西
藏
傳
龍
樹
の
中
道
無
畏
疏
論
(承
前
)
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譯
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第
二
此
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く
、
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ゝ
に
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時
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住
位
の
諸
所
作
を
現
は
す
な
り
、
三
時 の 住 位 を 計 量 せ ら る ゝ に 由 て 、 巳 去 と 未 去 と 往 と 云 へ る 其 等 を 廣 説 す 、 こ の 故 に 所 作 は 存 す べ し 。 此 に 釋 し て 日 、 (I) ﹁ 更 に 巳 去 中 に は 現 去 な し 、 未 去 中 に も ま た 現 去 な し 、 已 去 と 、 未 去 と を 除 き て 、 か の 往 は 知 る べ か ら ず ﹂。 ( 漢 ) ﹁ 巳 去 無 有 去 、 ( 梵 ) 四 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 三 七西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 三 八 未 去 亦 無 去 離 巳 去 未 去 去 時 亦 無 去 。 ( 獨 ) 此 に ﹁更 に 巳 去 の 中 に は 現 去 な し ﹂、 巳 去 し 了 れ ば な り 。 所 作 を 離 れ て は 所 作 は 認 む べ か ら ざ れ ば な り 。 ﹁未 去 の 中 に も (ま た )現 去 な し ﹂、 現 去 な け れ ば な り 。 ﹁ 往 ﹂ 中 に も 亦 現 去 な し 、 ﹁ 巳 去 と 未 去 と を 除 き て 、 往 は ﹂ な け れ ば な り 。 燈 火 と 、 焔 と の 如 し 、 ( 註 ) ① 巳 去 ② 未 去 ③ 往 趣 行 博 漢 譯 去 時 ④ 現 去 漢 譯 去 又 去 法 . ⑤ 月 稱 譯 ( 現 去 ぜ ず し て )
⑥ 月 稱 譯( 現 去 せ ず ) 此 に 問 て 言 く 、 (2) 何 處 に 動 く も 其 處 に は 現 去 あ り 、 彼 (動 )は 又 總 て の 往 中 に 於 て す 、 動 は 巳 去 に あ ら す 、 未 去 に あ ら ず 、 是 の 故 に 往 中 に 現 去 あ り ﹂( 以 下 原 交 四 十 二 右 )
(
漢
)
﹁動
處
則
有
去
(
梵
)
此
中
有
去
時
非
已
去
未
去
是
故
去
時
去
。
( 獨 ) 此 に 何 處 に 動 の 現 は れ ば 、 其 處 に は 現 去 あ り ﹂、 何 故 と な ら ば 、 ﹁彼 (動 )は 往 ( 漢 譯 去 時 ) 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 三 九西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 四 〇 中 に 現 は る 、 さ れ ど 動 は 已 去 中 に 現 は れ ず 、 未 去 中 に も 現 は れ ず 、 是 の 故 に 往 中 に も ま た 現 去 あ り ﹂。 ( 註 ) ① 月 稱 譯 ( 何 が 故 に ) 此 に 釋 し て 日 、 (3) ﹁ 往 中 に 現 去 あ り と は 、 云 何 に し て 認 め ら る ゝ や 、 凡 て の 時 、 現 去 な け れ ば 、 往 は 認 む る こ と な け れ ば な り ﹂。 ( 漢 ) ﹁ 云 何 於 去 時 ( 梵 ) 而 當 有 去 法 若 離 於 去 法 去 時 不 可 得 。﹂ ( 獨 )
此 に 往 中 (漢 譯 去 時 ) 中 に 現 去 (漢 羅去法 ) あ る こ と は 認 む べ か ら ず 、 何 故 に 言 ふ と な ら ば 、 是 の 如 く 現 去 な き と こ ろ の 往 は 決 し て 把 認 す べ か ら ざ れ ば な り 。 石 女兒 を 孕 ま ざ る 女 )の 如 し 。 復 日 、 (4) ﹁總 て の 往 中 に 現 去 あ ら ば 、 か の 往 中 に 現 去 な し (と い ふ )も 、 過 失 と な る べ し 、 何 故 そ や 、 往 (の 意 味 )を 了 解 す れ ば な り ﹂。 ( 漢 ) 若 去 時 有 去 、 ( 梵 ) 是 人 則 有 咎 、 離 去 有 去 時 、 去 時 獨 去 故 。 ( 獨 ) 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 四 一
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 四 二 こ ゝ に 總 て の 場 合 に 於 て 、 ﹁往 中 に 現 去 あ り と 謂 は ゞ 、 か の 往 中 に 現 去 な し と (云 ふ )も 過 失 と な る べ ー 。 ( そ は 是 れ )無 關 係 を 成 立 す べ し と 云 へ る 語 な (れ ば )な り 。 何 の 故 に 然 る や 、 何 故 と な ら ば 、 ﹃ 往 ﹄ を 了 解 す る が 故 に し て 、 こ の (往 の )語 に 執 着 す れ ば な り と 、 そ は ま た 謂 ふ べ か ら ず 。 こ の 故 に 往 中 に 現 去 あ り と 云 ふ は 正 し か ら ず 、 (譬 は )践 者 の (歩 む が ) 如 し ( 践 者 は 杖 に 侮 る 如 く 、現 去 は 往 に 依 て 可 能 な れ ば な り 。 ) ( 註 ) ① 往 漢 譯 去 時 進 行 。 ② 現 去 漢 譯 去 法 。 ③ 月 稱 譯 ( 往 中 に 現 去 ﹁ あ ら ば ﹂ ) ④ 同 上 ( 往 生 に 現 去 あ る が 故 に ) 。 復 日 、 (5) ﹁ 往 中 に 現 去 あ ら ば 、 現 去 は 二 (種 ) の 失 と な る べ し 、 か の 總 て の (現 去 ) に 由 て の 往 と 、
か の (往 )中 に 於 け る 總 て の 現 去 と な り ﹂ 。 ( 漢 ) ﹁ 若 去 時 有 去 、 ( 梵 則 有 二 種 去 、 一 謂 爲 去 時 、 二 謂 去 時 去 。 ( 獨 ) 此 に 往 中 に 現 去 あ り と 謂 は ゞ 、 現 去 は 二 種 の 失 と な る べ し 。 云 何 に 然 る や 。 ( 一 ) か の 總 て の 現 去 に 由 て の ﹁往 ﹂ と 稱 せ ら る も の と 、 (二 )又 か の (往 )中 に 於 け る 總 て の 現 去 と な る べ し 。 復 日 、 (6) ﹁ 現 去 は 二 (種 ) に 堕 す れ ば 、 現 去 者 も 亦 二 種 と な る べ し 、 何 故 と な れ ば 、 現 去 者 な け れ ば 、 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 四 三
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 四 四 現 去 は 認 む べ か ら ざ れ ば な り ﹂。 ( 漢 ) ﹁若 有 二 去 法 ( 梵 ) 則 有 二 法 者 以 離 於 去 者 去 法 不 可 得 ﹂。 ( 獨 ) 此 に 現 去 は 二 (種 )の 失 に 堕 す れ ば (以下原文四十二左 ) 現 去 者 も 亦 二 (種 )と な る べ し 。 何 故 に 然 る や 、 何 .故 と な ら ば 、 現 去 者 な け れ ば 現 去 は 認 む べ か ら ざ れ ば な り 。 二 (種 )の 現 去 と 、 二 (種 )の 現 去 者 と に 堕 す べ し と 、 そ は 謂 ふ べ か ら す 、 こ の 故 に 往 中 に 現 去 あ り と 云 ふ は 、 こ れ 正 し か ら ず 、 頭 を 斷 す る が 如 し 。 ( 註 ) ① 現 去 漢 譯 去 法 。 ② 現 去 者 漢 譯 去 者 又 人 , 此 に 問 て 言 く 、 現 去 者 な く ば 現 去 は 認 む べ か ら す と 云 ふ は 然 り 。 こ の 故 に 現 去
者 は 三 時 に 必 ず 住 す る が 故 に 、 依 止 の 現 去 あ り 。 此 に 釋 し て 日 、 (7) ﹁若 し 現 去 者 な か り せ ば 、 現 去 は 認 む べ か ら ず 、 現 去 な く ば 、 現 去 者 は 、 何 處 に か 存 せ ん ﹂。 ( 漢 ) ﹁若 離 二於 去 者 ﹂ (梵 ) 去 法 不 可 得 以 無 去 法 故 、 何 得 有 去 者 ( 獨 ( 總 て の 時 、 現 去 者 な く ば 、 そ の 時 、 現 去 は 認 む べ か ら ず 。 今 云 何 ぞ 現 去 な き と き 現 去 者 は 存 せ ん 、 そ は 現 去 者 は 必 ず 三 時 に 住 す と 皆 言 へ ど も 、 そ は 正 し か ら 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 四 五
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 四 六 ざ る な り 。 復 日 、 (8) ﹁ 更 に 現 去 者 は 去 か す 、 非 現 者 も 去 か ず 、 現 去 者 と 、 非 現 去 者 よ り 別 な る 、 第 三 者 の 何 れ か も 去 か ず ﹂。 ( 漢 ) 去 者 則 不 去 . ( 梵 ) 不 去 者 不 去 、 離 去 、不 去 者 無 第 三 去 者 ( 獨 ) 此 に 現 去 者 は 去 き 得 べ し 、 或 は 非 現 者 は 去 き 得 べ し 。 或 は 彼 二 者 よ り 別 な る 第 三 者 は 去 き 得 べ し と 計 慮 す る と も 、 そ こ に 更 に 現 去 者 は 去 か ざ る な り 。 現 去 あ
ら ざ れ ば な り 。 非 現 者 も 亦 去 か ざ る な り 、 現 去 な け れ ば な り 。 彼 (二 )者 よ り 別 な る 第 三 者 も 亦 去 か ず 、 薪 る も の )な け れ ば な り 。 若 し 存 せ ば 、 そ は 現 去 者 か 、 或 は 非 現 者 な る べ し と 計 慮 す と も 、 彼 二 者 も ま た 現 去 を 認 む べ か ら す 。 こ の 故 に 、 そ は 正 し か ら ず 。 復 日 、 (9) ﹁更 に 現 去 者 は 現 去 す と 云 ふ 、 云 何 ぞ 認 む る 得 ん や 、 現 去 な け れ ば 、 現 去 者 は 、 決 し て 認 む べ か ら ず (漢 ) 若 言 去 者 去 、 ( 梵 ) 云 何 有 此 義 若 離 於 去 法 去 者 不 可 得 ( 獨 ) 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 四 七
四 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 四 八 此 に 現 去 者 は 現 去 す と 云 ふ 、 そ の あ ら ゆ る も の に 耽 着 す と も 、 そ は 認 む べ か ら ず 。 何 故 に 然 か 言 ふ や 。 現 去 な く ば 、 現 去 者 は 決 し て 認 む べ か ら ざ れ ば な り 。 ( 註 ) ① 月 稱 譯 第 一 句 ( 何 時 も 現 去 な け れ ば ) は 、 本 譯 第 三 句 に 相 應 す 。 ② 同 譯 第 三 句 ( 更 に 現 去 者 は 現 去 す と い ふ ) は 、 本 譯 第 一 句 に 相 應 す れ ど 月 稱 譯 と 本 鐸 の 原 典 相 違 な 知 る べ し 。 (10) ﹁總 て の 場 合 に 、 現 去 者 は 現 去 す と (云 ふ ) 、 か の (現 去 者 )中 に は 現 去 な し 、 さ れ ど 、 現 去 者 あ り と ( の 失 に )堕 す べ し 、 (そ は )現 去 者 は 現 去 す と 謂 へ ば な り ﹂。 ( 漢 ) 若 謂 二去 者 去 ( 梵 ) 是 人 則 有 咎 、 離 去 有 去 者
説 去 者 有 去 。 ( 獨 ) 此 に 總 て 總 て の 塲 合 に 於 て 、 現 去 者 は 現 去 す と 謂 ふ 、 か の (現 去 者 )中 に ば 現 去 な し 、 さ れ ど 現 去 者 あ り と の (失 に )堕 す べ し 。 何 が 故 に 然 か 言 ふ や 、 是 の 如 く 現 去 者 は 現 去 す と 謂 へ ば な り 。 復 日 、 (11) ﹁ 若 し 現 去 者 は 現 去 す る な ら ば 、 現 去 は 二( 種 の 失 )に 堕 す べ し 、 或 も の は 現 去 者 に 於 て 顯 か に (現 去 を 知 る も の )と 、 或 も の は 現 去 者 と な り て 現 去 (を 知 る ) と な り ﹂。 ( 漢 ) 若 去 有 去 、 ( 梵 ) 則 有 二 種 去 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 四 九
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 五 〇 一 謂 去 者 去 、 二 謂 去 者 去 。 ( 獨 ) 現 去 者 は 現 去 す と 云 へ る 此 塲 合 に 於 て 、 或 も の は 現 去 は 現 去 者 に 於 て 顯 か に( 知 り 得 る も の ) と 、 或 も の は 現 去 者 と な る に 由 て 、 他 の 現 去 は 後 時 に 現 去 を (知 り )得 べ し と な り 。 そ は 現 去 者 は 三 時 に 於 て 必 ず 住 す と 云 ふ も 、 そ は 正 し か ら す 、 石 女 は 兒 ( を 産 ま ざ る ) に 於 け る 如 し 。 ( 註 ) 漢 譯 の (10 )偶 と (11 ) 偈 と に 前 後 の 順 序 か 轉 倒 せ り 、 梵 漢 二 譯 は 相 一 致 す 。 是 の 故 に 斯 く 觀 察 す る に 、 (12) ﹁ 已 去 中 に 現 去 の 始 發 な し 、 未 去 中 に も 亦 現 去 の 始 發 な し 、 往 中 に 始 發 あ ら ず ば 、
何 處 に か 現 去 を 始 發 せ し む べ き ﹂。 (漢 ) 巳 去 中 無 發 、 (梵 ) 未 去 中 無 發 、 去 時 中 無 發 、 何 處 當 有 發 。 ( 獨 ) 復 日 、 (13) ﹁現 去 を 始 發 す る 前 に 於 て 、 何 處 に か 現 去 を 始 發 し 得 ん 、 往 な く し て 、 巳 去 も な し 、 未 去 の 現 去 は 何 處 に か あ る ﹂。 ( 漢 ) 未 發 無 去 時 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 五 一
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 五 二
亦
無
有
巳
去
是
二
應
有
發
未
去
何
有
發
。
( 獨 ) (14) ﹁現 去 の 始 發 は 一 切 の 相 に 於 て 、 現 は る ゝ こ と な く ば 、 巳 去 と は 何 ぞ 、 往 と は 何 ぞ や 、 未 去 と は 何 ぞ や と 完 全 に 分 別 せ ら る べ き や ﹂。 ( 漢 ) ﹁無 去 無 未 去 (梵 ) 亦 復 無 去 時 一 切 無 有 發 、 何 故 而 分 別 ﹂。( 獨 ) ( 以 下 原 文 四 十 三 左 ) 現 去 の 始 發 す る 前 に 於 て 、 何 處 に か 現 去 を 始 發 す る を 得 ん 。 (そ は )往 も な く 、 巳 去 も な し 。 未 去 に 於 て 現 去 を 始 發 す べ し と 思 惟 す る も 、 そ は 亦 不 合 理 な り 。 何 故 に 然 か 云 ふ や 。 未 去 其 者 の 存 在 は あ ら ざ れ ば な り 。 未 去 に 於 て 現 去 は 始 發 す べ し と (云 ふ )は 何 處 に か あ ら む 。 是 の 故 に 現 去 の 始 業 は 一 切 相 に 於 て 現 は る こ と な く ば 、 巳 去 と 往 (漢 譯 去 時 ) と 、 未 去 と 云 へ る 三 時 の 云 何 な る 分 別 も 、 其 等 は 云 何 ぞ 完 全 に 分 別 せ ら る べ き 。 心 を (我 と 我 所 と に )分 別 す る が 如 し 。 ( 註 ) ① 此 に 問 て 言 く 、 現 去 者 の 止 (住 )す る こ と あ り と 、 此 に 釋 し て 日 、 (15) ﹁ 更 に 現 去 者 は 止 (住 )す べ か ら ず 、 非 現 去 者 も 止 (住 )す る に 非 ず 、 現 去 者 と 非 現 去 者 と よ り 別 な る 、 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 五 三
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 五 四 第 三 者 の 何 れ か 止 (住 )す る を 得 べ き ﹂。 ( 漢 ) 去 者 則 不 住 、 ( 梵 ) 不 去 者 不 住 、 離 去 不 去 者 、 何 (有 第 三 住 。 ( 獨 ) 此 に 現 去 者 は 止 (住 )し 得 る や 、 或 は 非 現 去 者 は 止( 住 )し 得 る や 、 或 は 二 者 よ り 別 な る 第 三 者 が 止 (住 )す べ し と 計 慮 す る と も 、 そ は 更 に 現 去 者 は 止 (住 )す べ か ら ず 、 現 去 あ れ ば な り 。 非 現 去 者 も ま た 止 (住) す べ か ら す 、 現 去 な け れ ば な り 。 現 去 の 不 相 應 の 塲 合 は 止 (住 )す る こ と あ れ ば な り 。 か の 二 者 よ り 別 な る 第 三 者 も 亦 止 住 す べ か ら ず 、 無 け れ ば な り 。 何 れ か 存 在 せ ば 、 そ は 現 去 者 が 、 或 は 非 規 去 者 な る べ し と 計 慮 す と も 、 二 者 の 如 き も 亦 阻 止 せ ら る な り 、 こ の 故 に 現 去 者 は 止 (住 )す る な り と 云 へ ど 、 そ は 不 合 理 な り 、 砂 中 に 於 け る 穀 物 の 如 し 。 ( 註 ) ① 現 去 者 漢 譯 去 者 。
(16) ﹁ 何 時 も 現 去 な け れ ば 、 現 去 者 は 認 む べ か ら ず 、 更 に 現 去 者 は 止 (住 )す と い ふ 、 云 何 に 認 め ら る べ き や ﹂。 ( 漢 ) ﹁去 者 若 當 住 、 ( 梵 ) 云 何 有 此 義 、 若 當 離 於 去 、 去 者 不 可 得 ﹂。 ( 獨 ) 現 去 な く ば 現 去 者 は 決 し て 認 む べ か ら ず 、 現 去 者 は 止 (住 )す と 云 ふ 、 彼 の あ ら ゆ る も の を 現 に 執 着 す れ ど 、 そ は 認 む べ か ら ず ( 以 下 原 交 四 十 四 右 ) 何 の 故 に 然 る や 、 現 去 者 な く ば 、 現 去 者 は 決 し て 認 む べ か ら ざ れ ば な り 、 極 微 は 存 在 す と 云 ふ が 如 し 。 ( 註 ) ① 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 五 五
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 五 六 (17) ﹁往 よ り も 止 ( 住 )す べ か ら ず 、 巳 去 と 未 去 よ り も 亦 (止 住 )せ ず 、 ( 漢 ) 去 未 去 無 住 、 ( 梵 ) 去 時 亦 無 住 。 ( 獨 ) 今 か の 現 去 者 よ り (離 る )も 止 る べ か ら ず 。 或 は 巳 去 と 末 去 よ り (離 る )も 止 る べ か ら ず と 計 慮 す る と も 、 尚 か の 三 部 よ り (離 る )も 止 る べ か ら ざ れ ば な り 。 そ こ に 現 去 者 の 止 あ り と の 彼 の 説 明 は 正 し か ら ず 、 石 女 の 兒 の 死 す る が 如 し 。 今 は 、 ﹁現 去 は 行 に (同 じ )、 又 止 は 現 去 に 同 じ ﹂。 ( 漢 ) 所 有 行 、 止 法 、 ( 梵 ) 皆 同 於 去 義 。 ( 獨 )
應 に 現 去 を 廣 く 思 惟 す る に 從 つ て 、 行 と 止 と は ま た 現 去 に 同 じ と 思 惟 す べ き な り 。 ( 註 ) ① ( 止 ろ ) は 本 偈 單 譯 井 に 月 稱 譯 に は( 止 ) と あ り 。 ② 現 去 漢 譯 去 法 。 今 現 去 と 現 去 者 と は 、 又 其 者 に も 、 異 に も あ ら す 、 云 何 に 然 か 云 ふ や 、 釋 し て 日 、 (18) ﹁ か の 現 去 と 現 去 者 と は 、 又 其 者 な 強 と 云 ふ も 不 .可 な り 、 現 去 と 、 現 去 者 と は 、 又 異 な り と 云 ふ も 不 可 な り ﹂。 ( 漢 ) 去 法 即 去 者 、 ( 梵 ) 是 事 則 不 然 、 去 法 異 去 者 、 是 事 亦 不 然 。 ( 獨 ) 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 五 七
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 五 八 此 に 問 て 言 く 、 過 失 は 云 何 に な る や 、 釋 し て 日 、 (19) ﹁若 し 現 去 の 云 何 な る も の も 、 其 者 は 現 去 者 な り と せ ば 作 者 と 、 業 と は 、 同 一 の 過 失 と な る べ し ﹂。 ( 漢 ) 若 謂 於 去 法 、 ( 梵 ) 即 為 是 去 者 、 作 者 及 作 業 、 是 事 則 爲 一 。 ( 獨 ) 、 (20) ﹁若 し 現 去 と 、 現 去 者 と は 、
畢 な り と 觀 せ ば 、 現 去 者 な き 現 去 と 、 現 去 な き 現 去 者 と な る べ し 。 ( 漢 ) 君 謂 於 去 法 、 ( 梵 ) 有 異 於 去 者 、 離 去 者 有 去 離 去 有 去 者 。 ( 獨 ) (21) ﹁ あ ら ゆ る 實 體 は 同 一 な る か 、 實 體 は 異 な る か は 、 成 じ 得 る こ と あ る な し 、 云 何 ぞ か の 二 (門 ) と も に 成 す る こ と あ ら ん ﹂ 。 ( 漢 ) 去 、去 者 是 二 ( 梵 ) 四 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 五 九
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 六 〇 若 一 異 法 成 、 二 門 倶 不 成 、 云 何 當 有 成 。 ( 獨 ) 父 と 子 と に 於 け る が 如 し 。 ( 註 ) ① 實 體 漢 譯 物 。 又 復 日 、 非 現 者 は 其 者 ( 一 體 )と な る が 故 に 、 今 ま た 現 去 者 も 成 す べ か ら ず 。 云 何 に 然 か 言 ふ や 。 釋 し て 日 。 ( 以 下 原 安 四 十 四 左 ) (22) ﹁現 去 は 誰 が 現 去 者 な る を 顯 か に す べ き 、 か の 現 去 は 、 か の 現 去 に あ ら ず 、 何 が 故 ぞ 、 ( そ は ) 現 去 の 前 に な し 、 誰 が 何 處 に 現 去 す べ き ﹂。 ( 漢 ) 因 去 知 去 者 、 ( 梵 )
不 能 用 是 去 、 先 無 有 去 法 、 故 無 去 者 去 、 ( 獨 ) ﹁現 去 ﹂ は 誰 が 現 去 者 な る を 顯 に せ ん 。 箭 を 射 ら し む る 現 去 (進 行 )は 、 か の 現 去 者 (射 手 )を し て 現 去 (進 行 )せ し む る に 非 ず 。 何 故 に 然 か 言 ふ や 、 何 故 と な ら ば 、 か の 現 去 の 前 に 於 て 、 現 去 者 な し 。 例 せ ば 男 と 女 と の 就 れ も 、 村 落 若 は 町 の 何 處 へ も (思 ひ の ま ゝ に )行 き 得 る も の な け れ ば な り 。 又 復 日 、 (23) ﹁誰 か 現 去 は 現 去 者 な る を 顯 に す る か 、 か れ よ り 異 な れ ぱ 、 そ は 現 去 に あ ら ず 、 何 故 ぞ な ら ば 、 獨 り の 現 去 者 中 に は 、 二 の 現 去 は 認 む べ か ら ず ﹂。 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 六 一
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 六 二 ( 漢 ) 因 去 知 去 者 、 ( 梵 ) 不 能 用 異 去 、 於 一 去 者 中 、 不 得 二 去 故 。 ( 獨 ) 誰 が 現 去 を 現 去 者 な り と 見 る や 。 箭 を 射 る と こ ろ の 其 の 現 去 (進 行 )よ り 又 異 れ る 現 去 者 (射 手) を 現 去 (箭 の 進 行 )な り と す る も の あ ら ず 。 何 の 故 に 然 か 云 ふ や 。 何 故 と な ら ば 、 獨 り の 現 去 者 中 に は 、 二 の 現 去 は 認 む べ か ら ざ れ ば な り 。 一 の 種 子 中 に 二 の 芽 (あ ら ざ る が )如 し 。 又 復 日 、 (24) ﹁ 實 有 と な れ る 現 去 者 は 、 三 種 の 現 去 に 去 か し め ず 、 非 實 有 と な れ る 彼 も 亦 、
三 種 の 現 去 に 去 か し め ず ﹂。 ( 漢 ) 決 定 有 去 者 、 ( 梵 ) 不 能 用 三 去 、 不 決 定 去 者 、 亦 不 用 三 去 、 ( 獨 ) ( 註 ) ① 實 有 漢 譯 決 定 、 ② 非 實 有 漢 譯 不 定 。 ③ 月 稱 譯 原 文 ( か の 非 實 有 も 亦 ) 。 (25) ﹁ 又 實 有 と 、 非 實 有 と は 、 三 種 の 現 去 に 去 か し め ず 、 こ の 故 に 現 去 と 現 去 者 と 、 往 と は 存 在 せ ず ﹂。 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 六 三
西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 六 四 ( 漢 ) 去 法 、定 、不 定 、 ( 梵 ) 去 者 不 用 三 、 是 故 去 、去 者 、 所 去 處 皆 無 。 ( 獨 ) 幻 想 の 如 し 、 實 有 に な れ と 云 ふ は 、 無 關 係 に 於 い て 成 す と 云 へ る 語 な り 。 現 去 と 云 ふ は 、 往 ( 趣 行 ) に せ ら る と 云 へ る 語 な り 。 三 種 に と 云 ふ は 、 巳 去 と 、 未 去 と 、 往 と 云 へ る 語 (名 目 )な り 。 去 か し め ず と 云 ふ は 、 現 去 を 阻 止 す る 名 目 (語 )な り 。 非 實 有 と 云 ふ は 、 存 在 せ ず と 云 へ る 語 な り 。 餘 は 前 に 説 明 せ る が 如 し 。 又 實 有 と 非 實 有 と 云 ふ は 、 前 の 二 種 の 説 明 を 混 合 せ る も の を 實 際 に 説 明 す る な り 。 餘 と は 前 に 説 明 せ し が 如 し 。 こ の 故 に と 云 ふ は 、 語 尾 を 攝 す る (の 語 )な り 。 何 が 故 に 斯 く 觀 察 す る と な ら ば 、 そ れ 等 は 認 む べ か ら ず 。 こ の 故 に 現 去 と 、 現 去 者 と 往 と の 三 (種 )も 又 存 在 せ ざ る な り 。 旋 火 輪 の 如 し 。
( 註 ) ① 實 有 漢 譯 決 定 。 ② 非 實 有 漢 譯 不 定 。 ③ 往 漢 譯 所 去 處 。 軌 範 師 聖 龍 樹 に 依 て 造 ら れ た る ﹁中 道 の 根 本 無 畏 疏 ﹂ 内 、 巳 去 と 未 去 と 往 を 觀 ず と 云 へ る 第 二 品 な り 。 西 藏 傳 龍 樹 の 中 道 無 畏 疏 論 六 五