「途上国の都市化」研究 とならぶ古屋野先生の代表的業績と言えよう。同研究は、『アジア移民の社 会学研究』(アカデミア出版会、1982 年)として結実している。

 同時期、古屋野先生は、『所沢:市民意識の現実と課題』(共著、日本都市 センター、1974 年)、『現代日本のコミュニティ』(共著、川島書店、1975)、

『著名な研究実績を有する諸都市の追跡的実証研究』(東京都市社会学研究会、

1978 年)など、日本国内の都市社会の実証的研究に精力的に取り組んでいる。

もちろん、すでに先生には、1955 年に『社会学評論』に掲載された「社会 構造としての時間的整合についてー都市化の指標のための仮説」をはじめと して、「都市化」に関す理論的論文がいくつもあり、こうした研究蓄積が都 立大学在職時代の都市社会の実証的研究につながっていると判断できる。ま た、こうした研究蓄積がなければ、磯村英一先生の後任教授として、都立大 学社会学教室の教授に就任することはなかったであろう。

 なお、都立大学時代に執筆された前掲の「アーバニズムと都市化」(林武 編『発展途上国の都市化』1976 年)の論文は、先生の次の研究ステージで ある「途上国の都市化」の実証的研究への架橋となるべき記念碑的論文であ ると筆者は位置づけている。

 さて、先生は 1980 年に都立大学を定年退職されるが、その 2 年後の 1982 年には『日本社会学者による途上国研究の動向』(日本社会学会、1982 年)

を発表する。これが、1983 年から 3 年間にわたるタイ、インドネシアの現 地調査へと実現させ、その成果が前掲の『東南アジア都市化の研究』として 結実したのである。この間の経緯を古屋野先生は、次のように述べている。

この共同研究は、もともと 1981 年、日本社会学会の有志会員を中心に、

文部省科学研究費総合研究(B)の補助を受けて行った『発展途上国に おける社会変動の比較研究』から始まる。その目的は、日本の社会学者 で、発展途上国の研究に関心をもつ人々相互間の連携を図り、共同研究 のチャンスをつくることであった。この目的に沿ってアンケートを作成

(6)

10 古屋野正伍「緒言」(古屋野正伍編『東南アジア都市化の研究』アカデミア出版、

1987 年)p 1

し、会員(一部非会員を含む)からの自発的回答を整理して、『日本社会 学者による途上国研究の動向』(1982 年)を日本社会学会事務局から刊 行した。このなかには、約 150 人の研究者のデーターが収録されている。

 更に、この総合研究(B)との関連で、1981 年 4 月、日本学術会議社 会学研究連携委員会と日本社会学会との共催によるシンポジウム「東南 アジアにおける都市化と農村の諸問題―地域社会の変動を中心に」が開 催された。4 人の報告者が取り上げた対象地は、タイ、フィリピン、マ レーシア、及びシンガポールであった。続いて翌 1982 年 3 月、同じ研 究計画の一環として、第 2 回シンポジウム「発展途上国に関する社会学 的研究―成果と展望」が開催された。これも第 1 回と同じ組織による共 催で、報告テーマは、日本の社会学者が行った発展途上国の総括と展 望を中心に、家族、村落構造、及び都市化と産業化に及んだ(・・・中 略・・・)本書の内容を成す研究は、これらの準備段階を経て、1983 年 度から 1985 年度までの 3 年間、文部省科学研究費海外学術調査の補助 を受けて実施した10

 以上のように、タイ、インドネシアの現地調査の実施に至るまでに、実に 2 年間の準備期間があったことがこの「緒言」から明らかになったが、あら ためて本調査研究の意義を痛感させられる。

3 『東南アジア都市化の研究』の意義と成果

(1)本調査研究の意義

 さて、2 年間の準備期間を経た後、いよいよ「東南アジア都市化の研究」

をテーマとする調査研究が 1983 年度から 3 年間、タイとインドネシアを対 象とする現地調査として開始されることになる。1983 年度初頭からの調査・

(7)

研究の経緯は、「まず、文部省に申請した研究者に、自発的に自費で参加者 を公募し、それに基づいて調査団を編成した。調査者は調査に関して全くの 同等の権利と義務をもつこととした。このような調査団の結成はこれまで少 なくとも社会学界にはなかったものである」11 と、古屋野先生は述べている。

 その結果、現地調査は、タイ班 13 人、インドネシア班 10 人の 2 班から構 成され、これに総括班 3 人を置いている。さらに、両国班は、その内部を① 農村班、②中間都市班、及び③大都市班に分かれて組織されている。全体会 議とともに、班会議を開き、現地調査に備えたという。

 なお、<調査団の構成>は以下のとおりである12

<研究代表者>:古屋野正伍

<総括班>  :古屋野正伍、北川隆吉、駒井洋

<タイ班>

タイ農村チーム・・・北原淳、竹内隆夫

チェンマイ A チーム・・・古屋野正伍、平本泰子

チェンマイ B チーム・・・駒井洋、橋本祐子、鈴木規之、中村則弘、

      田巻松雄

バンコクチーム・・・北川隆吉、帯刀治、北島滋、市川伸子 タイ側研究分担・協力者・・・プラサート・ヤムクリンフン、

      カセム・プラカシコーン、

      スリチャイ・ワンゲーオ

<インドネシア班>

インドネシア農村チーム・・・高橋明善、黒柳晴夫、柄沢行雄、

      田口純一

ジョクジャタルタ・チーム・・・古屋野正伍、新津晃一、青木秀男 ジャカルタ・チーム・・・佐々木徹朗、今野裕昭、中山伸樹 インドネシア側研究分担・協力者・・・セロ・ソマルジャン、

11 同上、p 2 12 同上、p 8

(8)

       スジト・ソスロディハルジャ、マナセ・マロ

 さて、1983 年度は予備現地調査、1984 年度は本調査を実施し、11 月から 翌年 1 月の間に、タイ班とインドネシア班が滞在期間の一部を重ねる形で実 施したという。1985 年度は、調査結果のとりまとめの年にあたり、数回の 全体会議と日本社会学会大会での報告を行った。その上で、本調査研究の意 義について、古屋野正伍先生は、以下のように述べている。やや長いが、大 変重要な点であるので引用することとした。

海外、特に発展途上国を対象とする、日本人社会学者による現地実態 調査は、他の社会科学諸分野に比して各段に遅れている。(・・中略・・)。

しかし、発展途上国における近年の社会発展から見て、社会・文化領 域での諸問題の解決は、政策目標としても一段とその比重を増してき た。それは、経済開発や人口政策の波及としての農民の土地喪失や失業、

大都市への人口流入によるスラム(低所得者居住地区)やスクォッター

(不法居住地区)の肥大化、あるいは地方都市における諸機能の衰退な ど、すべて緊急な対応を必要とする社会問題の急増を背景としている。

殊に、アジア地域におけるこの実情は、その一員である日本にとって の重大な関心事である。

 しかも、アジアはもちろん、他の発展途上国社会の諸問題について、

現地を含む外国人社会学者は早くから関心を寄せ、既に多くの成果が 蓄積されていることは周知のとおりである。このなかにあって、日本 の社会学者に課せられる任務は、自ずから明らかであろう。少なくと もその 1 つは、進んでこれらの現地を対象とする研究に取り組むこと であり、もう 1 つは、外国研究者との協力による共同研究を推進する ことである。また、既に研究蓄積のある他分野からその成果を学ぶと 共に、これらとの協力によるいわゆる学際的研究を積極的にすすめる ことも必要である13

 

13 同上、p 3 ~ 4

(9)

 以上から、本調査研究の目的が、一に日本人社会学者による現地実態調査 の推進にあることが、この記述からうかがい知ることができる。当時の社会 学界の研究状況を鑑み、おそらく古屋野先生は、この一念によって支えられ ていたのではないかとの思いを、筆者は今さらながら強くしている。そうで なければ、その実現に向け、周到に 2 年間にわたって準備をすすめてきたわ けがない。果たして、この調査研究にこめられた古屋野先生の意図が、エリ アスタディが社会学研究の一領域を占めるに至った現在の研究状況にどれほ ど貢献したかをあらためて検討する必要があることを、本稿を執筆してあら たにわいてきた研究課題である。

(2)調査研究の成果  ①調査報告の内容

 では、つづいて調査研究の成果についてみていくこととしよう。先にふれ たように、1983 年度から 3 カ年の現地調査を含めた調査研究が終了し、そ の成果を 1986 年度の刊行助成を受け、『東南アジア都市化の研究』として、

めでたく刊行されたのである。総ページ数 593 を数える大部な著作となって いる。執筆にあたったのは、総勢 25 名となっている。

 すでにふれているように、現地調査の対象は、タイとインドネシアであり、

両国は、①農村班、②中間都市班、及び③大都市班から構成されていること、

これが本調査の特徴となっている。

 <目次構成>は、以下のようになっている。

 緒言

 序章 東南アジア都市化研究の課題と方法      1 研究課題としての都市化

     2 国民形成における中間都市の役割      3 都市化の比較調査の意義

Ⅰ部 タイの都市化

 1 章 タイの都市化と工業化      1 工業化の進展

(10)

     2 工業化と人口集中化  2 章 タイ農村の構造と変動      1 地域労働市場の類型      2 村の概況         3 家族構造と親族構造      4 土地所有と農業経営      5 農外就業と労働市場  3 章 中間都市チェンマイの構造と変動      1 中間都市の都市化

     2 中間都市と伝統文化      3 中間都市の発展と課題

 4 章 巨大都市バンコクの経営・労働者と人口動態      1 工業化における経営と労働者

     2 都市化過程と階層の特質         3 都市化と国家の発展

 5 章 タイ農村の変容と都市の人口流動         1 農村の変容と中間都市

     2 都市化と中間都市の変容      3 巨大都市と中間都市の形成

Ⅱ部 インドネシアの都市化

 1 章 インドネシアの都市化と工業化      1 いくつかの特性

     2 工業化と都市化の進行      3 社会的統合の要因と過程  2 章 インドネシア農村の構造と変動      1 農村構造の社会学的研究      2 家族・親族構造と村落生活      3 農業生産の構造

     4 過剰人口と階層構造

(11)

     5 人口流出の構造

 3 章 中間都市ジョクジャカルタの構造と変動      1 空間的、歴史的形成の特質       2 都市の成立と人口動態      3 住民の移動と定着      4 都市に生きる人々

 4 章 巨大都市ジャカルタの産業構造と人口動態      1 産業構造と人口流入

     2 移住者の流入過程      3 移住者の生活と態度

 5 章 インドネシア農村の構造と都市の人口流動      1 農村の構造と人口流出

     2 中間都市の都市像再考

     3 巨大都市の移住者の社会的適応  終章 東南アジア都市化の総括

     1 調査研究の意図      2 調査研究による知見      3 比較社会研究に向けて

 ②調査知見の整理

 さて、研究代表者である古屋野正伍先生は、「終章 東南アジア都市化研 究の総括」において、本調査研究の意図を以下のように整理している。

この調査研究はタイとインドネシア両国を対象とし、都市化の視点か ら、労働市場の形成とこれをめぐる人口移動を中心に、農村―中間都 市―巨大都市(首都)の相互関連性を追求する。そのためこれらの地 点にそれぞれフィールドを設定し、同時進行の形で現地調査を進めた ものである14

14 古屋野正伍「終章 東南アジア都市化研究の総括」(同上書)、p 566

(12)

15 同上、p 568 ~ 589 16 同上、p 590

 つまり、本調査の課題はここにあり、とりわけ「都市化」を、「農村―巨大 都市」の関連構造としてのみ捉えるのではなく、「中間都市」を介在させ、「農 村―中間都市―巨大都市(首都)」の相互関連として捉えているのである。こ れが、本調査研究の独自性であり、「都市化」を農村―大都市間の単線的人口 移動を超えた理論的貢献がある。この点はさらに次項でふれることとしたい。

 その上で、本調査研究の知見として、古屋野正伍先生は、タイでは 17 の 知見、インドネシアでは 18 の知見を抽出している15。その上で、最後に「比 較社会研究に向けて」と題して、タイとインドネシアという独自の社会構成 をもつ両国の単純な「比較」について付言している。「他島国であるインド ネシアの場合はもちろん、陸続きのタイでも、バンコクを中心とする中部タ イとチェンマイを含む北タイ、更に北タイでも北半部山岳地帯と南半部平 坦地域との社会的、経済的差異を無視することはできない」16と述べている。

これに続けて、今後の両国での比較研究を進める足掛かりを求める上でと前 置きしながら、今回の調査に基づく所見を手短に述べているので、簡単に紹 介したい。

 その第一は、調査対象とした両国の農村では、双方共に土地は耕し尽され、

農地の細分化が進み、土地なし農民が増加していること。道路や交通手段の 改善はある程度進展し、距離によっては中間都市への通勤が増える一方、在 村のままで都市就業の機会も増している。しかし、タイ農村とインドネシア 農村の異質な点をあげると、チャンマイ農村においては脱農・離村が常態化 し、村内の伝統的儀礼や行事は順守されているが、個人間の相互連携は弱く、

これが村落の解体を早める結果を招いていることである。これに対してジョ クジャ農村では、ジャカルタやスマトラへの流出や出稼ぎが減少せず、地元 の専門・公務職の収入がきわめて高いため、他の職種との格差を広げつつ、

農外収入を押し上げているが、親族間の紐帯の強さとともに、個人間の相互 扶助の精神が浸透しており、いわゆる貧困の分かち合いが一般化していると

(13)

総括している。

 第二は、中間都市であるチェンマイとジャクジャについてである。いずれ も独立王朝の首都として成立し、総合大学を核とする高度かつ多角的な教育 の中心をなしていることから、人材養成の舞台となる反面、財政的、経済的 に首都の支配下にあることは共通している。チャンマイの場合は、観光産業 を中心として諸企業の安定性は欠けるものの、周辺農民と山地民族の一部に 就業の場を提供し、フォーマルセクターにも中国系経営者と共存する地域出 身エリートの定着の兆しがみられ、中間都市としてある程度の統合性が見ら れる。これに対してジャクジャは、観光開発の遅れや伝統工芸の衰退のため、

一般労働市場の形成がきわめて弱く、インフォーマル・セクターの吸収力は 弱く、宮廷人の後裔と一般市民、ジャワ人と中国人などの間に身分的、民族 的異質感が強く、それが社会的統合を困難にしている。両中間都市の自主的 発展の道は、極めて困難ではあるが、まったく閉ざされたものではないと総 括している。

 第三に両国の首都であるバンコクとジャカルタについては、それぞれ異な る仕方であれ、いずれも外国勢力の影響下に形成された巨大都市であること は変わりなく、その事実が膨大な貧困層の形成など、両都市の当面する様々 な難問に投影している。バンコクでは、工業化の進展がめざましく、それは 産業資本中心の経営への転換を産み、タイ人の新中間層を中心とする自発的 活動の進展がみられ、彼らが大幅に遅れた居住を中心とする生活関連施設の 改善に取り組む看取されとしている。これに対してジャカルタでは、工業化 が微弱であり、政府主導のスラムの改善などは進んだが、住民による自発的 取り組みは見られないと総括している。

 以上から、「両国の間にみられるこれらの差異が、一層基本的にはそれ ぞれの国民性とある部分ある程度結びついていることは容易に察知されよ う」17と結論している。

17 同上、p 592

(14)

18 古屋野正伍「序章 東南アジア都市化研究の課題と方法」(同上書)、p 15

(3)東南アジア都市化に関する理論的成果

 では、以上の調査結果を踏まえつつも、筆者の関心は、「発展途上国の都 市化」の概念化とその実態にある。この点は、研究代表者である古屋野先生 が、本調査研究の理論枠組みを提示された「序章 東南アジア都市化の研究 の課題と方法」の内容は、現在そして今後の「発展途上国の都市化研究」に おいてきわめて示唆深い。以下では、この点にふれ、古屋野正伍先生が本研 究に果たした理論的貢献について言及しておきたい。

 まず、本論文では、都市化の一般的意味を、「向都移動に具象化される変 動過程としての都市化に対して、アーバニズムは都市志向の意識に内在する 抽象的な理念としておきたい」とした上で、この都市化概念の一般的意味を 途上国の実態に適用する場合の留意点について論じる。まず、発展途上国の 都市化の進展を、第二次世界大戦を境に、戦前と戦後の二段階に分けて把握 することの必要性を指摘している。とりわけ、第一世界大戦後から第二次世 界大戦までの第一段階における大都市の膨張によるプライメイト・シティの 原型が形成され、これは「全体的に見れば、国家が植民地として先進資本主 義国を中心とする世界経済に、また地方都市や農村が人的、物的資源の供 給源として巨大都市に、それぞれ従属する関係が成立したことに他ならな い」18としている。第二段階としての戦後は、主として、死亡率の低下に基 づく国内人口の増加が顕著であり、これは商品生産の母体となる農村を含む 国内市場の形成に寄与したが、巨大都市に集中したのは、主として輸出向け 市場を目指す大規模産業であり、農村での増加人口がそのまま吸収されたわ けでない。都市人口増加の内容が向都移動よりも自然増加による部分が多く、

農村側からみても都市への転出人口が内部での自然増加を上回ることなく、

その受け皿となる就業の場は、地方中心都市に求めざるを得ない。ここで、

都市化における地方中心都市の役割が指摘され、これが、いわゆる本研究の 特徴とされる「中間都市」の存在としてクローズアップされることになる。

 古屋野先生の規定によれば、「ここで中間都市(intermediate city)とは、

(15)

国民形成に関わる政策的呼称であるが、原則として人口 10 万人以下の小都 市とは区別し、人口でほぼ 10 万人から 50 万人までの、地方中心都市を意 味する」19 としている。さらに、つづけて、この中間都市を特徴づけるのは、

小規模産業の立地と、インフォーマル・セクターの形成であるとしている。

この二つの点は、本調査研究が採用した「都市化」の比較の方法における分 析課題として挙げられている。

 なお、古屋野正伍先生は、自ら、第Ⅰ部のタイでは、第 3 章のチェンマイ を、第Ⅱ部のインドネシアでは、第 3 章のジョクジャカルタを現地調査しそ れぞれ分担執筆をしていることに注意しておきたい。

4 おわりにー今後の「途上国の都市化」研究の展開にかかわらせてー

 では、これまで検討してきた『東南アジア都市化の研究』は、学術的には どのように評価されているのであろうか。ここでは途上国都市の比較研究を 専門とする加納弘勝氏による評価を紹介しておこう。

 加納氏によれば、「途上国都市の研究をプライメイト・シティのみに限定 しないで、農村、中間都市、巨大都市という『3 種の地点』に焦点をそれぞ れあわせた調査であったし、大陸部タイと島嶼部インドネシアという、比較 の視点をもった調査であった。・・・(中略)・・・。調査結果は『東南アジ ア都市化の研究』としてまとめられ、一部は『リーディングス 日本の社会 学 発展途上国研究』に再録されている。この報告は、2 カ国の工業化の実 態にふれるが、焦点は『出身地と到着地』に関わる人口移動の実態に絞ら れている。しかし、プライメイト・シティに関心が集中し易いなかで、巨大 都市と農村の接点として中間都市を注目した点は、日本の社会学が農村研究 で培ってきた研究実績を継承して発展途上国都市の興味あるテーマを構成し た。中間都市における伝統工芸の実態、小規模工業の労働過程、中間都市だ けでなく、社会全体に関わる家族親族間の紐帯やエスニック関係を検討した 19 同上、p 22

(16)

20 加納弘勝、前掲論文、p 122 ~ 123 のである」20

 このような評価はこれまで指摘した点とほぼ重なる。とりわけ、「中間都市」

を組み入れた調査枠組みは、古屋野正伍先生の「途上国の都市化」の理論を 根拠にしていることはすでに言及したとおりである。

 では、最後に、筆者の今後の研究の方向性について述べておきたい。筆者は、

これまで日本の大都市、とりわけ首都・東京の社会学的研究をコミュニティ の視点からすすめてきた。古屋野先生が切り拓いたともいえる「途上国の都 市化研究」に取り組みたいと現在計画をすすめているところであるが、その 場合、東京との比較という点から「プライメイト・シティ」を研究対象に据 えたいと考えている。筆者は、古屋野先生が創設された「アジア社会研究会 年報」3 号において、この点にふれているので、これを引用して本稿を終え ることとする。

合評会で取りあげられなかったテーマに『都市』もしくは『都市化』

がある。むしろ、 理論編および実証編を貫くのは、都市化の下での「都 市・農村関係」にあり、理論編で 1 本、実証編で 2 本を数える。しかし、

分析の主軸は、あくまでも「農村」つまり「共同体」側にある。これ が本書の特徴であると理解できなくもないが、果たしてこれで現代の 地域社会とりわけアジア・アフリカ地域の変動と新しく目の前に迫っ ている大問題に迫れるのかといった疑問が残った。むしろ、分析の主 軸を「都市」の側においてこそ、21 世紀の「都市・農村関係」の新た な発見が見いだせるのではないか、と分析軸の発想を得たように思う。

 実態の変化の激しさにもよるが、おそらく 20 世紀末から 1 世紀を経 たアジアの都市は水島先生のご指摘のとおり、25 年前、50 年前とは全 く変わっているとも言えよう。そうした変化について、欧米の各国で は新しい研究組織や方法論的検討を踏まえて、まさに「新しい」転換 をみせているとの報告が相次いで伝えられてきている。前段でふれた が、筆者の関心もそこにあり、合評会を踏まえた展開、比較研究など

(17)

21 和田清美「合評会に参加しての感想―アジア大都市研究の発展をめざして―」

小倉充夫・加納弘勝・竹内隆夫・田巻松雄・北原淳・北川隆吉編『アジア社会 と市民社会の形成―その課題と展望』文化書房博文社、2009 年、p135 ~ 136

がなければ、「都市」の根源的な理解は不可能となろう。そして、他の 評者からも指摘された重要な問題も、アジア・アフリカの都市研究、

都市政策、比較都市論にあるのではないかとさえいえそうである。こ の点への接近と他分野との共同研究の必要性と困難さを昨今考えつづ けて筆者としては、この方向での研究をすすめることへの勇気と刺激 をこの合評会から得たといえそうである」21

[付記]

2010 年 6 月 30 日、古屋野正伍先生が老衰により静かに 93 年の生涯を 終えられた。本稿で紹介したとおり、古屋野先生は「途上国の都市化」

をライフワークとし、お亡くなりになるその日まで研究者として生き、

見事に 93 歳の天寿を全うされた。古屋野先生には私が前職場(常磐大学)

に在職した 7 年間、筆舌に尽くせぬご教示と薫陶をいただいた。現在 私は縁あって先生が在職しておられた都立大学(現首都大学東京)に 身をおいており、古屋野先生が切り開いたともいえる「途上国の都市 化研究」をいかに継承し発展させるかに取り組んでいる。古屋野先生 のご冥福を心からお祈り申し上げ、本稿を先生に捧げたい(合掌)。

〈参考文献〉

加藤剛編、2004『変容する東南アジア社会―民族・宗教・文化の動態』めこん 北川隆吉監修、山口博一・小倉充夫・田巻松雄編著、2006『地域研究の課題と方法(理

論編)』文化書房博文社

北川隆吉監修、北原淳・竹内隆夫・佐々木衛・高田洋子編著、2006『地域研究の 課題と方法(実証編)』文化書房博文社

北原淳編、1989『東南アジアの社会学―家族・都市・農村』世界思想社

(18)

――編、2005『東アジアの家族・地域・エスニシティー基層と動態』東信堂

――・赤木項

古屋野正伍・北川隆吉・加納弘勝編、2000『アジア社会の構造変動と新中間層の形成』

こうち書房

小島麗逸・幡谷則子、1994『発展途上国の都市化と貧困層』アジア経済研究所 加納弘勝・小倉充夫編、2002『変貌する「第三世界」と国際社会』東京大学出版会 新津晃一編、1998『現代アジアのスラムー発展途上国都市の研究』明石書店 大阪市立大学経済研究所、1998 ~ 2001『アジアの大都市(1)~(4)』日本評論社

表 1 地域別の都市人口予測

国連「World Urbanization Prospects: The 2009 Revision」(2010 年 6 月 1 日ダウンロード)

による。旧ソ連の各構成国はそれぞれアジアとヨーロッパに分類されている。1) 北アメリカ、

ヨーロッパ諸国とオーストラリア、ニュージーランド、日本。

出典)(財)矢野恒太郎記念会編集『世界国勢図会 2010/2011』(財)矢野恒太郎記念会、

2010 年、p 81 資料

(19)

表 2 各国の主要都市の人口予測(Ⅰ)

国連「World Urbanization Prospects; The 2009 Revision」(2010 年 6 月1日ダウンロード)

による。同資料で、2025 年時点で都市人口の多い順に掲載した。将来都市人口は、可能 な限り最新のセンサスを用いて、それ以前のセンサスあるいは最新の人口推計調査との 連続性を考慮して予測されたものである。都市の区分には、固有市域(City proper, 法 的に一定の境界があり、通常ある種の地方政府で行政的に承認された都市的性格をもつ 地域)や都市及びそれに隣接した周辺地域(Urban agglomeration, 固有市域の都市境 界線の外側に隣接する人口密集地域)などがある。都市名に印のついているものは固 有市域人口である。国により都市の定義が異なるため、単純に各国の都市人口を比較す ることはできない。1)年平均人口増加率。2)首都圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)。3)

ニューヨーク・ニューアーク。4)ロスアンゼルス・ロングビーチ・サンタアナ。5)大 阪市を中心として神戸など兵庫県内にまたがる人口密集地域。6)ダラス・フォートワース。

出典)(財)矢野恒太郎記念会編集『世界国勢図会 2010/2011』(財)矢野恒太郎記念会、

2010 年、p 93

表 2 各国の主要都市の人口予測(Ⅰ)

参照

関連したドキュメント

工学部の川西琢也助教授が「米 国におけるファカルティディベ ロップメントと遠隔地 学習の実 態」について,また医学系研究科

鈴木 則宏 慶應義塾大学医学部内科(神経) 教授 祖父江 元 名古屋大学大学院神経内科学 教授 高橋 良輔 京都大学大学院臨床神経学 教授 辻 省次 東京大学大学院神経内科学

1991 年 10 月  桃山学院大学経営学部専任講師 1997 年  4 月  桃山学院大学経営学部助教授 2003 年  4 月  桃山学院大学経営学部教授(〜現在) 2008 年  4

清水 悦郎 国立大学法人東京海洋大学 学術研究院海洋電子機械工学部門 教授 鶴指 眞志 長崎県立大学 地域創造学部実践経済学科 講師 クロサカタツヤ 株式会社企 代表取締役.

ハンブルク大学の Harunaga Isaacson 教授も,ポスドク研究員としてオックスフォード

学識経験者 小玉 祐一郎 神戸芸術工科大学 教授 学識経験者 小玉 祐 郎   神戸芸術工科大学  教授. 東京都

講師:首都大学東京 システムデザイン学部 知能機械システムコース 准教授 三好 洋美先生 芝浦工業大学 システム理工学部 生命科学科 助教 中村

学識経験者 品川 明 (しながわ あきら) 学習院女子大学 環境教育センター 教授 学識経験者 柳井 重人 (やない しげと) 千葉大学大学院