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バイオテクノロジーの研究開発戦略 - 分析視角を求 めて -

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バイオテクノロジーの研究開発戦略

‑ 分析視角を求 めて ‑

菰 田 文 男

キーワー ド:研究開発,技術戦略,バイオテクノロジー

,MEDLI NE

,データベース

は じ め に

2 1

世 紀 の経 済 シス テ ム は

「 bi o‑ ba s e de c o n‑

omy

」 の方 向 に向 けて進化す ることにな るであ ろう(1)。生物学,バイオテ クノロジーが技術パ ラ ダイムの中核 を占めるようになる。

1 9

世紀以後 の物理学 や化学 の進歩 は,鉄鋼, 自動車,電気,石油化学そ してエ レク トロニ クス な どの豊かなモノの溢れ る大衆消費社会 を作 りだ し,市民生活の大 きな変化を導 いた。 さらに

, 20

世紀の後半 には, コンピューターサイエ ンスの進 歩が情報社会 を生 み出 し,従来 の企業組織や社会 の編成原理 を水平的,分権的な ものへ と変えつつ あるし,消費者 のライフスタイルや価値観を変え つつある。そ して今,生物学やゲノム研究の成果 が,将来 の経済発展やライフスタイルや価値観を さらに変 えようとしている。

生物の進化や発生 の生化学的な仕組みや遺伝子 の発現のメカニズムが解明 されて くることによっ て, われわれは 30数億年 の生物 の進化 の歴史が 築 きあげてきた優れた 「知恵」 を理解 し始 めてい る。生物や人間が生態系 をいかに大切 に し,外部 環境 と調和 して生 きることの大切 さを教え られ, また外部環境 の変化 に調和 ・適応す るとはどうい うことなのか,それがいかに大切であるのかを教 え られている。地球環境問題 の深刻 さに直面 して いる今 日,生物学の視点か ら環境問題を考えるこ とは大変意義が大 きい。生物の多様性を大切 にす

ることがいかに重要かは,進化 について考えるこ とな しには理解 できない。

また,生物 のさまざまな レベルでの情報処理機 構,すなわち細胞内部 の情報伝達機構,化学物質 や電気信号 を用 いた細胞間の情報伝達機構, さら には最 も高次の脳 の情報処理機構な どが解明 され るにつれ, その情報処理の仕組みの巧みさ,各要 素が 自律分散的に情報処理す ることが全体 として の一見脆弱そ うでいて,実 は巧妙で極 めて柔軟か つ堅固で高度な情報処理 につなが る仕組みな どが 分かってきている。このような仕組みは,コンピュー ターサイエ ンスや通信ネ ットワークシステムのアー キテクチ ャに応用 され,その進歩 に貢献 し始 めて いるし,今後 さらに利用 されることになるであろ う。たとえば,フォンノイマン型のコンピューター の限界 は,生物 の神経 回路 システムか ら学ぶ新 し いコンピューターアル ゴリズムを模索 させている。

また, これまで主 として工場 という製造現場 に導 入 されてきたロボ ッ トが,家庭 な どの一般社会 に まで浸透 して くるのに役立て られるようになる

J また

,

It生 物 の持つ冗長で柔 らかい仕組みは企業組 織な どの社会 システムのあ り方が 自律分散型の も のを 目指す際の指針 ともなる。 また,脳の情報処 理機構 について考え ることは,心の価値や満足 と いう,暖味で人 によって大 き く異な り,捉えがた い ものを理解す るのに役立 ち,新 しい大衆消費社 会の解明に役立て られ ることになる。

このように生物学 の進歩 はさまざまな領域で大 きなイ ンパ ク トを有 しているのであるが (あるい

(2)

は,将来有す ることになるであろうと予想 され る のであるが), その中で も最 も重要 な意 味を持つ のはバイオテクノロジー, とりわけその中心 に位 置す るゲノムテ クノロジーである。 ゲノム研究の 成果は医薬品開発,再生医療や遺伝子治療な どの 新 しい医療技術などにも利用 されようとしている。

また,農業や化学産業で利用 され始 めている。 ゲ ノム レベルで生命現象や生物の情報処理機構を解 明す ることがで きるよ うにな った ことが,,,̲

「 bi o‑ j l

r

ba s e de c onomy

」 を導 いているのである。

もちろん,ゲノム研究 は科学 としてみて も技術 としてみて も未 だ費明期 にあ り,その将来の発展 の可能性 は十分 には見えてこない。 ゲノム創薬 と いって も,その実現への道の りは遠 い。 ま してや 遺伝子治療,再生医療,人工臓器な どの新 しい医 療 はその輪郭がぼんや りと見え始めている段階で しかない。 しか し,その実現 に向けて研究を推進 す ること, またそのための戦略を明確 にす ること が,生物学,バイオテクノロジーに基礎 を置 く将 来の経済の行方 を大 き く左右す ることにな ること は間違 いない。バイオテクノロジー,ゲノム研究 の戦略の構築 は焦眉の課題である。 ところが, 日 本のバイオ研究 はエ レク トロニ クス,情報技術な

,2 0

世紀 を特徴 づ ける技術分野 に比 して,相 対的に劣 っていることは広 く受 け入れ られている 事実認識である。 ナノテクノロジーのフロンテ ィ アで 日本の研究が大 き く貢献 しているのに対 して, バイオ分野のそれは見劣 りがす る。

本稿 の 目的は

bi o‑ ba s e de c onomy

に向 けて必 要 とな るバイオテクノロジーの育成のための政策 や戦略を提起す るための基礎作業をおこな うこと である。基礎作業 とは,他 の分野 と比較 した生物 学,ゲノム,バイオテクノロジー研究の特徴,特 質を明確 にす ることである。 この特質 を知 ること が,必要な政策や戦略を提起す るための前提 だか

らである。本稿では,その特徴 を,(1)情報技術 と の融合

, ( 2)

生 き物 とい う複雑 な システムを対象 と していること

, ( 3)

倫理観や価値観 と深 く関係す る 生 き物 を対象 としていること, という3点 に焦点 を当てて論 じる。すなわち,生物学が扱 う 「生命」

生物」 は物理学や化学が扱 う 「自然」 と比 して

2

あま りに も複雑な システムである し, また人間の 価値観や倫理観 との関連 を抜 きには論 じられない とい う性質を持 っているという点において物理学 や化学 とは異な る。生物学研究 は物理学,化学, 情報技術な どと融合す ることによって,同 じ言語 を用 いて研究が進 め られ るようにな りつつあると は言 いなが らも,物理学や化学のような自然現象 を扱 うわけではな く, また情報科学のようにアル ゴ リズムとい う人間の脳が作 りだ した人工物を扱 うわ けで もない。 「生 き物」 とい う高度 に複雑 で 再現性が乏 しく,客観性が得難 く, また倫理観や 価値観 と深 く関係す る対象を研究す るので,研究 システムであれ研究 に必要な人材であれ,他の領 域 とは異なるシステムや性質 を必要 とす る。

そ して, このような認識 の上 にた って,ゲノム サイエ ン不,バイオテクノロジーを捉え るための 全体像を措 くことが,研究 システムの問題点を知 っ た り, あるべ き研究 システムを提起す ることを可 能 にす るであろう。

そのために,第

1 ,2 ,3

節 において生物学,バ イオテクノロジーの特質 を論 じ,第

4

節でその全 体像を捉えるための方法 を提起す る。

1

生物学研究 の特質

( 1)

‑ 物理, 化学,情報技術 との融合 ‑ ゲ ノム研究の起源

今 日の生物学研究を最 も特徴づけ,進歩 を牽引 しているのはゲノム研究である

ge nome

(ゲノム) とは

ge ne

(遺伝子) と

c hr omos me

(染色体) との合成語であるが,ゲノムとい うナノメー トル のスケールの ミクロ世界で生命 を探求す ることが 生物学研究の フロンテ ィアである。

遺伝情報を担 う物質を追 い求める研究 は,生命 を ミクロの世界で見てゆ く研究 に起源す る。近代 科学 において,物質の究極を ミクロの領域で追 い 求めていったのか物理学や化学であったとすれば, 生命の究極 を ミクロの領域で追 い求めていったの が生物学である。 その最大 の 目的は医学 ・医療で ある。生物学の歴史 は医学 ・医療 とのかかわ り抜 きには論 じられない。ペス ト, コレラのような感

(3)

染症 との闘いは大 きなテーマであったが,その原 因 となる微生物 の発見のための研究の最大 の成果 の一つが,たまたまパスツールが腐 肉の研究か ら

生命 は生命 か らしか生 まれない」 ことを発見 し たことであった。 その後,光学顕微鏡技術の進歩 に支え られて, コッホ,北里柴三郎な どの多 くの 研究者が結核菌,ペス ト菌,破傷風菌な どの微生 物が伝染病の原因であることを発見す るな どして, 生物学の研究 は進歩 した。

また, ダーウィンによる生物進化の法則の発見 描,遺伝物質の追求 とい う新 しい研究課題を生み だ した。 ダーウィン自身 は 「ゲ ンミュール」 とい う遺伝情報を担 う仮想の物質を想定 したが,その 後 メンデルがデ ジタルな振 る舞 いをす る遺伝物質 の存在が確実であることを証明 した。 そ して, こ の遺伝物質が細胞 の中の どこにあるのかを究明す るための研究が続 け られた。染色体の中にあるの か, あるいは別 の場所 にあるのか等の研究 は,細 胞を構成す る化学物質の次元で生物 の遺伝の仕組 みを考え ることができるという確信 を生む ことに なる。 そ して,慧眼のある物理学者 の シュレジン ガ一によって生命 も物理学,化学の言語で語 るこ とができるであろうと予言が可能 になる段階にま で研究が進化す る(2)。 そ して

, 1 953

年 に

DNA

二重 ラセ ン構造が発見 されることによって,物理 学 ・化学 と生物学 とのつなが りの基本が解明 され た。 こうして生物学 は物理学や化学 との接点を発

見 し,分子生物学 とい う新 しい研究領域が生 まれ るのである。

その後,生命の基本的素材や情報伝達物質 とし てのタ ンパ ク質 とい う高分子 の構造 や機能 や,

DNA

の仕組みは,原子 や分子 レベルでの電荷, 質量∴素粒子の量子的なふ るまい等の知識 に支え

られることな しには理解できない。生物学 と物理, 化学 とは融合を強めるいっぽ うである。生物学が 物理学 ・化学な どの助 けを借 りて進歩 してゆ くの である。

生物学 と物理学,化学,情報技術 との融合 生物学 と物理 や化学 との融合 の実態を知 るため には学術論文の研究分野を見ればよい。 そのため には, 日本 の論文を中心 として,全ての科学 ・技 術分野を網羅 して収録 している学術論文データベー

スである

J OI S

を用 いるのか最適である。

ある一つの論文が同データベースの複数の科学 ・ 技術分類で収録 されているとすればそれ らの科学 ・ 技術分野 は相互連関 し融合 しているということに なる。た とえば,ある論文が生物学 と物理学の両 分野 に収録 されていれば, それは生物学 と物理学 とが融合 していることを意味す ると解釈できる。

これを

1 987‑8

年 と

2003‑4

年 についてみたのか

1

である。 ただ

,J OI S

は 日本 の論文 が中心 に 収録 されていて,海外 の研究動向を十分 に反映 し ていないという問題があるので, 日米別 に分 けて

1 生物学と物理 ・化学 ・情報技術融合 (論文数)

生 物 学

計 1 9 8 7‑8 8

1 5 0 , 0 0 0

2 0 0 3‑0 4

7J 1 9 9 , 1 2 2

物 理 学

1 9 8 7‑8 8

1 9 3 , 71 9 1 , 7 7 8 0 . 9%

2 0 0 3‑0 4

2 0 7 , 3 3 7 4 , 7 5 3 2 . 3%

1 9 8 7‑8 8

年 .

1 2 4 , 7 9 3 8 , 51 8 6 . 8%

2 0 0 3‑0 4

1 9 4, 9 6 4 1 9 , 8 41 1 0 . 2%

情 報 技 術

1 9 8 7‑8 8

5 9 , 41 8 1 , 1 6 6 2 . 0%

(注)科学技術振興事業団のデータベース

「 J OI S

」の論文数の検索により作成。

同データベースの科学技術分類 にもとづき検索 した。

(4)

分析す る必要 もあろう。

これ によると,生物学」 と他 の分野 との融合 が 強 い の が,「化 学 」 で あ る こ とが分 か る。

2 0 0 3‑4

年 でみて,化学」 の論文 の

1 0%

は生物 学 の論文 と して も位置づ け られて い る。 次 いで

情報技術」が

4. 5%

,物理学」が

2 . 2%

とな って いる。 ただ,同期間に融合 の進んだ度合 いを見 る と 「情報技術」 との融合が最 も進んでいる。

生物 の遺伝 の仕組みや,生体 の制御の嘩組み%' 理解す るための

DNA

, タ ンパ ク質な どの研究 は,

ヌクレオチ ドやア ミノ酸,ペプチ ドな どの高分子 の性質の知識な しにはあ りえないので,生物学 は 化学 に依存す る。生物学が化学の言語 を用 いて研 究 され るよ うにな り,DNAの分子 の レベルで解 明す る研究が遺伝子研究の中心 テーマ とな ったの であ り,生物学 と化学 とが融合 して くるのは当然 である。

このような融合 はさらに進んでいる。 その背景 にあるのは,化学の成果を生物学で生かすいわゆ る 「生化学」 の段階の ものか ら, よ り化学 に近づ いた場所での生物研究である 「ケ ミカルバイオtj. ジー

( c he mi c albi ol ogy)

」 に進んでいる。

表 1では,化学 との融合 ほど強 くはないが,物 理学 と生物学の融合 も強 まっている。事実,生物 学 は物理学 の支えな しにあ りえない。結晶回折分 析,電気泳動,質量分析な ど今 日のゲノム研究の 基本的手法 は物理学の研究成果 に依拠 している。

また

mRNA

と相補的な

DNA断片が何千個 も固

定 され,mRNAが結合 して発光す ることに.よ っ て遺伝子の発現 の解明を可能 にす る

DNAチ ップ

技術 も

,I

Cチ ップ製造技術の延長上 に可能 にな っ た ものである。

さらに,物理学の領域で生 まれた,非線形系の 科学 は生物 という非線形的な システムの理解 に大

き く貢献 している。

さらに, ナノテクノロジーはゲノム研究 と融合 し,新 しい技術開発 に役立て られようとしている。

この技術 は医療な どに利用 され ると考え られてい ,「ナノメデ ィス ン」 という言葉 も現れている。

生物学 と情報技術 との融合

以上のような生物学 と物理 ・化学 との融合 は, 情 報 技術 の進 歩 な しに は あ りえ な い。 実 際,

1 9 87‑8

年 と

2 0 0 3‑4

年 の間 に 「生物学」 と最 も 融合が強 まったのは 「情報技術」 である。すなわ

,1 9 8 7‑8

年 の

2 . 0%

か ら

2 0 0 3‑4

年 の

4. 5%

と増大 している。 おそ らく実際の生物研究者 の感 覚 としては, この数値が表現す る以上 に両者の融 合が進んだ というのが現実であろう。

生物学研究におけるさまざまな分析機器の開発 ・ 導入 ・利用 は,それを制御す るために も, また実 験データを解析す るために も, コンピューターに 対す る依存 を大 き く強めることになる。 シーケ ン サー,DNAチ ップ,質量分析,Ⅹ線 回折装置等 である。

また,従来 の創薬 は,見込みのある膨大な種類 の化合物をすべてスク リーニ ング して,たまたま 薬効のある化合物を発見す るという方式であった。

しか しゲノム情報がえ られることによって,予め 有効な性質を持つ化合物を予想できる。コンピュー ター技術 を利用 して創薬を飛躍的に効率化できる だけでな く,従来の方式では得 られない医薬品の 開発 も可能 にな る。

これ らの手法 はコンピューターのハー ドウェア とソフ トウェアのめざま しい進化が可能 に した情 報処理能力 の発展 に依拠 している。すなわち,坐 物学研究の特徴 の一つ は実験 によ り得 られるデー タ量が膨大 になること,およびそのデータが さま ざまな階層 にまたが っていて互 いに関連 しあ って いることである. このようなデータの中か ら,因 子 あるいはパ ラメーターを発見 し,その重みづけ や意味づ けを し,因果関係を発見 してゆかねばな らない。 た とえば,ある遺伝子性疾患を持つ患者 と遺伝子 との相関を見 る必要がある。 このような

i ns i l i c

oの研究 は,疾患情報 の解明,それ と遺伝 子やタ ンパ ク質な どとの関連づけな ど, さまざま な点で大 きな貢献 を している。。

このように生物 とい う複雑で異 なる階層の要因 が複雑 に絡 み合 うシステムの中か ら,類似 した要 因を括 りだ した り,統計学的に有意 な関係 を発 し

(5)

た り, クラスターや概念 を作 り出す こと等 を必要 とす る。生物学 に固有 の この よ うな研究 は情報技 術 な しには不可能 であ る。

さ らに,進化 の よ うな長 い時間 をか けて進 むの で実験 に制約がある複雑な ロジックは, コンピュー ターで シ ミュ レー シ ョンす ることによ って解 明 さ れ る。

そ もそ も,生物学 と物理 ・化学 の融合 その もの ち, コ ンピュー ター シ ミュ レー シ ョン技術 の進歩 によ って生 まれ た新 しい科学 ・技術 のパ ラダイ ム によ って, さ らに促 され たので あ る。 た とえば, コ ンピュー ターの演算処理 能力 の進歩 は, それ ま で は解 を得 ることが難 しか った非線形 系 の方程式

を解 くことを可能 と した。 そ して,決定論 的な因 果 関係 にあ りなが ら,初期条件 のわず かな相違 が 最 終 的 には極 めて大 きな相違 と して結果す る系 の 存在 が知 られ るよ うにな ったので あ る。物理 学 の 領域 で気象 な どの例 で解 明 され た この よ うな現象 は,生物学 に も受 け入 れ られ, 自然現 象 と生命現 象 とをつ な ぐロジ ックの解 明 に向 けた研究 が少 し ずつ進 んで い る。

また, コ ンピューター技術 の進歩 は プ ログラム を巨大化 し,巨大 なプログラムの連携やデータベー スの統合 において, 階層型 あ るいはツ リー型 や集 中管理型 の システムの限界 を知 らしめ るこ ととな り,●この傾向はさらにコンピューターがネ ッ トワ‑

表 2

バイオテクノロジーの分類

Ⅰ.バイオテクノロジーの領域 (1) 遺伝子解析

DNA

塩基配列解読 遺伝子発現解析

( 2 )

タンパク質解析

ア ミノ酸配列分析 タンパク質相互作用解析 タンパク質立体構造解析 (3)糖鎖解析

糖鎖構造解析 (4)細胞解析

細胞分析

‑‑細胞イメージング

‑・ ・ =‑・ . I ‑‑

分析対象」 (a)ゲノム

・DNA

‑‑‑‑‑‑・ ・ ・

分析対象

」 ( b)

遺伝子

‑‑‑‑‑‑‑

分析対象」 (C)タンパク質 ・化合物

‑‑

‑‑・ ‑‑‑・

分析対象」 (C)タンパク質 ・化合物

‑‑

‑‑‑・ ・

‑‑ 「分析対象」 (C)タンパク質 ・化合物

‑・ ・ ‑・ ・ ・ ‑‑・ ‑

分析対象

」 (

C

)

タンパク質 ・化合物

‑‑

・ ・ ‑‑‑‑‑

分析対象

」( d)

生物の高次 システム

‑‑‑・

・ ‑‑‑‑

分析対象

」( d)

生物の高次 システム

Ⅱ.主要なバイオ関連機器 と関連技術 (1)機器技術

DNA

シーケンサー

DNA

チ ップ 質量分析装置 セルソーター

( 2 )

試薬 ・手法

核酸用試薬 ・手法 タンパク質用試薬 ・手法 糖鎖用試薬 ・手法 細胞用試薬 ・手法

( 3) 検 出系

光電子増倍管 センサー

要素技術」 (b)分析手法 ・機器

要素技術」(b)分析手法 ・機器

要素技術」 (b)分析手法 ・機器

要素技術」 (b)分析手法 ・機器

要素技術」 (a)材料 ・試料技術

要素技術」 (a)材料 ・試料技術

要素技術

」 ( a)

材料 ・試料技術

要素技術

」 ( a)

材料 ・試料技術

・ ‑‑‑

要素技術

」( b)

分析手法 ・機器

‑ ‑ ‑ ‑

‑‑‑・

要素技術」 (b)分析手法 ・機器 (出所) 経済産業省産業技術環境局技術調査室 『バイオ関連機器 に関する産業の現状 と課題』

(技術調査 レポー ト (技術動向編)第 5号』)2003年か ら作成。右欄は第 4節での筆者 の提起す る分類 との照応関係を示す。

(6)

表 3 ゲノム関連機器の発展

遺伝子関連機器 タンパ ク質関連機器

過 去 手作業 自作簡易装置 手作業 自作簡易装置

( 原理通 りに一つ一つ手作業で行 う) ( 原理通 りに一つ一つ手作業で行 う) 魂 在 コンビユ‑タ‑による自動化 コンビユ‑夕‑による自動化

( 作業の軽減 によって効率 を上 げるo デー ( 作業 の軽減 によって効率 を上 げるo デー 夕を高速で解析 し共有す る) 夕を高速で解析)

近未来 微細加工 .複合化 複合化 .ナノ技術の利用

( 試料 や試薬 を少量 に して安価、高藩化 を ( 詳細 な構造 の観察や シ ミュレー シ ョンに ね らう) . ′ j l より働 きを解明)

未 来 新手法 .ナノ技術 .コンピューターによる 新手法の開発

全 自動化 ( 新 たな観点か らの研究を行 う○医療 や創

( 出所) 経済産業省産業技術環境局技術調査室 『 バイオ関連機器に関する産業の現状と課題』

( 『 技術調査レポー ト ( 技術動向編)第 5

号』)2

0 0 3

年,6

ページ ,1 2 ページから作成。

( 出所) 辻本豪三 ・田中利男編 『 21 世紀の劇薬科学』共立出版 ,1 9 8 8

年,3

ページ。

1

ゲノム情報か ら創案研究へのフローチ ャー ト

(7)

ク化 され ることによらてさらに強 まった。 この限 界 は巨大な システムの各部分 システムの 自律性を 重視 し,分散処理 され る冗長な システムへ とコン ピューター システムを進化 させ ることになるが, この自律分散処理,冗長な システムのモデルは生 物 にある。 したが って,情報技術が生物 に学び, その成果が フィー ドバ ックされて生物 の仕組みを 解明す るのに利用 され るとい う関係 も生 まれ る。

このことが生物学 と情報技術 との融合を進 めるこ とに もな った。

生物学 と情報技術 との融合の進展

将来のバイオテクノロジーが生物学 と情報技術 との融合をさらに促 し,その進歩 の上 に可能 にな ることは間違 いない。 それが具体的にどのような 形で進むかを経済産業省産業技術環境局技術調査 室 『バイオ関連機器 に関する産業の現状 と課題

』 ( 3 )

に もとづいてみてみよう。

同報告書 は(

Ⅰ )

「バイオテクノロジーの領域」を (1)遺伝子解析,(2)タ ンパ ク質解析,(3)糖鎖解析, (4)細胞解析 に分類 し,(功それに必要な関連機器 ・ 技術である 「主要なバイオ関連機器 と関連技術」

を(1)機器技術,(2)試薬 ・手法,(3)検 出系 に分類す る (

2)

0

そ して, 同書 は 「バイオ関連機器 と関連技術」

の中か ら 「遺伝子関連機器

「タ ンパ ク質関連機 器」 の

2

つの技術 の過去か ら将来への発展の方向 性を表

3

のように論 じ,予測す る。基本的には情 報技術の導入 とナノ技術の導入が技術 を進化 させ ると考え られている。 この表か ら, いかにバイオ テクノロジー研究が情報技術やそのハー ドウェア としてのエ レク トロニ クス工学 との融合を さらに 強めることになるかが分か る。

それ以外 に も,最近 は一つの細胞 の内部 の仕組 み を コ ン ピュー ター上 で再 現 す る よ うな研 究

(

「システムバイオ ロジー」 と言 われ る) という研 究分野 も成立 し,急速 に進歩 し成果をあげている。

このような生物学 と情報技術 との融合 は,伝統 的な研究のスタイルや文化や必要な研究者の資質 も次第 に変えつつある。創薬 について も研究 の内 容 は変化 し,バイオイ ンフォマテ ィクスが極 めて

重要な位置を占めるようにな っている。図

1

はバ イオイ ンフォマテ ィクスを中核 とした創薬のため の新 しい研究開発の性質が どのような ものとな っ ているかを示 している。

2

生物学研究の特質

( 2 )

‑ 複雑性

前節では,化学や物理学 に支え られて, さらに は情報技術を用 いて, いかに生物のふ るまいや生 の仕組みがゲノム レベルで解明 されつつあるか, その研究がいかに有効であるかを論 じた。 また, 創薬な どの形での産業化 において, どれだけ重要

な意味を果た しているかを論 じた。

しか し,そ うであ りなが らも,化学の言語を借 りて, また情報技術を導入す ることによって,坐 物が解明 されるわけではないことも事実である。

生物学研究,バイオテクノロジー研究 はそれに固 有の性質を持 っているか らである。 そ して, この ことがバイオテクノロジー研究を困難 に している のである。以下ではこの間題 についてみてゆこう。

複 雑 性

生物学 には物理学や化学 と異 なる性質がある。

その最 も大 きい相違 は,生物が 自然 に比 して要素 が多様で複雑であるとい う点に由来す る。

力学の研究 は, 自然 に作用す る力を最 も根源で 見 ると 「重力

「強 い力

弱 い力

「電磁気力」

か ら成 っていることを解明 している。 また,周期 律表の元素 は 100あま りである。 自然 は比較的 シ

ンプルな法則で理解できる。

これに対 して生物 というシステムは変数 あるい は要素の数や種類があまりにも多い。 自然,生物, 了社会を階層 として捉えれば,素粒子,原子,分子, 高分子,DNA,細胞,多細胞, ホルモ ン系,免 疫系,神経系, 中枢神経系,脳,心,文化 とい う ような階層 として捉えることができる (

2 )

0

そ して上位の階層 になればな るほど,変数 ある いは要素の数 は増加 し,それ らが互 いに相互作用 す る複雑 なネ ッ トワー クにな る。DNAの塩基配 列 とい う形で含 まれている遺伝情報 は,4種類 の 塩基 によって コー ドされている。 これに比べてノ

(8)

社会科学論集 第 11 7

人工知能 人工物

技術,文化

社会 ( 社会組織) 生態系

種 個体

生 物 中枢神経系,脂

神経系,免疫系

, 内分泌系 器官

細胞 細胞 内器官 DNA

ク質

分子

分子 原子

子核

,電子

(出所) 菰田文男 『科学 ・技術 と価値』多賀出版,

2 0 0 0 年 ,3 3

ページ

2 自然 と社会 の階層構造

ンバ ク質 の構造 ははるかに多様であ り,遺伝子 と 比べてその理解 は格段 に難 しくな る。 さらに, タ ンパ ク質が特有の機能を持つためには,糖や脂質 がそれに正 しく結合 しなれければな らない。

生物の複雑 さの事例 として しば しばあげ られ る のは, ウィルスのような最 も単純 な生命で さえ, ひとたびそれをバ ラバ ラに切 り離す と人間の力で それを元 に戻す ことはできないという事実である。

生物 はさまざまの要素が空間的に, しか も時間的 要因を含 めて相互作用 しているので,その理解 は はるかに難 しい。 ま してやその操作 はさ らに困難 である。

当然であるが, この相互作用 は多細胞生物 にま で進化すれば,細胞間の情報交換の必要性が生 ま れ ることによって, さらに複雑 なネ ッ トワー クを 作 り上 げておこなわれ るようにな り,そのため格 段 に複雑 さを増す。免疫 システム, ホルモ ンシス テム,神経 システムを通 じて細胞間や外部環境 と 相互作用す る。 このように して発信 した り受信 し た りす る情報 に もとづいて,遺伝子のスイ ッチを

β

入れた り切 った りしなが ら生命活動 をす るか らで ある。

この理 由か ら,一つのタ ンパ ク質の構造を見た だけではその機能や役割 は分か らないのである。

生 き物」の均質性の欠如 ・再現性の欠如 生, あるいは生 きている状態 とは,単 にそれに 必要な物質の寄せ集 めによって可能 になるわけで はない。試験管の中で最 も単純な生命を作 り出す ことさえ,およそ不可能である。 プ リゴジンは下 位の階層の要素が上位の階層の システムを作 り, それが全 く新 たな機能 を持 つ よ うにな ることを

「創発」 と名づ けだが,生命 とはまさに 「創発

の産物である。

当然,生物が進化 し,免疫 システムや中枢神経 系を持つ ようになれば,ます ます この原理 の解明 は難 しくなる。生物の内部では膨大 な情報伝達物 質が相互作用 し, しか も空間的な位置や時間的な

タイ ミングを理解 した上で作用 している。

タンパ ク質間の相互作用やタンパ ク質 と遺伝子 の相互作用 に して も,全体か ら切 り離 してそれを 解明す るだけでは理解 したことにはな らない。生 きた生体の内部でのタ ンパ ク質の立体構造,分子 軌道,電子の状態 をコンピューターで計算 しなけ ればな らないのである。 また, タ ンパ ク質の構造 も静的に理解す るだけでは不十分であ り,機能の プロセスで時間 とともに形 を変えた り,他 の物質 と結 びついた りしてゆ くもの として理解 しなけれ ばな らない。 タ ンパ ク質 という生体分子 を分離で きて も,それだけではそれが生体 内で どのような 活性を持つか, あるいは持たないかは理解できな い。医薬品開発の難 しさの原因の一つはここにあ る。 ヒ トの身体のそれぞれの場所毎 に異なる細胞 に含 まれ るタンパ ク質の種類を知 り,生体の条件 の変化 とタンパ ク質の構成の変化の関係を知 るこ とが必要である。 そのためコンピューターだけで (

i ns i l i c o)

実験す るだけでは創薬 には至 らない。

実際に動物等 を使 って実験 しなければ,創薬 につ なが る物質を絞 り込む ことは難 しい(4)0

この理 由か ら,生物の研究 はその実験の結果の 再現性が乏 しくな りがちである。条件が一定では

(9)

ないために同 じ実験が違 う結果を生んで しまう。

この ことが生物研究を難 しくす る。

また,生物 の個体 は,個性を持 っている。 とり わけ,遺伝子 に比べてタンパ ク質 は個性が大 きい。

その理 由はたとえば,外部か ら侵入す る抗原 に対 す る防御機能 はその個体 に独 自の免疫 システムを 作 り上 げるか らである。 したが ってプロテオ ミク ス研究 はゲノム研究 と比べて もその理解が格段 に 困難 になる。

さらにまた,生物 は複雑で生 きていて個性を持 つために均質性がない,いわばヘテロな系である。

た とえば,物質ではどの部分 をとって も材料 とし ての相違 はないのに対 して,細胞 に して も身体の どの部分 の細胞を対象 とす るか,細胞 内の どのタ ンパ ク質を対象 とす るか,外の世界 とどのような 相互作用 しているタ ンパ ク質を対象 とす るかで, 研究 の結果は異な って くるのである。

た とえば,CG (コンピューター ・グラフィッ クス)で人間の身体の筋肉のような柔体 の動 きを 表現す る (シ ミュレー シ ョンす る) ことは,剛体 の シ ミュレー シ ョンに比べて,はるかに難 しいの である。身体がヘテロな系だか らである(5)0

このように実際の生物のふ るまいを コンピュー ター上で表現す ることの難 しさゆえに,実際の生 物 を対象 としている (すなわちコンピューター上 で生物学を研究 しているのではない)生物学研究 者の多 くは,実験室の中の単細胞生物 には 「生物」

を感 じるが, コンピューター上で生物 のふ るまい の シ ミュレー シ ョンを見て も,それには 「生物 を 感 じない」 そ うである。

ゲノム試料 ・材料生産の困難

以上 のような生物研究,ゲノム研究 に固有の性 質 ゆえに,研究の試料や材料 の製造 は物質の材料 を製造 に比べて難 しくなるのが一般であ り, この 製造や保管がきわめて重要な課題 となる。 .

ゲノムの機能やタ ンパ ク質の構造 ・機能の研究 は,細胞か らDNAを抽出 し,断片化 し,大量 に 複製 し,電気泳動で断片を大 きさや重 さ別 に分離

し,読み とるなどのプロセスを辿 る。 このように, この研究の大前提 は,純度が高 く均質の

DNAの

クロー ンやタ ンパ ク質の結晶な どを大量 に製造で きることである。 しか し, これは簡単ではない。

そ もそ もゲノム研究が単 なる科学の段階か ら,莱 際にそれを操作す る技術 の段階に進む ことを可能 に したのは,塩基配列を読 み とるシー クエ ンサー 技術の蘭 発,ベ クターの発見な ど多 くの技術 に依 存 して いるが, その中で も

PCR法 とい うDNA

の断片を大量 に複製す るための技術 の発明の果た

した役割 はきわめて大 きか った。

タ ンパ ク質の構造や機能を解明す るためのプロ テオ ミクスでは,大量のタ ンパ ク質の結晶や水溶 液の大量生産が必要であるが, これは

DNAのそ

れよ りも遥かに困難である。 タ ンパ ク質を 自動合 成, 自動結晶化 し,安定 して製造 し管理す ること は容易ではない。 そのために,多 くの研究機関が

c DNAか らのタ ンパ ク質の生産 を試 みているが,

それぞれに個性 のあるタ ンパ ク質を同時に取 り扱

う合成精製過程が困難 に直面 している。 この解決 お一つの方法 は 「無細胞 タンパ ク質合成 システム」

である。

このような材料 ・試料の製造技術 はコンピュー ター技術の進歩 に支え られて機械化 ・自動化が急 速 に進んでいるが,最終的には人間の経験や勘 な どが重要な役割を果たす場合が多 い,極 めて高度 な技術である。

このようにタ ンパ ク質す る技術 の確立の意義 は 大 きいが, これを 効率的なタ ンパ ク質の合成 の ためには

c DNA

のライブラ リが必要である(6)

3

生物学研究の特質

( 3)

‑ 価値 と倫理問題 ‑

/

前節や述べた要因以外 に も,生物学研究 に対 し て,他 の分野 の研究 とは異なる性質を与えるさら に別 の要因がある。それは,人間の身体 を扱 い,

したが って倫理的問題や価値規範の問題 と関係 し て くることな どである。 この問題 についてみてお こう。

身体が 「市場」 になる

市場ニーズあるいは利用分野 という観点か らみ

(10)

たゲノム研究 に最 も期待 され るのは,医薬品開発 や遺伝子治療な ど,医療分野である。 しか し,そ れは人間の身体を扱 うために簡単 には実験 をおこ な うことが許 されない。非動物実験,動物実験 を 繰 り返す ことによって薬効が十分 に期待できる物 質, そ してまた毒性が強 くないことが十分 に期待 できる物質のみが人体 に実験的に投与 され,薬効 や毒性を最終的に確かめることができる。

しか し,医薬品の候補物質は単にコン草ユータ

上で計算 した ときや,動物を用 いて実験 した時に は効能が見 られて も,実際に人体で試 してみ ると 効能が見 られないことは しば しばある。 マウスを 使 った実験では毒性が弱 くて も,実際に人間に投 与 してみると細胞内か ら有毒 な物質か排 出されな いな どの理 由か ら毒性が強 くなる場合 もしば しば ある。非動物実験や動物実験で有望であることが 確認 された候補物質の多 くは,最終的に効能が見 られなか った り,あるいは副作用があ った りして 実用化 されることな く消えてゆ く比率が圧倒的に 多いのである。 したが って,動物や人体を使 った 実験 は不可欠であるが, これには大 きな時間 とコ ス トを必要 とす る。医薬品開発 における最 も大 き い障害の一つ は,候補 とな る物質の毒性を予測で きない場合が多いという点にある。臨床段階で重 篤な毒性が見つか り,それまでの巨額の投資が全

く無駄 になることもしば しばある。

一般 に, アメ リカでは大胆 に新薬が認可 される ので,医薬品開発がおこないやすいと言 われてい るように,それぞれの国の文化や習慣 によ・り相違 があるとはいえ,バイオテクノロジーの医療分野 への応用 を 目指す研究 は,人体 を ビジネスの場 と しているという点において,物理,科学や情報技 術の研究 とは大 き く異な っている。 こd)ことがバ イオテクノロジー研究を難 しくす る一つの理 由で ある。

倫理感 との抵触

ゲノム研究の成果を,医療な ど人間の身体 に利 用す る時に問題 となるのは, それが人間の伝統的 な価値観や倫理観や社会的規範 と抵触す ることに な りがちである。その最 も典型的な事例 は生殖医

1 0

療への応用である。

不妊治療な どの生殖医療 は既 に大 きな市場を形 成 している。 クローン羊 ドリーの誕生が契機 となっ てアメ リカ ・ク リン トン大統領の諮問を受 けて ク ロー ン研 究 の倫 理 的 な意 味 につ い て検 討 した

LB.

ア ン ドルースはアメ リカにおける不妊治療

市場 の成長 という事実, また医師の中で も不妊治 療の専門医の収入が極 めて多いとい う事実を指摘 している(7)。 ゲ ノム技術が さ らに進歩す ることに よって,新 しい技術が動員 され,新 しい治療の可 能性が生 まれ る。

しか し,それが身体 に与え る影響 は簡単 には分 か らない。複雑 な システムとしての身体 に現れ る 特質 とゲノム医療 との因果関係 ははっき りとつか めないか らである。 また,それが現 れるのに時間 がかか り,世代を超えて現れる場合 には数

1 0

年〜

1 00

年以上 の時間を要す るか らである。二酸化炭 素の排 出量 と地球の温暖化 との因果関係の分析 も 時間がか り因果関係 も暖味になるが,バイオテク ノロジーの人間の肉体への適用 にかん して もそれ と同 じ困難がある。 したが って,ゲノム研究の成 果の医療への応用 は安全性が優先 され ることにな る。

しか し,安全性が優先 され るとはいえ,当然個 人 によってそれに対 して どうい う態度 をとるかは 違 って くる。た とえば,脳死者か らの臓器移植 に ついて も,肯定的な倫理観 を持つ人 々と否定的な 人 々とに分かれるように,その社会的なコンセ ン サスや規範を得 ることの難 しい。臓器の再生医療 が現実化す ると,臓器を再生 してまで生 きたいの か,人間の杯 を再生医療 に利用す るということは 生 きた生命を殺す ということにな らないか といっ た意見 も当然生 まれ る。 ま してや不妊治療のよう な ものにまでな ると,価値観の相違が大 き く現れ る。

また, タ ンパ ク質の構造解析 は ヒ トでな くマウ スのタ ンパ ク質を対象 としている部分が多 い。 そ の理 由の一つ も, ヒ トでは倫理的な問題 と抵触す る可能性が大 きいか らである。 さらに,遺伝子の 破壊実験 に して もヒ トでは難 しので,マウスのそ れを使 ってお こな う場合が多い。 た とえば,最近

(11)

の遺伝子やタンパ ク質の機能解析 の手段の一つ と な って いるのが

RNAi

とい う遺伝子 の一部 を破 壊 してその機能を知 るとい う手法である。 このよ うな制約 も生物研究,ゲノム研究 の重要な特徴 の 一つである。

以上のようにバイオテクノロジーの医療への適 用 は伝統的な価値規範や倫理観 と対立す るケース を多 く引き起 こす。ガ ンの遺伝子治療やアルツ‑

イマ一癖の薬品による治療 については大 きな問題 はないだろう。 しか し不妊治療の場合 にこれが必 要 と見なすか どうかは重要な問題である。

この間題 に, さらにバイオテクノロジーの適用 の因果関係を知 ることの困難性や予測の困難性が 加わる。一般 にバイオテクノロジー研究 は未知の ウィルスを作 り出す ことになるか もしれないとい う危険 と隣 り合わせである。

以上のように生物学研究,バイオテクノロジー 研究 は単 に科学や技術の領域 だけでは答え られな い問題を含んでいるのである。 この ことが,生物 学研究 に対 して他 の領域 の研究 と異なる独 自の性 質を与えることになる。 したが って,第

2

節で論 じたのとは別の意味で,研究者 は学際的な知識や セ ンスを求め られることになる。すなわち,人文 ・ 社会科学的な知識やセ ンスである。

バイオテクノロジー研究における普遍性 と 独 自性

1 ‑3

節までの叙述か ら,バイオテクノロジー が他の分野 と融合 し,伝統的な生物学研究の性質 が変化 して くるという傾 向 と, そ うであ りなが ら 生物 に固有な性質 のあることを論 じた。

したが って,医薬品開発の方法や必要な資質 も 変わ って くる。

既 に解明 された遺伝子 の機能, タ ンパ ク質 の構 造や機能,疾患情報な どはデータベース化 されて いる。 このデータベースの中には医薬品の開発 に 役立つ情報や知識か ら全 く無関係 な情報や知識 に 至 るまで,膨大な量 の情報がのることになる。 そ して, ターゲ ッ ト物質 の探索 はこのデータベース の網羅的な検索 によっておこなわれる。すなわち, 機能 は分 か らないが,病気 の原 因 とな りそ うな

(あ るいは,原 因 とな る可能性 のあ りそ うな) タ ンパ ク質 の全てをデータベースか ら抽出 し,疾患 情報 と結 びつけ,可能性のよ り大 きい物質 を抽出 す る。 この推論 はコンピューターがお こな う。以 前 のように,勘や偶然 に依存す るのでな く,デー タベ十スか ら網羅的に探索 し,その中か ら有望な 物質を発見す るという形で進めるようになる。膨 大な可能性の中か ら発見す るので,当然本来であ れば標的 として認識 されなか った ものまで検索の 対象 となる。 その中か らスク リーニ ング して得 ら れた標的可能性物質 の中の ご く一部が リー ド化合 物 の候補 として研究が進め られ,最適化 に入 る。

しか し,生物 は異なる階層の膨大な変数が相互 作用 しているあま りに複雑 な システムである。実 験データも厳密性を欠 く場合が多 く,その客観性, 再現性 も得 に くい。 そのため生物学やゲノムの知 識が豊富で生物 のふ るまいを熟知 している研究者 の経験や勘 に基づ く推論 に依存す る部分が多 く残 され ることになる。 た とえば,膨大な可能性のあ る候補の中か ら現実性 のあるものを 目星 をつけ探 し出さなければな らないが, その際

,

進化 に適

したデザイ ンは何か」 を基本 に据えて見 ることが 効率的な分子設計 を可能 にす る(8)。進化のメカニ ズムや分子生物学の知識な しには,優れたソフ ト ウェアの開発 も不可能なのである。

また,この理由か らコンピューター上でのシミュ レー シ ョンだけでな く,実際の実験 に依存す る部 分 も多 く残 る。 しか し,そのための実験材料 の製 造な ども生物独特の難 しさがある。生物研究者 に

も情報技術 にも通 じることが必要 となる。

一般 に過去 の研究か ら得 られた知識や情報のス トックは

,

人体化情報

「モノ体化情報」 とい う 了言葉が表現 しているように,人 の頭や体の中や,

コンピューターを含む機械設備 の中な ど, さまざ まな形で蓄積 されている。

このような理 由か ら, コンピューター (情報技 術) と生物 を両方理解できる人材が必要なのであ る。 ゲノム科学だけでな く,ゲノムを分子 レベル で考 え る能力 (分子生物学),化学物質が生物 に 対 して持つ毒性 に関す る知識 (毒性学),遺伝子 の機能を進化 という観点か ら捉える能力 (遺伝学),

(12)

社会科学論集 号

薬品の投与 の効果や副作用な どの知識 にかんす る

知識 (薬理学),薬効 の実際の臨床 の場 で理解す る能力 (臨床医学),生物現象 とい う因果関係 の 酸味で多数 の変数が複雑 に関与す る現象を理解す る統計学の知識 (生物統計学,バイオイ ンフォマ テ ィクス)な ど,幅広 い分野 に通 じた研究者が必 要であ り, このような人材 は 日本ではほとん ど得 られないので,数人 のす ぐれた研究者 による協 同作業が必要」 なのである̀9'. このようや.こ多方面 の学際的な知識 を必要 とす るのが,生物 ・ゲノム 研究 に独 自の特徴なのである。

4

節 バ イオ テクノ ロジーの全体像

生物研究,ゲノムサイエ ンス研究,バイオテク ノロジー研究 の独 自の性質が理解できたが,次の 課題 はバイオ研究のための戦略や必要な研究 シス テムを模索 ・検討す ることである。 しか も,その ためには前節 までに明 らかなされた生物研究 の独 自性を可能な限 り表現できるようにゲノムサイエ ンス,バイオテクノロジーの全体像 を前節 までに 論 じた文脈で措 き,その進歩 の行方 を具体的に示 す ことである。 そのためにはゲノムサイエ ンス, バイオテクノロジーの的確 な分類が必要であ り, またその進歩の客観的な解明が必要である。

バイオ研究 は膨大な要素技術か ら成 り立 ってお り, しか も不断に進化 しているので, このような 作業 は容易でないが,そのために学術論文 データ ベースが利用できる。 したが って本節では生物科 学の分野の最 も権威 あるデータベースの

Medl i ne

を用 いて行 うこととす る。

ゲノム技術の全体像

ゲノムサイエ ンス,バイオテクノロジーの全体 像 を知 るための試 み と して は, た とえば特許庁

平成

1 5

年度特許 出願技術動 向調査報告書 ‑ ポ ス ト・ゲノム関連術

』2 0 0 4

年,特許庁 『技術 分野別技術 マ ップ』 の 「遺伝子工学」 1

999

年,

免疫工学 ・バイオ医薬品

」2 0 0 0

年など,特許デー タを用 いておこな う研究がすでに存在 している。

特許 は産業の研究の全体動 向を知 る上 で極 めて重

1 2

要であ り有効である。

しか し, ここでは学術論文 を用 いて全体像 を措 くことにす る。 なぜな らば,ゲノムサイエ ンス, バイオテクノロジーの全体像 を知 るためにはその 的確 な分類が必要 だか らであ り,その観点か らは 正確 な分類項 目を持つ学術論文 データベースを用 いて行 うほうが的確 であると考え られるか らであ る。

この分類 を行 う上 で重要な意義を持つ研究 は,

1

節でみた経済産業省産業技術環境局技術調査 室の報告書 ある。上述 のように,同報告書 はゲノ ム研究領域 を(1)遺伝子解析

, ( 2)

タ ンパ ク質解析,

( 3)

糖鎖解析

, ( 4)

細胞解析 に分類 し,それに必要な 関連機器 ・技術 を(1)機器技術

, ( 2)

試薬 ・手法

, ( 3)

検 出系 に分類す る。

この分類の特徴 と意義 は,バイオテクノロジー を 「分析対象」 と 「要素技術」 とい う観点か ら分 類 して い るとい う点 にあ る。 すなわ ち, 表

2の

「Ⅰ.バイオテ クノロジーの領域」 は分析 の対象 あるいは 目的を示 し,「Ⅱ.主要 なバ イオ関連機 器 と関連技術」 はその分析 に必要な要素技術の群 を示 している。

このような認識 に立 って,筆者 はゲノムサイエ ンス, バ イオ テ クノロジーを次 のよ うに分類す

( 1 0) 0

(1) 要素技術

( a)

材料 ・試料技術

( b)

分析手法 ・機器 (計測技術)

( C)

バイオインフォマティクス (ソフ トウェア)

( 2)

分析対象

( a)

ゲノム/DNA

( b)

遺伝子

( C)

タ ンパ ク質 ・化合物

( d)

生物 の高次 システム

( 3)

利用用途,社会的ニーズ

材料 ・試料技術」 は遺伝子 の機能 やタ ンパ ク 質 の構造や機能を知 るために必要なDNA やタ ン パ ク質 の ライブラ リー作成技術 な どであ り, 析手法 ・機器」 はそれを分析す るための電気泳動, 質量分析,DNA チ ップ/マイ クロア レイな どの 計測機器 であ り,「バイオイ ンフォマテ ィクス」

表 3 ゲノム関連機器の発展 遺伝子関連機器 タンパ ク質関連機器 過 去 手作業 自作簡易装置 手作業 自作簡易装置 ( 原理通 りに一つ一つ手作業で行 う) ( 原理通 りに一つ一つ手作業で行 う) 魂 在 コンビユ‑タ‑による自動化 コンビユ‑夕‑による自動化 ( 作業の軽減 によって効率 を上 げるo デー ( 作業 の軽減 によって効率 を上 げるo デー 夕を高速で解析 し共有す る) 夕を高速で解析) 近未来 微細加工 .複合化 複合化 .ナノ技術の利用 ( 試料 や試薬 を少量 に して安価

参照

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