パーソナル・ ファイナンス・ リテラシーに 関する予備的考察:
米国版小学生用テストの実施とその結果
山 岡 道 男 † A Preliminary Analysis of Personal Financial Literacy:
Focusing on Upper Elementary School Test Results
Michio Yamaoka
Economic education is recognized as an important part of school curriculum in the US. As its rele- vant subject, personal finance education is also provided at the elementary school level there. The Coun- cil for Economic Education
(CEE
)pushes the promotion of personal finance education using its publica- tions, such as student workbook, teacher guide and parent guide. It also provides the standardized tests for students of elementary, junior high and senior high schools to explore their level of understanding of personal finance.
We prepared the Japanese version of the CEE
ʼs personal finance test at the elementary school level, and conducted it as a field test at one senior high school in Japan. As to test results, in 27 items out of 40 questions in total students showed high percentage of correct responses more than 80%, but the items of low percentage of correct responses
(from 10% to 40%
)are related to the basic economic concepts, which have not been taught at Japanese junior high and senior high schools. Comparing the pretest result with the posttest result of the same test in the US, it shows that students can dramatically increase under- standing of the basic economic concept after studying them. These analyses of the test results in Japan and the US suggest that personal finance education program should be started at the elementary school level in the globalized society of today.
はじめに
本稿は,経済教育の一分野として米国において開発された,小学生向けのパーソナル・ファイナン スに関する標準テスト(第
3
学年から第5
学年)を用いて,日本の高校生を対象に実施したテスト結 果に関して,経済教育の視点から,その分析内容を明らかにしようとするものである1。本来であれ ば,米国の小学生版のテスト問題であるので,それに対応するように,日本でも小学生を対象に同テ ストを実施すべきものなのであるが,日本の小学校段階では,こうした内容は全く教えられておらず,また内容的にも小学生には難しいと考えられるのでテストの実施を断念し,その代わりとして,今回 は,高校生に実施したテスト結果に関して分析をする。しかし,今後,いくつかの中学校でも実施さ
† 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
れる予定なので,それらのデータが入手できた時点で,本分析に続くものとして報告をしたいと考え ている。
第
1
章 問題の作成とテスト内容の構成米国で経済教育を推進している米国経済教育協議会(
CEE: Council for Economic Education
)は,2001
年に,経済教育の視点に基づくパーソナル・ファイナンスに関する,①生徒用教科書(4
冊),② 教師用指導書(4
冊),③家庭教育用教材(2
冊)を出版した2。それらは,FFFL
(Financial Fitness for Life
)と命名され,幼稚園児から高校生までが対象であった3。これらの教科書に対応して,標準テス ト問題として,小学生用・中学生用・高校生用の3
種類が,我々の研究協力者であるウォルスタッド 教授とレベック准教授により開発された。そこで,日米間の国際比較の観点に基づいて,それらを日 本語に翻訳し,日本の生徒や学生に実施したのが,「パーソナル・ファイナンス・テスト」シリーズで ある。今回の小学生用パーソナル・ファイナンス・テスト問題は,
40
問から成る4
択問題であり,大きく4
つの分野に分かれている。それらは,各10
問から成り,①「テーマ1:
所得」,②「テーマ2:
貯蓄」,③「テーマ
3:
支出・クレジット」,④「テーマ4:
金銭管理」である4。その内容は,パーソナル・ファイナンスの知識を問う問題であったので,基礎的経済概念が中心で,
一部は,計算問題が入っていた。高校生用テストでは,日米の金融事情が異なっているために,一部 の設問では,問題内容を全面的に変更したり,解答内容を一部変更したりした。また,同一問題でも,
日米間で正解が異なる問題も
1
問だけあった。その結果,一部の設問に関しては,日米間のテスト結 果を比較検討はできなかったが,今回の小学生用のテスト問題の場合は,知識を問う問題が中心であ るので,内容的な変更は全くなかった。翻訳段階では,日本人生徒・学生に分かりやすいように,「ドル」を「円」に代えたり,また,米国 での中央銀行である「連邦準備制度」を,我が国の中央銀行である「日本銀行」に変更したり,さら に,米国人名を日本人名に代えたりした。しかし,翻訳の表現で,高校生や大学生を念頭において,
これまで生活経済テストとして実施してきたスタイルを踏襲したために,日本の小学生に実施する場 合は,表現的に難しいとの指摘もあった。
第
2
章 テスト結果の分析1.
全体のテスト結果今回のテスト結果は,高等学校の
2
年生の191
名(男子165
名,女子24
名,性別不明2
名)に対して 実施した結果である。第1
表から明らかなように,40
問の正答率の分布は,90%
以上が19
問,80%
台 が8
問,70%
台が5
問,60%
台が4
問,50%
台が1
問,40%
台が2
問,10%
台が1
問となっている。し たがって,80%
台と90%
台の27
問は高正答率であり,また50%
台から70%
台の10
問は中正答率で,40%
台未満の3
問は低正答率と言うことができるであろう。既に述べたように,高正答率の設問のう ちに,計算問題がいくつか含まれており,それらは,設問15
番,設問18
番,設問24
番,設問39
番の4
問である。これは,ある教科に中に,他の教科の学習内容を取り入れる「インフュージョン」とい第1表 設問別の正答率
(%) 設問
日本 アメリカ
高校生 FFFL学習後 FFFL学習前
n=191 n=498 n=317
1 83.8 67 38
2 77.0 40 17
3 95.3 66 40
4 61.6 76 59
5 76.7 52 35
6 76.8 84 74
7 96.9 79 38
8 91.9 69 51
9 94.8 63 39
10 89.5 85 71
11 95.8 53 38
12 62.3 77 43
13 48.4 55 29
14 92.7 69 65
15 97.9 67 51
16 41.6 53 28
17 90.1 70 56
18 98.9 83 65
19 94.2 91 80
20 93.7 33 20
21 70.7 67 57
22 84.3 62 33
23 18.9 54 21
24 99.0 62 42
25 66.5 78 62
26 91.1 55 35
27 85.9 60 42
28 89.5 63 53
29 96.9 55 29
30 88.4 42 21
31 93.7 40 34
32 84.3 40 20
33 55.0 37 34
34 80.6 48 40
35 76.3 47 27
36 61.8 61 46
37 96.3 83 65
校では算数)の内容を入れたのである。
また,個々の問題に設けられた
3
つの誤った選択肢の中で,誰も選ばなかった解答肢(0.0%
)がいく つかの設問で見られたのが,他の中学生用や高校生用テストを実施した場合には見られなかった今回 の特徴であった。同一問題で,誰も選ばなかった選択肢が2
つあったのは2
問で,これは,計算問題 の設問15
番と設問39
番であった。また,それが1
つあったのは10
問であり,その中には残りの2
つの 計算問題(設問18
番と設問24
番)が入っていた。2.
分野別正答率既に述べたように,本テスト問題は
4
つの分野に分かれているので,それぞれの平均正答率を計算 すると,「テーマ1:
所得」は84.4%
,「テーマ2:
貯蓄」は81.6%
,「テーマ3:
支出・クレジット」は79.1%
,「テーマ4:
金銭管理」は83.4%
であった。この結果からは,総平均正答率である82.1%
と比べて,
4
つのテーマ別平均正答率は,それほど差がないと言うことができるであろう。また,計算問題 を除いた36
問の平均正答率は80.3%
であり,40
問の総平均正答率との差は1.6%
ポイントであった。また各分野正答率では,「テーマ
2:
貯蓄」は77.4%
,「テーマ3:
支出・クレジット」は76.9%
,「テーマ4:
金銭管理」は81.6%
であった。3.
低正答率の設問本節では,低正答率であった
3
つの設問(設問23
番,13
番,16
番)を検討する。それらは,以下 の設問であるが,すぐに分かることは,いずれも基礎的経済概念に関する問題である。設問23
番は,機会費用の定義に関する問題,また設問
13
番はトレードオフ(二者択一),さらに設問16
番はインセ ンティブの定義の問題である。これらの概念は,日本の中学校や高等学校では教えられておらず,約10
年前の2002
年の段階で,我々の経済教育に関する研究チームが,6
つの提言(「日本の小学校・中 学校・高等学校の経済教育を改善するための幾つかの提言:高校生に対する経済リテラシーテスト結 果の日米比較にもとづいて」)をした際に,第1
番目に挙げられていた内容の「1.
中学校社会科公民的 分野での経済学習において,特に教科書の記述の中に,『稀少性』『機会費用』『トレードオフ』『選択』といった基礎的経済概念を明確に位置づけること」を思い出させるものである。この提言は,中学生 向けであったが,高校生に対しても同様であり,その結果が,この低正答率に現れたと言える5。
(%) 設問
日本 アメリカ
高校生 FFFL学習後 FFFL学習前
n=191 n=498 n=317
38 90.1 55 46
39 99.5 44 45
40 96.3 63 41
平均 82.1 61.1 43.2
第1表 つづき
の
3
つの数字は,順番に,日本の高校生の解答率,米国の小学生の学習後の解答率,米国の小学生の 学習前の解答率を示している。設問
23.
健二は映画館で,お菓子とソフトドリンクを買いたかった。両方とも200
円だったが,健 二は300
円しか使えるお金を持っていなかったので,ソフトドリンクだけ買うことにした。こ の場合,健二の機会費用は,①
300
円(32.6. 10, 22
)②
400
円(22.1, 12, 26
)★③ お菓子(
18.9, 54, 21
)④ ソフトドリンク(
26.3, 24, 31
)設問
23
番の誤答の3
つの選択肢を見ると,第2
表から分かるように,日本の高校生では,この3
つ の選択肢に均等に解答率が分散しており,しかも,この3
つの誤答率は正答率を全て上回っている。このことから,機会費用という概念が,全く理解されていないことが分かる。このことは,米国の小 学生の学習前のデータと類似しているが,学習後の場合は,正答率が
50%
を超えているために,別の パターンに変わっている。設問
13.
友子は学校用に可愛いノートを買いたいし,パソコンを買うお金も貯めたかった。そこ で友子は,普通のもっと安いノートを買うことにして,パソコンのために貯金を増やすことに 決めた。より安いノートを買った彼女の決定は,① 利息を払う例(
0.0, 9, 20
)② インセンティブ(誘因)の例(
48.9, 21, 28
)★③ トレードオフ(二者択一)の例(
48.4, 55, 29
)④ サービスを選ぶ例(
2.6, 15, 22
)設問
16.
人々をどのように行動させるかによって,報酬となったり罰則となったりするものは,① トレードオフ(二者択一)(
27.4, 11, 20
)★② インセンティブ(誘因)(
41.6, 53, 28
)③ 機会費用(
17.4, 10, 22
)④ 経済的欲求(
13.7, 26, 29
)正答率が
40%
台の設問13
番と設問16
番は,解答パターンが異なっている。設問13
番の方は,正答の選択肢
3
番(48.4%
)と,若干ではあるが正答率を超える誤答の選択肢2
番(48.9%
)に解答が二分しており,選択肢
1
番(0.0%
)と選択肢4
番(2.6%
)には,全くかほとんどの生徒は解答をしていない。したがって,選択肢
2
番のインセンティブと3
番のトレードオフの概念が分かっていなかったことが,解答が二分した原因である。それに対して設問
16
番は,正答の選択肢2
番(41.6%
)が最大の解答率で あったが,3
つの誤答(選択肢1
番が27.4%
,選択肢3
番が17.4%
,選択肢4
番が13.7%
)にも,均等で第2表 選択肢別解答率
(%)
設問 標本の種類 解答選択肢
設問 標本の種類 解答選択肢
1 2 3 4 1 2 3 4
1
日本 高校生 83.8 7.3 0.5 8.4 13
日本 高校生 0.0 48.9 48.4 2.6 米国 FFFL学習後 67 7 18 8 米国 FFFL学習後 9 21 55 15 米国 FFFL学習前 38 21 28 14 米国 FFFL学習前 20 28 29 22 2
日本 高校生 19.9 3.1 77.0 0.0 14
日本 高校生 0.0 92.7 2.6 4.7 米国 FFFL学習後 37 8 40 15 米国 FFFL学習後 7 69 17 8 米国 FFFL学習前 39 26 17 18 米国 FFFL学習前 8 65 15 13 3
日本 高校生 95.3 2.1 1.0 1.6 15
日本 高校生 0.0 2.1 0.0 97.9 米国 FFFL学習後 66 10 10 14 米国 FFFL学習後 6 22 5 67 米国 FFFL学習前 40 14 18 29 米国 FFFL学習前 11 28 10 51 4
日本 高校生 33.7 61.6 3.2 1.6 16
日本 高校生 27.4 41.6 17.4 13.7 米国 FFFL学習後 10 76 6 8 米国 FFFL学習後 11 53 10 26 米国 FFFL学習前 15 59 14 12 米国 FFFL学習前 20 28 22 29 5
日本 高校生 8.5 2.1 76.7 12.7 17
日本 高校生 6.8 2.6 0.5 90.1 米国 FFFL学習後 37 2 52 9 米国 FFFL学習後 18 6 5 70 米国 FFFL学習前 51 5 35 8 米国 FFFL学習前 26 7 10 56 6
日本 高校生 16.8 2.1 76.8 4.2 18
日本 高校生 0.0 0.5 98.9 0.5 米国 FFFL学習後 8 3 84 5 米国 FFFL学習後 3 5 83 10 米国 FFFL学習前 19 4 74 4 米国 FFFL学習前 4 6 65 24 7
日本 高校生 0.5 0.5 2.1 96.9 19
日本 高校生 1.0 4.7 94.2 0.0 米国 FFFL学習後 9 6 6 79 米国 FFFL学習後 3 4 91 2 米国 FFFL学習前 26 26 10 38 米国 FFFL学習前 8 5 80 6 8
日本 高校生 0.0 91.1 0.5 8.4 20
日本 高校生 1.6 93.7 4.2 0.5 米国 FFFL学習後 7 69 9 15 米国 FFFL学習後 26 33 14 27 米国 FFFL学習前 16 51 15 19 米国 FFFL学習前 36 20 16 28 9
日本 高校生 2.6 94.8 1.6 1.0 21
日本 高校生 16.8 6.8 5.8 70.7 米国 FFFL学習後 31 63 4 2 米国 FFFL学習後 19 7 7 67 米国 FFFL学習前 49 39 6 5 米国 FFFL学習前 20 13 9 57 10
日本 高校生 0.5 9.4 0.5 89.5 22
日本 高校生 3.1 7.9 84.3 4.7 米国 FFFL学習後 5 4 5 85 米国 FFFL学習後 9 14 62 15 米国 FFFL学習前 11 10 8 71 米国 FFFL学習前 17 25 33 23 11
日本 高校生 95.8 1.0 1.6 1.6 23
日本 高校生 32.6 22.1 18.9 26.3 米国 FFFL学習後 53 10 28 8 米国 FFFL学習後 10 12 54 24 米国 FFFL学習前 38 12 38 13 米国 FFFL学習前 22 26 21 31 12
日本 高校生 28.8 4.7 4.2 62.3 24
日本 高校生 0.5 99.0 0.5 0.0 米国 FFFL学習後 13 7 3 77 米国 FFFL学習後 12 62 7 18 米国 FFFL学習前 33 17 8 43 米国 FFFL学習前 19 42 15 24
はないものの分散して解答している。他方,米国の小学生の学習前の場合は,この
2
つの設問では,均等に(いずれも
20%
台)解答していることが,第2
表から分かる。4.
中正答率の設問次に,中正答率である
50%
台の1
問(設問33
番)と60%
台の4
問(設問4
番,12
番,25
番,36
番)を検討してみよう。
設問
33.
賢治の家族は,夏休みに山へ行くことにした。彼らの判断によると,山での休暇から得ら れる満足(便益)は,★① 費用よりも大きい。(
55.0, 37, 34
)第2表 つづき
(%)
設問 標本の種類 解答選択肢
設問 標本の種類 解答選択肢
1 2 3 4 1 2 3 4
25
日本 高校生 6.8 66.5 8.4 18.3 33
日本 高校生 55.0 13.6 14.1 17.3 米国 FFFL学習後 6 78 9 7 米国 FFFL学習後 37 26 27 9 米国 FFFL学習前 10 62 15 13 米国 FFFL学習前 34 19 35 10 26
日本 高校生 4.7 91.1 2.6 1.6 34
日本 高校生 15.2 1.0 3.1 80.6 米国 FFFL学習後 9 55 19 17 米国 FFFL学習後 20 15 17 48 米国 FFFL学習前 19 35 17 28 米国 FFFL学習前 23 18 18 40 27
日本 高校生 85.9 0.0 2.1 12.0 35
日本 高校生 76.3 1.6 19.5 2.6 米国 FFFL学習後 60 14 18 9 米国 FFFL学習後 47 18 10 24 米国 FFFL学習前 42 24 22 12 米国 FFFL学習前 27 22 22 29 28
日本 高校生 5.8 2.1 2.6 89.5 36
日本 高校生 11.0 19.9 61.8 7.3 米国 FFFL学習後 15 13 8 63 米国 FFFL学習後 13 13 61 13 米国 FFFL学習前 16 18 10 53 米国 FFFL学習前 15 18 46 22 29
日本 高校生 96.9 0.0 2.6 0.5 37
日本 高校生 96.3 1.0 0.5 2.1 米国 FFFL学習後 55 19 12 14 米国 FFFL学習後 83 5 3 9 米国 FFFL学習前 29 24 22 23 米国 FFFL学習前 65 9 10 16 30
日本 高校生 88.4 10.0 1.6 0.0 38
日本 高校生 6.3 2.1 1.6 90.1 米国 FFFL学習後 42 12 12 33 米国 FFFL学習後 17 16 12 55 米国 FFFL学習前 21 12 15 52 米国 FFFL学習前 22 19 13 46 31
日本 高校生 3.1 1.0 93.7 2.1 39
日本 高校生 0.5 0.0 99.5 0.0 米国 FFFL学習後 27 5 40 28 米国 FFFL学習後 18 23 44 14 米国 FFFL学習前 27 12 34 26 米国 FFFL学習前 16 22 45 17 32
日本 高校生 8.9 84.3 2.6 4.2 40
日本 高校生 0.5 96.3 2.6 0.5 米国 FFFL学習後 37 40 7 17 米国 FFFL学習後 14 63 17 5 米国 FFFL学習前 50 20 11 19 米国 FFFL学習前 24 41 18 17 注:網掛けのセルは正答を表す。
② 費用よりも小さい。(
13.6, 26, 19
)③ 費用と等しい。(
14.1, 27, 35
)④ ゼロである。(
17.3, 9, 10
)設問
33
番は,正答率は55.0%
であるが,3
つの誤答の選択肢にはそれぞれ,10%
台の解答が平均的 にあった。米国の小学生の学習前の正答率が34%
であり,学習後の正答率が37%
であることと比較 して見ると,それほど悪い回答率でないことが分かる。設問
4.
一般に,高い給料が支払われるのは,① 肩書きが付く仕事(
33.7, 10, 15
)★② より高い教育を受けることが必要な仕事(
61.6, 76, 59
)③ 採用面接がある仕事(
3,2, 6, 14
)④ 新聞広告で求人をしなければならない仕事(
1.6, 8, 12
)設問
4
番は,教育重視の米国ならではの問題であり,学歴と給与が連動している米国社会を反映し た問題である。また,高校での中退率が多いこともあって,中学卒・高校卒・大学卒の生涯所得を用 いて,中退のデメリットを説明している。設問
12.
敬子は誕生日に5,000
円もらった。これで携帯電話を買うために貯金するか,服を買うた めに使うかしたい。もし服を買ったら,携帯電話のための貯金は,彼女にとって何になるか。① 支出(
28.8, 13, 33
)② 収入(
4.7, 7, 17
)③ 人的資本(
4.2, 3, 8
)★④ 機会費用(
62.3, 77, 43
)設問
12
番(62.3%
)は,最低正答率であった設問23
番と同様の機会費用に関する問題である。3
つの誤答の選択肢を見ると,ほとんどは,選択肢
1
番(28.8%
)に集中していることが分かる。設問
25.
口座引落しで物を買う前に,まず確認しなければならないことは,① 預金にかかる税金(
6.8, 6, 10
)★② 預金口座の残高(
66.5, 78, 62
)③ 預金の金利(
8.4, 9, 15
)④ 預金口座の暗証番号(
18.3, 7, 13
)設問
25
番は,正答率が66.5%
であるので,約7
割の学生が問題の意味を理解していたと言えるであ ろう。設問
36.
たとえばレストランの食事に支払われた費用を,もっとも適切に表す用語は,① 生産(
11.0, 13, 15
)② 投資(
19.9, 13, 18
)★③ 変動費(
61.8, 61, 46
)④ 変動資金(
7.3, 13, 22
)設問
36
番の正答率は61.8%
であるので,約6
割の学生が正解した。しかし,同様の問題である設問38
番が9
割を超える正答率であったことを考えると,誤答の選択肢2
番に2
割の学生が解答した理由 が理解しづらいように思われる。第
3
章 日米間の比較本稿では,第
3
表を用いて,米国のデータ(学習前と学習後)で10%
台と20%
台という低正答率の 設問を,日本のデータと比較することで,両国のパーソナル・ファイナンス・リテラシーの特徴を明 らかにする。第3表 テーマ別の正答率分布
テーマ 標本の種類
正答率の範囲
平均 0〜 (%)
9% 10〜
19% 20〜
29% 30〜
39% 40〜
49% 50〜
59% 60〜
69% 70〜
79% 80〜
89% 90〜
100%
所得 日本
高校生 4 2, 5, 6 1, 10 3, 7, 8, 9 84.4
アメリカ
FFFL学習後 2 5 1, 3, 8, 9 4, 7 6, 10 67.9 アメリカ
FFFL学習前 2 1, 5, 7, 9 3 4, 8 6, 10 46.1
貯蓄 日本
高校生 13, 16 12 11, 14, 15, 17
18, 19, 20 81.6 アメリカ
FFFL学習後 20 11, 13, 16 14, 15 12, 17 18 19 65.0 アメリカ
FFFL学習前 13, 16, 20 11 12 15, 17 14, 18 19 47.5 支出・クレジット 日本
高校生 23 25 21 22, 27, 28
30 24, 26, 29 79.1 アメリカ
FFFL学習後 30 23, 26, 29 21, 22, 24
27, 28 25 59.8
アメリカ
FFFL学習前 23, 29, 30 22, 26 24, 27 21, 28 25 39.5
金銭管理 日本
高校生 33 36 35 32, 34 31, 37, 38
39, 40 83.4 アメリカ
FFFL学習後 33 31, 32, 34
35, 39 38 36, 40 37 51.8 アメリカ
FFFL学習前 32, 35 31, 33 34, 36, 38
39, 40 37 39.7
注1: 表中の数字は設問番号を表す。
注2: 標本数は,日本の高校生は,n=191で,アメリカの小学生は,FFFL学習後n=498, FFFL学習前n=317である。
1.
米国データの特徴総平均正答率で比較すると,米国の学習前(
61.1%
)と学習後(43.2%
)の差は,17.9%
ポイントであ るので,学習後には,40
問中の7
問がより多く正解となったことが分かる。学習前の正答率の分布は,10%
台から80%
台まで,幅広く分布していた。それらは,80%
台が1
問,70%
台が2
問,60%
台が4
問,50%
台が6
問,50%
台が6
問,40%
台が9
問,30%
台が9
問,20%
台が8
問,10%
台が1
問であっ た。それに対して学習後は,学習の成果により,低正答率の10%
台と20%
台がなくなり,分布は30%
台から
90%
台へと変化した。それらは,90%
台が1
問,80%
台が4
問,70%
台が5
問,60%
台が13
問,50%
台が8
問,40%
台が7
問,30%
台が2
問と変わった。2.
低正答率の設問そこで,学習前の
20%
台の問題1
問(設問2
番)と30%
台の8
問(設問13
番,16
番,20
番,23
番,29
番,30
番,32
番,35
番)について,検討してみる。設問
2.
人が働いて得る報酬は,何と呼ばれるか。① 利益(
19.9, 37, 39
)② 貯蓄(
3.1, 8, 26
)★③ 賃金(
77.0, 40, 17
)④ 利息(
0.0, 15, 18
)設問
2
番は,生産要素である労働の対価の名称を問う問題であるが,米国の生徒は,正答率が17%
であるのに対して,誤答の選択肢
1
番に39%
,2
番に26%
,4
番に18%
を解答しており,労働に対する 報酬の経済学的な定義を知らなかったようである。30%
台の問題のうちで,設問13
番,16
番,23
番の3
問は,既に,日本の高校生のテスト結果の分析 の際に述べたので,ここでは,日米比較の観点から述べる。機会費用の定義を問う設問23
番は,日本 の高校生のテスト結果で一番悪かった問題であるが,米国でも,低正答率の設問である。しかし,後 に述べるように,学習後は,正答率が54%
と33%
ポイントも上昇した。つまり,こうした基礎概念を 一度教えれば,生徒は記憶に留めることができることになる。同じく,基礎的経済概念に関する設問13
番のトレードオフと設問16
番のインセンティブの問題も,生徒は習っていないので理解できない というもので,学習後は,設問13
番は26%
ポイントを,また設問16
番は25%
ポイントも正答率が上 昇している。次に,残りの設問
20
番,29
番,30
番,32
番,35
番の5
問を検討すると,設問32
番の希少性に関す る問題以外は,全て定義的な内容である。設問20
番はインセンティブの定義を,設問29
番は担保の 意味を,設問30
番は利息の意味を,設問35
番は予算の意味を問う問題であるので,一度学べば,解 答はより簡単になると思われる。設問
20.
起業家が新事業を始めるインセンティブ(誘因)は,何か。① 税金(
1.6, 26, 36
)★② 利益(
93.7, 33, 20
)③ 賃金(
4.2, 14, 16
)④ 利息(
0.5, 27, 28
)設問
29.
和美は事業を始めるために,銀行から40
万円を借りた。彼女は,この借入れの返済がで きなかったら,自分の車を銀行に差し出すと申し出て,借入れの保証とした。この車の差出し をもっとも良く表している言葉は,★① 担保(
96.9, 55, 29
)② 利息(
0.0, 19, 24
)③ 信用販売(
2.6, 12, 22
)④ 口座振替(
0.5, 14, 23
)設問
30.
香織はテレビを買うのに店で50,000
円のローンを組んだ。1
年後,香織は50,000
円に ローンの借入れ手数料5,000
円をプラスして返した。この5,000
円の借入れ手数料の意味を もっとも良く表している言葉は,★① 利息(
88.4, 42, 21
)② 信用販売(
10.0, 12, 12
)③ 口座振替(
1.6, 12, 15
)④ 税金(
0.0, 33, 52
)設問
32.
収入は限られているので,人々は,① 税金を払わなければならない。(
8.9, 37, 50
)★② 選択をしなければならない。(
84.3, 40, 20
)③ 支出を増やさなければならない。(
2.6, 7, 11
)④ 預金口座を開設しなければならない。(
4.2, 17, 19
)設問
35.
収入,支出,貯蓄を管理するための計画は,何と呼ばれるか。★① 予算(
76.3, 47, 27
)② 投資(
1.6, 18, 22
)③ 信用勘定(
19.5, 10, 22
)④ 預金残高(
2.6, 24, 29
)3.
学習前と学習後との得点差次に学習の効果として,正答率の上昇を,パーセントの変化で測定してみる。その結果,
0%
以上10%
未満の間で上昇した設問数は5
問,10%
以上20%
未満は17
問,20%
以上30%
未満は14
問,30%
以上
40%
未満は2
問,40%
以上50%
未満は1
問である。残りの1
問は,学習により正答率が下がった 設問である。そこで,この正答率が低下した問題(設問39
番)と,30%
以上50%
未満の間で正答率が 上昇した3
問(設問7
番,12
番,23
番)について,検討してみる。設問
39.
次のどの家族が,毎月貯蓄しているか。① 佐藤家は毎月,
25
万円の収入があって,30
万円を支出している。(0.5, 18, 16
)② 田中家は毎月,
50
万円の収入があって,50
万円を支出している。(0.0, 23, 22
)★③ 鈴木家は毎月,
40
万円の収入があって,35
万円を支出している。(99.5, 44, 45
)④ 山田家は毎月,
42
万円の収入があって,45
万円を支出している。(0.0, 14, 17
)設問
39
番は,学習前の正答率は41%
であったが,学習後は40%
と1%
ポイントではあるが低下して いる。本問は,本来は計算問題であるが,小学生にとって貯蓄の意味を理解するのが難しかったのか もしれない。設問
7.
新しいビジネスを始める人は,① 経済学者(
0.5, 9, 26
)② 会計士(
0.5, 6, 26
)③ 株式仲買人(
2.1, 6, 10
)★④ 起業家(
96.9, 79, 38
)最大の上昇率は,起業家の意味を問う設問
7
番であり,学習前は38%
であったのに対して学習後は79%
であるので,その差は41%
ポイントの正答率の上昇であった。設問
12.
敬子は誕生日に5,000
円もらった。これで携帯電話を買うために貯金するか,服を買うた めに使うかしたい。もし服を買ったら,携帯電話のための貯金は,彼女にとって何になるか。① 支出(
28.8, 13, 33
)② 収入(
4.7, 7, 17
)③ 人的資本(
4.2, 3, 8
)★④ 機会費用(
62.3, 77, 43
)30%
以上の正答率の上昇があったのは,機会費用に関する応用問題である設問12
番で,学習前は43%
であったのに対して,学習後は77
パーセントとなり,34%
ポイントの上昇となった。前述の分析 の際に出てきた設問23
番は,日本の高校生では最低の正答率の設問であったが,米国の小学生にとっ ても正答率は悪く,学習前は21%
で,学習後は54%
なので,その差は33%
ポイントであった。おわりに
学校訪問をした経験がないので不明であるが,こうした内容が,米国では小学生段階から教えられて いるのは驚きである。米国で開発されたテスト問題集を見る限り,人生の早い時期から,金銭的な知 識(ファイナンシャル・リテラシー)を獲得させようという社会的な合意があるように感じられる。
それに対して,日本の学校の現場では,金融に関する教育内容は,金融制度や金融政策といったよう にマクロ的な内容が中心となっており,パーソナル・ファイナンスという個人的な金融のミクロ的な 内容の教育は,強欲な人間を育成する悪いことのように思われていたふしがある。グローバル化した 現代社会において,世界市民として生きてゆくためには,これまで検討してきたようなパーソナル・
ファイナンスの教育内容を,小学校段階から教えることが求められているように思われる。
【付記】本稿の作成過程で,猪瀬武則(弘前大学),浅野忠克(山村学園短期大学),阿部信太郎(城西 国際大学),高橋桂子(新潟大学),ウィリアム・
B
・ウォルスタッド(ネブラスカ大学),ケン・レ ベック(セントクラウド州立大学)の方々にお世話になった。記して感謝する次第である。なお,本 稿は,平成23
年度科学研究費補助金(基盤研究B;
研究代表者,弘前大学猪瀬武則教授:研究課題名「公共性を創出し,自立と尊厳を生み出す金融経済教育の体系化と内容開発」:課題番号
21330198
)の 研究成果の一部である。注
1 本稿で用いたデータは,2009年度に実施された1つの高等学校でのフィールド-テストの結果である。本稿で用いられるテ スト問題は,パーソナル・ファイナンスに関する生徒の理解度の実態を調査するために,米国のネブラスカ大学のウィリア ム・ウォルスタッド(William B. Walstad)教授とセントクラウド州立大学のケン・レベック(Ken Rebeck)准教授によって 2005年に開発されたFinancial Fitness for Life Theme Tests(以下FFFLテスト)である。米国では,このテストを用いて2003 年度秋学期から2004年度春学期にかけてテストが実施(授業でパーソナル・ファイナンスを学習前であるサンプル数は317 名で,学習後のサンプル数は498名)され,その結果はFinancial Fitness for Life: Upper Elementary Test Examinerʼs Manual, Grades 3-5 (Walstad & Rebeck, 2005)としてNCEE (National Council on Economic Education: 2009年よりCouncil for Eco- nomic Education)から出版された。
2 第2版は,2011年に出版された。生徒用教科書としては,① Student Storybook, Grades K-2,② Student Workbook, Grades 3-5,③Student Workbook, Grades 6-8,④Student Workbook, Grades 9-12の4冊であり,また教師用指導書としては,① Teachers Guide, Grades K-2,② Teachers Guide, Grades 3-5,③ Teachers Guide, Grades 6-8,④ Teachers Guide, Grades 9-12の 4冊であり,さらに家庭教育用教材としては,① Parent Guide Grades K-5,② Parent Guide Grades 6-12の2冊がある。
3 日本での名称は,『消費者・市民のためのパーソナル・ファイナンス:Financial Fitness for Life (FFFL)』である。本稿で用い る小学生用以外に,パーソナル・ファイナンス・テストの問題集は,中学生用(第6学年から第8学年)と高校生用(第9学 年から第12学年)があり,2004年度には,高校生用のテスト問題を翻訳して,「第6回生活経済テスト(パーソナル・ファイ ナンス基礎テスト)」と命名し,日本の高校生と大学生に実施した。また2007年度は,中学生用のテスト問題を翻訳して,日 本の中学生・高校生・大学生に対して,「第8回生活経済テスト(パーソナル・ファイナンス初級テスト)」として実施した。
4 この4つの項目分類は,米国でパーソナル・ファイナンス教育を推し進めているジャンプスタート連合(Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy)のスタンダード(National Standards in Personal Finance)の分類に従ったものである。その 内容は,本稿の付録として巻末に掲載されている。なお2007年の第2版では,4項目から6項目に変更されている。詳細に関 しては,ジャンプスタート連合のホームページ(http://www.jumpstart.org/)を参照せよ。
5 その内容は,「付録II」に載せられている。
参考文献
William B. Walstad and Ken Rebeck, Financial Fitness for Life: Upper Elementary Test Examinerʼs Manual, Grades 3-5, National Council on Economic Education (NCEE), 2005
William B. Walstad and Ken Rebeck, Financial Fitness for Life: Middle School Test Examinerʼs Manual, Grades 6-8, National Council on Economic Education (NCEE), 2005
William B. Walstad and Ken Rebeck, Financial Fitness for Life: High School Test Examinerʼs Manual, Grades 9-12, National Council on Economic Education (NCEE), 2005
Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy, National Standards in Personal Finance with Benchmarks, Applications and Glossary for K-12 Classrooms, 2002.
山岡道男,浅野忠克,阿部信太郎,山田幸俊,山根栄次,宮原悟,猪瀬武則,赤峰信,蔵方耕一,新井明,栗原久,保立雅紀,尹 秀艶『経済リテラシー入門:経済のどこがむずかしいのか』,早稲田大学経済教育総合研究所,2001年3月
山岡道男,浅野忠克,赤峰信,猪瀬武則,山田幸俊,山根栄次,宮原悟,阿部信太郎,新井明,蔵方耕一,栗原久,保立雅紀『21世 紀における経済教育政策の日米比較:経済リテラシーテストの分析結果から』,早稲田大学経済教育総合研究所,2002年3月 山岡道男,淺野忠克,阿部信太郎,稲葉敏夫,笠松学,西村吉正,樋口清秀,眞野芳樹,藁谷友紀,中川清,新井明,猪瀬武則,
尹秀艶,江良亮,グェン・ドゥック・ラップ,久保寺美佐,栗原久,佐々木謙一,下村和平,高橋桂子,保立雅紀,水野勝 之,宮原悟,山田幸俊,山根栄次『経済リテラシー入門 第2集:経済学のどこがむずかしいのか』,早稲田大学経済教育総 合研究所,2007年3月
付録
I
: 日本の小学校・中学校・高等学校の経済教育を改善するための幾つかの提言:高校生に対する経済リテラシーテスト結果の日米比較にもとづいて(関連箇所のみ収録)
文部省(現文部科学省)によって告示されている最新の学習指導要領は,小学校と中学校について は
1998
(平成10
)年12
月告示,2002
(平成14
)年4
月から実施,高等学校については1999
(平成11
) 年3
月告示,2003
(平成15
)年4
月から実施となっている。今回の「経済リテラシーテスト」を受け た日本の高校生は,高校においてまだ経済の,すなわち公民科の「政治・経済」や「現代社会」の履 修は完了していないので,1989
(平成元)年告示の現行の小学校学習指導要領と中学校学習指導要領 にもとづいた産業と経済についての学習を経験していることになる。このような事実にもとづいて,「経済リテラシーテスト」の結果から導かれる小学校・中学校・高等学校における経済教育のあり方 について,幾つかの改善すべき点を提言したい。
1.
中学校社会科公民的分野での経済学習において,特に教科書の記述の中に,「稀少性」「機会費用」
「トレードオフ」「選択」といった基礎的経済概念を明確に位置づけること。
《テストの結果から》
問題番号
1
から5
の「基礎的経済分野」に関する正答率が,いずれも50%
に達していないから。《提言についての説明》
1998
年版の学習指導要領では,以上の経済概念は記述されていないし,文部省発行の『中学校学習 指導要領解説:社会編』においても,以上の経済概念は記述されていない。2002
年4
月から使用され る公民的分野の教科書では,用語としてはなくても,意味内容としてそれらの経済概念が記述されて いるものがある。これらの概念を生徒が獲得することは,生徒が社会事象を経済の観点から考えるこ とができるようになる上でもっとも重要なことであろう。これらの用語をそのまま用いるのでなけれ ば,つまり,意味内容としては,小学校の社会科でもこれらの概念は児童にとって十分に理解可能で あろう。6.
金銭教育・個人金融(パーソナル・ファイナンス)に関する教育を中学校・高等学校で積極的に 展開すること。
《テストの結果から》
問題番号
12
の「金利(利子率)の消費者の経済行動に対する影響」に関する正答率が49%
と低く,米国の
54%
と比較しても低いから。また,過去におこなわれた「経済リテラシーテスト」の結果でも,金融関係の設問に対する正答率は低かった。たとえば第
2
回生活経済テストでは,金融分野の平均正答率が
34.0%
と,分野別で最低であった。《提言についての説明》
もともと,日本の学校教育では,金銭教育自体がマイナーな扱いを受けてきており,中学・高校で 使用されている教科書でも金融に関する記述は相対的に少ない。また,その記述も制度面での解説に とどまっていた。一方,生活する立場として,いかにして貯蓄し自分の生活を守るのかといった金銭 教育に関しては,「学校で金儲けを教えるべきでない」という立場からはほとんど教えられてこなかっ たのが実状である。しかし,金融ビッグバンの実施による金融商品の多様化,相次ぐ金融機関の破綻,
ゼロ金利の長期化,確定拠出年金の導入などにより,お金のことは銀行など他人に任せておけばよい という時代は終わり,国民
1
人ひとりが,金融資産の合理的選択とその結果に対する自己責任が求め られるようになった。そこで,これからは社会科・公民科・家庭科,さらには「総合的な学習の時間」において,自分の財産・生活を守っていくに必要なだけの合理的な選択ができるような金銭教育・個 人金融(パーソナル・ファイナンス)に関する教育がいっそう求められていくと言えよう。
なお,金銭教育・個人金融に関する各種教材がさまざまな機関から教育現場に提供されているが,
そのなかで,東京証券取引所などにより提供されている「株式学習ゲーム」は
1995
年の導入以来,中 学校・高校の授業で採用する学校が急増し,2001
年度では1,175
校,62,746
名の生徒がゲームに参加 した。同ゲームは,1,000
万円の仮想所持金をもとに,実際の株価にもとづいて模擬売買をおこない,ゲーム期間終了時の所持金の多寡により投資成果を競うものである。ゲームの目的は,株式投資のテ クニックを学ぶことではなく,株価の背景となっている経済や社会の動きを知ることにある。ゲーム に参加した教師や生徒からは「新聞をよく読むようになった」とか「とっつきにくい経済が身近に なった」などの感想が寄せられている。
『
21
世紀における経済教育政策の日米比較:経済リテラシーテストの分析結果から』,山岡道男他,早稲田大学経済教育総合研究所,
2002
年3
月,77–81
頁付録
II
:ジャンプスタート連合によるパーソナル・ファイナンスの全国基準(第1
版,2002
年)Appendix.National Standards in Personal Finance Standards A. INCOME
Students will be able to:
1. Identify sources of income.
Appendix.Continued
2. Analyze how career choice, education, skills, and economic conditions affect income.
3. Explain how taxes, government transfer payments, and employee benefits relate to disposable income.
B. MONEY MANAGEMENT Students will be able to:
4. Explain how limited personal financial resources affect the choices people make.
5. Identify the opportunity cost of financial decisions.
6. Discuss the importance of taking responsibility for personal financial decisions.
7. Apply a decision-making process to personal financial choices.
8. Explain how inflation affects spending and investing decisions.
9. Describe how insurance and other risk-management strategies protect against financial loss.
10. Design a plan for earning, spending, saving, and investing.
11. Explain how to use money-management tools available from financial institutions.
C. SPENDING AND CREDIT Students will be able to:
12. Compare the benefits and costs of spending decisions.
13. Evaluate information about products and services.
14. Compare the advantages and disadvantages of different payment methods.
15. Analyze the benefits and costs of consumer credit.
16. Compare sources of consumer credit.
17. Explain factors that affect creditworthiness and the purpose of credit records.
18. Identify ways to avoid or correct credit problems.
19. Describe the rights and responsibilities of buyers and sellers under consumer protection laws.
D. SAVING AND INVESTING Students will be able to:
20. Explain the relationship between saving and investing.
21. Describe reasons for saving and reasons for investing.
22. Compare the risk, return, and liquidity of investment alternatives.
23. Describe how to buy and sell investments.
24. Explain how different factors affect the rate of return of investments.
25. Evaluate sources of investment information.
26. Explain how agencies that regulate financial markets protect investors.
Source: Jump$tart Coalition for Personal Financial Literacy (2002), National Standards in Personal Finance, Washington, DC:
Jump$tart Coalition.
付録
III
:第9
回生活経済テスト(パーソナル・ファイナンス入門テスト)(★印は,正解の解答選択肢)
テーマ
1
所得1.
人が仕事に生かせる技術は,次のどれに該当するか。② 物的資本
③ 天然資源
④ 資本資源
2.
人が働いて得る報酬は,何と呼ばれるか。① 利益
② 貯蓄
★③ 賃金
④ 利息
3.
洋子は,小学校の先生で
1
年生を教えている。幸江は,清掃会社で事務所の掃除をしている。百恵は,ガールスカウトで奉仕をしている。
3
人のうちで収入を得るのは,誰か。★① 洋子と幸江
② 洋子と百恵
③ 幸江と百恵
④ 洋子と幸江と百恵
4.
一般に,高い給料が支払われるのは,① 肩書きが付く仕事
★② より高い教育を受けることが必要な仕事
③ 採用面接がある仕事
④ 新聞広告で求人をしなければならない仕事
5.
人的資本の質を向上させる1つの方法は,① 貯蓄すること
② 買物に行くこと
★③ 学校に通うこと
④ 工場を建てること
6.
サービス(用役)の例は,次のどれか。① ピザ
② 上着
★③ 保育
④ 音楽
CD
7.
新しいビジネスを始める人は,① 経済学者
② 会計士
③ 株式仲買人
★④ 起業家
8.
太郎は去年,トマトを売る仕事をした。トマトを
30
万円売り,販売経費は25
万円かかった。残った
5
万円は,何か。① 価格
★② 利益
③ 費用
④ 収入
9.
次郎はピザ店でアルバイトを1年以上している。先月は
50,000
円稼いだが,受け取ったのは45,000
円だった。なぜ,稼いだ金額よりも受け取った金額が少ないのか。① 次郎の仕事がアルバイトだから
★② 賃金から税金分が引かれたから
③ ピザ店が赤字だったから
④ ピザ店のオーナーが次郎の賃金の一部を盗んだから
10.
税金が使われるのは,① 店の収益のため
② 国民の貯蓄のため
③ 店員の賃金のため
★④ 政府の事業のため
テーマ2 貯蓄
11.
三郎が銀行口座に入れたお金を,その預金期間中,銀行が代わりに使わせてもらうために三郎 に支払うのは,
★① 利息
② 賃金
③ クレジット
④ 利益
12.
敬子は誕生日に
5,000
円もらった。これで携帯電話を買うために貯金するか,服を買うために 使うかしたい。もし服を買ったら,携帯電話のための貯金は,彼女にとって何になるか。① 支出
② 収入
③ 人的資本
★④ 機会費用
13.
友子は学校用に可愛いノートを買いたいし,パソコンを買うお金も貯めたかった。そこで友 子は,普通のもっと安いノートを買うことにして,パソコンのために貯金を増やすことに決め た。より安いノートを買った彼女の決定は,
① 利息を払う例
② インセンティブ(誘因)の例
★③ トレードオフ(二者択一)の例
④ サービスを選ぶ例
14.
浩一は清掃のアルバイトをして
3,000
円稼いだが,そのうち2,500
円をビデオゲームに使った。残りの
500
円は,彼の,① 利息
★② 貯蓄
③ 利益
④ 賃金
15.
麻里は預金口座に
5,000
円持っている。そこから1,000
円引き出し,別に2,000
円を預金した。麻里の預金口座の残高は,
①
1,000
円②
2,000
円③
5,000
円★④
6,000
円16.
人々をどのように行動させるかによって,報酬となったり罰則となったりするものは,① トレードオフ(二者択一)
★② インセンティブ(誘因)
③ 機会費用
④ 経済的欲求
17.
久美は
CD
プレーヤーを買うために,普通預金に8,000
円貯めたい。そこで彼女は,1
ヵ月に500
円貯めることにした。この貯蓄計画で,久美が最初に考えなければならないことは,① 預金口座の種類
② 預金残高証明書の入手
③
CD
プレーヤーの販売店の数★④ 貯め続けなければならない月数
18.
真一は,母に
6,000
円のネックレスを買うために,10
週間続けて,毎週同じ額を貯蓄すること にした。毎週いくら貯蓄しなければならないか。①
200
円②
400
円★③
600
円④
800
円19.
小学生が長期目標を決めて行う貯金のもっとも良い例は,
① ビデオゲームのための貯金
② 誕生日プレゼントのための貯金
★③ 大学進学のための貯金
④ バスケットボール・シューズのための貯金
20.
起業家が新事業を始めるインセンティブ(誘因)は,何か。① 税金
★② 利益
③ 賃金
④ 利息
テーマ3 支出・クレジット
21.
美香は,映画を見るためにお金を支払い,映画館内でお菓子も買った。彼女がお金を払ったも のについて,正しいのは,
① 映画もお菓子も財
② 映画もお菓子もサービス
③ 映画は財で,お菓子はサービス
★④ 映画はサービスで,お菓子は財
22.
財やサービスを消費することで満足が得られる人間の願望は,何と呼ばれるか。① トレードオフ
② 投資
★③ 経済的欲求
④ 機会費用
23.
健二は映画館で,お菓子とソフトドリンクを買いたかった。両方とも
200
円だったが,健二は300
円しか使えるお金を持っていなかったので,ソフトドリンクだけ買うことにした。この場 合,健二の機会費用は,①
300
円②
400
円★③ お菓子
④ ソフトドリンク
24.
下表は,誠治の預金口座の記録である。年月日 摘 要 預入れ 支払い 残 高
2003/5/14 繰越残高 90,000
2003/5/15 電話代 5,000 85,000
2003/5/31 アルバイト代 10,000 95,000
2003/6/3 DVD
もし誠治が
DVD
に2,500
円を払ったら,彼の残高はいくらか。①
90,000
円★②
92,500
円③
95,000
円④
97,500
円25.
口座引落しで物を買う前に,まず確認しなければならないことは,① 預金にかかる税金
★② 預金口座の残高
④ 預金口座の暗証番号
26.
今,物を買って,後で支払う時,次のどれを使えばよいか。① 小切手
★② クレジットカード
③ デビットカード
④ 郵便為替
27.
あるブランドの化粧品を売るために,映画スターを利用するのは,★① 有名人を使って訴えかける例
② 虚偽の宣伝によって訴えかける例
③ ブランドへの忠誠心に訴えかける例
④ 時代の流行に便乗して訴えかける例
28.
秀夫は牛肉を買うために店に行き,もっとも安い品を見つけるために,単位価格表示を見た。
それぞれの品は,異なった大きさのパックに入っていた。彼が見たはずの単位価格表示が示 すのは,次のどれか。
① それぞれの牛肉の特徴
② それぞれのパックの形
③ それぞれの牛肉
100
グラム当たりのカロリー★④ それぞれの牛肉
100
グラム当たりの価格29.
和美は事業を始めるために,銀行から
40
万円を借りた。彼女は,この借入れの返済ができな かったら,自分の車を銀行に差し出すと申し出て,借入れの保証とした。この車の差出しを もっとも良く表している言葉は,★① 担保
② 利息
③ 信用販売
④ 口座振替
30.
香織はテレビを買うのに店で
50,000
円のローンを組んだ。1年後,香織は50,000
円にローン の借入れ手数料5,000
円をプラスして返した。この5,000
円の借入れ手数料の意味をもっとも 良く表している言葉は,★① 利息
② 信用販売
③ 口座振替
④ 税金
テーマ4 金銭管理
31.
純子は小学校の教師として月に
30
万円の収入がある。一方で彼女は,月に20
万円の支出があ る。彼女が毎月残した金額は,何と呼ばれるか。① 利益
② 信用販売
★③ 貯蓄
④ 予算
32.
収入は限られているので,人々は,① 税金を払わなければならない。
★② 選択をしなければならない。
③ 支出を増やさなければならない。
④ 預金口座を開設しなければならない。
33.
賢治の家族は,夏休みに山へ行くことにした。彼らの判断によると,山での休暇から得られる 満足(便益)は,
★① 費用よりも大きい。
② 費用よりも小さい。
③ 費用と等しい。
④ ゼロである。
34.
賃金とは,① 財とサービスへの支払いである。
② 商品販売から得た利益である。
③ 預金についた利息である。
★④ 仕事で稼いだ収入である。
35.
収入,支出,貯蓄を管理するための計画は,何と呼ばれるか。★① 予算
② 投資
③ 信用勘定
④ 預金残高
36.
たとえばレストランの食事に支払われた費用を,もっとも適切に表す用語は,① 生産
② 投資
★③ 変動費
④ 変動資金
37.
人々が政府に支払うことを要求されるものは,★① 税金
② 賃金
③ 貯蓄
④ 所得
38.
個人にとって固定費の例は,① 衣料費